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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-04-01
(45)【発行日】2025-04-09
(54)【発明の名称】滅菌インジケーター
(51)【国際特許分類】
   A61L 2/28 20060101AFI20250402BHJP
【FI】
A61L2/28
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2024180679
(22)【出願日】2024-10-16
【審査請求日】2024-10-18
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】524381508
【氏名又は名称】AICosmo株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100121784
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 稔
(72)【発明者】
【氏名】川崎 康司
(72)【発明者】
【氏名】緒方 嘉貴
【審査官】高橋 祐介
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2023/0143553(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2019/0282731(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2016/0256604(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2024/0082459(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2020/0256009(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L 2/28
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
滅菌剤を用いて滅菌される被滅菌対象物において、滅菌効果の確認を行うために使用する滅菌インジケーターであって、
基材と、当該基材に支持された前記滅菌剤に感応する感応部材とを備え、
前記感応部材は、蛍光タンパク質を構成要素とする素材であり、所定波長の励起光を照射することにより、所定波長の蛍光を発光する素材であって、
前記感応部材の蛍光強度が、前記感応部材に対する前記滅菌剤の暴露強度に比例して変化することを特徴とする滅菌インジケーター。
【請求項2】
前記蛍光タンパク質を構成要素とする素材は、遺伝子組換えカイコが産生する遺伝子組換え蛍光シルク、又は、当該遺伝子組換え蛍光シルクと他の素材との混合素材であることを特徴とする請求項1に記載の滅菌インジケーター。
【請求項3】
前記遺伝子組換え蛍光シルクは、遺伝子組換え操作により1種以上の蛍光タンパク質の遺伝情報が組込まれたシルクであることを特徴とする請求項2に記載の滅菌インジケーター。
【請求項4】
前記蛍光タンパク質は、GFP、mAGであることを特徴とする請求項3に記載の滅菌インジケーター。
【請求項5】
前記感応部材は、ワタ状、繊維状、フィルム状、糸、不織布、織物、編物、粉体、繭剥離シートを含む前記遺伝子組換えシルクに由来する素材を全体又は一部に使用する部材であることを特徴とする請求項2~4のいずれか1つに記載の滅菌インジケーター。
【請求項6】
前記基材に支持された前記感応部材は、その表面を通気性フィルムで被覆されていることを特徴とする請求項5に記載の滅菌インジケーター。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、滅菌剤を用いて滅菌されるクリーンルーム、医薬品製造装置、医療器具等において、滅菌効果の確認を行うために使用する滅菌インジケーターに関するものである。
【背景技術】
【0002】
医薬品或いは食品などを製造する製造現場、或いは、手術室などの医療現場においては、室内や使用する機器等の無菌状態を維持することが重要である。特に医薬品製造の作業室である無菌室の滅菌(「除染」ともいうが、以下「滅菌」で統一する。)においては、GMP(Good Manufacturing Practice)に即した高度な滅菌バリデーションを完了させる必要がある。
【0003】
近年、無菌室などの作業室(以下、「滅菌対象室」という。)の滅菌には、過酸化水素が広く採用されている。この過酸化水素は、強力な滅菌効果を有し、安価で入手しやすく、且つ、最終的には酸素と水に分解する環境に優しい滅菌ガスとして有効である。
【0004】
従来から、また現在においても主流は、滅菌対象室の内部で過酸化水素水を加熱蒸発させて過酸化水素ガスを発生する方法である。この方法は、「フラッシュ蒸発滅菌方式」と呼ばれる。この方法は、滅菌対象室の外部から内部に、例えば、30~35W/V%の過酸化水素水を供給し、滅菌対象室の内部に設けられた高温の蒸発装置で加熱し、過酸化水素ガスと水蒸気とを発生させる。そして、滅菌対象室の内部の空気を循環させて、過酸化水素ガスを室内に充満させる。
【0005】
一方、近年においては、フラッシュ蒸発滅菌方式の課題である、過酸化水素水の使用量削減、滅菌サイクル時間の短縮、滅菌後の残留ガス濃度の低減に加え、過酸化水素水の凝縮膜に着目した滅菌方式が採用されている。この方法は、「ミスト投入滅菌方式」と呼ばれる。この方法は、常温の過酸化水素水と圧縮空気とを二流体ノズルなどで過酸化水素水ミストにして滅菌対象室の内部に供給し、超音波振動などを利用して微細な過酸化水ミストを滅菌対象室の内部で循環させる。
【0006】
これらの過酸化水素水を用いた「フラッシュ蒸発滅菌方式」や「ミスト投入滅菌方式」においては、滅菌効果のパラメータとして滅菌対象室内の過酸化水素ガス濃度を検知する方法がとられる。しかし、滅菌条件を管理するパラメータは、過酸化水素の凝縮膜濃度、過酸化水素ガス濃度、温度、湿度等多岐にわたるため、各種パラメータ及び過酸化水素ガス濃度は参考値としての取り扱いにとどまっている。そこで、正確な方法で滅菌対象室の滅菌効果(「滅菌強度」ともいう。)の確認をする必要がある。
【0007】
そのため、滅菌対象室の内部の主要か所に、滅菌インジケーターを配置して滅菌強度の分布を評価する。従来の滅菌インジケーターは、生物学的インジケーター(BI:Biological Indicator)とよばれ、特定の滅菌法に対して抵抗性をもつ微生物の芽胞を使用して作られた生物学的指標体を利用している。このBIは、滅菌操作後の芽胞の致死率を直接的に評価することができる。しかし、滅菌操作後にBIの芽胞の培養操作が必要であり、評価結果を得るのに操作と時間を要するという問題と、陽性、陰性の情報しか得ることが出来ないため、詳細な滅菌強度分布までは評価出来ないという問題があった。また、微生物汚染の懸念が残るという問題もあった。
【0008】
そこで、BIの一種と捉えることもできるが、BIを補完する方法として近年、酵素インジケーター(EI:Enzyme Indicator)が使用されるようになってきた。例えば、下記特許文献1には、リン酸化酵素の1種である熱安定性アデニル酸キナーゼを使用した生物学的インジケーター(発明の名称はBIであるが、内容はEIといえる。)が公開されている。このEIは、英国政府の1機関であったHPA(Health Protection Agency)が開発した特許技術である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特許第4774039号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
この技術は、滅菌操作後の残存酵素活性をルシフェリン-ルシフェラーゼアッセイによる発光強度で測定する。EIに塗布された熱安定性アデニル酸キナーゼ(tAK)の不活性化は、滅菌剤の暴露量(容量×時間)に相関し、tAKの残存酵素活性を測定することで、滅菌強度を評価するものである。従来のBIに比べ、培養操作が不要で比較的短時間で滅菌強度を測定することができる。近年、BIとの比較同等性が確認され、普及が進んでいる。具体的には、滅菌後のEIの発光強度から菌数の対数減少によるLRD値(Log Spore Reduction)を計算し、滅菌対象室の内部の滅菌強度分布を評価する。
【0011】
しかし、このEIのルシフェリン-ルシフェラーゼアッセイにおいても、滅菌操作後のEIにADP(ATP産生基質)を加えてウエット操作で反応させ、発光光度計(ルミノメーター)で発光強度を測定してアデニル酸キナーゼの酵素活性を測定するという操作が必要である。本方法は、酵素活性を測定する方法としては一般的な方法ではあるが、測定値の変動係数(CV値)は5~15%程度あると言われており、測定精度に課題がある。また、現状ではEIの酵素価格の問題や安定供給にも疑問が残る。また、発光反応がウエット状態での測定である点から操作が煩雑であることにも課題がある。
【0012】
そこで、本発明は、上記の諸問題に対処して、BIのような煩雑な培養操作やEIのようなルシフェリン-ルシフェラーゼアッセイなどのウエット操作を必要とせず、低コストで安定供給でき、且つ、滅菌強度がドライ状態で精度良く測定できる滅菌インジケーターを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題の解決にあたり、本発明者らは、鋭意研究の結果、繊維のままで蛍光を発する遺伝子組換え蛍光シルクに着目し、当該遺伝子組換え蛍光シルクの蛍光強度が滅菌剤の暴露量(容量×時間)に相関することを見出し、本発明の完成に至った。
【0014】
即ち、本発明に係る滅菌インジケーターは、請求項1の記載によれば、
滅菌剤を用いて滅菌される被滅菌対象物において、滅菌効果の確認を行うために使用する滅菌インジケーターであって、
基材と、当該基材に支持された前記滅菌剤に感応する感応部材とを備え、
前記感応部材は、蛍光タンパク質を構成要素とする素材であり、所定波長の励起光を照射することにより、所定波長の蛍光を発光する素材であって、
前記感応部材の蛍光強度が、前記感応部材に対する前記滅菌剤の暴露強度に比例して変化することを特徴とする。
【0015】
また、本発明は、請求項2の記載によれば、請求項1に記載の滅菌インジケーターであって、
前記蛍光タンパク質を構成要素とする素材は、遺伝子組換えカイコが産生する遺伝子組換え蛍光シルク、又は、当該遺伝子組換え蛍光シルクと他の素材との混合素材であることを特徴とする。
【0016】
また、本発明は、請求項3の記載によれば、請求項2に記載の滅菌インジケーターであって、
前記遺伝子組換え蛍光シルクは、遺伝子組換え操作により1種以上の蛍光タンパク質の遺伝情報が組込まれた蛍光シルクであることを特徴とする。
【0017】
また、本発明は、請求項4の記載によれば、請求項3に記載の滅菌インジケーターであって、
前記蛍光タンパク質は、GFP、mAG及びこれら蛍光タンパク質の類縁体であることを特徴とする。
【0018】
また、本発明は、請求項5の記載によれば、請求項2~4のいずれか1つに記載の滅菌インジケーターであって、
前記感応部材は、ワタ状、繊維状、フィルム状、糸、不織布、織物、編物、粉体、繭剥離シートを含む前記遺伝子組換えシルクに由来する素材を全体又は一部に使用する部材であることを特徴とする。
【0019】
また、本発明は、請求項6の記載によれば、請求項5に記載の滅菌インジケーターであって、
前記基材に支持された前記感応部材は、その表面を通気性フィルムで被覆されていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0020】
上記構成によれば、本発明に係る滅菌インジケーターは、滅菌剤を用いて滅菌される被滅菌対象物において、滅菌効果の確認を行うために使用される。また、滅菌インジケーターは、基材と、当該基材に支持された滅菌剤に感応する感応部材とを備えている。感応部材は、蛍光タンパク質を構成要素とする素材であり、所定波長の励起光を照射することにより、所定波長の蛍光を発光する素材である。また、感応部材の蛍光強度が、感応部材に対する滅菌剤の暴露強度に比例して変化する。
【0021】
このことにより、BIのような煩雑な培養操作やEIのようなルシフェリン-ルシフェラーゼアッセイなどのウエット操作を必要とせず、低コストで安定供給でき、且つ、滅菌強度がドライ状態で精度良く測定できる滅菌インジケーターを提供することができる。
【0022】
また、上記構成によれば、蛍光タンパク質を構成要素とする素材は、遺伝子組換えカイコが産生する遺伝子組換え蛍光シルク、又は、当該遺伝子組換え蛍光シルクと他の素材との混合素材である。このことにより、上記作用効果をより具体的に発揮することができる。
【0023】
また、上記構成によれば、遺伝子組換え蛍光シルクは、遺伝子組換え操作により1種以上の蛍光タンパク質の遺伝情報が組込まれた蛍光シルクである。このことにより、上記作用効果をより具体的に発揮することができる。
【0024】
また、上記構成によれば、蛍光タンパク質は、GFP、mAG及びこれら蛍光タンパク質の類縁体であってもよい。このことにより、上記作用効果をより具体的に発揮することができる。
【0025】
また、上記構成によれば、感応部材は、ワタ状、繊維状、フィルム状、糸、不織布、織物、編物、粉体、繭剥離シートを含む遺伝子組換えシルクに由来する素材を全体又は一部に使用する部材であってもよい。このことにより、上記作用効果をより具体的に発揮することができる。
【0026】
また、上記構成によれば、基材に支持された感応部材は、その表面を通気性フィルムで被覆されていてもよい。このことにより、上記作用効果をより具体的に発揮することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
図1】本実施形態に係る蛍光シルクインジケーターの外観を示す(A)平面図、(B)正面図である。
図2】FSIの滅菌時間:tによる、蛍光強度残存率:FD%の変化を示すグラフである。
図3】FSIの暴露時間:tによる、蛍光強度指数:Ln(FD0/FDt)の変化を示すグラフである。
図4】EIの暴露時間:tによる、発光強度:EI-RLUtの変化を示すグラフである。
図5】EIの暴露時間:tによる、滅菌強度:EI-LRDtの変化を示すグラフである。
図6】EI-LRDとFSIのLn(FD0/FDt)との相関を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0028】
最初に、本発明に係る滅菌インジケーターの感応部材を構成する「遺伝子組換え蛍光シルク」について説明する。遺伝子組換え蛍光シルク(以下、単に「蛍光シルク」という。)とは、遺伝子組換えカイコが産生するシルク(絹)であって、所定波長の励起光を照射することにより、所定波長の蛍光を発光する素材である。この遺伝子組換えカイコは、蛍光タンパク質の遺伝子をカイコの卵に導入し、卵から生まれたカイコを成虫まで飼育し、交尾させて得られた卵の中から、蛍光タンパク質の遺伝子が導入されているものを選んで飼育したものである。
【0029】
遺伝子組換えカイコは、日本の農林水産省 蚕糸・昆虫農業技術研究所(現在の国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構))が、2000年に初めて開発に成功した「ひかるカイコ」を原点とする(T. Tamura, et al.: Nat. Biotechnol. 18, 81 (2000))。現在では、2008年に解読されたカイコゲノム情報を利用し、遺伝子組換えカイコの基礎研究と応用研究が行われている。
【0030】
遺伝子組換えカイコに導入される蛍光タンパク質には、励起波長と蛍光波長の異なる50種以上のタンパク質が確認されている。本発明においては、GFP(Green Fluorescent Protein)、mAG(monomeric Azami-Green)及びその類縁体を利用することができる。例えば、EGFP(Enhanced Green Fluorescent Protein)は、GFPの変異体であり蛍光特性を向上させるために開発されたものとされる。なお、本発明においては、GFPとEGFPを明確に区別することなく「GFP」として表現する。
【0031】
また、本発明においては、GFP、mAG及びその類縁体に限ることなく、今後特定されるものも含め広く蛍光タンパク質を利用することができる。なお、カイコに導入する蛍光タンパク質は、1種類に限ることなく数種類を導入してもよい。
【0032】
以下、本発明に係る滅菌インジケーターを実施形態により詳細に説明する。なお、本発明は、下記の実施形態にのみ限定されるものではない。また、本実施形態においては、本発明に係る滅菌インジケーターを「蛍光シルクインジケーター(FSI:Fluorescent Silk Indicator)」という。
【0033】
まず、本実施形態において使用する滅菌剤について説明する。本実施形態においては、ガス状又はミスト状の過酸化水素を滅菌剤として使用する。上述のように、本発明者らは、繊維のままで蛍光を発する蛍光シルクに着目し、当該蛍光シルクの蛍光強度が滅菌剤の暴露量(容量×時間)に相関することを見出し、本発明の完成に至った。その際、滅菌剤として使用したのが過酸化水素であった。
【0034】
蛍光シルクに組み込まれた蛍光タンパク質が、過酸化水素の暴露によりダメージを受けて蛍光強度が減衰したものと考えられる。そこで、本発明においては、過酸化水素に限定するものではなく、各種滅菌方法にも効果を発揮するものと考えている。過酸化水素の他に、例えば、湿熱滅菌、高圧蒸気滅菌、ガンマ線照射、電子線照射、エチレンオキサイドガスなどにも有効であると考えられる。
【0035】
次に、滅菌される被滅菌対象物について説明する。本発明においては、医薬品或いは食品などを製造する製造現場、或いは、手術室などの医療現場を考慮しており、例えば、クリーンルーム、アイソレーターやRABSなどの医薬品製造装置、アイソレーター内部に導入される機械・器具、医療器具等が挙げられるが、これらに限定するものではない。
【0036】
次に、本実施形態における蛍光シルクインジケーターについて説明する。図1は、本実施形態に係る蛍光シルクインジケーターの外観を示す(A)平面図、(B)正面図である。図1において、蛍光シルクインジケーター10は、基材としてのフィルムスティック11の表面の一部に感応部材としての蛍光シルク12が貼付されている。フィルムスティック11の素材は、特に限定するものではないが、本実施形態においては滅菌剤に耐性のある高分子フィルム(ポリオレフィンフィルム)を採用する。
【0037】
蛍光シルク12は、遺伝子組換えカイコが産生する蛍光シルクである。本実施形態においては、2種類の蛍光シルクを採用する。一方は、蛍光タンパク質GFPを導入した蛍光シルク(以下、「GFP蛍光シルク」という。)で、約488nmの励起光で約509nmの緑色の蛍光を発光するものであって、オワンクラゲの緑色蛍光タンパク質(GFP:2008年に下村博士らがノーベル化学賞受賞)に由来するものである。他方は、蛍光タンパク質mAGを導入した遺伝子組換えカイコが産生する蛍光シルク(以下、「mAG蛍光シルク」という。)で、約492nmの励起光で約505nmの緑色の蛍光を発光する。
【0038】
蛍光シルク12の形状は、特に限定するものではなく、ワタ状(繭をほぐしたもの)、繊維状、フィルム状(生糸を溶解してフィルム状にしたもの)、糸(生糸や絹糸)、不織布、織物、編物、粉体(繭や糸を粉砕したもの)、繭剥離シート(繭を薄片状に剥がしたもの)を含む遺伝子組換えシルクに由来する素材を全体又は一部に使用するものであればよい。
【0039】
このように、蛍光シルク12は、蛍光シルク100%に限定するものではなく、蛍光強度の減衰が確認される限度において、他の素材との混合素材を採用してもよい。例えば、蛍光シルク12が織物である場合には、蛍光シルクの糸と、通常のシルクの糸又は他の繊維の糸とを、交織などにしてもよい。
【0040】
また、フィルムスティック11と蛍光シルク12との接着方法は、特に限定するものではなく、蛍光シルク12の滅菌剤感受性に影響を与えない接着方法を採用すればよい。また、蛍光シルク12がワタ状や粉体など、一部が飛散する可能性があるものの接着には注意を要する。例えば、ワタ状や粉体などの表面を滅菌剤のガス又はミストが透過する通気性フィルムで被覆することが好ましい。通気性フィルムとしては、例えば、医療機器などにも使用されている高密度ポリエチレン極細繊維からなる不織布、タイベック(商標)、或いはセルロースアセテート膜、ポリエーテルスルホン膜のような分子サイズによって物質を選択的に透過させる高分子透析膜を使用してもよい。
【0041】
≪蛍光シルクインジケーター作製≫
GFP蛍光シルクとmAG蛍光シルクの繭をそれぞれ、縦方向に4分割した。カッターを用いて分割した繭片を剥離し、各3枚程度の蛍光シルク繭薄片を作製した。蛍光シルク繭薄片の厚みは、0.1~0.4mmであった。この薄片を、1cm×1cmに裁断した。次に、この薄片(1cm×1cm)を、ポリオレフィンフィルムスティック(1cm×5cm、厚さ0.5mm)の先端部に、両面テープにより貼布し、各蛍光シルクインジケーター(GFP-FSI,mAG-FSI)を得た。得られたGFP-FSI,mAG-FSIに対して、分光蛍光光度計(RF-6000,株式会社島津製作所製)を用いて、励起波長:495nmにて、蛍光波長:510nmの蛍光強度を測定し、過酸化水素ガスの暴露試験前の蛍光強度:FD0とした。
【0042】
≪FSIとEIの滅菌強度測定≫
上記で作製したGFP-FSI,mAG-FSIと、従来から使用されているEI(Protak Scientific社製)との滅菌強度測定を行って対比した。まず、生物指標抵抗性評価装置(BIER:Biological Indicator-Evaluator Resistometer,株式会社エアレックス製)を用いて、チャンバー内の過酸化水素濃度が200ppm程度になるように調整した。
【0043】
次に、過酸化水素濃度を200ppm程度に調整したBIERのチャンバー内にGFP-FSI,mAG-FSI及びEIを各5枚ずつ同時に入れ、過酸化水素ガスに暴露して過酸化水素滅菌を行った。なお、暴露時間を3、6、9、12、15、18minとする各暴露試験を行った。各暴露試験後にBIERのチャンバー内から取り出した滅菌後のGFP-FSI,mAG-FSI及びEIは、風乾した後、暗所保管した。
【0044】
次に、暴露試験後のEIは、ルシフェリン‐ルシフェラーゼ試薬、ADP基質を添加し、Luminometer(PR2A,Protak Scientific社製)により、暴露時間t分後の各発光強度:EI-RLUtを測定した。なお、発光強度:EI-RLUtは、各暴露時間におけるそれぞれ5枚のEI-RLUtの平均値を求めた。その後、解析ソフトウェア(ATENA,Protak Scientific社製)を用いて、発光強度:EI-RLUtを滅菌強度:EI-LRDtに変換した。また、別途暴露試験前のEIを用いて滅菌前発光強度:EI-RLU0を測定した。
【0045】
一方、暴露試験後のGFP-FSI,mAG-FSIは、分光蛍光光度計(RF-6000,株式会社島津製作所製)を用いて、励起波長:495nmにて、蛍光波長:510nmの蛍光強度を測定し、過酸化水素ガスの暴露時間t分後の蛍光強度:FDtとした。なお、蛍光強度:FDtは、各暴露時間におけるそれぞれ5枚のFDtの平均値を求めた。
【0046】
≪暴露試験後の蛍光強度変化≫
GFP-FSI,mAG-FSIの各暴露試験前の蛍光強度:FD0及び暴露時間t分後の蛍光強度:FDtから、下記の式(1)により、
FD% =(FDt/FD0)×100・・・・・・・(1)
GFP-FSI,mAG-FSIの各蛍光強度残存率:FD%を求めた。
【0047】
図2は、FSIの暴露時間:tによる、蛍光強度残存率:FD%の変化を示すグラフである。図2において、過酸化水素ガスの暴露試験により、暴露時間:tに対してGFP-FSI,mAG-FSIの蛍光強度:FDtが経時的に低下することが確認された。
【0048】
≪FSIの蛍光強度変化≫
本発明者らは、FSIの蛍光強度変化が、過酸化水素による蛍光タンパク質の変性によると仮定して、その変性反応を評価するために以下の式(2)により、
Ln(FDt)=Ln(FD0)-kt
kt=Ln(FD0/FDt)・・・・・・・・・・・・(2)
ここで、Ln:自然対数、k:反応速度定数
反応過程を評価した。
【0049】
図3は、FSIの暴露時間:tによる、蛍光強度指数:Ln(FD0/FDt)の変化を示すグラフである。図3において、過酸化水素ガスの暴露試験により、暴露時間:tに対してGFP-FSI,mAG-FSIの蛍光強度指数:Ln(FD0/FDt)が直線的に変化することが確認された。このことから、過酸化水素ガスの暴露試験により蛍光シルクの蛍光強度が、蛍光シルクタンパクの一段階の単純な反応(タンパク変性)であることが示唆された。また、GFP-FSIとmAG-FSIとの蛍光強度指数:Ln(FD0/FDt)の変化の傾き:kがほぼ同一であることから、蛍光タンパク質の変性反応はどちらの蛍光タンパクでも同様である可能性が示唆された。
【0050】
≪EIの発光強度変化≫
一方、EIの過酸化水素ガスの暴露試験によるルシフェリン‐ルシフェラーゼ発光強度変化を確認した。図4は、EIの暴露時間:tによる、発光強度:EI-RLUtの変化を示すグラフである。図4において、過酸化水素ガスの暴露試験により、暴露時間:tに対してEItの発光強度:EI-RLUtが経時的に低下することが確認された。
【0051】
≪EIの滅菌強度変化≫
次に、解析ソフトウェア(ATENA)を用いて、発光強度:EI-RLUtを滅菌強度:EI-LRDtに変換した。図5は、EIの暴露時間:tによる、滅菌強度:EI-LRDtの変化を示すグラフである。図5において、過酸化水素ガスの暴露試験により、暴露時間:tに対してEIの滅菌強度:EI-LRDtが経時的に増加することが確認された。また、EI-LRDが4以上では、略直線的な変化を示すことが確認された。しかし、EI-LRDが4未満では、測定値のバラツキが大きくなり直線性が失われることが示唆された。
【0052】
≪EIの滅菌強度とFSIの蛍光強度指数の相関≫
図5の結果から、EI-LRDの滅菌強度評価として信頼性が高いと考えられる、EI-LRDが4以上の領域において、EI-LRDとFSIのLn(FD0/FDt)とをプロットする。図6は、EI-LRDとFSIのLn(FD0/FDt)との相関を示すグラフである。図6において、EI-LRDとLn(FD0/FDt)とは略直線的な相関があり、GFP-FSI,mAG-FSIの種類には依らないことが示唆された。
【0053】
以上のことから、過酸化水素による滅菌において、FSIの蛍光強度指数:Ln(FD0/FDt)を求めることにより、経時的な滅菌強度変化を求めることが可能であると判断できる。また、過酸化水素による滅菌の対象である、例えば無菌アイソレーターのチャンバー内において、FSIのLn(FD0/FDt)の値から滅菌強度分布を求めることが可能となる。
【0054】
これまで説明したように、本発明によれば、BIのような煩雑な培養操作やEIのようなルシフェリン-ルシフェラーゼアッセイを必要とせず、低コストで安定供給でき、且つ、滅菌強度がドライ状態で精度良く測定できる滅菌インジケーターを提供することができる。
【0055】
ここで、蛍光シルクの均質性と安定供給について説明する。現在、蛍光シルクの生産は、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)の指導の下に、特定地域の養蚕農家による付加価値の高いシルクの生産体制が整っており、カルタヘナ法に基づき、野生生物の生物多様性への影響が生じない環境で生産されている。
【0056】
遺伝子に蛍光タンパク質が導入されていることから、遺伝子組換えカイコが産生する蛍光シルクの蛍光発光性能は均質である。また、均質な蛍光シルクから生産される滅菌インジケーターの生産管理とロット管理とにより、BIとの比較同等性が確認された滅菌インジケーターを安定して供給することができる。
【符号の説明】
【0057】
10…蛍光シルクインジケーター、11…フィルムスティック、
12…蛍光シルク。
【要約】
【課題】BIのような煩雑な培養操作やEIのようなルシフェリン-ルシフェラーゼアッセイを必要とせず、低コストで安定供給でき、且つ、滅菌強度がドライ状態で精度良く測定できる滅菌インジケーターを提供する。
【解決手段】基材と、当該基材に支持された前記滅菌剤に感応する感応部材とを備えている。感応部材は、蛍光タンパク質を構成要素とする素材であり、遺伝子組換え蛍光シルクを採用する。この遺伝子組換え蛍光シルクは、所定波長の励起光を照射することにより、所定波長の蛍光を発光する。感応部材の蛍光強度が、感応部材に対する滅菌剤の暴露強度に比例して変化する。
【選択図】図1
図1
図2
図3
図4
図5
図6