(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-04-02
(45)【発行日】2025-04-10
(54)【発明の名称】巨核球前駆細胞又は巨核球細胞の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/078 20100101AFI20250403BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20250403BHJP
C12N 15/12 20060101ALN20250403BHJP
C12N 15/113 20100101ALN20250403BHJP
【FI】
C12N5/078 ZNA
C12N5/10
C12N15/12
C12N15/113 Z
(21)【出願番号】P 2021552480
(86)(22)【出願日】2020-10-16
(86)【国際出願番号】 JP2020039162
(87)【国際公開番号】W WO2021075568
(87)【国際公開日】2021-04-22
【審査請求日】2023-10-04
(31)【優先権主張番号】P 2019190048
(32)【優先日】2019-10-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成31年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、「再生医療実現拠点ネットワークプログラム 技術開発個別課題」「HLAクラスI欠失ユニバーサル血小板の産業化導出に向けた研究開発」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】304021831
【氏名又は名称】国立大学法人千葉大学
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【氏名又は名称】内藤 和彦
(74)【代理人】
【識別番号】100152331
【氏名又は名称】山田 拓
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼山 直也
(72)【発明者】
【氏名】江藤 浩之
(72)【発明者】
【氏名】曽根 正光
(72)【発明者】
【氏名】中村 壮
【審査官】西 賢二
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2012/157586(WO,A1)
【文献】杉本直志 et al.,iPS細胞を用いた新たな輸血医療,日本内科学会雑誌,2017年,vol.106, no.4,pp.843-849
【文献】杉本直志 et al.,iPS細胞由来血小板,日本内科学会雑誌,2019年07月,vol.108, no.7,pp.1397-1403
【文献】Besancenot R. et al.,A Senescence-Like Cell-Cycle Arrest Occures During Megakaryocytic Maturation: Implications for Physiological and Pathological Megakaryocytic Proliferation,PLoS Biology,2010年,vol.8, no.9, e1000476,pp.1-11
【文献】Chagraoui H. et al.,SCL-mediated regulation of the cell-cycle regulator p21 is critical for murine megakaryopoiesis,BLOOD,2011年,vol.118, no.3,pp.723-735
【文献】RUBINSTEIN J.D. et al.,Cyclic AMP Signaling Inhibits Megakaryocytic Differentiation by Targeting Transcription Factor 3 (E2A) Cyclin-dependent Kinase Inhibitor 1A (CDKN1A) Transcriptional Axis,The Journal of Biological Chemistry,2012年,vol.287, no.23,pp.19207-19215
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00-5/28
C12N15/00-15/90
A61K35/00-35/768
A61P 7/00-7/12
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体外で、多核化前の巨核球前駆細胞において、MYCファミリー遺伝子から選択される癌遺伝子及びBMI1遺伝子を強制発現する工程、並びにCDKN1A遺伝子の発現、又はその発現産物の機能を抑制する工程を含む、巨核球前駆細胞又は巨核球細胞を製造する方法。
【請求項2】
INK4A遺伝子及び/又はARF遺伝子及び/又はp53遺伝子の発現、あるいはそれらの発現産物の機能を抑制する工程をさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
巨核球細胞が成熟巨核球細胞である、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
巨核球細胞が不死化されている、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
BCL-XL遺伝子を強制発現する工程をさらに含む、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
癌遺伝子、BMI1遺伝子及びBCL-XL遺伝子の強制発現を抑制する工程をさらに含む、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
CDKN1A遺伝子の発現、又はその発現産物の機能の抑制がBCL-XL遺伝子の強制発現と同時に実施される、請求項5又は6に記載の方法。
【請求項8】
CDKN1A遺伝子の発現、又はその発現産物の機能の抑制が、BMI1遺伝子及びBCL-XL遺伝子の強制発現後の細胞の増殖低下の後に実施される、請求項5に記載の方法。
【請求項9】
細胞の増殖低下がBMI1遺伝子及びBCL-XL遺伝子の強制発現から30日以上後である、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
抑制工程が、遺伝子の発現又はその発現産物の機能を抑制する分子を細胞に導入することによって行われる、請求項1に記載の方法。
【請求項11】
生体外で、多核化前の巨核球前駆細胞において、CDKN1A遺伝子の発現、又はその発現産物の機能を抑制する工程、並びにINK4A遺伝子及び/又はARF遺伝子及び/又はp53遺伝子の発現、あるいはそれらの発現産物の機能を抑制する工程を含む、巨核球前駆細胞又は巨核球細胞を製造する方法。
【請求項12】
巨核球細胞が成熟巨核球細胞である、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
巨核球細胞が不死化されている、請求項10又は11に記載の方法。
【請求項14】
請求項1~13のいずれか一項に記載の方法により巨核球前駆細胞又は巨核球細胞を製造する工程、及び製造された巨核球前駆細胞又は巨核球細胞を培養する工程を含む、血小板を製造する方法。
【請求項15】
生体外で、多核化前の巨核球前駆細胞において、CDKN1A遺伝子の発現又はその発現産物の機能を抑制する工程、並びにINK4A遺伝子及び/又はARF遺伝子及び/又はp53遺伝子の発現、あるいはそれらの発現産物の機能を抑制する工程を含む、多核化前の巨核球前駆細胞の増殖を促進する方法。
【請求項16】
CDKN1A遺伝子の発現又はその発現産物の機能を抑制する分子、並びにINK4A遺伝子及び/又はARF遺伝子及び/又はp53遺伝子の発現、あるいはそれらの発現産物の機能を抑制する分子を有効成分として含む、多核化前の巨核球前駆細胞の増殖促進剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は広く、巨核球前駆細胞又は巨核球細胞の製造方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
血小板輸血には毎回約2000億個の血小板が使われるが、血小板は一般に体内寿命が数日と短いため、繰返し投与することがしばしば必要となる。社会高齢化により血小板輸血の繰り返し投与が必要とされる高齢者は増加の一途を辿っているものの、若年ドナー人口は減少している。
【0003】
血小板の社会的需要に応えるべく、発明者らはヒトiPS細胞を用いて試験管内で血小板製剤の安定産生技術を確立した(非特許文献1、2)。発明者らは、ヒトiPS細胞由来の造血細胞等に3つの因子(MYC/BMI1/BCL-XL)を導入して、不死化巨核球株(血小板の素になる細胞)を樹立し、培地を変更するだけで、血小板を大量産生する技術(ヒトiPS細胞由来人工血小板製剤)も確立している(特許文献1、2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開第2011/034073号公報
【文献】国際公開第2012/157586号公報
【非特許文献】
【0005】
【文献】Cell Stem Cell. 2014 Apr 3;14(4):535-48
【文献】Cell. 2018 Jul 26;174(3):636-648
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
1011個/血小板を含む製剤1パックを、例えば1000パック供給するためには、少なくとも1014-15個(増殖日数で計算するとヒトiPS細胞から誘導した10-14日目の造血前駆細胞にMYC、BMI1及びBCL-XLを導入後、約4~5ヶ月間)の不死化巨核球細胞が必要である。そのため、血小板製造には高い細胞増殖能力を有する巨核球前駆細胞又は巨核球細胞の製造が欠かせないが、質の悪いiPS細胞や造血前駆細胞に上記3因子(MYC/BMI1/BCL-XL)を導入して得られる巨核球前駆細胞又は巨核球細胞の細胞増殖能力には限界があることが判明した。
【0007】
かかる事情に鑑み、本発明は、血小板の安定した産生系の確立のために、増殖能力の高い巨核球前駆細胞又は巨核球細胞を製造する新規な方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために検討を重ねた結果、細胞周期の阻害因子p21をコードするCDKN1A遺伝子の発現を抑制することで、高い増殖能力を有する巨核球前駆細胞又は巨核球細胞が得られることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0009】
すなわち、本願発明は以下の発明を包含する。
[1] 造血前駆細胞又は多核化前の巨核球前駆細胞において、CDKN1A遺伝子の発現、又はその発現産物の機能を抑制する工程を含む、巨核球前駆細胞又は巨核球細胞を製造する方法。
[2] INK4A遺伝子及び/又はARF遺伝子及び/又はp53遺伝子の発現、あるいはそれらの発現産物の機能を抑制する工程をさらに含む、[1]に記載の方法。
[3] 巨核球細胞が成熟巨核球細胞である、[2]に記載の方法。
[4] 巨核球細胞が不死化されている、[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
[5] 造血前駆細胞において、MYCファミリー遺伝子から選択される癌遺伝子及びBMI1遺伝子を強制発現する工程をさらに含む、[4]に記載の方法。
[6] BCL-XL遺伝子を強制発現する工程をさらに含む、[5]に記載の方法。
[7] 癌遺伝子、BMI1遺伝子及びBCL-XL遺伝子の強制発現を抑制する工程をさらに含む、[6]に記載の方法。
[8] CDKN1A遺伝子の発現、又はその発現産物の機能の抑制がBCL-XL遺伝子の強制発現と同時に実施される、[1]~[7]のいずれかに記載の方法。
[9] CDKN1A遺伝子の発現、又はその発現産物の機能の抑制が、BMI1遺伝子及びBCL-XL遺伝子の強制発現後の細胞の増殖低下の後に実施される、[1]~[7]のいずれかに記載の方法。
[10] 細胞の増殖低下がBMI1遺伝子及びBCL-XL遺伝子の強制発現から30日以上後である、[9]に記載の方法。
[11] 抑制工程が、遺伝子の発現又はその発現産物の機能を抑制する分子を細胞に導入することによって行われる、[1]~[10]のいずれかに記載の方法。
[12] [1]~[11]のいずれかに記載の方法により巨核球前駆細胞又は巨核球細胞を製造する工程、及び
製造された巨核球前駆細胞又は巨核球細胞を培養する工程を含む、血小板を製造する方法。
[13] CDKN1A遺伝子の発現又はその発現産物の機能を抑制する工程を含む、巨核球前駆細胞又は巨核球細胞の増殖を促進する方法。
[14] INK4A遺伝子及び/又はARF遺伝子及び/又はp53遺伝子の発現、あるいはそれらの発現産物の機能を抑制する工程をさらに含む、[13]に記載の方法。
[15] CDKN1A遺伝子の発現又はその発現産物の機能を抑制する分子を有効成分として含む、巨核球前駆細胞又は巨核球細胞の増殖促進剤。
[16] INK4A遺伝子及び/又はARF遺伝子及び/又はp53遺伝子の発現、あるいはそれらの発現産物の機能を抑制する分子をさらに含む、[15]に記載の増殖促進剤。
【0010】
[17] 造血前駆細胞又は多核化前の巨核球前駆細胞において、p53遺伝子の発現、又はその発現産物の機能を抑制する工程を含む、巨核球前駆細胞又は巨核球細胞を製造する方法。
[18] INK4A遺伝子及び/又はARF遺伝子及び/又はCDKN1A遺伝子の発現、あるいはそれらの発現産物の機能を抑制する工程をさらに含む、[17]に記載の方法。
[19] 巨核球細胞が成熟巨核球細胞である、[17]又は[18]に記載の方法。
[20] 巨核球細胞が不死化されている、[17]~[19]のいずれかに記載の方法。
[21] 造血前駆細胞において、MYCファミリー遺伝子から選択される癌遺伝子及びBMI1遺伝子を強制発現する工程をさらに含む、[20]に記載の方法。
[22] BCL-XL遺伝子を強制発現する工程をさらに含む、[21]に記載の方法。
[23] 癌遺伝子、BMI1遺伝子及びBCL-XL遺伝子の強制発現を抑制する工程をさらに含む、[22]に記載の方法。
[24] p53遺伝子の発現、又はその発現産物の機能の抑制がBCL-XL遺伝子の強制発現と同時に実施される、[17]~[23]のいずれかに記載の方法。
[25] p53遺伝子の発現、又はその発現産物の機能の抑制が、BMI1遺伝子及びBCL-XL遺伝子の強制発現後の細胞の増殖低下の後に実施される、[17]~[23]のいずれかに記載の方法。
[26] 細胞の増殖低下がBMI1遺伝子及びBCL-XL遺伝子の強制発現から30日以上後である、[25]に記載の方法。
[27] 抑制工程が、遺伝子の発現又はその発現産物の機能を抑制する分子を細胞に導入することによって行われる、[17]~[26]のいずれかに記載の方法。
[28] [17]~[27]のいずれかに記載の方法により巨核球前駆細胞又は巨核球細胞を製造する工程、及び
製造された巨核球前駆細胞又は巨核球細胞を培養する工程を含む、血小板を製造する方法。
[29] p53遺伝子の発現又はその発現産物の機能を抑制する工程を含む、巨核球前駆細胞又は巨核球細胞の増殖を促進する方法。
[30] INK4A遺伝子及び/又はARF遺伝子及び/又はCDKN1A遺伝子の発現、あるいはそれらの発現産物の機能を抑制する工程をさらに含む、[29]に記載の方法。
[31] p53遺伝子の発現又はその発現産物の機能を抑制する分子を有効成分として含む、巨核球前駆細胞又は巨核球細胞の増殖促進剤。
[32] INK4A遺伝子及び/又はARF遺伝子及び/又はCDKN1A遺伝子の発現、あるいはそれらの発現産物の機能を抑制する分子をさらに含む、[31]に記載の増殖促進剤。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、出発細胞におけるCDKN1A遺伝子の発現を抑制することで、従来技術よりも増殖期間が長く、増殖能力が高い巨核球前駆細胞又は巨核球細胞であって、安定した血小板の産生が可能な巨核球前駆細胞又は巨核球細胞の製造が可能になる。
【0012】
CDKN1A遺伝子に加え、更に癌抑制遺伝子であるp53遺伝子及び/又はINK4A/ARF遺伝子の発現を抑制することで、巨核球前駆細胞又は巨核球細胞の増殖期間が更に長くなり、増殖能力も更に増大する。
【0013】
出発細胞におけるp53遺伝子の発現を抑制することでも、従来技術よりも増殖期間が長く、増殖能力が高い巨核球前駆細胞又は巨核球細胞であって、安定した血小板の産生が可能な巨核球前駆細胞又は巨核球細胞の製造が可能になる。
【0014】
p53遺伝子に加え、更にCDKN1A遺伝子及び/又はINK4A/ARF遺伝子の発現を抑制することで、巨核球前駆細胞又は巨核球細胞の増殖期間が更に長くなり、増殖能力も更に増大する。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】
図1は、CDKN1A遺伝子の発現を抑制した後の巨核球前駆細胞又は巨核球細胞(MKCL1)の増殖を解析した結果を示す。縦軸は遺伝子の発現を抑制してからの細胞の増殖数、横軸は発現抑制からの日数を示す。
【
図2】
図2は、CDKN1A遺伝子、INK4A/ARF遺伝子及びp53遺伝子の発現を抑制した後の巨核球前駆細胞又は巨核球細胞(MKCL23)の増殖を解析した結果を示す。縦軸は遺伝子の発現を抑制してからの細胞の増殖数、横軸は発現抑制からの日数を示す。
【
図3】
図3は、CDKN1A遺伝子、INK4A/ARF遺伝子及びp53遺伝子の発現を抑制した後の巨核球前駆細胞又は巨核球細胞(MKCL26)の増殖を解析した結果を示す。縦軸は遺伝子の発現を抑制してからの細胞の増殖数、横軸は発現抑制からの日数を示す。
【
図4】
図4は、BCL-XL導入と同時又はその2週間後にCDKN1A遺伝子及びp53遺伝子の発現を抑制した後の巨核球細胞(MKCL1)の増殖を解析した結果を示す。縦軸は遺伝子の発現を抑制してからの細胞の増殖数、横軸は発現抑制からの日数を示す。
【
図5】
図5は、CDKN1A遺伝子の発現抑制により樹立した巨核球細胞とそこから産生された血小板のFACSドットプロット(それぞれ、右上と右下)を示す(X軸:CD41;Y軸:CD42b)。
【
図6】
図6は、CDKN1A遺伝子の発現を抑制した巨核球細胞(MKCL21)の血小板産生能を従来の3因子(MYC/BMI1/BCL-XL)強制発現によるもっとも優れた血小板放出能のある巨核球細胞株(SeV2)と比較した結果を示す。上パネル:ドキシサイクリンを加え、MYC/BMI1/BCL-XLの3因子の発現をさせた状態。下パネル:培養液からドキシサイクリンを除去し、MYC/BMI1/BCL-XLの3因子の発現を抑制して5日目の状態。
【
図7】
図7は、コントロールベクター感染後のMKCL7株と、CDKN1A抑制後のMKCL21株と、CDKN1A及びp53抑制後のMKCL30株とでの血小板放出能を比較した結果を示す。
【
図8】
図8は、コントロールベクター感染後のMKCL7株と、CDKN1A抑制後のMKCL21株と、CDKN1A及びp53抑制後のMKCL30株とで、それぞれ、無刺激、或いは0.4μMのPMA又は100μMのADP+40μMのTRAP-6存在下での血小板放出能を比較した結果を示す。
【
図9】
図9は、c-MYC/BMI1の2遺伝子を導入した巨核球前駆細胞株を14日間後に、そのまま培養した株(MB)、MB株に更にドキシサイクリン誘導レンチウイルスベクターを用いてBCL-XL遺伝子を導入した株(MBX)、MB株に持続的に発現するsh p21/p53レンチウイルスベクターを感染させた株(MB-p21/p53_KD)、及びMBX株に持続的に発現するsh p21/p53レンチウイルスベクターを感染させた株(MBX-p21/p53_KD)の巨核球前駆細胞株について、14日目と31日目と43日目における細胞の増殖数の結果を示す。
【
図10】
図10は、MB株、MBX株、MB-p21/p53_KD株、及びMBX-p21/p53_KD株について、31日目と43日目に、細胞のCD34及びCD41の発現をFACSで解析した結果を示す。
【
図11】
図11は、MB株、MBX株、MB-p21/p53_KD株、及びMBX-p21/p53_KD株について、31日目と43日目に、細胞のCD34及びCD42bの発現をFACSで解析した結果を示す。
【
図12】
図12は、MB株、MBX株、MB-p21/p53_KD株、及びMBX-p21/p53_KD株について、31日目と43日目に、細胞のCD34及びGPAの発現をFACSで解析した結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
(巨核球前駆細胞又は巨核球細胞の製造方法)
本実施形態に係る巨核球前駆細胞又は巨核球細胞を製造する方法は、造血前駆細胞又は多核化前の巨核球前駆細胞において、CDKN1A遺伝子の発現、又はその発現産物の機能を抑制する工程を含む。本明細書で使用する場合、「遺伝子の発現」とは、対象の遺伝子をコードするDNAがmRNAへ転写されること、及び/又はmRNAがタンパク質へ翻訳されることを意味する。
【0017】
CDKN1A(cyclin-dependent kinase inhibitor 1A)遺伝子は細胞周期の阻害因子p21をコードしており、癌抑制遺伝子であるp53遺伝子の下流遺伝子としても知られている。活性化したp53タンパク質は転写因子として働き、p53下流遺伝子群の発現を増加させる。そのため、本明細書で使用する場合、「遺伝子の発現、又はその発現産物の機能を抑制する」とは、対象の遺伝子の発現やその発現産物(例えば、CDKN1A遺伝子の場合にはp21)の機能を直接抑制することによって達成してもよいし、対象の遺伝子の上流にある遺伝子の発現やそれらの発現産物の機能を制御することで達成することもできる。ただし、本明細書においては、CDKN1A遺伝子の発現、又はその発現産物の機能を抑制する場合、その対象となるCDKN1A遺伝子の上流遺伝子の中に、p53遺伝子、更にはp53遺伝子の上流にある別の癌抑制遺伝子であるINK4A遺伝子及びARF遺伝子は含まれない。
【0018】
INK4(inhibitors of CDK4)A遺伝子及びARF(alternative reading frame)遺伝子は同じ遺伝子座に存在する遺伝子であり、癌抑制遺伝子として知られている。両遺伝子は一部のエクソンを共有しており、どちらも増殖抑制に働くと考えられている。共通のエクソンを標的とするsiRNAなどの分子を使用することで、両遺伝子の発現を抑制することができる。本明細書で使用する場合、「INK4A/ARF遺伝子」とは両方の遺伝子か、いずれか一方の遺伝子、つまり「INK4A遺伝子及び/又はARF遺伝子」として解釈される。
【0019】
CDKN1A遺伝子のみならず、INK4A/ARF遺伝子及び/又はp53遺伝子の発現、あるいはそれらの発現産物の機能を抑制することが好ましい。CDKN1A遺伝子とp53遺伝子の組み合わせがより好ましい。
【0020】
本明細書で使用する場合のCDKN1A遺伝子、INK4A/ARF遺伝子、p53遺伝子等の各遺伝子は、それらの公知の核酸配列、例えばcDNA配列でコードされるものを意味する。各遺伝子には、公知の核酸配列の相同性に基づいて同定されるホモログも含まれ得る。
【0021】
CDKN1A遺伝子のホモログとは、そのcDNA配列が、例えば、配列番号1で示される核酸配列と実質的に同一の配列からなる遺伝子のことである。配列番号1で示される核酸配列と実質的に同一の配列からなるcDNAとは、配列番号1で表される配列からなるDNAと、約60%以上、好ましくは約70%以上、より好ましくは約80%以上、例えば81%、82%、83%、84%、85%、86%、87%、88%、89%、よりさらに好ましくは約90%以上、例えば91%、92%、93%、94%、95%、96%、97%、98%、最も好ましくは約99%以上の同一性を有する配列からなるDNA、もしくは、配列番号1で表わされる核酸配列に相補的な配列からなるDNA又はRNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズできるDNAであって、これらのDNAによってコードされるタンパク質が、細胞周期を阻害するもののことである。あるいは、配列番号1で示される核酸配列と実質的に同一の配列からなるcDNAとは、配列番号1で表される配列中の1又は複数個、例えば1~10個、好ましくは数個、例えば1~5個、1~4個、1~3個、1~2個の塩基が欠失、置換若しくは付加された配列からなるDNAであって、これらのDNAによってコードされるタンパク質が、細胞周期を阻害するもののことである。
【0022】
また、本発明で用いられるINK4A遺伝子のホモログとは、そのcDNA配列が、例えば、配列番号2で示される核酸配列と実質的に同一の配列からなる遺伝子のことである。配列番号2で示される核酸配列と実質的に同一の配列からなるcDNAとは、配列番号2で表される配列からなるDNAと、約60%以上、好ましくは約70%以上、より好ましくは約80%以上、例えば81%、82%、83%、84%、85%、86%、87%、88%、89%、よりさらに好ましくは約90%以上、例えば91%、92%、93%、94%、95%、96%、97%、98%、最も好ましくは約99%以上の同一性を有する配列からなるDNA、もしくは、配列番号2で表わされる核酸配列に相補的な配列からなるDNA又はRNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズできるDNAであって、そのDNAによってコードされるタンパク質が、癌を抑制するもののことである。あるいは、配列番号2で示される核酸配列と実質的に同一の配列からなるcDNAとは、配列番号2で表される配列中の1又は複数個、例えば1~10個、好ましくは数個、例えば1~5個、1~4個、1~3個、1~2個の塩基が欠失、置換若しくは付加された配列からなるDNAであって、これらのDNAによってコードされるタンパク質が、癌を抑制するもののことである。
【0023】
また、本発明で用いられるARF遺伝子のホモログとは、そのcDNA配列が、例えば、配列番号3で示される核酸配列と実質的に同一の配列からなる遺伝子のことである。配列番号3で示される核酸配列と実質的に同一の配列からなるcDNAとは、配列番号3で表される配列からなるDNAと、約60%以上、好ましくは約70%以上、より好ましくは約80%以上、例えば81%、82%、83%、84%、85%、86%、87%、88%、89%、よりさらに好ましくは約90%以上、例えば91%、92%、93%、94%、95%、96%、97%、98%、最も好ましくは約99%以上の同一性を有する配列からなるDNA、もしくは、配列番号3で表わされる核酸配列に相補的な配列からなるDNA又はRNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズできるDNAであって、そのDNAによってコードされるタンパク質が、癌を抑制するもののことである。あるいは、配列番号3で示される核酸配列と実質的に同一の配列からなるcDNAとは、配列番号3で表される配列中の1又は複数個、例えば1~10個、好ましくは数個、例えば1~5個、1~4個、1~3個、1~2個の塩基が欠失、置換若しくは付加された配列からなるDNAであって、これらのDNAによってコードされるタンパク質が、癌を抑制するもののことである。
【0024】
p53遺伝子とは、そのcDNA配列が、例えば、配列番号4で示される核酸配列と実質的に同一の配列からなる遺伝子のことである。配列番号4で示される核酸配列と実質的に同一の配列からなるcDNAとは、配列番号4で表される配列からなるDNAと、約60%以上、好ましくは約70%以上、より好ましくは約80%以上、例えば81%、82%、83%、84%、85%、86%、87%、88%、89%、よりさらに好ましくは90%以上、例えば91%、92%、93%、94%、95%、96%、97%、98%、最も好ましくは約99%以上の同一性を有する配列からなるDNA、もしくは、配列番号4で表わされる核酸配列に相補的な配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズできるDNAであって、そのDNAによってコードされるタンパク質が、癌を抑制するもののことである。あるいは、配列番号4で示される核酸配列と実質的に同一の配列からなるcDNAとは、配列番号4で表される配列中の1又は複数個、例えば1~10個、好ましくは数個、例えば1~5個、1~4個、1~3個、1~2個の塩基が欠失、置換若しくは付加された配列からなるDNAであって、これらのDNAによってコードされるタンパク質が、癌を抑制するもののことである。
【0025】
ここで、ストリンジェントな条件とは、当業者によって容易に決定されるハイブリダイゼーションの条件のことであり、一般的に核酸の塩基長、洗浄温度、及び塩濃度に依存する経験的な実験条件である。一般に、塩基が長くなると適切なアニーリングのための温度が高くなり、塩基が短くなると温度は低くなる。ハイブリッド形成は、一般的に、相補的鎖がその融点よりやや低い環境における再アニール能力に依存する。
【0026】
具体的には、例えば、低ストリンジェントな条件として、ハイブリダイゼーション後のフィルターの洗浄段階において、37℃~42℃の温度条件下、0.1×SSC、0.1%SDS溶液中で洗浄することなどが上げられる。また、高ストリンジェントな条件として、例えば、洗浄段階において、65℃、5×SSC及び0.1%SDS中で洗浄することなどが挙げられる。ストリンジェントな条件をより高くすることにより、相同性の高いポリヌクレオチドを得ることができる。
【0027】
遺伝子の発現又はその発現産物の機能の抑制は、既知の方法により行うことができ、例えば、各遺伝子の発現を特異的に抑制し得るsiRNA、アンチセンス核酸、又はこれらの核酸分子を発現し得る発現ベクターなどの、種々の分子を細胞に導入することにより行うことができる。あるいは、それ以外の技術、例えばゲノム編集技術などを利用し、遺伝子をノックダウンしてもよい。例えば、CRISPR-Casシステムを利用して遺伝子をノックダウンする場合、その遺伝子を標的とするガイドRNAと、dCasのような不活化Casとリプレッサードメインの融合タンパク質などが用いられる。
【0028】
siRNAは、典型的には、標的遺伝子のmRNAのヌクレオチド配列又はその部分配列と相補的な配列を有するRNAとその相補鎖からなる2本鎖オリゴRNAである。これらのRNAのヌクレオチド配列は、発現が抑制される遺伝子の配列情報により当業者が適宜設計することができる。siRNAの代わりにshRNAを使用することもできる。
【0029】
アンチセンス核酸とは、標的mRNA(成熟mRNA又は初期転写産物)を発現する細胞の生理的条件下で標的mRNAと特異的にハイブリダイズし得るヌクレオチド配列を含み、かつハイブリダイズした状態で標的mRNAにコードされるポリペプチドの翻訳を阻害し得る核酸を意味する。アンチセンス核酸の種類は、DNA又はRNAであってもよいし、あるいはDNAとRNAのキメラであってもよい。アンチセンス核酸のヌクレオチド配列は、発現が抑制される遺伝子の配列情報により当業者が適宜設計することができる。
【0030】
上記の技術に加え、各遺伝子の発現を抑制することが知られている化合物を使用することもできる。例えば、CDKN1A遺伝子の発現を抑制する化合物として、UC2288、ブチロラクトンI、LLW10、ソラフェニブ、ステリグマトシスチンなどのp21阻害剤が知られている。また、p53阻害剤としては、ピフィスリンα、ナトリン-3、ReACp53、RG7388などが知られている。
【0031】
あるいは、遺伝子の発現又はその発現産物の機能の抑制のために、公知の技術を用いて対象の遺伝子をノックアウトしてもよい。遺伝子のノックアウトとは、遺伝子の全部又は一部がその本来の機能を発揮しないように破壊又は変異されていることを意味する。遺伝子は、ゲノム上の一つの対立遺伝子が機能しないように破壊又は変異されていてもよい。また、複数の対立遺伝子が破壊又は変異されていてもよい。ノックアウトは、既知の方法により行うことができ、例えば、標的遺伝子との間で遺伝的組換えが起こるように作られたDNAコンストラクトを細胞に導入することによりノックアウトする方法や、TALENやCRISPR-Casシステムなどのゲノム編集技術を利用して、塩基の挿入、欠失、置換導入によりノックアウトする方法が挙げられる。
【0032】
その他、各遺伝子の転写及び転写産物を抑制する化合物、又は産生されたタンパクの標的タンパクとの結合阻害剤 (p53結合阻害: ピフィスリンα、ナトリン-3、ReACp53、RG7388等;p21結合阻害:UC2288、ブチロラクトンI、LLW10、ソラフェニブ、ステリグマトシスチン等)などを使用してもよい。
【0033】
上記遺伝子の発現又はその発現産物の機能の抑制は、巨核球細胞へ分化する前の細胞、例えば、造血前駆細胞又は多核化前の巨核球前駆細胞において行われる。本明細書で使用する場合、「造血前駆細胞」とは、CD34陽性細胞として特徴付けられる造血系の細胞であり、例えば、ES細胞又はiPS細胞由来の細胞、特に、ES細胞又はiPS細胞から調製されるネット様構造物(ES-sac又はiPS-sacとも称する)から得られる細胞(特に、ネット様構造物から分離した直後の細胞)が好ましい。ここで、ES細胞又はiPS細胞から調製される「ネット様構造物」とは、ES細胞又はiPS細胞由来の立体的な嚢状(内部に空間を伴うもの)構造体で、内皮細胞集団などで形成され、内部に造血前駆細胞を含むもののことである。
【0034】
「多核化前の巨核球前駆細胞」とは、多核化した巨核球細胞よりも未分化な細胞であって、巨核球系列の特異的マーカーであるCD41a陽性/CD42a陽性/CD42b陽性で、核の多倍体化を起こしていない単核又は二核の細胞を意味する。
【0035】
造血前駆細胞又は多核化前の巨核球前駆細胞は、例えば、骨髄、臍帯血、末梢血から単離して得ることもできるし、さらにより未分化な細胞であるES細胞、iPS細胞等の多能性幹細胞から分化誘導して得ることもできる。
【0036】
巨核球細胞は、公知の手法により、造血前駆細胞又は多核化前の巨核球前駆細胞から更に分化誘導することで製造される。巨核球細胞は、細胞表面マーカーであるCD41a、CD42a、及びCD42bが陽性であることを特徴としている。巨核球細胞は、これらのマーカーに加え、CD9、CD61、CD62p、CD42c、CD42d、CD49f、CD51、CD110、CD123、CD131、及びCD203cからなる群より選択される少なくとも1つのマーカーをさらに発現していることもある。巨核球細胞は、多核化(多倍体化)し成熟すると、血小板を放出する。多核化した巨核球細胞は、通常の細胞の16~32倍のゲノムを有する。
【0037】
本明細書において単に「巨核球細胞」という場合、特に断らない限り、未成熟な巨核球細胞や、多核化が進んで成熟した巨核球細胞(成熟巨核球細胞)など、あらゆる巨核球細胞を包含する意味として使用される。
【0038】
巨核球細胞は更に不死化されていることが好ましい。不死化巨核球細胞の製造方法の非限定的な例として、国際公開第2011/034073号(上掲)及び米国特許出願公開第2012/0238023号に記載された方法が挙げられる。同方法では、巨核球細胞より未分化な細胞において、癌遺伝子とポリコーム遺伝子を強制発現させることにより、無限に増殖する不死化巨核球細胞株を得ることができる。
【0039】
また、国際公開第2012/157586号(上掲)及び米国特許出願公開第2014/0127815号に記載された方法に従って、巨核球細胞より未分化な細胞においてアポトーシス抑制遺伝子を強制発現させることによっても、不死化巨核球細胞を得ることができる。これらの不死化巨核球細胞は、遣伝子の強制発現を解除することにより、自己複製能を獲得するとともに、多核化が進み、血小板を放出するようになる。
【0040】
癌遺伝子、ポリコーム遺伝子、及び/又はアポトーシス抑制遺伝子の強制発現は、同時に行ってもよく、順次行ってもよい。例えば、癌遺伝子とポリコーム遺伝子を強制発現させ、その後この強制発現を抑制し、続いてアポトーシス抑制遺伝子を強制発現させ、その後この強制発現を抑制して、多核化巨核球細胞を得てもよい。また、癌遺伝子とポリコーム遺伝子とアポトーシス抑制遺伝子を同時に強制発現させ、これらの強制発現を同時に抑制して、多核化巨核球細胞を得ることもできる。まず、癌遣伝子とポリコーム遺伝子を強制発現させ、続いてアポトーシス抑制遺伝子を強制発現させ、これらの強制発現を同時に抑制して、多核化巨核球細胞を得ることもできる。
【0041】
CDKN1A遺伝子の発現、又はその発現産物の機能の抑制は、癌遺伝子、ポリコーム遺伝子、又はアポトーシス抑制遺伝子のいずれかの強制発現と同時、好ましくはアポトーシス抑制遺伝子の強制発現と同時か、あるいはその後、例えば細胞増殖の低下、例えば、ある時点の細胞増殖率を直近の細胞増殖率と比較し(例えば、一週間ごとに細胞の増殖を確認したとして、ある週の細胞増殖率をその一週間前の増殖率と比較して)、増殖率が1/2以下になった状態が確認された後に実施することができる。細胞増殖の低下は、限定することを意図するものではないが、癌遺伝子又はポリコーム遺伝子の強制発現直後から約30日後、約40日後、約50日後、約60日後、約70日後、約80日後、又は約90日後まで見られる。
【0042】
本明細書において「癌遺伝子」とは、生体内において細胞の癌化を誘導する遺伝子のことをいい、例えば、MYCファミリー遺伝子(例えば、c-MYC、N-MYC、L-MYC)、SRCファミリー遺伝子、RASファミリー遺伝子、RAFファミリー遺伝子、c-Kit、PDGFR、Ablなどのプロテインキナーゼファミリー遺伝子が挙げられる。これらの中でもMYCファミリー遺伝子、特にc-MYCが好ましい。
【0043】
本明細書において「ポリコーム遣伝子」とは、CDKN2a(INK4A/ARF)遺伝子を負に制御し、細胞老化を回避するために機能する遺伝子をいう(小倉ら, 再生医療,vol.6,No.4,pp26-32;Jseus et al., Jseus et al., Nature Reviews Molecular Cell Biology vol.7,pp667-677,2006;Proc.Natl.Acad.Sci.USA,vol.100,pp211-216,2003)。ポリコーム遺伝子の非限定的な例として、BMI1、Mel18、Ring1a/b、Phc1/2/3、Cbx2/4/6/7/8、Ezh2、Eed、Suz12、HADC、Dnmtl/3a/3bが挙げられる。これらの中でもBMI1が好ましい。
【0044】
本明細書において「アポトーシス抑制遺伝子」とは、細胞のアポトーシスを抑制する機能を有する遣伝子をいい、例えば、BCL2遺伝子、BCL-XL遺伝子、Survivin遺伝子、MCLl遺伝子などが挙げられる。これらの中でもBCL-XL遺伝子が好ましい。
【0045】
遺伝子の強制発現及び強制発現の解除は、国際公開第2011/034073号(上掲)及び米国特許出願公開第2012/0238023号、国際公開第2012/157586号(上掲)及び米国特許出願公開第2014/0127815号、国際公開第2014/123242号及び米国特許出願公開第2016/0002599号、又はNakamura S et al, Cell Stem Cell. 14, 535-548, 2014に記載された方法、その他の公知の方法又はそれに準ずる方法で行うことができる。
【0046】
上記強制発現の期間は当業者が適宜決定することができるが、癌遺伝子、ポリコーム遺伝子、及び/又はアポトーシス抑制遺伝子の強制発現については、CDKN1A遺伝子の発現を抑制した後、所望の期間経過後に強制発現を抑制(解除)することが好ましい。なお、強制発現後に、細胞を継代培養してもよく、最後の継代から強制発現を解除する日までの期間も特に限定されないが、例えば、1日間、2日間又は3日間以上としてもよい。
【0047】
遺伝子の強制発現及びその解除のためにTet-on(登録商標)又はTet-off(登録商標)システムのような薬剤応答性の遺伝子発現誘導システムを用いる場合、強制発現する工程においては、対応する薬剤、例えば、テトラサイクリン又はドキシサイクリンを培地に含有させ、これらを培地から除くことによって強制発現を抑制してもよい。
【0048】
更なる局面において、巨核球前駆細胞又は巨核球細胞を製造する方法は、造血前駆細胞又は多核化前の巨核球前駆細胞において、p53遺伝子の発現、又はその発現産物の機能を抑制する工程を含む。
【0049】
本局面において、p53遺伝子のみならず、INK4A/ARF遺伝子及び/又はCDKN1A遺伝子の発現、あるいはそれらの発現産物の機能を抑制することが好ましい。CDKN1A遺伝子とp53遺伝子の組み合わせがより好ましい。
【0050】
本局面において、遺伝子の発現又はその発現産物の機能の抑制は、上述の方法により行うことができる。
【0051】
本局面において、上記遺伝子の発現又はその発現産物の機能の抑制は、巨核球細胞へ分化する前の細胞、例えば、造血前駆細胞又は多核化前の巨核球前駆細胞において行われる。
【0052】
本局面において、巨核球細胞は更に不死化されていることが好ましい。不死化巨核球細胞の製造方法の非限定的な例として、国際公開第2011/034073号(上掲)及び米国特許出願公開第2012/0238023号に記載された方法が挙げられる。同方法では、巨核球細胞より未分化な細胞において、癌遺伝子とポリコーム遺伝子を強制発現させることにより、無限に増殖する不死化巨核球細胞株を得ることができる。
【0053】
また、国際公開第2012/157586号(上掲)及び米国特許出願公開第2014/0127815号に記載された方法に従って、巨核球細胞より未分化な細胞においてアポトーシス抑制遺伝子を強制発現させることによっても、不死化巨核球細胞を得ることができる。これらの不死化巨核球細胞は、遣伝子の強制発現を解除することにより、自己複製能を獲得するとともに、多核化が進み、血小板を放出するようになる。
【0054】
本局面において、癌遺伝子、ポリコーム遺伝子、及び/又はアポトーシス抑制遺伝子の強制発現は、同時に行ってもよく、順次行ってもよい。例えば、癌遺伝子とポリコーム遺伝子を強制発現させ、その後この強制発現を抑制し、続いてアポトーシス抑制遺伝子を強制発現させ、その後この強制発現を抑制して、多核化巨核球細胞を得てもよい。また、癌遺伝子とポリコーム遺伝子とアポトーシス抑制遺伝子を同時に強制発現させ、これらの強制発現を同時に抑制して、多核化巨核球細胞を得ることもできる。まず、癌遣伝子とポリコーム遺伝子を強制発現させ、続いてアポトーシス抑制遺伝子を強制発現させ、これらの強制発現を同時に抑制して、多核化巨核球細胞を得ることもできる。
【0055】
本局面において、p53遺伝子の発現、又はその発現産物の機能の抑制は、癌遺伝子、ポリコーム遺伝子、又はアポトーシス抑制遺伝子のいずれかの強制発現と同時、好ましくはアポトーシス抑制遺伝子の強制発現と同時か、あるいはその後、例えば細胞増殖の低下、例えば、ある時点の細胞増殖率を直近の細胞増殖率と比較し(例えば、一週間ごとに細胞の増殖を確認したとして、ある週の細胞増殖率をその一週間前の増殖率と比較して)、増殖率が1/2以下になった状態が確認された後に実施することができる。細胞増殖の低下は、限定することを意図するものではないが、癌遺伝子又はポリコーム遺伝子の強制発現直後から約30日後、約40日後、約50日後、約60日後、約70日後、約80日後、又は約90日後まで見られる。
【0056】
本局面において、癌遺伝子としては、MYCファミリー遺伝子、特にc-MYCが好ましい。ポリコーム遣伝子としては、BMI1が好ましい。アポトーシス抑制遺伝子としては、BCL-XL遺伝子が好ましい。
【0057】
本局面の一態様において、癌遺伝子(例、c-MYC)及びポリコーム遺伝子(例、BMI1)を強制発現させることにより、不死化巨核球細胞株を得る。アポトーシス抑制遺伝子(例、BCL-XL)の強制発現は行っても行わなくてもよい。
【0058】
本局面において、遺伝子の強制発現及び強制発現の解除は、上述した方法により行うことができる。
【0059】
本局面において、上記強制発現の期間は当業者が適宜決定することができるが、癌遺伝子、ポリコーム遺伝子、及び/又はアポトーシス抑制遺伝子の強制発現については、p53遺伝子の発現を抑制した後、所望の期間経過後に強制発現を抑制(解除)することが好ましい。なお、強制発現後に、細胞を継代培養してもよく、最後の継代から強制発現を解除する日までの期間も特に限定されないが、例えば、1日間、2日間又は3日間以上としてもよい。
【0060】
造血前駆細胞又は多核化前の巨核球前駆細胞、更には巨核球前駆細胞又は巨核球細胞の培養条件は、細胞の種類やその状態に応じて当業者が適宜決定することができる。例えば、培養温度は約35℃~約42℃、約36℃~約40℃、又は約37℃~約39℃とすることができ、二酸化炭素濃度は例えば5%CO2、酸素濃度は例えば20%02とすることができる。静置培養であっても、振とう培養であってもよい。振とう培養の場合の振とう速度も特に限定されず、例えば、10rpm~200rpm、30rpm~150rpm等とすることができる。
【0061】
培地は、血清、インスリン、トランスフェリン、セリン、チオールグリセロール、アスコルビン酸、TPOを含むイスコフ改変ダルベッコ培地(IMDM)培地であってもよい。この場合、IMDM培地はさらにSCFを含んでいてもよく、さらにヘパリンを含んでいてもよい。それぞれの濃度も特に限定されないが、例えば、TPOは、約10ng/mL~約200ng/mL、又は約50ng/mL~約100ng/mLとすることができ、SCFは、約10g/mL~約200g/mL、又は約50g/mLとすることができ、ヘパリンは、約10U/mL~約100U/mL、又は約25U/mLとすることができる。ホルボールエステル(例えば、ホルボール-12-ミリスタート-13-アセタート;PMA)を加えてもよい。
【0062】
細胞の培養工程は、フィーダー細胞の存在下又は不在下で実施することができる。本明細書において、「フィーダー細胞」とは、増殖又は分化させようとしている標的細胞の培養に必要な環境を整えるために、標的細胞と共培養される細胞をいう。フィーダー細胞は、標的細胞と識別できる細胞である限り、同種由来の細胞であっても異種由来の細胞であってもよい。フィーダー細胞は、抗生物質やガンマ線により増殖しないよう処理した細胞であっても、処理されていない細胞であってもよい。
【0063】
培地は、血清又は血漿を含有していてもよく、あるいは無血清でもよい。血清を用いる場合は、ヒト血清が好ましい。必要に応じて、培地は、例えば、アルブミン、インスリン、トランスフェリン、セレン、脂肪酸、微量元素、2-メルカプトエタノール、チオールグリセロール、モノチオグリセロール(MTG)、脂質、アミノ酸(例えばL-グルタミン)、アスコルビン酸、ヘパリン、非必須アミノ酸、ビタミン、増殖因子、低分子化合物、抗生物質、抗酸化剤、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類、サイトカインなどの1つ以上の物質も含有してもよい。サイトカインとしては、例えば、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)、トロンボポエチン(TPO)、各種TPO様作用物質、幹細胞因子(SCF)、ITS(インスリンートランスフェリンーセレナイト)サプリメント、ADAM(A Disintegrin And Metalloprotease)阻害剤などが例示される。
【0064】
芳香族炭化水素受容体(Aryl Hydrocarbon Receptor;AhR)アンタゴニスト単独、又はROCK(Rho-associated coiled-coil forming kinase)阻害剤との組み合わせを添加した培地で巨核球細胞を培養すると、フィーダー細胞を使用しない場合でも、フィーダー細胞を使用した場合に匹敵する血小板産生促進効果を得ることができる(国際公開2016/204256号公報及び米国特許出願公開第2019/0048317号)。
【0065】
(血小板の製造方法)
本実施形態に係る血小板を製造する方法は、上記方法に従い製造された巨核球前駆細胞又は巨核球細胞を更に培養する工程を含む。
【0066】
巨核球細胞を培養する際の培地は特に限定されず、巨核球細胞から血小板を産生するのに好適な公知の培地やそれに準ずる培地を適宜使用することができる。例えば、動物細胞の培養に用いられる培地を基礎培地として調製することができる。基礎培地としては、例えばイスコフ改変ダルベッコ培地(IMDM)培地、199培地、イーグル最小必須培地(EMEM)、αMEM培地、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)培地、ハムF12培地、RPMI1640培地、フィッシャー培地、ニューロベーサル培地(ライフテクノロジーズ)及びこれらの混合培地が挙げられる。
【0067】
高品質な血小板を大量に製造する観点からは、撹拌羽根や撹拌子を備えた培養容器内で巨核球細胞を培養することが好ましい(国際公開2017/047492号公報及び米国特許出願公開第2018/0258395号、国際公開2017/077964号公報及び米国特許出願公開第2018/0318352号)。
【0068】
製造した血小板を用いて、更に血小板製剤又は血液製剤を製造することもできる。血小板製剤の製造方法は、血小板が豊富に存在する画分を回収する工程と、血小板が豊富に存在する画分から血小板以外の血球系細胞成分を除去する工程とを含む。血球系細胞成分を除去する工程は、白血球除去フィルター(例えば、テルモ社製、旭化成メディカル社製)などを使用して、巨核球細胞を含む血小板以外の血球系細胞成分を除去することによって行うことができる。血小板製剤のより具体的な製造方法は、例えば、国際公開第2011/034073号(上掲)及び米国特許出願公開第2012/0238023号に記載されている。血液製剤の製造方法は、血小板製剤を製造する工程と、当該血小板製剤を他の成分と混合する工程とを含む。他の成分としては、例えば赤血球細胞が挙げられる。血小板製剤及び血液製剤は、その他、細胞の安定化に資する他の成分を含んでもよい。
【0069】
(巨核球前駆細胞又は巨核球細胞の増殖促進方法)
本実施形態に係る巨核球前駆細胞又は巨核球細胞の増殖を促進する方法は、CDKN1A遺伝子の発現又はその発現産物の機能を抑制する工程、及び、任意に、INK4A/ARF遺伝子及び/又はp53遺伝子の発現、あるいはそれらの発現産物の機能を抑制する工程を含む。
【0070】
更なる局面において、巨核球前駆細胞又は巨核球細胞の増殖を促進する方法は、p53遺伝子の発現又はその発現産物の機能を抑制する工程、及び、任意に、INK4A/ARF遺伝子及び/又はCDKN1A遺伝子の発現、あるいはそれらの発現産物の機能を抑制する工程を含む。
【0071】
(巨核球前駆細胞又は巨核球細胞の増殖促進剤)
本実施形態に係る巨核球前駆細胞又は巨核球細胞の増殖促進剤は、CDKN1A遺伝子の発現又はその発現産物の機能を抑制する分子を有効成分として含み、更に、任意に、INK4A/ARF遺伝子及び/又はp53遺伝子の発現、あるいはそれらの発現産物の機能を抑制する分子を含む。
【0072】
更なる局面において、巨核球前駆細胞又は巨核球細胞の増殖促進剤は、p53遺伝子の発現又はその発現産物の機能を抑制する分子を有効成分として含み、更に、任意に、INK4A/ARF遺伝子及び/又はCDKN1A遺伝子の発現、あるいはそれらの発現産物の機能を抑制する分子を含む。
【0073】
以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明は何らこれに限定されるものではない。当業者は、本発明の意義を逸脱することなく様々な態様に本発明を変更することができ、かかる変更も本発明の範囲に含まれる。
【実施例】
【0074】
実施例1:CDKN1A遺伝子の発現抑制
ヒトiPS細胞(TKDN SeV2:センダイウイルスを用いて樹立されたヒト胎児皮膚繊維芽細胞由来iPS細胞)から、Takayama N.,et al.J Exp Med. 2817-2830(2010)に記載の方法に従って、血球細胞への分化培養を実施した。即ち、ヒトiPS細胞コロニー(NC13X株)を20ng/mL VEGF(R&D SYSTEMS)存在下でC3H10T1/2フィーダー細胞と14日間共培養して造血前駆細胞(Hematopoietic Progenitor Cells;HPC)を作製した。培養条件は20%O2、5%CO2で実施した。
【0075】
得られた造血前駆細胞にc-MYC/BMI1/BCL-XLの3遺伝子を導入することで不死化巨核球細胞株を樹立した。培養14日目の造血前駆細胞にドキシサイクリン制御によりc-MYC/BMI1を強制発現するレンチウイルスベクターを導入し、感染24時間後にドキシサイクリン1μg/mlを添加して、遺伝子発現を行った。さらに2週間後に、ドキシサイクリン制御によりBCL-XLを強制発現するレンチウイルスベクターを導入し、不死化巨核球細胞株を樹立した。
【0076】
MYC/BMI1/BCL-XLを導入してから50日目の細胞増殖が低下した巨核球前駆細胞又は巨核球株(MKCL21株)にshCDKN1A(クローン1(配列番号5)またはクローン2(配列番号6))-RFPレンチウイルスベクターを感染させた。感染3日後にRFP(Red Fluorescent Protein)陽性感染細胞をFACS AriaIIIuを用いて分取した。クローン1と2の推定二次構造を以下に示す。
【化1】
【0077】
15%FBSを含む培養液中で分取した細胞の培養を継続したところ、CDKN1A遺伝子の発現抑制から300日以上の細胞増殖が確認され、また、発現抑制時の細胞との比較で巨核球前駆細胞又は巨核球細胞が10
66倍に増殖した(
図1)。
【0078】
実施例2:CDKN1A遺伝子、INK4A/ARF遺伝子及びp53遺伝子の発現抑制(細胞増殖低下段階)
実施例1で使用したものとは別のヒトiPS細胞株(YZWJ株)由来造血前駆細胞にMYC/BMI1/BCL-XLの3遺伝子を導入することで不死化巨核球細胞株を樹立した。
【0079】
MYC/BMI1/BCL-XLを導入してから60日目の細胞増殖が低下した巨核球株(MKCL23株)と、導入後90日目の細胞増殖が低下した巨核球株(MKCL26株)に、以下の遺伝子を有するレンチウイルスベクターを感染させた。手順は実施例1と同様に行った。
1:コントロール-RFP (LacZ)
2:shCDKN1A-RFP+shp53-GFP+shINK4A/ARF-GFP
感染3日後にRFP/GFP陽性感染細胞をFACS AriaIIIuを用いて分取した。shCDKN1Aは上記クローン1及び2を使用した。shp53の配列(配列番号7)とshINK4A/ARFの配列(配列番号8)の推定二次構造を以下に記載する。
【化2】
なお、shINK4A/ARFは、INK4A遺伝子とARF遺伝子の共通のエクソンを標的とするものである。
【0080】
分取後、15%FBSを含む培養液中で培養を継続したところ、MKCL23株とMKCL26株のいずれも、コントロールとの比較で、CDKN1A遺伝子の発現を抑制することで30日以上の細胞増殖期間の延長と、10
4倍の増殖が確認された(
図2、
図3)。CDKN1A遺伝子の発現抑制では不十分な場合でも、INK4A/ARF遺伝子及びp53遺伝子の発現を抑制することで増殖効果が改善することが明らかとなった。
【0081】
更に実施例1で使用したものとは別のヒトiPS細胞株(NIH5株)由来造血前駆細胞にMYC/BMI1/BCL-XLの3遺伝子を導入することで不死化巨核球細胞株を樹立した。
【0082】
MYC/BMI1/BCL-XLを導入してから40日前後の細胞増殖が低下した巨核球株(MKCL1株)に以下の遺伝子を有するレンチウイルスベクターを感染させた。手順は実施例1と同様に行った。
1:コントロール-RFP(LacZ)
2:shCDKN1A-RFP
3:shp53-GFP
4:shINK4A/ARF-GFP
5:shCDKN1A-RFP+shp53-GFP+shARF-GFP
各shRNAは上記のものを使用した。その後陽性感染細胞をFACS AriaIIIuを用いて分取した。
【0083】
分取後、15%FBSを含む培養液中で培養を継続したところ、コントロールと比較して、細胞増殖が顕著に増大した(INK4A/ARF除く)。特に、CDKN1A遺伝子、INK4A遺伝子、ARF遺伝子及びp53遺伝子の全ての発現を抑制した細胞は20日の細胞増殖期間の延長と、104倍の増殖が確認された。
【0084】
実施例3:CDKN1A遺伝子、INK4A/ARF遺伝子及びp53遺伝子の発現抑制(BCL-XL導入時)
実施例2でBCL-XLを導入したのと同時に、従来のMBX強制発現では樹立できなかったYZWJ516ヒトiPS細胞株由来巨核球株(MKCL30株)に以下の遺伝子を有するレンチウイルスベクターを感染させた。手順は実施例1と同様に行った。
1:コントロール-RFP(LacZ)
2:shCDKN1A-RFP
3:shp53-GFP
4:shINK4A/ARF-GFP
5:shCDKN1A-RFP+shp53-GFP
6:shCDKN1A-RFP+shARF-GFP
7:shp53-GFP+shARF-GFP
8:shCDKN1A-RFP+shp53-GFP+shARF-GFP各shRNAは上記のものを使用した。その後陽性感染細胞をFACS AriaIIIuを用いて分取した。
【0085】
分取後、15%FBSを含む培養液中で培養を継続したところ、コントロールと比較して、CDKN1A遺伝子の発現を抑制することで8週間以上の細胞増殖期間の延長と、1015倍の増殖が確認された。CDKN1A遺伝子とp53遺伝子の両方の発現を抑制した場合の細胞増殖効果が最も高かった(8週間で2.5x1017倍)。本願の優先日(2019年10月17日、c-MYC/BMI1感染後127日目)において増殖中である。これに続いてINK4A遺伝子、ARF遺伝子及びp53遺伝子の全ての発現を抑制した細胞の細胞増殖効果が高かった。
【0086】
さらに、ノックダウンの時期を検証するために、BCL-XLの導入と同時及び導入の2週間後に、以下のノックダウン実験を行った。
9:コントロール-RFP(LacZ)
10:shCDKN1A-RFP+shp53-GFP
【0087】
結果を
図4に示す。感染時期としては、BCL-XL導入と同時の感染の方が、BCL-XLの導入2週間後の感染よりも10
4倍以上増殖が良い(shCDKN1A-RFP+shp53-GFP同時 2.5x10
17倍 vs shCDKN1A-RFP+shp53-GFP同時 5.8x10
12倍)ことが確認された。
【0088】
CDKN1A遺伝子制御とp53遺伝子制御の組み合わせよりも増殖効果は劣るものの、CDKN1A遺伝子制御単独又はp53遺伝子制御単独についてもBCL-XL導入と同時にノックダウンした方が細胞の増殖能が増大することが分かった。
【0089】
実施例4:CDKN1A遺伝子の発現を抑制した巨核球細胞による血小板産生の検討
実施例1でクローン2(配列番号6)を用いて増殖を促進させたCDKN1A抑制後のMKCL21株とコントロールベクター感染後のMKCL21株での血小板放出を比較した。
【0090】
両細胞の培養液からドキシサイクリンを除去し、MYC/BMI1/BCL-XLの3因子の発現を抑制後、5日目に巨核球、及び培養上清に放出された血小板をFACSで解析した。抗体はAPC anti-human CD41 Antibody(BioLegend、カタログ番号:303710)及びPE Mouse Anti-Human CD42b Clone HIP1(BD、カタログ番号:555473)を使用した。FACSドットプロットを
図5に示す。
【0091】
また、FACSを用いてカウントされた血小板数を比較したところ、CDKN1A遺伝子の発現を抑制することで血小板産生が亢進することが明らかとなった。
【0092】
続いて、実施例2でCDKN1A遺伝子の発現を抑制したMKCL21株の血小板産生能を、従来の3因子(MYC/BMI1/BCL-XL)強制発現によるもっとも優れた血小板放出能のある巨核球株(SeV2)とで比較した。それらのFACSドットプロットを
図6に示す。抗体はAPC anti-human CD41 Antibody(BioLegend、カタログ番号:303710)及びPE Mouse Anti-Human CD42b Clone HIP1(BD、カタログ番号:555473)を使用した。
【0093】
図6の上パネルは、ドキシサイクリンを加え、MYC/BMI1/BCL-XLの3因子の発現をさせた状態のものである。どちらの株も未成熟なため、CD41陽性/CD42b陽性の血小板(4分割された図の右上部分)が少ない。一方、
図6の下パネルは、培養液からドキシサイクリンを除去し、MYC/BMI1/BCL-XLの3因子の発現を抑制して5日目の状態であり、CD41a陽性/CD42b陽性の血小板(4分割された図の右上部分)が増大している。これらの結果から、CDKN1A遺伝子の発現を抑制することで血小板産生能が増大したことが分かる。
【0094】
実施例5:CDKN1A遺伝子及びp53遺伝子の発現を抑制した巨核球細胞による血小板産生の検討
コントロールベクター感染後のMKCL7株と、実施例1でクローン2(配列番号6)を用いて増殖を促進させたCDKN1A抑制後のMKCL21株と、実施例1のクローン2(配列番号6)の導入と同じ時期に、実施例3の「5:shCDKN1A-RFP+shp53-GFP」を用いて増殖を促進させたCDKN1A及びp53抑制後のMKCL30株とでの血小板放出を比較した。
【0095】
各細胞の培養液からドキシサイクリンを除去し、MYC/BMI1/BCL-XLの3因子の発現を抑制後、5日目に巨核球、及び培養上清に放出された血小板をFACSで解析した。抗体はAPC anti-human CD41 Antibody(BioLegend、カタログ番号:303710)及びPE Mouse Anti-Human CD42b Clone HIP1(BD、カタログ番号:555473)を使用した。
ただし、MKCL7株については、ドキシサイクリンを除去せず、MYC/BMI1/BCL-XLの3因子の発現を抑制しなかったサンプルも準備した(MBX ON)。5日目に、上記同様に巨核球、及び培養上清に放出された血小板をFACSで解析した。
FACSドットプロットを
図7(A)に示す。また、FACSを用いてカウントされた血小板数の結果を
図7(B)に示す。
【0096】
続いて、MYC/BMI1/BCL-XLの3因子の発現を抑制しなかった株(ON)と、MYC/BMI1/BCL-XLの3因子の発現を抑制後した、MKCL7株、MKCL21株及びMKCL30株とのそれぞれについて、5日目に巨核球、及び培養上清に放出された血小板を回収し、無刺激、或いは0.4μMのPMA(Phorbol Myristate Acetate, Sigma Aldrich Cat#P1585)(PMA)、又は100μMのADP(Adenosine diphosphate, Sigma Aldrich Cat#A-2754)+40μMのTRAP-6(Thrombin receptor activator peptide 6, BACHEM Cat#H-8365.0005)(AT)存在下でのP-selectin抗体(Bio Legend/#304910)及びPAC-1抗体(BD Bioscience/#34507)での染色行い、FACSで解析した。P-selectin及びPAC-1抗体での結果をそれぞれ
図8(D)及び(E)に示す。
表中の説明は以下のとおりである。
No stimulation-ON:MYC/BMI1/BCL-XLの3因子の発現を抑制しなかった株を用いた、無刺激における結果
PMA-ON:MYC/BMI1/BCL-XLの3因子の発現を抑制しなかった株を用いた、PMA下における結果
AT-ON:MYC/BMI1/BCL-XLの3因子の発現を抑制しなかった株を用いた、AT下における結果
No stimulation_MKCL7:MKCL7株を用いた、無刺激における結果
PMA_MKCL7:MKCL7株を用いた、PMA下における結果
AT_MKCL7:MKCL7株を用いた、AT下における結果
No stimulation_MKCL21#:MKCL21株を用いた、無刺激における結果
PMA_MKCL21#:MKCL21株を用いた、PMA下における結果
AT_MKCL21#:MKCL21株を用いた、AT下における結果
No stimulation_MKCL30:MKCL30株を用いた、無刺激における結果
PMA_MKCL30:MKCL30株を用いた、PMA下における結果
AT_MKCL30:MKCL30株を用いた、AT下における結果
【0097】
以上の結果から、CDKN1A遺伝子やp53遺伝子の発現を抑制しても、刺激に対して良好な活性化反応を示す機能的な血小板が産生され、血小板の機能は阻害されないことが明らかになった。一方、ドキシサイクリンを除去せず、MYC/BMI1/BCL-XLの3因子の発現を抑制しなかった群(MBX ON)では、巨核球の成熟が進まず、ほとんど血小板が産生されないことを確認した。
【0098】
実施例6:BCL-XL遺伝子の発現とp21/p53遺伝子の発現抑制
ヒト皮膚線維芽細胞由来のiPS細胞から、iPS-Sac法(Takayama N.,et al.J Exp Med.2817-2830(2010)に記載の方法)に従って、14日間培養して造血前駆細胞を作製した。
【0099】
得られた造血前駆細胞にドキシサイクリン誘導レンチウイルスベクターを用いて、c-MYC/BMI1の2遺伝子(MB)を導入することで巨核球前駆細胞株を樹立した。その14日後に、そのまま培養した株(MB)、MB導入に加えてドキシサイクリン誘導レンチウイルスベクターを用いてBCL-XL遺伝子を更に導入した株(MBX)、MB導入に加えて持続的に発現するsh p21/p53レンチウイルスベクターを更に感染させた株(MB-p21/p53_KD)、及びMB導入に加えてドキシサイクリン誘導レンチウイルスベクターを用いてBCL-XL遺伝子を導入し、持続的に発現するsh p21/p53レンチウイルスベクターを感染させた株(MBX-p21/p53_KD)の巨核球前駆細胞株を作製した。各巨核球前駆細胞株について、14日目と31日目と43日目の細胞の増殖性を確認した結果を
図9に示す。
【0100】
また、MB株、MBX株、MB-p21/p53_KD株、及びMBX-p21/p53_KD株について、31日目と43日目に、細胞のCD34及びCD41の発現をFACSで解析した結果を
図10に、細胞のCD34及びCD42bの発現をFACSで解析した結果を
図11に、細胞のCD34及びGPAの発現をFACSで解析した結果を
図12に、FACSドットプロットで示す。抗体はAPC anti-human CD41 Antibody(BioLegend、カタログ番号:303710)、PE Mouse Anti-Human CD42b Clone HIP1(BD、カタログ番号:555473)、GPA(Glycophorin A)抗体(BioLegend、カタログ番号:306612)、及びCD34抗体(BioLegend、カタログ番号:343514)を使用した。
【0101】
いずれの条件においても、CD41陽性、CD42b弱陽性の巨核球前駆細胞が得られた。培養43日目の段階では、MB-p21/p53_KD株の結果(
図9中の白丸)は、MB株の結果(黒丸)に比べて、かなり増殖性に優れることを示している。また、MBX-p21/p53_KD株の結果(黒三角)は、MBX株の結果(黒四角)又はMB- p21/p53_KD株の結果(白丸)と同等以上の増殖性であることを示している。これらの結果から、BCL-XL遺伝子の導入がなくても、c-MYC/BMI1の2遺伝子を導入することにより得られた巨核球前駆細胞株の増殖がp21/p53KDで促進されること、すなわちBCL-XLがp21/p53KDで置き換え可能であることが示唆された。
【0102】
刊行物、特許文献等を含む、本明細書に引用されたすべての参考文献は、引用により、それらが個々に具体的に参考として援用されかつその内容全体が具体的に記載されているのと同程度まで、本明細書に援用される。
【配列表】