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特許7659811すすの排出特性評価方法及びすすの排出特性評価システム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-04-02
(45)【発行日】2025-04-10
(54)【発明の名称】すすの排出特性評価方法及びすすの排出特性評価システム
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/72 20060101AFI20250403BHJP
【FI】
G01N21/72
【請求項の数】 16
(21)【出願番号】P 2021076206
(22)【出願日】2021-04-28
(65)【公開番号】P2022170219
(43)【公開日】2022-11-10
【審査請求日】2024-03-21
(73)【特許権者】
【識別番号】501204525
【氏名又は名称】国立研究開発法人 海上・港湾・航空技術研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110001210
【氏名又は名称】弁理士法人YKI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】今井 康雄
(72)【発明者】
【氏名】高木 正英
(72)【発明者】
【氏名】川内 智詞
【審査官】吉田 将志
(56)【参考文献】
【文献】特開昭62-276326(JP,A)
【文献】特開平03-207912(JP,A)
【文献】特開2007-239739(JP,A)
【文献】特表平05-506072(JP,A)
【文献】特開平08-094526(JP,A)
【文献】国際公開第2008/059976(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/62 - G01N 21/74
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
燃料のすすの排出特性を光学的に評価する方法であって、
前記燃料を所定の噴射条件のもとに噴射して燃焼させ、前記燃料の組成により異なる活性化学種のCラジカル及びOHラジカルの自発光による時空間的な発光強度分布に基づいて、前記燃料のすすの生成量を推定することを特徴とするすすの排出特性評価方法。
【請求項2】
請求項1に記載のすすの排出特性評価方法であって、
前記発光強度分布として前記Cラジカル及び前記OHラジカルの各々の積算輝度値の最大値と、発光時間とにより前記すすの生成量を推定することを特徴とするすすの排出特性評価方法。
【請求項3】
請求項2に記載のすすの排出特性評価方法であって、
前記すすの生成量は、下記の推定式
【数1】
ただし、Sestは1回の噴射量当りのすすの生成量、α、β、γ、δは係数、RmaxC2は1回の噴射量当りの前記Cラジカルの積算輝度値の最大値、TRC2は前記Cラジカルの発光時間、RmaxOHは1回の噴射量当りの前記OHラジカルの積算輝度値の最大値、TROHは前記OHラジカルの発光時間、
に基づいて推定することを特徴とするすすの排出特性評価方法。
【請求項4】
請求項3に記載のすすの排出特性評価方法であって、
前記推定式における前記係数α、β、γ、δを実測したすすの値を用いて設定することを特徴とするすすの排出特性評価方法。
【請求項5】
請求項4に記載のすすの排出特性評価方法であって、
前記係数α、β、γ、δは、前記燃料として複数種の炭化水素系燃料を選定し、前記噴射条件として噴射量を揃えて燃焼させ、時空間的な前記発光強度分布と前記実測したすすの値に基づいて最小二乗法を用いて設定することを特徴とするすすの排出特性評価方法。
【請求項6】
請求項5に記載のすすの排出特性評価方法であって、
前記係数α、β、γ、δは、前記すすの排出特性の評価に使用されるすすの排出特性評価システムを用いて設定することを特徴とするすすの排出特性評価方法。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか1項に記載のすすの排出特性評価方法であって、
前記Cラジカル及び前記OHラジカルの時空間的な前記発光強度分布は、前記燃料の前記Cラジカル及び前記OHラジカルの前記自発光を高速度カメラで分光撮像した画像データのピクセルごとの輝度値を積算し、時系列データとしたものであることを特徴とするすすの排出特性評価方法。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか1項に記載のすすの排出特性評価方法であって、
前記噴射条件は、少なくとも噴射空間の圧力と、前記燃料の噴射圧力とを含むことを特徴とするすすの排出特性評価方法。
【請求項9】
請求項8に記載のすすの排出特性評価方法であって、
前記噴射条件は、前記燃料の前記噴射圧力を変える条件、又は、前記燃料を複数回にわたって噴射する条件を含むことを特徴とするすすの排出特性評価方法。
【請求項10】
燃料のすすの排出特性を光学的に評価するシステムであって、
前記燃料を所定の噴射条件のもとに噴射して燃焼させる燃焼手段と、
前記燃料の組成により異なる活性化学種のCラジカル及びOHラジカルの自発光を測定する発光測定手段と、
測定された前記自発光の時空間的な発光強度分布を解析する発光強度分布解析手段と、
前記発光強度分布に基づいて前記燃料のすすの生成量を推定するすす生成量推定手段とを備えることを特徴とするすすの排出特性評価システム。
【請求項11】
請求項10に記載のすすの排出特性評価システムであって、
前記すす生成量推定手段は、前記発光強度分布として前記Cラジカル及び前記OHラジカルの各々の積算輝度値の最大値と、発光時間とにより前記すすの生成量を推定することを特徴とするすすの排出特性評価システム。
【請求項12】
請求項11に記載のすすの排出特性評価システムであって、
前記すす生成量推定手段は、前記すすの生成量を下記の推定式
【数2】
ただし、Sestは1回の噴射量当りのすすの生成量、α、β、γ、δは係数、RmaxC2は1回の噴射量当りの前記Cラジカルの積算輝度値の最大値、TRC2は前記Cラジカルの発光時間、RmaxOHは1回の噴射量当りの前記OHラジカルの積算輝度値の最大値、TROHは前記OHラジカルの発光時間、
に基づいて推定することを特徴とするすすの排出特性評価システム。
【請求項13】
請求項10~12のいずれか1項に記載のすすの排出特性評価システムであって、
前記発光測定手段は、前記Cラジカルと前記OHラジカルの前記自発光を分けて計測するための2分岐光学系を有する、又は、前記Cラジカルと前記OHラジカルをそれぞれ撮像する複数の撮像手段を有することを特徴とするすすの排出特性評価システム。
【請求項14】
請求項10~13のいずれか1項に記載のすすの排出特性評価システムであって、
前記発光測定手段は、高速度カメラを有し、
前記高速度カメラは、前記燃料の前記Cラジカル及び前記OHラジカルの前記自発光を撮像することを特徴とするすすの排出特性評価システム。
【請求項15】
請求項14に記載のすすの排出特性評価システムであって、
前記発光強度分布解析手段は、前記Cラジカル及び前記OHラジカルの時空間的な前記発光強度分布を、前記高速度カメラで撮像した画像データのピクセルごとの輝度値を積算し時系列データとすることを特徴とするすすの排出特性評価システム。
【請求項16】
請求項10~15のいずれか1項に記載のすすの排出特性評価システムであって、
前記燃焼手段は、ディーゼル機関の1サイクルの燃焼を模擬できる急速圧縮装置を用いて、前記急速圧縮装置では前記噴射条件として少なくとも噴射空間の圧力と、前記燃料の噴射圧力とが変更可能であることを特徴とするすすの排出特性評価システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、すすの排出特性評価方法及びすすの排出特性評価システムに関する。
【背景技術】
【0002】
2020年1月から一般海域における舶用燃料油の硫黄分規制が厳しくなり、その規制対応のために芳香族成分が多いとされる分解軽油(Light Cycle Oil:LCO)の利用の増加が見込まれている。燃料油の燃焼によって排出されるすすは燃料組成の影響を受けることが知られている。すすの生成量は、一般的に、ノルマルパラフィン、イソパラフィン、芳香族の順番に増加するとされている。
【0003】
分解軽油は芳香族成分を多く含んでおり、分解軽油中の芳香族の量は原油に含まれている芳香族の量によって決定される。したがって、原油の産出国によって多様な分解軽油が存在する。そうすると、排出ガス中のすすの排出特性は、混合される分解軽油の種類に大きく影響される。また、すすの生成量を低減させるためには燃料の噴射特性が重要であり、高圧燃料噴射や多段噴射等の効果が示されている。
【0004】
一方、内燃機関から排出されるすすの生成には、燃焼によって生じる中間生成物の一つであるCラジカルが寄与していることが知られている。また、すすの酸化には同じく中間生成物の一つであるOHラジカルが寄与している。
【0005】
燃料の燃焼によるすすの粒子の計測手法として、すす粒子に高強度のレーザ光を照射し、赤熱したすす粒子からの信号を計測してすすの粒子の濃度を求めるレーザ有機赤熱法(Laser Induced Incandescence)が知られている(非特許文献1)。また、2本のレーザ光を用いた二色温度計の原理によって粒子や液滴の温度を求める技術が開示されている(特許文献1)。2色法では、2波長の黒体放射強度を画像の輝度として捉え、黒体放射強度がすすの濃度と火炎温度の関数で表されることを利用してすすの温度を求めることができる。
【0006】
また、燃料を燃焼させたときの火炎の発光スペクトルを測定し、OH、C、CH、CHO、CHO、C、スート、HO、CO等の燃焼生成物から燃焼の診断を行う方法が開示されている(特許文献2)。また、火炎の発光スペクトルからCHラジカル、C2ラジカル等の発光強度を測定し、燃料の燃焼状態を診断する燃焼状態診断装置が開示されている(特許文献3)。また、燃焼場を撮像し、撮像画像のピクセル毎のスペクトルを示すハイパースペクトルデータを用いて燃焼場における燃焼状態を解析する燃焼解析装置が開示されている(特許文献4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開昭61-138002号公報
【文献】特開2012-13580号公報
【文献】特開2013-72574号公報
【文献】特開2015-218699号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】「LII法によるすす計測とディーゼル排気ガスへの適用」、山本和弘他、日本機械学会論文集(B編)74巻738号(2008-2)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ところで、実際に内燃機関を用いた燃焼試験を行って燃料に対するすすの生成量を評価する方法では、排出ガス中に含まれるすすを捕集して評価が行われるため、燃焼評価のための装置が大掛かりになってしまうという問題がある。
【0010】
また、従来の2色法は、軽油相当の着火性の良い燃料の燃焼解析には適しているが、舶用燃料や一部の代替燃料のように着火性が低い燃焼解析には適していない。また、燃焼条件によっては輝炎が観測されないがすすの生成が多くなる場合があり、2色法によるすすの評価には限界がある。
【0011】
また、従来の画像解析によるすすの評価では、すすの生成に寄与すると考えられている燃焼中間生成物の一つであるCラジカルの自発光分布や、燃焼中に生成されるすすの黒体放射の空間分布を計測する。しかしながら、あくまでもすすの生成に関与した物質の発光強度の計測である。すなわち、すすの生成過程は、燃料の熱分解から始まり、芳香族の生成、すすの核生成、凝集・酸化といった時間変化を伴うものであり、すすの生成に関連する物質の発光強度のみですすの生成量を評価する手法には限界がある。特に、ディーゼル機関等に代表される間欠燃焼から排出されたすすの生成を評価した事例は知られていない。
【0012】
本発明は、燃料組成や燃料の噴射特性に対するすすの生成量を適切に推定するためのすすの排出特性評価方法及びすすの排出特性評価システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
請求項1に対応した燃料のすすの排出特性を光学的に評価する方法は、前記燃料を所定の噴射条件のもとに噴射して燃焼させ、前記燃料の組成により異なる活性化学種のCラジカル及びOHラジカルの自発光による時空間的な発光強度分布に基づいて、前記燃料のすすの生成量を推定することを特徴とするすすの排出特性評価方法である。
【0014】
ここで、前記発光強度分布として前記Cラジカル及び前記OHラジカルの各々の積算輝度値の最大値と、発光時間とにより前記すすの生成量を推定することが好適である。
【0015】
また、前記すすの生成量は、下記の推定式(1)
【数1】
ただし、Sestは1回の噴射量当りのすすの生成量、α、β、γ、δは係数、RmaxC2は1回の噴射量当りの前記Cラジカルの積算輝度値の最大値、TRC2は前記Cラジカルの発光時間、RmaxOHは1回の噴射量当りの前記OHラジカルの積算輝度値の最大値、TROHは前記OHラジカルの発光時間、に基づいて推定することが好適である。
【0016】
また、前記推定式における前記係数α、β、γ、δを実測したすすの値を用いて設定することが好適である。
【0017】
また、前記係数α、β、γ、δは、前記燃料として複数種の炭化水素系燃料を選定し、前記噴射条件として噴射量を揃えて燃焼させ、時空間的な前記発光強度分布と前記実測したすすの値に基づいて最小二乗法を用いて設定することが好適である。
【0018】
また、前記係数α、β、γ、δは、前記すすの排出特性の評価に使用されるすすの排出特性評価システムを用いて設定することが好適である。
【0019】
また、前記Cラジカル及び前記OHラジカルの時空間的な前記発光強度分布は、前記燃料の前記Cラジカル及び前記OHラジカルの前記自発光を高速度カメラで分光撮像した画像データのピクセルごとの輝度値を積算し、時系列データとしたものであることが好適である。
【0020】
また、前記噴射条件は、少なくとも噴射空間の圧力と、前記燃料の噴射圧力とを含むことが好適である。
【0021】
また、前記噴射条件は、前記燃料の前記噴射圧力を変える条件、又は、前記燃料を複数回にわたって噴射する条件を含むことが好適である。
【0022】
請求項10に対応した燃料のすすの排出特性を光学的に評価するシステムは、前記燃料を所定の噴射条件のもとに噴射して燃焼させる燃焼手段と、前記燃料の組成により異なる活性化学種のCラジカル及びOHラジカルの自発光を測定する発光測定手段と、測定された前記自発光の時空間的な発光強度分布を解析する発光強度分布解析手段と、前記発光強度分布に基づいて前記燃料のすすの生成量を推定するすす生成量推定手段とを備えることを特徴とするすすの排出特性評価システムである。
【0023】
ここで、前記すす生成量推定手段は、前記発光強度分布として前記Cラジカル及び前記OHラジカルの各々の積算輝度値の最大値と、発光時間とにより前記すすの生成量を推定することが好適である。
【0024】
また、前記すす生成量推定手段は、前記すすの生成量を下記の推定式(2)
【数2】
ただし、Sestは1回の噴射量当りのすすの生成量、α、β、γ、δは係数、RmaxC2は1回の噴射量当りの前記Cラジカルの積算輝度値の最大値、TRC2は前記Cラジカルの発光時間、RmaxOHは1回の噴射量当りの前記OHラジカルの積算輝度値の最大値、TROHは前記OHラジカルの発光時間、に基づいて推定することが好適である。
【0025】
また、前記発光測定手段は、前記Cラジカルと前記OHラジカルの前記自発光を分けて計測するための2分岐光学系を有する、又は、前記Cラジカルと前記OHラジカルをそれぞれ撮像する複数の撮像手段を有することが好適である。
【0026】
また、前記発光測定手段は、高速度カメラを有し、前記高速度カメラは、前記燃料の前記Cラジカル及び前記OHラジカルの前記自発光を撮像することが好適である。
【0027】
また、前記発光強度分布解析手段は、前記Cラジカル及び前記OHラジカルの時空間的な前記発光強度分布を、前記高速度カメラで撮像した画像データのピクセルごとの輝度値を積算し時系列データとすることが好適である。
【0028】
また、前記燃焼手段は、ディーゼル機関の1サイクルの燃焼を模擬できる急速圧縮装置を用いて、前記急速圧縮装置では前記噴射条件として少なくとも噴射空間の圧力と、前記燃料の噴射圧力とが変更可能であることが好適である。
【発明の効果】
【0029】
請求項1に対応した燃料のすすの排出特性を光学的に評価する方法は、燃料を所定の噴射条件のもとに噴射して燃焼させ、燃料の組成により異なる活性化学種のCラジカル及びOHラジカルの自発光による時空間的な発光強度分布に基づいて、燃料のすすの生成量を推定することによって、所定の噴射条件における燃料の燃焼によるすすの生成量を適切に推定することが可能になる。
【0030】
ここで、発光強度分布としてCラジカル及びOHラジカルの各々の積算輝度値の最大値と、発光時間とによりすすの生成量を推定することによって、ディーゼル燃料等の炭化水素系の燃料の燃焼によるすすの生成及び酸化に寄与する燃焼中間生成物を考慮して、すすの生成量を適切に推定することが可能になる。
【0031】
また、すすの生成量は、下記の推定式(3)
【数3】
ただし、Sestは1回の噴射量当りのすすの生成量、α、β、γ、δは係数、RmaxC2は1回の噴射量当りのCラジカルの積算輝度値の最大値、TRC2はCラジカルの発光時間、RmaxOHは1回の噴射量当りのOHラジカルの積算輝度値の最大値、TROHはOHラジカルの発光時間、に基づいて推定することによって、これらのパラメータに基づいてすすの生成量を適切に推定することが可能になる。
【0032】
また、推定式における係数α、β、γ、δを実測したすすの値を用いて設定することによって、実測したすすの値に基づいて最適化された係数を用いた推定式に基づいて燃料の燃焼によるすすの生成量を適切に推定することが可能になる。
【0033】
また、係数α、β、γ、δは、燃料として複数種の炭化水素系燃料を選定し、噴射条件として噴射量を揃えて燃焼させ、時空間的な発光強度分布と実測したすすの値に基づいて最小二乗法を用いて設定することによって、複数種の炭化水素系燃料の燃焼によるすすの生成量に関連した係数を適切に設定することが可能になる。
【0034】
また、係数α、β、γ、δは、すすの排出特性の評価に使用されるすすの排出特性評価システムを用いて設定することによって、同一のすすの排出特性評価システムを用いて最適化された係数に基づいて燃料の燃焼によるすすの生成量を適切に推定することが可能になる。
【0035】
また、Cラジカル及びOHラジカルの時空間的な発光強度分布は、燃料のCラジカル及びOHラジカルの自発光を高速度カメラで分光撮像した画像データのピクセルごとの輝度値を積算し、時系列データとしたものであることによって、高速度カメラによって得られた高い精度を有する時系列データを用いて燃料の燃焼によるすすの生成量を適切に推定することが可能になる。
【0036】
また、噴射条件は、少なくとも噴射空間の圧力と、燃料の噴射圧力とを含むことによって、例えば噴射空間の圧力及び燃料の噴射圧力との差圧、すなわち燃料噴射圧に基づいて燃料の燃焼によるすすの生成量を適切に推定することが可能になる。
【0037】
また、噴射条件は、燃料の噴射圧力を変える条件、又は、燃料を複数回にわたって噴射する条件を含むことによって、燃料の噴射圧力を変える条件、又は、燃料を複数回にわたって噴射する条件に基づいて燃料の燃焼によるすすの生成量を適切に推定することが可能になる。
【0038】
請求項10に対応する燃料のすすの排出特性を光学的に評価するシステムは、燃料を所定の噴射条件のもとに噴射して燃焼させる燃焼手段と、燃料の組成により異なる活性化学種のCラジカル及びOHラジカルの自発光を測定する発光測定手段と、測定された自発光の時空間的な発光強度分布を解析する発光強度分布解析手段と、発光強度分布に基づいて燃料のすすの生成量を推定するすす生成量推定手段とを備えることによって、燃料の燃焼によるすすの生成量を適切に推定することが可能になる。
【0039】
ここで、すす生成量推定手段は、発光強度分布としてCラジカル及びOHラジカルの各々の積算輝度値の最大値と、発光時間とによりすすの生成量を推定することによって、ディーゼル燃料等の炭化水素系の燃料の燃焼によるすすの生成及び酸化に寄与する燃焼中間生成物を考慮して、すすの生成量を適切に推定することができる。
【0040】
また、すす生成量推定手段は、すすの生成量を下記の推定式(4)
【数4】
ただし、Sestは1回の噴射量当りのすすの生成量、α、β、γ、δは係数、RmaxC2は1回の噴射量当りのCラジカルの積算輝度値の最大値、TRC2はCラジカルの発光時間、RmaxOHは1回の噴射量当りのOHラジカルの積算輝度値の最大値、TROHはOHラジカルの発光時間、に基づいて推定することによって、これらのパラメータに基づいてすすの生成量を適切に推定することが可能になる。
【0041】
また、発光測定手段は、CラジカルとOHラジカルの自発光を分けて計測するための2分岐光学系を有する、又は、CラジカルとOHラジカルをそれぞれ撮像する複数の撮像手段を有することによって、1つの被写体を2つ又は複数に分けて、CラジカルとOHラジカルの自発光に基づいてすすの生成量を適切に推定することが可能になる。
【0042】
また、発光測定手段は、高速度カメラを有し、高速度カメラは、燃料のCラジカル及びOHラジカルの自発光を撮像することによって、高速度カメラによって得られた高い精度を有する時系列データを用いて燃料の燃焼によるすすの生成量を適切に推定することが可能になる。
【0043】
また、発光強度分布解析手段は、Cラジカル及びOHラジカルの時空間的な発光強度分布を、高速度カメラで撮像した画像データのピクセルごとの輝度値を積算し時系列データとすることによって、高速度カメラによって得られた画像データに含まれるピクセル毎の輝度値に基づいた時系列データを用いて燃料の燃焼によるすすの生成量を適切に推定することが可能になる。
【0044】
また、燃焼手段は、ディーゼル機関の1サイクルの燃焼を模擬できる急速圧縮装置を用いて、急速圧縮装置では噴射条件として少なくとも噴射空間の圧力と、燃料の噴射圧力とが変更可能であることによって、大掛かりな設備や、大量の試験燃料を用いなくても燃料の燃焼によるすすの生成量を適切に推定することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0045】
図1】本発明の実施の形態におけるすすの排出特性評価システムの構成を示す図である。
図2】本発明の実施の形態における光学系装置の構成を示す図である。
図3】本発明の実施の形態における燃料に含まれる成分例を示す図である。
図4】芳香族の含有率と燃料の着火遅れ時間との関係を示す図である。
図5】燃料噴射開始からの経過時間に対するCラジカル及びOHラジカルの自発光の変化を示す図である。
図6】燃料噴射開始からの経過時間に対する熱発生率の変化を示す図である。
図7】燃料噴射開始からの経過時間に対するCラジカル及びOHラジカルの自発光の変化を示す図である。
図8】燃料噴射開始からの経過時間に対する熱発生率の変化を示す図である。
図9】燃料噴射開始からの経過時間に対するCラジカルに対する積算輝度値の変化を示す図である。
図10】燃料噴射開始からの経過時間に対するOHラジカルに対する積算輝度値の変化を示す図である。
図11】燃料噴射開始からの経過時間に対するCラジカルに対する積算輝度値の変化を示す図である。
図12】燃料噴射開始からの経過時間に対するOHラジカルに対する積算輝度値の変化を示す図である。
図13】燃料噴射量当たりのCラジカル積算輝度値の最大値とすすの生成量との関係を示す図である。
図14】燃料噴射量当たりのOHラジカル積算輝度値の最大値とすすの生成量との関係を示す図である。
図15】燃料噴射量当たりのCラジカルの発光時間とすすの生成量との関係を示す図である。
図16】燃料噴射量当たりのOHラジカルの発光時間とすすの生成量との関係を示す図である。
図17】すすの生成量に対する各パラメータの影響の関係を示す図である。
図18】すすの生成量の推定値とすすの生成量の実測値との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0046】
本発明の実施の形態におけるすすの排出特性評価システム100は、図1に示すように、燃焼手段である急速圧縮装置10、乾燥空気ボンベ12、乾燥空気タンク14、加熱加圧手段16、燃料供給手段18、排気手段20、捕集用フィルタ22及び観察窓24を含んで構成される。
【0047】
急速圧縮装置10は、シリンダ内にピストンを配置した構成を備える。急速圧縮装置10は、ピストンを油圧で駆動することによってシリンダ内に所定の噴射条件のもとに供給された燃料と空気の混合気を急速に圧縮することで燃焼させることができる。急速圧縮装置10によってディーゼル機関の1サイクルの燃焼を模擬することができる。なお、急速圧縮装置10の代わりに、燃焼の全体像が可視化可能な定容燃焼容器や可視化機関等を用いることもできる。
【0048】
乾燥空気ボンベ12は、急速圧縮装置10へ供給される乾燥空気を貯蔵するボンベである。乾燥空気タンク14は、乾燥空気ボンベ12から急速圧縮装置10へ供給される乾燥空気を一時的に貯えるタンクである。乾燥空気は、乾燥空気ボンベ12から乾燥空気タンク14を介して加熱加圧手段16へ供給される。
【0049】
加熱加圧手段16は、乾燥空気を加熱及び加圧して急速圧縮装置10へ供給するための手段である。加熱加圧手段16は、ヒータにて乾燥空気を加熱することで吸気温度を調整する。また、加熱加圧手段16は、コンプレッサによって乾燥空気を所望の圧力に加圧し、所望のタイミングで吸気弁を開弁することによって急速圧縮装置10へ導入する。燃料の噴射条件として少なくとも噴射空間の圧力と、燃料の噴射圧力とが変更可能であることによって、大掛かりな設備や、大量の試験燃料を用いなくても燃料の燃焼によるすすの生成量を適切に推定することが可能になる。
【0050】
燃料供給手段18は、燃料を急速圧縮装置10へ供給する手段である。燃料供給手段18は、加圧器及び電磁式燃料噴射弁等を備え、外部から供給される燃料を加圧して所望のタイミング及び噴射量で急速圧縮装置10内へ噴射する。燃料供給手段18は、例えば、コモンレール式インジェクタ(デンソー製)を備えるようにしてもよい。
【0051】
排出特性評価システム100の評価対象とする燃料は、ディーゼル燃料とすることができるが、ディーゼル燃料以外の炭化水素系燃料も評価対象とすることができる。
【0052】
排気手段20は、急速圧縮装置10内で燃焼させた混合気の排気ガスを急速圧縮装置10から排気するための手段である。排気手段20は、排気弁を所望のタイミングで開弁させることによって、急速圧縮装置10内の排気ガスを外部へ排気する。
【0053】
捕集用フィルタ22は、排気ガス中の粒子状物質を捕集するフィルタである。捕集用フィルタ22は、排気手段20の排気管途中に設けられる。捕集用フィルタ22によって粒子状物質に基づいてフィルタスモークメータによってすすの生成量等の汚染度を計測することができる。
【0054】
観察窓24は、急速圧縮装置10内を観察するための窓である。観察窓24は、急速圧縮装置10の燃焼室正面に設けられたフランジに嵌め込まれた石英ガラス製の窓とすることができる。観察窓24から急速圧縮装置10の燃焼室内の燃料の燃焼の様子を観察することができる。なお、観察窓24は燃焼の全体像が見えることが大事である。これは、排出特性評価システム100が、輝度値を積算することですすの排出特性と関連性のある各ラジカルの総量を推定し、その総量の最大値(積算輝度値の最大値)と発光時間がすすの排出量と相関があるということを利用しているため、例えば観察窓24が小さいと燃焼の全体像の一部が見切れてしまい、排出量推定の精度が悪くなるおそれがあるためである。
【0055】
本実施の形態における排気評価試験では、乾燥空気の吸気温度をヒータにて調整したうえで急速圧縮装置10内へ導入した後、急速圧縮装置10の油圧ピストンで圧縮した。燃料の噴射及び燃焼時は、ピストンは上死点位置に固定し、急速圧縮装置10内の燃焼室の容積は一定となるようにした。また、加熱加圧手段16による吸気圧力及び温度の設定により、燃料の噴射開始時の急速圧縮装置10の燃焼室内の雰囲気圧力は4.8MPa及び温度は915Kであった。燃料の噴孔は、単孔とし、噴孔径は0.2mmとした。燃料の噴射期間は、燃料の噴射圧力との差圧、すなわち燃料の噴射圧力に関係なく3.0msとした。また、燃料の噴射圧力(Pinj)は、40MPaから130MPaまで30MPa刻みに設定した。燃料噴射から燃焼までの様子は、観察窓24から撮影した。
【0056】
図2は、燃焼を観察するための光学系装置200の構成を示す。本研究では、炭化水素の反応領域に存在するCラジカルと酸化領域に存在するOHラジカルの空間的な分布を観察対象としている。これら2つの現象を同時に撮影するために2分岐光学系を製作し、イメージインテンシファイア(Invisible Vision製、UVi)付き高速度ビデオカメラ(ナックイメージテクノロジ製、HX-3)で撮影した。Cラジカルは可視光域(撮影波長520nm)の光を発光するのに対し、OHラジカルは紫外光域(撮影波長310nm)の光を発光する。したがって、OHラジカルを撮影する光路においてはすべて紫外光に対応する光学素子を使用した。
【0057】
光学系装置200は、図2に示すように、紫外光ハーフミラー30、ミラー32、ミラー34、NDフィルタ36、バンドパスフィルタ38、ミラー40、ミラー42、紫外光ミラー44、NDフィルタ46、バンドパスフィルタ48、紫外光ミラー50、紫外光ミラー52、紫外光レンズ54、画像増強部56及びカメラ58を含んで構成される。
【0058】
紫外光ハーフミラー30は、排出特性評価システム100の観察窓24から観察される光を受光し、Cラジカルに起因する光(520nm)を含む可視光域の光をミラー32側へ分離し、OHラジカルに起因する光(310nm)を含む紫外光域の光を紫外光ミラー44側へ分離する。
【0059】
ミラー32、ミラー34、NDフィルタ36、バンドパスフィルタ38、ミラー40及びミラー42は、Cラジカルに起因する光を含む可視光域の光に対する光学系を構成する。ミラー32及びミラー34は、NDフィルタ36及びバンドパスフィルタ38を通過するように紫外光ハーフミラー30によって分離された可視光域の光を反射させる。NDフィルタ36は、通過する光の光量を減らすためのフィルタである。NDフィルタ36は、Cラジカルに起因する光とOHラジカルに起因する光の光量のバランスを取るために設けられる。したがって、Cラジカルに起因する光とOHラジカルに起因する光の光量のバランスが取れている場合にはNDフィルタ36は設けなくてもよい。バンドパスフィルタ38は、紫外光ハーフミラー30によって分離された光からCラジカルに起因する光(520nm)に近い可視光域のみを透過させるフィルタである。NDフィルタ36及びバンドパスフィルタ38を通過した光は、ミラー40及びミラー42へ入射する。ミラー40及びミラー42は、紫外光レンズ54及び画像増強部56を通じてカメラ58へ向かうようにNDフィルタ36及びバンドパスフィルタ38を通過した光を反射させる。
【0060】
紫外光ミラー44、NDフィルタ46、バンドパスフィルタ48、紫外光ミラー50及び紫外光ミラー52は、OHラジカルに起因する光を含む紫外光域の光に対する光学系を構成する。紫外光ミラー44は、NDフィルタ46及びバンドパスフィルタ48を通過するように紫外光ハーフミラー30によって分離された紫外光域の光を反射させる。NDフィルタ46は、通過する光の光量を減らすためのフィルタである。NDフィルタ46は、Cラジカルに起因する光とOHラジカルに起因する光の光量のバランスを取るために設けられる。したがって、Cラジカルに起因する光とOHラジカルに起因する光の光量のバランスが取れている場合にはNDフィルタ46は設けなくてもよい。バンドパスフィルタ48は、紫外光ハーフミラー30によって分離された光からOHラジカルに起因する光(310nm)に近い紫外光域のみを透過させるフィルタである。NDフィルタ46及びバンドパスフィルタ48を通過した光は、紫外光ミラー50及び紫外光ミラー52へ入射する。紫外光ミラー50及び紫外光ミラー52は、紫外光レンズ54及び画像増強部56を通じてカメラ58へ向かうようにNDフィルタ46及びバンドパスフィルタ48を通過した光を反射させる。
【0061】
紫外光レンズ54は、Cラジカルに起因する光(520nm)近傍の可視光域及びOHラジカルに起因する光(310nm)近傍の紫外光域の光を所望の焦点位置に収束させる。本実施の形態では、紫外光レンズ54のf値を105mmとした。画像増強部56は、微弱な光を検知して、増倍するための素子を含んで構成される。画像増強部56は、高速現象の観察等に用いられる。具体的には、画像増強部56は、光電子増倍管や光電変換素子及び電子を増幅させるマイクロチャネルプレート(MCP)を組み合わせた構成を含む。カメラ58は、画像増強部56によって増倍された画像を撮像する。カメラ58は、排出特性評価システム100における燃料の燃焼の状態を高速で撮像できる高速度カメラとすることが好適である。画像増強部56及びカメラ58は、例えば、イメージインテンシファイア(Invisible Vision製、UVi)付き高速度ビデオカメラ(ナックイメージテクノロジ製、HX-3)とすることができる。
【0062】
なお、本実施の形態では、光学系装置200として燃料を燃焼させたときの中間生成物である活性化学種の自発光を計測するための2分岐光学系を設けた構成とした。すなわち、光学系装置200は、芳香族成分を含む燃料を燃焼させたときのCラジカルとOHラジカルの自発光を分けて計測するための2分岐光学系を有する構成とした。ただし、光学系装置200は、これに限定されるものではなく、燃料を燃焼させたときの中間生成物の自発光をそれぞれ計測するための複数の撮像手段を備える構成としてもよい。例えば、光学系装置200は、芳香族成分を含む燃料を燃焼させたときのCラジカルとOHラジカルの自発光をそれぞれ撮像する複数のカメラ58を備える構成としてもよい。これによって、1つの被写体を2つ又は複数に分けて、CラジカルとOHラジカルの自発光に基づいてすすの生成量を適切に推定することが可能になる。
【0063】
図3は、本実施の形態における燃焼試験で使用された燃料の基材を示す。芳香族の環数がすすの生成に及ぼす影響を観察するために着火遅れ時間ができるだけ近い燃料を使用することが好適である。そこで、n-ヘキサデカン(C1634)をベースとなる燃料とし、セタン価が近い芳香族である単環のトルエン(C)と二環のα-メチルナフタレン(C1110)をそれぞれベースとなるn-ヘキサデカン(C1634)と調合したものを試験燃料とした。調合割合は、芳香族含有率を50、60、70vol%とした。
【0064】
図4は、試験燃料の芳香族含有率に対する着火遅れ時間を示す。着火遅れ時間は、雰囲気圧力4.8MPa、温度915K、燃料噴射期間3.0ms及び噴射圧力130MPaの条件下で計測した。図4では、6回の試験の平均値をプロットしている。
【0065】
いずれの芳香族においても含有率の増加に伴って着火遅れが増加した。芳香族の種類で比較すると、いずれの含有率においてもα-メチルナフタレン(C1110)を調合した場合の方がトルエン(C)を調合した場合よりも着火遅れ時間は長くなり、その差は最大でおよそ0.2msであった。
【0066】
図5及び図6は、n-ヘキサデカン(C1634)をベースとなる燃料としてトルエン(C)を50、60、70vol%で調合した燃料を用いた場合における燃焼時のCラジカル及びOHラジカルの自発光の時間変化及び熱発生率を示す。図5において、上段はCラジカルの自発光画像、下段はOHラジカルの自発光画像である。また、図5において、急速圧縮装置10の燃焼室の形状を白破線で示した。試験条件は、雰囲気圧力4.8MPa、温度915K、燃料噴射期間3.0ms及び噴射圧力130MPaとした。
【0067】
燃料噴射開始から2.0msが経過したときのトルエン(C)の各濃度における熱発生率と各ラジカルの自発光の様子を比較する。図6に示した熱発生率では、トルエン(C)の濃度が50%、60%では燃料は燃焼し、トルエン(C)の濃度が50%において熱発生率はピークに達した。ただし、図5に示した各ラジカルの自発光画像では、トルエン(C)の濃度50%ではCラジカル及びOHラジカルともに自発光分布は確認できたが自発光強度は弱かった。また、トルエン(C)の濃度が60%では、OHラジカルについては自発光分布が観察できたが、Cラジカルについて自発光分布はほとんど確認できなかった。その後、燃料噴射開始から3.0msから4.0msでは、トルエン(C)の濃度が50%、60%のときの熱発生率はピークを過ぎ、緩やかな変化がみられた。Cラジカルの自発光強度は強く、特にトルエン(C)の濃度が50%では非常に強かった。また、OHラジカルは、Cラジカルの発光領域よりも概ね一回り大きい分布を示した。同時刻におけるトルエン(C)の濃度が70%の場合、図6において熱発生率はピークに到達した。この時、図5に示すように、Cラジカルの自発光は微かに確認できる程度であり、OHラジカルの自発光の強度分布のみにおいて燃焼領域が確認できた。その後、いずれのトルエン(C)の濃度においても燃料噴射開始から4.5ms付近から熱発生率は減少し始め、その減少の傾きはほぼ一致した。燃料噴射開始から5.0ms以降では、Cラジカルは急激に発光領域が狭くなり、特にトルエン(C)の濃度が高い条件ではほぼ消滅した。一方、OHラジカルは、熱発生率の減少傾向と同様に、トルエン(C)の濃度の違いによる自発光領域の顕著な違いは見られなかった。
【0068】
図7及び図8は、n-ヘキサデカン(C1634)をベースとなる燃料としてトルエン(C)及びα-メチルナフタレン(C1110)を50vol%で調合した燃料を用いて、燃料の噴射圧力(Pinj)を130MPa及び40MPaとしたときの燃焼時のCラジカル及びOHラジカルの自発光の時間変化及び熱発生率を示す。図7において、上段はCラジカルの自発光画像、下段はOHラジカルの自発光画像である。また、図7において、急速圧縮装置10の燃焼室の形状を白破線で示した。これらの条件においても、燃焼時におけるCラジカル及びOHラジカルの自発光画像を明確に撮像することができた。
【0069】
図8に示した熱発生率と図7に示した各ラジカルの自発光画像を比較すると、熱発生率の立ち上がり開始は、図4で示した着火遅れ時間の範囲に収まった。すなわち、各試験条件の違いによる初期のラジカルの自発光画像の差は、着火遅れの差によるものと推察される。一方、燃焼の終了付近に着目すると、燃料噴射圧力が130MPaに対して40MPaの方が熱発生率の減衰が緩やかであった。さらに、トルエン(C)に対してα-メチルナフタレン(C1110)の方が熱発生率の減衰がより緩やかであった。
【0070】
図7に示したCラジカル及びOHラジカルの自発光画像では、燃料の噴射圧力(Pinj)が130MPaに対して40MPaの方がCラジカルの自発光領域が広くなった。さらに芳香族の種類で比較すると、α-メチルナフタレン(C1110)ではCラジカルの自発光領域がノズル近傍まで延在した。
【0071】
燃料の噴射開始から熱発生率の立ち上がりまでの時間、すなわち着火遅れ時間が長い、又は、燃料の噴射圧力が高いといった空気と燃料の混合が促進される条件下では、Cラジカルの自発光は強度が弱く、領域が狭くなった。また、燃料の噴射圧力が低い条件下では、OHラジカルの自発光が消滅するまでの時間が長くなった。芳香族の種類の違いについて、C及びOHラジカルともに、単環のトルエン(C)よりも二環のα-メチルナフタレン(C1110)の方がラジカルの自発光が消滅するまでの時間が長くなった。
【0072】
[すすの排出特性評価方法]
以下、本実施の形態におけるすすの排出特性評価方法について説明する。燃焼時の中間生成物(ラジカル等)の自発光画像から得られる1ピクセル当りの輝度値は、中間生成物自体の発光強度、中間生成物の密度及び奥行き方向の分布の積を示している。そこで、すすの生成及び酸化に寄与する燃焼時の中間生成物の空間的な積算発光強度の最大値と発光時間をパラメータとして、これらのパラメータを用いたすすの排出量推定法を考案した。
【0073】
燃焼時の中間生成物(ラジカル等)の自発光画像の各ピクセルの輝度値を画像全体で積算することで当該画像に存在する中間生成物の総数に相当する積算輝度値(R)を算出する。当該処理を各時刻の画像に施すことで中間生成物の積算輝度値(R)の時間変化、すなわち中間生成物の総数の時系列データを求めることができる。
【0074】
芳香族成分を含む燃料の燃焼を解析対象とする場合、燃焼時の中間生成物はCラジカルとOHラジカルとすることが好適である。Cラジカル及びOHラジカルに対する積算輝度値(RC2,ROH)の時系列データを求めることで、燃料の噴射特性及び燃料に含まれる芳香族の種類がCラジカル及びOHラジカルに対する積算輝度値(RC2,ROH)に及ぼす影響を定量的に評価することができる。
【0075】
図9及び図10は、燃料に含まれる芳香族成分の濃度が50vol%における燃料の噴射圧力(Pinj)を変えた場合のCラジカルに対する積算輝度値RC2及びOHラジカルに対する積算輝度値ROHの時間変化を示す。
【0076】
燃料の噴射圧力(Pinj)が40MPaに対して130MPaの方がCラジカルに対する積算輝度値RC2及びOHラジカルに対する積算輝度値ROHともに増加の速度は速く、また、Cラジカルに対する積算輝度値RC2及びOHラジカルに対する積算輝度値ROHともに減少が開始される時期も早くなった。
【0077】
また、燃料の噴射圧力(Pinj)に拠らず、燃料に含まれる芳香族がトルエン(C)に対してα-メチルナフタレン(C1110)の方がCラジカルに対する積算輝度値RC2及びOHラジカルに対する積算輝度値ROHともに減少が遅かった。Cラジカルに対する積算輝度値RC2の最大値(RmaxC2)を比較すると、燃料の噴射圧力(Pinj)や芳香族の種類によって顕著な差はなかった。これに対して、OHラジカルに対する積算輝度値ROHの最大値(RmaxOH)を比較すると、燃料の噴射圧力(Pinj)が低い条件において低く、芳香族の種類ではトルエン(C)に対してα-メチルナフタレン(C1110)の方が低かった。
【0078】
図11及び図12は、燃料に含まれる芳香族成分の濃度が70vol%における燃料の噴射圧力(Pinj)を変えた場合のCラジカルに対する積算輝度値RC2及びOHラジカルに対する積算輝度値ROHの時間変化を示す。
【0079】
燃料の噴射圧力(Pinj)が40MPaに対して130MPaの方がCラジカルに対する積算輝度値RC2は小さくなった。燃料に含まれる芳香族がトルエン(C)に対してα-メチルナフタレン(C1110)の方がCラジカルに対する積算輝度値RC2は高く、発光の開始から消滅までの時間(TRC2)は長くなった。一方、燃料の噴射圧力(Pinj)が高い条件下においてOHラジカルに対する積算輝度値ROHは大きくなった。また、燃料の噴射圧力(Pinj)が低い条件下ではOHラジカルが消滅するまでの時間(TROH)が長くなった。さらに、トルエン(C)に対してα-メチルナフタレン(C1110)の方がOHラジカルが消滅するまでの時間(TROH)が長くなった。
【0080】
以上のように、燃料の噴射特性や燃料の成分の違いによってCラジカルに対する積算輝度値RC2の最大値(RmaxC2)及びOHラジカルに対する積算輝度値ROHの最大値(RmaxOH)やCラジカル及びOHラジカルの発光時間(TRC2,TROH)に違いが見られた。
【0081】
図13図16は、燃料の噴射圧力(Pinj)、燃料に含まれる芳香族の種類及び濃度に対するCラジカルに対する積算輝度値RC2の最大値(RmaxC2)及びOHラジカルに対する積算輝度値ROHの最大値(RmaxOH)並びにCラジカル及びOHラジカルの発光時間(TRC2,TROH)に対するすすの生成量との関係を示す。図13図16において、燃料の噴射量が異なることの影響を避けるために、Cラジカルに対する積算輝度値RC2の最大値(RmaxC2)及びOHラジカルに対する積算輝度値ROHの最大値(RmaxOH)に対するすすの生成量との関係において燃料の噴射量で除した結果を示した。
【0082】
図17は、図13図16に示した結果から導出した各パラメータに対するすすの生成量の関係を示す。燃料の噴射圧力が低く、着火遅れが短いといった条件下では、燃料の噴霧の微粒化の悪化や燃料の運動量の低下によるエントレイメント量の減少により空気と燃料との混合が不十分となり、すすの生成量が多くなった。すなわち、このような条件下では、すすの元となり得るCラジカルの存在を示す積算輝度値RC2の最大値(RmaxC2)は高くなると推察される。一方、空気量が少ないためにOHラジカルの発生量は少なくなり、OHラジカルに対する積算輝度値ROHの最大値(RmaxOH)は低くなると推察される。また、燃焼期間の長期化することによって、Cラジカルの発光時間(TRC2)及びOHラジカルの発光時間(TROH)も長期化した。これとは逆に、燃料の噴射圧力が高く、着火遅れが長いといった条件下では、すすの生成量が少なくなった。すなわち、Cラジカルの存在を示す積算輝度値RC2の最大値(RmaxC2)は低く、OHラジカルに対する積算輝度値ROHの最大値(RmaxOH)は高くなると推察される。また、燃焼期間が短いためにCラジカルの発光時間(TRC2)及びOHラジカルの発光時間(TROH)は短期化した。
【0083】
これらの関係に基づいて、Cラジカル及びOHラジカルの積算輝度値の最大値(RmaxC2,RmaxOH)及び発光時間(TRC2,TROH)の4つのパラメータからすすの生成量を推定することが可能である。すなわち、1回の噴射量当りのすすの生成量Sestは、数式(5)に示す推定式によって推定することができる。ここで、係数α、β、γ、δ、1回の噴射量当りのCラジカルの積算輝度値の最大値RmaxC2、Cラジカルの発光時間TRC2、1回の噴射量当りのOHラジカルの積算輝度値の最大値RmaxOH、OHラジカルの発光時間TROHとする。
【数5】
【0084】
係数α、β、γ、δは、実測のすすの生成量に対して数式(5)を適用して最小二乗法により重回帰分析を行うことによって決定することができる。すなわち、係数α、β、γ、δは、燃料として複数種の炭化水素系燃料を選定し、噴射条件として噴射量を揃えて燃焼させ、時空間的な発光強度分布と実測したすすの値に基づいて最小二乗法等の重回帰分析を適用することで決定することができる。このとき、噴射条件は、少なくとも噴射空間の圧力と、前記燃料の噴射圧力とを含むことが好適である。また、噴射条件は、燃料の噴射圧力を変える条件、又は、燃料を複数回にわたって噴射する条件を含むことが好適である。
【0085】
図17の実測例に基づいて係数α、β、γ、δを決定すると、すすの生成量Sestを示す数式(5)は数式(6)に示す推定式として表すことができる。なお、排出特性評価システム100に適用した光学系装置200の仕様によって数式(5)の係数α、β、γ、δは異なる可能性があるので、光学系装置200の構成を変更した場合には係数α、β、γ、δに対する重回帰分析をやり直すことが好適である。
【数6】
【0086】
図18は、数式(6)を用いて算出したすすの生成量と実測のすすの生成量との相関関係を示す。図18において、横軸は数式(6)を用いて算出したすすの生成量、縦軸は実測のすすの生成量を示す。図18では、数式(6)を用いて算出したすすの生成量と実測のすすの生成量は概ね一致しており、数式(6)を用いることによってすすの生成量を適切に推定することができた。
【0087】
このように、実測したすすの値を用いて推定式(5)における係数α、β、γ、δを設定することによって、実測したすすの値に基づいて最適化された係数α、β、γ、δを用いた推定式(6)に基づいて燃料の燃焼によるすすの生成量を適切に推定することが可能になる。
【0088】
以上のように、本実施の形態における排出特性評価システム100によれば、すすの生成及び酸化に寄与する燃焼中間生成物を考慮して、すすの生成量を適切に推定することが可能になる。特に、Cラジカル及びOHラジカルの積算輝度値の最大値(RmaxC2,RmaxOH)及び発光時間(TRC2,TROH)の4つのパラメータからすすの生成量を推定することで、ディーゼル燃料等の炭化水素系の燃料の燃焼によるすすの生成及び酸化に寄与する燃焼中間生成物を考慮してすすの生成量を適切に推定することが可能になる。
【産業上の利用可能性】
【0089】
本発明は、舶用ディーゼル機関等の間欠燃焼を伴う内燃機関におけるすすの生成量を推定するために適用することができる。例えば、本発明におけるすすの排出特性評価方法及びすすの排出特性評価システムは、内燃機関メーカーや石油会社等での燃料の燃焼に対するすすの排出特性の評価に適用することができる。
【符号の説明】
【0090】
10 急速圧縮装置、12 乾燥空気ボンベ、14 乾燥空気タンク、16 加熱加圧手段、18 燃料供給手段、20 排気手段、22 捕集用フィルタ、24 観察窓、30 紫外光ハーフミラー、32 ミラー、34 ミラー、36 NDフィルタ、38 バンドパスフィルタ、40 ミラー、42 ミラー、44 紫外光ミラー、46 NDフィルタ、48 バンドパスフィルタ、50 紫外光ミラー、52 紫外光ミラー、54 紫外光レンズ、56 画像増強部、58 カメラ、100 排出特性評価システム、200 光学系装置。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18