(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-04-04
(45)【発行日】2025-04-14
(54)【発明の名称】化合物、ミトコンドリア染色剤およびミトコンドリアの蛍光染色方法
(51)【国際特許分類】
C09B 57/00 20060101AFI20250407BHJP
C07D 491/147 20060101ALI20250407BHJP
A61K 49/00 20060101ALI20250407BHJP
C12Q 1/02 20060101ALI20250407BHJP
G01N 33/48 20060101ALI20250407BHJP
【FI】
C09B57/00 Z CSP
C07D491/147
A61K49/00
C12Q1/02
G01N33/48 P
G01N33/48 M
(21)【出願番号】P 2023514610
(86)(22)【出願日】2022-03-31
(86)【国際出願番号】 JP2022016836
(87)【国際公開番号】W WO2022220163
(87)【国際公開日】2022-10-20
【審査請求日】2023-10-17
(31)【優先権主張番号】P 2021070021
(32)【優先日】2021-04-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004112
【氏名又は名称】株式会社ニコン
(73)【特許権者】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(74)【代理人】
【識別番号】110000176
【氏名又は名称】弁理士法人一色国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】古江 美保
(72)【発明者】
【氏名】坂神 純子
(72)【発明者】
【氏名】大橋 憲太郎
(72)【発明者】
【氏名】高島 茂雄
(72)【発明者】
【氏名】前田 美和
(72)【発明者】
【氏名】竹森 洋
【審査官】齊藤 光子
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-180409(JP,A)
【文献】特表2011-506673(JP,A)
【文献】特開2006-056885(JP,A)
【文献】国際公開第2013/035767(WO,A1)
【文献】特表2018-502581(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第111004246(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09B 57/00
C07D 491/147
A61K 49/00
C12Q 1/02
G01N 33/48
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(I)で表される化合物、またはその塩。
【化1】
(式中、
R
1が、水素、C1~C6アルキル、-NH2、-OR
3、-COOH、-CONH
2、-COONH
2、-N=C=O、もしくは-N=C=Sであって、R
2が、-N=C=O、もしくは-N=C=Sであるか、または
R
2が、水素、C1~C6アルキル、-NH2、-OR
3、-COOH、-CONH
2、-COONH
2、-N=C=O、もしくは-N=C=Sであって、R
1が、-N=C=O、もしくは-N=C=Sであり、
R
3が、水素またはC1~C6アルキルである。)
【請求項2】
R
2が-N=C=Oである、請求項1に記載の化合物、またはその塩。
【請求項3】
R
1が-N=C=Oである、請求項2に記載の化合物、またはその塩。
【請求項4】
R
1が-CONH
2である、請求項2に記載の化合物、またはその塩。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一項に記載の化合物またはその塩を含む、ミトコンドリア染色剤。
【請求項6】
請求項1~4のいずれか一項に記載の化合物またはその塩を含む、細胞マーキング剤。
【請求項7】
請求項1~4のいずれか一項に記載の化合物またはその塩を含む、細胞状態評価剤。
【請求項8】
細胞のオートファジーを検出するための薬剤であって、
請求項1~4のいずれか一項に記載の化合物またはその塩を含む薬剤。
【請求項9】
オートファジーを起こした細胞の検出方法であって、
検査対象の細胞のミトコンドリアを請求項1~4のいずれか一項に記載の化合物によって蛍光染色する工程と、
蛍光染色された前記ミトコンドリアを観察する工程と、
を含む、検出方法。
【請求項10】
請求項1~4のいずれか一項に記載の化合物またはその塩を用いて、ミトコンドリアを蛍光染色する工程と、
蛍光染色された前記ミトコンドリアを有する細胞を特定する工程と、
を含む、細胞の特定方法。
【請求項11】
請求項1~4のいずれか一項に記載の化合物またはその塩によって蛍光染色されたミトコンドリアを有する第1の細胞と、請求項1~4のいずれの化合物によっても蛍光染色されていないミトコンドリアを有する第2の細胞を含む細胞群から、第1の細胞を識別する方法であって、
前記細胞群において、蛍光染色された前記ミトコンドリアを有する細胞を特定する工程を含む、細胞の識別方法。
【請求項12】
第1の細胞と第2の細胞との間で物質が移動したかどうかを調べる方法であって、
請求項1~4のいずれか一項に記載の化合物またはその塩によって蛍光染色されたミトコンドリアを有する
前記第1の細胞と、請求項1~4のいずれの化合物によっても蛍光染色されていないミトコンドリアを有する
前記第2の細胞を含む細胞群において、前記蛍光染色によって
前記第1の細胞と
前記第2の細胞とを識別する工程と、
前記第1の細胞と前記第2の細胞の間で物質が移動したかどうかを調べる工程と、
を含む、方法。
【請求項13】
化粧品として、検査対象の化合物を評価する方法であって、
in vitroにおいて、請求項1~4のいずれか一項に記載の化合物またはその塩によって、ケラチノサイトまたはメラノサイトのどちらか一方を蛍光染色する工程と、
前記メラノサイト及び前記ケラチノサイトを含む細胞群を前記検査対象の化合物の存在下で培養する工程と、
前記蛍光染色によって、前記ケラチノサイトと前記メラノサイトとを識別する工程と、 前記メラノサイトから前記ケラチノサイトへメラノソームが移動したかどうかを調べる工程と、
前記メラノソームの移動に変化をもたらす前記検査対象の化合物を化粧品として評価する工程と、
を含む、方法。
【請求項14】
腫瘍細胞をヒト以外の動物の体内で特定する方法であって、
in vitroにおいて、請求項1~4のいずれか一項に記載の化合物またはその塩によって、前記腫瘍細胞を蛍光染色する工程と、
蛍光染色した前記腫瘍細胞を前記動物に移植する工程と、
前記動物体内で、前記蛍光染色した前記腫瘍細胞を特定する工程と、
を含む、方法。
【請求項15】
請求項1~4のいずれか一項に記載の化合物またはその塩によって蛍光染色された1または2以上のミトコンドリアを有する細胞を撮像して細胞画像を取得する第1の工程と、
前記細胞画像から、前記1または2以上のミトコンドリアの情報を得る第2の工程
と、
を含む細胞画像の解析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、化合物、ミトコンドリア染色剤およびミトコンドリアの蛍光染色方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ミトコンドリアは、真核細胞が酸素を利用して生体エネルギーであるATPを合成するための細胞内小器官である。そのため、ミトコンドリア機能不全は細胞死などに直結し、様々な疾患を引き起こす(特開2019-112338号公報)。また、ミトコンドリア機能不全はミトコンドリアの形態とも関連していることから、ミトコンドリアの形態観察は細胞の状態や機能を調べる際に重要な指標となる。そこで、ミトコンドリアの形態観察のため、様々な蛍光低分子化合物や蛍光タンパク質を用いた方法が開発されている(特開2020-098199号公報;特開2017-48268号公報)。
【0003】
ミトコンドリアにおける蛍光低分子化合物の使用は、簡便で、全ての細胞を染色できる利点があるのに対して、蛍光タンパク質の使用は、遺伝子組換えや細胞内への発現ベクター導入などの操作が必要になるため煩雑である。一方、ミトコンドリアを蛍光低分子化合物で標識する際には、蛍光低分子化合物がミトコンドリア脂質膜に結合するため、蛍光低分子化合物のミトコンドリア膜における局在が不安定であるという問題がある。この問題は、蛍光抗体法などの他の染色方法との併用時に、細胞の固定剤や抗体などの細胞膜透過性をあげるための界面活性剤による処理によって、ミトコンドリア膜が破壊され、蛍光低分子化合物がミトコンドリア膜から脱落することが主な原因である。
【0004】
また、蛍光低分子化合物による蛍光の放出波長が問題となることがあり、例えば多重染色において他の標的因子または標的細胞内小器官に由来する放出波長が重なると、ミトコンドリアを特異的に検出できなくなる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、新規なミトコンドリア染色剤およびミトコンドリアの蛍光染色方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明にかかる実施態様は以下の通りである。
[1]下記式(I)で表される化合物、またはその塩。
【0007】
【化1】
(式中、
R
1が、水素、C1~C6アルキル、-NH2、-OR
3、-COOH、-CONH
2、-COONH
2、-N=C=O、もしくは-N=C=Sであって、R
2が、-N=C=O、もしくは-N=C=Sであるか、または
R
2が、水素、C1~C6アルキル、-NH2、-OR
3、-COOH、-CONH
2、-COONH
2、-N=C=O、もしくは-N=C=Sであって、R
1が、-N=C=O、もしくは-N=C=Sであり、
R
3が、水素またはC1~C6アルキルである。)
[2]R
2が-N=C=Oである、[1]項に記載の化合物、またはその塩。
[3]R
1が-N=C=Oである、[2]項に記載の化合物、またはその塩。
[4]R
1が-CONH
2である、[2]項に記載の化合物、またはその塩。
[5][1]~[4]項のいずれか一項に記載の化合物またはその塩を含む、ミトコンドリア染色剤。
[6][1]~[4]項のいずれか一項に記載の化合物またはその塩を含む、細胞マーキング剤。
[7][1]~[4]項のいずれか一項に記載の化合物またはその塩を含む、細胞状態評価剤。
[8]細胞のオートファジーを検出するための薬剤であって、
[1]~[4]項のいずれか一項に記載の化合物またはその塩を含む薬剤。
[9]生細胞を死細胞から識別するための薬剤であって、
[1]~[4]項のいずれか一項に記載の化合物またはその塩を含む薬剤。
【0008】
[10][1]~[4]項のいずれか一項に記載の化合物またはその塩を用いて、ミトコンドリアを蛍光染色する工程を含む、ミトコンドリアの染色方法。
[11]オートファジーを起こした細胞の検出方法であって、
検査対象の細胞のミトコンドリアを[1]~[4]項のいずれか一項に記載の化合物によって蛍光染色する工程と、
蛍光染色された前記ミトコンドリアを観察する工程と、
を含む、検出方法。
[12][1]~[4]項のいずれか一項に記載の化合物またはその塩を用いて、ミトコンドリアを蛍光染色する工程と、
蛍光染色された前記ミトコンドリアを有する細胞を特定する工程と、
を含む、細胞の特定方法。
[13][1]~[4]項のいずれか一項に記載の化合物またはその塩によって蛍光染色されたミトコンドリアを有する第1の細胞と、[1]~[4]項のいずれの化合物によっても蛍光染色されていないミトコンドリアを有する第2の細胞を含む細胞群から、第1の細胞を識別する方法であって、
前記細胞群において、蛍光染色された前記ミトコンドリアを有する細胞を特定する工程を含む、細胞の識別方法。
[14][1]~[4]項のいずれか一項に記載の化合物またはその塩によって蛍光染色されたミトコンドリアを有する第1の細胞と、[1]~[4]項のいずれの化合物によっても蛍光染色されていないミトコンドリアを有する第2の細胞を含む細胞群において、前記蛍光染色によって第1の細胞と第2の細胞とを識別する工程と、
第1の細胞と第2の細胞との間の物質伝達または情報伝達を評価する工程と、
を含む、方法。
[15]化粧品として、検査対象の化合物を評価する方法であって、
in vitroにおいて、[1]~[4]項のいずれか一項に記載の化合物またはその塩によって、ケラチノサイトまたはメラノサイトのどちらか一方を蛍光染色する工程と、
前記メラノサイト及び前記ケラチノサイトを含む細胞群を前記検査対象の化合物の存在下で培養する工程と、
前記蛍光染色によって、前記ケラチノサイトと前記メラノサイトとを識別する工程と、 前記メラノサイトから前記ケラチノサイトへメラノソームが移動したかどうかを調べる工程と、
前記メラノソームの移動に変化をもたらす前記検査対象の化合物を化粧品として評価する工程と、
を含む、方法。
[16]腫瘍細胞をヒト以外の動物の体内で特定する方法であって、
in vitroにおいて、[1]~[4]項のいずれか一項に記載の化合物またはその塩によって、前記腫瘍細胞を蛍光染色する工程と、
蛍光染色した前記腫瘍細胞を前記動物に移植する工程と、
前記動物体内で、前記蛍光染色した前記腫瘍細胞を特定する工程と、
を含む、方法。
[17][1]~[4]項のいずれか一項に記載の化合物またはその塩によって蛍光染色された1または2以上のミトコンドリアを有する細胞を撮像して細胞画像を取得する第1の工程と、
前記細胞画像から、前記1または2以上のミトコンドリアの情報を得る第2の工程と、 得られた前記1または2以上のミトコンドリアの情報に基づき、前記細胞の健康状態を評価する第3の工程と
を含む細胞画像の解析方法。
[18]第1の工程において、前記細胞の蛍光画像は顕微鏡画像であって、
第2の工程において、前記1または2以上のミトコンドリアの情報は、前記1または2以上のミトコンドリアの、面積、長さ、幅、縦横比、円形度、Elongation、Shape Factor、Roughness、隣接ミトコンドリアとの最短距離、Branchingポイント数、核との距離、細胞膜との距離、細胞体からの距離のうち、少なくともいずれか一つの数値を統計処理して得られた統計量であり、
第3の工程において、前記統計量に基づき、前記細胞の健康状態が評価される、
[17]項に記載の解析方法。
[19]第1の工程において、前記細胞の蛍光画像は顕微鏡画像であって、
第2の工程において、前記1または2以上のミトコンドリアの情報は、前記2以上のミトコンドリアが前記細胞内において所定の密度以上に凝集している領域の、前記細胞の面積に対する占有率であり、
第3の工程において、前記占有率に基づき、前記細胞の健康状態が評価される、
[17]項に記載の解析方法。
[20]前記細胞の明視野画像を取得し、前記明視野画像において前記細胞を認識する第4の工程をさらに含む、[18]項に記載の解析方法。
[21]前記細胞の明視野画像を取得する第4の工程をさらに含み、
前記細胞の面積が前記明視野画像より算出される、[19]項に記載の解析方法。
[22]第3の工程において、第2の細胞において蛍光染色された1または2以上のミトコンドリアの情報を統計処理して得られた統計量と比較することによって、前記細胞の健康状態が評価される、[18]または[20]項に記載の解析方法。
[23]第3の工程において、第2の細胞において蛍光染色された2以上のミトコンドリアが前記第2の細胞内において所定の密度以上に凝集している領域の、前記第2の細胞の面積に対する占有率と比較することによって、前記細胞の健康状態が評価される、[19]または[21]項に記載の解析方法。
[24]前記第2の細胞が正常細胞である、[22]または[23]項に記載の解析方法。
【0009】
==関連文献とのクロスリファレンス==
本出願は、2021年4月16日付で出願した日本国特許出願2021-070021に基づく優先権を主張するものであり、当該基礎出願を引用することにより、本明細書に含めるものとする。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、本発明の一実施形態において用いる顕微鏡装置の模式図である。
【
図2】
図2は、本発明の一実施形態において用いる顕微鏡装置の、コンピュータによって制御された動作のフローチャートを示す図である。
【
図3】
図3は、本発明の一実施形態において、ミトコンドリアを染色した細胞の画像を解析する方法のフローチャートを示す図である。
【
図4】
図4は、実施例3において、化合物3(化合物(II))(
図4A)または化合物4(化合物(III))(
図4B)でミトコンドリアを標識したときの蛍光顕微鏡による観察画像である。
【
図5】
図5は、実施例4において、化合物4でミトコンドリアを標識し、細胞を固定した後、COX4―Alexa488及びDAPIで3重染色したときの蛍光顕微鏡による観察画像である。
図5Aは化合物4による蛍光、
図5BはAlexa488による蛍光、
図5Cは化合物4による蛍光、Alexa488による蛍光、及びDAPIによる蛍光を重ねた画像である。
図5Dは明視野画像である。
【
図6】実施例5の結果を示す蛍光顕微鏡による観察画像である。
図6Aは化合物4によって染色した場合、
図6Bは化合物4によって染色し、その後ミトコンドリア脱共役剤で処理した場合、
図6Cはミトコンドリア脱共役剤処理を先に行い、その後化合物4によって染色した場合の、蛍光顕微鏡による観察画像である。
【
図7】実施例6の結果を示す蛍光顕微鏡による観察画像である。画像の上部にある図は、染色工程を示した模式図である。
図7Aは、細胞が存在する場所の明視野画像である。
図7Bは化合物4(図では化4と記載されている)が放出する蛍光の観察画像である。
図7Cは、明視野画像と蛍光画像を重ねた画像である。
【
図8】実施例7の結果を示す蛍光顕微鏡による観察画像である。
図8Aは化合物4が放出する蛍光の観察画像である。
図8BはLC3B抗体を用いた蛍光染色の観察画像である。
図8Cは、化合物4による蛍光、LC3B抗体を用いた蛍光染色、及びDAPIによる蛍光を重ねた画像である。
図8Dは明視野像である。
【
図9】実施例8の結果を示す蛍光顕微鏡による観察画像である。
図9Aは化合物1が放出する蛍光の観察画像である。
図9BはLC3B抗体を用いた染色の観察画像である。
図9Cは、化合物1による蛍光、LC3B抗体を用いた蛍光染色、及びDAPIによる蛍光を重ねた画像である。
図9Dは明視野画像である。
【
図10】実施例9の結果を示す蛍光顕微鏡による観察画像である。
図10Aは明視野画像である。
図10Bは、化合物3が放出する蛍光の観察画像である。
【
図11】
図11は、実施例9において、化合物(III)を用いて染色されたHeLa細胞を撮像した画像(A)と、輝度値が連続して高く分布している領域を検出した画像(B)を示した図である。
【
図12】
図12は、実施例9において、化合物(III)を用いて染色された正常な間葉系幹細胞を撮像した画像(A)と、ミトコンドリアが所定の密度以上である領域を検出した画像(B)と、細胞全体が存在する領域を検出した画像(C)を示す図である。
【
図13】
図13は、実施例9において、化合物(III)を用いて染色された老化した間葉系幹細胞を撮像した画像(A)と、ミトコンドリアが所定の密度以上である領域を検出した画像(B)と、細胞全体が存在する領域を検出した画像(C)を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の目的、特徴、利点、およびそのアイデアは、本明細書の記載により、当業者には明らかであり、本明細書の記載から、当業者であれば、容易に本発明を再現できる。以下に記載された発明の実施の形態および具体的な実施例などは、本発明の好ましい実施態様を示すものであり、例示または説明のために示されているのであって、本発明をそれらに限定するものではない。本明細書で開示されている本発明の意図並びに範囲内で、本明細書の記載に基づき、様々な改変並びに修飾ができることは、当業者にとって明らかである。
【0012】
==化合物==
本明細書に開示された一実施形態に係る化合物は、下記式(I)で表される化合物、またはその塩である(本明細書において、下記式(I)で表される化合物、またはその塩を化合物(I)と称する)。
【0013】
【化2】
(式中、
R
1が、水素、C1~C6アルキル、-NH2、-OR
3、-COOH、-CONH
2、-COONH
2、-N=C=O、もしくは-N=C=Sであって、R
2が、-N=C=O、もしくは-N=C=Sであるか、または
R
2が、水素、C1~C6アルキル、-NH2、-OR
3、-COOH、-CONH
2、-COONH
2、-N=C=O、もしくは-N=C=Sであって、R
1が、-N=C=O、もしくは-N=C=Sであり、
R
3が、水素またはC1~C6アルキルである。)
R
2が-N=C=Oであることが好ましく、下記式(II)または(III)で表されるように、R
1が-N=C=Oまたは-CONH
2であることがより好ましい。(本明細書において、以下の化合物を化合物(II)および化合物(III)と称する。)
【0014】
【0015】
【0016】
化合物(I)は、520nm~590nmの励起光を照射すると、590nm~660nmの蛍光を放出する。
【0017】
化合物(I)は、実施例に記載の方法を参照し、適宜技術常識を用いて改変することで、容易に製造することができる。
【0018】
==ミトコンドリア染色剤およびそれを用いた染色方法==
化合物(I)は、ミトコンドリアに結合するため、ミトコンドリアを蛍光染色するための染色剤として利用できる。染色剤のための溶媒は、上記化合物を溶解できるのであれば特に限定されず、アセトン、DMSO、エタノール、アセトニトリルおよびこれらの水溶液が例示できる。
【0019】
ミトコンドリア染色剤は、化合物(I)の他に、例えば、ミトコンドリア、及び細胞膜や細胞内小器官等のミトコンドリアと異なる細胞構成要素を蛍光染色するための蛍光化合物を含んでもよい。それによって複数の要素を同時に染色できる。また、化合物(I)と蛍光化合物の相互作用により、化合物(I)の発光を増感させることや化合物(I)のミトコンドリアへの特異性を向上させることができる。化合物(I)の発光を増感させる蛍光化合物の例として、(Mito Tracker)などが挙げられ、化合物(I)の特異性を向上させる蛍光化合物の例として、(DAPI:4,6-Diamidino-2-phenylindole, dihydrochloride)などが挙げられる。
【0020】
本明細書に開示のミトコンドリア染色剤を用いた、ミトコンドリアの染色は、当業者にルーティンな方法で行うことができる。例えば、培養細胞のミトコンドリアを染色する場合、培養中の培地に化合物(I)を添加してもよい。化合物(I)の濃度は特に限定されないが、0.001μM~10μMが好ましく、0.01μM~0.1μMがより好ましい。染色時間も特に限定されないが、(1分)~(1週間)が好ましく、(5分)~(1時間)がより好ましい。染色温度も特に限定されないが、(10℃)~(45℃)が好ましく、(30℃)~(40℃)がより好ましい。染色温度が低いほど、染色時間を長くするのが好ましく、具体的には、(37)℃、(15)分などの条件が例示できる。その後、培地を除去し、細胞を洗浄してもよく、洗浄しないで次の工程に進んでもよい。洗浄する場合、洗浄液として、細胞培養用培地やリン酸バッファーなどを用いることができる。洗浄液には、界面活性剤が含まれていてもよい。
【0021】
あるいは、培養細胞のミトコンドリアを染色するのに、培養細胞を回収し、遠心した後に上清を除去し、バッファーや培地に懸濁し、その細胞懸濁液に化合物(I)を添加してもよい。染色条件は、上記と同様である。染色後、プレートやスライドグラスに播種してもよく、懸濁したままで次の工程に進んでもよい。
【0022】
ミトコンドリアを蛍光染色した後、細胞に励起波長の光を照射し、染色剤から放出される蛍光を検出することで、細胞内のミトコンドリアを検出することができる。励起光の照射には、一般的な蛍光検出と同様の照射手段を用いればよく、例えば、蛍光顕微鏡が備えるレーザー光源から、必要に応じて所定の波長を選択すればよい。蛍光の検出は、蛍光顕微鏡の鏡筒から行ってもよいし、蛍光顕微鏡に設置されたカメラ等が撮影した画像をモニター等の表示手段に表示してもよい。必要に応じて所定の波長を選択的に通過させるフィルターを用いてもよい。
【0023】
染色したミトコンドリアを有する細胞の画像の解析方法の一例を後述する。
【0024】
==ミトコンドリア染色の利用==
<生細胞を死細胞から識別するための薬剤>
化合物(I)は、ミトコンドリアの膜電位に依存してミトコンドリアを染色するため、生細胞を染色し、死細胞は染色しない。従って、生細胞を死細胞を含む細胞集団に対し、化合物(I)による染色を行うことによって、生細胞だけを染色することができ、それによって死細胞を生細胞と識別できる。
【0025】
<細胞のマーキング剤>
化合物(I)は非常に簡便な細胞のマーキング剤として用いることができる。
【0026】
例えば、ヒトから採取した腫瘍細胞のミトコンドリアを化合物(I)でマークし、マウスに移植した上で、蛍光発光をトレースすることによって、腫瘍細胞のマウス体内での挙動(例えば、転移しやすさなど)を知ることができる。
【0027】
あるいは、化合物(I)によって蛍光染色されたミトコンドリアを有する第1の細胞と、化合物(I)によって蛍光染色されていないミトコンドリアを有する第2の細胞を含む細胞群において、化合物(I)からの蛍光染色を検出し、蛍光によって標識されたミトコンドリアを有する細胞を特定することにより、第1の細胞を識別することができる。
【0028】
このような第1の細胞と第2の細胞とを識別する方法を用いて、第1の細胞と第2の細胞との間の物質伝達または情報伝達を評価することができる。例えば、in vitroにおいて、化合物(I)によってケラチノサイトまたはメラノサイトのどちらか一方を蛍光染色する工程と、これらのメラノサイト及びケラチノサイトを混合し、両者を含む細胞群を、検査対象の化合物及び化合物(I)の存在下で培養する工程と、蛍光染色によって、ケラチノサイトとメラノサイトとを識別する工程と、メラノサイトからケラチノサイトへメラノソームが移動したかどうかを調べる工程と、を含む方法によって、メラノソームの移動に変化をもたらす検査対象の化合物を化粧品として評価することが可能になる。特に、メラノサイトからケラチノサイトへメラノソームの移動を抑制する化合物は、メラニンが体表面に移動するのを抑制できるため、美白効果のある化粧品として評価できる。
【0029】
<細胞状態評価剤>
また、化合物(I)は細胞状態評価剤として用いることができる。細胞状態の例として、細胞分化段階、アポトーシス、低酸素状態、細胞増殖抑制、増殖促進などが挙げられる。
【0030】
例えば線維芽細胞では、ミトコンドリアは伸長した形状をしているが、iPS細胞に初期化すると、ミトコンドリアは断片化された形状となり、分化細胞に再分化させると、再度、伸長した形状をとるようになる(Biochem Biophys Res Commun. 2018 vol.500(1) pp.59-64.)。そこで、化合物(I)によってミトコンドリアを蛍光染色し、形状を特定することにより、細胞が初期化または再分化のどの段階にあるかを識別することができる。
【0031】
また、メラノサイトは、分化段階が進みメラニン合成が盛んな状態では、ミトコンドリアが核周辺に集積するが、分化段階が低くメラニン合成が盛んでない状態では、ミトコンドリアは細胞内に散在する。そこで、化合物(I)によってミトコンドリアを蛍光染色し、ミトコンドリアの細胞内局在を観察することによって、メラノサイトの分化段階を評価することができる。
【0032】
また、肺動脈内皮細胞が低酸素に曝露されると、微小管と微小管モータータンパク質ダイニンを介したミトコンドリアの逆行性移動が引き起こされ、ミトコンドリアが核周辺でクラスターを形成する(Sci. Signal., 2012vol.5(231) p.ra47)。その時、核内でROSの蓄積が観察されるが、ミトコンドリアの核周辺でのクラスター化を阻害すると、核内でのROSの蓄積も観察されない。そこで、化合物(I)によってミトコンドリアを蛍光染色し、ミトコンドリアの細胞内局在を観察することによって、細胞の低酸素状態や核内でのROSの蓄積などを判定することができる。
【0033】
さらに、細胞がオートファジーを起こすと、余剰なミトコンドリアを選択的に分解する現象が知られており、マイトファジーと呼ばれている。そこで、化合物(I)によってミトコンドリアを蛍光染色し、細胞内の蛍光染色の様子を調べると、マイトファジーを起こした細胞では、蛍光が細かく散在し、マイトファジー特有の蛍光シグナルが観察される。そこで、化合物(I)によってミトコンドリアを蛍光染色し、蛍光の分布状態を観察することによって、細胞がオートファジーを起こしているかどうか識別することができる。
【0034】
<蛍光による多重染色>
化合物(I)はミトコンドリアに強固に結合するため、化合物(I)による蛍光染色後に固定剤で固定したり、界面活性剤で膜を透過処理したりしても、従来の蛍光色素ほど化合物(I)による蛍光強度は弱くならない。しかも、放射する蛍光波長のピークの幅が狭い(すなわち590nm~660nm)ので、他の蛍光色素の蛍光波長とのオーバーラップが少ない。これらのことから、化合物(I)は他の蛍光色素との多重染色に好適に用いることができる。
【0035】
例えば、化合物(I)によって細胞をミトコンドリアを蛍光染色した後で、その細胞を固定し、抗体を用いた組織化学的手法で多重染色することができる。この時、同時に用いる蛍光色素は、化合物(I)の蛍光と波長がオーバーラップしないものであればよく、例えば、FITC、ATTO 488、Alexa Fluor 488、Cy5などが挙げられる。
【0036】
あるいは、核やエンドソームなどの他の細胞小器官に結合する蛍光色素と同時に用いることができる。この場合の蛍光色素として、DAPIなどが例示できる。
【0037】
<化粧品・医薬品の評価方法>
上述したようなオートファジー以外にも、ミトコンドリアの形態や分布は、細胞の健康状態を反映する。例えば、断片化したり、核の近くに集積したりするなどのミトコンドリアの形態や分布は、細胞の健康状態を反映する。そこで、培養細胞を化粧品や医薬品であらかじめ処理し、化合物(I)によって細胞のミトコンドリアを蛍光染色することで、化粧品や医薬品の毒性を評価できる。
【0038】
<疾患マーカー>
ミトコンドリアの形状は細胞の状態や病態に応じて変化する。例えば、栄養不良状態になると、ミトコンドリアは丸くなることが知られている。あるいは、心血管疾患、ハッチントン病、ALS,などの神経疾患、糖尿病などは、ミトコンドリアの分裂・融合の異常が誘因になることが知られている(日本薬理学会 日薬理誌149:269-273(2017)「ミトコンドリア分裂を主眼とした既承認薬のエコファーマ」)。従って、化合物(I)は、疾患等の診断マーカーとして用いることもできる。例えば、生体から生体組織を採取する工程と、採取された生体組織のミトコンドリアを化合物(I)で染色する工程と、疾患を評価する工程と、を含む方法によって、化合物(I)を診断マーカーとして利用することができる。
【0039】
==細胞画像の解析方法==
本実施形態にかかる細胞画像の解析方法は、本明細書に開示の化合物またはその塩によって蛍光染色されたミトコンドリアを有する細胞を撮像して細胞画像を取得する第1の工程と、細胞画像から、ミトコンドリアの情報を得る第2の工程と、得られたミトコンドリアの情報に基づき、細胞の健康状態を評価する第3の工程と、を含む。この解析方法により、ミトコンドリア形態に基づいて、細胞の状態を調べることができる。
【0040】
<第1の工程>
まず、本明細書に開示の化合物またはその塩によって蛍光染色された1または2以上のミトコンドリアを有する細胞を撮像して細胞画像を取得する。
【0041】
この細胞画像は、顕微鏡画像であることが好ましい。顕微鏡画像は、実体顕微鏡や電子顕微鏡などを含む顕微鏡に付属の撮像素子付カメラによって撮像され、画像ファイルとして得られるのが好ましい。細胞画像には、細胞が1個撮像されていても、複数個撮像されていてもよい。
【0042】
<第2の工程>
本工程では、第1の工程で得られた細胞画像から、1個の細胞内に存在する1個または2個以上のミトコンドリアの情報を得る。
【0043】
ミトコンドリアの情報とは、そのミトコンドリアの画像から得られた、そのミトコンドリアの特徴を示す数値、例えば、面積、長さ、幅、縦横比、円形度、Elongation、Shape Factor、Roughness、隣接ミトコンドリアとの最短距離、Branchingポイント数、核との距離、細胞膜との距離、細胞体からの距離のうち、少なくともいずれか一つの数値を統計処理して得られた統計量、または蛍光染色されたミトコンドリアが細胞内において所定の密度以上に凝集している領域の、細胞内での占有率などである。
【0044】
ミトコンドリアの長さとは、ミトコンドリアの外周上の2点を結ぶ線分の長さのうちの最も長いものをいう。ミトコンドリアの幅とは、ミトコンドリアの外周上の2点を結ぶ線分の長さのうちの最も短いものをいう。ミトコンドリアの円形度とは、ミトコンドリア領域と同じ面積を持つ円の円周の二乗と当該エリアの円周の二乗の割り算の結果をいう。ミトコンドリアのElongationとは、ミトコンドリアの幅に対する長さの割合をいう。ミトコンドリアのShape Factorとは、ミトコンドリア領域の凹凸を埋めた図形の周囲長の二乗に対するミトコンドリア領域と同じ面積を持つ円の周囲長の二乗の割合をいう。ミトコンドリアの隣接ミトコンドリアとの最短距離とは、そのミトコンドリアの外周上の点と隣接ミトコンドリアの外周上の点とを結ぶ線分の長さのうちの最も短いもの、またはそのミトコンドリアの重心と隣接ミトコンドリアの重心との距離のいずれかをいう。ミトコンドリアのBranchingポイント数とは、ミトコンドリアが枝状に分岐した形状を有している場合の枝わかれ部分の数をいう。ミトコンドリアの核との距離とは、そのミトコンドリアの外周上の点と隣接ミトコンドリアの外周上の点とを結ぶ線分の長さのうちの最も短いもの、またはそのミトコンドリアの重心と核の重心との距離のいずれかをいう。ミトコンドリアの細胞膜との距離とは、そのミトコンドリアの外周上の点と細胞膜上の点とを結ぶ線分の長さのうちの最も短いものをいう。ミトコンドリアの細胞体からの距離とは、神経細胞において、神経突起内に存在するミトコンドリアと、神経突起と細胞体の接続地点、細胞体の重心、または核の重心との距離をいう。
【0045】
1個のミトコンドリアの場合、得られた値をそのまま、あるいは所定の桁になるように四捨五入などの統計処理をして、統計量を算出してもよい。
【0046】
2個以上のミトコンドリアの場合、各ミトコンドリアについて、上記情報を得た後、得られた数値を用いて統計処理を行い、統計量を算出してもよい。統計処理としては、例えば、平均値、中央値、分散値、四分位数などを求めることが例示できる。
【0047】
あるいは、統計量の代わりに、蛍光染色されたミトコンドリアが細胞内において所定の密度以上に凝集している領域の、細胞の面積に対する占有率を求めてもよい。具体的には、例えば、まず、そのミトコンドリアが存在する細胞の面積を求める。次に、ミトコンドリアが所定の密度以上に凝集している領域の面積を求める。最後に、細胞の面積に対する、ミトコンドリアが凝集している領域の面積の割合を求め、この割合を占有率としてもよい。
【0048】
<第3の工程>
本工程では、第2の工程で得られたミトコンドリアの情報から、当該細胞の健康状態を評価する。
【0049】
細胞の健康状態とは、細胞が異常な状態であったり、老化した状態であったりすることをいう。細胞が異常な状態であると、例えば、ネクローシスを生じていたり、アポトーシスを生じていたり、増殖速度が通常より速かったり遅かったり、細胞の形態が変化したり、間葉―上皮分化転換などの分化転換が生じたり、ミトコンドリアの分裂と融合のバランスが崩れたり、異常タンパク質が蓄積したりすることをいう。また、細胞が老化すると、例えば、コラーゲンの産生機能が低下したり、増殖速度が遅くなったり、テロメアが短くなったり、細胞特異的な、または細胞本来の機能を失ったり、細胞質が増大したり、多核化したり、あるいはミトコンドリアが断片化したりする。この細胞の健康状態は個体の状態も含み、例えば、双極性障害などの患者における細胞の状態も含む。
【0050】
ミトコンドリアの情報として統計量を利用する場合、細胞画像を解析する細胞とは異なる第2の細胞において蛍光染色された1または2以上のミトコンドリアの情報を統計処理して得られた統計量と、第2の工程で求めた統計量を比較することによって、細胞の健康状態を評価してもよい。また、ミトコンドリアの情報として占有率を利用する場合、細胞画像を解析する細胞とは異なる第2の細胞において蛍光染色された2以上のミトコンドリアが第2の細胞内において所定の密度以上に凝集している領域の、第2の細胞の面積に対する占有率と、第2の工程で求めた占有率を比較することによって、細胞の健康状態を評価してもよい。
【0051】
ここで、第2の細胞は、細胞画像を解析する細胞と同じ種類の細胞であることが好ましく、また正常な細胞であることが好ましい。ここで、正常とは、上述したような異常な状態ではないことをいう。例えば、細胞の形態、機能、増殖が正常であることが含まれる。
【0052】
<第4の工程>
本工程では、ミトコンドリアの情報を得た細胞の明視野画像を取得する。取得した明視野画像は、例えば、細胞の面積を求めるのに利用できる。
【0053】
<具体的な画像解析手順>
図3を参照し、染色されたミトコンドリアを含む細胞が撮像された画像を解析するための具体的な画像解析手順の一例を説明する。
【0054】
まず、撮像素子付蛍光顕微鏡を用いて、染色された1または複数のミトコンドリアを含む1または複数の細胞の蛍光画像を取得する(S21)。そして、取得した撮像画像から、ショットノイズを除去する(S21)。具体的には、取得された撮像画像に対して、画像内の一定の大きさの領域において輝度値を平均化したり、高周波成分を取り除くことで、撮像画像からショットノイズを除去することができる。
【0055】
次に、細胞全体をHCS CellMask(登録商標)等の試薬で染色し、撮像素子付蛍光顕微鏡を用いて得られた蛍光画像を二値化処理することによって、画像内での細胞の領域(以下、「細胞領域」と称する)を検出する(S22)。
【0056】
あるいは、その他にDAPI等の核染色試薬の蛍光画像の二値化することで核を検出し、それを起点として細胞質染色の蛍光画像に対してWatershedアルゴリズムで細胞領域を検出する。細胞質染色試薬の代わりにミトコンドリア蛍光画像を使用してもよい。
【0057】
あるいは、位相差画像を用いて細胞領域を検出してもよい。例えば、位相差画像に対してクローズ・オープンフィルタを適用して画像の差分を取り、エッジ情報を取得し、取得したエッジ情報に基づいてGVF(Gradient vector flow)を作成して細胞の輪郭線を取得して細胞領域を検出も良い。更に、GVFの処理に加えて、蛍光画像から最終的に細胞の輪郭線を取得して細胞領域を検出できる。
【0058】
ショットノイズの除去された各細胞の撮像画像から、輝度値情報に基づき、(株)ニコン製のNIS Elementsソフトウエアに実装されているDetect Peaksアルゴリズムを使用して、輝度値が連続して高く分布している領域を検出し、さらに高輝度値に輝度を増強する(S23)。その結果、各細胞の内部構造として、糸状の構造物の輪郭が強調される。
【0059】
こうして得られた輝度値を所定の閾値で二値化処理することで、糸状の構造を有するミトコンドリアの二値画像が得られ、ミトコンドリアとして認識できるようになる(S24)。
この二値画像を用いて、各ミトコンドリアの特徴を示す数値を得る(S25)。
【0060】
次に、ミトコンドリアが細胞内において所定の密度以上に凝集している領域を検出する(S26)。このとき、ミトコンドリアが特定できる二値画像を用いてもよいが、ショットノイズの除去された細胞の撮像画像をもちいてもよい。後者の場合、例えば、区分けした領域ごとに輝度値の総和を算出し、輝度値が相対的に高い領域を特定することによって、ミトコンドリアの凝集している領域を検出してもよい。
【0061】
S22で検出された細胞領域の面積、およびS26で検出されたミトコンドリアが業種している領域の面積を計測し、ミトコンドリアが細胞内において所定の密度以上に凝集している領域の、細胞の面積に対する占有率を算出する(S27)。
【0062】
S25で得られたミトコンドリアの特徴を示す数値の統計処理を行い、統計量を算出する(S28)。
【0063】
S27で得られた占有率及び/又はS28で得られた統計量に基づき、細胞の健康状態を評価する。
【0064】
評価方法は特に限定されないが、例えば、第2の細胞のミトコンドリアの情報を求め、以下に述べる学習機器を使用し、第2の細胞のミトコンドリアの情報と比較することにより、細胞の健康状態を評価してもよい。
【0065】
まず、第2の細胞として、異常や老化を生じている細胞や正常細胞を用い、それらの細胞から得られた1または2以上の情報をn次元ベクトル空間にマップし、Deep Learning, サポートベクターマシン、決定木等の手法で学習させる。この学習機に対し、目的のミトコンドリアの情報を入力すると、異常や老化を生じているかどうかが判断できる。
【0066】
==顕微鏡装置==
以下に、本開示の解析方法で用いる顕微鏡装置の一例を、
図1および
図2を用いて説明する。
【0067】
図1に示すように、顕微鏡装置1は、装置本体10と、コンピュータ170と、表示部であるモニタ160と、入力器180とを備える。装置本体10には、顕微鏡部150と、透過照明部40と、撮像装置(以下、デジタルカメラと称する)300と、励起用光源70と、光ファイバ7とが備えられる。デジタルカメラは、CCDカメラやCMOSカメラなどが例示できる。
【0068】
顕微鏡部150は、ステージ23と、対物レンズ部27と、蛍光フィルタ部34と、結像レンズ部38と、偏向ミラー452と、フィールドレンズ411と、コレクタレンズ41とを備え、透過照明部40は、透過照明用光源47と、フィールドレンズ44と、偏向ミラー45とを備える。
【0069】
ステージ23には、透明な培養容器20を収めたチャンバ100が載置される。培養容器20では、ミトコンドリアが蛍光物質で標識された培養細胞が培地中で生育している。
その培養細胞をチャンバ100の外側から観察するため、チャンバ100の底面の一部aと、チャンバ100の上面の一部bとはそれぞれ透明になっている。ここでは、培養容器20の上面が開放されている場合を説明するが、必要があれば培養容器20の上面は培養容器20と同質の蓋で覆われていてもよい。
【0070】
対物レンズ部27には、
図1のX方向にそって複数種類の対物レンズが装着されており、対物レンズ部27がX方向にそって移動することにより、装置本体10の光路に配置される対物レンズの種類が切り替わる。この切り替えはコンピュータ170の制御下で行われる。
【0071】
蛍光フィルタ部34には、
図1のX方向にそって複数種類のフィルタブロックが装着されており、蛍光フィルタ部34がX方向にそって移動することにより、装置本体10の光路に配置されるフィルタブロックの種類が切り替わる。この切り替えもコンピュータ170の制御下で行われる。
【0072】
コンピュータ170は、光路に配置される対物レンズの種類と、光路に配置されるフィルタブロックの種類との組み合わせを、装置本体10に設定されるべき観察方法に応じて切り替える。本実施の形態では、この切り替えによって、装置本体10による観察方法が位相差観察と2種類の蛍光観察との間で切り替わるのものとする。
【0073】
位相差観察と蛍光観察とでは、光路に配置されるフィルタブロックの種類と、光路に配置されうる対物レンズの種類とが異なり、2種類の蛍光観察では、光路に配置されるフィルタブロックの種類のみが異なり、光路に配置されうる対物レンズの種類は同じである。また、位相差観察と蛍光観察では、照明方法が異なる。
【0074】
コンピュータ170は、位相差観察時には、透過照明部40の光路を使用するために透過照明用光源47を用い、蛍光観察時には、落射照明部の光路(すなわち、励起用光源70、光ファイバ7、コレクタレンズ41、フィールドレンズ411、偏向ミラー452、蛍光フィルタ部34、対物レンズ部27を順に経由する光路)を使用するため、励起用光源70を用いる。なお、透過照明用光源47を用いるときに励起用光源70は電源を切り、励起用光源70を用いるときに透過照明用光源47は電源を切る。
【0075】
明視野観察である位相差観察時、透過照明用光源47から射出された光は、フィールドレンズ44、偏向ミラー45、チャンバ100の透明部bを介して培養容器20の中の観察ポイントcを照明する。その観察ポイントcを透過した光は、培養容器20の底面、チャンバ100の透明部a、対物レンズ部27、蛍光フィルタ部34、結像レンズ38を介してデジタルカメラ300の受光面に達し、観察ポイントcの位相差像を形成する。この状態でデジタルカメラ300が作動すると、位相差像が撮像され、位相差画像データが生成する。この画像データは、コンピュータ170に送信され、そこで記憶される。
【0076】
なお、明視野観察による明視野画像には、蛍光観察以外の明視野観察による画像、例えば暗視野観察、位相差観察、微分干渉観察による画像が含まれる。
【0077】
蛍光観察時、励起用光源70から射出された光は、光ファイバ7、コレクタレンズ41、フィールドレンズ411、偏向ミラー452,蛍光フィルタ部34、対物レンズ部27、チャンバ100の透明部a、培養容器20の底面を介して培養容器20の中の観察ポイントcを照明する。これによって、観察ポイントcに存在する蛍光物質が励起され、蛍光物質は蛍光を発する。この蛍光は、培養容器20の底面、チャンバ100の透明部a、対物レンズ部27、蛍光フィルタ部34、結像レンズ38を介してデジタルカメラ130の受光面に達し、観察ポイントcの蛍光像を形成する。この状態でデジタルカメラ300が作動すると、蛍光像が撮像され、画像データが生成する。この画像データも、コンピュータ170へ送信され、そこで記憶される。
【0078】
なお、コンピュータ170は、ステージ23のXY座標及び対物レンズ部27のZ座標を制御することにより、培養容器20における観察ポイントcのXYZ座標における位置を制御する。
【0079】
また、チャンバ100には、シリコーンチューブを介して加湿器が接続されていてもよく、チャンバ100の内部の湿度及びCO2濃度が、所定の値に制御されてもよい。また、チャンバ100の周辺の空気は、熱交換器によって適度に循環され、それによってチャンバ100の内部温度も所定値に制御されてもよい。このようなチャンバ100の内部の湿度、CO2濃度、温度は、センサにより測定されてもよい。その測定結果は、コンピュータ170へ送信され、そこで記憶されてもよい。一方、デジタルカメラ300は装置本体10との他の部分とは別の筐体に収められ、チャンバ100の内部温度に拘わらず装置本体10の外気温度と同程度に保たれてもよい。
【0080】
次に、タイムラプス撮影に関するコンピュータ170の動作を説明する。
【0081】
コンピュータ170には、観察用のプログラムがインストールされており、コンピュータ170はそのプログラムに従って動作する。ユーザからコンピュータ170への情報入力は、何れも入力器180を介して行われる。
【0082】
図2は、コンピュータ170の動作フローチャートである。
図2に示すように、最初にコンピュータ170は、装置本体10の観察方法を、低倍率の位相差観察に設定し、その状態でバードビュー画像の画像データを取得し、それをモニタ160で表示する(S11)。バードビュー画像とは、培養容器20の比較的広い領域の画像をいう。
【0083】
バードビュー画像の画像データを取得するに当たって、コンピュータ170は、培養容器20における観察ポイントcをXY方向へ移動させながら位相差画像の画像データを繰り返し取得し、取得された複数の画像データを1枚の画像の画像データに合成する。個々の画像データは、所謂タイル画像の画像データであり、合成後の画像データがバードビュー画像の画像データである。
【0084】
ユーザは、モニタ160に表示されたバードビュー画像を観察しながら、タイムラプス撮影の条件(例えば、インターバル、ラウンド数、観察ポイント、観察方法など)を決定する。
【0085】
コンピュータ170は、ユーザから条件が入力されると(S12:YES)、その条件が書き込まれたレシピを作成する(S13)。レシピの格納先は、例えばコンピュータ170のハードディスクである。以下、レシピに書き込まれたインターバル、ラウンド数、観察ポイント、観察方法をそれぞれ「指定インターバル」、「指定ラウンド数」、「指定ポイント」、「指定観察方法」と称する。
【0086】
その後、コンピュータ170は、ユーザからタイムラプス撮影の開始指示が入力されると(S14)、タイムラプス撮影を開始する(S15)。
タイムラプス撮影では、コンピュータ170は、培養容器20の観察ポイントcを指定ポイントに一致させると共に、装置本体10の観察方法を指定観察方法に設定し、その状態で画像データを取得する。指定観察方法が3種類であった場合は、装置本体10の観察方法を3種類の指定観察方法の間で切り替えながら3種類の画像データを連続的に取得する。これによって、第1ラウンドの撮影が終了する。
【0087】
その後、コンピュータ170は、第1ラウンドの撮影開始時刻から指定インターバルだけ待機時間をおき、第2ラウンドの撮影を開始する。第2ラウンドの撮影方法は、第1ラウンドの撮影方法と同じである。
【0088】
さらに、以下の撮影は、実行済みのラウンド数が指定ラウンド数に達する(S16:YES)まで繰り返される。
【0089】
さて、タイムラプス撮影の期間中(S16:NO)、コンピュータ170は、装置本体10から取り込んだ画像データを実施経過ファイルへ逐次蓄積する。この実施経過ファイルの格納先は、例えばコンピュータ170のハードディスクである。
【0090】
さらに、コンピュータ170は、タイムラプス撮影の期間中又はタイムラプス撮影の終了後にユーザから確認指示が入力されると、その時点における実施経過ファイルの内容を参照し、それに基づき以下に説明する実施経過確認用画面をモニタ160へ表示する。
【0091】
例えば、この顕微鏡装置1により取得されたバードビュー画像のうちの各細胞の撮像画像がコンピュータ170の画像処理部に入力され、そこで、上述した画像解析処理が実行され、解析結果が出力されてもよい。
【実施例】
【0092】
<実施例1>化合物(II)の合成
以下に記載する手順で、化合物(II)を合成した。
【0093】
【0094】
ATTO565―free COOH(1mg)をアセトニトリル(0.5mL)に溶解させて得られた溶液に対し、2等量のDPPAと1等量のトリエチルアミンを加え30分室温で反応させた。反応液に1mLの水と2mLのヘキサンを加えて混合して静置し、ヘキサン層を回収した。その後、脱気処理にて濃縮し、最終的に0.1mLのアセトニトリルに置換し、アセトニトリルで平衡化したシリカゲルカラムに通すことで目的物を精製した。溶出液をすべて回収し、減圧脱気にて乾燥させ、使用前にDMSOに溶解した。
1 H-NMR (CDCl3, 400 MHz) δ: 1.23 (t, 3H, J = 14 Hz), 2.25 (broad s, 4H), 3.00 (m, 2H),7.06 (m, 1H), 7.22 (s, 1H).
【0095】
合成物は、UPLC-MS/MS(Waters)解析で確認した。MS:505.22、MS/MS: 489.19、477.19、461.16が検出され、目的物が得られたことが確認された。
【0096】
<実施例2>化合物(III)の合成
以下に記載する手順で、化合物(III)を合成した。
【0097】
【0098】
ATTO565―HNSエステル(1mg)をアセトニトリル(0.5mL)に溶解させて得られた溶液に対し、1等量のDPPAと1等量のトリエチルアミンを加え、30分室温で反応させた。反応液に1mLの水と2mLのヘキサンを加えて混合して静置し、ヘキサン層を回収した。その後、脱気処理にて濃縮し、最終的に0.1mLのアセトニトリルに置換し、アセトニトリルで平衡化したシリカゲルカラムに通すことで目的物を精製した。溶出液をすべて回収し、減圧脱気にて乾燥させ、使用前にDMSOに溶解した。
【0099】
合成物は、UPLC-MS/MS(Waters)解析で確認した。MS:507.25、MS/MS: 479.24、449.19、435.18が検出され、目的物が得られたことが確認された。
【0100】
<実施例3>生細胞におけるミトコンドリアの蛍光染色
実施例1および実施例2で合成した化合物(II)および化合物(III)によって細胞内ミトコンドリアの蛍光染色を行った。手順を以下に示す。
【0101】
(1)ガラスボトムディッシュ(マツナミ社製)にマウス悪性黒色腫細胞B16F10(理研細胞バンクより入手)3×10
4個を播種し、24時間培養した。培地はダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)のHighグルコース(D6046(Merck))に1×ペニシリン・ストレプトマイン(26252-94(ナカライテクス))と10%牛胎児血清(ニチレイ)を添加したものを用いた。培養は37℃、5%CO
2で行った。
(2)化合物(II)および化合物(III)を最終濃度が0.01μMとなるように培地に添加した。
(3)15分後に培地を吸引除去し、新しい培地に交換した。
(4)蛍光顕微鏡(BZ-9000、キーエンス社製)を用いて、化合物(II)および化合物(III)を560nmで励起して放出された蛍光を観察し(波長:620nm)、細胞を撮像した。
図4に結果を示す。
図4Aは、化合物(II)による細胞全体の画像である。
図4Bは、化合物(III)による細胞全体の画像である。
図4で示されるように、化合物(II)および化合物(III)によって、細胞内で線状の構造を有するミトコンドリアが蛍光染色された。
このように、化合物(II)および化合物(III)は細胞内ミトコンドリアを染色できる。
【0102】
<実施例4>DAPI及び抗COX4抗体との三重染色
本実施例では、実施例2で合成した化合物(III)によって細胞内ミトコンドリアの蛍光染色を行った後に固定し、さらにDAPIおよびミトコンドリアのマーカーであるCOX4に対する抗体で細胞を染色した。手順を以下に示す。
【0103】
(1)ガラスボトムディッシュ(マツナミ)にHEK293A細胞(Thermofisherrより入手)3×104個を播種し、24時間培養した。培地はダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)のHighグルコース(D6046(Merck))に1×ペニシリン・ストレプトマイン(26252-94(ナカライテクス))と10%牛胎児血清(ニチレイ)を添加したものを用いた。培養は37℃、5%CO2で行った。
(2)化合物(III)を最終濃度が0.01μMとなるように培地に添加した。
(3)5分後に培地を吸引除去し、4%パラホルムアルデヒド/リン酸緩衝液(09154-14(ナカライテクス))1mLを添加し、室温で15分固定した。
(4)4%パラホルムアルデヒド/リン酸緩衝液を吸引除去後、リン酸緩衝液(0.1% Tween20(関東化学)含有、以下、PBSTと称する。)を1mL添加した。
(5)DAPI(Cellstain(登録商標)DAPI solution(同仁化学研究所))を1μL添加し、15分放置して核を蛍光染色した。
(6)細胞を、PBSTで3回洗浄した。
(7)洗浄後、10%BlockingOne(ナカライテスク)/リン酸緩衝液に抗COX4抗体(PM063MS(MBL))を1/1000希釈した反応液1mLを加え、1時間室温に放置した。
(8)細胞を、PBSTで3回洗浄した。
(9)洗浄後、10%BlockingOne/リン酸緩衝液( )mLに抗マウスIgG H&L(Alexa Fluor488)(ab150113(Abcam))を1/1000希釈した反応液1mLを加え、1時間室温に放置した。
(10)細胞を、PBSTで4回洗浄した。
(11)蛍光顕微鏡により細胞を観察した。なお、観察時(波長:620nm)、化合物(III)は560nmで励起し、COX4に結合した抗体は470nmで励起した。また、DAPIは360nmで励起した。
【0104】
図5に結果を示す。
図5Aは、化合物(III)による細胞全体の蛍光顕微鏡像である。
図5Bは、抗COX4抗体の集積部位である。
図5Cは、
図5A、
図5Bおよび核(DAPI)の蛍光像を重ね合わせたものである。
図5Dは、細胞全体の明視野像である。
図5AおよびBに示されるように、化合物(III)およびCOX4に結合した抗体から蛍光が放出され、そして、
図5Cに示されるように、化合物(III)からの蛍光とCOX4に結合した抗体からの蛍光が重なっていた。
【0105】
このように化合物(III)は、染色後に固定し、DAPIや抗体と多重染色を行うことができる。
【0106】
<実施例5>ミトコンドリア膜電位に対する蛍光染色の依存性
ミトコンドリア膜は他の細胞内器官の膜よりも強い膜電位を有しており、ミトコンドリア集積性の化合物の殆どが、ミトコンドリア膜電位依存的にミトコンドリアに局在する。
本実施例では、化合物(III)によるミトコンドリアの染色が膜電位に依存することと、一旦染色されれば、膜電位が失われても染色されたままであることを示す。手順を以下に示すが、化合物(III)によるミトコンドリアの染色の詳細は実施例4と同様である。
【0107】
(1)ガラスボトムディッシュにHEK293A細胞(Thermofisherより入手)3×104個を播種し、24時間培養した。
(2)化合物(III)を最終濃度が0.01μMになるように添加した。
(3)蛍光顕微鏡により細胞を観察した。なお、観察時、560nmで化合物(III)を励起した。
(4)その後、ミトコンドリア膜電位阻害剤(脱共役剤:Carbonyl cyanide 4-(trifluoromethoxy)phenylhydrazone(FCCP))(C2902(Merck社製))を最終濃度が10μMとなるように培地中へ添加し、1時間培養した。
(5)再度、蛍光顕微鏡により観察した。
(6)次に、FCCPを前処理した後、化合物(III)を添加する試験を行った。
(7)蛍光顕微鏡により観察した。
【0108】
図6に結果を示す。
図6Aは、化合物(III)のみの処理で放出される蛍光を観察した画像である。
図6Bは、化合物(III)の処理後、FCCP処理した時の画像である。
図6Cは、FCCP処理後に化合物(III)を処理した時の画像である。
【0109】
図6Aおよび
図6Bに示されるように、化合物(III)は、一旦ミトコンドリアを染色すると、その後ミトコンドリアの膜電位が消失してもミトコンドリアに集積したままであった。また、
図6Cに示されるように、化合物(III)のミトコンドリアへの集積はミトコンドリアの膜電位を必要とした。
【0110】
このように、化合物(III)によるミトコンドリアの染色には、ミトコンドリアの膜電位が必要である。従って、ミトコンドリア膜電位がない死細胞は、化合物(III)によっては染色されず、化合物(III)は生きた細胞のみを染色できるため、化合物(III)は生細胞と死細胞の識別に利用可能である。
【0111】
<実施例6>ミトコンドリアの蛍光染色による、複数種の細胞の選別
本実施例では、化合物(III)を用いたミトコンドリアの蛍光染色によって、2種類の細胞間の物質の伝達を評価した。
【0112】
化合物(III)を用いてヒトケラチノサイトPSVK1細胞のミトコンドリアを染色し、マウスメラノーマB16F10細胞からPSVK1細胞へメラノソーム輸送を評価する際に、どちらがケラチノサイトであるかを識別した。以下に手順を示すが、化合物(III)によるミトコンドリアの染色の詳細は実施例4と同様である。
(1)ガラスボトムディッシュにPSVK1細胞(医薬基盤・健康・栄養研究所より入手)を1×10
4個播種し、24時間培養した。培地はKeratinocyte Growth Medium 2 Kit(C-20111(TAKARAバイオ))を用いた。
(2)化合物(III)を最終濃度が0.01μMになるように添加し、5分間培養した。
(3)培地で細胞を3回洗浄した。
(4)B16F10細胞を1×10
4個播種し、さらに24時間培養した。
(5)蛍光顕微鏡により、細胞の蛍光観察および明視野観察を行った。なお、蛍光観察は560nmで励起した。結果を
図7に示す。
【0113】
図7Aは、B16F10細胞とPSVK1細胞の共存状態を示す明視野像である。小胞である黒色の粒はメラノソームである。
図7Bは化合物(III)で染色した細胞を検出する蛍光画像であり、中心部分の3つの細胞はPSVK1細胞と判別される。
図7Cは、
図7Aと
図7Bを重ねた画像である。
【0114】
メラノソームはB16F10細胞でのみ生成されるが、
図7Aの視野にあるすべての細胞にメラノソームが存在した。一方、
図7Bおよび
図7Cに示すように、細胞集団中に、化合物(III)で染色されたPSVK1細胞も含まれることから、PSVK1細胞に存在するメラノソームは、B16F10細胞から移動したメラノソームであった。
【0115】
このように、化合物(III)を用いたミトコンドリアの蛍光染色によって、複数種の細胞の選別ができ、このことは細胞間の相互作用の評価に利用できる。
【0116】
<実施例7>マイトファジーの検出
本実施例では、化合物(III)によるミトコンドリアの染色を用いて、マイトファジーの検出を行った。
【0117】
まず、オートファジーの起きていない定常状態において、化合物(III)と、オートファジーマーカーであるLC3Bに対する抗体と、核染色用DAPIとを用いて、三重染色を行った。以下に手順を示す。
【0118】
(1)ガラスボトムディッシュにHEK293A細胞を播種し、24時間培養した。培地はダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)のHighグルコース(D6046(Merck))に1×ペニシリン・ストレプトマイン(26252-94(ナカライテクス))と10%牛胎児血清(ニチレイ)を添加したものを用いた。培養は37℃、5%CO2で行った。
(2)化合物(III)を最終濃度が0.01μMになるように添加した。
(3)15分後に培地を吸引除去し、4%パラホルムアルデヒド/リン酸緩衝液(09154-14(ナカライテクス))1mLを添加し、室温で15分固定した。
(4)4%パラホルムアルデヒド/リン酸緩衝液を吸引除去後、PBSTを1mL添加した。
(5)DAPIを1μL添加し、15分放置して核を蛍光染色した。
(6)PBSTで、3回、細胞を洗浄した。
(7)洗浄後、10%BlockingOne(ナカライテスク)/リン酸緩衝液に抗LC3B抗体(GTX127375(GENETEX))を1/1000希釈した反応液1mLを加え、1時間室温に放置した。
(8)PBSTで、3回、細胞を洗浄した。
(9)洗浄後、10%BlockingOne/リン酸緩衝液に抗ウサギIgG H&L(Alexa Fluor488)( ab150077(Abcam))を1/1000希釈した反応液1mLを加え、1時間室温に放置した。
(10)PBSTで、4回、細胞を洗浄した。
(11)蛍光顕微鏡により細胞を観察した。なお、測定において化合物(III)は560nmで励起し、LC3Bに結合した抗体は470nmで励起した。また、DAPIは360nmで励起した。
【0119】
図8に結果を示す。
図8Aは、化合物(III)による蛍光染色の蛍光画像である。
図8Bは、LC3B抗体による蛍光染色の蛍光画像である。
図8Cは
図8A,
図8BとDAPIによる核染色を重ね合わせた画像である。
図8Dは明視野画像である。
【0120】
図8A、
図8B,
図8Cに示されるように、生細胞の状態ではオートファジーが起きていないので、化合物(III)によるミトコンドリアの蛍光シグナルにLC3Bの蛍光シグナルが重ならなかった。
【0121】
次に、栄養分を含まない培地で培養することによりオートファジーを誘導した状態で、同様に、三重染色を行った。具体的には、上述の手順中、化合物(III)を添加した5分後に、培地を吸引除去し、グルタミン、グルコース、ピルビン酸、牛胎仔血清を含まない培地に交換しさらに24時間培養した。そして、培地を吸引除去し、4%パラホルムアルデヒド/リン酸緩衝液で固定し、(4)以降は細胞を同様に処理した。
【0122】
図9に結果を示す。
図9Aは、化合物(III)による染色の蛍光画像である。
図9Bは、LC3B抗体による染色の蛍光画像である。
図9Cは
図9A,
図9BとDAPIによる核染色を重ね合わせた画像である。
図9Dは明視野画像である。
【0123】
図9A、
図9B,
図9Cに示されるように、オートファジーを誘導した状態では、化合物(III)によるミトコンドリアの蛍光シグナルが、生細胞の場合と異なり、細胞内に拡散していた。そして、化合物(III)によるミトコンドリアの蛍光シグナルにLC3Bの蛍光シグナルが重なった。
【0124】
このように、化合物(III)によってミトコンドリアを染色することにより、その蛍光シグナルのパターンから、細胞がオートファジーを起こしているかどうかを判定できる。
【0125】
<実施例8>メラノサイトの分化段階の評価方法
メラノサイトは分化段階が進むと、メラノソームが増え、ミトコンドリアが核近傍に局在するようになる。本実施例では、化合物(II)を用いて、メラノサイトB16F10細胞の分化段階をミトコンドリアの局在で評価した。以下に手順を示す。
【0126】
(1)ガラスボトムディッシュにB16F10細胞を播種し、24時間培養した。培地はダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)のHighグルコース(D6046(Merck))に1×ペニシリン・ストレプトマイン(26252-94(ナカライテクス))と10%牛胎児血清(ニチレイ)を添加したものを用いた。培養は37℃、5%CO2で行った。
(2)化合物(II)を最終濃度が0.01μMになるように添加した。
(3)15分後に、培地を吸引除去し、新しい培地に置換してから顕微鏡観察を行った。
【0127】
図10Aに明視野像を示す。黒い粒がメラノソームである。
図10Bは化合物(II)で染色されたミトコンドリアの蛍光画像である。分化段階が進み、メラノソームの多いB16F10細胞はミトコンドリアが核近傍に局在した。一方、分化段階が低く、メラノソームが少ないB16F10細胞は、ミトコンドリアが細胞末端にまで存在した。
【0128】
このように、化合物(II)を用いて、メラノサイトの分化段階を評価することができる。
【0129】
<実施例9>画像解析
(1)ミトコンドリアの検出
HeLa細胞を、実施例3と同様にして化合物(III)を用いて染色した。共焦点顕微鏡を用いて、染色された細胞を撮像した画像(
図11A)に対し、輝度値情報に基づき、(株)ニコン製のNIS Elementsソフトウエアに実装されているDetect Peaksアルゴリズムを使用して、輝度値が連続して高く分布している領域を検出した(
図11B)。その画像を二値化して、
図11Cに示す画像を得た。
【0130】
このような方法によって、ミトコンドリアを染色した細胞の画像から、自動的にミトコンドリアの形状を明確に検出できる。
【0131】
(2)ミトコンドリアが所定の密度以上である領域の検出
老化した間葉系幹細胞及び正常な間葉系幹細胞を、実施例3と同様にして化合物(III)を用いて染色した(
図12A、
図13A)。細胞内のミトコンドリアの周辺の領域と比較して輝度値情報が相対的に高い領域を検出することによって、ミトコンドリアが所定の密度以上である領域を検出した(
図12B、
図13B)。一方、ミトコンドリア蛍光画像を二値化することによって、細胞全体が存在する領域を検出した(
図12C、
図13C)。
【0132】
このように、老化した細胞では、ミトコンドリアが所定の密度以上である領域の面積の、細胞全体の面積に対する割合が低下している。
【産業上の利用可能性】
【0133】
本発明によって、新規なミトコンドリア染色剤およびミトコンドリアの蛍光染色方法を提供することができる。