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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-04-07
(45)【発行日】2025-04-15
(54)【発明の名称】デバイス
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/0793 20100101AFI20250408BHJP
   C12M 3/00 20060101ALI20250408BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20250408BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20250408BHJP
【FI】
C12N5/0793
C12M3/00 A
C12N5/10
C12Q1/02
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2019554268
(86)(22)【出願日】2018-11-15
(86)【国際出願番号】 JP2018042207
(87)【国際公開番号】W WO2019098256
(87)【国際公開日】2019-05-23
【審査請求日】2021-10-20
【審判番号】
【審判請求日】2023-03-31
(31)【優先権主張番号】P 2017220526
(32)【優先日】2017-11-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2018116818
(32)【優先日】2018-06-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】515135778
【氏名又は名称】株式会社幹細胞&デバイス研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110003007
【氏名又は名称】弁理士法人謝国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】饗庭 一博
(72)【発明者】
【氏名】遠井 紀江
(72)【発明者】
【氏名】堀 晃輔
(72)【発明者】
【氏名】須藤 正樹
【合議体】
【審判長】加々美 一恵
【審判官】中村 浩
【審判官】小金井 悟
(56)【参考文献】
【文献】特表2009-524507号公報(JP,A)
【文献】特表2017-528127号公報(JP,A)
【文献】特開2016-214148(JP,A)
【文献】特開2016-214149(JP,A)
【文献】RSC Advances,2007年,Vol.7,pp.39359-39371
【文献】TISSUE ENGINEERING: Part A,2017年,Vol.23, No.11-12,pp.491-502
【文献】Biomaterials Science,2013年,Vol.1,pp.1119-1137
【文献】Biomedical Materials,2011年,Vol.6,025004,pp.1-10
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N1/00-7/08
C12M1/00-3/10
C12Q1/00-3/00
CAplus/MEDLINE/BIOSIS/EMBASE(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞足場と神経細胞を含む神経細胞デバイスであって、該細胞足場が高分子材料で形成されたファイバーシートであり、該ファイバーシートを構成するファイバーが一方向に配置され、該一方向の角度を0°とした場合、80%以上のファイバーが±30°の範囲内に存在する配向性構造を有し、ファイバー間の距離は5~50μmであり、ファイバーシートを構成するファイバーの断面の直径が0.1~8μmであり、ファイバーシートの厚さは1~40μmであり、ファイバーシートを構成するファイバーの空隙率は10~50%であり、該神経細胞が、細胞足場上および/または細胞足場内で3次元構造を形成し、該神経細胞を、細胞足場に対して1×10 4 細胞/cm 2 ~4×10 6 細胞/cm 2 の密度で播種し、該神経細胞デバイスの周囲を保持するフレームをさらに有する、神経細胞デバイス。
【請求項2】
ファイバーシートが、ポリリジン、ポリオルニチン、ラミニン、フィブロネクチン、マトリゲル(登録商標)およびゲルトレックス(登録商標)から選ばれる細胞外マトリックスタンパク質でコーティングされた、請求項1に記載の神経細胞デバイス。
【請求項3】
神経細胞が、初代培養細胞または多能性幹細胞由来の神経細胞である、請求項1または2に記載の神経細胞デバイス。
【請求項4】
前記初代培養細胞または多能性幹細胞由来の神経細胞が、哺乳類由来の神経細胞である、請求項3に記載の神経細胞デバイス。
【請求項5】
神経細胞が、グルタミン酸作動性、ドーパミン作動性、γ-アミノ酪酸作動性、モノアミン作動性、ヒスタミン作動性またはコリン作動性の神経細胞を含む、請求項1~4のいずれか1項に記載の神経細胞デバイス。
【請求項6】
前記フレームの縦長×横長が、それぞれ2 mm×2 mm~15 mm×15 mmであって、前記フレームが円形または多角形である、請求項1に記載の神経細胞デバイス。
【請求項7】
請求項1~のいずれか1項に記載の神経細胞デバイスを用いる、神経活動の評価方法。
【請求項8】
請求項1~のいずれか1項に記載の神経細胞デバイスを、多電極アレイと接触させ、該神経細胞デバイスに含まれる神経細胞の細胞外電位を測定することを含む、神経活動の評価方法。
【請求項9】
細胞内シグナルイメージング物質を用いる神経活動の評価方法であって、請求項1~のいずれか1項に記載の神経細胞デバイスを用いる方法。
【請求項10】
前記細胞内シグナルイメージング物質が、蛍光カルシウムインジケーターまたは蛍光電位インジケーターである、請求項に記載の方法。
【請求項11】
請求項1~のいずれか1項に記載の神経細胞デバイスを有する、神経細胞デバイス装着ディッシュ。
【請求項12】
複数のウェルを有するマルチウェルプレートにおいて、該プレートに含まれるウェルの少なくとも一つに、請求項1~のいずれか1項に記載の神経細胞デバイスを有する、神経細胞デバイス装着プレート。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、神経活動を測定するための新規な神経細胞デバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
医薬品開発における安全性評価において、神経毒性は、心毒性や肝毒性と並び、医薬品開発が中止される主な原因一つである。そのため、医薬品開発の初期段階から的確な神経毒性評価が必要であるが、非臨床試験における神経毒性の評価は、動物実験による症状観察や脳の病理組織評価などのインビボでの評価系が主体であり、より簡便なインビトロで神経毒性を評価する系は確立されていない。神経活動は、複数の神経細胞が相互に作用することで発現する電気活動に基づく。近年インビトロ試験系として、単離神経細胞または多能性幹細胞から誘導した神経細胞を、多電極アレイ(microelectrode array、以下MEAと略す)上に分散培養させることにより神経回路網を再構成し、細胞外電位を測定することにより神経活動を観察する手法が開発され(非特許文献1)、この手法により神経毒性を評価する検討が報告されている(非特許文献2および3)。神経細胞の活動を観察する手法としては、神経細胞の膜電位や細胞内カルシウムなどの細胞内シグナルを測定し、可視化(イメージング)する方法も用いられている。膜電位の変化や細胞内カルシウム濃度の変動は、神経細胞内に取り込ませた電位感受性色素やカルシウム感受性色素で測定することができることが報告されている;また神経細胞で発現させた電位感受性蛍光タンパク質やカルシウム感受性蛍光タンパク質で測定することも報告されている(非特許文献4~6)。
【0003】
神経細胞の培養は一般に困難とされているが、神経細胞が接着する足場を提供して、神経細胞の増殖を促進する様々な手段が報告されている。例えば、多孔性の3次元ハイドロゲルに、ポリカプロラクトンまたはゼラチンと混合したポリカプロラクトンから成るマイクロファイバーを整列して埋め込んだ足場に神経細胞を播種することにより、神経細胞の増殖が促進されることが報告されている(非特許文献7)。また、医療用材料などへの応用を目的として、細胞の足場として用いる足場材料に関する報告がいくつかある。例えば、ポリオレフィン、ポリアミド、ポリウレタン、ポリエステル、フッ素系高分子、ポリ乳酸、ポリビニルアルコールなどで構成されるナノファイバー、またはタンパク質成分を吸着させた該ナノファイバーにより構成される細胞足場材料を使用し、細胞培養または組織再生を有効に行う(特許文献1);中空糸膜メッシュとナノファイバー層とを有する細胞足場材料を使用する3次元細胞培養により、培養細胞への栄養や酸素の供給および培養細胞からの代謝老廃物の除去を高い効率で行う(特許文献2);ゼラチン、コラーゲンもしくはセルロースを含有するナノファイバー、または架橋された該ナノファイバーにより構成される細胞足場材料を使用し、多能性幹細胞の大量供給を行う、および細胞死を抑制する(特許文献3);ポリグリコール酸を支持体として用い、その上にポリグリコール酸やゼラチンなどからなるナノファイバーを塗布した細胞足場材料を使用し、ヒト多能性幹細胞の増殖率を向上させる(特許文献4)などが報告されている。しかしながら、MEAによる細胞外電位測定において、神経細胞の培養開始後早期に電気信号を検出する手段、および増強された電気信号を得る手段については報告されていない。さらに、細胞内シグナルの変化を、神経細胞の培養開始後早期に個々の細胞について検出する手段についても報告されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2006-254722
【文献】特開2011-239756
【文献】特開2013-247943
【文献】WO2016/068266
【非特許文献】
【0005】
【文献】Odawara, A., et al. Scientific Reports 2016 May 18;6:26181.
【文献】Kraushaar, U., et al. Stem Cell-Derived Models in Toxicology, Methods in Pharmacology and Toxicology, 293-308, Mike Clements and Liz Roquemore (eds.), Springer Science New York 2017.
【文献】Schmidt, B. Z., et al. Arch Toxicol (2017) 91:1-33.
【文献】Grienberger, C. and Konnerth, A., Neuron 73, 862-885, 2012.
【文献】Antic, S. D., et al. J Neurophysiol. 116: 135-152, 2016.
【文献】Miller, E. W., Curr Opin Chem Biol. 33: 74-80, 2016.
【文献】Lee, S-. J., et al. Tissue Eng Part A. 2017 Jun;23(11-12):491-502.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
MEAを用いて神経活動を評価する場合、様々な問題点が存在する。例えば、測定プローブ上へ神経細胞を直接播種するために、神経活動測定に使用できるまでには5~6週間以上の長期培養が必要とされている;従来の測定プローブ等への直接播種では、細胞の剥離や凝集等が生じ、細胞維持の点において均一性が失われる等の、神経活動を評価する上で不安定な状況が起こりやすい;長期間の細胞培養に伴い、培養中に好ましくない事態(細胞の剥離、凝集、コンタミネーション等)が生じる可能性が高まり、かかる事態が生じた場合には、それまでに細胞培養に要した費用および時間が無駄になる;長期間の細胞培養には、高額の維持費用が必要となる;現状の細胞培養形態では、直ちに神経活動観察に使用できる状態での供給が不可能である等が挙げられる。神経細胞の長期培養に伴う問題は、細胞内シグナルイメージング法により神経活動を評価する場合にも生じる。
本発明は、上記の従来技術の問題点を克服することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記の従来技術の問題点を克服することを目的とし、鋭意検討した結果、細胞足場上で神経細胞を培養する神経細胞デバイスを提供できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明の目的は、以下の発明により達成される。
(1)細胞足場と神経細胞を含む神経細胞デバイス。
(2)神経細胞が配向している、(1)に記載の神経デバイス。
(3)細胞足場が高分子材料で形成されたファイバーシートである、(1)に記載の神経細胞デバイス。
(4)ファイバーシートが、配向性構造、非配向性構造または配向性と非配向性との混合構造を有する、(3)に記載の神経細胞デバイス。
(5)ファイバーシートが、ポリリジン、ポリオルニチン、ラミニン、フィブロネクチン、マトリゲル(登録商標)およびゲルトレックス(登録商標)から選ばれる細胞外マトリックスタンパク質でコーティングされた、(3)に記載の神経細胞デバイス。
(6)神経細胞が、細胞足場上および/または細胞足場内で3次元構造を形成した、(1)~(5)のいずれかに記載の神経細胞デバイス。
(7)神経細胞が、初代培養細胞または多能性幹細胞由来の神経細胞である、(1)~(6)のいずれかに記載の神経細胞デバイス。
(8)前記初代培養細胞または多能性幹細胞由来の神経細胞が、哺乳類由来の神経細胞である、(7)に記載の神経細胞デバイス。
(9)神経細胞が、グルタミン酸作動性、ドーパミン作動性、γ-アミノ酪酸作動性、モノアミン作動性、ヒスタミン作動性またはコリン作動性の神経細胞を含む、(1)~(8)のいずれかに記載の神経細胞デバイス。
(10)神経細胞を、細胞足場に対して1×104細胞/cm2~4×106細胞/cm2の密度で播種した、(1)~(9)のいずれかに記載の神経細胞デバイス。
(11)神経細胞デバイスの周囲を保持するフレームをさらに有する、(1)~(10)のいずれかに記載の神経細胞デバイス。
(12)前記フレームの縦長×横長が、それぞれ2 mm×2 mm~15 mm×15 mmであって、前記フレームが円形または多角形である、(11)に記載の神経細胞デバイス。
(13)(1)~(12)のいずれかに記載の神経細胞デバイスを用いる、神経活動の評価方法。
(14)(1)~(12)のいずれかに記載の神経細胞デバイスを、多電極アレイと接触させ、該神経細胞デバイスに含まれる神経細胞の細胞外電位を測定することを含む、神経活動の評価方法。
(15)細胞内シグナルイメージング物質を用いる神経活動の評価方法であって、(1)~(12)のいずれかに記載の神経細胞デバイスを用いる方法。
(16)前記細胞内シグナルイメージング物質が、蛍光カルシウムインジケーターまたは蛍光電位インジケーターである、(15)に記載の方法。
(17)(1)~(12)のいずれかに記載の神経細胞デバイスを有する、神経細胞デバイス装着ディッシュ。
(18)複数のウェルを有するマルチウェルプレートにおいて、該プレートに含まれるウェルの少なくとも一つに、(1)~(12)のいずれか1項に記載の神経細胞デバイスを有する、神経細胞デバイス装着プレート。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、細胞足場を用いて神経細胞を培養することにより、細胞接着性が向上し、培養中の細胞剥離の低減等を含む安定した培養が可能となる。その結果、本発明の神経細胞デバイスを用いることにより、多電極アレイの電極から、播種した神経細胞が離脱することがなく、スパイク、バースト等の神経活動の測定が可能になるまでの期間が短縮される。さらに、神経細胞の凝集が抑制されるため、高頻度のスパイクを観察することができる。本発明の神経細胞デバイスでは、細胞内シグナルイメージングも可能である。本発明の神経細胞デバイスは、神経毒性評価や神経疾患に対する薬物スクリーニング等に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】iPS細胞由来神経細胞を、配向性ファイバーシート上(a)またはランダムファイバーシート上(b)に播種した後、6日間培養して得られた細胞シートの状態を示す光学顕微鏡写真(倍率×4)である。(c)配向性ファイバーシートに播種された神経細胞の抗MAP2抗体による免疫染色像(倍率×4)である。(d)配向性ファイバーシート上またはランダムファイバーシート上に播種された神経細胞のスパイク数とバースト数である。
図2】iPS細胞由来神経細胞を、培養ディッシュ上(a)または電極上(b)に播種した後、1~2日間培養して得られた細胞シートの状態を示す光学顕微鏡写真(倍率×4)である。
図3】253G1 iPS細胞由来神経細胞およびXCL-1 NEURONSを、細胞足場上に播種し、253G1 iPS細胞由来神経細胞は培養液AまたはBを用いて、XCL-1 NEURONSは培養液Cを用いて、1~3週間培養して得られた細胞シートの状態を示す光学顕微鏡写真(倍率×4)である。図3a、bおよびc:細胞足場として配向性PLGAファイバーを用いた。図3d、eおよびf:細胞足場として、10%牛血清入り培養液によって浸水処理後、0.003%ポリ-L-リジンおよび20μg/mlラミニンによりコーティングされたプローブ(電極)を用いた。
図4】MEAプローブを用いて測定するiPS細胞由来神経細胞XCL-1 NEURONSの細胞外電位に対する細胞足場の影響を示す図である。NFD:配向性PLGAファイバーシート上に細胞を播種した。probe:MEAプローブ上に細胞を直接播種した。図4a:高密度播種条件下、培養後2週間でスパイク数を測定した。図4b:高密度播種条件下、培養後2週間で電位を測定した。図4c:低密度または高密度播種条件下、培養後4週間でスパイク数を測定した。図4d:低密度または高密度播種条件下、培養後6週間でスパイク数を測定した。
図5】初代培養神経細胞であるラット大脳皮質神経細胞を配向性PLGAファイバーシート上に9.0×105 cells/cm2で播種し、4週間培養して得られた細胞シートについて、MEAプローブを用いて神経活動を測定した結果を示す図である。図内に記載された番号は、MEAのチャネル番号を示す。
図6】iPS細胞由来神経細胞iCell GlutaNeuronsを配向性ポリスチレンファイバーシート上で培養して得られた細胞シートについて、光学顕微鏡により撮影した写真およびMEAプローブを用いて測定した神経活動を示す図である。図6a:12×105 cells/cm2で播種し、4週間培養して得られた細胞シートの光学顕微鏡写真(倍率×20)である。図6b:12×105 cells/cm2で播種し、2週間培養して得られた細胞シートについて、MEAプローブを用いて神経活動(スパイクおよび同期バースト)を測定した。
図7】神経細胞の薬物(4-アミノピリジン)応答性に対する細胞足場の影響を示す図である。NFD:配向性PLGAファイバーシート上に細胞を播種した。probe:MEAプローブ上に細胞を直接播種した。図7a:253G1 hiPS細胞由来神経細胞を培養後4週間でスパイク数を測定した。図7b:iPS細胞由来神経細胞XCL-1 NEURONSを培養後6週間でバースト数を測定した。
図8】配向性PLGAファイバーシート上に高密度(24×105 cells/cm2)で播種したiPS細胞由来神経細胞XCL-1 NEURONSの薬物(4-アミノピリジン)応答性を示す図である。図8a:4週間培養して得られた細胞シートについて、スパイク数を解析した結果を示す。図8b:4週間培養して得られた細胞シートについて、同期バースト数を解析した結果を示す。図8c:6週間培養して得られた細胞シートについて、ラスタープロットによりスパイク数および同期バースト数を解析した結果を示す。
図9】配向性ポリスチレンファイバーシート上で培養したラット大脳皮質神経細胞の、カルシウムインジケーター試薬(Fluo-8)による染色像の蛍光顕微鏡写真(倍率×10)である。カルシウムイオン濃度の変化による蛍光強度の変化が点滅として観察される位置の例を、図内の矢印で示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の神経細胞デバイスで用いられる細胞足場は、高分子材料で生成されたファイバーで構成される。細胞足場は、好ましくは、ファイバーを集積したシートの形状を有するファイバーシートである。該ファイバーシートは配向性構造、非配向性構造または配向性と非配向性との混合構造を有することができる。配向性構造とは、ファイバーシートを構成するファイバーが一方向に配置され、該一方向の角度を0°とした場合、80%以上のファイバーが±30°の範囲内に存在する構造である。配向性構造において、ファイバー間の距離は特に限定されないが、5~50μmであるのが好ましい。非配向性構造とは、ファイバーの方向がランダムに配置された構造である。ファイバーを構成する高分子材料としては、生分解性または非生分解性の高分子材料が好ましく、例えば、PLGA (ポリ乳酸ポリグリコール酸)、ポリスチレン(PS)、ポリスルホン(PSU)およびポリテトラフルオロエチレン(PTFE)が挙げられるが、これらに限定されない。ファイバーシートを構成するファイバーの断面の直径は、特に限定されないが、例えば0.1~8μmであり、好ましくは0.5~7μmであり、より好ましくは1~6μmである。ファイバーシートの厚さは、例えば1~40μmであり、好ましくは5~35μmであり、より好ましくは10~30μmである。ファイバーシートを構成するファイバーの空隙率は、用いる高分子材料によって変動し得る。該空隙率は特に限定されないが、例えば10~50%であり、好ましくは15~45%であり、より好ましくは20~40%である。ここで空隙率とは、ファイバーシート平面の一定面積に対する、ファイバーが存在していない面積の比率のことである。
【0012】
ファイバーシートは、例えば、高分子材料を含む溶液からエレクトロスピニング法によって製造することができる。配向性構造を有するファイバーシートを製造する場合は、特に限定されないが、例えば回転ドラムを用い、該ドラムを回転させながら、ノズルから該ドラムの回転面に対して高分子材料を含む溶液を噴霧し、回転ドラム上で形成されたファイバーを巻き取ることにより、ファイバーシートを製造することができる。非配向性構造を有するファイバーシートを製造する場合は、高分子材料を含む溶液を平坦なプレート上に噴霧することにより、ファイバーシートを製造することができる。配向性構造と非配向性構造との混合構造を有するファイバーシートを製造する場合は、例えば、配向性構造および非配向性構造のファイバーシートを製造する上記の製造方法を組み合わせて製造することができる。
ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)シートは、例えば、市販されている住友電工株式会社のポアフロン(登録商標)を使用することができる。
高分子材料の溶液としては、使用する高分子材料を、室温で10~30重量%で溶解する有機溶媒であればよく、例えば1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロ-2-プロパノール(HFIP)、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)などが挙げられる。
【0013】
ファイバーシートは、周囲をフレームで固定または保持することができる。フレームをファイバーシートに固定または保持する場合は、細胞培養に影響を及ぼさなければ特に限定されないが、例えば市販の生体適合性粘着剤、例えばシリコーン一液縮合型RVTゴム(信越化学、カタログ番号KE-45)を用いて、フレームとファイバーシートとを接着することができる。
フレームの素材は、細胞培養に影響を及ぼさなければ特に限定されない。例えば、ポリジメチルシロキサン(PDMS)、PS、ポリカーボネート、ステンレス等が例示される。フレームの厚さは、特に限定されないが、0.1~4 mm、好ましくは0.25~3 mm、より好ましくは0.5~2 mmである。
フレームの形状は、使用目的によって変えることができ、縦長×横長が、それぞれ2 mm×2 mm~15 mm×15 mmが好ましく、円形または多角形である。
【0014】
ファイバーシート、またはファイバーシートの周囲をフレームで固定もしくは保持した該ファイバーシートを細胞足場とする神経細胞デバイスは、細胞培養ディッシュまたは複数のウェルを有するマルチウェルプレートに含まれるウェルの少なくとも一つにそのまま配置することができる。
【0015】
本明細書において、神経細胞とは、細胞体、樹状突起及び軸索から構成される神経単位を意味し、ニューロンとも呼ばれる。神経細胞は、神経細胞が産生する神経伝達物質の違いにより分類することができ、神経伝達物質としては、ドーパミン、ノルアドレナリン、アドレナリンおよびセロトニンなどのモノアミン、アセチルコリン、γ-アミノ酪酸、グルタミン酸等の非ペプチド性神経伝達物質、また、副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)、α-エンドルフィン、β-エンドルフィン、γ-エンドルフィン、バソプレッシン等のペプチド性神経伝達物質が挙げられる。例えば、ドーパミン、アセチルコリンおよびグルタミン酸を伝達物質とする神経細胞を、それぞれドーパミン作動性ニューロン、コリン作動性ニューロンおよびグルタミン酸作動性ニューロンという。
【0016】
神経細胞としては、初代培養細胞を用いることができる。初代培養細胞は、生体内において本来有する細胞機能を多く保持しているため、生体内における薬物等の影響を評価する系として重要である。
初代培養細胞としては、哺乳類、例えばマウスもしくはラットのげっ歯類、またはサルもしくはヒトの霊長類の中枢神経系および末梢神経系の神経細胞を使用することができる。これらの神経細胞を調製および培養するに際し、動物の解剖方法、組織採取方法、神経分離・単離方法、神経細胞培養用培地、培養条件等は、培養する細胞の種類および細胞の目的に応じて、公知の方法より選択することができる。市販の初代培養神細胞製品としては、例えばロンザ社のラット脳神経細胞およびScienCell Research Laboratories社のヒト脳神経細胞を用いることができる。
【0017】
神経細胞としては、さらに多能性幹細胞由来の神経細胞を用いることができる。多能性幹細胞としては、例えば胚性幹細胞(ES細胞)やiPS細胞がある。多能性幹細胞を、公知の神経分化誘導方法を用いて分化誘導することにより、様々なタイプの神経細胞を得ることができる。例えば、文献(Honda et al. Biochemical and biophysical Research Communications 469 (2016) 587-592)に記載の低分子化合物を用いた分化誘導方法によって神経細胞を得ることができる。
また、市販の多能性幹細胞由来の神経細胞製品、例えば、セルラーダイナミックスインターナショナル社のiCell NeuronおよびXCell Science社のXCL-1 Neuronsを用いることもできる。これらの市販神経細胞は、付属の培養液を使用して培養する。
神経細胞は、哺乳類の脳由来のアストロサイトと共に培養することができる。または、アストロサイトを培養したあとの培養液(アストロサイト培養上清)を神経細胞用培養液に、終濃度5~30%で添加し培養することができる。
【0018】
ファイバーシートまたはフレームで周囲を固定または保持したファイバーシートに、培養液に懸濁した神経細胞を、1×104細胞/cm2~4×106細胞/cm2、好ましくは5×104細胞/cm2~3×106細胞/cm2、より好ましくは1×105細胞/cm2~2×106細胞/cm2の密度で播種して、培養液を1~7日間隔で交換しながら7~14日間培養することによって、神経細胞が均一に3次元構造を形成した神経細胞デバイスが得られる。3次元構造を形成するとは、神経細胞がファイバーシートを構成するファイバーに沿って接着し、ファイバーシートの片面または両面上およびファイバーシート内に入り込んで生育した状態をいう。
ファイバーシート上に神経細胞を播種し、培養すると、ファイバーシートを使用せず、培養シャーレに直接播種した場合に認められる培養中の細胞の剥離や凝集をほとんど生じることなく、均一に広がった状態で細胞が維持される。
【0019】
本発明の神経細胞デバイスは、多電極アレイと接触させ、該神経細胞デバイスに含まれる神経細胞の細胞外電位を5%CO2、37℃環境下で測定することができる。多電極アレイには基板上に平面微小電極が多数配置されており、複数の細胞からの電気信号を同時に観測することができる。
【0020】
神経活動を測定する手段として、多電極アレイ以外に、各種細胞内イオンや電位の変化を測定することが挙げられる。このために、例えばカルシウム感受性色素およびカルシウム感受性蛍光タンパク質などの蛍光カルシウムインジケーターならびに電位感受性色素および電位感受性蛍光タンパク質などの蛍光電位インジケーターが用いられる(Grienberger, C. and Konnerth, A., Neuron 73, 862-885, 2012; Antic, S. D., et al. J Neurophysiol. 116: 135-152, 2016; Miller, E. W., Curr Opin Chem Biol. 33: 74-80, 2016)。これらのインジケーターを使用して、本発明の神経細胞デバイスに含まれる神経細胞のカルシウムや電位の変動を、セルイメージング装置によって測定することもできる。
蛍光カルシウムインジケーターとしては、Quin-2、Fura-2、Fluo-3、-4および-8、Indo-1、Rhod-2および-3、X-Rhod-1、Cal-520、Calbryte(登録商標)、CaTMなどのカルシウム感受性色素が例示される。これらは、神経細胞への透過性を付与するため、通常、アセトキシメチル(AM)エステル体として使用される。アセトキシメチル基は、細胞内エステラーゼにより加水分解されて脱離する。また、カルシウム感受性蛍光タンパク質としては、Camgaroo-1および-2、GCaMP-2、-3、-5および-6、CaMPARI、Case12などの遺伝子コード型カルシウムプローブが知られている。
蛍光電位インジケーターとしては、Merocyanine 540、Rh1692、di-4-ANEPPS、JPW-1114、ANNINE-6、Indocyanine Green、Dipicrylamine、FluoVolt(登録商標)などの電位感受性色素が例示される。また、電位感受性蛍光タンパク質としては、Green Fluorescent Protein(GFP)を基にしたVSFP-1および-2、FlaSh、SPARCなどの遺伝子コード型膜電位プローブが知られている(Siegel, M. S. and Isacoff, E. Y., Neuron 19, 735-741, 1997; Sakai, R., Repunte-Canonigo, V., et al. Eur. J Neurosci. 13, 2314-2318, 2001; Ataka, K. and Pieribone, V. A., Biophys J. 82, 509-516, 2002; Akemann, W. Mutoh, H., et al. Nature Methods, 7, 643-649, 2010)。
【実施例
【0021】
次に実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれに限定されない。
【実施例1】
【0022】
〔ファイバーデバイスの作製〕
(1)ランダムファイバーシートの作製
PLGA(SIGMA P1941)またはPSU(SIGMA 182443)を、HFIP(wako 089-04233)によって20重量%濃度になるように室温で溶解し、シリンジ(Norm-Ject Syringes 5 ml容量、大阪ケミカル)に充填後、ナノファイバー電界紡糸装置NANON-03(株式会社メック)に設置し、プレートコレクター上に、PLGAの場合、針直径22 G、電圧:20 kV、送り速度:1 ml/hの条件下で、また、PSUの場合、針直径27G、電圧:15kV、送り速度:1 ml/hの条件下でファイバーシートを作製した。
(2)配向性ファイバーシートの作製
PLGA(SIGMA P1941)をHFIP(wako 089-04233)によって20重量%濃度になるように室温で溶解し、シリンジ(Norm-Ject Syringes 5 ml容量、大阪ケミカル)に充填後、ナノファイバー電界紡糸装置NANON-03(株式会社メック)に設置し、ドラムコレクター上に針直径22 G、電圧:20 kV、送り速度:1 ml/h、回転速度:750 rpmの条件下でPLGAファイバーシートを作製した。PSファイバーシートを作製する場合、PS(Fluka)をDMF(N,N-ジメチルホルムアミド、和光純薬)によって、30重量%濃度になるように室温で溶解し、シリンジ(Norm-Ject Syringes 5 ml容量、大阪ケミカル)に充填後、ナノファイバー電界紡糸装置NANON-03(株式会社メック)に設置し、ドラムコレクター上に針直径25 G、電圧:10 kV、送り速度:1.5 ml/h、回転速度:2000 rpmの条件下でファイバーシートを作製した。
(3)ファイバーシートへのフレーム接着
作製されたファイバーシートに、シリコーン一液縮合型RVTゴム(信越化学、カタログ番号KE-45)を用いて、ポリカーボネート製のフレーム(15 mm×15 mm)、またはステンレス製の円形フレーム(外径6 mm、内径3 mm)を接着させ、ファイバーデバイスを作製した。
【実施例2】
【0023】
〔神経細胞の調製〕
(1)ヒトiPS細胞(253G1株)からの神経分化誘導
既報(Honda et al. Biochemical and biophysical Research Communications 469 (2016) 587-592)に従って、ヒトiPS細胞253G1から神経分化誘導を行って製造された神経細胞を用いた。未分化hiPS細胞を、ポリ-L-リジン(PLL、Sigma-Aldrich)およびラミニン111(LM、Sigma-Aldrich)でコートした培養ディッシュ上に播種し、100 nM LDN193189(Cellagen Technology)および1μM SB431542(Sigma-Aldrich)を含むN2B27神経培地(N2サプリメント(GIBCO、17502048)を含むDMEM/F-12培地とB27 minus vitamin A サプリメント(GIBCO、12587001)を含むNeurobasal 培地を1:1で混合した培養液)で7~10日間培養した。その後、細胞コロニーをcollagenase (GIBCO)で小さな細胞塊に解離し、LDN1939189のみを含むN2B27神経培地でさらに7~10日間培養し、生じてきた細胞コロニーを再度collagenaseで細胞塊に解離し、再びN2B27培地で培養した。5~7日後、神経細胞が得られ、それらの神経細胞は次の実験に使用することができる。得られた神経細胞は、凍結保存が可能であり、凍結保存された神経細胞も使用することができる。神経細胞を凍結保存するために、神経細胞塊をAccutase(Innovative Cell Technologies)により単一細胞に解離し、バンバンカー(日本ジェネティクス)に懸濁して-80℃で凍結したのち、長期保存するために-150℃の超低温フリーザー中で保存した。
(2)市販hiPS細胞由来神経細胞
市販されているhiPS細胞由来神経細胞XCL-1 NEURONS (XCell Science社、カタログ番号XN-001-1V)は、凍結されていた細胞をXCell Science社のプロトコルに従い解凍することにより神経細胞懸濁液を得た。
【実施例3】
【0024】
〔ヒトiPS細胞由来神経細胞の培養〕実施例1で作成したファイバーシートを細胞足場として、N2B27培養液に懸濁したiPS細胞由来神経細胞を、1.3×106 cells/cm2の密度で、配向性PLGA、ランダムPLGAおよびランダムPSUファイバーシート上ならびにPTFEシート(住友電工株式会社)上に播種し、5%CO2、37℃のインキュベータ中で、6日間培養した。得られた細胞シート(神経細胞デバイス)を光学顕微鏡で観察した結果を図1a(配向性PLGAファイバーシートを使用したもの)および図1b(ランダムPSUファイバーシートを使用したもの)に示す。対照として、培養ディッシュ(Nunc(登録商標)Cell-Culture Treated Multidishes)または一般に使用される電極上(アルファメッドサイエンティフィック社 / MEDプローブ16 / MED-RG515A)にiPS細胞由来神経細胞を同様にして播種し、1~2日間培養した。得られた細胞を光学顕微鏡で観察した結果を図2a(培養ディッシュ上)および図2b(電極上)に示す。その結果、対照群では、培養後1日で既に細胞シートが維持されていないことが示された。一方、ファイバーシート上では、培養後6日であっても、細胞が均一に広がって生育していることが示された(図1および2)。iPS細胞由来神経細胞を播種し、5週間後、4%パラホルムアルデヒド(ナカライテスク)によって、細胞を室温で15-30分処理し固定した。PBSで洗浄後、0.2%TritonX-100(Sigma)で室温で処理した。5分後、PBSで洗浄し、1%牛血清アルブミンでブロッキング処理を室温で1時間行った。PBSで洗浄し、抗MAP2抗体(Abcom)で処理した。1時間後、PBSで洗浄し、Alexa Fluor 546-anti-rabbit IgG抗体(thermofisher)で1時間処理した。PBSで洗浄後、蛍光顕微鏡(キーエンス)で観察した(図1c)。図1cで示されているように、神経細胞の軸索を染色することが出来るMAP2抗体による染色によって、神経細胞が配向していることが分かる。図1dは、ランダムPLGAファイバーシートと配向性PLGAファイバーシートに播種し、4週間後にMEAによって、神経細胞のスパイクとバースト数を測定した結果を示す。図1dから、配向性ファイバーシートが、スパイク数とバースト数の増加に効果があることが分かった。
【実施例4】
【0025】
〔使用する培養液の種類が細胞足場への神経細胞接着に及ぼす影響〕
3種類の異なる培養液、すなわち、20%Astrocyte Conditioned Medium(ACM)(Astrocyte Conditioned Medium-Serum Free (ACM-sf)/11811-sf、ScienCell Reserch Laboratries社)を含むN2B27培養液(培養液A)、CultureOne(登録商標)Supplement(Gibco)およびB27 minus vitamin A サプリメントを含むNeurobasal(登録商標)培地(培養液B)および20%ACMを含むBrainPhys(登録商標)Neuronal Medium(05792、STEMCELL TECH NOLOGIES)培養液(培養液C)を用いて、253G1 iPS細胞由来神経細胞およびXCL-1 NEURONS (XCell Science社、カタログ番号XN-001-1V)を細胞足場上に1.2×106 cells/cm2の密度で播種した場合の生育を観察した。細胞足場としては、253G1 iPS細胞由来神経細胞の場合、0.002%ポリ-L-リジンおよび20μg/mlラミニンでコーティングされた配向性PLGAファイバーを、またXCL-1 NEURONSの場合、0.002%ポリ-D-リジンおよび10μg/mlラミニンでコーティングされた配向性PLGAファイバーを用いた。播種した細胞は、5%CO2、37℃のインキュベータ中で、1~3週間培養した。得られた細胞シート(神経細胞デバイス)を光学顕微鏡で観察した結果を図3a、bおよびcに示した。対照として、従来法に基づき、プローブ(電極)を10%牛血清入り培養液によって浸水処理後、253G1 iPS細胞由来神経細胞の場合、0.003%ポリ-L-リジン(Sigma-Aldrich)および20μg/mlラミニン(Sigma-Aldrich)によりコーティングされたプローブ(電極)上に、またXCL-1 NEURONSの場合、0.002%ポリ-D-リジンおよび10μg/mlラミニンでコーティングされたプローブ(電極)に神経細胞を播種し、1~3週間培養した。得られた細胞シートを光学顕微鏡で観察した結果を図3d、eおよびfに示した。細胞の播種密度は、1.3×106 cells/cm2図3d)または3×105 cells/cm2図3eおよびf)であった。その結果、対照群では、培養液Aを用いた場合、電極から神経細胞が剥がれ、剥がれた神経細胞は細胞塊を形成することが認められた。対照群において培養液Bを用いた場合は、細胞が小さなコロニーを形成し、培養液Cでは、細胞を播種した領域の端部で、細胞の剥がれが観察された。一方、配向性PLGAファイバー上で細胞を培養した場合、培養液の種類に関わらず、均一に細胞シートが維持されることが示された(図3)。
【実施例5】
【0026】
〔細胞足場として配向性PLGAファイバーシート上で生育させた神経細胞のMEAによる細胞外電位測定〕
iPS細胞由来神経細胞XCL-1 NEURONS(XCell Science社、カタログ番号XN-001-1V)を、細胞足場として配向性PLGAファイバーシート上に、3×105 cells/cm2(低密度播種条件)または12×105 cells/cm2(高密度播種条件)の条件で播種し、20%ACMを添加または無添加のBrainPhys(登録商標)Neuronal Medium (05792、STEMCELL TECH NOLOGIES)を用いて2、4および6週間、5%CO2、37℃のインキュベータ中で培養した。このファイバーを多電極アレイ(MEA)プローブ(MED64システム、アルファメッドサイエンティフィック社)上に乗せて、細胞とMEAプローブの電極とを接触させ、神経活動(スパイクおよびバースト)を測定した。並行して、MEAプローブ上に直接神経細胞を3×105 cells/cm2で播種し、2、4および6週間、5%CO2、37℃のインキュベータ中で培養し、同様に神経活動を測定した。その結果を、図4に示した。その結果、従来方法(MEAのプローブ上に播種した細胞)に比較して、配向性PLGAファイバーシート上に高密度で播種した細胞では、培養後2週間という早期に、高頻度でスパイクが確認されることが示された(図4a)。この現象は、特にACMを含有する培養液で培養したファイバーシート上の神経細胞で顕著であり、平均電位の上昇も認められた(図4b)。さらに、細胞播種後4週間目では、低密度で播種したファイバーシート上の神経細胞でも、従来方法に比べて高頻度にスパイクとバーストが確認できた(図4c)。6週間目の神経細胞では、さらに高頻度なスパイクおよびバーストが確認できた(図4d)。
【0027】
神経細胞として、初代培養神経細胞であるラット大脳皮質神経細胞(ThermoFisher社、製品番号A10840)を用い、細胞足場である配向性PLGAファイバーシート上に、1.0×105 cells/cm2、3.0×105 cells/cm2または9.0×105 cells/cm2の細胞密度で播種した。細胞は、1×B-27(登録商標)Supplement/無血清(GIBCO、カタログ番号17504-044)を含むNeurobasal(登録商標)Medium(GIBCO、カタログ番号21103-049)を用いて、5%CO2、37℃のインキュベータ中で1、2および4週間培養した。得られた細胞シート(神経細胞デバイス)を、MEAプローブ(MED64システム、アルファメッドサイエンティフィック社)上に乗せて、細胞とMEAプローブの電極とを接触させ、神経活動(スパイクおよびバースト)を測定した。その結果、2および4週間培養して得られた神経細胞デバイスにおいて、スパイクおよびバーストが観察された。図5は、9.0×105 cells/cm2で播種し、4週間培養して得られた細胞シート(神経細胞デバイス)について、MEAにより細胞外電位を測定した結果である。各電極において、スパイクおよび同期性のあるバーストが観察された。
【実施例6】
【0028】
〔細胞足場として配向性ポリスチレンファイバーシート上で生育させた神経細胞のMEAによる細胞外電位測定〕
iPS細胞由来神経細胞であるiCell(登録商標)GlutaNeurons(グルタミン酸感受性神経細胞、セルラー・ダイナミクス・インターナショナル社、製品番号GNC-301-030-000.5)を、細胞足場として、外径6 mmおよび内径3 mmの円形フレームに保持した配向性ポリスチレンファイバーシート上に、8×105 cells/cm2、12×105 cells/cm2または16×105 cells/cm2の細胞密度で播種した。これを、20%ACMを添加または無添加のiCellグルタミン神経細胞用培地(セルラー・ダイナミクス・インターナショナル社)を用いて、5%CO2、37℃のインキュベータ中で1、2および4週間培養した。図6aは、12×105 cells/cm2で播種し、ACM無添加のiCellグルタミン神経細胞用培地で4週間培養して得られた細胞シート(神経細胞デバイス)を光学顕微鏡で観察した写真図である。図6aより、ポリスチレンファイバーシートに対しても、神経細胞は良好に接着し、4週間培養を継続しても、細胞剥離のない均一な細胞シートが維持されることが示される。これは、20%ACMを添加した培地を用いた場合でも同様であった。
また、12×105 cells/cm2で播種し、20%ACMを添加したiCellグルタミン神経細胞用培地で2週間培養して得られた細胞シート(神経細胞デバイス)を、MEAプローブ(MED64システム、アルファメッドサイエンティフィック社)上に乗せて、細胞とMEAプローブの電極とを接触させ、神経活動(スパイクおよび同期バースト)を測定した。スパイクおよび同期バーストの検出は、MED64 Burstscope(アルファメッドサイエンティフィック社)を使用して、ラスタープロットにより行った。この結果を、図6bに示した。培養後2週間であっても、同期バーストを確認することができる。
【実施例7】
【0029】
〔細胞足場として配向性PLGAファイバーシート上で生育させた神経細胞の薬物応答性の確認〕
iPS細胞由来神経細胞(253G1 hiPS細胞由来神経細胞またはXCL-1 NEURONS(XCell Science社、カタログ番号XN-001-1V))を、細胞足場として配向性PLGAファイバーシート上に13×105 cells/cm2で播種した。253G1 hiPS細胞由来神経細胞は、N2B27培養液または20%ACMを含むN2B27培養液で、またXCL-1 NEURONSは、BrainPhys(登録商標)Neuronal Medium(05792、STEMCELL TECHNOLOGIES)培養液または20%ACMを含むBrainPhys(登録商標)Neuronal Mediumを用いて、5%CO2、37℃のインキュベータ中で4週間または6週間培養した。このファイバーシートをMEAプローブ(MED64システム、アルファメッドサイエンティフィック社)上に乗せ、細胞と多電極アレイプローブの電極とを接触させ、神経活動(スパイク)を測定した。対照として、従来法に基づくプローブ(電極)上に神経細胞を同様にして直接播種し、4週間または6週間、5%CO2、37℃のインキュベータ中で培養した。得られた結果を、従来法(プローブへの直接播種)と比較した。培養後4週間で、ファイバーシート上の253G1 hiPS細胞由来神経細胞で、より多くのスパイクを確認した(図7a)。プローブ上の神経細胞と比べて、本発明のファイバーシート上で培養された神経細胞でのスパイク数増加率は6倍に、さらに20%ACM添加培養液で培養されたファイバーシート群では9倍になり、ファイバーシートを用いることによりによりスパイク数が顕著に増加した。また、この測定系に、神経細胞において、種々のカリウムチャネルを阻害する作用を有し、神経の活動電位を持続させることが知られている4-アミノピリジン(4-AP)を、4週間培養した神経細胞に終濃度100μMで添加し、スパイクを測定した。その結果、4-アミノピリジン添加により、対照群およびファイバーシート群ともスパイクの増加が観察され、薬物に対する適切な応答性も確認された(図7a)。スパイクの増加率は、プローブ上で培養された対照群が156%であるのに対し、本発明のファイバーシート群では167%であり、さらに20%ACM添加培養液で培養されたファイバーシート群では194%の増加率であった。また、ファイバーシート上に12×105 cells/cm2の密度で播種し、ACM含有培養液で6週間培養したXCL-1 NEURONSを終濃度100μMの4-APで処理したところ、バースト数を2.6倍に増加させることができた(図7b)。
【実施例8】
【0030】
〔細胞足場として配向性PLGAファイバーシート上に高密度で播種した神経細胞の薬物応答性〕
iPS細胞由来神経細胞XCL-1 NEURONS(XCell Science社、カタログ番号XN-001-1V)を、細胞足場として配向性PLGAファイバーシート上に、実施例7の場合より約2倍高密度の24×105 cells/cm2で播種した。細胞は、20%ACMを含むBrainPhys(登録商標)Neuronal Medium(05792、STEMCELL TECHNOLOGIES)培養液を用いて、5%CO2、37℃のインキュベータ中で2、4および6週間培養した。得られた細胞シート(神経細胞デバイス)を、MEAプローブ(MED64システム、アルファメッドサイエンティフィック社)上に乗せ、細胞とMEAプローブの電極を接触させて神経活動(スパイクおよびバースト)を測定した。測定系には、神経活動電位を持続させることが知られている4-アミノピリジン(4-AP)を終濃度100μMで添加することにより、薬物に対する神経細胞の応答性を検討した。神経活動の解析にはMED64 Burstscope(アルファメッドサイエンティフィック社)を使用した。
4週間培養して得られた細胞シートについて、スパイク数を解析した結果を図8aに、また同期バースト数を解析した結果を図8bに示した。4-AP処理により、スパイク数は499%増加し、また同期バースト数は375%増加した。さらに、6週間培養して得られた細胞シートについて、ラスタープロットにより神経活動を解析した結果を図8cに示した。ラスタープロットにおいても、4-AP処理によりスパイク数および同期バースト数の顕著な増加が認められた。これらの結果より、本発明の神経細胞デバイスにおいて、薬物(4-AP)に対する神経細胞の応答性が亢進することが示された。
【実施例9】
【0031】
〔細胞足場として配向性ポリスチレンファイバーシート上で生育させた神経細胞における、カルシウム感受性色素による神経活動の観察〕
初代培養神経細胞であるラット大脳皮質神経細胞(ThermoFisher社、製品番号A10840)を、細胞足場である配向性ポリスチレンファイバーシート上に、1.0×105 cells/cm2、3.0×105 cells/cm2または9.0×105 cells/cm2の細胞密度で播種した。細胞は、B-27(登録商標)Supplement(×50)/無血清(GIBCO、カタログ番号17504-044)を含むNeurobasal(登録商標)Medium(GIBCO、カタログ番号21103-049)を用いて、5%CO2、37℃のインキュベータ中で4週間培養した。得られた細胞シート(神経細胞デバイス)を、カルシウムインジケーター試薬であるFluo-8-AM(AAT Bioquest、カタログ番号21081)を5μM含む培養液中に移し、5%CO2、37℃のインキュベータ中で1時間培養した。Fluo-8を取り込んだ細胞シートは、蛍光顕微鏡(オリンパスIX73)に付属する保温板上に静置し、Fluo-8の蛍光を観察した。カルシウムイオン濃度の変化による蛍光強度の変化が、個々の神経細胞における同期的点滅(点滅周期は約1.83秒)として観察された。図9は、蛍光顕微鏡(倍率×10)による観察像を示す。本発明の神経細胞デバイスにおいて、神経細胞の細胞内カルシウム濃度の変動を可視化(イメージング)できることが示される。

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9