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  • 特許-ウスベニアオイ発酵物及びその利用 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-04-07
(45)【発行日】2025-04-15
(54)【発明の名称】ウスベニアオイ発酵物及びその利用
(51)【国際特許分類】
   C12P 1/04 20060101AFI20250408BHJP
   A61P 17/00 20060101ALI20250408BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20250408BHJP
   A61Q 19/02 20060101ALI20250408BHJP
   A61Q 17/04 20060101ALI20250408BHJP
   A61P 17/16 20060101ALI20250408BHJP
   A61K 8/9789 20170101ALI20250408BHJP
   A61K 8/9728 20170101ALI20250408BHJP
   A61K 36/185 20060101ALI20250408BHJP
   A61K 35/747 20150101ALI20250408BHJP
   A61K 35/744 20150101ALI20250408BHJP
   C12N 1/20 20060101ALN20250408BHJP
【FI】
C12P1/04 Z
A61P17/00
A61P43/00 111
A61Q19/02
A61Q17/04
A61P17/16
A61K8/9789
A61K8/9728
A61K36/185
A61K35/747
A61K35/744
A61P43/00 105
C12N1/20 E
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2022514083
(86)(22)【出願日】2021-04-06
(86)【国際出願番号】 JP2021014617
(87)【国際公開番号】W WO2021206086
(87)【国際公開日】2021-10-14
【審査請求日】2023-10-13
(31)【優先権主張番号】P 2020070364
(32)【優先日】2020-04-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006884
【氏名又は名称】株式会社ヤクルト本社
(74)【代理人】
【識別番号】110000800
【氏名又は名称】デロイトトーマツ弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】倉澤 智子
(72)【発明者】
【氏名】柴田 慎也
(72)【発明者】
【氏名】伊澤 直樹
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 雅彦
【審査官】三須 大樹
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-020362(JP,A)
【文献】特開2012-219093(JP,A)
【文献】特開2017-001985(JP,A)
【文献】特開2002-193735(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P
A61P
A61Q
A61K
C12N
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ウスベニアオイ又はその処理物を原料とする、ラクトバチルス属(Lactobacillus属)に属する微生物、ラクトコッカス属(Lactococcus属)に属する微生物、及びペディオコッカス属(Pediococcus属)に属する微生物からなる群から選ばれた1種又は2種以上の微生物による発酵物。
【請求項2】
前記微生物は、ラクトバチルス プランタルム(Lactobacillus plantarum)、ラクトバチルス ペントーサス(Lactobacillus pentosus)、ラクトバチルス ゼアエ(Lactobacillus zeae)、ラクトバチルス マリ(Lactobacillus mali)、ラクトバチルス ファビファーメンタンス(Lactobacillus fabifermentans)、ラクトバチルス ホルデイ(Lactobacillus hordei)、ラクトコッカス ラクティス(Lactococcus lactis)、ペディオコッカス アシディラクティシ(Pediococcus acidilactici)、及びペディオコッカス ペントサセウス(Pediococcus pentosaceus)からなる群から選ばれた1種又は2種以上の微生物である、請求項1記載の発酵物。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の発酵物を含有する皮膚外用剤。
【請求項4】
美白効果をもたらすために用いられる、請求項3記載の皮膚外用剤。
【請求項5】
前記発酵物は、メラニン産生抑制作用を有するものである、請求項3又は4記載の皮膚外用剤。
【請求項6】
前記発酵物は、チロシナーゼ阻害作用を有するものである、請求項3~5のいずれか1項に記載の皮膚外用剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、皮膚外用剤等として有用な植物発酵物に関し、より詳細には、ウスベニアオイ発酵物、及びこれを含有する皮膚外用剤に関する。
【背景技術】
【0002】
ウスベニアオイ(ゼニアオイと呼ばれる場合もある。)は、ヨーロッパ原産の多年草で野生種であるが、ハーブや生薬用として広く栽培されている。従来、植物エキスや発酵物を化粧料等に用いることが行われているが、ウスベニアオイについては皮膚外用剤としての利用が報告されている。すなわち、例えば、特許文献1には、ウスベニアオイ抽出物によって、紫外線照射により発現が上昇するbFGFmRNAの発現上昇を抑制することが記載されている。これにより、シミ、ソバカス、皮膚色素沈着等を予防、治療又は改善することが可能であると記載されている。また、例えば、特許文献2には、ウスベニアオイ抽出物(ゼニアオイ抽出物)によって、ヒト表皮由来色素細胞におけるキネシン発現量が抑制することが記載されている。また、シミ・ソバカス・色素沈着を改善する効果があると記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2011-1328号公報
【文献】特開2012-219091号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、従来の抽出物による方法では、ウスベニアオイによる活性を十分に引き出すことができなかった。
【0005】
よって、本発明の目的は、活性向上のため改良されたウスベニアオイ由来素材を提供することにある。また、これにより、新規な皮膚外用剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するため、本発明者らは鋭意研究し、本発明を完成するに至った。
【0007】
本発明の第1は、ウスベニアオイ又はその処理物を原料とする、ラクトバチルス属(Lactobacillus属)に属する微生物、ラクトコッカス属(Lactococcus属)に属する微生物、及びペディオコッカス属(Pediococcus属)に属する微生物からなる群から選ばれた1種又は2種以上の微生物による発酵物を提供するものである。
【0008】
本発明に係る発酵物においては、前記微生物は、ラクトバチルス プランタルム(Lactobacillus plantarum)、ラクトバチルス ペントーサス(Lactobacillus pentosus)、ラクトバチルス ゼアエ(Lactobacillus zeae)、ラクトバチルス マリ(Lactobacillus mali)、ラクトバチルス ファビファーメンタンス(Lactobacillus fabifermentans)、ラクトバチルス ホルデイ(Lactobacillus hordei)、ラクトコッカス ラクティス(Lactococcus lactis)、ペディオコッカス アシディラクティシ(Pediococcus acidilactici)、及びペディオコッカス ペントサセウス(Pediococcus pentosaceus)からなる群から選ばれた1種又は2種以上の微生物であることが好ましい。
【0009】
本発明の第2は、上記の発酵物を含有する皮膚外用剤を提供するものである。
【0010】
本発明に係る皮膚外用剤においては、該皮膚外用剤は、美白効果をもたらすために用いられることが好ましい。
【0011】
本発明に係る皮膚外用剤においては、前記発酵物は、メラニン産生抑制作用を有するものであることが好ましい。
【0012】
本発明に係る皮膚外用剤においては、前記発酵物は、チロシナーゼ阻害作用を有するものであることが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、ウスベニアオイ又はその処理物を原料とし、これを特定の微生物で処理した発酵物であるので、メラニン産生抑制活性、チロシナーゼ阻害活性等、美白効果をもたらす活性に優れている。よって、これにより新規な皮膚外用剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】試験例4においてメラニン産生抑制活性を調べた結果を示す図表であり、(A)はウスベニアオイ発酵物についてメラニン産生細胞に添加した終濃度ごとに細胞内メラニン産生量の変化を調べた結果(未発酵のウスベニアオイ抽出物を同じ終濃度で添加したときの細胞内メラニン量に対する百分率割合で示す結果)を示す図表であり、(B)は同様の試験をハイビスカス又はブラックマロウについて行った結果を示す図表である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本明細書において「ウスベニアオイ」は、通常当業者に理解される植物と同義であり、具体的には、アオイ科ゼニアオイ属のウスベニアオイ(学名:Malva sylvestris、ブルーマロウとも呼ばれる。)や、あるいはその変種とされるゼニアオイ(学名:Malva mauritiana、コモンマロウとも呼ばれる。)をも含む意味である。ウスベニアオイは、ヨーロッパ原産の植物であり、ハーブや生薬用としても広く栽培されており、容易に入手可能である。
【0016】
本発明においては、ウスベニアオイに微生物を作用させて、その微生物による発酵物となす。微生物に作用させるウスベニアオイの植物体の部位としては、花部、葉部、幹部、地上部、根部、全草、又はこれらの部位の混合物等が挙げられるが、好ましくは花部、葉部、又はこれらの部位の混合物等であり、より好ましくは花部である。微生物に作用させる植物体の形状としては、植物原体又はその乾燥物の破砕物、搾汁液、抽出物、又はこれらの混合物等であり、特に限定されない。好ましくは搾汁液、抽出物、又はこれらの混合物等であり、より好ましくは抽出物である。
【0017】
ウスベニアオイに作用させる微生物としては、ラクトバチルス属(Lactobacillus属)に属する微生物、ラクトコッカス属(Lactococcus属)に属する微生物、ロイコノストック属(Leuconostoc属)に属する微生物、ペディオコッカス属(Pediococcus属)に属する微生物等が挙げられる。より具体的には、ラクトバチルス プランタルム(Lactobacillus plantarum)、ラクトバチルス ペントーサス(Lactobacillus pentosus)、ラクトバチルス ゼアエ(Lactobacillus zeae)、ラクトバチルス マリ(Lactobacillus mali)、ラクトバチルス ファビファーメンタンス(Lactobacillus fabifermentans)、ラクトバチルス ホルデイ(Lactobacillus hordei)、ラクトコッカス ラクティス(Lactococcus lactis)、ペディオコッカス アシディラクティシ(Pediococcus acidilactici)、ペディオコッカス ペントサセウス(Pediococcus pentosaceus)等である。これらの微生物であれば、ウスベニアオイの発酵が良好に促進され、且つ、美白効果をもたらす活性に優れている。ただし、本発明に使用し得る微生物がこれらの菌種に限定される意味ではない。微生物は、1種類を単独で上記原料との処理に用いてもよく、2種類以上を併用して上記原料との処理に用いてもよい。すなわち、異なる2種類以上の微生物による処理を順次に行ってもよく、異なる2種類以上の微生物を一時に併用して処理を行うようにしてもよく、また、これらの処理を組み合わせてもよい。
【0018】
ウスベニアオイに上記微生物を作用させる際の条件については、ウスベニアオイの成分が上記微生物によってなにかしらの変化がもたらされるような条件であればよく、特に制限はないが、例えば、ウスベニアオイに作用させた微生物が初発菌数の2~10000倍量、典型的には5~1000倍量、より典型的には10~1000倍量に増殖する生育条件であることが好ましい。生育が乏しいと、発酵が良好に進まない。
【0019】
ウスベニアオイに上記微生物を作用させる際には、その微生物の生育の補助材として、例えばグルコース、フルクトース、ショ糖、オリゴ糖等の糖類、アラニン、アルギニン、トリプトファン、システイン等のアミノ酸類、カゼイン分解物、タンパク分解物等のペプチド類、イーストエキス、肉エキス、ダイズエキス等のエキス類、オレイン酸ポリオキシエチレンソルビタン等の脂肪酸を側鎖にもつ界面活性剤あるいは、標準的な乳酸菌用培地構成である、例えばラクトバシラスMRSブロス(Difco)等を用いてもよい。
【0020】
ただし、ウスベニアオイ由来成分に加えてその他の成分が残存すると、防腐性、使用感等の観点から、得られる発酵物の品質に影響をきたす場合があるので、発酵に際しては、ウスベニアオイ由来成分以外の成分を必要以上に配合することは、望ましいとはいえない。よって、上記補助材を用いる場合には、例えば、ウスベニアオイ由来物100質量部に対してそれ以外の構成割合を0.001質量部以上5.0質量部以下とすることが好ましく、0.01質量部以上0.5質量部以下とすることがより好ましい。一方、ウスベニアオイに由来しない原料を何も添加せずに、上記微生物による処理に供するようにしてもよい。
【0021】
以下、本発明に係る発酵物を得るための、限定されない任意の態様について、更に具体的に説明する。
【0022】
上記微生物に作用させる原料としては、例えば、ウスベニアオイの抽出物を得て、それを原料とすることができる。この場合、例えば植物体の乾燥粉末に対して10~200倍量の水や熱水(例えば、逆浸透膜処理水、イオン交換水、水道水、井水、蒸留水、超純水等を用いてもよい。)を加えて加熱処理して熱水抽出物を得て、それをそのまま抽出懸濁液の状態で原料にしたり、任意に水分を蒸発濃縮して原料にしたり、あるいは、フィルター濾過、遠心分離等の固液分離手段によって固形分を除いて上清を得て原料にしたりして、そのような原料に対して、上記微生物を適当な初発濃度接種して、作用させるようにすればよい。
【0023】
上記微生物による処理は、通常の通気、静置培養に準じた方法で行うことができる。この場合、初発菌数濃度としては、好ましくは1×10CFU/mL以上5×10CFU/mL以下であり、より好ましくは1×10CFU/mL以上1×10CFU/mL以下である。温度条件としては、20℃~40℃、より好ましくは25℃~37℃である。処理期間としては12時間~10日間、より好ましくは1~3日間である。このような静置培養により、例えば初発菌数の2~10000倍量、典型的には5~1000倍量、より典型的には10~1000倍量に微生物を増殖させてなる、発酵物を得ることができる。微生物による処理の後には、使用した微生物を含むままで、本発明に係る発酵物となしてもよいが、上述した防腐性、使用感等の観点からは、発酵に使用した微生物の菌体は、フィルター濾過、遠心分離等の固液分離手段によって除き、得られた上清を発酵物となすことが好ましい。また、微生物による処理の後には、その処理物に各種溶媒を加えて、抽出物ないし希釈物を調製し、本発明の発酵物として使用することも可能である。ここで使用する溶媒は、水、エタノール、プロパノール等の低級アルコール、セチルアルコール、ステアリルアルコール等の高級アルコール、1,3-ブチレングリコール、1,3-プロパンジオール、グリセリン等の多価アルコールなど、化粧品に汎用される溶媒があげられるが、これらに限定されたものではなく、単独あるいは二種以上混合して用いることができる。
【0024】
本発明に係る発酵物は、それをそのまま皮膚外用剤として用いてもよく、あるいは皮膚外用剤の製造工程で配合するようにして用いてもよい。具体的には、例えば、乳液、クリーム、クレンジング、マッサージ、サンスクリーン、化粧下地、クリームファンデーション等の形態の化粧料あるいはその原料として、好適に用いられ得る。なお、ここでいう化粧料は、医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律で定義されている医薬品、医薬部外品、化粧品を含む意味である。
【0025】
また、皮膚外用剤の形態としては、皮膚に作用させる成分を適当な基材部に担持してなる、パック、マスク、ジェル等であってもよい、すなわち、そのような皮膚外用剤の、皮膚に作用させる成分として、好適に用いられ得る。
【0026】
また、本発明の限定されない任意の態様において、上記皮膚外用剤は、美白効果をもたらすために用いられることや、メラニン産生抑制作用を有することや、チロシナーゼ阻害作用を有すること等の機能性を表示した製品であってもよい。
【実施例
【0027】
以下実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、これらの実施例は本発明の範囲を限定するものではない。
【0028】
〔1.ウスベニアオイ抽出物の調製〕
1-1.植物
市販のウスベニアオイ(学名:Malva sylvestris)の花部の乾燥物を試験に用いた。
【0029】
1-2.抽出
前培養用のウスベニアオイ抽出物を、次のとおり調製した。すなわち、植物粉末:水=1:20(質量比)、となるよう水(逆浸透膜処理水、以下「RO水」という。)を加え、終濃度が0.2w/v%となるようにグルコースを、及び終濃度が0.1w/v%となるようにイーストエキス(Difco)を添加し、よく攪拌して懸濁液を調製した。懸濁液を3mLずつ試験管に分注し、アルミキャップをして121℃、15分間オートクレーブにかけて熱水抽出物を得た。
【0030】
本培養用のウスベニアオイ抽出物としては、(1)無添加、及び(2)0.2w/v%グルコース及び0.1w/v%イーストエキス添加の2種類を調製した。すなわち、植物粉末:水=1:20(質量比)となるようRO水を加え、上記(1)としては無添加で、又は上記(2)としては終濃度が0.2w/v%となるようにグルコースを、及び終濃度が0.1w/v%となるようにイーストエキス(Difco)を添加し、よく攪拌して、それぞれ懸濁液を調製した。その懸濁液を10mLずつ試験管に分注して、シリコ栓をして98℃、100分間オートクレーブにかけて熱水抽出物を得た。
【0031】
〔2.乳酸菌〕
使用した13種類の乳酸菌を表1に示す。菌は、-80℃ DMSO保存株をLactobacilli MRS Broth(Difco)に接種し、至適培養温度にて20時間培養後、同条件で更に1代継代したものを菌液として、ウスベニアオイ抽出物の前培養に供した。なお、使用した11種類の乳酸菌(No.5およびNo.11以外)は、いずれも各乳酸菌の属種を代表する基準株を入手して使用した。使用した13種類の株は、表1に記載した寄託先から入手できる。
【0032】
【表1】
【0033】
[試験例1]
前培養は、前培養用のウスベニアオイ抽出物3mLに菌液を0.5v/v%接種し(初発菌数濃度:およそ0.5×10~2×10CFU/mL)、好気下にて至適温度で48時間、静置培養した。
【0034】
本培養は、本培養用のウスベニアオイ抽出物10mLに前培養後の培養物を1v/v%接種し(初発菌数濃度:およそ0.5×10~5×10CFU/mL)、好気下にて至適温度で72時間、静置培養した。
【0035】
本培養後、生菌数を確認した。具体的には、本培養後の培養物を原液あるいは0.1w/v%イーストエキスで適宜希釈した液を、スパイラルプレーターEDDY JET2(IUL Instruments)にてLactobacilli MRS寒天平板培地に100μL播種し、至適温度で3日間培養後、形成したコロニーをコロニーカウンター ProtoCOL3(SYNBIOSIS)にて計数して、CFU(コロニー形成単位)/mLの値を算出した。なお、本培養前の初発菌数についても、同様にして確認した。
【0036】
【表2】
【0037】
その結果、乳酸菌No.13(Streptococcus thermophilus)は、前培養後に生菌が検出されずに、ウスベニアオイを原料とする発酵物の調製には適さない菌種又は菌株であった。
【0038】
上記以外の乳酸菌12株では、ウスベニアオイ抽出物での培養により、生菌数が初発菌数に比べて少なくとも10倍以上増加していた。ウスベニアオイ抽出物にグルコース及びイーストエキスを添加したときの影響は、生菌数が増加する傾向(例;乳酸菌No.7(Lactobacillus hordei))、ほぼ同等(例;乳酸菌No.8(Lactococcus lactis subsp. lactis))、抑制する傾向(例;乳酸菌No.3(Lactobacillus zeae))と、乳酸菌の種類によって様々であり、一様な傾向はみられなかった。菌の生育に対する影響の程度は、いずれもそれほど顕著ではなかった。
【0039】
以上から、上記乳酸菌12株、すなわち乳酸菌No.1(Lactobacillus plantarum subsp. plantarum)、乳酸菌No.2(Lactobacillus pentosus)、乳酸菌No.3(Lactobacillus zeae)、乳酸菌No.4(Lactobacillus mali)、乳酸菌No.5(Lactobacillus casei)、乳酸菌No.6(Lactobacillus fabifermentans)、乳酸菌No.7(Lactobacillus hordei)、乳酸菌No.8(Lactococcus lactis subsp. lactis)、乳酸菌No.9(Leuconostoc pseudomesenteroides)、乳酸菌No.10(Leuconostoc mesenteroides subsp. mesenteroides)、乳酸菌No.11(Pediococcus acidilactici)、及び乳酸菌No.12(Pediococcus pentosaceus)は、ウスベニアオイを原料とする発酵物の調製に適することが明らかとなった。
【0040】
[試験例2]
試験例1において培養後の生菌数が1×10CFU/mL以上を示した12種類の乳酸菌(No.1~12)のうち、No.1、2、4、6、9、10の乳酸菌を選択して、各乳酸菌による培養物について、メラニン産生抑制活性を調べた。
【0041】
具体的には、無添加のウスベニアオイ抽出物による本培養終了後、培養物を3000rpm(1600×g)で10分間遠心し、上清を0.22μmフィルターで無菌濾過して発酵上清を得た。発酵上清は、4℃遮光保存の後、測定まで-20℃で冷凍保存した。表3には、使用した発酵上清又は未発酵のウスベニアオイ抽出物について、pH測定の結果と、105℃で3時間加熱後、デシケーター内にて放冷することにより測定したときの蒸発残留物濃度(mg/mL)を示す。
【0042】
【表3】
【0043】
メラニン産生抑制活性の測定は、以下に示す試験方法により実施した。
〔1.試験方法〕
(1)細胞
細胞は、B16マウスメラノーマ細胞(B16-F1)を使用した。試験には、購入時から数えて継代数5~10回目の細胞を使用した。培地は、5または10%FBSを含むDMEMを用いた。
【0044】
(2)メラニン産生抑制試験
24ウェルプレートに5%FBSを含むDMEM培地500μLを入れ、B16メラノーマ細胞を1.4×10cells/well(7.5×10cells/cm)播種後、5%CO、37℃で24時間培養した。その後、被験試料を含む0.5mMテオフィリン含有培地1mLに交換して、更に3日間培養した。
【0045】
被検試料としては、各乳酸菌による発酵上清又は未発酵のウスベニアオイ抽出物を、サンプル原液を100%として、培地中に0.5%、1%、2%、5%の配合割合(体積比)となるように添加した。コントロールとしては、各乳酸菌による発酵上清又は未発酵のウスベニアオイ抽出物の代わりにRO水を同配合割合で培地に添加した。また、陽性対照として、医薬部外品の美白原料として知られているアルブチンの水溶液を培地に1%添加した(終濃度0.15~2.44mM)。
【0046】
(3)細胞内メラニン産生量
培養終了後に細胞をPBS(-)で2回洗浄し、99.5%エタノールで細胞を固定した。エタノールを風乾で除去後、1N NaOHをウェルに加え80℃、30分間加熱し、細胞及びメラニンを溶解させてなる細胞溶解液を得た。放冷後、細胞溶解液全量を96ウェルプレートに移し、405nmの吸光度を測定した。培養ウェルあたりの細胞内メラニン産生量を、合成メラニンを用いた検量線から求め、コントロールに対する細胞内メラニン産生量を次式により求めた。
【0047】
【数1】
【0048】
(4)細胞内蛋白質量
上記細胞溶解液を超純水(ミリQ水)で10倍に希釈し、BSAを標準蛋白質としたBCA法(Pierce BCA Protein assay kit)で定量し、次式により、コントロールに対する細胞内蛋白質量を求めた。
【0049】
【数2】
【0050】
(5)IC50値
各乳酸菌による発酵上清又は未発酵のウスベニアオイ抽出物、及び所定の配合割合について、2~5回の試験を行った結果に基づき、細胞内メラニン産生量及び細胞内蛋白質量のそれぞれについて、50%阻害濃度(IC50値)を求めた。IC50値の算出は、披験試料未添加の各値を100%とし、50%となる濃度ないしその推定値とした。なお、各発酵上清及び未発酵のウスベニアオイ抽出物の濃度は、上記表3に示した蒸発残留物濃度で換算した。
【0051】
〔2.結果〕
結果を表4にまとめて示す。
【0052】
【表4】
【0053】
その結果、陽性対照であるアルブチンでは、細胞内メラニン産生量のIC50値が340μg/mLであったのに対して、未発酵のウスベニアオイ抽出物では、IC50値が1200μg/mLを超え、抑制効果に乏しかった。
【0054】
また、乳酸菌No.9(Leuconostoc pseudomesenteroides)や乳酸菌No.10(Leuconostoc mesenteroides subsp. mesenteroides)について、これらの乳酸菌による発酵上清では、未発酵のウスベニアオイ抽出物と同様に、メラニン産生抑制効果に乏しかった。
【0055】
一方、乳酸菌No.1(Lactobacillus plantarum subsp. plantarum)、乳酸菌No.2(Lactobacillus pentosus)、乳酸菌No.4(Lactobacillus mali)、及び乳酸菌No.6(Lactobacillus fabifermentans)について、各乳酸菌による発酵上清では細胞内メラニン産生量のIC50値が未発酵よりも顕著に低下し、陽性対照であるアルブチンの値に近づく傾向を示した。一方、これらの発酵上清では、細胞内蛋白質量のIC50値は未発酵と大きな差はみられなかった。
【0056】
以上から、上記乳酸菌によるウスベニアオイ抽出物の発酵物では、未発酵の抽出物に比べて細胞数の低下を起こすことなく、メラニン産生抑制活性が高められることが明らかとなった。
【0057】
[試験例3]
試験例1において培養後の生菌数が1×10CFU/mL以上を示した12種類の乳酸菌(No.1~12)のうち、No.3、6、7、8、11、12の乳酸菌を選択して、試験例2と同様にして発酵上清を調製し(No.6は試験例2で用いたものを使用)、チロシナーゼ阻害活性を調べた。表5には、使用した発酵上清又は未発酵のウスベニアオイ抽出物について、pH測定の結果と、105℃で3時間加熱後、デシケーター内にて放冷することにより測定したときの蒸発残留物濃度(mg/mL)を示す。
【0058】
【表5】
【0059】
チロシナーゼ阻害活性の測定は、Matsudaらの方法(Matsuda H et al.;Studies of cuticle drugs from natural sources. III. Inhibitory effect of Myrica rubra on melanin biosynthesis., Biol. Pharm. Bull., 18(8), 1148-1150 (1995))を一部改変して実施した。具体的には、各乳酸菌による発酵上清又は未発酵のウスベニアオイ抽出物を、96穴マイクロプレートの各ウェルにそれぞれ50μL入れ(サンプル原液)、各ウェルに300mMリン酸緩衝液(pH6.8)50μLを加えて混和した後、室温で10分間プレインキュベートした。次いで、270U/mLチロシナーゼ溶液(チロシナーゼ:マッシュルーム由来、シグマ アルドリッチ)25μLと、0.06w/v%3,4―Dihydroxy-L-phenylalanine(L-DOPA、富士フイルム和光純薬株式会社)25μLを、各ウェルに加えて混合し、室温で5分間インキュベート後、ドーパクロム(メラニン生合成の中間体)の極大吸収波長である475nmの吸光度を測定した。反応系の最終ボリュームは150μLであり、そのうち発酵上清(サンプル原液)の最終配合割合は50μL/150μLであった。
【0060】
測定した吸光度から、次式により、チロシナーゼ阻害率を算出した。式中、「コントロール」はサンプルの代わりにRO水を加えた反応系を、「ブランク」はチロシナーゼの代わりに50mMリン酸カリウム緩衝液を加えた反応系を、それぞれ表す。
【0061】
【数3】
【0062】
試験は、各乳酸菌による発酵上清又は未発酵のウスベニアオイ抽出物について、3回のチロシナーゼ反応試験を行って、その平均と標準偏差を求めた。結果を表6に示す。
【0063】
【表6】
【0064】
その結果、未発酵のウスベニアオイ抽出物ではチロシナーゼ阻害率が2%(SD:±8%)であったのに対して、各乳酸菌による発酵物のうち、乳酸菌No.3(Lactobacillus zeae)では6%(SD:±1%)であり、乳酸菌No.6(Lactobacillus fabifermentans)では8%(SD:±3%)であり、No.7(Lactobacillus hordei)では4%(SD:±4%)であり、乳酸菌No.8(Lactococcus lactis subsp. lactis)では24%(SD:±1%)であり、乳酸菌No.11(Pediococcus acidilactici)では21%(SD:±1%)であり、乳酸菌No.12(Pediococcus pentosaceus)では17%(SD:±2%)であった。
【0065】
以上から、上記乳酸菌によるウスベニアオイ抽出物の発酵物では、未発酵の抽出物に比べて、チロシナーゼ阻害活性が高められることが明らかとなった。
【0066】
[試験例4]
他の種類のアオイ科植物について、ウスベニアオイと同様に、乳酸菌処理による機能性の強化がみられるかどうか調べた。
【0067】
〔4-1.植物〕
試験には、試験例1~3に使用したウスベニアオイの花部の乾燥物に加え、ハイビスカスの萼・苞部の乾燥物、及びブラックマロウの花部の乾燥物を用いた。表7には使用したアオイ科植物の属名、学名、和名、英語一般名を示す。
【0068】
【表7】
【0069】
〔4-2.植物抽出物の調製〕
前培養用の植物抽出物を、次のとおり調製した。すなわち、植物粉末:水=1:20(質量比)、となるよう水(逆浸透膜処理水、以下「RO水」という。)を加え、終濃度が0.2w/v%となるようにグルコースを、及び終濃度が0.1w/v%となるようにイーストエキス(Difco)を添加し、よく攪拌して懸濁液を調製した。懸濁液を3mLずつ試験管に分注し、アルミキャップをして121℃、15分間オートクレーブにかけて熱水抽出物を得た。
本培養用の植物抽出物を、次のとおり調製した。すなわち、ウスベニアオイ及びハイビスカスの場合には植物粉末:水=1:20(質量比)、ブラックマロウの場合には植物粉末:水=1:50(質量比)となるよう、それぞれ12mLのRO水を加え、よく攪拌して懸濁液を調製した。その懸濁液を試験管に入れて、シリコ栓をして98℃、100分間オートクレーブにかけて熱水抽出物を得た。
【0070】
〔4-3.乳酸菌〕
乳酸菌Nо.1(Lactobacillus plantarum subsp. plantarum)を使用した。
【0071】
〔4-4.前培養・本培養〕
上記に調製した熱水抽出物を培養原料とした以外は、試験例1と同様にして、乳酸菌Nо.1による前培養及び本培養を行った。
【0072】
〔4-5.本培養後の生菌数と発酵上清のpHと蒸発残留物濃度の確認〕
試験例1と同様にして、本培養後の生菌数を確認した。また、試験例2と同様にして、本培養終了後の培養物から発酵上清を調製し、そのpHと蒸発残留物濃度を確認した。
【0073】
表8には、それらの結果をまとめて示す。
【0074】
【表8】
【0075】
〔4-6.メラニン産生抑制活性〕
得られた発酵上清又は未発酵の植物抽出物について、試験例2と同様に、B16メラノーマ細胞を用いてメラニン産生抑制活性を測定した。具体的には、サンプル原液を100%として、培地中に0.5%、1%、2%、5%の配合割合(体積比)となるように添加した。コントロールとしては、RO水を同配合割合で培地に添加した。
【0076】
表9には、各アオイ科植物の抽出物ごと、乳酸菌による発酵の有無ごと、そして培地に添加したサンプル原液の配合割合(体積比)ごとに、メラニン産生抑制活性の結果をまとめて示す。なお、表9上段(表9-1)には、コントロール(RO水)を添加したときの細胞内メラニン量を100%として相対値で示し、表9下段(表9-2)には、未発酵の植物抽出物を同じ終濃度で添加したときの細胞内メラニン産生量を100%として相対値で示す。また、図1には、表9下段(表9-2)の結果を、培地に添加したサンプルの終濃度を蒸発残留物換算で表して、それをx軸にしてグラフ化した。
【0077】
【表9】
【0078】
その結果、ウスベニアオイでは試験例2にも示されたとおり、その抽出物であって未発酵のものよりも乳酸菌で処理した発酵上清のほうが、メラニン産生抑制活性が高くなった。これに対して、他の種類のアオイ科植物であるハイビスカスやブラックマロウでは、そのような乳酸菌処理による機能性の強化はみられなかった。
図1