(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-04-08
(45)【発行日】2025-04-16
(54)【発明の名称】鋼材
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20250409BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20250409BHJP
C21D 8/02 20060101ALN20250409BHJP
C21D 9/46 20060101ALN20250409BHJP
【FI】
C22C38/00 301F
C22C38/60
C21D8/02 A
C21D9/46 E
(21)【出願番号】P 2021171177
(22)【出願日】2021-10-19
【審査請求日】2024-06-17
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002044
【氏名又は名称】弁理士法人ブライタス
(72)【発明者】
【氏名】富尾 亜希子
(72)【発明者】
【氏名】今村 淳子
(72)【発明者】
【氏名】長澤 慎
【審査官】小川 進
(56)【参考文献】
【文献】特許第6743996(JP,B1)
【文献】特開2020-111790(JP,A)
【文献】特開2020-111791(JP,A)
【文献】国際公開第2018/038198(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/056384(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00- 38/60
C21D 8/02
C21D 9/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学組成が、質量%で、
C:0.010~0.20%、
Si:0.04~1.00%、
Mn:0.20~2.00%、
Cu:0.10~1.00%、
Al:0.005~0.10%、
Cr:0.40~3.00%、
Ti:0.010~0.50%、
Ni:0.01~0.50%、
P:0.050%以下、
S:0.0005~0.050%、
N:0.0015~0.0100%、
O:0.0035%以下、
残部:Feおよび不純物であり、
下記(i)式を満足し、
鋼材中にMnS、およびMnTi複合硫化物を含み、最大長さが2.0μm以上のMnSの個数密度が50.0/mm
2未満であり、かつ最大長さが2.0μm以上のMnSの個数密度に対する、最大長さが2.0μm以上のMnTi複合硫化物の個数密度の比が0.10以上である、
鋼材。
3.6<(Si+Al+Ca)/Ti<27.0 ・・・(i)
但し、上記式中の元素記号は、鋼材中に含まれる各元素の含有量(質量%)を表し、含有されない場合は0を代入するものとする。
【請求項2】
前記化学組成が、前記Feの一部に代えて、質量%で、
Mo:0.10%以下、
W:0.10%以下、
Sn:0.30%以下、
Sb:0.30%以下、
As:0.30%以下、
Co:0.30%以下、および
Bi:0.30%以下、
から選択される1種以上を含有するものである、
請求項1に記載の鋼材。
【請求項3】
前記化学組成が、前記Feの一部に代えて、質量%で、
Nb:0.10%以下、
V:0.10%以下、
Ta:0.050%以下、および
B:0.010%以下、
から選択される1種以上を含有するものである、
請求項1または請求項2に記載の鋼材。
【請求項4】
前記化学組成が、前記Feの一部に代えて、質量%で、
Ca:0.010%以下、
Mg:0.010%以下、および
REM:0.010%以下、
から選択される1種以上を含有するものである、
請求項1~請求項3のいずれかに記載の鋼材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼材に関する。
【背景技術】
【0002】
ボイラーの火炉および廃棄物焼却施設の焼却炉等では、水蒸気、硫黄酸化物、塩化水素等を含む排ガスが発生する。この排ガスは、排ガス煙突等において冷却されると、凝縮して硫酸および塩酸となり、硫酸露点腐食および塩酸露点腐食として知られるように、排ガス流路を構成する鋼材に対し、著しい腐食を引き起こす。
【0003】
このような問題に対し、耐硫酸・塩酸露点腐食鋼および高耐食ステンレス鋼が提案されている。例えば、特許文献1~4では、Cu、Sb、Co、Crなどを添加した耐硫酸露点腐食性に優れた鋼材が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2001-164335号公報
【文献】特開2003-213367号公報
【文献】特開2007-239094号公報
【文献】特開2012-57221号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
Cu、Sb、Cr等を含有する鋼材は、排ガス煙突のような硫酸腐食環境において、優れた耐食性を発揮する。しかし、ボイラーの空気予熱器などに使用される鋼材は、100℃を超える硫酸露点腐食環境で使用される場合がある。さらに、このような100℃を超える硫酸露点腐食環境では、70%を超える極めて濃度の高い硫酸が生成する場合があり、使用される鋼材には、高温かつ高濃度の硫酸に対して優れた耐食性が要求される。
【0006】
本発明は、上記の問題を解決し、高温かつ高濃度の硫酸腐食環境において優れた耐食性を有する鋼材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、下記の鋼材を要旨とする。
【0008】
(1)化学組成が、質量%で、
C:0.010~0.20%、
Si:0.04~1.00%、
Mn:0.20~2.00%、
Cu:0.10~1.00%、
Al:0.005~0.10%、
Cr:0.40~3.00%、
Ti:0.010~0.50%、
Ni:0.01~0.50%、
P:0.050%以下、
S:0.0005~0.050%、
N:0.0015~0.0100%、
O:0.0035%以下、
残部:Feおよび不純物であり、
下記(i)式を満足し、
鋼材中にMnS、およびMnTi複合硫化物を含み、最大長さが2.0μm以上のMnSの個数密度が50.0/mm2未満であり、かつ最大長さが2.0μm以上のMnSの個数密度に対する、最大長さが2.0μm以上のMnTi複合硫化物の個数密度の比が0.10以上である、
鋼材。
3.6<(Si+Al+Ca)/Ti<27.0 ・・・(i)
但し、上記式中の元素記号は、鋼材中に含まれる各元素の含有量(質量%)を表し、含有されない場合は0を代入するものとする。
【0009】
(2)前記化学組成が、前記Feの一部に代えて、質量%で、
Mo:0.10%以下、
W:0.10%以下、
Sn:0.30%以下、
Sb:0.30%以下、
As:0.30%以下、
Co:0.30%以下、および
Bi:0.30%以下、
から選択される1種以上を含有するものである、
上記(1)に記載の鋼材。
【0010】
(3)前記化学組成が、前記Feの一部に代えて、質量%で、
Nb:0.10%以下、
V:0.10%以下、
Ta:0.050%以下、および
B:0.010%以下、
から選択される1種以上を含有するものである、
上記(1)または(2)に記載の鋼材。
【0011】
(4)前記化学組成が、前記Feの一部に代えて、質量%で、
Ca:0.010%以下、
Mg:0.010%以下、および
REM:0.010%以下、
から選択される1種以上を含有するものである、
上記(1)~(3)のいずれかに記載の鋼材。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、高温かつ高濃度の硫酸酸腐食環境において優れた耐食性を有する鋼材を提供することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明者らは前記した課題を解決するために、鋼材の耐食性を詳細に調査した結果、以下の知見を得るに至った。
【0014】
Mnは鋼の強度および靱性を確保する上で必須の元素であるが、一方でMnSを形成し酸腐食環境での耐食性を劣化させる。また、本発明においては、SはCuとともに含有させることで耐食性を向上させる効果を有するため、極端な低減は好ましくない。この問題を解決するため、MnSと耐食性との関係について詳細に検討した。その結果、TiとMnとを含有するMnTi複合硫化物は、MnSと比べて腐食の起点とはなりにくいことを見出した。
【0015】
そこで、MnTi複合硫化物を生成させる方法について、さらに調査したところ、Tiがいったん酸化物を形成すると、TiをMnSに含ませることが困難になることが分かった。そのため、Tiよりも酸化されやすいSi等の元素を鋼中に適切に含有させ、Si等の酸化物の形成によって鋼中のOを消費させることで、Ti酸化物の形成を抑制し、MnSにTiを含ませることができることを見出した。
【0016】
さらに、MnSを微細化することによっても、MnSを無害化させることができることを見出した。
【0017】
本発明は、上記知見に基づいてなされたものである。以下、本発明の各要件について詳しく説明する。
【0018】
(A)化学組成
各元素の限定理由は下記のとおりである。なお、以下の説明において含有量についての「%」は、「質量%」を意味する。
【0019】
C:0.010~0.20%
Cは、鋼材の強度を向上させる元素である。しかしながら、Cが過剰に含有された場合、炭化物が増加し、耐食性が劣化する。そのため、C含有量は0.010~0.20%とする。強度が要求される場合は、C含有量は0.050%以上であるのが好ましい。また、C含有量は0.15%以下であるのが好ましく、0.10%以下であるのがより好ましい。
【0020】
Si:0.04~1.00%
Siは、脱酸および強度の向上に寄与し、酸化物の形態を制御する元素である。しかしながら、Siが過剰に含有された場合、酸化物が増加し、耐食性を損なう。そのため、Si含有量は0.04~1.00%とする。Si含有量は0.10%以上であるのが好ましく、0.20%以上であるのがより好ましい。また、Si含有量は0.70%以下であるのが好ましく、0.60%以下であるのがより好ましい。
【0021】
Mn:0.20~2.00%
Mnは、強度を向上させる元素である。しかしながら、Mnが過剰に含有された場合、粗大なMnSが生成し、耐食性および機械特性が劣化する。そのため、Mn含有量は0.20~2.00%とする。Mn含有量は0.50%以上であるのが好ましく、0.60%以上であるのがより好ましい。また、Mn含有量は1.70%以下であるのが好ましく、1.50%以下であるのがより好ましく、1.30%以下であるのがさらに好ましい。
【0022】
Cu:0.10~1.00%
Cuは、硫酸に対する耐食性を顕著に発現する元素である。しかしながら、Cuが過剰に含有された場合、熱間加工性が低下し、生産性を損なう。そのため、Cu含有量は0.10~1.00%とする。Cu含有量は0.15%以上、0.20%以上、または0.25%以上であるのが好ましい。また、Cu含有量は0.85%以下であるのが好ましく、0.70%以下であるのがより好ましい。
【0023】
Al:0.005~0.10%
Alは、脱酸剤として添加される。しかしながら、Alが過剰に含有された場合、介在物の増加によって耐食性を損なう。そのため、Al含有量は0.005~0.10%とする。Al含有量は0.010%以上であるのが好ましい。また、Al含有量は0.07%以下であるのが好ましい。
【0024】
Cr:0.40~3.00%
Crは、焼入れ性を高めて強度を向上させるとともに、耐硫酸性を向上させる効果を有する元素である。しかしながら、Crが過剰に含有された場合、鋼材表面で腐食起点となりやすい酸化物を形成する。そのため、Cr含有量は0.40~3.00%とする。Cr含有量は0.50%以上であるのが好ましく、0.60%以上であるのがより好ましく、0.65%以上であるのがさらに好ましい。また、Cr含有量は2.50%以下であるのが好ましい。
【0025】
Ti:0.010~0.50%
Tiは、窒化物を形成し、結晶粒の微細化および強度の向上に寄与する元素である。しかしながら、Tiが過剰に含有された場合、腐食の原因となる窒化物の増加によって、耐食性を損なう。そのため、Ti含有量は0.010~0.50%とする。Ti含有量は0.013%以上であるのが好ましく、0.015%以上であるのがより好ましく、0.020%以上であるのがさらに好ましい。また、Ti含有量は0.40%以下であるのが好ましく、0.30%以下であるのがより好ましい。
【0026】
Ni:0.01~0.50%
Niは、酸腐食環境での耐食性を向上させる元素であり、加えてCuを含有する鋼において、製造性を高める効果を有する。Cuは、耐食性を向上させる効果が大きいが、偏析し易く、単独で含有させると鋳造後の割れを助長する場合がある。これに対して、NiはCuの表面偏析を軽減する作用がある。Niを含有させることで、Cuの偏析および鋳片割れの抑制に加えて、偏析に起因する局部腐食の発生も抑制されるため、耐食性を向上させる効果が得られる。しかしながら、Niは高価な元素であり、多量の含有は製鋼コストの増大を招く。そのため、Ni含有量を0.01~0.50%とする。Ni含有量は0.03%以上であるのが好ましく、0.05%以上であるのがより好ましく、0.08%以上であるのがさらに好ましい。また、Ni含有量は0.40%以下、0.29%未満、0.25%以下、0.20%以下であるのが好ましく、0.15%以下であるのがより好ましい。
【0027】
P:0.050%以下
Pは、不純物であり、鋼材の機械特性および生産性を低下させる。そのため、P含有量に上限を設けて0.050%以下とする。P含有量は0.030%以下であるのが好ましく、0.025%以下であるのがより好ましい。なお、P含有量は可能な限り低減することが好ましく、つまり含有量が0%でもよいが、極度の低減は製鋼コストの増大を招く。そのため、P含有量は0.001%以上としてもよい。
【0028】
S:0.0005~0.050%
Sは、一般的に不純物であり、鋼材の機械特性および生産性を低下させる。しかしながら、本発明において、Sは、Cuと同時に含有させることにより、酸腐食環境での耐食性を向上させる効果を有する。そのため、S含有量は0.0005~0.050%とする。S含有量は0.0010%以上、0.0050%以上、または0.0100%以上であるのが好ましい。また、S含有量は0.040%以下であるのが好ましく、0.030%以下であるのがより好ましい。
【0029】
N:0.0015~0.0100%
Nは、微細な窒化物を形成し、鋼材の機械特性の向上に寄与する。しかしながら、Nが過剰に含有された場合、鋼材の機械特性および生産性を低下させる。そのため、N含有量は0.0015~0.0100%とする。N含有量は0.0020%以上であるのが好ましく、0.0030%以上であるのがより好ましい。また、N含有量は0.0090%以下であるのが好ましく、0.0080%以下であるのがより好ましい。
【0030】
O:0.0035%以下
Oは、不純物であり、酸腐食環境において腐食の起点となる粗大な酸化物を形成する。そのため、O含有量に上限を設けて、0.0035%以下とする。O含有量は0.0030%以下であるのが好ましく、0.0025%以下であるのがさらに好ましい。なお、O含有量は可能な限り低減することが好ましく、つまり含有量が0%でもよいが、極度の低減は製鋼コストの増大を招く。そのため、O含有量は0.0013%以上、0.0020%以上としてもよい。
【0031】
本発明の鋼の化学組成において、上記の元素に加えて、さらに耐食性を向上させるために、Mo、W、Sn、Sb、As、Co、およびBiから選択される1種以上を、以下に示す範囲において含有させてもよい。なお、これらの元素は、鋼材において必ずしも必須ではないことから、含有量の下限値は0%である。各元素の限定理由について説明する。
【0032】
Mo:0.10%以下
Moは、Cu、Crと同時に含有させることにより、酸性環境での耐食性を向上させる元素であるため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Moは高価な元素であるため、過剰な含有は経済性の低下を招く。そのため、Mo含有量は0.10%以下とする。Mo含有量は0.09%以下であるのが好ましく、0.08%以下であるのがより好ましい。なお、上記効果をより確実に得たい場合には、Mo含有量は0.01%以上とするのが好ましく、0.02%以上とするのがより好ましく、0.03%以上とするのがさらに好ましい。
【0033】
W:0.10%以下
Wは、Moと同様にCu、Crと同時に含有させることにより、酸性環境での耐食性を向上させる元素であるため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Wも高価な元素であるため、過剰な含有は経済性の低下を招く。そのため、W含有量は0.10%以下とする。W含有量は0.09%以下であるのが好ましく、0.08%以下であるのがより好ましい。なお、上記効果をより確実に得たい場合には、W含有量は0.01%以上とするのが好ましく、0.02%以上とするのがより好ましく、0.03%以上とするのがさらに好ましい。
【0034】
Sn:0.30%以下
Snは、Cuと同時に含有させると酸腐食環境での耐食性を向上させる元素であるため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Snが過剰に含有された場合、熱間加工性が低下する。そのため、Sn含有量は0.30%以下とする。Sn含有量は0.25%以下であるのが好ましく、0.20%以下であるのがより好ましく、0.15%以下であるのがさらに好ましい。なお、上記の効果をより確実に得たい場合には、Sn含有量は0.01%以上であるのが好ましく、0.02%以上であるのがより好ましく、0.05%以上であるのがさらに好ましい。
【0035】
Sb:0.30%以下
Sbは、Cuと同時に含有させると、硫酸に対する耐食性を向上させる元素であるため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Sbが過剰に含有された場合、熱間加工性が低下し、生産性を損なう。そのため、Sb含有量は0.30%以下とする。Sb含有量は0.25%以下であるのが好ましく、0.20%以下であるのがより好ましく、0.15%以下であるのがさらに好ましい。なお、上記の効果をより確実に得たい場合には、Sb含有量は0.01%以上であるのが好ましく、0.02%以上であるのがより好ましく、0.05%以上であるのがさらに好ましい。
【0036】
As:0.30%以下
Asは、SbおよびSnに比べて顕著な効果はないが、酸腐食環境における耐食性の向上に有効な元素であるため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Asが過剰に含有された場合、熱間加工性が低下する。そのため、As含有量は0.30%以下とする。As含有量は0.20%以下であるのが好ましく、0.10%以下であるのがより好ましい。なお、上記の効果をより確実に得たい場合には、As含有量は0.01%以上であるのが好ましく、0.02%以上であるのがより好ましく、0.05%以上であるのがさらに好ましい。
【0037】
Co:0.30%以下
Coは、SbおよびSnに比べて顕著な効果はないが、酸腐食環境における耐食性を向上させる元素であるため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Coが過剰に含有された場合、経済性が低下する。そのため、Co含有量は0.30%以下とする。Co含有量は0.20%以下であるのが好ましく、0.10%以下であるのがより好ましい。なお、上記の効果をより確実に得たい場合には、Co含有量は0.01%以上であるのが好ましく、0.02%以上であるのがより好ましく、0.05%以上であるのがさらに好ましい。
【0038】
Bi:0.30%以下
Biは、SbおよびSnに比べて顕著な効果はないが、酸性環境における耐食性を向上させる元素であるため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Biが過剰に含有された場合、熱間加工性が低下する。そのため、Bi含有量は0.30%以下とする。Bi含有量は0.20%以下であるのが好ましく、0.10%以下であるのがより好ましい。なお、上記の効果をより確実に得たい場合には、Bi含有量は0.001%以上であるのが好ましく、0.002%以上であるのがより好ましく、0.005%以上であるのがさらに好ましい。
【0039】
本発明の鋼の化学組成において、上記の元素に加えて、機械特性等を向上させるために、さらにNb、V、Ta、およびBから選択される1種以上を、以下に示す範囲において含有させてもよい。なお、これらの元素は、鋼材において必ずしも必須ではないことから、含有量の下限値は0%である。各元素の限定理由について説明する。
【0040】
Nb:0.10%以下
Nbは、Tiと同様に、窒化物を形成し、結晶粒の微細化および強度の向上に寄与する元素であるため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Nbが過剰に含有された場合、窒化物が粗大になり、機械特性が劣化する。そのため、Nb含有量は0.10%以下とする。Nb含有量は0.09%以下であるのが好ましく、0.08%以下であるのがより好ましく、0.07%以下であるのがさらに好ましい。なお、上記の効果をより確実に得たい場合には、Nb含有量は0.005%以上であるのが好ましく、0.010%以上であるのがより好ましく、0.015%以上であるのがさらに好ましい。
【0041】
V:0.10%以下
Vは、Ti、Nbと同様に、窒化物を形成し、結晶粒の微細化および強度の向上に寄与する元素であるため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Vが過剰に含有された場合、窒化物が粗大になり、機械特性が劣化する。そのため、V含有量は0.10%以下とする。V含有量は0.08%以下であるのが好ましく、0.06%以下であるのがより好ましく、0.04%以下であるのがさらに好ましい。なお、上記の効果をより確実に得たい場合には、V含有量は0.005%以上であるのが好ましい。
【0042】
Ta:0.050%以下
Taは、強度の向上に寄与する元素であり、また、メカニズムは必ずしも明らかでないが、耐食性の向上にも寄与するため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Taは高価な元素であり、多量の含有は製鋼コストの増大を招く。そのため、Ta含有量は0.050%以下とする。Ta含有量は0.040%以下であるのが好ましく、0.030%以下であるのがより好ましく、0.020%以下であるのがさらに好ましい。なお、上記の効果をより確実に得たい場合には、Ta含有量は0.001%以上であるのが好ましく、0.005%以上であるのがより好ましい。
【0043】
B:0.010%以下
Bは焼入性を向上させ、強度を高める元素であるため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Bを過剰に含有させても効果が飽和し、母材およびHAZの靭性が低下する場合がある。そのため、B含有量は0.010%以下とする。B含有量は0.008%以下であるのが好ましく、0.006%以下であるのがより好ましく、0.004%以下であるのがさらに好ましい。なお、上記の効果をより確実に得たい場合には、B含有量は0.0003%以上であるのが好ましく、0.0005%以上であるのがより好ましい。
【0044】
本発明の鋼の化学組成において、上記の元素に加えて、脱酸および介在物の制御を目的として、さらに、Ca、Mg、およびREMから選択される1種以上を、以下に示す範囲において含有させてもよい。なお、これらの元素は、鋼材において必ずしも必須ではないことから、含有量の下限値は0%である。各元素の限定理由について説明する。
【0045】
Ca:0.010%以下
Caは、主に硫化物の形態の制御に用いられる元素であり、また、微細な酸化物を形成させるために、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Caが過剰に含有された場合、機械特性が損なわれる場合がある。そのため、Ca含有量は0.010%以下とする。Ca含有量は0.005%以下であるのが好ましい。なお、上記の効果をより確実に得たい場合には、Ca含有量は0.0005%以上であるのが好ましく、0.0010%以上であるのがより好ましく、0.0020%以上であるのがさらに好ましい。
【0046】
Mg:0.010%以下
Mgは、微細な酸化物を形成させるために、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Mgを過剰に添加することは製鋼コストの増大を招く。そのため、Mg含有量は0.010%以下とする。Mg含有量は0.005%以下であるのが好ましく、0.003%以下であるのがより好ましい。なお、上記の効果をより確実に得たい場合には、Mg含有量は0.0001%以上であるのが好ましく、0.0003%以上であるのがより好ましく、0.0005%以上であるのがさらに好ましい。
【0047】
REM:0.010%以下
REM(希土類元素)は、主に脱酸に用いられる元素であり、微細な酸化物を形成させるために、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、REMを過剰に添加することは製鋼コストの増大を招く。そのため、REM含有量は0.010%以下とする。REM含有量は0.005%以下であるのが好ましく、0.003%以下であるのがより好ましい。なお、上記の効果をより確実に得たい場合には、REM含有量は0.0001%以上であるのが好ましく、0.0003%以上であるのがより好ましく、0.0005%以上であるのがさらに好ましい。
【0048】
ここで、REMは、Sc、Yおよびランタノイドの合計17元素の総称であり、REMの含有量は上記元素の合計量を意味する。なお、ランタノイドは、工業的には、ミッシュメタルの形で添加される。
【0049】
本発明の鋼材の化学組成において、残部はFeおよび不純物である。ここで不純物とは、鋼材を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料その他の要因により混入する成分であって、本発明に係る鋼材に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0050】
3.6<(Si+Al+Ca)/Ti<27.0 ・・・(i)
上述のとおり、Tiは酸化物となると、MnTi複合硫化物を形成することが困難となる。しかし、O含有量を極端に低減することは工業的に困難であり、酸化物の形成を抑制することは難しい。そこで、Ti酸化物の生成を抑制するには、Tiの含有量に対して、Tiよりも酸化物となりやすいSi、Al、およびCaの合計含有量を多くすることが有効である。これにより、鋼中のOが消費され、Tiは酸化物を形成せずMnSに含有されるため、MnTi複合硫化物が形成されて耐食性が向上する。一方、Si、Al、およびCaの合計含有量がTi含有量に対して過剰となると、耐食性を向上させる効果が飽和するだけでなく、腐食の起点となる粗大な酸化物を形成するため、かえって耐食性が低下する。したがって、(i)式を満足する必要がある。但し、(i)式中の元素記号は、鋼材中に含まれる各元素の含有量(質量%)を表し、含有されない場合は0を代入するものとする。
【0051】
(i)式中辺値は、4.0以上であるのが好ましく、6.0以上であるのがより好ましい。また、(i)式中辺値は、25.0以下であるのが好ましく、20.0以下であるのがより好ましい。
【0052】
(B)介在物
本発明に係る鋼材は、鋼材中にMnS、およびMnTi複合硫化物を含む。そして、最大長さが2.0μm以上のMnSの個数密度が50.0/mm2未満である。加えて、最大長さが2.0μm以上のMnSの個数密度に対する、最大長さが2.0μm以上のMnTi複合硫化物の個数密度の比が0.10以上である。
【0053】
なお、最大長さが2.0μm未満のMnSは鋼材の耐食性にはほとんど影響を与えないため、本発明においては、最大長さが2.0μm以上の介在物を対象とすることとする。以下の説明では、最大長さが2.0μm以上のMnSを単にMnSと呼び、最大長さが2.0μm以上のMnTi複合硫化物を単にMnTi複合硫化物とも呼ぶ。
【0054】
上述のように、本発明の鋼材において、MnSの形成は避けられない。しかしながら、MnSは腐食の起点となり酸腐食環境での耐食性を劣化させる。そのため、MnSの個数密度を50.0/mm2未満とする。MnSの個数密度は45.0/mm2以下であるのが好ましく、40.0/mm2以下であるのがより好ましい。
【0055】
一方、MnおよびSの含有量の極端な低減は、本発明の鋼材においては、強度および耐食性を向上させる観点から好ましくない。これらを両立するためには、MnSを無害化する必要がある。MnSは、MnTi複合硫化物が形成されると無害化され、腐食の起点となり難くなる。MnTi複合硫化物が形成されることで耐食性が向上する詳細な理由は不明であるが、MnSは硫酸中で容易に溶解し、腐食の起点となる一方、MnTi複合硫化物はMnSよりも溶解度が低いため腐食の起点となり難いと考えられる。
【0056】
以上のことから、本発明においては、MnSの個数密度に対する、MnTi複合硫化物の個数密度の比を0.10以上とする。上記の比は0.12以上であるのが好ましく、0.15以上であるのがより好ましい。
【0057】
MnSの個数密度、およびMnTi複合硫化物の個数密度は、走査電子顕微鏡(SEM)が備えるエネルギー分散型X線分析(EDS)により測定する。測定倍率は1000倍とし、視野内に検出されるMnSおよびMnTi複合硫化物の最大長さを測定する。そして、それぞれ最大長さが2.0μm以上である介在物の個数を数え、視野面積で除することで、個数密度、および個数密度の比を求める。
【0058】
介在物の同定は、EDSにより行い、MnとSとの合計含有量が90質量%以上である介在物をMnSと判断し、さらにTiのピークが検出され、かつ、Tiの含有量が12%以上であり、MnとSとTiとの合計含有量が90質量%以上である介在物をMnTi複合硫化物と判断する。MnSにTiが12%以上含まれ、MnTi複合硫化物となることで、MnSが顕著に無害化される。
【0059】
(C)板厚
本発明に係る鋼材の厚さは、特に規定しないが、0.6~25.0mmであることが好ましく、1.0~20.0mmであることがより好ましい。
【0060】
(D)降伏応力
本発明に係る鋼材の降伏応力は、特に規定しないが、25℃において300MPa以上であることが好ましく、310MPa以上であることがより好ましい。
【0061】
(E)製造方法
本発明の一実施形態に係る鋼材の製造方法について説明する。本実施形態に係る鋼材には、熱間圧延を施し、さらに必要に応じて冷間圧延を施して製造される鋼板、形鋼、鋼管等が含まれる。
【0062】
本実施形態に係る鋼材は、常法で鋼を溶製し、成分の調整後、鋳造して得られた鋼片を熱間圧延し、さらに必要に応じて冷間圧延を施して製造される。熱間圧延前の加熱温度は、1220~1400℃とすることが好ましい。この温度域において、MnTi複合硫化物が形成される。詳しいメカニズムは明らかではないが、この温度域において、TiはTiSとして析出していると考えられる。そして、析出したTiSを核としてMnSが析出することでMnTi複合硫化物が形成されると考えられる。
【0063】
熱間圧延前の加熱温度が1400℃超では、いたずらにエネルギーを消費し、製造コストが上昇する。一方、熱間圧延前の加熱温度を1220℃以上とすることで、核となるTiSを十分に析出させ、その結果MnSの個数密度に対するMnTi複合硫化物の個数密度の比を0.10以上とすることができる。
【0064】
また、上記温度域での保持時間は、60~150分とすることが好ましい。上記温度域での保持時間を60分以上とすることで、TiSおよびMnSを十分に析出させ、MnSの個数密度に対するMnTi複合硫化物の個数密度の比を0.10以上とすることができる。一方、上記温度域での保持時間を150分以下とすることで、MnTi複合硫化物を形成しなかったMnSの粗大化を抑制することができる。
【0065】
熱間圧延後の熱延鋼板に対しては、コイル巻取り等の次工程が加えられる。その際、鋼板は温度低下するが、熱延完了から400℃に達するまでの時間は4時間以上であることが望ましい。この温度域にさらされることでTiSを核としたMnTi複合硫化物の形成が促進される。熱間圧延後、冷間圧延して冷延鋼板としてもよい。さらに冷間圧延後には熱処理を施してもよい。
【0066】
得られた鋼板から鋼管を製造する場合は、鋼板を管状に成形して溶接すればよく、例えば、UO鋼管、電縫鋼管、鍛接鋼管、スパイラル鋼管等にすることができる。
【0067】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明する。なお、以下に示す実施例での条件は、本発明の実施可能性および効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。また本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【実施例】
【0068】
表1に示す化学組成を有する鋼(A~AB)を溶製し、鋼塊に対して表2に示す条件で熱間圧延を行い、厚さが20mmの熱延鋼板を製造した。一部の鋼板については、熱延後に巻き取りを模擬した冷却を行った後、さらに冷間圧延を行い、厚さが13mmの冷延鋼板とした。
【0069】
【0070】
【0071】
得られた各鋼板からSEM観察用の試験片を切り出し、SEMが備えるEDSにより介在物の個数密度の測定を行った。測定倍率は1000倍とし、視野内に検出されるMnSおよびMnTi複合硫化物の最大長さを測定し、それぞれ最大長さが2.0μm以上である介在物の個数を数え、視野面積で除することで、個数密度、および個数密度の比を求めた。
【0072】
さらに、得られた各鋼板を用いて、以下に示す各種の性能評価試験を行った。
【0073】
<耐硫酸性>
各鋼板から板厚1mm、幅25mm、長さ25mmの試験片を板厚中央部から採取し、湿式#400研磨で仕上げ、耐食性評価用の試験片とした。耐食性の評価は、試験片を125℃の75%硫酸水溶液に6時間浸漬する硫酸浸漬試験によって行った。
【0074】
その後、硫酸浸漬試験による試験片の腐食減量から、それぞれ腐食速度を算出した。本実施例においては、硫酸浸漬試験による腐食速度が10.0mg/cm2/h以下である場合に、耐硫酸性に優れると判断した。
【0075】
<降伏応力>
JIS Z 2241:2011に準拠して、厚さ1mmの引張試験片を作製し、引張試験を行い、降伏応力を求めた。降伏応力が300MPa以上のものを、降伏応力に優れると判断した。
【0076】
表3に、介在物の個数密度の測定結果、ならびに耐硫酸浸漬試験および引張試験の評価結果をまとめて示す。
【0077】
【0078】
表3に示すように、本発明の規定をすべて満足する試験No.1~24では、いずれの性能評価試験においても優れた結果となった。これに対して、比較例である試験No.25~33では、耐硫酸性および降伏応力の少なくともいずれかにおいて、悪化する結果となった。
【産業上の利用可能性】
【0079】
本発明の鋼材は、重油、石炭等の化石燃料、液化天然ガスなどのガス燃料、都市ごみなどの一般廃棄物、廃油、プラスチック、排タイヤ等の産業廃棄物および下水汚泥等を燃焼させるボイラーの排煙設備に使用することができる。具体的には、ボイラーの空気予熱器などに好適に使用することができる。