(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-04-08
(45)【発行日】2025-04-16
(54)【発明の名称】鋼板及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20250409BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20250409BHJP
C21D 9/46 20060101ALI20250409BHJP
【FI】
C22C38/00 301U
C22C38/60
C21D9/46 F
C21D9/46 J
C21D9/46 S
C21D9/46 U
C22C38/00 301W
C22C38/00 301T
(21)【出願番号】P 2023510583
(86)(22)【出願日】2022-02-07
(86)【国際出願番号】 JP2022004732
(87)【国際公開番号】W WO2022209305
(87)【国際公開日】2022-10-06
【審査請求日】2023-07-31
(31)【優先権主張番号】P 2021063713
(32)【優先日】2021-04-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【識別番号】100195213
【氏名又は名称】木村 健治
(74)【代理人】
【識別番号】100202441
【氏名又は名称】岩田 純
(72)【発明者】
【氏名】竹田 健悟
(72)【発明者】
【氏名】中野 克哉
【審査官】河口 展明
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-291500(JP,A)
【文献】国際公開第2020/184356(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/163469(WO,A1)
【文献】特開平05-237505(JP,A)
【文献】特開平06-238302(JP,A)
【文献】特開平02-274856(JP,A)
【文献】特開2004-263295(JP,A)
【文献】国際公開第2017/169560(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/169562(WO,A1)
【文献】特開2010-255060(JP,A)
【文献】特開平02-037901(JP,A)
【文献】特開平04-333310(JP,A)
【文献】特開2003-306759(JP,A)
【文献】特開2005-248259(JP,A)
【文献】特開2006-007233(JP,A)
【文献】特開2018-058108(JP,A)
【文献】国際公開第2018/124157(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 9/46
B21B 1/22-1/36
B21B 1/08
C21D 8/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.05~0.15%未満、
Si:0.01~2.00%、
Mn:0.10~4.00%、
P:0.0200%以下、
S:0.0200%以下、
Al:0.001~1.000%、
N:0.0200%以下、
Ti:0~0.500%、
Co:0~0.500%、
Ni:0~0.500%、
Mo:0~0.500%、
Cr:0~2.000%、
O:0~0.0100%、
B:0~0.0100%、
Nb:0~0.500%、
V:0~0.500%、
Cu:0~0.500%、
W:0~0.1000%、
Ta:0~0.1000%、
Sn:0~0.0500%、
Sb:0~0.0500%、
As:0~0.0500%、
Mg:0~0.0500%、
Ca:0~0.0500%、
Y:0~0.0500%、
Zr:0~0.0500%、
La:0~0.0500%、及び
Ce:0~0.0500%、
を含有し、残部がFe及び不純物からなる化学組成を有し、
面積率で、
フェライト、パーライト及びベイナイトの合計:0%以上60.0%以下、並びに
残留オーステナイト:0%以上1.0%以下、
マルテンサイト:0.2%以上、
を含有し、残部
が焼戻しマルテンサイトからなる鋼組織
(ただし、マルテンサイトの面積率が100%である組織を除く)を有し、
板表面において5.0μm超
、20.0μm以下の高低差を有する段差が2.0mm以下の間隔で複数存在する、
鋼板
(熱延鋼板を除く)。
【請求項2】
質量%で、
Ti:0.001~0.500%、
Co:0.001~0.500%、
Ni:0.001~0.500%、
Mo:0.001~0.500%、
Cr:0.001~2.000%
O:0.0001~0.0100%
B:0.0001~0.0100%、
Nb:0.001~0.500%、
V:0.001~0.500%、
Cu:0.001~0.500%、
W:0.0001~0.1000%、
Ta:0.0001~0.1000%、
Sn:0.0001~0.0500%、
Sb:0.0001~0.0500%、
As:0.0001~0.0500%、
Mg:0.0001~0.0500%、
Ca:0.0001~0.0500%、
Y:0.0001~0.0500%、
Zr:0.0001~0.0500%、
La:0.0001~0.0500%、及び
Ce:0.0001~0.0500%、
のうちの1種又は2種以上を含有する前記化学組成を有する、
請求項1に記載の鋼板。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の鋼板の製造方法であって、
請求項1又は2に記載の化学組成を有する鋼スラブに対して熱間圧延を行って熱延板を得ること、
前記熱延板を巻き取ること、
前記熱延板を酸洗すること、及び
前記熱延板に対して冷間圧延を行わずに焼鈍を行うか、又は、冷間圧延を行った後で焼鈍を行うこと、
を含み、
前記熱間圧延が、仕上げ圧延機の最終スタンドから1つ前のスタンドにおいて、圧延ロールと板との間に潤滑剤を供給しながら、30%超70%以下の圧下率で前記板を圧延すること、を含み、
前記熱延板を巻き取る際の温度が700℃以下であり、
前記冷間圧延を行う場合、前記冷間圧延における圧下率が0.1~20%である、
鋼板の製造方法。
【請求項4】
前記焼鈍において、板の表裏面に亜鉛、アルミニウム、マグネシウム又はこれらの合金からなる被膜層を形成させる、
請求項3に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願は鋼板及びその製造方法を開示する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車の燃費改善を実現するために、高強度鋼板の適用による自動車車体の軽量化が進められている。また、搭乗者の安全性確保のためにも、自動車車体には軟鋼板に代えて高強度鋼板が多く使用されるようになってきている。今後、さらに自動車車体の軽量化を進めていくためには、従来以上に高強度鋼板の強度レベルを高めなければならない。
【0003】
また、自動車部品は、自動車の衝突時に変形して、高いエネルギー吸収性を発揮することが求められる。自動車の衝突において自動車部品の変形によって吸収されるエネルギーを高めるためには、自動車部品の圧潰変形中に生じる鋼の破断を防ぐことが望ましい。このため、自動車部品に適用される鋼板は、高強度であるとともに圧潰変形時に優れたエネルギー吸収性を発揮することが求められる。しかしながら、従来技術においては、高強度鋼板の加工性等については検討されているものの(例えば、以下の特許文献1~3)、圧潰変形時のエネルギー吸収性については十分な検討がなされていない。
【0004】
特許文献1では、C:0.3~1.3%、Si:0.03~0.35%、Mn:0.20~1.50%を含有し、残部が実質的にFeおよび不可避的不純物からなる熱延鋼帯を、圧下率20%以上85%以下で冷間圧延を行い、次いで75容量%以上の水素と残部が実質的に窒素および不可避的不純物からなるガス雰囲気のベル型バッチ焼鈍炉を用い、20~100℃/Hrの加熱速度でAc1点~Ac1点+50℃に加熱して8Hr以下均熱保持後、50℃/Hr以下の冷却速度でAr1点以下まで冷却することを繰り返す焼鈍処理を施すことによって、焼付き疵の発生を防止して軟質化され加工性に優れた高炭素冷延鋼帯を安価に製造する方法が開示されている。
【0005】
特許文献2では、鋼板表面を凹凸粗面に成形し、該粗面における凹凸パターンの波長λを500μm以下にすると共に中心線平均粗さRaを1~5μmの範囲にしたことを特徴とする塗装鮮映性に優れた加工用鋼板が開示されている。
【0006】
特許文献3では、所定の化学組成を有し、金属組織が、面積率でポリゴナルフェライトを40.0%以上、60.0%未満、ベイニティックフェライトを30.0%以上、残留オーステナイトを10.0%以上、25.0%以下、マルテンサイトを15.0%以下含有し、前記残留オーステナイトのうち、アスペクト比が2.0以下であり、長軸の長さが1.0μm以下かつ短軸の長さが1.0μm以下である残留オーステナイトの割合が80.0%以上であり、前記ベイニティックフェライトのうち、アスペクト比が1.7以下であり、かつ、結晶方位差が15°以上の粒界に囲まれた領域の結晶方位差の平均値が0.5°以上、3.0°未満であるベイニティックフェライトの割合が80.0%以上であり、前記マルテンサイトと前記ベイニティックフェライトと前記残留オーステナイトとの連結性D値が0.70以下である鋼板が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開平10-204540号公報
【文献】特開平4-253503号公報
【文献】特許第6791838号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本願は、上記実情に鑑み、圧潰変形時のエネルギー吸収性に優れる鋼板及びその製造方法を開示する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決する手法について鋭意研究し、鋼板の表面凹凸を高めて、鋼板表面に変形の起点を導入することで、圧潰変形において優れたエネルギー吸収性を示す鋼板が得られることを明らかにした。あわせて、表面が平滑な鋼板では圧潰時に変形が局在化し、吸収エネルギーが偶発的に下がることも確認した。
【0010】
また、本発明者らは、熱延条件を工夫して熱延板の表面の凹凸を高め、その凹凸を完全に平滑にすることなく、焼鈍工程を経ることを特徴とする一貫製造法により、上記の鋼板を製造できることを見出した。
【0011】
また、本発明者らは、上記のような表面凹凸を有することで圧潰変形中の吸収エネルギーを高めた鋼板は、単に熱延条件や焼鈍条件などを単一にて工夫しても製造困難であり、熱延・焼鈍工程などのいわゆる一貫工程にて最適化を達成することでしか製造できないことも、種々の研究を積み重ねることで知見した。
【0012】
本発明の要旨は、次の通りである。
(1)
質量%で、
C:0.05~0.15%未満、
Si:0.01~2.00%、
Mn:0.10~4.00%、
P:0.0200%以下、
S:0.0200%以下、
Al:0.001~1.000%、
N:0.0200%以下、
Ti:0~0.500%、
Co:0~0.500%、
Ni:0~0.500%、
Mo:0~0.500%、
Cr:0~2.000%、
O:0~0.0100%、
B:0~0.0100%、
Nb:0~0.500%、
V:0~0.500%、
Cu:0~0.500%、
W:0~0.1000%、
Ta:0~0.1000%、
Sn:0~0.0500%、
Sb:0~0.0500%、
As:0~0.0500%、
Mg:0~0.0500%、
Ca:0~0.0500%、
Y:0~0.0500%、
Zr:0~0.0500%、
La:0~0.0500%、及び
Ce:0~0.0500%、
を含有し、残部がFe及び不純物からなる化学組成を有し、
面積率で、
フェライト、パーライト及びベイナイトの合計:0%以上60.0%以下、並びに
残留オーステナイト:0%以上1.0%以下、
を含有し、残部がマルテンサイト及び焼き戻しマルテンサイトからなる鋼組織を有し、
板表面において5.0μm超の高低差を有する段差が2.0mm以下の間隔で複数存在する、
鋼板。
(2)
質量%で、
Ti:0.001~0.500%、
Co:0.001~0.500%、
Ni:0.001~0.500%、
Mo:0.001~0.500%、
Cr:0.001~2.000%
O:0.0001~0.0100%
B:0.0001~0.0100%、
Nb:0.001~0.500%、
V:0.001~0.500%、
Cu:0.001~0.500%、
W:0.0001~0.1000%、
Ta:0.0001~0.1000%、
Sn:0.0001~0.0500%、
Sb:0.0001~0.0500%、
As:0.0001~0.0500%、
Mg:0.0001~0.0500%、
Ca:0.0001~0.0500%、
Y:0.0001~0.0500%、
Zr:0.0001~0.0500%、
La:0.0001~0.0500%、及び
Ce:0.0001~0.0500%、
のうちの1種又は2種以上を含有する前記化学組成を有する、
上記(1)に記載の鋼板。
(3)
鋼板の製造方法であって、
上記(1)又は(2)に記載の化学組成を有する鋼スラブに対して熱間圧延を行って熱延板を得ること、
前記熱延板を巻き取ること、
前記熱延板を酸洗すること、及び
前記熱延板に対して冷間圧延を行わずに焼鈍を行うか、又は、冷間圧延を行った後で焼鈍を行うこと、
を含み、
前記熱間圧延が、仕上げ圧延機の最終スタンドから1つ前のスタンドにおいて、圧延ロールと板との間に潤滑剤を供給しながら、30%超70%以下の圧下率で前記板を圧延すること、を含み、
前記熱延板を巻き取る際の温度が700℃以下であり、
前記冷間圧延を行う場合、前記冷間圧延における圧下率が0.1~20%である、
鋼板の製造方法。
(4)
前記焼鈍において、板の表裏面に亜鉛、アルミニウム、マグネシウム又はこれらの合金からなる被膜層を形成させる、上記(3)に記載の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば圧潰変形時のエネルギー吸収性に優れる鋼板及びその製造方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】鋼板表面の段差の形態を模式的に示している。
【
図2】「最大高さ粗さRz」と本願にいう「段差」との違いを説明するための概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態について説明する。なお、これらの説明は、本発明の実施形態の単なる例示を意図するものであって、本発明は以下の実施形態に限定されない。
【0016】
<鋼板>
本実施形態に係る鋼板は、質量%で、
C:0.05~0.15%未満、
Si:0.01~2.00%、
Mn:0.10~4.00%、
P:0.0200%以下、
S:0.0200%以下、
Al:0.001~1.000%、
N:0.0200%以下、
Ti:0~0.500%、
Co:0~0.500%、
Ni:0~0.500%、
Mo:0~0.500%、
Cr:0~2.000%、
O:0~0.0100%、
B:0~0.0100%、
Nb:0~0.500%、
V:0~0.500%、
Cu:0~0.500%、
W:0~0.1000%、
Ta:0~0.1000%、
Sn:0~0.0500%、
Sb:0~0.0500%、
As:0~0.0500%、
Mg:0~0.0500%、
Ca:0~0.0500%、
Y:0~0.0500%、
Zr:0~0.0500%、
La:0~0.0500%、及び
Ce:0~0.0500%、
を含有し、残部がFe及び不純物からなる化学組成を有し、
面積率で、
フェライト、パーライト及びベイナイトの合計:0%以上60.0%以下、並びに
残留オーステナイト:0%以上1.0%以下、
を含有し、残部がマルテンサイト及び焼き戻しマルテンサイトからなる鋼組織を有し、
板表面において5.0μm超の高低差を有する段差が2.0mm以下の間隔で複数存在することを特徴としている。
【0017】
まず、本実施形態に係る鋼板の化学組成を限定した理由について説明する。ここで成分についての「%」は質量%を意味する。さらに、本明細書において、数値範囲を示す「~」とは、特に断りがない場合、その前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む意味で使用される。
【0018】
(C:0.05~0.15%未満)
Cは、安価に引張強度を増加させる元素であり、連続焼鈍工程においてオーステナイトからフェライト、ベイナイト、パーライトへの変態を抑制し、鋼の強度を制御するために極めて重要な元素である。C含有量が0.05%以上である場合に、このような効果が得られ易い。C含有量は0.07%以上であってもよい。一方、Cを過度に含有すると残留オーステナイトの面積率の増加により、圧潰変形時に少ない変形量において加工誘起変態を生じるようになることから、吸収エネルギーの低下を招く場合がある。C含有量が0.15%未満である場合に、このような問題が回避され易い。C含有量は0.13%以下であってもよい。
【0019】
(Si:0.01~2.00%)
Siは、脱酸剤として作用し、冷延焼鈍中の冷却過程における炭化物の析出を抑制する元素である。Si含有量が0.01%以上である場合に、このような効果が得られ易い。Si含有量は0.10%以上であってもよい。一方、Siを過度に含有すると鋼強度の増加とともに加工性の低下を招き、更に熱延板の表層において粗大な酸化物が分散するようになり、冷延焼鈍後の鋼板の表面において所望の凹凸が得られ難くなるため、圧潰変形時の吸収エネルギーを低下させる場合がある。Si含有量が2.00%以下である場合に、このような問題が回避され易い。Si含有量は1.60%以下であってもよい。
【0020】
(Mn:0.10~4.00%)
Mnは、鋼のフェライト変態に影響を与える因子であり、強度上昇に有効な元素である。Mn含有量が0.10%以上である場合に、このような効果が得られ易い。Mn含有量は0.60%以上であってもよい。一方、Mnを過度に含有すると鋼強度の増加とともに加工性の低下を招き、更に熱延板の表層において粗大な酸化物が分散するようになり、冷延焼鈍後の鋼板の表面において所望の凹凸が得られ難くなるため、圧潰変形時の吸収エネルギーを低下させる場合がある。Mn含有量が4.00%以下である場合に、このような問題が回避され易い。Mn含有量は3.00%以下であってもよい。
【0021】
(P:0.0200%以下)
Pは、溶鋼の凝固過程において未凝固部へのMn濃化を促進する元素であり、負偏析部のMn濃度を下げ、フェライトの面積率の増加を促す元素であり、少ないほど好ましい。また、Pを過度に含有すると鋼強度の増加とともに鋼の脆性的な破壊を招き、圧潰変形時の吸収エネルギーの低下を促す場合がある。P含有量は0%であってもよく、0.0001%以上であってもよく、0.0010%以上であってもよく、また、0.0200%以下であってもよく、0.0180%以下であってもよい。
【0022】
(S:0.0200%以下)
Sは、鋼中でMnS等の非金属介在物を生成し、鋼材部品の延性の低下を招く元素であり、少ないほど好ましい。また、Sを過度に含有すると圧潰変形時に非金属介在物を起点とした割れの発生を招くとともに、冷延焼鈍後の鋼板の表面において所望の凹凸が得られ難くなるため、圧潰変形時の吸収エネルギーを低下させる場合がある。S含有量は0%であってもよく、0.0001%以上であってもよく、0.0005%以上であってもよく、また、0.0200%以下であってもよく、0.0180%以下であってもよい。
【0023】
(Al:0.001~1.000%)
Alは、鋼の脱酸剤として作用しフェライトを安定化する元素であり、必要に応じて添加される。Al含有量が0.001%以上である場合に、このような効果が得られ易い。Al含有量は0.010%以上であってもよい。一方、Alを過度に含有すると焼鈍において冷却過程でのフェライト変態及びベイナイト変態が過度に促進して鋼板の強度が低下する場合がある。また、Alを過度に含有すると、熱間圧延の途中に鋼板表面に粗大かつ大量のAl酸化物が生成して、鋼板表面に所望の凹凸が得られ難くなり、圧潰変形時の吸収エネルギーの低下を招く場合がある。Al含有量が1.000%以下である場合に、このような問題が回避され易い。Al含有量は0.800%以下であってもよい。
【0024】
(N:0.0200%以下)
Nは、鋼板中で粗大な窒化物を形成し、鋼板の加工性を低下させる元素である。また、Nは、溶接時のブローホールの発生原因となる元素である。また、Nを過度に含有するとAlやTiと結合して多量のAlNあるいはTiNを生成させ、これらの窒化物は熱間圧延中の鋼板表面とロールとの接触を抑えるため、冷延焼鈍後の鋼板の表面において所望の凹凸が得られ難くなり、圧潰変形時の吸収エネルギーの低下を招く場合がある。N含有量は0%であってもよく、0.0001%以上であってもよく、0.0010%以上であってもよく、また、0.0200%以下であってもよく、0.0160%以下であってもよい。
【0025】
本実施形態における鋼板の基本化学組成は上記のとおりである。さらに、本実施形態における鋼板は、必要に応じて、以下の任意選択元素のうち少なくとも一種を含んでもよい。これらの元素は含まれなくてもよいため、その下限は0%である。
【0026】
(Ti:0~0.500%以下)
Tiは、強化元素である。析出物強化、結晶粒の成長抑制による細粒強化および再結晶の抑制を通じた転位強化にて、鋼板の強度上昇に寄与する。一方、Tiを過度に含有すると粗大な炭化物の析出が多くなり、これら炭化物が熱間圧延中の鋼板表面とロールとの接触を抑えるため、冷延焼鈍後の鋼板の表面において所望の凹凸が得られ難くなり、圧潰変形時の吸収エネルギーの低下を招く場合がある。Ti含有量は0%であってもよく、0.001%以上であってもよく、0.005%以上であってもよく、また、0.500%以下であってもよく、0.400%以下であってもよい。
【0027】
(Co:0~0.500%以下)
Coは、炭化物の形態制御と強度の増加に有効な元素であり、強度の制御のために必要に応じて添加される。一方、Coを過度に含有すると微細なCo炭化物が多数析出し、これらの炭化物は熱間圧延中の鋼板表面とロールとの接触を抑えるため、冷延焼鈍後の鋼板の表面において所望の凹凸が得られ難くなり、圧潰変形時の吸収エネルギーの低下を招く場合がある。Co含有量は0%であってもよく、0.001%以上であってもよく、また、0.500%以下であってもよく、0.400%以下であってもよい。
【0028】
(Ni:0~0.500%以下)
Niは、強化元素であるとともに焼入れ性の向上に有効である。加えて、鋼板とめっきとの濡れ性の向上や合金化反応の促進をもたらすことから添加しても良い。一方、Niを過度に含有すると熱延時の酸化スケールの剥離性に影響を与え、鋼板表面に傷の発生を促し、冷延焼鈍後の鋼板の表面において所望の凹凸が得られ難くなり、圧潰変形時の吸収エネルギーの低下を招く場合がある。Ni含有量は0%であってもよく、0.001%以上であってもよく、また、0.500%以下であってもよく、0.400%以下であってもよい。
【0029】
(Mo:0~0.500%以下)
Moは、鋼板の強度の向上に有効な元素である。また、Moは、連続焼鈍設備又は連続溶融亜鉛めっき設備での熱処理時に生じるフェライト変態を抑制する効果を有する元素である。一方、Moを過度に含有すると微細なMo炭化物が多数析出し、これらの炭化物は熱間圧延中の鋼板表面とロールとの接触を抑えるため、冷延焼鈍後の鋼板の表面において所望の凹凸が得られ難くなり、圧潰変形時の吸収エネルギーの低下を招く場合がある。Mo含有量は0%であってもよく、0.001%以上であってもよく、また、0.500%以下であってもよく、0.400%以下であってもよい。
【0030】
(Cr:0~2.000%以下)
Crは、Mnと同様にパーライト変態を抑え、鋼の高強度化に有効な元素であり、必要に応じて添加される。一方、Crを過度に含有すると残留オーステナイトの生成を促し、過剰な残留オーステナイトの存在により圧潰変形時の破壊の起点が増え、圧潰変形時の吸収エネルギーの低下を招く場合がある。Cr含有量は0%であってもよく、0.001%以上であってもよく、また、2.000%以下であってもよく、1.500%以下であってもよい。
【0031】
(O:0~0.0100%以下)
Oは、酸化物を形成し、加工性を劣化させることから、含有量を抑える必要がある。特に、酸化物は介在物として存在する場合が多く、粒状の粗大な酸化物が鋼板表面に存在すると、熱間圧延中に鋼板表面の割れと微細な鉄粉の生成を招き、冷延焼鈍後の鋼板の表面において所望の凹凸が得られ難くなり、圧潰変形時の吸収エネルギーの低下を招く場合がある。O含有量は0.0100%以下であってもよく、0.0080%以下であってもよい。尚、O含有量は0%であってよいが、O含有量を0.0001%未満に制御することは精錬時間の増大とともに、製造コストの増加を招く虞がある。製造コストの上昇を防ぐ狙いから、O含有量は0.0001%以上であってもよく、0.0010%以上であってもよい。
【0032】
(B:0~0.0100%以下)
Bは、オーステナイトからの冷却過程においてフェライト及びパーライトの生成を抑え、ベイナイト又はマルテンサイト等の低温変態組織の生成を促す元素である。また、Bは、鋼の高強度化に有益な元素であり、必要に応じて添加される。一方、Bを過度に含有すると鋼中に粗大なB酸化物の生成を招き、B酸化物が熱間圧延中の鋼板表面とロールとの接触を抑えるため、冷延焼鈍後の鋼板の表面において所望の凹凸が得られ難くなり、圧潰変形時の吸収エネルギーの低下を招く場合がある。B含有量は0%であってもよく、0.0001%以上であってもよく、0.0010%以上であってもよく、また、0.0100%以下であってもよく、0.0080%以下であってもよい。
【0033】
(Nb:0~0.500%以下)
Nbは、炭化物の形態制御に有効な元素であり、その添加により組織を微細化するため靭性の向上にも効果的な元素である。一方、Nbを過度に含有すると微細で硬質なNb炭化物が多数析出し、これらの炭化物が熱間圧延中の鋼板表面とロールとの接触を抑えるため、冷延焼鈍後の鋼板の表面において所望の凹凸が得られ難くなり、圧潰変形時の吸収エネルギーの低下を招く場合がある。Nb含有量は0%であってもよく、0.001%以上であってもよく、また、0.500%以下であってもよく、0.400%以下であってもよい。
【0034】
(V:0~0.500%以下)
Vは、強化元素である。析出物強化、フェライト結晶粒の成長抑制による細粒強化および再結晶の抑制を通じた転位強化にて、鋼板の強度上昇に寄与する。一方、Vを過度に含有すると炭窒化物の析出が多くなり、これら炭窒化物が熱間圧延中の鋼板表面とロールとの接触を抑えるため、冷延焼鈍後の鋼板の表面において所望の凹凸が得られ難くなり、圧潰変形時の吸収エネルギーの低下を招く場合がある。V含有量は0%であってもよく、0.001%以上であってもよく、また、0.500%以下であってもよく、0.400%以下であってもよい。
【0035】
(Cu:0~0.500%以下)
Cuは、鋼板の強度の向上に有効な元素である。一方、Cuを過度に含有すると熱間圧延中に鋼材が脆化し、熱間圧延が不可能となる。更に、鋼板表面に濃化したCu層により熱間圧延中の鋼板表面とロールとの接触が抑えられるため、冷延焼鈍後の鋼板の表面において所望の凹凸が得られ難くなり、圧潰変形時の吸収エネルギーの低下を招く場合がある。Cu含有量は0%であってもよく、0.001%以上であってもよく、また、0.500%以下であってもよく、0.400%以下であってもよい。
【0036】
(W:0~0.1000%以下)
Wは、鋼板の強度上昇に有効である上、Wを含有する析出物および晶出物は水素トラップサイトとなる。一方、Wを過度に含有すると粗大な炭化物が生成し、当該炭化物が熱間圧延中の鋼板表面とロールとの接触を抑えるため、冷延焼鈍後の鋼板の表面において所望の凹凸が得られ難くなり、圧潰変形時の吸収エネルギーの低下を招く場合がある。W含有量は0%であってもよく、0.0001%以上であってもよく、0.0010%以上であってもよく、また、0.1000%以下であってもよく、0.0800%以下であってもよい。
【0037】
(Ta:0~0.1000%以下)
Taは、Nb、V、Wと同様に、炭化物の形態制御と強度の増加に有効な元素であり、必要に応じて添加される。一方、Taを過度に含有すると微細なTa炭化物が多数析出し、これら炭化物が熱間圧延中の鋼板表面とロールとの接触を抑えるため、冷延焼鈍後の鋼板の表面において所望の凹凸が得られ難くなり、圧潰変形時の吸収エネルギーの低下を招く場合がある。Ta含有量は0%であってもよく、0.0001%以上であってもよく、0.0010%以上であってもよく、また、0.1000%以下であってもよく、0.0800%以下であってもよい。
【0038】
(Sn:0~0.0500%以下)
Snは、原料としてスクラップを用いた場合に鋼中に含有される元素であり、少ないほど好ましい。Snを過度に含有すると熱間圧延中に鋼板表面の割れと微細な鉄粉の生成を招き、冷延焼鈍後の鋼板の表面において所望の凹凸が得られ難くなり、圧潰変形時の吸収エネルギーの低下を招く場合がある。Sn含有量は0.0500%以下であってもよく、0.0400%以下であってもよい。尚、Sn含有量は0%であってよいが、Sn含有量を0.0001%未満に制御することは精錬時間の増大とともに、製造コストの増加を招く虞がある。製造コストの上昇を防ぐ狙いから、Sn含有量は0.0001%以上であってもよく、0.0010%以上であってもよい。
【0039】
(Sb:0~0.0500%以下)
Sbは、Snと同様に鋼原料としてスクラップを用いた場合に含有される元素である。Sbは、粒界に強く偏析し粒界の脆化及び延性の低下を招くため、少ないほど好ましい。また、Sbを過度に含有すると熱間圧延中に鋼板表面の割れと微細な鉄粉の生成を招き、冷延焼鈍後の鋼板の表面において所望の凹凸が得られ難くなり、圧潰変形時の吸収エネルギーの低下を招く場合がある。Sb含有量は0.0500%以下であってもよく、0.0400%以下であってもよい。尚、Sb含有量は0%であってよいが、Sn含有量を0.0001%未満に制御することは精錬時間の増大とともに、製造コストの増加を招く虞がある。製造コストの上昇を防ぐ狙いから、Sb含有量は0.0001%以上であってもよく、0.0010%以上であってもよい。
【0040】
(As:0~0.0500%以下)
Asは、Sn、Sbと同様に鋼原料としてスクラップを用いた場合に含有され、粒界に強く偏析する元素であり、少ないほど好ましい。また、Asを過度に含有すると熱間圧延中に鋼板表面の割れと微細な鉄粉の生成を招き、冷延焼鈍後の鋼板の表面において所望の凹凸が得られ難くなり、圧潰変形時の吸収エネルギーの低下を招く場合がある。As含有量は0.0500%以下であってもよく、0.0400%以下であってもよい。尚、As含有量は0%であってよいが、As含有量を0.0001%未満に制御することは精錬時間の増大とともに、製造コストの増加を招く虞がある。製造コストの上昇を防ぐ狙いから、As含有量は0.0001%以上であってもよく、0.0010%以上であってもよい。
【0041】
(Mg:0~0.0500%以下)
Mgは、微量添加で硫化物の形態を制御できる元素であり、必要に応じて添加される。一方、Mgを過度に含有すると粗大な介在物を形成し、当該介在物が熱間圧延中の鋼板表面とロールとの接触を抑えるため、冷延焼鈍後の鋼板の表面において所望の凹凸が得られ難くなり、圧潰変形時の吸収エネルギーの低下を招く場合がある。Mg含有量は0%であってもよく、0.0001%以上であってもよく、0.0010%以上であってもよく、また、0.0500%以下であってもよく、0.0400%以下であってもよい。
【0042】
(Ca:0~0.0500%以下)
Caは、脱酸元素として有用であるほか、硫化物の形態制御にも効果を奏する。一方、Caを過度に含有すると熱間圧延中に鋼板表面の割れと微細な鉄粉の生成を招き、冷延焼鈍後の鋼板の表面において所望の凹凸が得られ難くなり、圧潰変形時の吸収エネルギーの低下を招く場合がある。Ca含有量は0%であってもよく、0.0001%以上であってもよく、0.0010%以上であってもよく、また、0.0500%以下であってもよく、0.0400%以下であってもよい。
【0043】
(Y:0~0.0500%以下)
Yは、Mg、Caと同様に微量添加で硫化物の形態を制御できる元素であり、必要に応じて添加される。一方、Yを過度に含有すると粗大なY酸化物が生成し、当該Y酸化物が熱間圧延中の鋼板表面とロールとの接触を抑えるため、冷延焼鈍後の鋼板の表面において所望の凹凸が得られ難くなり、圧潰変形時の吸収エネルギーの低下を招く場合がある。Y含有量は0%であってもよく、0.0001%以上であってもよく、0.0010%以上であってもよく、また、0.0500%以下であってもよく、0.0400%以下であってもよい。
【0044】
(Zr:0~0.0500%以下)
Zrは、Mg、Ca、Yと同様に微量添加で硫化物の形態を制御できる元素であり、必要に応じて添加される。一方、Zrを過度に含有すると粗大なZr酸化物が生成し、当該Zr酸化物が熱間圧延中の鋼板表面とロールとの接触を抑えるため、冷延焼鈍後の鋼板の表面において所望の凹凸が得られ難くなり、圧潰変形時の吸収エネルギーの低下を招く場合がある。Zr含有量は0%であってもよく、0.0001%以上であってもよく、0.0010%以上であってもよく、また、0.0500%以下であってもよく、0.0400%以下であってもよい。
【0045】
(La:0~0.0500%以下)
Laは、微量添加で硫化物の形態制御に有効な元素であり、必要に応じて添加される。一方、Laを過度に含有するとLa酸化物が生成し、当該La酸化物が熱間圧延中の鋼板表面とロールとの接触を抑えるため、冷延焼鈍後の鋼板の表面において所望の凹凸が得られ難くなり、圧潰変形時の吸収エネルギーの低下を招く場合がある。La含有量は0%であってもよく、0.0001%以上であってもよく、0.0010%以上であってもよく、また、0.0500%以下であってもよく、0.0400%以下であってもよい。
【0046】
(Ce:0~0.0500%以下)
Ceは、Laと同様に微量添加で硫化物の形態を制御できる元素であり、必要に応じて添加される。一方、Ceを過度に含有するとCe酸化物が生成し、当該Ce酸化物が熱間圧延中の鋼板表面とロールとの接触を抑えるため、冷延焼鈍後の鋼板の表面において所望の凹凸が得られ難くなり、圧潰変形時の吸収エネルギーの低下を招く場合がある。Ce含有量は0%であってもよく、0.0001%以上であってもよく、0.0010%以上であってもよく、また、0.0500%以下であってもよく、0.0400%以下であってもよい。
【0047】
本実施形態における鋼板では、上記に述べた成分の残部はFe及び不純物である。不純物とは、本実施形態に係る鋼板を工業的に製造する際に、鉱石やスクラップ等のような原料を始めとして、製造工程の種々の要因によって混入する成分等である。
【0048】
続いて、本実施形態に係る鋼板の鋼組織及び特性の特徴を述べる。
【0049】
(フェライト、パーライト及びベイナイトの面積率の合計:0~60.0%)
フェライト、パーライト及びベイナイトの面積率の合計は、鋼板の強度延性バランスの向上に有効な組織であるものの、多量の含有では局部延性の低下を招き、圧潰変形時の吸収エネルギーを低化させる。また、鋼の強度を効率的に高める観点からも、フェライト、パーライト及びベイナイトの面積率は少ないほど好ましい。フェライト、パーライト及びベイナイトの面積率の合計は0%であってもよく、1.0%以上であってもよく、また、60.0%以下であってもよく、55.0%以下であってもよく、50.0%以下であってもよい。尚、生産性はやや低下するものの、一貫製造条件を高精度に制御することで、フェライト、パーライト及びベイナイトの面積率の合計を0%とすることが可能である。
【0050】
(残留オーステナイトの面積率:0~1.0%)
残留オーステナイトの面積率は、鋼板の強度延性バランスの向上に有効な組織である。一方、残留オーステナイトの面積率が大き過ぎると、化学的に不安定なオーステナイトの割合が多くなり、圧潰変形時に少ない変形量において加工誘起変態を生じるようになることから、吸収エネルギーの低下を招く場合がある。残留オーステナイトの面積率は0%であってもよく、0.1%以上であってもよく、また、1.0%以下であってもよく、0.8%以下であってもよい。
【0051】
(残部:マルテンサイト及び焼き戻しマルテンサイト)
マルテンサイト及び焼き戻しマルテンサイトは、鋼板の強度上昇に極めて有効な組織であり、その面積率は高いほど好ましい。例えば、上記の組織以外の残部がマルテンサイト及び焼き戻しマルテンサイトからなっていてもよい。マルテンサイト及び焼き戻しマルテンサイトの面積率の合計は30.0%以上であってもよく、35.0%以上であってもよく、40.0%以上であってもよく、45.0%以上であってもよく、50.0%以上であってもよく、また、100%であってもよく、99.0%以下であってもよい。尚、生産性は低下するものの、一貫製造条件を高精度に制御することで、マルテンサイト及び焼き戻しマルテンサイトの面積率の合計を100%とすることが可能である。
【0052】
(表面凹凸)
鋼板表面において高低差が5.0μmを超える段差の間隔は、圧潰変形を受けたとき、鋼板の曲げ変形の起点として機能する重要な因子である。当該間隔は短いほど好ましい。具体的には、本実施形態に係る鋼板の表面においては、5.0μm超の高低差を有する段差が2.0mm以下の間隔で複数存在することが重要である。当該間隔は、1.8mm以下であってもよく、1.5mm以下であってもよく、1.2mm以下であってもよく、1.0mm以下であってもよく、0.7mm以下であってもよく、0.4mm以下であってもよい。尚、当該間隔が0.01mmを下回ると、鋼板表面が鋸歯状の形態となる場合がある。この点、当該間隔は0.01mm以上であってもよく、0.05mm以上であってもよい。また、本実施形態に係る鋼板においては、高低差が5.0μm超の段差が上記間隔にて鋼板表面に分散して複数存在している必要がある。特に、高低差が7.0μm以上又は10.0μm以上の段差が上記間隔にて鋼板表面に分散して複数存在している場合、当該鋼板は圧潰変形時のエネルギー吸収性に一層優れる。段差の高低差についての上限は、特に限定されるものではなく、例えば、20.0μm以下、15.0μm以下又は10.0μm以下であってもよい。本実施形態に係る鋼板においては、鋼板表面の50面積%以上、60面積%以上、70面積%以上、80面積%以上又は90面積%以上において、5.0μm超の高低差を有する段差が2.0mm以下の間隔で複数存在していてもよい。
【0053】
図1に「5.0μm超の高低差を有する段差」の一例を示す。
図1は鋼板の厚み方向断面を観察した場合の段差の形態を示している。
図1に示されるように、鋼板表面には圧延方向に凹凸が繰り返し形成されていてもよく、各々の凹凸によって特定される段差の高低差が5.0μm超となっており、且つ、当該段差が2.0mm以内の範囲に複数含まれており、すなわち、段差の間隔が2.0mm以下となっている。本発明においては、複数の段差のうち、少なくとも一部の段差に、いわゆる負角部分(アンダーカット部分)が存在していてもよい。また、本発明においては、複数の段差の各々の高さが互いに異なっていてもよく、例えば、各々の高さが、不規則的(ランダム)に異なっていてもよい。また、複数の段差の形状も、互いに異なるものであってもよい。また、複数の段差の間隔も、一定である必要はなく、不規則的(ランダム)に異なるものであってもよい。このような段差形状は、後述する方法によって形成可能である。
【0054】
尚、本願にいう「5.0μm超の高低差を有する段差」は、最大高さ粗さRzや算術平均粗さRaといった一般的な表面粗さとは異なる概念である。例えば、「最大高さ粗さRz」は、
図2(A)に示されるように、表面凹凸のうち、最も凸である部分と最も凹である部分との間の距離(高さの最大差)を意味し、また、「最大高さ粗さRz」からは表面凹凸の分布(間隔)を特定することはできない。また、「算術平均粗さRa」は、あくまでも表面粗さの平均値であって、その最大値は不明であり、また、「算術平均粗さRa」から表面凹凸の分布(間隔)を特定することはできない。これに対し、本願にいう「5.0μm超の高低差を有する段差」は、
図2(B)に示されるように、「一つの段差」の高低差が5.0μmを超えていることを意味し、且つ、当該段差は、2.0mm以下の間隔で複数存在している必要がある。
【0055】
(降伏強度)
鋼を素材として用いる構造体の軽量化及び塑性変形を開始する耐力を向上するためには、鋼素材の降伏強度は高いことが好ましい。一方、降伏強度が高過ぎると、塑性加工後の弾性変形による形状変化、所謂スプリングバックの影響が大きくなり、成形性が低下する場合がある。本実施形態に係る鋼板の降伏強度は、特に限定されるものではないが、500MPa以上であってもよく、550MPa以上であってもよく、また、1100MPa以下であってもよく、1050MPa以下であってもよい。
【0056】
(引張強度)
鋼を素材として用いる構造体の軽量化及び塑性変形における構造体の抵抗力の向上のためには、鋼素材が大きな加工硬化能をもち最大強度を示すことが好ましい。一方、引張強度が大き過ぎると、塑性変形中に低エネルギーで破壊を起こしやすくなり、成形性が低下する場合がある。鋼板の引張強度は、特に限定されるものではないが、900MPa以上であってもよく、980MPa以上であってもよく、また、1470MPa以下であってもよく、1410MPa以下であってもよく、1350MPa以下であってもよく、1310MPa以下であってもよい。
【0057】
(全伸び)
素材である鋼板を冷間で成形して構造体を製造するときに、複雑な形状に仕上げるためには伸びが必要となる。全伸びが低過ぎると、冷間成形において素材が割れる場合がある。一方、全伸びは高いほど好ましいものの、全伸びを過剰に高めようとすると鋼組織中に多量の残留オーステナイトが必要となり、これにより圧潰変形時の吸収エネルギーが低化する場合がある。鋼板の全伸びは、特に限定されるものではないが、5%以上であってもよく、8%以上であってもよく、また、20%以下であってもよく、18%以下であってもよい。
【0058】
(穴拡げ性)
素材である鋼板を冷間で成形して構造体を製造するときに、複雑な形状に仕上げるためには伸びとともに穴拡げ性も必要となる。穴拡げ性が小さ過ぎると、冷間成形において素材が割れる場合がある。一方、穴拡げ性は高いほど好ましいものの、穴拡げ性を過剰に高めようとすると鋼組織中に多量の残留オーステナイトが必要となり、これにより圧潰変形時の吸収エネルギーが低化する場合がある。鋼板の穴拡げ率は、特に限定されるものではないが、20%以上であってもよく、25%以上であってもよく、また、90%以下であってもよく、80%以下であってもよい。
【0059】
(曲げ性)
素材である鋼板を冷間で成形して構造体を製造するときに、複雑な形状に仕上げるためには曲げ性も必要となる。曲げ性は、例えば、ドイツ自動車工業会(Verband der Automobilindustrie:VDA)の規格238-100の規定に準拠する試験から得られる、VDA曲げ角αが指標となる。VDA曲げ角が小さ過ぎると、冷間成形において素材が割れる場合がある。曲げ性は高いほど好ましい。鋼板のVDA曲げ角は、特に限定されるものではないが、45°以上であってもよく、50°以上であってもよい。なお、ここで提示するVDA曲げ角は板厚1.4mmにおける特性値であり、1.4mm未満の板厚では同じ鋼板であっても高い曲げ角度の値が得られる。また、板厚が1.4mmを超える場合は、平面研削により板の片側の面を除去し、板厚を1.4mmに仕上げた後に、研削面を曲げ内側、非研削面を曲げ外側にして曲げ角度を得ることが好ましい。
【0060】
(板厚)
板厚は成形後の鋼部材の剛性に影響を与える因子であり、板厚が大きいほど部材の剛性は高くなる。板厚が小さ過ぎると、剛性の低下を招くとともに、鋼板内部に存在する不可避的な非鉄介在物の影響を受けてプレス成形性が低下する場合がある。一方で、板厚が大き過ぎるとプレス成形荷重が増加し、金型の損耗や生産性の低下を招く。鋼板の板厚は、特に限定されるものではないが、0.2mm以上であってもよく、6.0mm以下であってもよい。尚、本願にいう「鋼板」は、単層鋼板であってもよい。ここで「単層鋼板」とは、いわゆる複層鋼板ではないことを意味し、鋼板の断面を観察した場合に、板厚方向に母材鋼板同士の接合界面が観察されないものをいう。例えば、1つのスラブからなる鋼板である。上記の鋼板の「板厚」とは、単層鋼板としての板厚であってよい。また、単層鋼板は、その表面にめっき層等の表面処理層が形成されていてもよい。すなわち、本願にいう鋼板は単層鋼板と表面処理層とを有するものであってもよい。
【0061】
次に、上記で規定する組織の観察及び測定方法、並びに、上記で規定する特性の測定及び評価方法を述べる。
【0062】
(フェライト、パーライト、ベイナイトの面積率の合計の測定方法)
組織観察は、走査型電子顕微鏡(SEM)で行う。観察に先立ち、組織観察用のサンプルを、エメリー紙による湿式研磨及び1μmの平均粒子サイズをもつダイヤモンド砥粒により研磨し、観察面を鏡面に仕上げた後、3%硝酸アルコール溶液にて組織をエッチングしておく。観察の倍率を3000倍とし、鋼板の表面側からの各厚み1/4位置における30μm×40μmの視野をランダムに10枚撮影する。組織の比率は、ポイントカウント法で求める。得られた組織画像に対して、縦3μmかつ横4μmの間隔で並ぶ格子点を計100点定め、格子点の下に存在する組織を判別し、10枚の平均値から鋼板に含まれる組織比率を求める。フェライトは、塊状の結晶粒であって、内部に、長径100nm以上の鉄系炭化物を含まないものである。ベイナイトは、ラス状の結晶粒の集合であり、内部に長径20nm以上の鉄系炭化物を含まないもの、又は、内部に長径20nm以上の鉄系炭化物を含み、その炭化物が、単一のバリアント、即ち、同一方向に伸張した鉄系炭化物群に属するものである。ここで、同一方向に伸長した鉄系炭化物群とは、鉄系炭化物群の伸長方向の差異が5°以内であるものをいう。ベイナイトは、方位差15°以上の粒界によって囲まれたベイナイトを1個のベイナイト粒として数える。ここで、「方位差15°以上の粒界」については、SEM-EBSDを用いて次の手順で求める。SEM-EBSDによる測定に前もって測定試料の観察面を研磨により鏡面に仕上げ、更に研磨による歪を除去した後、上記のSEMによる観察と同様に鋼板の表面側からの各厚み1/4位置における30μm×40μmの視野を測定範囲に設定して、SEM-EBSDによりB.C.C.鉄の結晶方位データを取得する。EBSDによる測定はSEMに付属しているEBSD検出器を用いて行ない、測定の間隔(STEP)は0.05μmとする。この際に、本発明では結晶方位のデータ取得ソフトとして、株式会社TSLソリューションズ製のソフトウェア「OIMDataCollectionTM(ver.7)」等を用いた。この測定条件で得られたB.C.C.鉄の結晶方位MAPデータにおいて、信頼値(CI値)が0.1未満の領域を除き、結晶方位差が15°以上である境界を結晶粒界として特定する。尚、ベイナイトは、鉄の体心立法構造からなるベイニティックフェライトと鉄系炭化物(Fe3C)との混合組織ともいえる。ベイニティックフェライトは上述のフェライトとは区別される。パーライトは列状に析出したセメンタイトを含む組織であり、2次電子像で明るいコントラストで撮影された領域をパーライトとし、面積率を算出する。
【0063】
(マルテンサイト及び焼き戻しマルテンサイトを区別する方法)
マルテンサイト及び焼戻しマルテンサイトについては、走査型及び透過型電子顕微鏡で観察を行い、内部にFe系炭化物を含むものを焼戻しマルテンサイト、炭化物をほとんど含まないものをマルテンサイトとして同定する。Fe系炭化物については、種々の結晶構造を有するものが報告されているが、いずれのFe系炭化物を含有しても構わない。熱処理条件によっては、複数種のFe系炭化物が存在する場合がある。本願においては、フェライト、パーライト、ベイナイトの合計の面積率A1を上記方法で測定し、残留オーステナイトの面積率A2を後述の方法で測定し、面積率A1とA2との合計値を100%から差し引いた残部が、マルテンサイト及び焼戻しマルテンサイトの合計の面積率であるものとみなす。
【0064】
(残留オーステナイトの面積率の測定方法)
残留オーステナイトの面積分率は、X線測定により以下のようにして決定される。まず、鋼板の表面から当該鋼板の厚さの1/4までの部分を機械研磨および化学研磨により除去し、当該化学研磨した面に対して特性X線としてMoKα線を用いることにより測定を行う。そして、体心立方格子(bcc)相の(200)および(211)、ならびに面心立方格子(fcc)相の(200)、(220)および(311)の回折ピークの積分強度比から、次の式を用いて板厚中心部の残留オーステナイトの面積分率を算出する。
Sγ=(I200f+I220f+I311f)/(I200b+I211b)×100
(Sγは板厚中心部の残留オーステナイトの面積分率であり、I200f、I220fおよびI311fは、それぞれfcc相の(200)、(220)および(311)の回折ピークの強度を示し、I200bおよびI211bは、それぞれbcc相の(200)および(211)の回折ピークの強度を示す。)
【0065】
X線回折に供する試料は、機械研磨などによって鋼板を所定の板厚まで表面より減厚し、次いで、化学研磨や電解研磨などによって歪みを除去すると同時に、板厚が1/8~3/8の範囲で、適当な面が測定面となるように上述の方法に従って試料を調整して測定すればよい。当然のことであるが、上述のX線強度の限定が板厚1/4近傍だけでなく、なるべく多くの厚みについて満たされることで、より一層材質異方性が小さくなる。しかしながら、鋼板の表面から1/8~3/8の測定を行うことで、概ね鋼板全体の材質特性を代表することができる。そこで、板厚の1/8~3/8を測定範囲とする。
【0066】
(表面凹凸(高低差が5.0μm超の段差)の間隔の測定方法)
鋼板表面の凹凸における高低差とその分布間隔の測定は、走査型電子顕微鏡(FE-SEM:FieldEmissionScanningElectronMicroscope)で行う。SEMを用いた観察に先立ち、圧延方向の長さが20mmを超える組織観察用のサンプルを樹脂に埋め込み、圧延方向に平行かつ、板厚方向に垂直な面(TD面:Transversal Direction面)を研磨により鏡面に仕上げる。SEMの観察倍率を1000倍とし、圧延方向が110μm超であり、板厚方向が70μm超である観察範囲内に鋼板と樹脂とを共に収めた視野を、圧延長さ方向20mmにわたって取得し、鋼板表面の凹凸を収めた連続写真を得る。この連続写真にて、圧延方向の長さ20μmの範囲内で鋼板表面の凹凸の高低差が5μmを超える箇所を「鋼板表面において5.0μm超の高低差を有する段差」と定義し、連続写真の撮影範囲である圧延方向の長さ20mmにおける当該段差の頂部と頂部との間の間隔の平均を「鋼板表面において5.0μm超の高低差を有する段差の間隔」とする。尚、本願において、高低差が1.0μm以下の微小な凹凸については、「段差」とはみなさないこととする。
【0067】
尚、鋼板が何らかの部材に成形・加工された後であったとしても、成形・加工後の部材の一部(例えば、平坦部)を取得して、その表面状態を分析することで、当該部材が成形・加工前の鋼板の状態において、高低差が5.0μm超の段差を2.0mm以下の間隔で有していたか否かを判断することができる。
【0068】
(降伏強度、引張強度および全伸びの測定方法)
降伏強度、引張強度および全伸びを測定するための引張試験は、JIS Z 2241に準拠し、試験片の長手方向が鋼帯の圧延直角方向と平行になる向きからJIS5号試験片を採取して行う。
【0069】
(穴拡げ性の測定方法)
穴拡げ性は、直径10mmの円形穴を、クリアランスが12.5%となる条件で打ち抜き、かえりがダイ側となるようにし、60°円錐ポンチにて成形し、穴拡がり率λ(%)で評価する。各条件とも、5回の穴拡げ試験を実施し、その平均値を穴拡がり率とする。
【0070】
<鋼板の製造方法>
本実施形態に係る鋼板の製造方法は上述した成分範囲の材料を用いて、熱間圧延、冷間圧延及び焼鈍の一貫した管理を特徴としている。具体的には、本実施形態に係る鋼板の製造方法は、鋼板に関して上で説明した化学組成と同じ化学組成を有する鋼片(鋼スラブ)を最終仕上げ圧延機の1つ手前の圧延機で所定の圧下率で潤滑剤を用いながら熱間圧延し、巻取り、得られた熱延板を酸洗して、冷間圧延し、次いで焼鈍する工程を含むことを特徴としている。より具体的には、本実施形態に係る鋼板の製造方法は、
上記の化学組成を有する鋼スラブに対して熱間圧延を行って熱延板を得ること、
前記熱延板を巻き取ること、
前記熱延板を酸洗すること、及び、
前記熱延板に対して冷間圧延を行わずに焼鈍を行うか、又は、冷間圧延を行った後で焼鈍を行うこと、を含み、
前記熱間圧延が、仕上げ圧延機の最終スタンドから1つ前のスタンドにおいて、圧延ロールと板との間に潤滑剤を供給しながら、30%超70%以下の圧下率で前記板を圧延すること、を含み、
前記熱延板を巻き取る際の温度が700℃以下であり、
前記冷間圧延を行う場合、前記冷間圧延における圧下率が0.1~20%であることを特徴とする。以下、本実施形態のポイントとなる部分を中心に、各工程について詳しく説明する。
【0071】
(仕上げ圧延機の最終スタンドから1つ前のスタンドにおける圧下率)
仕上げ圧延機の最終スタンドから1つ前のスタンドにおける圧下率は、鋼板の表面状態に影響を与える因子である。ここで、最終スタンドから1つ前のスタンドにおける圧延前の被圧延材(板)の表面に潤滑剤(例えば、潤滑剤を混合した水溶媒)を供給し、当該潤滑剤を板表面上に残した状態で高い面圧をかけて圧延することにより、圧延中に板とロール表面との間に部分的な滑りと接触とを断続的に与えて、板の表面凹凸を高めることができる。圧下率が小さ過ぎると、圧延時に板とロールとの間の面圧が不足し、これにより最終的に得られる鋼板に所望の表面凹凸を形成させることができなくなる。また、圧下率が大き過ぎると、圧延中に板とロールとの間で生じる面圧が過度に高くなり、板とロールとの間で滑りよりも接触の頻度が高まることから、最終的に得られる鋼板に所望の表面凹凸を与えることが難しくなる。以上の観点から、本実施形態においては、熱間圧延における仕上げ圧延機の最終スタンドから1つ前のスタンドにおける圧下率が30%超70%以下であり、好ましくは35%以上、60%以下である。尚、仕上げ圧延機の最終スタンドにおいては、板の形状を矯正するため、大圧下を行うことは困難である。仕上げ圧延機の最終スタンドにおける圧下率は、例えば、20%以下であってもよい。
【0072】
尚、最終スタンドよりも前のスタンドにおいて、潤滑剤を供給しつつ30%以上の圧下率にて圧下を行うことで板表面に段差を形成し、その後、最終スタンドまでの累積の圧下率が軽圧下(例えば、累積20%以下の圧下率)となるように制御することで、仕上げ圧延後の熱延鋼板の表面に所望の段差を形成することも可能ではある。この点、板の表面凹凸を高めるための大圧下は、最終スタンドの一つ前のスタンドよりも上流側のスタンドで行ってもよい。ただし、仕上げ圧延における上流側においては、板温度が高温であり、圧下によって板の表面の形状が変化し易い。すなわち、大圧下後、温度の影響を考慮しつつ累積圧下率を制御する必要がある。この点、仕上げ圧延における下流側、特に、最終スタンドの一つ前のスタンドにて潤滑剤を供給しつつ30%以上の大圧下を行ったうえで、最終スタンドにて軽圧下を行って板形状を調整したほうが、鋼板の表面に所望の段差を形成し易い。
【0073】
上記の潤滑剤としては様々なものが採用され得る。例えば、潤滑剤の成分として、エステル、鉱油、ポリマー、脂肪酸、S系添加材、Ca系添加材が含まれてもよい。潤滑剤の粘度は250mm2/s以下であってよい。潤滑剤は、上記の通り、水と混合されて用いられてもよい。潤滑剤の供給量も特に限定されるものではなく、例えば、鋼板表面に0.1g/m2以上又は1.0g/m2以上、100.0g/m2以下又は50.0g/m2以下の潤滑剤が付着するようにしてもよい。潤滑剤を供給する手段についても特に限定されるものではなく、例えば、板表面に潤滑剤を噴射して供給してもよい。
【0074】
(コイルの巻取り温度)
熱延板を巻取る際の温度(熱延コイルの巻取り温度)は、熱延板における酸化スケールの生成状態を制御し、熱延板の強度に影響を与える因子である。熱間圧延で生じた表面凹凸を維持させるためには、熱延板表面に生成するスケールの厚みが薄い方が良く、このことから巻取り温度は低い方が好ましい。尚、巻取り温度を極端に低下させる場合、特殊な設備が必要となる。また、巻取り温度が高すぎると、上述の通り、熱延板の表面に生成する酸化スケールが著しく厚くなるため、熱間圧延により熱延板の表面に形成された凹凸の凸部が酸化スケールに取り込まれ、続く酸洗でスケールは取り除かれる結果、熱延板の表面に所望の凹凸を形成させることが難しくなる。以上の観点から、熱延板を巻取る際の温度は700℃以下であり、680℃以下であってもよく、また、0℃以上であってもよく、20℃以上であってもよい。
【0075】
(冷間圧延における圧下率)
冷間圧延における圧下率は、熱延板の形状とともに鋼板表面の凹凸を制御するために重要な因子である。冷間圧延を行う場合、圧下率が小さ過ぎると、熱延板の形状不良を矯正できず、鋼帯の湾曲を残すことになるため、続く焼鈍工程での製造性の低下や、角筒状に成形した部品の圧潰変形時の吸収エネルギーの低下を招く場合がある。一方で、冷間圧延における圧下率が大き過ぎると、圧延によって熱延板の表面に形成された凹凸の凸部が冷間圧延によって潰され、続く焼鈍後に所望の表面凹凸を得ることが難しくなる。以上の観点から、冷間圧延を行う場合、当該冷間圧延における圧下率は0.1~20%である。好ましくは0.3%以上、18.0%以下である。
【0076】
一方で、冷間圧延を行わず、熱延板をそのまま焼鈍してもよい。この場合も、最終的に所望の表面凹凸を有する鋼板が得られ易い。
【0077】
以下、圧潰変形時のエネルギー吸収性に優れる鋼板の製造方法の好ましい実施形態について詳しく説明する。下記の記載は、熱間圧延の仕上げ温度、焼鈍における熱処理及びめっき処理等の好ましい実施形態の例示であって、本実施形態に係る鋼板の製造方法を何ら限定するものではない。
【0078】
(熱間圧延の仕上げ圧延温度)
熱間圧延の仕上げ圧延温度は、旧オーステナイト粒径の集合組織の制御に効果を与える因子である。オーステナイトの圧延集合組織が発達し、鋼材特性の異方性の発生を招く観点から、仕上げ圧延温度は650℃以上が好ましく、また、オーステナイトの異常粒成長による集合組織の偏りを抑える狙いから、仕上げ圧延温度は、例えば、940℃以下とすることが望ましい。
【0079】
(焼鈍雰囲気)
易酸化性元素の鋼板表面への拡散を防止し、内部酸化を促進するためには、焼鈍時の加熱帯での酸素ポテンシャルの制御が重要である。具体的には、焼鈍は、0.1~30体積%の水素および露点-40~20℃のH2Oを含み、残部が窒素および不純物である雰囲気で行うことが好ましい。より好ましくは、0.5~20体積%の水素および露点-30~15℃のH2Oを含む雰囲気、さらに好ましくは、1~10体積%の水素および露点-20~10℃のH2Oを含む雰囲気である。
【0080】
(焼鈍温度)
焼鈍時の最高加熱温度が低過ぎる場合、熱延時に形成した炭化物が再固溶するのに時間がかかりすぎてしまい炭化物、あるいは、その一部が残存したり、冷却後にマルテンサイトが十分に得られない場合があることから、鋼板の強度が確保し難い。一方、過度の高温加熱は、コストの上昇を招くだけでなく、高温通板時の板形状が劣悪になったり、ロールの寿命を低下させたりとトラブルを誘発する。以上の観点から、焼鈍時の最高加熱温度(焼鈍保持温度)は、750℃以上であることが好ましく、また、900℃以下であることが好ましい。
【0081】
(焼鈍保持時間)
焼鈍の際は、上記の加熱温度で5秒以上保持することが好ましい。保持時間が少な過ぎると、母材鋼板のオーステナイト変態の進行が不十分となり、強度の低下が顕著となる場合があるためである。また、フェライト組織の再結晶が不十分となり、硬さのばらつきも大きくなる。これらの観点から、保持時間は10秒以上がより好ましい。さらに好ましくは20秒以上である。
【0082】
(焼鈍後の冷却速度)
上記焼鈍後の冷却では、750℃から550℃以下まで平均冷却速度100℃/s以下で冷却することが好ましい。平均冷却速度の下限値は、特に限定されないが、例えば2.5℃/sであってよい。平均冷却速度の下限値を2.5℃/sとする理由は、母材鋼板でフェライト変態が生じ、母材鋼板が軟化することを抑制するためである。平均冷却速度が遅過ぎる場合、強度が低下し易い。より好ましくは5℃/s以上、さらに好ましくは10℃/s以上、さらに好ましくは20℃/s以上である。尚、750℃以上ではフェライト変態が著しく生じにくいため、冷却速度は制限しない。また、550℃以下の温度では、低温変態組織が得られるため、冷却速度を制限しない。冷却速度が速すぎる場合、鋼板表層にも低温変態組織が生じ、硬さのばらつきの原因となる。この点、平均冷却速度は、100℃/s以下であることが好ましく、より好ましくは50℃/s以下であり、さらに好ましくは20℃/s以下である。
【0083】
(焼鈍後の冷却停止温度及び再加熱)
また、上記の冷却の後に、25℃~550℃の温度に更に冷却し、続いて、冷却停止温度がめっき浴温度よりも低い場合には350℃~550℃の温度域に再加熱して滞留させてもよい。上述の温度範囲で冷却を行うと冷却中に未変態のオーステナイトからマルテンサイトが生成する。その後、再加熱を行うことで、マルテンサイトは焼き戻され、硬質相内での炭化物析出や転位の回復・再配列が起こり、耐水素脆性が改善する。冷却停止温度の下限を25℃としたのは、過度の冷却は大幅な設備投資を必要とするばかりでなく、その効果が飽和するためである。
【0084】
(滞留温度)
さらに、再加熱後かつめっき浴浸漬前に、350~550℃の温度域での鋼板を滞留させても良い。この温度域での滞留は、マルテンサイトの焼き戻しに寄与するばかりでなく、板の幅方向の温度ムラをなくし、めっき後の外観を向上させる。なお、冷却停止温度が350℃~550℃であった場合には、再加熱を行わずに滞留を行えばよい。
【0085】
(滞留時間)
滞留を行う時間は、その効果を得るために30秒以上300秒以下とすることが望ましい。
【0086】
(焼戻し)
一連の焼鈍工程において、冷延板または冷延板にめっき処理を施した鋼板を、室温まで冷却した後、あるいは、室温までの冷却する途中(ただしMs以下)において再加熱を開始し、150℃以上、400℃以下の温度域で2秒以上保持しても良い。この工程によれば、再加熱後の冷却中に生成したマルテンサイトを焼戻して、焼戻しマルテンサイトとすることにより、耐水素脆性を改善することができる。焼戻し工程を行う場合、保持温度が低すぎる場合、または、保持時間が短すぎる場合、マルテンサイトが十分に焼き戻されず、ミクロ組織および機械特性の変化が殆どない。一方、保持温度が高すぎると、焼戻しマルテンサイト中の転位密度が低下してしまい、引張強度の低下を招く。そのため、焼戻しを行う場合には、150℃以上、400℃以下の温度域で2秒以上保持することが好ましい。焼戻しは、連続焼鈍設備内で行っても良いし、連続焼鈍後にオフラインで、別設備で実施しても構わない。この際、焼戻し時間は、焼戻し温度により異なる。すなわち、低温ほど長時間となり、高温ほど短時間となる。
【0087】
(めっき)
鋼板に対して、必要に応じて、(亜鉛めっき浴温度-40)℃~(亜鉛めっき浴温度+50)℃に加熱又は冷却して、溶融亜鉛めっきを施してもよい。溶融亜鉛めっき工程によって、鋼板の表面には、溶融亜鉛めっき層が形成される。この場合、冷延鋼板の耐食性が向上するので好ましい。例えば、本実施形態に係る製造方法においては、焼鈍において、板の表裏面に亜鉛、アルミニウム、マグネシウム又はこれらの合金からなる被膜層を形成させてもよい。或いは、焼鈍後の板の表裏面に当該被覆層を形成させてもよい。
【0088】
(めっき浴への侵入後の鋼板温度)
溶融亜鉛めっき層に合金化処理を施す場合は、溶融亜鉛めっき層を形成した鋼板を450~550℃の温度範囲に加熱する。合金化温度が低過ぎると、合金化が十分に進行しないおそれある。一方、合金化温度が高過ぎると、合金化が進行しすぎて、Γ相の生成により、めっき層中のFe濃度が15%を超えることで耐食性が劣化する恐れがある。合金化温度は470℃以上であるのがより好ましく、540℃以下であるのがより好ましい。合金化温度は、鋼板の成分組成および内部酸化層の形成度合いにより変える必要があるので、めっき層中のFe濃度を確認しながら設定すればよい。
【0089】
(めっき浴の組成)
めっき浴の組成は、Znを主体とし、有効Al量(めっき浴中の全Al量から全Fe量を引いた値)が0.050~0.250質量%であることが好ましい。めっき浴中の有効Al量が少な過ぎると、めっき層中へのFeの侵入が過度に進み、めっき密着性が低下するおそれがある。一方、めっき浴中の有効Al量が多過ぎると、鋼板とめっき層との境界に、Fe原子およびZn原子の移動を阻害するAl系酸化物が生成し、めっき密着性が低下するおそれがある。めっき浴中の有効Al量は0.065質量%以上であるのがより好ましく、0.180質量%以下であるのがより好ましい。
【0090】
(めっき浴への浸漬時の鋼板温度)
溶融亜鉛めっき浴に浸漬する際の鋼板の温度は、溶融亜鉛めっき浴温度より40℃低い温度(溶融亜鉛めっき浴温度-40℃)から溶融亜鉛めっき浴温度より50℃高い温度(溶融亜鉛めっき浴温度+50℃)までの温度範囲が好ましい。この温度が溶融亜鉛めっき浴温度-40℃を下回ると、めっき浴浸漬時の抜熱が大きく、溶融亜鉛の一部が凝固してしまいめっき外観を劣化させる場合がある。浸漬前の板温度が溶融亜鉛めっき浴温度-40℃を下回っていた場合、任意の方法でめっき浴浸漬前にさらに加熱を行い、板温度を溶融亜鉛めっき浴温度-40℃以上に制御してからめっき浴に浸漬させても良い。また、めっき浴への浸漬時の鋼板温度が溶融亜鉛めっき浴温度+50℃を超えると、めっき浴温度上昇に伴う操業上の問題を誘発する場合がある。
【0091】
(プレ処理)
めっき密着性をさらに向上させるために、連続溶融亜鉛めっきラインにおける焼鈍前に、母材鋼板に、Ni、Cu、Co、Feの単独あるいは複数から成るめっきを施しても良い。
【0092】
(後処理)
溶融亜鉛めっき鋼板および合金化溶融亜鉛めっき鋼板の表面に、塗装性、溶接性を改善する目的で、上層めっきを施すことや、各種の処理、例えば、クロメート処理、りん酸塩処理、潤滑性向上処理、溶接性向上処理等を施すこともできる。
【0093】
(スキンパス圧延率)
さらに、鋼板形状の矯正や可動転位導入により延性の向上を図ることを目的として、スキンパス圧延を施してもよい。熱処理後のスキンパス圧延の圧下率は、0.1~2.0%の範囲が好ましい。0.1%未満では効果が小さく、制御も困難であることから、これが下限となる。2.0%を超えると生産性が著しく低下するのでこれを上限とする。スキンパスは、インラインで行っても良いし、オフラインで行っても良い。また、一度に目的の圧下率のスキンパスを行っても良いし、数回に分けて行っても構わない。また、焼鈍後の鋼板の強度は熱延板に比べて高くなるため、同じ圧下率で圧延を与えたときの表面凹凸の変化は同一ではないものの、熱延板で形成した凹凸を維持する目的から、冷延率とスキンパス圧延率の合計は20%以下であることが好ましい。
【0094】
上記の製造方法によれば、上記の実施形態に係る鋼板を得ることができる。
【実施例】
【0095】
以下に本発明に係る実施例を示す。本発明はこの一条件例に限定されるものではない。本発明は、その要旨を逸脱せず、その目的を達する限りにおいては、種々の条件を採用可能とするものである。
【0096】
(例1)
種々の化学組成を有する鋼を溶製して鋼片を製造した。これらの鋼片を1220℃に加熱した炉内に挿入し、60分間保持する均一化処理を与えた後に大気中に取出し、熱間圧延して板厚1.8mmの鋼板を得た。熱間圧延において、仕上げ圧延機の最終スタンドから1つ前のスタンドにおける圧下率は35%であり、当該最終スタンドから1つ前のスタンドにおいてロールと板との間に潤滑剤が供給されるものとし、仕上げ圧延の完了温度は910℃であり、550℃まで冷却して巻き取った。続いて、この熱延鋼板の酸化スケールを酸洗により除去し、圧下率12.0%の冷間圧延を施し、板厚を1.4mmに仕上げた。さらに、この冷延鋼板を焼鈍し、具体的には860℃まで昇温し、その温度範囲における保持時間を130秒とした。次に、焼鈍後の冷延鋼板を冷却及び280℃で滞留させ、次いでスキンパス圧延を実施した。得られた各鋼板から採取した試料を分析した化学組成は、表1-1~1-4に示すとおりである。なお、表1-1~1-4に示す成分以外の残部はFe及び不純物である。また、表2-1及び2-2は上記の加工熱処理を与えた鋼板の特性の評価結果である。
【0097】
尚、表2-1及び2-2において、「冷延焼鈍板の組織の面積率」、「引張特性(引張強度、全伸び、穴拡げ性)」及び「板表面において5.0μm超の高低差を有する段差の間隔」の測定方法ついては、上述した通りである。
【0098】
「軸圧潰時の吸収エネルギー」については、ハット型部材(50mm角、300mm長さ、スポット溶接間隔30mmにて部材と同素材の背板を接合)の軸圧潰試験によって評価した。まず、上記のようにして得られた鋼板を曲げ加工して上記の所定の開断面形状を有する成形品を作製した。当該成形品の端部を固定し、当該固定した端部とは反対側に900kgの錘を2mの高さから加速落下させることにより、成形品の衝突端側に軸方向に22km/hの速度で衝突させた。軸圧潰試験時の荷重-変位曲線より、100mm圧潰までの衝撃吸収エネルギーを算出した。吸収エネルギーの評価基準は以下の通りである。OK(△)で示される以上のエネルギー吸収性があれば、自動車用途に好適といえる。
OK(合格):吸収エネルギーが5.5kJ超
OK(△):吸収エネルギーが4.5kJ超5.5kJ以下
NG(不合格):吸収エネルギーが4.5kJ以下
【0099】
【0100】
【0101】
【0102】
【0103】
【0104】
【0105】
表2-1及び2-2に示される結果から以下のことが分かる。
【0106】
AN-1は、鋼中のC含有量が少な過ぎたため、焼鈍時にオーステナイトからフェライト、ベイナイト、パーライトへの変態が促され、焼き戻しマルテンサイト及びマルテンサイトが不足して鋼強度が低下したものと考えられる。その結果、最終的に得られる鋼板の軸圧潰変形時の吸収エネルギーが低下した。
【0107】
AO-1は、鋼中のC含有量が多過ぎたため、残留オーステナイトの面積率が増加し、圧潰変形時に少ない変形量において加工誘起変態を生じるようになったものと考えられる。その結果、最終的に得られる鋼板の軸圧潰変形時の吸収エネルギーが低下した。
【0108】
AP-1は、鋼中のSi含有量が多過ぎたため、鋼強度が増加する一方で加工性の低下を招き、更に熱延板の表層において粗大な酸化物が分散し易くなって、熱間圧延時に所望の凹凸が得られ難くなったものと考えられる。その結果、最終的に得られる鋼板の表面に所望の凹凸を形成することができず、軸圧潰変形時の吸収エネルギーが低下した。
【0109】
AQ-1は、鋼中のMn含有量が多過ぎたため、鋼強度が増加する一方で加工性の低下を招き、更に熱延板の表層において粗大な酸化物が分散し易くなって、熱間圧延時に所望の凹凸が得られ難くなったものと考えられる。その結果、最終的に得られる鋼板の表面に所望の凹凸を形成することができず、軸圧潰変形時の吸収エネルギーが低下した。
【0110】
AR-1は、鋼中のP含有量が多過ぎたため、鋼強度が増加する一方で鋼の脆性的な破壊を招いたものと考えられる。その結果、最終的に得られる鋼板の軸圧潰変形時の吸収エネルギーが低下した。
【0111】
AS-1は、鋼中のS含有量が多過ぎたため、熱間圧延時に非金属介在物を起点とした割れが生じ易くなり、熱間圧延の途中に割れて鋼板から剥離し、微粉化した鉄粉によって熱間圧延時に鋼板表面が研磨されることで、熱間圧延時に所望の凹凸が得られ難くなったものと考えられる。また、圧潰変形時に非金属介在物を起点とした割れが発生し易くなったものと考えられる。その結果、最終的に得られる鋼板の表面に所望の凹凸を形成することができず、軸圧潰変形時の吸収エネルギーが低下した。
【0112】
AT-1は、鋼中のAl含有量が多過ぎたため、焼鈍の冷却過程においてフェライト変態及びベイナイト変態が促進されて鋼強度が低下するとともに、熱間圧延の途中に鋼表面に形成される粗大かつ大量のAl酸化物によって熱間圧延時に鋼板表面が研磨されることで、熱間圧延時に適度な変形が生じ難くなって所望の凹凸が得られ難くなったものと考えられる。その結果、最終的に得られる鋼板の表面に所望の凹凸を形成することができず、軸圧潰変形時の吸収エネルギーが低下した。
【0113】
AU-1は、鋼中のN含有量が多過ぎたため、鋼中に窒化物が過剰に生成し、当該窒化物によって熱間圧延中の板表面とロールとの接触が抑えられたため、熱間圧延時に所望の凹凸が得られ難くなったものと考えられる。その結果、最終的に得られる鋼板の表面に所望の凹凸を形成することができず、軸圧潰変形時の吸収エネルギーが低下した。
【0114】
AV-1は、鋼中のTi含有量が多過ぎたため、鋼中に粗大な炭化物が過剰に生成し、当該炭化物によって熱間圧延中の板表面とロールとの接触が抑えられたため、熱間圧延時に所望の凹凸が得られ難くなったものと考えられる。その結果、最終的に得られる鋼板の表面に所望の凹凸を形成することができず、軸圧潰変形時の吸収エネルギーが低下した。
【0115】
AW-1は、鋼中のCo含有量が多過ぎたため、鋼中にCo炭化物が過剰に生成し、当該Co炭化物によって熱間圧延中の板表面とロールとの接触が抑えられたため、熱間圧延時に所望の凹凸が得られ難くなったものと考えられる。その結果、最終的に得られる鋼板の表面に所望の凹凸を形成することができず、軸圧潰変形時の吸収エネルギーが低下した。
【0116】
AX-1は、鋼中のNi含有量が多過ぎたため、熱間圧延時の酸化スケールの剥離性に影響を及ぼし、板表面において傷の発生が促されたものと考えられる。その結果、最終的に得られる鋼板の表面に所望の凹凸を形成することができず、軸圧潰変形時の吸収エネルギーが低下した。
【0117】
AY-1は、鋼中のMo含有量が多過ぎたため、鋼中にMo炭化物が過剰に生成し、当該Mo炭化物によって熱間圧延中の板表面とロールとの接触が抑えられたため、熱間圧延時に所望の凹凸が得られ難くなったものと考えられる。その結果、最終的に得られる鋼板の表面に所望の凹凸を形成することができず、軸圧潰変形時の吸収エネルギーが低下した。
【0118】
AZ-1は、鋼中のCr含有量が多過ぎたため、残留オーステナイトの生成が促され、過剰な残留オーステナイトの存在により軸圧潰変形時の破壊の起点が増加したものと考えられる。その結果、軸圧潰変形時の吸収エネルギーが低下した。
【0119】
BA-1は、鋼中のO含有量が多過ぎたため、鋼板表面に粒状の粗大な酸化物が生成され、熱間圧延中に鋼板表面の割れと微細な鉄粉の生成を招いて、熱間圧延時に所望の凹凸が得られ難くなったものと考えられる。その結果、最終的に得られる鋼板の表面に所望の凹凸を形成することができず、軸圧潰変形時の吸収エネルギーが低下した。
【0120】
BB-1は、鋼中のB含有量が多過ぎたため、鋼中にB酸化物が生成し、当該B酸化物によって熱間圧延中の板表面とロールとの接触が抑えられたため、熱間圧延時に所望の凹凸が得られ難くなったものと考えられる。その結果、最終的に得られる鋼板の表面に所望の凹凸を形成することができず、軸圧潰変形時の吸収エネルギーが低下した。
【0121】
BC-1は、鋼中のNb含有量が多過ぎたため、鋼中にNb炭化物が多数生成し、当該Nb炭化物によって熱間圧延中の板表面とロールとの接触が抑えられたため、熱間圧延時に所望の凹凸が得られ難くなったものと考えられる。その結果、最終的に得られる鋼板の表面に所望の凹凸を形成することができず、軸圧潰変形時の吸収エネルギーが低下した。
【0122】
BD-1は、鋼中のV含有量が多過ぎたため、鋼中に炭窒化物が多数生成し、当該炭窒化物によって熱間圧延中の板表面とロールとの接触が抑えられたため、熱間圧延時に所望の凹凸が得られ難くなったものと考えられる。その結果、最終的に得られる鋼板の表面に所望の凹凸を形成することができず、軸圧潰変形時の吸収エネルギーが低下した。
【0123】
BE-1は、鋼中のCu含有量が多過ぎたため、板表面にCuが濃化し、濃化したCuによって熱間圧延中の板表面とロールとの接触が抑えられたため、熱間圧延時に所望の凹凸が得られ難くなったものと考えられる。その結果、最終的に得られる鋼板の表面に所望の凹凸を形成することができず、軸圧潰変形時の吸収エネルギーが低下した。
【0124】
BF-1は、鋼中のW含有量が多過ぎたため、鋼中に炭化物が生成し、当該炭化物によって熱間圧延中の板表面とロールとの接触が抑えられたため、熱間圧延時に所望の凹凸が得られ難くなったものと考えられる。その結果、最終的に得られる鋼板の表面に所望の凹凸を形成することができず、軸圧潰変形時の吸収エネルギーが低下した。
【0125】
BG-1は、鋼中のTa含有量が多過ぎたため、鋼中に炭化物が生成し、当該炭化物によって熱間圧延中の板表面とロールとの接触が抑えられたため、熱間圧延時に所望の凹凸が得られ難くなったものと考えられる。その結果、最終的に得られる鋼板の表面に所望の凹凸を形成することができず、軸圧潰変形時の吸収エネルギーが低下した。
【0126】
BH-1は、鋼中のSn含有量が多過ぎたため、熱間圧延中に鋼板表面の割れと微細な鉄粉の生成を招いて、熱間圧延時に所望の凹凸が得られ難くなったものと考えられる。その結果、最終的に得られる鋼板の表面に所望の凹凸を形成することができず、軸圧潰変形時の吸収エネルギーが低下した。
【0127】
BI-1は、鋼中のSb含有量が多過ぎたため、熱間圧延中に鋼板表面の割れと微細な鉄粉の生成を招いて、熱間圧延時に所望の凹凸が得られ難くなったものと考えられる。その結果、最終的に得られる鋼板の表面に所望の凹凸を形成することができず、軸圧潰変形時の吸収エネルギーが低下した。
【0128】
BJ-1は、鋼中のAs含有量が多過ぎたため、熱間圧延中に鋼板表面の割れと微細な鉄粉の生成を招いて、熱間圧延時に所望の凹凸が得られ難くなったものと考えられる。その結果、最終的に得られる鋼板の表面に所望の凹凸を形成することができず、軸圧潰変形時の吸収エネルギーが低下した。
【0129】
BK-1は、鋼中のMg含有量が多過ぎたため、鋼中に粗大な介在物が形成され、当該介在物によって熱間圧延中の板表面とロールとの接触が抑えられたため、熱間圧延時に所望の凹凸が得られ難くなったものと考えられる。その結果、最終的に得られる鋼板の表面に所望の凹凸を形成することができず、軸圧潰変形時の吸収エネルギーが低下した。
【0130】
BL-1は、鋼中のCa含有量が多過ぎたため、熱間圧延中に鋼板表面の割れと微細な鉄粉の生成を招いて、熱間圧延時に所望の凹凸が得られ難くなったものと考えられる。その結果、最終的に得られる鋼板の表面に所望の凹凸を形成することができず、軸圧潰変形時の吸収エネルギーが低下した。
【0131】
BM-1は、鋼中のY含有量が多過ぎたため、鋼中にY酸化物が生成し、当該Y酸化物によって熱間圧延中の板表面とロールとの接触が抑えられたため、熱間圧延時に所望の凹凸が得られ難くなったものと考えられる。その結果、最終的に得られる鋼板の表面に所望の凹凸を形成することができず、軸圧潰変形時の吸収エネルギーが低下した。
【0132】
BN-1は、鋼中のZr含有量が多過ぎたため、鋼中にZr酸化物が生成し、当該Zr酸化物によって熱間圧延中の板表面とロールとの接触が抑えられたため、熱間圧延時に所望の凹凸が得られ難くなったものと考えられる。その結果、最終的に得られる鋼板の表面に所望の凹凸を形成することができず、軸圧潰変形時の吸収エネルギーが低下した。
【0133】
BO-1は、鋼中のLa含有量が多過ぎたため、鋼中にLa酸化物が生成し、当該La酸化物によって熱間圧延中の板表面とロールとの接触が抑えられたため、熱間圧延時に所望の凹凸が得られ難くなったものと考えられる。その結果、最終的に得られる鋼板の表面に所望の凹凸を形成することができず、軸圧潰変形時の吸収エネルギーが低下した。
【0134】
BP-1は、鋼中のCe含有量が多過ぎたため、鋼中にCe酸化物が生成し、当該Ce酸化物によって熱間圧延中の板表面とロールとの接触が抑えられたため、熱間圧延時に所望の凹凸が得られ難くなったものと考えられる。その結果、最終的に得られる鋼板の表面に所望の凹凸を形成することができず、軸圧潰変形時の吸収エネルギーが低下した。
【0135】
各元素の含有量が所定の範囲内であるA-1~AM-1については、最終的に得られる鋼板において所望の組織が得られ、且つ、鋼板表面に所望の凹凸が形成された結果、軸圧潰変形時のエネルギー吸収性に優れるものであった。
【0136】
(例2)
さらに、製造条件の影響を調べるために、例1において優れた特性が認められた鋼種A~AMを対象として、表3に記載する製造条件の加工熱処理を与えて、板厚1.4mmの冷延鋼板を作製し、冷延焼鈍後の鋼板の特性を評価した。ここで、めっきを施した鋼板は溶融亜鉛めっき浴中に鋼板を浸漬した後に表3-1~3-4に示す温度で保持しており、鋼板の表面に鉄と亜鉛の合金めっき層を与えた合金化溶融亜鉛めっき鋼板を作製した。また、冷延板焼鈍においてそれぞれの滞留温度で保持した後の鋼板を室温まで冷却するまでの間に、一旦150℃まで冷却した鋼板を再加熱して2秒以上保持する焼戻し処理を与えた。得られた結果を表3-1~3-4に示す。なお、特性の評価方法は例1の場合と同様である。
【0137】
【0138】
【0139】
【0140】
【0141】
表3-1~3-4に示される結果から以下のことが分かる。
【0142】
A-2及びAI-2は、冷間圧延における圧下率が大き過ぎたため、熱間圧延によって板の表面に形成された凹凸の凸部が冷間圧延によって潰されたものと考えられる。その結果、最終的に得られる鋼板の表面に所望の凹凸を形成することができず、軸圧潰変形時の吸収エネルギーが低下した。
【0143】
G-2は、熱間圧延において、仕上げ圧延機の最終スタンドから1つ前のスタンドにおいて潤滑剤を供給しなかったため、板とロールとの間で滑りが生じ難くなったものと考えられる。その結果、最終的に得られる鋼板の表面に所望の凹凸を形成することができず、軸圧潰変形時の吸収エネルギーが低下した。
【0144】
S-2及びAB-3は、熱間圧延において、仕上げ圧延機の最終スタンドから1つ前のスタンドにおける圧下率が大き過ぎたため、圧延中に板とロールとの間で生じる面圧が過度に高くなり、板とロールとの間で滑りよりも接触の頻度が高まったものと考えられる。その結果、最終的に得られる鋼板の表面に所望の凹凸を形成することができず、軸圧潰変形時の吸収エネルギーが低下した。
【0145】
AH-2及びO-3は、熱延板を巻取る際の温度が高すぎたため、熱延板の表面に生成する酸化スケールが著しく厚くなり、熱間圧延により熱延板の表面に形成された凹凸の凸部が酸化スケールに取り込まれ、続く酸洗でスケールが取り除かれたことで、凸部が失われたものと考えられる。その結果、最終的に得られる鋼板の表面に所望の凹凸を形成することができず、軸圧潰変形時の吸収エネルギーが低下した。
【0146】
N-3及びT-3は、熱間圧延において、仕上げ圧延機の最終スタンドから1つ前のスタンドにおける圧下率が小さ過ぎたため、熱間圧延時に板とロールとの間の面圧が不足して凹凸が形成され難かったものと考えられる。その結果、最終的に得られる鋼板の表面に所望の凹凸を形成することができず、軸圧潰変形時の吸収エネルギーが低下した。
【0147】
以上の例1及び例2の結果から、以下の要件(I)~(III)を満たす鋼板は、軸圧潰変形時のエネルギー吸収性に優れることが分かった。
(I)質量%で、C:0.05~0.15%、Si:0.01~2.00%、Mn:0.10~4.00%、P:0.0200%以下、S:0.0200%以下、Al:0.001~1.000%、N:0.0200%以下、Ti:0~0.500%、Co:0~0.500%、Ni:0~0.500%、Mo:0~0.500%、Cr:0~2.000%、O:0~0.0100%、B:0~0.0100%、Nb:0~0.500%、V:0~0.500%、Cu:0~0.500%、W:0~0.1000%、Ta:0~0.1000%、Sn:0~0.0500%、Sb:0~0.0500%、As:0~0.0500%、Mg:0~0.0500%、Ca:0~0.0500%、Y:0~0.0500%、Zr:0~0.0500%、La:0~0.0500%、及び、Ce:0~0.0500%、を含有し、残部がFe及び不純物からなる化学組成を有すること。
(II)面積率で、フェライト、パーライト及びベイナイトの合計:0%以上60.0%以下、並びに、残留オーステナイト:0%以上1.0%以下、を含有し、残部がマルテンサイト及び焼き戻しマルテンサイトからなる鋼組織を有すること。
(III)板表面において5.0μm超の高低差を有する段差が2.0mm以下の間隔で複数存在すること。
【0148】
また、上記要件(I)~(III)を満たす鋼板は、熱延条件を工夫して熱延板の表面の凹凸を高め、その凹凸を完全に平滑にすることなく、焼鈍工程を経ることを特徴とする一貫製造法により製造できることが分かった。具体的には、以下の製造方法によって当該鋼板を製造することができるといえる。
上記(I)の化学組成を有する鋼スラブに対して熱間圧延を行って熱延板を得ること、
前記熱延板を巻き取ること、
前記熱延板を酸洗すること、及び
前記熱延板に対して冷間圧延を行わずに焼鈍を行うか、又は、冷間圧延を行った後で焼鈍を行うこと、
を含み、
前記熱間圧延が、仕上げ圧延機の最終スタンドから1つ前のスタンドにおいて、圧延ロールと板との間に潤滑剤を供給しながら、30%超70%以下の圧下率で前記板を圧延すること、を含み、
前記熱延板を巻き取る際の温度が700℃以下であり、
前記冷間圧延を行う場合、前記冷間圧延における圧下率が0.1~20%である、
鋼板の製造方法。