(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-04-08
(45)【発行日】2025-04-16
(54)【発明の名称】板状アルミナ粉末及びその製造方法、並びに塗料又は化粧品
(51)【国際特許分類】
C01F 7/442 20220101AFI20250409BHJP
A61K 8/26 20060101ALI20250409BHJP
A61Q 1/02 20060101ALI20250409BHJP
C09C 1/40 20060101ALI20250409BHJP
C09D 7/61 20180101ALI20250409BHJP
C09D 201/00 20060101ALI20250409BHJP
【FI】
C01F7/442
A61K8/26
A61Q1/02
C09C1/40
C09D7/61
C09D201/00
(21)【出願番号】P 2024185920
(22)【出願日】2024-10-22
【審査請求日】2024-11-06
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000004743
【氏名又は名称】日本軽金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100126000
【氏名又は名称】岩池 満
(74)【代理人】
【識別番号】100131705
【氏名又は名称】新山 雄一
(74)【代理人】
【識別番号】100182925
【氏名又は名称】北村 明弘
(72)【発明者】
【氏名】林 大智
(72)【発明者】
【氏名】吉岡 真良
(72)【発明者】
【氏名】望月 千歳
(72)【発明者】
【氏名】井田 猛男
【審査官】森坂 英昭
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2023/210493(WO,A1)
【文献】国際公開第2024/135505(WO,A1)
【文献】特表2022-551131(JP,A)
【文献】特開2021-059531(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01F 7/00 - 7/788
A61K 8/26
A61Q 1/02
C09C 1/40
C09D 7/61
C09D 201/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の板状αアルミナ粒子で構成され、
SEM観察により求められる平均粒子径が2μm以上100μm以下であり、且つ
SEM観察により求められる平均厚みが0.2μm以上3.0μm以下である板状アルミナ粉末であって、
前記板状αアルミナ粒子は多結晶体であり、
前記板状αアルミナ粒子の板面において、前記板状αアルミナ粒子の周囲長(L1)に対する粒界の合計長さ(L2)の比(L2/L1)の平均値が0.30以上2.00以下である、板状アルミナ粉末。
【請求項2】
前記L2/L1の平均値が0.50以上1.50以下である、請求項1に記載の板状アルミナ粉末。
【請求項3】
前記平均粒子径が5μm以上50μm以下であり、且つ前記平均厚みが0.3μm以上1.0μm以下である、請求項1又は2に記載の板状アルミナ粉末。
【請求項4】
請求項1又は2に記載の板状アルミナ粉末の製造方法であって、
水酸化アルミニウム粉末と添加剤を含む原料混合物を調製する工程、及び
前記原料混合物を1000℃以上1300℃以下の範囲内の温度で20時間未満の時間にて保持して焼成する工程、を備え、
前記原料混合物は、アルカリ金属(AM)をAM
2O換算で0.01質量%以上0.5質量%以下、ケイ素(Si)をSiO
2換算で0.1質量%以上0.3質量%以下、及びフッ素(F)をF換算で0.1質量%以上5.0質量%以下の量で含み、
前記原料混合物を焼成する工程での昇温速度は50℃/時間以上150℃/時間以下である、方法。
【請求項5】
前記添加剤が、アルカリケイフッ化物(AM
2SiF
6)、またはフッ化アルミニウム(AlF
3)及び酸化ケイ素(SiO
2)を含む、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記添加剤が、アルカリ金属(AM)の酸化物(AM
2O)及び炭酸塩(AM
2CO
3)の一方又は両方をさらに含む、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記アルカリ金属(AM)がナトリウム(Na)及びカリウム(K)の一方又は両方である、請求項4に記載の方法。
【請求項8】
請求項1又は2に記載の板状アルミナ粉末を含む、塗料又は化粧品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、板状アルミナ粉末及びその製造方法、並びに塗料又は化粧品に関する。
【背景技術】
【0002】
アルミナ(Al2O3)は、化学的に安定であり、耐熱性、耐食性、耐摩耗性、及び絶縁性に優れ、さらに強度及び硬度が高い。この特徴を活かしてアルミナ粉末は、構造部材、工具、研磨剤、フィラー、スパークブラグ、碍子、電子基板、及び耐火物などの種々の用途で広く用いられている。
【0003】
特に、板状アルミナ粉末は、その粒子表面での光反射率が高く、輝度が高い。そのため、この特徴を活かして塗料や化粧品に加えられる顔料として利用されている。なお、板状アルミナ粉末は、複数の板状アルミナ粒子から構成される粉末であり、鱗片状アルミナ粉末、薄片状アルミナ粉末、扁平状アルミナ粉末、又はアルミナフレークとも呼ばれる。
【0004】
板状アルミナ粉末の顔料としての利用を開示する文献として、特許文献1には、500nm以上の厚さ、15~30μmのD50値および30~45μmのD90値を有するAl2O3フレークが開示され、当該Al2O3フレークは高い化学的安定性、滑らかな表面、及び高い白色度を同時に有すること、顔料基材として使用されることが記載されている(特許文献1の請求項1、[0010]及び[0015])。また特許文献1にはAl2O3フレークはTiO2等の高屈折率層やSiO2等の低屈折率層でコーティングされること、これにより増加した艶、干渉色、又はカラーフロップ効果が付与されることが記載されている(特許文献1の[0040]~[0046])。
【0005】
特許文献2には、アルミナフレークを光輝性顔料として含有する光輝性顔料含有塗料組成物が開示され、自動車上塗り塗料として好適に用いうること、仕上がり外観などを低下させることなく、今までにない強い光輝感と新規な意匠性の高い複合塗膜を形成することが記載されている(特許文献2の請求項1、[0001]及び[0108])。また特許文献2には、アルミナフレークは酸化アルミニウム(Al2O3)を二酸化チタン等の金属酸化物で被覆されたもので、粒度10~30μm、厚み0.3~0.4μmのものであることが記載されている(特許文献2の[0007])。
【0006】
特許文献3には、主成分として酸化アルミニウム及び酸化亜鉛を100:0.1~5質量比で含有し、金属または金属前駆体粒子がコーティングされた薄片状アルミナ結晶体を含有する真珠光沢顔料が開示されている(特許文献3の請求項1)。また特許文献3には、結晶体は、平均粒子厚さが0.5μm以下、平均粒径が15μm以上、アスペクト比が50以上であるため、光沢性に優れることが記載されている(特許文献3の[0001])。
【0007】
特許文献4には、板状ベーマイトを400℃~1500℃で焼成することにより、α、β、γ-アルミナ単独の結晶構造、又は2種類以上の結晶構造を持つことを特徴とする板状アルミナ系粉体の製造方法が開示されている(特許文献4の請求項2)。また特許文献4には、板状ベーマイト又は板状アルミナ粉体をポリシロキサンなどの疎水性を示す化合物で表面被覆し、この被覆粉体を化粧品に配合することにより、使用感の良い化粧品を得ることができることが記載されている(特許文献4の[0013])。
【0008】
特許文献5には、六角板状ベーマイトを450~1500℃の温度で焼成することにより得られ、略六角の板状をなし、長径と短径の比が1~1.3であるとともに、アスペクト比が40~100であることを特徴とする六角板状アルミナが開示され、配向性が高く乱反射が小さくなり、より光輝性が増すこと、塗料や化粧品の光輝性を目的とするフィラーにも好適に使用できることが記載されている(特許文献5の請求項4及び[0045])。
【0009】
特許文献6には、厚みが0.01~5μm、平均粒子径が0.1~500μm、厚みに対する粒子径の比率であるアスペクト比が2~500、多角板状であり、粒子内にモリブデンを含むことを特徴とする板状アルミナ粒子が開示されている(特許文献6の請求項1)。また特許文献6には、当該板状アルミナ粒子を熱伝導性フィラー、化粧品、研磨剤、高光輝性顔料、滑剤、導電性粉体の基体、セラミックス材料などに好適に使用できることが記載されている(特許文献6の[0101])。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特開2014-218424号公報
【文献】特開平10-298458号公報
【文献】特表2010-502774号公報
【文献】特開2012-071996号公報
【文献】特開2003-002642号公報
【文献】特開2019-123664号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
このように、板状アルミナ粉末の光輝感改善に向けた検討が従来から進められているものの、従来の板状アルミナ粉末には改良の余地があった。すなわち、板状アルミナ粉末の高い反射率を活かすためには、粉末の粒子径を大きくすることが有効である。
【0012】
しかしながら、粒子径が大きくなり過ぎると、点在感のある輝き(ギラギラ感)が強くなってしまう。ここで、点在感のある輝きとは、輝度が強い部分(輝点)が粉末中に局所的に存在する状態を指す。例えば、板状アルミナ粉末を構成する粒子からの輝度が粒子の向き(粒子と観察方向との間の角度)によって大きく異なる場合に、特定の部位からの輝度が大きくなる。このような点在感のある輝き(ギラギラ感)は、用途によって望ましくない場合がある。特に化粧品用途では点在感のある輝きをもつ顔料は避けられる傾向にある。
【0013】
本発明者らはこのような問題点に鑑みて鋭意検討を行った。その結果、特定の平均粒子径及び平均厚みを有するとともに、特定の多結晶状態を有する板状アルミナ粉末は、従来の板状アルミナ粉末に比べて、粒子径が同等でも点在感のある輝き(ギラギラ感)が抑えられるとの知見を得た。
【0014】
本発明は、このような知見に基づき完成されたものであり、従来の板状アルミナ粉末に比べて、粒子径が同等でも点在感のある輝き(ギラギラ感)を抑えた板状アルミナ粉末及びその製造方法の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は、下記(1)~(8)の態様を包含する。なお、本明細書において、「~」なる表現は、その両端の数値を含む。すなわち、「X~Y」は「X以上Y以下」と同義である。
【0016】
(1)複数の板状αアルミナ粒子で構成され、平均粒子径が2μm以上100μm以下であり、且つ平均厚みが0.2μm以上3.0μm以下である板状アルミナ粉末であって、
前記板状αアルミナ粒子は多結晶体であり、
前記板状αアルミナ粒子の板面において、前記板状αアルミナ粒子の周囲長(L1)に対する粒界の合計長さ(L2)の比(L2/L1)の平均値が0.30以上2.00以下である、板状アルミナ粉末。
【0017】
(2)前記L2/L1の平均値が0.50以上1.50以下である、上記(1)の板状アルミナ粉末。
【0018】
(3)前記平均粒子径が5μm以上50μm以下であり、且つ前記平均厚みが0.3μm以上1.0μm以下である、上記(1)又は(2)の板状アルミナ粉末。
【0019】
(4)上記(1)~(3)のいずれかの板状アルミナ粉末の製造方法であって、
水酸化アルミニウム粉末と添加剤を含む原料混合物を調製する工程、及び
前記原料混合物を1000℃以上1300℃以下の範囲内の温度で20時間未満の時間にて保持して焼成する工程、を備え、
前記原料混合物は、アルカリ金属(AM)をAM2O換算で0.01質量%以上0.5質量%以下、ケイ素(Si)をSiO2換算で0.1質量%以上0.3質量%以下、及びフッ素(F)をF換算で0.1質量%以上5.0質量%以下の量で含み、
前記原料混合物を焼成する工程での昇温速度は50℃/時間以上150℃/時間以下である、方法。
【0020】
(5)前記添加剤が、アルカリケイフッ化物(AM2SiF6)、またはフッ化アルミニウム(AlF3)及び酸化ケイ素(SiO2)を含む、上記(4)の方法。
【0021】
(6)前記添加剤が、アルカリ金属(AM)の酸化物(AM2O)及び炭酸塩(AM2CO3)の一方又は両方をさらに含む、上記(5)の方法。
【0022】
(7)前記アルカリ金属(AM)がナトリウム(Na)及びカリウム(K)の一方又は両方である、上記(4)~(6)のいずれかの方法。
【0023】
(8)上記(1)~(3)のいずれかの板状アルミナ粉末を含む、塗料又は化粧品。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、従来の板状アルミナ粉末に比べて、粒子径が同等でも点在感のある輝き(ギラギラ感)を抑えた板状アルミナ粉末及びその製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】板状アルミナ粉末による光輝感発現機構を示す。
【
図2】多結晶体を通過する光の散乱を模式的に示す。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明の具体的な実施形態(以下、「本実施形態」という。)について以下に説明する。ただし、本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を変更しない範囲において種々の変更が可能である。また、本明細書において、技術的な整合を図ることができる限り、好適な態様の任意の組み合わせを採用することができる。例えば、好適な数値範囲の一方と他方を任意に組み合わせることができる。
【0027】
<<1.板状アルミナ粉末>>
本実施形態の板状アルミナ粉末(以下、単に「アルミナ粉末」と呼ぶ場合がある。)は、複数の板状αアルミナ(Al2O3)粒子(以下、単に「アルミナ粒子」、「板状粒子」、「粒子」と呼ぶ場合がある。)で構成される。すなわち、板状αアルミナ粒子を主成分として含む。ここで、板状αアルミナ粒子は、αアルミナ(コランダム)からなる粒子である。αアルミナは三方晶系のコランダム結晶を備え、化学的安定性、耐熱性、耐食性、耐摩耗性、絶縁性に優れ、強度及び硬度が高い。さらに光反射率が高く、輝度及び白色度が高い。本実施形態のアルミナ粉末は、板状αアルミナ粒子を主成分として含むが故に、このような特徴を十分に活かすことが可能である。
【0028】
なお、本明細書において、粉末とは、独立する多数の粒子の集合体を意味する。すなわち多数の粒子が集合して粉末を構成する。粉末を構成する粒子のそれぞれが独立しているため、粉末は、それ単味の状態では全体として流動性を示す。粉末を構成する粒子は、その大部分が独立していればよい。全体として流動性を示す限り、一部の粒子が結合して凝集体を形成していてもよい。また、液体や樹脂などの媒体中に分散している多数の粒子の集合体も粉末と呼ぶ。
【0029】
本実施形態の板状アルミナ粉末は、これを構成するアルミナ粒子の形状が板状(鱗片状、薄片状、扁平状、フレーク状)である。すなわち、各粒子は、その板面が大きく且つ板厚が小さい。具体的には、板状アルミナ粉末の平均粒子径は2μm以上100μm以下、且つ平均厚みは0.2μm以上3.0μm以下である。ここで、平均粒子径及び平均厚みは、アルミナ粉末を構成する各粒子の粒子径及び厚みの個数基準の平均値である。また、粒子径とは、粒子の長径である。すなわち、粒子板面の長軸径を粒径とする。また、厚みは板面の板厚である。粒子径、及び厚みは、アルミナ粉末を構成する粒子を走査電子顕微鏡(SEM)で観察して求めることができる。すなわち、平均粒子径及び平均厚みはSEM観察により求められる値である。また、通常は、平均粒子径は平均厚みより大きい。
【0030】
このように、板面が大きく且つ板厚が小さい粒子で構成することで、アルミナ粉末の光輝感を高めることができる。この点について
図1を用いて説明する。
図1に示されるように、板面が大きく且つ板厚が小さい粒子を含む粉末は、塗布などの手法でこれを基体上に成形した場合に、面積の大きい粒子板面が基体表面と平行に揃うように配向しやすい。そして粒子径が大きいほど、基体表面に平行に揃う粒子板面の表面積が大きくなる。また外部から入射した光は、粒子板面で反射して反射光として外部へ放射される。そのため粒子径が大きいほど、入射光が粒子板面で反射しやすくなり、その結果、視認での光輝感が高くなる。
【0031】
平均粒子径が2μm未満又は平均厚みが3.0μm超であると、粉末の光輝感が不十分になる恐れがある。一方で、平均粒子径が100μm超又は平均厚みが0.2μm未満の粉末は、これを製造するのが困難である。また強度が小さく、ハンドリングが困難となる。板状アルミナ粉末の平均粒子径は5μm以上50μm以下、且つ平均厚みは0.3μm以上1.0μm以下が好ましい。
【0032】
好適には、アルミナ粉末の平均アスペクト比は、20以上50以下が好ましい。ここで、平均アスペクト比は、平均厚みに対する平均粒子径の比(平均粒子径/平均厚み)である。平均アスペクト比を20以上とすることで、粉末の光輝感をより一層高めることが可能になる。また、平均アスペクト比を50以下とすることで、アルミナ粉末の強度が高まるとともに、ハンドリングが容易になる。
【0033】
なお、アルミナ粉末は、これを構成する全ての粒子が板状αアルミナ粒子である必要はない。アルミナ粉末が全体として、上述する平均粒子径及び平均厚みの要件を満足する限り、板状αアルミナ粒子以外の粒子を含んでもよい。しかしながら、板状αアルミナ粒子に基づく優れた効果を活かすため、板状αアルミナ粒子の含有割合は高い方が好ましい。板状αアルミナ粒子の含有割合は80質量%以上が好ましく、90質量%以上がより好ましく、95質量%以上がさらに好ましい。
【0034】
本実施形態のアルミナ粉末は、これを構成する板状αアルミナ粒子が多結晶体である。つまり、各粒子は、1個の単結晶からなるのではなく、複数の結晶子(又は結晶粒)から構成されている。各粒子において、隣接する結晶子は粒界を介して接している。また、板状αアルミナ粒子の板面において、板状αアルミナ粒子の周囲長(L1)に対する粒界の合計長さ(L2)の比(L2/L1)の平均値が0.30以上2.00以下である。このように、アルミナ粒子を多結晶体で構成するとともに、その周囲長と粒界長さとの比(L2 /L1)を所定範囲内に限定することで、点在感のある輝き(ギラギラ感)を抑えることができる。
【0035】
この点を、多結晶体を通過する光の散乱を模式的に示す
図2を用いて説明する。アルミナ粒子の結晶形態が多結晶体である場合、多結晶に含まれる各結晶子の内部では結晶構造が揃っており、屈折率が一様である。そのため、結晶子を通過する光は散乱されることなく、直進する。一方で粒界では結晶構造が乱れており、場合によっては非晶質となっている。そのため、粒界では屈折率が変化している。そのため、粒界で光は直進せず四方へと散乱される。その結果、反射光が弱められ、ギラギラ感を抑えることができる。これに対して、アルミナ粒子が単結晶体である場合には、散乱光が抑えられて反射光が強められるため、ギラギラ感が過度に強くなる。
【0036】
点在感のある輝き(ギラギラ感)は、各粒子中での粒界部の占める部分の割合を調整することで制御できる。粒界部の占める部分の割合は、粒子の周囲長(L1)に対する粒界の合計長さ(L2)の比(L2/L1)で見積もることができる。ここで、
図3に示すように、粒子の周囲長(L1)は、板状粒子の板面の周囲長である。また、粒界の合計長さ(L2)は、板状粒子の板面に露出している粒界長さの合計値である。なお、
図3は、板状粒子の板面を模式的にしている。
図3ではL1を実線で示しており、L2を破線で示している。また、L2/L1は、各粒子の周囲長(L1)と粒界合計長さ(L2)の比であり、L2/L1の平均値とは、複数個の粒子における比(L2/L1)の平均値である。
【0037】
L2/L1の平均値が0.30以上2.00以下であれば、粒界部の占める割合が適切になり、高い光輝感と抑えられたギラギラ感の両立を図ることが可能になる。これに対して、L2/L1の平均値が0.30未満であると、粒界部の占める割合が不足するため、光散乱によるギラギラ感低減の効果が不十分になる。一方でL2/L1の平均値が2.00超であると、粒界部の占める割合が過度に大きくなるため、散乱光が増えて反射光が弱まり、光輝感が失われるという問題がある。高い光輝感と抑えられたギラギラ感のより一層の両立を図る観点から、L2/L1の平均値は0.40以上1.80以下が好ましく、0.50以上1.50以下がより好ましい。
【0038】
なお、板状αアルミナ粒子が多結晶体であるか否かは、この粒子をSEMで観察して調べることができる。また、L2/L1の平均値も板状アルミナ粉末をSEMで観察して求めることができる。具体的には、SEMで粒子の表面または断面を観察すると、結晶の粒界が観察されるため、板状αアルミナ粒子が多結晶体であることが確認できる。L1およびL2の比によって、粒子の外周に対する粒子表面の結晶粒界長の比を求め、多結晶度として評価することができる。
【0039】
本実施形態の板状アルミナ粉末は、配向した状態で求めた粉末X線回折(XRD)パターンにおいて、αアルミナに基づく回折ピークの強度比が所定の範囲内にあることが好ましい。具体的には、αアルミナの(006)面に基づく回折ピークの強度IAと、αアルミナの(113)面に基づく回折ピークの強度IBとの比(IA/IB)が、好ましくは0.3以上10以下である。αアルミナの(104)面に基づく回折ピークの強度ICと、αアルミナの(113)面に基づく回折ピークの強度IBとの比(IC/IB)が、好ましくは4.0以上10以下である。また、αアルミナの(116)面に基づく回折ピークの強度IDと、αアルミナの(113)面に基づく回折ピークの強度IBとの比(ID/IB)が、好ましくは3.0以上7.5以下である。αアルミナの(018)面に基づく回折ピークの強度IEと、αアルミナの(113)面に基づく回折ピークの強度IBとの比(IE/IB)が、好ましくは1.0以上7.5以下である。αアルミナの(1010)面に基づく回折ピークの強度IFと、αアルミナの(113)面に基づく回折ピークの強度IBとの比(IF/IB)が、好ましくは5.0以上20.0以下である。
【0040】
αアルミナの(006)面は、αアルミナ結晶のc軸に垂直な結晶面(c面)に対応する。また、αアルミナの(104)面、(116)面、(018)面、及び(1010)面は、いずれもc面との間の角度が小さい結晶面、つまりc面に類似した結晶面である。本実施形態の板状アルミナ粉末は、板面が大きく且つ板厚が小さい板状αアルミナ粒子で構成される。そのため、粉末XRDパターンを得るために板状アルミナ粉末を測定用ホルダーに充填すると、板状αアルミナ粒子の板面が測定面に揃う様にこの粒子が配向する。したがって、板状アルミナ粉末のXRDパターンにおいて、c面(板面)やそれに類似する面である(006)面、(104)面、(116)面、(018面)、及び/又は(1010)面に基づく回折ピーク強度(IA、IC、ID、IE及びIF)が強く観測される。
【0041】
なお、配向した状態でのXRDパターンは、次のようにして求めることができる。試料をガラス製サンプル板に載せ、サンプル面が平らになるように押し付けた後、XRD測定装置にて測定する。試料が板形状粒子であるため、粉末試料を充填する時に、試料板の面に対して特定の結晶軸に揃いやすく、選択配向効果が起こる。測定用サンプルを調製する際に板状アルミナ粉末の粉砕を行うと、粉末の形状が変化するため、選択配向効果が損なわれる恐れがある。そのため、粒径調整することなく測定を行う。また、本明細書において、ピーク強度とは、ピーク面積(積分強度)を意味する。また、X線源としてCuKαを用いた場合、αアルミナの(006)面に基づく回折ピークは、2θ=41.7±0.5°に現れる。同様に、(113)面に基づく回折ピークは、2θ=43.3±0.5°に現れる。(104)面に基づく回折ピークは、2θ=35.1±0.5°に現れる。(116)面に基づく回折ピークは、2θ=57.5±0.5°に現れる。(018)面に基づく回折ピークは、2θ=61.3±0.5°に現れる。(1010)面に基づく回折ピークは、2θ=76.9±0.5°に現れる。
【0042】
本実施形態のアルミナ粉末は、好適にはアルカリ金属(AM)をAM2O換算で0.01質量%以上0.5質量%以下の量で含み、且つケイ素(Si)をSiO2換算で0.01質量%以上0.3質量%以下の量で含む。アルカリ金属(AM)の含有量は、AM2O換算で0.01質量%以上0.3質量%以下がより好ましい。ケイ素(Si)の含有量は、SiO2換算で0.01質量%以上0.2質量%以下がより好ましい。また好適にはアルカリ金属(AM)は、ナトリウム(Na)及びカリウム(K)の一方又は両方である。これらの成分を含ませることで、アルミナ粉末の光輝感をより一層高めることが可能になる。特に好適には、ナトリウム(Na)をNa2O換算で0.01質量%以上0.5質量%以下の量で含む。これによりアルミナ粉末のギラギラ感をより一層効果的に抑制することが可能になる。
【0043】
本実施形態のアルミナ粉末は、少なくともアルミニウム(Al)、アルカリ金属(AM)、ケイ素(Si)、及び酸素(O)を含むことが好ましい。しかしながら、上述した要件を満足する限り、他の成分(Al、AM、Si、O以外の元素)を含んでもよい。また製造工程時に不可避的に混入する不純物の存在は許容される。このような他の成分として、フッ素(F)が挙げられる。フッ素(F)は、アルミナ粉末製造時に加えられる添加剤に由来する成分である。すなわち、後述するように、アルミナ粉末製造時に加えられる添加剤はフッ素(F)を含む。焼成工程でフッ素はその大部分が揮発するが、一部が残存することがある。アルミナ粉末中のフッ素量は典型的には0.5質量%以下、0.3質量%以下、または0.1質量%以下である。
【0044】
他の成分(Al、AM、Si、O以外の元素)が多量に含まれていると、アルミナ粉末の光輝感が損なわれる場合がある。したがって、他の成分の含有量は、10質量%以下が好ましく、5質量%以下がより好ましく、1質量%以下がさらに好ましく、0.5質量%以下が特に好ましく、0.1質量%以下が最も好ましい。特に鉄(Fe)はアルミナ粉末を着色する作用があるから、その含有量を抑えることが好ましい。好ましくは、鉄(Fe)の含有量は、酸化鉄(Fe2O3)換算で0.05質量%以下である。
【0045】
本実施形態のアルミナ粉末の比表面積(SBET)は0.1m2/g以上5.0m2/g以下が好ましく、0.3m2/g以上2.0m2/g以下がさらに好ましい。比表面積が過度に大きいと、アルミナ粉末の粒子径が小さくなるため、光輝感が低下する恐れがある。一方で比表面積の小さいアルミナ粉末は、その製造が困難である。
【0046】
本実施形態のアルミナ粉末は、αアルミナを主成分とするが故に化学的安定性が高い。また平均粒子径が大きく、分散性に優れるという特徴がある。このような特徴を有するアルミナ粉末は塗料や化粧品の分野に好適に使用される。しかしながら、本実施形態のアルミナ粉末は、塗料及び化粧品に用いられるものに限定される訳ではない。プラスチックや樹脂フィルムに混入させる補強材やガスバリア材、あるいは構造部材、工具、研磨剤、フィラー、スパークブラグ、碍子、電子基板、及び耐火物などの公知の用途に適用可能である。
【0047】
<<2.板状アルミナ粉末の製造方法>>
本実施形態の板状アルミナ粉末は、上述した要件を満足する限り、その製造方法は限定されない。しかしながら、好適には以下の手順で製造される。好適な製造方法は、水酸化アルミニウム粉末と添加剤を含む原料混合物を調製する工程(原料混合工程)、及びこの原料混合物を1000℃以上1300℃以下の範囲内の温度で20時間未満の時間にて保持して焼成する工程(焼成工程)、を備える。原料混合物は、アルカリ金属(AM)をAM2O換算で0.01質量%以上0.5質量%以下、ケイ素(Si)をSiO2換算で0.1質量%以上0.3質量%以下、及びフッ素(F)をF換算で0.1質量%以上5.0質量%以下の量で含む。原料混合物を焼成する工程での昇温速度は50℃/時間以上150℃/時間以下である。また必要に応じて、焼成工程後に後処理工程を設けてもよい。
【0048】
本実施形態の製造方法は、水酸化アルミニウム粉末を原料に用いるとともに原料混合物の組成及び焼成条件を特定範囲内に制御する点に特に特徴があり、この特徴により、所望のサイズ及び多結晶状態を有し、その結果、高い光輝感を維持しつつも点在感のある輝き(ギラギラ感)が抑えられたアルミナ粉末を得ることが可能となる。各工程について以下に詳細に説明する。
【0049】
<原料混合工程>
原料混合工程では、水酸化アルミニウム粉末と添加剤を含む原料混合物を調整する。水酸化アルミニウムは化学式Al(OH)3で表される化合物であり、加熱することで脱水してα型酸化アルミニウム(αアルミナ)に変化する。水酸化アルミニウムとして、ギブサイト(γ型水酸化アルミニウム)とバイヤーライト(α型水酸化アルミニウム)の2種類が知られている。本実施形態においては、ギブサイト及びバイヤーライトのいずれを使用してもよい。しかしながら、熱力学的に安定なギブサイトからなる粉末が好ましい。
【0050】
本実施形態のアルミナ粉末を得ることができる限り、原料たる水酸化アルミニウム粉末のサイズは、特に限定されない。しかしながら好適には、体積平均粒径(D50)は0.5μm以上15μm以下である。あるいは比表面積(SBET)が0.5m2/g以上20m2/g以下である。なお、D50はレーザー回折・散乱式粒度分布測定装置で求めた体積基準での粒度分布における累積50%径である。また、SBETはN2ガス吸着法で測定して得られた値である。
【0051】
添加剤は、後続する焼成工程で液相となって鉱化剤として働く成分である。添加剤は、少なくともケイ素(Si)及びフッ素(F)を含み、さらに必要に応じてアルカリ金属(AM)を含んでもよい。後述するように、液相成分の組成が適切に制御されていると、アルミナ粒子の結晶化及び粒成長が適切に進行し、その結果、所望のサイズ及び多結晶状態を有するアルミナ粉末を得ることが可能になる。
【0052】
したがって、所望のアルミナ粉末を得る上で、添加剤を含む原料混合物の組成を適切に制御することが重要である。具体的には、原料混合物が、アルカリ金属(AM)をAM2O換算で0.01質量%以上0.5質量%以下、ケイ素(Si)をSiO2換算で0.1質量%以上0.3質量%以下、及びフッ素(F)をF換算で0.1質量%以上5.0質量%以下の量で含むように、添加剤の組成を調整する。原料混合物の組成が上述した範囲内であると、所望のサイズ及び多結晶状態を有し、その結果、高い光輝感を維持しつつもギラギラ感が抑えられたアルミナ粉末を得ることができる。これに対して、原料混合物組成が不適切であると、粒子サイズや結晶状態に悪影響を及ぼす恐れがある。
【0053】
原料混合物のアルカリ金属(AM)量は、AM2O換算で0.01質量%以上0.5質量%以下がより好ましい。またアルカリ金属は、好適にはナトリウム(Na)及びカリウム(K)の一方又は両方であり、特に好適にはナトリウム(Na)である。原料混合物のケイ素(Si)量は、SiO2換算で0.10質量%以上0.20質量%以下がより好ましい。原料混合物のフッ素(F)量は、F換算で0.1質量%以上1.0質量%以下がより好ましい。原料混合物の組成を上述した範囲内に限定することで、アルミナ粉末の多結晶状態をより好ましい範囲に制御できる。
【0054】
添加剤は、少なくともケイ素(Si)及びフッ素(F)を含む。また添加剤はアルカリ金属(AM)を含んでもよく、あるいは含まなくてもよい。原料たる水酸化アルミニウム粉末は不純物としてアルカリ金属(AM)を含む場合がある。水酸化アルミニウム粉末中のアルカリ金属量が十分である場合には、添加剤がアルカリ金属を含まなくてもよい。一方で、水酸化アルミニウム粉末中のアルカリ金属量が不十分である場合には、アルカリ金属を添加剤として加えることが好ましい。さらに添加剤はアルミニウム(Al)を含んでもよい。添加剤がアルミニウムを含む場合、このアルミニウムは、焼成工程でアルミナ粉末に取り込まれる。
【0055】
所望のサイズ及び多結晶状態を有するアルミナ粉末が得られる限り、添加剤は、アルカリ金属(AM)、ケイ素(Si)、フッ素(F)、アルミニウム(Al)及び酸素(O)以外の他の成分を含んでもよい。しかしながら他の成分量が過度に多いと、粒子サイズや多結晶状態に悪影響を及ぼす恐れがある。他の成分の含有量は20質量%以下が好ましく、10質量%以下がより好ましく、5質量%以下がさらに好ましく、1質量%以下が特に好ましい。添加剤は、アルカリ金属(AM)、ケイ素(Si)、フッ素(F)、アルミニウム(Al)及び酸素(O)以外の他の成分を、不純物量を超えて含まなくてもよい。
【0056】
好適な一態様によれば、添加剤は、フッ化アルミニウム(AlF3)及び酸化ケイ素(SiO2)を含む。また水酸化アルミニウム粉末中のアルカリ金属量が不十分である場合には、添加剤が、アルカリ金属(AM)の酸化物(AM2O)及び炭酸塩(AM2CO3)の一方又は両方をさらに含むことが好ましい。さらに好適な別の一態様によれば、添加剤は、アルカリケイフッ化物(AM2SiF6)を含む。これらの化合物(AlF3、SiO2、AM2O、AM2CO3、AM2SiF6)を添加剤として適量用いることで、所望のサイズ及び多結晶状態を有するアルミナ粉末を確実に作製することが可能となる。またこれらの化合物は安価であり、入手が容易である。そのため、より安価に板状アルミナ粉末を得ることができる。
【0057】
原料混合物の調製は、水酸化アルミニウム粉末と添加剤を混合して行えばよい。混合は公知の手法で行えばよい。乾式で行ってもよく、あるいは湿式で行ってもよい。乾式混合は、例えば、エアーブレンダー、V型ブレンダー、ロッキングブレンダー、ヘンシェルミキサー、ナウターミキサー等の乾式混合機を用いて行えばよい。湿式混合する場合には、水酸化アルミニウム粉末及び添加剤に水などの溶媒を加えてスラリー化し、得られたスラリーを、ボールミル、アトライタ―、ビーズミルなどの湿式混合機を用いて混合すればよい。
【0058】
<焼成工程>
焼成工程では、得られた原料混合物を1000℃以上1300℃以下の範囲内の温度で20時間未満の時間にて保持して焼成する。これにより焼成物が得られる。焼成時に水酸化アルミニウム(Al(OH)3)は脱水してαアルミナ(Al2O3)に転移する。また、原料混合物中のアルカリ金属(AM)、ケイ素(Si)及びフッ素(F)は酸化物状態の液相となり、αアルミナの結晶化を促す鉱化剤として働く。すなわちAl(OH)3からαアルミナへ転移の際に結晶構造が変化する。鉱化剤を加えることで、αアルミナ(コランダム)の結晶化が促されるので、転移の低温化が可能となる。
【0059】
焼成時に液相となった鉱化剤成分(AM、Si、F)は、アルミナ粒子表面を覆うとともに、一部が粒子内部に侵入する。この液相成分は粒子の拡散及び成長を促進する働きがある。すなわち、アルミナ粒子の表面からアルミニウム原子(Al)の一部が液相中に溶解し、溶解したアルミニウムが粒子表面の別の場所に析出する。これによりアルミナ粒子の成長が起きる。このとき液相成分の組成に応じて、アルミナ粒子の成長方向に差異が生じるとともに、成長速度が変化する。したがって、液相成分の組成が適切に調整されていると、アルミニウム粒子板面の成長が制御され、その結果、板状性が高く且つ所望の多結晶状態を有する粒子が得られる。また液相成分はアルミナ粒子の板面平滑化の効果もある。アルミナ粒子表面に凹凸があると、この凹凸部が優先的に液相中に拡散するため凹凸部が消滅する。したがって液相成分の組成が適切に制御されていると、所望のサイズ及び多結晶状態を有するとともに表面平滑なアルミナ粉末を得ることが可能になる。
【0060】
焼成温度が1000℃未満であると、αアルミナへの転移及び粒成長が不十分になる恐れがある。そのため分散性に優れたアルミナ粉末を得ることが困難になる恐れがある。一方で焼成温度が1300℃超であると、粒子同士が焼結し、強固な焼結塊を形成することがある。また焼成のためのエネルギー消費が過大となり、製造コスト増大につながる恐れがある。焼成温度は1000℃以上1200℃以下が好ましく、1100℃以上1200℃以下がより好ましい。また焼成時間は10時間以上20時間未満が好適である。これにより、粒子の過度な焼結を防ぎながらも、αアルミナへの転移及び粒成長を確実に確保することができる。所望のアルミナ粉末が得られる限り、焼成炉は限定されない。しかしながら、焼成時に添加剤の作用を効果的に発揮させる観点から、密閉型焼成容器を用いて焼成できる定置炉が好ましい。
【0061】
本実施形態の製造方法では、焼成工程での昇温速度を50℃/時間以上150℃/時間以下とする。アルミナ粉末の多結晶状態を制御する上で、液相成分の組成や焼成温度とともに、焼成時の昇温速度も重要である。昇温速度が大きい(速い)ほど、粒界長さが大きくなる。そのため、アルミナ粉末の周囲長(L1)に対する粒界の合計長さ(L2)の比(L2/L1)が大きくなる。これに対して、昇温速度が小さい(遅い)ほど、比(L2/L1)が小さくなる。液相成分の組成及び焼成温度を所定の範囲に調整するとともに、昇温速度を所定の範囲に調整することで、比(L2/L1)が所望の範囲内に制御され、その結果、点在感のある輝き(ギラギラ感)が抑えられたアルミナ粉末を得ることが可能になる。なお、前述した昇温速度は、少なくとも25℃(室温)以上1000℃以下の温度領域での昇温速度である。
【0062】
<後処理>
必要に応じて、焼成工程を経て得られた焼成物に、脱ソーダ処理、解砕処理、及び/又は分級処理などの後処理を施してもよい。脱ソーダ処理では、焼成物表面に付着する過剰なアルカリ金属成分を除去する。これにより最終的に得られるアルミナ粉末のアルカリ金属量を調整することができる。粒子表面のアルカリ金属成分は、例えば焼成物を水洗及びろ過することで除去できる。解砕処理では、焼成物に軽度の機械的エネルギーを投入して、焼成時に形成された凝集粒子の結びつきを解く。解砕処理は、ポットミル、ピンミル、及び/又はジョークラッシャーなどの解砕機を用いて乾式又は湿式で行うことができる。分級処理では、大きさに応じて粒子を選別して、所望粒度のアルミナ粉末を得る。分級処理は、篩分け、気流分級、水簸、及び/又は遠心分離などの手法で行うことができる。後処理は必要に応じて行えばよい。所望のアルミナ粉末を焼成後に得られるのであれば、後処理を省略してもよい。
【0063】
このようにして、本実施形態の板状アルミナ粉末を作製することができる。得られたアルミナ粉末は、所望のサイズ及び多結晶状態を有するとともに表面平滑である。そのため、高い光輝感を維持しつつも点在感のある輝き(ギラギラ感)が抑えられている。このようなアルミナ粉末を塗料や化粧品を始めとして種々の用途に好適に用いることができる。
【0064】
<<3.塗料及び化粧品>>
本実施形態の塗料又は化粧品は、上述した板状アルミナ粉末を含む。塗料又は化粧品は、アルミナ粉末を、それ単味で含んでもよく、あるいは表面処理した形態で含んでもよい。表面処理は、シリコン系化合物、アルキルシラン系化合物、及び/又はフッ素系化合物等の表面処理剤を板状アルミナ粉末の粒子表面に設ければよい。また塗料及び化粧品は、板状アルミナ粉末以外に溶媒や樹脂を含んでもよい。溶媒は水系であってもよく、あるいは非水系であってもよい。さらに塗料及び化粧品は、油剤、板状アルミナ粉末以外の顔料、充填剤、界面活性剤、粘度調整剤、防腐剤、香料、保湿剤、生理活性成分、塩類、キレート剤、中和剤、及び/又はpH調整剤等の公知の添加成分を含んでもよい。
【実施例】
【0065】
本発明を、以下の実施例及び比較例を用いて更に詳細に説明する。しかしながら、本発明は、以下の実施例に限定される訳ではない。
【0066】
(1)板状アルミナ粉末の作製
[実施例1~5及び比較例1]
実施例1~3及び比較例1のアルミナ源として水酸化アルミニウム(ギブサイト)粉末(日本軽金属株式会社)を準備した。また、実施例4及び5のアルミナ源として別の水酸化アルミニウム(ギブサイト)粉末(日本軽金属株式会社)を準備した。準備した水酸化アルミニウム粉末の特性を下記表1に示す。なお、表1に示されるNa2Oは水酸化アルミニウムの結晶表面及び近傍の溶出ナトリウム分と、結晶格子内に取り込まれている不溶出ナトリウム分の総合値であり、f-Na2Oは、水酸化アルミニウムの結晶表面及び近傍の溶出ナトリウム分のみである。
【0067】
これとは別に、添加剤としてフッ化アルミニウム(DO-FLUORIDE CHEMICALS CO.,LTD.;AlF3)、酸化ケイ素(丸釜釜戸陶料株式会社,雪印硅石SP-3;SiO2)、炭酸ナトリウム(関東化学株式会社;Na2CO3)、及びケイフッ化ナトリウム(関東化学株式会社,ヘキサフルオロけい酸ナトリウム;Na2SiF6)を準備した。
【0068】
次いで、準備した水酸化アルミニウム粉末と添加剤を混合して原料混合物を調製した。添加剤の配合量は、原料混合物中での各添加剤の含有割合が下記表1に示される値となるよう調整した。混合は、原料を袋に入れて振り混ぜる手法(人的手法;実施例1、2、4及び5)又はロッキングミキサーを用いた手法(機械的手法;実施例3及び比較例1)で行った。
【0069】
<焼成工程>
得られた原料混合物を焼成容器に投入して、専用のフタで焼成容器を閉じた。フタをした焼成容器を焼成炉内に設置し、大気中で焼成した。焼成は、電気炉又はシャトルキルンを用いて行った。焼成の際は、100℃/時間の昇温速度で焼成温度まで昇温した後にその温度で10時間(実施例1~5)又は20時間(比較例1)保持し、その後、自然冷却した。焼成温度は1100℃(実施例1~5)又は1050℃(比較例1)とした。炉内温度が下がりきった後に焼成容器を炉から取り出して、焼成物(アルミナ)を回収した。
【0070】
<後処理>
得られた焼成物に対して後処理を行った。板形状が破壊されないように解砕強度を調整して湿式解砕を行い、ろ過処理を施して解砕物(アルミナ)を得た。そして、乾燥機を用いて、得られた解砕物を105℃で1晩乾燥させた。そして、解砕処理後に粗粒及び微粒除去を行った。
【0071】
このようにして、実施例1~5及び比較例1の板状アルミナ粉末を作製した。なお、板状アルミナ粉末の製造条件を下記表1にまとめて示す。
【0072】
[比較例2]
比較例2では、市販の板状アルミナ粉末(キンセイマテック株式会社,YFA10030)を入手して、その特性を評価した。
【0073】
【0074】
(2)評価
実施例1~5、比較例1及び2で得られた板状アルミナ粉末をサンプルに用いて、各種特性の評価を以下のとおり行った。
【0075】
<粒度分布>
レーザー回折・散乱式粒度分布測定装置(日機装株式会社,マイクロトラックMT3300)を用いてアルミナ粉末の粒度分布を測定した。具体的には、アルミナ粉末を測定装置に投入口に直接入れ、装置に搭載されている分散機能で1分間分散させた後、粒度分布を測定した。平均粒子径(Dp50)積算粒度分布率50体積%に対応する粒子径として求めた。
【0076】
<SEM観察>
走査電子顕微鏡(日本電子株式会社,JSM-F100;SEM)及び画像解析ソフト(ImageJ)を用いてアルミナ粉末を評価した。具体的には、得られたアルミナ粉末のSEM像を撮影し、その画像に写し出された粒子(板状αアルミナ粒子)をImageJにて評価することで粒子径及び厚みを測定し、平均粒子径及び平均厚みを算出した。平均粒子径は粒子80個、平均厚みは粒子30個のそれぞれの平均値とした。そして、平均厚みに対する平均粒子径の比(平均粒子径/平均厚み)を平均アスペクト比として求めた。
【0077】
また、電子線後方散乱回折(EBSD)法で分析を行い、アルミナ粉末を構成する粒子(板状αアルミナ粒子)の結晶状態を調べた。具体的には、走査電子顕微鏡(日本電子株式会社、JSM-6490A;SEM)に電子顕微鏡用結晶方位測定装置並びに解析ツール(株式会社TSLソリューションズ、OIM EBSDシステム)を組み込んだ装置を用いてEBSD測定を行い、アルミナの結晶形態を観察した。その際、粒子板面を観察し、板面における粒子周囲長(L1)、板面における粒界の合計長さ(L2)、及び粒子の長径(L3)を測定し、L2/L1とL2/L3を算出した。30個の粒子について同様の操作を行い、L2/L1の平均値とL2/L3の平均値を求めた。
【0078】
<結晶相>
X線回折装置(株式会社リガク,RINT UltimaIII)を用いて、アルミナ粉末の結晶相を調べた。具体的には、得られたアルミナ粉末(試料)をガラス製サンプル板に載せ、サンプル面が平らになるように押し付けて選択配向させた後、XRD測定装置にて測定した。この際、X線源としてCuKαを用いた。そして、得られたX線回折パターンにおいて、αアルミナ(コランダム相)に基づく回折ピークが検出されるか否かを調べた。
【0079】
また、αアルミナに基づく回折ピークが検出されたサンプルについて、αアルミナの(006)面、(113)面、(104)面、(116)面、(018)面、及び(1010)面に基づく回折ピークの強度(高さ)をそれぞれIA、IB,IC,ID、IE及びIFとして求め、ピーク強度比IA/IB、IC/IB、ID/IB、IE/IB及びIF/IBを算出した。
【0080】
<成分分析>
成分分析は、走査型蛍光X線分析装置(株式会社リガク,ZSX PrimusIV)を用いて評価した。具体的には、アルミナ粉末を白金坩堝に入れ、高周波溶融装置にセットした。その後、700℃で60秒間の予備加熱した後に1200℃で120秒間の揺動処理を行って、ガラスビード化した試料を作製した。次に、走査型X線分析装置を用いてガラスビード試料を評価した。得られたデータを検量線用標準試料のデータと比較して、評価結果を得た。
【0081】
<比表面積>
比表面積(SBET)は、比表面積手動測定装置(Micromeritics Instrument Corp.,FlowSorbIII 2305型)を用い、N2ガス吸着法により評価した。
【0082】
<ギラギラ感(輝きの点在感)>
板状アルミナ粉末のギラギラ感を評価した。具体的には、健康状態が良好な成人5名(男3名、女2名)を評価者として、適量(約1g)の板状アルミナ粉末を手の甲に塗布し、塗布後の粉末の目視観察を行った。そして、下記の評価基準にしたがって点数付けした。
【0083】
3点:輝きの点在感(ギラギラ感)が抑えられている
2点:輝きの点在感がやや強い
1点:輝きの点在感が強い
【0084】
そして、各サンプルについて、上述した5名の評価者の点数を平均し、得られた平均値(小数点2桁を四捨五入)でもって点在感(ギラギラ感)を評価した。
【0085】
(3)評価結果
実施例1~5、比較例1及び2について得られた評価結果を下記表2にまとめて示す。
【0086】
実施例1~6は、平均粒子径及び平均厚みのいずれもが本実施形態で規定される範囲(平均粒子径2~100μm、平均厚み0.2~3.0μm)内であった。また、粉末を構成する粒子が多結晶体であり、粒子の周囲長(L1)に対する粒界の合計長さ(L2)の比(L2/L1)の平均値が本実施形態で規定される範囲(0.30~2.0)内であった。また、実施例1~3は、点在感の評価結果が2.4~3.0と比較的高かった。
【0087】
これに対して、比較例1、比(L2/L1)の平均値が小さく、本実施形態で規定される範囲(0.30~2.0)を満たしていなかった。そのため、点在感の評価結果が1.2と低かった。また、比較例2は、単結晶粒子から構成されていた。
【0088】
【0089】
以上の結果より、本実施形態によれば、従来の板状アルミナ粉末に比べて、粒子径が同等でも点在感のある輝き(ギラギラ感)を抑えた板状アルミナ粉末及びその製造方法が提供されることが理解される。
【要約】
【課題】従来の板状アルミナ粉末に比べて、粒子径が同等でも点在感のある輝き(ギラギラ感)を抑えた板状アルミナ粉末及びその製造方法を提供すること。
【解決手段】複数の板状αアルミナ粒子で構成され、平均粒子径が2μm以上100μm以下であり、且つ平均厚みが0.2μm以上3.0μm以下である板状アルミナ粉末であって、前記板状αアルミナ粒子は多結晶体であり、前記板状αアルミナ粒子の板面において、前記板状αアルミナ粒子の周囲長(L1)に対する粒界の合計長さ(L2)の比(L2/L1)の平均値が0.30以上2.00以下である、板状アルミナ粉末。
【選択図】
図2