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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-04-08
(45)【発行日】2025-04-16
(54)【発明の名称】車輪用軸受装置
(51)【国際特許分類】
   F16C 33/78 20060101AFI20250409BHJP
   F16C 33/80 20060101ALI20250409BHJP
   F16C 33/58 20060101ALI20250409BHJP
   F16C 19/18 20060101ALI20250409BHJP
   F16J 15/3232 20160101ALI20250409BHJP
   F16J 15/447 20060101ALI20250409BHJP
   B60B 35/18 20060101ALI20250409BHJP
【FI】
F16C33/78 E
F16C33/80
F16C33/58
F16C19/18
F16J15/3232 201
F16J15/447
B60B35/18 C
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2021049138
(22)【出願日】2021-03-23
(65)【公開番号】P2022147755
(43)【公開日】2022-10-06
【審査請求日】2024-02-26
(73)【特許権者】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002217
【氏名又は名称】弁理士法人矢野内外国特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】関 誠
(72)【発明者】
【氏名】久保田 禎之
【審査官】西藤 直人
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-092227(JP,A)
【文献】特開2007-237791(JP,A)
【文献】特開2020-051597(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 33/78-33/80
F16C 33/58
F16C 19/18
F16J 15/3232
F16J 15/447
B60B 35/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
内周に複列の外側軌道面を有する外方部材と、
外周に軸方向に延びる小径段部を有するハブ輪、および前記ハブ輪の小径段部に圧入された少なくとも一つの内輪からなり、前記複列の外側軌道面に対向する複列の内側軌道面を有する内方部材と、
前記外方部材と前記内方部材との両軌道面間に転動自在に収容された複列の転動体と、
前記外方部材と前記内方部材とによって形成された環状空間の軸方向一端側の開口端を塞ぐ密封装置と、を備える車輪用軸受装置であって、
前記密封装置は、
前記外方部材の内周に篏合される内嵌部と、前記内嵌部の軸方向他端部から内径側へ延びる側板部とからなる芯金、および前記芯金に一体的に接合される弾性部材を有するシール部材と、
前記内方部材の外周に嵌合される外嵌部と、前記外嵌部の軸方向一端部から外径側へ延び、軸方向において前記側板部と対向する円環部と、前記円環部の外径側端部から前記側板部側へ向けて突出し、前記側板部と隙間をもって対向する突出部とを有するスリンガと、を備え、
前記シール部材の前記内嵌部と前記スリンガの前記突出部とは、径方向から見て重なっており、
前記シール部材は、周方向における路面側の所定領域のみにおいて、前記内嵌部が軸方向へ切り欠かれたドレン部を有している車輪用軸受装置。
【請求項2】
前記ドレン部においては、前記内嵌部は、前記突出部と重ならない位置まで軸方向に切り欠かれている請求項1に記載の車輪用軸受装置。
【請求項3】
前記ドレン部は、周方向において前記シール部材の下端を中心とした45°以内の範囲に形成されている請求項1または請求項2に記載の車輪用軸受装置。
【請求項4】
前記外方部材は、
前記内嵌部が嵌合された被嵌合部と、
周方向における前記ドレン部が形成されている領域と同じ領域において前記被嵌合部が軸方向へ切り欠かれた排出部と、を備える請求項1~請求項3の何れか一項に記載の車輪用軸受装置。
【請求項5】
前記排出部においては、前記被嵌合部は、前記ドレン部における前記内嵌部よりも前記円環部側まで軸方向に切り欠かれている請求項4に記載の車輪用軸受装置。
【請求項6】
前記排出部は、周方向において前記シール部材の下端を中心とした45°以内の範囲に形成されている請求項4または請求項5に記載の車輪用軸受装置。
【請求項7】
前記弾性部材は、前記スリンガの前記円環部側へ向けて延出する複数のシールリップを有し、
複数の前記シールリップのうち、最も外径側に位置する最外部シールリップは前記スリンガと非接触状態に設けられており、
前記最外部シールリップの先端面は、前記突出部の前記側板部側端よりも前記円環部側に位置している請求項1~請求項6の何れか一項に記載の車輪用軸受装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は車輪用軸受装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、自動車等の懸架装置において車輪を回転自在に支持する車輪用軸受装置が知られている。車輪用軸受装置には、外方部材と内方部材とによって形成された環状空間の開口端を塞ぎ、泥水等の異物の入り込みを防止する密閉装置が設けられている。
【0003】
例えば、特許文献1に開示される密封装置は、外方部材である外輪の内周に嵌合される内嵌部と、内嵌部から内径側へ延びる側板部とからなる芯金、および芯金に一体的に接合され複数のシールリップが形成された弾性部材を有するシール部材と、内方部材である内輪の外周に嵌合される外嵌部と、外嵌部から外径側へ延びる円板部と、円板部から側板部側へ向けて突出し側板部と隙間をもって対向する突出部とを有するスリンガと、を備えている。
【0004】
そして、芯金の内嵌部と、スリンガの突出部と、弾性部材における最も外径側位置するシールリップとによってラビリンスシールを形成して耐泥水性を向上し、密封装置内への泥水の浸入を抑制している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第5170366号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献1に記載される密封装置のように、スリンガの円板部から側板部側へ向けて突出する突出部を用いてラビリンスシールを形成した構成では、一旦ラビリンスシールの内部に泥水が浸入してしまうと外部に排出され難く、結果的に耐泥水性能の向上が妨げられることとなる。
【0007】
本発明は以上の如き状況に鑑みてなされたものであり、密封装置においてラビリンスシールを形成した場合でも、ラビリンスシールの内部に浸入した泥水を容易に排出することができる車輪用軸受装置を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
即ち、車輪用軸受装置は、内周に複列の外側軌道面を有する外方部材と、外周に軸方向に延びる小径段部を有するハブ輪、および前記ハブ輪の小径段部に圧入された少なくとも一つの内輪からなり、前記複列の外側軌道面に対向する複列の内側軌道面を有する内方部材と、前記外方部材と前記内方部材との両軌道面間に転動自在に収容された複列の転動体と、前記外方部材と前記内方部材とによって形成された環状空間の軸方向一端側の開口端を塞ぐ密封装置と、を備える車輪用軸受装置であって、前記密封装置は、前記外方部材の内周に篏合される内嵌部と、前記内嵌部の軸方向他端部から内径側へ延びる側板部とからなる芯金、および前記芯金に一体的に接合される弾性部材を有するシール部材と、前記内方部材の外周に嵌合される外嵌部と、前記外嵌部の軸方向一端部から外径側へ延び、軸方向において前記側板部と対向する円環部と、前記円環部の外径側端部から前記側板部側へ向けて突出し、前記側板部と隙間をもって対向する突出部とを有するスリンガと、を備え、前記シール部材の前記内嵌部と前記スリンガの前記突出部とは、径方向から見て重なっており、前記シール部材は、周方向における路面側の所定領域のみにおいて、前記内嵌部が軸方向へ切り欠かれたドレン部を有している。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、密封装置の内部に浸入した泥水が、ドレン部を通じて密封装置の外部に排出され易くなり、密封装置の耐泥水性能を効果的に向上することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】車輪用軸受装置を示す側面断面図である。
図2】インナー側シール部材を示す側面断面図である。
図3】インナー側シール部材の路面側の部分を軸方向におけるインナー側から見た図である。
図4】インナー側シール部材のドレン部の下方に外輪におけるインナー側開口部の内周面が大きく張り出している状態を示す側面断面図である。
図5】インナー側シール部材の別実施形態を示す側面断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下に、本発明を実施するための形態を、添付の図面を用いて説明する。
【0012】
[車輪用軸受装置]
図1に示す車輪用軸受装置1は、本発明に係る車輪用軸受装置の一実施形態であり、自動車等の車両の懸架装置において車輪を回転自在に支持するものである。
【0013】
車輪用軸受装置1は第3世代と称呼される構成を備えており、外方部材である外輪2と、内方部材であるハブ輪3および内輪4と、転動列である二列のインナー側ボール列5及びアウター側ボール列6と、インナー側シール部材10と、アウター側シール部材20とを具備する。
【0014】
ここで、インナー側とは、車体に取り付けた際の車輪用軸受装置1の車体側を表し、アウター側とは、車体に取り付けた際の車輪用軸受装置1の車輪側を表す。また、車体に取り付けた際の車輪用軸受装置1の下側を路面側と称し、上側を反路面側と称する。さらに、軸方向とは車輪用軸受装置1の回転軸に沿った方向を表す。本実施形態においては、インナー側が軸方向一端側であり、アウター側が軸方向他端側である。
【0015】
外輪2のインナー側端部には、インナー側シール部材10が嵌合可能なインナー側開口部2aが形成されている。外輪2のアウター側端部には、アウター側シール部材20が嵌合可能なアウター側開口部2bが形成されている。
【0016】
インナー側シール部材10がインナー側開口部2aに嵌合されることにより、外方部材である外輪2と内方部材であるハブ輪3および内輪4とによって形成された環状空間Sのインナー側の開口端が塞がれている。アウター側シール部材20がアウター側開口部2bに嵌合されることにより、環状空間Sのアウター側の開口端が塞がれている。
【0017】
インナー側シール部材10およびアウター側シール部材20は、環状空間Sの開口端を塞ぐ密封装置である。このように、インナー側シール部材10およびアウター側シール部材20により環状空間Sのインナー側およびアウター側の開口端を塞ぐことで、泥水等の異物が車輪用軸受装置1の内部へ浸入することを抑制している。
【0018】
外輪2の内周面には、インナー側の外側軌道面2cと、アウター側の外側軌道面2dとが形成されている。外輪2の外周面には、外輪2を車体側部材に取り付けるための車体取り付けフランジ2eが一体的に形成されている。車体取り付けフランジ2eには、車体側部材と外輪2とを締結する締結部材(ここでは、ボルト)が挿入されるボルト孔2fが設けられている。
【0019】
ハブ輪3の外周面におけるインナー側端部には、アウター側端部よりも縮径された小径段部3aが形成されている。ハブ輪3のアウター側端部には、車輪を取り付けるための車輪取り付けフランジ3bが一体的に形成されている。車輪取り付けフランジ3bには、複数のボルト孔3fが形成されている。ボルト孔3fには、ハブ輪3と車輪又はブレーキ部品とを締結するためのハブボルトが圧入可能である。
【0020】
ハブ輪3においては、車輪取り付けフランジ3bの基部側にアウター側シール部材20が摺接する摺接面3dが形成されている。ハブ輪3の外周面には、外輪2のアウター側の外側軌道面2dに対向するようにアウター側の内側軌道面3cが設けられている。つまり、内方部材のアウター側には、ハブ輪3によって内側軌道面3cが構成されている。
【0021】
ハブ輪3の小径段部3aには、内輪4が設けられている。内輪4は、圧入およびかしめ加工によりハブ輪3の小径段部3aに固定されている。内輪4は、転動列であるインナー側ボール列5及びアウター側ボール列6に予圧を付与している。内輪4は、インナー側端部にインナー側端面4bを有している。ハブ輪3のインナー側端部には、内輪4のインナー側端面4bにかしめられたかしめ部3hが形成されている。
【0022】
内輪4の外周面4cには、外輪2のインナー側の外側軌道面2cと対向するようにインナー側の内側軌道面4aが設けられている。つまり、内方部材のインナー側には、内輪4によって内側軌道面4aが構成されている。
【0023】
転動列であるインナー側ボール列5とアウター側ボール列6とは、転動体である複数のボール7が保持器8によって保持されることにより構成されている。インナー側ボール列5は、内輪4の内側軌道面4aと、外輪2のインナー側の外側軌道面2cとの間に転動自在に挟まれている。アウター側ボール列6は、ハブ輪3の内側軌道面3cと、外輪2のアウター側の外側軌道面2dとの間に転動自在に挟まれている。つまり、インナー側ボール列5とアウター側ボール列6とは、外方部材と内方部材との両軌道面間に転動自在に収容されている。
【0024】
車輪用軸受装置1においては、外輪2と、ハブ輪3及び内輪4と、インナー側ボール列5と、アウター側ボール列6とによって複列アンギュラ玉軸受が構成されている。なお、車輪用軸受装置1は複列アンギュラ玉軸受に替えて複列円錐ころ軸受を構成していてもよい。
【0025】
[アウター側シール部材]
アウター側シール部材20は、芯金21と、弾性部材22とを有している。芯金21は、例えば鋼板により円筒状に構成されており、外輪2のアウター側開口部2bに内径嵌合されている。
【0026】
弾性部材22は、例えば合成ゴムによって構成されており、芯金21に加硫接着によって接合されている。弾性部材22は、芯金21に加硫接着される基部22aと、基部22aから延出し、それぞれ円環状に形成される第1サイドリップ22b、第2サイドリップ22c、およびグリースリップ22dとを有している。
【0027】
第1サイドリップ22bは、弾性部材22が有するシールリップの中で最も外径側に位置しており、基部22aから外径側かつアウター側へ向けて延出している。第2サイドリップ22cは、第1サイドリップ22bよりも内径側に位置しており、基部22aから外径側かつアウター側へ向けて延出している。グリースリップ22bは、第2サイドリップ22cよりも内径側に位置しており、基部22aから内径側かつインナー側へ向けて延出している。
【0028】
弾性部材22の第1サイドリップ22b、第2サイドリップ22c、およびグリースリップ22dは、ハブ輪3のリップ摺接面3dと摺動可能に接触している。
【0029】
[インナー側シール部材]
図2(a)に示すように、インナー側シール部材10は、芯金11および弾性部材12を有するシール部材13と、スリンガ14とを備えている。芯金11は、例えば鋼板により構成されており、外輪2のインナー側開口部2aにおける内周に嵌合される円筒状の内嵌部11aと、内嵌11aのアウター側端部から内径側へ延びる円環状の側板部11bとからなっている。外輪2のインナー側開口部2aは、芯金11の内嵌部11aが嵌合される被嵌合部の一例である。
【0030】
弾性部材12は、例えば合成ゴムによって形成されており、芯金11に加硫接着によって一体的に接合されている。弾性部材12は、芯金11に加硫接着される基部121と、基部121から延出し、それぞれ円環状に形成される第1サイドリップ122、第2サイドリップ123、およびグリースリップ124とを有している。第1サイドリップ122、第2サイドリップ123、およびグリースリップ124は、弾性部材12が有するシールリップである。
【0031】
基部121は、内嵌部11aの内周面、インナー側端面、および外周面におけるインナー側の部分、ならびに側板部11bのインナー側面、内径側端面、およびアウター側面の内径側の部分に接合されている。
【0032】
第1サイドリップ122は、弾性部材12が有するシールリップの中で最も外径側に位置しており、基部121から外径側かつインナー側へ向けて延出している。第1サイドリップ122は、最外部シールリップの一例である。第2サイドリップ123は、第1サイドリップ122よりも内径側に位置しており、基部121から外径側かつインナー側へ向けて延出している。グリースリップ124は、第2サイドリップ123よりも内径側に位置しており、基部121から内径側かつアウター側へ向けて延出している。
【0033】
スリンガ14は、例えば鋼板により構成されており、内輪4のインナー側端部における外周面4cに嵌合される円筒状の外嵌部14aと、外嵌部14aのインナー側端部から外径側へ延びる円環状の円環部14bと、円環部14bの外径側端部から側板部11b側となるアウター側へ向けて突出する突出部14cとを有している。
【0034】
突出部14cは、径方向において、芯金11の内嵌部11aと、弾性部材12の第1サイドリップ122との間に位置している。スリンガ14の円環部14bは、軸方向において芯金11の側板部11bよりもインナー側に位置しており、円環部14bと側板部11bとは、軸方向において対向している。突出部14cの先端は、軸方向において芯金11の側板部11bと隙間をもって対向している。
【0035】
弾性部材12の第1サイドリップ122は、軸方向においてスリンガ14の円環部14bと隙間d1をもって対向している。つまり、第1サイドリップ122は、円環部14bと非接触状態に設けられる非接触リップである。第1サイドリップ122の先端面122aは、径方向における外径側に面しており、スリンガ14における突出部14cのアウター側端部(側板部11b側端部)よりも、距離d2だけインナー側(円環部14b側)に位置している。
【0036】
弾性部材12の第2サイドリップ123は、軸方向においてスリンガ14の円環部14bと対向している。第2サイドリップ123の先端部は、円環部14bと摺動可能に接触しており、第2サイドリップ123は接触リップである。なお、第1サイドリップ122および第2サイドリップ123は、軸方向においてスリンガ14の円環部14b側へ向けて延出するシールリップである。
【0037】
弾性部材12のグリースリップ124は、径方向においてスリンガ14の外嵌部14aと対向している。グリースリップ124の先端部は、外嵌部14aと摺動可能に接触しており、グリースリップ124は接触リップである。
【0038】
このように構成されるインナー側シール部材10においては、シール部材13の芯金11における内嵌部11aと、スリンガ14の突出部14cと、シール部材13の弾性部材12における第1サイドリップ122とは、径方向から見て重なっており、内嵌部11aと突出部14cと第1サイドリップ122とによってラビリンスシールを構成している。
【0039】
インナー側シール部材10においては、内嵌部11a、突出部14c、および第1サイドリップ122は、インナー側シール部材10の外周部に位置しており、内嵌部11aと突出部14cと第1サイドリップ122とによってラビリンスシールを構成することにより、インナー側シール部材10の内部へ泥水が浸入することを抑制して、耐泥水性能を向上することができる。
【0040】
特に、インナー側シール部材10においては、第1サイドリップ122はスリンガ4の円環部14bに対して非接触状態に設けられていて、内嵌部11aと突出部14cとの間に加えて、第1サイドリップ122と円環部14bとの間でラビリンスシールを構成しているため、インナー側シール部材10におけるシールトルクの上昇を抑えつつ耐泥水性能の向上を図ることが可能となっている。
【0041】
このように、インナー側シール部材10においてラビリンスシールを構成し、内部への泥水の浸入を抑制した場合、一旦ラビリンスシールの内部に泥水が浸入してしまうと外部に排出され難くなる傾向にある。そこで、インナー側シール部材10においては、ラビリンスシールの内部に泥水が浸入した場合でも、泥水を容易に排出することができるように、シール部材13にドレン部13Aを形成している。
【0042】
[ドレン部]
図3に示すように、ドレン部13Aは、シール部材13の路面側において、周方向の所定領域に形成されている。本実施形態の場合、ドレン部13Aはシール部材13の最下部に位置しており、シール部材13の周方向における角度θの領域に形成されている。つまり、ドレン部13Aは、周方向においてシール部材13の下端PL1を中心とした角度θの範囲に形成されている。角度θは、45°以下の範囲に設定することができる。
【0043】
図2(b)、図3に示すように、シール部材13のドレン部13Aが形成されている領域においては、芯金11の内嵌部11aが軸方向におけるアウター側へ切り欠かれて、切欠部111が形成されている。切欠部111は、軸方向の長さが内嵌部11aの他の部分よりも短く形成されており、切欠部111のインナー側端は、内嵌部11aの他の部分のインナー側端よりもアウター側に位置している。
【0044】
ドレン部13Aにおいては、内嵌部11aの切欠部111とスリンガ14の突出部14cとは、径方向から見て重なっていない。つまり、ドレン部13Aにおいては、内嵌部11aは径方向から見てスリンガ14の突出部14cと重ならない位置まで軸方向に切り欠かれており、軸方向において、切欠部111と突出部14cとの間には隙間d3が存在している。
【0045】
このように、シール部材13にドレン部13Aを形成することで、インナー側シール部材10の内部に泥水が浸入した場合でも、浸入した泥水が重力によって下方へ流下し、ドレン部13Aにおける突出部14cと切欠部111との間からインナー側シール部材10の外部へ排出され易くなっている。特に、切欠部111は、突出部14cと重ならない位置まで軸方向に切り欠かれているため、インナー側シール部材10の内部に浸入した泥水が、より外部に排出され易くなっている。
【0046】
これにより、インナー側シール部材10において、スリンガ14の突出部14cを用いてラビリンスシールを形成した場合でも、効果的に耐泥水性能の向上を図ることが可能である。また、インナー側シール部材10においては、ドレン部13Aが形成された箇所以外にはラビリンスシールが形成されているため、シール性能を確保することが可能である。
【0047】
また、車輪用軸受装置1は、左側の車輪を支持する車輪用軸受装置1と、右側の車輪を支持する車輪用軸受装置1とで、周方向の位相が反対側にずれた状態で車両に取り付けられることがある。しかし、インナー側シール部材10においては、ドレン部13Aは、周方向においてシール部材13の下端PLを中心とした角度θの範囲に形成されており、角度θは最大45°に設定されるため、左側の車輪を支持する車輪用軸受装置1と、右側の車輪を支持する車輪用軸受装置1との両方において、インナー側シール部材10の下端にドレン部13Aを位置させることが可能であり、耐泥水性能の汎用性を高くすることができる。
【0048】
[排出部]
車輪用軸受装置1においては、インナー側シール部材10のシール部材13にドレン部13Aを形成することで、インナー側シール部材10の内部に浸入した泥水を外部へ容易に排出することが可能となっている。しかし、図4に示すように、ドレン部13Aの下方に外輪2におけるインナー側開口部2aの内周面が大きく張り出していると、インナー側シール部材10の外部に排出された泥水Wがインナー側開口部2aの内周面に溜まって、さらなる泥水の排出を妨げてしまうおそれがある。そこで、車輪用軸受装置1においては、シール部材13のドレン部13Aに加えて、外輪2のインナー側開口部2aに排出部2Aを形成している。
【0049】
図3に示すように、排出部2Aは、外輪2におけるインナー側開口部2aの路面側において、周方向の所定領域に形成されている。本実施形態の場合、排出部2Aはインナー側開口部2aの最下部に位置しており、インナー側開口部2aの周方向における角度θの領域に形成されている。
【0050】
また、排出部2Aは、周方向において、ドレン部13Aが形成されている領域と同じ領域に形成されている。つまり、排出部2Aは、周方向においてインナー側開口部2aの下端PL2を中心とした角度θの範囲に形成されている。角度θは、45°以下の範囲に設定することができる。
【0051】
図2(b)、図3に示すように、インナー側開口部2aの排出部2Aが形成されている領域においては、インナー側開口部2aが軸方向におけるアウター側へ切り欠かれて、切欠部21が形成されている。切欠部21は、軸方向の長さがインナー側開口部2aの他の部分よりも短く形成されており、切欠部21のインナー側端は、インナー側開口部2aの他の部分のインナー側端よりもアウター側に位置している。また、切欠部21は、径方向においてインナー側開口部2aの全体にわたって形成されている
【0052】
このように、外輪2のインナー側開口部2aに排出部2Aを形成することで、ドレン部13Aからインナー側シール部材10の外部に排出されてきた泥水が重力により排出部2Aを通じて下方へ流下し、車輪用軸受装置1の外部へ排出され易くなっている。これにより、インナー側シール部材10において、スリンガ14の突出部14cを用いてラビリンスシールを形成した場合でも、より効果的に耐泥水性能の向上を図ることが可能となっている。
【0053】
また、固定輪である外輪2に形成される排出部2Aは、周方向においてドレン部13Aが形成されている領域と同じ領域に形成されているため、シール部材13を外輪2のインナー側開口部2aに組み付ける際に、シール部材13のドレン部13Aの位相とインナー側開口部2aの排出部2Aの位相とを合わせて組み付けることができる。このように、シール部材13を外輪2に組み付ける際に、外輪2の排出部2Aを組み付けの位置基準として用いることで、シール部材13の誤組み付けを抑制することが可能である。
【0054】
また、排出部2Aにおいては、切欠部21のインナー側端は、ドレン部13Aにおける切欠部111のインナー側端よりも距離d4だけインナー側に位置している。つまり、インナー側開口部2aの切欠部21は、内嵌部11aの切欠部111よりもスリンガ14の円環部14b側まで軸方向に切り欠かれている。
【0055】
このように、排出部2Aにおける切欠部21のインナー側端が、ドレン部13Aにおける切欠部111のインナー側端よりもインナー側に突出していることで、内嵌部11aの内周面および外周面に接合されている弾性部材12が外部に露出することがなく、弾性部材12が外力により損傷することを抑制可能である。
【0056】
また、排出部2Aは、ドレン部3Aと同様に、周方向においてシール部材13の下端PLを中心とした角度θの範囲に形成されており、角度θは最大45°に設定されるため、左側の車輪を支持する車輪用軸受装置1と、右側の車輪を支持する車輪用軸受装置1との両方において、車輪用軸受装置1の下端に排出部2Aを位置させることが可能であり、耐泥水性能の汎用性を高くすることができる。
【0057】
[インナー側シール部材の別実施形態]
上述のインナー側シール部材10においては、弾性部材12の第1サイドリップ122は、スリンガ14の円環部14bと隙間d1をもって対向する非接触リップであるが、接触リップとして形成することも可能である。
【0058】
図5に示すインナー側シール部材30は、弾性部材12に代えて弾性部材32を有しており、その他の構成はインナー側シール部材10と同様の構成となっている。インナー側シール部材30は、シール部材33とスリンガ14とを備えており、シール部材33は芯金11と弾性部材32とを有している。
【0059】
シール部材33は、基部321と、第1サイドリップ322と、第2サイドリップ323と、グリースリップ324とを有している。基部321、第2サイドリップ323、およびグリースリップ324は、それぞれ基部121、第2サイドリップ123、およびグリースリップ124と同様に構成されている。
【0060】
第1サイドリップ322は、基部321から延出し、円環状に形成されている。第1サイドリップ322は、弾性部材32が有するシールリップである。第1サイドリップ322は、弾性部材32が有するシールリップの中で最も外径側に位置しており、基部321から外径側かつインナー側へ向けて延出している。径方向において、芯金11の内嵌部11aと、弾性部材32の第1サイドリップ322との間に突出部14cが位置している。
【0061】
弾性部材32の第1サイドリップ322は、軸方向においてスリンガ14の円環部14bと対向している。第1サイドリップ322の先端部は、円環部14bと摺動可能に接触しており、第1サイドリップ322は接触リップである。
【0062】
このように、弾性部材32の第1サイドリップ322が摺接リップであるインナー側シール部材30においても、シール部材33の芯金11における内嵌部11aと、スリンガ14の突出部14cとは径方向から見て重なっており、内嵌部11aと突出部14cとによってラビリンスシールを構成している。これにより、インナー側シール部材30の内部へ泥水が浸入することを抑制して、耐泥水性能を向上することができる。
【0063】
さらに、インナー側シール部材30においても、ドレン部13Aと同様の構成のドレン部33Aを構成することができ、ドレン部33Aを構成することで、インナー側シール部材30の内部に浸入した泥水を外部に排出し易くして、効果的に耐泥水性能の向上を図ることが可能である。
【0064】
なお、インナー側シール部材30におけるドレン部13Aの構成は、車輪用軸受装置のアウター側端部に設けられるアウター側シール部材においても適用することが可能である。また、外輪2における排出部2Aの構成は、アウター側シール部材が嵌装される外輪のアウター側開口部においても適用することが可能である。ドレン部13Aおよび排出部2Aの構成をアウター側に適用した場合は、アウター側が軸方向一端側となり、インナー側が軸方向他端側となる。
【0065】
また、本実施形態における車輪用軸受装置1は、ハブ輪3の外周に内側軌道面3cが直接形成されている第3世代構造の車輪用軸受装置1として構成されているがこれに限定するものではなく、ハブ輪3に一対の内輪4が圧入固定された第2世代構造であってもよい。
【0066】
以上、本発明の実施の形態について説明を行ったが、本発明はこうした実施の形態に何等限定されるものではなく、あくまで例示であって、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において、さらに種々なる形態で実施し得ることは勿論のことであり、本発明の範囲は、特許請求の範囲の記載によって示され、さらに特許請求の範囲に記載の均等の意味、および範囲内のすべての変更を含む。
【符号の説明】
【0067】
1 車輪用軸受装置
2 外輪
2A 排出部
2a インナー側開口部
2b アウター側開口部
2c (インナー側の)外側軌道面
2d (アウター側の)外側軌道面
3 ハブ輪
3b 車輪取り付けフランジ
3c 内側軌道面
4 内輪
4a 内側軌道面
5 インナー側ボール列
6 アウター側ボール列
10 インナー側シール部材
11 芯金
11a 内嵌部
11b 側板部
12 弾性部材
13 シール部材
13A ドレン部
14 スリンガ
14b 円環部
14c 突出部
21 切欠部
111 切欠部
122 第1サイドリップ
123 第2サイドリップ
PL1 (シール部材の)下端
PL2 (インナー側開口部の)下端
θ 角度
図1
図2
図3
図4
図5