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  • 特許-熱延鋼板およびその製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-04-09
(45)【発行日】2025-04-17
(54)【発明の名称】熱延鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20250410BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20250410BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20250410BHJP
【FI】
C22C38/00 301W
C22C38/58
C21D9/46 T
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2023572486
(86)(22)【出願日】2023-01-06
(86)【国際出願番号】 JP2023000119
(87)【国際公開番号】W WO2023132351
(87)【国際公開日】2023-07-13
【審査請求日】2023-12-21
(31)【優先権主張番号】P 2022001420
(32)【優先日】2022-01-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【弁理士】
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【弁理士】
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】桜田 栄作
(72)【発明者】
【氏名】安富 隆
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2021/187321(WO,A1)
【文献】特表2014-510838(JP,A)
【文献】国際公開第2020/203943(WO,A1)
【文献】国際公開第2020/170681(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/151273(WO,A1)
【文献】特開2009-263715(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
C21D 8/00 - 8/04
C21D 9/46 - 9/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項3】
請求項1または2に記載の熱延鋼板の製造方法であって、
請求項1または2に記載の化学組成を有するスラブを1220~1300℃の温度域で40分以上加熱する加熱工程と、
75~85%の総圧下率で、且つ1070~1200℃の粗圧延温度で粗圧延を行う粗圧延工程と、
最終圧延温度が940~1020℃であり、最終圧下率が26~43%となるように仕上げ圧延を行う仕上げ圧延工程と、
前記仕上げ圧延の完了後2.0秒以内に冷却を開始し、前記仕上げ圧延の完了後17.0秒以内に300~480℃の温度域まで冷却する冷却工程と、
巻取りを行う巻取り工程と、
前記巻取り後、30分以内に、加熱量ΔTが下記式(1)を満たすように加熱する再加熱工程と、
200℃以下の温度域まで空冷する空冷工程と、を順次行うことを特徴とする熱延鋼板の製造方法。
245-0.942×CT+0.00092×CT<ΔT<686-2.38×CT+0.0022×CT …(1)
ただし、上記式(1)中のCTは冷却停止温度である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱延鋼板およびその製造方法に関する。
具体的には、本発明は、面内方向の均一伸びの差を低減させ、複雑部品の製造を可能とする熱延鋼板およびその製造方法に関する。
本願は、2022年1月7日に、日本に出願された特願2022-001420号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
近年、CO排出量低減のため、自動車車体の軽量化がなされている。自動車足回り部品には、自動車車体の軽量化を実現するため、780MPa級の引張強さを有する熱延鋼板が採用されている。自動車車体の更なる軽量化を実現するために、高強度の熱延鋼板に関する様々な技術開発が進められている。
【0003】
例えば、特許文献1には、鋼板の金属組織を分類し、その面積率および配置を最適化することで穴広げ性を向上させた590~980MPaの鋼板が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開第2018/138887号
【文献】国際公開第2018/151273号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
高強度の熱延鋼板を利用して軽量な部品を製造する場合、部品を薄肉化することによる剛性の低下を断面形状で補うことが必要となる。複雑な断面形状を有する部品へ適用される熱延鋼板には、高い延性が要求される。例えば、1100MPa以上の引張強さを得るためには、ベイナイトを主相とする必要があるが、ベイナイトを主相とすると、強度および延性を共に高めることが困難となる。
【0006】
ベイナイトを主相としたうえで延性を向上する方法として、残留オーステナイトを利用する方法がある。本発明者らは、ベイナイトを主相とした熱延鋼板を複雑な断面形状を有する部品へ適用する方法について検討した。ベイナイトを主相とすることで、延性および穴広げ性を向上させれば伸びフランジ変形に起因する端面割れは解消される。しかし、本発明者らは、図1に示すように、ベイナイトを主相とした熱延鋼板を、例えば自動車足回り部品のロアアームに適用した場合に、リンク部近傍の湾曲形状張出部で割れが生じてしまうことを知見した。この割れは、張出し変形を受けた後に、割れに直交するように引張変形を受ける部分で生じるものであった。
【0007】
上記例のように、高い剛性を確保するための複雑な断面形状を有する部品に、ベイナイトを主相とする熱延鋼板を適用する場合には、割れが生じてしまうことを本発明者らは知見した。本発明者らは、この割れが発生する箇所は、従来課題とされていたフランジ部、バーリング端面以外の箇所であることも知見した。
【0008】
この割れた箇所を本発明者らが分析した結果、曲げ変形を受けた後に、曲げひずみと直交する方向の変形によって局所的に収縮し、破断したことを本発明者らは知見した。この破断を抑制するためには、曲げ変形の予ひずみを受けた後の直交した方向での変形に対して、加工硬化能を維持できることが必要であること、すなわち、均一伸びを等方的に高めることが重要であることを本発明者らは知見した。
【0009】
均一伸びを等方的に高める方法として、例えば特許文献2には、L方向とC方向との吸収エネルギーの比を低減するための技術が開示されている。
しかしながら、近年では均一伸びをより等方的に高めることが望まれている。
【0010】
本発明は、高い強度、並びに、優れた延性および穴広げ性を有し、且つ均一伸びが等方的に高められた熱延鋼板およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、高強度、優れた延性および穴広げ性を有し、均一伸びを等方的に高めた熱延鋼板を得るためには、特に、圧延組織に沿った界面と接触する第二相の構成比率を制御すること、すなわち結晶方位差が15゜以上であるベイナイトの大傾角粒界の線長のうち、残留オーステナイトと接する線長の割合を制御することが重要であることを知見した。
【0012】
また、本発明者らは、上記熱延鋼板を得るためには、特に、仕上げ圧延条件を制御し、且つ巻取り後の再加熱時の加熱条件を制御することが重要であることを知見した。
【0013】
上記知見に基づいてなされた本発明の要旨は以下の通りである。
(1)本発明の一態様に係る熱延鋼板は、化学組成が、質量%で、
C :0.13~0.21%、
Si:0.70~1.45%、
Mn:1.95~2.55%、
P :0.060%以下、
S :0.005%以下、
N :0.0070%以下、
Al:0.020~0.430%、
Ti:0.006~0.055%、
Nb:0.006~0.040%、
Cr:0.05~0.47%、
Mo:0.020~0.120%、
B :0.0008~0.0030%、
Cu:0~0.40%、
Ni:0~0.30%、
V :0~0.30%、および
Sn:0~0.04%
を含有し、残部がFeおよび不純物からなり、
金属組織が、面積%で、
ベイナイトが25.0~96.0%、
残留オーステナイトが4.0~12.0%、
フェライトが5.0%以下、
マルテンサイトが70.0%以下、
パーライトが3.0%以下であり、
旧オーステナイト粒の平均粒径が25.0μm以下であり、
結晶方位差が15゜以上である前記ベイナイトの大傾角粒界の線長のうち、前記残留オーステナイトと接する線長の割合が3.0%以上、12.0%未満である。
(2)上記(1)に記載の熱延鋼板は、前記化学組成が、質量%で、
Cu:0.01~0.40%、
Ni:0.01~0.30%、
V :0.01~0.30%、および
Sn:0.01~0.04%
からなる群から選択される1種または2種以上含有してもよい。
(3)本発明の別の態様に係る熱延鋼板の製造方法は、上記(1)または(2)に記載の熱延鋼板の製造方法であって、
上記(1)または(2)に記載の化学組成を有するスラブを1220~1300℃の温度域で40分以上加熱する加熱工程と、
75~85%の総圧下率で、且つ1070~1200℃の粗圧延温度で粗圧延を行う粗圧延工程と、
最終圧延温度が940~1020℃であり、最終圧下率が26~43%となるように仕上げ圧延を行う仕上げ圧延工程と、
前記仕上げ圧延の完了後2.0秒以内に冷却を開始し、前記仕上げ圧延の完了後17.0秒以内に300~480℃の温度域まで冷却する冷却工程と、
巻取りを行う巻取り工程と、
前記巻取り後、30分以内に、加熱量ΔTが下記式(1)を満たすように加熱する再加熱工程と、
200℃以下の温度域まで空冷する空冷工程と、を順次行う。
245-0.942×CT+0.00092×CT<ΔT<686-2.38×CT+0.0022×CT …(1)
ただし、上記式(1)中のCTは冷却停止温度である。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係る上記態様によれば、高い強度、並びに、優れた延性および穴広げ性を有し、且つ均一伸びが等方的に高められた熱延鋼板およびその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】ベイナイトを主相とした熱延鋼板から製造したロアアームの割れ部分を示す図である。
図2】実施例における、結晶方位差が15゜以上であるベイナイトの大傾角粒界の線長のうち、残留オーステナイトと接する線長の割合と、圧延方向の均一伸びと圧延方向に直角な方向の均一伸びとの差、との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本実施形態の熱延鋼板およびその製造方法について、詳細に説明する。ただし、本発明は本実施形態に開示の構成のみに制限されることなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々の変更が可能である。なお、以下に記載する「~」を挟んで記載される数値限定範囲には、下限値および上限値がその範囲に含まれる。「未満」、「超」と示す数値には、その値が数値範囲に含まれない。
【0017】
まず、本実施形態に係る熱延鋼板の化学組成の限定理由について説明する。なお、化学組成についての「%」は全て「質量%」のことを指す。
【0018】
本実施形態に係る熱延鋼板の化学組成は、質量%で、C:0.13~0.21%、Si:0.70~1.45%、Mn:1.95~2.55%、P:0.060%以下、S:0.005%以下、N:0.0070%以下、Al:0.020~0.430%、Ti:0.006~0.055%、Nb:0.006~0.040%、Cr:0.05~0.47%、Mo:0.020~0.120%、B:0.0008~0.0030%、並びに、残部:Feおよび不純物を含む。
以下、各元素について説明する。
【0019】
C:0.13~0.21%
Cは、強度を高めるために必要な元素である。C含有量が0.13%未満であると、フェライト量が増え、強度が劣化する場合がある。そのため、C含有量は0.13%以上とする。好ましくは、0.15%以上、0.16%以上である。
一方、C含有量が0.21%超であると、マルテンサイト量が増え、穴広げ性が劣化する場合がある。そのため、C含有量は0.21%以下とする。好ましくは、0.20%以下、0.19%以下である。
【0020】
Si:0.70~1.45%
Siは、残留オーステナイト量を増加させて均一伸びを高めるために必要な元素である。Si含有量が0.70%未満であると、残留オーステナイト量が減り、延性が劣化する。そのため、Si含有量は0.70%以上とする。好ましくは、0.80%以上、0.90%以上である。
一方、Si含有量が1.45%超であると、残留オーステナイト量が増え、穴広げ性が劣化する場合がある。そのため、Si含有量は1.45%以下とする。好ましくは、1.30%以下、1.20%以下である。
【0021】
Mn:1.95~2.55%
Mnは、所望の強度を得るために必要な元素である。Mn含有量が1.95%未満であると、フェライト量が増え、強度が劣化する。そのため、Mn含有量は1.95%以上とする。好ましくは2.00%以上、2.10%以上である。
一方、Mn含有量が2.55%超であると、Mn偏析によって組織が不均一となり、穴広げ性が劣化する場合がある。そのため、Mn含有量は2.55%以下とする。好ましくは、2.40%以下、2.30%以下である。
【0022】
P:0.060%以下
Pは、製造工程で不可避的に混入する不純物元素である。P含有量が多すぎると、粒界が脆化することで製造時にスラブ割れが発生する。安定的に製造時のスラブ割れを抑制するために、P含有量は0.060%以下とする。好ましくは、0.050%以下、0.040%以下である。スラブ割れの発生率を可能な限り低減するためには、P含有量を0.012%以下とすることが好ましい。
なお、P含有量は低い程好ましいが、P含有量を0.002%未満とするには極めて高いコストを要するため、0.002%以上としてもよい。
【0023】
S:0.005%以下
Sは、製造工程で不可避的に混入する不純物元素である。S含有量が多すぎると、MnSが形成される。MnSが形成されると、MnSの周りにマルテンサイトが生成し、マルテンサイト量が多くなる結果、穴広げ性が劣化する。穴広げ性の劣化を防ぐために、S含有量は0.005%以下とする。好ましくは、0.004%以下である。MnSによる影響を可能な限り低減するためには、S含有量は0.003%以下とすることが好ましい。
なお、S含有量を0.0005%未満とすると、脱硫コストが極めて高くなり、経済性を損ねる。そのため、S含有量は0.0005%以上としてもよい。
【0024】
N:0.0070%以下
Nは、含有量が多すぎると、製造工程において窒化物を形成し、スラブの脆化割れを引き起こす場合がある。そのため、N含有量は少ない方が好ましい。スラブの脆化割れを抑制するために、N含有量は0.0070%以下とする。好ましくは、0.0050%以下である。
なお、N含有量を0.0003%未満とする場合、脱Nコストが著しく増加する。そのため、N含有量は0.0003%以上としてもよい。
【0025】
Al:0.020~0.430%
Alは、不可避的に混入する不純物元素であるが、脱酸効果を有する元素でもある。また、Alは、パーライトの形成を抑制する元素でもある。Al含有量が0.020%未満であると、パーライト量が増え、穴広げ性が劣化する場合がある。そのため、Al含有量は0.020%以上とする。好ましくは、0.100%以上、0.150%以上である。
一方、Al含有量が0.430%超であると、鋳造時にAlNが形成され、スラブ割れが発生する。また、連続鋳造時の鋳造ノズルで酸化物を形成することで、製造性を損ねる場合がある。そのため、Al含有量は0.430%以下とする。好ましくは、0.350%以下である。
【0026】
Ti:0.006~0.055%
Tiは、TiNを形成することで後述するBの効果を最大限発現させるために必要な元素である。Ti含有量が0.006%未満であると、BがBNとなることで、フェライト量が増え、強度が劣化する。そのため、Ti含有量は0.006%以上とする。好ましくは、0.010%以上である。
一方、Ti含有量が0.055%超であると、TiNによって連続鋳造時のスラブ割れが発生する。そのため、Ti含有量は0.055%以下とする。好ましくは、0.040%以下、0.030%以下、0.025%以下である。
【0027】
Nb:0.006~0.040%
Nbは、圧延組織を細粒化し、旧オーステナイト粒の平均粒径を好ましく制御するために必要な元素である。Nb含有量が0.006%未満であると、旧オーステナイト粒の平均粒径を好ましく制御することができず、穴広げ性が劣化する。そのため、Nb含有量は0.006%以上とする。好ましくは、0.010%以上、0.015%以上である。
一方、Nb含有量が0.040%超であると、結晶方位差が15゜以上であるベイナイトの大傾角粒界の線長のうち、残留オーステナイトと接する線長の割合が少なくなることで、均一伸びを等方的に高めることができない。そのため、Nb含有量は0.040%以下とする。好ましくは、0.030%以下、0.022%以下である。
【0028】
Cr:0.05~0.47%
Crは、フェライト量を低減し、所望の強度を得るために必要な元素である。Cr含有量が0.05%未満であると、フェライト量が増え、強度が劣化する。そのため、Cr含有量は0.05%以上とする。好ましくは、0.10%以上、0.20%以上である。
一方、Cr含有量が0.47%超であると、マルテンサイト量が増え、延性が劣化する。そのため、Cr含有量は0.47%以下とする。好ましくは、0.40%以下、0.35%以下である。
【0029】
Mo:0.020~0.120%
Moは、フェライト量を低減し、所望の強度を得るために必要な元素である。Mo含有量が0.020%未満であると、フェライト量が増え、強度が劣化する。そのため、Mo含有量は0.020%以上とする。好ましくは、0.040%以上、0.060%以上である。
一方、Mo含有量が0.120%超であると、マルテンサイト量が増え、延性が劣化する。そのため、Mo含有量は0.120%以下とする。好ましくは、0.100%以下、0.080%以下である。
【0030】
B:0.0008~0.0030%
Bは、フェライトの形成を抑制する元素である。B含有量が0.0008%未満であると、フェライト量が増え、強度が劣化する場合がある。そのため、B含有量は0.0008%以上とする。好ましくは、0.0009%以上、0.0010%以上である。
一方、B含有量が0.0030%超であると、熱間での変形抵抗が高くなり、通板が困難となる。そのため、B含有量は0.0030%以下とする。好ましくは、0.0020%以下、0.0015%以下である。
【0031】
熱延鋼板の化学組成の残部は、Fe及び不純物であってもよい。不純物としては、鋼原料もしくはスクラップから及び/又は製鋼過程で不可避的に混入し、本実施形態に係る熱延鋼板の特性を阻害しない範囲で許容される元素が例示される。
【0032】
本実施形態に係る熱延鋼板の化学組成では、Feの一部に代えて、任意元素として、以下の元素を含有してもよい。以下の任意元素を含有しない場合の含有量は0%である。
【0033】
Cu:0.01~0.40%
Cuはトランプエレメントとして混入する元素である。Cuは、固溶することで強度を高めると共に、均一伸びおよび穴広げ性を高め、且つ均一伸びを等方的に高める。この効果を確実に発揮させるために、Cu含有量は0.01%以上としてもよい。
一方、Cu含有量が0.40%超であると、熱間でのCu脆化割れを引き起こし、製造が困難となる。そのため、Cu含有量は0.40%以下とする。
【0034】
Ni:0.01~0.30%
Niは、固溶することで強度を高めると共に、均一伸びおよび穴広げ性を高め、且つ均一伸びを等方的に高める。この効果を確実に発揮させるために、Ni含有量は0.01%以上としてもよい。
一方、Ni含有量が0.30%超であると、連続鋳造時の割れが発生する。そのため、Ni含有量は0.30%以下とする。
【0035】
V:0.01~0.30%
Vは、固溶することで強度を高めると共に、均一伸びおよび穴広げ性を高め、且つ均一伸びを等方的に高める。この効果を確実に発揮させるために、V含有量は0.01%以上としてもよい。
一方、V含有量が0.30%超であると、連続鋳造時の割れが発生する。そのため、V含有量は0.30%以下とする。
【0036】
Sn:0.01~0.04%
Snは、固溶することで強度を高めると共に、均一伸びおよび穴広げ性を高め、且つ均一伸びを等方的に高める。この効果を確実に発揮させるために、Sn含有量は0.01%以上としてもよい。
一方、Sn含有量が0.04%超であると、熱間での粒界脆化割れが発生する。そのため、Sn含有量は0.04%以下とする。
【0037】
上述した熱延鋼板の化学組成は、スパーク放電発光分光分析装置などを用いて、分析すればよい。なお、CおよびSはガス成分分析装置などを用いて、酸素気流中で燃焼させ、赤外線吸収法によって測定することで同定された値を採用する。また、Nは、熱延鋼板から採取した試験片をヘリウム気流中で融解させ、熱伝導度法によって測定することで同定された値を採用する。
【0038】
次に、本実施形態に係る熱延鋼板の金属組織について説明する。本実施形態に係る熱延鋼板は、金属組織が、面積%で、ベイナイトが25.0~96.0%、残留オーステナイトが4.0~12.0%、フェライトが5.0%以下、マルテンサイトが70.0%以下、パーライトが3.0%以下であり、旧オーステナイト粒の平均粒径が25.0μm以下であり、結晶方位差が15゜以上であるベイナイトの大傾角粒界の線長のうち、残留オーステナイトと接する線長の割合が3.0%以上、12.0%未満である。
【0039】
なお、本実施形態では、板面に直角な断面の、表面から板厚の1/4深さ位置(表面から板厚の1/8深さ~板厚の3/8深さの領域)における金属組織を規定する。その理由は、この位置における金属組織が、熱延鋼板の代表的な金属組織を示すからである。以下、各規定について説明する。
【0040】
ベイナイトの面積率:25.0~96.0%
ベイナイトは熱延鋼板の強度、均一伸び、穴広げ率を高める。所望の強度、均一伸び、穴広げ率を得るために、ベイナイトの面積率は25.0%以上とする。好ましくは、30.0%以上、40.0%以上、50.0%以上または60.0%以上である。
残留オーステナイトの面積率との関係から、ベイナイトの面積率は96.0%以下とする。好ましくは、94.0%以下、92.0%以下である。
【0041】
残留オーステナイトの面積率:4.0~12.0%
残留オーステナイトは熱延鋼板の均一伸びを高める。均一伸びを高めて優れた延性を得るために、残留オーステナイトの面積率は4.0%以上とする。好ましくは、6.0%以上、8.0%以上である。
一方、残留オーステナイトの面積率が12.0%超であると、穴広げ性が劣化する。そのため、残留オーステナイトの面積率は12.0%以下とする。好ましくは、10.0%以下、8.0%以下である。
【0042】
フェライトの面積率:5.0%以下
フェライトの面積率が5.0%超であると、強度が劣化する。そのため、フェライトの面積率は5.0%以下とする。好ましくは3.0%以下であり、0.0%であってもよい。
【0043】
マルテンサイトの面積率:70.0%以下
マルテンサイトは熱延鋼板の強度を高めるために有効な金属組織であるが、面積率が高まることで延性が劣化する。マルテンサイトの面積率が70.0%超であると、熱延鋼板の延性が著しく劣化する。そのため、マルテンサイトの面積率は70.0%以下とする。好ましくは、60.0%以下、50.0%以下または40.0%以下である。本実施形態に係る熱延鋼板は所望量のベイナイトを含むことで強度を確保できるため、マルテンサイトの面積率は0.0%であってもよい。
【0044】
パーライトの面積率:3.0%以下
金属組織にパーライトが含まれると、熱延鋼板の穴広げ性が劣化する。パーライトの面積率が3.0%超であると、穴広げ性が著しく劣化する。また、パーライトの面積率が高いほど、均一伸びが劣化する。そのため、パーライトの面積率は3.0%以下とする。均一伸びの低下を十分に抑制するために、パーライトの面積率は1.0%以下が好ましく、0.0%がより好ましい。
【0045】
以下、金属組織の面積率の測定方法について説明する。
【0046】
フェライトの面積率の測定方法
EBSD解析によって得られた結晶方位情報を用いて測定する。測定には、サーマル電界放射型走査電子顕微鏡(JEOL製JSM-7001F)とEBSD検出器(TSL製DVC5型検出器)とで構成されたEBSD解析装置を用いる。この際、装置内の真空度は1.0×10-4Pa以下、加速電圧は15kV,照射電流レベルは13~15、電子線の照射レベルは62とし、WDは15mmとする。
【0047】
観察する試料は、熱延鋼板の幅方向1/4位置、1/2位置、3/4位置の各々の位置から、表面から板厚の1/4深さ位置(表面から板厚の1/8深さ~板厚の3/8深さの領域)が観察できるように、圧延方向に直交する方向に10mmの幅方向サイズとなるように採取する。圧延方向に直交する断面について、#1000で粗研磨し、粒度1~3μmのダイヤモンドパウダーを分散させた研磨液で鏡面研磨仕上げを行った後、電解研磨によって表面の研磨ひずみを除去して観察サンプルとする。この電解研磨では、観察面の機械研磨ひずみを除去するため、最小でも20μmを研磨すればよく、最大でも50μm研磨すればよい。端部のダレを考慮すると30μm以下とすることが好ましい。
【0048】
得られた観察サンプルについて、表面から板厚の1/4深さ位置(表面から板厚の1/8深さ~板厚の3/8深さの領域)において、板厚方向に100μmおよびその直交方向に200μmの範囲で、EBSD解析を実施する。EBSDで得る結晶方位情報は0.05~0.5μmの測定点間隔で測定された結晶方位とその測定座標とを記録したデータである。EBSD解析で得た結晶方位情報を用いて、EBSD解析装置に付属のソフトウェア「OIM Analysis(登録商標)」によってbccと判定された領域の面積率を算出する。
【0049】
次に、OIM出力した逆極点カラーマップ上でbccのphaseと判定された図から隣接測定点の方位差が15゜以上である境界を結晶粒界と定義し、各結晶粒についてGAM値を算出する。このGAM値が0.5以下である結晶粒をフェライトおよびパーライトとみなす。各幅方向位置におけるフェライトおよびパーライトの結晶粒の面積率の平均値を算出することで、フェライトおよびパーライトの面積率の合計を得る。得られたフェライトおよびパーライトの面積率の合計から、後述するパーライトの面積率を差し引くことで、フェライトの面積率を得る。
【0050】
マルテンサイトの面積率の測定方法
フェライトの面積率を測定して得られたときの結晶方位情報を用いて、EBSD解析装置に付属のソフトウェア「OIM Analysis(登録商標)」によってIQ(Image Quality)値が8000以上の値を示した測定点がマルテンサイトの測定点である。全測定点数に占める、マルテンサイトの測定点の割合を算出することで、マルテンサイトの面積率を得る。この方法により、各幅方向位置におけるマルテンサイトの面積率の平均値を算出することで、マルテンサイトの面積率を得る。なお、IQ値は観察試料表面の状態、測定時の精度によって変化することがある。これらの影響を排除するために、結晶方位情報の信頼性を現すCI(Cоnfidence Index)値が0.8以上のものを用いればよい。CI値が0.8未満となる場合は、前記方法での電解研磨を再度実施し、試料とEBSDパターンの検出機との作動距離を調整することや、加速電圧、照射電流レベルの調整を行うか、検出器のゲインあるいは露出を調整し、CI値が0.8以上となるようにデータを取得する。
【0051】
残留オーステナイトの面積率の測定方法
フェライトの面積率を測定して得られたときの結晶方位情報を用いて、fccのphaseと判定された領域を残留オーステナイトとみなす。各幅方向位置における残留オーステナイトの面積率の平均値を算出することで、残留オーステナイトの面積率を得る。
【0052】
パーライトの面積率の測定方法
パーライトはフェライト中にラメラ状の炭化物が配置されている組織である。パーライトは、EBSD解析により得られた結晶方位情報を、EBSD解析装置に付属のソフトウェア「OIM Analysis(登録商標)」で測定しても、フェライトと同一のbccと判定される。これは電子線ビームのスポット径内にパーライト中のフェライトが含まれるためである。したがって、パーライトの面積率のみはEBSD解析によらず、腐食サンプルの光学顕微鏡観察により測定する。
【0053】
フェライトの面積率を測定する際に用いたサンプルと同一のサンプルを用いて、ナイタル腐食液によって現出させた組織を撮影することで、金属組織写真を得る。金属組織写真は、板厚方向に100μmおよびその直交方向に200μmの範囲を撮影したものとする。この金属組織写真を用いて、パーライトの面積率を測定する。ラメラ状の炭化物が含まれる結晶粒をパーライトとみなす。各幅方向位置におけるパーライトの面積率の平均値を算出することで、パーライトの面積率を得る。
【0054】
ベイナイトの面積率の測定方法
フェライトの面積率を測定して得られたときの結晶方位情報を用いて、フェライトおよびパーライトと判定された測定点、マルテンサイトと判定された測定点および残留オーステナイトと判定された点を除いた測定点がベイナイトの測定点である。全測定点に示すベイナイトの測定点の割合を算出することで、ベイナイトの面積率を得る。
【0055】
旧オーステナイト粒の平均粒径:25.0μm以下
旧オーステナイト粒の粒径が大きいと、複相組織においては局部伸びが低下する。その結果として、熱延鋼板の穴広げ性が劣化する。旧オーステナイト粒の平均粒径が25.0μm超であると、穴広げ性の劣化が顕著となる。そのため、旧オーステナイト粒の平均粒径は25.0μm以下とする。好ましくは20.0μm以下、15.0μm以下である。
旧オーステナイト粒の平均粒径が小さければ小さい程穴広げ性は向上するが、7.0μm未満としてもその効果は飽和する。そのため、旧オーステナイト粒の平均粒径は7.0μm以上としてもよい。
【0056】
旧オーステナイト粒の粒径の測定方法
観察する試料は、熱延鋼板の幅方向1/4位置、1/2位置、3/4位置の各々の位置から、熱延鋼板の圧延方向と直行する板厚断面であり、表面から板厚の1/4深さ位置(表面から板厚の1/8深さ~板厚の3/8深さの領域)が観察できるようにサンプルを採取する。ピクリン酸飽和水溶液にドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム腐食液を加えた腐食液によって板厚断面の組織を現出させる。このサンプルの表面から板厚の1/4深さ位置(表面から板厚の1/8深さ~板厚の3/8深さの領域)について、500倍の倍率で、板厚方向に200μm、圧延方向と直行する方向に200μmの領域の3か所について撮影した金属組織写真から、旧オーステナイト粒の粒径を測定する。各観察視野に含まれる旧オーステナイト粒の1つについて、円相当直径を算出する。撮影視野の端部等、旧オーステナイト粒の全体が撮影視野に含まれていない旧オーステナイト粒を除き、各観察視野に含まれる全ての旧オーステナイト粒について上記操作を行い、各撮影視野における全ての旧オーステナイト粒の円相当直径を求める。各撮影視野において得られた旧オーステナイト粒の円相当直径の平均値を算出することで、旧オーステナイト粒の平均粒径を得る。
【0057】
結晶方位差が15゜以上であるベイナイトの大傾角粒界の線長のうち、残留オーステナイトと接する線長の割合:3.0%以上、12.0%未満
熱延鋼板の金属組織は、熱間圧延時のひずみを受けることで、オーステナイトの形態が特徴付けられ、冷却、巻取り後もその形態を引継いで所定の金属組織となる。したがって、どのような金属組織においても、少なからず、熱間圧延によって生じた圧延方向に由来する集合組織および伸展した組織形態の特徴を残している。
【0058】
しかしながら、主相であるベイナイトの粒界に残留オーステナイトが接している場合、変形が強い箇所では残留オーステナイトが応力誘起変態して硬質組織として振る舞い、局所的な変形を抑制する。また、残留オーステナイトは、変形が弱い箇所では軟質な組織として変形を担う役割を果たす。その結果として、均一伸びを等方的に高めることができる。
【0059】
本発明者らの鋭意検討の結果、結晶方位差が15゜以上であるベイナイトの大傾角粒界の線長のうち、残留オーステナイトと接する線長の割合を3.0%以上とすることで、圧延方向およびそれに直交する方向の均一伸びの差を低減でき、均一伸びを等方的に高められることを知見した。その結果、本発明者らは、曲げひずみと直交する方向の変形によって生じるプレス部品の破断を抑制できることを知見した。そのため、結晶方位差が15゜以上であるベイナイトの大傾角粒界の線長のうち、残留オーステナイトと接する線長の割合は3.0%以上とする。好ましくは、5.0%以上、8.0%以上である。
【0060】
一方、結晶方位差が15゜以上であるベイナイトの大傾角粒界の線長のうち、残留オーステナイトと接する線長の割合が12.0%以上であると、均一伸びを等方的に高めることができない。そのため、結晶方位差が15゜以上であるベイナイトの大傾角粒界の線長のうち、残留オーステナイトと接する線長の割合は12.0%未満とする。好ましくは11.0%以下、10.0%以下である。
【0061】
結晶方位差が15゜以上であるベイナイトの大傾角粒界の線長のうち、残留オーステナイトと接する線長の割合の測定方法
フェライトの面積率を測定して得られたときの結晶方位情報を用いて、ベイナイトと判定された点群でOIM出力した逆極点カラーマップ上において、bccのphaseと判定された図から隣接測定点の方位差が15゜以上である境界を結晶粒界と定義し、ベイナイト粒界マップを作成する。次に、fccと判定された点群を上記のベイナイト粒界マップ上に描き、ベイナイト粒界の全ての線長に占めるベイナイト粒界とfccとが接する線長の割合を求める。この操作を採取したすべてのサンプルについて行い、その平均値を求めることで、結晶方位差が15゜以上であるベイナイトの大傾角粒界の線長のうち、残留オーステナイトと接する線長の割合を得る。
【0062】
本実施形態に係る熱延鋼板は、引張強さが1100MPa以上であってもよい。引張強さを1100MPa以上とすることで、車体軽量化により寄与することができる。引張強さの上限は特に規定しないが、1400MPa以下としてもよい。
【0063】
また、本実施形態に係る熱延鋼板は、均一伸びが5.0%以上であり、圧延方向の均一伸びと圧延方向に直角な方向の均一伸びとの差が2.0%以下であってもよい。
【0064】
引張強さおよび均一伸びは、熱延鋼板から、JIS Z 2241:2011に記載の5号試験片を作製して、JIS Z 2241:2011に記載の試験方法に従って求める。
【0065】
なお、均一伸びは、圧延方向と、圧延方向に直角な方向とについてそれぞれ求める。コイルから切り出す場合は、コイルの長手方向が圧延方向である。その他、切り板から圧延方向を判定する場合、熱延鋼板の表面には圧延方向に沿ってSiスケールに起因した微細な凹凸が形成されているため、そのスケール模様から圧延方向を判定する。スケール模様の長辺と平行な方向を圧延方向とみなせばよい。
【0066】
本実施形態に係る熱延鋼板は、穴広げ率が30%以上であってもよい。穴広げ率は、JIS Z 2256:2010準拠して穴広げ試験を行うことで測定する。
【0067】
次に、本実施形態に係る熱延鋼板の製造方法について説明する。本実施形態に係る熱延鋼板の好ましい製造方法は、以下の工程を順次行う。
【0068】
上述した化学組成を有するスラブを1220~1300℃の温度域で40分以上加熱する加熱工程。
75~85%の総圧下率で、且つ1070~1200℃の粗圧延温度で粗圧延を行う粗圧延工程。
最終圧延温度が940~1020℃であり、最終圧下率が26~43%となるように仕上げ圧延を行う仕上げ圧延工程。
前記仕上げ圧延の完了後2.0秒以内に冷却を開始し、前記仕上げ圧延の完了後17.0秒以内に300~480℃の温度域まで冷却する冷却工程。
巻取りを行う巻取り工程。
前記巻取り後、30分以内に、加熱量ΔTが下記式(1)を満たすように加熱する再加熱工程と、
200℃以下の温度域まで空冷する空冷工程。
245-0.942×CT+0.00092×CT<ΔT<686-2.38×CT+0.0022×CT …(1)
ただし、上記式(1)中のCTは冷却停止温度である。
【0069】
加熱工程
上述した化学組成を有するスラブを、1220~1300℃の温度域で40分以上加熱する。加熱温度が1220℃未満であると、溶体化が進まず、フェライト量が多くなり、強度が劣化する。そのため、加熱温度は1220℃以上とする。好ましくは1240℃以上である。
一方、加熱温度が1300℃超であると、加熱時にオーステナイト粒が粗大化し、結果として穴広げ性が劣化する。そのため、加熱温度は1300℃以下とする。エネルギーコストの観点から、加熱温度は、1280℃以下であることが好ましい。
【0070】
1220~1300℃の温度域での保持時間が40分未満であると、溶体化が進まず、フェライト量が多くなり、強度が劣化する。そのため、上記温度域での保持時間は40分以上とする。好ましくは60分以上、80分以上である。このように加熱工程での加熱条件は最終組織の相構成に影響を及ぼす。したがって、通常、生産性のために30分程度となるような保持時間は好ましくなく、スラブの任意の箇所での温度が上記を満たすように40分以上の保持が必要である。
保持時間の上限は特に限定しないが、200分以下としてもよい。
【0071】
粗圧延工程
75~85%の総圧下率で粗圧延を行う。粗圧延工程における総圧下率は、スラブ厚さ:tと、粗圧延終了時の板厚tとを用いて、(1-t/t)×100(%)で表される。総圧下率が75%未満であると、圧延ひずみが不足し、熱間でのオーステナイト再結晶が進まない。そのため、オーステナイト粒の平均粒径が25.0μmを超えるまで粗大化し、結果として穴広げ性が劣化する。そのため、75%以上の総圧下率で粗圧延を行う。好ましくは77%以上である。
【0072】
一方、総圧下率が85%超であると、圧延ひずみが高すぎるため、オーステナイト再結晶が進むものの粒成長が大きく、オーステナイト粒の平均粒径が25.0μmを超えるまで粗大化し、穴広げ性が劣化する。そのため、総板減率で85%以下の粗圧延を行う。好ましくは83%以下である。
【0073】
粗圧延工程における粗圧延温度は特に限定しないが、熱間変形抵抗の観点から1070℃以上が好ましい。また、所望のフェライト分率を得る観点からも、粗圧延温度は1070℃以上が好ましい。
スケール噛み込みによる疵を減らす観点からは、粗圧延温度は、1200℃以下が好ましい。また、所望の旧オーステナイト粒の平均粒径を得る観点からも、粗圧延温度は1200℃以下が好ましい。
なお、ここでいう粗圧延温度とは、粗圧延最終段の出側温度のことである。
【0074】
仕上げ圧延工程
最終圧延温度が940~1020℃であり、最終圧下率が26~43%となるように仕上げ圧延を行う。最終圧延温度が940℃未満であると、オーステナイト再結晶が進まず細粒化せず、結果として旧オーステナイト粒の平均粒径が25.0μmを超える。そのため、最終圧延温度は940℃以上とする。好ましくは960℃以上である。
なお、最終圧延温度とは、仕上げ圧延の最終パス出側の鋼板表面温度のことをいう。
【0075】
一方、最終圧延温度が1020℃超であると、オーステナイト再結晶が進むものの粗粒化することで、穴広げ性が劣化する。そのため、最終圧延温度は1020℃以下とする。好ましくは1000℃以下である。
【0076】
仕上げ圧延の最終圧下率はオーステナイトの再結晶に影響を及ぼす。最終圧下率が26%未満であると、オーステナイト再結晶が進まず細粒化せず、結果として旧オーステナイト粒の平均粒径が25.0μmを超える。そのため、最終圧下率は26%以上とする。好ましくは30%以上である。
なお、最終圧下率は、仕上げ圧延最終パス入側板厚:tと、仕上げ圧延最終パス出側板厚tとを用いて、(1-t/t)×100(%)で表される。
【0077】
一方、最終圧下率が43%超であると、オーステナイト再結晶が進むものの粗粒化することで、穴広げ性が劣化する。そのため、最終圧下率は43%以下とする。好ましくは40%以下である。
【0078】
仕上げ圧延の圧延開始温度(仕上げ圧延の最初パス入側の鋼板表面温度)は、変形抵抗を下げるためには、1040℃以上が好ましい。また、スケール噛み込みによる疵を減らすためには1100℃以下が好ましい。
【0079】
冷却工程
仕上げ圧延の完了から冷却開始までの時間が2.0秒超であると、オーステナイト再結晶粒の粒成長が進み、穴広げ性が劣化する。そのため、仕上げ圧延後の完了後、2.0秒以内に冷却を開始する。ここでいう冷却開始までの時間とは、仕上げ圧延の最終パスでの圧延後、水冷が開始されるまでの時間のことをいう。
【0080】
仕上げ圧延の完了直後に冷却を開始してもよいが、仕上げ圧延機直下への冷却水を噴射することが必要となり、ロールが過度に冷却されることで、変態核生成の駆動力が高まる。その結果として、結晶方位差が15゜以上である前記ベイナイトの大傾角粒界の線長のうち、前記残留オーステナイトと接する線長の割合が増加する。そのため、冷却開始までの時間は1.0秒以上とすることが好ましい。
【0081】
仕上げ圧延の完了から300~480℃の温度域までの冷却時間が17.0秒超であると、フェライトの面積率が高まり、強度が劣化する。そのため、冷却開始後は、仕上げ圧延が完了してから17.0秒以内に、300~480℃の温度域まで冷却する。冷却時間は短い程好ましいが、短時間で所望の温度域まで冷却するためには量密度を高める必要があり、冷却ノズルへの負荷が増大するため経済性を損ねる。そのため、300~480℃の温度域までの冷却時間は、仕上げ圧延の完了から7.0秒以上とすることが好ましい。
【0082】
300~480℃の温度域まで冷却した後、冷却を停止する。冷却停止温度が300℃未満であると、マルテンサイト量が増え、穴広げ性が劣化する。そのため、冷却停止温度は300℃以上とする。好ましくは320℃以上である。
一方、冷却停止温度が480℃超であると、パーライト量が増え、且つ残留オーステナイト量が減ることで、延性および穴広げ性が劣化する。そのため、冷却停止温度は480℃以下とする。好ましくは460℃以下である。
【0083】
巻取り工程
冷却停止後は直ちにコイル状に巻き取る。つまり、巻取り温度と冷却停止温度とは同じ温度となる。
【0084】
再加熱工程
巻取り後は、30分以内に、加熱量ΔTが下記式(1)を満たすように加熱する。ここでの温度は、コイルの最外周の鋼板表面温度のことである。
この再加熱工程は、結晶方位差が15゜以上であるベイナイトの大傾角粒界の線長のうち、残留オーステナイトと接する線長の割合を好ましく制御するために特に重要な工程である。巻取り後の再加熱工程によって、旧オーステナイト粒界に対応する結晶方位差が15゜以上であるベイナイトの大傾角粒界でのC拡散が促され、結晶方位差が15゜以上であるベイナイトの大傾角粒界の線長のうち、残留オーステナイトと接する線長の割合を高める。
【0085】
245-0.942×CT+0.00092×CT<ΔT<686-2.38×CT+0.0022×CT …(1)
ただし、上記式(1)中のCTは冷却停止温度(℃)である。また、ΔTの単位は℃である。
【0086】
加熱量ΔTが上記式(1)の左辺以下であると、残留オーステナイト量を好ましく制御することはできるが、結晶方位差が15゜以上であるベイナイトの大傾角粒界の線長のうち、残留オーステナイトと接する線長の割合が少なくなる。また、加熱量ΔTが右辺以上であると、結晶方位差が15゜以上であるベイナイトの大傾角粒界の線長のうち、残留オーステナイトと接する線長の割合が多くなる。
【0087】
また、ΔT加熱に要する時間が30分を超えると、ベイナイト界面近傍で炭化物反応が生じることで、残留オーステナイト量が減る。
【0088】
なお、加熱量ΔTが上記式(1)を満たすようにコイルが加熱されればよく、当該温度にて長時間保持する必要は無い。保持時間は例えば、1~3000秒とすればよい。
【0089】
空冷工程
加熱量ΔTが上記式(1)を満たすように加熱した後は、200℃以下の温度域まで空冷する。空冷は、コイル搬送時の安全性を考慮し、100℃以下の温度域まで行うことが好ましい。
【実施例
【0090】
次に、本発明の実施例について説明するが、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用する一条件例である。本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得る。
【0091】
連続鋳造を実施することで、表1Aおよび表1Bに示す化学組成を有するスラブを得た。鋼No.I、L、SおよびXは、鋳造時にスラブの割れが認められたため、その時点で製造を中止した。
【0092】
次に、表2A~表2Cに示す条件により、熱延鋼板からなるコイルを製造した。なお、仕上げ圧延の圧延開始温度は1040~1100℃とし、ΔT加熱した温度での保持時間は1~3000秒とし、ΔT加熱した温度で保持した後は、100℃以下の温度域まで空冷した。
なお、試験No.53は、熱間での変形抵抗が高かったため、仕上げ圧延以降の製造を中止した。
【0093】
得られたコイルの最外周部から、金属組織観察、引張試験および穴広げ試験用の試験片を切り出した。試験片は、熱延鋼板の幅方向1/4位置、1/2位置、3/4位置から2つずつ採取し、引張強さ、均一伸び、穴広げ率、圧延方向の均一伸びと圧延方向に直角な方向の均一伸びとの差を求めた。試験方法は上述の方法と同様の方法とした。
また、得られた試験片から、上述の方法により、金属組織観察を行った。得られた結果を表3A~表3Cに示す。
【0094】
なお、表3A~表3Cにおいて、「残留オーステナイトと接する線長の割合」は、「結晶方位差が15゜以上であるベイナイトの大傾角粒界の線長のうち、残留オーステナイトと接する線長の割合」を示し、「均一伸びの差」は、「圧延方向の均一伸びと圧延方向に直角な方向の均一伸びとの差」を示す。
【0095】
【表1A】
【0096】
【表1B】
【0097】
【表2A】
【0098】
【表2B】
【0099】
【表2C】
【0100】
【表3A】
【0101】
【表3B】
【0102】
【表3C】
【0103】
表3A~表3Cに示す通り、本発明例に係る熱延鋼板は、高い強度、並びに、優れた延性および穴広げ性を有し、且つ均一伸びが等方的に高められたことが分かる。
一方、比較例に係る熱延鋼板は、上記特性のいずれか一つ以上が劣ることが分かる。
【0104】
張出し変形を受けた後に、割れに直交するように引張変形を受ける部分で生じる割れを回避するためには、圧延方向の均一伸びと圧延方向に直角な方向の均一伸びとの差を2.0%以下とする必要がある。図2によれば、結晶方位差が15゜以上であるベイナイトの大傾角粒界の線長のうち、残留オーステナイトと接する線長の割合を3.0%以上、12.0%未満とすることで、圧延方向の均一伸びと圧延方向に直角な方向の均一伸びとの差を2.0%以下に制御できること分かる。
【産業上の利用可能性】
【0105】
本発明に係る上記態様によれば、高い強度、並びに、優れた延性および穴広げ性を有し、且つ均一伸びが等方的に高められた熱延鋼板およびその製造方法を提供することができる。
図1
図2