(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-04-09
(45)【発行日】2025-04-17
(54)【発明の名称】抵抗体合金でなる薄膜素材とその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20250410BHJP
C22C 45/02 20060101ALI20250410BHJP
C21C 7/068 20060101ALI20250410BHJP
C23C 8/46 20060101ALI20250410BHJP
C22C 38/40 20060101ALI20250410BHJP
C22C 38/44 20060101ALI20250410BHJP
C21D 6/00 20060101ALI20250410BHJP
H05B 3/10 20060101ALI20250410BHJP
H05B 3/12 20060101ALI20250410BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C45/02 Z
C21C7/068
C23C8/46
C22C38/40
C22C38/44
C21D6/00 102A
H05B3/10 Z
H05B3/12 A
(21)【出願番号】P 2024181790
(22)【出願日】2024-10-17
【審査請求日】2024-10-23
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】512038665
【氏名又は名称】三好 壽幸
(74)【代理人】
【識別番号】100083172
【氏名又は名称】福井 豊明
(72)【発明者】
【氏名】三好 壽幸
【審査官】小川 進
(56)【参考文献】
【文献】特開昭59-193247(JP,A)
【文献】特開平05-009664(JP,A)
【文献】特開昭59-047352(JP,A)
【文献】特開平11-287238(JP,A)
【文献】特開2019-033008(JP,A)
【文献】中国実用新案第211668037(CN,U)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C22C 45/02
C21C 7/068
C23C 8/46
C21D 6/00
H05B 3/10-3/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステンレス316または316Lの金属組成で厚さが50μm以下の薄膜素材であって、
アモルファス組織と、
前記アモルファス組織と混在し、XRDでの表面波形で2θが
ほぼ65°と、82°と83°の間にのみピークを持つ金属結晶組織と、
を有することを特徴とする抵抗体合金
でなる薄膜素材。
【請求項2】
請求項1記載の薄膜素材を製造する方法であって、
ステンレス316または316Lの金属組成の溶湯に対して、JIS規格での上限値の1/10以下の濃度になるように炭素を抜く不純物処理工程と、
上記不純物が抜かれた溶湯から得られた所定厚の鋼を50μm以下に冷間圧延した薄膜素材を得る冷間圧延工程と、
前記冷間圧延によって得られた薄膜素材の表面を研磨して、表面に傷を付ける研磨工程と、
前記薄膜素材の片表面に
ケイ酸ナトリウムに炭素源としての炭素粉を混入したシンタリング剤を塗布する塗布工程と、
前記塗布されたシンタリング剤をブレードでぬぐって、前記傷に炭素粉を固定するぬぐい工程と、
前記
炭素粉が固定された薄膜素材を800~1000℃に加熱する加熱工程と、
前記加熱された薄膜素材に対して水で急冷する冷却工程と、
を備えたことを特徴とする抵抗体合金
でなる薄膜素材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は抵抗体合金に関し、特に、オーステナイト系ステンレスの薄膜素材を出発原料にした抵抗体合金に関する。
【背景技術】
【0002】
鉄系素材であるステンレスは耐食性、耐熱性に優れているところから、構造材だけでなくヒータ材料としも広く使用されている。ヒータ材料としては、ステンレス管の内部に発熱体を挿通し、発熱体を保護するいわゆるシーズ材として使用される他、銅に対して抵抗率が40倍もあるところからヒータそのものとしても利用されている。
【0003】
また、体心立方組織を持つマルテンサイト系の鋼(ステンレスを含む)は含有する炭素を利用してシンタリング(焼き入れ)させ耐食性、耐熱性を高めることが可能であり、このように耐食性、耐熱性を高めた鋼を高温ヒータとして利用することは可能である。
【0004】
一方で、アモルファス合金は、耐食性、耐熱性が優れていること、また同じ組成の合金に比べて抵抗率が高くなるところから、ヒータとしての利用が進められている。また、鉄系のアモルファス合金は軟磁性を示すことから磁性材料としての利用、例えばテープレコーダーの磁気ヘッド等に利用されてきた。
【0005】
アモルファス合金を作る方法として溶融金属を急冷する方法がある。例えば特開2020-146714号公報、特開2018-151172号公報等では、金属原料を投入した容器を電磁誘導加熱して溶融させ、当該溶融した金属湯を冷却ロールに膜状に塗布して急冷させる方法が開示されている。また、特開昭51-73920号公報には、鉄系材料をアモルファス化するについての組成が開示されている。
【0006】
更に、イオン注入装置を用いて炭素、燐、ホウ素と言った元素のイオンを対象物に注入する方法がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2020-146714号公報
【文献】特開2018-151172号公報
【文献】特開昭51-73920号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ヒータ素材を帯材にして、放熱面積を大きくすれば高い熱効率が得られることが予測される。帯状のヒータ素材は、現状インターネット上で見ることができる素材としてステンレスと、鉄、クロム、アルミ合金(商品名カンタル(登録商標))が上げられる。
【0009】
ステンレスの溶解温度は1400~1500℃であるので、1000℃程度の温度であれば使用可能である。そこで、厚さ30μmのステンレス帯材を用いたヒータについて検討してみる。
【0010】
抵抗率(SUS316L)を文献上の7.7×10
-7
Ωmとし、幅5mm、厚さ30μmで、電圧100Vで1kw(10Ω)のステンレスヒータを得ようとすると、2m弱の長さの材料が必要となる。抵抗の温度依存性を考慮すると、30%は短くなると考えられるが、長尺が要求されることにかわりはない。
【0011】
前記鉄、クロム、アルミ合金の抵抗率は14.5×10
-7
Ωmであるので、上記の厚みが30μmであるとすると、前記の半分程度の長さでよいことになるが、現状では80μm以上の厚みの材しか製品化されていないところ(東京抵抗線株式会社掲載カタログより)を考慮すると、より薄くできない、あるいは薄くしても使用上の支障が生じるものと考えられる。
【0012】
また、本願発明との関係で各種のヒータ材料の比熱に着目すると、ステンレスには種々の種類があるが、いずれも比熱が500J/kg・Kである。ニクロムは抵抗率が、10.8×10
-7
Ωmと比較的高いが温度依存性も高く、また、比熱が460J/kg・Kであり、ステンレスに比してそれほど低くはない。
【0013】
また前記鉄、クロム、アルミ合金は抵抗率が、14.5×10
-7
Ωmと高くまた、その温度依存性が低く耐熱性も高いところからヒータとして有益であるが、比熱が420J/kg・Kであり、ステンレスやニクロムに比して各段に低いとはいえない。
【0014】
以上のことからヒータ材としての条件は、高抵抗率、抵抗率の低温度依存性、低比熱が求められるが、この3つの条件が揃ったヒータ材は現状ではないと考えられる。
【0015】
上記各特許文献に記載されているアモルファス合金を作る方法は、素材を一旦溶解し、溶解した状態から回転する冷却ドラムに押し出すようにして急冷し、帯材を形成するようになっている。上記の「急冷」の温度降下速度は文献上102℃/s~106℃/sと広い幅の記述が認められ、おそらく対象物質によって異なるものと考えられるが、102℃/s以下ではないことは確かと言える。この方法で得られたアモルファス金属は抵抗率が大きく、軟磁性を持つのが特徴であるが、相応の設備を要し、コスト高となる。
【0016】
また、スパッタリングによってアモルファス粉を得る方法もあるが、この場合は得られたアモルファス粉を固め直す必要があり、帯材の長尺物を得ることは技術的に難しい。
【0017】
更に、イオン注入装置を用いて炭素、燐、ホウ素と言った元素のイオンを対象物に注入する方法があるが、この方法では上記イオン注入装置の大きさに限定された大きさの製品しか得られないことになる。
【0018】
本発明は上記従来の事情に鑑みて提案されたものであって、高抵抗率、抵抗率の低温度依存性、低比熱であって、耐久性・耐熱性が高く、状況に応じた長さの帯状、線状ヒータ材料を得ることを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本願発明は、ステンレス316または316Lの金属組成の厚さが50μm以下の薄膜素材であって、アモルファス組織と、前記アモルファス組織と混在し、XRDの波形でほぼ65°と、82°と83°の間にのみピークを持つ金属組織を有する抵抗体合金よりなる薄膜素材である。
【0020】
上記抵抗体合金は、以下の手順で製造される。
【0021】
ステンレス316または316Lは不可避な不純物(C、Si、S、P)が含まれている。ここでは炭素に注目し、ステンレス316または316Lの金属組成の溶湯から、炭素濃度がJIS規格上限値の1/10以下になるように不純物を抜く(不純物処理工程)。前記炭素が抜かれた溶湯から所定厚の鋼を得る(製鋼工程)。得られた鋼を50μm以下に冷間圧延した薄膜素材を得る(冷間圧延工程)。
【0022】
前記冷間圧延によって得られた薄膜素材の表面を研磨して、表面に傷を付ける(研磨工程)。前記薄膜素材の片表面にケイ酸ナトリウムに炭素源としての炭素粉を混入したシンタリング剤を塗布する(塗布工程)。前記塗布されたシンタリング剤をブレードでぬぐって、前記傷に炭素粉を固定する(ぬぐい工程)。前記炭素粉が固定された前記薄膜素材を800~1000℃に加熱する(加熱工程)。前記加熱された薄膜素材を水で急冷する(冷却工程)。
【発明の効果】
【0023】
本発明は、通常の製造工程で低不純物濃度化(炭素濃度化)した溶湯から得た鋼を処理することによって、アモルファス組織を持つ抵抗体合金を得ることができる。当該抵抗体合金は高い抵抗率と耐食性・耐熱性を備え、また比熱が小さくなるところから少ない投入エネルギーで高い温度を得るヒータ材として利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】サンプル1(13μm)のX線回折図である。
【
図3】サンプル2(28μm)のX線回折図である。
【
図4】サンプル3(12μm)のX線回折図である。
【
図5】ステンレス316、316LのX線回折図の基準パターンである。
【
図6】ステンレス304のX線回折図の基準パターンである。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本願発明の出発原料としてオーステナイト系ステンレスのSUS316L(あるいは316)が用いられる。その金属組成は重量%で、Cr:16.00~18.00、Ni:10.00~15.00、Mo:2.00~3.00、Mn:≦2.00残部がFeである。
【0026】
SUS316L(あるいは316)の金属組成であるNiはSUS316で10.00~14.00質量%、SUS316Lで12.00~15.00質量%であるので、上記では10.00~15.00質量%とした。
【0027】
また、SUS304を用いることもできる。その金属組成は、重量%で、Cr:18.00~20.00、Ni:8.00~10.50、Mn:≦2.00残部がFeである。
【0028】
オーステナイト系ステンレスには不可避な不純物(C、Si、S、P)が含まれている。SUS316LはJIS規格で炭素の上限値は0.03重量%(SUS316、304で上限値は0.08重量%)とされているが、ここでは、更に1/10以下で技術的に可能な限り低い値、下記の実施例では1/100程度になるまで抜炭した鋼が用いられる。
【0029】
上記組成の鋼を作るには、オーステナイト系ステンレスの金属組成の溶湯に対して不純物処理をする。不純物処理は通常製鋼工程で行われている技術であり、溶湯容器(タンディシュ)に酸素を吹き込んで行われる。これによって、炭素は炭酸ガスに、他の物質は酸化物になってスラグとして溶湯からのぞかれる。このように低炭素化されると、後にシンタリング工程で表面に塗布される炭素が浸透しやすくなり、アモルファス化が容易になる。
【0030】
次いで、このように不純物処理(低炭素化)された溶湯から通常の方法で、1mm程度の厚みの鋼板を得る。この鋼板を真空中で1000℃程度の温度で1時間程度養生した後、冷間圧延して50μm以下の厚みの薄膜素材を得る。冷間圧延は、素材を均一な厚みに成形することができるので、長尺の製品であっても特性の均一性を確保できる。
【0031】
上記のようにして得られたステンレスの薄膜素材の表面に付着している酸化物や不純物等を取り除くために、研磨ローラで研磨される。ここで研磨は表面の付着物を極めて薄く削り取ることであり、鏡面に仕上げることを意味しない。従って、重要な点は、研磨ローラによって、両表面に目視できない傷が付けられる。その他、研磨粉を使用すること、あるいは手動の研磨たわし、研磨ペーパを用いても、両表面に目視できない傷を付けることができる。
【0032】
このようにして得られた研磨済の所定厚さの薄膜素材の一方の面に、ケイ酸ナトリウム(又はケイ酸ナトリウムにケイ酸カリウムを含んでもよい)に炭素源としての炭素粉を混入したシンタリング剤を塗布する。前記シンタリング剤の塗布のあと、ゴムブレードでケイ酸ナトリウムをぬぐい取るので、結果として、炭素粉を含んだケイ酸ナトリウムは極めて薄く(推定で1μm以下)ステンレスの薄膜の表面に付着した状態となる。
【0033】
このとき、前記したように、薄膜素材の表面には研磨時の傷がついているので、前記ブレードで拭ったとき炭素粉等は前記の傷に嵌り込んで、ステンレスの表面に固定されることになる。
【0034】
上記のようにシンタリング剤を塗布したステンレス薄膜素材を、800℃~1000℃で15~25秒前後加熱して、水で急冷する。
【0035】
上記薄膜素材の厚みは、薄膜素材の1方の面にシンタリング剤を塗布する限りにおいては50μm以下が望ましい。これ以上の厚みになると、以下に説明するシンタリングによるアモルファスへの転換が対象物の全厚み域に及ばなくなる。
【0036】
尚、本願発明では、上記シンタリング剤にホウ酸を混入しているが、当該ホウ酸は、被加工物の高温ワレを防止する目的で添加され、後に説明するようにアモルファス化には殆ど寄与しないと考えられる。
【0037】
上記ケイ酸ナトリウムとしては市販品を用い、当該ケイ酸ナトリウムに対して炭素粉及びホウ酸が重量比で8:1:1~4:3:3の割合で添加される。但し、薄膜素材への炭素の浸透量は加熱温度、加熱時間、炭素濃度との相関関係であり、上記の重量比を一律に決定することはできない。
【0038】
特開昭51-73920号公報には鉄系素材をアモルファスに変化させるための素材的条件は、炭素、燐、ホウ素の内のいずれか1種または2種以上とあるが、本願のように一旦鋼になったあとで熱によって薄膜素材に浸透するのは炭素と考えられる。
【0039】
現実に出願人が、以下の実施例での、炭素、ホウ素の濃度測定をしたところ、ホウ素の薄膜素材への浸透は殆ど認められず、アモルファス化に寄与するのは、炭素と考えられる。ホウ素は溶接剤と同様、高温ワレを防止する機能を備えていると考えられる。
【0040】
また、前記シンタリング剤は薄膜素材の片面に塗布、あるいは両面に塗布のいずでもよい。
【0041】
シンタリング時の温度は、一般に鉄の焼き入れ処理で使用されている800℃から1000℃であり、この温度を15~25秒保持し、その後水に漬けて急冷する。
【0042】
これによって、炭素が急速に薄膜素材に浸透し、急冷によってアモルファス組織が形成されるが、一部にマルテンサイトの結晶組織が形成され、両者の混在した薄膜が形成される。
【0043】
一般に溶湯を急冷してアモルファス金属を得ようとするとき、102℃/s~106℃/sの温度降下速度を必要とする。本願発明では、出発原料として、溶湯ではなく鋼の薄膜を用いる。この薄膜は、鋼になる前の工程で、炭素濃度が著しく小さくしてあること、および、厚みが50μm以下であり、厚みに反比例した温度降下速度が得られることの相乗効果で、アモルファス化が進行するものと考えられる。
【0044】
以下、サンプル1~3は、上記炭素粉及びホウ酸をケイ酸ナトリウム(ケイ酸ナトリウム6、炭素粉2、ホウ酸2の重量割合)に混入したシンタリング剤を片面に塗布し、シンタリング温度を900℃、シンタリング温度の保持時間を20秒とした例を以て説明する。
【0045】
<サンプル1(本願発明品:厚み13μm)>
まず、SUS316Lでの炭素含有量のJIS規格上限の割合(0.03w%)の1/100程度になるまで不純物処理を溶湯の段階で行い、当該溶湯から厚さ1mm程度の鋼を得る。この鋼を真空中での前記養生工程を経て冷間圧延し、厚さ13μmの未研磨薄膜素材とする。この後当該未研磨薄膜素材に対して前記研磨を施し、研磨済薄膜素材を得る(研磨前後の厚みと研磨後の厚みは略同じ)。当該13μmは出願人の設備の限界を意味するものであって、より薄くてもかまわない。
【0046】
別途、市販のケイ酸ナトリウムに炭素粉及びホウ酸を上記の割合で混合したシンタリング剤を用意する。前記素材の表面に前記シンタリング剤を塗布してブレードで拭いとると、前記ステンレス薄膜の表面には、炭素粉及びホウ酸が混入したケイ酸ナトリウムが極薄く付着した状態となるが、特に前記研磨時の形成された極細の傷に前記炭素粉及びホウ酸が嵌り込んだ状態となる。
【0047】
従って、前記炭素粉の粒径はできる限り小さく、例えばナノオーダの粒子とするのが好ましい。
この状態の薄膜素材を、上記したように900℃に加熱し、その温度で20秒保持する。その後水に漬けて急冷することで、シンタリングが完了する。これによって、以下に説明するように、オーステナイト組織の一部がアモルファス組織に変態し、残りがマルテンサイトの結晶組織に変態する。
【0048】
図1(a)は、当該サンプル1のシンタリング剤を塗布した側の面(表面)のシンタリング後のX線回折図であり、同図(b)は反対側の面(裏面)のX線回折図である。ここで注目すべき点は2点ある。尚、加工前のSUS316LのX線回折の基準パターンは、後述する
図5(b)の最上段に示されている。
【0049】
先ず、本願発明の上記シンタリングの結果、表裏両面とも、2θが40°以下の浅い角度で曲線がブロードになっている。このブロードの曲線は、アモルファス組織である可能性が推測される(一方でベースラインの可能性もある)。アモルファスの特徴として、(1) 抵抗率が高くなること、(2) 透磁率が高くなることが上げられる。
【0050】
SUS316Lの抵抗率が文献上、7.7×10
-7
Ωmあるところ、サンプル1では14.4×10
-7
Ωm(後に説明する表2の0.5V印加時の値から算出)であり、上記(1)の要件は満たしている。透磁率を数値として算出する機材を出願人は持たないが、永久磁石を近づけと、加工前のSUS316Lは何ら反応しないが、サンプル1は吸引される。従って上記(2)の要件も備えている。
但し、以下に説明するように前記シンタリングの効果として、対象のステンレスのオーステナイト組織(非磁性)の一部がマルテンサイト組織(磁性)に変態している(
図1(a)、(b)の65°近辺、82°近辺のピーク参照)。従って、前記透磁率の高さの原因をアモルファス化にのみ求めることはできない。
次に、上記
図1(a)、(b)の65°近辺、82°近辺にピークがみられる。一方、
図5(a)はSUS316の冷間圧延の度合いに応じて現れるX線回折図であり、同図(b)はSUS316Lの冷間圧延の度合いに応じて現れるX線回折図である(https://tt-tech.jimdo.com/4-ステンレス-sus-鋼の事故例-1/4-1-ステンレス鋼の概要-2/4-1-2-オーステナイト系sus鋼の加工誘起マルテンサイト変態/、「Dr.TTの金属・材料技術問題相談」より)。当該
図5(a)、(b)では、マルテンサイトのピークを符合Mで、オーステナイトのピークを符合Aで表している。
【0051】
図5(b)より、SUS316Lの90%圧延の加工変態によって現れるマルテンサイトへの変態が82°近辺に僅かに表れており、このことから
図1(a)、(b)の82°近辺に表れているピークはマルテンサイトのピークであることが分る。
図5(b)からは、
図1(a)、(b)の65°近辺に現れているピークの正体は不明である。
【0052】
そこで、SUS316の加工変態を示す
図5(a)を参照すると、65°近辺にマルテンサイトのピークが現れており、
図1(a)、(b)の65°近辺のピークもマルテンサイトのピークであることが理解できる。
【0053】
次いで、上記
図1(a)と(b)を比較すると、シンタリング剤を塗布した表側(
図1(a))の前記65°近辺と82°近辺のピークが、シンタリング剤を塗布しなかった裏側に比べて高くなっている。すなわち、シンタリングの影響が大きく表側に現れ、裏側に行くに従ってその影響が小さくなっていることを示している。
【0054】
図2(a)、(b)は当該厚さ13μmのサンプル1の表裏のXPS図である。表側(
図2(a))の矢印で示す炭素のピークが裏側(
図2(b))より高くなっていることからも上記の裏付けができる。この炭素の浸透が
図1(a)、(b)に示すアモルファスの形成に大いに寄与していると考えられる。すなわち、溶湯の段階で、一旦炭素を規定の1/10以下にしておくと、後のシンタリング工程で薄膜素材に炭素が浸透しやすくなり、クロムの存在と相まってアモルファスが形成されるものと考えられる。
【0055】
溶湯を急冷してアモルファスを形成するには102℃/s以上の降下速度での急冷が必要である。本願発明は溶湯から出発するのではなく鋼の薄膜から出発しているが、素材の薄さと炭素の初期濃度の低さ(逆にシンタリング剤の炭素の浸透し易さ)が、上記溶湯からの急冷と同等の効果を生じていると考えられる。
【0056】
ここで、サンプル1について炭素濃度を測定した結果は0.013w%であり、一方ホウ素濃度は0.0002w%であったところから考慮して、アモルファス化に寄与しているのは炭素であることが理解できる。
図2(a)、(b)にはホウ素のピークは表れていないのであるから、上記実測濃度の低さと符号し、ホウ素はアモルファスの形成に殆ど寄与していないと考えられる。むしろ一般の溶接剤と同様高温ワレを防止する機能を持っていると考えられる。
【0057】
また、
図2(a)、(b)の対象は元来NiとMoを含むステンレスであるので当該Ni、Moのピークが、見えるはずであるが隠れてしまっている。
【0058】
上記マルテンサイトへの変態がどの時点で起こったか。
図5(b)では82°近辺での変態の度合いが、
図1(a)、(b)に比して小さい点、及び65°近辺でのマルテンサイトへの変態をみることができない点を考慮すると、圧延工程でも多少の変態はあるようであるが、マルテンサイトへの主たる変態は圧延工程ではなくシンタリング工程で発生していると考えられる。
【0059】
また、圧延の度合いでのX線回折のパターンを示す
図5(a)及び(b)では、アモルファスへの変態を全く観測することができないのであるから、アモルファスへの変態はシンタリング工程のみで発生しているといえる。
【0060】
図5(a)から、ステンレス316は圧延だけで65°、82°近辺で多少のマルテンサイトへの変態は認められるが、
図1にみられるようなはっきりした変態は認められない。一方で、本願発明では溶湯の段階で不純物処理するので、金属の組成がほぼ同じSUS316とSUS316Lの炭素濃度は溶湯の段階で同じにすることができ、本願発明はSUS316Lだけでなく、SUS316でも通用することになる。
【0061】
<サンプル2(本願発明品:28μm)>
図3(a)、(b)は、サンプル1と同様、不純物処理工程、製鋼工程、真空中での養生工程を経た鋼を、厚さ28μmに圧延し研磨したSUS316Lについて、上記と同様のシンタリング加工をした場合の表面と裏面のX線回折図である。全体に弱いブロード状態の中に65°近辺と82°近辺にマルテンサイト組織のピークがみられる。
【0062】
図3(a)は、前記サンプル2のシンタリング剤を塗った側(表面)のX線回折図であり、
図3(b)は、シンタリング剤を塗らなかった側(裏面)のX線回折図である。いずれの側も低いブロードな曲線の上に、65°近辺と、82°近辺にマルテンサイトのピークが見られる。この場合も、表の方のピークが高いことが認められる。当該ブロードな曲線がアモルファスを表しているのかベースラインを示しているのかこの図を見る限りはっきりしない。
【0063】
しかしながら、以下に説明するようにサンプル2の抵抗率が14.4×10
-7
Ωmと、極めて高いことを考慮すると、アモルファスを表しているものと考えられる。また、前記65°近辺のピークと、82°近辺のピークは表側の方が裏側より大きくなっており、シンタリング剤の浸透状態が表側の方が大きく表れている。
【0064】
<サンプル3(本発明品:SUS304、12μm)>
図4は、ステンレス304の組成を持つ溶湯を不純物処理し、製鋼工程、真空中での養生工程を経て鋼とし、12μmに冷間圧延して、上記のシンタリングを行った試料(サンプル3)のシンタリング剤を塗布した側の面のX線回折図である。
図1同様、2θが65°近辺と82°近辺にピークが現れており、2θが低い部分でブロードに盛り上がっているが、
図1に示す程ではない。加えて2θが20°以下でも高いピークが見られる。
【0065】
図6に示すSUS304の圧延90%の基準パターンと比較すると、2θが65°近辺および82°近辺のピークはマルテンサイトのピークと考えられるが、20°以下で現れているピークは、今のところ特定はできていない。シンタリング剤に使用するケイ酸ナトリウム由来の物質または、ホウ酸由来の物質の可能性が高いが、
図5、
図6から推定して金属結晶のピークではないと考えらえる。いずれにしても、316Lのようなきれいなアモルファスの曲線を呈していない。
【0066】
このことは後に説明する実験結果にも表れており、316Lが示す程発熱効果は大きくならない。
【0067】
<測定>
(装置)
図7に示すように、石英管10に帯材ヒータ11(以下の各比較品、あるいは本願発明の各サンプル)を螺旋状に、隙間をできるだけ小さくして巻回し、当該石英管10に温度計20のプローブ21を挿入し、その先端が前記巻回幅yの中央に位置するように装置を組み立てた。
【0068】
上記装置を用いて、各比較品、本願発明品の電極間(90mm)に0.5V間隔で電圧を印加し、電圧、電流、温度を測定し、抵抗、電力を計算した。
【0069】
<測定結果1>
表1(a)は、厚み9μmの未加工のSUS316Lを幅5mmに切り取って、比較品1aとし、電極間距離90mmとしたときの電圧、電流、温度の測定値と、当該測定値に基づいて計算した抵抗、電力を示した。また、表2は前記シンタリング加工をしたサンプル1(厚み13μm)を幅5mmに切り取ってサンプル1sとし、電極間距離90mmのときの電圧、電流、温度の測定値と、抵抗、電力の計算値を示す。
【0070】
表1(b)は、前記表1(a)のデータに基づいて、これをサンプル1sと同じ厚み13μmの値に変換して表し、比較品1bとした。上記厚み9μmの比較品1aのデータ(表1(a))から厚み13μmの比較品1bへの換算は、比較品1aの電流Ia×13/9=比較品1bの電流Ibである。
【0071】
尚、前記9μmから13μmに厚みが増え、それに伴って電流も増えるが、増加した厚みの分の温度は増加した電流が受け持つことになるので、各電圧における温度は比較品1aと1bでは変化はないとした。
【0072】
<サンプル1sと比較品1a、1b>
比較品1bの0.5Vでの抵抗値(常温に近い温度での抵抗値)1.07Ωを使用すると、抵抗率は7.7×10
-7
Ωmと算出され、文献値とよく一致する。
【0073】
これに対して、サンプル1sの抵抗は電圧0.5Vの電流値を用いると2.00Ω(抵抗率14.4×10
-7
Ωm)を示しており、常温近くでは文献値の倍弱の値となっている。
【0074】
次に、未加工品(比較品1a、比較品1b)および、サンプル1sの抵抗値は小さな温度依存性しか示さない。後に説明するようにSUS304の未加工品の抵抗は温度依存性が大きいが、SUS316Lでは加工品、未加工品とも抵抗の温度依存性は小さい。Moの添加が起因していると推定される。
【0075】
厚み9μmと、13μmの相違があるが、比較品1aとサンプル1sの生のデータを比較する。
【0076】
表2のサンプル1sで70W(13V)の投入エネルギー(正確にいうと1秒あたりの投入エネルギーであって、1W=1J/s、以下同じ)で、900℃が得られる。表1aの比較品1aではそれにほぼ近い投入エネルギーは印加電圧12~12.5Vにあるが、850℃前後しか得られていない。また、表2のサンプル1sの投入エネルギー60W(12V)で882℃が得られるが、表1aの比較品1aでそれに近い投入エネルギーは印加電圧が11.0~11.5Vの間にあるが、800℃前後しか得られないことになる。
【0077】
一般に投入エネルギーQと温度Kとの関係は、その物質の熱容量と比熱で決定され以下の(1)式で与えられる。
【0078】
Q=mcΔK・・・(1)
m:質量、c:比熱、ΔK:温度変化
以下、前記シンタリング加工前と加工後の比重が同じであるとして記述する。
【0079】
厚み9μmの比較品1aに対して厚み13μmのサンプル1sは、40%以上質量mが大きいのであるから、サンプル1sの比熱は比較品1aの比熱に対して40%以上小さいと推測できる。
【0080】
次いで、表1(b)の比較品1bの値と表2のサンプル1sの値とを比較する。
【0081】
サンプル1sで70W(13V)の投入エネルギーで900℃が得られる。比較品1bではそれにほぼ近い投入エネルギーは電圧10.0~10.5Vの間にあるが、この投入エネルギーでは750℃前後しか得られていない。また、サンプル1sの投入エネルギー60W(12V)で882℃得られるが、比較品1bでそれに近い投入エネルギーは電圧9.5Vであるが、700℃前後の温度しか得られない。
【0082】
以上のことから、本願発明のようにシンタリング加工をすると、アモルファス組織に変態し、耐熱性が向上するとともに、加工前の材料に比べて比熱が小さくなるので、比較品1bとサンプル1sに同じ熱量を与えた場合、サンプル1sの方が温度が高くなることが理解できる。
【0083】
<比熱に関する考察>
ここで比熱が既知c0(=500J/kg・s)の比較品1b(基準物質)に基づいて、サンプル1s(対象物質)の比熱を算出することを試みる。
【0084】
1秒間に投入されるエネルギー、およびその時の温度変化に着目すると、式(1)の投入エネルギーQとして各表に示す電力W(ワット)を使用することができる。
【0085】
W0:基準物質への投入エネルギー、m0:基準物質の質量、c0:基準物質の比熱、ΔT0:基準物質の温度変化。W1:対象物質への投入エネルギー、m1:対象物質の質量、c1:対象物質の比熱、ΔT1:対象物質の温度変化とすると以下のようになる。
【0086】
W0=m0c0ΔT0・・・(2)
W1=m1c1ΔT1・・・(3)
ここで、m0=m1とし、1秒間の温度変化が同じΔT0=ΔT1であるとすると、比熱c0、c1の相違は1秒間に与えるエネルギーW0、W1の相違として現れる。逆に、W0=W1であるとすると、比熱c0、c1の相違はΔT0、ΔT1の相違として現れるが、ここではΔT0、ΔT1の測定ができないので、前者の場合で考察する。
【0087】
但し、上記温度ΔT0とΔT1の変化前(変化後)の温度は同じである必要がある。上記式(2)、(3)よりm0=m1、ΔT0=ΔT1とすると以下の式(4)が得られる。
【0088】
W0/W1=c0/c1
c1=c0W1/W0・・(4)
すなわち、対象物質の比熱c1は基準物質の比熱c0に、特定温度を維持するについて両者に与えるエネルギーの比W1/W0を掛けることで得られる。
【0089】
サンプル1s(対象物質)で投入エネルギー60W(12V)は882℃である。これに対応する比較品1b(基準物質)での投入エネルギーは112Wと計算され、500×60/112で、比熱267J/kg・sが得られる。このようにして、50℃以上882℃までの各温度域について比熱を計算すると、全域で略同じような値を呈し、平均で269J/kg・sが得られた。
【0090】
すなわち、サンプル1sの比熱は未加工品(比較品1b)より40%強小さいとの結果を得ることができ、前記比較品1aとサンプル1sの質量mの比較からの推測とよく一致する。
【0091】
<測定結果2>
表3は未加工の厚み28μmのSUS316Lを5mm幅に切り取って、比較品2とし、電極間隔90mmのときの電圧、電流、抵抗、温度の測定値、抵抗、電力の計算値を示す。また、表4は、厚み28μmのSUS316Lに対して、上記の加工を施したサンプル2を、5mm幅に切り取ってサンプル2sとし、電極間距離を90mmでの、電圧、電流、温度の測定値、抵抗、電力の計算値を示す。
【0092】
この場合も、比較品2の抵抗は比較品1aと同様、温度上昇にかかわらずあまり変化しない。
【0093】
表4で、68.32W(12V)をサンプル2sに投入したときの温度が898℃で、比較品2でそれに対応する投入エネルギーは、6.5Vから7.0Vの間にあり、729℃程度しか得られない。また、表4で52.43Wをサンプル2sに投入したときの温度が802℃で、比較品2でこれに対応する投入エネルギーは、5.5Vから6.0Vの間にあり、644℃程度の温度しか得られていない。
【0094】
前記サンプル1sの比熱を求めた手順に従って、サンプル2sの比熱を求めると、310J/kg・Tが得られ、サンプル1sよりやや大きいが、比熱が小さくなるという本発明の効果はサンプル2sでも見られる。
【0095】
<測定結果3>
表5aは、厚み9μmのSUS304の未加工について、幅5mmに切り取った試料を比較品3aとし、電極間隔90mmのときの印加電圧の変化に伴う電流、温度を測定値、抵抗、電力の算出値を表したものであり、表6は、上記と同様の方法でシンタリング加工をしたサンプル3を、5mm幅に切り取ってサンプル3sとし、電極間隔90mmで、印加電圧の変化に伴う電流、温度を測定し、抵抗、電力の算出値である。
【0096】
また、表5bは、前記9μmの比較品3aのデータを当該12μmの試料に換算したときの値を示す。比較品3aから3bへの換算は、比較品3bの電流=比較品3aの電流×12/9とし、比較品3aと比較品3bの温度は各電圧で変わらないとした。
【0097】
表5aの0.5V印加時のデータから比較品3a(3b)の抵抗率は、7.15×10
-7
Ωmと算出され、文献値7.2×10
-7
Ωmに近い値となる。また、比較品3a(3b)はMoを含まないせいか、抵抗値は、比較品1a(1b)と違って、金属の温度抵抗特性を示す。
【0098】
これに対して表6の0.5V印加時のデータからサンプル3sの抵抗率は、18.5×10
-7
Ωmと算出され、非常に高くなる。また、当該サンプル3sは、温度上昇に伴って抵抗値が変化しない、あるいはかえって抵抗値の低下がみられる。
【0099】
サンプル3s(表6)で84.24W(12V)を投入して882℃を得ている。比較品3bに前記と同程度の投入エネルギー温度を与えたとき、表5(b)から786℃程度の温度しか得られていない。また、表6で71.4W(11V)を投入して819℃を得ている。比較品3bに前記と同程度の投入エネルギー温度を与えたとき、表5(b)から738℃程度の温度しか得られていない。従って、SUS304でもある程度の比熱低下効果が認められるが、SUS316L(サンプル1、サンプル2)程ではない。
【0100】
前記サンプル1sでの比熱の算出と同じ手順で、当該サンプル3の比熱を計算すと、390J/kg・K、が得られる。この値はサンプル1sの値より大きい(効果は劣る)値となるが、ニクロムや、鉄、クロムアルミ合金よりは小さい値となる。
【0101】
<金属結晶>
図1、
図3、
図4で、2θが65°近辺、82°近辺にのみ金属結晶のピークが見られる(
図4の2θが20°より低い角度のピークは金属結晶ではないと考えられる)。65°近辺のピークはフェライトの200面のピーク、82°近辺のピークはフェライトの211面のピークと対応するとみられ、対象は鉄ではなくステンレスであるのでマルテンサイトのピークになっていると考えられる。
【0102】
加えて、ここで2種のピークしか現れていないということは、各サンプル1s、2s、3sの結晶の2方向性に揃っていることを意味し、出発原料(オーステナイト)より、強度が高くなっていることを意味している。
【0103】
また、原料素材を溶融状態から急冷すると、素材全体がアモルファスに変化し、
図1や
図3における上記のピークは表れないことになる。従って、
図1、
図3、
図4におけるマルテンサイトのピークは、圧延工程で生じるかシンタリング工程で生じるかにかかわらず、モルファス化以前に薄膜が形成されていたことを意味する。逆に、イオン注入法式を用いてのアモルファス化であると、
図5等に示すオーステナイト結晶のアモルファスが混在する状態となる。
【0104】
<再結晶>
一般的にはアモルファス合金は長時間の高温環境では再結晶する(例えば日本金属学会誌 第51号(1987) 95-101頁)。しかしながら、本願発明のサンプル1s、2s、3sを、800℃で10時間維持しても、抵抗値に変化はなく、再結晶していないことを確認した。
【0105】
<厚みおよび線材>
上記
図3(a)、(b)から、厚みが30μm前後でも相当の効果が得られるところから、シンタリング剤を片面に塗布して製造する限りにおいて、50μm程度の厚みの薄膜にまで有効な効果が得られると推察することができる。
【0106】
両面にシンタリング剤を塗布した場合は100μm程度まで効果を期待することができるが、厚みが増すと冷却速度が遅くなることを考慮すると、期待通りの結果を得るか否か疑問である。
【0107】
また、ヒータを特定の温度にするに要するエネルギーは(1)式で示すように比熱cだけでなく質量mも関係するので、質量が自在に調整できる範囲では比熱の大きさを議論することはあまり意味をなさない。
【0108】
一方でステンレスは10μm前後の厚みでも1000℃以上の温度に対する耐熱性と耐久性を備えており、上記のように比熱cばかりでなく質量mも小さくすることができる。しかも、この領域の厚みであると、実現できる合金種が限定される。現実に、従来技術の項で記述したように鉄、クロム、アルミ合金の市販品は帯材で厚み80μmが最も薄く、線材では径1mmが最も小さい。
【0109】
上記を勘案すると、本願発明の最も重要な点は、厚みを薄く(径を小さく)しても強度、耐熱性を持ち、かつ高抵抗率、低比熱を持つ合金を得る方法(アモルファス化)であり、その結果得られた合金である。
【0110】
線材を作る場合は、上記のように薄膜で得られた加工品を線状に裁断することで足りる。あるいは未加工の線材の周囲に前記シンタリング剤を塗布して上記した手順でシンタリングすることで線状の加工品を得ることができる。逆に、前記シンタリング加工後の薄膜を複数枚重ねるとか、螺旋状に巻き込むことによってブロック体を作ることもできる。
【0111】
以上説明したように本願発明に係るアモルファス合金は、高抵抗率であり、抵抗の温度依存性も小さく、加えて比熱が小さくなるので、ヒータとして使用すると、従来品と質量が同じとき、同じ電力を投入しても、従来品より高い温度を得ることができる。
【0112】
尚、前記シンタリング剤に含まれる炭素源は炭素粉の他、炭素を含む有機材であってもよい。また、炭素についてのみ記述したが、シンタリング剤に含まれる素材としては炭素に代えて燐であってもよい、燐はSUS316系ステンレス、SUS304系ステンレスとも、上限値0.045w%含むことが認められているが、本発明では、前記不純物処理工程でその値を1/10以下の濃度にする。燐は鉄に不可避物質であるため、鋼になる前に濃度を低くしておくと、前記炭素と同様シンタリング工程で、薄膜素材に浸透し易くなる。このとき前記シンタリング剤の燐源としてはリン酸を用いる。当該燐源は前記の炭素源に加えてあるいは代えて用いることができる。
【0113】
尚、上記したように鉄の不純物として、C、Pの他にSiがあるが、シンタリング剤にシリコン源となるケイ酸ナトリウムを含むにも関わらず
図2のXPS図にはSiは表れていない。おそらくSiは薄膜素材に取り込み難いものと考えられる。
【0114】
また、上記においてXRDの角度について65°近辺、82°近辺とやや曖昧な表現としている。複数のデータを参照すると、65°近辺はほぼ65°、82°近辺は82°と83°の間と推定できる。
【0115】
【0116】
【0117】
【0118】
【0119】
【0120】
【符号の説明】
【0121】
10 石英管
11 ヒータ
20 温度計
21 プローブ
【要約】
【課題】 高抵抗率、抵抗率の低温度依存性、低比熱の抵抗体合金を得る。
【解決手段】 アモルファス組織と、前記アモルファス組織に混在するマルテンサイト組織とよりなる薄膜素材の抵抗体である。厚み50μm以下のオーステナイト系ステンレスの薄膜素材の片面または両面に炭素源を含むシンタリング剤を塗布しておく。次いで、前記シンタリング剤が塗布された薄膜素材を800~1000℃に加熱する。前記加熱された薄膜素材を急冷する。これによって、アモルファス組織とマルテンサイト組織が混在した薄膜を形成することができる。前記シンタリング剤はケイ酸ナトリウムに炭素源を含む粘液状である。
【選択図】
図1