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特許7665090超低温エンジニアリング用高強度・高靭性マルエージングステンレス鋼およびその製造方法
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  • 特許-超低温エンジニアリング用高強度・高靭性マルエージングステンレス鋼およびその製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-04-10
(45)【発行日】2025-04-18
(54)【発明の名称】超低温エンジニアリング用高強度・高靭性マルエージングステンレス鋼およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20250411BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20250411BHJP
   C21D 8/00 20060101ALI20250411BHJP
   C21D 8/02 20060101ALI20250411BHJP
   C22B 9/18 20060101ALI20250411BHJP
【FI】
C22C38/00 302N
C22C38/60
C21D8/00 E
C21D8/02 D
C22B9/18 Z
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2024502646
(86)(22)【出願日】2022-10-26
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2024-11-13
(86)【国際出願番号】 CN2022127559
(87)【国際公開番号】W WO2024082324
(87)【国際公開日】2024-04-25
【審査請求日】2024-01-16
(31)【優先権主張番号】202211276286.7
(32)【優先日】2022-10-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】CN
(73)【特許権者】
【識別番号】524021338
【氏名又は名称】鞍鋼集団北京研究院有限公司
【氏名又は名称原語表記】ANSTEEL BEIJING RESEARCH INSTITUTE CO., LTD.
(74)【代理人】
【識別番号】100125184
【弁理士】
【氏名又は名称】二口 治
(74)【代理人】
【識別番号】100188488
【弁理士】
【氏名又は名称】原谷 英之
(72)【発明者】
【氏名】何 毅
(72)【発明者】
【氏名】王 軍生
(72)【発明者】
【氏名】信 瑞山
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/052403(WO,A1)
【文献】特開2012-102638(JP,A)
【文献】特開2020-41208(JP,A)
【文献】特開平5-125490(JP,A)
【文献】国際公開第2005/007915(WO,A1)
【文献】特開2004-315870(JP,A)
【文献】特開2002-241844(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
C21D 8/00 - 8/10
C22B 9/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
成分が、重量百分率で、Cr 11.00%~13.00%、Ni 9.00%~11.00%、Mo 2.00%~4.00%、Ti≦0.05%、Al 0.001%~0.080%を含み;鋼中における有害元素が、C≦0.03%、Si≦0.10%、Mn≦0.10%、P≦0.010%、S≦0.008%、[O]≦0.005%、[N]≦0.010%、[H]≦3ppm、Ca≦0.05%、Cu≦0.20%、As≦0.005%、Sn≦0.005%、Sb≦0.005%であり;残部が鉄および不可避的不純物であることを特徴とする超低温エンジニアリング用高強度・高靭性マルエージングステンレス鋼。
【請求項2】
下記のステップを含むことを特徴とする請求項1に記載の超低温エンジニアリング用高強度・高靭性マルエージングステンレス鋼の製造方法。
1)鋼塊または鋳鍛造品ビレットを製造する;
2)熱間加工:鋼塊または鍛造品ビレットを1200℃±15℃で24時間以上均質化処理して板材または初期ビレットに鍛造または圧延し、初期鍛造温度または圧延開始温度を1100~1200℃とする;
3)一次固溶化処理:600~800℃で2~14時間保温し、室温まで冷却する;
4)時効処理:450~550℃で2~20時間保温し、室温まで空冷する。
【請求項3】
前記ステップ1)では、鋼塊または鋳鍛造品ビレットは、超低炭素超純鉄または高純度合金原料を用い、真空誘導により電極棒を作製し、その後、電気スラグ再溶融+真空自己消費製錬を行うことによって得ることを特徴とする請求項2に記載の超低温エンジニアリング用高強度・高靭性マルエージングステンレス鋼の製造方法。
【請求項4】
前記ステップ1)では、鋼塊または鋳鍛造品ビレットは、超低炭素超純鉄または高純度合金原料を用い、AODまたはVOD精錬を行い、金型鋳造または連続鋳造により電極棒を作製し、その後、電気スラグ再溶融+真空自己消費製錬を行うことによって得ることを特徴とする請求項2に記載の超低温エンジニアリング用高強度・高靭性マルエージングステンレス鋼の製造方法。
【請求項5】
前記鋼塊または鋳鍛造品ビレットは、重量が20トンを超える場合、電極棒を作製した後、真空自己消費+電気スラグ再溶融を行うことによって得るか、電極棒を作製した後、電気スラグ再溶融+真空自己消費+真空同質複合によるビレット作製を行うことによって得ることを特徴とする請求項3または4に記載の超低温エンジニアリング用高強度・高靭性マルエージングステンレス鋼の製造方法。
【請求項6】
前記ステップ2)では、鋼塊の圧延比を3以上とし、鍛造品ビレットの鍛造比を3以上とすることを特徴とする請求項2に記載の超低温エンジニアリング用高強度・高靭性マルエージングステンレス鋼の製造方法。
【請求項7】
前記ステップ3)では、冷却は、水冷、油冷または空冷を用いることを特徴とする請求項2に記載の超低温エンジニアリング用高強度・高靭性マルエージングステンレス鋼の製造方法。
【請求項8】
製造される鋼板の機械的性能は、Rm≧950MPa、Re≧900MPa、A≧15%、Z≧60%、HV≧300、縦方向におけるKv2≧150J、横方向におけるKv2≧100J、疲労強度σ-1≧500MPaであり;-196℃での衝撃靭性は、縦方向におけるKv2≧80J、横方向におけるKv2≧55Jであることを特徴とする請求項2に記載の超低温エンジニアリング用高強度・高靭性マルエージングステンレス鋼の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マルエージングステンレス鋼の技術分野に関し、特に超低温エンジニアリング用高強度・高靭性マルエージングステンレス鋼およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
マルエージングステンレス鋼は、低炭素マルテンサイトの変態強化と時効強化の2つの強化効果を重ね合わせた高強度ステンレス鋼であり、超高強度、良好な靱性、熱可塑性、高温熱間鍛造性、低い硬化指数および良好な溶接性を有し、航空宇宙、機械製造、原子力等の重要分野に広く利用されている。しかしながら、航空工業の更なる発展に伴い、新たな服役条件では、材料に高強度・高靭性、高耐食性、複雑部品の良好な加工性等のさらなる向上が求められており、特に材料が超低温(-196℃)でより高い衝撃靭性を有することが求められている。
【0003】
現在、国内外でマルエージングステンレス鋼についての研究は、主に高強度性能に集中している。例えば、鋼鉄研究総院が開発したσ0.2≧1400MPaのマルエージングステンレス鋼、出願番号がCN200710099335.3の中国特許出願に開示されている「高強度・高靭性マルエージングステンレス鋼」がある。しかし、このような鋼は、超低温(-196℃)での衝撃靭性が求められていない。国外で開発されたS03高強度ステンレス鋼(00Cr12Ni10MoTiマルエージングステンレス鋼)は、主にTi強化を用いるものであるが、この鋼種の超低温での衝撃靭性が不安定であることが実際の応用より分かった。その原因は、Tiの微量変化や偏析により変態温度が極めて大きく変動するからである。低温強靭性を確保するために採用される熱処理プロセスは複雑で温度域が狭く、大型鋳鍛造品では、生産プロセスが煩雑で操作し難く、制御性が悪く、エネルギー消費が高いだけでなく、Tiの激しい凝固偏析により大型鍛造品の均質化及び性能の均一性と安定性を確保できない。また、高Tiによる強化であるため、TiがN、Cと結合してTiN、TiCN等の大型介在物を形成し易くなり、大型鍛造品の疲労性能を著しく低下させる。
【0004】
出願番号が201811597240.9の中国特許出願に開示されている「組織制御により17-4PHマルエージングステンレス鋼鍛造品の低温衝撃エネルギーを向上させる方法」では、化学成分を最適化することで鋼材製錬プロセスで生成する高温フェライトの総量を減らし、さらに適正な鍛造加熱温度と変形量および変形方向を制御することで製錬プロセスでの高温フェライトを潰し、長尺状の高温フェライトをその長手方向に直交する方向に沿って鍛造することでこれを据え込み、その方向性を効果的に解消することができ、最後にさらに2回の固溶+時効熱処理を経て、再結晶プロセスで微細な高温フェライトをさらに除去し、低温衝撃エネルギーを向上させる。係るマルエージングステンレス鋼は、高クロム、高銅、低モリブデン成分を用い、かつニオブ、チタン、タンタル等の成分を添加したものであり、成分組成及び作用メカニズムが本発明に係るマルエージングステンレス鋼とは全く異なり、しかもその低温衝撃性能がKV2(-40℃)≧27Jしか達成できず、鋼の超低温(-196℃)での衝撃靭性についての記載がない。
【0005】
出願番号が202010065551.1の中国特許出願に開示されている「00Cr12Ni10MoTiマルエージングステンレス鋼の低温衝撃靭性を向上させる熱処理方法」では、そのマルエージングステンレス鋼におけるニッケルやクロムの含有量は本発明に近いが、モリブデンの含有量は本発明より遥かに低く、チタンの含有量は本発明より遥かに高く;その熱処理方法は、ダブル固溶化熱処理と時効熱処理とをこの順に含み、前記ダブル固溶化熱処理は、予備固溶化処理、一般な固溶化処理及び水焼入れ処理の3つのステップを含み、低温衝撃靱性がAKv(-196℃):90~140Jまで達した。しかし、係る技術手段における熱処理プロセスは煩雑である。これに対して、本発明は、熱処理プロセスウィンドウが広く、操作が簡単であり、制御性が高く、効率が高く、消費エネルギーが低いという利点がある。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、超低温エンジニアリング用高強度・高靭性マルエージングステンレス鋼およびその製造方法を提供する。マルエージングステンレス鋼の化学成分の配合比率を最適化し、Cr、Niステンレス鋼に適量の合金化元素Moを添加して合金化を行うとともに、大型のTiNやTiCN介在物の形成を避けるようにTiの添加量を制御し、また適切な熱処理プロセスを行うことにより、鋼中に細かく安定した逆変態オーステナイトを形成し、鋼の強靭性、特に超低温靭性を著しく向上させ、マルエージングステンレス鋼の総合性能を大幅に向上させることができる。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上記の目的を達成するために、以下の手段を採用する。
超低温エンジニアリング用高強度・高靭性マルエージングステンレス鋼は、成分が、重量百分率で、Cr 11.00%~13.00%、Ni 9.00%~11.00%、Mo 2.00%~4.00%、Ti≦0.05%、Al 0.001%~0.080%を含み;鋼中における有害元素が、C≦0.03%、Si≦0.10%、Mn≦0.10%、P≦0.010%、S≦0.008%、[O]≦0.005%、[N]≦0.010%、[H]≦3ppm、Ca≦0.05%、Cu≦0.20%、As≦0.005%、Sn≦0.005%、Sb≦0.005%であり;残部が鉄および不可避的不純物である。
【0008】
超低温エンジニアリング用高強度・高靭性マルエージングステンレス鋼の製造方法は、下記のステップを含む。
1)鋼塊または鋳鍛造品ビレットを製造する;
2)熱間加工:鋼塊または鍛造品ビレットを1200℃±15℃で24時間以上均質化処理して板材または初期ビレットに鍛造または圧延し、初期鍛造温度または圧延開始温度を1100~1200℃とする;
3)一次固溶化処理:600~800℃で2~14時間保温し、室温まで冷却する;
4)時効処理:450~550℃で2~20時間保温し、室温まで空冷する。
【0009】
さらに、前記ステップ1)では、鋼塊または鋳鍛造品ビレットは、超低炭素超純鉄または高純度合金原料を用い、真空誘導により電極棒を作製し、その後、電気スラグ再溶融+真空自己消費製錬を行うことによって得る。
さらに、前記ステップ1)では、鋼塊または鋳鍛造品ビレットは、超低炭素超純鉄または高純度合金原料を用い、AODまたはVOD精錬を行い、金型鋳造または連続鋳造により電極棒を作製し、その後、電気スラグ再溶融+真空自己消費製錬を行うことによって得る。
【0010】
さらに、前記鋼塊または鋳鍛造品ビレットは、重量が20トンを超える場合、電極棒を作製した後、真空自己消費+電気スラグ再溶融を行うことによって得るか、電極棒を作製した後、電気スラグ再溶融+真空自己消費+真空同質複合によるビレット作製を行うことによって得る。
さらに、前記ステップ2)では、鋼塊の圧延比を3以上とし、鍛造品ビレットの鍛造比を3以上とする。
さらに、前記ステップ3)では、冷却は、水冷、油冷または空冷を用いる。
さらに、製造される鋼板の機械的性能は、Rm≧950MPa、Re≧900MPa、A≧15%、Z≧60%、HV≧300、縦方向におけるKv2≧150J、横方向におけるKv2≧100J、疲労強度σ-1≧500MPaであり;-196℃での衝撃靭性は、縦方向におけるKv2≧80J、横方向におけるKv2≧55Jである。
【発明の効果】
【0011】
本発明は、従来技術に比べて、下記の有益な効果を奏する。
1)本発明に係る超低温エンジニアリング用高強度・高靭性マルエージングステンレス鋼は、Tiに代わるMoによる強靭化の設計思想に基づくものであり、高強度を確保しながら、より良好な強靭性、特に安定で優れた低温衝撃靭性と良好な疲労性能を有する。
2)本発明は、大型鋳鍛造品の生産に適し、Moを主として強靭化する機能を果たし、大型鋳鍛造品の均質化および性能の均一安定化を確保し、大型鋳鍛造品におけるTiの著しいマクロ偏析の発生により熱処理が困難となることおよび低温衝撃性能が不安定となることを避けつつ、TiNやTiCNの大型介在物の形成が疲労性能に与える影響を避けることができる。
3)本発明は、大型鋳鍛造品に対して、熱処理プロセスウィンドウが広く、操作が簡単であり、制御性が高く、効率が高く、エネルギー消費が少ない。
4)本発明は、航空宇宙、海洋工事、エネルギー工事などに幅広い応用の可能性がある。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明の実施例1における超低温エンジニアリング用高強度・高靭性マルエージングステンレス鋼の回転曲げ疲労性能曲線である。
図2】本発明の比較例1におけるS03鋼の回転曲げ疲労性能曲線である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明に係る超低温エンジニアリング用高強度・高靭性マルエージングステンレス鋼は、成分が、重量百分率で、Cr 11.00%~13.00%、Ni 9.00%~11.00%、Mo 2.00%~4.00%、Ti≦0.05%、Al 0.001%~0.080%を含み;鋼中における有害元素が、C≦0.03%、Si≦0.10%、Mn≦0.10%、P≦0.010%、S≦0.008%、[O]≦0.005%、[N]≦0.010%、[H]≦3ppm、Ca≦0.05%、Cu≦0.20%、As≦0.005%、Sn≦0.005%、Sb≦0.005%であり;残部が鉄および不可避的不純物である。
【0014】
本発明に係る超低温エンジニアリング用高強度・高靭性マルエージングステンレス鋼の製造方法は、下記のステップを含む。
1)鋼塊または鋳鍛造品ビレットを製造する;
2)熱間加工:鋼塊または鍛造品ビレットを1200℃±15℃で24時間以上均質化処理して板材または初期ビレットに鍛造または圧延し、初期鍛造温度または圧延開始温度を1100~1200℃とする;
3)一次固溶化処理:600~800℃で2~14時間保温し、室温まで冷却する;
4)時効処理:450~550℃で2~20時間保温し、室温まで空冷する。
【0015】
さらに、前記ステップ1)では、鋼塊または鋳鍛造品ビレットは、超低炭素超純鉄または高純度合金原料を用い、真空誘導により電極棒を作製し、その後、電気スラグ再溶融+真空自己消費製錬を行うことによって得る。
さらに、前記ステップ1)では、鋼塊または鋳鍛造品ビレットは、超低炭素超純鉄または高純度合金原料を用い、AODまたはVOD精錬を行い、金型鋳造または連続鋳造により電極棒を作製し、その後、電気スラグ再溶融+真空自己消費製錬を行うことによって得る。
【0016】
さらに、前記鋼塊または鋳鍛造品ビレットは、重量が20トンを超える場合、電極棒を作製した後、真空自己消費+電気スラグ再溶融を行うことによって得るか、電極棒を作製した後、電気スラグ再溶融+真空自己消費+真空同質複合によるビレット作製を行うことによって得る。
さらに、前記ステップ2)では、鋼塊の圧延比を3以上とし、鍛造品ビレットの鍛造比を3以上とする。
さらに、前記ステップ3)では、冷却は、水冷、油冷または空冷を用いる。
さらに、製造される鋼板の機械的性能は、Rm≧950MPa、Re≧900MPa、A≧15%、Z≧60%、HV≧300、縦方向におけるKv2≧150J、横方向におけるKv2≧100J、疲労強度σ-1≧500MPaであり;-196℃での衝撃靭性は、縦方向におけるKv2≧80J、横方向におけるKv2≧55Jである。
【0017】
本発明に係る超低温エンジニアリング用高強度・高靭性マルエージングステンレス鋼は、合金成分による強靭化の設計、超清浄化製錬プロセス技術および適切な熱処理プロセス技術を用いてミクロ組織の制御を実現し、大型鋳鍛造品の高強度・高靭性および低温性能の安定性、均質性を確保したものである。
【0018】
本発明に係る超低温エンジニアリング用高強度・高靭性マルエージングステンレス鋼(以下、「マルエージングステンレス鋼」と略す)の合金設計理由は、下記の通りである。
Cについて、Cは、本発明に係るマルエージングステンレス鋼において強化元素ではなく、有害元素である。Cは、Crと粒界析出物を形成しやすく、その耐粒界腐食性を低下させるとともに、マルエージングステンレス鋼に一般的に見られるTi等の元素とTiCやTiCN等の大型介在物を形成し得、鋼の靭性を損なう。よって、本発明では、マルエージングステンレス鋼中の炭素の含有量を厳密に制御し、0.03%以下に制御することを必要とする。なお、Cの含有量は、製造コストを総合的に考慮した上で、低いほど良い。
【0019】
Siについて、Siは、本発明に係るマルエージングステンレス鋼において強化元素や脱酸素元素ではなく、靭性を損なうものである。よって、本発明では、Si≦0.10%に制御する。なお、Siの含有量は、製造コストを総合的に考慮した上で、低いほど良い。
Mnについて、Mnは、Siと同様に、本発明に係るマルエージングステンレス鋼において含有量の増加が、鋼の靭性を損なう。よって、本発明では、Mn≦0.10%に制御する。なお、Mnの含有量は、製造コストを総合的に考慮した上で、低いほど良い。
【0020】
Crについて、本発明では、Crは、耐食性に決定的な作用を果たすとともに、強化作用を果たす。Crは、強いフェライト形成元素およびオーステナイト域縮小元素であり、Ms点を低減することができる。Crの含有量範囲を選択する際に、耐食性の要求を考慮する必要があり、Ni、Crの当量含有量がシェフラー平衡相図のM+A二相域範囲内に収まるようにNi等の元素とのバランスを考慮する必要もある。よって、本発明では、Crの含有量を11.0%~13.0%の間に制御する。
【0021】
Niについて、本発明では、Niは、オーステナイト相形成元素として、オーステナイト安定域を拡大し、Ms点を低減し、シェフラー平衡相図のM+A二相域範囲内に収まるように当量含有量がCrと平衡化することに決定的に重要である。また、Niは、固溶強化と時効強化の作用を有し、Mo、Al、TiとのナノスケールのNiMo、NiAl、NiTi等の強化相を時効析出させることで高強度を達成する。さらに、Niは、鋼の低温靭性を保つ主要元素である。よって、本発明では、Niの含有量を9.00%~11.00%に制御する。
【0022】
Moについて、本発明は、Moによる強靭化作用と耐食性向上作用を活かす。Moは、Ms点を低減し、オーステナイト安定域を拡大することができ、マルエージングステンレス鋼において規定含有量の残留オーステナイトを得、鋼の低温靭性を確保する上で有利である。また、Moは、マルエージングステンレス鋼において固溶強化の作用を果たすことができ、かつNiと作用してナノスケールのNiMo強化相を時効析出させ、その顕著な強化作用を発揮する。さらに、マルエージングステンレス鋼における合金元素Moは、析出相が旧オーステナイト粒界に沿って析出するのを阻止することができ、これにより、粒界割れを回避し、破断靭性を向上させる。本発明では、Moの含有量を2.0%~4.0%の範囲に制御する。
【0023】
Tiについて、Tiは、マルエージングステンレス鋼において最も有効な時効強化合金元素の1つであり、NiとのナノスケールのNiTi強化相を時効析出させ、鋼の強度を大幅に向上させることができる。しかし、Tiは、マルエージングステンレス鋼の靭性を弱める乃至害する作用を有し、少量のTi添加では鋼の強度を著しく増すものの、靭性が著しく低下する。Tiが強靭性に及ぼす著しい影響は同系マルエージングステンレス鋼S03において検証された。Tiは鋼において偏析しやすい元素であるため、少量の偏析であっても強度と靭性に著しい影響を及ぼす。例えば、S03鋼において、Tiの含有量を0.20%から0.25%に上げると、-196℃での低温靭性が80J以上から30J以下に急激に下げ、性能不良を招いてしまう。大型鋳鍛造品は、マクロ偏析の回避や解消が難しく、Ti強化では大きな鍛造品の性能不良を極めて招き易く、しかもそれに対応する熱処理プロセスウィンドウが非常に狭く、工学的応用が極めて困難となるか、不可能となる。また、Tiは、マルエージングステンレス鋼中の有害元素C、S、Nと結合し易く、TiN、TiCN、TiCS等の介在物を形成する。大型鋳鍛造品の凝固時間が長く、これらの介在物の析出温度が高いため、これらの介在物は十分に成長して数十ミクロンに達することがあり、鍛造や圧延プロセスで破碎・微細化されにくく、マルエージングステンレス鋼の低温衝撃靭性および疲労性能を大きく害する。従って、本発明は、Tiの強化作用を捨ててMoの強靱化作用を活かし、マルエージングステンレス鋼におけるCの含有量は通常100ppm程度以内に制御されているため、粒界腐食の問題もほぼ解消される。よって、本発明では、Tiの含有量を0.05%以下に制御すればよい。
【0024】
Alについて、Alは、一般的に鋼中の脱酸素剤として添加する。本発明では、十分な鋼の脱酸素を確保するために、Alの含有量を0.080%以下に制御する。
本発明に係るマルエージングステンレス鋼は、超低温エンジニアリング用鋼であり、-196℃での低温高強靭性を確保するために、鋼における有害元素を厳密に制御しなければならない。本発明では、鋼における有害元素を下記範囲に制御することが必要である。なお、有害元素の含有量は、製造コストを総合的に考慮した上で、低いほど良い。P≦0.010%、S≦0.008%、[O]≦0.005%、[N]≦0.010%、[H]≦3ppm、As、Sn、Sbをそれぞれ0.005%以下、Cu≦0.20%、Ca≦0.05%とする。
【実施例
【0025】
下記の実施例は、本発明の技術的手段に従って実施し、詳細な実施形態および具体的な操作手順を示しているが、本発明の保護範囲を限定するものではない。下記の実施例で用いる方法は、特に断らない限り常法である。
[実施例1]
本実施例では、高強度・高靭性マルエージングステンレス鋼の鋼塊を50kg真空誘導炉にて製錬した。成分を表1に示す。合金成分設計では、Moを主な強化元素とし、Moの含有量を2.52%に高め;Tiの強化作用を捨て、Tiの含有量を0.01%以下に低減し;Alを脱酸素剤として加え、その含有量を0.05%に制御した。ほかの有害元素C、Si、Mn、P、Sをいずれも低いレベルに制御した。
鋼塊を1200℃×24hの高温均質化拡散焼鈍して断面寸法が80mm×80mmの方形ビレットに鍛造し、さらに性能試料ビレットに加工し、その後、固溶化処理および時効処理した後、性能試料および金相試料に加工した。
本実施例では、機械的性能の測定は、GB/T228「室温における金属材料の引張試験方法」、GB/T229「金属材料 シャルピー振子衝撃試験方法」に従って行った。疲労性能は、GB T 4337-2015「金属材料疲労試験回転曲げ方法」に従って円柱形回転曲げ疲労性能を測定し、PQ1-6型純曲げ疲労試験機にて実験を行った。
本実施例における鋼の機械的性能の測定結果を表2に示す。750℃×2h+500℃×2hと850℃×2h+700℃×2h+750℃×2h+500℃×2hとの2つの熱処理を経た後、室温での引張強度Rmと降伏強度R0.2はそれぞれ1000MPa、950MPaを超え、室温での衝撃靭性は160Jを超え、-196℃での衝撃靭性は100Jを超えた。常温での疲労強度σ-1は565MPaを超え、疲労S-N曲線を図1に示す。
本発明に係る高強度・高靭性マルエージングステンレス鋼は、広い熱処理プロセス範囲に渡って良好な強靭性と低温靭性が得られる。表2の実施例1の熱処理プロセスはその典型的な代表例に過ぎない。
【0026】
[実施例2]
本実施例では、高強度・高靭性マルエージングステンレス鋼の鋼塊を50kg真空誘導炉にて製錬した。成分を表1の実施例2に示す。合金成分設計では、Moを主な強化元素とし、Moの含有量を3.90%に高め;Tiの強化作用を捨て、Tiの含有量を0.04%に低減し;Alを脱酸素剤として加え、その含有量を0.07%に制御した。ほかの有害元素C、Si、Mn、P、Sをいずれも低いレベルに制御した。
鋼塊を1200℃×24hの高温均質化拡散焼鈍して断面寸法が80mm×80mmの方形ビレットに鍛造し、さらに性能試料ビレットに加工し、その後、固溶化処理および時効処理した後、性能試料および金相試料に加工した。
本実施例では、機械的性能の測定は、GB/T228「室温における金属材料の引張試験方法」、GB/T229「金属材料 シャルピー振子衝撃試験方法」に従って行った。疲労性能は、GB T 4337-2015「金属材料疲労試験回転曲げ方法」に従って円柱形回転曲げ疲労性能を測定し、PQ1-6型純曲げ疲労試験機にて実験を行った。
本実施例における鋼の機械的性能の測定結果を表2に示す。750℃×2h+500℃×2hと850℃×2h+700℃×2h+750℃×2h+500℃×2hとの2つの熱処理を経た後、室温での引張強度Rmと降伏強度R0.2はそれぞれ1150MPa、1080MPaを超え、室温での衝撃靭性は150Jを超え、-196℃での衝撃靭性は90Jを超えた。常温での疲労強度σ-1は580MPaを超えた。
本発明に係る高強度・高靭性マルエージングステンレス鋼は、広い熱処理プロセス範囲に渡って良好な強靭性と低温靭性が得られる。表2の実施例2の熱処理プロセスはその典型的な代表例に過ぎない。
【0027】
[実施例3]
本実施例では、高強度・高靭性マルエージングステンレス鋼の鋼塊を50kg真空誘導炉にて製錬した。成分を表1に示す。合金成分設計では、Moを主な強化元素とし、Moの含有量を2.10%に高め;Tiの強化作用を捨て、Tiの残存含有量を0.002%に低減し;Alを脱酸素剤として加え、その含有量を0.015%に制御した。ほかの有害元素C、Si、Mn、P、Sをいずれも低いレベルに制御した。
鋼塊を1200℃×24hの高温均質化拡散焼鈍して断面寸法が80mm×80mmの方形ビレットに鍛造し、さらに性能試料ビレットに加工し、その後、固溶化処理および時効処理した後、性能試料および金相試料に加工した。
本実施例では、機械的性能の測定は、GB/T228「室温における金属材料の引張試験方法」、GB/T229「金属材料 シャルピー振子衝撃試験方法」に従って行った。疲労性能は、GB T 4337-2015「金属材料疲労試験回転曲げ方法」に従って円柱形回転曲げ疲労性能を測定し、PQ1-6型純曲げ疲労試験機にて実験を行った。
本実施例における鋼の機械的性能の測定結果を表2に示す。750℃×2h+500℃×2hと850℃×2h+700℃×2h+750℃×2h+500℃×2hとの2つの熱処理を経た後、室温での引張強度Rmと降伏強度R0.2はそれぞれ950MPa、905MPaを超え、室温での衝撃靭性は175Jを超え、-196℃での衝撃靭性は120Jを超えた。常温での疲労強度σ-1は540MPaを超えた。
本発明に係る高強度・高靭性マルエージングステンレス鋼は、広い熱処理プロセス範囲に渡って良好な強靭性と低温靭性が得られる。表2の実施例3の熱処理プロセスはその典型的な代表例に過ぎない。
【0028】
[比較例1]
本比較例では、マルエージングステンレス鋼S03鋼を50kg真空誘導炉にて製錬した。成分を表1に示す。比較例1では、合金成分Cr、Ni、MoをいずれもS03鋼の上限範囲に制御し、実施例1に比べて、Moの含有量を0.71%に減少し、Tiの含有量を0.16%に増加した。即ち、主にTiを強化元素とし、Alを脱酸素剤としてその含有量を0.02%に制御し、ほかの有害元素C、Si、Mn、P、Sをいずれも低いレベルに制御した。
鋼塊を1200℃×24hの高温均質化拡散焼鈍して断面寸法が80mm×80mmの方形ビレットに鍛造し、性能試料ビレットに加工し、その後、固溶化処理および時効処理した後、性能試料および金相試料に加工した。
本比較例におけるS03鋼の機械的性能の測定結果を表2に示す。
本比較例では、S03鋼は、750℃×2h+500℃×2hと850℃×2h+700℃×2h+750℃×2h+500℃×2hとの最適化した2つの熱処理プロセスを経た後、室温での引張強度Rmおよび降伏強度R0.2がそれぞれ実施例1よりやや高く1000MPa以上に達したが、その降伏強度と引張強度との比が高くなるとともに塑性が悪くなり、また室温での衝撃靭性が実施例1よりやや良く170J以上に達したが、-196℃の温度下で衝撃靭性が著しく悪化しかつ極めて不安定であり、1つ目の熱処理による衝撃エネルギーが46Jだけであり、2つ目の熱処理による衝撃エネルギーが実施例1と同程度であり、他の熱処理プロセスを用いてもこの現象が変わらない。
本比較例では、強靭性最適配合の試料を用いて測定した常温での疲労強度は505MPaであり、疲労S-N曲線は図2に示す。常温での疲労強度は、実施例1に比べて著しく低下した(60MPa低下した)。また、本比較例の熱処理プロセスウィンドウは実施例1に比べて著しく狭く、工学的熱処理が困難となる。
【0029】
[比較例2]
本比較例では、マルエージングステンレス鋼S03鋼を50kg真空誘導炉にて製錬した。成分を表1に示す。比較例1では、合金成分Cr、Ni、MoをいずれもS03鋼の上限範囲に制御し、実施例1に比べて、Moの含有量を0.71%に減少し、Tiを主な強化元素としてその含有量を制御範囲の上限である0.25%に増加し、Alを脱酸素剤としてその含有量を0.06%に制御し、ほかの有害元素C、Si、Mn、P、Sをいずれも低いレベルに制御した。
鋼塊を1200℃×24hの高温均質化拡散焼鈍して断面寸法が80mm×80mmの方形ビレットに鍛造し、性能試料ビレットに加工し、その後、固溶化処理および時効処理した後、性能試料および金相試料に加工した。
本比較例におけるS03鋼の機械的性能の測定結果を表2に示す。
本比較例では、S03鋼は、750℃×2h+500℃×2hと850℃×2h+600℃×2h+750℃×2h+500℃×2hとの最適化した2つの熱処理プロセスを経た後、室温での引張強度Rmおよび降伏強度R0.2の変動が大きく、変動範囲が900~1100MPaであり、塑性が低く、室温での衝撃靭性が実施例1および比較例1より低く、-196℃温度下で衝撃靭性が著しく悪くなり、最高値が37Jだけであり、他の熱処理プロセスを用いてもその低温靭性を向上させることができない。
【0030】
【表1】
【0031】
【表2】
【0032】
以上の実施例及び比較例から明らかなように、本発明に係る超低温エンジニアリング用高強度・高靭性マルエージングステンレス鋼は、従来のS03鋼に比べて、常温と低温のどちらにおいても、良好な安定した強度と靭性のバランスを有し、疲労性能がS03鋼よりも著しく優れ、かつ熱処理プロセスウィンドウが広く、特に大型装備に必要な大型鋳鍛造品の生産に適しており、航空宇宙、海洋工事、エネルギー工事などに幅広い応用の可能性がある。
以上は、本発明の好ましい実施態様に過ぎず、本発明の保護範囲はこれらに限定されるものではない。当業者が本発明の開示する技術的範囲において本発明の技術的手段及びその発明思想に基づいて行った均等的な置換または変更は、いずれも本発明の保護範囲に含まれる。
図1
図2