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特許7665105電磁鋼板およびその製造方法、並びに積層体および回転機
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-04-10
(45)【発行日】2025-04-18
(54)【発明の名称】電磁鋼板およびその製造方法、並びに積層体および回転機
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20250411BHJP
   C22C 38/06 20060101ALI20250411BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20250411BHJP
   H01F 1/147 20060101ALI20250411BHJP
   C21D 8/12 20060101ALI20250411BHJP
【FI】
C22C38/00 303U
C22C38/06
C21D9/46 501B
H01F1/147 125
C21D8/12 A
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2024543228
(86)(22)【出願日】2024-03-08
(86)【国際出願番号】 JP2024009116
【審査請求日】2024-07-19
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006013
【氏名又は名称】三菱電機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100118762
【弁理士】
【氏名又は名称】高村 順
(72)【発明者】
【氏名】岩▲崎▼ 亮人
(72)【発明者】
【氏名】浦田 空
(72)【発明者】
【氏名】小谷 直人
【審査官】鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-090720(JP,A)
【文献】特開昭64-037003(JP,A)
【文献】特開昭62-294132(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第116689490(CN,A)
【文献】特開2010-132938(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 8/12, 9/46
C22C 38/00
H01F 1/147
B32B 15/01
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、1.0%以上6.5%以下のSi、0.02%以上4.0%以下のMn、および0.001%以上4.0%以下のAlを含み、主成分がFeである、複数の結晶粒の結晶方位がランダムな板状の基材と、
前記基材の少なくとも一方の面に形成される前記基材のFe濃度よりも高いFe濃度を有し、Feおよび不可避的不純物からなる結晶質の膜と、
を備え、
前記膜には、前記基材の配向の方位とは異なる結晶方位で成長した複数の結晶粒が、前記膜が無配向となるように存在し、
前記膜を構成する前記結晶粒の平均の結晶粒径は、前記基材を構成する前記結晶粒の平均の結晶粒径の1/10以下であることを特徴とする電磁鋼板。
【請求項2】
前記基材に含まれる前記結晶粒の平均粒径は、150μm以下であることを特徴とする請求項1に記載の電磁鋼板。
【請求項3】
前記膜には、2つ以上の異なる結晶方位で成長した結晶粒が存在し、
ある結晶方位で成長した結晶粒が別の結晶方位で成長した結晶粒に覆われていることを特徴とする請求項1に記載の電磁鋼板。
【請求項4】
前記膜の厚みは10μm以下であることを特徴とする請求項1に記載の電磁鋼板。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか1つに記載の電磁鋼板の製造方法であって、
質量%で、1.0%以上6.5%以下のSi、0.02%以上4.0%以下のMn、および0.001%以上4.0%以下のAlを含み、主成分がFeである前記基材の表面を洗浄する洗浄工程と、
めっき法、CVD法、PVD法、放電表面処理方法、クラッドおよび溶接のうちの1つの方法を用いて前記基材の少なくとも一方の面に前記基材のFe濃度よりも高いFe濃度を有し、Feおよび不可避的不純物からなる結晶質の前記膜を形成する膜形成工程と、
を含むことを特徴とする電磁鋼板の製造方法。
【請求項6】
前記膜形成工程では、Feイオンを含むめっき浴を用いて前記基材の表面の少なくとも一部にめっき処理を行って前記膜を形成することを特徴とする請求項5に記載の電磁鋼板の製造方法。
【請求項7】
前記膜が形成された前記基材の前記膜の表面に防錆剤を用いた防錆膜または前記膜の絶縁性を担保する絶縁膜を形成する被膜形成工程をさらに含むことを特徴とする請求項5に記載の電磁鋼板の製造方法。
【請求項8】
請求項1から4のいずれか1つに記載の電磁鋼板を複数枚積層させることを特徴とする積層体。
【請求項9】
回転子と、
前記回転子が配置される部分に開口部を有し、前記回転子に向かって突出したティースが設けられる請求項8に記載の積層体、および前記ティースに備え付けられる巻線を有し、前記回転子に対向配置される固定子と、
を備えることを特徴とする回転機。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、主としてモータ、発電機などの鉄心として用いられる電磁鋼板およびその製造方法、並びに積層体および回転機に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、世界的な電力およびエネルギ節減、さらにはフロンガス規制等の地球環境保全の動きの中で、電気機器に対する省エネルギ化、高効率化への要求が高まっている。これに伴い、回転機の鉄心、すなわちモータコアに用いられる電磁鋼板に対し、従来よりも優れた磁気特性が要求されるようになってきている。特に、ハイブリッド自動車(Hybrid Electric Vehicle:HEV)および電気自動車(Battery Electric Vehicle:BEV)の駆動モータにおいては、小型かつ高出力であることが必要であり、モータコアの素材となる電磁鋼板には、より優れた磁気特性の向上、すなわち高磁束密度化および低鉄損化が求められるようになってきている。
【0003】
電磁鋼板の低鉄損化は、主としてSi(ケイ素),Al(アルミニウム)の添加によって電気抵抗率、すなわち固有抵抗を増加させ、使用時に鉄心を形成する各々の電磁鋼板に流れる渦電流損によるジュール熱損失を低減させる方法、あるいは電磁鋼板の板厚を薄型化する方法によって行われてきた。さらに、近年では、固有抵抗の増加または薄型化以外の鉄損低減手法として、無方向性電磁鋼板に張力を加えることでヒステリシス損を改善する手法が知られている。また、磁束密度向上には結晶粒の配向制御またはナノ結晶化が有効な手段であると言われている。さらには、モータコア材として打ち抜く際の打ち抜き加工歪による磁気特性の劣化を抑制すること、またモータコアとして組み付ける際に圧縮応力がモータコア材に付加された場合においても磁気特性の劣化が小さい材料にすることが有効であると言われている。しかしながら、電磁鋼板の低鉄損化および高磁束密度化を両立させる手法は確立されておらず、新たな材料技術革新が望まれている。
【0004】
一例では、特許文献1には、質量%で、0.005%以下のC(炭素)、1.0%以上7.0%以下のSi、0.02%以上4.0%以下のMn(マンガン)、0.001%以上4.0%以下のSol.Al、0.001%以上0.2%以下のP(リン)、0.005%以下のS(硫黄)、および0.005%以下のN(窒素)を含有し、残部がFe(鉄)および不可避的不純物からなる成分組成を有し、格子定数が、板厚中心の格子定数よりも0.002Å以上大きい領域であるA層を両表面に有し、A層の表面から板厚方向への深さが20μm以下である無方向性電磁鋼板が開示されている。特許文献1に記載の技術によれば、鋼板表面に酸化物層を形成することなく、鋼板に張力を付与した無方向性電磁鋼板を提供することができる。つまり、打ち抜き加工での生産性と優れた鉄損特性を両立する無方向性電磁鋼板が得られる。なお、Sol.Alは酸可溶性(soluble)Alを示している。
【0005】
特許文献2には、板厚方向に複数の結晶配向層を有する軟磁性Fe系金属板が開示されている。具体的には、特許文献2に記載の軟磁性Fe系金属板は、板面に対するαFe相の{222}面集積度が55%以上99%以下であり、板面内の平均の飽和磁歪が-0.2×10-6以下である領域をA層とし、板面に対するαFe相の{200}面集積度が25%以上であり、αFe相の{222}面集積度が40%以下である領域をB層として、板厚方向にA層とB層とが存在し、かつ板表面と、該板表面から該板表面の反対側の板表面に向かって最初に確認されるB層との間に、A層が存在する積層構成となっている。特許文献2に記載の技術によれば、従来の軟磁性鋼板では達成できない高い磁束密度を有するとともに、打抜き加工、組み付けなどの製品製造の際にも磁気特性の劣化を抑えた軟磁性Fe系金属板を提供することができる。
【0006】
特許文献3には、無方向性電磁鋼板の製造方法が開示されている。特許文献3に記載の無方向性電磁鋼板の製造方法では、質量%で、0.1%≦Si≦2.0%、Al≦1.0%、かつ0.1%≦Si+2Al≦2.0%を満たし、0.004%以下のC、0.003%以下のS、0.003%以下のN、および0.09%以下のPを含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼をスラブとする。熱間圧延において粗圧延および引き続く仕上げ熱延をスラブに施して熱延板とし、熱延板に、酸洗および1回の冷間圧延工程を施し、そして仕上げ焼鈍を施す。特許文献3に記載の無方向性電磁鋼板の製造方法では、仕上げ熱延のスラブ加熱温度ST、仕上げ熱延開始温度F0T、仕上げ熱延終了温度FTをそれぞれ700℃≦ST≦1150℃、650℃≦F0T≦850℃、550℃≦FT≦800℃のように定める。特許文献3に記載の技術によれば、磁束密度の高い無方向性電磁鋼板を低コストで製造することが可能である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2022-30684号公報
【文献】特開2016-125106号公報
【文献】特開2010-1557号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1に記載の無方向性電磁鋼板は、表層にAl,Mn,Sb(アンチモン),Sn(錫),W(タングステン),Zn(亜鉛)の各元素を固溶させていることから、酸化物層を形成することなく、鋼板に張力を付与できたとしても、Fe成分以外の元素が含まれることによって、Fe成分の含有量が相対的に減少することから、磁気特性の向上は見込めないという問題があった。また、特許文献2に記載の電磁鋼板および特許文献3に記載の製造方法で製造された電磁鋼板は、結晶配向の異なる層または部位によって集合組織の異なる組織形態を有し、さらに熱処理が加えられる工程を経ることによって高い磁気特性を得ることができ、また磁気特性の劣化を抑制することができる。しかしながら、熱処理を加えることは、結晶粒の成長を促すことから、低鉄損および高磁気特性を得るために必要な微細な結晶粒を維持することが困難となり、低鉄損化および高磁束密度化を両立できない可能性があった。
【0009】
本開示は、上記に鑑みてなされたものであって、従来に比して低鉄損化かつ高磁束密度化を実現することができる電磁鋼板を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上述した課題を解決し、目的を達成するために、本開示に係る電磁鋼板は、質量%で、1.0%以上6.5%以下のSi、0.02%以上4.0%以下のMn、および0.001%以上4.0%以下のAlを含み、主成分がFeである、複数の結晶粒の結晶方位がランダムな板状の基材と、基材の少なくとも一方の面に形成される基材のFe濃度よりも高いFe濃度を有し、Feおよび不可避的不純物からなる結晶質の膜と、を備える。膜には、基材の配向の方位とは異なる結晶方位で成長した複数の結晶粒が、膜が無配向となるように存在する。膜を構成する結晶粒の平均の結晶粒径は、基材を構成する結晶粒の平均の結晶粒径の1/10以下である。
【発明の効果】
【0011】
本開示に係る電磁鋼板は、従来に比して低鉄損化かつ高磁束密度化を実現することができるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】実施の形態1に係る電磁鋼板の断面構造の一例を模式的に示す図
図2】実施の形態2に係る電磁鋼板の断面構造の一例を模式的に示す図
図3】実施の形態3に係る電磁鋼板の断面構造の一例を模式的に示す図
図4】実施の形態4に係る電磁鋼板の製造方法の手順の一例を示すフローチャート
図5】実施の形態5に係る積層体の構成の一例を示す斜視図
図6】実施の形態6に係る回転機の構成の一例を示す断面図
図7】実施例1から5による電磁鋼板の表面から高周波グロー放電発光分析(Glow Discharge Optical Emission Spectroscopy:GD-OES)で得られたFe濃度の結果の一例を示す図
図8】実施例1から6による電磁鋼板の断面を走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope:SEM)と後方散乱電子回折(Electron BackScatter Diffraction Pattern:EBSD)装置とを組み合わせることによって分析して得られた結果の一例を示す図
図9】実施例1から6による電磁鋼板の断面をSEMとEBSD装置とを組み合わせることによって分析して得られた結果の一例を示す図
図10】実施例1から6による電磁鋼板の断面をSEMとEBSD装置とを組み合わせることによって分析して得られた結果の一例を示す図
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に、本開示の実施の形態に係る電磁鋼板およびその製造方法、並びに積層体および回転機を図面に基づいて詳細に説明する。
【0014】
実施の形態1.
図1は、実施の形態1に係る電磁鋼板の断面構造の一例を模式的に示す図である。なお、各元素の含有量を示す「%」は、特に断らない限り質量%を意味する。実施の形態1に係る電磁鋼板1は、質量%で、0.1%以上10.0%以下のSi、0.02%以上4.0%以下のMn、および0.001%以上4.0%以下のAlを含み、微量成分としてC,P,S,N,Oを含む主成分がFeである基材11と、基材11の表面の少なくとも一部に形成される基材11のFe濃度よりも高いFe濃度の結晶質の膜12と、を有する。言い換えれば、Feを主成分とする2種類の材料が層構造を形成しており、基材11として定義される材料のFe濃度よりも、膜12として定義される材料のFe濃度の方が高いということを意味している。これは、膜12は、純鉄に近い材料で形成されているのに対し、基材11は、Fe成分以外にも、質量%で、0.1%以上10.0%以下のSi、0.02%以上4.0%以下のMn、および0.001%以上4.0%以下のAlを含み、微量成分としてC,P,S,N,Oを含む材料を用いているためである。このように、Fe成分以外の元素をほとんど含まない基材11よりも高Fe濃度の純鉄に近い材料、すなわち強磁性体で高い飽和磁化を有する材料からなる膜12を表面に形成することによって、高い磁気特性を有する電磁鋼板1が作製される。
【0015】
次に、実施の形態1に係る電磁鋼板1の成分組成について説明する。板厚方向で濃度が変化する元素は、板厚方向での平均値をこの元素の含有量とする。
【0016】
実施の形態1に係る電磁鋼板1では、Siは、電磁鋼板1の固有抵抗を高め、鉄損を低減するのに有効な元素であるので、0.1%以上添加される。一方、Siが10.0%を超えて添加されると鋼を著しく脆化する。よって、Si含有量は0.1%以上10.0%以下の範囲とする。Si含有量は、好ましくは1.0%以上6.5%以下の範囲であり、より好ましくは1.5%以上4.5%以下の範囲である。
【0017】
実施の形態1に係る電磁鋼板1では、Mnは、熱間圧延時の赤熱脆性を抑制するため、0.02%以上添加される。しかし、Mn含有量が4.0%を超えて添加されると、磁束密度が低下し、脆化も顕著となる。よって、Mn含有量は0.02%以上4.0%以下の範囲とする。Mn含有量は、好ましくは0.02%以上2.0%以下の範囲である。
【0018】
実施の形態1に係る電磁鋼板1では、Alは、電磁鋼板1の固有抵抗を高め、鉄損を低減するのに有効な元素であるので、0.001%以上添加される。しかし、Al含有量が4.0%を超えて添加されると、Siと同様に脆化が問題になる。よって、Al含有量は、0.001%以上4.0%以下の範囲とする。
【0019】
また、実施の形態1に係る電磁鋼板1は、微量成分としてC,P,S,N,Oを含むものであるが、これらは不純物レベルの含有量となる。Cは、磁気時効の原因となり、製品板の磁気特性を劣化させる有害元素であるので、C含有量は0.005%以下、好ましくは0.003%以下がよい。Pは、多く含まれると鋼の脆化が激しく、生産性を著しく低下させるので、P含有量は0.2%以下、好ましくは0.001%以下がよい。Sは、MnS(硫化マンガン)等の硫化物を生成し、鉄損を増加させる有害元素であるため、S含有量は0.005%以下、好ましくは0.003%以下がよい。Nは、窒化物を生成し、鉄損を増加させる有害元素であるため、N含有量は0.005%以下、好ましくは0.003%以下がよい。Oは、酸化物を生成し、磁気特性を悪化させる有害元素であるため、O含有量は0.005%以下、好ましくは0.003%以下がよい。
【0020】
さらに、実施の形態1に係る電磁鋼板1において、膜12を構成する結晶粒21の平均の結晶粒径は、基材11を構成する結晶粒31の平均の結晶粒径の1/10以下である。膜12を構成する結晶粒21の結晶粒径は微細であればあるほど、渦電流による損失を低減し、低鉄損化を実現する。よって、膜12の平均の結晶粒径は、基材11の平均の結晶粒径の1/10以下でも効果を奏するが、好ましくは1/100以下、さらに好ましくは1/1000以下である。
【0021】
実施の形態1に係る電磁鋼板1の基材11および膜12を構成する結晶粒31,21の平均の結晶粒径は、SEM法、透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope:TEM)法または金属顕微鏡法で得た像を用いて計測される値である。観察した範囲内で、異相界面および結晶粒界だけではなく全ての結晶境界を観察し、結晶境界に囲まれた部分の結晶領域の径を結晶粒径とする。結晶境界が見えにくい場合には、ナイタール溶液などを用いた湿式法、ドライエッチング法などを用いて結晶境界をエッチングすることが好ましい。平均の結晶粒径は、観察した範囲内の代表的な部分を選び、最低100個の結晶粒31,21が含まれている領域で計測することを原則とする。結晶粒31,21の数はこれよりも少なくてもよいが、この場合には、統計的に十分全体を代表する部分が存在している部分を計測することが求められる。平均の結晶粒径は、観測領域を撮影して、この写真平面、すなわち対象の撮影面への拡大射影面上に適当な直角四角形領域を定め、この内部にJeffries法を適用して求められる。Jeffries法は、面積計量法とも称される。なお、SEMまたは金属顕微鏡で観察した場合には、分解能に対して結晶境界幅が小さすぎて観測されないこともあるが、この場合の平均の結晶粒径の計測値は実際の結晶粒径の上限値を与える。具体的には、上限50μmの平均の結晶粒径の測定値であれば問題ない。ただし、一例ではX線回折(X‐ray diffraction:XRD)法上で明確な回折ピークを持たない、超常磁性が磁気曲線上で確認されるなどの現象から、磁性材料の一部または全部が結晶粒径の下限である1nmを切る可能性が示された場合には、改めてTEM観察によって実際の結晶粒径を決定しなければならない。
【0022】
また、平均の結晶粒径は、顕微鏡観察の結果を用いる方法ではなく、XRD法の結果を用いて求められてもよい。この場合には、XRDの実験から得られたX線回折パターン中の(110)面からの回折ピークの半値全幅を用いて、シェラー(Scherrer)の式から求めることができる。(110)面からの回折ピークの半値全幅は回折パターンに対する擬Voigt関数を用いたピーク分解を行うことによって求めることができる。半値全幅をBとし、ブラッグ(Bragg)角をθとし、シェラー定数をKとし、X線の波長をλとすると、次式(1)で与えられるシェラーの式から平均の結晶粒径Dが求まる。ただし、実施の形態1の場合、X線の波長λが0.154nmであり、シェラー定数Kが0.891であると仮定する。なお、ブラッグ角は回折角2θの半分である。
【0023】
D=Kλ/Bcosθ ・・・(1)
【0024】
実施の形態1に係る電磁鋼板1における結晶質の膜12の厚みは、0μmより大きく10μm以下であり、好ましくは7μm以下であり、さらに好ましくは5μm以下である。これは、10μmよりも厚くなりすぎると基材11と膜12との間に内部応力が発生し、基材11と膜12との剥離の要因および鉄損の大幅な増加を招くことになるためである。
【0025】
膜12は、基材11のFe濃度よりも高いFe濃度で結晶質の膜12として存在させることで形成できる。このような膜12は、後述するめっき法によって形成することができるが、めっき法に限られず、化学気相成長(Chemical Vapor Deposition:CVD)法、物理蒸着(Physical Vapor Deposition:PVD)法、放電表面処理(Micro Spark Coating)方法等の成膜方法、クラッド、溶接等を用いて形成してもよい。クラッドは、2種類以上の異なる金属を貼り合わせる方法であり、溶接は、2個以上の母材を、接合される母材間に連続性があるように、熱、圧力またはこれらの両方で一体にする方法である。後述するような膜12の製造条件を最適化にすることで、膜12の結晶粒径の調節が可能となる。
【0026】
実施の形態1に係る電磁鋼板1は、質量%で、0.1%以上10.0%以下のSi、0.02%以上4.0%以下のMn、および0.001%以上4.0%以下のAlを含み、微量成分としてC,P,S,N,Oを含む主成分がFeである基材11と、基材11の表面の少なくとも一部に形成される基材11のFe濃度よりも高いFe濃度の結晶質の膜12と、を有することを特徴とする。また、膜12を構成する結晶粒21は、基材11を構成する結晶粒31の平均の結晶粒径の1/10以下の平均の結晶粒径で存在することを特徴とする。言い換えれば、基材11であるケイ素鋼板のFe濃度よりも高いFe濃度の微細結晶を有する膜12をケイ素鋼板の表面に形成する。これによって、従来の技術に比較して膜12にはFe成分以外の元素が含まれないので磁気特性が向上する。また、膜12を構成する結晶粒21が基材11を構成する結晶粒31の平均粒径の1/10以下に維持されるので、低損失化および高磁束密度化を両立することができる。この結果、従来に比して低鉄損化かつ高磁束密度化した電磁鋼板1を得ることができるという効果を奏する。
【0027】
実施の形態2.
図2は、実施の形態2に係る電磁鋼板の断面構造の一例を模式的に示す図である。実施の形態2に係る電磁鋼板1は、質量%で、0.1%以上10.0%以下のSi、0.02%以上4.0%以下のMn、および0.001%以上4.0%以下のAlを含み、微量成分としてC,P,S,N,Oを含む主成分がFeである基材11と、基材11の表面の少なくとも一部に形成される基材11のFe濃度よりも高いFe濃度の結晶質の膜12と、を有する。これは実施の形態1と同様の構成である。
【0028】
さらに、実施の形態2に係る電磁鋼板1では、膜12は、基材11の配向の方位とは異なる結晶方位で成長した複数の結晶粒21が、膜12が無配向となるように存在する。つまり、膜12は、基材11の配向の方位とは異なるランダムな面方位で基材11上に成長した結晶粒21によって構成され、この結果、膜12は無配向膜となっている。このように、膜12に形成される結晶粒21が無配向であることで、言い換えればランダムに並んでいることで、外部磁化の極、すなわちN極とS極との間をバランスよく切り替えることができる。このことから、実施の形態2に係る電磁鋼板1は、モータまたは発電機としての性能を効果的に発揮することができる。図2では、結晶粒21のハッチングの付け方によって、結晶粒21の結晶方位の違いを模式的に示している。図3でも同様である。また、この明細書で、ある結晶方位で成長した結晶粒21における「結晶方位」は、膜12の表面または基材11の膜12が形成される面と平行な面を構成する結晶粒21の面の方位を指すものとする。
【0029】
実施の形態2に係る電磁鋼板1の基材11および膜12の結晶粒31,21の配向または結晶方位は、SEMに付属したEBSD装置を用いた方法によって調べることができる。この方法によって、基材11および膜12の結晶粒31,21の結晶の方位とこの結晶系とを求めることができる。基材11の配向の方位とは異なる結晶方位で成長した複数の結晶粒21が、膜12が無配向となるように存在するというのは、EBSD装置の測定結果から得られる、逆極点図をカラーキーとし、色で結晶方位を表す逆極点図結晶方位マップ(Inverse Pole Figure Map:IPF MAP)において、基材11の結晶粒31とは異なるカラーで形成されており、かつ膜12の結晶粒21は特定のカラーのみで形成されていないこと、言い換えれば膜12の結晶粒21は様々なカラーで形成されていることを意味する。
【0030】
実施の形態2に係る電磁鋼板1における結晶質の膜12の厚みは、10μm以下であり、好ましくは7μm以下であり、さらに好ましくは5μm以下である。これは、10μmよりも厚くなりすぎると基材11と膜12との間に内部応力が発生し、基材11と膜12との剥離の要因および鉄損の大幅な増加を招くことになるためである。
【0031】
膜12は、基材11のFe濃度よりも高いFe濃度で結晶質の膜12として存在させることで形成できる。このような膜12は、後述するめっき法によって形成することができるが、めっき法に限られず、CVD法、PVD法、放電表面処理方法等の成膜方法、クラッド、溶接等を用いて形成してもよい。
【0032】
実施の形態2に係る電磁鋼板1は、質量%で、0.1%以上10.0%以下のSi、0.02%以上4.0%以下のMn、および0.001%以上4.0%以下のAlを含み、微量成分としてC,P,S,N,Oを含む主成分がFeである基材11と、基材11の表面の少なくとも一部に形成される基材11のFe濃度よりも高いFe濃度の結晶質の膜12と、を有することを特徴とする。また、膜12には、基材11の配向の方位とは異なる結晶方位で成長した複数の結晶粒21が、膜12が無配向となるように存在することを特徴とする。言い換えれば、基材11であるケイ素鋼板のFe濃度よりも高いFe濃度で無配向の結晶粒21を有する膜12をケイ素鋼板の表面の少なくとも一部に形成する。これによって、従来の技術に比較して膜12にはFe成分以外の元素が含まれないので磁気特性が向上する。この結果、低鉄損化かつ高磁束密度化した電磁鋼板1を得ることができるという効果を奏する。また、膜12を無配向の膜とすることで、外部磁化の極をバランスよく切り替えることができる。
【0033】
実施の形態3.
図3は、実施の形態3に係る電磁鋼板の断面構造の一例を模式的に示す図である。実施の形態3に係る電磁鋼板1は、質量%で、0.1%以上10.0%以下のSi、0.02%以上4.0%以下のMn、および0.001%以上4.0%以下のAlを含み、微量成分としてC,P,S,N,Oを含む主成分がFeである基材11と、基材11の表面の少なくとも一部に形成される基材11のFe濃度よりも高いFe濃度の結晶質の膜12と、を有する。これは実施の形態1,2と同様の構成である。
【0034】
さらに、実施の形態3に係る電磁鋼板1では、膜12には、2つ以上の異なる結晶方位で成長した結晶粒21が存在し、ある配向を持つ結晶粒が別の配向で成長した結晶粒に覆われていることを特徴としている。このようにある結晶方位で成長した結晶粒が別の結晶方位で成長した結晶粒で覆われた組織形態を有することで、隣接する結晶粒が同じ結晶方位を有する結晶粒ではなくなることから、配向のランダム化が促進され、膜12においては無配向の状態になりやすくなる。
【0035】
図3に示される例では、膜12において異なる配向を有する複数の結晶粒21が示されている。符号21を付した結晶粒は、膜12を構成する結晶粒を示すものであり、それぞれの結晶粒21は基本的には異なる結晶方位を有するもの、すなわち異なる結晶方位で成長したものである。ただし、中には同じ結晶方位を有する結晶粒21が存在していてもよい。
【0036】
これらの結晶粒21のうちの1つの結晶粒211aに着目する。この結晶粒211aは、ある結晶方位で成長したものである。この結晶粒211aが、結晶粒211aとは異なる結晶方位で成長した結晶粒212a,212b,212c,212d,212eに囲まれている。この明細書では、結晶粒211aのように、結晶粒211aの方位とは異なる方位で成長した複数の結晶粒212a,212b,212c,212d,212eによって囲まれている場合には、結晶粒211aが結晶粒211aとは異なる結晶方位で成長した結晶粒212a,212b,212c,212d,212eに不完全に覆われているとも称される。なお、結晶粒212a,212b,212c,212d,212eの結晶方位は、互いに異なっていてもよいし、一部の結晶粒同士で同じとなっていてもよい。また、結晶粒21のうちの1つの結晶粒21bに着目すると、ある結晶方位で成長した結晶粒211bは、結晶粒211bとは異なる結晶方位で成長した結晶粒212fに覆われている。この明細書では、結晶粒211bのように、結晶粒211bとは異なる結晶方位で成長した1つの結晶粒212fに覆われている場合には、結晶粒211bが結晶粒211bとは異なる結晶方位で成長した結晶粒212fに完全に覆われているとも称される。これらのように実施の形態3に係る電磁鋼板1の膜12には、ある結晶方位で成長した結晶粒21とは異なる結晶方位で成長した結晶粒21で囲まれる形態の結晶粒21が含まれている。
【0037】
配向のランダム化という観点から、ある結晶方位で成長した結晶粒211aが別の結晶方位で成長した結晶粒212a,212b,212c,212d,212eで覆われた組織形態を持てばよいが、結晶粒21bのようにある結晶方位で成長した結晶粒211bが別の結晶方位で成長した結晶粒212fで完全に覆われる結晶構造をもつと磁気分断が起き、ランダム化が促進される。つまり、電磁鋼板1がこのような組織形態となることで、電磁鋼板1を低鉄損化かつ高磁束密度化させる効果を有する。また、このような構成の電磁鋼板1を使用したモータおよび発電機は、よりよい性能を効果的に発揮することができる。
【0038】
実施の形態3に係る電磁鋼板1における結晶質の膜12の厚みは、10μm以下であり、好ましくは7μm以下であり、さらに好ましくは5μm以下である。これは、10μmよりも厚くなりすぎると基材11と膜12との間に内部応力が発生し、基材11と膜12との剥離の要因および鉄損の大幅な増加を招くことになるためである。
【0039】
また、膜12は、基材11のFe濃度よりも高いFe濃度で結晶質の膜12として存在させることで形成できる。このような膜12は、後述するめっき法によって形成することができるが、めっき法に限られず、CVD法、PVD法、放電表面処理方法等の成膜方法、クラッド、溶接等を用いて形成してもよい。
【0040】
実施の形態3に係る電磁鋼板1は、質量%で、0.1%以上10.0%以下のSi、0.02%以上4.0%以下のMn、および0.001%以上4.0%以下のAlを含み、微量成分としてC,P,S,N,Oを含む主成分がFeである基材11と、基材11の表面の少なくとも一部に形成される基材11のFe濃度よりも高いFe濃度の結晶質の膜12と、を有する。また、膜12には、2つ以上の異なる結晶方位で成長した結晶粒21が存在し、ある結晶方位で成長した結晶粒211a,211bが別の結晶方位で成長した結晶粒212a,212b,212c,212d,212e,212fに完全にまたは不完全に覆われている構成を有することを特徴とする。これによって、従来の技術に比較して膜12にはFe成分以外の元素が含まれないので磁気特性が向上する。この結果、低鉄損化かつ高磁束密度化した電磁鋼板1を得ることができるという効果を奏する。
【0041】
実施の形態4.
実施の形態4では、実施の形態1から3で説明した電磁鋼板1を製造する方法について説明する。
【0042】
図4は、実施の形態4に係る電磁鋼板の製造方法の手順の一例を示すフローチャートである。一例では、基材11といわれるケイ素鋼板の表面にケイ素鋼板よりも高いFe濃度の材料をめっきして膜12を形成することで電磁鋼板1が製造される。膜12をめっき法で形成する電磁鋼板1の製造方法は、基材11を脱脂する脱脂工程(ステップS1)と、基材11を洗浄する酸洗工程(ステップS2)および電解洗浄工程(ステップS3)と、めっきを効率的に行うための活性処理工程(ステップS4)と、基材11に膜12を形成するめっき処理工程(ステップS5)と、膜12の錆を抑制するための防錆膜または膜12の絶縁性を担保するための絶縁膜を形成する被膜形成工程(ステップS6)と、乾燥工程(ステップS7)と、を含む。これらの工程を経ることによって、実施の形態1から3で説明した電磁鋼板1、特に、実施の形態2で説明したような電磁鋼板1を製造することができる。基材11に形成された膜12には、基材11と異なる結晶方位で成長した複数の結晶粒21が無配向で存在する。なお、ステップS1からステップS3までの工程は、洗浄工程に対応する。洗浄工程では、ステップS1からステップS3までの工程が実行されることが望ましいが、いずれかの工程が省略されてもよい。また、ステップS5のめっき処理工程は、膜形成工程の一例である。
【0043】
以下に、上記で示した各工程について説明する。なお、工程間には直前の工程で基材11に付着した汚れや処理液を洗い落して、次工程に持ち込まないことを目的とする水洗工程が含まれるが、ここでは省略している。
【0044】
ステップS1の脱脂工程は、金属、すなわち基材11の表面に付着している油または油性の汚れを落とす目的で行われる工程である。脱脂工程は、アルカリ化合物に少量の界面活性剤を添加した溶液に、50℃で10分間、基材11を浸漬することによって行われる。アルカリ化合物には、水酸化ナトリウム、炭酸ナトリウム、炭酸水酸ナトリウム、オルト珪酸ナトリウム、メタ珪酸ナトリウム、リン酸ナトリウムなどを用いることができる。さらに、浸漬条件は一例であり、適宜変更してもよい。なお、ここでは、質量%で、0.1%以上10.0%以下のSi、0.02%以上4.0%以下のMn、および0.001%以上4.0%以下のAlを含み、微量成分としてC,P,S,N,Oを含む主成分がFeである基材11が使用される。
【0045】
次のステップS2の酸洗工程は、めっき前の基材11には錆が発生している場合、あるいは基材11が酸化皮膜等の絶縁皮膜で覆われている場合があり、このような状態でめっきを施すと密着不良の原因となるので、これらの錆または絶縁被膜を除去する目的で行われる工程である。酸洗工程は、重量%で10%以上30%以下の濃度の塩酸に、室温で3分間、基材11を浸漬することによって行われる。ここでは、塩酸を用いているが、このほかに硫酸等を用いてもよい。また、浸漬条件は適宜変更してもよい。
【0046】
次のステップS3の電解洗浄工程は、基材11を陰極または陽極として電流を通じ、基材11の表面を洗浄する工程である。電解洗浄工程は、電解液にアルカリ化合物を用いながら60℃で1分間実施される。アルカリ化合物には、水酸化ナトリウム、炭酸ナトリウム、炭酸水酸ナトリウム等が挙げられるが、条件とともに適宜変更してもよい。
【0047】
次のステップS4の活性処理工程は、基材11の表面に存在する薄い酸化膜等と共に基材11を薄く溶解させ、密着性を上げる目的で行われる工程である。活性処理工程は、重量%で10%以上30%以下の濃度の塩酸に、室温で1分間、基材11を浸漬させる。酸の種類は硫酸でも問題ないが、条件とともに適宜変更してもよい。
【0048】
次のステップS5のめっき処理工程は、Feイオンを含むめっき浴を用いて基材11の表面の少なくとも一部にめっき処理を行って膜12を形成する工程である。めっき処理工程では、硫酸鉄(II)、塩化鉄(II)またはこれらの混合物からなり、pHは0.1以上3.5以下、好ましくは0.5以上2.5以下の範囲であり、浴の温度は30℃以上80℃以下、好ましくは40℃以上60℃以下のめっき浴が使用される。さらに、電解めっきを行う際の電流密度は0.1A/dm2以上100A/dm2以下、好ましくは0.5A/dm2以上30A/dm2以下であり、めっき処理時間は、1分以上150分以下の範囲、好ましくは5分以上90分以下の範囲でめっき処理工程が実施されるとよい。また、膜12の厚みが、10μm以下、好ましくは7μm以下、さらに好ましくは5μm以下となるように、めっき処理の条件が調整されるとよい。これは、膜12の厚みが10μmよりも厚くなりすぎると基材11と膜12との間に内部応力が発生し、基材11と膜12との剥離の要因および鉄損の大幅な増加を招くことになるためである。以上のような条件で制御しながら、めっき処理を実施することで、平均の結晶粒径が基材11を構成する結晶粒31の平均の結晶粒径の1/10以下の結晶粒21が存在する膜12が基材11の表面の少なくとも一部に形成される実施の形態1で説明したような電磁鋼板1を製造することができる。言い換えれば、基材11であるケイ素鋼板のFe濃度よりも高いFe濃度の微細結晶を有する膜12がケイ素鋼板の表面の少なくとも一部に形成される電磁鋼板1を製造することができる。
【0049】
このように、めっき処理工程では、硫酸鉄(II)、塩化鉄(II)またはこれらの混合物からなるめっき浴を用いるため、Si,Mn,Alを副成分として含まず、またC,P,S,N,Oを含む微量成分も含まない。つまり、Feに対する不純物元素が少ないめっき浴を用いるため、めっき処理によって形成される膜12は、基材11のFe濃度よりも高いFe濃度を有し、不純物元素が少ない純鉄に近い膜12となる。
【0050】
次のステップS6の被膜形成工程は、形成した膜12の錆を抑制する目的で、または絶縁性を担保する目的で行われる工程である。被膜形成工程では、膜12が形成された基材11の膜12の表面に防錆剤を用いた防錆膜または膜12の絶縁性を担保する絶縁膜を形成する被膜形成処理が行われる。防錆膜を形成する防錆処理では、一例では水溶性防錆剤を用いて膜12の表面に防錆膜が形成される。絶縁膜を形成する絶縁処理では、一例ではリン酸塩またはクロム酸塩と有機樹脂との有機無機混合皮膜等の絶縁膜が膜12の表面に形成される。
【0051】
最後のステップS7の乾燥工程は、被膜形成処理が行われた電磁鋼板1を乾燥させる工程である。乾燥工程では、膜12を形成した基材11の電磁鋼板1をエアブローで乾燥させた後、50℃以上80℃以下の温度に設定された乾燥炉で5分以上60分以下の範囲の時間保持することで電磁鋼板1が乾燥される。以上によって、電磁鋼板1の製造方法が終了する。
【0052】
以上の製造方法における製造条件のうち、特にめっき処理工程における浴のpH、浴の温度、電流密度および処理時間の少なくとも1つのめっき処理条件を制御することによって、実施の形態1から3で説明した特徴的な構造の膜12を有する電磁鋼板1を製造することができる。つまり、めっき処理条件を制御することで、質量%で、0.1%以上10.0%以下のSi、0.02%以上4.0%以下のMn、および0.001%以上4.0%以下のAlを含み、微量成分としてC,P,S,N,Oを含む主成分がFeである基材11と、基材11の表面の少なくとも一部に形成された基材11のFe濃度よりも高いFe濃度の結晶質の膜12と、を備え、膜12を構成する結晶粒21の平均の結晶粒径は、基材11の結晶粒31の平均の結晶粒径の1/10以下である実施の形態1で説明した電磁鋼板1を製造することができる。また、めっき処理条件を変えることで、膜12には、基材11の配向の方位とは異なる結晶方位で成長した複数の結晶粒21が、膜12が無配向となるように存在する実施の形態2で説明した電磁鋼板1を製造することができる。さらに、膜12には、2つ以上の異なる結晶方位で成長した結晶粒21が存在し、ある結晶方位で成長した結晶粒211a,211bが別の結晶方位で成長した結晶粒212a,212b,212c,212d,212e,212fに不完全にまたは完全に覆われているような組織形態を有する実施の形態3で説明した電磁鋼板1を製造することができる。
【0053】
実施の形態4では、表面の洗浄を行った基材11にめっき処理を施して基材11の表面の少なくとも一部に基材11のFe濃度よりも高い結晶質のFe濃度の結晶質の膜12であり、膜12を構成する結晶粒21の平均の結晶粒径が基材11を構成する結晶粒31の平均の結晶粒径の1/10以下である膜12を有する電磁鋼板1を製造することができる。また、めっき処理条件を変えることで、基材11の配向の方位とは異なる結晶方位で成長した複数の結晶粒21で形成され、結晶粒21が無配向で存在する膜12を有する電磁鋼板1を製造することができる。さらに、めっき処理条件を変えることで、2つ以上の異なる結晶方位で成長した結晶粒21が存在し、ある結晶方位で成長した結晶粒211a,211bが別の結晶方位で成長した結晶粒212a,212b,212c,212d,212e,212fに不完全にまたは完全に覆われているような組織形態を有する膜12が形成された電磁鋼板1を製造することができる。
【0054】
また、上記した電磁鋼板1の製造方法は熱処理工程を含まないので、膜12の結晶粒21が成長することがない。つまり、膜12は微細な結晶粒21によって形成され、その後も大きさが維持されるため、低損失化および高磁束密度化を両立した電磁鋼板1を得ることができる。
【0055】
なお、上記した説明では、膜12をめっき法によって形成する例を説明したが、CVD法、PVD法、放電表面処理方法等の成膜方法、クラッド、溶接等で膜12を形成してもよい。すなわち、ステップS5の膜形成工程では、めっき法、CVD法、PVD法、放電表面処理方法、クラッドおよび溶接のうちの1つの方法を用いて基材11の表面の少なくとも一部に基材11のFe濃度よりも高いFe濃度の結晶質の膜12が形成されるものであればよい。
【0056】
実施の形態5.
実施の形態5では、実施の形態4の製造方法で製造された実施の形態1から3に係る電磁鋼板1を用いた積層体について説明する。図5は、実施の形態5に係る積層体の構成の一例を示す斜視図である。図5には、積層体100の軸方向に対して斜め方向から見た場合の断面概略図が示されている。
【0057】
積層体100は、複数枚の円板状の電磁鋼板1を電磁鋼板1の厚さ方向に積層させた構造を有する。この例では、積層体100を構成する電磁鋼板1は、円環状の板状部材であり、中心に向かって突出したティース構成部5を有する。具体的には、電磁鋼板1は、中心部に円形状の開口部6を有する円環状の構造を有している。円環状の部分には、開口部6と接続される複数の切込み部7が設けられている。隣接する2つの切込み部7の間の部分がティース構成部5となる。複数枚の電磁鋼板1が切込み部7の位置を合わせた状態で積層される。このように複数枚の電磁鋼板1が積層されることによって形成される積層体100は、中心部に円形状の開口部106を有する円筒状の構造を有する。また、積層体100は、各電磁鋼板1のティース構成部5を重ね合わせることによって形成されるティース105を有する。このような積層体100は、一例ではモータコアとして使用される。なお、積層体100の構成は図5に示されるものに限定されるものではなく、既存の構成を採用することができる。また、積層体100は、ティース105に巻き付けられる巻線を備えていてもよい。巻線の巻き方の一例は、集中巻き、分布巻きである。巻線を備え付けることで、積層体100はモータの固定子にもなる。
【0058】
積層体100に使用される電磁鋼板1は、ティース構成部5が設けられる円環状の板状部材である基材11と、基材11の積層方向に垂直な2つの面に形成される実施の形態1から3で説明した膜12と、を有する。
【0059】
このように、実施の形態5に係る積層体100は、低鉄損でかつ高磁束密度である実施の形態1から3で説明した電磁鋼板1を複数枚積層させたものとすることによって、低損失で高効率な固定子の動作に寄与することが可能となる。
【0060】
実施の形態6.
実施の形態6では、実施の形態5に係る積層体100を搭載した回転機について説明する。図6は、実施の形態6に係る回転機の構成の一例を示す断面図である。図6には、回転機130の回転軸RAである軸方向に垂直な断面模式図が示されている。
【0061】
回転機130は、回転軸RAを中心に回転可能な回転子140と、回転子140と同軸に設けられ、回転子140に対向配置された環状の固定子150と、を備える。
【0062】
回転子140は、回転子鉄心141と、回転子140の周方向に沿って回転子鉄心141に設けられた磁石挿入穴142に挿入された磁石143と、を備えている。磁石143の一例は希土類焼結磁石である。図6では、4つの磁石挿入穴142および4つの磁石143を用いる例を示したが、磁石挿入穴142および磁石143の数は回転子140の設計に応じて変更してもよい。
【0063】
固定子150は、実施の形態5で説明した積層体100と、積層体100のティース105に備え付けられる巻線151と、を備える。積層体100は、回転子140が配置される部分に開口部106を有し、回転子140に向かって突出したティース105が設けられる。巻線151の巻き方は、集中巻きでもよいし、分布巻きでもよい。つまり、積層体100と巻線151とによって固定子150が形成されている。そして、固定子150は、開口部106に回転子140を配置することで、回転子140に対向配置される構造となる。なお、回転機130の構成は図6に示されるものに限定されるものではなく、回転子140および積層体100の設計に応じて変更してもよいし、既存の構成を採用してもよい。
【0064】
このように、実施の形態6に係る回転機130は、低鉄損かつ高磁束密度である実施の形態1から3の電磁鋼板1を用いることによって、低損失で高効率な固定子150の動作を実現し、従来よりも小型で、高性能で、低損失でそして高効率な回転機130を実現することができる。さらに、省エネルギ化にも寄与する回転機130を提供可能になる。
【実施例
【0065】
以下に、実施例および比較例によって本開示の電磁鋼板1の詳細を説明する。
【0066】
実施例1から6では、実施の形態4に示される製造方法によって電磁鋼板1を製造する。比較例1,3,4では、特許文献1から3に代表されるような一般的な製造方法によって実験的に電磁鋼板1を製造する。比較例2は、膜12を形成せず、基材11のみの場合を示している。
【0067】
比較例1では、2.15wt%のSi、0.25wt%のMn、および0.30wt%のAlを含み、残部はFeである基材11を用いて、特許文献1に代表されるような製造方法を例として用い、電磁鋼板1を製造する。
【0068】
比較例2は、2.15wt%のSi、0.25wt%のMn、および0.30wt%のAlを含み、残部はFeである基材11のみによって構成される電磁鋼板1である。
【0069】
比較例3では、2.15wt%のSi、0.25wt%のMn、および0.30wt%のAlを含み、残部はFeである基材11を用いて、特許文献2に代表されるような製造方法を例として用い、電磁鋼板1を製造する。
【0070】
比較例4は、2.15wt%のSi、0.25wt%のMn、および0.30wt%のAlを含み、残部はFeである基材11を用いて、特許文献3に代表されるような製造方法を例として用い、電磁鋼板1を製造する。
【0071】
実施例1から6では、実施の形態4に示される製造方法によって、基材11よりも高いFe濃度を有する膜12、言い換えれば不純物元素が少なく、純鉄に近い膜12を基材11に形成することで、電磁鋼板1を製造する。さらに、製造条件、より具体的にはめっき処理条件を最適化することで、微細な結晶粒21および無配向の結晶粒21を有する膜12を形成する。
【0072】
表1は、実施例および比較例による電磁鋼板の基材および膜の特徴と特性の判定結果とを示す表である。電磁鋼板1の基材11および膜12の特徴として、ここでは、基材11の組成と、基材11に対する膜12のFe濃度、基材11に対する膜12の結晶粒21の大きさ、基材11に対する膜12の結晶粒径および膜12を構成する結晶粒21が無配向を示しているか否かとを測定している。また、電磁鋼板1の特性として、ここでは磁束密度および鉄損を測定し判定している。ここでいう無配向とは、膜12の表面に平行な方向における結晶粒21の結晶方位がランダムであり、特定の配向性を有していないことをいうものとする。
【0073】
【表1】
【0074】
次に、実施例1から6および比較例1から4の電磁鋼板1のFe濃度を分析する方法について説明する。電磁鋼板1のFe濃度は、一例では、GD-OESによって測定される。ここでは、GD-OESとして、マーカス型高周波グロー放電発光表面分析装置(株式会社堀場製作所製、製品名:GD-Profiler 2(登録商標))を用いる。表面分析の条件は、圧力が600Paであり、出力が35Wであり、周波数が100Hzであり、測定時間は200秒である。GD-OES以外にも、電界放出型電子プローブマイクロアナライザ(Field Emission-Electron Probe Micro Analyzer:FE-EPMA)等で検出強度に明確に差が出ており、基材11と膜12とのFe濃度の差が分析できるものであれば、元素マッピング等の分析でも問題ない。
【0075】
次に、実施例1から6および比較例1から4の電磁鋼板1の結晶粒径および結晶粒の配向を分析する方法について説明する。電磁鋼板1の結晶粒径および結晶粒の配向は、SEMとEBSD装置とを組み合わせることによって分析される。ここでは、SEM-EBSDとして、高分解能のFEショットキー型走査型電子顕微鏡(日本電子株式会社製、製品名:JSM-7001F)に電子線後方散乱回折法による結晶方位解析装置(株式会社TSLソリューションズ製、製品名:EBSD装置)とこのソフトフェア(株式会社TSLソリューションズ製、製品名:OIM6.0)とエネルギ分散型X線分析装置(日本電子株式会社製、製品名:JED-2300F)とを取り付けた装置を用いる。SEM-EBSD分析に用いられる条件は、加速電圧が5.0kV以上15.0kV以下であり、照射電流が2.250e-008A以上2.00e-007A以下であり、照射時間が50msであり、倍率が100倍以上2000倍以下である。EBSD装置を用いた結晶粒径は、指定方位差が5°以上ある境界を結晶粒界と定義して、結晶粒と同じ面積Aをもつ円の直径Dで示され、次式(2)によって算出される。
【0076】
D=(4A/π)1/2 ・・・・(2)
【0077】
次に、実施例1から6および比較例1から4の電磁鋼板1の磁気特性の評価方法について説明する。磁気特性の評価は、交流式のBHアナライザを用いて、複数の試料の磁気ヒステリシスを測定することによって行われる。周波数が50Hzまたは60Hzであり、印加磁界が5000A/mであるときに電磁鋼板1の磁束密度B50が得られ、周波数が50Hzであり、最大磁束密度が1.5Tであるときに電磁鋼板1の鉄損W15/50が測定される。交流式のBHアナライザのほかにも、これらの測定条件を満たすことができれば、直流式のBHアナライザまたはBHトレーサ等を用いてもよい。各試料の磁気特性は、印加磁場によって電磁鋼板1に発生した磁化をサーチコイルを用いて検出することによって測定される。
【0078】
まず、実施例1から6および比較例1から4による各試料における分析結果について説明する。図7は、実施例1から5による電磁鋼板の表面からGD-OESで得られたFe濃度の結果の一例を示す図である。図7において、横軸は測定時間を示し、縦軸はFe濃度を示している。なお、GD-OESは、試料表面からスパッタリングされた原子をプラズマ励起状態にして生じる発光を測定するものであるので、時間の経過とともに試料の内部の組成を分析していることになる。このため、横軸の測定時間は、電磁鋼板1の表面からの距離と読み替えることもできる。図7ではわかりやすくするために、膜12と基材11との部分を明示している。なお、実施例1から6による電磁鋼板1は、すべて同様の結果を示しているので、図7では、実施例1から6のうちの代表の実施例について示している。
【0079】
図7に示されるように、実施例1から6の各試料において、基材11および膜12のFe濃度を比較したときに、膜12の方が基材11よりも相対的に高いFe濃度を示す結果が得られている。このことから、基材11の少なくとも一方の表面には、基材11のFe濃度よりも高いFe濃度の膜12が形成されているといえる。
【0080】
図8から図10は、実施例1から6による電磁鋼板の断面をSEMとEBSD装置とを組み合わせることによって分析して得られた結果の一例を示す図である。図8は、結晶粒を識別するためのマップであるGrain MAPを示し、図9および図10は、結晶方位を色付けしたマップであるIPF MAPを示している。ただし、図8から図10では、カラー画像をグレースケールに変換したものを示している。なお、実施例1から6による電磁鋼板1は、すべて同様の結果を示しているので、図8から図10では、実施例1から6のうちの代表の実施例について示している。
【0081】
図8のGrain MAPに示されるように、電磁鋼板1の膜12は結晶質の膜であるとともに、微細な結晶粒径の結晶粒21によって形成されていることが分かる。膜12を構成する結晶粒21の結晶粒径は、基材11を構成する結晶粒31の結晶粒径と比較しても、明らかに微細となっていることが確認できる。(2)式によって算出した結晶粒径について比較すると、基材11では平均粒径が150μmであるのに対し、膜12では平均粒径が10μmである。つまり、膜12に形成される結晶粒21の平均の結晶粒径は、基材11に形成される結晶粒31の平均の結晶粒径の1/10以下であることが確認できる。
【0082】
図9のIPF MAPに示されるように、電磁鋼板1の膜12は特定の配向をもつ結晶の膜であるわけではなく、ランダム配向、言い換えれば無配向の膜になっていることが確認できる。さらに、基材11の配向の方位とは異なる結晶方位で成長した複数の結晶粒21で形成される膜12であること、つまり基材11を構成する結晶粒31の配向とは関係のない無配向の膜12であることが確認できる。
【0083】
図10は、図9に示される実施例とは異なる製造条件で製造された電磁鋼板1のIPF MAPである。図10のIPF MAPに示されるように、電磁鋼板1の膜12には、2つ以上の異なる結晶方位で成長した結晶粒21が存在すること、またある結晶方位で成長した結晶粒211bが別の結晶方位で成長した結晶粒212fに完全に覆われている結晶粒21bが存在することを確認できる。
【0084】
表1の「Fe濃度(対基材)」の項目には、基材11よりも膜12の方が高いFe濃度を有していることが確認できた試料については、丸印で示し、確認できなかった試料については、バツ印で示している。また、表1の「結晶粒の大きさ(対基材)」の項目には、膜12を構成する結晶粒21の平均粒径が基材11を構成する結晶粒31の平均粒径の1/10以下であることを確認できた試料については、丸印で示し、確認できなかった試料については、バツ印で示している。さらに、表1の「基材に対する膜の結晶粒径」の項目には、膜12を構成する結晶粒21の平均粒径が基材11を構成する結晶粒31の平均粒径の1/10以下である試料について、平均粒径を具体的な数値で記載している。さらにまた、表1の「結晶粒が無配向」の項目には、膜12の結晶粒21が無配向になっていることを確認できた試料については、丸印で示し、確認できなかった試料については、バツ印で示している。
【0085】
次に、実施例1から6および比較例1から4による各試料における磁気特性の測定結果について説明する。磁気特性の測定を行う各試料の形状は、縦が150mmであり、横が20mmである単板形状である。測定温度は室温の23℃で行う。
【0086】
実施例1から6および比較例1から4による各試料における磁束密度B50および鉄損W15/50の判定は、比較例1と比較して行う。各試料の23℃における磁束密度B50および鉄損W15/50の値が、比較例1でのそれぞれの値と比較して明確に差が出ているか否かで判定する。磁束密度B50の場合には、より高い値を示した方が良好な特性であると言えることから、明確に差が出ていると考えられる比較例1の値の10%を基準として判定を行う。つまり、磁束密度B50の値が、比較例1の値の110%以上の高い値を示す場合には、「良」と判定する。また、磁束密度B50の値が比較例1の値の90%以下の低い値を示す場合には、「不良」と判定する。そして、磁束密度B50の値が比較例1の値の90%よりも大きく110%未満の場合には、「同等」と判定する。鉄損W15/50の場合には、より低い値の方がモータの損失低減につながり、良好な特性であると言えることから、明確に差が出ていると考えられる比較例1の値の10%を基準として判定を行う。つまり、鉄損W15/50の値が比較例1の値の90%以下の低い値を示す場合には、「良」と判定する。また、鉄損W15/50の値が比較例1の値の110%以上の高い値を示す場合には、「不良」と判定する。そして、鉄損W15/50の値が比較例1の値の90%よりも大きく110%未満の場合には、「同等」と判定する。以上の磁束密度B50および鉄損W15/50の判定結果は、表1に示されている。
【0087】
比較例1では、2.15wt%のSi、0.25wt%のMn、および0.30wt%のAlを含み、残部はFeである基材11を用いて、特許文献1に代表されるような製造方法を例として用い、電磁鋼板1を製造する。この試料のFe濃度を上述した方法に従って分析すると、基材11と膜12とのFe濃度に大きな差は確認できない。さらに、結晶粒径および結晶配向を上述した方法に従って分析すると、膜12の結晶粒21は微細構造ではなく、膜12を構成する結晶粒21の平均の結晶粒径は、基材11を構成する結晶粒31の平均の結晶粒径の1/10以下で存在していることも確認できない。さらに、膜12の配向がランダムであること、すなわち結晶方位がランダムである結晶粒21が膜12に存在していることも確認できない。また、この試料の磁気特性を上述した方法に従って評価すると、磁束密度B50は1.75Tであり、鉄損W15/50は4.25W/kgである。比較例1のこれらの値がリファレンスとして用いられる。
【0088】
比較例2では、2.15wt%のSi、0.25wt%のMn、および0.30wt%のAlを含み、残部はFeである基材11のみを用いた電磁鋼板1である。この試料のFe濃度を上述した方法に従って分析しても基材11のみであることから、Fe濃度の差は確認できない。さらに、結晶粒径および結晶配向を上述した方法に従って分析しても、基材11の結晶粒径および結晶配向が確認されるだけであり、膜12は存在しないことから、比較結果はない。また、この試料の磁気特性を上述した方法に従って評価すると、磁束密度B50は「不良」であり、鉄損W15/50は「不良」である。これは、磁気特性が向上するとされる膜12が存在しないことを反映した結果となっている。
【0089】
比較例3では、2.15wt%のSi、0.25wt%のMn、および0.30wt%のAlを含み、残部はFeである基材11を用いて、特許文献2に代表されるような製造方法を例として用い、電磁鋼板1を製造する。この試料のFe濃度を上述した方法に従って分析すると、基材11と膜12とのFe濃度に大きな差は確認できない。さらに、結晶粒径および結晶配向を上述した方法に従って分析すると、膜12の結晶粒21は微細構造ではなく、膜12を構成する結晶粒21の平均の結晶粒径は、基材11を構成する結晶粒31の平均の結晶粒径の1/10以下で存在していることも確認できないが、無配向の膜12が形成されていることは確認できる。また、この試料の磁気特性を上述した方法に従って評価すると、磁束密度B50は「良」であるが、鉄損W15/50は「同等」である。これは、無配向の膜12が形成されることよって、磁束密度の向上には寄与した結果になっているものの、微結晶の膜12が形成されていないことから、鉄損の改善には寄与していないことを反映した結果となっている。
【0090】
比較例4では、2.15wt%のSi、0.25wt%のMn、および0.30wt%のAlを含み、残部はFeである基材11を用いて、特許文献3に代表されるような製造方法を例として用い、電磁鋼板1を製造する。この試料のFe濃度を上述した方法に従って分析すると、基材11と膜12とのFe濃度に大きな差は確認できない。さらに、結晶粒径および結晶配向を上述した方法に従って分析すると、膜12の結晶粒21は微細構造ではなく、膜12を構成する結晶粒21の平均の結晶粒径は、基材11を構成する結晶粒31の平均の結晶粒径の1/10以下で存在していることも確認できない。さらに、膜12の配向がランダムであること、すなわち結晶方位がランダムである結晶粒21が膜12に存在していることも確認できない。また、この試料の磁気特性を上述した方法に従って評価すると、磁束密度B50は「同等」であり、鉄損W15/50は「同等」である。これは、比較例1と同様、膜12がFe濃度の高い膜でもない上、微結晶かつ無配向の膜でもないことを反映した結果となっている。
【0091】
実施例1から6では、0.1%以上10.0%以下のSi、0.02%以上4.0%以下のMn、および0.001%以上4.0%以下のAlを含み、微量成分としてC,P,S,N,Oを含む主成分がFeである基材11を用いて、実施の形態4で説明した製造方法によって、基材11の表面の少なくとも一部に膜12が形成された電磁鋼板1を製造する。これらの試料のFe濃度を上述した方法に従って分析すると、基材11のFe濃度よりも高いFe濃度の結晶質の膜12が形成されていることが確認できる。さらに、結晶粒径および結晶配向を上述した方法に従って分析すると、膜12を構成する結晶粒21の平均の結晶粒径は、基材11を構成する結晶粒31の平均の結晶粒径の1/10以下であることが確認できる。また、膜12の配向もランダムであること、すなわち結晶方位がランダムである結晶粒21が膜12に存在していることも確認できる。つまり、実施例1から6には、実施の形態1と実施の形態2とを組み合わせた試料、実施の形態1と実施の形態3とを組み合わせた試料、および実施の形態1と実施の形態2と実施の形態3とを組み合わせた試料が含まれている。さらにまた、これらの試料の磁気特性を上述した方法に従って評価すると、磁束密度B50は「良」であり、鉄損W15/50は「良」である。特に、実施例4から6が、実施例1から3と比較して、膜12の結晶粒21が基材11を構成する結晶粒31の平均の結晶粒径の1/100以下の微細なものとなっているが、これは、実施の形態4に記載のめっき処理条件を最適化することで実現できる。この結果、比較例1に比して低鉄損化かつ高磁束密度化を実現する電磁鋼板1を得ることができるという効果を奏する。
【0092】
以上の実施の形態に示した構成は、一例を示すものであり、別の公知の技術と組み合わせることも可能であるし、実施の形態同士を組み合わせることも可能であるし、要旨を逸脱しない範囲で、構成の一部を省略、変更することも可能である。
【符号の説明】
【0093】
1 電磁鋼板、5 ティース構成部、6,106 開口部、7 切込み部、11 基材、12 膜、21,21b,31,211a,211b,212a,212b,212c,212d,212e,212f 結晶粒、100 積層体、105 ティース、130 回転機、140 回転子、141 回転子鉄心、142 磁石挿入穴、143 磁石、150 固定子、151 巻線。
【要約】
電磁鋼板(1)は、質量%で、0.1%以上10.0%以下のSi、0.02%以上4.0%以下のMn、および0.001%以上4.0%以下のAlを含み、微量成分としてC,P,S,N,Oを含む主成分がFeである基材(11)と、基材(11)の表面の少なくとも一部に形成される基材(11)のFe濃度よりも高いFe濃度の結晶質の膜(12)と、を備える。膜(12)を構成する結晶粒(21)の平均の結晶粒径は、基材(11)を構成する結晶粒(31)の平均の結晶粒径の1/10以下である。
図1
図2
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図10