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特許7666776データ解析装置、データ解析方法、プログラムおよび記録媒体
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-04-14
(45)【発行日】2025-04-22
(54)【発明の名称】データ解析装置、データ解析方法、プログラムおよび記録媒体
(51)【国際特許分類】
   G01N 23/223 20060101AFI20250415BHJP
   G01N 23/2273 20180101ALI20250415BHJP
【FI】
G01N23/223
G01N23/2273
【請求項の数】 20
(21)【出願番号】P 2025507801
(86)(22)【出願日】2024-03-14
(86)【国際出願番号】 JP2024010096
【審査請求日】2025-02-12
(31)【優先権主張番号】P 2023132504
(32)【優先日】2023-08-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】星名 豊
【審査官】田中 洋介
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2022/230112(WO,A1)
【文献】特開2022-122022(JP,A)
【文献】特開2001-245900(JP,A)
【文献】特開2014-051713(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第107064480(CN,A)
【文献】特表2017-504805(JP,A)
【文献】特開2015-181853(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 1/00-37/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
プローブの入射によって試料から生じた応答信号のデータを用いて、前記試料の深さプロファイルを解析するデータ解析装置であって、
前記プローブの入射条件を前記試料の異なる深さ領域を評価するように変化させて前記応答信号を測定する測定装置によって得られた、前記応答信号のデータを受け付ける入力部と、
前記応答信号の前記データを解析することによって、前記試料の表面からの深さごと、かつ化学種ごとの相対濃度の推定値の期待値および前記推定値の信頼区間を、前記相対濃度を確率変数として扱い、かつ前記応答信号の前記データが前記応答信号の理論値のまわりにばらつくと仮定した尤度関数に基づくベイズ推定によって求める解析部と、
前記相対濃度の前記推定値の前記期待値および前記信頼区間の表示を出力する出力部とを備える、データ解析装置。
【請求項2】
前記期待値および前記信頼区間の前記表示は、グラフの形式の表示であり、
前記グラフは、前記深さを示す第1の軸と、前記相対濃度を示す第2の軸と、前記期待値の前記深さに対する変化を表わす第1の図形と、前記信頼区間の前記深さに対する変化を表わす第2の図形とを含む、請求項1に記載のデータ解析装置。
【請求項3】
前記第1の図形は、曲線であり、
前記第2の図形は、前記曲線と重なる領域を含む、請求項2に記載のデータ解析装置。
【請求項4】
前記第2の図形は、前記信頼区間の上限を表わす第1の曲線と、前記信頼区間の下限を表わす第2の曲線とを含む、請求項2に記載のデータ解析装置。
【請求項5】
前記第2の図形は、エラーバーを含み、
前記エラーバーの長さは、前記第1の図形上の指定された位置における前記推定値の前記信頼区間の幅に対応する、請求項2に記載のデータ解析装置。
【請求項6】
前記グラフは、前記第1の図形上の指定された位置における、前記期待値、前記信頼区間の上限値、および前記信頼区間の下限値のうちの少なくとも1つの数値の表示を含む、請求項2に記載のデータ解析装置。
【請求項7】
前記出力部は、前記期待値および前記信頼区間の前記表示を、数値表の形式で出力する、請求項1に記載のデータ解析装置。
【請求項8】
前記解析部は、評価関数をベイズ推定処理に従って処理することによって前記推定値の前記期待値および前記信頼区間を算出し、
前記評価関数は、前記試料を複数の層からなる積層体にモデル化したときの前記応答信号の理論値と前記応答信号の前記データとの間の偏差二乗和を表現する第1の項と、前記相対濃度の前記深さにおける連続の度合いを表現する第2の項との和によって表現される、請求項2に記載のデータ解析装置。
【請求項9】
前記ベイズ推定処理は、前記深さごとおよび前記化学種ごとの前記相対濃度を変数としたサンプリングアルゴリズムを含む、請求項8に記載のデータ解析装置。
【請求項10】
前記ベイズ推定処理は、変分推論法に従う処理である、請求項8に記載のデータ解析装置。
【請求項11】
前記解析部は、前記深さプロファイルの自由度を制限した前記試料のモデルを表現する所定の関数に含まれるパラメータの事後分布をベイズ推定に従って求めることにより、前記相対濃度の前記推定値の前記期待値および前記信頼区間を求める、請求項2に記載のデータ解析装置。
【請求項12】
前記試料の前記モデルは、複数の層からなる積層体であり、
前記所定の関数は、前記複数の層の各層の境界において前記深さプロファイルが立ち上がりおよび立ち下がりを有することを表現する関数であり、
前記パラメータは、
前記試料の組成と、
前記複数の層の前記各層の厚みと、
前記複数の層の前記各層の前記深さプロファイルの前記立ち上がりのなだらかさと、
前記複数の層の前記各層の前記深さプロファイルの前記立ち下がりのなだらかさとを含む、請求項11に記載のデータ解析装置。
【請求項13】
前記解析部は、
順問題モデルの入力に前記パラメータの値を用いて、実測値と理論値との偏差2乗和を計算する順問題評価部と、
前記順問題評価部により計算された前記偏差2乗和を用いて、前記順問題評価部の次回の計算に用いる前記パラメータの候補値を前記順問題評価部に推薦する次回パラメータ推薦部とを含み、
前記順問題評価部による前記偏差2乗和の計算と、前記次回パラメータ推薦部による前記パラメータの前記候補値の推薦とは交互に繰り返される、請求項12に記載のデータ解析装置。
【請求項14】
前記次回パラメータ推薦部は、
マルコフ連鎖モンテカルロ法に従い、所定の確率分布を用いて前記パラメータの前記候補値を提案するMCMC実装部と、
前記順問題評価部により計算された前記偏差2乗和を用いて所定の最適化手法を実行することにより、前記MCMC実装部により実行される前記マルコフ連鎖モンテカルロ法のための初期値を求める最適解判断部とを含む、請求項13に記載のデータ解析装置。
【請求項15】
前記測定装置は、エネルギー分散型X線分析装置である、請求項1から請求項14のいずれか1項に記載のデータ解析装置。
【請求項16】
前記測定装置は、X線光電子分光装置である、請求項1から請求項14のいずれか1項に記載のデータ解析装置。
【請求項17】
プローブの入射によって試料から生じた応答信号のデータを用いて、前記試料の深さプロファイルを解析するデータ解析方法であって、
前記プローブの入射条件を前記試料の異なる深さ領域を評価するように変化させて前記応答信号を測定する測定装置によって得られた、前記応答信号のデータを、データ解析装置が受け付けるステップと、
前記データ解析装置が、前記応答信号の前記データを解析することによって、前記試料の表面からの深さごと、かつ化学種ごとの相対濃度の推定値の期待値および前記推定値の信頼区間を、前記相対濃度を確率変数として扱い、かつ前記応答信号の前記データが前記応答信号の理論値のまわりにばらつくと仮定した尤度関数に基づくベイズ推定によって求めるステップと、
前記データ解析装置が、前記相対濃度の前記推定値の前記期待値および前記信頼区間の表示を出力するステップとを備える、データ解析方法。
【請求項18】
コンピュータに、
プローブの入射条件を試料の異なる深さ領域を評価するように変化させて応答信号を測定する測定装置によって得られた前記応答信号のデータを取得するステップと、
前記応答信号の前記データを解析することによって、前記試料の表面からの深さごと、かつ化学種ごとの相対濃度の推定値の期待値および前記推定値の信頼区間を、前記相対濃度を確率変数として扱い、かつ前記応答信号の前記データが前記応答信号の理論値のまわりにばらつくと仮定した尤度関数に基づくベイズ推定によって求めるステップと、
前記相対濃度の前記推定値の前記期待値および前記信頼区間の表示を出力するステップとを実行させる、プログラム。
【請求項19】
コンピュータに、
プローブの入射条件を試料の異なる深さ領域を評価するように変化させて応答信号を測定する測定装置によって得られた前記応答信号のデータを取得するステップと、
前記応答信号の前記データを解析することによって、前記試料の表面からの深さごと、かつ化学種ごとの相対濃度の推定値の期待値および前記推定値の信頼区間を、前記相対濃度を確率変数として扱い、かつ前記応答信号の前記データが前記応答信号の理論値のまわりにばらつくと仮定した尤度関数に基づくベイズ推定によって求めるステップと、
前記相対濃度の前記推定値の前記期待値および前記信頼区間の表示を出力するステップとを実行させるプログラムを記録した記録媒体。
【請求項20】
前記尤度関数は、
前記試料が前記相対濃度が異なる複数の層からなる積層体にモデル化され、
前記試料に入射した前記プローブが前記試料内で減衰し、
前記プローブの入射によって前記複数の層から発生した前記応答信号が前記試料内で減衰しながら前記試料の表面に到達し、
前記複数の層のすべての層からの寄与を合計して得られる前記応答信号の前記理論値に対して、前記応答信号の測定値が、前記測定装置による測定結果の信用度に応じてばらつく、
という現象モデルの表現である、請求項1に記載のデータ解析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、データ解析装置、データ解析方法、プログラムおよび記録媒体に関する。本出願は、2023年8月16日に出願した日本特許出願である特願2023-132504号に基づく優先権を主張する。当該日本特許出願に記載された全ての記載内容は、参照によって本明細書に援用される。
【背景技術】
【0002】
様々な製品の特性や不具合を議論するにあたり、試料表面近傍の状態を知ることが極めて重要となる場面は多い。そのような議論においては、特に、試料を構成する化学種が深さ方向にどのように分布しているかという「深さプロファイル」の評価がよく行われる。
【0003】
深さプロファイルの評価手法として、たとえば走査型透過電子顕微鏡(STEM)エネルギー分散型X線分析(EDX)あるいはX線光電子分光(XPS)がある。しかしながら、これらの手法では、試料の深さプロファイルを評価する際に試料の状態が変化しうる。たとえばSTEM-EDXによる分析を行う場合には、その分析に先立って、試料の薄片化のための前処理が必要である。一方、XPSによる分析の場合、測定条件にもよるが、典型的に評価可能な情報深さは表面から数nm程度である。したがって、試料のより深い領域をXPSによって評価するためには、イオンスパッタリングによる試料表面のエッチングが必要である。しかし、イオンスパッタリングによって、試料の表面がダメージを受ける可能性がある。
【0004】
非破壊で試料の深さプロファイルを評価可能な方法として、プローブを試料に入射することによって試料から生じる応答信号を用いて、試料の深さプロファイルを推定する方法が提案されている。たとえば”Application of Maximum Entropy Method to Semiconductor Engineering”,Yoshiki Yonamoto,Entropy 2013,15,1663-1689;doi:10.3390/e15051663(非特許文献1)は、スパッタなしで取得した、角度分解XPS(ARXPS)から得られたデータに最大エントロピー法(Maximum Entropy Method,MEM)を適用する解析手法を開示する。また、国際公開第2022/230112号(特許文献1)は、近年開発された解析手法である最大平滑性法(Maximum Smoothness Method(MSM))について記載している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開第2022/230112号
【非特許文献】
【0006】
【文献】”Application of Maximum Entropy Method to Semiconductor Engineering”,Yoshiki Yonamoto,Entropy 2013,15,1663-1689;doi:10.3390/e15051663
【発明の概要】
【0007】
本開示の一態様に係るデータ解析装置は、プローブの入射によって試料から生じた応答信号のデータを用いて、試料の深さプロファイルを解析するデータ解析装置であって、プローブの入射条件を試料の異なる深さ領域を評価するように変化させて応答信号を測定する測定装置によって得られた、応答信号のデータを受け付ける入力部と、応答信号のデータを解析することによって、試料の表面からの深さごと、かつ化学種ごとの相対濃度を推定し、相対濃度の推定値の平均値および信頼区間を求める解析部と、相対濃度の推定値の平均値および信頼区間の表示を出力する出力部とを備える。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1図1は、本開示の実施の形態に係る解析装置を含む分析システムを示した図である。
図2図2は、本開示の実施の形態に係るデータ解析装置のハードウェア構成例を示すブロック図である。
図3図3は、図2に示したデータ解析装置の機能ブロックの一例を示す図である。
図4図4は、試料へのプローブの入射によって生じる応答信号を示した模式図である。
図5図5は、従来のMSMによるEDX測定の解析結果の例を示した図である。
図6図6は、各化学種の相対濃度の分布および解析結果の精度を表わした模式図である。
図7図7は、第1の実施の形態に係るデータ解析装置によって実行されるデータ解析方法(ベイズMSM)の処理の流れの一例を示すフローチャートである。
図8図8は、第1の実施の形態に係るデータ解析装置によって実行されるデータ解析方法(ベイズMSM)の処理の流れの他の例を示すフローチャートである。
図9図9は、解析部によって実行される、サンプリング法を適用したベイズMSMの処理の流れの例を示すフローチャートである。
図10図10は、ベイズMSMによる解析結果の検証に用いたモデル試料の構造を示した図である。
図11図11は、図10に示すモデルを、サンプリング法(メトロポリス法)を用いたベイズMSMにより解析した結果の一例を示した図である。
図12図12は、図11に示す深さプロファイルの代表的な3箇所を示す図である。
図13図13は、図12に示した深さプロファイルの3箇所における相対濃度の値のトレースプロットを示す図である。
図14図14は、図10に示すモデルを、変分推論を用いたベイズMSMにより解析した結果の一例を示した図である。
図15図15は、第2の実施の形態に係るベイズ推定が適用される試料のモデル図である。
図16図16は、シグモイド関数型の深さプロファイルを模式的に表現した図である。
図17図17は、第2の実施の形態に従って、図3に示した解析部を構成した例を示した機能ブロック図である。
図18図18は、図17に示した順問題評価部および次回パラメータ推薦部の構成例を示したブロック図である。
図19図19は、試料1のSTEM断面像を示す図である。
図20図20は、試料1のEDX表面分析の結果を示した図である。
図21図21は、試料1の解析モデル(InP基板上のNi層)を示した図である。
図22図22は、解析部がMCMC法に従ってNi層の厚みおよびInPのIn組成を計算した結果を示した図である。
図23図23は、解析部による試料1(InP基板上のNi層)の解析結果を示した図である。
図24図24は、試料1の解析モデル(InP基板上のSiN層)を示した図である。
図25図25は、解析部がMCMC法に従ってSiN層のN組成、SiN層の厚み、およびInP層のIn組成を計算した結果を示した図である。
図26図26は、解析部による試料1(InP基板上のSiN層)の解析結果を示した図である。
図27図27は、試料2のSTEM断面像を示す図である。
図28図28は、STEM-EDXによる試料2の断面解析の結果を示した図である。
図29図29は、試料2の解析モデルを示した図である。
図30図30は、解析部がMCMC法に従ってPFA層の炭素組成およびPFA層の厚みを計算した結果を示した図である。
図31図31は、解析部による試料2の解析結果を示した図である。
図32図32は、試料3のSTEM断面像を示す図である。
図33図33は、試料3のEDX表面分析の結果を示した図である。
図34図34は、解析部がMCMC法に従って試料3の多層膜の厚みを計算した結果を示した図である。
図35図35は、解析部52による試料3のプロファイル評価の結果を示した図である。
図36図36は、EDX測定データの数を減らした場合に、解析部がMCMC法に従って試料3の多層膜の厚みを計算した結果を示した図である。
図37図37は、MCMC法による試料3の膜厚の推定に対する、測定データの数の影響を示す図である。
図38図38は、本実施の形態に係るデータ解析装置による表示の出力の第1の例を示した図である。
図39図39は、本実施の形態に係るデータ解析装置による表示の出力の第2の例を示した図である。
図40図40は、本実施の形態に係るデータ解析装置による表示の出力の第3の例を示した図である。
図41図41は、本実施の形態に係るデータ解析装置による表示の出力の第4の例を示した図である。
図42図42は、本実施の形態に係るデータ解析装置による表示の出力の第5の例を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
[本開示が解決しようとする課題]
MEMあるいはMSMでは、試料の深さプロファイルを推定して、その推定結果を出力する。従来では、解析者は、その推定結果の精度を知ることができなかった。MEMあるいはMSMはプロファイルの「評価法」である以上、本来は他の各種分析法と同様に、なんらかの精度を出力する必要がある。解析者の誤った評価を防ぐ観点からは、推定結果の精度を解析者が把握できることが望ましい。
【0010】
したがって本開示の目的は、プローブの入射によって試料から生じた応答信号に基づいて試料の深さプロファイルを推定する解析手法において、その推定結果の精度を表示できるようにすることである。
【0011】
[本開示の効果]
本開示によれば、プローブの入射によって試料から生じた応答信号に基づいて試料の深さプロファイルを推定する解析手法において、その推定結果の精度を表示できる。
【0012】
[本開示の実施形態の説明]
最初に本開示の実施態様を列記して説明する。
【0013】
(1) 本開示の一実施形態に係るデータ解析装置は、プローブの入射によって試料から生じた応答信号のデータを用いて、試料の深さプロファイルを解析するデータ解析装置であって、プローブの入射条件を試料の異なる深さ領域を評価するように変化させて応答信号を測定する測定装置によって得られた、応答信号のデータを受け付ける入力部と、応答信号のデータを解析することによって、試料の表面からの深さごと、かつ化学種ごとの相対濃度を推定し、相対濃度の推定値の平均値および信頼区間を求める解析部と、相対濃度の推定値の平均値および信頼区間の表示を出力する出力部とを備える。
【0014】
この構成によれば、プローブの入射によって試料から生じた応答信号に基づいて試料の深さプロファイルを推定する解析手法において、その推定結果の精度を表示できる。解析者(たとえばデータ解析装置のユーザ)は、平均値および信頼区間の表示により、推定結果の精度を把握することができる。なお、「表示を出力する」とは、ユーザが認識可能な形態で解析結果を出力することを意味する。したがって、「表示を出力する」とは、解析結果である深さプロファイルおよびその精度を、ディスプレイの画面に、グラフ、数値データ、表などの形態で表示することを含む。解析結果である深さプロファイルおよびその精度は、グラフ、数値データ、表などの形態で紙に出力されてもよい。あるいは、解析結果を後で表示可能なように、たとえば解析結果を表わす数値列を、記憶装置あるいは記憶媒体に一旦出力(保存)するのでもよい。本開示の実施の形態は、後の段階で表示が可能なように解析結果を出力することも「表示を出力する」に含む。
【0015】
(2) (1)に記載のデータ解析装置において、平均値および信頼区間の表示は、グラフの形式の表示であり、グラフは、深さを示す第1の軸と、相対濃度を示す第2の軸と、平均値の深さに対する変化を表わす第1の図形と、信頼区間の深さに対する変化を表わす第2の図形とを含む。
【0016】
この構成によれば、解析者にとって把握しやすい形式で推定結果の精度を表示することができる。「図形」とは、たとえば点、線、面、立体を含む。図形の種類は特に限定されない。
【0017】
(3) 上記(2)に記載のデータ解析装置において、第1の図形は、曲線であり、第2の図形は、曲線と重なる領域を含む。
【0018】
この構成によれば領域の幅が信頼区間の幅に対応するので、解析者が推定結果の精度を把握しやすくなるように、推定結果の精度を表示することができる。
【0019】
(4) 上記(2)に記載のデータ解析装置において、第2の図形は、信頼区間の上限を表わす第1の曲線と、信頼区間の下限を表わす第2の曲線とを含む。
【0020】
この構成によれば、第1の曲線および第2の曲線によって信頼区間が表現されるので、解析者が推定結果の精度を把握しやすくなるように、推定結果の精度を表示することができる。
【0021】
(5) 上記(2)から(4)のいずれかに記載のデータ解析装置において、第2の図形は、エラーバーを含み、エラーバーの長さは、第1の図形上の指定された位置における推定値の信頼区間の幅に対応する。
【0022】
この構成によれば、エラーバーの長さによって信頼区間の幅が表現されるので、解析者が推定結果の精度を把握しやすくなるように、推定結果の精度を表示することができる。
【0023】
(6) 上記(2)から(5)のいずれかに記載のデータ解析装置において、グラフは、第1の図形上の指定された位置における、平均値、信頼区間の上限値および信頼区間の下限値のうちの少なくとも1つの数値の表示を含む。
【0024】
この構成によれば、平均値、信頼区間の上限値および信頼区間の下限値のうちの少なくとも1つが数値で表示されることにより、解析者が推定結果を把握しやすくなる。
【0025】
(7) 上記(1)から(6)のいずれかに記載のデータ解析装置において、出力部は、平均値および信頼区間の表示を、数値表の形式で出力する。
【0026】
この構成によれば、平均値および信頼区間が数値で表示されることにより、解析者が平均値および信頼区間を具体的に把握できる。なお、数値表の形式での表示は、単独で出力されてもよく、グラフの表示とともに出力されてもよい。
【0027】
(8) 上記(2)から(7)のいずれかに記載のデータ解析装置において、解析部は、評価関数をベイズ推定処理に従って処理することによって推定値の平均値および信頼区間を算出し、評価関数は、試料を複数の層からなる積層体にモデル化したときの応答信号の理論値と応答信号のデータとの間の偏差二乗和を表現する第1の項と、相対濃度の深さにおける連続の度合いを表現する第2の項との和によって表現される。
【0028】
この構成によれば、解析部は、ベイズ推定の考えに基づくMSMを実行する。MSMでは、試料を複数の層からなる積層体にモデル化したときの応答信号の理論値と測定データとの間の偏差二乗和を表現する第1の項と、相対濃度の深さにおける連続の度合いを表現する第2の項との和によって表現される評価関数を処理する。この評価関数で表わされる深さプロファイル上の各点は、本質的に平均(μ)および分散(σ)に相当する概念を有している。従来のMSMでは、平均(μ)および分散(σ)を表示できなかった。評価関数の最小化において、ベイズ推定処理を適用することにより、推定値の平均値および信頼区間の表示を実現できる。
【0029】
(9) 上記(8)に記載のデータ解析装置において、ベイズ推定処理は、深さおよび化学種ごとの相対濃度を変数としたサンプリングアルゴリズムを含む。
【0030】
この構成によれば、ベイズ推定における事後確率分布を求めることができるので、推定値の平均値および分散を得ることができる。
【0031】
(10) 上記(8)に記載のデータ解析装置において、ベイズ推定処理は、変分推論法に従う処理である。
【0032】
この構成によれば、ベイズ推定における事後確率分布を求めることができるので、推定値の平均値および分散を得ることができる。
【0033】
(11) 上記(2)から(7)のいずれかに記載のデータ解析装置において、解析部は、深さプロファイルの自由度を制限した試料のモデルを表現する所定の関数に含まれるパラメータの事後分布をベイズ推定に従って求めることにより、相対濃度の推定値の平均値および信頼区間を求める。
【0034】
この構成によれば、深さプロファイルの解析の前提として、深さプロファイルの自由度が制限される。これにより、ユーザにとって、より使いやすい解析方法を実現することができる。たとえば、解析部がパラメータの確率分布から相対濃度の平均値および信頼区間を計算する際に、その計算値が妥当な値に達するまでに要する計算時間を短縮することができる。また、プロファイルのうち既知の要素を盛り込んで、未知の部分だけに特化した解析を行うことができる。
【0035】
(12) 上記(11)に記載のデータ解析装置において、試料のモデルは、複数の層からなる積層体であり、所定の関数は、複数の層の各層の境界において深さプロファイルが立ち上がりおよび立ち下がりを有することを表現する関数であり、パラメータは、試料の組成と、複数の層の各層の厚みと、複数の層の各層の深さプロファイルの立ち上がりのなだらかさと、複数の層の各層の深さプロファイルの立ち下がりのなだらかさとを含む。
【0036】
この構成によれば、化学種の相対濃度の深さプロファイルの推定において、深さプロファイルの自由度を制限することができる。さらに、解くべき問題に応じて、上記のパラメータの中から適切なパラメータを選択することができる。
【0037】
(13) 上記(12)に記載のデータ解析装置において、解析部は、順問題モデルの入力にパラメータの値を用いて、実測値と理論値との偏差2乗和を計算する順問題評価部と、順問題評価部により計算された偏差2乗和を用いて、順問題評価部の次回の計算に用いるパラメータの候補値を順問題評価部に推薦する次回パラメータ推薦部とを含み、順問題評価部による偏差2乗和の計算と、次回パラメータ推薦部によるパラメータの候補値の推薦とは交互に繰り返される。
【0038】
この構成によれば、順問題評価部による実測値と理論値との偏差2乗和の計算(順問題の評価)と次回パラメータ推薦部によるパラメータの候補値の推薦とが交互に繰り返される。これにより、パラメータの推定値の平均値および信頼区間を求めることができる。さらに、次回パラメータ推薦部は、順問題評価部の中身に依存することなく、順問題評価部により計算された事後分布および前回のパラメータに基づいて、次のパラメータを推薦することができる。表面分析の種類に応じて順問題評価部が解くべき順問題を変更することにより、その表面分析に対応したデータ解析装置を構成することができる。つまり本実施形態に係る解析手法の対象は、分析手法を特に限定せず、あらゆる表面分析に対して適用することが可能である。
【0039】
(14) 上記(13)に記載のデータ解析装置において、次回パラメータ推薦部は、マルコフ連鎖モンテカルロ法に従い、所定の確率分布を用いてパラメータの候補値を提案するMCMC実装部と、順問題評価部により計算された偏差2乗和を用いて所定の最適化手法を実行することにより、MCMC実装部により実行されるマルコフ連鎖モンテカルロ法のための初期値を求める最適解判断部とを含む。
【0040】
この構成によれば、最適解判断部により、パラメータの目的値あるいは目的値近傍の値を求めることができる。最適解判断部によって求められた値がマルコフ連鎖モンテカルロ(MCMC)法の初期値に用いられる。MCMC実装部は、その初期値を用いることにより、バーンインの期間を短縮できる。したがって、MCMC実装部において、正解の分布に達するまでの計算時間を短縮することができる。
【0041】
(15) 上記(1)から(14)のいずれかのデータ解析装置において、測定装置は、エネルギー分散型X線分析装置である。
【0042】
この構成によれば、エネルギー分散型X線分析装置からの応答信号から、試料の深さプロファイルの推定値の平均値および分散を得ることができる。なお、上記の「エネルギー分散型X線分析装置」は、試料に入力されたプローブによって試料から発生する特性X線を分析する装置であればよい。「エネルギー分散型X線分析装置」の一例として「電子ビームを照射し特性X線を観測する分析」(いわゆる「EDX」分析)を実行する装置を挙げることができる。「エネルギー分散型X線分析装置」の他の例として「X線ビームを照射し特性X線を観測する分析」(蛍光X線分析)を実行する装置を挙げることができる。
【0043】
(16) 上記(1)から(14)のいずれかのデータ解析装置において、測定装置は、X線光電子分光装置である。
【0044】
この構成によれば、X線光電子分光装置(XPS)からの応答信号から、試料の深さプロファイルの推定値の平均値および分散を得ることができる。
【0045】
(17) 本開示の一実施形態に係るデータ解析方法は、プローブの入射によって試料から生じた応答信号のデータを用いて、試料の深さプロファイルを解析するデータ解析方法であって、プローブの入射条件を試料の異なる深さ領域を評価するように変化させて応答信号を測定する測定装置によって得られた、応答信号のデータを、データ解析装置が受け付けるステップと、データ解析装置が、応答信号のデータを解析することによって、試料の表面からの深さごと、かつ化学種ごとの相対濃度を推定し、相対濃度の推定値の平均値および信頼区間を求めるステップと、データ解析装置が、相対濃度の推定値の平均値および信頼区間の表示を出力するステップとを備える。
【0046】
この構成によれば、プローブの入射によって試料から生じた応答信号に基づいて試料の深さプロファイルを推定する解析手法において、その推定結果の精度を表示できる。解析者(たとえばデータ解析装置のユーザ)は、平均値および信頼区間の表示により、推定結果の精度を把握することができる。
【0047】
(18) 本開示の一実施形態に係るプログラムは、コンピュータに、プローブの入射条件を試料の異なる深さ領域を評価するように変化させて応答信号を測定する測定装置によって得られた応答信号のデータを取得するステップと、応答信号のデータを解析することによって、試料の表面からの深さごと、かつ化学種ごとの相対濃度を推定し、相対濃度の推定値の平均値および信頼区間を求めるステップと、相対濃度の推定値の平均値および信頼区間の表示を出力するステップとを実行させる。
【0048】
この構成によれば、プローブの入射によって試料から生じた応答信号に基づいて試料の深さプロファイルを推定する解析手法において、その推定結果の精度を表示できる。解析者(たとえばデータ解析装置のユーザ)は、平均値および信頼区間の表示により、推定結果の精度を把握することができる。
【0049】
(19) 本開示の一実施形態に係る記録媒体は、コンピュータに、プローブの入射条件を試料の異なる深さ領域を評価するように変化させて応答信号を測定する測定装置によって得られた応答信号のデータを取得するステップと、応答信号のデータを解析することによって、試料の表面からの深さごと、かつ化学種ごとの相対濃度を推定し、相対濃度の推定値の平均値および信頼区間を求めるステップと、相対濃度の推定値の平均値および信頼区間の表示を出力するステップとを実行させる、プログラムを記録した記録媒体である。
【0050】
この構成によれば、プローブの入射によって試料から生じた応答信号に基づいて試料の深さプロファイルを推定する解析手法において、その推定結果の精度を表示できる。解析者(たとえばデータ解析装置のユーザ)は、平均値および信頼区間の表示により、推定結果の精度を把握することができる。
【0051】
[本開示の実施形態の詳細]
以下、本開示の実施の形態について図面を用いて説明する。なお、図中同一または相当部分には同一符号を付してその説明は繰り返さない。
【0052】
<1.分析システムおよび解析装置の構成>
図1は、本開示の実施の形態に係る解析装置を含む分析システムを示した図である。図1に示すように、分析システム10は、測定装置20と、データ解析装置30とを備える。
【0053】
本開示の実施の形態では、測定装置20は、X線、電子線等のプローブを試料25に入射させて、試料25から生じる応答信号の強度を測定する。測定装置20は、試料25へのプローブの入射条件を、試料25の異なる深さ領域を評価するように変化させることが可能である。
【0054】
本開示の実施の形態は、測定装置20の種類を限定せずに、あらゆる表面分析に適用可能である。測定装置20は、プローブを試料25に入射させて、試料25から生じる応答信号の強度を測定する装置であればよい。特に限定されないが、一実施形態では、測定装置20は、エネルギー分散型蛍光X線(EDX)分析装置である。測定装置20は、たとえば角度分解光電子分光(たとえばARXPS)装置でもよく、蛍光X線分析(XRF)装置であってもよい。
【0055】
データ解析装置30は、汎用的なコンピューティングアーキテクチャに従うハードウェアによって実現される。データ解析装置30は、測定装置20から、応答信号、すなわち、測定データを取得する。データ解析装置30は、その測定データに基づいて、試料25の深さプロファイルを解析する。詳細には、データ解析装置30は、測定データを解析することによって、試料25の深さごと、かつ化学種ごとの相対濃度を推定する。データ解析装置30は、試料25の深さごと、かつ化学種ごとの相対濃度の推定値の平均値、および、その推定値の信頼区間の表示を出力する。これにより、データ解析装置30は、化学種ごとの深さプロファイルの推定結果の精度を、データ解析装置30のユーザ(図示せず)に表示することができる。解析者(すなわち、データ解析装置のユーザ)は、平均値および信頼区間の表示により、推定結果の精度を把握することができる。
【0056】
図2は、本開示の実施の形態に係るデータ解析装置のハードウェア構成例を示すブロック図である。図2に示すように、データ解析装置30は、プロセッサ31と、一次記憶装置32と、二次記憶装置33と、外部機器インターフェイス34と、入力インターフェイス35と、出力インターフェイス36と、通信インターフェイス37と、バス38とを備える。
【0057】
プロセッサ31および一次記憶装置32等の要素は、バス38を通じてデータ、信号等を遣り取りする。プロセッサ31は、一次記憶装置32に格納されたプログラムを実行することによって、各種データを処理する。一次記憶装置32は、プロセッサ31によって実行されるプログラム、および参照されるデータを格納する。ある局面において、DRAM(Dynamic Random Access Memory)が一次記憶装置32として用いられてもよい。
【0058】
二次記憶装置33は、プログラムおよびデータ等を不揮発的に記憶する。ある局面において、HDD(Hard Disk Drive)あるいはSSD(Solid State Drive)等の不揮発性メモリが二次記憶装置33として用いられてもよい。したがって、二次記憶装置33は、コンピュータによって実行されるプログラムを記録した、コンピュータ読み取り可能な記録媒体に該当する。
【0059】
外部機器インターフェイス34は、データ解析装置30に外部機器を接続する場合等に使用される。外部機器インターフェイス34は、たとえばUSB(Universal Serial Bus)インターフェイスであってもよい。
【0060】
入力インターフェイス35は、キーボード41、およびマウス42等の入力デバイスを接続するために使用される。入力インターフェイス35は、これらの入力デバイスを通じて、ユーザ操作およびユーザ入力を受け付ける。
【0061】
出力インターフェイス36は、たとえばディスプレイ43等の出力デバイスを接続するために使用される。
【0062】
通信インターフェイス37は、データ解析装置30が外部の機器と通信するために使用される。たとえば通信インターフェイス37は、ネットワーク44を介したデータ解析装置30の通信に用いられる。ネットワーク44は、たとえばLAN(Local Area Network)である。図2では、データ解析装置30とネットワーク44を介して通信可能な外部機器の一例として、プリンタ45が示されている。
【0063】
データ解析装置30は、さらに、記録媒体から情報を読み出すための読出装置をオプションとして有してもよい。ここでの「記録媒体」には、コンピュータ読取可能なプログラムを非一過的に格納する記録媒体(たとえば、DVD(Digital Versatile Disc)などの光学記録媒体)を含みうる。読出装置は、記録媒体に格納されたプログラムを読み出すことができる。記録媒体から読み出されたプログラムは、二次記憶装置33などにインストールされてもよい。また、データ解析装置30で実行される各種プログラムは、サーバ装置(図示せず)などからネットワーク(たとえばネットワーク44)を介してダウンロードされてデータ解析装置30にインストールされてもよい。
【0064】
図3は、図2に示したデータ解析装置の機能ブロックの一例を示す図である。ある局面において、図3に示した各ブロックは、本開示の実施の形態に係るプログラムを実行するコンピュータによって実現される。
【0065】
図3に示すように、データ解析装置30は、入力部51と、解析部52と、出力部53と、記憶部54とを備える。
【0066】
入力部51は、測定装置20(図1を参照)から出力された測定データを受け付ける。入力部51は、さらに、試料25の深さプロファイルの解析に必要な各種の情報(たとえば材料および化学種の種類に関する情報など)を受け付ける。たとえば入力部51は、図2に示した入力インターフェイス35によって実現可能である。
【0067】
記憶部54は、試料25の深さプロファイルの解析プログラム71、解析プログラムの実行に必要なパラメータ72などを格納する。さらに、記憶部54は、データ解析装置30に入力された測定データを記憶してもよい。記憶部54は、図2に示した一次記憶装置32および二次記憶装置33によって実現可能である。
【0068】
解析部52は、解析プログラム71を実行することにより、試料25の深さプロファイルおよびその精度を求める。具体的には、解析部52は、後述する解析方法に従って、試料25の深さごと、かつ化学種ごとの相対濃度の推定値の平均値、およびその推定値の信頼区間を求める。解析部52は、図2に示したプロセッサ31(演算回路)によって実現可能である。
【0069】
出力部53は、解析部52による解析結果の表示を出力する。「表示を出力する」とは、ユーザが認識可能な形態で解析結果を出力することを意味する。たとえば出力部53は、図2に示した出力インターフェイス36によって実現可能である。たとえば解析結果である深さプロファイルおよびその精度は、ディスプレイ43(図2を参照)の画面に、グラフ、数値データ、表などの形態で表示されてもよい。解析結果を表わすグラフ、数値データ、表などは、プリンタ45(図2を参照)によって紙に印刷されてもよい。あるいはソフトウェアによる表示処理(たとえばグラフ表示)が可能なように、解析結果を、数値列の形態で、記憶装置あるいは記憶媒体に一旦出力(保存)するのでもよい。本開示の実施の形態では、このように、後の段階で表示が可能なように解析結果を出力することも「表示を出力する」に含む。
【0070】
本開示の実施の形態に適用できる深さプロファイルの解析手法は限定されるものではない。一実施形態では、データ解析装置30が用いる解析手法は、MSMである。以下では、MSMによる深さプロファイルの推定における、推定精度を求める方法を説明する。
【0071】
<2.MSMの概要>
図4は、試料へのプローブの入射によって生じる応答信号を示した模式図である。図4には、EDX分析の例が示されている。EDXにおけるプローブは、電子ビームであり、応答信号は、試料内で発生した特性X線である。
【0072】
MSMでは、試料をK個の薄い層の積み重ねであるとみなす。各層の厚みはtである。加速電圧j(jは加速電圧の水準を示し、1≦j≦Jである)で試料に入射した電子ビームは、試料内で減衰しながら、その場所にある化学種に応じた特性X線を次々に励起する。電子ビームの減衰の度合いは、電子ビームの加速電圧jに大きく依存する。
【0073】
φij(ρz)は、k番目の層(質量深さρz)で発生する化学種iの特性X線の発生関数を表わす。試料内で発生した特性X線は、試料内を減衰しながら試料表面に向かい、試料表面から角度θで出射されて、測定装置20(図1を参照)によって検出される。jは、加速電圧水準を表す。
【0074】
MSMでは、解析対象の試料を複数の層からなる積層体にモデル化したときの応答信号の理論値を用い、応答信号の理論値と応答信号の測定値との間の偏差二乗和を最小化することによって、試料の化学種の相対濃度に関する深さプロファイルを解析する。MSMでは、偏差二乗和の最小化において、試料の化学種の相対濃度が積層体の複数の層の間で滑らかに変化するという最大平滑性条件を満たすように、相対濃度を計算する。
【0075】
具体的には、MSMでは式(1)で表わされる関数を解析の対象とする。
【0076】
【数1】

式(1)において、d’ijは、化学種iに関する加速電圧jにおける測定強度の理論値であり、dijは、d’ijに対応した、化学種iに関する加速電圧jにおける測定強度のデータである。cikは、第k層における化学種iの相対濃度を表す。相対濃度cikは、0≦cik≦1、かつΣiik=1を満たす。Iは化学種の総数を表わし、Jは、加速電圧の水準の総数を表わし、Kは、層の総数を表わす。
【0077】
式(1)の第1項は、応答信号の理論値と応答信号の測定値との間の偏差二乗和を表わす。式(1)の第2項は、化学種iの相対濃度のプロファイルが深さ方向にどの程度滑らかに変化するかを表わす。パラメータλsは、プロファイルが滑らかであることを偏差2乗和に比較してどのくらい強く要請するかを表すパラメータである。
【0078】
プロファイルとEDX測定の理論値との間の関係は、以下の式(2)に従って表わすことができる。
【数2】
【0079】
式(2)の左辺のd’は、全化学種および全角度のEDX測定強度の理論値を1列に並べた(I×J)行ベクトルである。式(2)の右辺のベクトルcは(I×K)行のベクトルであり、全化学種および全層の深さプロファイルを一列に並べたものである。具体的には、ベクトルcは、式(3)のように表すことができる。
【数3】
【0080】
式(2)の右辺のSは、(I×J)行(I×K)列の行列であり、式(4)に従って表わされる。
【数4】
【0081】
式(4)中のS(1)~S(I)は、J行K列の部分行列である。行列S内の係数rは、相対濃度を簡便に扱うために設けられたパラメータである。s(i) jkは、式(5)に従って表わされる。
【数5】
【0082】
式(5)において、σijωiφij(ρzk)は、水準jの加速電圧の電子ビームを試料に照射した際、k番目の層(質量深さρz)で発生する化学種iの特性X線の発生関数を表わす。ωiは、特性X線の発生関数対象信号の蛍光収率であり、その化学種がイオン化したときに特性X線がどれだけ放出されやすいかを表わす指標である。式(5)におけるexpの項は、特性X線の減衰を表わす。式(5)において、(μ/ρ)i1、(μ/ρ)i2、・・・(μ/ρ)ik-1は、それぞれ、第1層、第2層、・・・第(k-1)層における化学種iの特性X線の質量吸収係数を表わす。
【0083】
式(5)中のtは、各層の質量厚みであり、θは、特性X線の取り出し角度である。通常、EDXでは、検出器と試料との間の相対角度が固定されているため、角度θは、装置の構成に応じて定まる。
【0084】
したがって、MSMにおける最小化対象関数である式(1)は、式(6)および式(7)に示される行列によって表現できる。
【0085】
【数6】

【数7】
【0086】
なお、厳密には、行列Sも相対濃度のプロファイルcに依存する(X線吸収係数が相対濃度に依存するため)。しかし簡単な近似解法として、Sを定数として扱う。すると上記の式(6)は凸2次計画問題となるため、最適解cを得る、その最適解cを用いて行列Sを更新する、次の最適解cを得るという自己無撞着に解く方式を採用することができる。
【0087】
したがってMSMは、正確な初期値が不要であるにもかかわらず、相対濃度cikの尤もらしい解析結果を得ることができる。これにより、たとえばデバイスの開発、不良の解析など、試料の深さプロファイルの解析を必要とする多様な場面にMSMを適用することができる。
【0088】
<3.精度評価の必要性>
図5は、従来のMSMによるEDX測定の解析結果の例を示した図である。「従来のMSM」とは、上述のMSMである。解析対象の試料は、試料表面に近い順からアルミニウム(Al)、チタン(Ti)、クロム(Cr)、ニッケル(Ni)をシリコン(Si)基板に積層した試料である。
【0089】
図5に示す解析結果は、試料表面からの深さ方向に沿った、各化学種の相対濃度の分布を表わしている。しかし、図5には、その解析結果の精度に関する情報は表示されていない。
【0090】
図6は、各化学種の相対濃度の分布および解析結果の精度を表わした模式図である。図6に示すように、各化学種の相対濃度の解析結果は、解析の精度に従う幅を有しているはずである。しかし、図5に示された表示では、その解析結果の誤差がゼロであるとユーザが認識する可能性がある。このような認識が解析結果の解釈などに影響を及ぼすことが想定される。
【0091】
したがって、MSMのような非破壊の解析手法を適用して深さプロファイルを解析する場合には、解析結果として得られた深さプロファイルだけでなく、その解析結果の精度に関する情報もユーザに提示されることが望ましい。以下の第1の実施の形態ではMSMにおける精度の出力の方法を説明する。
【0092】
<4.第1の実施の形態>
<<4.1 ベイズ推定を用いた精度評価>>
測定データをもとにした何らかの測定値に対して、その信頼度を推定する方法として、ベイズ推定が知られている。第1の実施の形態では、MSMにベイズ推定を適用する。従来のMSM(精度を出力しないMSM)との区別のため、ベイズ推定を適用したMSMを本明細書では「ベイズMSM」と称する。
【0093】
従来のMSMでは、相対濃度cikの真の値が存在すると仮定して、状況から尤もらしい1つの解を探索する。これは大域最適解(実行可能領域全体で最も良いことが保証された解)が得られる凸2次計画問題に該当する。従来のMSMでは、式(1)を相対濃度cikに関する評価関数と捉えて、その評価関数の最小解となる1つの相対濃度cikの組を求める。なお、従来のMSMでは、式(1)は、データ項および正則化項として定式化(導出)する。
【0094】
一方、ベイズMSMでは、相対濃度cikを確率変数として扱い、尤もらしい分布を探索する。すなわち、ベイズMSMでは、式(1)を、相対濃度cikに関する分布関数と捉えて、各cikの平均および分散を近似的に求める。ベイズMSMでは、式(1)は、ベイズ推定の枠組みにより、事後分布として定式化される。
【0095】
ベイズ推定は、一般に、以下の手順で行われる。
1. パラメータの事前分布を仮定する。
2. 観測データの尤度関数を仮定する。
3. ベイズの定理を利用して事後確率を計算する。
4. 予測分布を利用して未知の確率分布を求める。
【0096】
ベイズMSMにおける上記の各手順を、以下に具体的に説明する。
【0097】
(1.パラメータの事前分布の仮定)
化学種の相対濃度cに対する事前分布をp(c)と表わし、ある深さプロファイルから測定データdが得られる場合の尤度関数をp(d|c)と表わし、測定データdを得た後の深さプロファイルの事後分布をp(c|d)と表わす。
【0098】
深さプロファイルの事前分布について、相対濃度の分布が滑らかであるということのみを仮定する。事前分布p(c)は、以下の式(8)に従って表すことができる。
【数8】
【0099】
各相対濃度は、その層に対して1つだけ表面側に隣接する層の相対濃度を中心とした正規分布であると仮定する。最表面または最深部の化学種の濃度分布は、無情報事前分布であるとして、パラメータαが1のディリクレ分布とする。なお式(8)において、(I-1)の階乗(すなわち(I-1)!)は、ディリクレ分布の正規化項である。
【0100】
式(8)において、σsは、層の境界における化学種の相対濃度の変化の度合いを表わすハイパーパラメータである。ハイパーパラメータσsが大きいほど、層の境界においてプロファイルの変化が大きくなる。一方、ハイパーパラメータσsが小さくなるほど、層の境界においてプロファイルが滑らかに変化する。
【0101】
(2.観測データの尤度関数の仮定)
測定データdが応答信号の理論値d’を中心として、適切な範囲内でばらつくと仮定する。尤度関数p(d|c)は、以下の式(9)に従って表わすことができる。
【数9】
【0102】
式(9)において、σijは、化学種iおよび試料へのプローブの侵入条件j(EDXであれば加速電圧の条件)における、測定装置による測定結果の信用度を表わすハイパーパラメータである。ハイパーパラメータσijが大きいほど、測定データは、より信用できないデータである。一方、ハイパーパラメータσijが小さいほど、測定データは、より信用できるデータである。
【0103】
(3.事後確率の計算)
ベイズの定理では、事後分布p(c|d)は、以下の式(10)で表わされる。
【数10】
【0104】
データを観測した後は、式(10)の右辺の分母が相対濃度cによらない定数になる。そのため、事後分布p(c|d)は式(10)の右辺の分子のみを考えればよい。
【0105】
ここで、式(10)の右辺分子の対数をとると、以下の式(11)が得られる。
【数11】
【0106】
個別の測定水準ごとの精度は、現実的には不明であることが多い。簡単のため、測定水準ごとの精度を、一定値σdとする。深さプロファイルにおける隣同士の分散σSとの比λSを式(12)に従って定義する。
【数12】
【0107】
式(11)から定数部分を除くとともに式(12)を式(11)に適用すると、以下の式(13)が得られる。
【数13】
【0108】
式(13)の右辺の[ ]内の式は、式(1)と一致する。MSMではこの式を最小化するcikの組を求める。
【0109】
式(11)の左辺は、事後分布p(c|d)の対数に負の符号を付しているので、式(11)の右辺を最小化することは、事後分布p(c|d)を最大化することに対応する。すなわち、従来のMSMは、測定データの生成過程を式(8)および式(9)のようにモデル化した際の事後分布を最大化するMAP推定(maximum a posteriori estimation)の手続きに相当する。
【0110】
(4.未知の確率分布を求める)
本来は、深さプロファイル上の各点は、平均(μ)および分散(σ)に相当する概念を有している。しかし式(1)で表わされる関数は、相対濃度cに関する多くの変数(I×K個の変数)によって表わされる複雑な関数である。したがって、式(1)から各化学種の相対濃度cの平均および分散の情報を直ちに把握することは困難である。
【0111】
本実施の形態では、ベイズ推定において事前確率分布を求める代表的な手法である、サンプリングおよび変分推論の2種類の手法の各々を用いて事前確率分布を求めることができる。
【0112】
<<4.2 サンプリングによるベイズMSM>>
サンプリングでは、分布関数に、変数として相対濃度cikの大量のペアを入力して、分布関数からの出力値を求める。相対濃度cikのペアを作成する際に、あるルールを守ればペアの数が十分であるといえる場合には、作成された分布を真の分布と見なすことができる。
【0113】
サンプリングは、任意の分布関数に対応できる手法である。その一方で、サンプリングは計算コストが高くなりやすい。また、サンプリングで得られた結果については定性的な把握が難しい傾向にある。
【0114】
MSMでは、相対濃度cの次元は(I×K)次元である。解析対象の試料の種類に依存するものの、(I×K)次元は一般的に高次元であり、一例では5000次元程度になる。したがってcikのペアの全ての組み合わせを予測分布関数に代入して関数値を計算させることは、計算時間が長くなるために、現実的な時間で解析が行うことができないという問題が生じうる。
【0115】
ベイズ推定では、事後分布を計算で求めるのが困難な場合に事後分布を概算する方法として、MCMC(マルコフ連鎖モンテカルロ法)がよく用いられる。MCMC法は、高次元の系に対して「関数が大きい(小さい)所は相対的に高頻度(低頻度)で値が発生する」という機構を巧みに実現する方法である。一実施形態では、MCMCの最も基本的な方法である、メトロポリス法を採用することができる。なお、メトロポリス法をより発展させた他の手法、例えばハミルトニアンモンテカルロ法、レプリカ交換モンテカルロ法などを用いてもよい。
【0116】
本実施の形態では、メトロポリス法によるMSMを以下の手順で実行して、相対濃度cikについて、平均値と標準偏差とを計算する。
【0117】
1.変数の初期値(次元数だけの要素をもつベクトル)c0を設定する。
計算の効率化の観点からは、従来のMSMによって得られる解を初期値c0とすることが好ましい。
【0118】
2.初期値c0を実数値bikに変換する。
MSMでは、相対濃度cijを解析対象として扱う。メトロポリス法では、たとえば正規分布などに従って自由に乱数を発生させることが好ましい。しかし、相対濃度cijには、0≦cik≦1、かつΣiik=1という制限が課されている。このような制限があると、乱数の生成が難しくなる。したがって第1の実施の形態では、以下のように相対濃度cijを扱うことにより、この問題を解決する。
【0119】
まず、任意の範囲をとる実数値bikに対して、式(14)に示すような、ソフトマックス関数による変数変換を考える。
【数14】
【0120】
式(14)は、実数値bikを、0~1の範囲をとる相対濃度cijに変換するための式である。なお、ソフトマックス関数とは、複数の出力値の合計が1となるように入力値を変換して出力する関数である。
【0121】
実数値bikから相対濃度cijへの変換は一意である。しかし、相対濃度cijは比率であるため、相対濃度cijから実数値bikへの変換は一意にはならない。したがって以下の式(15)で表わされるように、試料の深さkごとに、実数値bikに定数Akを加える。
【数15】
【0122】
実数値bikを式(15)に従って定めても、式(14)における相対濃度cijの値は変わらない。このことは、実数値bikが、定数Akの分だけ値をシフトできるという自由度を有していることを意味する。特別な事情が無ければ、実数値bikについての平均値を0とするのが好都合である。
【0123】
したがって、相対濃度cijから実数値bikへの変換においては、深さkごとに定数Akを足すことによって、その深さにおける実数値bikの平均値が0になるように調整を行う。
【0124】
3.提案分布を設定する。
理論上、提案分布にはどのような関数も適用可能である。一つの実施形態では、以下の式(16)で表わされる多変量ガウス分布を用いる。すなわち、現在のbを中心にΣ程度の「範囲」から次のb’を生成する。Σは、全成分0.1の対角行列(化学種および深さごとの相関なし)である。
【数16】
【0125】
4.n回目(nは0以上の整数)のbnから、式(16)で表わされるq(b’,b)を用いて、1つのbn+1を生成する。
そのbn+1を式(15)に従ってcn+1に変換する。
【0126】
5.以下の式(17)に示す、真の事後分布の対数の差を計算する。
【数17】
【0127】
式(17)におけるGおよびhは、それぞれ、以下の式(18)および式(19)に従って表わされる。
【数18】

【数19】
【0128】
6.式(17)の計算値が0以上である場合、cn+1を採用する。
【0129】
式(17)の計算値が0未満である場合は、0~1の値をとる一様乱数rを発生させる。式(17)の計算値がlog(r)の値(負の値である)以上なら、その計算値を採用し、log(r)の値未満なら式(17)の計算値を不採用とする。
【0130】
7.更新したcn+1を用いて手順4.に戻る。手順4.~6.を指定された回数まで繰り返して実行する。
【0131】
8.手順4.~6.を指定回数まで繰り返して実行することによって、深さごと、かつ化学種ごとの相対濃度の推定値(相対濃度cik)の平均値と標準偏差とを求める。
【0132】
<<4.3 変分推論によるベイズMSM>>
変分推論によるベイズMSMでは、事後分布関数を、平均および分散を把握しやすい簡単な関数に近似して、その近似された関数を用いて平均および分散を評価する。変分推論は、前述のMCMC法と比べて適用の範囲が限られる。しかし、変分推論では、一般に計算コストが低い。さらに、変分推論では、近似式により得られた結果を定性的に理解することができる。
【0133】
ベイズMSMでは、真の事後分布関数を、式(20)で表すことができる。
【数20】
【0134】
式(20)を近似した事後分布関数は、以下の式(21)で表わされるディリクレ分布である。なお、式(21)は、cik∈(0,1)かつΣi=1 Kik=1を満たすようなcikを生成する分布である。式(21)において、CD(a1k,・・・,aIK)の項は正規化項であり、cik aik-1の項は分布を表わす項である。
【数21】
【0135】
式(21)が示すように、各相対濃度cikの平均(期待値)および分散は、パラメータaikの解析式で表わすことができる。したがって式(21)が得られることにより、相対濃度cikの分布を把握することができる。
【0136】
本実施の形態では、式(21)のパラメータa1kを調整して、式(21)で表わされる近似事後分布q(c)を真の事後分布p(c)になるべく近づける。分布の近さの基準としては種々のものを適用できる。
【0137】
一例として、以下では、ベイズ推定で多く用いられるKL(Kullback-Leibler)ダイバージェンスを示す。なお、近似事後分布q(c)と真の事後分布p(c)との間の近さを評価する手法は、KLダイバージェンスを用いた手法に限定されない。たとえば「関数が定義される変数範囲における両関数値の差分2乗和」などの、関数同士の類似度に相当する他の指標を用いてもよい。
【0138】
KLダイバージェンスを用いると、近似事後分布q(c)と真の事後分布p(c)との間の「近さ」は、以下の式(22)のように表わすことができる。
【数22】
【0139】
式(22)の右辺の第1項目は、近似事後分布q(c)のエントロピーに相当する項である。この項は、ディリクレ分布の性質により、以下の式(23)のように表わすことができる。
【数23】
【0140】
一方、式(22)の右辺の第2項目は、真の事後分布q(c)のエントロピーに相当する項である。事後分布p(c|d)に関する一般的表現を用いると、以下の式(24)が成り立つ。
【数24】
【0141】
したがって式(24)のΣの中身ごとに整理して計算すると、式(25)が得られる。
【数25】
【0142】
ikに関する積分は、いずれもcikの1乗あるいは2乗の期待値となるため、ディリクレ分布の性質を用いることにより、式(25)の表現を得ることができる。
【0143】
式(25)のままでも特に大きな問題は生じないが、計算の高速化等の観点から、式(25)を、以下のように近似する。
【数26】
【0144】
式(26)の上段の式はaα,axα≫1であれば3段目の式と差異が無くなる。式(26)の中段の式は、aα≫1であれば3段目の式と差異が無くなる。上段の式の場合、および中段の式の場合は、全体のうちの1/(IK)程度、全体のうちの1/K程度であることから誤差を許容して、上段の式と中段の式とは下段の式と同一であるとみなす。そうすると、式(25)は、以下の式(27)のように表わすことができる。
【数27】
【0145】
式(27)において、ベクトルaは以下の式(28)のように表わされる。なお、式(28)は、相対濃度cの期待値を表わしている。
【数28】
【0146】
すなわち近似分布としてディリクレ分布を用いて、かつ上記の近似を行うことによって、真の対数事後分布の期待値がそのまま真の対数事後分布と同じ表現になる。以上よりKLダイバージェンスは以下の式(29)のように表わされる。
【数29】
【0147】
すなわち、KLダイバージェンスを用いて変分推論を行う場合、式(29)をパラメータaikに関して最小化すればよい。
【0148】
なお、プロファイルの事前分布を何も仮定しない(一様分布とする)場合、MSMの関数は、式(30)に示されるように、測定データからの偏差のみとなる。
【数30】
【0149】
このときのKLダイバージェンスは(測定データからの偏差2乗和)-(系のエントロピー)となるが、これは最大エントロピー法(MEM)と一致する。すなわち上記の変分推論に基づくベイズMSMは、エントロピー以外の事前分布および正規化を仮定しない場合には、MEMと等価である。一方、EDX測定精度が高い(あるいはEDX測定精度が高いとみなす)場合は、ベイズMSMは、従来のMSMと等価である。したがって、ディリクレ分布を用いた変分推論によるベイズMSMは、従来のMSMおよびMEMを、その特別な場合として包含した、両者の上位概念に相当するものであるといえる。
【0150】
<<4.4 データ解析装置によるベイズMSMの処理フロー>>
図7は、第1の実施の形態に係るデータ解析装置によって実行されるデータ解析方法(ベイズMSM)の処理の流れの一例を示すフローチャートである。図3に示した解析部52が記憶部54に記憶された解析プログラムを実行する。これにより、図7に示すフローチャートの処理が実行される。
【0151】
図7に示すように、処理が開始されると、ステップS11において、解析部52は、入力部51を介して、測定装置20から出力された測定データ(たとえばEDX測定データ)を取得する。この測定データは、プローブの入射によって試料から生じた応答信号のデータである。
【0152】
ステップS12において、解析部52は、ステップS11において取得した測定データを用いて、サンプリング法によるベイズMSM解析を実行し、各相対濃度cikの推定値の平均値μと標準偏差σとを計算する。標準偏差σを計算することにより、解析部52は、各相対濃度cikの推定値の平均値μと信頼区間を求める。すなわち、ステップS12において、解析部52は、試料の表面からの深さごと、かつ化学種ごとの相対濃度cikを推定して、その推定値の平均値μおよび信頼区間を解析する。
【0153】
本実施の形態では、信頼区間は、ユーザが任意に設定可能である。信頼区間は、たとえばμ±3σに設定されてもよい。
【0154】
ステップS13において、解析部52は、ステップS12において実行された解析の結果を出力部53に出力する。出力部53は、解析結果の表示のための処理を行い、解析結果の表示を出力する。したがって、ステップS13において、出力部53は、深さごと、かつ化学種ごとの相対濃度の推定値の平均値および信頼区間の表示を出力する。表示の出力例は後述する。
【0155】
図8は、第1の実施の形態に係るデータ解析装置によって実行されるデータ解析方法(ベイズMSM)の処理の流れの他の例を示すフローチャートである。図3に示した解析部52が記憶部54に記憶された解析プログラムを実行することにより、図8に示すフローチャートの処理が実行されてもよい。図8に示すフローチャートの処理は、図7に示すフローチャートの処理と基本的に同じであり、ステップS12の処理がステップS12Aの処理に置き換えられる。
【0156】
ステップS12Aにおいて、解析部52は、変分推論によるベイズMSM解析を実行して、各相対濃度cikの推定値の平均値μと標準偏差σとを計算する。解析部52は、上述の式(29)をパラメータaikに関して最小化することにより、各相対濃度cikの推定値の平均値μと信頼区間を求める。
【0157】
解析部52は、サンプリング法または変分推論のどちらか一方のみ行うように限定されない。たとえば解析部52が、ユーザの選択に従ってサンプリング法および変分推論のいずれか一方を選択できるように構成されていてもよい。
【0158】
図9は、解析部によって実行される、サンプリング法を適用したベイズMSMの処理の流れの例を示すフローチャートである。図9では、図7のステップS12の処理の具体例として、メトロポリス法に従う処理が示される。
【0159】
ステップS21において、解析部52は、相対濃度の初期値を設定する。相対濃度の初期値は、予め求められていてもよい。あるいはステップS21において、解析部52は、従来のMSMによる解析方法を実行することにより、相対濃度の初期値を求めてもよい。従来のMSMによる解析方法は、式(6)を、最適解cを得る、その最適解cを用いて行列Sを更新する、次の最適解cを得るという流れを繰り返して相対濃度cの値を収束させる方法である。相対濃度cikの変化が十分に小さい(たとえば、所定の閾値以下である)場合には、解析部52は、解が収束したと判定できるので、その相対濃度cikを初期値に用いることができる。
【0160】
ステップS22において、解析部52は、式(15)を用いて、初期値をダミー変数bikに変換する。
【0161】
ステップS23において、解析部52は、提案分布を設定する。提案分布は、予め設定された関数であってもよい。たとえば式(16)で表わされる多変量ガウス分布が提案分布に設定される。あるいは、ステップS23において、ユーザが解析部52に対して提案分布を表わす関数を設定してもよい。
【0162】
ステップS24において、解析部52は、ステップS23で設定した提案分布を用いて、n回目(nは1以上の整数)のbnから、bn+1をひとつ生成する。さらに、解析部52は、式(15)を用いて、bn+1をcn+1に変換する。
【0163】
ステップS25において、解析部52は、式(17)を用いて、真の事後分布の対数の差を計算する。
【0164】
ステップS26において、解析部52は、式(17)の計算値が0以上であるか否かを判定する。式(17)の計算値が0以上である場合、ステップS26Aにおいて、解析部52は、cn+1を採用する。式(17)の計算値が0未満の場合、ステップS26Bにおいて、解析部52は、0~1の値をとる一様乱数rを発生させる。
【0165】
ステップS26Cにおいて、解析部52は、式(17)の計算値がlog r以上であるか否かを判定する。式(17)の計算値がlog rの値以上である場合、ステップS26Aにおいて、解析部52は、cn+1を採用する。式(17)の計算値がlog rの値未満の場合、ステップS26Dにおいて、解析部52は、cn+1を不採用とする。
【0166】
ステップS26AまたはステップS26Dの処理の後に、ステップS27において、解析部52は、ステップS24~S26AまたはS26Dの処理が、指定された回数だけ実行されたかどうかを判定する。回数は、ユーザにより任意に設定可能である。処理の実行回数が指定回数未満である場合、処理はステップS24に戻る。一方、処理の実行回数が指定回数に達した場合には、ステップS28において、解析部52は、深さごと、かつ化学種ごとの相対濃度の推定値(すなわち相対濃度cik)の平均値と標準偏差とを計算する。ステップS28の処理が終了すると、図9に示した処理が終了する。
【0167】
<<4.5 ベイズMSMによる解析の例>>
図10は、ベイズMSMによる解析結果の検証に用いたモデル試料の構造を示した図である。図10に示すように、ベイズMSMによる解析には、アルミニウム(Al)およびシリコン(Si)の2層構造を有するモデル試料を用いた。
【0168】
図10に示す深さプロファイルを有するモデル試料に対してEDX分析を行った場合の、応答信号(特性X線)の強度の理論値を、計算により算出した。求めた理論値を、データ解析装置30により実行されるベイズMSMへの入力とした。データ解析装置30は、図7および図8に示したフローチャートに従う処理を実行してサンプリング法および変分推論の両方で、深さごと、かつ化学種ごとの相対濃度の推定値の平均値および信頼区間を出力した。データ解析装置30の出力に基づき、深さプロファイルの「精度」に相当する評価を行った。なお、相対濃度の深さプロファイルの初期値としては、従来のMSMにより計算された値を用いた。
【0169】
図11は、図10に示すモデルを、サンプリング法(メトロポリス法)を用いたベイズMSMにより解析した結果の一例を示した図である。図11において、「Al(真実)」および「Si(真実)」との表記によって特定される破線は、図10に示した深さプロファイルに対応する深さプロファイルを表わす。図11において、「Al(MSM) 平均値μ」および「Si(MSM) 平均値μ」との表記によって特定される実線は、メトロポリス法を用いたベイズMSMによって得られた、深さごと、かつ化学種ごとの相対濃度の推定値の平均値を示す。図11において、「Al(MSM) μ±3σ」および「Si(MSM) μ±3σ」との表記によって特定される実線は、メトロポリス法を用いたベイズMSMによって得られた、深さごと、かつ化学種ごとの相対濃度の推定値の信頼区間を示す。
【0170】
メトロポリス法によるベイズMSMの解析においては、式(12)中のσdを0.1とし、式(12)中のλsを0.1とした。計算の繰り返し回数は10,000回であった。図11に示す解析結果は、Al、Siともに、相対濃度の推定値の平均値および信頼区間が表示できていることを示す。さらに、ベイズMSMにより推定された深さプロファイルが、真実の深さプロファイルと概ね一致している。
【0171】
なお、式(12)中のλsを大きくすることは、ベイズMSMにおいて事前分布において、隣接する2つの層の間での相対濃度cの差異が小さいことに相当する。すなわち、従来のMSMと同様に、ベイズMSMにおいても、相対濃度cの推定値の平均値「μ」の深さ方向の変化は、λsを大きくするほど滑らかになる。一方で「σ」は一般に相対濃度0.5近傍で最大になる傾向があり、λsが大きいと「σ」は全体的に大きくなる。
【0172】
ベイズMSMでは、分散σは、「ベイズMSMによる予測の不確かさ」(「予測の自信のなさ」と言い換えてもよい)を表わす。したがって信頼区間(μ±3σ)の幅が狭いほど、ベイズMSMによる推定結果は「自信あり」と評価することができる。一方、信頼区間(μ±3σ)の幅が広いほど、ベイズMSMによる推定結果は「自信なし」と評価することができる。図11に示す例では、Al領域およびSi領域の各々では、ベイズMSMによる推定結果は「自信あり」であると評価できる。一方、Al領域とSi領域との界面では、Al領域およびSi領域の各々での推定結果に比べて、ベイズMSMによる推定結果が「自信がない」ものであると評価できる。
【0173】
図12は、図11に示す深さプロファイルの代表的な3箇所を示す図である。図13は、図12に示した深さプロファイルの3箇所における相対濃度の値のトレースプロットを示す図である。図12に示す深さプロファイルにおける「箇所A」、「箇所B」、「箇所C」は、それぞれ、試料最表面の位置、試料最表面層と次の層との間の境界、試料最表面層の次の層の中の位置を表わしている。図13には、図12の「箇所A」、「箇所B」、「箇所C」のそれぞれに位置に対応する相対濃度cikの値の分布が示されている。箇所A、箇所B、箇所Cのいずれにおいても、メトロポリス法のループが繰り返されるにつれて分布が変化していくような傾向はみられず、問題なく定常状態に達した結果が得られていると判断できる。
【0174】
なお、従来MSMによって得られた相対濃度cikの解と全く異なる初期値をメトロポリス法に用いても、図11に示す結果を得ることは現実的に困難である。したがってメトリポリス法を適用したベイズMSMの場合には、従来MSMによって得られた相対濃度cikの解を初期値に用いることが望ましい。
【0175】
図14は、図10に示すモデルを、変分推論を用いたベイズMSMにより解析した結果の一例を示した図である。図11と同様に、図14において、「Al(真実)」および「Si(真実)」との表記によって特定される破線は、図10に示した深さプロファイルに対応する深さプロファイルである。図14において、「Al(MSM) 平均値μ」および「Si(MSM) 平均値μ」との表記によって特定される実線は、変分推論を用いたベイズMSMによって得られた、深さごと、かつ化学種ごとの相対濃度の推定値の平均値を示す。図14において、「Al(MSM) μ±3σ」および「Si(MSM) μ±3σ」との表記によって特定される実線は、変分推論を用いたベイズMSMによって得られた、深さごと、かつ化学種ごとの相対濃度の推定値の信頼区間を示す。
【0176】
図11に示す解析結果と同様に、図14に示した解析結果では、Al、Siともに、相対濃度の推定値の平均値および信頼区間が表示できている。しかし、図11に示した解析結果と比較して、Al領域とSi領域との境界付近における深さごと、かつ化学種ごとの相対濃度の推定値の平均値の変化が、やや滑らかさに欠けている。このような平均値の変化は事後分布関数の近似による影響と考えられる。ただし変分推論は一般に計算コストが小さく、また結果が解析式で表現されるため結果の解釈性が高い。結果の滑らかさを優先するか、計算コストや結果の解釈性を優先するかによって両手法を選択することができる。
【0177】
<5.第2の実施形態>
第1の実施の形態によれば、解析対象の試料に関する情報(たとえば層の数、および層の種類など)が事前に得られていなくともよい。完全に未知の試料であっても、EDX測定データおよびEDX測定の理論値を用いたベイズMSMをコンピュータで実行することによって、化学種の相対濃度の深さプロファイルの情報を得ることができる。したがって第1の実施形態に係る解析手法(ベイズMSM)は、自由度の高い推定手法であるといえる。
【0178】
一方、実用の観点で見れば、自由度が高い推定では、その推定結果の解釈が困難になる可能性、あるいは複数通りの解釈が生じる可能性がある。さらに、コンピュータの計算能力次第であるものの、解析結果を得るために必要な計算時間が長くなる可能性がある。
【0179】
したがって第2の実施の形態は、ユーザにとってより使いやすい、深さプロファイルの解析手法に関する。なお、第1の実施形態と同様に、第2の実施形態に係る解析手法はベイズ推定を利用する。
【0180】
第2の実施の形態では、試料に関する何らかの情報が事前に得られている場合に、その情報を、化学種の相対濃度の深さプロファイルを推定するための事前知識として用いる。「事前知識」とは、たとえば試料を構成する層の数、あるいは、各層の組成などである。
【0181】
さらに第2の実施の形態では、化学種の相対濃度の深さプロファイルの推定において、深さプロファイルに関する自由度を制限する。すなわち、深さプロファイルに縛りを課す。これにより、正解に近い深さプロファイルに達するまでのデータ解析装置30の計算回数を少なくすることができる。第2の実施の形態によれば、解析結果を得るまでの時間を短縮することができるという点において、ユーザにとって、より使いやすい解析手法を実現できる。さらに、データ解析装置30の計算回数を少なくすることにより、たとえば計算資源の節約が可能となる。
【0182】
以下に第2の実施の形態に係る解析手法について詳細に説明する。
【0183】
<<5.1 推定手法>>
第1の実施の形態に係るベイズMSMでは、化学種の相対濃度の深さプロファイルcについて、隣り合う2つの層の境界において滑らかに変化するという条件のみを課していた。第2の実施の形態は、化学種の相対濃度の深さプロファイルの推定において、その深さプロファイルの自由度をより制限する。
【0184】
一例では、化学種の相対濃度の深さプロファイルは、第1の深さにおいて立ち上がり、第1の深さよりも深い第2の深さにおいて立ち下がるというプロファイルであるという条件に従う。化学種の相対濃度の深さプロファイルを表現する関数は、上記条件を満たす関数であれば特に限定されない。自然な深さプロファイルを表現できる関数が、より好ましい。
【0185】
たとえばシグモイド関数を用いて、深さプロファイルを表現することができる。シグモイド関数は、あらゆる入力値を0から1の範囲に変換して出力する関数である。
【0186】
以下の式(31)に示す関数Fは、化学種iの相対濃度cの深さプロファイルを表現する関数の一例であり、シグモイド関数の和によって表現される。式(31)の右辺の括弧内の第1項は、深さプロファイルの立ち上がりを表現するシグモイド関数であり、第2項は、深さプロファイルの立ち下がりを表現するシグモイド関数である。
【0187】
【数31】
【0188】
式(31)において、zは試料表面からの深さを表わす。Aは、試料の組成(化学種の相対濃度)を表し、0から1までの値である。z,zは、層の境界の位置(試料表面からの深さ)を表わす。したがって、z,zは、層の厚みに関する変数である。σ,σは、深さプロファイルの立ち上がりおよび立ち下がりのなだらかさをそれぞれ表わす。
【0189】
式(31)に示されるように、試料の深さプロファイルは、層の組成および厚みに関する5種のパラメータ(A,z,z,σ,σ)によって特徴付けられる。第2の実施の形態では、これら5種のパラメータの組をベイズ推定の確率変数として扱う。以下では、上記5種のパラメータの組を「パラメータθ」と表現する。
【0190】
図15は、第2の実施の形態に係るベイズ推定が適用される試料のモデル図である。図15に示すように、試料は、M(M≧1)個の層からなる積層体にモデル化される。積層体の各層において、化学種ごとにパラメータが設定される。試料を構成する化学種の総数はIであるので、各層の化学種の相対濃度の深さプロファイルは、(5×I)個のパラメータθを式(31)に適用することによって表現される。5種のパラメータのうち、パラメータz,z,σ,σは、同一層のすべての化学種に対して共通であるとする。また、第2の実施の形態では、同一の化学種が複数の層に存在することを許容する。
【0191】
上記のようにパラメータθを設定して、5種のパラメータの中から、解くべき問題に応じた適切なパラメータを選択する。これにより、深さプロファイルの推定が可能となる。第2の実施の形態に係るベイズ推定について以下に説明する。
【0192】
(1.パラメータθの事前分布)
図15に示した試料モデルにおける化学種の相対濃度の深さプロファイルは、(5×I×M)個のパラメータにより規定される。したがって、(5×I×M)個のパラメータの事前分布を設定する。
【0193】
一例として、事前分布を正規分布に仮設定する。この場合のパラメータθの事前分布は、以下の式(32)に従って表わされる。
【0194】
【数32】
【0195】
式(32)において、θmiqは、m番目の層の化学種iに関するパラメータθのうちのパラメータqを意味する。μmiqおよびσmiqは、それぞれ、パラメータθmiqの平均および分散を意味する。
【0196】
図16は、シグモイド関数型の深さプロファイルを模式的に表現した図である。図16において、グラフの横軸は試料の深さを表わし、グラフの縦軸は、化学種の相対濃度を表わす。グラフには、層1から層Mまでの各層について、シグモイド関数型の深さプロファイルが模式的に示されている。
【0197】
なお、第2の実施の形態では、事前分布として正規分布を仮設定している。しかし最終的に、正規分布のσmiqを非常に大きい、つまり「事前分布の自信がない」と扱うことで、事前分布を何ら仮定しないことと等価になる。
【0198】
(2.尤度関数)
この実施形態において、尤度関数は、p(d|θ)と表わされる。すなわち尤度関数は、パラメータθからEDX測定データ(EDXからの応答信号d)が得られる場合のパラメータθの関数として表現される。具体的には、この実施形態において、尤度関数は式(33)に従って表わされる。
【0199】
【数33】
【0200】
式(33)において、dijは、化学種iに関する加速電圧jにおけるEDX分析の測定データを表わし、d’ijは、化学種iに関する加速電圧jにおけるEDX分析の理論値(応答信号の理論値)を表わす。σEDX_ijは、化学種iに関する加速電圧jにおけるEDX分析のばらつきを表わす。深さプロファイルとEDX分析の理論値との間の関係は、上述の式(2)~式(5)に従う。
【0201】
なお、第2の実施の形態では、深さプロファイルの形状をシグモイド関数に従うように制限している。したがって、MSMに課せられた最大平滑性条件、すなわち「偏差二乗和の最小化において、試料の化学種の相対濃度が積層体の複数の層の間で滑らかに変化する」という条件は、第2の実施の形態では不要である。
【0202】
(3.事後分布の表現)
EDXデータを観測した後のパラメータθの事後分布は、ベイズの定理(式(10)を参照)により、以下の式(34)に従って表わすことができる。なお、式(34)に含まれる尤度関数p(d|θ)は、式(33)によって表わされる。
【0203】
【数34】

したがって、式(34)をパラメータθの関数としてプロットすることができれば、パラメータθの平均および分散に関する情報を得ることができる。
【0204】
式(10)から式(11)への変形と同様に、事後分布p(θ|d)の対数をとる。式(34)の右辺の対数を取ると、事後分布p(θ|d)の対数(log[p(d|θ)p(θ)])は、以下の式(35)に従って表わされる。なお、表記の便宜上、式(35)では、左辺のlog[p(d|θ)p(θ)]の符号を負にしている。
【0205】
【数35】

ベイズの定理におけるp(d)(周辺尤度)は、EDX測定データを観測した後には、パラメータθによらない定数であるため以後は無視することができる。
【0206】
式(35)の右辺の第1項および第2項は、パラメータθの事前分布に起因する項である。パラメータθの事前分布が定かでないため、パラメータθの推定について「全く自信が無い」と仮定する。「全く自信が無い」ということは、分散σmiqが十分に大きいことに相当する。したがって、式(35)の右辺の第2項を無視することができる。なお、事前にパラメータに関して、たとえば別の分析あるいは製造プロセスからのフィードバック等により何らかの情報を得ていれば、事前分布を積極的に用いてもよい。以下では最も一般的なケースとして、事前分布に自信がない状況を扱う。
【0207】
以上のことから、パラメータθの事後分布p(θ|d)の対数は、式(35)の右辺の第1項を用いて、以下の式(36)に従って表わされる。
【0208】
【数36】

式(36)の右辺は、明示されていないものの、パラメータθに依存する関数である。したがって式(36)は、パラメータθの事後分布を表わす関数となる。
【0209】
<<5.2 解析部の構成>>
図17は、第2の実施の形態に従って、図3に示した解析部52を構成した例を示した機能ブロック図である。図17に示すように、解析部52は、順問題評価部61と、次回パラメータ推薦部62とを含む。
【0210】
順問題とは、原因(入力)から結果(出力)を推定する解析方法である。順問題評価部61は、次回パラメータ推薦部62から、パラメータθの値を受ける。順問題評価部61は、順問題モデルの入力にパラメータθの値を用いて、そのパラメータを用いた際の測定理論値と実測値との偏差2乗和を計算する。順問題評価部61は、偏差2乗和の計算結果を出力yとして出力する。
【0211】
次回パラメータ推薦部62は、順問題評価部61からの出力yを受ける。次回パラメータ推薦部62は、出力yを用いて、順問題評価部61の次回の偏差2乗和の計算に用いるパラメータθの候補値を推薦する。このパラメータθの候補値を、本明細書では「次のパラメータθ」とも称する。
【0212】
第2の実施の形態に係るデータ解析装置によって実行されるデータ解析方法の処理は、図7に示したフローチャートに示した処理と同様である。しかしながら、第2の実施の形態に係るデータ解析方法では、図7のステップS12に相当する処理が異なる。具体的には、順問題評価部61による順問題の評価(パラメータθの事後分布の計算)と、次回パラメータ推薦部62による次のパラメータθの推薦とは交互に繰り返される。これにより、解くべき問題に応じてパラメータθから選ばれた変数の平均値および信頼区間を得ることができる。
【0213】
解析部52は、順問題の評価と次のパラメータθの推薦とが繰り返される回数が所定の回数に達するごとに、パラメータθの値を出力することができる。これにより、解析部52は、試料モデルの層ごとに、パラメータθに含まれる各変数の平均値および信頼区間を求めることができる。したがって、解析部52は、試料の表面からの深さごと、かつ化学種ごとの相対濃度を推定することができるとともに、その相対濃度の推定値の平均値および信頼区間を求めることができる。
【0214】
図18は、図17に示した順問題評価部61および次回パラメータ推薦部62の構成例を示したブロック図である。図18に示すように、順問題評価部61は、プロファイル構築部61Aと、測定理論値構築部61Bと、偏差2乗和評価部61Cとを含む。
【0215】
プロファイル構築部61Aは、次回パラメータ推薦部62から出力されたパラメータθを式(31)に代入して、層ごと、かつ、化学種ごとに、その化学種の相対濃度cの深さプロファイルを決定する。
【0216】
測定理論値構築部61Bは、プロファイル構築部61Aによって決定された深さプロファイルに従う相対濃度cに対して、式(2)に従う変換を行う。これにより、測定理論値構築部61Bは、相対濃度cを、EDX測定の理論値(応答信号の理論値)d’に変換する。
【0217】
偏差2乗和評価部61Cは、測定理論値構築部61Bにより得られたEDXの測定理論値d’およびEDX測定データdを式(36)に適用して、EDX測定の理論値と測定値との間のずれを表わす値を求める。この値は、パラメータθの事後分布に含まれる値であるとともに、順問題評価部61の出力yに対応する。なお、パラメータθのうち、層の厚みdに関するパラメータ(z,z)および、深さプロファイルの立ち上がりおよび立ち下がりのなだらかさをそれぞれ表わすパラメータ(σ,σ)の値は、順問題評価部61の初回の計算時に順問題評価部61に与えられる。
【0218】
次回パラメータ推薦部62は、最適解判断部62Aと、MCMC実装部62Bとを含む。最適解判断部62Aは、過去のパラメータθの全ての履歴に基づいて、次のパラメータθの最適値を判断(推定)する。最適解判断部62Aによって推定されたパラメータθの最適値は、MCMC実装部62Bにより実行されるMCMC法の初期値となる。
【0219】
最適解判断部62Aが実行する最適化手法は、特に限定されるものではない。たとえば最適解判断部62Aは、ベイズ最適化を用いて次の最適なパラメータθを判断してもよい。他の最適化の手法として、特に限定されないが、たとえば勾配法、あるいは共分散行列適応進化戦略(CMA-ES)などを採用することも可能である。最適解判断部62Aは、ベイズ最適化あるいはCMA-ESといった最適化手法を実行する際に、パラメータθに含まれる複数の変数(図18では、模式的にθ1,θ2と表わされる)を変化させることにより、対数事後分布の値を繰り返し計算する。必要に応じて、最適解判断部62Aは、複数の過去の履歴を参照してもよい。これにより最適解判断部62Aは、最適なパラメータθ(すなわち最適な1つのパラメータの組)を求める。
【0220】
なお、上記の最適化手法をコンピュータにより実行するため、既知のアルゴリズムを採用することができる。アルゴリズムを記述するコンピュータプログラム言語も特に限定されない。
【0221】
MCMC実装部62Bは、最適解判断部62Aにより得られたパラメータθの値を初期値として、MCMC法に従い、所定の確率分布を用いて次のパラメータθを提案する。MCMC実装部62Bは、そのパラメータθを、順問題評価部61に出力する。
【0222】
一実施形態では、MCMC実装部62Bは、MCMCの最も基本的な方法である、メトロポリス法を実行して、次のパラメータθを提案する。メトロポリス法をより発展させた他の手法、例えばハミルトニアンモンテカルロ法、レプリカ交換モンテカルロ法などを用いてもよい。MCMC実装部62Bは、最適解判断部62Aから入力されたパラメータθの値を、メトロポリス法の初期値θ(t=0)に設定する。
【0223】
次に、MCMC実装部62Bは、ある提案分布に従って、パラメータθ(t)の次のパラメータθ(t+1)の候補となる値aをランダムサンプリングする。提案分布は特に限定されないが、たとえばパラメータθに含まれる変数ごとに独立した(変数ごとに相関のない)ガウス分布であってもよい。MCMC実装部62Bは、ある時点でのパラメータθの値を中心として、提案分布からランダムサンプリングで分散を取ることにより、次のパラメータθの値を提案する。
【0224】
MCMC実装部62Bは、その提案された次の値を用いて、対数事後分布を計算する。第2の実施の形態では、対数事後分布とは、EDX測定理論値とEDX測定値との間の偏差2乗和に相当する。MCMC実装部62Bは、対数事後分布の値が前回の値よりも改善した(小さくなった)場合には、提案した次のパラメータθの値を採用する。一方、対数事後分布の値が前回の値よりも悪化した(大きくなった)場合には、MCMC実装部62Bは、0~1の値をとる一様乱数rを発生させる。
【0225】
対数事後分布の値と前回の値との差の絶対値がlog(r)の絶対値未満であれば、MCMC実装部62Bは、提案した次のパラメータθの値を採用する。一方、対数事後分布の値と前回の値との差の絶対値がlog(r)の絶対値以上であれば、MCMC実装部62Bは、提案したパラメータθの値を破棄し、前回のパラメータθの値を採用する。実施の形態1と同様に、MCMC法では、評価対象である対数事後分布の値が前回の値よりも悪化した場合であっても、一定の確率で、提案した値を採用する。この採用する確率を適切に定めることにより、パラメータθの事後分布が得られる。
【0226】
なお、MCMC法は、理屈上は、正しい方法で無限の時間をかければ、どのような初期値から開始しても正解の分布を得ることができる。MCMC法では、初期点から、目的とする分布へ収束するまでの期間はバーンイン(burn-in)と呼ばれる。一般的には、burn-in状態のデータを捨てて各種定量値を計算する。
【0227】
実用上は、計算にかけられる時間は有限である。したがって、第2の実施の形態では、最適解判断部62Aにより、パラメータθの目的値あるいは目的値近傍の値を求めておき、その値をMCMC法の初期値に用いる。MCMC実装部62Bは、その初期値を用いることにより、バーンインの期間を短縮できる。したがって、MCMC実装部62Bにおいて、正解の分布に達するまでの計算時間を短縮することができる。
なお、ベイズ推論に基づくパラメータの事後分布の評価では、MCMC法を用いることが一般的であるが、第1の実施の形態のような変分推論に基づく方法を用いてもよい。たとえば、事後分布をガウス分布あるいはガンマ分布などのパラメトリックな分布であると仮定して、そのパラメータを求める、などの方法も可能である。
【0228】
なお、第1の実施の形態および第2の実施の形態ともに、相対濃度の推定値の信頼区間(σ)は、「ベイズ確信区間」を意味する。しかしながら、第1の実施の形態において「σ」は層構造の確からしさを含めた誤差を意味するのに対して、層構造を事前に仮定する第2の実施形態において「σ」は、各層の厚み、組成および層の界面でのプロファイルの急峻さに関する誤差を意味する。
【0229】
<<5.3 解析例>>
以下の例は、解析部52がいくつかの試料について、層の厚みおよび組成を計算した結果を示す。深さプロファイルを表現する式には式(31)を用いた。メトロポリス法の提案分布としてガウス分布を設定した。ガウス分布は、パラメータθに含まれる5種のパラメータ(変数)の各々に対して設定された。提案分布において、変数の間には相関はないものとした。
【0230】
ガウス分布での標準偏差σの値について、層の厚みに対してはσ2=12(nm)と設定し、組成に対してはσ2=0.012と設定した。これらのσの値は、MCMCの計算のループのたびに、層の厚みが1nm程度変化すること、および、層の組成が0.01程度変化することに相当する。
【0231】
(実施例1:InPウエハ上のNi電極およびSiN膜の解析)
リン化インジウム(InP)半導体ウエハ上にニッケル(Ni)電極および窒化ケイ素(SiN)保護膜をパターニングによって形成した試料を作製した(試料1)。試料1について、EDXによる表面分析を行った。その後、第2の実施の形態に係る解析の妥当性を検証するため、STEM-EDXにより試料の断面解析を行った。
【0232】
図19は、試料1のSTEM断面像を示す図である。図19(A)および図19(B)に示すように、STEM像から、試料1のNi層の厚みおよびSiN層の厚みは、それぞれ181nm程度および262nm程度と評価された。STEM-EDXによる分析結果では、半導体基板におけるインジウムとリンとの比率(In:P)が約0.55:0:45であった。STEM-EDXによる分析結果から、試料1においては、InP基板からリン(P)元素が少し抜けていると評価された。SiN膜におけるシリコンと窒素との比率(Si:N)は、約0.56:0.44であった。したがって、このSiN膜は、シリコンリッチな膜であると評価された。
【0233】
図20は、試料1のEDX表面分析の結果を示した図である。Ni電極表面およびSiN膜表面の両方に対してEDX表面分析を実施した。EDX表面分析における電子ビームの加速電圧の水準は10kV、15kV、20kV、25kVおよび30kVであった。図20(A)は、Ni電極表面上でのEDX表面分析の結果を示し、図20(B)は、SiN膜表面上でのEDX表面分析の結果を示す。
【0234】
上記の5つの加速電圧水準におけるEDXデータを図17に示す解析部52に入力した。解析部52は、MCMC法に従い、Ni層の厚み、および、InP基板におけるInの組成を解析した。以下に解析部52による解析結果を詳細に説明する。
【0235】
図21は、試料1の解析モデル(InP基板上のNi層)を示した図である。図21に示した解析モデルでは、試料は、Ni層およびInP層の二層からなると仮定する。Ni層の厚みdNiとInP層のIn組成とを変数として、MCMC法を実施した。
【0236】
図21に示すモデルにおいて、層1(Ni層)および層2(InP層)の各々の5種のパラメータのうち、パラメータσulは、50nmで固定であるとする。パラメータθのうち、組成Aおよび膜厚zu,zlを変数として、深さプロファイルの解析を実行した。MCMC法に用いる初期値に関し、解析部52は、ベイズ最適化法に従ってNi層の厚みdNiおよびInPの組成の初期値を求めた。
【0237】
図22は、解析部52がMCMC法に従ってNi層の厚みおよびInPのIn組成を計算した結果を示した図である。図22(A)は、Ni層の厚みについて、MCMC法の繰り返し回数に対する計算結果の変動を示す。図22(B)は、InP層のIn組成について、MCMC法の繰り返し回数に対する計算結果の変動を示す。
【0238】
図22(A)に示すように、Ni層の厚みの計算値は、172nm付近で上下するものの、MCMC法のループを繰り返すうちに、ほぼ定常状態に達する。STEM-EDX解析により得られたNi層の厚みの値が約181nmである。したがって第2の実施の形態によれば、Ni層の厚みについて、非破壊の解析によりSTEM-EDX解析に近い値を得ることができる。
【0239】
同様に、図22(B)に示すように、InP層のIn組成の計算値は、0.616付近で上下するものの、MCMC法のループを繰り返すうちに、ほぼ定常状態に達する。第2の実施の形態による解析では、InP層のIn組成が0.5を上回っているという結果が得られた。すなわち、第2の実施の形態によれば、STEM-EDX解析の結果と同じく、InP層からリンが抜けていることを示す結果が得られている。
【0240】
図23は、解析部52による試料1(InP基板上のNi層)の解析結果を示した図である。図23において、グラフの横軸は試料表面からの深さを示し、グラフの縦軸は、化学種の相対濃度を示す。MCMC法の計算の繰り返し回数は10000回である。
【0241】
解析部52は、MCMCループのうち最初の1000回の計算結果を破棄し、残りの計算結果から、Ni層の膜厚の平均値(μ)および分散(σ)、ならびにInP層におけるInの組成の平均値(μ)および信頼区間(σ)を求めた。Ni層の膜厚の平均値(μ)および分散(σ)は、それぞれ172nm、および0.99nmである。InP層におけるInの組成の平均値(μ)および信頼区間(σ)は、それぞれ0.616および0.0014である。
【0242】
解析部52は、MCMCループのうち1000回から10000回までの1000回ごとの相対濃度の深さプロファイルの計算結果をピックアップして、出力部53(図3を参照)は、そのピックアップされた計算結果の表示を出力した。グラフ中の曲線は、出力部53から出力された、Ni、In、Pの各々の相対濃度の深さプロファイルの表示に対応する。
【0243】
Niの相対濃度を示す曲線とInの相対濃度を示す曲線とが交差する位置に対応した表面からの深さは、180nm~183nm程度である。深さの範囲の幅は、Ni層の膜厚の平均値±3σの範囲に相当する。MCMC法により得られたσは、ベイズ信頼区間すなわち第2の実施の形態における解析結果の精度とみなすことができる。したがって図23に示した曲線は、化学種の相対濃度の推定値の信頼区間を表示している。
【0244】
図24は、試料1の解析モデル(InP基板上のSiN層)を示した図である。図24に示した解析モデルでは、試料は、SiN層およびInP層の二層からなると仮定する。SiN層の厚みdSiNとInP層のIn組成とを変数として、MCMC法を実施した。
【0245】
図24に示すモデルにおいて、層1(SiN層)および層2(InP層)の各々の5種のパラメータのうち、パラメータσulは、50nmで固定であるとする。パラメータθのうち、組成Aおよび膜厚zu,zlを変数として、Si、N、Inの各々について、深さプロファイルの解析を実行した。MCMC法に用いる初期値に関し、解析部52は、ベイズ最適化法に従ってSiN層の厚みdSiNおよびInPの組成の初期値を求めた。
【0246】
図25は、解析部52がMCMC法に従ってSiN層のN組成、SiN層の厚み、およびInP層のIn組成を計算した結果を示した図である。図25(A)は、SiN層のN組成について、MCMC法の繰り返しの回数に対する計算結果の変動を示す。図25(B)は、SiN層の厚みについて、MCMC法の繰り返しの回数に対する計算結果の変動を示す。図25(C)は、InP層のIn組成について、MCMC法の繰り返しの回数に対する計算結果の変動を示す。
【0247】
図25(A)に示すように、SiN層のN組成の計算値は、0.363付近で上下するものの、MCMC法のループを繰り返すうちに、ほぼ定常状態に達する。図25(B)に示すように、SiN層の厚みの計算値は、253nm付近で上下するものの、MCMC法のループを繰り返すうちに、ほぼ定常状態に達する。図25(C)に示すように、InP層のIn組成の計算値は、0.624付近で上下するものの、MCMC法のループを繰り返すうちに、ほぼ定常状態に達する。
【0248】
図25に示す解析結果は、2つの層の組成を同時に変化させる場合にもMCMC法による推定が可能であることを示す。SiN層の厚みの解析結果は、断面STEM像から求められた厚み(約262nm)に近い値である。
【0249】
図26は、解析部52による試料1(InP基板上のSiN層)の解析結果を示した図である。図26において、グラフの横軸は試料表面からの深さを示し、グラフの縦軸は、化学種の相対濃度を示す。MCMC法の計算の繰り返しの回数は10000回である。
【0250】
解析部52は、MCMCループのうち最初の1000回の計算結果を破棄し、残りの計算結果から、SiN層の膜厚の平均値(μ)および分散(σ)、SiN層におけるNの組成のμおよびσ、ならびに、InP層におけるInの組成のμおよびσを求めた。SiN層の膜厚のμおよびσは、それぞれ252nmおよび1.83nmである。SiN層のN組成のμおよびσ)は、それぞれ0.364および0.0018である。InP層におけるInの組成のμおよびσは、それぞれ0.624および0.0010である。
【0251】
解析部52は、MCMCループのうち1000回から10000回までの1000回ごとの相対濃度の深さプロファイルの計算結果をピックアップして、出力部53(図3を参照)は、そのピックアップされた計算結果の表示を出力した。グラフ中の曲線は、出力部53から出力された、Si、N、In、Pの各々の相対濃度の深さプロファイルの表示に対応する。
【0252】
STEM-EDXによる試料1の解析では、SiN層ではSiリッチ(約0.56)であり、InP層ではInリッチ(約0.55)であるという結果が得られた。図26に示す解析結果は、SiN層がSiリッチであること、および、InP層がInリッチであることを示している。第2の実施の形態に係る試料1の解析は、非破壊でありながら、STEM-EDXによる解析の結果と整合する結果を示している。
【0253】
(実施例2:Cu箔上PFA膜の解析)
銅(Cu)箔上に、フッ素樹脂の一種であるPFA(perfluoroalkoxy alkane)を塗布したのち焼成して試料を作製した(試料2)。実施例1と同じく、試料2についてEDXによる表面分析を行った。その後、第2の実施の形態に係る解析の妥当性を検証するため、STEM-EDXにより試料の断面解析を行った。
【0254】
図27は、試料2のSTEM断面像を示す図である。図27に示すように、STEM像から、PDF層の厚みは1.1μm程度と評価された。
【0255】
図28は、STEM-EDXによる試料2の断面解析の結果を示した図である。図28に示すように、7つの水準の加速電圧でEDX分析を行った。なお、PFA膜はイオンによる損傷を受けやすいため、その組成の評価は、STEM-EDXでは困難である。このため、GCIB(ガスクラスターイオンビーム)-XPS深さ分析を行い、PFA膜における炭素(C)とフッ素(F)との組成比(C:F)を約1:2と評価した。
【0256】
図29は、試料2の解析モデルを示した図である。図29に示した解析モデルでは、試料は、PFA層とCu層との二層からなると仮定する。解析部52は、PFA層の厚みdPFAとPFA層の組成とを変数として、MCMC法を実施する。図29に示すモデルにおいて、層1(PFA層)および層2(Cu層)の5種のパラメータθのうち、パラメータσulは、50nmで固定であるとする。パラメータθのうち、組成Aおよび膜厚zu,zlを変数として、深さプロファイルの解析を実行した。
【0257】
なお、実施例2では、MCMC法に用いる初期値には、本手法の安定性確認のため、あえて最適値から大きく外れた値を採用した。
【0258】
図30は、解析部52がMCMC法に従ってPFA層の炭素組成およびPFA層の厚みを計算した結果を示した図である。図30(a)は、PFA層のC組成について、MCMC法の繰り返し回数に対する計算結果の変動を示す。図30(b)は、PFA層の厚みについて、MCMC法の繰り返し回数に対する計算結果の変動を示す。図30に示されるように、MCMC法の初期値が最適値から大きく外れている場合であっても、計算の繰り返し回数が増えるにつれて計算値は定常状態に達する。図30に示した例では、6000回以降の計算では計算値は定常状態に達したとみなすことができる。
【0259】
図30から明らかなように、MCMC法によれば、最適値から外れた値を初期値に用いても、十分大きな回数だけ計算のループを繰り返すことにより、計算値は正しい値に達する。したがって、MCMC法の適切な初期値を最適化手法によって決定することは、MCMC法を実行するための必須の要件ではない。しかし、図22図30との比較から分かるように、最適化手法により求められたパラメータθをMCMCループの初期値に用いることにより、バーンインの状態を短縮できる。したがって、第2の実施の形態では、最適解判断部62Aにより、MCMC実装部62Bに、MCMC法の初期値として、最適値に近い値を与える。これにより、正解に近い深さプロファイルに達するまでのデータ解析装置30の計算回数を少なくすることができるので、深さプロファイルの解析に要する計算時間の短縮が可能となる。
【0260】
図31は、解析部52による試料2の解析結果を示した図である。図31において、グラフの横軸は試料表面からの深さを示し、グラフの縦軸は、化学種の相対濃度を示す。MCMC法の計算の繰り返しの回数は10000回である。ただし、図30に示されるように、最初の6000回の計算結果が安定していない。このため、解析部52は、最初の6000回の計算結果を破棄し、残りの計算結果から、PFA層の膜厚の平均値(μ)および分散(σ)、ならびにPFA層におけるCの組成のμおよびσを求めた。PFA層の膜厚のμおよびσは、それぞれ、1292nmおよび10.2nmである。PFA層のCの組成のμおよびσは、それぞれ、0.38および0.0021である。
【0261】
解析部52は、MCMCループのうち6000回から10000回までの500回ごとの相対濃度の深さプロファイルの計算結果をピックアップして、出力部53(図3を参照)は、そのピックアップされた計算結果の表示を出力した。グラフ中の曲線は、MCMCループ中の6000回から10000回までの500回ごとに計算結果をピックアップして表示させた図である。グラフ中の曲線は、出力部53から出力された、F、C、Cuの各々の相対濃度の深さプロファイルの表示に対応する。
【0262】
Fの相対濃度を示す曲線とCuの相対濃度を示す曲線とが交差する深さ、および、Cの相対濃度を示す曲線とCuの相対濃度を示す曲線とが交差する深さから、PFA層の厚みは、1200nm程度であると見積もられる。さらにPFA層におけるCとFとの比は、約1:2と見積もられる。
【0263】
MCMC法による解析結果では、STEMにより評価されたPFA層の厚み(約1100nm)およびGCIB-XPSにより評価された組成(C:F~約1:2)に近い値が得られている。したがって、第2の実施の形態によれば、実施例2の解析においても非破壊で試料を正しく評価できていることが分かる。
【0264】
(実施例3):Si基板上の多層膜の解析
シリコン(Si)基板上の多層膜を電子ビーム(EB)蒸着により作成した(試料3)。試料3について、EDXによる表面分析を行った。その後、第2の実施の形態に係る解析の妥当性を検証するための情報を得るため、STEM-EDXにより試料の断面解析を行った。
【0265】
図32は、試料3のSTEM断面像を示す図である。図32に示すように、Si基板の表面から近い順に、Ni層、Cr層、Ti層、Al層がSi基板の表面に積層される。STEM像から、Ni層、Cr層、Ti層、Al層のそれぞれの厚みは、302nm、286nm、314nm、および258nm程度と評価された。
【0266】
図33は、試料3のEDX表面分析の結果を示した図である。EDX表面分析を、加速電圧10kV~30kVの間の1kVごとの水準(計21水準)で実施した。EDX表面分析で得られたデータに基づきMCMC法を実行した。なお、試料の構造を既知としてAl/Ti/Cr/Ni/Si構造を仮定し、Si基板上の4つの層の厚みのみを変数とした。
【0267】
図34は、解析部52がMCMC法に従って試料3の多層膜の厚みを計算した結果を示した図である。図34(A)、図34(B)、図34(C)、図34(D)は、それぞれ、Al層の厚み、Ti層の厚み、Cr層の厚みおよびNi層の厚みについて、MCMC法の繰り返し回数に対する計算結果の変動を示す。図34(A)~図34(D)のいずれの図からも、最初の数百サイクル以降は、計算値が定常状態に達していると評価することができる。なお、各グラフには、それぞれの膜について、1000サイクル以降の計算値を用いて算出された厚みの平均値(μ)および分散(σ)が示される。
【0268】
図35は、解析部52による試料3のプロファイル評価の結果を示した図である。図35では、解析部52がMCMC法を実行することによって評価したプロファイルを実線で示し、STEM-EDXによって評価されたプロファイルを破線で示している。図35に示されるように、MCMC法によって評価されたプロファイルは、STEM-EDXにより評価されたプロファイルによく近似する。すなわち、第2の実施の形態によれば、非破壊での試料の評価でありながら、破壊評価での評価に近い結果を得ることができる。
【0269】
なお、図35によれば、Alの相対濃度を示す曲線とTiの相対濃度を示す曲線とが交差する位置がAl層とTi層との界面に対応する。同様に、Niの相対濃度を示す曲線とSiの相対濃度を示す曲線とが交差する位置がNi層とSi層との界面に対応する。第2の実施の形態による評価では、Al/Ti界面の位置の推定範囲よりも、Ni層とSi層との界面の位置の推定範囲のほうが大きい。このことは、試料の最外表面よりも、試料の奥側(Si基板に近い側)のほうが、MCMCによる推定結果に自信がないことを示している。MCMC解析の元となるEDX分析の測定値は、最表面ほど大きな影響を及ぼし、深い位置ほど影響が弱まるため、図35に示した奥側のほうが推定結果に自信がないという解析結果は妥当な結果といえる。
【0270】
<<5.4 測定データの数と推定結果との間の関係>>
図36は、EDX測定データの数(言い換えると加速電圧の水準の数)を減らした場合に、解析部52がMCMC法に従って試料3の多層膜の厚みを計算した結果を示した図である。具体的にはEDX測定データのうち、3水準(10kV、20kV、30kV)での測定データを用いてMCMC法を実施した。図36(A)~図36(D)は、それぞれ、図34(A)~図34(D)に比較される図である。
【0271】
各層の平均値および分散と比較すると、平均値μについては、水準の数を少なくしても大きく変化しない。一方で、分散σについては、いずれの層の評価結果でも、一律に大きくなっている。図34および図36は、ベイズ推定における「評価に用いる測定データの数が多いほど、推定結果に自信がある」という事実を定量的に示している。
【0272】
図37は、MCMC法による試料3の膜厚の推定に対する、測定データの数の影響を示す図である。図37(A)は、加速電圧の水準の数に対する厚みの期待値(平均値μ)を示す。図37(B)は、加速電圧の水準の数に対する厚みの信頼区間(分散σ)を示す。加速電圧の水準の数が大きいほど、EDX測定データ数は多い。膜厚の評価に用いられる測定データ数が少なくした場合(加速電圧の水準の数が小さい場合)、各層の厚みの期待値(平均値μ)の変化は小さい一方、各層の厚みの信頼区間(分散σ)は、大きくなる傾向がある。
【0273】
このように、膜厚の推定にベイズ推定を適用することにより、データ数と不確かさの関係を評価することができる。したがって、推定結果の自信のなさ、すなわち推定結果の不確かさの程度に応じて、評価に必要な測定データ数を決定することができる。推定結果の不確かさの程度は、いわば評価の精度である。すなわち第2の実施の形態によれば、評価に要求される精度に応じて、必要な測定データ数を決定してもよい。
【0274】
<6.表示の出力の例>
データ解析装置30が、上記のベイズMSMを実行することにより、試料の深さごと、かつ化学種ごとの相対濃度の推定値の平均値、およびその推定値の信頼区間を求めることができる。データ解析装置30は、平均値および信頼区間の表示を各種の態様で出力することができる。平均値および信頼区間の表示は、たとえばディスプレイの画面に表示される。
【0275】
図38は、本実施の形態に係るデータ解析装置による表示の出力の第1の例を示した図である。第1の例において、相対濃度の推定値の平均値および信頼区間の表示は、グラフの形式の表示である。したがって、解析者にとって把握しやすい形式で推定結果の精度を表示することができる。グラフは、試料の表面からの深さを表わす横軸(第1の軸)と、化学種の相対濃度を表わす縦軸(第2の軸)と、深さに対する相対濃度の推定値の平均値を表わす曲線(第1の図形)と、深さに対する相対濃度の信頼区間を表わす領域(第2の図形)とを含む。
【0276】
図38の例では、解析対象の試料は、試料表面に近い順からアルミニウム(Al)、チタン(Ti)、クロム(Cr)、ニッケル(Ni)をシリコン(Si)基板に積層した試料である。図15において、曲線101および領域102は、アルミニウム(Al)の深さごとの相対濃度の推定値の平均値および信頼区間を表わす。領域102の縦軸方向の幅が信頼区間の幅に対応する。他の化学種についても同様に、平均値μの深さに対する変化を表わす曲線(第1の図形)および信頼区間の深さに対する変化を表わす領域(第2の図形)が表示される。解析者(たとえばデータ解析装置のユーザ)は、ある化学種について、信頼区間を表わす領域の幅の大きさから、相対濃度の推定の精度(ベイズMSMによる推定結果が「自信あり」といえるかどうか)を容易に把握することができる。したがって、図38の例によれば、解析者が推定結果の精度を把握しやすくなるように、推定結果の精度を表示することができる。
【0277】
図38の例では、相対濃度の推定値の平均値を表わす曲線の線種を化学種ごとに異ならせている。しかし、曲線の表示は、このように限定されない。曲線および領域には、化学種ごとに異なる色が付されてもよい。これにより各化学種に対応する曲線および領域をユーザが区別しやすくなるように、曲線および領域を表示することができる。
【0278】
図39は、本実施の形態に係るデータ解析装置による表示の出力の第2の例を示した図である。図39に示す例では、深さごとかつ化学種ごとの相対濃度の推定値の信頼区間が、曲線によって表現される。この点において、図39に示す表示例は、図38に示す例と異なる。
【0279】
たとえば曲線101は、化学種がアルミニウム(Al)である場合の、深さごとの相対濃度の推定値の平均値を表わす。曲線103Aおよび曲線103Bは、化学種がアルミニウム(Al)である場合の、深さごとの相対濃度の推定値の信頼区間の上限および下限をそれぞれ表わす。2つの曲線に挟まれた領域が信頼区間に対応するので、その領域の縦軸方向の幅が、信頼区間の幅に対応する。これにより、解析者(たとえばデータ解析装置のユーザ)は、ある化学種について、信頼区間を表わす領域の幅の大きさから、相対濃度の推定の精度(ベイズMSMによる推定結果が「自信あり」といえるかどうか)を容易に把握することができる。
【0280】
図38に示す表示例と同様に、相対濃度の推定値の平均値、信頼区間の上限値および下限値の各々を表わす曲線には、化学種ごとに異なる色が付与されてもよい。また、図39に示すように、相対濃度の推定値の平均値、信頼区間の上限値および下限値の各々を表わす曲線の線種を化学種ごとに異ならせてもよい。
【0281】
図40は、本実施の形態に係るデータ解析装置による表示の出力の第3の例を示した図である。図40に示す表示例は、基本的には、図38に示す表示例と同じである。ユーザがディスプレイ43(図2を参照)の画面上でマウス42(図2を参照)のカーソル104をグラフの曲線(たとえば曲線101)に重ねる。これにより、カーソル104が指す曲線上の位置に、エラーバー105が表示される。この点において、図40に示す表示例は、図38に示す表示例と異なる。
【0282】
エラーバー105の長さは、カーソル104が指す曲線上の位置に対応する相対濃度の推定値の信頼区間の幅に対応する。図40に示す例によれば、エラーバーの長さによって信頼区間の幅が表現されるので、解析者が推定結果の精度を把握しやすくなるように、推定結果の精度を表示することができる。なお、図39に示す表示例に対しても同様に、推定値の平均値を表わす曲線にカーソル104を重ねた場合に、カーソル104が指す曲線上の位置に、推定値の信頼区間の幅を示すエラーバー105が表示されてもよい。
【0283】
図41は、本実施の形態に係るデータ解析装置による表示の出力の第4の例を示した図である。図41に示す表示例は、図40に示す表示に加えて、テキストボックス106が表示される。テキストボックス106の中に表示される情報は、たとえば以下の情報(1)~(5)を含む。なお、(3)~(6)の情報のすべてがテキストボックスに表示される必要は無く、(3)~(6)のうち少なくとも1つがテキストボックスに表示されるのでもよい。
【0284】
(1)カーソル104が指す曲線に対応する化学種
(2)カーソル104が指す曲線上の位置に対応する深さ
(3)カーソル104が指す曲線上の位置に対応する相対濃度の推定値の平均値μ
(4)カーソル104が指す曲線上の位置に対応する相対濃度の推定値の分散σ
(5)エラーバー105に対応する信頼区間(たとえばμ±3σ)の上限値
(6)エラーバー105に対応する信頼区間(たとえばμ±3σ)の下限値
なお、テキストボックスによる情報の表示は、図41に示す表示例にのみ適用されると限定されない。テキストボックスによる情報の表示は、図38図40に示す表示例のいずれにも適用可能である。数値の表示により、解析者が推定結果を把握しやすくなる。
【0285】
あるいは図23図26図31図35に示すように、相対濃度の推定値の信頼区間の幅は、複数の曲線の重なりによって表現されてもよい。
【0286】
上記の表示例では、相対濃度の推定値の平均値は線で表現され、相対濃度の推定値の信頼区間は、面または線により表現される。しかし、グラフ上で相対濃度の推定値の平均値および相対濃度の推定値の信頼区間を表現するための図形は、線または面に限定されず、たとえば、点あるいは立体であってもよい。
【0287】
さらに、相対濃度の推定値の平均値および相対濃度の推定値の信頼区間の表示は、グラフ以外の表示であってもよい。
【0288】
図42は、本実施の形態に係るデータ解析装置による表示の出力の第5の例を示した図である。図42に示す例では、試料の深さごと、かつ化学種ごとの、相対濃度の推定値の平均値μ、分散σ、信頼区間の上限(たとえばμ+3σ)および信頼区間の下限(たとえばμ-3σ)が数値表形式で出力される。この例によれば、平均値および信頼区間が数値で表示されることにより、解析者が平均値および信頼区間を具体的に把握できる。
【0289】
図42に示す表は、ディスプレイの画面に表示されてもよく、プリンタから出力されてもよい。また、図42に示した数値表の形式での表示は、単独で出力されてもよく、図38図41に例示されるグラフの表示とともに出力されてもよい。さらに、図42に示す表に含まれるデータが、ディスプレイの画面に表示可能なフォーマット(たとえばCSVフォーマット)のデータ)として、記録媒体に出力されてもよい。
【0290】
本開示の実施の形態の一例として、EDXによる解析の例を示した。しかし、本開示の実施の形態は、EDXによる解析に適用されるものと限定されない。たとえば本開示の実施の形態は、XPSによる解析にも適用できる。XPSの場合には、式(1)における応答信号の理論値d’ijが以下の式(37)によって表わされる。
【0291】
【数37】

式(37)におけるIkij)は、化学種iに関する光電子信号を表わす。θjは試料からの光電子信号の取り出し角度を表わす。取り出し角度θjの水準はJとする。光電子信号Ikij)は、以下の式(38)によって表わされる。
【0292】
【数38】

式(38)において、cikは、第k層における化学種iの相対濃度を表わす。化学種iの相対濃度の総和は1である(Σiik=1)。λliは、第l層において化学種iから生じる光電子の非弾性平均自由工程を表わす。σiは、化学種iの光電子の、X線に対する相対イオン化断面積を表わす。k=1のときの信号、つまり最表面層の信号について、総乗Πを1とみなす。なお、層の厚みtはλliに比べて極めて小さい(t<<λli)と仮定する。したがって式(38)では、光電子が発生した層における、光電子の減衰は線形関数で近似される(e-x~1-x)。
【0293】
以上のように、式(1)における応答信号の理論値d’ijを式(37)および式(38)に従って設定することにより、上述したベイズMSMの手法を、XPSによる解析にも適用することができる。さらに、式(1)における応答信号の理論値d’ijを適切に表現することによって、本開示の実施の形態によるベイズMSMは、EDXおよびXPSに限定されず、あらゆる種類の表面分析に適用可能である。
【0294】
第2の実施の形態に係る深さプロファイルのベイズ推定も同様に、EDX分析データの解析に適用されるものと限定されず、他の分析にも応用することができる。順問題評価部61の構成を、他の分析に応じた構成に変更すればよい。より具体的には、測定理論値構築部61Bにより演算される式(2)を、他の分析に適した形に変形すればよい。
【0295】
図17に示した解析部52の構成において、次回パラメータ推薦部62は、前回推薦したパラメータθおよび、順問題評価部61からの出力yの組み合わせに基づいて、次のパラメータθを推薦する。次回パラメータ推薦部62は、順問題をブラックボックスとして扱っているにも関わらず、次回パラメータ推薦部62は、次のパラメータθを推薦できる。したがって、第2の実施の形態に係る深さプロファイルの推定は、EDX分析およびXPS分析に限定されず、あらゆる種類の表面分析に適用可能である。
【0296】
<7.付記>
本開示は、以下に示す実施の形態を含む。
【0297】
[付記1]
(1) プローブの入射によって試料から生じた応答信号のデータを用いて、前記試料の深さプロファイルを解析するデータ解析装置であって、
前記プローブの入射条件を前記試料の異なる深さ領域を評価するように変化させて前記応答信号を測定する測定装置によって得られた、前記応答信号のデータを受け付ける入力部と、
前記応答信号の前記データを解析することによって、前記試料の表面からの深さごと、かつ化学種ごとの相対濃度を推定し、前記相対濃度の推定値の平均値および信頼区間を求める解析部とを備え、
前記解析部は、前記試料を複数の層からなる積層体にモデル化したときの前記応答信号の理論値と前記応答信号の前記データとの間の偏差二乗和を表現する第1の項と、前記相対濃度の前記深さにおける連続の度合いを表現する第2の項との和によって表現される評価関数を、ベイズ推定処理に従って処理することによって前記推定値の前記平均値および前記信頼区間を算出する、データ解析装置。
【0298】
(2) 前記ベイズ推定処理は、前記深さごとおよび前記化学種ごとの前記相対濃度を変数としたサンプリングアルゴリズムを含む、(1)に記載のデータ解析装置。
【0299】
(3) 前記サンプリングアルゴリズムは、メトロポリス法に基づくアルゴリズムである、(2)に記載のデータ解析装置。
【0300】
(4) 前記ベイズ推定処理は、変分推論法に従う処理である、請求項(1)に記載のデータ解析装置。
【0301】
[付記2]
(1) プローブの入射によって試料から生じた応答信号のデータを用いて、前記試料の深さプロファイルを解析するデータ解析方法であって、
前記プローブの入射条件を前記試料の異なる深さ領域を評価するように変化させて前記応答信号を測定する測定装置によって得られた、前記応答信号のデータを、データ解析装置が受け付けるステップと、
前記データ解析装置が、前記応答信号の前記データを解析することによって、前記試料の表面からの深さごと、かつ化学種ごとの相対濃度を推定し、前記相対濃度の推定値の平均値および信頼区間を求めるステップと、
前記データ解析装置が、前記相対濃度の前記推定値の前記平均値および前記信頼区間の表示を出力するステップとを備え、
前記平均値および前記信頼区間の前記表示は、グラフの形式の表示であり、
前記グラフは、前記深さを示す第1の軸と、前記相対濃度を示す第2の軸と、前記平均値の前記深さに対する変化を表わす第1の図形と、前記信頼区間の前記深さに対する変化を表わす第2の図形とを含む、データ解析方法。
【0302】
(2) 前記第1の図形は、曲線であり、
前記第2の図形は、前記曲線と重なる領域を含む、(1)に記載のデータ解析方法。
【0303】
(3) 前記第2の図形は、前記信頼区間の上限を表わす第1の曲線と、前記信頼区間の下限を表わす第2の曲線とを含む、請求項(1)に記載のデータ解析方法。
【0304】
(4) 前記第2の図形は、エラーバーを含み、
前記エラーバーの長さは、前記第1の図形上の指定された位置における前記推定値の前記信頼区間の幅に対応する、(1)~(3)のいずれかに記載のデータ解析方法。
【0305】
(5) 前記グラフは、前記第1の図形上の指定された位置における、前記平均値、前記信頼区間の上限値、および前記信頼区間の下限値のうちの少なくとも1つの数値の表示を含む、(1)~(4)のいずれかに記載のデータ解析方法。
【0306】
(6) 前記表示を出力するステップは、前記平均値および前記信頼区間の前記表示を、数値表の形式で出力する、(1)~(5)のいずれかに記載のデータ解析方法。
【0307】
(7) 前記平均値および前記信頼区間を求めるステップは、評価関数をベイズ推定処理に従って処理することによって前記推定値の前記平均値および前記信頼区間を算出するステップを含み、
前記評価関数は、前記試料を複数の層からなる積層体にモデル化したときの前記応答信号の理論値と前記応答信号の前記データとの間の偏差二乗和を表現する第1の項と、前記相対濃度の前記深さにおける連続の度合いを表現する第2の項との和によって表現される、(1)~(6)のいずれかに記載のデータ解析方法。
【0308】
(8) 前記ベイズ推定処理は、前記深さごとおよび前記化学種ごとの前記相対濃度を変数としたサンプリングアルゴリズムを含む、(7)に記載のデータ解析方法。
【0309】
(9) 前記ベイズ推定処理は、変分推論法に従う処理である、(7)に記載のデータ解析方法。
【0310】
(10) 前記測定装置は、エネルギー分散型X線分析装置である、(1)~(9)のいずれかに記載のデータ解析方法。
【0311】
(11) 前記測定装置は、X線光電子分光装置である、(1)~(9)のいずれかに記載のデータ解析方法。
【0312】
[付記3]
(1) プローブの入射によって試料から生じた応答信号のデータを用いて、前記試料の深さプロファイルを解析するデータ解析方法であって、
前記プローブの入射条件を前記試料の異なる深さ領域を評価するように変化させて前記応答信号を測定する測定装置によって得られた、前記応答信号のデータを、データ解析装置が受け付けるステップと、
前記データ解析装置が、前記応答信号の前記データを解析することによって、前記試料の表面からの深さごと、かつ化学種ごとの相対濃度を推定し、前記相対濃度の推定値の平均値および信頼区間を求めるステップとを備え、
前記平均値および前記信頼区間を求めるステップは、評価関数をベイズ推定処理に従って処理することによって前記推定値の前記平均値および前記信頼区間を算出するステップを含み、
前記評価関数は、前記試料を複数の層からなる積層体にモデル化したときの前記応答信号の理論値と前記応答信号の前記データとの間の偏差二乗和を表現する第1の項と、前記相対濃度の前記深さにおける連続の度合いを表現する第2の項との和によって表現される、データ解析方法。
【0313】
(2) 前記ベイズ推定処理は、前記深さごとおよび前記化学種ごとの前記相対濃度を変数としたサンプリングアルゴリズムを含む、(1)に記載のデータ解析方法。
【0314】
(3) 前記サンプリングアルゴリズムは、メトロポリス法に基づくアルゴリズムである、(2)に記載のデータ解析方法。
【0315】
(4) 前記ベイズ推定処理は、変分推論法に従う処理である、請求項(1)に記載のデータ解析方法。
【0316】
[付記4]
(1) プローブの入射によって試料から生じた応答信号のデータを用いて、前記試料の深さプロファイルを解析するデータ解析方法であって、
前記プローブの入射条件を前記試料の異なる深さ領域を評価するように変化させて前記応答信号を測定する測定装置によって得られた、前記応答信号のデータを、データ解析装置が受け付けるステップと、
前記データ解析装置が、前記応答信号の前記データを解析することによって、前記試料の表面からの深さごと、かつ化学種ごとの相対濃度を推定し、前記相対濃度の推定値の平均値および信頼区間を求めるステップとを備え、
前記平均値および前記信頼区間を求めるステップは、
前記深さプロファイルの自由度を制限した前記試料のモデルを表現する所定の関数に含まれるパラメータの事後分布をベイズ推定に従って求めるステップを含む、データ解析方法。
【0317】
(2) 前記試料の前記モデルは、複数の層からなる積層体であり、
前記所定の関数は、前記複数の層の各層の境界において前記深さプロファイルが立ち上がりおよび立ち下がりを有することを表現する関数であり、
前記パラメータは、
前記試料の組成と、
前記複数の層の前記各層の厚みと、
前記複数の層の前記各層の前記深さプロファイルの前記立ち上がりのなだらかさと、
前記複数の層の前記各層の前記深さプロファイルの前記立ち下がりのなだらかさとを含む、(1)に記載のデータ解析方法。
【0318】
(3) 前記パラメータの事後分布を前記ベイズ推定に従って求めるステップは、順問題モデルに前記パラメータの値を用いて、実測値と理論値との偏差2乗和を計算するステップを含み、
前記パラメータの確率分布を求めるステップは、計算された前記偏差2乗和を用いて、前記パラメータの前記事後分布の計算に用いる前記パラメータの候補値を推薦するステップとを含み、
前記事後分布の計算と前記パラメータの前記候補値の推薦とが交互に繰り返される、(1)または(2)に記載のデータ解析方法。
【0319】
(4) 前記パラメータの前記候補値を推薦するステップは、
マルコフ連鎖モンテカルロ(MCMC)法に従い、所定の確率分布を用いて前記パラメータの前記候補値を提案するステップと、
前記計算された前記偏差2乗和を用いて、前記マルコフ連鎖モンテカルロ法のための最適な初期値を求めるステップとを含む、(3)に記載のデータ解析方法。
【0320】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した実施の形態ではなく請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0321】
10 分析システム、20 測定装置、25 試料、30 データ解析装置、31 プロセッサ、32 一次記憶装置、33 二次記憶装置、34 外部機器インターフェイス、35 入力インターフェイス、36 出力インターフェイス、37 通信インターフェイス、38 バス、41 キーボード、42 マウス、43 ディスプレイ、44 ネットワーク、45 プリンタ、51 入力部、52 解析部、53 出力部、54 記憶部、61 順問題評価部、61A プロファイル構築部、61B 測定理論値構築部、61C 偏差2乗和評価部、62 次回パラメータ推薦部、62A 最適解判断部、62B MCMC実装部、71 解析プログラム、72 パラメータ、101,103A,103B 曲線、102 領域、104 カーソル、105 エラーバー、106 テキストボックス、S11~S13,S12A,S21~S28,S26A~S26D ステップ。
【要約】
本開示のデータ解析装置は、プローブの入射によって試料から生じた応答信号のデータを用いて、試料の深さプロファイルを解析するデータ解析装置であって、プローブの入射条件を試料の異なる深さ領域を評価するように変化させて応答信号を測定する測定装置によって得られた、応答信号のデータを受け付ける入力部と、応答信号のデータを解析することによって、試料の表面からの深さごと、かつ化学種ごとの相対濃度を推定し、相対濃度の推定値の平均値および信頼区間を求める解析部と、相対濃度の推定値の平均値および信頼区間の表示を出力する出力部とを備える。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22
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図26
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図28
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図30
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