(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-04-15
(45)【発行日】2025-04-23
(54)【発明の名称】熱延鋼板
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20250416BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20250416BHJP
C21D 9/46 20060101ALN20250416BHJP
C21D 8/02 20060101ALN20250416BHJP
【FI】
C22C38/00 301W
C22C38/00 301A
C22C38/58
C21D9/46 T
C21D8/02 A
(21)【出願番号】P 2022575560
(86)(22)【出願日】2022-01-07
(86)【国際出願番号】 JP2022000308
(87)【国際公開番号】W WO2022153927
(87)【国際公開日】2022-07-21
【審査請求日】2023-02-08
(31)【優先権主張番号】P 2021005008
(32)【優先日】2021-01-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 大輔
(72)【発明者】
【氏名】榊原 章文
(72)【発明者】
【氏名】林田 輝樹
(72)【発明者】
【氏名】横井 龍雄
【審査官】鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】欧州特許出願公開第03730647(EP,A1)
【文献】国際公開第2020/026593(WO,A1)
【文献】国際公開第2020/203934(WO,A1)
【文献】国際公開第2020/099473(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 8/00- 8/10
C21D 9/46- 9/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学組成が、質量%で、
C :0.050~0.150%、
Si:0.01~1.00%、
Mn:1.00~2.50%、
P :0.100%以下、
S :0.020%以下、
N :0.0050%以下、
Al:0.001~0.300%、
Ti:0.001~0.100%、
B :0.0005~0.0050%、
Nb:0~0.100%
Cr:0~1.00%、
V :0~0.30%、
Cu:0~0.30%、
Ni:0~0.30%、および
Ca:0~0.0050%、
を含有し、残部がFeおよび不純物からなり、
下記式(1)~(3)で表されるVcが10~40であり、
金属組織が、面積%で、
板厚1/4位置において、
マルテンサイトおよび焼き戻しマルテンサイトの1種以上:合計で90%以上、並びに
フェライト、ベイナイトおよびパーライトの1種以上:合計で10%以下であり、
旧オーステナイト粒の平均アスペクト比が1.0~3.0であり、
表面から200μm位置において、
マルテンサイトおよび焼き戻しマルテンサイトの1種以上:合計で70%以上、90%未満、並びに
フェライト、ベイナイトおよびパーライトの1種以上:合計で10%超、30%以下である
ことを特徴とする熱延鋼板。
有効B量≧0.0005質量%のとき、
Vc=10
2.94-0.75×(2.7×C+0.4×Si+Mn+0.45×Ni+0.8×Cr)
有効B量<0.0005質量%のとき、
Vc=10
3.69-0.75×(2.7×C+0.4×Si+Mn+0.45×Ni+0.8×Cr) (1)
有効B量=10.81×(B/10.81-固溶N量/14.01) (2)
固溶N量=14.01×(N/14.01-Ti/47.88) (3)
ただし、上記式(1)中の各元素記号は当該元素の質量%での含有量であり、当該元素を含有しない場合は0を代入する。
上記式(2)中のBは質量%でのB含有量である。有効B量が負の値である場合は、有効B量は0とする。
上記式(3)中のNおよびTiはそれぞれ質量%での含有量である。固溶N量が負の値である場合は、固溶N量は0とする。
【請求項2】
前記化学組成が、質量%で、
Nb:0.005~0.100%
Cr:0.005~1.00%、
V :0.005~0.30%、
Cu:0.005~0.30%、
Ni:0.005~0.30%、および
Ca:0.0010~0.0050%
からなる群のうち1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の熱延鋼板。
【請求項3】
前記金属組織が、前記板厚1/4位置において、
旧オーステナイト粒の平均粒径が5~40μmであることを特徴とする請求項1
または2に記載の熱延鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱延鋼板に関する。
本願は、2021年1月15日に、日本に出願された特願2021-005008号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車の衝突安全性の確保および環境負荷低減のために鋼板の高強度化が進んでいる。鋼板を高強度化するためには、金属組織をマルテンサイト単相とすることが効果的である。金属組織がマルテンサイト単相である鋼板は、DP(Dual Phase)鋼板およびTRIP(Transformation Induced Plasticity)鋼板等の複合組織鋼板と比べて延性に乏しいため、主に曲げ加工により所望の形状に加工される場合が多い。そのため、マルテンサイト単相である鋼板は、優れた曲げ性を有することが要求される。
【0003】
特許文献1には、マルテンサイト相または焼戻マルテンサイト相を主相とし、該主相が組織全体に対する体積率で90%以上であり、旧オーステナイト粒の平均粒径が、圧延方向に平行な断面で20μm以下、圧延方向に垂直な断面で15μm以下であり、かつ圧延方向に平行な断面における旧オーステナイト粒のアスペクト比が18以下である組織と、を有することを特徴とする低温靭性に優れた高強度熱延鋼板が開示されている。
【0004】
特許文献2には、鋼組織が、マルテンサイト相および焼戻マルテンサイト相の少なくとも一方からなり鋼組織全体に対する面積率が95%以上である主相を有し、マルテンサイト相および/または焼戻マルテンサイト相のラス内に平均粒径が0.5μm以下のセメンタイトを含有し、セメンタイトの含有量が質量%で0.01~0.08%であることを特徴とする高強度熱延鋼板が開示されている。
【0005】
しかしながら、本発明者らは、特許文献1および2に記載の鋼板では、十分な曲げ性が得られないことを知見した。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】日本国特開2016-211073号公報
【文献】日本国特開2018-188675号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記実情に鑑みてなされた本発明は、高い強度および優れた曲げ性を有する熱延鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、創意検討の結果、以下の知見を得て、本発明を想到した。
表面から板厚1/4位置の金属組織において、マルテンサイトおよび焼き戻しマルテンサイトの面積率の合計を90%以上とし、表面から200μm位置の金属組織において、マルテンサイトおよび焼き戻しマルテンサイトの面積率の合計を70%以上、90%未満とすることで、高い強度および優れた曲げ性を有する熱延鋼板が得られることを知見した。
【0009】
また、本発明者らは、上記熱延鋼板を得るためには、特に、仕上げ圧延条件および仕上げ圧延後の冷却条件を制御することが効果的であることを知見した。
【0010】
上記知見に基づいてなされた本発明の要旨は以下の通りである。
(1)本発明の一態様に係る熱延鋼板は、化学組成が、質量%で、
C :0.050~0.150%、
Si:0.01~1.00%、
Mn:1.00~2.50%、
P :0.100%以下、
S :0.020%以下、
N :0.0050%以下、
Al:0.001~0.300%、
Ti:0.001~0.100%、
B :0.0005~0.0050%、
Nb:0~0.100%
Cr:0~1.00%、
V :0~0.30%、
Cu:0~0.30%、
Ni:0~0.30%、および
Ca:0~0.0050%、
を含有し、残部がFeおよび不純物からなり、
下記式(1)~(3)で表されるVcが10~40であり、
金属組織が、面積%で、
板厚1/4位置において、
マルテンサイトおよび焼き戻しマルテンサイトの1種以上:合計で90%以上、並びに
フェライト、ベイナイトおよびパーライトの1種以上:合計で10%以下であり、
旧オーステナイト粒の平均アスペクト比が1.0~3.0であり、
表面から200μm位置において、
マルテンサイトおよび焼き戻しマルテンサイトの1種以上:合計で70%以上、90%未満、並びに
フェライト、ベイナイトおよびパーライトの1種以上:合計で10%超、30%以下である。
有効B量≧0.0005質量%のとき、
Vc=102.94-0.75×(2.7×C+0.4×Si+Mn+0.45×Ni+0.8×Cr)
有効B量<0.0005質量%のとき、
Vc=103.69-0.75×(2.7×C+0.4×Si+Mn+0.45×Ni+0.8×Cr) (1)
有効B量=10.81×(B/10.81-固溶N量/14.01) (2)
固溶N量=14.01×(N/14.01-Ti/47.88) (3)
ただし、上記式(1)中の各元素記号は当該元素の質量%での含有量であり、当該元素を含有しない場合は0を代入する。
上記式(2)中のBは質量%でのB含有量である。有効B量が負の値である場合は、有効B量は0とする。
上記式(3)中のNおよびTiはそれぞれ質量%での含有量である。固溶N量が負の値である場合は、固溶N量は0とする。
(2)上記(1)に記載の熱延鋼板は、前記化学組成が、質量%で、
Nb:0.005~0.100%
Cr:0.005~1.00%、
V :0.005~0.30%、
Cu:0.005~0.30%、
Ni:0.005~0.30%、および
Ca:0.0010~0.0050%
からなる群のうち1種または2種以上を含有してもよい。
(3)上記(1)又は(2)に記載の熱延鋼板は、前記金属組織が、前記板厚1/4位置において、旧オーステナイト粒の平均粒径が5~40μmであってもよい。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係る上記態様によれば、高い強度および優れた曲げ性を有する熱延鋼板を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本実施形態に係る熱延鋼板について、詳細に説明する。ただし、本発明は本実施形態に開示の構成のみに制限されることなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々の変更が可能である。
【0013】
以下に記載する「~」を挟んで記載される数値限定範囲には、下限値および上限値がその範囲に含まれる。「未満」、「超」と示す数値には、その値が数値範囲に含まれない。化学組成についての「%」は全て「質量%」のことを指す。
【0014】
本実施形態に係る熱延鋼板は、化学組成が、質量%で、C:0.050~0.150%、Si:0.01~1.00%、Mn:1.00~2.50%、P:0.100%以下、S:0.020%以下、N:0.0050%以下、Al:0.001~0.300%、Ti:0.001~0.100%、B:0.0005~0.0050%、並びに、残部:Feおよび不純物を含有する。以下、各元素について説明する。
【0015】
C:0.050~0.150%
Cは、熱延鋼板の強度を高める。C含有量が0.050%未満であると、所望の強度を得ることができない。そのため、C含有量は0.050%以上とする。C含有量は、好ましくは0.070%以上である。
一方、C含有量が0.150%超であると、熱延鋼板の溶接性および靭性が低下する。そのため、C含有量は0.150%以下とする。C含有量は、好ましくは0.130%以下または0.110%以下である。
【0016】
Si:0.01~1.00%
Siは、固溶強化および焼入れ性向上により、熱延鋼板の強度を高める。またSiは、脱酸作用も有する。Si含有量が0.01%未満では、上記作用による効果を得ることができない。そのため、Si含有量は0.01%以上とする。
一方、Si含有量が1.00%超であると、フェライト変態が促進され、所望の金属組織を得ることができない。そのため、Si含有量は1.00%以下とする。Si含有量は、好ましくは0.40%以下または0.30%以下である。
【0017】
Mn:1.00~2.50%
Mnは、固溶強化および焼入れ性向上により、熱延鋼板の強度を高める。Mn含有量が1.00%未満では、上記効果を得ることができない。そのため、Mn含有量は1.00%以上とする。Mn含有量は、好ましくは1.50%以上または1.80%以上である。
一方、Mn含有量を2.50%超としても、上記効果が飽和する。そのため、Mn含有量は2.50%以下とする。Mn含有量は、好ましくは2.30%以下または2.20%以下である。
【0018】
P:0.100%以下
Pは、熱延鋼板の曲げ性を低下させる。そのため、P含有量は0.100%以下とする。P含有量は、好ましくは0.020%以下である。
P含有量は低い程好ましいため、0%であることが好ましい。しかし、過剰なP低減により脱Pコストが増大するため、P含有量は0.001%以上としてもよい。
【0019】
S:0.020%以下
Sは、熱延鋼板の曲げ性を低下させる。そのため、S含有量は0.020%以下とする。S含有量は、好ましくは0.010%以下である。
S含有量は低い程好ましいため、0%であることが好ましい。しかし、過剰なS低減により脱Sコストが増大するため、S含有量は0.001%以上としてもよい。
【0020】
N:0.0050%以下
Nは、熱延鋼板の加工性を低下させる。そのため、N含有量は0.0050%以下とする。N含有量は、好ましくは0.0040%以下である。
N含有量は低い程好ましいため、0%であることが好ましい。しかし、過剰なN低減により脱Nコストが増大するため、N含有量は0.0010%以上としてもよい。
【0021】
Al:0.001~0.300%
Alは、脱酸により鋼を清浄化する(鋼にブローホールなどの欠陥が生じることを抑制する)作用を有する。Al含有量が0.001%未満ではこの効果を得ることができない。そのため、Al含有量は0.001%以上とする。Al含有量は、好ましくは0.003%以上または0.010%以上である。
一方、Al含有量を0.300%超としても上記効果が飽和してしまう。また、フェライト変態が促進されることで、所望の金属組織が得られなくなる。そのため、Al含有量は0.300%以下とする。Al含有量は、好ましくは0.100%以下または0.050%以下である。
【0022】
Ti:0.001~0.100%
Tiは、炭化物として鋼板中に微細に析出することにより、熱延鋼板の強度を高める。またTiは、窒化物を形成することでNを固定するとともに、オーステナイト粒の粗大化を抑制する。Ti含有量が0.001%未満では、上記効果を得ることができない。また、表面から200μm位置における金属組織を好ましく制御することができず。所望の曲げ性を得ることができない。そのため、Ti含有量は0.001%以上とする。Ti含有量は、好ましくは0.005%以上または0.010%以上である。
一方、Ti含有量が0.100%超であると、粗大な炭化物および窒化物が鋼中に多量に析出し、熱延鋼板の加工性が低下する。そのため、Ti含有量は0.100%以下とする。Ti含有量は、好ましくは0.050%以下または0.030%以下である。
【0023】
B:0.0005~0.0050%
Bは、オーステナイト粒界に偏析して、少ない含有量であっても焼入れ性を顕著に向上させることで、熱延鋼板の強度を高める。B含有量が0.0005%未満では、上記効果を得ることができない。そのため、B含有量は0.0005%以上とする。B含有量は、好ましくは0.0010%以上または0.0013%以上である。
一方、B含有量が0.0050%超であると、熱間圧延時のオーステナイトの再結晶を抑制して、圧延荷重が増大し、且つ所望の金属組織を得ることができない。そのため、B含有量は0.0050%以下とする。B含有量は、好ましくは0.0040%以下または0.0030%以下である。
【0024】
本実施形態に係る熱延鋼板の化学組成の残部は、Feおよび不純物であってもよい。本実施形態において、不純物とは、原料としての鉱石、スクラップ、または製造環境等から混入されるものであって、本実施形態に係る熱延鋼板に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0025】
本実施形態に係る熱延鋼板は、Feの一部に代えて、以下の任意元素を含んでもよい。任意元素を含有させない場合の含有量の下限は0%である。以下、各任意元素について説明する。
【0026】
Nb:0.005~0.100%
Nbは、炭化物または窒化物として鋼中に析出し、熱延鋼板の強度を高める。また、これらの析出物は、オーステナイト粒の粗大化を抑制し、金属組織の微細化を促進する。これらの効果を確実に得るためには、Nb含有量は0.005%以上とすることが好ましい。
一方、Nb含有量が0.100%超であると、粗大な炭化物および窒化物が鋼中に多量に析出し、熱延鋼板の加工性が低下する。そのため、Nb含有量は0.100%以下とする。好ましくは、Nb含有量は0.030%以下である。
【0027】
Cr:0.005~1.00%
Crは、焼入性を向上させ、熱延鋼板の強度を高める。この効果を確実に得るためには、Cr含有量は0.005%以上とすることが好ましい。
一方、Cr含有量が1.00%超であると、熱延鋼板の溶接性が低下する。そのため、Cr含有量は1.00%以下とする。Cr含有量は、好ましくは0.30%以下である。
【0028】
V:0.005~0.30%
Vは、鋼中に固溶することにより熱延鋼板の強度増加に寄与するとともに、炭化物、窒化物または炭窒化物として鋼板中に析出し、析出強化によっても熱延鋼板の強度増加に寄与する。これらの効果を確実に得るためには、V含有量は0.005%以上とすることが好ましい。
一方、V含有量が0.30%超であると、熱延鋼板の靭性が低下する。そのため、V含有量は0.30%以下とする。V含有量は、好ましくは0.10%以下である。
【0029】
Cu:0.005~0.30%
Cuは、鋼中に固溶して熱延鋼板の強度増加に寄与するとともに、耐食性向上にも寄与する。これらの効果を確実に得るためには、Cu含有量は0.005%以上とすることが好ましい。
一方、Cu含有量が0.30%超であると、熱延鋼板の表面性状が劣化する。そのため、Cu含有量は0.30%以下とする。Cu含有量は、好ましくは0.10%以下である。
【0030】
Ni:0.005~0.30%
Niは、鋼中に固溶して熱延鋼板の強度増加に寄与するとともに、靭性向上にも寄与する。これらの効果を確実に得るためには、Ni含有量は0.005%以上とすることが好ましい。
Niは高価な元素であり、Ni含有量を0.30%超としても、合金コストの増加を引き起こす。そのため、Ni含有量は0.30%以下とする。Ni含有量は、好ましくは0.10%以下である。
【0031】
Ca:0.0010~0.0050%
Caは、凝固中に析出する酸化物および窒化物を微細化して、鋼塊または鋼片の清浄性を向上させる。この効果を確実に得るためには、Ca含有量は0.0010%以上とすることが好ましい。
一方、0.0050%を超えてCa含有させても、上記効果は飽和して、コスト増加を引き起こす。そのため、Ca含有量は0.0050%以下とする。Ca含有量は、好ましくは0.0030%以下である。
【0032】
熱延鋼板の化学組成は、一般的な分析方法によって測定すればよい。例えば、ICP-AES(Inductively Coupled Plasma-Atomic Emission Spectrometry)や発光分光分析(OES:Optical Emission Spectroscopy)を用いて測定すればよい。なお、CおよびSは燃焼-赤外線吸収法を用い、Nは不活性ガス融解-熱伝導度法を用いて測定すればよい。
【0033】
本実施形態に係る熱延鋼板の化学組成は、下記式(1)~(3)により表されるVcが10~40である。Vcが10未満または40超であると、板厚1/4位置および/または表面から200μm位置において、金属組織を好ましく制御することができない。
【0034】
なお、下記式(1)中の有効B量は焼き入れ性に寄与するB量のことであり、下記式(2)により得ることができる。また、下記式(2)中の固溶N量は下記式(3)により得ることができる。
【0035】
有効B量≧0.0005質量%のとき
Vc=102.94-0.75×(2.7×C+0.4×Si+Mn+0.45×Ni+0.8×Cr)
有効B量<0.0005質量%のとき
Vc=103.69-0.75×(2.7×C+0.4×Si+Mn+0.45×Ni+0.8×Cr) (1)
有効B量=10.81×(B/10.81-固溶N量/14.01) (2)
固溶N量=14.01×(N/14.01-Ti/47.88) (3)
上記式(1)中の各元素記号は当該元素の質量%での含有量であり、当該元素を含有しない場合は0を代入する。
上記式(2)中のBは質量%でのB含有量である。有効B量が負の値である場合は、有効B量は0とする。
上記式(3)中のNおよびTiはそれぞれ質量%での含有量である。固溶N量が負の値である場合は、固溶N量は0とする。
【0036】
次に、本実施形態に係る熱延鋼板の金属組織について説明する。
本実施形態に係る熱延鋼板は、金属組織が、面積%で、
板厚1/4位置において、
マルテンサイトおよび焼き戻しマルテンサイトの1種以上:合計で90%以上、並びに
フェライト、ベイナイトおよびパーライトの1種以上:合計で10%以下であり、
表面から200μm位置において、
マルテンサイトおよび焼き戻しマルテンサイトの1種以上:合計で70%以上、90%未満、並びに
フェライト、ベイナイトおよびパーライトの1種以上:合計で10%超、30%以下である。
以下、各規定について詳細に説明する。
【0037】
板厚1/4位置
本実施形態において板厚1/4位置とは、具体的には、板厚1/4位置から表裏10μmの領域、すなわち、表面から板厚1/4-10μm位置~表面から板厚1/4+10μm位置のことをいう。換言すると、表面から板厚1/4-10μm位置を始点とし、表面から板厚1/4+10μm位置を終点とする領域である。
【0038】
マルテンサイトおよび焼き戻しマルテンサイトの1種以上:合計で90%以上
マルテンサイトおよび焼き戻しマルテンサイトは、硬質、均質且つ微細な組織である。これらの組織を含ませることで、高い強度を得ることができる。これらの組織の面積率の合計が90%未満であると、所望の強度を得ることができない。そのため、これらの組織の面積率の合計は90%以上とする。なお、マルテンサイトおよび焼き戻しマルテンサイトの両方が含まれている必要は無く、いずれか一方しか含まない場合であっても、その面積率が90%以上であればよい。マルテンサイトおよび焼き戻しマルテンサイトの面積率の合計は、92%以上または95%以上が好ましい。より好ましくは100%である。
【0039】
フェライト、ベイナイトおよびパーライトの1種以上:合計で10%以下
本実施形態に係る熱延鋼板は、板厚1/4位置の金属組織において、マルテンサイトおよび焼き戻しマルテンサイト以外の残部組織として、フェライト、ベイナイトおよびパーライトを含んでもよい。これらの面積率の合計が10%超であると、熱延鋼板の強度が低下する。そのため、フェライト、ベイナイトおよびパーライトの面積率の合計は10%以下とする。好ましくは8%以下、5%以下である。より好ましくは0%である。
なお、フェライト、ベイナイトおよびパーライトの全てを含んでいる必要はない。
【0040】
表面から200μm位置
本実施形態において、表面から200μm位置とは、具体的には、「表面から200μm位置」から表裏10μmの領域、すなわち、表面から200μm-10μm(190μm)位置~表面から200μm+10μm(210μm)位置のことをいう。換言すると、表面から板厚方向に190μm位置を始点とし、表面から板厚方向に210μm位置を終点とする領域である。
【0041】
マルテンサイトおよび焼き戻しマルテンサイトの1種以上:合計で70%以上、90%未満
上述の通りマルテンサイトおよび焼き戻しマルテンサイトは、硬質、均質且つ微細な組織である。これらの組織は、高い強度を得るために適した組織であるが、曲げ性に劣る。本実施形態に係る熱延鋼板では、所望の曲げ性を得るために、板厚1/4位置におけるマルテンサイトおよび焼き戻しマルテンサイトの面積率よりも、表面から200μm位置におけるマルテンサイトおよび焼き戻しマルテンサイトの面積率を少なくする。表面から200μm位置におけるマルテンサイトおよび焼き戻しマルテンサイトの面積率の合計が90%以上であると、熱延鋼板の曲げ性が劣化する。そのため、これらの組織の面積率の合計は90%未満とする。好ましくは87%以下または85%以下である。
マルテンサイトおよび焼き戻しマルテンサイトの面積率の合計が70%未満であると、所望の強度を得ることができない。そのため、これらの組織の面積率の合計は70%以上とする。好ましくは75%以上である。
また、板厚1/4位置におけるマルテンサイトおよび焼き戻しマルテンサイトの合計と、表面から200μm位置におけるマルテンサイトおよび焼き戻しマルテンサイトの面積率の合計との差(=「板厚1/4位置におけるマルテンサイトおよび焼き戻しマルテンサイトの合計」-「表面から200μm位置におけるマルテンサイトおよび焼き戻しマルテンサイトの面積率の合計」)は5%以上であることが好ましい。より好ましくは、10%以上または15%以上である。
【0042】
なお、マルテンサイトおよび焼き戻しマルテンサイトの両方が含まれている必要は無く、いずれか一方しか含まない場合であっても、その面積率が70%以上、90%未満であればよい。
【0043】
フェライト、ベイナイトおよびパーライトの1種以上:10%超、30%以下
本実施形態に係る熱延鋼板は、表面から200μm位置の金属組織において、マルテンサイトおよび焼き戻しマルテンサイト以外の残部組織として、フェライト、ベイナイトおよびパーライトを含んでもよい。これらの組織は強度に劣るが、曲げ性に優れる。これらの組織の面積率の合計が10%以下であると、優れた曲げ性を得ることができない。そのため、これらの組織の面積率の合計は10%超とする。好ましくは15%以上である。なお、フェライト、ベイナイトおよびパーライトの全てを含んでいる必要は無く、いずれか1種のみを含む場合であってもその含有量が10%超であればよい。
また、これらの組織の面積率の合計が30%超であると、所望の強度を得ることができない。そのため、これらの組織の面積率の合計は30%以下とする。好ましくは25%以下である。
【0044】
本実施形態では、板厚1/4位置における金属組織および表面から200μm位置における金属組織に加えて、表面から100μm位置における金属組織を制御してもよい。
表面から100μm位置における金属組織は、マルテンサイトおよび焼き戻しマルテンサイトの1種以上:合計で60~80%、並びに、フェライト、ベイナイトおよびパーライトの1種以上:合計で20~40%であることが好ましい。
【0045】
表面から100μm位置
本実施形態において、表面から100μm位置とは、具体的には、「表面から100μm位置」から表裏10μmの領域、すなわち、表面から100μm-10μm(90μm)位置~表面から100μm+10μm(110μm)位置のことをいう。換言すると、表面から板厚方向に90μm位置を始点とし、表面から板厚方向に110μm位置を終点とする領域である。
【0046】
マルテンサイトおよび焼き戻しマルテンサイトの1種以上:合計で60~80%
マルテンサイトおよび焼き戻しマルテンサイトの面積率の合計を80%以下とすることで、熱延鋼板の曲げ性を高めることができる。そのため、これらの組織の面積率の合計は80%以下とすることが好ましい。
マルテンサイトおよび焼き戻しマルテンサイトの面積率の合計を60%以上とすることで、強度を高めることができる。そのため、これらの組織の面積率の合計は60%以上とすることが好ましい。
【0047】
なお、マルテンサイトおよび焼き戻しマルテンサイトの両方が含まれている必要は無く、いずれか一方しか含まない場合であっても、その面積率が60~80%であればよい。
【0048】
フェライト、ベイナイトおよびパーライトの1種以上:合計で20~40%
本実施形態に係る熱延鋼板は、表面から100μm位置の金属組織において、マルテンサイトおよび焼き戻しマルテンサイト以外の残部組織として、フェライト、ベイナイトおよびパーライトを含んでもよい。これらの組織の面積率の合計を20%以上とすることで、曲げ性を高めることができる。そのため、これらの組織の面積率の合計は20%以上とすることが好ましい。なお、フェライト、ベイナイトおよびパーライトの全てを含んでいる必要は無く、いずれか1種のみを含む場合であってもその含有量が20%以上であればよい。
また、これらの組織の面積率の合計を40%以下とすることで、強度を高めることができる。そのため、これらの組織の面積率の合計は40%以下とすることが好ましい。
【0049】
以下に、各組織の面積率の測定方法を説明する。
熱延鋼板から、圧延方向に平行な板厚断面で、表面から100μm位置、表面から200μm位置および表面から板厚1/4位置における金属組織が観察できるように試験片を採取する。
【0050】
上記試験片の断面を#600から#1500の炭化珪素ペーパーを使用して研磨した後、粒度1~6μmのダイヤモンドパウダーをアルコール等の希釈液や純水に分散させた液体を使用して鏡面に仕上げる。次に、室温においてアルカリ性溶液を含まないコロイダルシリカを用いて研磨し、サンプルの表層に導入されたひずみを除去する。サンプル断面の長手方向の任意の位置において、圧延方向150μm×板厚方向20μmを、0.1μmの測定間隔で電子後方散乱回折法により測定して結晶方位情報を得る。
【0051】
測定には、サーマル電界放射型走査電子顕微鏡(JEOL製JSM-7001F)とEBSD検出器(TSL製DVC5型検出器)とで構成されたEBSD解析装置を用いる。この際、EBSD解析装置内の真空度は9.6×10-5Pa以下、加速電圧は15kV、照射電流レベルは13、電子線の照射レベルは62とする。得られた結晶方位情報をEBSD解析装置に付属のソフトウェア「OIM Analysis(登録商標)」に搭載された「Phase Map」機能を用いて、結晶構造がbccであるものをベイナイト、フェライト、および「パーライト、マルテンサイトおよび焼き戻しマルテンサイト」と判断する。
【0052】
これらの領域について、EBSD解析装置に付属のソフトウェア「OIM Analysis(登録商標)」に搭載された「Grain Orientation Spread」機能を用いて、15°粒界を結晶粒界の定義とした条件下で、「Grain Orientation Spread」が1°以下の領域をフェライトとして抽出する。抽出したフェライトの面積率を算出することで、フェライトの面積率を得る。
【0053】
続いて、残部領域(「Grain Orientation Spread」が1°超の領域)の内、5°粒界を結晶粒界の定義とした条件下で、フェライト領域の「Grain Average IQ」の最大値をIαとしたとき、Iα/2超となる領域をベイナイト、Iα/2以下となる領域を「パーライト、マルテンサイトおよび焼き戻しマルテンサイト」として抽出する。抽出したベイナイトの面積率を算出することで、ベイナイトの面積率を得る。
【0054】
上記抽出した「パーライト、マルテンサイトおよび焼き戻しマルテンサイト」について、下記方法によってパーライト、マルテンサイトおよび焼き戻しマルテンサイトを区別することができる。
まず、EBSD測定領域と同領域をSEMで観察するために、観察位置近傍にビッカース圧痕を打刻する。その後、観察面の組織を残して、表層のコンタミを研磨除去し、ナイタールエッチングする。次に、EBSD観察面と同一視野をSEMにより倍率3000倍で観察する。
【0055】
EBSD測定において、「パーライト、マルテンサイトおよび焼き戻しマルテンサイト」と判別された領域の内、粒内に下部組織を有し、かつ、セメンタイトが複数のバリアントを持って析出している領域を焼き戻しマルテンサイトと判断する。
セメンタイトがラメラ状に析出している領域をパーライトと判断する。
輝度が大きく、かつ下部組織がエッチングにより現出されていない領域をマルテンサイトと判断する。
それぞれの面積率を算出することで、焼き戻しマルテンサイト、パーライトおよびマルテンサイトのそれぞれの面積率を得る。
【0056】
なお、観察面表層のコンタミ除去については、粒子径0.1μm以下のアルミナ粒子を用いたバフ研磨、あるいはArイオンスパッタリング等の手法を用いればよい。
上述の測定を表面から100μm位置、表面から200μm位置および表面から板厚1/4位置において行うことで、各位置における金属組織の面積率を得る。
【0057】
本実施形態に係る熱延鋼板は、板厚1/4位置の金属組織において、旧オーステナイト粒の平均アスペクト比が1.0~3.0であることが好ましい。
また、板厚1/4位置の金属組織において、旧オーステナイト粒の平均粒径が5~40μmであることが好ましい。
【0058】
旧オーステナイト粒の平均アスペクト比:1.0~3.0
板厚1/4位置の金属組織において、旧オーステナイト粒の平均アスペクト比を1.0~3.0とすることで、特性において異方性を低減でき、結果として熱延鋼板の曲げ性をより高めることができる。
なお、旧オーステナイト粒のアスペクト比とは、旧オーステナイト粒の長軸を短軸で除した値であり、1.0以上の値をとる。アスペクト比が小さいほど、結晶粒は等軸状であり、大きいほど結晶粒は扁平となる。アスペクト比は特性の異方性の程度を表す指標となる。
【0059】
旧オーステナイト粒の平均粒径:5~40μm
板厚1/4位置の金属組織において、旧オーステナイト粒の平均粒径を5~40μmとすることで、曲げ性をより高めることができる。
【0060】
以下に、板厚1/4位置における旧オーステナイト粒の平均アスペクト比および平均粒径の測定方法について説明する。
熱延鋼板から、圧延方向に平行な板厚断面で、表面から板厚1/4位置における金属組織が観察できるように試験片を採取する。観察面をピクリン酸飽和水溶液で腐食することにより、旧オーステナイト粒界を現出させる。腐食処理した圧延方向に平行な断面の、表面から板厚1/4位置の拡大写真を、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて倍率1000倍で、100μm×100μmの視野を、5視野以上撮影する。各SEM写真に含まれる、少なくとも20個の、円相当径(直径)が2μm以上である旧オーステナイト粒の円相当径(直径)を画像処理により求める。これらの平均値を算出することにより、旧オーステナイト粒の平均粒径を得る。円相当径が2μm未満の旧オーステナイト粒が含まれる場合、これを除外して上述の測定を実施する。
【0061】
また、上述の各SEM写真に含まれる、少なくとも20個の、円相当径(直径)が2μm以上の旧オーステナイト粒の長軸および短軸を測定する。各旧オーステナイト粒について測定して得られた長軸と短軸との平均値を算出することで、旧オーステナイト粒の平均長軸と平均短軸とを得る。これらの比(平均長軸/平均短軸)を算出することで、旧オーステナイト粒の平均アスペクト比を得る。
【0062】
引張強さ:980MPa以上
本実施形態に係る熱延鋼板は、引張(最大)強さが980MPa以上であってもよい。引張強さを980MPa以上とすることで、適用部品が限定されることなく、車体軽量化への寄与を大きくすることができる。より好ましくは、引張強さは、1000MPa以上、1100MPa以上である。
上限は特に限定する必要は無いが、金型摩耗抑制の観点から、1470MPaとしてもよい。
【0063】
引張強さは、JIS Z 2241:2011の5号試験片を用いて、JIS Z 2241:2011に準拠して測定する。引張試験片の採取位置は、板幅方向中央位置とし、圧延方向に垂直な方向を長手方向とすればよい。
【0064】
R/t:1.5以下
本実施形態に係る熱延鋼板は、後述のVブロック法に準拠した試験により得られる限界曲げ半径Rと板厚tとの比R/tが1.5以下であってもよい。R/tが1.5以下であれば、優れた曲げ性を有する熱延鋼板であると判断することができる。
【0065】
R/tは次の方法により得る。
熱延鋼板の幅方向1/2位置から、100mm×30mmの短冊形状の試験片を切り出す。曲げ稜線が圧延方向(L方向)に平行である曲げ(L軸曲げ)について、JIS Z 2248:2006のVブロック法(曲げ角度θは90°)に準拠した試験を行う。亀裂の発生しない最小曲げ半径Rを求め、板厚tで除することで、限界曲げR/tを得る。
【0066】
ただし、亀裂の有無は、Vブロック90°曲げ試験後の試験片曲げ表面を拡大鏡や光学顕微鏡で10倍以上の倍率で亀裂を観察し、試験片の曲げ表面に観察される亀裂長さが0.5mmを超える場合に亀裂有と判断する。
【0067】
板厚:0.8mm超、8.0mm以下
本実施形態に係る熱延鋼板の板厚は特に限定されないが、0.8mm超、8.0mm以下としてもよい。熱延鋼板の板厚が0.8mm以下では、圧延完了温度の確保が困難になるとともに圧延荷重が過大となって、熱間圧延が困難となる場合がある。したがって、本実施形態に係る熱延鋼板の板厚は0.8mm超としてもよい。好ましくは1.2mm以上、または1.4mm以上である。
一方、板厚が8.0mm超では、上述した金属組織を得ることが困難となる場合がある。したがって、板厚は8.0mm以下としてもよい。好ましくは6.0mm以下である。
【0068】
めっき層
上述した化学組成および金属組織を有する本実施形態に係る熱延鋼板は、表面に耐食性の向上等を目的としてめっき層を備えさせて表面処理鋼板としてもよい。めっき層は電気めっき層であってもよく溶融めっき層であってもよい。電気めっき層としては、電気亜鉛めっき、電気Zn-Ni合金めっき等が例示される。溶融めっき層としては、溶融亜鉛めっき、合金化溶融亜鉛めっき、溶融アルミニウムめっき、溶融Zn-Al合金めっき、溶融Zn-Al-Mg合金めっき、溶融Zn-Al-Mg-Si合金めっき等が例示される。めっき付着量は特に制限されず、従来と同様としてよい。また、めっき後に適当な化成処理(例えば、シリケート系のクロムフリー化成処理液の塗布と乾燥)を施して、耐食性をさらに高めることも可能である。
【0069】
次に、本実施形態に係る熱延鋼板の好ましい製造方法について説明する。なお、本実施形態におけるスラブの温度および鋼板の温度は、スラブの表面温度および鋼板の表面温度のことをいう。
【0070】
本実施形態に係る熱延鋼板の好ましい製造方法は、以下の工程を備える。
上述の化学組成を有するスラブを1100~1250℃の温度域に加熱する。
粗圧延完了温度が1000~1100℃となるように粗圧延を行う。
以下の条件を満たすように、仕上げ圧延を行う。
(I)最終パスと、最終パスから1パス前のパスとの間の鋼板張力が2.0~5.0kg/mm2である。
(II)仕上げ圧延完了温度FTがAc3点+10℃~Ac3点+30℃である。
(III)最終パスの圧下率が20~40%である。
仕上げ圧延完了温度FT~Ms点の温度域の平均冷却速度がVc+10℃/s~Vc+40℃/sとなるように冷却する。
Ms点-200℃以下の温度域で冷却を停止し、その後巻き取る。
ただし、仕上げ圧延では、(IV)累積圧下率が75~95%である、という条件を満たすことがより好ましい。
以下、各工程について詳細に説明する。
【0071】
スラブの加熱温度:1100~1250℃
上述の化学組成を有するスラブを1100~1250℃の温度域に加熱することが好ましい。スラブの加熱温度が1100℃未満である場合、熱間圧延での変形抵抗が高く、圧延負荷が増大する場合がある。そのため、加熱温度は1100℃以上とすることが好ましい。
一方、加熱温度が1250℃超であると、旧オーステナイト粒が粗大化して、熱延鋼板の低温靭性が低下する場合がある。そのため、加熱温度は1250℃以下とすることが好ましい。
【0072】
なお、加熱するスラブは、製造コストの観点から連続鋳造によって生産することが好ましいが、その他の鋳造方法(例えば造塊法)で生産しても構わない。
【0073】
粗圧延完了温度:1000~1100℃
熱間圧延は、粗圧延と仕上げ圧延とに大別される。スラブを所望の寸法形状の粗バーとすると共に、仕上げ圧延完了温度を所望の範囲内に調整し易くするため、粗圧延完了温度が1000~1100℃となるように粗圧延を行うことが好ましい。
【0074】
仕上げ圧延
(I)最終パスと、最終パスから1パス前のパスとの間の鋼板張力:2.0~5.0kg/mm2
仕上げ圧延において、最終パスと、最終パスから1パス前のパスとの間の鋼板張力を2.0kg/mm2以上とすることで、圧延ロールと鋼板の表層領域との間に好ましく摩擦が生じ、表層領域に負荷的せん断ひずみを導入することができる。その結果、表面から200μm位置において、所望の金属組織を得ることができる。鋼板張力が5.0kg/mm2超であると、鋼板が破断し、安定して仕上げ圧延を行うことができない場合がある。
【0075】
鋼板張力の調整は、最終パスおよび/または最終パスから1パス前のパスの回転数を上昇させることにより調整してもよいし、ルーパーを上昇させることで調整してもよい。
【0076】
(II)仕上げ圧延完了温度FT:Ac3点+10℃~Ac3点+30℃
仕上げ圧延完了温度FTをAc3点+10℃以上とすることで、表面から200μm位置において、フェライトおよびベイナイトが多量に形成されることを抑制でき、結果として所望量のマルテンサイトおよび焼き戻しマルテンサイトを得ることができる。また、仕上げ圧延完了温度FTをAc3点+30℃以下とすることで、仕上げ圧延の最終パスの圧下で付与された表層領域のひずみが解放されることを抑制できる。その結果、表面から200μm位置におけるマルテンサイト量が過剰になることを抑制できる。
【0077】
本実施形態においてAc3点は、以下の式により表される。
Ac3=937.2-436.5×C+56×Si-19.7×Mn-16.3×Cu-26.6×Ni-4.9×Cr+124.8×V+136.3×Ti-19.1×Nb+198.4×Al+3315×B
上記式中の各元素記号は、当該元素の質量%での含有量を示し、含有しない場合は0を代入する。
【0078】
(III)最終パスの圧下率:20~40%
表面から200μm位置におけるマルテンサイトを所望量とするために、最終パスの圧下率を20~40%とすることが好ましい。圧下率を20%以上とすることで、表層領域に導入されるひずみ量が不足することなく、フェライト、ベイナイトおよびパーライト変態のための駆動力を十分に確保することができる。また、圧下率を40%以下とすることで、フェライト、ベイナイトおよびパーライト変態の駆動力が過剰となることを抑制できる。その結果、表面から200μm位置における金属組織を好ましく制御することができる。
【0079】
なお、仕上げ圧延の最終パスの圧下率は、最終パス前の鋼板の板厚t0を、最終パス後の鋼板の板厚t1で除する((1-t0/t1)×100)ことで得られる。
【0080】
(IV)累積圧下率:75~95%
この条件はより好ましい条件である。仕上げ圧延における累積圧下率は、仕上げ圧延前の鋼板の板厚tiを、仕上げ圧延完了後の鋼板の板厚tfで除する((1-ti/tf)×100)ことで得られる。仕上げ圧延の累積圧下率を75~95%とすることで、旧オーステナイト粒の平均粒径および平均アスペクト比を好ましく制御することができる。
【0081】
仕上げ圧延完了温度FT~Ms点の温度域の平均冷却速度:Vc+10℃/s~Vc+40℃/s
仕上げ圧延完了後、水冷により、オーステナイトからマルテンサイトへと変態する温度域まで冷却することで、所望の金属組織が得られる。平均冷却速度が遅すぎると、冷却の過程でフェライトおよび/またはベイナイトが生成して、熱延鋼板の強度が低下する場合がある。そのため、仕上げ圧延完了温度FT~Ms点の温度域の平均冷却速度はVc+10℃/s以上とすることが好ましい。また、平均冷却速度が速すぎると、表層領域において所望量のマルテンサイトが得られなくなる場合がある。結果として、優れた曲げ性が得られなくなる場合がある。結果として、表面から200μm位置における金属組織を好ましく制御することができない場合がある。そのため、仕上げ圧延完了温度FT~Ms点の温度域の平均冷却速度はVc+40℃/s以下とする。
上記平均冷却速度の水冷は、後述の冷却停止温度まで行うことが好ましい。
【0082】
ここでいう平均冷却速度とは、設定する範囲の始点と終点との温度差を、始点から終点までの経過時間で除した値とする。
なお、Vcは、上記式(1)~(3)により表される。
【0083】
Ms点は以下の式により表される。
Ms=561-474×C-33×Mn-17×Ni
上記式中の各元素記号は、当該元素の質量%での含有量を示し、含有しない場合は0を代入する。
【0084】
冷却停止温度(巻取り温度):Ms点-200℃以下
冷却停止温度はMs点-200℃以下とすることが好ましい。より好ましくはMs点-250℃以下であり、より一層好ましくはMs点-300℃以下である。冷却を停止した後は、巻取りを行う。
冷却停止温度の下限は特に限定しないが、室温(25℃)とすればよい。
【0085】
以上説明した方法により、本実施形態に係る熱延鋼板を製造することができる。必要に応じて、上述しためっき層を熱延鋼板の表面に形成してもよい。
【実施例】
【0086】
表1Aおよび表1Bに示す化学組成を有するスラブを連続鋳造により製造した。得られたスラブを用いて、表2Aおよび表2Bに示す条件により、表3Aおよび表3Bに示す熱延鋼板を製造した。表2Aおよび表2Bに記載の冷却停止温度まで冷却した後は直ちに巻取った。
【0087】
得られた熱延鋼板について、上述の方法により、板厚1/4位置、表面から200μm位置および表面から100μm位置における金属組織、引張強さ、並びに、R/tを測定した。また、上述の方法により行った引張試験より、全伸び(%)を得た。
得られた結果を表3Aおよび表3Bに示す。なお、鋼板張力は、最終パスと、最終パスから1パス前のパスとの間の鋼板張力を示す。また、Mはマルテンサイトを示し、TMは焼き戻しマルテンサイトを示し、Fはフェライトを示し、Bはベイナイトを示し、Pはパーライトを示す。一部の例については、フェライト、ベイナイトおよびパーライトが多量に生成したことにより、旧オーステナイト粒の形態が不明瞭となったため、板厚1/4位置における旧オーステナイト粒の平均アスペクト比および平均粒径を測定することができなかった。
【0088】
引張強さが980MPa以上であった場合、高い強度を有するとして合格と判定した。一方、引張強さが980MPa未満であった場合、強度に劣るとして不合格と判定した。
R/tが1.5以下であった場合、曲げ性に優れるとして合格と判定した。一方、R/tが1.5超であった場合、曲げ性に劣るとして不合格と判定した。
全伸びが8.5%以上であった場合、延性に優れるとして合格と判定した。
【0089】
【0090】
【0091】
【0092】
【0093】
【0094】
【0095】
表3Aおよび表3Bを見ると、本発明例に係る熱延鋼板は、高い強度および優れた曲げ性を有することが分かる。
一方、比較例に係る熱延鋼板は、上記特性のいずれか一つ以上が劣ることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0096】
本発明に係る上記態様によれば、高い強度および優れた曲げ性を有する熱延鋼板を提供することができる。