(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-04-15
(45)【発行日】2025-04-23
(54)【発明の名称】方向性電磁鋼板及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20250416BHJP
C21D 8/12 20060101ALI20250416BHJP
H01F 1/147 20060101ALI20250416BHJP
B23K 26/364 20140101ALI20250416BHJP
C22C 38/06 20060101ALN20250416BHJP
B23K 26/073 20060101ALN20250416BHJP
【FI】
C22C38/00 303U
C21D8/12 D
H01F1/147 183
B23K26/364
C22C38/06
B23K26/073
(21)【出願番号】P 2024514283
(86)(22)【出願日】2023-04-04
(86)【国際出願番号】 JP2023013949
(87)【国際公開番号】W WO2023195470
(87)【国際公開日】2023-10-12
【審査請求日】2024-07-18
(31)【優先権主張番号】P 2022062619
(32)【優先日】2022-04-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【識別番号】100195213
【氏名又は名称】木村 健治
(72)【発明者】
【氏名】安田 雅人
(72)【発明者】
【氏名】濱村 秀行
(72)【発明者】
【氏名】森重 宣郷
(72)【発明者】
【氏名】高橋 克
(72)【発明者】
【氏名】杉山 公彦
【審査官】鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】特開平05-258935(JP,A)
【文献】特開2012-077380(JP,A)
【文献】国際公開第2019/156127(WO,A1)
【文献】特表2018-508647(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2015-0062034(KR,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 8/12, 9/46
C22C 38/00-38/60
H01F 1/12- 1/38, 1/44
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面に複数の溝を有する母材鋼板と、前記母材鋼板の表面にグラス被膜とを備える方向性電磁鋼板において、
前記母材鋼板の圧延方向及び板厚方向に直交する方向と、前記溝の長手方向との成す角θが40°以下、前記溝の幅Wが20μm以上300μm以下、前記溝の深さDが10μm以上40μm以下、前記圧延方向における前記溝の間隔Pが1.0mm以上30.0mm以下であり、
前記溝の長手方向と直交する断面において、前記溝の凹部表面のグラス被膜内部に、長軸1μm以上20μm以下の微細粒が1.0個以上存在することを特徴とする方向性電磁鋼板。
【請求項2】
前記微細粒の結晶方位は隣接する前記母材鋼板の結晶方位であるゴス方位から5°以上異なることを特徴とする請求項1に記載の方向性電磁鋼板。
【請求項3】
請求項1または2に記載の方向性電磁鋼板の製造方法であって、
鋼板の表面にレーザを照射して溝を形成する溝形成工程
、次工程として前記鋼板を脱炭焼鈍する脱炭焼鈍工程を含み、
前記溝形成工程におけるレーザ光の照射条件として、レーザ光の圧延方向における集光スポット径dLと、板幅方向における集光スポット径dCが式(1)を満たすことを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。
0.010≦dL/dC≦1.000 ・・・ 式(1)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、方向性電磁鋼板に関するものである。
【背景技術】
【0002】
方向性電磁鋼板は、冷間圧延処理と焼鈍処理との組み合わせによって、結晶粒の磁化容易軸と圧延方向とが一致するように結晶方位が制御された鋼板である。
【0003】
方向性電磁鋼板の鉄損の一種である渦電流損を低減する技術として、結晶方位が制御された母材鋼板の表面に絶縁被膜を形成することが知られている。絶縁被膜は、電気的絶縁性だけでなく、張力及び耐錆性等を母材鋼板に与える役割も担っている。
【0004】
また、渦電流損を低減するための他の方法として、圧延方向に交差する方向に形成された歪み領域や溝を、圧延方向に沿って所定間隔で形成することにより、180°磁区の幅を狭くする(180°磁区の細分化)磁区制御法が知られている。磁区制御法は、歪みを方向性電磁鋼板の母材鋼板に与える方法と、母材鋼板に張力をかけられる被膜が存在する母材鋼板の表面に溝を形成する方法とに分類される。
【0005】
溝による磁区制御を施した方向性電磁鋼板を用いることにより、変圧器の鉄心(巻コア)を製造して、歪み取り焼鈍処理を実施しても溝が消失しないので、磁区細分化効果を維持することができる。そのため、巻きコアに対しては、渦電流損を低減する方法として溝形成による磁区制御法が採用されることがある。
【0006】
図1は、溝を形成した電磁鋼板の概略を示す図である。
図1では、母材鋼板1の表面に、複数の溝2が母材鋼板1の圧延方向に間隔をおいて形成された状態を示している。
図1において、符号θは、母材鋼板1の圧延方向及び板厚方向に直交する方向(板幅方向)と溝2の長手方向との成す角を示す。符号Wは溝2の幅を示し、符号Dは溝2の深さを示し、符号Pは圧延方向に隣り合う溝2の間隔を示す。
【0007】
電磁鋼板に溝を形成する方法は種々提案されている。例えば特許文献1には、電解エッチングによって方向性電磁鋼板の鋼板表面に溝を形成する電解エッチング法が開示されている。例えば特許文献2には、方向性電磁鋼板の鋼板表面に機械的に歯車をプレスすることにより、鋼板表面に溝を形成する歯車プレス法が開示されている。
【0008】
しかしながら、電解エッチングによる方法は、マスキング、エッチング処理、マスク除去の工程が必要であり、機械的方法に比べて工程が複雑になる問題がある。歯車プレスによる方法は、電磁鋼板の硬度が高いため歯形が短期間で摩耗する。更に高速処理という観点では、一般的な鉄鋼製造プロセスで要求されるようなライン速度100mpm以上を実現することは困難である。
【0009】
また、例えば特許文献3には、レーザ照射により方向性電磁鋼板の鋼板表面のレーザ照射部を溶融及び蒸発させるレーザ照射法が開示されている。レーザ照射法は、歯形の摩耗や工程が複雑になる問題がなく、高速処理も可能である。
【0010】
レーザ照射法においても、溝を形成する工程がいくつか開示されている。例えば、特許文献4には冷延鋼板にレーザ照射法で溝を形成することが提案されているが、冷延鋼板にレーザ照射した場合、最終製品において、溝下部にフォルステライトからなるグラス被膜が形成する。グラス被膜は非磁性の酸化物であるため、鋼板の磁束密度が低下し、それによる鉄損の劣化が問題であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特公昭62-54873号公報
【文献】特公昭62-53579号公報
【文献】特開2003-129135号公報
【文献】国際公開公報第2019/156127号
【文献】国際公開公報第2011/007771号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は上記の実情を鑑み開発されたものであり、冷延鋼板にレーザ溝(レーザ照射により形成された溝)を形成する磁区制御において、鉄損を一層改善した方向性電磁鋼板を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記課題の解決に向けて鋭意検討を重ねた。レーザ溝形成時のレーザ照射条件の検討を繰り返す中で、溝表面に形成されたグラス被膜内部に微細粒が存在すると鉄損が改善することを見出した。本発明は、この知見を基に成したものであり、その要旨は次の通りである。
【0014】
[1]
本発明の一態様に係る方向性電磁鋼板は、表面に複数の溝を有する母材鋼板と、前記母材鋼板の表面に形成されたグラス被膜とを備える。前記母材鋼板の圧延方向及び板厚方向に直交する方向と、前記溝の長手方向との成す角θが0~40°であり、前記溝の幅Wが20~300μmであり、前記溝の深さDが10~40μmであり、前記圧延方向における前記溝の間隔Pが1~30mmである。前記各溝の凹部表面のグラス被膜内部に長軸1μm以上20μm以下の微細粒が前記溝の長手方向と直交する断面において1個以上存在することを特徴とする方向性電磁鋼板。
[2]
前記[1]の方向性電磁鋼板において、前記溝の凹部表面のグラス被膜内部の微細粒の結晶方位は隣接する母材の結晶方位であるゴス方位から5°以上ずれていることを特徴とする方向性電磁鋼板。
[3]
本発明の一態様に係る方向性電磁鋼板の製造方法は、上記[1]または[2]に記載の方向性電磁鋼板を製造する方法であって、冷延鋼板の表面にレーザを照射して溝を形成する溝形成工程を含み、レーザ光の照射条件として、レーザ光の圧延方向における集光スポット径dLと、板幅方向における集光スポット径dCが式(1)を満たすことを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。
0.010≦dL/dC≦1.000 ・・・ 式(1)
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、磁区細分化効果を十分に発揮させることができ、鉄損の良好な方向性電磁鋼板を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】
図1は、表面に溝が形成された電磁鋼板の一例を示す模式図である。
【
図2】
図2は、溝の凹部表面のグラス被膜中に存在する微細粒のSEM-EBSDによるND方向からのIPFマップの一例を示す図である。
【
図3】
図3は、溝の凹部表面のグラス被膜中に存在する微細粒のSEM-EBSDによるSEM像の一例を示す図である。
【
図4】
図4は、溝の凹部表面のグラス被膜の断面の一例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明者らは、磁区細分化効果を最大限に発現するための検討を重ねたところ、溝の凹部表面のグラス被膜中に微細粒を形成することで磁区細分化効果を最大限、享受できることを見出した。以下、本発明の実施形態に係る方向性電磁鋼板(以下、本電磁鋼板と称する)の構成について説明する。
【0018】
本電磁鋼板は、表面に複数の平行に配置された溝を有する母材鋼板と、母材鋼板の表面に形成されたグラス被膜とを備える(
図1~
図4参照)。本電磁鋼板において、グラス被膜の表面に張力被膜(絶縁被膜)が形成されていてもよい。
図1に示すように、母材鋼板の表面において、複数の溝は、母材鋼板の圧延方向に隣り合うように概ね平行に形成されている。溝の方向(角度θ)、溝の幅W、深さD、及び間隔Pは、通常の方向性電磁鋼板と同様、鉄損を考慮して決定する。
【0019】
<母材鋼板の圧延方向と溝の長手方向との成す角度θ>
母材鋼板の圧延方向及び板厚方向に直交する方向(板幅方向)と溝の長手方向との成す角θは、大きすぎると磁区制御効果がなく、鉄損改善効果が得られなくなるので、40°以下とする。角θは小さい方が好ましく、35°以下、30°以下、25°以下、20°以下、15°以下、10°以下、8°以下、6°以下、または5°以下にするとよい。角θの下限は0°、つまり溝の長手方向は板幅方向に平行であるときである。なお、角度θの方向は不問であり、溝の長手方向と板幅方向が成す角のうち鋭角側の角度を指す。母材鋼板の表面に複数の溝が概ね平行に配置されているが、溝ごとの角θが、前記したような範囲であればよい。
【0020】
<溝幅W>
溝幅Wは、溝の長手方向に垂直な面での溝の断面(溝断面)において、母材鋼板表面における溝の幅を指す。溝幅Wは、20μm未満で狭すぎても磁極の発生起点にならず、磁区制御効果がなく、良好な鉄損が得られない。一方で、300μmを超えて広すぎると磁極の発生起点にならず、磁区制御効果がなく、磁束密度のみが著しく低下してしまい、良好な鉄損が得られない。そのため、溝幅Wは20μm以上、300μm以下とするとよい。溝幅Wの下限は、好ましくは25μm、30μm、または35μmにするとよい。溝幅Wの上限は、好ましくは250μm、200μm、150μm、100μm、または80μmとするとよい。
【0021】
<溝深さD>
溝深さDは、10μm未満で浅すぎる場合は、磁極の起点にならず磁区制御効果がなく、良好な鉄損が得られない。一方、40μmを超えて深すぎる場合は、磁区制御効果は飽和に達してしまい、磁束密度のみが著しく低下するため、良好な鉄損が得られない。そのため、溝深さDは、10μm以上、40μm以下とするとよい。溝深さDの下限は、好ましくは11μm、12μm、13μm、14μm、または15μmにするとよい。溝深さDの上限は、好ましくは38μm、36μm、34μm、32μm、30μm、28μm、または26μmとするとよい。
【0022】
<溝間隔P>
溝間隔Pは、母材鋼板表面において概ね平行に配置された溝の隣接する溝の長手方向中心線の間隔であり、母材鋼板の圧延方向の距離を指す。溝の中心線とは、溝断面において母材鋼板表面における溝の中点を通る、溝の長手方向に平行な線である。
【0023】
溝間隔Pは、1mm未満で狭すぎる場合は磁区制御効果が飽和し、磁束密度だけが著しく低下するので、良好な鉄損が得られない。一方、30mmを超えて広すぎる場合は、磁区制御効果が十分に得られず、良好な鉄損が得られない。そのため、溝間隔Pは1mm以上、30mm以下であるとよい。溝間隔Pは等間隔でなくてもよいが、隣接する溝との溝間隔Pは、前記範囲であるとよい。溝間隔Pの下限は、好ましくは1.2mm、1.4mm、1.5mm、1.6mm、1.8mm、または2.0mmであるとよい。溝間隔Pの上限は、好ましくは25mm、20mm、15mm、10mm、7mm、または5mmであるとよい。
【0024】
<溝の凹部表面のグラス被膜中の微細粒>
本電磁鋼板における、溝の凹部表面のグラス被膜中の微細粒について説明する。
図2~
図4は、本電磁鋼板の溝部の断面図であり、より詳細には、溝の長手方向に直交する断面で溝を含む領域を見た図である。
【0025】
本電磁鋼板では、母材鋼板表面に形成された溝の凹部表面のグラス被膜の内部に微細粒を存在させるように制御する。具体的には、
図2に示すように、溝の凹部表面のグラス被膜内に長軸1μm以上20μm未満の微細粒を有するように制御する。更に、当該の微細粒の結晶方位が母材の結晶方位であるゴス方位から5°以上異なるように制御する。
【0026】
溝の凹部表面のグラス被膜の微細粒の観察は、
図2に示すように、溝の長手方向に直交する溝の断面(溝断面)を、鏡面研磨及び電解研磨し、SEM-EBSD(Electron BackScattered Diffraction Pattern:電子線後方散乱回折)にてインバースポールフィギュア(IPF)マップ(結晶方位マップ)を取得し、グラス被膜6中の微細粒4を確認することができる。SEM及びEBSDの測定は、公知の条件を適用でき、測定視野や観察倍率、EBSD測定ステップは、溝や微細粒の大きさに合わせて適宜調整すればよい。
図2のIPFマップにおいて、グラス被膜6と溝2との界面が確認し難い場合は、例えば同視野のSEM像にて、その界面を確認することができる。
図3は、
図2と同視野のSEM像を示す。
図4は、この溝断面を模式的に示したものである。なお、
図2及び
図3において、母材3中に島状の黒い部分6’はグラス被膜である。グラス被膜自体は母材中に根がはるように存在しており、これらグラス被膜(島状に見える部分も含めて)の下面の包絡線と溝との界面の間がグラス被膜と考えて差し支えない。上記説明したように、EBSDのIPFマップにより、グラス皮膜中の微粒子を特定することができ、更にその微粒子の結晶方位と母材ゴス方位とを確認することができる。
【0027】
溝の凹部表面のグラス被膜内部の微細粒が鉄損を低減する理由は次のように考えられる。方向性電磁鋼板における磁区細分化は、鋼板表面に生じた磁極により静磁エネルギーが高くなり、これを解消するために新たに180°磁壁が生成して磁区幅が狭くなることで実現する。磁区幅が狭くなると鋼板が磁化された際の磁壁の移動距離が短くなり、磁壁移動時のエネルギーロスが低減し、すなわち鉄損が低減される。このため、磁区細分化には磁極の生成が必要であり、鋼板と透磁率の異なる物質の界面を造ることが必要である。溝の凹部表面のグラス被膜内部の微細粒は磁極発生の起点となり、磁区細分化を促すことで鉄損を低減すると考えられる。
【0028】
溝の凹部表面のグラス被膜内部の微細粒の長軸が長くなると、磁気特性が著しく劣化してしまう可能性があるため、微細粒の長軸は20μm以下であるとよい。好ましくは、微細粒の長軸の上限は、19μm、18μm、17μm、16μm、15μm、14μm、13μm、12μm、11μm、10μm、または9μmにするとよい。微細粒の長軸長の下限は特に限定しないが、SEM-EBSDの空間分解能から1μm以上にしてもよい。
【0029】
また、微細粒は圧延方向に対して扁平な形状である方がよい。微細粒が扁平な形状の方が、磁極発生が効率的に実現されると考えられるからである。従って、溝断面で観察される微細粒は、長軸(微細粒の最大長さ:La)と短軸(長軸に垂直方向における微細粒の最大長さ:Lb)との比(アスペクト比=長軸長さLa/短軸長さLb)が1.0より大きいとよく、好ましくは1.1以上、更に好ましくは1.2以上であるとよい。
【0030】
微細粒は、各溝の凹部表面のグラス被膜中に微細粒が1個以上存在すれば、磁極の生成がなされ、磁区細分化効果を得られる。従って、複数の微細粒が線状に並ぶ必要はなく、微細粒が1個でもあれば優れた磁気特性を実現することができる。各溝に磁極の発生起点があればよく、各溝の凹部表面のグラス被膜に存在する微細粒の個数の上限はない。すなわち、溝形状と溝凹部グラス被膜中の微細粒を精密に制御することで、効率的に磁極を発生させ、優れた磁区細分化効果を得ることができると考えられる。
各溝の凹部表面のグラス被膜中の微細粒の個数は、電磁鋼板表面から任意の溝を少なくとも一つ選択し、選択した溝において任意の溝断面を10箇所選択し、選択した溝断面10箇所を上記に説明したようにSEM-EBSDにて観察し、10箇所の溝断面での微細粒の個数の平均値とする。その個数が1.0個以上であればよい。
【0031】
また、微細粒が磁極の発生起点となるためには、溝の凹部表面のグラス被膜内部の微細粒と隣接する母材の結晶方位であるゴス方位{110}<001>(以下「母材ゴス方位」と呼ぶ場合がある。)からの方位差が5°以上あるとよい。方位差が5°未満の場合、母材ゴス方位との方位差が小さすぎて、磁極の発生起点にならない可能性があるためである。また、磁極の発生起点となればよいので、微細粒と母材の結晶方位差の上限は限定されない。
【0032】
<製造方法>
はじめに、公知の方法により、本電磁鋼板用の冷延鋼板を製造する。鋼板成分や冷延鋼板の製造方法は特に限定されるものではなく、公知の方法、例えば特許文献5に記載の鋼板成分や鋼板製造方法を採用することができる。
ただし、レーザ照射による溝形成を行う溝形成工程は、冷間圧延後であって脱炭焼鈍工程以前とすることが好ましい。レーザ照射により形成された溝の形状が冷間圧延されずに脱炭焼鈍及び仕上焼鈍されるので、溝形状の制御性が向上する。
【0033】
<レーザ照射条件>
溝形成工程について説明する。冷延鋼板にレーザを照射することにより、鋼板表面に圧延方向に交差する方向に複数の溝を溝幅W、溝深さD、所定間隔(溝間隔P)が規定の範囲になるように形成する。レーザ照射条件のうちレーザ光源の種類、レーザ出力、レーザ走査速度、レーザ照射時の鋼板移動速度は特に限定しないが、溝幅W、溝深さD、溝の所定間隔(溝間隔P)が規定の範囲になる条件を適宜選択すればよい。
【0034】
[レーザ光源]
レーザ光源としては、例えばファイバレーザ、YAGレーザ、半導体レーザ、またはCO2レーザ等の一般的に工業用に用いられる高出力レーザが使用できる。溝を安定的に形成することができれば、パルスレーザでも連続波レーザでもよい。
【0035】
[レーザ出力]
レーザ出力が200W未満では、所望の溝を形成するためにはレーザ走査速度が著しく低下して、工業生産性が低下するため、200W以上とするとよい。好ましくは1000W以上、更に好ましくは1500W以上であるとよい。また、レーザ出力が3000W超の場合、電源容量が大きくなり、設備コストが莫大となるため、工業的に現実的ではないため、3000W以下とするとよい。好ましくは2800W以下、更に好ましくは2500W以下であるとよい。
【0036】
[レーザ走査速度]
レーザ走査速度が5m/s未満の遅い場合は、鋼板の通板速度を遅くする必要があり生産性が低下するため、5m/s以上とする。好ましくは20m/s以上、更に好ましくは40m/s以上であるとよい。また、レーザ走査速度が100m/s超の速い場合は、その分、高出力が必要となり設備コストが増大するため、100m/s以下とするとよい。好ましくは80m/s以下、更に好ましくは60m/s以下であるとよい。
【0037】
[レーザ光集光スポット形状]
レーザ光の集光スポット形状は、母材鋼板表面において、円形または板幅方向にやや広がった楕円形にするとよい。あまり広がり過ぎないように、例えばレーザ光の圧延方向における集光スポット径;dL、レーザ光の板幅方向における集光スポット径;dCとが、式(1)を満たすとよい。例えばレーザ光の圧延方向の集光スポット径dLを5~100μmに、板幅方向の集光スポット径dCを5~100μmに、レーザ出力を200~3000Wに、レーザ走査速度Vを5~100m/sにするとよい。
【0038】
0.010≦dL/dC≦1.000 ・・・ 式(1)
dL/dCが1.000よりも大きい場合、レーザスポット径が圧延方向に長楕円型となり、レーザ溝形状の制御が困難になる。
dL/dCが0.010よりも小さい場合、レーザスポット径が板幅方向に超長楕円となり、この場合もレーザ溝形状の制御が困難になるからである。
【0039】
更に、本発明者らは実験を繰り返し、dL/dCが溝凹部表面の溶融層の厚さに影響することを見出した。より具体的には、本発明のように集光スポット形状が鋼板幅方向に適度な楕円形状である場合、dL/dCが小さくなると溝凹部表面の溶融層厚が適度に厚くなることを確認した。レーザスポット形状を板幅方向に適度に長い楕円型にすると、板幅方向に対してレーザ光を40°以下の角度で連続して照射した際に、レーザ照射による熱が溝形成方向へ伝わりやすくなり、溝凹部表面に形成される柱状結晶の制御性が向上するためと考えられる。
【0040】
微細粒の生成機構については後述するが、溶融層の厚さは微細粒の生成に強く影響するため、厚くなり過ぎない方が好ましい。更に、溶融層厚が厚くなり過ぎると脱炭焼鈍(一次焼鈍)において母材からの再結晶だけでなく、溶融層内からも再結晶するため、母材からの再結晶粒とは異なる方位の結晶粒が生成する。溶融層内で再結晶した結晶が多く存在すると,仕上げ焼鈍(二次焼鈍)でゴス方位の優先成長いわゆる二次再結晶に悪影響を及ぼし,電磁鋼板特性の劣化につながる。そのため、溶融層厚は厚くなり過ぎないように、すなわちdL/dCが小さくなり過ぎないように制御する必要がある。
【0041】
従って、式(1)の関係を満たすことが望ましい。dL/dCの下限は0.01とするが、好ましくは0.015、0.020、0.025、0.030、0.035、0.040、0.045、または0.050であるとよい。dL/dCの上限は1(円形スポット)であるが、レーザスポット形状をできれば板幅方向に適度に長い楕円形にするとよく、好ましくは0.980、0.960、0.940、0.920、0.900、0.880、0.860、0.840、0.820、0.800、0.750、0.700、0.650、0.600、0.550、または0.500とするとよい。
【0042】
以上の溝形成工程において鋼板上のレーザ照射部に溝を形成し、その溝の凹部表面の溶融層の厚みを制御することができ、続く再結晶焼鈍処理で微細粒を核生成させることができ、上述したような溝の凹部表面のグラス被膜内部に微細粒が存在させることができる。
【0043】
溝の凹部表面のグラス被膜内部の微細粒の生成機構は以下のように考えられる。レーザ照射により冷延鋼板(母材鋼板)のレーザ照射部は溶融して溝を形成し、溝の表面部分では溶融した後凝固過程において結晶が配向成長するため、冷延鋼板(母材)側から柱状結晶が生成する。冷延鋼板の溝表面に存在する柱状結晶は、次工程の脱炭焼鈍で冷延鋼板の内部組織から再結晶する結晶粒に多くが蚕食される。一方で、冷延鋼板表面からは内部酸化層が内層に向かって形成し、柱状結晶が酸化物で覆われバリアされるような形になるため、酸化物がピン留めとして機能し、鋼板内部から再結晶する結晶粒に蚕食されにくくなる。その結果、柱状結晶の一部は内部酸化層内に存在し、蚕食されることなく微細粒として残存する。続く二次再結晶においても、内部酸化層はグラス被膜となり、グラス被膜中の微細粒は二次再結晶で優先成長するゴス方位に蚕食されることなく、最終製品まで残存する。
【0044】
前述したように、上記の微細粒生成機構から考えても、溶融層厚が厚いと残存する微細粒のサイズも大きくなることは明らかである。更に溶融層厚が厚くなり過ぎると、前述したように、溶融層内からも再結晶粒が多く生成し,二次再結晶に悪影響,具体的にはゴス方位の優先成長を阻害するため、溶融層厚を制御することは重要である。
【0045】
dL及びdCが規定する関係を満足する場合、溶融層厚は厚くなり過ぎず、柱状結晶が微細となる。微細な結晶粒であれば、表面から内層までの酸化物形成の距離が短く、鋼板内部からの再結晶粒が成長して、表層の柱状結晶を蚕食するよりも先にピン留め酸化物が形成し、残存しやすくなる。ここで残存した微細粒は1200℃の高温焼鈍の二次再結晶においても、蚕食されない。これは、内部酸化層は高温焼鈍でグラス被膜に変質するため、変わらず酸化物のピン留めが機能し、蚕食されないためと考えられる。
【0046】
dL及びdCが規定する関係を満足すれば集光スポット径は特に限定しないが、残存する再結晶粒を微細にする観点から、集光スポット径も小さい方が好ましい。集光スポット径は電磁鋼板の他の特性との関係から選択するとよく、現実的にはdCの上限は300μm、好ましくは250μm、200μm、150μm、または100μmとするとよい。
【0047】
[アシストガス]
レーザ光の照射と同時に、アシストガスを、レーザ光が照射される鋼板の部位に吹き付けてもよい。アシストガスは、レーザ照射によって鋼板から溶融または蒸発した成分を除去する役割を担う。アシストガスの吹き付けにより、レーザ光が安定的に鋼板に到達するため、溝が安定的に形成される。アシストガスの流量は、例えば、毎分10~1000リットルとすることが好ましい。
また、アシストガスは、空気または不活性ガスが好ましい。
【0048】
<溝形成後の工程>
冷延鋼板に溝を形成した後は、公知の方法で、冷延鋼板を脱炭、窒化後、MgOを主体とする焼鈍分離剤を塗布し、加熱、保定後冷却し、グラス被膜を形成する。
【0049】
脱炭条件は、公知の条件を採用することができるが、鉄損のさらなる低減には、グラス被膜形成挙動をより精密に制御することが有効である。例えば、850℃まで昇温した後、60秒保定した後冷却し、脱炭雰囲気は水素-不活性ガス雰囲気で酸素ポテンシャル(PH2O/PH2)を0.15~0.80の範囲とするのが好ましく、特に0.30~0.60の範囲で良好な特性が得られる。
【0050】
更に、脱炭焼鈍の昇温工程条件を制御することで、続く脱炭焼鈍工程において溝凹部の柱状結晶における内部酸化を促進し、続く仕上焼鈍工程において、グラス被膜中に微細粒を安定して確保することが可能となる。例えば、脱炭焼鈍の昇温過程において200~700℃の滞留時間は、好ましくは50sec以下にするとよい。滞留時間が50sec以下であれば、引き続く脱炭焼鈍均熱過程において内部酸化が促進されるので好ましい。また、脱炭焼鈍の昇温過程における酸素ポテンシャル(PH2O/PH2)も、好ましくは0.80以下であり、更に好ましくは0.60以下であるとよい。0.80以下であれば、引き続く脱炭焼鈍均熱過程において内部酸化が促進され易くなるので好ましい。
【0051】
窒化も公知の方法を採用することができ、窒化量は、例えば50~400ppmの範囲とすることができるが、特に180~250ppmの範囲で良好な特性が得られる。
例えば例えば
【0052】
グラス被膜は、焼鈍分離剤を塗布した鋼板をコイル状に巻き取って、1150~1250℃で10~30時間保定(仕上焼鈍)したのち冷却する工程で形成される。焼鈍分離剤の組成は公知のものを採用することができ、例えば、MgO:100質量部、TiO2:5質量部とし、添加物としては、例えばFeCl2を塩素で200ppmとなるよう添加したものとすることができる。鉄損のさらなる低減のために、仕上焼鈍における焼鈍分離剤からの水分放出率(室温~700℃)は、好ましくは0.5%以上6.0%以下であるとよい。水分放出率が0.5%以上6.0%以下であれば、仕上焼鈍の昇温過程において、鋼板表面側への内部酸化層の凝集が抑制され、グラス被膜中の微細粒の形成が促進される。
【0053】
グラス被膜のみでも鋼板に張力を付与できるが、磁区制御効果を高めるため、グラス被膜の上に張力被膜(絶縁被膜)を形成してもよい。張力被膜は、例えば、リン酸アルミニウムを主成分とするものを使用することができ、厚さを約1μmとすることができる。
【実施例】
【0054】
次に本発明の実施例について説明する。実施例は、本発明の一実施態様であり、本発明はこの態様に限定されるものではない。
【0055】
<実施例1>
Si:3.3質量%、Mn:0.10質量%、S:0.006質量%、C:0.060質量%、酸可溶解Al:0.027質量%、N:0.008質量%を含んだスラブを公知の方法にて熱間圧延、熱延板焼鈍、冷間圧延の順に行い、最終板厚0.22mmの鋼板を得た。
【0056】
続いて、レーザ出力を1800から2000W、レーザ走査速度を40から60m/sに調整して、鋼板の表面にレーザを照射し、表1に示すレーザ溝を形成した。この時、レーザ光の圧延方向における集光スポット径dLを3~1000μm、レーザ光の板幅方向における集光スポット径dCを3~800μmの範囲で調整し、集光スポットのアスペクト比(dL/dC)を表1に示すように調整した。
【0057】
形成された溝は、溝角度θを鋼板の板幅方向に対して圧延方向に0~80°傾斜した方向とし、溝深さDを5~50μm、溝間隔Pを0.4~50mm、溝幅Wを10~350μmとした。
【0058】
また、レーザ照射の際、レーザにより溶融、蒸発した鋼板の金属を効率的に除去するためにアシストガスとして空気を100リットル/分で吹き付けた。
【0059】
溝を形成した冷延鋼板を脱炭し、更に窒化処理を施した。脱炭条件は、850℃まで昇温した後、60秒保定して冷却した。脱炭雰囲気は水素-窒素雰囲気で、PH2O/PH2を0.33とした。また、窒化量は200ppmとした。
【0060】
その後、MgOを主体とする焼鈍分離剤を、塗布量が片面4g/m2となるよう塗布した。焼鈍分離剤の組成は、MgO:100質量部、TiO2:5質量部に対し、FeCl2を塩素換算で200ppmとなるよう添加した。
【0061】
続いて、焼鈍分離剤を塗布した鋼板をコイル状に巻き取って、1200℃で20時間保定したのち冷却し、表面にグラス被膜を形成した。更に、リン酸アルミニウムを主成分とする張力被膜を厚さ1μmとなるよう形成し方向性電磁鋼板を得た。この際の張力は、グラス被膜を含めて圧延方向に対して12MPaであった。
【0062】
張力絶縁被膜付与後の鉄損W17/50(1.7T、50Hzの励磁条件下で測定されたエネルギー損失)を測定した。その結果を表1に示す。符号B1~B20と符号b1~b11、b15、b16、b18、b19において、磁束密度はいずれも同程度であるのに対して、符号B1~B20では鉄損が0.750W/kg未満と良好であることが確認された。符号b12、b13、b14、b17については二次再結晶せず,微細粒の数はカウントできず、鉄損も磁束密度も著しく悪化した。
【0063】
<実施例2>
実施例1に記載のスラブを用いて、表2に示すレーザ光照射条件にて、表2に示すレーザ溝を形成した。表2に示すレーザ光照射条件及びレーザ溝形成状態以外は、実施例1に記載と同様の製造方法にて方向性電磁鋼板を製造した。溝の凹部表面のグラス被膜内部の微細粒の結晶方位が母材の結晶方位と5°以上ずれている符号C1~C10では、鉄損が0.730W/kg以下と更に良好であることが確認された。
【0064】
【0065】
【産業上の利用可能性】
【0066】
本発明は、例えばトランス用巻き芯など、方向性電磁鋼板を利用する産業用機器に利用することができる。
【符号の説明】
【0067】
1:鋼板
2:溝
θ:溝角度
W:溝幅
D:溝深さ
P:溝間隔
3:母材
4:微細粒
5:母材
6:グラス被膜
6’:グラス被膜
7:絶縁被膜
8:微細粒