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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-04-15
(45)【発行日】2025-04-23
(54)【発明の名称】ピロリシルtRNA合成酵素
(51)【国際特許分類】
   C12P 21/00 20060101AFI20250416BHJP
   C07K 1/02 20060101ALI20250416BHJP
   C12N 9/00 20060101ALI20250416BHJP
   C12N 15/52 20060101ALI20250416BHJP
   C12N 15/31 20060101ALI20250416BHJP
【FI】
C12P21/00 Z
C07K1/02
C12N9/00
C12N15/52 Z ZNA
C12N15/31
【請求項の数】 24
(21)【出願番号】P 2020539647
(86)(22)【出願日】2019-08-30
(86)【国際出願番号】 JP2019034233
(87)【国際公開番号】W WO2020045656
(87)【国際公開日】2020-03-05
【審査請求日】2022-08-19
(31)【優先権主張番号】P 2018163967
(32)【優先日】2018-08-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2019080459
(32)【優先日】2019-04-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2019134129
(32)【優先日】2019-07-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和1年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、「革新的先端研究開発支援事業インキュベートタイプ(LEAP)」「DOCKファミリー分子の生体機能と動作原理の理解に基づく革新的医薬品の創出」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110001139
【氏名又は名称】SK弁理士法人
(74)【代理人】
【識別番号】100130328
【弁理士】
【氏名又は名称】奥野 彰彦
(74)【代理人】
【識別番号】100130672
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 寛之
(72)【発明者】
【氏名】坂本 健作
(72)【発明者】
【氏名】山口 純
(72)【発明者】
【氏名】木村 史枝
(72)【発明者】
【氏名】横山 茂之
(72)【発明者】
【氏名】柳沢 達男
(72)【発明者】
【氏名】關 英子
(72)【発明者】
【氏名】倉谷 光央
【審査官】小田 浩代
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第09/038195(WO,A1)
【文献】特表2016-534099(JP,A)
【文献】特表2012-514979(JP,A)
【文献】国際公開第2010/083148(WO,A1)
【文献】芳坂貴弘,無細胞翻訳系における非天然アミノ酸の導入技術の開発とその応用,生化学,2007年,Vol. 79,pp. 247-253
【文献】YAMAGUCHI, A. et al.,Molecules,Vol. 23(10):2460,2018年09月26日,pp. 1-14
【文献】WILLIS, J. C. W. et al.,Nat. Chem.,2018年05月28日,Vol. 10,pp. 831-837
【文献】金森崇 ほか,無細胞タンパク質合成系の高度化と合成生物学への展開,生化学,2017年,Vol. 89,pp. 211-220
【文献】M9SC49_METAX,UniProt[online],2018年03月28日,URL: https://rest.uniprot.org/unisave/M9SC49?format=txt&versions=26,[retrieved on 2024.03.15]
【文献】A0A126QV54_9EURY,UniProt[online],2017年06月07日,URL: https://rest.uniprot.org/unisave/A0A126QV54?format=txt&versions=5,[retrieved on 2024.03.15]
【文献】横川 隆志,人工遺伝暗号表を利用するタンパク質の機能デザイン,科学研究費補助金研究成果報告書,2011年,URL: https://kaken.nii.ac.jp/ja/file/KAKENHI-PROJECT-20350075/20350075seika.pdf,[retrieved on 2024.03.15]
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07K 1/00-19/00
C12N 1/00-15/90
C12P21/00-21/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
UniProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ピロリシルtRNA合成酵素(PylRS)と、非天然型アミノ酸と、を接触させる工程を含む、非天然型アミノ酸含有ポリペプチドの生産方法であって、
前記PylRSは天然型又は変異型PylRSであり、前記天然型又は変異型PylRSは、配列番号5で示されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有し、且つピロリシルtRNA合成酵素活性を有する天然型又は変異型PylRSであり、又は配列番号10で示されるアミノ酸配列に対してY125A/M128Lの置換のみを有するアミノ酸配列を有し、且つピロリシルtRNA合成酵素活性を有する変異型PylRSであり、
前記接触は、前記PylRSを含有する非天然型アミノ酸導入系において行われ、前記非天然型アミノ酸導入系は、無細胞タンパク質合成系の反応溶液であり、前記反応溶液が、15μM以上の前記PylRSを含有する、生産方法。
【請求項2】
前記非天然型アミノ酸導入系は、PylRSとしてMmPylRSを用いた場合に比べて非天然型アミノ酸を1.5倍以上の効率でポリペプチドへ導入する、請求項1に記載の生産方法。
【請求項3】
前記非天然型アミノ酸導入系における前記反応溶液が、天然型とは異なる位置に終止コドンを有する遺伝子をコードするポリヌクレオチドを含む、請求項1又は2に記載の生産方法。
【請求項4】
前記接触は、5mg/mL以上の前記PylRSを含有する溶液と、非天然型アミノ酸と、を混合し、混合溶液を調製する工程を含む、請求項1~3いずれかに記載の生産方法。
【請求項5】
前記PylRSが、Methanomethylophilus属の生物由来のPylRSである、請求項1~4いずれかに記載の生産方法。
【請求項6】
前記PylRSが、Methanosarcina mazei由来のPylRSとアライメントしたときに、N末端側の少なくとも50アミノ酸が欠失したアミノ酸配列を有する、PylRSである、請求項1~5いずれかに記載の生産方法。
【請求項7】
前記PylRSが、Methanomethylophilus alvus由来の天然型又は変異型PylRSである、請求項1~5いずれかに記載の生産方法。
【請求項8】
前記PylRSが、Methanogenic archaeon ISO4-G1由来の変異型PylRSである、請求項1~4いずれかに記載の生産方法。
【請求項9】
前記非天然型アミノ酸が、リシン誘導体、チロシン誘導体、フェニルアラニン誘導体、トリプトファン誘導体、アルギニン誘導体、メチオニン誘導体、ロイシン誘導体、ヒスチジン誘導体、プロリン誘導体、システイン誘導体、スレオニン誘導体、セリン誘導体、アラニン誘導体、イソロイシン誘導体、バリン誘導体、グルタミン誘導体、グルタミン酸誘導体、アスパラギン誘導体、アスパラギン酸誘導体、グリシン誘導体、セレノシステイン誘導体、ピロリシン誘導体、キヌレニン誘導体、オルニチン誘導体、シトルリン誘導体、カナバニン誘導体、ジアミノピメリン酸、又はこれらいずれかのαヒドロキシ酸誘導体である、請求項1~8いずれかに記載の生産方法。
【請求項10】
前記非天然型アミノ酸含有ポリペプチドは、薬物と結合している、請求項1~9いずれかに記載の生産方法。
【請求項11】
PylRSと、非天然型アミノ酸と、を接触させる工程を含む、ポリペプチドへの非天然型アミノ酸の導入方法であって、
前記PylRSは天然型又は変異型PylRSであり、前記天然型又は変異型PylRSは、配列番号5で示されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有し、且つピロリシルtRNA合成酵素活性を有する天然型又は変異型PylRSであり、又は配列番号10で示されるアミノ酸配列に対してY125A/M128Lの置換のみを有するアミノ酸配列を有し、且つピロリシルtRNA合成酵素活性を有する変異型PylRSであり、
前記接触は、前記PylRSを含有する非天然型アミノ酸導入系において行われ、前記非天然型アミノ酸導入系は、無細胞タンパク質合成系の反応溶液であり、前記反応溶液が、15μM以上の前記PylRSを含有する、導入方法。
【請求項12】
前記非天然型アミノ酸導入系における前記反応溶液が、天然型とは異なる位置に終止コドンを有する遺伝子をコードするポリヌクレオチドを含む、請求項11に記載の非天然型アミノ酸導入系。
【請求項13】
15μM以上の、配列番号5で示されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有し、且つピロリシルtRNA合成酵素活性を有する天然型又は変異型PylRS、又は配列番号10で示されるアミノ酸配列に対してY125A/M128Lの置換のみを有するアミノ酸配列を有し、且つピロリシルtRNA合成酵素活性を有する変異型PylRSを含有する、無細胞タンパク質合成系の反応溶液。
【請求項14】
天然型とは異なる位置に終止コドンを有する遺伝子をコードするポリヌクレオチドを含有する、請求項13に記載の反応溶液。
【請求項15】
反応溶液中15μM以上の、配列番号5で示されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有し、且つピロリシルtRNA合成酵素活性を有する天然型又は変異型PylRS、又は配列番号10で示されるアミノ酸配列に対してY125A/M128Lの置換のみを有するアミノ酸配列を有し、且つピロリシルtRNA合成酵素活性を有する変異型PylRSと、非天然型アミノ酸と、を細胞外で接触させる工程を含む、非天然型アミノ酸含有ポリペプチドの生産方法。
【請求項16】
MmPylRSを用いた無細胞タンパク質合成系を利用した場合に比べて、非天然型アミノ酸導入効率が高い、請求項15に記載の生産方法。
【請求項17】
反応溶液中15μM以上の、配列番号5で示されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有し、且つピロリシルtRNA合成酵素活性を有する天然型又は変異型PylRS、又は配列番号10で示されるアミノ酸配列に対してY125A/M128Lの置換のみを有するアミノ酸配列を有し、且つピロリシルtRNA合成酵素活性を有する変異型PylRSと、非天然型アミノ酸と、を細胞外で接触させる工程を含む、ポリペプチドへの非天然型アミノ酸の導入方法。
【請求項18】
反応溶液中15μM以上の、配列番号5で示されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有し、且つピロリシルtRNA合成酵素活性を有する天然型又は変異型PylRS、又は配列番号10で示されるアミノ酸配列に対してY125A/M128Lの置換のみを有するアミノ酸配列を有し、且つピロリシルtRNA合成酵素活性を有する変異型PylRSと、非天然型アミノ酸と、tRNAと、を細胞外で接触させる工程を含む、非天然型アミノ酸が結合したtRNAの生産方法。
【請求項19】
5mg/mL以上の配列番号5で示されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有し、且つピロリシルtRNA合成酵素活性を有する天然型又は変異型PylRS、又は配列番号10で示されるアミノ酸配列に対してY125A/M128Lの置換のみを有するアミノ酸配列を有し、且つピロリシルtRNA合成酵素活性を有する変異型PylRSを含有する、溶液。
【請求項20】
請求項19に記載の溶液と、非天然型アミノ酸と、を混合し、混合溶液を調製する工程を含む、非天然型アミノ酸含有ポリペプチドの生産方法。
【請求項21】
前記混合溶液は、無細胞タンパク質合成系の反応溶液である、請求項20に記載の非天然型アミノ酸含有ポリペプチドの生産方法。
【請求項22】
請求項19に記載の溶液を無細胞タンパク質合成系の反応溶液に添加する工程を含む、ポリペプチドへの非天然型アミノ酸の導入方法。
【請求項23】
請求項19に記載の溶液を含む、ポリペプチドへの非天然型アミノ酸の導入剤。
【請求項24】
請求項19に記載の溶液を無細胞タンパク質合成系の反応溶液に添加する工程を含む、非天然型アミノ酸が結合したtRNAの生産方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ピロリシルtRNA合成酵素を使用した非天然型アミノ酸含有ポリペプチドの生産方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
アミノアシルtRNA合成酵素(aaRS)は、タンパク質合成に関わる酵素である。具体的には、アミノ酸をtRNAにエステル結合させることで、アミノアシルtRNAを合成する活性を有することが知られている。アミノアシルtRNAは、リボソームでタンパク質を構成するペプチド鎖の伸長に関与する分子である。
【0003】
アミノアシルtRNA合成酵素の1種であるピロリシルtRNA合成酵素(PylRS)を用いて、非天然型アミノ酸をタンパク質に導入する研究がされている。例えば、特許文献1には、Methanosarcina mazei (M. mazei)のPylRS(MmPylRS)を用いることによって、リシン誘導体のαヒドロキシ酸誘導体をタンパク質に導入したことが記載されている。特許文献2には、MmPylRSの変異体を用いることによって、リシン誘導体をタンパク質に導入したことが記載されている。特許文献3には、MmPylRSの変異体を用いて、抗体にZLys誘導体を導入したことが記載されている。またこの文献には、クリックケミストリーを用いて、ZLys誘導体導入抗体の化学修飾体を作製したことが記載されている。
【0004】
また、非特許文献1には、PylRSのN末端ドメインがin vivo活性に必要であることが記載されている。非特許文献2には、PylRSのN末端ドメインがtRNAに結合することが記載されている。非特許文献3には、PylRSのN末端ドメインとtRNAが相互作用していることが記載されている。
【0005】
非特許文献4には、MmPylRSがN末端ドメインを有し、一方でMethanomethylophilus alvus (M. alvus)のPylRS(MaPylRS)がN末端ドメインを有さないことが記載されている。また、MaPylRSを用いた大腸菌タンパク質合成系によって非天然型アミノ酸をタンパク質に導入したことが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】WO/2009/066761
【文献】WO/2009/038195
【文献】WO/2017/030156
【非特許文献】
【0007】
【文献】"The amino-terminal domain of pyrrolysyl-tRNA synthetase is dispensable in vitro but required for in vivo activity." Herring et al., FEBS Lett. 2007 Jul 10;581(17):3197-203.
【文献】"PylSn and the Homologous N-terminal Domain of Pyrrolysyl-tRNA Synthetase Bind the tRNA That Is Essential for the Genetic Encoding of Pyrrolysine" Jiang et al., J Biol Chem. 2012 Sep 21; 287(39): 32738-32746.
【文献】"Crystal structures reveal an elusive functional domain of pyrrolysyl-tRNA synthetase." Suzuki et al., Nat Chem Biol. 2017 Dec;13(12):1261-1266.
【文献】"Mutually orthogonal pyrrolysyl-tRNA synthetase/tRNA pairs." Willis et al., Nat Chem. 2018 May 28. doi: 10.1038/s41557-018-0052-5. [Epub ahead of print]
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記非特許文献4には、N末端ドメインを有さないMaPylRSを用いた場合であっても非天然型アミノ酸の導入ができたことが記載されているが、非特許文献4の大腸菌タンパク質合成系では、非天然型アミノ酸の導入効率が十分に高いとはいえなかった。
【0009】
上記非特許文献4には、非天然型アミノ酸の導入の有無と直交性の実験、非天然型アミノ酸の選択性の実験、1つのポリペプチドに異なる非天然型アミノ酸を導入する実験が記載されている。一方で、MmPylRSと比較したときの導入効率を顕著に上げる方法は何ら記載されていない。なお、MmPylRS発現のためのプロモーターにはglmSプロモーター(非高発現プロモーター)が使用されている。
【0010】
一方で、本願発明者は、MmPylRSを用いて、無細胞タンパク質合成系によって非天然型アミノ酸をタンパク質に導入することを試みた。しかしながら、無細胞タンパク質合成系に使用するためにMmPylRSを単離した結果、濃縮限界が4mg/mL以下であり、それよりも高濃度でMmPylRSを使用することができないことを発見した(実験例1、実施例2、3)。その結果、非天然型アミノ酸の導入効率を上げることはできなかった。
【0011】
また、本願発明者は、MmPylRSを用いて、大腸菌タンパク質合成系によって非天然型アミノ酸をタンパク質に導入することを試みた。このとき、MmPylRSを高発現プロモーターを使用して高発現させた。しかしながら、非天然型アミノ酸の導入効率は低かった(実施例9)。また、大腸菌の増殖の悪化も見られた。このことから、MmPylRSを用いた大腸菌タンパク質合成系において、PylRSの高発現は不適切であることがわかった。
【0012】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、効率的な非天然型アミノ酸含有ポリペプチドの生産方法、ポリペプチドへの非天然型アミノ酸の導入方法、非天然型アミノ酸が結合したtRNAの生産方法、非天然型アミノ酸導入系、又はそれらに使用する材料を提供すること等を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本願発明者は、後述の実施例に記載の通り、MaPylRSを初めて単離精製した。さらに、MaPylRS溶液を濃縮したところ、MaPylRSは濃縮限界が顕著に高く、高濃度のMaPylRS溶液を調製できることを発見した(実施例1、3)。このMaPylRSの濃縮限界は、MmPylRSの濃縮限界の5倍以上であり、予想外の結果であった。
【0014】
さらに、高濃度のMaPylRS溶液を用いて、無細胞タンパク質合成系によって非天然型アミノ酸をタンパク質に導入することを試みた(実施例3、6)。その結果、非天然型アミノ酸の導入効率が、MmPylRSと比較して予想外に顕著に高くなった。
【0015】
また、Fab抗体に導入したTCO*-Lysにクリックケミストリーで蛍光基質を反応させることを試みた(実施例8)。その結果、驚くべきことにわずか10分間で結合反応がほぼ完了していた。タンパク質は不安定な性質を有しているため、短い時間で反応を完了できたことは、画期的な結果であった。
【0016】
また、強いプロモーターの制御下にあるMaPylRS遺伝子を有するベクターを用いた大腸菌タンパク質合成系により、非天然型アミノ酸をタンパク質に導入することを試みた(実施例9~12)。その結果、非天然型アミノ酸の導入効率が、MmPylRSと比較して予想外に顕著に高くなった。
【0017】
即ち本発明の一態様によれば、Methanomassiliicoccales目又はThermoplasmatales目の生物のPylRSと、非天然型アミノ酸と、を接触させる工程を含む、非天然型アミノ酸含有ポリペプチドの生産方法であって、(a) MmPylRSを用いた無細胞タンパク質合成系を利用した場合に比べて高効率でポリペプチドへ非天然型アミノ酸を導入する工程、又は(b) glmSプロモーターの制御下にある上記PylRSの遺伝子を有するベクターを用いた大腸菌タンパク質合成系を利用した場合、及びglnSプロモーターの制御下にある上記PylRSの遺伝子を有するベクターを用いた大腸菌タンパク質合成系を利用した場合、に比べて高効率でポリペプチドへ非天然型アミノ酸を導入する工程、から選ばれる導入工程を含む、生産方法が提供される。この生産方法を用いれば、非天然型アミノ酸含有ポリペプチドを効率的に生産できる。なお、glmSプロモーター及びglnSプロモーター(Plumbridge and Soll, Biochimie. 1987 May;69(5):539-41.)は、高発現プロモーターに該当しないプロモーター(非高発現プロモーター)である。
【0018】
また本発明の一態様によれば、Methanomassiliicoccales目又はThermoplasmatales目の生物のPylRSと、非天然型アミノ酸と、を接触させる工程を含む、ポリペプチドへの非天然型アミノ酸の導入方法であって、(a) MmPylRSを用いた無細胞タンパク質合成系を利用した場合に比べて高効率でポリペプチドへ非天然型アミノ酸を導入する工程、又は(b) glmSプロモーターの制御下にある上記PylRSの遺伝子を有するベクターを用いた大腸菌タンパク質合成系を利用した場合、及びglnSプロモーターの制御下にある上記PylRSの遺伝子を有するベクターを用いた大腸菌タンパク質合成系を利用した場合、に比べて高効率でポリペプチドへ非天然型アミノ酸を導入する工程、から選ばれる導入工程を含む、導入方法が提供される。この導入方法を用いれば、ポリペプチドへ非天然型アミノ酸を効率的に導入できる。
【0019】
また本発明の一態様によれば、高濃度のMethanomassiliicoccales目又はThermoplasmatales目の生物のPylRSを含有する、非天然型アミノ酸導入系が提供される。この非天然型アミノ酸導入系を用いれば、非天然型アミノ酸含有ポリペプチドを効率的に生産できる。
【0020】
また本発明の一態様によれば、Methanomassiliicoccales目又はThermoplasmatales目の生物のPylRSを含有する、無細胞タンパク質合成系の反応溶液が提供される。この反応溶液を用いれば、非天然型アミノ酸含有ポリペプチドを効率的に生産できる。
【0021】
また本発明の一態様によれば、Methanomassiliicoccales目又はThermoplasmatales目の生物のPylRSと、非天然型アミノ酸と、を細胞外で接触させる工程を含む、非天然型アミノ酸含有ポリペプチドの生産方法が提供される。この生産方法を用いれば、非天然型アミノ酸含有ポリペプチドを効率的に生産できる。
【0022】
また本発明の一態様によれば、Methanomassiliicoccales目又はThermoplasmatales目の生物のPylRSと、非天然型アミノ酸と、を細胞外で接触させる工程を含む、ポリペプチドへの非天然型アミノ酸の導入方法が提供される。この導入方法を用いれば、ポリペプチドへ非天然型アミノ酸を効率的に導入できる。
【0023】
また本発明の一態様によれば、Methanomassiliicoccales目又はThermoplasmatales目の生物のPylRSと、非天然型アミノ酸と、tRNAと、を細胞外で接触させる工程を含む、非天然型アミノ酸が結合したtRNAの生産方法が提供される。この生産方法を用いれば、非天然型アミノ酸が結合したtRNAを効率的に生産できる。
【0024】
また本発明の一態様によれば、精製された、Methanomassiliicoccales目又はThermoplasmatales目の生物のPylRSが提供される。このPylRSを用いれば、非天然型アミノ酸含有ポリペプチドを効率的に生産できる。
【0025】
また本発明の一態様によれば、5mg/mL以上のMethanomassiliicoccales目又はThermoplasmatales目の生物のPylRSを含有する、溶液が提供される。この溶液を用いれば、非天然型アミノ酸含有ポリペプチドを効率的に生産できる。
【0026】
また本発明の一態様によれば、Methanomassiliicoccales目又はThermoplasmatales目の生物のPylRSと、高発現プロモーターと、をコードする、ポリヌクレオチドが提供される。このポリヌクレオチドを用いれば、非天然型アミノ酸含有ポリペプチドを効率的に生産できる。
【0027】
また本発明の一態様によれば、Methanomassiliicoccales目又はThermoplasmatales目の生物のPylRSを生細胞で高発現させる工程を含む、非天然型アミノ酸含有ポリペプチドの生産方法が提供される。この生産方法を用いれば、非天然型アミノ酸含有ポリペプチドを効率的に生産できる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
図1図1は、Methanomethylophilus属又はMethanomassiliicoccus属の生物を含む、系統樹の例を示した図である。
図2図2は、M. alvus、M. barkeri、M. mazeiのPylRSのアミノ酸配列について、Clustal Omegaを使用してアライメントした結果を示した図である。
図3図3は、タンパク質に導入可能なリシン誘導体の例を示した図である。
図4図4は、無細胞タンパク質合成法におけるMaPylRS及びMmPylRSを用いた非天然型アミノ酸導入タンパク質合成量の比較実験結果を示した図である。
図5図5は、無細胞タンパク質合成法におけるMaPylRSの濃度依存性を調べた結果を示した図である。
図6図6は、結晶構造解析の結果を示した図である。
図7図7は、MaPylRS変異体の活性を調べた結果を示した図である。
図8図8は、TCO*-Lys導入のPylRS濃度依存性を調べた結果を示した図である。
図9図9は、pEtZLys又はpAzZLys導入のPylRS濃度依存性を調べた結果を示した図である。
図10図10は、ZLys導入タンパク質の合成量を調べた結果を示した図である。
図11図11は、mAzZLys導入タンパク質の合成量を調べた結果を示した図である。
図12図12は、TCO*-Lys導入Fab抗体の合成量を示した図である。
図13図13は、Fab抗体に導入したTCO*-Lysにクリックケミストリーで蛍光基質を結合させた結果を示した図である。
図14図14は、TCO*-Lysに結合した蛍光基質の蛍光強度を示した図である。
図15図15は、大腸菌発現系でのM.mazei、M.alvus、D.hafniense PylRSによる非天然型アミノ酸の導入効率の比較実験結果を示した図である。
図16図16は、野生型GST-GFP融合タンパク質(3Ser)とアンバー変異GST-GFP融合タンパク質の解析結果を示した図である。a:SDS-PAGE後にCBB染色。b:産物をトリプシン消化後にMALDI-TOF MS解析。実測値と理論値はTableに示した。
図17図17は、大腸菌発現系におけるMaPylRSを用いた非天然型アミノ酸のタンパク質への部位特異的導入の実験結果を示した図である。
図18図18は、大腸菌発現系におけるMaPylRS変異体を用いたZLys系非天然型アミノ酸のタンパク質への部位特異的導入の実験結果を示した図である。
図19図19は、小麦胚芽系無細胞タンパク質合成法におけるPylRS濃度依存性を調べた結果を示した図である。
図20図20は、ヒト系無細胞タンパク質合成法におけるPylRS濃度依存性を示した図である。
図21図21は、AcLysの導入を調べた結果を示した図である。
図22図22は、Phe誘導体の導入を調べた結果を示した図である。
図23図23は、Tyr誘導体の導入を調べた結果を示した図である。
図24図24は、無細胞タンパク質合成法におけるG1PylRSの活性を調べた結果を示した図である。
図25図25は、G1PylRS 、MaPylRS及びMaPylRSを使用時のタンパク質合成量を比較した結果を示した図である。
図26図26は、無細胞タンパク質合成法におけるG1PylRS変異体の活性を調べた結果を示した図である。
図27図27は、G1PylRS及びMaPylRSの変異体を使用時のタンパク質合成量を比較した結果を示した図である。
図28図28は、無細胞タンパク質合成法におけるG1PylRS濃度依存性を示した図である。
図29図29は、動物細胞におけるmAzZLysのタンパク質への導入結果を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。なお、同様な内容については繰り返しの煩雑を避けるために、適宜説明を省略する。
【0030】
本発明の一実施形態は、新規の非天然型アミノ酸含有ポリペプチドの生産方法である。この生産方法は、例えば、Methanomassiliicoccales目又はThermoplasmatales目の生物のピロリシルtRNA合成酵素(PylRS)と、非天然型アミノ酸と、を接触させる工程を含む。この生産方法は、(a) Methanosarcina mazeiのPylRS(MmPylRS)を用いた無細胞タンパク質合成系を利用した場合に比べて高効率でポリペプチドへ非天然型アミノ酸を導入する工程、又は(b) glmSプロモーターの制御下にある上記PylRSの遺伝子を有するベクターを用いた大腸菌タンパク質合成系を利用した場合、及びglnSプロモーターの制御下にある上記PylRSの遺伝子を有するベクターを用いた大腸菌タンパク質合成系を利用した場合、に比べて高効率でポリペプチドへ非天然型アミノ酸を導入する工程、から選ばれる導入工程を含むことが好ましい。この場合、この生産方法によれば、非天然型アミノ酸含有ポリペプチドを高効率に生産できる。なお、glmSプロモーター及びglnSプロモーターは、高発現プロモーターに該当しないプロモーター(非高発現プロモーター)である。また本発明の一実施形態において導入工程は、例えば、PylRSとしてMmPylRSを用いた場合に比べて、高効率でポリペプチドへ非天然型アミノ酸を導入する工程を含む。本発明の一実施形態において「高効率」の度合いは、比較対象に比べて、例えば、1.1、1.2、1.3、1.4、1.5、2.0、5.0、10.0、20.0、30.0、又は40.0倍、それらいずれかの値以上、又はそれらいずれか2つの値の範囲内であってもよい。
【0031】
本発明の一実施形態は、Methanomassiliicoccales目又はThermoplasmatales目の生物のPylRSと、非天然型アミノ酸と、を接触させる工程を含む、ポリペプチドへの非天然型アミノ酸の導入方法であって、(a) MmPylRSを用いた無細胞タンパク質合成系を利用した場合に比べて高効率でポリペプチドへ非天然型アミノ酸を導入する工程、又は(b) glmSプロモーターの制御下にある上記PylRSの遺伝子を有するベクターを用いた大腸菌タンパク質合成系を利用した場合、及びglnSプロモーターの制御下にある上記PylRSの遺伝子を有するベクターを用いた大腸菌タンパク質合成系を利用した場合、に比べて高効率でポリペプチドへ非天然型アミノ酸を導入する工程、から選ばれる導入工程を含む、導入方法である。この方法によれば、ポリペプチドへ非天然型アミノ酸を効率的に導入できる。
【0032】
本発明の一実施形態は、Methanomassiliicoccales目又はThermoplasmatales目の生物のPylRSを含有する、非天然型アミノ酸導入系である。この非天然型アミノ酸導入系は、タンパク質への非天然型アミノ酸の導入をより効率的に行う観点からは、高濃度のMethanomassiliicoccales目又はThermoplasmatales目の生物のPylRSを含有することが好ましい。
【0033】
本発明の一実施形態は、Methanomassiliicoccales目又はThermoplasmatales目の生物のPylRSを含有する、無細胞タンパク質合成系の反応溶液である。この反応溶液は、高濃度のPylRSを含有させることができる。それにより、非天然型アミノ酸含有ポリペプチドを高効率に生産できる。
【0034】
本発明の一実施形態は、Methanomassiliicoccales目又はThermoplasmatales目の生物のPylRSと、非天然型アミノ酸と、を細胞外で接触させる工程を含む、非天然型アミノ酸含有ポリペプチドの生産方法である。この生産方法は、無細胞タンパク質合成系の反応溶液を用いて行うことができる。この反応溶液は、高濃度のPylRSを含有させることができる。それにより、非天然型アミノ酸含有ポリペプチドを高効率に生産できる。
【0035】
本発明の一実施形態は、Methanomassiliicoccales目又はThermoplasmatales目の生物のPylRSと、非天然型アミノ酸と、を細胞外で接触させる工程を含む、ポリペプチドへの非天然型アミノ酸の導入方法である。この導入方法は、無細胞タンパク質合成系の反応溶液を用いて行うことができる。この反応溶液は、高濃度のPylRSを含有させることができる。それにより、ポリペプチドへ非天然型アミノ酸を効率的に導入できる。
【0036】
本発明の一実施形態は、Methanomassiliicoccales目又はThermoplasmatales目の生物のPylRSと、非天然型アミノ酸と、tRNAと、を細胞外で接触させる工程を含む、非天然型アミノ酸が結合したtRNAの生産方法である。この生産方法は、無細胞タンパク質合成系の反応溶液を用いて行うことができる。それにより、非天然型アミノ酸が結合したtRNAを高効率に生産できる。
【0037】
本発明の一実施形態は、精製された、Methanomassiliicoccales目又はThermoplasmatales目の生物のPylRSである。このPylRSを含有する溶液を濃縮することで、高濃度のPylRSを含有する溶液を調整できる。この溶液を無細胞タンパク質合成系に利用することで、非天然型アミノ酸含有ポリペプチドを高効率に生産できる。
【0038】
本発明の一実施形態は、Methanomassiliicoccales目又はThermoplasmatales目の生物のPylRSを含有する、溶液である。この溶液は、5mg/mL以上のPylRSを含有することが好ましい。この場合、この溶液と、非天然型アミノ酸又はtRNA等を含む溶液を混合することで、無細胞タンパク質合成系の反応溶液を生産できる。この溶液を無細胞タンパク質合成系に利用することで、非天然型アミノ酸含有ポリペプチドを高効率に生産できる。本発明の一実施形態において溶液は、例えば、バッファー、NaCl、又は還元剤を含有していてもよい。
【0039】
本発明の一実施形態は、上記の反応溶液又は溶液を含む、ポリペプチドへの非天然型アミノ酸の導入剤である。この導入剤を無細胞タンパク質合成系に利用することで、ポリペプチドへ非天然型アミノ酸を効率的に導入できる。
【0040】
本発明の一実施形態は、Methanomassiliicoccales目又はThermoplasmatales目の生物のPylRSをコードする、ポリヌクレオチドである。このポリヌクレオチドは、高発現プロモーターをコードすることが好ましい。この場合、このポリヌクレオチドを生細胞タンパク質合成系に利用することで、非天然型アミノ酸含有ポリペプチドを高効率に生産できる。ポリヌクレオチドはベクターを含む。高発現プロモーターは、PylRSの上流に位置していてもよい。高発現プロモーターは、ポリヌクレオチド内でPylRSの発現を制御可能に連結されていてもよい。
【0041】
本発明の一実施形態は、上記ポリヌクレオチドを細胞に導入する工程、又は上記ポリヌクレオチドからPylRSを発現させる工程を含む、非天然型アミノ酸含有ポリペプチドの生産方法である。この生産方法を生細胞タンパク質合成系に利用することで、非天然型アミノ酸含有ポリペプチドを高効率に生産できる。この生産方法は、例えば、ポリヌクレオチドをベクターにライゲーションする工程、tRNAをコードするポリヌクレオチドを細胞に導入する工程、上記細胞を培養する工程、PylRSの発現を評価する工程、非天然型アミノ酸含有ポリペプチドの発現を評価する工程、又は非天然型アミノ酸含有ポリペプチドを精製もしくは単離する工程、を含んでいてもよい。ベクターは、例えば、発現ベクター、環状ベクター、又はプラスミドであってもよい。
【0042】
本発明の一実施形態は、Methanomassiliicoccales目又はThermoplasmatales目の生物のPylRSと、高発現プロモーターと、をコードする、ポリヌクレオチドを含有する、細胞である。この細胞を生細胞タンパク質合成系に利用することで、非天然型アミノ酸含有ポリペプチドを高効率に生産できる。
【0043】
本発明の一実施形態は、上記ポリヌクレオチドを細胞に導入する工程、又は上記ポリヌクレオチドからPylRSを発現させる工程を含む、ポリペプチドへの非天然型アミノ酸の導入方法である。この生産方法を生細胞タンパク質合成系に利用することで、ポリペプチドへ非天然型アミノ酸を効率的に導入できる。この導入方法は、例えば、上記生産方法が含む工程と同じ工程を含んでいてもよい。
【0044】
本発明の一実施形態は、上記ポリヌクレオチドを含む、ポリペプチドへの非天然型アミノ酸の導入剤である。この導入剤を生細胞タンパク質合成系に利用することで、ポリペプチドへ非天然型アミノ酸を効率的に導入できる。
【0045】
本発明の一実施形態は、上記ポリヌクレオチドを細胞に導入する工程、又は上記ポリヌクレオチドからPylRSを発現させる工程を含む、非天然型アミノ酸が結合したtRNAの生産方法である。この生産方法を生細胞タンパク質合成系に利用することで、非天然型アミノ酸が結合したtRNAを高効率に生産できる。この生産方法は、例えば、PylRSをコードするポリヌクレオチドを細胞に導入する工程、上記細胞を培養する工程、PylRSの発現を評価する工程、tRNAの発現を評価する工程、非天然型アミノ酸含有ポリペプチドの発現を評価する工程、又は非天然型アミノ酸含有ポリペプチドを精製もしくは単離する工程、を含んでいてもよい。
【0046】
本発明の一実施形態は、Methanomassiliicoccales目又はThermoplasmatales目の生物のPylRSを生細胞で高発現させる工程を含む、非天然型アミノ酸含有ポリペプチドの生産方法である。生細胞タンパク質合成系でこの生産方法を利用すれば、非天然型アミノ酸含有ポリペプチドを高効率に生産できる。高発現させる工程は、例えば、高発現プロモーターによってPylRSを高発現させる工程を含んでいてもよい。
【0047】
本発明の一実施形態において生産方法又は導入方法は、例えば、PylRSを含有する非天然型アミノ酸導入系において行われてもよい。
【0048】
本発明の一実施形態において非天然型アミノ酸導入系は、例えば、無細胞タンパク質合成系の反応溶液であってもよい。本発明の一実施形態において反応溶液中のPylRS濃度は、例えば、15、16、17、18、19、20、25、30、40、50、60、70、80、90、100、又は120μM、それらいずれかの値以上、又はそれらいずれか2つの値の範囲内であってもよい。タンパク質への非天然型アミノ酸の導入をより効率的に行う観点からは、25μM以上が好ましく、50μM以上がより好ましく、75μM以上がさらに好ましい。反応溶液は、例えば、天然型とは異なる位置に終止コドンを有する遺伝子をコードするポリヌクレオチド、tRNA、又は非天然型アミノ酸を含んでいてもよい。天然型とは異なる位置に終止コドンを有する遺伝子をコードするポリヌクレオチドの濃度は、例えば、0.1、0.2、0.3、0.4、0.5、0.6、0.7、0.8、0.9、1.0、1.2、1.4、1.6、1.8、2.0、2.5、3.0、4.0、5.0、又は10.0mg/mLであってもよく、それらいずれかの値以上、又はそれらいずれか2つの値の範囲内であってもよい。天然型とは異なる位置は、例えば、ポリペプチドへの非天然型アミノ酸の導入部位に対応する位置を含む。天然型とは異なる位置は、例えば、抗体の定常領域内に対応する位置であってもよい。tRNAの濃度は、例えば、1.0、2.0、3.0、4.0、5.0、6.0、7.0、8.0、9.0、10.0、12.0、14.0、16.0、18.0、又は20.0μMであってもよく、それらいずれかの値以上、又はそれらいずれか2つの値の範囲内であってもよい。非天然型アミノ酸の濃度は、例えば、0.1、0.2、0.3、0.4、0.5、0.6、0.7、0.8、0.9、1.0、1.2、1.4、1.6、1.8、2.0、2.5、3.0、4.0、5.0、又は10.0mMであってもよく、それらいずれかの値以上、又はそれらいずれか2つの値の範囲内であってもよい。反応溶液は、例えば、LMCPY mixture-PEG-DTT、tRNA、酢酸マグネシウム、アミノ酸ミクスチャー、クレアチンキナーゼ、RNAポリメラーゼ、chaperone enhanced S30 extract、バッファー、テンプレートDNA、GSSG、DsbC、pH調整剤、又は水を含んでいてもよい。これらの成分濃度は、後述の表2に記載の濃度の±40、±30、±20、±10、又は±5%以内であってもよい。テンプレートDNAは、例えば、アミノ酸導入の標的タンパク質をコードする塩基配列の中にナンセンスコドンを含む核酸であってもよい。本発明の一実施形態において無細胞タンパク質合成系は、例えば、大腸菌由来無細胞タンパク質合成系、哺乳動物細胞由来無細胞タンパク質合成系、昆虫細胞由来無細胞タンパク質合成系、コムギ胚芽由来無細胞タンパク質合成系、再構成型無細胞タンパク質合成系などを利用できる。
【0049】
本発明の一実施形態において非天然型アミノ酸導入系は、生細胞タンパク質合成系の細胞であってもよい。本発明の一実施形態において細胞は、PylRSと高発現プロモーターとをコードするポリヌクレオチドを含有していてもよい。本発明の一実施形態において高発現プロモーターは、ポリペプチド(例:PylRS)を高発現させるプロモーターを含む。高発現プロモーターは、例えば、glmSプロモーター及びglmSプロモーターよりも発現能が高いプロモーターを含む。PylRSを制御する高発現プロモーターは、例えば、T3、T5、T7、SP6などのファージ由来の高発現用プロモーターtac、trc、lac、lacUV5、araBAD、rhaBAD、SV40、CMV、CAG、SV40、EF-1α、TEF1、PGK1、HXT7、TPI1、TDH3、PYK1、ADH1、GAL1、GAL10、ポリヘドリン、p10、metallothionein、又はActin 5Cなどの高発現用プロモーターを含む。高発現プロモーターは、大腸菌培養系においては、T3、T5、T7、SP6、tac、trc、lac、lacUV5、araBAD、又はrhaBADが好ましく、哺乳類細胞培養系においては、SV40、CMV、CAG、SV40、又はEF-1αが好ましく、出芽酵母(S. cerevisiae)培養系においては、TEF1、PGK1、HXT7、TPI1、TDH3、PYK1、ADH1、GAL1、又はGAL10が好ましく、分裂酵母(Schizosaccharomyces pombe)培養系においては、CMVが好ましく、昆虫細胞(例えば、バキュロウイルスが感染する蛾の細胞)培養系においては、ポリヘドリン、又はp10が好ましく、昆虫細胞(例えば、ショウジョウバエ Drosophila S2細胞)培養系においては、metallothionein、又はActin 5Cが好ましい。tRNAを高発現に制御するプロモーターは、例えば、U6、H1、7SK、tRNA(Val)、tRNA(Arg)、tRNA(Tyr)、lpp、又はT5を含む。このプロモーターは、哺乳類細胞培養系又は昆虫細胞培養系においては、U6、H1、7SK、tRNA(Val)、tRNA(Arg)、又はtRNA(Tyr)が好ましく、大腸菌培養系においては、lpp又はT5が好ましい。本発明の一実施形態において生細胞タンパク質合成系は、例えば、大腸菌などの細菌、哺乳動物細胞、昆虫細胞、酵母などを利用できる。
【0050】
本発明の一実施形態において非天然型アミノ酸導入系は、複数の直交系を含む非天然型アミノ酸導入系にも適用可能である。
【0051】
本発明の一実施形態において反応溶液中のPylRS濃度が高濃度は、例えば、15μM以上の濃度を含む。この濃度は、例えば、15、16、17、18、19、20、25、30、40、50、60、70、80、90、100、又は120μM、それらいずれかの値以上、又はそれらいずれか2つの値の範囲内であってもよい。タンパク質への非天然型アミノ酸の導入をより効率的に行う観点からは、25μM以上が好ましく、50μM以上がより好ましく、75μM以上がさらに好ましい。
【0052】
本発明の一実施形態において生産方法は、5mg/mL以上のMethanomassiliicoccales目又はThermoplasmatales目の生物のPylRSを含有する溶液と、非天然型アミノ酸と、を混合し、混合溶液を調製する工程を含んでいてもよい。この混合溶液は、高濃度のPylRSを含有させることができる。高濃度のPylRSを含有する混合溶液を無細胞タンパク質合成系に利用することにより、非天然型アミノ酸含有ポリペプチドを高効率に生産できる。
【0053】
本発明の一実施形態において溶液中のPylRS濃度が5mg/mL以上は、例えば、5、6、7、8、9、10、12、14、16、18、20、25、26、27、28、29、又は30mg/mL、それらいずれかの値以上、又はそれらいずれか2つの値の範囲内であってもよい。上記5mg/mL以上は、12.6mg/mL以上のときに、特に高効率の無細胞タンパク質合成系での調製がし易い。この観点からは、12.6mg/mL以上が好ましく、15mg/mL以上がより好ましく、20mg/mL以上がさらに好ましい。
【0054】
本発明の一実施形態における無細胞タンパク質合成系は、無細胞タンパク質合成のために調製した大腸菌等の細胞抽出液を含む反応液に、PylRSを発現した細胞抽出液、粗精製のPylRS、もしくは精製したPylRSを高濃度で添加した合成系、又は無細胞タンパク質合成のために作成したPylRSを高濃度発現させた大腸菌等から調製した細胞抽出液を反応液に用いた合成系を含む。
【0055】
本発明の一実施形態において天然型アミノ酸含有ポリペプチドは、薬物と結合したポリペプチドを含む。薬物は、例えば、抗癌剤を含む。
【0056】
本発明の一実施形態においてPylRSは、アミノ酸をtRNAに結合させる活性を有するタンパク質を含む。アミノ酸は、例えば、ピロリシン、又は非天然型アミノ酸を含む。本発明の一実施形態において非天然型アミノ酸は、例えば、リシン誘導体、チロシン誘導体、フェニルアラニン誘導体、トリプトファン誘導体、アルギニン誘導体、メチオニン誘導体、ロイシン誘導体、ヒスチジン誘導体、プロリン誘導体、システイン誘導体、スレオニン誘導体、セリン誘導体、アラニン誘導体、イソロイシン誘導体、バリン誘導体、グルタミン誘導体、グルタミン酸誘導体、アスパラギン誘導体、アスパラギン酸誘導体、グリシン誘導体、セレノシステイン誘導体、ピロリシン誘導体、キヌレニン誘導体、オルニチン誘導体、シトルリン誘導体、カナバニン誘導体、ジアミノピメリン酸、又はこれらいずれかのαヒドロキシ酸誘導体を含む。PylRSは特に指定しない限り、天然型PylRS、変異型PylRSの両方を含む。
【0057】
Methanomassiliicoccales目及びThermoplasmatales目の生物は1塊の集団を形成しており、且つM. mazeiやM. barkeriのようなMethanosarcina属の生物とは遠縁にある。Methanomassiliicoccales目及びThermoplasmatales目の生物のPylRSのアミノ酸配列は、M. barkeri又はM. mazeiのPylRSのアミノ酸配列とアライメントしたときに、N末端側のアミノ酸配列が欠失した構造を有していてもよい。
【0058】
本発明の一実施形態においてMethanomassiliicoccales目の生物は、例えば、Methanomethylophilus属、Methanomassiliicoccus属、Methanoplasma属の生物を含む。またMethanomassiliicoccales目の生物は、属が分類されていない生物を含んでいてもよい。Methanomethylophilus属の生物は、例えば、Methanomethylophilus alvus(M. alvus)(WP_015505008)、又はMethanomethylophilus sp. 1R26(WP_058747239)を含む。Methanomassiliicoccus属の生物は、例えば、Methanomassiliicoccus luminyensis(WP_019176308)、又はMethanomassiliicoccus intestinalis(WP_020448777)を含む。Methanoplasma属の生物は、例えば、Methanoplasma termitum(WP_048111907)を含む。属が分類されていない生物は、例えば、Methanomassiliicoccales archaeon RumEn M1(KQM11560)、Methanogenic archaeon ISO4-H5(WP_066075773)、又はMethanogenic archaeon ISO4-G1(AMK13702)を含む。なお、生物名の後の括弧内は、PylRSのNCBIのアクセッション番号を示す。
【0059】
本発明の一実施形態においてThermoplasmatales目の生物は、例えば、属が分類されていない生物を含む。属が分類されていない生物としては、例えば、Thermoplasmatales archaeon BRNA1 (WP_015492598)を含む。
【0060】
Methanomethylophilus属又はMethanomassiliicoccus属の生物を含むPylRSの系統樹の例を図1に示す。生物は、タンパク質への非天然型アミノ酸の導入をより効率的に行う観点からは、M. alvus又はMethanogenic archaeon ISO4-G1が好ましい。Methanomethylophilus alvusは、一般的に、Candidatus Methanomethylophilus alvusと表記されることもある。従って、本願明細書において、Methanomethylophilus alvusは、Candidatus Methanomethylophilus alvusを含む。また、他の生物(属、種等含む)に関しても、Candidatusを含む名称に対応する生物は、Candidatusを含まない名称で示される生物に含まれる。即ち、Candidatus Xで示される生物は、Xで示される生物に含まれる。
【0061】
本発明の一実施形態においてMaPylRSは、例えば、配列番号5で示されるアミノ酸配列を有しているタンパク質を含む。本発明の一実施形態においてG1PylRSは、例えば、配列番号10で示されるアミノ酸配列を有しているタンパク質を含む。MaPylRS及びG1PylRSは、例えば、M. barkeriやM. mazeiの古細菌が有するPylRSに対してアミノ酸配列をアライメントすると、N末端領域が欠失したアミノ酸配列を有している。Clustal Omegaを使用してアライメントしたものを図2に示す。囲み部分は、ピロリシン結合ポケットと推定される部分である。本発明の一実施形態において、Methanomassiliicoccales目又はThermoplasmatales目の生物のPylRSのアミノ酸配列は、MaPylRSのアミノ酸配列と70%以上の同一性を有していてもよい。この数値は、例えば、70、75、80、85、90、95、97、98、99、又は100%、又はそれらいずれか2つの値の範囲内であってもよい。
【0062】
本発明の一実施形態においてPylRSは、例えば、M. barkeri又はM. mazeiのPylRSとアライメントしたときに、N末端側の少なくとも50アミノ酸が欠失したアミノ酸配列を有するPylRSを含む。この値は、50、60、70、80、90、100、110、120、130、140、150、160、170、180、又は185、又はこれらいずれか2つの値の範囲内であってもよい。タンパク質への非天然型アミノ酸の導入をより効率的に行う観点からは、少なくとも110アミノ酸が好ましく、少なくとも130アミノ酸がより好ましい。アライメントは、例えば、Clustal Omega、又はNCBIのBLASTで行ってもよい。
【0063】
本発明の一実施形態においてPylRSは、例えば、アミノ酸結合ポケットにおいて非天然型アミノ酸と結合しているPylRSを含む。アミノ酸結合ポケットのアミノ酸は、例えば、MaPylRSとアライメントしたときに、96、120、121、122、125、126、129、164、166、168、170、203、204、205、206、207、221、223、227、228、233、235、239、241、又は243位のアミノ酸を含む。アミノ酸結合ポケットのアミノ酸は、例えば、ISO4-G1 PylRSとアライメントしたときに、95、119、120、121、124、125、128、163、165、167、169、201、202、203、204、205、219、221、225、226、231、233、237、239、又は241位のアミノ酸を含んでいてもよい。本発明の一実施形態においてPylRSは、例えば、アミノ酸結合ポケットにおいて非天然型アミノ酸(例えば、リシン誘導体)と結合しているPylRSを含む。
【0064】
本発明の一実施形態において精製されたPylRSは、例えば、単離PylRSを含む。PylRSは、例えば、無細胞タンパク質合成系で合成したPylRS、生細胞で発現させた組み換えPylRSを含む。本発明の一実施形態において細胞は、例えば、大腸菌、又は哺乳類細胞を含む。本発明の一実施形態において哺乳類は、例えば、ヒト、ラット、マウス、ウサギ、ウシ、サルを含む。精製されたPylRSは、例えば、HisTrap精製、又はゲルろ過クロマトグラフィー等の精製法により精製されたPylRSを含む。
【0065】
本発明の一実施形態において変異型PylRSは、天然型PylRSのアミノ酸配列に対して、70%以上の同一性のアミノ酸配列を有し、ピロリシルtRNA合成酵素活性を有する、変異型PylRSを含む。同一性は、例えば、70、75、80、85、90、95、97、98、99、99.5、又は99.9%以上、又はそれらいずれか2つの値の範囲内であってもよい。同一性は、100%未満であってもよい。同一性は、2つもしくは複数間のアミノ酸配列において同一なアミノ酸数の割合を、当該技術分野で公知の方法に従って算定してもよい。割合を算定する前には、比較するアミノ酸配列群のアミノ酸配列を整列させ、同一アミノ酸の割合を最大にするために必要である場合はアミノ酸配列の一部に間隙を導入する。整列のための方法、割合の算定方法、比較方法、及びそれらに関連するコンピュータプログラムは、当該技術分野で従来からよく知られている(例えば、BLAST、GENETYX等)。同一性は、NCBIのBLASTによって測定された値で表すことができる。アミノ酸配列の比較は、Blastpをデフォルト設定で使用できる。なお、本明細書において変異型PylRSとPylRS変異体は同義である。
【0066】
本発明の一態様においてピロリシルtRNA合成酵素活性は、例えば、非天然型アミノ酸とtRNAを結合させる活性を含む。活性は、例えば、非天然型アミノ酸と、サプレッサーtRNAとを結合させる活性を含む。活性は、例えば、タンパク質への非天然型アミノ酸の導入活性を含む。
【0067】
本発明の一実施形態において変異型PylRSは、天然型PylRSのアミノ酸配列をコードする塩基配列に相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドに、ストリンジェントな条件下で特異的にハイブリダイズするポリヌクレオチドがコードするアミノ酸配列を有し、ピロリシルtRNA合成酵素活性を有する、変異型PylRSを含む。ストリンジェントな条件は、例えば、以下の条件を採用することができる。(1)洗浄のために低イオン強度及び高温度を用いる(例えば、50℃で、0.015Mの塩化ナトリウム/0.0015Mのクエン酸ナトリウム/0.1%のドデシル硫酸ナトリウム)、又は(2)ハイブリダイゼーション中にホルムアミド等の変性剤を用いる(例えば、42℃で、50%(v/v)ホルムアミドと0.1%ウシ血清アルブミン/0.1%フィコール/0.1%のポリビニルピロリドン/50mMのpH6.5のリン酸ナトリウムバッファー、及び750mMの塩化ナトリウム、75mMクエン酸ナトリウム)。なお、洗浄時の温度は、50、55、60、又は65℃であってもよく、それらいずれか2つの値の範囲内であってもよい。洗浄時間は、5、15、30、60、もしくは120分、又はそれら以上であってもよい。ハイブリダイゼーション反応のストリンジェンシーに影響する要素としては温度、塩濃度など複数の要素が考えられ、詳細はAusubel et al., Current Protocols in Molecular Biology, Wiley Interscience Publishers, (1995)を参照することができる。
【0068】
本発明の一実施形態において変異型PylRSは、天然型PylRSに対して、1又は数個のアミノ酸残基の欠失、付加、挿入、又は置換を有し、ピロリシルtRNA合成酵素活性を有する、変異型PylRSを含む。数個は、2、3、4、5、6、7、8、9、又は10個、又はそれらいずれか2つの値の範囲内であってもよい。1又は数個のアミノ酸残基の欠失、付加、挿入、又は置換を受けたポリペプチドが、その生物学的活性を維持することは知られている(Mark et al., Proc Natl Acad Sci U S A.1984 Sep;81(18):5662-5666.、Zoller et al., Nucleic Acids Res. 1982 Oct 25;10(20):6487-6500.、Wang et al., Science. 1984 Jun 29;224(4656):1431-1433.)。欠失等がなされたポリペプチドは、例えば、部位特異的変異導入法、又はランダム変異導入法で作製してもよい。部位特異的変異導入法としては、例えばPrimeSTAR mutagenesis kit (Takara Bio Inc.)を使用してもよい。
【0069】
本発明の一実施形態においてアミノ酸は、アミノ基とカルボキシル基を持つ有機化合物を含む。本発明の実施形態に係るポリペプチドが特定のアミノ酸配列を含むとき、そのアミノ酸配列中のいずれかのアミノ酸が塩、又は溶媒和物を形成していてもよい。また、そのアミノ酸配列中のいずれかのアミノ酸がL型、又はD型であってもよい。それらのような場合でも、本発明の実施形態に係るポリペプチドは、特定のアミノ酸配列を含むといえる。
【0070】
本発明の一実施形態において変異型PylRSは、アミノ酸結合ポケットに変異を有するPylRSを含む。本発明の一実施形態において変異型PylRSは、例えば、アミノ酸結合ポケットにおいて非天然型アミノ酸(例えば、リシン誘導体)と結合しているPylRSを含む。
【0071】
本発明の一実施形態において変異型PylRSは、天然型PylRSとアライメントしたときに、96、120、121、122、125、126、128、129、164、166、168、170、203、204、205、206、207、221、223、227、228、233、235、239、241、又は243位に変異を有するPylRSを含む。これら位置は、変異導入実験又は結晶構造解析の結果から、変異が可能な箇所であると考えられる。この変異は、例えば、A、R、N、D、C、Q、E、G、H、I、L、K、M、F、P、S、T、W、Y、Vへの変異であってもよい。この変異は、A、L、V、C、又はFへの変異が好ましい。変異前の126、129、168、206位は、例えば、順にY、M、V、Yであってもよい。
【0072】
本発明の一実施形態において変異型PylRSは、天然型PylRSに比べて高い、タンパク質への非天然型アミノ酸導入効率を有する、変異型PylRSを含む。本発明の一実施形態において変異型PylRSは、タンパク質へのTCO*Lys導入活性、pEtZLys導入活性、又はpAzZLys導入活性を有する、変異型PylRSを含む。
【0073】
本発明の一実施形態は、Methanomassiliicoccales目又はThermoplasmatales目の生物のPylRSを含む、非天然型アミノ酸とtRNAとの結合用組成物である。この結合用組成物は、5mg/mL以上のPylRSを含有することが好ましい。この場合、この結合用組成物と、非天然型アミノ酸又はtRNA等を含む溶液を混合することで、非天然型アミノ酸とtRNAとを効率的に結合できる。この結合用組成物を非天然型アミノ酸含有ポリペプチドの合成に用いれば、非天然型アミノ酸含有ポリペプチドを効率的に生産できる。本発明の一実施形態は、非天然型アミノ酸とtRNAとの結合用組成物の生産のための、Methanomassiliicoccales目又はThermoplasmatales目の生物のPylRSの使用である。本発明の一実施形態は、Methanomassiliicoccales目又はThermoplasmatales目の生物のPylRSを用いた、非天然型アミノ酸とtRNAとの結合方法である。
【0074】
本発明の一実施形態において、ポリペプチドへの非天然型アミノ酸の導入方法、非天然型アミノ酸含有ポリペプチドの生産方法、非天然型アミノ酸とtRNAとの結合方法、又は非天然型アミノ酸が結合したtRNAの生産方法は、例えば、以下の工程を含んでいてもよい。(1)PylRSと、非天然型アミノ酸と、を接触させる工程、(2)PylRSと、tRNAと、を接触させる工程、(3)PylRS、PylRSをコードする核酸、又は非天然型アミノ酸を溶液中に投入する工程、(4)tRNA又はtRNAをコードする核酸を溶液中に投入する工程、(5)天然型とは異なる位置に終止コドンを有する遺伝子をコードするポリヌクレオチドと、tRNAと、を接触させる工程、又は(6)非天然型アミノ酸存在下で、PylRS、tRNA、又は天然型とは異なる位置に終止コドンを有する遺伝子をコードするポリヌクレオチドを、生細胞又は非細胞タンパク質合成系で発現させる工程。また、PylRSを含有する溶液を濃縮する工程、又は濃縮されたPylRS溶液と非天然型アミノ酸とを混合する工程を含んでいてもよい。tRNAは、例えば、サプレッサーtRNAを含む。サプレッサーtRNAは、例えば、アンバーサプレッサーtRNAを含む。tRNAは、例えば、Methanomassiliicoccales目又はThermoplasmatales目の生物のtRNAを含む。tRNAは特に指定しない限り、天然型tRNA、変異型tRNAの両方を含む。溶液は、例えば、バッファー、tRNA、天然型とは異なる位置に終止コドンを有する遺伝子をコードするポリヌクレオチド、アミノ酸mixture、テンプレートDNA、又はRNAポリメラーゼを含有していてもよい。ポリペプチドへの非天然型アミノ酸の導入方法、又は非天然型アミノ酸含有ポリペプチドの生産方法は、無細胞タンパク質合成法、又は細胞タンパク質合成法を採用してもよい。
【0075】
本発明の一実施形態においてタンパク質は、例えば、機能タンパク質、又は構造タンパク質を含む。機能タンパク質は、例えば、抗体、又は酵素を含む。タンパク質は、天然型のアミノ酸、又は非天然型のアミノ酸を含有していてもよい。非天然型アミノ酸を導入する部位は、例えば、抗体の定常領域内であってもよい。
【0076】
本発明の一実施形態において、ポリペプチドは、例えば、タンパク質を含む。ポリペプチドは、アミノ酸が複数結合して構成されたものを含む。ポリペプチド中のアミノ酸の数は、例えば、10、20、30、50、70、100、200、400、500、700、1000、又は1500、それらいずれかの値以上、又はそれらいずれか2つの値の範囲内であってもよい。
【0077】
本発明の一実施形態においてリシン誘導体は、例えば、図3の化合物を含む。非天然型アミノ酸は、例えば、WO/2017/030156に記載の非天然型アミノ酸を含む。非天然型アミノ酸は、例えば、アミノ酸誘導体を含む。フェニルアラニン誘導体は、例えば、3-iodo-L-phenylalanineを含む。チロシン誘導体は、例えば、o-propargyl-L-tyrosineを含む。
【0078】
本発明の一実施形態は、組成物である。この組成物は、例えば、Methanomassiliicoccales目又はThermoplasmatales目の生物のPylRSを含有する組成物を含む。組成物は、例えば、ポリペプチドへの非天然型アミノ酸導入用、又は非天然型アミノ酸含有ポリペプチドの生産用の組成物を含む。組成物は、例えば、非天然型アミノ酸を含有していてもよい。組成物は、例えば、バッファー、tRNA、テンプレートDNA、アミノ酸mixture、又はRNAポリメラーゼを含有していてもよい、
【0079】
本発明の一実施形態は、非天然型アミノ酸を有するポリペプチドである。このポリペプチドは、クリックケミストリーにより化学修飾することができる。クリックケミストリーは、例えば、Hou J et al., Expert Opin Drug Discov. 2012 Jun;7(6):489-501.、Bonnet Det al., Bioconjug Chem. 2006 Nov-Dec;17(6):1618-23.等の技術を利用できる。本発明の一実施形態は、非天然型アミノ酸を有するポリペプチドの化学修飾体である。本発明の一実施形態は、非天然型アミノ酸を有するポリペプチド又はその化学修飾体を含む、組成物である。組成物は、薬理学的に許容される1つ以上の担体を含む、医薬組成物を含む。
【0080】
本発明の一実施形態は、Methanomassiliicoccales目又はThermoplasmatales目の生物のPylRS、又はそのPylRSをコードする核酸、を含む、変異型PylRS生産の鋳型用組成物である。本発明の一実施形態は、Methanomassiliicoccales目又はThermoplasmatales目の生物のPylRSに変異を導入する工程を含む、変異型PylRSの生産方法である。変異を導入したPylRSが、ピロリシルtRNA合成酵素活性を有していることは、例えば、後述の実施例に記載のように、無細胞タンパク質合成法又は生細胞タンパク質合成法によって評価してもよい。本発明の一実施形態は、Methanomassiliicoccales目又はThermoplasmatales目の生物のPylRSと、アミノ酸と、を接触させる工程を含む、ポリペプチドの生産方法であって、(a) MmPylRSを用いた無細胞タンパク質合成系を利用した場合に比べて高効率でポリペプチドへアミノ酸を導入する工程、又は(b) glmSプロモーターの制御下にある上記PylRSの遺伝子を有するベクターを用いた大腸菌タンパク質合成系を利用した場合、及びglnSプロモーターの制御下にある上記PylRSの遺伝子を有するベクターを用いた大腸菌タンパク質合成系を利用した場合、に比べて高効率でポリペプチドへ非天然型アミノ酸を導入する工程、から選ばれる導入工程を含む、生産方法である。本発明の一実施形態は、高濃度のMethanomassiliicoccales目又はThermoplasmatales目の生物のPylRSを含有する、アミノ酸導入系である。アミノ酸導入系は、例えば、無細胞タンパク質合成系の反応溶液、又は生細胞タンパク質合成系の細胞であってもよい。本発明の一実施形態は、Methanomassiliicoccales目又はThermoplasmatales目の生物のPylRSと、アミノ酸と、を細胞外で接触させる工程を含む、ポリペプチドの生産方法である。本発明の一実施形態は、Methanomassiliicoccales目又はThermoplasmatales目の生物のPylRSを生細胞で高発現させる工程を含む、ポリペプチドの生産方法である。
【0081】
本明細書において引用しているあらゆる刊行物、公報類(特許、又は特許出願)は、その全体を参照により援用する。
【0082】
本明細書において「又は」は、文章中に列挙されている事項の「少なくとも1つ以上」を採用できるときに使用される。「もしくは」も同様である。本明細書において「2つの値の範囲内」と明記した場合、その範囲には2つの値自体も含む。本明細書において「A~B」は、A以上B以下を意味する。
【0083】
以上、本発明の実施形態について述べたが、これらは本発明の例示であり、上記以外の様々な構成を採用することもできる。また、上記実施形態に記載の構成を組み合わせて採用することもできる。
【実施例
【0084】
以下、実施例によりさらに説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0085】
<実験例1>
(1) M. mazei PylRSの発現、精製
His6-SUMO-M. mazei PylRS構造遺伝子をpET24にクローニングしたのち、大腸菌BL21-Gold(DE3)に形質転換、1LのLB培地で37℃培養、OD600=0.7のときに1mM IPTGを加え、20℃一昼夜培養した(His6-SUMO-M.mazei PylRSのアミノ酸配列は配列番号1)。菌体を回収し、HisTrap精製、SUMOプロテアーゼ処理後、HiTrap SP、Superdex 200 HiLoad16/60精製を行い、1L培地から4.4 mgのM. mazei PylRS(2.82 mg/ml×1.56 ml)を回収した。このMmPylRSを含有する溶液を濃縮した結果、濃縮限界は2.82mg/mLであった。
【0086】
<実施例1>
1.1 M. alvus PylRSの発現、精製
Methanomethylophilus alvusのPylRS(MaPylRS)構造遺伝子(配列番号2)をpET28にクローニングしたのち、大腸菌BL21-Gold(DE3)に形質転換、1LのLB培地で37℃培養、OD600=0.6のときに1mM IPTGを加え、20℃一昼夜培養した。菌体を回収し、HisTrap精製、Thrombin処理、HiTrapQ、Hitrap Heparin、Superdex 200精製を行い、1L培地から約100mgのMaPylRSを回収した。この回収量は、従来の古細菌のPylRSの場合よりも高かった。Methanosarcina属のPylRSを大腸菌で発現させた場合は、PylRSが沈殿しやすく精製が難しいために回収量が小さかった。また、このMaPylRSを含有する溶液を濃縮した結果、濃縮限界は20mg/mL以上であった。
【0087】
<実施例2>
2.1 無細胞タンパク質合成法におけるMaPylRS及びMmPylRSを用いた非天然型アミノ酸導入タンパク質の合成量の比較
反応液及び透析外液の組成は表1に準じた。
【表1】
【0088】
tRNAPylはM. mazei由来のtRNAPyl及びM. alvus由来のtRNAPyl(塩基配列は配列番号3)をそれぞれ用いた。PylRSはM. mazei由来及びM. alvus由来の天然型をそれぞれ用いた(MmPylRSのアミノ酸配列は配列番号4、MaPylRSのアミノ酸配列は配列番号5)。非天然型アミノ酸はNε-(tert-butyloxycarbonyl)-L-lysine (BOCLys) (Bachem社)及びNε -propargyloxycarbonyl-L-lysine (PocLys) (SciChem社)を用いた。非天然型アミノ酸導入用鋳型DNAはpN11GFPS1sh- A17Amb、コントロール合成用はpN11GFPS1shを用いた。合成反応は反応液30 μLを透析外液1 mLに対して25℃にて一晩透析して行った。合成後の反応液は1 μL相当を約200倍希釈し、蛍光値を励起485 nm、発光535 nmで測定した。合成されたGFPS1タンパク質量は、1 mg/mLの標準GFPS1の蛍光値をもとに定量し、コントロールの通常合成に対する割合で表示した。
【0089】
その結果、図4に示すように、PylRSを用いた非天然型アミノ酸の導入が確認できた。BOCLys導入では、MaPylRSでのタンパク質合成量がMmPylRSに比べて2倍以上になり、コントロールの通常合成(WT)と同等のタンパク質を合成できた。PocLys導入ではMaPylRSによるタンパク質合成量は非常に多く、コントロールとほぼ同等量を合成できた。従って、MaPylRSを用いることで、非天然型タンパク質を効率よく調製可能なことが明らかになった。
【0090】
<実施例3>
3.1 無細胞タンパク質合成法における天然型PylRS濃度依存性
TCO*Lys導入において、天然型PylRSを用いた時の濃度依存性を評価した。反応液及び透析外液の組成は表1に準じた。tRNAPylはM. alvus由来のtRNAPylを用いた。PylRSはM. alvus由来の天然型PylRSを用いた。
【0091】
反応液中に添加可能なPylRS量の上限は、水(Milli-Q water)の液量分をPylRSに当てた総量である。MaPylRSは濃縮限界が20 mg/mL以上なため、最終濃度で80 μM以上添加可能であった。本実験では、10 μMから75 μMの範囲で使用した。なお、MmPylRSの場合は、濃縮限界が4 mg/mL以下なため、添加可能な濃度は最大で約10 μMとなる。
【0092】
非天然型アミノ酸はTCO*Lysを用いた。鋳型DNAはpN11GFPS1sh- A17Ambを用いた。合成反応は反応液(Reaction solution)30 μLを透析外液(External solution)1 mLに対して25℃にて一晩透析して行った。合成後の反応液は1 μL相当を約200倍希釈し、蛍光値を励起485 nm、発光535 nmで測定した。合成されたGFPS1タンパク質量は、1 mg/mLの標準GFPS1の蛍光値をもとに定量した。
【0093】
その結果、図5に示すように、10 μMを超える濃度でタンパク質合成量が増大し、75 μM PylRSでは10 μM PylRSと比較して約2.3倍に上昇することが確認できた。
【0094】
<実施例4>
4.1 MaPylRSの結晶構造解析
実施例1で回収したMaPylRSについて、結晶化スクリーニングにかけたところPEGを沈殿剤とする条件で結晶が出た。台湾ビームライン(TPS05A)で2.2Åの分解能(空間群C2)の回折データを取得、MmPylRS構造で分子置換したのち構造精密化を行った(Rf/Rw=28.8/22.8)。触媒ドメインはM. mazeiと類似した構造であったが、N末の2本のαヘリックスの傾きがM. mazeiと異なっていた。Tyr206(Phe384)がポケットの中まで入らずTyr206の周りの数残基で折れ曲がって内側を向いているため活性部位ポケットが広く開いている。MaPylRSはMmPylRSと活性部位ポケットの形状が若干異なり、ポケットの奥が少し狭いようである。構造を元にPylRS変異体の作製と非天然型アミノ酸導入実験を行った。
【0095】
図6の左は、MmPylRS触媒ドメイン/ピロリシルAMP複合体(MmPylRSc/Pyl-AMP、グレー)のモノマーとMaPylRS(アポ型、緑と青)のダイマーを重ね合わせた構造を示している。図6の右は、MmPylRScとMaPylRS(アポ型)重ね合わせ構造で活性部位の拡大図を示している。また、変異を導入したアミノ酸残基とM.mazeiでそれに相当するアミノ酸残基、ピロリシンのカルボニル基の認識に必要なAsn346/Asn166を示している。
【0096】
<実施例5>
5.1 構造解析結果をもとに導入したMaPylRS変異体の評価
構造解析結果をもとに変異導入部位を決定したPylRSを用いて、非天然型アミノ酸導入を評価した。反応液及び透析外液の組成は表1に準じた。tRNAPylはM. alvus由来のtRNAPylを10 μMで用いた。MaPylRSは、従来のPylRS(Y126A/M129A)変異体又はPylRS(Y126A/M129L)変異体に、構造解析結果から導かれた新たな変異(H227I/Y228P)を追加したPylRS(Y126A/M129A/H227I/Y228P)とPylRS((Y126A/M129L/H227I/Y228P)を用いた。PylRSは10 μMで用いた。非天然型アミノ酸はZLys、mAzZLys、pEtZLys及びTCO*Lysを用いた。鋳型DNAはpN11GFPS1sh- A17Ambを用いた。合成反応は反応液(Reaction solution)30 μLを透析外液(External solution)1 mLに対して25℃にて一晩透析して行った。合成後の反応液は1 μL相当を約200倍希釈し、蛍光値を励起485 nm、発光535 nmで測定した。合成されたGFPS1タンパク質量は、1 mg/mLの標準GFPS1の蛍光値をもとに定量した。
【0097】
その結果、図7に示すようにPylRS(Y126A/M129A)変異体に(H227I/Y228P)変異を導入することで、全ての非天然型アミノ酸においてタンパク質合成量が大幅に増大した。特に、ZLys、mAzZLys及びTCO*Lys においてはWTの合成と同等の合成量に達した。(H227I/Y228P)変異を導入することにより、ZLys約3倍、mAzZLys約1.5倍、pEtZLys 約1.6倍、TCO*Lys約9倍の上昇を確認した。
【0098】
次に、TCO*Lys導入で効果のあったPylRS(Y126A/M129L)変異体にも(H227I/Y228P)変異を導入した。PylRS(Y126A/M129A)変異体と同様にWTの合成と同等の合成量に達し、約4倍上昇した。よって(H227I/Y228P)変異は様々な変異体に対しても有効である可能性を示唆した。
【0099】
<実施例6>
6.1 無細胞タンパク質合成法におけるPylRS変異体を用いた非天然型アミノ酸導入のPylRS濃度依存性
反応液及び透析外液の組成は上記表1に準じた。このとき、PylRSはPylRS変異体を用いた。PylRS変異体の終濃度を5 μMから75 μMの間で確認した。水(Milli-Q water)はPylRS変異体濃度変更に伴う液量変化に応じて変更した。
【0100】
tRNAPylはM. mazei由来のtRNAPyl及びM. alvus 由来のtRNAPylをそれぞれ用いた。PylRS変異体はMmPylRS(Y306A/Y384F/R61K)及びMaPylRS(Y126A/M129L)をそれぞれ用いた。MmPylRS(Y306A/Y384F/R61K)は、MaPylRS変異体の中でもZLys誘導体のような大きいリシン誘導体に対して活性の高い変異体である(Yanagisawa et al., Chem Biol. 2008 Nov 24;15(11):1187-97.)。非天然型アミノ酸はNε -((((E)-cyclooct-2-en-1-yl)oxy)carbonyl)-L-lysine (TCO*-Lys) (SciChem社)、Nε-(p-ethynylbenzyloxycarbonyl)-L-lysine (pEtZLys) (Sundia/Namiki社)、Nε-(p-azidobenzyloxycarbonyl)-L-lysine (pAzZLys) (Sundia/Namiki社)を用いた。非天然型アミノ酸導入用鋳型DNAはpN11GFPS1sh- A17Amb、コントロール用鋳型DNAはpN11GFPS1shを用いた。タンパク質合成反応は反応液30 μLに対して透析外液1 mLで25℃にて一晩透析して行った。合成後の反応液は1 μL相当を約200倍希釈し、蛍光値を励起485 nm、発光535 nmで測定した。合成されたGFPS1タンパク質量は、1 mg/mLの標準GFPS1の蛍光値をもとに定量した。
【0101】
反応液中に添加可能なPylRS変異体量の上限は、水(Milli-Q water)の液量分をPylRSに当てた総量である。MmPylRS変異体は濃縮限界が4 mg/mL以下なため、最大で約10 μM添加可能であった。MaPylRS変異体は濃縮限界が20 mg/mL以上なため、80 μM以上添加可能であった。
【0102】
以上の結果、図8、9に示すように、高濃度のMaPylRS変異体を用いることで、タンパク質合成量が増大することが確認できた。クリックケミストリー反応に有望な非天然型アミノ酸TCO*-Lys導入の結果を図8に示す。PylRS変異体濃度10 μMでは、M. mazeiが約0.25 mg/mL、M. alvus が約0.83 mg/mLのGFPS1タンパク質を合成できた。一方、M. alvusにおいてはPylRS変異体濃度75 μMでの合成が可能であり、50 μMでコントロールの通常合成(WT)と同等以上の3 mg/mLのタンパク質を合成できた。これはMmPylRS変異体を用いた合成の10倍以上である。従って、高濃度のMaPylRS変異体を用いることで、TCO*-Lysを導入したタンパク質の高効率な調製が可能になることが明らかになった。
【0103】
TCO*-Lysよりも導入効率の低いpEtZLysとpAzZLysを用いた場合の結果を図9に示す。PylRS濃度が10 μMのときはM. mazeiとM. alvus 共に、タンパク質合成量が低くかった。一方、MaPylRS変異体では、濃度依存的にタンパク質合成料が増加し、PylRS変異体濃度を75 μMに上げると、pEtZLys導入のタンパク質合成量は、10 μM添加時に比べて約2.5倍の約0.5 mg/mLに上昇した。pAzZLys導入では約4.6倍の約2 mg/mLに上昇し、通常合成のWT合成量に近かった。従って、MaPylRS変異体を高濃度で用いることで、導入効率の低いpEtZLys、pAzZLysにおいて、タンパク質合成量を上げられることが明らかになった。
【0104】
<実施例7>
7.1 無細胞タンパク質合成法におけるMaPylRS変異体を用いたZLys非天然型アミノ酸導入
反応液及び透析外液の組成は上記表1に準じた。このとき、PylRSはPylRS変異体を用いた。tRNAPylはM. alvus 由来のtRNAPylを用いた。PylRS変異体はM. alvus由来の図10の変異体を用いた。非天然型アミノ酸はNε-benzyloxycarbonyl-L-lysine (ZLys) (Bachem社)を用いた。非天然型アミノ酸導入用鋳型DNAはpN11GFPS1sh- A17Amb、コントロール用鋳型DNAはpN11GFPS1shを用いた。合成反応は反応液30 μLに対して透析外液1 mLで25℃にて一晩透析して行った。合成後の反応液は1 μL相当を約200倍希釈し、蛍光値を励起485 nm、発光535 nmで測定した。合成されたGFPS1タンパク質量は、1 mg/mLの標準GFPS1の蛍光値をもとに定量し、コントロールの通常合成に対する割合で表示した。
【0105】
ZLys導入タンパク質の合成量を調べた結果を図10に示す。MaPylRSのアミノ酸ポケット内の126位、129位、168位、206位に変異を導入した結果、コントロールに対して40%以上の合成量を示した。特に、Y126A/M129AとY126A/V168Cは高い合成量を示した。以上の結果から、ZLys導入に適した変異体を作成可能であることが明らかになった。
【0106】
7.2 無細胞タンパク質合成法におけるMaPylRS変異体を用いたmAzZLys非天然型アミノ酸導入
反応液及び透析外液の組成は上記表1に準じた。このとき、PylRSはPylRS変異体を用いた。tRNAPylはM. alvus由来のtRNAPylを用いた。PylRS変異体はM. alvus由来の図11の変異体を用いた。非天然型アミノ酸はNε-(m-azidobenzyloxycarbonyl)-L-lysine (mAzZLys) (Sundia/Namiki社)を用いた。非天然型アミノ酸導入用鋳型DNAはpN11GFPS1sh- A17Amb、コントロール用鋳型DNAはpN11GFPS1shを用いた。合成反応は反応液30 μLに対して透析外液1 mLで25℃にて一晩透析して行った。合成後の反応液は1 μL相当を約200倍希釈し、蛍光値を励起485 nm、発光535 nmで測定した。合成されたGFPS1タンパク質量は、1 mg/mLの標準GFPS1の蛍光値をもとに定量し、コントロールの通常合成に対する割合で表示した。
【0107】
mAzZLys導入タンパク質の合成量を調べた結果を図11に示す。MaPylRSのアミノ酸ポケット内の126位、129位、168位に変異を導入した結果、少なくともコントロールに対して65%以上の合成量を示した。以上の結果から、mAzZLys導入に適した変異体を作成可能であることが明らかになった。
【0108】
<実施例8>
8.1 MaPylRS変異体を用いたTCO*-Lys非天然型アミノ酸導入Fab抗体の調製
Herceptin Fab抗体のL鎖にクリックケミストリー反応に有望な非天然型アミノ酸TCO*-Lysを導入する無細胞タンパク質合成を、下記表2の反応液及び透析外液の組成で行った。
【表2】
【0109】
tRNAPylはM. mazei由来のtRNAPyl及びM. alvus由来のtRNAPylをそれぞれ用いた。PylRS変異体はMmPylRS(Y306A/Y384F/R61K)変異体及びMaPylRS(Y126A/M129L)変異体をそれぞれ用いた。この系での添加可能なtRNAPylとPylRSの最大液量は460 μLのため、それぞれの添加量は、M. mazeiのtRNAPylとPylRS変異体は6.5 μM分、M. alvus由来のtRNAPyl は10 μM分、PylRS変異体は50 μM分だった。鋳型DNAはHerceptin Fab H鎖用のpN11TVGS_Her-Hと、Herceptin Fab L鎖用のアミノ酸番号203部位に非天然型アミノ酸導入部位用コドンを持つpN11TVGS_Her-L-S203Ambを用いた。タンパク質合成反応は反応液5 mLを透析外液50 mLに対して25℃にて一晩透析して行った。合成後の反応液はタグ切断と精製処理を行った。クリックケミストリーは10倍量のTAMRA-tetrazineと混合して25℃で10分及び30分の反応を行った。
【0110】
その結果、図12に示すように、無細胞タンパク質合成反応液1mLあたりのTCO*-Lys導入Herceptin Fab 2量体の合成量はM. alvusを用いた場合は1.7 mgだった。これはM. mazeiを用いた場合の20倍量だった。
【0111】
導入されたTCO*-Lysにクリックケミストリーで蛍光基質TAMRAを結合させた結果を図13、14に示す。TCO*-Lysは反応性が高く、10分間で結合反応はほぼ終了していた。M. alvusを用いた合成では、クリックケミストリー後のL鎖の泳動像が高分子側に移動し、強い蛍光強度を示した。一方、M. mazeiを用いた合成では高分子側に移動している割合がM. alvusの1/2量であり、蛍光強度は約1/3だった。泳動像タンパク質量当たりの蛍光強度がM. alvusが1.5倍高いことから、図12と合わせると、M. alvusを用いた合成により30倍量のTCO*-Lysを導入したFab抗体の調製が可能なことが明らかになった。
【0112】
従って、高濃度のMaPylRS変異体を用いることにより、従来よりも効率的にTCO*-Lysが導入されたFab抗体の調製が可能になった。また、TCO*-Lysの導入により、反応性の高いクリックケミストリーが可能になった。
【0113】
<実施例9>
9.1 大腸菌発現系でのM.mazei、M.alvus、D.hafniense PylRSによる非天然型アミノ酸の導入効率の比較
非天然型アミノ酸(ncAA)はBocLys、AlocLys(Bachem)を使用した。PylRS遺伝子(野生型)はMaPylS(M.alvus PylRS遺伝子)、MmPylS(M.mazei PylRS遺伝子)、DhPylS(D.hafniense PylRSc遺伝子)を使用した。tRNAPyl遺伝子はMaPylT(M.alvus tRNAPyl)、MmPylT(M.mazei tRNAPyl)、DhPylT(D.hafniense tRNAPyl)を使用した。このとき、PylRS遺伝子とtRNAPyl遺伝子は同じ菌由来のものを組み合わせて使用した。大腸菌はBL21-Gold(DE3)を使用した。プラスミドはpBT5シリーズ (T5/lacO-PylRS、T5/lacO-tRNAPyl)を使用した。タンパク質発現用プラスミドはpACYC-GST-GFP(amber3)(T7/lacO-3amb-His6-GST-GFP、N末から3番目のSerをアンバーコドンに変異)を使用した。
【0114】
大腸菌BL21-Gold(DE3)にpBT5シリーズ、pACYC-GST-GFP(amber3)を形質転換後、1mM非天然型アミノ酸(BocLys、AlocLys)を含む2 x YT autoinduction medium 2 mlまたは0.2mlで25℃、24時間培養した。このとき、pBT5シリーズのT5プロモーター(配列番号6)によって、PylRSを高発現させた。96well microplate上で0.19 mlのPBSに大腸菌培養液10μlを入れ希釈、SpectraMAX i3 plate reader (molecular devices)にて485/510nmで蛍光測定、600nmの吸収により換算し、蛍光値を比較した。
【0115】
結果を図15に示す。図中、-ncAAは非天然型アミノ酸無しの条件を意味する。DhPylSを使用したときは、蛍光が検出されなかった。MmPylSを使用したときは蛍光が検出され、導入効率はBocLysで9%であった。一方、MaPylSを使用したときは最も高い蛍光値を示し、BocLys、AlocLysの導入効率はそれぞれ57%、64%であった。PylRSの高発現系において、M.alvusのPylRSを使用したときのBocLysの導入効率はM.mazeiの6倍、AlocLysの導入効率はM.mazeiの14倍であった。なお、MmPylRSを高発現させた大腸菌は増殖の悪化が見られ、MaPylRSを高発現させた大腸菌は増殖の悪化が見られなかった。
【0116】
<実施例10>
10.1 野生型GST-GFP融合タンパク質(3Ser)とアンバー変異GST-GFP融合タンパク質の解析
野生型GST-GFP、又はGST-GFP(amber3)を1mM BocLys存在下、5ml培地で発現させた。菌体を回収後、Bugbuster Master Mix reagent (Merck Millipore)で破砕、GST SpinTrap (GE Healthcare)でタンパク質を精製し、SDS-PAGE、Simplyblue safe stainで染色した。ゲル片を切り出しTrypsin/Lys-C Mix, Mass Spec grade (Promega)で37℃一昼夜消化後、His SpinTrap TALONで精製、0.1%TFAを含む4 %アセトニトリルで溶出後、MALDI-TOF MS分析を行った。
【0117】
結果を図16に示す。MaPylRSを用いて得られたGST-GFP産物は59mg(野生型GST-GFPは106mg)で蛍光値に比例する。トリプシン消化後のMALDI-TOF解析により1-12ペプチド(MNXSSHHHHHHR)の3残基目にBocLysが導入されていること(2のピーク)、野生型はSerであることも確認した(1のピーク)。(3のピークは酸処理(TFA)によるBocLys→Lysへの分解、*は開始Metが外れている産物由来のピーク)。
【0118】
<実施例11>
11.1 大腸菌発現系におけるMaPylRSを用いた非天然型アミノ酸のタンパク質への部位特異的導入
非天然型アミノ酸(ncAA)はBocLys、AlocLys、DBocLys(Bachem)、PocLys(SynChem)を使用した。PylRSはMaPylRS、MmPylRS(R61K/G131E/Y384F)(BocLysRS2)を使用した。tRNAPylはM. alvus由来、M. mazeiのものをそれぞれ使用した。このとき、PylRSとtRNAPylは同じ菌由来のものを組み合わせて使用した。大腸菌はBL21-Gold(DE3)を使用した。プラスミドはpBT5シリーズ (T5/lacO-PylRS、T5/lacO-tRNAPyl)を使用した。タンパク質発現用プラスミドはpACYC-GST-GFP(amber3)(T7/lacO-3amb-His6-GST-GFP、N末から3番目のSerをアンバーコドンに変異)を使用した。
【0119】
大腸菌BL21-Gold(DE3)にpBT5シリーズ(コントロールとしてpBR322)、pACYC-GST-GFP(amber3)を形質転換後、1mM非天然型アミノ酸を含む2 x YT autoinduction medium 2 ml又は0.2mlで25℃、24時間培養した。このとき、pBT5シリーズのT5プロモーターによって、PylRSを高発現させた。96well microplate 上で0.19 mlのPBSに大腸菌培養液10μlを入れ希釈、SpectraMAX i3 plate readerにて485/510nmで蛍光測定、600nmの吸収により換算した。
【0120】
結果を図17に示す。図中、-ncAAは非天然型アミノ酸無しの条件を意味する。PylRSの高発現系において、MaPylRSを使用したときに、BocLys、DBocLys、AlocLys、PocLysをMmPylRS(R61K/G131E/Y384F)を使用したときよりも効率良く導入できた。なお、MmPylRS変異体を高発現させた大腸菌は増殖の悪化が見られ、MaPylRSを高発現させた大腸菌は増殖の悪化が見られなかった。
【0121】
<実施例12>
12.1 大腸菌発現系におけるMaPylRS変異体を用いたZLys系非天然型アミノ酸のタンパク質への部位特異的導入
非天然型アミノ酸は、ZLys(渡辺化学)、oClZLys、pNO2ZLys(Bachem)、pTmdZLys、oAzZLys、mAzZLys、oEtZLys、AmAzZLys、AzNO2ZLys(新成化学)を使用した。MaPylRS変異体は、Y126A/M129L、Y126A/M129L/Y206Fを使用した。MmPylRS変異体は、Y306A/Y384Fを使用した。tRNAPylはM. alvus由来、M. mazeiのものをそれぞれ使用した。このとき、PylRSとtRNAPylは同じ菌由来のものを組み合わせて使用した。大腸菌はBL21-Gold(DE3)を使用した。プラスミドはpBT5シリーズ(T5/lacO-PylRS、T5/lacO-tRNAPyl)を使用した。タンパク質発現用プラスミドはpACYC-GST-GFP(amber3)(T7/lacO-3amb-His6-GST-GFP、N末から3番目のSerをアンバーコドンに変異)を使用した。
【0122】
大腸菌BL21-Gold(DE3)にpBT5シリーズ(コントロールとしてpBR322)、pACYC-GST-GFP(amber3)を形質転換後、1mM非天然型アミノ酸を含む2 x YT autoinduction medium 2ml又は0.2mlで25℃、24時間培養した。このとき、pBT5シリーズのT5プロモーターによって、PylRSを高発現させた。96well microplate 上で0.19 mlのPBSに大腸菌培養液10μl を入れ希釈、SpectraMAX i3 plate readerにて485/510nmで蛍光測定、600nmの吸収により換算、野生型GST-GFPwtの蛍光を1として蛍光値を比較した。
【0123】
結果を図18に示す。図中、-ncAAは非天然型アミノ酸無しの条件を意味する。PylRSの高発現系において、すべてのZLys誘導体が導入できた。導入効率はMaPylRS(Y126A/M129L)が最も高かった。特にMaPylRS(Y126A/M129L)はMmPylRS(Y306A/Y384F)よりも(3~18倍)導入効率が高かった。なお、MmPylRS変異体を高発現させた大腸菌は増殖の悪化が見られ、MaPylRS変異体を高発現させた大腸菌は増殖の悪化が見られなかった。
【0124】
<実施例13>
13.1 小麦胚芽系無細胞タンパク質合成法におけるPylRS濃度依存性確認
真核生物タンパク質合成系におけるM. alvus PylRS高濃度化の有効性を確認するために、小麦胚芽系無細胞タンパク質合成法のPremium PLUS Expression Kit (株式会社セルフリーサイエンス)を用いてTCO*Lysの導入試験を行った。
【0125】
tRNAPylはM. mazei由来のtRNAPyl及び M. alvus由来のtRNAPylを用いた。PylRS変異体はM. mazei 由来のPylRS(Y306A/Y384F/R61K)及びM. alvus由来のPylRS(Y126A/M129L)を用い、反応液に10 μMから50 μMの範囲で添加した。非天然型アミノ酸はTCO*Lysを終濃度1 mMで用いた。非天然型アミノ酸導入用鋳型DNAはpEU-E01-GFPS1sh-A17Ambを用いた。合成反応は基質溶液206 μLを翻訳反応液約20 μLに重層する方法で15℃にて20時間行った。合成後の混合液20 μLを約10倍希釈し、蛍光値を励起485 nm、発光535 nmで測定した。合成されたGFPS1タンパク質量は、1 mg/mLの標準GFPS1の蛍光値をもとに定量した。
【0126】
その結果、図19に示すように、10 μM PylRSを超える濃度でタンパク質合成量が増大し、50 μM PylRSでは約7.2倍に上昇することが確認できた。よって、真核生物タンパク質合成系においてM. alvus PylRSの高濃度化の有効性が確認できた。
【0127】
<実施例14>
14.1 ヒト系無細胞タンパク質合成法におけるPylRS濃度依存性確認
真核生物の中でも特に有用なヒト細胞由来のタンパク質合成系におけるM. alvus PylRSの有効性を確認するために、ヒト細胞系無細胞タンパク質合成法のHuman Cell-Free Protein Expression Maxi System (TAKARA)を用いてTCO*Lysの導入試験を行った。
【0128】
tRNAPylはM. alvus由来のtRNAPylを用いた。PylRS変異体はM. alvus由来のPylRS(Y126A/M129L)を用い、反応液に10 μMから50 μMの範囲で添加した。非天然型アミノ酸はTCO*Lysを終濃度1 mMで用いた。非天然型アミノ酸導入用鋳型DNAはpN11GFPS1sh-A17Ambを用いた。合成反応は反応溶液30 μLを反応外液350 μLに透析する方法で32℃にて20時間行った。合成後の混合液20 μLを約10倍希釈し、蛍光値を励起485 nm、発光535 nmで測定した。合成されたGFPS1タンパク質量は、1 mg/mLの標準GFPS1の蛍光値をもとに定量した。
【0129】
その結果、図20に示すように、PylRS濃度が上昇するに伴いタンパク質合成量が増大し、50 μM PylRSでは約1.8倍に上昇することが確認できた。よって、ヒト細胞無細胞タンパク質合成系においてM. alvus PylRSの高濃度化の有効性が確認できた。又、無細胞タンパク質合成法で有効性が示されたことにより、同じ転写翻訳系を用いているヒト細胞発現系での有効性があることが確認された。
【0130】
<実施例15>
15.1 AcLys導入確認試験
M. alvus PylRSを使用して、非天然型アミノ酸Nε-acetyl-L-lysine (AcLys)の導入を確認した。
【0131】
反応液及び透析外液の組成は上記表1に準じた。このとき、tRNAPylはM. alvus由来のtRNAPyl、PylRS変異体はM. alvus由来のPylRS:AcLysRS3(121V/125I/126F/129A/168F)及びAcLysRS3-IP(121V/125I/126F/129A/168F/227I/228P)を、反応液に10 μM添加し、AcLysは終濃度1 mMで用いた。非天然型アミノ酸導入用鋳型DNAはpN11GFPS1sh- A17Amb、コントロール用鋳型DNAはpN11GFPS1shを用いた。合成反応は反応液30 μLに対して透析外液1 mLで25℃にて一晩透析して行った。合成後の反応液は1 μL相当を約200倍希釈し、蛍光値を励起485 nm、発光535 nmで測定した。合成されたGFPS1タンパク質量は、1 mg/mLの標準GFPS1の蛍光値をもとに定量した。
【0132】
その結果、図21に示すように、M. alvus PylRS変異体を用いることでAcLysが導入できることが確認できた。
【0133】
<実施例16>
16.1 Phe誘導体の導入確認試験
M. alvus PylRSを使用して、Phenylalanine(Phe)誘導体である3-iodo-L-Phenylalanine (IPhe)の導入を確認した。
【0134】
反応液及び透析外液の組成は上記表1に準じた。このとき、tRNAPylはM. alvus由来のtRNAPyl、PylRS変異体はM. alvus由来のPylRS(166A/168A)及びPylRS(166A/168A/227I/228P)を、反応液に10 μM添加し、IPheは終濃度1 mMで用いた。非天然型アミノ酸導入用鋳型DNAはpN11GFPS1sh- A17Amb、コントロール用鋳型DNAはpN11GFPS1shを用いた。また、Phe誘導体用の変異体はPhenylalanine自体を導入する報告例があるので、IPheを添加しない場合の合成も確認した。合成反応は反応液30 μLに対して透析外液1 mLで25℃にて一晩透析して行った。合成後の反応液は1 μL相当を約200倍希釈し、蛍光値を励起485 nm、発光535 nmで測定した。合成されたGFPS1タンパク質量は、1 mg/mLの標準GFPS1の蛍光値をもとに定量した。
【0135】
その結果、図22に示すように、M. alvus PylRS変異体を用いることでIPheが導入できることが確認できた。よってM. alvus PylRS変異体はPhe誘導体に有効であることが確認できた。
【0136】
<実施例17>
17.1 Tyr誘導体の導入確認試験
M. alvus PylRSを使用して、Tyrosine(Tyr)誘導体であるo-propargyl-L-tyrosine (oPgTyr)の導入を確認した。
【0137】
反応液及び透析外液の組成は上記表1に準じた。このとき、tRNAPylはM. alvus由来のtRNAPyl、PylRS変異体はM. alvus由来のPylRS(166A/168A)を反応液に10 μM添加し、oPgTyrは終濃度1 mMで用いた。非天然型アミノ酸導入用鋳型DNAはpN11GFPS1sh- A17Amb、コントロール用鋳型DNAはpN11GFPS1shを用いた。合成反応は反応液30 μLに対して透析外液1 mLで25℃にて一晩透析して行った。合成後の反応液は1 μL相当を約200倍希釈し、蛍光値を励起485 nm、発光535 nmで測定した。合成されたGFPS1タンパク質量は、1 mg/mLの標準GFPS1の蛍光値をもとに定量した。
【0138】
その結果、図23に示すように、M. alvus PylRS変異体を用いることでoPgTyrが導入できることが確認できた。よってM. alvus PylRS変異体はTyr誘導体に有効であることが確認できた。
【0139】
<実施例18>
18.1 Methanogenic archaeon ISO4-G1由来のPylRSの確認試験
メタン生成古細菌であるMethanogenic archaeon ISO4-G1のPylRS(G1PylRS)の評価を行った。合成に用いたDNA配列は、ISO4-G1のPylRSがATGGTAGTCAAATTCACTGACAGCCAAATCCAACATCTGATGGAGTATGGTGATAATGATTGGAGCGAGGCAGAATTTGAGGACGCTGCTGCTCGTGATAAAGAGTTTTCAAGCCAATTCTCCAAGTTGAAGAGTGCGAACGACAAAGGATTGAAAGACGTCATTGCGAACCCGCGTAATGACCTGACCGACCTTGAAAATAAGATTCGTGAGAAACTTGCTGCACGCGGTTTCATCGAAGTGCATACGCCTATTTTTGTATCTAAGAGTGCATTAGCCAAGATGACAATCACCGAGGATCATCCTTTATTCAAGCAGGTCTTCTGGATCGACGACAAACGTGCCTTGCGTCCAATGCATGCGATGAATCTTTATAAGGTAATGCGCGAGTTGCGCGATCACACAAAGGGACCAGTCAAGATCTTCGAGATTGGCTCGTGCTTCCGCAAGGAAAGCAAGTCATCGACGCATTTGGAAGAATTCACTATGCTGAACTTAGTTGAGATGGGACCCGATGGCGACCCTATGGAGCACCTTAAGATGTATATTGGAGACATCATGGACGCGGTTGGTGTAGAATACACCACCTCACGTGAGGAGTCTGATGTGTACGTAGAGACACTTGACGTGGAGATCAATGGAACTGAAGTTGCGTCAGGAGCAGTAGGTCCTCATAAGCTTGACCCTGCCCACGATGTGCATGAACCCTGGGCAGGAATCGGATTCGGACTGGAGCGTCTGTTGATGCTTAAGAACGGTAAATCGAATGCTCGTAAGACAGGCAAAAGTATCACCTATTTGAATGGTTACAAATTGGAT(配列番号7)であり、tRNAPylがGGAGGGCGCTCCGGCGAGCAAACGGGTCTCTAAAACCTGTAAGCGGGGTTCGACCCCCCGGCCTTTCGCCA(配列番号8)である。ISO4-G1のtRNAPylのRNA配列はGGAGGGCGCUCCGGCGAGCAAACGGGUCUCUAAAACCUGUAAGCGGGGUUCGACCCCCCGGCCUUUCGCCA(配列番号9)である。
【0140】
大腸菌無細胞タンパク質合成系の反応溶液にISO4-G1のtRNAPyl及びPylRSをそれぞれ10 μM、BocLys又はPocLysを1 mM添加した。非天然型アミノ酸導入用鋳型DNAはpN11GFPS1sh- A17Amb、コントロール用鋳型DNAはpN11GFPS1shを用いた。合成反応は反応液30 μLに対して透析外液1 mLで25℃にて一晩透析して行った。合成後の反応液は1 μL相当を約200倍希釈し、蛍光値を励起485 nm、発光535 nmで測定した。合成されたGFPS1タンパク質量は、1 mg/mLの標準GFPS1の蛍光値をもとに定量した。
【0141】
その結果、図24に示すようにISO4-G1のPylRSを用いて、効率の良い非天然型アミノ酸の導入によるタンパク質合成が確認できた。また、コントロールに対する合成量をM. mazei及びM. alvusのPylRSと比較した結果を図25示す。この結果から、ISO4-G1 PylRSが有効であることが確認できた。G1PylRSが無細胞タンパク質合成系においてこのような優れた導入効率を示したことは驚くべき結果であった。
【0142】
<実施例19>
19.1 Methanogenic archaeon ISO4-G1 PylRS変異体の確認試験
Methanogenic archaeon ISO4-G1 PylRSの変異体としてPylRS(Y125A/M128A)及びPylRS(Y125A/M128L)を用いて、非天然型アミノ酸導入確認を行った。非天然型アミノ酸はZLys、TCO*Lys、BCNLys、pETZLys、pAzZLysを確認した。大腸菌無細胞タンパク質合成系の反応溶液にISO4-G1のtRNAPyl及びPylRS変異体をそれぞれ10 μM、非天然型アミノ酸を1 mM添加した。非天然型アミノ酸導入用鋳型DNAはpN11GFPS1sh- A17Amb、コントロール用鋳型DNAはpN11GFPS1shを用いた。合成反応は反応液30 μLに対して透析外液1 mLで25℃にて一晩透析して行った。合成後の反応液は1 μL相当を約200倍希釈し、蛍光値を励起485 nm、発光535 nmで測定した。合成されたGFPS1タンパク質量は、1 mg/mLの標準GFPS1の蛍光値をもとに定量した。
【0143】
その結果、図26に示すようにISO4-G1のPylRS変異体を用いて、効率の良い非天然型アミノ酸の導入によるタンパク質合成が確認できた。また、コントロールに対する合成量をM. mazeiのPylRS変異体と比較した結果を図27に示す。この結果から、ISO4-G1 PylRS変異体が有効であることが確認できた。
【0144】
<実施例20>
20.1 無細胞タンパク質合成法におけるMethanogenic archaeon ISO4-G1濃度依存性確認試験
Methanogenic archaeon ISO4-G1 PylRS及びPylRS変異体はM. alvus PylRS同様に濃縮限界が高く、高濃度で使用可能である。そこで、図27でコントロール合成量100%に到達しなかったpEtZLysにおいて、Methanogenic archaeon ISO4-G1 PylRS変異体のPylRS(Y125A/M128L)を用いた時の濃度依存性を確認した。
反応液および透析外液の組成は表1に準じた。
【0145】
Methanogenic archaeon ISO4-G1 PylRS(Y125A/M128L)は10 μMから75 μMの範囲で使用した。ISO4-G1のtRNAPylは10 μM、非天然型アミノ酸pEtZLysは1 mM添加した。鋳型DNAはpN11GFPS1sh- A17Ambを用いた。合成反応は反応液(Reaction solution)30 μLを透析外液(External solution)1 mLに対して25℃にて一晩透析して行った。合成後の反応液は1 μL相当を約200倍希釈し、蛍光値を励起485 nm、発光535 nmで測定した。合成されたGFPS1タンパク質量は、1 mg/mLの標準GFPS1の蛍光値をもとに定量した。
【0146】
その結果、図28に示すように、10 μMを超える濃度でタンパク質合成量が増大し、75 μM PylRSでは約6.8倍に上昇することが確認できた。この結果から、ISO4-G1 PylRS変異体は高濃度で使用することが有効であることが確認できた。
【0147】
<実施例21>
21.1 動物細胞におけるmAzZLysのタンパク質への導入
M. alvus PylRS変異体(Y126A/M129L/H227I/Y228P)とM. alvus tRNAPyl、又はMethanogenic archaeon ISO4-G1 PylRS変異体(Y125A/M128L)とISO4-G1 tRNAPylを動物細胞(HEK293c18細胞)で高発現するために、非特許文献(Mukai, et al., Biochem. Biophys. Res. Commun. Vol. 371, pp. 818-822(2008))に記載されたシステムを用いた。タンパク質については、その遺伝子のコード領域にアンバー・コドンを導入(T137又はN157)した変異遺伝子並びにその発現システムを用いた。
【0148】
結果を図29に示す。いずれの場合においても、タンパク質に非天然型アミノ酸が導入されたことが確認された。本実験においては、各tRNA遺伝子について9コピーではなく、1コピーで行ったにもかかわらず、非天然型アミノ酸が導入されたタンパク質を合成することができた。以上の実験により、動物細胞内における所望の部位へのmAzZLysの特異的導入に対して、M. alvus PylRS変異体(Y126A/M129L/H227I/Y228P)又はMethanogenic archaeon ISO4-G1 PylRS変異体(Y125A/M128L)の高発現系が有効であることが示された。
【0149】
以上、本発明を実施例に基づいて説明した。この実施例はあくまで例示であり、種々の変形例が可能なこと、またそうした変形例も本発明の範囲にあることは当業者に理解されるところである。
図1
図2
図3
図4
図5
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図8
図9
図10
図11
図12
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図14
図15
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