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特許7667645珪炭化バナジウム膜、珪炭化バナジウム膜被覆部材および珪炭化バナジウム膜被覆部材の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-04-15
(45)【発行日】2025-04-23
(54)【発明の名称】珪炭化バナジウム膜、珪炭化バナジウム膜被覆部材および珪炭化バナジウム膜被覆部材の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 16/30 20060101AFI20250416BHJP
   C01B 33/00 20060101ALI20250416BHJP
   C23C 16/42 20060101ALI20250416BHJP
   C23C 16/515 20060101ALI20250416BHJP
   B21D 37/18 20060101ALN20250416BHJP
   B21D 37/20 20060101ALN20250416BHJP
   B23B 27/14 20060101ALN20250416BHJP
【FI】
C23C16/30 ZAB
C01B33/00
C23C16/42
C23C16/515
B21D37/18
B21D37/20 Z
B23B27/14 A
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2020163022
(22)【出願日】2020-09-29
(65)【公開番号】P2021055189
(43)【公開日】2021-04-08
【審査請求日】2023-08-01
(31)【優先権主張番号】P 2019180086
(32)【優先日】2019-09-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】306039120
【氏名又は名称】DOWAサーモテック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101557
【弁理士】
【氏名又は名称】萩原 康司
(74)【代理人】
【識別番号】100096389
【弁理士】
【氏名又は名称】金本 哲男
(74)【代理人】
【識別番号】100167634
【弁理士】
【氏名又は名称】扇田 尚紀
(74)【代理人】
【識別番号】100187849
【弁理士】
【氏名又は名称】齊藤 隆史
(72)【発明者】
【氏名】羽深 智
(72)【発明者】
【氏名】松岡 宏之
【審査官】宮崎 園子
(56)【参考文献】
【文献】特開平07-300649(JP,A)
【文献】特開2019-035108(JP,A)
【文献】特開平10-225824(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 16/30
C23C 16/515
C01B 33/00
B23B 27/14
B21D 37/20
B21D 37/18
C23C 16/42
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
バナジウムと、珪素と、炭素とを含有し、
膜中のバナジウム元素濃度と、珪素元素濃度と、炭素元素濃度の合計が90at%以上であり、
前記膜中のバナジウム元素濃度が8~30at%、珪素元素濃度が8~30at%、炭素元素濃度が40~80at%である、珪炭化バナジウム膜。
【請求項2】
前記膜中のバナジウム元素濃度と、珪素元素濃度と、炭素元素濃度が下記(1)式を満たす、請求項1に記載の珪炭化バナジウム膜。
(炭素元素濃度-バナジウム元素濃度-珪素元素濃度)≧10.0at%・・・(1)
【請求項3】
硬さが2700HV以上である、請求項1または2に記載の珪炭化バナジウム膜。
【請求項4】
基材と、
前記基材上に形成された請求項1~のいずれか1項に記載の珪炭化バナジウム膜と、を備えた、珪炭化バナジウム膜被覆部材。
【請求項5】
請求項に記載の珪炭化バナジウム膜被覆部材を製造する方法であって、
チャンバー内に塩化バナジウムガスと、珪素源ガスと、炭素源ガスと、水素ガスとを供給し、プラズマ化学蒸着法を用いて基材上に珪炭化バナジウム膜を形成して前記珪炭化バナジウム膜被覆部材を製造する、珪炭化バナジウム膜被覆部材の製造方法。
【請求項6】
珪炭化バナジウム膜形成工程において、パルス電源を用いてパルス1周期あたりの電圧印加時間であるDuty比を5~60%に設定してパルス電圧を印加する、請求項に記載の珪炭化バナジウム膜被覆部材の製造方法。
【請求項7】
珪炭化バナジウム膜形成工程において、前記チャンバー内に前記塩化バナジウムガス、前記珪素源ガス、前記炭素源ガス、前記水素ガスおよびアルゴンガスを供給し、
前記塩化バナジウムガス、前記珪素源ガス、前記炭素源ガス、前記水素ガスおよびアルゴンガスの流量比が1:0.25~2:3~20:20~35:0.5~2である、請求項またはに記載の珪炭化バナジウム膜被覆部材の製造方法。
【請求項8】
前記珪素源ガスが有機シランガスである、請求項のいずれか1項に記載の珪炭化バナジウム膜被覆部材の製造方法。
【請求項9】
前記有機シランガスがモノメチルシランガスである、請求項に記載の珪炭化バナジウム膜被覆部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、珪炭化バナジウム膜、珪炭化バナジウム膜被覆部材および珪炭化バナジウム膜被覆部材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、プレス加工や鍛造加工に用いられる金型の表面には、被成型材の加工時における接触摩擦に起因した金型表面の摩耗や被成型材の傷つきを防ぐため、潤滑性に富むバナジウム系膜が形成されている。そのようなバナジウム系膜として、特許文献1には、プラズマ化学蒸着法を用いて鋼材の表面にバナジウムと、珪素と、炭素と、窒素とを含む珪炭窒化バナジウム膜を被覆することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2019-035108号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
昨今、環境保護の観点から、例えば金型による被成型材のプレス加工や鍛造加工において、潤滑油の使用量削減や潤滑油を用いない、いわゆるセミドライ環境やドライ環境で加工を行うことが求められている。そのような環境下でのプレス加工や鍛造加工を可能とするためには、より低い摩擦係数の膜を金型表面に形成することが望まれる。しかしながら、特許文献1に記載された珪炭窒化バナジウム膜は耐摩耗性に優れるものの、摩擦係数の観点においては改良の余地があった。
【0005】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、摩擦係数が低いバナジウム系膜を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、バナジウム(V)と珪素(Si)と炭素(C)を含むバナジウム系膜において、膜中のバナジウム元素濃度[at%]と、珪素元素濃度[at%]と、炭素元素濃度[at%]の合計が所定の数値範囲を満たす場合にバナジウム系膜の摩擦係数が低くなることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
上記課題を解決する本発明の一態様は、以下に列挙されるものである。
[1]バナジウムと、珪素と、炭素とを含有し、
膜中のバナジウム元素濃度と、珪素元素濃度と、炭素元素濃度の合計が90at%以上であり、
前記膜中のバナジウム元素濃度が8~30at%、珪素元素濃度が8~30at%、炭素元素濃度が40~80at%である、珪炭化バナジウム膜
[2]前記膜中のバナジウム元素濃度と、珪素元素濃度と、炭素元素濃度が下記(1)式を満たす、[1]に記載の珪炭化バナジウム膜。
(炭素元素濃度-バナジウム元素濃度-珪素元素濃度)≧10.0at%・・・(1)
]硬さが2700HV以上である、[1]または[2]に記載の珪炭化バナジウム膜。
]基材と、前記基材上に形成された[1]~[]のいずれかに記載の珪炭化バナジウム膜と、を備えた、珪炭化バナジウム膜被覆部材。
]上記[]に記載の珪炭化バナジウム膜被覆部材を製造する方法であって、チャンバー内に塩化バナジウムガスと、珪素源ガスと、炭素源ガスと、水素ガスとを供給し、プラズマ化学蒸着法を用いて基材上に珪炭化バナジウム膜を形成して前記珪炭化バナジウム膜被覆部材を製造する、珪炭化バナジウム膜被覆部材の製造方法。
]珪炭化バナジウム膜形成工程において、パルス電源を用いてパルス1周期あたりの電圧印加時間であるDuty比を5~60%に設定してパルス電圧を印加する、[]に記載の珪炭化バナジウム膜被覆部材の製造方法。
]珪炭化バナジウム膜形成工程において、前記チャンバー内に前記塩化バナジウムガス、前記珪素源ガス、前記炭素源ガス、前記水素ガスおよびアルゴンガスを供給し、
前記塩化バナジウムガス、前記珪素源ガス、前記炭素源ガス、前記水素ガスおよびアルゴンガスの流量比が1:0.25~2:3~20:20~35:0.5~2である、[]または[]に記載の珪炭化バナジウム膜被覆部材の製造方法。
]前記珪素源ガスが有機シランガスである、[]~[]のいずれかに記載の珪炭化バナジウム膜被覆部材の製造方法。
]前記有機シランガスがモノメチルシランガスである、[]に記載の珪炭化バナジウム膜被覆部材の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、摩擦係数が低い珪炭化バナジウム膜を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】本発明の一実施形態に係る珪炭化バナジウム膜被覆部材の概略構成を示す図である。
図2】本発明の一実施形態に係る珪炭化バナジウム膜の成膜装置の概略構成を示す図である。
図3】試験片の形状を示す図である。
図4】ボールオンディスク試験の模式図である。
図5】珪炭化バナジウム膜(VSiC)のX線回折スペクトルを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の一実施形態について、図面を参照しながら説明する。なお、本明細書および図面において、実質的に同一の機能構成を有する要素においては、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
【0011】
(珪炭化バナジウム膜被覆部材)
図1は、本実施形態の珪炭化バナジウム膜被覆部材1の概略構成を示す図である。本実施形態の珪炭化バナジウム膜被覆部材1は、基材2と、基材2の上に形成された珪炭化バナジウム膜3で構成されている。珪炭化バナジウム膜被覆部材1は、プレス加工用や鍛造加工用に用いる金型以外にも、例えば、切削工具、歯切工具、鍛造工具、自動車部品など、様々な工具や部品として採用される。
【0012】
基材2の種類は特に限定されず、珪炭化バナジウム膜被覆部材1の用途に応じて適した材料が用いられる。例えば、金型や工具などの基材2の材料としては、SKD11、DC53、またはSKH51等のいわゆる冷間工具鋼、冷間金型用鋼(冷間ダイス鋼)または高速度工具鋼(ハイス鋼)等の各種鋼材が採用され得る。
【0013】
(珪炭化バナジウム膜)
本実施形態の珪炭化バナジウム膜3は、バナジウム(V)、珪素(Si)、炭素(C)を含有し、バナジウム元素濃度と、珪素元素濃度と、炭素元素濃度の合計が90at%以上の膜である。後述の実施例で示されるように、バナジウム元素濃度と、珪素元素濃度と、炭素元素濃度との合計が90at%以上の珪炭化バナジウム膜3は、接触する他部材(例えば珪炭化バナジウム膜被覆部材1が金型である場合は被成型材)との摩擦係数が低い膜である。“接触する他部材”は特に限定されないが、鋼材全般、例えば合金鋼、炭素鋼などや、アルミニウム合金材、マグネシウム合金材、チタン合金材などが挙げられる。珪炭化バナジウム膜3と、接触する他部材の摩擦係数が低くなる理由は、珪炭化バナジウム膜3中にアモルファスな炭化珪素(SiC)が多く含まれることによって、珪炭化バナジウム膜3が他部材と摺動した際に膜表面に酸化被膜が形成され、良好な摺動特性が発現するためであると考えられる。
【0014】
珪炭化バナジウム膜3中のバナジウム元素濃度と、珪素元素濃度と、炭素元素濃度の合計は93at%以上であることがより好ましい。さらに好ましくは、95at%以上である。また、珪炭化バナジウム膜3は、10at%以下の非金属元素が含まれていてもよい。非金属元素は珪炭化バナジウム膜形成工程で供給される原料ガスやアルゴンガスに含まれるフッ素、アルゴン、塩素、水素や、珪炭化バナジウム膜を成膜する成膜装置のチャンバー内に残存するガスに含まれる酸素、窒素などが挙げられる。珪炭化バナジウム膜3に含まれる非金属元素は、7at%以下であることがより好ましい。さらに好ましくは、5at%以下である。なお、珪炭化バナジウム膜3中のバナジウム元素濃度と、珪素元素濃度と、炭素元素濃度は、EPMAによる組成分析によって測定することができる。また、珪炭化バナジウム膜3のX線回折スペクトルは、炭化バナジウムのピークを有しており、珪炭化バナジウム、炭化珪素および珪化バナジウムのピークは観測されなかった。珪炭化バナジウム膜3は、非晶質の膜であってもよく、例えば炭化バナジウムのピークが観測されなくてもよい。
【0015】
珪炭化バナジウム膜3は、バナジウム元素濃度が8~30at%、珪素元素濃度が8~30at%および炭素元素濃度が40~80at%であることが好ましい。バナジウム元素濃度が8~30at%の場合、バナジウム由来の潤滑性向上の効果が得られやすくなり、珪炭化バナジウム膜3と他部材との摩擦係数が低くなりやすい。珪素元素濃度が8~30at%の場合、珪炭化バナジウム膜3中にアモルファスな炭化珪素(SiC)が形成されやすくなり、珪炭化バナジウム膜3が他部材と摺動した際に膜表面に酸化被膜が形成され、珪炭化バナジウム膜3と他部材との摩擦係数が低くなりやすい。炭素元素濃度が40~80at%の場合、珪炭化バナジウム膜3中にアモルファスな炭化珪素(SiC)やアモルファスな炭素が形成されやすくなり、珪炭化バナジウム膜3と他部材との摩擦係数が低くなりやすい。なお、バナジウム元素濃度は9at%以上であることがより好ましい。また、バナジウム元素濃度は25at%以下であることがより好ましい。珪素元素濃度は9at%以上であることがより好ましい。また、珪素元素濃度は25at%以下であることがより好ましい。炭素元素濃度は50at%以上であることがより好ましい。また、炭素元素濃度は80at%以下であることがより好ましい。
【0016】
摩擦係数をさらに低減させる観点からは、珪炭化バナジウム膜3中のバナジウム元素濃度と、珪素元素濃度と、炭素元素濃度が下記(1)式を満たすことがより好ましい。
(炭素元素濃度-バナジウム元素濃度-珪素元素濃度)≧10.0at%・・・(1)
【0017】
上記の(1)式を満たすことで、珪炭化バナジウム膜3中に、摩擦係数が低いことで知られるアモルファス炭素が多く含まれるため、珪炭化バナジウム膜3の摩擦係数がより低くなると考えられる。摩擦係数をさらに低減させる観点からは、珪炭化バナジウム膜3中のバナジウム元素濃度と、珪素元素濃度と、炭素元素濃度が下記(2)式を満たすことがより好ましい。
(炭素元素濃度-バナジウム元素濃度-珪素元素濃度)≧14.0at%・・・(2)
【0018】
珪炭化バナジウム膜3の硬さは、用途に応じて適宜設定されるが、耐久性に優れた膜を得る観点からは2700HV以上であることが好ましい。なお、本明細書における膜の硬さとはビッカース硬さである。硬さの測定はナノインデンテーション法を用いて行われる。具体的には、最大押し込み荷重を3mNとして試験片にバーコビッチ型のダイヤモンド圧子を押し込み、連続的に押し込み深さを計測し、押し込み深さの計測データから得られたマルテンス硬さをビッカース硬さに換算することで膜の硬さが測定される。珪炭化バナジウム膜3の膜厚は、用途に応じて適宜設定されるが、例えば金型の基材上に珪炭化バナジウム膜3を形成する場合は、膜厚は0.5~4μmであることが好ましい。また、珪炭化バナジウム膜被覆部材1は、必要に応じて、基材2と珪炭化バナジウム膜3の間に、バナジウム膜や炭化バナジウム膜等の中間層を有していてもよい。
【0019】
次に、珪炭化バナジウム膜被覆部材1の製造方法について説明する。
【0020】
本実施形態では、成膜装置内に供給された原料ガスをプラズマ化させて成膜を行うプラズマ化学蒸着法によって基材2上に珪炭化バナジウム膜3を形成して珪炭化バナジウム膜被覆部材1を製造する。珪炭化バナジウム膜3の成膜装置としては、例えば図に示すようなプラズマ処理装置10が用いられる。プラズマ処理装置10は、基材2が搬入されるチャンバー11と、陽極12および陰極13と、陽極12と陰極13との間にパルス電圧を印加する直流のパルス電源14とを備えている。チャンバー11の上部には各原料ガスが供給されるガス供給管15が接続され、チャンバー11の下部にはチャンバー11内のガスを排気するガス排気管16が接続されている。ガス排気管16の下流側には真空ポンプ(不図示)が設けられている。陰極13は基材2を支持する支持台としての役割も有しており、チャンバー11内に搬入された基材2は陰極13上に載置される。チャンバー11の内部にはヒーター(不図示)が設けられており、ヒーターによりチャンバー11内の雰囲気温度が調節されることで基材2の温度が調節される。
【0021】
なお、プラズマ処理装置10の構成は本実施形態で説明したものに限定されない。例えば直流のパルス電源14に代えて高周波電源を用いてもよいし、原料ガスを供給するシャワーヘッド(不図示)を設け、それを陽極12として用いてもよい。また、ヒーターを設けずにグロー電流のみで基材2を加熱してもよい。すなわち、プラズマ処理装置10は、チャンバー11内に供給される原料ガスをプラズマ化することが可能であって、基材2に珪炭化バナジウム膜3を形成して珪炭化バナジウム膜被覆部材1を製造できる構造となっていればよい。
【0022】
<成膜処理準備>
チャンバー11に基材2を搬入して所定位置に基材2をセットする。その後、チャンバー11内の圧力を例えば10Pa以下となるように真空排気を行う。このときチャンバー11内の温度は室温程度となっている。続いて、例えばヒーターを作動させて基材2のベーキング処理を行った後、ヒーターの電源を切り、プラズマ処理装置10を放置してチャンバー11内を冷却する。
【0023】
次に、チャンバー11内に少量の水素ガスを供給し、再度ヒーターを作動させる。この加熱工程では基材2の温度をプラズマ処理温度近傍まで昇温させる。チャンバー11内の圧力は例えば100Pa程度に維持される。
【0024】
<珪炭化バナジウム膜形成工程>
次に、珪炭化バナジウム膜3を成膜するための原料ガスとして、チャンバー11内に塩化バナジウムガス、珪素源ガス、炭素源ガスおよび水素ガスを供給し、パルス電源14を用いて陽極12と陰極13の間にパルス電圧を印加する。これにより、陽極12と陰極13の間においてチャンバー11内に供給した原料ガスがプラズマ化し、基材2上に珪炭化バナジウム膜3が形成される。
【0025】
塩化バナジウムガスとしては、例えば四塩化バナジウム(VCl4)ガス、三塩化酸化バナジウム(VOCl3)ガスが用いられる。なお、ガスを構成する元素の数が少なく、珪炭化バナジウム膜3中の不純物を取り除くことが容易になるという観点では、塩化バナジウムガスとして四塩化バナジウムガスを用いることが好ましい。また、四塩化バナジウムガスは、入手が容易で、常温において液体であり、ガスとしての供給が容易な点でも好ましい。
【0026】
珪素源ガスとしては、例えばモノシランガス、ジシランガス、ジクロロシランガス、トリクロロシランガス、四塩化珪素ガス、四フッ化珪素ガス等のシラン系ガス等が用いられる。ここで例示されるガスは単独で供給されてもよいし、2種以上のガスが混合されて供給されてもよい。これらのガスの中では、水素プラズマによって容易に塩素原子を取り去ることができ、熱的に安定で、かつ、プラズマ中でのみ分解する四塩化珪素(SiCl4)ガスを用いることが好ましい。また、珪素源ガスとして、珪素に炭化水素官能基が結合した分子構造の有機シランガスを用いてもよい。有機シランガスは、炭化水素官能基を有しているため、炭素源ガスとしても機能する。有機シランガスは、珪素に炭化水素官能基が結合した分子構造のものであれば特に限定されないが、例えばモノメチルシランガス、ジメチルシランガス、トリメチルシランガス、テトラメチルシランガス等である。
【0027】
炭素源ガスとしては、例えばメタンガス、エタンガス、エチレンガス、アセチレンガスなどの炭化水素ガスが用いられる。ここで例示されるガスは単独で供給されてもよいし、2種以上のガスが混合されて供給されてもよい。また、前述の有機シランガスと炭素源ガスの混合ガスを用いてもよい。そのような混合ガスを使用する場合には炭素源ガスを単独で使用する場合に比べて成膜速度が向上する。
【0028】
珪炭化バナジウム膜形成工程で供給される原料ガスに塩化バナジウムガスが含まれる場合、珪炭化バナジウム膜3には、バナジウム、珪素および炭素を除いた残部に必然的に不純物としての塩素が含まれる。塩素は水素ガスと結合しやすいことから、原料ガスに水素ガスが含まれる場合には、塩化バナジウムガスから発生する塩素が水素と結合して系外に排出されやすくなる。これにより、珪炭化バナジウム膜3中への塩素の混入を抑えることができる。なお、珪炭化バナジウム膜3の残部には、塩素以外にも不可避的不純物が含まれ得る。
【0029】
また、珪炭化バナジウム膜形成工程において、チャンバー11内に塩化バナジウムガスおよび四塩化珪素ガスが供給される場合、チャンバー11内に供給される水素ガスの体積流量は、塩化バナジウムガスの体積流量と四塩化珪素ガスの体積流量の合計に対して5倍~25倍であることが好ましい。
【0030】
なお、アルゴンガスは、アルゴンイオンが他の分子をイオン化させることによってプラズマの安定化やイオン密度の向上に寄与するため、必要に応じてチャンバー11内に供給されてもよい。
【0031】
珪炭化バナジウム膜形成工程においては、塩化バナジウムガスと、珪素源ガスと、炭素源ガスと、水素ガスと、アルゴンガスの流量の比が1:0.25~2:3~20:20~35:0.5~2であることが好ましい。これにより、膜中のバナジウム元素濃度、珪素元素濃度、炭素元素濃度の合計が90at%以上となる珪炭化バナジウム膜3が得られやすくなる。なお、本明細書において、上記流量比の算出の際に用いられる“塩化バナジウムガスの流量”、“珪素源ガスの流量”および“炭素源ガスの流量”とは、成膜のための原料ガスとしてチャンバー11内に供給される0℃、1atmにおける各ガスの体積流量を、分子内に含まれるバナジウム原子と珪素原子と炭素原子の各々の原子数に応じて換算した流量である。例えば珪素源ガスとして使用され得る有機シランガスは炭素源ガスとしても機能することから、有機シランガスを用いた場合の珪素源ガスと炭素源ガスの流量の比を算出する際には、有機シランガスの体積流量を珪素源ガスの流量としてだけでなく、炭素源ガスの流量としてもカウントする必要がある。このため、有機シランガスを用いた場合の珪素源ガスと炭素源ガスの流量の比は、有機シランガスの体積流量と炭素源ガスとしてチャンバー11内に供給されるガス(例えばメタンガス)の体積流量の比とは等しい値にはならない。なお、上記流量比を算出する際の“水素ガスの流量”とは0℃、1atmにおける水素ガスの体積流量であり、“アルゴンガスの流量”とは、0℃、1atmにおける体積流量である。
【0032】
流量比を算出する際の具体的な流量の計算方法は次の通りである。例えば原料ガスの一つとして、0℃、1atmにおける体積流量が3ml/minの四塩化バナジウムガスを供給する場合には、1molの四塩化バナジウム中には1molのバナジウムが含まれているため、流量比の算出の際には塩化バナジウムガスの流量として3ml/minを加算する。また、原料ガスの一つとして、0℃、1atmにおける体積流量が4.5ml/minのモノメチルシランガスを供給する場合、1molのモノメチルシラン中には1molの珪素と1molの炭素が含まれているため、流量比の算出の際には珪素源ガスの流量として4.5ml/minを加算し、炭素源ガスの流量として4.5ml/minを加算する。また、原料ガスの一つとして、0℃、1atmにおける体積流量が10ml/minのメタンガスを供給する場合には、1molのメタン中には1molの炭素が含まれているため、流量比の算出の際には炭素源ガスの流量として10ml/minを加算する。したがって、原料ガスとして3ml/minの四塩化バナジウムガスと、4.5ml/minのモノメチルシランガスと、10ml/minのメタンガスを供給する場合、流量比を算出する際の塩化バナジウムガスの流量は3ml/minであり、珪素源ガスの流量は4.5ml/minであり、炭素源ガスの流量は14.5ml/minである。また、別の例として、3ml/minの四塩化バナジウムガスと、4.5ml/minのジメチルシランガスと、10ml/minのメタンガスを供給する場合を考える。この場合、1molのジメチルシラン中に1molの珪素と2molの炭素が含まれているため、流量比を算出する際の塩化バナジウムガスの流量は3ml/minであり、珪素源ガスの流量は4.5ml/minであり、炭素源ガスの流量は19.5ml/minとなる。
【0033】
なお、チャンバー11内に供給される原料ガスとしてモノメチルシランガスとメタンガスを用いる場合、モノメチルシランガスとメタンガスの体積流量の比(モノメチルシランガス体積流量/メタンガス体積流量)は0.05~1.0であることが好ましい。
【0034】
珪炭化バナジウム膜形成工程におけるチャンバー11内の圧力は、例えば30~200Paに設定されることが好ましい。チャンバー11内の圧力は、好ましくは50Pa以上であり、好ましくは150Pa以下である。また、珪炭化バナジウム膜形成工程において印加される電力は、150~2500Wであることが好ましい。また、直流のパルス電源14を用いる場合、珪炭化バナジウム膜形成工程で印加される電力は、好ましくは150Wであり、好ましくは1000W以下である。より好ましくは、600W以下である。電力[W]は、電圧[V]×電流[A]で算出される値である。電圧はパルス電源14の設定電圧である。電流は、パルス電源14に表示される電流値を用いた、珪炭化バナジウム膜形成工程内における(最大電流+最小電流)/2で算出される値である。電力は、Duty比の設定値を変更することで調節することができる。Duty比は、パルス1周期あたりの電圧印加時間で定義され、Duty比(%)=100×電圧印加時間(ON time)/{電圧印加時間(ON time)+電圧印加停止時間(OFF time)}で算出される。なお、直流のパルス電源14を用いる場合、珪炭化バナジウム膜形成工程における電圧は、1000~2000Vであることが好ましい。また、直流のパルス電源14を用いる場合、珪炭化バナジウム膜形成工程におけるDuty比は5%~60%であることが好ましい。Duty比を5%~60%に設定することにより、バナジウム元素濃度、珪素元素濃度、炭素元素濃度の合計が90at%以上となる珪炭化バナジウム膜3が得られやすくなる。
【0035】
以上のような珪炭化バナジウム膜形成工程によって、バナジウム元素濃度、珪素元素濃度、炭素元素濃度の合計が90at%以上となる珪炭化バナジウム膜3が基材2上に形成されることで、摩擦係数の低い珪炭化バナジウム膜被覆部材1を製造することができる。
【0036】
以上、本発明の一実施形態について説明したが、本発明はかかる例に限定されない。当業者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到しうることは明らかであり、それらについても当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【実施例
【0037】
プラズマ化学蒸着法を用いて、基材上に珪炭化バナジウム膜を形成した珪炭化バナジウム膜被覆部材の試験片を作製し、特性を評価した。
【0038】
珪炭化バナジウム膜が形成される基材として、ダイス鋼の一種であるDC53から成るφ22mmの丸棒を6~7mm間隔で切断し、図3のように切断された丸棒の成膜面を鏡面研磨したものが使用された。なお、珪炭化バナジウム膜は基材の鏡面研磨した側の面に形成する。成膜装置は図2に示されるような構造の装置が使用され、電源はパルス電源である。
【0039】
≪実施例1≫
ここで、実施例1の試験片の製造方法について説明する。なお、以下の説明における水素ガス、アルゴンガス、四塩化バナジウムガス、四塩化珪素ガスおよびメタンガスの体積流量はそれぞれ0℃、1atmにおける体積流量である。
【0040】
まず、成膜装置のチャンバー内に基材をセットし、30分間チャンバー内を真空引きし、チャンバー内の圧力を10Pa以下まで小さくする。このとき、チャンバー内に設けられたヒーターは作動させない。なお、チャンバー内の雰囲気温度はシース熱電対で測定している。続いて、ヒーターの設定温度を200℃とし、基材のベーキング処理を10分間行う。その後、ヒーターの電源を切り、30分間成膜装置を放置してチャンバー内を冷却する。
【0041】
次に、チャンバー内に100ml/minの体積流量で水素ガスを供給し、排気量を調節してチャンバー内の圧力を100Paとする。そして、ヒーターの設定温度を525℃とし、30分間チャンバー内の雰囲気を加熱する。
【0042】
次に、電圧を800V、Duty比を40%に設定し、ユニポーラ出力形式で直流パルス電源を作動させる。これにより、チャンバー内の電極間で水素ガスがプラズマ化する。その後、水素ガスの体積流量を98ml/minに設定すると共に3ml/minの体積流量のアルゴンガスをチャンバー内に供給する。また、排気量を調節してチャンバー内の圧力を58Paとする。そして、パルス電源の電圧を1400Vに上げる。これにより電極間で水素ガスおよびアルゴンガスがプラズマ化した状態となる。
【0043】
<珪炭化バナジウム膜形成工程>
続いて、塩化バナジウムガスの一例としての四塩化バナジウムガスの体積流量を3ml/min、珪素源ガスの一例としての四塩化珪素ガスの体積流量を4.5ml/min、炭素源ガスの一例としてのメタンガスの体積流量を15ml/min、水素ガスの体積流量を98ml/min、アルゴンガスの体積流量を3ml/minに設定してチャンバー内に各ガスを供給する。換言すると、塩化バナジウムガス、珪素源ガス、炭素源ガス、水素ガスおよびアルゴンガスの流量比が1:1.5:5:33:1となるように各ガスを供給する。このとき、排気量を調節してチャンバー内の圧力を58Paとする。そして、パルス電源の電圧を1400V、Duty比を40%に設定した。このときのパルス電源の電力は378Wであった。これにより、プラズマ化したバナジウム、珪素、炭素が基材に吸着し、基材上にバナジウム、珪素、炭素を含有する珪炭化バナジウム膜が形成される。この状態を6時間維持し、基材上に珪炭化バナジウム膜が被覆された実施例1の珪炭化バナジウム膜被覆部材の試験片を得た。
【0044】
実施例2では、珪炭化バナジウム膜形成工程におけるDuty比が20%に変更され、このときのパルス電源の電力が266Wであったことを除き、実施例1と同様の条件で珪炭化バナジウム膜が形成されている。
【0045】
実施例3では、珪炭化バナジウム膜形成工程におけるDuty比が10%に変更され、このときのパルス電源の電力が224Wであったことを除き、実施例1と同様の条件で珪炭化バナジウム膜が形成されている。
【0046】
実施例4では、珪炭化バナジウム膜形成工程において、メタンガスの体積流量が30ml/min、水素ガスの体積流量が83ml/min、Duty比が10%に変更され、このときのパルス電源の電力が266Wであったことを除き、実施例1と同様の条件で珪炭化バナジウム膜が形成されている。なお、実施例4の珪炭化バナジウム膜形成工程では、塩化バナジウムガス、珪素源ガス、炭素源ガス、水素ガスおよびアルゴンガスの流量比が1:1.5:10:28:1となる状態で各ガスがチャンバー内に供給されている。
【0047】
実施例5では、珪炭化バナジウム膜形成工程において、メタンガスの体積流量が45ml/min、水素ガスの体積流量が68ml/min、Duty比が10%に変更され、このときのパルス電源の電力が308Wであったことを除き、実施例1と同様の条件で珪炭化バナジウム膜が形成されている。なお、実施例5の珪炭化バナジウム膜形成工程では、塩化バナジウムガス、珪素源ガス、炭素源ガス、水素ガスおよびアルゴンガスの流量比が1:1.5:15:23:1となる状態で各ガスがチャンバー内に供給されている。
【0048】
実施例6では、珪炭化バナジウム膜形成工程において、四塩化珪素ガスの体積流量が3ml/min、Duty比が10%に変更され、このときのパルス電源の電力が210Wであったことを除き、実施例1と同様の条件で珪炭化バナジウム膜が形成されている。なお、実施例6の珪炭化バナジウム膜形成工程では、塩化バナジウムガス、珪素源ガス、炭素源ガス、水素ガスおよびアルゴンガスの流量比が1:1:5:33:1となる状態で各ガスがチャンバー内に供給されている。
【0049】
実施例7では、珪炭化バナジウム膜形成工程において、四塩化珪素ガスの体積流量が1.5ml/min、Duty比が10%に変更され、このときのパルス電源の電力が224Wであったことを除き、実施例1と同様の条件で珪炭化バナジウム膜が形成されている。なお、実施例7の珪炭化バナジウム膜形成工程では、塩化バナジウムガス、珪素源ガス、炭素源ガス、水素ガスおよびアルゴンガスの流量比が1:0.5:5:33:1となる状態で各ガスがチャンバー内に供給されている。
【0050】
実施例8では、珪炭化バナジウム膜形成工程において、四塩化珪素ガスの体積流量が4.5ml/min、メタンガスの体積流量が25ml/min、水素ガスの体積流量が88ml/minに変更され、このときのパルス電源の電力が476Wであったことを除き、実施例1と同様の条件で珪炭化バナジウム膜が形成されている。なお、実施例8の珪炭化バナジウム膜形成工程では、塩化バナジウムガス、珪素源ガス、炭素源ガス、水素ガスおよびアルゴンガスの流量比が1:1.5:8:29:1となる状態で各ガスがチャンバー内に供給されている。
【0051】
実施例9では、珪炭化バナジウム膜形成工程において、珪素源ガスとしてモノメチルシランガスが使用され、メタンガスの体積流量が10ml/min、処理時間が3時間に変更され、このときのパルス電源の電力が364Wであったことを除き、実施例1と同様の条件で珪炭化バナジウム膜が形成されている。なお、実施例9の珪炭化バナジウム膜形成工程では、塩化バナジウムガス、珪素源ガス、炭素源ガス、水素ガスおよびアルゴンガスの流量比が1:1.5:4.8:33:1となる状態で各ガスがチャンバー内に供給されている。
【0052】
実施例10では、珪炭化バナジウム膜形成工程において、珪素源ガスとしてモノメチルシランガスが使用され、メタンガスの体積流量が30ml/min、水素ガスの体積流量が78ml/min、Duty比が20%、処理時間が3時間に変更され、このときのパルス電源の電力が241Wであったことを除き、実施例1と同様の条件で珪炭化バナジウム膜が形成されている。なお、実施例10の珪炭化バナジウム膜形成工程では、塩化バナジウムガス、珪素源ガス、炭素源ガス、水素ガスおよびアルゴンガスの流量比が1:1.5:11.5:26:1となる状態で各ガスがチャンバー内に供給されている。
【0053】
比較例1では、珪炭化バナジウム膜に代えて、珪炭窒化バナジウム膜を基材に形成して珪炭窒化バナジウム膜被覆部材の試験片を得た。珪炭窒化バナジウム膜形成工程では、四塩化バナジウムガスの体積流量が5ml/min、モノメチルシラン(SiH3CH3)ガスの体積流量が5ml/min、窒素ガスの体積流量が50ml/min、水素ガスの体積流量が200ml/min、アルゴンガスの体積流量が5ml/min、パルス電源の電圧が1500V、Duty比が30%に設定され、このときのパルス電源の電力は285Wであった。このような条件のプラズマ化学蒸着法によって基材上に珪炭窒化バナジウム膜が成膜された。
【0054】
実施例1~10の珪炭化バナジウム膜形成工程の成膜条件をまとめたものを下記表1に示す。また、比較例1の珪炭窒化バナジウム膜形成工程の成膜条件をまとめたものを下記表2に示す。
【0055】
【表1】
【0056】
【表2】
【0057】
実施例1~10、比較例1の試験片に対し、珪炭化バナジウム膜または珪炭窒化バナジウム膜の膜厚測定、組成分析、ボールオンディスク試験による摩擦係数測定を実施した。また、実施例1に対し、X線回折の解析を行った。
【0058】
(膜厚測定)
基材上に形成された珪炭化バナジウム膜または珪炭窒化バナジウム膜の膜厚は、試験片を垂直に切断して切断面を鏡面研磨した後、金属顕微鏡の倍率を1000倍として切断面を観察し、観察した画像情報に基づいて算出することで測定した。
【0059】
(組成分析)
分析条件は次の通りである。
測定装置:EPMA(日本電子株式会社製JXA-8530F)
測定モード:半定量分析
加速電圧:15kV
照射電流:1.0×10-7
ビーム形状:スポット
ビーム径設定値:0
分光結晶:LDE6H, TAP, LDE5H, PETH, LIFH, LDE1H
なお、膜厚が1μm以下の場合には、EPMAの測定結果に基材の成分組成の影響が含まれる。このため、膜厚の薄い珪炭化バナジウム膜または珪炭窒化バナジウム膜の組成分析を算出する場合には、事前に基材のみのEPMA測定を実施しておき、珪炭化バナジウム膜または珪炭窒化バナジウム膜の成膜後のEPMAの測定結果から基材由来のバナジウム元素濃度、珪素元素濃度、炭素元素濃度、窒素元素濃度および塩素元素濃度を差し引く必要がある。
【0060】
(摩擦係数)
ボールオンディスクス試験機は、CSM Instruments社製の「Tribometer」を用いた。ディスクは、実施例1~10の試験片または比較例1の試験片である。ディスクに接触させるボールとして、炭素鋼のS45Cからなる直径が6mmのボールを使用した。温度が23~24℃、湿度が21%の環境下で、図4に示すように、ボールをディスクに接触させ、ボールに5Nの荷重を加えながら、摺動速度が0.167m/sとなるようにディスクを回転させた。ボールとディスクの接触点はディスクの中心から半径6mmの点である。そして、ディスクとボールの摺動距離が40mに達した際のディスクとボールとの摩擦係数を、基材上に形成された珪炭化バナジウム膜または珪炭窒化バナジウム膜の摩擦係数の測定値とした。
【0061】
(膜硬さ測定)
Fischer Instruments製のFISCHER
SCOPE(登録商標)H100Cを用いたナノインデンテーション法により実施する。具体的には、最大押し込み荷重を3mNとして試験片にバーコビッチ型のダイヤモンド圧子を押し込み、連続的に押し込み深さを計測する。得られた押し込み深さの計測データからフィッシャー・インストルメンツ社製のソフトウエアである「商品名:WIN-HCU(登録商標)」を用いて、マルテンス硬さ、マルテンス硬さから換算されるビッカース硬さを算出する。算出されたビッカース硬さは測定装置の画面に表示され、この数値を測定点における膜の硬度として扱う。本実施例では、各試験片の最表面の任意の20点のビッカース硬さを求め、得られた硬度の平均値を膜のビッカース硬さとした。
【0062】
珪炭化バナジウム膜の膜厚、成膜速度、組成、摩擦係数および硬さの測定結果を下記表3に示す。珪炭窒化バナジウム膜の膜厚、組成、摩擦係数および硬さの測定結果を下記表4に示す。
【0063】
【表3】
【0064】
【表4】
【0065】
表3および表4に示されるように、実施例1~10の珪炭化バナジウム膜の摩擦係数は、比較例1の珪炭窒化バナジウム膜の摩擦係数よりも顕著に小さくなっている。本実施例の結果によれば、膜中のバナジウム元素濃度[at%]と、珪素元素濃度[at%]と、炭素元素濃度[at%]との合計が90at%以上である珪炭化バナジウム膜は、摩擦係数が低い膜であることがわかる。
【0066】
また、表3に示されるように実施例9~10の成膜速度は実施例1~8の成膜速度の1.4倍以上の速度となっており、成膜速度が大幅に向上している。実施例1~8と実施例9~10では使用されている珪素源ガスが互いに異なっており、実施例1~8では珪素源ガスとして四塩化珪素ガスが使用されている一方、実施例9~10では珪素源ガスとしてモノメチルシランガスが使用されている。すなわち、実施例9~10ではチャンバー内にモノメチルシランガスとメタンガスの混合ガスが供給されており、そのような混合ガスの供給が成膜速度に寄与していると言える。本実施例の結果によれば、珪炭化バナジウム膜の形成工程でモノメチルシランガスと炭素源ガスの混合ガスを使用することによって成膜速度を向上させられることがわかる。
【0067】
(X線回折解析)
XRD解析装置(Rigaku社製 SmartLab)を用いて、実施例1の珪炭化バナジウム膜の成膜終了時における試験片の表面のX線回折解析を実施した。試験片の表面近傍の情報のみを得るため、傾角入射法により解析を行い、入射角を1.0°とし、X線源としてCuKα線を用いた。実施例1のXRD解析結果を図5に示す。図5に示されるように、珪炭化バナジウム膜には炭化バナジウム(VC)のピークが見られた。
【産業上の利用可能性】
【0068】
本発明に係る摩擦係数が低い珪炭化バナジウム膜および基材上に珪炭化バナジウム膜が形成された珪炭化バナジウム膜被覆部材は、金型や切削工具、歯切工具、鍛造工具、自動車部品等に利用することができる。
【符号の説明】
【0069】
1 珪炭化バナジウム膜被覆部材
2 基材
3 珪炭化バナジウム膜
10 プラズマ処理装置
11 チャンバー
12 陽極
13 陰極
14 パルス電源
15 ガス供給管
16 ガス排気管
図1
図2
図3
図4
図5