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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-04-16
(45)【発行日】2025-04-24
(54)【発明の名称】テラヘルツ発振器
(51)【国際特許分類】
   H03B 7/14 20060101AFI20250417BHJP
   H10D 8/70 20250101ALI20250417BHJP
【FI】
H03B7/14
H10D8/70 S
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2021037550
(22)【出願日】2021-03-09
(65)【公開番号】P2022137856
(43)【公開日】2022-09-22
【審査請求日】2024-01-05
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和2年8月26日付け発行の「第81回応用物理学会秋季学術講演会」の予稿集において公開
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和2年9月10日にオンライン開催された「第81回応用物理学会秋季学術講演会」において発表
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、未来社会創造事業、探索加速型(本格研究ACCEL型)、「半導体を基軸としたテラヘルツ光科学と応用展開」、「RTDテラヘルツ光源・検出デバイスの開発」委託研究、平成27年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業、チーム型研究(CREST)、「素材・デバイス・システム融合による革新的ナノエレクトロニクスの創成」、「共鳴トンネルダイオードとフォトニック結晶の融合によるテラヘルツ集積基盤技術の創成」、「1THz帯デバイスの開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京科学大学
(74)【代理人】
【識別番号】100120031
【弁理士】
【氏名又は名称】宮嶋 学
(74)【代理人】
【識別番号】100103263
【弁理士】
【氏名又は名称】川崎 康
(74)【代理人】
【識別番号】100078776
【弁理士】
【氏名又は名称】安形 雄三
(72)【発明者】
【氏名】ユ ションビン
(72)【発明者】
【氏名】マイ ヴァン タ
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 雄成
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 左文
(72)【発明者】
【氏名】浅田 雅洋
【審査官】東 昌秋
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2020/039848(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/170425(WO,A1)
【文献】YU, Xiongbin,外4名,スプリットリング共振器を集積したテラヘルツ共鳴トンネルダイオード発振器の作製および評価(17a-Z09-2),2021年第68回応用物理学会春季学術講演会講演予稿集,2021年02月26日
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H03B 7/00-7/14
H10D 8/70
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
バイアス電圧を印加される第1のコプレーナストリップ線路及び第2のコプレーナストリップ線路の間にスプリットリング共振器が形成されると共に、前記スプリットリング共振器に隣接して前記第1のコプレーナストリップ線路及び前記第2のコプレーナストリップ線路の間に安定化抵抗が接続され、前記第2のコプレーナストリップ線路と、Sl-InP基板上のn+InGaAs層の上のエッチストッパのn+InP層との間に共鳴トンネルダイオード(RTD)が設けられ、前記第1のコプレーナストリップ線路と共鳴トンネルダイオードメサとの間に、前記Sl-InP基板の上にエアーブリッジを形成する導電片が懸架されており、前記導電片及び前記共鳴トンネルダイオードメサと、前記第2のコプレーナストリップ線路及び前記共鳴トンネルダイオード(RTD)との間に、共振空間部が平面的にコの字形状に形成されており、
前記スプリットリング共振器が、
前記第1のコプレーナストリップ線路に設けられた凹部空間と、前記第2のコプレーナストリップ線路に設けられた2つの凹部空間とで、前記共振空間部を囲むように全体にコの字形状に形成されており、
前記共鳴トンネルダイオード(RTD)と、前記スプリットリング共振器と、前記安定化抵抗との共振により発振することを特徴とするテラヘルツ発振器。
【請求項2】
前記導電片の先端が矩形の導体部となっており、前記導体部が前記共鳴トンネルダイオードの前記メサの上に層設されている請求項1に記載のテラヘルツ発振器。
【請求項3】
前記第1のコプレーナストリップ線路及び前記第2のコプレーナストリップ線路が、それぞれバイアス通路を経て第1のバイアスパッド及び第2のバイアスパッドに接続されている請求項1又は2に記載のテラヘルツ発振器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電波と光波の中間に位置するテラヘルツ(THz)周波数帯の周波数を発振するテラヘルツ発振器に関し、特にMIM(Metal Insulator Metal)キャパシタ構造を持たず、2重障壁型共鳴トンネルダイオード(RTD:Resonant Tunneling Diode)とスプリットリング共振器(SRR:Split-ring resonator)を用いたテラヘルツ発振器に関するものである。
【背景技術】
【0002】
電波と光波の中間に位置するテラヘルツ(THz)周波数帯(約0.1THz~10THz)は未開発の周波数帯であるが、実用化されればイメージングや高速通信など様々な応用が期待されている。そのためには、小型のテラヘルツ発振器の開発が必要不可欠となる。その1つとして、半導体ナノ構造による2重障壁型共鳴トンネルダイオード(RTD)素子を用いたテラヘルツ発振器が研究されてきた。このテラヘルツ発振器は、現在、単体でも室温で1~2THzの周波数を発振できる唯一の電子デバイスである。しかしながら、このテラヘルツ発振器は出力が10μW程度と非常に小さく、製造が煩雑で複雑であるという課題を有している。
【0003】
図1は従来のテラヘルツ発振器の構造例を示しており、約1mm四方のInP基板3の上部に下部電極4が層設され、下部電極4のほぼ中央部に長形状(10~20μm)の凹部で成るスロットアンテナ2が配設されている。また、InP基板3上には上部電極5及び安定化抵抗(抵抗値R)6が配設され、上部電極5の先端部にMIM(Metal Insulator Metal)キャパシタ7を経て、図3に示すような負性のV(電圧)-I(電流)特性を有する共鳴トンネルダイード(RTD)1が配設されている。安定化抵抗6は下部電極4及び上部電極5の間に発振動作安定化のために接続され、安定化抵抗6は例えばInGaAsシートで構成されている。上部電極5は接地され、下部電極4にはDCバイアス(バイアス電圧Vb)が印加される。共鳴トンネルダイード(RTD)1はDCバイアスでバイアス電圧Vbを印加すると、井戸内の量子準位を介して電子がトンネルし、トンネル電流が流れ、さらにバイアス電圧Vbを印加していくと、井戸内の量子準位がエミッタの伝導帯の底よりも下になったところで、電子がトンネルすることができなくなって電流が減少するため、図3に示すようなV-I特性となる。電流の減少する微分負性抵抗特性“-GRTD”を用いることによって、電磁波を発振・増幅させることができる。また、共鳴トンネルダイオード(RTD)1は微分負性抵抗“-GRTD”と並列に寄生容量CRTDを持っており、図2に示すように、電界の定在波に対して垂直方向に放射される。出力はスロットアンテナ2の放射抵抗により決まる。
【0004】
このように従来のテラヘルツ発振器はRTD1とMIMキャパシタ7の共振構造であり、MIMキャパシタ7が有するMIMキャパシタンスCMIMとRTD1によりスロットアンテナ2を形成している。スロットアンテナ2はLCの共振回路と放射損失Gantで表わされるため、この発振器の等価回路は図4に示すような回路となる。発振開始条件は、下記数1に示すように微分負性抵抗特性の正値GRTDが放射損失Gant以上になったときであり、また、下記数2で示される周波数fOSCで発振する。
【0005】
【数1】
【0006】
【数2】

また、バイアス回路(バイアス電圧Vb)を含む発振器の等価回路は図5に示すようになっており、MIMキャパシタ7のMIMキャパシタンスCMIMと安定化抵抗6の抵抗値Rとが並列接続され、RTD1とMIMキャパシタンスCMIMとの間にスロットアンテナ2のインダクタンスLが存在し、バイアス回路と抵抗値Rとの間に回線のインダクタンスLが存在している。スロットアンテナ2の周辺には図1に示すような周回電流iが流れ、周回電流iに起因したインダクタンスLが形成される。そして、図5の等価回路において、高周波ではMIMキャパシタンスCMIMが短絡してインダクタンスLが開放されるので、図6(A)に示すようにRTD1とインダクタンスLの共振回路となる。また、低周波ではインダクタンスL及びLが無視され、抵抗値RがRTD1の微分負性抵抗“-GRTD”を打ち消すので、図6(B)に示すようにRTD1、バイアス電圧Vb及び安定化抵抗6の抵抗値Rの共振回路となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2013-171966号公報
【文献】特開2006-210585号公報
【文献】WO2015/170425
【文献】特許第6570187号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】M. Asada, S. Suzuki, and N. Kishimoto, “Resonant tunneling diodes for sub-terahertz and terahertz oscillators”, Japanese Journal of Applied Physics, vol. 47, no. 6, pp. 4375-4384, 2008.
【文献】M. Asada and S. Suzuki, “Room-temperature oscillation of resonant tunneling diodes close to 2THz and their functions for various applications”, Journal of Infrared, Millimeter, and Terahertz Waves, vol. 37, pp. 1185-1198, 2016.
【文献】T. Van Mai, Y. Suzuki, X. Yu, S. Suzuki, and M. Asada, “Structure-Simplified Resonant-Tunneling-Diode Terahertz Oscillator Without Metal-Insulator-Metal Capacitors”, Journal of Infrared, Millimeter, and Terahertz Waves, vol. 41, pp. 1498-1507, 2020.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述したテラヘルツ発振器は、テラヘルツ発振回路とベースバンド回路を分離するためのMIMキャパシタを有しているため、構造が複雑で製造が煩雑となる。そのため、MIMキャパシタを取り除いたテラヘルツ発振器も提案され(非特許文献3)、構造及び製作プロセスの大幅な簡素化を図っている。しかしながら、MIMキャパシタを具備しない発振器では損失が大きいため、MIMキャパシタを有する発振器では可能である1THzを超える高周波での発振が難しく、構造の最適化が要請されている。
【0010】
そのため、MIMキャパシタを有さないスロットアンテナ型のテラヘルツ発振器が提案されている(PCT/JP2021/000069)。以下、これをスロットアンテナ発振器若しくはスロット共振器として概略を説明する。
【0011】
図7はスロットアンテナ発振器10の斜視図であり、安定化抵抗13及び14で囲まれたスロット部に面する電極板15の端面が、スロットアンテナ12(約12μm)となっており、スロットアンテナ12の中央部に長形状の導電部材18が設けられている。導電部材18の先端部にメサを介してRTD11が接続され、導電部材18の下方はスロットを形成するエアーブリッジ構造となっている。スロットアンテナ発振器10はMIMキャパシタ構造を持たず、接地されたバイアスパッド15Aに接続された電極板15と、DCバイアスVbを印加するためのバイアスパッド16Aに接続された方形状の電極板16とを備え、電極板15の端面と電極板16の対向端面との間にスロットが設けられ、スロットに面する電極板16の端面がスロットアンテナ12になると共に、電極板15と電極板16は両側の2つの安定化抵抗13及び14で接続されている。電極板15のスロットアンテナ12に対向する部分には、平面的に方形状の凹部が設けられていると共に、その凹部内に共鳴トンネルダイオード(RTD)11が設けられている。RTD11と電極板16との間には導電部材18が懸架され、スロットはエアーブリッジ構造となっている。
【0012】
スロットアンテナ発振器10の等価回路は図8であり、バイアス回路17からのバイアス電圧Vbは、回線のインダクタンスL及びスロットアンテナ12の周回電流のインダクタンスLを経てRTD11に印加され、安定化抵抗13及び14(両者の合計抵抗値R)はRTD11に並列接続されている。そして、低周波ではインダクタンスL及びLは短絡とみなしてよく、安定化抵抗13及び14の抵抗値RがRTD11の負性微分抵抗値(NDR)を打ち消すので、その等価回路は図9(B)のようになる。一方、テラヘルツのような高周波では、インダクタンスLのインピーダンスが大きくなりバイアス回路17が切り離され、さらに、直列接続された安定化抵抗RとインダクタンスLを並列接続に変換すると、図9(A)に示すような等価回路になるが、安定化抵抗13及び14の抵抗値Rの損失Gが小さくなるので、インダクタンスLとRTD11内のキャパシタンスとで共振して発振する。即ち、発振器の発振周波数をfとすれば、角周波数ωはω=2πfとなり、抵抗値Rの損失Gは下記数3で表わされる。
【0013】
【数3】

そして、抵抗値Rは小さい値(数Ω)であるので、数3における“R ”は略ゼロとなる。従って、数3は下記数4で近似できる。
【0014】
【数4】

数4において、角周波数ωの2乗“ω”は、テラヘルツ周波数では大きな値であるので数4は略ゼロとなり、抵抗値Rの損失Gは無視できる。そのため、インダクタンスLとRTD11内のキャパシタンスとで共振して発振する。
【0015】
図10はスロットアンテナ発振器10の出力特性例を示しており、MIMキャパシタ構造を有する発振器では可能であった1THzを超える高周波での発振が難しく、構造の最適化が要請されている。なお、図10の特性は、RTDパラメータである電流密度Jp=8 [mA/μm]、ピーク点とバレー点の電圧差ΔV=0.5[V]、ピーク点とバレー点の電流比PVCR=3の場合である。
【0016】
本発明は上述のような事情からなされたものであり、本発明の目的は、構造が複雑で製造が煩雑となるMIMキャパシタ構造を持たず、RTD、スプリットリング共振器及び安定化抵抗の共振で、1THz以上の高周波でも発振する高出力のテラヘルツ発振器を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明は共鳴トンネルダイオード(RTD)を具備したテラヘルツ発振器に関し、本発明の上記目的は、バイアス電圧を印加される第1のコプレーナストリップ線路及び第2のコプレーナストリップ線路の間にスプリットリング共振器が形成されると共に、前記スプリットリング共振器に隣接して前記第1のコプレーナストリップ線路及び前記第2のコプレーナストリップ線路の間に安定化抵抗が接続され、前記第2のコプレーナストリップ線路と、Sl-InP基板上のn+InGaAs層の上のエッチストッパのn+InP層との間に共鳴トンネルダイオード(RTD)が設けられ、前記第1のコプレーナストリップ線路と共鳴トンネルダイオードメサとの間に、前記Sl-InP基板の上にエアーブリッジを形成する導電片が懸架されており、前記導電片及び前記共鳴トンネルダイオードメサと、前記第2のコプレーナストリップ線路及び前記共鳴トンネルダイオード(RTD)との間に、共振空間部が平面的にコの字形状に形成されており、前記スプリットリング共振器が、前記第1のコプレーナストリップ線路に設けられた凹部空間と、前記第2のコプレーナストリップ線路に設けられた2つの凹部空間とで、前記共振空間部を囲むように全体にコの字形状に形成されており、前記共鳴トンネルダイオード(RTD)と、前記スプリットリング共振器と、前記安定化抵抗との共振により発振することにより達成される。
【0018】
また、本発明の上記目的は、前記導電片の先端が矩形の導体部となっており、前記導体部が前記共鳴トンネルダイオードの前記メサの上に層設されていることにより、或いは前記第1のコプレーナストリップ線路及び前記第2のコプレーナストリップ線路が、それぞれバイアス通路を経て第1のバイアスパッド及び第2のバイアスパッドに接続されていることにより、より効果的に達成される。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、金属(導電材)/絶縁体/金属(導電材)のMIMキャパシタ構造を有しておらず、2重障壁型共鳴トンネルダイオード(RTD)、スプリットリング共振器及び安定化抵抗の共振により、スプリットリング中央に電界が集中し、閉じ込めが良くなるので、1THz以上のテラヘルツ周波数帯の発振が高出力で得られる。
【0020】
スプリットリング共振器外側の2つのコプレーナストリップ線路がダイポールアンテナの働きをし、コプレーナストリップ線路の寸法により調整することができ、RTDから最大の出力を取り出すマッチング条件を満たすことが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】従来のRTDを用いたテラヘルツ発振器の一例を示す斜視構造図である。
図2】従来のRTDを用いたテラヘルツ発振器の出力例を示す模式図である。
図3】RTDの特性例を示す特性図である。
図4】従来のRTDを用いたテラヘルツ発振器の等価回路図である。
図5】従来のRTDを用いたテラヘルツ発振器の、バイアス回路を含む発振等価回路図である。
図6】高周波と低周波の回路を示す等価回路図である。
図7】従来のスロットアンテナ発振器の一例を示す斜視構造図である。
図8】従来のスロットアンテナ発振器の等価回路図である。
図9】スロットアンテナ発振器の高周波と低周波における等価回路図である。
図10】スロットアンテナ発振器の出力特性図である。
図11】本発明に係るテラヘルツ発振器の構造例を示す斜視構造図である。
図12】本発明に係るテラヘルツ発振器の構造例を詳細に示す平面構造図である。
図13図11のX-X’断面図である。
図14図11のY-Y’断面図である。
図15図11のZ-Z’断面図である。
図16】本発明に係るテラヘルツ発振器の平面構造及び等価回路図である。
図17】本発明に係るテラヘルツ発振器の等価回路図である。
図18】コンダクタンス及び損失を本発明と従来例について示す特性図である。
図19】電界分布の計算結果の一例(本発明と従来例)を示す電界分布図である。
図20】本発明の発振特性を従来例と比較して示す特性図である。
図21】コプレーナストリップ線路の長さdと放射効率の関係を示す特性図である。
図22】RTDメサのサイズと発振周波数の特性例を、スロット共振器と比較して示す特性図である。
図23】コンダクタンスの周波数特性を示す特性図である。
図24】RTDメサと発振周波数の関係を示す特性図である。
図25】放射効率の周波数特性を示す特性図である。
図26】出力電力の周波数特性を示す特性図である。
図27】作製した本発明に係るテラヘルツ発振器の平面図である。
図28】出力周波数のRTDメササイズを示す特性図(A)と出力電力の周波数を示す特性図(B)である。
図29】本発明に係るテラヘルツ発振器を多数接続した大規模アレイの接続例を示す結線図である。
図30】大規模アレイを高速変調器として用いる場合の様子を示す模式図である。
図31】大規模アレイを高感度センサとして用いる場合の様子を示す模式図である。
図32】大規模アレイを高出力アレイ光源として用いる場合の様子を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明は2重障壁型共鳴トンネルダイオード(RTD)を用いたテラヘルツ発振器であり、金属(導体)/絶縁体/金属(導体)で構成されるMIM(Metal Insulator Metal)キャパシタ構造を持たない構造である。MIMキャパシタ構造を持たないため、構造が簡易であると共に、製造プロセスの工程を従来に比べ格段に減少させることができ、RTD、スプリットリング共振器及び安定化抵抗の共振により1THz周波数帯の発振が得られる。また、スプリットリング共振器により、電界が中央に集中して閉じ込めが良くなるので、スロット共振器に比べ損失が小さくなり、高出力を得られる。
【0023】
本発明のテラヘルツ発振器によれば、スプリットリング共振器外側の2つのコプレーナストリップ線路がダイポールアンテナの働きをし、コプレーナストリップ線路の寸法により調整することができ、RTDから最大の出力を取り出すマッチング条件を満たすことが可能である。
【0024】
また、本発明のテラヘルツ発振器は、イメージングや高速通信等への応用が期待されると共に、大規模アレイにすることにより、高速変調器、高感度センサ、高出力アレイ光源などへの応用が可能である。
【0025】
以下に、本発明の実施形態を図面を参照して説明する。
【0026】
本発明に係るテラヘルツ発振器100は図11(A)及び図12(A)に示すような全体構造であり、バイアス電圧を印加するための矩形(100μm×200μm)のバイアスパッド110及び111を具備しており、バイアスパッド110及び111の間に配置される発振部100Aは図11(B)及び図12(B)に示すような構造となっている。即ち、テラヘルツ発振器100の全体はSl-InP基板101上に層設され、2枚の導電性材料で成るバイアスパッド110及び111の間の空間部(幅45μm)に、図11(B)及び図12(B)に示すような発振部100Aを形成している。発振部100Aの詳細は図12(C)及び(D)の平面図と、図13図15の断面図とに示されている。
【0027】
発振部100Aは、対向する2枚の導体板(間隔5μm)である矩形状のコプレーナストリップ線路(Coplanar Stripline)(幅10μm×長さ70μm、Ti/Pd/Au)120及び121を配設され、コプレーナストリップ線路120及び121はダイポールアンテナとして機能するので、以下では「CPSアンテナ」と称することもある。コプレーナストリップ線路120及び121の中央部は全体的にコの字状の空間部(リング)を形成され、後述するRTD140及び安定化抵抗122,123と協働してスプリットリング共振器130を形成している。コプレーナストリップ線路120は、バイアス通路120Aを経てバイアスパッド110に接続され、コプレーナストリップ線路121は、バイアス通路121Aを経てバイアスパッド111に接続されている。コプレーナストリップ線路120の中央部は、長形状の導体片131の両側に2つの凹部120-1及び120-2を形成され(リング)、コプレーナストリップ線路121の中央部は矩形状の凸部121-1を有し、凸部121-1の両側に2つの断面矩形状の凹部121-2及び120-3を形成され(ストリップ)、全体としてコの字状の空間部(ストリップリング)を形成している。導体片131は、エアーブリッジ構成となるように空間部(リング)に懸架されている。また、コプレーナストリップ線路120及び121は、スプリットリング共振器130の両端部に隣接して配設された安定化抵抗(幅2μm)122及び123で接続されている。安定化抵抗122及び123の合成抵抗値は“Rs”となっている。
【0028】
図12(C)及び(D)に示すように、コプレーナストリップ線路120の導体片131の先端は矩形の導体部131Aになっており、導体部131Aはコプレーナストリップ線路121の凸部121-1の先端部に達しており、RTD140が形成されると共に、RTDメサ142を形成している。コプレーナストリップ線路121の凸部121-1には、導体部131Aの周囲を囲繞するコの字状の凹部である共振空間部141が形成されている。
【0029】
図13図11のX-X’断面図であり、最下層のSl-InP基板101と、その上に層設された安定化抵抗122(123)を形成するn+InGaAs層102と、その上のエッチストッパのn+InP層103と、このn+InP層(エッチストッパ層)103の上に層設されたRTD140との層構造になっており、その上に層設されたTi/Pd/Auのコプレーナストリップ線路120及び121が、空間(間隔5μm)を挟んで形成されている。
【0030】
また、図14図11のY-Y’断面図であり、この位置では、層構造は図13と同様であるが、n+InGaAs層102と、その上のエッチストッパのn+InP層103とが、隙間なく繋がって配設されている。これにより、安定化抵抗122が形成される。対称側の安定化抵抗123についても、同様な構造である。
【0031】
図15図11のZ-Z’断面図であり、導体片131の下方のn+InGaAs層102、その上のn+InP層103、n+InP層103の上のRTD140がエアーブリッジを形成する空間となっており、導体部131Aの下方のRTD140はRTDメサ142となる。コプレーナストリップ線路121,RTD140と、導体部131A、RTDメサ142との間には、共振空間部141が形成されている。
【0032】
図16はテラヘルツ発振器100の平面構造及び等価回路図であり、図17は発振状態の等価回路図である。即ち、テラヘルツ発振器100の等価回路は図16であり、バイアスパッド110及び111からのバイアス電圧Vは、回線のインダクタンスLと、スプリットリング共振器130の周回電流のインダクタンスL、コプレーナストリップ線路121のインダクタンスL及びキャパシタンスCを経てRTD140に印加され、安定化抵抗122及び123(両者の合計抵抗値R)はRTD140に並列接続されている。テラヘルツ波は,放射コンダクタンスGantを介して放射される。発振状態の等価回路では、インダクタンスLのインピーダンスが大きくなり,バイアス回路が切り離される。また、発振周波数が主にスプリットリング共振器130で決まることで、コプレーナストリップ線路121のインダクタンスLd及びキャパシタンスCdは省略でき、図17に示すような等価回路になる。即ち、発振器の発振周波数をfOSCとすれば、角周波数ωはω=2πfとなり、発振周波数は下記数5で表わされる。
【0033】
【数5】

RTD140は例えばAlAs/InGaAsの2重障壁であり、上から下に、n+InGaAs (4×1019cm‐3,24nm)/spacer InGaAs (undoped,20nm)/barrier AlAs (undoped,1.2nm)/well InGaAs (undoped,3nm)/barrier AlAs (undoped,1.2nm)/spacer InAlGaAs (undoped,5nm) /n-InAlGaAs (3×1018cm‐3,20nm)/n+ InGaAs (4×1019cm‐3,5nm)/etch stopper n+InP (4×1019cm‐3,10nm)/ n+InGaAs (4×1019cm‐3,400nm)/の各層で構成されていても良い。
【0034】
なお、本例で示している寸法、サイズは例示であり、適宜変更可能である。
【0035】
本発明のテラヘルツ発振器100は、スプリットリング共振器130の中央にRTD140を集積しており、スプリットリング共振器130の中央に電界が集中する。本発明のテラヘルツ発振器100は閉じ込めが良いので、スロット発振器に比べて低損失である。図18は、本発明のテラヘルツ発振器100とスロット発振器を比較して、コンダクタンス及び損失の周波数特性を示しており、スプリットリング共振器130はほぼ全領域においてスロット発振器よりもコンダクタンスが小さくなっている。コンダクタンスと損失は正比例の関係にあり、コンダクタンスが大きいほど損失が大きいことになる。そして、発振の前提条件は数1の通りであり、RTDの負性コンダクタンスの絶対値が共振器のコンダクタンスより大きい時に、テラヘルツ波の発振ができることになる。
【0036】
本発明のテラヘルツ発振器100の計算した電界分布は図19(A)に示すようになり、図19(B)に示すスロット共振器に比べ、スプリットリング共振器130の中央に集中している。
【0037】
図20は、本発明のテラヘルツ発振器100を形成するスプリットリング共振器130の周波数特性を示しており、スロット共振器の場合と比較して、発振周波数が1THz以上となっている。0.5~0.9THz近辺で出力が低下するのは、コプレーナストリップ線路121の寸法により、RTD140とのマッチングが不整合となるためである。
【0038】
図21は、図12(B)に示すコプレーナストリップ線路120及び121の長さdに基づく放射効率(%)を示しており、発振周波数が1THzにおいてd=15~20μmが最適であることが分かる。なお、長さdは、コプレーナストリップ線路120及び121の端面から安定化抵抗122(若しくは反対側の端面から安定化抵抗123)までの長さであり、d=0を除いて、dの長さに応じたCPSアンテナとなる。
【0039】
図22はRTDメサ142のサイズ[μm]と発振周波数の関係を示しており、スプリットリング共振器130は損失が小さく、1.4THz近辺までの発振が可能である。これに対して、スロット共振器では約0.9THzまでの発振となっている。図22内のJp,ΔV,PVCRはRTDパラメータであり、RTD140の電圧電流特性から抽出できる。Jpは電流密度(ピーク電流/メササイズ)であり、ΔVはピーク点とバレー点の電圧差であり、PVCRはピーク点とバレー点の電流比である。
【0040】
図23図26はCPSアンテナが有る場合(d=26.5μm)と、CPSアンテナが無い場合(d=0)とを比較した各種特性例を示しており、図23は周波数[THz]とコンダクタンス[S]との関係を示しており、図24はRTDメサ142のサイズ[μm]と発振周波数[THz]との関係を示している。これから、0.8THz以上の周波数領域でCPSアンテナの調整によって、バイアス電極による金属損失の減少が可能であることが分かる。つまり、0.8THz以上の周波数領域でCPS線路がアンテナの機能により、発生したテラヘルツ波をCPS線路を介して空間へ放射させる。従って、安定化抵抗の導体損失及びバイアスパッドの金属損失を減少することができる。
【0041】
また、CPSアンテナを設けることにより、RTD発振周波数の限界が1.1THzから1.4THzまで上昇している。図25は周波数[THz]と放射効率[%]の関係を示しており、図26は発振周波数[THz]と出力電力[μW]との関係を示している。これから、0.8THz以上の周波数領域でCPSアンテナの放射によって、バイアスパッドによる金属損失の減少が可能であることが分かる。安定化抵抗の導体損失とバイアスパッドの金属損失の減少により、放射効率を増加することができる。なお、放射効率は下記数6で定義される。
(数6)
放射効率=放射電力/(放射電力+損失電力)

また、図26から、CPSアンテナを設けることにより、RTDの出力電力を増大できる。
【0042】
図27は、実際に作製したテラヘルツ発振器の平面図であるが、スプリットリング共振器130の内側にn+InGaAsの残留物が付着する。この残留物を除去した場合と、残留物が有る場合とで、RTDメサ142の発振周波数の関係は図28のようになり、残留物(n+InGaAs)を除去することにより、発振周波数を高くすることができる。
【0043】
図29は本発明のテラヘルツ発振器100を多数個用いた大規模アレイ200の接続例を示しており、両サイドに対向する2枚のDC/ACパッド201及び202が配設され、DC/ACパッド201には、アーム片201-1,201-2,201-3が接続されており、DC/ACパッド202には、アーム片202-1,202-2,203-3が接続されている。そして、アーム片201-1とアーム片202-1との間にはテラヘルツ発振器100-1~100-4が並列接続され、アーム片201-2とアーム片202-2との間にはテラヘルツ発振器100-11~100-14が並列接続され、アーム片201-3とアーム片202-3との間にはテラヘルツ発振器100-21~100-24が並列接続されている。図29の例では、3段に12個のテラヘルツ発振器100を接続しているが、更に多くのテラヘルツ発振器100を接続することができる。
【0044】
このような大規模アレイ200は、高速変調器、好感度センサ、高出力アレイなどに応用できる。
【0045】
図30は高速変調器の例を示しており、図30(B)に示すように、DC/ACパッド201及び202の間に変調源210を接続している。そして、図30(A)に示すような時間関数のテラヘルツ波をキャリア信号として大規模アレイ200の表面に印加すると、裏面から、図21(C)に示すような変調された信号が出力される。数百GHzのキャリア信号を数十GHzで変調すれば、5Gや6G世代の通信への応用が可能である。
【0046】
図31は高感度センサの例を示しており、図31(B)に示すように、DC/ACパッド201及び202の間に直流電源220を接続している。そして、図31(A)に示すような周波数関数のテラヘルツ波を大規模アレイ200の表面に印加すると、裏面から出力される信号に、被測定試料221に対して図31(C)に示すような周波数のずれΔfが生じる。周波数のずれΔfの測定により、付着した被測定試料221の屈折率や厚さの分析を行うことができる。
【0047】
また、図32(A)は高出力アレイ光源の構成例を示しており、DC/ACパッド201及び202の間に直流電源220が接続されており、単一の場合には図32(B)に示す出力強度W1の小さな特性であるが、大規模アレイ200の場合には図32(B)に示す出力強度W2の大きな特性となる。
【産業上の利用分野】
【0048】
本発明の微細デバイスを用いれば、テラヘルツ周波数帯に存在する物質の吸収スペクトルを測定するコンパクトなチップやテラヘルツイメージング用光源チップの製造が容易となり、化学・医療・セキュリティ分野の一層の発展を促すことが出来ると考えられる。
【符号の説明】
【0049】
1 共鳴トンネルダイオード(RTD)
2 スロットアンテナ
3 InP基板
4 下部電極
5 上部電極
6、13,14 安定化抵抗
7 MIMキャパシタ
10 スロットアンテナ発振器
11 共鳴トンネルダイオード(RTD)
12 スロットアンテナ
15,16 電極板
17 バイアス回路
18 導電部材
100 テラヘルツ発振器
100A 発振部
101 Sl-InP基板
102 n+InGaAs層
103 n+InP層(エッチストッパ)
110、111 バイアスパッド
120、121 コプレーナストリップ線路
120-1、120-2 凹部
120A、121A バイアス通路
121-1 凸部
121-1、121-2 凹部
122,123 安定化抵抗
130 スプリットリング共振器(SRR)
131 導体片
131A 導体部
140 RTD
141 共振空間部
142 RTDメサ
200 大規模アレイ
201、202 DC/ACパッド

図1
図2
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