(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-04-16
(45)【発行日】2025-04-24
(54)【発明の名称】制振システム、制振方法
(51)【国際特許分類】
E04H 9/02 20060101AFI20250417BHJP
F16F 9/53 20060101ALI20250417BHJP
F16F 15/02 20060101ALI20250417BHJP
F16F 15/03 20060101ALI20250417BHJP
【FI】
E04H9/02 351
F16F9/53
F16F15/02 A
F16F15/03 F
(21)【出願番号】P 2021148130
(22)【出願日】2021-09-10
【審査請求日】2024-07-26
(73)【特許権者】
【識別番号】504182255
【氏名又は名称】国立大学法人横浜国立大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000154
【氏名又は名称】弁理士法人はるか国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】永松 秀斗
(72)【発明者】
【氏名】白石 俊彦
【審査官】兼丸 弘道
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-166168(JP,A)
【文献】特開平02-289769(JP,A)
【文献】特開2002-227925(JP,A)
【文献】米国特許第05398785(US,A)
【文献】特開2004-100918(JP,A)
【文献】特開2010-024708(JP,A)
【文献】特開2005-009616(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
E04H 9/02
F16F 9/53
F16F 15/02-15/03
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
制振対象物の速度に関する情報を検知する第1検知部と、
前記制振対象物を支持する支持部の速度に関する情報を検知する第2検知部と、
前記制振対象物の振動を抑制する減衰力を生じさせる減衰装置と、
下記の条件関数に基づいて、前記減衰装置を制御する制御部と、
を有する、
制振システム。
【請求項2】
前記制御部は、
前記制振対象物の固有角振動数ω
nに対する前記支持部の角振動数ωの比ω/ω
nが0より大きく√2より小さい場合、前記第1減衰力を生じさせるよう前記減衰装置を制御し、
前記比ω/ω
nが√2以上の場合、前記第2減衰力を生じさせるよう前記減衰装置を制御する、
請求項1に記載の制振システム。
【請求項3】
前記制御部は、前記制振対象物の速度に応じて、前記第1減衰力の大きさを変える、
請求項1又は2に記載の制振システム。
【請求項4】
前記制御部は、前記制振対象物の速度と前記支持部の速度との差と、前記制振対象物の速度との比の絶対値に応じて、前記第1減衰力の大きさを変える、
請求項3に記載の制振システム。
【請求項5】
前記制御部は、前記制振対象物の速度に比例して、前記第1減衰力の大きさを変える、
請求項3又は4に記載の制振システム
【請求項6】
制振対象物の速度に関する情報を検知する第1検知ステップと、
前記制振対象物を支持する支持部の速度に関する情報を検知する第2検知ステップと、
下記の条件関数に基づいて減衰装置を制御することにより、前記制振対象物の振動を抑制する減衰力を生じさせる制御ステップと、
を有する制振方法。
【請求項7】
前記制御ステップにおいて、前記制振対象物の速度に応じて、前記第1減衰力の大きさを変える、
請求項6に記載の制振方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、制振システム、及び制振方法に関する。
【背景技術】
【0002】
非特許文献1に開示されるように、セミアクティブ制振として、下記(式1)で表される条件関数に基づいて減衰力を切り替えるスカイフックダンパ理論を用いた制御(以下、「擬似スカイフック制御」と呼ぶ)が知られている。(式1)の「xドット」は制振対象物の速度であり、「x0ドット」は制振対象物を支持する支持部(地面等)の速度である。また、(式1)の括弧内の式は、支持部に対する制振対象物の相対速度を示している。
【0003】
【0004】
擬似スカイフック制御においては、(式1)に示すように、制振対象物の絶対速度と相対速度の積の符号によって減衰力を切り替えている。具体的には、絶対速度と相対速度とが同じ方向である場合、すなわち絶対速度と相対速度の符号が同じ場合、大きな減衰力FONを生じさせている。一方、絶対速度と相対速度が反対方向である場合、すなわち絶対速度と相対速度の符号が異なる場合、小さな減衰力FOFFを生じさせている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】日本機械学会論文集(C編)67巻656号(2001-4)著者;潘公宇、松久寛、本田善久「磁気粘性流体を用いた減衰可変ダンパによるセミアクティブ振動制御」(論文NO.00-1024)P.82-99
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ここで、上記の擬似スカイフック制御においては、ダンパーの減衰力の遅延などに起因して、制振性能が十分に得られない場合がある。例えば、ON状態からOFF状態への切り替えに遅延が生じた場合、大きな減衰力が意図した方向と反対方向に作用することとなり、制振性能が低下してしまう。また、OFF状態からON状態への切り替えに遅延が生じた場合、本来大きな減衰力を作用させたいところ小さな減衰力が作用されることとなり、制振性能が低下してしまう。
【0007】
本発明の目的は、減衰力の遅延が生じた場合であっても、精度良く制振対象物の振動を抑制する制振システム、及び制振方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決すべく本出願において開示される発明は種々の側面を有しており、それら側面の代表的なものの概要は以下の通りである。
【0009】
(1)制振対象物の速度に関する情報を検知する第1検知部と、前記制振対象物を支持する支持部の速度に関する情報を検知する第2検知部と、前記制振対象物の振動を抑制する減衰力を生じさせる減衰装置と、下記の条件関数に基づいて、前記減衰装置を制御する制御部と、を有する、制振システム。
【0010】
(2)(1)において、前記制御部は、前記制振対象物の固有角振動数ωnに対する前記支持部の角振動数ωの比ω/ωnが0より大きく√2より小さい場合、前記第1減衰力を生じさせるよう前記減衰装置を制御し、前記比ω/ωnが√2以上の場合、前記第2減衰力を生じさせるよう前記減衰装置を制御する、制振システム。
【0011】
(3)(1)又は(2)において、前記制御部は、前記制振対象物の速度に応じて、前記第1減衰力の大きさを変える、制振システム。
【0012】
(4)(3)において、前記制御部は、前記制振対象物の速度と前記支持部の速度との差と、前記制振対象物の速度との比の絶対値に応じて、前記第1減衰力の大きさを変える、制振システム。
【0013】
(5)(3)又は(4)において、前記制御部は、前記制振対象物の速度に比例して、前記第1減衰力の大きさを変える、制振システム。
【0014】
(6)制振対象物の速度に関する情報を検知する第1検知ステップと、前記制振対象物を支持する支持部の速度に関する情報を検知する第2検知ステップと、下記の条件関数に基づいて減衰装置を制御することにより、前記制振対象物の振動を抑制する減衰力を生じさせる制御ステップと、を有する制振方法。
【0015】
(7)(6)において、前記制御ステップにおいて、前記制振対象物の速度に応じて、前記第1減衰力の大きさを変える、制振方法。
【発明の効果】
【0016】
上記本発明の(1)~(7)の側面によれば、精度良く制振対象物の振動を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】建築物に取り付けられた本実施形態に係る制振システムを模式的に示す図である。
【
図2】減衰比ζが0.01、0.15の場合における、角振動数比ω/ω
nと、振幅比Vとの関係を表すグラフ、及び、角振動数比ω/ω
nと、地面と建築物の位相差との関係を表すグラフである。
【
図3】本実施形態のMRダンパーのON/OFFの切り替えを概念的に説明するためのモデルである。
【
図4】本実施形態の制振と、従来の制振を比較する、実験結果を示すグラフである。
【
図5】減衰力の遅れ具合毎のシミュレーション結果を示すグラフである。
【
図6】変形例と本実施形態の制振とを比較する、実験結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態(以下、本実施形態という)について図面に基づき詳細に説明する。
【0019】
[制振システムの概要]
図1を参照して、本実施形態に係る制振システム100の概要について説明する。
図1は、建築物に取り付けられた本実施形態に係る制振システムを模式的に示す図である。
【0020】
制振システム100は、支持部に支持される制振対象物の振動を抑制するためのシステムである。本実施形態においては、支持部が地面のうち制振対象物を支持する部分であり、制振対象物が建築物である例を説明する。なお、建築物とは、土地に定着する工作物であって、屋根と、柱又は壁とを有するものである。また、本実施形態において、制振とは、地震等により地面が振動した場合における建築物の振動を抑制することである。
【0021】
制振システム100は、建築物の変位を検知する第1検知部である変位センサ10と、地面の変位を検知する第2検知部である変位センサ20と、建築物の振動を抑制する減衰力を生じさせるMR(Magneto-Rheological)ダンパー30と、MRダンパー30を制御する制御部40とを含んで構成される。
【0022】
[変位センサ]
本実施形態においては、後述の(式2)で示す条件関数に基づいた制御を行うため、制御部40は、変位センサ10が検知した建築物の変位に基づいて、建築物の速度を算出する。また、制御部40は、変位センサ20が検知した地面の変位に基づいて、地面の速度を算出する。
【0023】
ただし、これに限られず、制振システム100は、少なくとも地面の速度及び建築物の速度に関する情報を検知可能な構成であればよい。例えば、第1検知部及び第2検知部として加速度センサを用いて加速度を検知し、検知した加速度に基づいて速度を算出する構成であってもよい。または、第1検知部及び第2検知部として速度センサを用いて、直接速度を検知する構成であってもよい。
【0024】
[MRダンパー]
MRダンパー30は、ダンパー内部に電磁石を備えており、シリンダ内に充填したMR流体(磁気粘性流体)に磁場を加えることで、流動抵抗が制御され、所望の減衰力を生じさせる減衰装置である。なお、MRダンパー30は既存のものを採用可能であるため、
図1においてはMRダンパー30を模式的に示しており、その構成の詳細な図示については省略する。
【0025】
MRダンパー30のシリンダ内に充填されるMR流体は、分散媒である一様な鉱物油等の中に、分散質として鉄粉等の強磁性微粒子を分散させて成る液体である。MR流体は、磁界の影響を受けていない状態において、一般的な油圧作動油と同様の液状である。一方、MR流体は、磁界の影響を受けた状態において、流体中に分散する強磁性微粒子が磁界の方向に沿って鎖状に結合する。このように、結合された強磁性微粒子が抵抗となり、見かけの粘性が向上する。以下、MR流体が磁界の影響を受けている状態をON状態と呼び、MR流体が磁界の影響を受けていない状態をOFF状態と呼ぶ。
【0026】
MRダンパー30は、制御部40の制御に応じて供給される電流により生じる磁界により、ON/OFFが切り替えられる。なお、制振システム100は、制御部40の制御に応じてMRダンパー30に電流を供給する電源(不図示)を備えているとよい。MRダンパー30はON状態において高い減衰力(第1減衰力)を生じさせ、OFF状態においてON状態よりも低い減衰力(第2減衰力)を生じさせる。
【0027】
なお、本実施形態においては、減衰装置としてMRダンパー30を例に挙げて説明するが、これに限られない。減衰装置は、少なくとも制御部40により減衰力が切り替えられる装置であればよい。また、
図1においてはMRダンパー30を一つのみ示しているが、一つの制振対象物に対して複数のMRダンパー30が複数設けられていてもよい。
【0028】
[セミアクティブ制振]
本実施形態におけるセミアクティブ制振について説明する。制御部40は、セミアクティブ制振を行う。なお、制御部40は、CPUやメモリを含むマイクロコンピュータ等で構成されるものであるとよい。
【0029】
セミアクティブ制振は、制振対象物の振動状態に応じてダンパーの減衰力を切り替えることにより、振動を抑制する制御である。このような制御を行うことで、制振対象物の振動状態が振動の抑制に有効である場合はダンパーを効かせ、振動の抑制に有効でない場合はダンパーを効かせないこととなり、少ないエネルギー消費で、高い制振効果を得ることができる。
【0030】
ここで、上述のように、(式1)を用いた従来の擬似スカイフック制御においては、ダンパーの減衰力の遅延などに起因して、制振性能が十分に得られない場合があった。この性能の劣化は特に、建築物の固有角振動数ωnに対する地面の角振動数ωの比ω/ωnが大きいほど顕著に表れる。振動数が高いほど、ダンパーのON/OFFの切り替えが追い付かなくなるためである。
【0031】
そこで、本実施形態においては、従来の擬似スカイフック制御と同等に簡易な条件関数を用い、かつ、ダンパーの減衰力の遅延が生じた場合であっても、高い制振性能を得られる制御を採用した。具体的には、本実施形態においては、下記(式2)に示す条件関数に基づいて、セミアクティブ制振を行う構成を採用した。
【0032】
【0033】
(式2)中のFは減衰力であり、FONは第1減衰力であり、FOFFは第1減衰力よりも小さい第2減衰力であり、「xドット」は建築物の速度であり、「x0ドット」は地面の速度である。なお、xは、変位センサ10により検知される建築物の変位であり、x0は変位センサ20により検知される地面の変位である。なお、第1減衰力FONは、ON状態におけるMRダンパー30の減衰力であり、第2減衰力FOFFは、OFF状態におけるMRダンパー30の減衰力である。
【0034】
ここで、減衰比ζは下記(式3)で表される。なお、減衰比とは、粘性減衰を有する振動系における粘性減衰係数と臨界減衰係数の比のことである。(式3)のmは質量であり、cは粘性減衰係数であり、kはばね定数である。建築物など大きな構造物においては質量mが大きいため減衰比ζは十分に小さい値となる。
【0035】
【0036】
図2(a)は、減衰比ζが0.01、0.15の場合における、建築物の固有角振動数ω
nに対する地面の角振動数ωの比ω/ω
nと、地面の速度の振幅v
0に対する建築物の速度の振幅vの比の絶対値である振幅比Vとの関係を示している。Vは、地面の速度の振幅v
0に対して建築物の速度の振幅vが何倍かを表す値である。要するに、
図2(a)は、減衰比ζが0.01、0.15の場合における、振動数と振動の大きさとの関係を表している。なお、ω
n=ωの場合、すなわち、ω/ω
n=1の場合、いわゆる共振が生じる。ただし、減衰がある場合、ω/ω
nは1よりやや小さい場合に共振する。そのため、
図2(a)においては、ω/ω
nが1よりもやや小さい場合、最も振動が大きくなっている。
【0037】
図2(b)は、減衰比ζが0.01、0.15の場合における、建築物の固有角振動数ω
nに対する地面の角振動数ωの比ω/ω
nと、地面と建築物の位相差と、の関係を表している。
【0038】
なお、減衰比ζ=0.01は実際の建築物を想定した値であり、減衰比ζ=0.15は実験室における建築物の模型における値である。
【0039】
図2(a)に示すように、ω/ω
nが√2より小さい場合、Vは1よりも大きく、ω/ω
nが√2以上の場合、Vは1以下である。
【0040】
また、
図2(b)から、ω/ω
nが1より小さい場合、位相差は0°に近似でき、ω/ω
nが1以上の場合、位相差は180°に近似できる。すなわち、ω/ω
nが1以上で位相が反転するとみなすことができる。この近似は、減衰比ζが小さい値である場合に、精度良く成立するものである。
【0041】
地面の速度(x
0ドット)をv
0sinωtとした場合、建築物の速度(xドット)は下記(式4)で表される。ここで、ω/ω
nが1以上の場合に符号がマイナスになるのは、
図2(b)を参照して説明したように、近似により位相が反転しているとみなせるためである。
【0042】
【0043】
(式2)の左辺は、(式4)に基づいて下記(式5)のように表すことができる。
【0044】
【0045】
さらに、
図2(a)に示すように、ω/ω
nが、0より大きく1より小さい場合、振幅比Vは1より大きい。また、ω/ω
nが、1以上であって√2より小さい場合も、振幅比Vは1以上である。また、ω/ω
nが、√2以上の場合、振幅比Vは1以下である。これらより、ω/ω
nが、0より大きく√2より小さい場合、(式5)の等式は0より大きくなる。一方、ω/ω
nが、√2以上の場合、(式5)の等式は0以下となる。
【0046】
以上説明した
図2(a)に基づくω/ω
nの場合分けと、(式5)とに基づいて、下記(式6)が導かれる。
【0047】
【0048】
このため、上記(式2)に示す条件関数に基づくセミアクティブ制振において、MRダンパー30は、ω/ωnが、0より大きく√2より小さい場合、ON状態となり、ω/ωnが、√2以上の場合、OFF状態となる。
【0049】
以上説明した内容をまとめて下記表1に示す。なお、本実施形態においては、ω/ωnが√2以上の場合、OFF状態となり、ω/ωnが√2よりも小さい場合、ON状態となる例を示すが、これは厳密なものではなく、ω/ωnが√2よりも大きい場合、OFF状態となり、ω/ωnが√2以下の場合、ON状態となることとしてもよい。
【0050】
【0051】
図3は、本実施形態のMRダンパーのON/OFFの切り替えを概念的に説明するためのモデルである。なお、
図3に示すmは質量であり、kはばね定数であり、cは粘性減衰係数である。
【0052】
図3(a)に示すように、建築物と地面の速度が同じ向きである場合、MRダンパー30はON状態となる。
図3(b)に示すように、建築物と地面の速度が反対向きであり、かつ建築物の速度の絶対値が地面の速度の絶対値より大きい場合(振幅比V>1の場合)、MRダンパー30はON状態となる。また、
図3(c)に示すように、建築物と地面の速度が反対向きであり、かつ建築物の速度の絶対値が地面の速度の絶対値以下の場合(振幅比Vが1以下の場合)、MRダンパー30はOFF状態となる。
【0053】
図4は、本実施形態の制振と、従来の制振を比較する、実験結果を示すグラフである。
図4においては、本実施形態の制振における実験結果、擬似スカイフック制御における実験結果、常時ON状態とした場合における実験結果、常時OFF状態とした場合における実験結果をそれぞれ示している。なお、
図4の横軸はω/ω
nであり、縦軸は|x|/|x
0|である。要するに、
図4の横軸は振動数を示しており、縦軸は振動の大きさを表している。
【0054】
図4に示すように、本実施形態の制振においては、ω/ω
nに関わらず、安定して振動の大きさが抑えられている。特に、ω/ω
nが大きい場合、すなわち振動数が高い場合において、従来の擬似スカイフック制御よりも振動の大きさを抑えられている。
【0055】
図5は、
図4と同様に本実施形態と従来の制振とを比較するグラフであって、減衰力の遅れ具合毎のシミュレーション結果を示すグラフである。
図5(a)は、遅れが10ms(0.01秒)である場合のシミュレーション結果を示している。
図5(b)は、遅れが30ms(0.03秒)である場合のシミュレーション結果を示している。
図5(c)は、遅れが60ms(0.06秒)である場合のシミュレーション結果を示している。
図5(d)は、遅れが90ms(0.09秒)である場合のシミュレーション結果を示している。なお、減衰力の遅れは、MRダンパー30や制御部40の性能(反応時間)に依存するものである。
【0056】
図5によると、減衰力の遅れが大きいほど、本実施形態の制振による制振性能が、従来の擬似スカイフック制御による制振性能より良くなったことが分かる。特に、本実施形態の制振によると、ω/ω
n=1付近での振動を抑制できている。なお、上述の
図4は、減衰力の遅れが60ms(
図5(c)参照)である制振システム100を使用した場合の実験結果を示している。
【0057】
以上説明したように、本実施形態に係る制振システム100においては、従来の擬似スカイフック制御と同等に簡易な条件関数を用い、かつ、ダンパーの減衰力の遅延が生じた場合であっても、精度良く建築物の振動を抑制することができる。また、本実施形態に係る制振システム100においては、ω/ω
nに関わらず、すなわち、広い振動数範囲において振動を抑制することができる。これは、本実施形態に係る制振システム100においては、単純に速度の向きに応じてON/OFFを切り替える擬似スカイフック制御と異なり、振動の抑制に理論上寄与するよう適切なON/OFF制御を行っているためである。擬似スカイフック制御では、絶対速度と相対速度が同じ向きになる場合と反対向きになる場合が頻繁に切り替わる。つまり、ON状態とOFF状態が頻繁に切り替わるので、減衰力の遅れの影響を受けやすい。一方、本実施形態に係る制振システム100では、
図5においてω/ω
nが0より大きく√2より小さい場合には常にON状態、ω/ω
nが√2以上の場合に常にOFF状態となるようにしているので、擬似スカイフック制御と比較して、ON状態とOFF状態の切り替わりの頻度が低く、減衰力の遅れの影響を受けにくい。
【0058】
なお、
図4の結果は実験室において建築物の模型を使用した場合の実験結果であり、減衰比ζが約0.15の場合の結果となっている。ここで、建築物の実際の減衰比ζは約0.01程度である。
図2(b)を参照して説明したように、減衰比ζが小さいほど、ω/ω
nが1以上の場合において想定通りに位相が反転する。そのため、減衰比ζが0.01の場合、減衰比ζが0.15の場合よりも、(式2)と表1に基づく制御がより適切になされると考えられる。そのため、減衰比ζが0.01の場合、
図4で示した結果よりも、振動をより抑制できることが予想される。
【0059】
[変形例]
次に、
図6を参照して、本実施形態の変形例の制振について説明する。変形例においては、(式2)で示す条件関数に代えて、下記(式7)に示す条件関数に基づいて制振を行う。なお、変形例における全体構成は
図1と同様であるため、その詳細な説明については省略する。
【0060】
【0061】
(式7)のFcは、建築物の速度に応じて可変である第1減衰力を示している。変形例においては、制御部40は、建築物の速度に応じて連続的に第1減衰力を変える制御を行う。具体的には、制御部40は、建築物の速度に応じて供給電流を連続的に変える制御を行う。このように第1減衰力を調整することで、制振性能をより向上させることができる。
【0062】
変形例において、粘性減衰係数cは、下記(式8)で表される。(式8)のcpは、実験において最も制振性能が高かった減衰係数である。
【0063】
【0064】
(式8)より、Fcの絶対値は下記(式9)で表される。変形例においては、MRダンパー30は、ON状態において、(式9)に基づいて算出される第1減衰力Fcを生じさせる。
【0065】
【0066】
(式9)に示すように、第1減衰力Fcは建築物の速度に比例する。すなわち、建築物の速度の絶対値が大きくなると、第1減衰力Fcも大きくなる。
【0067】
図6は、変形例と本実施形態の制振とを比較する、実験結果を示すグラフである。
図6に示すように、変形例の制振においては、本実施形態の制振と比較して、より振動の大きさが抑えられている。特に、ω/ω
nが大きい場合において、本実施形態の制振よりも振動の大きさを抑えられている。
【0068】
以上、本発明に係る実施形態及び変形例について説明したが、これら実施形態に示した具体的な構成は一例として示したものであり、本発明の技術的範囲をこれに限定することは意図されていない。当業者は、これら開示された実施形態を適宜変形してもよく、本明細書にて開示される発明の技術的範囲は、そのようになされた変形をも含むものと理解すべきである。
【符号の説明】
【0069】
10 変位センサ、20 変位センサ、30 MRダンパー、40 制御部、100 制振システム。