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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-04-16
(45)【発行日】2025-04-24
(54)【発明の名称】転がり軸受の水素脆性剥離評価試験方法
(51)【国際特許分類】
   G01M 13/04 20190101AFI20250417BHJP
【FI】
G01M13/04
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2019183094
(22)【出願日】2019-10-03
(65)【公開番号】P2021060222
(43)【公開日】2021-04-15
【審査請求日】2022-09-15
【審判番号】
【審判請求日】2024-02-27
(73)【特許権者】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 克明
(72)【発明者】
【氏名】山口 徹
【合議体】
【審判長】南 宏輔
【審判官】瓦井 秀憲
【審判官】▲高▼見 重雄
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-181167(JP,A)
【文献】特開平09-264816(JP,A)
【文献】特開2012-180921(JP,A)
【文献】木野 伸郎 、尾谷 敬造, 転動疲労寿命に及ぼす水素の影響とその対策, 材料とプロセス:日本鉄鋼協会講演論文集, 日本, 2002年, Vol.15, pp.1016-1019
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01M 13/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1軌道面を含む回転輪である第1軌道輪と、前記第1軌道面に対向している第2軌道面を含む静止輪である第2軌道輪と、前記第1軌道面と前記第2軌道面との間に配置されている転動体とを有する転がり軸受を準備する工程と、
前記第1軌道面と前記第2軌道面との間に前記転動体を介して荷重が加えられた状態において、前記第1軌道輪に中心軸周りの回転を加える工程とを備え、
前記第1軌道輪、前記第2軌道輪及び前記転動体は、鋼により形成されており、
前記第1軌道面及び前記第2軌道面は、前記回転の間、全面にわたって常に潤滑油に浸漬されており、
前記潤滑油は、水を実質的に含有せず
前記回転が行われている間、前記潤滑油の温度は、100℃以上であり、
前記回転に伴い、前記第1軌道面及び前記第2軌道面の少なくともいずれかに金属新生面が形成されるとともに、前記潤滑油が周囲からの酸素を遮断して前記金属新生面上に酸化膜が形成されることを抑止し、トロイボケミケル反応により生じた水素を前記鋼中に侵入させて水素脆性を生じさせる、水素脆性剥離評価試験方法。
【請求項2】
前記転がり軸受は、ラジアル玉軸受であり、
前記中心軸は、水平方向に沿っており、
前記荷重は、前記中心軸に直交する方向に沿って加えられている、請求項1に記載の水素脆性剥離評価試験方法。
【請求項3】
前記荷重は、鉛直下方から鉛直上方に向かって加えられている、請求項2に記載の水素脆性剥離評価試験方法。
【請求項4】
前記転がり軸受は、スラスト玉軸受であり、
前記中心軸は、鉛直方向に沿っており、
前記荷重は、鉛直方向に沿って加えられている、請求項1に記載の水素脆性剥離評価試験方法。
【請求項5】
前記潤滑油中における水の含有量は、100質量ppm以上200質量ppm以下である、請求項1~請求項4のいずれか1項に記載の水素脆性剥離評価試験方法。
【請求項6】
前記潤滑油は、CVTフルードである、請求項1~請求項5のいずれか1項に記載の水素脆性剥離評価試験方法。
【請求項7】
前記鋼中における水素濃度は、0.02質量ppm以下である、請求項1~請求項6のいずれか1項に記載の水素脆性剥離評価試験方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転がり軸受の水素脆性剥離評価試験方法に関する。
【背景技術】
【0002】
非特許文献1(濱田 洋志ほか1名,「軸受鋼の引張・圧縮疲労及び転がり疲労に及ぼす水素の影響」,NTN Technical Review No.74,第50頁,2006年)には、軸受鋼の水素脆性剥離評価試験方法が記載されている。非特許文献1に記載の試験方法では、軸受鋼により形成された2つの円筒試験片を用いて転がりすべり試験が行われる。円筒試験片には、転がりすべり試験に先立って、水素チャージが行われている。そのため、非特許文献1に記載の試験方法によると、軸受鋼の水素脆性剥離の評価を行うことができる。
【0003】
非特許文献2(MIKA KOHARAほか2名、「Study оn Mechanism оf Hydrogen Generation from Lubricants」,Tribology Transactions No.49,第53頁,2006年)には、ボールオンディスク型の摺動試験方法が記載されている。非特許文献1に記載の試験方法では、真空中において、回転する円盤に油膜を介して鋼球が押し付けられることにより、鋼球の表面に新生面が形成される。その結果、トライボケミカル反応により水素が発生し、その水素を検知することにより、鋼球の水素脆性が評価される。
【0004】
しかしながら、非特許文献1及び非特許文献2に記載の試験方法は、試験片に対して水素チャージを予め行う、真空環境下で試験を行うという特殊な条件が必要であるため、転がり軸受の実使用環境下における水素脆性剥離を再現することはできない。
【0005】
特許文献1(特開2012-181167号公報)には、転がり軸受の転がりすべり疲労寿命試験方法が記載されている。特許文献1に記載の試験方法では、第1に、スラスト玉軸受を模した模擬体が準備される。模擬体は、内輪と、外輪と、内輪軌道面と外輪軌道面との間に配置されている転動体である玉とを有している。特許文献1に記載の試験方法では、第2に、内輪軌道面と外輪軌道面との間に荷重が加えられた状態において、内輪が中心軸周りに回転される。この際、内輪軌道面及び外輪軌道面は、潤滑油に浸漬されている。特許文献1に記載の試験方法では、以上の工程により、転がり軸受の水素脆性剥離の評価が行われる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2012-181167号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】濱田 洋志ほか1名,「軸受鋼の引張・圧縮疲労及び転がり疲労に及ぼす水素の影響」,NTN Technical Review No.74,第50頁,2006年
【文献】MIKA KOHARAほか2名、「Study оn Mechanism оf Hydrogen Generation from Lubricants」,Tribology Transactions No.49,第53頁,2006年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1に記載の試験方法は、試験片に対して予め水素チャージを行う、真空環境下において試験を行うといった条件は必要ではない。しかしながら、特許文献1に記載の試験方法では、潤滑油中に水が注入されており、潤滑油中の水の蒸発を抑制する必要があるため、潤滑油の温度を上昇させにくい。その結果、特許文献1に記載の試験方法では、潤滑油の温度を上昇させることにより軌道面と転動体との間の油膜を薄くすることが困難であり、軌道面と転動体との金属接触を生じさせにくい。
【0009】
本発明は、上記のような従来技術の問題点に鑑みてなされたものである。より具体的には、本発明は、軌道面と転動体との金属接触を生じさせやすくすることにより水素脆性剥離を再現しやすい水素脆性剥離評価試験方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の一態様に係る水素脆性剥離評価試験方法は、第1軌道面を含む回転輪である第1軌道輪と、第1軌道面に対向している第2軌道面を含む静止輪である第2軌道輪と、第1軌道面と第2軌道面との間に配置されている転動体とを有する転がり軸受を準備する工程と、第1軌道面と第2軌道面との間に転動体を介して荷重が加えられた状態において、第1軌道輪に中心軸周りの回転を加える工程とを備える。第1軌道輪、第2軌道輪及び転動体は、鋼により形成されている。第1軌道面及び第2軌道面は、回転の間、全面にわたって常に潤滑油に浸漬されている。潤滑油は、水を実質的に含有しない。
【0011】
上記の水素脆性剥離試験方法において、転がり軸受はラジアル玉軸受であってもよい。中心軸は、水平方向に沿っていてもよい。荷重は、中心軸に直交する方向に沿って加えられていてもよい。上記の水素脆性剥離試験方法において、荷重は、鉛直下方から鉛直上方に向かって加えられていてもよい。
【0012】
上記の水素脆性剥離試験方法において、転がり軸受はスラスト玉軸受であってもよい。中心軸は、鉛直方向に沿っていてもよい。荷重は、鉛直方向に沿って加えられていてもよい。
【0013】
上記の水素脆性剥離試験方法において、潤滑油中における水の含有量は、200質量ppm以下であってもよい。上記の水素脆性剥離試験方法において、潤滑油は、CVTフルードであってもよい。上記の水素脆性剥離試験方法において、鋼中における水素濃度は、0.02質量ppm以下であってもよい。
【発明の効果】
【0014】
本発明の一態様に係る水素脆性剥離試験方法によると、軌道面と転動体との金属接触を生じさせやすくすることにより水素脆性剥離を再現しやすくすることが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】第1実施形態に係る水素脆性剥離試験方法の工程図である。
図2】転がり軸受10の中心軸A1に沿った断面図である。
図3】試験装置20の模式的な断面図である。
図4】転がり軸受30の中心軸A3に沿う断面図である。
図5】試験装置40の模式的な断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
実施形態の詳細を、図面を参照しながら説明する。以下の図面においては、同一又は相当する部分に同一の参照符号を付し、重複する説明は繰り返さないものとする。
【0017】
(第1実施形態)
以下に、第1実施形態に係る水素脆性剥離試験方法を説明する。
【0018】
図1は、第1実施形態に係る水素脆性剥離試験方法の工程図である。図1に示されるように、第1実施形態に係る水素脆性剥離試験方法は、準備工程S1と、転がりすべり試験工程S2とを有している。
【0019】
準備工程S1においては、第1実施形態に係る水素脆性剥離試験方法に供される転がり軸受10が準備される。図2は、転がり軸受10の中心軸A1に沿った断面図である。図2に示されるように、転がり軸受10は、ラジアル玉軸受である。より具体的には、転がり軸受10は、深溝玉軸受である。転がり軸受10は、内輪11と、外輪12と、転動体13と、保持器14とを有している。
【0020】
内輪11は、環状(リング状)形状を有している。内輪11は、転がり軸受10の回転輪である。内輪11は、中心軸A1を有している。内輪11は、上面11aと、底面11bと、内周面11cと、外周面11dとを有している。
【0021】
上面11a及び底面11bは、中心軸A1に沿う方向における内輪11の端面を構成している。底面11bは、中心軸A1に沿う方向における上面11aの反対面である。内周面11cは、内輪11の周方向に沿って延在している。外周面11dは、内輪11の周方向に沿って延在している。外周面11dは、内輪11の径方向における内周面11cの反対面である。
【0022】
外周面11dは、軌道面11daを有している。軌道面11daは、外周面11dのうち、転動体13に接触する部分である。軌道面11daにおいて、外周面11dは、内周面11c側に窪んでいる。中心軸A1に沿う断面視において、軌道面11daは、部分円弧形状を有している。
【0023】
外輪12は、環状(リング状)形状を有している。外輪12は、転がり軸受10の静止輪である。外輪12は、上面12aと、底面12bと、内周面12cと、外周面12dとを有している。
【0024】
上面12a及び底面12bは、中心軸A1に沿う方向における外輪12の端面を構成している。底面12bは、中心軸A1に沿う方向における上面12aの反対面である。内周面12cは、外輪12の周方向に沿って延在している。外周面12dは、外輪12の周方向に沿って延在している。外周面12dは、外輪12の径方向における内周面12cの反対面である。
【0025】
内周面12cは、軌道面12caを有している。軌道面12caは、内周面12cのうち、転動体13に接触する部分である。軌道面12caにおいて、内周面12cは、外周面12d側に窪んでいる。中心軸A1に沿う断面視において、軌道面12caは、部分円弧形状を有している。
【0026】
内輪11及び外輪12は、外周面11d及び内周面12c(軌道面11da及び軌道面12ca)が互いに対向するように配置されている。
【0027】
転動体13は、球形状を有している。転動体13は、軌道面11daと軌道面12caとの間に配置されている。転動体13の数は、例えば複数である。保持器14は、外周面11dと内周面12cとの間に配置されている。保持器14は、転がり軸受10の周方向における転動体13の間隔を一定範囲に保つように、転動体13を保持している。
【0028】
内輪11、外輪12及び転動体13は、鋼により形成されている。内輪11、外輪12及び転動体13は、例えば軸受鋼により形成されている。内輪11、外輪12及び転動体13に用いられる鋼種は、例えば、JIS規格(JIS G 4805:2008)に規定された高炭素クロム軸受鋼であるSUJ2、SUJ3等である。なお、内輪11を構成している鋼、外輪12を構成している鋼及び転動体13を構成している鋼は、同一の鋼種でなくてもよい。なお、上記の鋼中における水素濃度は、例えば、0.02質量ppm以下である。すなわち、上記の鋼に対しては、水素チャージが行われていない。なお、上記の鋼中の水素濃度には、下限はない。
【0029】
転がりすべり試験工程S2は、試験装置20を用いて行われる。図3は、試験装置20の模式的な断面図である。図3に示されるように、試験装置20は、ハウジング21と、回転軸22と、駆動部23(図示せず)と、サポート軸受24及びサポート軸受25と、荷重受け部材26と、押圧棹27とを有している。なお、図3中の上下方向は鉛直方向に対応しており、図3中の左右方向は水平方向に対応している。
【0030】
ハウジング21は、その内部に潤滑油が貯留されるように構成されている。回転軸22は、中心軸A2を有している。回転軸22は、中心軸A2に沿う方向において、第1端22aと、第2端22b(図示せず)とを有している。第2端22bは、中心軸A2に沿う方向における第1端22aの反対側の端である。回転軸22は、中心軸A2が水平方向に沿うように配置されている。
【0031】
回転軸22は、第1端22a側が、ハウジング21の内部に配置されている。転がり軸受10は、ハウジング21の内部に配置されていることにより、中心軸A2周りに回転自在に回転軸22の第1端22a側を軸支している。より具体的には、内輪11は回転軸22に取り付けられており、外輪12はハウジング21に取り付けられている。なお、内輪11の中心軸A1は、回転軸22の中心軸A2に一致している。
【0032】
回転軸22は、第2端22b側において駆動部23に接続されている。駆動部23は、例えばモータである。駆動部23は、回転軸22を中心軸A2周りに回転させるように構成されている。
【0033】
サポート軸受24は、例えば深溝玉軸受である。なお、サポート軸受24は、第1実施形態に係る水素脆性剥離試験方法の対象となる軸受ではない。サポート軸受24は、ハウジング21の内部に配置されている。サポート軸受24の内輪は回転軸22に取り付けられており、サポート軸受24の外輪はハウジング21に取り付けられている。サポート軸受24は、第1端22aから離れた位置において、中心軸A2周りに回転可能に回転軸22を軸支している。
【0034】
サポート軸受25は、例えば深溝玉軸受である。なお、サポート軸受25は、第1実施形態に係る水素脆性剥離試験の対象となる軸受ではない。サポート軸受25は、ハウジング21の内部に配置されている。サポート軸受25の内輪は回転軸22に取り付けられており、サポート軸受25の外輪は荷重受け部材26に取り付けられている。サポート軸受25は、転がり軸受10とサポート軸受24との間において、中心軸A2周りに回転可能に回転軸22を軸支している。
【0035】
押圧棹27の一方端側は、ハウジング21の内部に配置されている。押圧棹27は、ハウジング21の底壁側からハウジング21の内部に挿入されている。押圧棹27は、一方端において、荷重受け部材26に取り付けられている。押圧棹27は、鉛直方向に沿って延在している。押圧棹27は、例えば、鉛直下方から鉛直上方に向かって、ロードセル等により移動される。これにより、軌道面11daと軌道面12caとの間に転動体13を介して中心軸A2(中心軸A1)に直交する方向に沿った(より具体的には、鉛直下方から鉛直上方に向かう方向に沿った)荷重が加えられる。
【0036】
転がりすべり試験工程S2は、上記の荷重が加えられた状態で、回転軸22を中心軸A2周りに回転させることにより(内輪11を中心軸A1周りに回転させることにより)行われる。図3中において、ハウジング21内に供給されている潤滑油の液位LLが点線により示されている。なお、ハウジング21に供給されている潤滑油の液面は、中心軸A2に沿っている。
【0037】
上記の回転軸22の回転が行われている間、軌道面11da及び軌道面12caは、全面にわたって潤滑油により浸漬されている。このことを別の観点からいえば、上記の回転軸22の回転が行われている間、潤滑油の液位LLは、軌道面12caよりも常に鉛直上方にある。
【0038】
潤滑油は、実質的に水(HO)を含有していない。より具体的には、潤滑油中における水の含有量は、例えば200質量ppm以下である。潤滑油中における水の含有量は、100質量ppm以下であってもよい。なお、潤滑油中における水の含有量に、下限はない。上記の回転軸22の回転が行われている間、潤滑油の温度は、100℃以上潤滑油の引火点未満の温度になっていることが好ましい。潤滑油の温度が100℃以上潤滑油の引火点未満の温度になっている場合、上記の回転軸22の回転が行われている間は、潤滑油中の水が蒸発してしまい、潤滑油中に水は含まれなくなる。潤滑油には、例えば、CVTフルードが用いられる。但し、第1実施形態に係る水素脆性剥離試験に用いられる潤滑油は、これに限られるものではない。
【0039】
以下に、第1実施形態に係る水素脆性剥離試験方法の効果を説明する。
【0040】
軌道面における水素脆性剥離は、次のようなメカニズムによって生じると考えられている。第1に、軌道面と転動体との金属接触により軌道面に形成されている酸化膜が剥離して新生面が形成される。第2に、新生面は化学的に不安定であるため、新生面を化学的に安定化させるために、トライボケミカル反応により生じた水素が新生面に取り込まれる。第3に、水素が鋼に取り込まれると、鋼の格子間の結合力が低下することになり、軌道面の早期剥離の原因となる。
【0041】
軌道面に形成されている酸化膜が転動体との金属接触により剥離して新生面が形成されたとしても、周囲に酸素が存在している場合、新生面が酸素を取り込んで酸化膜が再び形成されるため、新生面への水素の取り込みが生じず、水素脆性剥離は生じにくい。
【0042】
第1実施形態に係る水素脆性剥離試験方法においては、回転軸22の回転(内輪11の回転)が行われている際に、軌道面11da及び軌道面12caが全面にわたって潤滑油により浸漬されているため(液位LLが軌道面12caよりも鉛直上方にあるため)、形成された新生面の周囲の酸素が希薄であり、新生面に再び酸化膜が形成されにくく、新生面にトライボケミカル反応により生じた水素が取り込まれやすい。そのため、第1実施形態に係る水素脆性剥離試験方法によると、水素脆性剥離を再現することが可能になる。
【0043】
潤滑油に水が含まれている場合、水の蒸発を抑制するために、潤滑油の温度を上昇させることが困難である。すなわち、潤滑油に水が含まれている場合、潤滑油の温度を上げて油膜パラメータを高める(軌道面と転動体との間に形成される油膜を薄くする)ことは困難である。その結果、この場合には、軌道面と転動体との金属接触により軌道面に形成されている酸化膜を剥離させて軌道面に新生面を形成させにくい。
【0044】
他方で、第1実施形態に係る水素脆性剥離試験方法においては、潤滑油に実質的に水が含まれていないため、潤滑油の温度を上げて油膜パラメータを高める(軌道面と転動体との間に形成される油膜を薄くする)ことに支障はない。そのため、第1実施形態に係る水素脆性剥離試験方法によると、軌道面11da(軌道面12ca)と転動体13との金属接触を生じさせやすくすることにより水素脆性剥離を再現しやすい。
【0045】
なお、第1実施形態に係る水素脆性剥離試験方法において、軌道面11daと軌道面12caとの間の荷重が鉛直下方から鉛直上方に向かって加えられている場合、試験装置20の構造上、試験装置20をコンパクトに構成しやすい。
【0046】
<実験例>
第1実施形態に係る水素脆性剥離試験方法により水素脆性剥離が再現できていることを確認するために以下の試験を行った。この試験においては、第1実験例と、第2実験例とが実施された。第1実験例においては、潤滑油の液位LLが回転軸22に達する程度(軸心油浴)とされた。第2実験例においては、潤滑油の液位LLが軌道面12caよりも鉛直上方にあるように(すなわち、軌道面11da及び軌道面12caが全面にわたって潤滑油で浸漬されるように)された。
【0047】
その他の条件は、第1実験例と第2実験例とで同一とされた。より具体的には、第1実験例及び第2実験例において、回転軸22に加えられる荷重は軌道面12caにおける面圧が2844MPaとなるように(外輪12の変形量が100μmとなるように)され、油膜厚さは0.09μmとされた。
【0048】
第1実験例においては、軌道面12caに水素脆性剥離が生じることがなく、潤滑油が焼き付くまで回転軸22(内輪11)の回転が継続された。他方で、第2実験例においては、軌道面12caに水素脆性剥離が生じており、第1実験例の27パーセント程度の回転数で回転軸22(内輪11)の回転が停止された。このように、第1実施形態に係る水素脆性剥離試験方法によると、潤滑油の液位LLが軌道面12caよりも鉛直上方にあるとともに、かつ潤滑油が水を実質的に含まないことにより、水素脆性剥離を再現しうることが、実験的にも明らかにされた。
【0049】
(第1実施形態に係る水素脆性剥離試験の変形例)
上記の例においては、回転軸22(内輪11)の回転中に常に潤滑油の液位LLが軌道面12caよりも鉛直上方にある(すなわち、軌道面11da及び軌道面12caが全面にわたって潤滑油で浸漬される)こととされたが、回転軸22(内輪11)の回転中に常に潤滑油の液位LLが軌道面12caよりも鉛直上方になくても、軌道面11da及び軌道面12caが潤滑油に浸漬されていない時間が十分に短ければ、水素脆性剥離を再現しうる。
【0050】
(第2実施形態)
以下に、第2実施形態に係る水素脆性剥離試験方法を説明する。ここでは、第1実施形態に係る水素脆性剥離試験方法と異なる点を主に説明し、重複する説明は繰り返さないものとする。
【0051】
第2実施形態に係る水素脆性剥離試験方法は、準備工程S1と、転がりすべり試験工程S2とを有している。この点に関して、第2実施形態に係る水素脆性剥離試験方法は、第1実施形態に係る水素脆性剥離試験方法と共通している。しかしながら、第2実施形態に係る水素脆性剥離試験方法は、準備工程S1において準備される転がり軸受の構成及び転がりすべり試験工程S2において用いられる試験装置の構成に関して、第1実施形態に係る水素脆性剥離試験方法と異なっている。
【0052】
第2実施形態に係る水素脆性剥離試験方法の準備工程S1においては、転がり軸受30が準備される。図4は、転がり軸受30の中心軸A3に沿う断面図である。図4に示されるように、転がり軸受30は、スラスト玉軸受である。より具体的には、転がり軸受30は、単式スラスト玉軸受である。転がり軸受30は、内輪31(軸軌道盤)と、外輪32(ハウジング軌道盤)と、転動体33と、保持器34とを有している。
【0053】
内輪31は、環状(リング状)形状を有している。内輪31は、中心軸A3を有している。内輪31は、第1面31aと、第2面31bとを有している。第1面31a及び第2面31bは、中心軸A3に沿う方向における端面を構成している。第2面31bは、第1面31aの反対面である。第1面31aは、軌道面31aaを有している。軌道面31aaは、転動体33が接触する第1面31aの部分である。第1面31aは、軌道面31aaにおいて、第2面31b側に窪んでいる。軌道面31aaは、中心軸A3に沿う断面視において、部分円弧形状を有している。
【0054】
外輪32は、環状(リング状)形状を有している。外輪32は、中心軸A3を有している。外輪32は、第1面32aと、第2面32bとを有している。第1面32a及び第2面32bは、中心軸A3に沿う方向における端面を構成している。第2面32bは、第1面32aの反対面である。第1面32aは、軌道面32aaを有している。軌道面32aaは、転動体33が接触する第1面32aの部分である。第1面32aは、軌道面32aaにおいて、第2面32b側に窪んでいる。軌道面32aaは、中心軸A3に沿う断面視において、部分円弧形状を有している。
【0055】
内輪31及び外輪32は、第1面31a及び第1面32a(軌道面31aa及び軌道面32aa)が互いに対向するように配置されている。
【0056】
転動体33は、球形状を有している。転動体33は、軌道面31aaと軌道面32aaとの間に配置されている。転動体33の数は、例えば複数である。保持器34は、第1面31aと第1面32aとの間に配置されている。保持器34は、転がり軸受30の周方向における転動体33の間隔を一定範囲に保つように、転動体33を保持している。
【0057】
内輪31、外輪32及び転動体33は、例えばSUJ2等の軸受鋼により形成されている。上記の鋼中における水素濃度は、0.02質量ppm以下である。すなわち、上記の鋼に対しては、水素チャージが行われていない。
【0058】
第2実施形態に係る水素脆性剥離試験方法の転がりすべり試験工程S2においては、試験装置40が用いられる。図5は、試験装置40の模式的な断面図である。図5に示されるように、試験装置40は、ハウジング41と、回転軸42と、駆動部43(図示せず)と、サポート軸受44とを有している。なお、図5中の上下方向は鉛直方向に対応しており、図5中の左右方向は水平方向に対応している。
【0059】
ハウジング41は、その内部に潤滑油が貯留されるように構成されている。回転軸42は、中心軸A4を有している。回転軸42は、中心軸A4に沿う方向において、第1端42aと、第2端42b(図示せず)とを有している。第2端42bは、中心軸A2に沿う方向における第1端42aの反対側の端である。回転軸42は、中心軸A4が鉛直方向に沿うように配置されている。
【0060】
回転軸42は、第1端42a側が、ハウジング41の内部に配置されている。転がり軸受30は、ハウジング41の内部に配置されていることにより、中心軸A4周りに回転自在に回転軸42の第1端42a側を軸支している。より具体的には、内輪31は回転軸42に取り付けられており、外輪32はハウジング41に取り付けられており、内輪31は外輪32よりも鉛直上方に配置されている。なお、内輪31の中心軸A3は、回転軸42の中心軸A4に一致している。
【0061】
回転軸42は、第2端42b側において駆動部43に接続されている。駆動部43は、例えばモータ及びロードセルにより構成されている。駆動部43は、回転軸42を中心軸A4周りに回転させるとともに、軌道面31aaと軌道面32aaとの間に転動体33を介して荷重を加えるように構成されている。荷重の方向は、中心軸A4(中心軸A3)に沿っている(より具体的には、鉛直上方から鉛直下方に向かう方向に沿っている)。
【0062】
サポート軸受44は、例えば深溝玉軸受である。なお、サポート軸受44は、第2実施形態に係る水素脆性剥離試験方法の対象となる軸受ではない。サポート軸受44は、ハウジング41の外部に配置されている。サポート軸受44は、第1端42aから離れた位置において、中心軸A4周りに回転可能に回転軸42を軸支している。
【0063】
転がりすべり試験工程S2は、上記の荷重が加えられた状態で、回転軸42を中心軸A4周りに回転させることにより(内輪31を中心軸A3周りに回転させることにより)行われる。図5中において、ハウジング41内に供給されている潤滑油の液位LLが点線により示されている。なお、ハウジング41に供給されている潤滑油の液面は、中心軸A4と直交している。
【0064】
上記の回転軸42の回転が行われている間、軌道面31aa及び軌道面32aaは、全面にわたって潤滑油により浸漬されている。このことを別の観点からいえば、上記の回転軸42の回転が行われている間、潤滑油の液位LLは、軌道面31aaよりも常に鉛直上方にある。そのため、第2実施形態に係る水素脆性剥離試験方法によっても、第1実施形態に係る水素脆性剥離試験方法と同様に、軌道面31aa(軌道面32aa)と転動体33との金属接触を生じさせやすくすることにより水素脆性剥離を再現しやすい。
【0065】
以上のように本発明の実施形態について説明を行ったが、上述の実施形態を様々に変形することも可能である。また、本発明の範囲は、上述の実施形態に限定されるものではない。本発明の範囲は、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味及び範囲内での全ての変更を含むことが意図される。
【産業上の利用可能性】
【0066】
上記の実施形態は、転がり軸受の水素脆性剥離試験方法に特に有利に適用される。
【符号の説明】
【0067】
S1 準備工程、S2 転がりすべり試験工程、10 転がり軸受、11 内輪、11a 上面、11b 底面、11c 内周面、11d 外周面、11da 軌道面、12 外輪、12a 上面、12b 底面、12c 内周面、12ca 軌道面、12d 外周面、13 転動体、14 保持器、20 試験装置、21 ハウジング、22 回転軸、22a 第1端、22b 第2端、23 駆動部、24 サポート軸受、25 サポート軸受、26 荷重受け部材、27 押圧棹、30 軸受、31 内輪、31a 第1面、31aa 軌道面、31b 第2面、32 外輪、32a 第1面、32aa 軌道面、32b 第2面、33 転動体、34 保持器、40 試験装置、41 ハウジング、42 回転軸、42a 第1端、42b 第2端、43 駆動部、44 サポート軸受、A1,A2,A3,A4 中心軸、LL 液位。
図1
図2
図3
図4
図5