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特許7668849窒化ケイ素焼結体、回路基板、および窒化ケイ素焼結体の製造方法
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  • 特許-窒化ケイ素焼結体、回路基板、および窒化ケイ素焼結体の製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-04-17
(45)【発行日】2025-04-25
(54)【発明の名称】窒化ケイ素焼結体、回路基板、および窒化ケイ素焼結体の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C04B 35/587 20060101AFI20250418BHJP
   H01L 23/12 20060101ALI20250418BHJP
   H05K 1/03 20060101ALI20250418BHJP
【FI】
C04B35/587
H01L23/12 D
H05K1/03 610C
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2023101402
(22)【出願日】2023-06-21
(65)【公開番号】P2025001752
(43)【公開日】2025-01-09
【審査請求日】2024-02-28
(73)【特許権者】
【識別番号】591149089
【氏名又は名称】株式会社MARUWA
(74)【代理人】
【識別番号】110000659
【氏名又は名称】弁理士法人広江アソシエイツ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松本 理
(72)【発明者】
【氏名】高橋 光隆
【審査官】末松 佳記
(56)【参考文献】
【文献】特開平09-025168(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第113443924(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B 35/587
H01L 23/12
H01K 1/03
H05K 1/03
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
窒化ケイ素粒子と、前記窒化ケイ素粒子の間に存在する粒界相と有する窒化ケイ素焼結体であって、
前記窒化ケイ素焼結体の基板を、50℃および質量分率7.8%の塩酸溶液中で30分間浸漬して得られるエッチング処理後の基板において、基板表面における絶縁破壊電界Viが常温で8kV/mm以上であることを特徴とする窒化ケイ素焼結体。
【請求項2】
所定のエッチング条件下で前記窒化ケイ素焼結体のエッチング処理後の単位表面積当たりの重量減少量wdが12μg/mm以下であり、
前記重量減少量wdは、前記窒化ケイ素焼結体の基板を、50℃および質量分率7.8%の塩酸溶液中で30分間浸漬して得られるエッチング処理後の基板の重量と、エッチング処理前の基板の重量との差分を、基板の表面積で除算することによって得られることを特徴とする請求項1に記載の窒化ケイ素焼結体。
【請求項3】
窒化ケイ素粒子と、前記窒化ケイ素粒子の間に存在する粒界相とを有する窒化ケイ素焼結体であって、
前記粒界相は、アモルファス相と粒界結晶相とからなり、
所定のエッチング条件下で前記窒化ケイ素焼結体のエッチング処理後の単位表面積当たりの重量減少量wdが12μg/mm以下であり、
前記重量減少量wdは、前記窒化ケイ素焼結体の基板を、50℃および質量分率7.8%の塩酸溶液中で30分間浸漬して得られるエッチング処理後の基板の重量と、エッチング処理前の基板の重量との差分を、基板の表面積で除算することによって得られることを特徴とする窒化ケイ素焼結体。
【請求項4】
0.02~0.2重量%のカルシウム元素を含有することを特徴とする請求項1からのいずれか一項に記載の窒化ケイ素焼結体。
【請求項5】
0.05~0.2重量%のフッ素元素を含有することを特徴とする請求項1からのいずれか一項に記載の窒化ケイ素焼結体。
【請求項6】
前記エッチング処理後の基板のSEMの断面画像において、基板表層から40μm未満の深さの粒界相が除去されており、前記粒界相が除去された領域には、粒界結晶相が残っていないことを特徴とする請求項1またはに記載の窒化ケイ素焼結体。
【請求項7】
1~5重量%の酸化イットリウムと、1.5~3.5重量%の酸化マグネシウムと、0.05~0.3重量%の第2族元素フッ化物とから構成されることを特徴とする請求項1からのいずれか一項に記載の窒化ケイ素焼結体。
【請求項8】
窒化ケイ素焼結体を製造する方法であって、
1~5重量%の酸化イットリウムと、1.5~3.5重量%の酸化マグネシウムと、0.05重量%以上のCaF および/またはMgF と、残部を構成する窒化ケイ素粉末とを混合するとともに、溶媒を加えてスラリーを形成する工程と、
前記スラリーを所定厚のシート成形体に成形する工程と、
非酸化性雰囲気中で前記シート成形体を焼結して、窒化ケイ素焼結体を得る工程とを含むことを特徴とする方法。
【請求項9】
前記窒化ケイ素粉末のフッ素量は800ppm以下であることを特徴とする請求項に記載の方法。
【請求項10】
原料粉末の混合体のフッ素量が600ppm以上であることを特徴とする請求項に記載の方法。
【請求項11】
前記CaF および/またはMgF は、原料粉末の配合比において0.05~0.3重量%であることを特徴とする請求項8から10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
請求項1からのいずれか一項に記載の前記窒化ケイ素焼結体の基板と、前記基板の表面上に接合され、所定の回路状に形成された金属板と、を備える回路基板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、窒化ケイ素焼結体、回路基板、および、窒化ケイ素焼結体を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、電子機器や半導体デバイスの高密度化、高出力化に伴い、パワーモジュールの発熱密度が増加している。パワーモジュールの温度上昇は、素子の動作不良を引き起こしたり、絶縁回路基板の割れを引き起こしたりする要因となる。そのため、絶縁回路基板には、比較的に熱伝導率が高い材料であるアルミナや窒化アルミニウムなどのセラミック基板が用いられてきた。しかしながら、アルミナや窒化アルミニウムには、機械的強度が低いという欠点が存在する。それ故、熱応力が強くかかる厚銅をセラミック基板へ直接接合することが出来ず、パワーモジュールの構造に制約を与えてきた。具体的には、銅やアルミニウムなどの放熱板を絶縁回路基板に対して、はんだ接合する必要が生じることから、パワーモジュールが大型化することが問題として挙げられる。そこで、絶縁回路基板として注目されているのが窒化ケイ素(Si)材料である。窒化ケイ素焼結体は、アルミナや窒化アルミニウム焼結体と比較して強度や破壊靭性が高いことから、絶縁回路基板へ直接厚銅を接合することが可能となり、モジュールの小型化に貢献する。そのため、機械的強度とともに熱伝導性能を改良した窒化ケイ素焼結体の開発が行われている。
【0003】
例えば、特許文献1は、機械的特性および熱伝導性能を改良した窒化ケイ素質焼結体基板の製造方法を開示する。この製造方法では、Al含有量が0.1重量%以下の窒化ケイ素粉末に、Mg,Ca,Sr,Ba,Y,La,Ce,Pr,Nd,Sm,Gd,Dy,Ho,Er,Ybのうちから選ばれる1種または2種以上の元素の焼結助剤を1重量%以上15重量%以下の範囲内で添加して成形した後、1気圧以上500気圧以下の窒素ガス圧下で、1700℃以上2300℃以下の温度で焼成する。該製造方法によって得られた窒化ケイ素質焼結体基板は、85重量%以上99重量%以下のβ型窒化ケイ素粒と残部が酸化物または酸窒化物の粒界相とから構成される。また、粒界相中にMg,Ca,Sr,Ba,Y,La,Ce,Pr,Nd,Sm,Gd,Dy,Ho,Er,Ybのうちから選ばれる1種または2種以上の金属元素を0.5重量%以上10重量%以下含有する。そして、粒界相中のAl原子含有量が1重量%以下であり、気孔率が5%以下でかつ焼結体の微構造についてβ型窒化ケイ素粒のうち短軸径5μm以上を持つものの割合が10体積%以上60体積%以下である。すなわち、高熱伝導性の窒化ケイ素焼結体基板を得るためには焼結助剤として希土類化合物や酸化マグネシウムを加え、それらの混合比や添加量によって熱伝導率や機械的強度を向上できることが知られている。
【0004】
このような高熱伝導率および高機械的強度を併せ持つ窒化ケイ素焼結体の基板表面に、回路形成のために各種金属板が接合される。窒化ケイ素焼結体の基板表面へ各種金属板(主に銅板)を接合する方法には、直接接合法や活性金属法などが使用されている。直接接合法は、基板上へ銅板などを接触させた状態で加熱し、基板と銅板とを直接接合するものである。活性金属法は、Ti,Zr,Hfなどの活性金属を含有するろう剤を介してセラミック基板と銅板とを接合するものである。そして、接合後の銅板表面には、回路パターン状にエッチングマスクが形成され、塩化銅溶液や塩酸溶液などのエッチング液に基板全体が浸漬され、銅板の(エッチングマスクが形成されていない)不要部分がエッチングされる。窒化ケイ素焼結体の基板表面がエッチング液に暴露されることにより、その基板表面の特性が変質し得ることから、窒化ケイ素焼結体はより高い耐エッチング性を有することが望ましい。
【0005】
一方で、特許文献2は、粒界結晶相のエッチングされにくい特性を利用して、粒界相中のアモルファス相および結晶相のうちの結晶相の割合を増やすことによって、酸やアルカリへの耐エッチング性を高くすることを開示する。また、特許文献2では、窒化ケイ素焼結体の粒界相の結晶性を低下させる希土類元素を含ませず、且つ、Ti、ZrまたはHfの元素を含む粒子を添加することで、粒界相の結晶化をさらに促進している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開平9-30866号公報
【文献】特開2016-64971号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、従来の窒化ケイ素焼結体基板では、(特許文献1のような希土類元素を含む窒化ケイ素焼結体においても)粒界相中の粒界結晶相がある程度存在することによって、エッチング処理後の基板表面の外観不良の要因となり得る、窒化ケイ素焼結体の粒界結晶相部分にエッチングのむら(またはエッチング残り)が起こり得る。特に、特許文献2のように、耐エッチング性を高くするために粒界結晶相の割合を増加させると、このエッチングのむらはより一層顕著になる。このような、粒界結晶相部分のエッチングのむらが、基板内の粒子分布に不均一性を生じさせ、基板表面に局所的な絶縁耐圧の低下を引き起こすことが問題として挙げられる。特に、回路基板では、配線パターン端部における電界集中が発生し、絶縁基板表面に沿った放電路が形成されることで絶縁破壊につながることが知られている。この絶縁破壊現象は沿面放電と呼ばれ、機器の破損を引き起こし得ることから、このような電界集中を緩和させるべく、窒化ケイ素焼結体の基板表面の絶縁耐圧を向上させることが求められる。
【0008】
発明者らは、従来の窒化ケイ素焼結体に対し、その製造方法を見直すとともに、粒界相の結晶化の制御に着目して、窒化ケイ素焼結体の基板特性をより一層改善することを課題とした。
【0009】
本発明は、上記課題を解決するために、その目的は、エッチング処理後の基板表面におけるエッチングのむらを低減し、絶縁耐圧性能が改善された窒化ケイ素焼結体、および、その製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の一形態の窒化ケイ素焼結体は、窒化ケイ素粒子と、前記窒化ケイ素粒子の間に存在する粒界相とを有する窒化ケイ素焼結体であって、
前記窒化ケイ素焼結体の基板を、50℃および質量分率7.8%の塩酸溶液中で30分間浸漬して得られるエッチング処理後の基板において、基板表面における絶縁破壊電界Viが常温で8kV/mm以上であることを特徴とする。
【0011】
本発明のさらなる形態の窒化ケイ素焼結体は、より好適には、所定のエッチング条件下で前記窒化ケイ素焼結体のエッチング処理後の単位表面積当たりの重量減少量wdが12μg/mm以下であり、
前記重量減少量wdは、前記窒化ケイ素焼結体の基板を、50℃および質量分率7.8%の塩酸溶液中で30分間浸漬して得られるエッチング処理後の基板の重量と、エッチング処理前の基板の重量との差分を、基板の表面積で除算することによって得られることをさらに特徴とする。
【0012】
本発明のさらなる形態の窒化ケイ素焼結体は、β-SiのX線回折ピークを有し、より好適には、前記粒界相は、アモルファス相と粒界結晶相とからなり、
前記粒界結晶相の積分強度比Rが3%以下であり、
前記積分強度比Rは、以下の式:
R=(1-Ig/Ia)×100(%)
で表され、Igがβ-Siに指数付けされた全てのX線回折ピークの積分強度の総和であり、Iaが観察された全てのX線回折ピークの積分強度の総和であることをさらに特徴とする。
【0013】
本発明の一形態の窒化ケイ素焼結体は、窒化ケイ素粒子と、前記窒化ケイ素粒子の間に存在する粒界相とを含み、β-SiのX線回折ピークを有する窒化ケイ素焼結体であって、
前記粒界相は、アモルファス相と粒界結晶相とからなり、
前記粒界結晶相の積分強度比Rが3%以下であり、
前記積分強度比Rは、以下の式:
R=(1-Ig/Ia)×100(%)
で表され、Igがβ-Siに指数付けされた全てのX線回折ピークの積分強度の総和であり、Iaが観察された全てのX線回折ピークの積分強度の総和であることを特徴とする。
【0014】
本発明の一形態の窒化ケイ素焼結体は、窒化ケイ素粒子と、前記窒化ケイ素粒子の間に存在する粒界相とを有する窒化ケイ素焼結体であって、
前記粒界相は、アモルファス相と粒界結晶相とからなり、
所定のエッチング条件下で前記窒化ケイ素焼結体のエッチング処理後の基板単位表面積当たりの重量減少量wdが12μg/mm以下であり、
前記重量減少量wdは、前記窒化ケイ素焼結体の基板を、50℃および質量分率7.8%の塩酸溶液中で30分間浸漬して得られるエッチング処理後の基板の重量と、エッチング前の基板の重量との差分を、基板の表面積で除算することによって得られることを特徴とする。
【0015】
本発明のさらなる形態の窒化ケイ素焼結体は、より好適には、前記粒界結晶相の積分強度比Rが、0.3~3%であることをさらに特徴とする。
【0016】
本発明のさらなる形態の窒化ケイ素焼結体は、より好適には、0.02~0.2重量%のカルシウム元素を含有することをさらに特徴とする。
【0017】
本発明のさらなる形態の窒化ケイ素焼結体は、より好適には、0.05~0.2重量%のフッ素元素を含むことをさらに特徴とする。
【0018】
本発明のさらなる形態の窒化ケイ素焼結体は、より好適には、前記エッチング処理後の基板のSEMの断面画像において、基板表層から40μm未満の深さの粒界相が除去されており、前記粒界相が除去された領域には、粒界結晶相が残っていないことをさらに特徴とする。
【0019】
本発明のさらなる形態の窒化ケイ素焼結体は、より好適には、1~5重量%の酸化イットリウムと、1.5~3.5重量%の酸化マグネシウムと、0.05~0.3重量%の第2族元素フッ化物とから構成されることをさらに特徴とする。第2族元素フッ化物は、CaFおよびMgFからなる群から選択されることがより好ましい。
【0020】
本発明の一形態の窒化ケイ素焼結体の製造方法は、窒化ケイ素焼結体を製造する方法であって、
窒化ケイ素粉末、希土類酸化物粉末、酸化マグネシウム粉末および第2族元素フッ化物粉末を所定の配合比で混合するとともに、溶媒を加えてスラリーを形成する工程と、
前記スラリーを所定厚のシート成形体に成形する工程と、
非酸化性雰囲気中で前記シート成形体を焼結して、窒化ケイ素焼結体を得る工程とを含むことを特徴とする。
【0021】
本発明のさらなる形態の窒化ケイ素焼結体の製造方法は、より好適には、前記窒化ケイ素粉末のフッ素量は800ppm以下であることをさらに特徴とする。
【0022】
本発明のさらなる形態の窒化ケイ素焼結体の製造方法は、より好適には、原料粉末の混合体のフッ素量が600ppm以上であることをさらに特徴とする。
【0023】
本発明のさらなる形態の窒化ケイ素焼結体の製造方法は、より好適には、前記第2族元素フッ化物は、原料粉末の配合比において0.05重量%以上であることをさらに特徴とする。
【0024】
本発明のさらなる形態の窒化ケイ素焼結体の製造方法は、より好適には、前記第2族元素フッ化物は、CaFおよびMgFからなる群から選択されることをさらに特徴とする。
【0025】
本発明のさらなる形態の窒化ケイ素焼結体の製造方法は、より好適には、1~5重量%の酸化イットリウム粉末と、1.5~3.5重量%の酸化マグネシウム粉末と、0.05~0.3重量%の第2族元素フッ化物粉末を混合することを含むことを特徴とする。
【0026】
本発明の一形態の窒化ケイ素焼結体は、窒化ケイ素粒子と、前記窒化ケイ素粒子の間に存在する粒界相とを有する窒化ケイ素焼結体であって、
前記窒化ケイ素焼結体の基板を、50℃および質量分率7.8%の塩酸溶液中で30分間浸漬して得られるエッチング処理後の基板において、基板表裏面のエッチング深さ比Rが10%以下であることを特徴とする。
【0027】
本発明の一形態の窒化ケイ素焼結体は、窒化ケイ素粒子と、前記窒化ケイ素粒子の間に存在する粒界相とを有する窒化ケイ素焼結体であって、
前記窒化ケイ素焼結体の基板を、50℃および質量分率7.8%の塩酸溶液中で30分間浸漬して得られるエッチング処理後の基板において、評価長さLに対する非エッチング層とエッチング層の境界線の長さの比を示す境界線長さ比Rが2.0未満であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0028】
本発明の窒化ケイ素焼結体およびその製造方法は、エッチング処理後の窒化ケイ素焼結体の基板表面におけるエッチングのむらを低減し、絶縁耐圧性能を改善することを可能とする。
【図面の簡単な説明】
【0029】
図1】実施例1、比較例1、比較例3の窒化ケイ素焼結体のX線回折パターン。
図2】(a)実施例1の窒化ケイ素焼結体のエッチング処理後の基板表面の断面を250倍の倍率で撮影したSEM画像、および(b)エッチング処理後の基板断面SEM写真を画像処理することで抽出した非エッチング層の画像。
図3】(a)比較例1の窒化ケイ素焼結体のエッチング処理後の基板表面の断面を250倍の倍率で撮影したSEM画像、および(b)エッチング処理後の基板断面SEM写真を画像処理することで抽出した非エッチング層の画像。
図4】(a)比較例3の窒化ケイ素焼結体のエッチング処理後の基板断面を250倍の倍率で撮影したSEM画像、および(b)エッチング処理後の基板断面SEM写真を画像処理することで抽出した非エッチング層の画像。
図5】本発明において、絶縁破壊電界を測定する方法を示す模式図。
図6】本発明の窒化ケイ素焼結体基板のSEM画像の解析において、エッチング深さ、エッチング長さ比および境界線長さを算出する方法を説明するための模式図。
【発明を実施するための形態】
【0030】
本発明の一実施形態の窒化ケイ素焼結体は、所定厚の基板形状をなし、主に、基板表面に銅板などの金属板がろう接(ろう付け又は半田付け)されて、金属板が回路状にエッチングされることで、電子部品を搭載するための電子部品搭載用の回路基板として使用され得る。特には、金属板が接合された状態の窒化ケイ素焼結体の基板全体が、塩化銅溶液や塩酸溶液などエッチング液に所定時間浸漬されることで、レジスト材料等のエッチングマスクを除いた箇所の金属板が除去されて、所定の回路が基板表面に形成される。この窒化ケイ素焼結体の回路基板に対して半導体チップなどの電子部品が搭載されることで、様々な用途の電子装置が構成される。一般的に、窒化ケイ素焼結体は、その表面積に亘ってエッチング液の影響を受けることで、エッチング処理により、基板表面における絶縁破壊電界Viの低下が起こることが分かっている。本実施形態の窒化ケイ素焼結体は、従来と比べて、エッチングのむら、および/または、絶縁破壊電界において、耐エッチング性を改善したものである。
【0031】
なお、本実施形態の窒化ケイ素焼結体の基板の厚みは、好適には、0.1~1.0mmである。つまり、基板側面の表面積が、基板表面および裏面を合わせた表面積に対して十分に小さく構成され、その性能評価において、基板の厚みへのエッチングの影響を無視することができる。
【0032】
本実施形態の窒化ケイ素焼結体は、1~5重量%の希土類酸化物(第1の焼結助剤)と、1.5~3.5重量%の酸化マグネシウム(第2の焼結助剤)と、0.05~0.3重量%の第2族元素フッ化物と、残部を構成するSiとを含有する窒化ケイ素焼結体からなる。換言すると、本実施形態の窒化ケイ素焼結体は、窒化ケイ素粉末、希土類酸化物粉末、酸化マグネシウム粉末および第2族元素フッ化物粉末を所定の配合比で混合した原料粉末のスラリー化した混合体を焼成したものである。
【0033】
本実施形態では、焼結助剤は、第1の焼結助剤としての希土類元素(Y,La,Ce,Pr,Nd,Sm,Gd,Dy,Ho,Er,Yb)の酸化物と、第2の焼結助剤として酸化マグネシウム(MgO)とを組み合わせたものである。特に、焼結助剤成分として希土類酸化物とともにMg成分を添加することにより、焼結時の液相生成温度を低下させ、焼結性を改善することができる。さらに、第1の焼結助剤が1~5重量%のYであり、第2の焼結助剤が1.5~3.5重量%のMgOであることがより好ましい。焼結助剤成分として、Mg及びYを用いることによって、窒化ケイ素焼結体を緻密化し、その結果、比較的高い熱伝導性と機械的強度を両立することができることが過去の知見として分かっている。本実施形態では、焼結助剤として、MgO及びYが採用された。なお、希土類酸化物の配合組成比は、1~5重量%の範囲内であれば、窒化ケイ素焼結体基板の特性に大きな影響を与えないことが過去の知見として得られているので、当業者であれば、その種類や配合比を任意に選択可能である。
【0034】
窒化ケイ素焼結体の焼成工程において、窒化ケイ素粉末の表面シリカ層(SiO)と、焼結助剤として添加したYおよびMgOによる液相とが生成する。この生成した液相へα型窒化ケイ素が溶解した後、液晶中の窒素濃度が増加するとβ型の窒化ケイ素として再析出し、液相中での粒子再配列が起こることで緻密化する。焼結工程は1800℃~1900℃の温度域で行われることが一般的であり、焼結工程後の冷却工程において粒界相の結晶化が起こる。発明者らは、エッチング処理後(またはエッチング工程後)の絶縁破壊電界の低下を抑えるべく、冷却工程における粒界相の結晶化を抑制することに着目した。しかしながら、従来技術では、冷却工程における粒界相の結晶化の割合を効果的に制御することは困難であった。
【0035】
本発明は、その原料に添加剤として第2族元素フッ化物を添加することで、窒化ケイ素粉末のフッ素量(不純物量)によらず、基板表面のエッチングむらを抑えるために、焼結体の粒界相の結晶化を効果的に制御することを可能とした。すなわち、窒化ケイ素焼結体は、エッチングむらの軽減とともに、エッチング処理後の窒化ケイ素焼結体の基板表面における絶縁耐圧性能や耐エッチング性を改善したものである。ここで、第2族元素フッ化物は、Mg、Ca、Sr、およびBaのフッ化物からなる群から選択された1つ以上である。特に、第2族元素フッ化物は、CaF、MgF、またはそれらの組み合わせであることが好ましい。第2族元素フッ化物がCaFを含む場合、焼成時の液相中に導入されたCaイオンとFイオンが焼結後も粒界相に残留し、粒界相の凝固温度を低下させ、粒界結晶化抑制を容易にすることが考えられる。一方、第2族元素フッ化物がMgFを含む場合、MgイオンがMgOと同様に焼結体の緻密化を促進する。本実施形態の窒化ケイ素焼結体は、好ましくは、0.05~0.2重量%のフッ素元素を含むように構成された。また、本実施形態の窒化ケイ素焼結体は、より好ましくは、0.02~0.2重量%のカルシウム元素を含有する。カルシウム元素の含有量は、CaFの配合量に基づいて算出され得る。
【0036】
本実施形態の窒化ケイ素焼結体は、多数の窒化ケイ素粒子と、窒化ケイ素粒子の間に存在する粒界相とを含む。また、窒化ケイ素焼結体は、X線回折パターンにおいて、β-SiのX線回折ピークを有する。粒界相は、アモルファス相と粒界結晶相とからなる。粒界相における粒界結晶相の割合(つまり、結晶化の度合い)を示す指標として、粒界結晶相の積分強度比Rが3%以下である。積分強度比Rは、以下の式:R=(1-Ig/Ia)×100(%)で表される。Igがβ-Siに指数付けされた全てのX線回折ピークの積分強度の総和であり、Iaが観察された全てのX線回折ピークの積分強度の総和である。粒界結晶相の積分強度比Rは、好ましくは、0.3~3%である。
【0037】
また、本実施形態の窒化ケイ素焼結体は、高い熱伝導性および高い機械的強度を両立し得る。具体的には、本実施形態の窒化ケイ素焼結体では、熱伝導率が80W/mK以上であり、且つ、3点曲げ強度が700MPa以上であることが好ましい。
【0038】
窒化ケイ素焼結体は、耐エッチング性を評価するために、特定のエッチング処理条件(50℃および質量分率7.8%の塩酸溶液中で30分間浸漬)でエッチング処理された。窒化ケイ素焼結体のエッチング処理後の単位表面積当たりの重量減少量wdが12μg/mm以下である。重量減少量wdは、窒化ケイ素焼結体の基板を、50℃および質量分率7.8%の塩酸溶液中で30分間浸漬して得られるエッチング処理後の基板の重量と、エッチング処理前の基板の重量との差分を、基板の表面積で除算することによって得られる。後述するとおり、エッチング量を示す重量減少量wdは、第2族元素フッ化物を含有しない従来の窒化ケイ素焼結体と比べて低減されている。つまり、本実施形態の窒化ケイ素焼結体は、より高い耐エッチング性を有している。
【0039】
また、エッチング処理後の窒化ケイ素焼結体の基板のSEMの断面画像(図2参照)において、基板表層から40μm未満の深さの粒界相が除去されている。一方で、第2族元素フッ化物を含有しない従来の窒化ケイ素焼結体では、基板表層から40μm以上の深さの粒界相が除去されていることが分かっている(図3図4参照)。なお、図6に示されるように、このエッチング深さD(μm)は、窒化ケイ素焼結体の基板断面の評価長さLにおいて、基板表裏面からエッチング残りの粒界相の境界線までの最大距離(D1max、D2max)と最小距離(D1min、D2min)との平均値によって定量的にも評価され得る。また、図2に示すように、本実施形態の窒化ケイ素焼結体の粒界相が除去された表層領域には、粒界結晶相が残っていない。一方で、図3図4に示すように、第2族元素フッ化物を含有しない従来の窒化ケイ素焼結体では、その表層領域において、エッチング残りが確認され得る。すなわち、本実施形態の窒化ケイ素焼結体は、エッチング処理後に基板表面の表層領域におけるエッチングのむらが低減されている。
【0040】
さらに、エッチング処理後の窒化ケイ素焼結体の基板のエッチングのむらを評価するための1つの指標として、基板表裏面におけるエッチング深さ比R、および/または、境界線長さ比Rが用いられ得る。
【0041】
エッチング深さ比Rは、基板表裏面の平均のエッチング深さDに対する、基板表面側のエッチング深さD1および基板裏面側のエッチング深さD2の差の比率(%)を示し、以下の式、
=|D1-D2|/D
によって表される。エッチング深さ比Rが小さいほど、基板表裏面間のエッチングのばらつきが小さく、エッチングむらが少ないと推定される。本実施形態のエッチング処理後の窒化ケイ素焼結体において、エッチング深さ比Rは、10%以下であることが好ましい。
【0042】
境界線長さ比Rは、評価長さLに対する非エッチング層とエッチング層の境界線の長さの比を示し、以下の式、
=(L1+L2)/2L
によって示され、L1は基板表面側の境界線長さを示し、L2は基板裏面側の境界線長さを示す。境界線長さ比Rが小さいほど、非エッチング層とエッチング層の境界面の凹凸が少なく、エッチングむらが少ないと推定される。本実施形態のエッチング処理後の窒化ケイ素焼結体において、境界線長さ比Rは、2.0未満であることが好ましい。
【0043】
そして、窒化ケイ素焼結体は、エッチング処理後の基板において、常温または室温(25℃の測定環境下)における基板表面の絶縁破壊電界Viが8kV/mm以上である。一方で、図3に示すような、第2族元素フッ化物を含有しない従来の窒化ケイ素焼結体では、常温または室温(25℃の測定環境下)の基板表面における絶縁破壊電界Viが8kV/mm未満となることが分かっている。すなわち、本実施形態の窒化ケイ素焼結体は、従来より改善された絶縁耐圧性能を有している。ここで、絶縁破壊電界Vi(V/mm)は、以下のように評価された。エッチング処理後の窒化ケイ素焼結体の基板表面に、2つの独立した銅板の電極A、Bを最小距離で離間させるようにスパッタ法で印刷した(図5参照)。そして、25℃のフッ素系不活性液体(フロリナート)中で電極に交流電流を印加し、その絶縁が破壊される電圧を測定し、その測定値を最小距離で除算することによって絶縁破壊電界Vi(V/mm)が得られた。
【0044】
次に、第2族元素フッ化物(CaF)の添加による窒化ケイ素焼結体の特性の変化について考察する。添加剤としてのCaF粉末を所定の添加量で添加した混合体(そのシート成形体)の焼結過程では、酸窒化ガラスの液相組成へCaイオンおよびFイオンが加わる。CaイオンはSiとMgを含む酸窒化ガラスと共晶化合物を形成することでガラスの融点を下げる効果がある。また、Fイオンを酸窒化ガラスへ導入することでも液相中への窒素溶解度を増加させてガラス融点を低下させるとともに、2つのFイオンが1つのOイオンを置換することでガラス分子の重合度が低下し、液相の粘度を低下させることができる。これらの効果によって液相の焼結初期の緻密化の開始温度が低下させるとともに、粒界ガラス層の均一性を向上させ、焼結初期における緻密化を促進させる効果がある。焼結初期段階で緻密化を進めておくと、焼結初期から焼結後期までの全焼結過程で観察される成形体からの収縮割合に対する、焼結中期から焼結後期までの加熱過程で観測される収縮割合が小さくなる。焼結中期から焼結後期の加熱工程では、MgOやSiOの揮発による影響により、液相量の減少や粘度増加が起こりやすく、焼結初期段階における緻密化を進めておくことは、焼結体の微細構造化、基板表裏面や基板面内での均一性や特性改善に有効である。
【0045】
粒界結晶化抑制への効果について、液相中に導入されたCaイオンやFイオンが焼結後も粒界相に残留し、粒界相の凝固温度を低下させ、粒界結晶化抑制を容易にする効果がある。
【0046】
耐エッチング性への効果について、Si-SiO-Yによって形成された液相へCaFが溶解することで液相中の窒素濃度が増加し、この条件で作製された焼結体内の粒界相は酸素濃度が低くなり、塩酸による酸処理中に粒界ガラス相表面に不動態である塩化物が形成されることで耐エッチング性が向上すると考えられる。
【0047】
破壊電界への効果について、粒界ガラス相表面に形成された塩化物の影響による漏れ電流が生じ、基板表面の電極間に印加された電圧が緩和される効果がある。また、粒界結晶相の結晶化割合が高いときに発生するエッチング残りは、基板内の粒子分布に不均一性を生じさせ、部分的に電界集中を引き起こす要因となる。そのため、粒界結晶相の結晶化割合を低く抑えることで、局所的な絶縁破壊電界の低下を抑えることができる。
【0048】
続いて、本実施形態の窒化ケイ素焼結体を製造する方法について説明する。窒化ケイ素焼結体の製造方法は、主に、窒化ケイ素粉末、希土類酸化物粉末、酸化マグネシウム粉末および第2族元素フッ化物粉末を所定の配合比で混合するとともに、溶媒を加えてスラリーを形成する工程と、スラリーを所定厚のシート成形体に成形する工程と、非酸化性雰囲気中でシート成形体を焼結して、窒化ケイ素焼結体を得る工程とを含む。以下、各工程について詳細に説明する。
【0049】
(1)スラリー形成工程
1~5重量%の酸化イットリウム粉末と、1.5~3.5重量%の酸化マグネシウム粉末と、0.05~0.3重量%の第2族元素フッ化物粉末を、φ10の窒化ケイ素玉石と、ナイロン製のポットミルを使用して、トルエンとエタノールの混合溶媒中でボールミルによる湿式混合を行った。湿式混合では、適量の分散剤が添加されてもよく、通常、ポリカルボン酸系やアミン系の分散剤が原料粉末の表面積に対して0.2mg/mから1.5mg/mの範囲で添加される。この混合工程では、第2族元素フッ化物粉末のD50径(メディアン径)が5μm以下になるように粉砕混合時間を調整した。第2族元素フッ化物粉末の粒度調整ができたら、92~97.5重量%の窒化ケイ素粉末を前記ミル内へ投入し、12~24時間の混合を行った。その後、バインダー、可塑剤および有機溶剤を添加してスラリー化する。成形に用いるスラリーの調整方法としては、生産性や混合時の酸素量増加を抑制するために、有機溶媒を用いた湿式混合が望ましい。具体的な一例として、原料粉末に分散剤、トルエン、エタノールを混合した有機溶媒とを添加し、通常行われる混合粉砕方法によって調整される。そして、ボールミル、ビーズミル、振動ミルなどの方法によって、混合体の均一混合や粒度調整を行う。スラリーは、真空中で脱泡及び粘度調整され、グリーンシートを成形可能な程度に粘度調整される。混合粉砕方法に用いるミルやメディアの材質としては、ウレタンやナイロンなどの樹脂製や、窒化ケイ素や酸化ジルコニウムなどのセラミック製を使用することができるが、スラリーへの不純物混入を防ぐため、材質としては樹脂や窒化ケイ素を使用することが好ましい。
【0050】
ここで、窒化ケイ素粉末は、直接窒化法やイミド熱分解法等によって製造された高純度であり、且つ、酸素含有量が少ない窒化ケイ素粉末であることが好ましい。一方で、窒化ケイ素粉末は、不純物としてある程度のフッ素を含有しているが、窒化ケイ素粉末のフッ素量が800ppm以下であることが好ましい。また、原料粉末の混合体の含有フッ素量が600ppm以上であることが好ましい。
【0051】
希土類酸化物粉末は、Y,La,Ce,Pr,Nd,Sm,Gd,Dy,Ho,Er,Ybの酸化物又はこれらの組み合わせから選択され得る。好ましくは、希土類酸化物粉末は、酸化イットリウム(Y)である。
【0052】
第2族元素フッ化物粉末は、Mg、Ca、Sr、およびBaのフッ化物またはこれらの組み合わせから選択され得る。好ましくは、第2族元素フッ化物粉末は、CaF、MgFおよびこれらの組み合わせから選択される。
【0053】
(2)成形工程
成形工程では、真空脱泡による粘度調整後の高粘度のスラリーがシート状に成形され、ドクターブレード法によって所定の厚さのグリーンシートが得られる。グリーンシートの厚さは、必要な焼結体の厚さにより適宜変更することが可能であるが、通常0.1~1.3mm程度の範囲である。成形後のグリーンシートが金型プレスや切断機により所望の形状に加工されて、成形体が得られる。
【0054】
(3)焼成工程
成形工程で得られた成形体の表面へ、離型剤である窒化ホウ素粉末のスプレーを行い、15~30枚の成形体を積層したブロック体を準備する。このブロック体を窒化ホウ素製のさや内へ設置し、乾燥空気中で500~600℃の温度範囲で脱脂を行った。なお、脱脂時の雰囲気は窒素、あるいは、真空中でもよい。脱脂後のブロック体を高温で所定時間、焼成することにより、本製造方法の最終目的物である窒化ケイ素焼結体が得られる。焼成処理は、焼成炉において、非酸化性(窒素)雰囲気中で、約1750~2000℃の温度範囲で行われる。また、Siや焼結助剤(例えば、MgO)の揮発を防ぐため、5気圧以上の圧力下で加圧焼成を行うことが好ましい。
【0055】
上記説明したスラリー形成工程から焼成工程を経ることによって、高い耐エッチング性を有する窒化ケイ素焼結体の基板を得ることができる。このようにして作製した窒化ケイ素焼結体の基板表面に銅板などの金属板がろう接(ろう付け又は半田付け)され、接合後の銅板表面に回路パターン状のエッチングマスクが形成され、塩化銅溶液や塩酸溶液などのエッチング液によって、銅板の不要部分がエッチングされることによって、回路基板が製造され得る。すなわち、回路基板は、(銅板のエッチング条件で)エッチング処理された窒化ケイ素焼結体からなる基板と、基板の表面上に接合され、エッチング処理によって所定の回路状に形成された金属板と、を備えるように構成され得る。換言すると、回路基板の基板は、本実施形態の窒化ケイ素焼結体が回路形成時にエッチング処理を経たものである。
【実施例
【0056】
以下、本発明を実施例および比較例に基づいて、さらに具体的に説明するが、本発明は下記の実施例によって限定解釈されるものではない。
【0057】
実施例1~7、比較例1~3に係る窒化ケイ素焼結体は以下の条件および手順によって作製された。まず、直接窒化法によって製造された高純度の窒化ケイ素粉末を準備した。窒化ケイ素粉末は、平均粒子径(D50)が約0.8μmであり、酸素含有量が約0.8重量%である。各粉末の配合組成比に合わせて、窒化ケイ素粉末に対してMgO粉末及びY粉末を適量添加し(実施例1~7、比較例1~3)、さらに、CaF粉末および/またはMgF粉末(実施例1~7、比較例2)を適量添加した。この混合体100重量部に対して、ポリカルボン酸系の界面活性型分散剤を0.3mg/mと、トルエンとエタノールの混合溶媒を約50重量部添加して、窒化ケイ素玉石を用いて粉砕混合を行った。その後、バインダーとしてポリビニルブチラールを18重量部と、可塑剤としてアジピン酸ジオクチルを6重量部と、トルエンとエタノールの混合溶媒を約20重量部加え、バインダーが完全に溶解・混合されるまで、ボールミルによって攪拌混合した後、スラリーを作製した。そして、スラリーを真空中で放置し、脱泡及び揮発させることで、粘度調整を行った。次いで、作製したスラリーからドクターブレード法によってシート成形体を得た。得られたシート成形体を金型プレス加工により260mm×200mmの形状に型抜きした。その後、型抜きしたシート表面に離型剤としての窒化ホウ素粉末のスプレーを行い、1ブロックあたり25枚の積層体を準備し、窒化ホウ素製のさや内へ配置し、乾燥空気中、500℃に約4時間加熱し、バインダーなどの有機成分を除去した。そして、シート成形体を9気圧の窒素雰囲気中、1860℃で4時間加熱することで、窒化ケイ素基板の積層体を得た。窒化ケイ素積層体の基板を分離し、最上段と最下段の基板を取り除き、残り23枚の基板外周をレーザーによってブレーク処理を行い、基板表面に残留した窒化ホウ素粉末とレーザー加工によって付着した飛沫をホーニング処理によって除去することで、190mm×140mm×0.32mmの窒化ケイ素焼結体の基板を得た。
【0058】
各試料について、焼成前の原料粉末の混合体のフッ素含有量を測定した。また、作製した実施例1~7および比較例1~3の各試料(焼結体)について、X線回折測定によって各試料の結晶相の同定を行い、X線回折パターンを解析することにより、粒界結晶相の積分強度比Rを導出した。さらに、各試料(焼結体)について、フッ素含有量、熱伝導率(W/mK)、および3点曲げ強度(MPa)が測定された。
【0059】
また、作製した実施例1~7および比較例1~3の各試料について、同じ試験条件下でエッチング処理を行った後、耐エッチング性能を評価した。具体的には、エッチング処理後のサンプルについて、エッチング処理前後の単位表面積当たりの重量減少量wd、および基板表面における絶縁破壊電界Viが測定された。さらに、エッチング処理後のサンプルの切断断面を250倍で撮影したSEM画像が取得された。このSEM画像を解析および観察し、基板表面からのエッチング深さD、基板表裏面のエッチング深さ比R、境界線長さ比R、および、エッチングむらの有無について評価した。
【0060】
各種測定および評価は、以下の条件で行われた。
【0061】
・X線回折測定およびその分析
株式会社リガク製の型式UltimaIVを用いて、Cu-Kα線を用いた粉末X線回折法により、各試料のX線回折強度測定を行った。測定には、15mm×15mmにカットした個片を使用した。基板表面を20μm以上研磨して測定面とした。測定条件は、以下のとおりである。
スキャン範囲:10度から85度
サンプリング幅:0.02度
スキャンスピード:10度/分
発散スリット:2/3度
発散縦スリット:10mm
散乱スリット:8mm
受光スリット:開放
管電圧/電流:40kV/40mA
検出器:半導体検出器
基板平面へのX線入射によって得られた基板平面のX線回折パターンにおいて、β型窒化ケイ素粒子の全てのミラー指数(hkl)に対応する回折ピークの積分強度を算出し(図1の下欄参照)、それらの総和をIgとした。なお、β型窒化ケイ素粒子ミラー指数は、(100)、(110)、(200)、(101)、(120)、(111)、(300)、(201)、(220)、(121)、(310)、(301)、(221)、(311)、(320)、(002)、(410)、(401)、(102)、(112)、(321)、(202)、(500)、(141)、(330)、(122)、(420)、(302)、(501)、(150)、(331)、(222)、(421)である。また、X線回折パターンにおいて、観察された全てのX線回折ピークの積分強度を算出し、それらの総和をIaとした。そして、R=(1-Ig/Ia)×100(%)の関係式を用いて、粒界結晶相の積分強度比Rを導出した。なお、測定データのピークサーチは、株式会社リガク製の統合粉末X線解析ソフトウェアPDXL2.8(ver.2.8.4.0)を使用し、下記の条件で実施した。
テンプレートのピークリストとバックグラウンドを使用:オン
kβ線とフィルターエッジの除去:オン
σカット値:3.00
σカット範囲の最小値:0.50
σカット範囲の最大値:20
【0062】
・原料粉末の混合体のフッ素含有量
サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社製のイオンクロマトグラフ Dionex Integrion RFICと日東精工アナリテック株式会社製の自動試料燃焼装置 AQF-2100Hを使用して、JIS R 1603(2018)記載の熱加水分解分離-イオンクロマトグラフ法により測定された。
【0063】
・焼結体のフッ素含有量
株式会社リガク製の型式PrimusIVを用いて、EZスキャンによる定性分析を行った。測定には、25mm×25mmにカットした個片を使用した。基板表面を20μm以上研磨して測定面とし、測定径は20mmとした。
【0064】
・熱伝導率
基板の厚み方向の熱伝導率の測定方法には、フラッシュ法が採用された。測定には、NETZSCH Geratebau GmbH製の熱伝導率測定装置LFA467が使用された。測定には、基板から10mm×10mmにカットした個片を使用した。フラッシュ光の透過を抑える目的で個片両面に金のスパッタ膜を形成し、パルス光を均一に吸収させる目的で個片両面にグラフェンスプレーを使用し、黒化処理を行った。熱伝導率の算出時には、得られた焼結体の比熱として0.68J/(g・K)の値を用いた。
【0065】
・3点曲げ強度
測定装置は、株式会社島津製作所製の型式AG-ISであり、その測定条件をクロスヘッドスピード0.5mm/分、支点間距離30mmとし、試験片のサイズは幅20mm、厚み0.3~0.4mmとした。
【0066】
・エッチング処理後の単位表面積当たりの重量減少量
作製した窒化ケイ素焼結体の40mm四方の基板の重量を測定し、その後、50℃に加熱した質量分率7.8%の塩酸溶液中で30分間浸漬して水洗と乾燥を行った後、再度、基板の重量を測定した。エッチング処理前の重量からエッチング処理後の重量を差し引いた値を、表面積(3200mm)で除算することによって、単位表面積当たりの重量減少量を算出した。ここで、側面(厚み0.32mm)が占める表面積の割合は、表面および裏面の面積に対して極めて小さいので、計算式において厚みを無視した。
【0067】
・エッチング処理後の基板表面の絶縁破壊電界
作製した窒化ケイ素焼結体を50℃に加熱した質量分率7.8%の塩酸溶液中で30分間浸漬して水洗と乾燥を行った後、基板表面上に幅1mm、間隔(最小距離)2mmであるL/Sパターンをスパッタにより形成し(図5参照)、25℃(常温)のフロリナート中で交流電圧を印加し、絶縁破壊電圧の測定を行った。図5の電極Aと電極Bに測定端子を取り付け、部分放電測定装置(フジクラ・ダイヤケーブル製 部分放電測定装置A006)を使用して絶縁破壊電圧を測定した。AとBの電極は5箇所において最小距離を形成しているが、いずれか1箇所に絶縁破壊が生じた時点の電圧値が絶縁破壊電圧として測定される。そして、絶縁破壊電圧値をパターン間距離(2mm)で除することで絶縁破壊電界が導出された。
【0068】
・SEMによるエッチング処理後の基板断面の観察
作製した窒化ケイ素焼結体を50℃に加熱した質量分率7.8%の塩酸溶液中で30分間浸漬して水洗と乾燥を行った後、基板をダイヤモンドカッター等で切断し、エポキシ樹脂へ包埋後、基板断面が観察面となるように鏡面研磨を行い、日本電子株式会社製の走査電子顕微鏡JSM-IT700HRを用いて、倍率250倍で断面写真を撮影した。基板の断面BSE像において、白く見えている箇所が粒界相を示す。各試料について、白い部分が除去された表層領域の基板表面からの深さをエッチング深さとして定めた。また、基板表面または裏面からD/2μm未満の深さの表層領域において、白い塊が観察された場合、エッチングむらあり(×)とし、白い塊が観察されなかった場合、エッチングむらなし(〇)と判定した。
【0069】
・基板断面におけるエッチング層-非エッチング層間の境界線長さ比、エッチング深さ、基板表裏面のエッチング深さ比の評価
各試料で撮像した250倍における基板断面BSE画像を用い、三谷商事株式会社製の画像解析・計測ソフトウェアWinROOF2021(ver.5.7.4)を使用して、エッチング層と非エッチング層の間の境界線を決定し、境界線に基づいて境界線長さおよびエッチング深さを算出した。具体的には、WinROOF2021へBSE画像を取り込み、フィルタ処理、エッジ処理やモノクロ画像化などの種々の画像処理を行う。その後、2値化やモフォロジーなどの2値処理を行うことで、非エッチング層の分離を行った。非エッチング層が分離された画像の解析は、各試料の基板表面および裏面のそれぞれについて行われた。図6は、当該解析について説明する模式図である。非エッチング層が分離された画像に対して、任意に設定された評価長さL(1000μm以上)に亘って、基板表裏面の境界線長さL1、L2を測定した。境界線長さL1、L2とは、画像処理によって分離された非エッチング層とエッチング層の境界線を引き伸ばして一本の線分にした場合の長さを表す。基板表裏面の境界線長さL1、L2の平均値を評価長さLで除することで境界線長さ比Rを算出した。この境界線長さ比Rは、基板の平面方向に対する境界線のうねりの度合いを示す指標であり、この値が大きいほど、エッチングの均一性が低いと解釈され得る。境界線長さ比Rを算出するための式は以下のとおりである。
=(L1+L2)/2L
また、基板表裏面について、評価長さLに亘って、基板表裏面と境界線の深さ方向の距離を測定した。測定した深さ方向の距離から、基板表面側の最大距離D1maxおよび最小距離D1minを取得し、その平均値を、基板表面のエッチング深さD1として算出した。同様に、基板裏面側の最大距離D2maxおよび最小距離D2minを取得し、その平均値を、基板裏面のエッチング深さD2として算出した。そして、基板表裏面のエッチング深さD1、D2の平均値としてエッチング深さDを算出した。さらに、基板表裏面のエッチング度合いのばらつきを示す指標として、基板表裏面のエッチング深さ比Rを算出した。Rを算出するための式は以下のとおりである。
=|D1-D2|/D
なお、評価長さLの合計は1000μm以上とすることが望ましく、単一視野での測定が難しい場合は、複数の視野をつなぎ合わせて算出しても良い。
【0070】
実施例1~7および参考例1~3の各試料についての条件および各種測定結果を表1,2に示した。表1は、主に焼結体の特性を示し、表2は、主に耐エッチング特性を示している。図1は、実施例1,比較例1、3のX線回折パターンを代表的に示す。X線回折パターンには、β型窒化ケイ素粒子のミラー指数付けされた各回折ピークを図1の下欄に記載した。また、図2図4は、実施例1、比較例1、3の試料のエッチング処理後の基板表面を250倍で撮影したSEM写真を代表的に示す。
【0071】
【表1】
【0072】
【表2】
【0073】
表1、表2によれば、実施例1~7は、0.05重量%以上のCaFおよび/またはMgFから選択された第2族元素フッ化物を含む点で、比較例1~3と相違する。具体的には、実施例1~5は、0.10~0.30重量%のCaFを含み、実施例6は、0.05重量%のCaFをおよび0.05重量%のMgFを含み、実施例7は、0.20重量%のMgFを含んでいる。一方、比較例1、3は、第2族元素フッ化物を含まず、比較例2は、微量(0.03重量%)のCaFを含んでいる。
【0074】
表1に示すとおり、焼成前の原料粉末の混合体のフッ素量は、実施例1~7では600ppm以上であるのに対し、比較例1~3では600ppm未満である。比較例1~3のフッ素量は、主に、窒化ケイ素の原料粉末の不純物に起因しているが、この原料粉末起因のフッ素量は800ppm以下である。また、焼結体の特性について、焼結体基板中に含有されるフッ素量(フッ素元素)は、実施例1~7では0.05重量%以上であるのに対し、比較例1~3では検出されなかった(つまり0重量%)。すなわち、フッ素を適量の第2族元素フッ化物として添加したことにより、フッ素元素が焼結体中に効果的に残留したことが考えられる。
【0075】
図1は、各試料(焼結体基板)のX線回折パターンを示している。全ての試料において、β型窒化ケイ素粒子の回折ピークが確認された。β型窒化ケイ素粒子の回折ピークは、図1の下欄に示されている。一方、各試料のX線回折パターンにおいて、β型窒化ケイ素粒子の回折ピーク以外の箇所にも回折ピークが現れている。実施例1と比較例1、3のX線回折パターンを視覚的に比較すると、回折角2θが20°、30°、45°の近傍において、比較例1、3では回折ピークが確認される一方で、実施例1の回折ピークがより小さいか、または確認できない。なお、実施例2~7は、実施例1と同様の傾向の回折パターンを示したので、図示を省略する。さらに、X線回折パターンを定量的に解析すると、表1に示すとおり、粒界結晶相の積分強度比Rは、実施例1~7では3%以下であるのに対し、比較例1~3では3%よりも大きい。より具体的には、粒界結晶相の積分強度比Rは、実施例1~7では0.3~3%である。すなわち、実施例1~7の窒化ケイ素焼結体では、粒界相における結晶化が抑制されている。
【0076】
また、表1によれば、実施例1~7、比較1~3の全ての試料において、熱伝導率が80W/mK以上であり、且つ、3点曲げ強度が700MPa以上であることが確認された。つまり、適量の第2族元素フッ化物の添加によって、熱伝導率および機械的強度の特性が低下していないことが分かった。
【0077】
表2および図2図4は、各試料の耐エッチング特性を示している。表2に示すとおり、所定の条件における表面積当たりのエッチング量を示す重量減少量wdは、実施例1~7では12μg/mm以下であるのに対し、比較例1~3では12μg/mmよりも大きい。また、常温における絶縁破壊電界Viは、実施例1~7では8kV/mm以上であるのに対し、比較例1~3では8kV/mmよりも小さい。すなわち、実施例1~7の窒化ケイ素焼結体は、粒界相における結晶化が抑制されている一方で、エッチング量が減少し、さらに、エッチング処理後の基板表面の絶縁破壊電界Viが向上することが確認された。
【0078】
図2図4は、エッチング処理後の焼結体基板断面のSEM画像(倍率250倍のBSE像)であり、白い箇所が粒界結晶相を示し、それ以外の箇所には粒界結晶相が存在していない。エッチングされていない基板深部では、白い箇所が一様に存在し、粒界結晶相がエッチングされていないことが分かる。一方で、基板表層から所定の深さの表層領域では、エッチング処理によって白い箇所が除去されていることが分かる。そして、表2および図2図4によれば、実施例のエッチング深さDよりも、比較例のエッチング深さDの方が有意に大きく、さらには、比較例の基板表裏面におけるエッチング深さ比Rには有意な差が生じている。より具体的には、実施例1~7の窒化ケイ素焼結体のエッチング深さDが40μm未満(約32~36μm)であり、且つ、基板表裏面のエッチング深さ比Rが10%以下であるのに対し、比較例1~3では、エッチング深さDが40μmよりも大きく(約43~46μm)、且つ、基板表裏面のエッチング深さ比Rが10%よりも大きい。また、境界線長さ比Rについて、実施例1~7の窒化ケイ素焼結体の境界線長さ比Rが2.0未満(約1.5~1.6)であるのに対し、比較例1~3では、境界線長さ比Rが2.0以上(約2.0~2.1)である。さらに、実施例1~7では、表層深さD/2未満の表層領域には、粒界結晶相が残っていないのに対し、比較例1~3では粒界結晶相がエッチングされずに残っていることが確認された。これらのSEM観察および解析結果もまた、本発明の窒化ケイ素焼結体における耐エッチング性の改善、および基板表面の絶縁破壊電界Viの改善を裏付けている。
【0079】
本発明は上述した実施例に限定されるものではなく、本発明の技術的範囲に属する限りにおいて種々の態様で実施しうるものである。
図1
図2
図3
図4
図5
図6