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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-04-22
(45)【発行日】2025-05-01
(54)【発明の名称】回転電機の温度制御装置
(51)【国際特許分類】
   H02K 9/19 20060101AFI20250423BHJP
   H02K 11/26 20160101ALI20250423BHJP
   H02P 29/62 20160101ALI20250423BHJP
   H02P 29/024 20160101ALI20250423BHJP
   G01C 21/26 20060101ALI20250423BHJP
【FI】
H02K9/19 B
H02K11/26
H02P29/62
H02P29/024
G01C21/26 B
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2022026522
(22)【出願日】2022-02-24
(65)【公開番号】P2023122802
(43)【公開日】2023-09-05
【審査請求日】2024-04-22
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000000011
【氏名又は名称】株式会社アイシン
(74)【代理人】
【識別番号】110001210
【氏名又は名称】弁理士法人YKI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】宮部 友博
(72)【発明者】
【氏名】村上 聡
(72)【発明者】
【氏名】岩月 健
【審査官】伊藤 秀行
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-210969(JP,A)
【文献】特開2013-207957(JP,A)
【文献】特開2019-176691(JP,A)
【文献】特開2018-129967(JP,A)
【文献】特開2017-033546(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2011/0241458(US,A1)
【文献】中国特許出願公開第112234770(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02K 9/19
H02K 11/26
H02P 29/62
H02P 29/024
G01C 21/26
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転電機の温度の予測値と、前記回転電機の温度の実際の計測値と、の差に基づいて、前記回転電機の油切れ状態の発生を検出し、前記油切れ状態の発生の有無に応じて前記回転電機への冷却油の供給を制御する回転電機の温度制御装置であって、
前記回転電機がドライ状態であるときの前記予測値と、前記回転電機の前記計測値と、が所定の基準値以内の差である場合に前記油切れ状態の発生を検出することを特徴とする回転電機の温度制御装置
【請求項2】
請求項1に記載の回転電機の温度制御装置であって、
さらに、前記回転電機がウェット状態であるときの前記予測値と、前記回転電機の前記計測値と、に所定の基準値以上の差がある場合に前記油切れ状態の発生を検出することを特徴とする回転電機の温度制御装置。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の回転電機の温度制御装置であって、
前記予測値と前記計測値との差に基づいて前記油切れ状態が発生した際の前記回転電機の状態を前記油切れ状態の条件として記憶させておき、実際の前記回転電機の状態が前記油切れ状態の条件を満たすときに前記回転電機の前記油切れ状態の発生を検出することを特徴とする回転電機の温度制御装置。
【請求項4】
請求項に記載の回転電機の温度制御装置であって、
前記回転電機の状態は、前記回転電機の回転速度及び出力トルク、ステータコイルの電流及び電圧、冷却油の温度及び流量の少なくとも1つを含むことを特徴とする回転電機の温度制御装置。
【請求項5】
請求項又はに記載の回転電機の温度制御装置であって、
前記回転電機の状態に加えて、前記回転電機を搭載している車両の情報を前記油切れ状態の条件として記憶させ、実際の前記回転電機の状態及び前記車両の情報が前記油切れ状態の条件を満たすときに前記回転電機の前記油切れ状態の発生を検出することを特徴する回転電機の温度制御装置。
【請求項6】
請求項又はに記載の回転電機の温度制御装置であって、
前記回転電機の状態に加えて、前記回転電機を搭載している車両のナビゲーションシステムの地図情報から割り出した自車の位置を前記油切れ状態の条件として記憶させ、実際の前記回転電機の状態及び前記自車の位置が前記油切れ状態の条件を満たすときに前記回転電機の前記油切れ状態の発生を検出することを特徴する回転電機の温度制御装置。
【請求項7】
請求項1~のいずれか1項に記載の回転電機の温度制御装置であって、
機械学習モデルによって前記予測値を予測することを特徴とする回転電機の温度制御装置。
【請求項8】
請求項に記載の回転電機の温度制御装置であって、
前記機械学習モデルは、前記回転電機の回転速度及び出力トルク、ステータコイルの電流及び電圧、冷却油の流量及び温度を入力として、前記回転電機の温度の前記予測値を出力するように機械学習されていることを特徴とする回転電機の温度制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、回転電機の温度制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
回転電機を構成するステータ及びロータの温度が限界温度を超えた状態において運転を続けると永久磁石の減磁が生じて出力トルクが低下するおそれがあり、回転電機の温度を適切に制御することが必要である。
【0003】
ステータ側の油冷系とロータ側の油冷系とを分離した構成において、ロータを冷却する前及び後の冷却油が通過する油冷系の部分に熱電対を設置し、それぞれ冷却油の流入温度及び流出温度を測定し、モータのトルクと回転数との関係から導いたロータ運転状況の重みを用いて推定式からロータの温度を推定する技術が開示されている(特許文献1)。
【0004】
また、ハウジングに供給油路と排出油路とを設け、排出油路には可変絞り弁が設けられたモータジェネレータにおいて、モータジェネレータの予測発熱量が小さい場合には供給流量と排出流量とを減少側に制御することによって油面高さを保ちつつ冷却油の循環流量を引き下げ、モータジェネレータの予測発熱量が大きい場合には供給流量と排出流量とを増加側に制御することによって油面高さを保ちつつ冷却油の循環流量が引き上げる技術が開示されている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2000-23421号公報
【文献】特開2013-207957号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、従来技術では、冷却油が想定通りに供給されることを前提としているために「油切れ」の検出機能が無く、意図しない「油切れ」が発生した場合に冷却油の流量を増やして冷却効果を高める等の対応に遅れが生じていた。また、「油切れ」が発生しないように常に過剰な量の冷却油を供給することが多く、そのためにオイルポンプの仕事や冷却油による引き摺り損失が増大してしまっていた。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の1つの態様は、回転電機の温度の予測値と、前記回転電機の温度の実際の計測値と、の差に基づいて、前記回転電機の油切れ状態の発生を検出し、前記油切れ状態の発生の有無に応じて前記回転電機への冷却油の供給を制御する回転電機の温度制御装置である。
【0008】
ここで、前記回転電機がウェット状態であるときの前記予測値と、前記回転電機の前記計測値と、に所定の基準値以上の差がある場合に前記油切れ状態の発生を検出することが好適である。
【0009】
また、前記回転電機がドライ状態であるときの前記予測値と、前記回転電機の前記計測値と、が所定の基準値以内の差である場合に前記油切れ状態の発生を検出することが好適である。
【0010】
また、前記予測値と前記計測値との差に基づいて前記油切れ状態が発生した際の前記回転電機の状態を前記油切れ状態の条件として記憶させておき、実際の前記回転電機の状態が前記油切れ状態の条件を満たすときに前記回転電機の前記油切れ状態の発生を検出することが好適である。
【0011】
また、前記回転電機の状態は、前記回転電機の回転速度及び出力トルク、ステータコイルの電流及び電圧、冷却油の温度及び流量の少なくとも1つを含むことが好適である。
【0012】
また、前記回転電機の状態に加えて、前記回転電機を搭載している車両の情報を前記油切れ状態の条件として記憶させ、実際の前記回転電機の状態及び前記車両の情報が前記油切れ状態の条件を満たすときに前記回転電機の前記油切れ状態の発生を検出することが好適である。
【0013】
また、前記回転電機の状態に加えて、前記回転電機を搭載している車両のナビゲーションシステムの地図情報から割り出した自車の位置を前記油切れ状態の条件として記憶させ、実際の前記回転電機の状態及び前記自車の位置が前記油切れ状態の条件を満たすときに前記回転電機の前記油切れ状態の発生を検出することが好適である。
【0014】
また、機械学習モデルによって前記予測値を予測することが好適である。また、前記機械学習モデルは、前記回転電機の回転速度及び出力トルク、ステータコイルの電流及び電圧、冷却油の流量及び温度を入力として、前記回転電機の温度の前記予測値を出力するように機械学習されていることが好適である。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、回転電機に対して冷却油を適切に供給することができ、回転電機を効果的に冷却することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】本発明の実施の形態における回転電機の構成を示す図である。
図2】本発明の実施の形態における回転電機を搭載した車両の構成例を示す図である。
図3】本発明の実施の形態における冷却油の供給状態を説明する図である。
図4】本発明の実施の形態における深層学習モデルの一例を示す図である。
図5】本発明の実施の形態における「油切れ状態」を検出する処理を説明する図である。
図6】本発明の実施の形態における車両に関する情報を説明する図である。
図7】本発明の実施の形態における油切れ状態の判定機能の学習処理のフローチャートを示す図である。
図8】本発明の実施の形態における冷却油の制御方法の例を示す図である。
図9】本発明の実施の形態における回転電機の計測値と予測値との関係の例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の実施の形態における回転電機100は、図1に示すように、ロータ10、シャフト12、ステータ14、ベアリング16、ケーシング18、インバータ20、バッテリー22、制御部24、オイルポンプ26、モータ28及びオイルパン30を含んで構成される。
【0018】
図2は、回転電機100を搭載した車両200の例を示す。車両200は、動力源である回転電機100から出力された動力を変速機102、デファレンシャルギア104及びドライブシャフト106を介して駆動輪(タイヤ)108に伝達させて走行する。特に、回転電機100、変速機102、デファレンシャルギア104で構成される部分を電動駆動系(又は電動駆動システム)と呼称する。
【0019】
ロータ10は、回転電機100において回転運動する部分である。ロータ10は、ロータコア磁石10a及びロータコア電磁鋼鈑10bを含んで構成される。シャフト12は、ロータ10と共に回転するように接続される。シャフト12は、ロータ10から出力される回転トルクを回転電機100の外部へ伝達するために使用される。ステータ14は、回転電機100においてロータ10に対して相対的に静止している部分である。ステータ14は、ステータコイル14a及びステータコア電磁鋼鈑14bを含んで構成される。ロータ10、シャフト12及びステータ14は、ケーシング18内に収容される。シャフト12とケーシング18の間にはベアリング16が配置され、シャフト12と共にロータ10が滑らかに回転することができる。
【0020】
バッテリー22から供給された電力は、インバータ20によって電圧や周波数が調整されて回転電機100のステータコイル14aに流れる電流が制御される。インバータ20によって適切に制御された電流がステータコイル14aに流れると、ステータ14に回転磁界が作られる。当該回転磁界とロータコア磁石10aの磁気相互作用によってロータ10に回転トルクが発生してロータ10が回転運動させられる。
【0021】
制御部24は、車載コンピュータとも呼ばれ、情報を処理する演算装置や情報を記憶する記憶装置等を含んで構成される。制御部24は、運転者によって操作されたアクセルペダル操作量や車速等の情報に基づき、回転電機100への要求トルクを算出する。そして、要求トルクに応じてステータコイル14aに流す電流を制御するようにインバータ20に指令を出す。
【0022】
ステータコイル14aに電流が流れると電力の一部が損失になってステータコイル14aが発熱する。また、ロータ10が回転するとロータコア電磁鋼鈑10bに渦電流が流れて発熱する。これらの発熱によって加熱された回転電機100を冷却するため、冷却油がオイルポンプ26から供給される。オイルポンプ26は、モータ28によって駆動される。ロータ10及びステータ14から熱を奪った冷却油はオイルパン30に戻されて外気に熱を放出して冷却される。外気との熱交換の効率を上げるためにラジエータ(図示せず)を用いてもよい。なお、冷却油は、潤滑油としての機能も担っており、ベアリング16等の摺動部の動きを滑らかにする。
【0023】
ここで、電動駆動系の運用において、回転電機100の温度を適切な範囲に制御することが極めて重要である。ロータ10内に配置されたロータコア磁石10aの温度が許容値を超えると磁石が冷却され、その後に温度が戻っても磁力が戻らない不可逆減磁が発生するおそれがある。不可逆減磁が生じると、回転電機100が出力可能なトルクの上限値が低下し、回転電機100の性能が低下する。また、ステータコイル14aにおいても許容値を超えるまで高温になると絶縁被膜が破壊されて短絡(ショート)が発生する等、電動駆動系全体に損傷を招くおそれがある。
【0024】
従来技術では、常に冷却油が設計時の想定通りに回転電機に掛かることが前提になっている。しかしながら、電動駆動系を車載した車両200が実際に道路を走行する場合、車両200の加速度や姿勢の変化によって冷却油の流れが乱されて所望の箇所に冷却油が掛からない状態となるおそれがある。
【0025】
このように、冷却油を回転電機へ供給しても何らかの原因によって冷却油が適切に供給されず、必要な冷却効果を得られない状態を「油切れ状態」とする。また、冷却油が回転電機に掛かっていない状態を「ドライ状態」とする。特に、意図せず「油切れ状態」となった場合ではなく、オイルポンプ26によって供給される冷却油の流量が最初から0又は微量に抑えられて回転電機に冷却油が掛からない状態を「完全ドライ状態」とする。一方、冷却油が想定通りに回転電機に掛けられている状態を「ウェット状態」とする。
【0026】
図3を参照して、回転電機における「ウェット状態」と「油切れ状態」を説明する。図3(a)は、回転電機が「ウェット状態」である場合を示している。「ウェット状態」では、ケーシング18内の油路を通過した冷却油がステータ14のステータコイル14aやステータコア電磁鋼鈑14bの端部等の所定の箇所に適切に供給され、設計における狙い通りに回転電機を冷却できている。一方、図3(b)は、回転電機が「油切れ状態」である場合を示している。回転電機が傾いている等の原因によって、ケーシング18から流れ出る冷却油が全体的に左に偏って流れ落ちており、ステータコイル14aの端部(図中の丸印部分)等の所望の箇所に冷却油が掛からない状態となっている。「油切れ状態」では、回転電機の温度が異常に上昇するおそれがある。したがって、ロータコア磁石10aの不可逆減磁やステータコイル14aの絶縁破壊を避けるために「油切れ状態」を検出する必要がある。
【0027】
「油切れ状態」が発生する原因としては、先に述べたように車両200の加速度や姿勢の変化によって冷却油の流れが乱されることが想定される。電動駆動系の開発中に行うベンチやシャシ台での試験では車両200の加速度や姿勢を大きく変更することは難しく、開発段階において「油切れ状態」の発生条件をすべて明らかにすることはできない。また、油路内に入り込んだ混入物や油路内のシールの経年劣化による冷却油の漏れによって冷却油の流れが悪くなり「油切れ状態」に陥ることも想定される。しかしながら、事前にこのような状況を検出することも困難である。
【0028】
「油切れ状態」を回避するためには、オイルポンプ26から送り出される冷却油の流量を増やして回転電機に冷却油が十分に掛かる状態とすればよい。しかしながら、大量の冷却油を供給すると車両200の駆動に直接結びつかないオイルポンプ26の仕事量が増え、車両200の電費(一定の電力消費量で車両200が走行可能な距離)が悪化する。また、大量の冷却油が掛けられた状態でロータ10が回転すると引き摺り損失が増加して電費が悪化してしまう。したがって、コースト(惰性)走行時など回転電機に流れる電流が少なく、回転電機内の発熱量が少ない場合では冷却油の流量を極力減らして損失を少なくすることが求められる。
【0029】
本実施の形態における回転電機100では、回転電機100を搭載した車両200の走行中において「油切れ状態」を検出し、その発生時の情報を車載コンピュータに記憶及び蓄積して学習することで、同様の運転状況において予め冷却油の流量を適切に制御して「油切れ状態」を回避する。これによって、電動駆動系の耐久性及び信頼性を向上させる。
【0030】
回転電機100では、機械学習・深層学習モデルが算出した電動駆動系内の温度の予測値と実際の回転電機の温度の計測値を用いて「油切れ状態」を検出する。回転電機の温度の予測には、機械学習の技術を用いる。機械学習には、深層学習を含んでもよい。データの予測に活用可能な機械学習のモデルとしては、決定木、サポートベクターマシン、深層学習等が挙げられる。
【0031】
図4は、回転電機の温度を予測するための深層学習モデルの例を示す。深層学習モデルは、入力層、中間層及び出力層から構成される。入力層、中間層及び出力層は、それぞれ1層又は多層のニューラルネットワークから構成される。なお、層数や各層の素子の数は図4の例に限定されるものではない。入力層には、ロータ10の回転速度、出力トルク、ステータコイル14aの電流及び電圧、冷却油の流量及び温度等の情報が入力される。中間層では、入力層に入力された情報に対して機械学習に基づいた処理が行われる。出力層は、回転電機100内の各部(ステータコイル14a、ステータコア電磁鋼鈑14b、ロータ10、ロータコア磁石10a等)の温度の予測値が出力される。
【0032】
深層学習モデルでは、ニューラルネットワークを構成するノードに対する重み係数や活性化関数等の学習パラメータについて学習が行われる。具体的には、回転電機100について入力層に入力される様々な運転条件において、モデルが出力した各部の温度の予測値とベンチ試験などで計測された各部の温度の値がより一致するように学習が行われる。学習完了後の深層学習モデルを車載コンピュータに記憶しておくことによって、当該深層学習モデルにロータ10の回転速度、出力トルク、ステータコイル14aの電流及び電圧、冷却油の流量及び温度等の情報を入力することで回転電機100の各部の温度の予測値を得ることができる。
【0033】
図5は、「油切れ状態」の検出方法の概要を示す。図5(a)に示すように、回転電機100に対して「ウェット状態」となるような流量Aの冷却油を流している状態では、回転電機100の温度の予測値と計測値がほぼ一致する。また、流量Aでの回転電機100の温度の計測値は、「完全ドライ状態」の温度の予測値よりも低い値を示す。すなわち、回転電機100に対して冷却油が適切に掛かり、回転電機100が十分に冷却されていることを示している。一方、図5(b)に示すように、流量Aよりも流量を減らして流量Bの冷却油を流している状態では、回転電機100の温度の予測値と計測値が乖離する。また、流量Bでの回転電機100の温度の計測値は、「完全ドライ状態」での予測値に近い値を示す。すなわち、流量Bの冷却油を流しても回転電機100の所望の箇所に冷却油が十分に掛かっていない「油切れ状態」になっていると判断することができる。
【0034】
そこで、図5(b)に示すように回転電機100の温度の予測値と計測値が乖離したときの運転状況に関する情報を車載コンピュータの記憶装置に記憶させることで、運転状況に関する情報から「油切れ状態」を検出することが可能になるように学習を行う。「油切れ状態」の判別のための情報は車両200の運転中に更新及び学習させることが好適である。
【0035】
ここで、運転状況を示す情報は、回転電機100の温度の予測の際に使用した回転電機100の回転速度、出力トルク、ステータコイル14aの電流及び電圧、冷却油の温度、冷却油の流量等に加えて、図6に示すように、回転電機100を搭載した車両200の速度V、加速度dV/dt、姿勢(α、β)等の車両に関する情報を含むことが好適である。車両200の速度及び加速度は、車両200に速度センサや加速度センサを搭載することによって検出することができる。また、車両200にジャイロセンサを搭載することによって車両200の速度、加速度、姿勢を検出することができる。
【0036】
なお、車両200に搭載した各種センサから車両200の情報を取得するのではなく、ナビゲーションシステムの地図情報から自車の位置を割り出して当該情報を車両に関する情報として記憶装置に記憶してもよい。ナビゲーションシステムを活用することで、各種センサを搭載することができない低価格な車両であっても本実施の形態における回転電機100の温度制御を適用することができる。また、他車から寄せられた情報も活用することで学習に要する時間を短縮することができる。
【0037】
図7は、「油切れ状態」の判定機能の学習処理のフローチャートを示す。ステップS10において、ロータ10の回転速度、出力トルク、ステータコイル14aの電流及び電圧、冷却油の流量及び温度、回転電機100の各部の温度、車両200の速度、加速度、姿勢等の情報が車載コンピュータに取り込まれる。ステップS12では、温度予測のための深層学習モデルを用いて、取り込まれた情報に基づいて回転電機100の各部の温度を予測する。ステップS14では、回転電機100における「油切れ状態」を判定するための条件を更新する必要があるか否かの判定を行う。「油切れ状態」を判定するための条件を更新する必要がある場合にはステップS16に処理を移行させ、更新する必要がない場合にはステップS18に処理を移行させる。
【0038】
ステップS16では、「油切れ状態」を判定する条件の更新は以下のように行われる。「油切れ状態」の判定と情報の更新は、大きく分けて(1)発生条件を記憶装置に追加する場合、(2)発生条件を記憶から削除する場合、の2つの処理からなる。
【0039】
(1)「油切れ状態」の発生条件の追加処理
「油切れ状態」の発生条件を追加する処理とは、深層学習モデルでは「ウェット状態」を示す温度となると予測されたのに対して実際の計測では「油切れ状態」を示す温度となっていた状態を判定するための条件を追加する処理である。次の数式(1)~数式(3)の何れかが満たされる場合、ステップS10において取得された回転電機100や車両200に関する情報が「油切れ状態」の発生条件として記憶装置に追加される。
(数1)
-TP,W>Tth ・・・(1)
(数2)
P,D-T<Tth ・・・(2)
(数3)
-TP,W>TP,D-T ・・・(3)
ここで、T:回転電機100の温度の測定値、TP,W:「ウェット状態」での回転電機100の温度の予測値、Tth:所定の基準閾値、TP,D:「完全ドライ状態」での回転電機100の温度の予測値を示す。
【0040】
(2)「油切れ状態」の発生条件の削除処理
「油切れ状態」の発生条件を削除する処理とは、深層学習モデルでは「油切れ状態」を示す温度となると予測されたのに対して実際の計測では「ウェット状態」を示す温度となっていた状態を判定するための条件を削除する処理である。次の数式(4)~数式(6)の何れかが満たされる場合、ステップS10において取得された回転電機100や車両200に関する情報が記憶装置に記憶されている「油切れ状態」の発生条件から削除される。
(数4)
-TP,W<Tth ・・・(4)
(数5)
P,D-T>Tth ・・・(5)
(数6)
-TP,W<TP,D-T ・・・(6)
【0041】
ステップS16において上記のように「油切れ状態」の発生条件の更新処理が行われた後、ステップS18において回転電機100において「油切れ状態」であるか否かの判定が行われ、当該判定結果に基づいて回転電機100への冷却油の供給制御が行われる。具体的には、「油切れ状態」の発生の有無、回転電機100の回転速度、出力トルク、ステータコイル14aの電流・電圧、回転電機100の各部の温度、冷却油の温度等の回転電機100の運転状況に関する情報に基づいて冷却油の流量の目標値を定め、実際の流量が目標値に追従するように制御を行う。なお、冷却油の流量の制御に関しては、オイルポンプ26の回転速度を小型モータで制御する方法が挙げられる。また、図8に示すように、冷却油の油路内の何処かに流量制御弁32等の制御弁を配置して冷却油の流量を制御する方法としてもよい。
【0042】
これによって、適切な流量の冷却油が回転電機100に掛かることで回転電機100の各部の温度が正常範囲内に制御される。
【0043】
また、「油切れ状態」発生時の状況を適宜更新して学習することで、再び同様の運転状況に遭遇した際に冷却油の流量を予め増やすなどの対策を採ることで「油切れ状態」を回避することができる。これによって、回転電機100の温度の異常な上昇を防ぎ、回転電機100内の永久磁石や、ステータコイル14aの絶縁被膜への損傷の蓄積を回避することが可能となる。
【0044】
また、「油切れ状態」になる状況を予め把握しておくことで、コースト(惰性)走行時などにおいて急いで回転電機100を冷却する必要がない状況では、冷却油の流量を限界まで減らすことが可能になる。これによって、冷却油を供給するためのオイルポンプ26の仕事(損失)や、回転電機100の回転に伴う冷却油の引き摺り損失を低減することができ、ひいては車両200の電費を改善することができる。
【0045】
図9は、「油切れ状態」を検出した際のステータコイル14a及びステータコア電磁鋼鈑14bの温度の事例を示す。
【0046】
図9(a)は、回転電機100を一定の回転速度及び一定の出力トルクで運転中において冷却油を4[L/min]の流量で流したときの回転電機100内のステータコイル14a及びステータコア電磁鋼鈑14bの温度の計測値、深層学習モデルで予測した温度の予測値(ウェット予測値)を示している。また、冷却油の流量をゼロにした状態における温度の予測値(完全ドライ予測値)も併せて示している。
【0047】
図9(a)に示すように、冷却油を4[L/min]の流量で供給した場合、回転電機100の温度の計測値とウェット予測値が一致し、完全ドライ予測値よりも低い値を示した。すなわち、冷却油が適切に回転電機100に掛かり、所望の冷却効果を得られた。
【0048】
図9(b)は、図9(a)と同様に回転電機100を一定の回転速度及び一定の出力トルクで運転中において冷却油を2[L/min]の流量まで減らしたときの回転電機100内のステータコイル14a及びステータコア電磁鋼鈑14bの温度の計測値、深層学習モデルで予測した温度の予測値(ウェット予測値)を示している。また、冷却油の流量をゼロにした状態における温度の予測値(完全ドライ予測値)も併せて示している。
【0049】
図9(b)では、回転電機100内のステータコイル14a及びステータコア電磁鋼鈑14bの温度の計測値と深層学習モデルが出力したウェット予測値に乖離が見られ、回転電機100の各部の温度が上昇した。このような結果から、回転電機100は「油切れ状態」になっていると判別できた。
【0050】
以上のように、回転電機100の温度の計測値と深層学習モデルの予測値との比較に基づいて「油切れ状態」を判定し、その判定を行ったときの情報を車載コンピュータの記憶装置に記憶しておくことによって回転電機100の「油切れ状態」を検出したり、予測したりすることができる。これによって、回転電機100に冷却油が適切に掛からないことで回転電機100の温度が急激に上昇して回転電機100の各部への損傷の発生や蓄積を抑制することができる。また、オイルポンプ26等の損失を減らすことができ、回転電機100や車両200の燃費も改善することができる。
【符号の説明】
【0051】
10 ロータ、10a ロータコア磁石、10b ロータコア電磁鋼鈑、12 シャフト、14 ステータ、14a ステータコイル、14b ステータコア電磁鋼鈑、16 ベアリング、18 ケーシング、20 インバータ、22 バッテリー、24 制御部、26 オイルポンプ、28 モータ、30 オイルパン、32 流量制御弁、100 回転電機、102 変速機、104 デファレンシャルギア、106 ドライブシャフト、108 駆動輪(タイヤ)、200 車両。
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図9