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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-04-23
(45)【発行日】2025-05-02
(54)【発明の名称】発酵麦芽飲料のコク感増強方法
(51)【国際特許分類】
   C12C 11/00 20060101AFI20250424BHJP
   C12C 11/02 20060101ALI20250424BHJP
   C12G 3/021 20190101ALI20250424BHJP
【FI】
C12C11/00 A
C12C11/02
C12C11/00 Z
C12G3/021
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2023090324
(22)【出願日】2023-05-31
(62)【分割の表示】P 2021122975の分割
【原出願日】2014-04-09
(65)【公開番号】P2023101727
(43)【公開日】2023-07-21
【審査請求日】2023-06-29
(31)【優先権主張番号】P 2013116774
(32)【優先日】2013-06-03
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】311007202
【氏名又は名称】アサヒビール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 和純
(74)【代理人】
【識別番号】100147267
【弁理士】
【氏名又は名称】大槻 真紀子
(74)【代理人】
【識別番号】100162868
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 英輔
(72)【発明者】
【氏名】黒川 哲平
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 清仁
【審査官】水野 明梨
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-147780(JP,A)
【文献】特開2002-253197(JP,A)
【文献】特表2011-519559(JP,A)
【文献】特開2002-199873(JP,A)
【文献】α-グルコシダーゼを利用したビールの高濃度醸造(第1報),J.Brew.Soc.Japan.,Vol. 98, No. 5, ,2003年,pp. 376-385
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12C
A23L
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
麦芽を原料として用い、
仕込工程及び発酵工程おいて、グルコアミラーゼを添加し、
発酵工程において、トランスグルコシダーゼを添加し、
製造された発酵麦芽飲料中のイソマルトース、コウジビオース、及びニゲロースのいずれかの含有量が、5mg/L未満であることを特徴とする、発酵麦芽飲料の製造方法。
【請求項2】
製造された発酵麦芽飲料中の糖質が0.5g/100mL未満である、請求項1に記載の発酵麦芽飲料の製造方法。
【請求項3】
麦芽使用量が発酵原料中の50質量%以上である、請求項1又は2に記載の発酵麦芽飲料の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、発酵原料に占める麦芽使用比率を高めた場合であっても、糖質含有量が充分に低減された発酵麦芽飲料を製造する方法、及び当該方法により製造された発酵麦芽飲料に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、消費者の健康志向や嗜好性の変化から、糖質含有量の低いビールテイスト飲料に対する消費者のニーズが高まっている。なお、ビールテイスト飲料とは、ビールと同等の又はそれと似た風味・味覚及びテクスチャーを有する発泡性飲料である。発酵原料を発酵させて得られるビールテイスト飲料の場合、発酵液中の非資化性糖の含有量を低下させることによって、最終製品であるビールテイスト飲料中の糖質含有量を低下させることができる。このため、発酵原料として、非資化性糖の含有量が少ない液糖等の使用比率を高めることによって、糖質含有量を低下させることができるが、穀物原料の使用比率が高い場合には、穀物香気やコク感を高められる一方で、糖質含有量が高くなる傾向がある。
【0003】
糖質含有量の低いビールテイスト飲料を製造する方法としては、例えば、仕込工程又は発酵工程中にグルコアミラーゼやプルラナーゼを添加する方法が知られている。これらの酵素の働きにより、最終製品中に含まれる糖質に寄与する澱粉質の大部分を、酵母が資化可能な糖に分解することができる。しかしながら、イソマルトース等の非資化性の分岐鎖糖は、これらの酵素によっては資化可能な糖に転換されず、最終製品中に残存する。このため、当該方法によっては、糖質を極限まで減少させることはできなかった。
【0004】
また、発酵工程において、α-グルコシダーゼ(トランスグルコシダーゼの別称)を作用させることにより、資化性糖としてグルコースを生成して真性発酵度を高めることによって、最終製品中の非資化性糖の含有量を低下させる方法が知られている(例えば、特許文献1参照)。しかしながら、単にトランスグルコシダーゼを発酵中に添加したのみでは、最終製品中の非資化性糖の含有量を充分に低下させることはできなかった。
【0005】
このように、ビールテイスト飲料の糖質含有量を低下させる方法は幾つか知られているものの、非資化性糖の含有量が比較的高い澱粉質原料の使用比率が高い場合には、いずれの方法も充分に糖質含有量を低下させることはできていなかった。特に、大麦を発芽させる製麦工程によって、分岐鎖糖が増加するため(例えば、非特許文献1参照)、麦芽の使用比率の高いビールテイスト飲料では、現在までに、糖質含有量を0.5g/100mL未満にまで低減させたものは存在していなかった。
【0006】
トランスグルコシダーゼは、加水分解反応によりグルコースを生成するが、基質濃度が高い場合には、糖転移反応を行う。そこで、例えば、麦芽を原料とし、発酵工程を経て製造されるビールテイスト飲料において、仕込工程における熱処理前にトランスグルコシダーゼを添加することにより、製品中にイソマルトース、パノース等のイソマルトオリゴ糖を高濃度に含有させることができ、この結果、コク味が増強される(例えば、特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2002-253197号公報
【文献】特開2002-199873号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】アロシオ-ワルニエ(Allosio-Ouarnier)、他3名、ジャーナル・オブ・ジ・インスティチュート・オブ・ブリューイング(Journal of The Institute of Brewing)、2000年、第106巻、第1号、第45~52ページ。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、発酵原料に占める麦芽使用比率にかかわらず、糖質含有量が顕著に低い発酵麦芽飲料、及び当該発酵麦芽飲料を製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、発酵麦芽飲料の製造において、仕込工程及び発酵工程の少なくとも一方においてグルコアミラーゼを添加し、発酵工程においてトランスグルコシダーゼを添加することにより、発酵原料に占める麦芽使用比率を高めた場合であっても、糖質含有量が顕著に低減された発酵麦芽飲料を製造し得ることを見出し、本発明を完成させた。
【0011】
本発明は、下記の構成をとる:
(1) 麦芽を原料として用い、麦芽使用量が発酵原料中の65~100質量%であり、発酵工程において、トランスグルコシダーゼとグルコアミラーゼを添加し、製造された発酵麦芽飲料中の糖質が0.5g/100mL未満であることを特徴とする、発酵麦芽飲料のコク感増強方法、
(2) 発酵液に、エキス1gに対して、トランスグルコシダーゼを3U以上添加することを特徴とする、前記(1)の発酵麦芽飲料のコク感増強方法、
(3) 前記発酵工程を5~15℃で行うことを特徴とする、前記(1)又は(2)の発酵麦芽飲料のコク感増強方法、及び
(4) 麦芽使用量が発酵原料中の50~100質量%であり、糖質が0.5g/100mL未満であることを特徴とする、発酵麦芽飲料。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る発酵麦芽飲料の製造方法により、発酵原料に占める麦芽使用比率にかかわらず、糖質含有量が顕著に低い発酵麦芽飲料を製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明及び本願明細書において、発酵麦芽飲料とは、原料として麦芽を使用し、発酵工程を経て製造される飲料である。本発明に係る発酵麦芽飲料の製造方法(以下、「本発明に係る製造方法」ということがある。)により製造される発酵麦芽飲料は、アルコール飲料であってもよく、アルコール含量が1容量%未満であるいわゆるノンアルコール飲料又はローアルコール飲料であってもよい。その他、麦芽を原料とし、発酵工程を経て製造された飲料を、アルコール含有蒸留液と混和して得られたリキュール類であってもよい。アルコール含有蒸留液とは、蒸留操作により得られたアルコールを含有する溶液であり、スピリッツ等の一般に蒸留酒に分類されるものを用いることができる。本発明に係る製造方法により製造される発酵麦芽飲料としては、ビールテイスト飲料であることが好ましい。具体的には、ビール、発泡酒、ビール又は発泡酒をアルコール含有蒸留液と混和して得られたリキュール類等が挙げられる。
【0014】
本発明に係る製造方法は仕込工程及び発酵工程を含むものであって、麦芽を原料として用い、仕込工程及び発酵工程の少なくとも一方において、グルコアミラーゼを添加し、発酵工程において、トランスグルコシダーゼを添加することを特徴とする。より具体的には、グルコアミラーゼを、原料を糖化するための仕込槽及び/又は発酵タンクに添加し、かつ発酵タンクにトランスグルコシダーゼを添加することにより、原料中の糖質を酵母が資化可能な糖へ分解する反応を促進させて、発酵麦芽飲料を製造する。この結果、原料中の非資化性糖が減少し、糖質含有量が低い発酵麦芽飲料を製造することができる。本発明に係る製造方法によれば、特にイソマルトース、ニゲロース等の非資化性のイソマルトオリゴ糖の最終製品中への残存量を大幅に低下させることができる。イソマルトオリゴ糖は、通常酵母により資化されないため、最終製品中に糖質成分として残存する。これに対して本発明に係る製造方法においては、グルコアミラーゼ及びトランスグルコシダーゼを適切なタイミングで添加することによりグルコースへ分解され、さらに発酵により酵母に資化される結果、最終製品中に残存する糖質が減少する。
【0015】
本発明において用いられるグルコアミラーゼとしては、澱粉質の非還元性末端を切断しグルコースを生成する触媒活性を有する酵素であれば、特に限定されるものではなく、各種生物由来のグルコアミラーゼを使用することができる。例えば、市販されているグルコアミラーゼのうち、いずれの酵素を用いてもよく、またこれらを組み合わせて用いることもできる。
【0016】
グルコアミラーゼは、仕込工程と発酵工程のどちらにおいても、澱粉質を分解する作用が働く。このため、本発明に係る製造方法においては、グルコアミラーゼは、仕込工程及び発酵工程の少なくとも一方において添加すればよく、両工程において添加してもよい。
【0017】
仕込工程において添加する場合、グルコアミラーゼの添加時期は、仕込工程終了時点までに添加したグルコアミラーゼによる酵素反応が充分に行われる時点であれば特に限定されるものではない。例えばグルコアミラーゼは、マイシェの調製時点において、麦芽等の発酵原料とともに添加されてもよく、糖化反応の途中に添加してもよい。本発明においては、グルコアミラーゼによる酵素反応を充分に進行させられるため、マイシェの調製時点又は仕込工程の早い段階でグルコアミラーゼを添加することが好ましく、マイシェの調製時点に添加することがより好ましい。同様に、発酵工程において添加する場合、グルコアミラーゼの添加時期は、発酵工程終了時点までに添加したグルコアミラーゼによる酵素反応が充分に行われる時点であれば特に限定されるものではないが、発酵開始時点までには添加していることが好ましく、発酵開始時点又は発酵開始前の冷麦汁に添加することがより好ましい。
【0018】
本発明において用いられるトランスグルコシダーゼとしては、加水分解反応により糖質を分解する触媒活性を有する酵素であれば、特に限定されるものではなく、各種生物由来のトランスグルコシダーゼを使用することができる。例えば、市販されているトランスグルコシダーゼのうち、いずれの酵素を用いてもよく、またこれらを組み合わせて用いることもできる。
【0019】
前述のように、トランスグルコシダーゼが糖転移反応と加水分解反応のどちらを触媒するかは、基質濃度に依存する。仕込工程では基質濃度が高いため、糖転移反応へと平衡が傾く。このため、イソマルトオリゴ糖等の非資化性糖を分解するためには、トランスグルコシダーゼは発酵工程で添加する必要がある。トランスグルコシダーゼの添加時期は、発酵工程終了時点までに添加したトランスグルコシダーゼによる酵素反応が充分に行われる時点であれば特に限定されるものではなく、発酵開始時点までに添加していてもよく、発酵工程の途中で発酵液に添加してもよい。また、一度に使用するトランスグルコシダーゼを全量添加してもよく、複数回に分けて添加してもよい。
【0020】
基質濃度が高い発酵初期にトランスグルコシダーゼを添加した場合、糖転移反応によりイソマルトオリゴ糖が生成されるため、発酵遅延が生じやすくなり、発酵で消費されない糖質成分の残存量が多くなる結果、最終製品中に残存する糖質含有量を充分に減少させることは難しい。これに対して本発明に係る製造方法においては、グルコアミラーゼを併用しているため、トランスグルコシダーゼを単独で使用した場合よりも発酵遅延が生じにくく、糖質成分の残存量を従来になく大幅に低減させることができる。
【0021】
グルコアミラーゼ及びトランスグルコシダーゼの添加量は、それぞれによる酵素反応が充分に行われる量であれば特に限定されるものではなく、使用する酵素の種類や力価、反応温度や反応時間等を考慮して適宜決定することができる。例えば、発酵時間やその後貯酒期間を延長させることにより、最終製品中の糖質含有量を所望の範囲にまで低減させるために必要な酵素量を低減させることができる。例えば、発酵・貯酒期間を、ビールや発泡酒等の製造において通常行われている期間とする場合、トランスグルコシダーゼは、穀物由来のエキス(可溶性蒸発残渣)1gに対して、トランスグルコシダーゼを3U以上添加することが好ましく、30U以上添加することがより好ましく、80U以上添加することがよりさらに好ましい。発酵・貯酒期間を通常以上の期間行う場合には、トランスグルコシダーゼの添加量を3U/g未満にすることも可能である。
【0022】
本発明に係る製造方法は、仕込工程及び発酵工程の少なくとも一方においてグルコアミラーゼを添加し、発酵工程においてトランスグルコシダーゼを添加すること以外は、ビールや発泡酒等のアルコール発酵麦芽飲料を製造するための一般的な方法を採用することができる。例えば、本発明に係る製造方法は、仕込、発酵、貯酒、濾過、充填の工程で行うことができる。
【0023】
まず、仕込工程として、麦芽を含む発酵原料から麦汁を調製する。具体的には、まず、麦芽若しくはその破砕物、必要に応じて麦芽以外の発酵原料、及び原料水を仕込槽に加えて混合してマイシェを調製する。マイシェの調製は、マイシェを35~70℃で20~90分間保持する等、常法により行うことができる。その後、当該マイシェを徐々に昇温して所定の温度で一定期間保持することにより、麦芽由来の酵素やマイシェに添加した酵素を利用して、澱粉質を糖化させる。糖化処理後、76~78℃で10分間程度保持した後、マイシェを麦汁濾過槽にて濾過することにより、透明な麦汁を得る。
【0024】
本発明において用いられる麦芽は、一般的な製麦処理により、大麦等を発芽させたものを用いることができる。具体的には、収穫された大麦、小麦、燕麦等を、水に浸けて適度に発芽させた後、熱風により焙燥することにより、麦芽を製造することができる。麦芽は常法により破砕してもよい。
【0025】
麦芽以外の発酵原料として、例えば、大麦、小麦、コーンスターチ、コーングリッツ、米、こうりゃん等の澱粉質原料や、液糖や砂糖等の糖質原料がある。ここで、液糖とは、澱粉質を酸又は糖化酵素により分解、糖化して製造されたものであり、主にグルコース、マルトース、マルトトリオース等が含まれている。
【0026】
本発明に係る製造方法においては、発酵原料に対する澱粉質原料の使用比率が高い場合であっても、最終製品における糖質含有量を顕著に低減させることができる。このため、本発明に係る製造方法を用いることにより、糖質含有量を高めることなく、発酵原料に対する澱粉質原料、特に麦芽の使用比率を高めることができる。本発明に係る製造方法の効果をより充分に発揮できるため、発酵原料として澱粉質原料のみを用いることが好ましく、発酵原料に対する麦芽使用比率が50%以上であることが好ましく、65~100%であることがより好ましい。一般的に発酵原料に占める麦芽使用比率が高いほど、最終製品中に残存する非資化性糖の含有量が高くなる傾向にあるが、本発明に係る製造方法を用いることにより、発酵原料に対する麦芽使用比率が100%の場合であっても、糖質含有量が0.5g/100mL未満である発酵麦芽飲料を製造することができる。
【0027】
マイシェには、発酵原料やグルコアミラーゼ以外にも、必要に応じて、α-アミラーゼ、プルナラーゼ等の糖化酵素やプロテアーゼ等の酵素剤を添加することができる。その他、本発明に係る効果を阻害しない限りにおいて、スパイスやハーブ類、果物等を添加してもよい。
【0028】
糖化処理時の温度や時間は、グルコアミラーゼ等の添加した酵素の種類やマイシェの量、目的とする発酵麦芽飲料の品質等を考慮して、適宜決定することができる。例えば、60~72℃にて30~90分間保持することにより行うことができる。
【0029】
その他、麦芽の一部、大麦の一部又は全部、及び温水を仕込釜に加えて混合して調製したマイシェを、糖化処理した後、前述の仕込槽で糖化させたマイシェと混合したものを、麦汁濾過槽にて濾過することにより麦汁を得てもよい。
【0030】
得られた麦汁は煮沸される。煮沸方法及びその条件は、適宜決定することができる。煮沸処理前又は煮沸処理中に、ハーブや香料等を適宜添加することにより、所望の香味を有する発酵麦芽飲料を製造することができる。
【0031】
本発明においては、煮沸処理前又は煮沸処理中に、ホップを添加することが好ましい。
ホップの存在下で煮沸処理することにより、ホップの風味・香気を煮出することができる。ホップの添加量、添加態様(例えば数回に分けて添加するなど)及び煮沸条件は、適宜決定することができる。
【0032】
煮沸した麦汁を、ワールプールと呼ばれる沈殿槽に移し、煮沸により生じたホップ粕や凝固したタンパク質等を除去しておくことが好ましい。その後、プレートクーラーにより適切な発酵温度まで冷却する。冷麦汁は、そのまま発酵工程に供してもよく、所望のエキス濃度に調整した後に発酵工程に供してもよい。
【0033】
次いで発酵工程として、冷麦汁に酵母を接種して、発酵タンクに移し、発酵を行う。発酵に用いる酵母は特に限定されるものではなく、通常、酒類の製造に用いられる酵母の中から適宜選択して用いることができる。上面発酵酵母であってもよく、下面発酵酵母であってもよいが、大型醸造設備への適用が容易であることから、下面発酵酵母であることが好ましい。なお、トランスグルコシダーゼを発酵開始時点までに添加する場合、トランスグルコシダーゼは、酵母接種前の冷麦汁に添加してもよく、エキス濃度を調整した後、酵母接種前の冷麦汁に添加してもよく、酵母と共に添加してもよい。
【0034】
発酵麦芽飲料中に糖質として残存する成分としては、イソマルトオリゴ糖の他にグリセロールがある。グリセロールは発酵中に酵母によって生成され、ビールテイスト飲料では一般的に1000~2000ppm程度含まれている。後記参考例に示すように、グリセロール含有量は発酵温度に比例して増加するため、グリセロール含有量及び香味の観点から、発酵温度は、5~15℃であることが好ましく、5~13℃であることがより好ましい。
【0035】
さらに、貯酒工程として、得られた発酵液を、貯酒タンク中で熟成させ、0℃程度の低温条件下で貯蔵し安定化させた後、濾過工程として、熟成後の発酵液を濾過することにより酵母及びタンパク質等を除去して、目的の発酵麦芽飲料を得ることができる。また、酵母による発酵工程以降の工程において、例えばスピリッツと混和することにより、酒税法におけるリキュール類を製造することができる。得られた発酵麦芽飲料は、通常、充填工程により瓶詰めされて、製品として出荷される。
【実施例
【0036】
次に実施例及び参考例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例等に限定されるものではない。
【0037】
<各糖類の含有量の測定>
麦汁又は発酵麦芽飲料中の糖類の含有量(mg/L)は、高速液体クロマトグラフィーにより二糖類、三糖類、及び四糖類に分離したものを質量分析計で検出し、得られたピーク面積に基づいて算出した。装置として、ポンプL-2100、オートサンプラL-2200、カラムオーブンL-2300(日立ハイテクノロジーズ社製)、質量分析計API3000(AB SCIEX社製)を用いた。
【0038】
二糖類を測定する場合には、高速液体クロマトグラフ質量分析は下記の条件で実施した。
検出:Electorospray Ionization(ESI)positive、Multiple Reaction Monitoring(MRM) m/z360.0→163.1、カラム:Hypercarb(2.1mm×150mm、3μm、ThermoScientific社製)、カラム温度:60℃、流速:0.2mL/min、移動相A:10mmol/L 酢酸アンモニウム水(0.1容量% 酢酸)、移動相B:メタノール、グラジエント条件:0~10分(移動相B濃度:0容量%)→10~25分(移動相B濃度:3容量%)→25~40分(移動相B濃度:13容量%)→40~50分(移動相B濃度:18容量%)→50~60分(移動相B濃度:40容量%)→60~70分(移動相B濃度:80容量%)→70~85分(移動相B濃度:0容量%)。
【0039】
三糖類を測定する場合には、分析条件を、検出:ESI positive、MRM m/z522.5→325.1とした。
四糖類を測定する場合には、分析条件を、検出:ESI positive、MRM m/z684.5→325.1とした。
【0040】
<麦汁の発酵度の測定>
麦汁の発酵度の測定は、改訂BCOJ(Brewery Convention of Japan)分析法((財)日本醸造協会発行)に記載の方法(7.3及び8.11最終発酵度)に準じて行った。すなわち、麦汁に酵母を加えて発酵可能なエキスを全て発酵させた後にエキス濃度を測定し、得られた測定値と予め測定した元の麦汁(発酵前の麦汁)のエキス濃度より算出した。
最終発酵度(%)=([元の麦汁のエキス濃度]-[発酵後のエキス濃度])/[元の麦汁のエキス濃度]×100
【0041】
[実施例1]
200Lスケールの仕込設備を用いて、ビールテイスト飲料の製造を行った。まず、仕込槽に、28kgの麦芽の粉砕物、196Lの仕込水、及び麦芽粉砕物に対して20U/gのグルコアミラーゼ(天野エンザイム社製、製品名:グルクザイムNLP)を投入し、常法に従って糖化液を製造した。得られた糖化液を麦汁ろ過槽を用いて濾過し、得られた麦汁にホップを添加した後、煮沸した。次いで、当該麦汁を沈降槽に移して沈殿物を分離、除去した後、約10℃に冷却した。当該冷麦汁をエキス9.4質量%に調整した後、試験サンプルには、トランスグルコシダーゼ(天野エンザイム社製、製品名:トランスグルコシダーゼL)を冷麦汁に対して80U/mL添加したが、対照サンプルには何も添加しなかった。両サンプルの発酵液をそれぞれ異なる発酵槽に導入し、ビール酵母を接種し、約10℃で7日間発酵させた後、8日間貯酒タンク中で熟成させてビールテイスト飲料(アルコール含有量:3.8容量%)を得た。
【0042】
得られたビールテイスト飲料について、イソマルトース、コウジビオース、及びニゲロースの含有量を測定した。測定結果を表1に示す。発酵工程においてトランスグルコシダーゼを添加した試験サンプルでは、いずれの糖類も含有量が5mg/L未満であり、トランスグルコシダーゼを添加しなかった対照サンプルよりも糖質含有量が顕著に低減していた。また、試験サンプルの糖質含有量は、0.4g/100mLであった。当該結果から、本発明に係る製造方法により、麦芽使用比率を100%とした場合であっても、糖質含有量が低く、低カロリーのビールテイスト飲料が製造できることが明らかである。
【0043】
【表1】
【0044】
[実施例2]
発酵開始時点から発酵終了まで1日おきの発酵液中、及び熟成終了後のビールテイスト飲料中の2~4糖類の含有量を測定した以外は、実施例1と同様にして、ビールテイスト飲料を得た。対照サンプルの測定結果を表2に、試験サンプルの測定結果を表3にそれぞれ示す。表2及び3中、「麦汁」は酵母接種前のエキス9.4質量%に調整した冷麦汁を示す。また、トレハロースからセロビオースまでが二糖類であり、メレチトースからマルトトリオースまでが三糖類であり、マルトテトラオースが四糖類である。
【0045】
【表2】
【0046】
【表3】
【0047】
対照サンプルでは、表2に示す糖類のうち、マルトースのみ発酵3日目に含有量が5mg/L未満にまで低下したが、その他の含有量は発酵・熟成において大きな変化はなかった。これに対し試験サンプルでは、イソマルトースの含有量は発酵1日目に増加したものの、その後急速に低減し、発酵5日目には対照サンプルと同様に5mg/L未満にまで低下していた。さらに、マルトース、ネオトレハロース、マルトトリオース及びマルトテトラオースは発酵2日目までには5mg/L未満にまで低下しており、セロビオース及びメレチトースは熟成終了までには5mg/L未満にまで低下していた。また、ゲンチオビオースも、発酵6日目から低下し始め、発酵終了後熟成期間中にも含有量が低下していた。この結果、表2に示す糖類の合計値は、対照サンプルが100mg/100mLであったのに対して、試験サンプルはわずか7mg/100mLであった。
【0048】
[実施例3]
エキス9.4質量%に調整した後の冷麦汁に、0、3、又は300U/mLとなるようにトランスグルコシダーゼ(天野エンザイム社製、製品名:トランスグルコシダーゼL)を添加した以外は、実施例1と同様にしてビールテイスト飲料を得た。各ビールテイスト飲料について、イソマルトース、コウジビオース、及びニゲロースの含有量を測定した。測定結果を表4に示す。発酵工程において冷麦汁当たり3U/mLのトランスグルコシダーゼを添加したビールテイスト飲料では、イソマルトースの含有量が5mg/L未満にまで低下していた。冷麦汁当たり300U/mLのトランスグルコシダーゼを添加したビールテイスト飲料では、3種全ての糖類の含有量が5mg/L未満にまで低下していた。
【0049】
【表4】
【0050】
[実施例4]
200Lスケールの仕込設備を用いて、ビールテイスト飲料の製造を行った。まず、仕込槽に、40kgの麦芽の粉砕物、及び160Lの仕込水を投入し、常法に従って糖化液を製造した。得られた糖化液を麦汁ろ過槽を用いて濾過し、得られた麦汁にホップを添加した後、煮沸した。次いで、麦汁を沈降槽に移して沈殿物を分離、除去した後、約10℃に冷却した。当該冷麦汁をエキス9.4質量%に調整した後、表5に示す量になるようにグルコアミラーゼ(天野エンザイム社製、製品名:グルクザイムNLP)及びトランスグルコシダーゼ(天野エンザイム社製、製品名:トランスグルコシダーゼL)をそれぞれ添加した。各サンプルの発酵液をそれぞれ異なる発酵槽に導入し、ビール酵母を接種し、約10℃で7日間発酵させた後、7日間貯酒タンク中で熟成させてビールテイスト飲料を得た。
【0051】
各ビールテイスト飲料の外観エキス(質量%)を測定した。測定結果を表5に示す。外観エキスとは、ビールテイスト飲料のエキスを、20℃において同じ比重をもったシュークロース水溶液のシュークロース濃度(通常は質量%)として表わしたものをいう。アルコールを含むため、外観エキスは本来の意味でのエキス(可溶性蒸発残渣=真正エキス)ではない。外観エキスには、食物繊維や灰分等の糖質以外のエキス分も含まれる。但し、本実施例では、使用した酵素以外の条件は揃えているため、各ビールテイスト飲料中の糖質以外の成分は同等と考えられる。
【0052】
【表5】
【0053】
この結果、いずれの酵素も添加しなかった対照サンプルよりも、酵素を添加した試験1~2サンプルは、外観エキスが減少しており、糖質含有量が低下したことが確認された。トランスグルコシダーゼのみを添加した試験1サンプルよりも、グルコアミラーゼと併用添加した試験2サンプルのほうが、外観エキスの低下がより顕著であり、糖質含有量がより低下していた。
【0054】
4名の専門パネルにより、試験2サンプルの穀物香及びコク感についての官能検査を行った。評価は、麦芽使用比率が25%未満であり、かつ糖質含有量が0.5g/100mL未満である市販の発泡酒を2点とし、1~5点の5段階(穀物香及びコク感をほとんど感じない場合を1とし、非常に強く感じる場合を5とした。)で行った。この結果、試験2サンプルの評価は、穀物香が3.75であり、コク感も3.75であり、いずれも比較対象とした市販の発泡酒よりも高かった。特に、試験2サンプルの香味は、酵素の添加に起因するものや副原料等の原料由来の不快な香気がなく、ビールらしい良好な香味品質であった。この結果から、本発明に係る製造方法により、糖質含有量を高めることなく、麦芽使用比率を高め、穀物香及びコク感に優れたビールテイスト飲料を製造し得ることが明らかである。
【0055】
[参考例1]
200Lスケールの仕込設備を用いて、ビールテイスト飲料の製造を行った。まず、仕込槽に、40kgの麦芽の粉砕物、及び160Lの仕込水を投入し、常法に従って糖化液を製造した。得られた糖化液を麦汁ろ過槽を用いて濾過し、得られた麦汁にホップを添加した後、煮沸した。次いで、麦汁を沈降槽に移して沈殿物を分離、除去した後、約5、10、又は15℃に冷却した。これらの冷麦汁をエキス7.3質量%に調整した後、それぞれ異なる発酵槽に導入し、ビール酵母を接種し、それぞれ約5、10、又は15℃で7日間発酵させた後、7日間貯酒タンク中で熟成させてビールテイスト飲料を得た。
得られた各ビールテイスト飲料のグリセロール濃度を、市販のグリセロール定量キット(Cayman Chemical社製、製品名:Glycerol Colorimetric Assay Kit)を用いて定量した。さらに、5名の専門パネルにより、各ビールテイスト飲料の官能評価を行った。グリセロールの定量結果及び官能評価の結果を表6に示す。官能評価中、コメントの末尾の数字は、当該コメントをしたパネルの数を示す。発酵温度が高くなるほど、ビールテイスト飲料中のグリセロール濃度が高くなる傾向が観察された。
【0056】
【表6】
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明に係る発酵麦芽飲料の製造方法により、発酵原料に占める麦芽使用比率が高い場合であっても、糖質含有量が充分に低減された発酵麦芽飲料を製造することができる。当該製造方法及びそれにより製造された発酵麦芽飲料は、ビールをはじめとする、麦芽を原料とするビールテイスト飲料の製造分野で利用が可能である。