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特許7672486ジアミン生産能を有する組換え微生物およびジアミンの製造方法
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  • 特許-ジアミン生産能を有する組換え微生物およびジアミンの製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-04-24
(45)【発行日】2025-05-07
(54)【発明の名称】ジアミン生産能を有する組換え微生物およびジアミンの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/21 20060101AFI20250425BHJP
   C12P 13/00 20060101ALI20250425BHJP
   C07C 211/09 20060101ALN20250425BHJP
   C12N 15/31 20060101ALN20250425BHJP
   C12N 15/54 20060101ALN20250425BHJP
   C12N 15/60 20060101ALN20250425BHJP
   C12R 1/07 20060101ALN20250425BHJP
【FI】
C12N1/21 ZNA
C12P13/00
C07C211/09
C12N15/31
C12N15/54
C12N15/60
C12R1:07
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2023522698
(86)(22)【出願日】2022-05-18
(86)【国際出願番号】 JP2022020689
(87)【国際公開番号】W WO2022244809
(87)【国際公開日】2022-11-24
【審査請求日】2024-01-05
(31)【優先権主張番号】P 2021084283
(32)【優先日】2021-05-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2021085207
(32)【優先日】2021-05-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000000033
【氏名又は名称】旭化成株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100114188
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100119253
【弁理士】
【氏名又は名称】金山 賢教
(74)【代理人】
【識別番号】100124855
【弁理士】
【氏名又は名称】坪倉 道明
(74)【代理人】
【識別番号】100129713
【弁理士】
【氏名又は名称】重森 一輝
(74)【代理人】
【識別番号】100137213
【弁理士】
【氏名又は名称】安藤 健司
(74)【代理人】
【識別番号】100143823
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 英彦
(74)【代理人】
【識別番号】100183519
【弁理士】
【氏名又は名称】櫻田 芳恵
(74)【代理人】
【識別番号】100196483
【弁理士】
【氏名又は名称】川嵜 洋祐
(74)【代理人】
【識別番号】100160749
【弁理士】
【氏名又は名称】飯野 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100160255
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100219265
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 崇大
(74)【代理人】
【識別番号】100203208
【弁理士】
【氏名又は名称】小笠原 洋平
(74)【代理人】
【識別番号】100146318
【弁理士】
【氏名又は名称】岩瀬 吉和
(74)【代理人】
【識別番号】100127812
【弁理士】
【氏名又は名称】城山 康文
(72)【発明者】
【氏名】宮武 令
(72)【発明者】
【氏名】牛木 章友
(72)【発明者】
【氏名】井阪 光二
【審査官】福間 信子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2020/112497(WO,A1)
【文献】特開2019-062788(JP,A)
【文献】特表2017-513529(JP,A)
【文献】特表2013-514069(JP,A)
【文献】YONEZAWA Y. and HORIKOSHI K.,Polyamines in alkalophilic Bacillus Y-25,Agric. Biol. Chem.,1978年,vol. 42, no. 10,p. 1955-1956
【文献】D3FV26・D3FV26_ALKPO, [online], Accession No.D3FV26,UniProtKB,2013年,[retrieved on 2025.01.20] ,<URL: https://www.uniprot.org/uniprotkb/D3FV26/entry>
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
カダベリン生産能を有する、好塩性および/または好アルカリ性の組換え微生物であって、
前記組換え微生物は、カダベリンをN-アセチル化してN-アセチルカダベリンを生成するN-アセチル化酵素を抑制する1以上の遺伝子改変を含
該抑制は、前記N-アセチルカダベリンの生産能が、前記遺伝子改変を含まない非変異株の当該生産能と比較して消失していることを意味し、
前記遺伝子改変が、前記N-アセチル化酵素をコードする内因性遺伝子の発現を抑制する改変であり、
前記遺伝子改変は、バチルス・シュードフィラマス(Bacillus pseudofirmus)、バチルス・ハロデュランス(Bacillus halodurans)およびバチルス・マーマエンシス(Bacillus marmarensis)からなる群より選択される微生物に対して行われ、且つ、
前記N-アセチル化酵素が、
(A)(A-1)配列番号23に示されるアミノ酸配列からなるか、
(A-2)配列番号23に示されるアミノ酸配列と90%以上、95%以上、97%以上、98%以上または99%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、ジアミン化合物をN-アセチル化してN-アセチルジアミン化合物を生成する酵素活性を有するか、もしくは
(A-3)配列番号23に示されるアミノ酸配列に対して1~10個、1~7個、1~5個、または1~3個のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加されたアミノ酸配列からなり、ジアミン化合物をN-アセチル化してN-アセチルジアミン化合物を生成する酵素活性を有するか、または
(B)(B-1)配列番号24に示される塩基配列からなるDNA、
(B-2)配列番号24に示される塩基配列に相補的な塩基配列を有するDNAと緊縮条件下でハイブリダイズし、かつ、ジアミン化合物をN-アセチル化してN-アセチルジアミン化合物を生成する酵素活性を有するタンパク質をコードするDNA、
(B-3)配列番号24に示される塩基配列と90%以上、95%以上、97%以上、98%以上または99%以上の配列同一性を有する塩基配列からなり、かつ、ジアミン化合物をN-アセチル化してN-アセチルジアミン化合物を生成する酵素活性を有するタンパク質をコードするDNA、
(B-4)配列番号24に示される塩基配列によりコードされるタンパク質のアミノ酸配列に対して1~10個、1~7個、1~5個、または1~3個のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNAであって、ジアミン化合物をN-アセチル化してN-アセチルジアミン化合物を生成する酵素活性を有するタンパク質をコードするDNA、もしくは
(B-5)配列番号24に示される塩基配列の縮重異性体からなるDNAにコードされる、
組換え微生物。
【請求項2】
前記N-アセチル化酵素をコードする遺伝子がyjbC遺伝子である、請求項1に記載の組換え微生物。
【請求項3】
請求項1または2に記載の組換え微生物を培養して、当該組み換え微生物の培養物および/または培養物の抽出物を得る培養工程を含む、カダベリンの製造方法。
【請求項4】
前記培養物および/または前記培養物の抽出物を、基質化合物と混合して混合液を得る混合工程をさらに含む、請求項に記載の製造方法。
【請求項5】
前記培養物または前記混合液から、カダベリンを回収する回収工程をさらに含む、請求項に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、産業上有用な化合物であるジアミン生産能を有する、好塩性および/または好アルカリ性の組換え微生物、および、当該組換え微生物を用いてジアミンを製造する方法に関する。さらに本発明は、N-アセチルジアミン生産を抑制した好塩性および/または好アルカリ性の組換え微生物にも関する。
【背景技術】
【0002】
近年の地球温暖化に伴う災害および気候変動をうけ、地球環境との共生および環境保全を目指した、サスティナブルなプロセスの開発が強く求められている。その中で、再生可能原料を利用することができ、かつ、生体反応を利用した物質生産工程であるバイオプロセスに大きな期待が寄せられている。これまでに、さまざまな化成品の発酵生産プロセスが開発されている。例えば、ポリウレタン原料、ポリエステル原料、可塑剤原料および医薬中間体等に利用されるポリオール類の発酵生産プロセスが提案されている。
【0003】
ジアミンは、アジピン酸などのジカルボン酸と共に、ポリアミド(PA66(6,6-ナイロン)など)の原料として工業的に重要な化合物である。
【0004】
例えば、1,6-ヘキサメチレンジアミン(1,6-ジアミノヘキサンまたはヘキサメチレンジアミンとも呼ばれ、分子式C12を有する化合物である。)は、ナイロン66(PA66)などの原料として、繊維および樹脂用途に幅広く利用され、世界的に需要が見込まれている。また、ヘキサメチレンジアミンは、イソシアネートを経由したウレタン原料、農薬、および医薬の中間体として利用されている。ヘキサメチレンジアミンは、ブタジエンのヒドロシアン化、アクリロニトリルの電解二量化、または、アジピン酸のニトリル化によってアジポニトリルを得て、さらにニッケルなどを触媒とした水素付加により合成される(非特許文献1)。本方法により、ヘキサメチレンジアミンは工業的に生産されているが、一旦、アジポニトリルの合成を行った後、水素付加反応を行う。
【0005】
微生物を用いたヘキサメチレンジアミンの製造法としては、細胞内のジカルボン酸、アミノカルボン酸およびジアルデヒドなどから、外来酵素、例えばカルボン酸脱炭酸酵素およびアミノトランスフェラーゼを組み合わせてジアミンを生産する方法が報告されている(特許文献1および特許文献2)。特許文献1では、ヘキサメチレンジアミン生産経路を有するように改変された宿主微生物において、欠失および/または破壊によって収率向上が予想される酵素遺伝子を、インシリコでの代謝シミュレーションを基に予想し、例示している。しかしながら、ヘキサメチレンジアミン生産経路中の中間体に由来する副生物およびその抑制方法についてはなんら言及していない。特許文献2は、6-ヒドロキシヘキサン酸を経由した酵素反応経路によるヘキサメチレンジアミンの生産方法を記載している。しかしながら、遺伝子組換えにより新規に構築されたヘキサメチレンジアミン生産経路中の中間体に由来する副生物の生成、およびその抑制方法については言及していない。
【0006】
1,5-ペンタメチレンジアミン(1,5-ジアミノペンタンまたはカダベリンとも呼ばれる、分子式C14を有する化合物である。)はナイロン(PA56)の原料として、繊維、樹脂用途での需要が見込まれている。PA56繊維は、PA66と同等の強度と耐熱性を持ち、高吸湿性、高放湿性を示すことから、新たな市場展開が期待されている。また、1,5-ペンタメチレンジアミンはイソシアネートを経由したウレタン原料、農薬および医薬の中間体としても注目が集まりつつある。
【0007】
1,5-ペンタメチレンジアミンの石化原料からの効率的な化学合成法はいまだ確立されていない一方、生合成においてはL-リジンの酵素的脱炭酸により容易に生成することが知られており、バイオマス由来の1,5-ペンタメチレンジアミンを原料とするPA56樹脂は、バイオプラスチックの一つとして、環境負荷の低減という観点から工業的に注目されている(非特許文献2)。
【0008】
また、再生可能原料からのジアミン類の発酵生産プロセスも提案されている。例えば、発酵生産可能なアミン化合物として、1,5-ペンタメチレンジアミンおよびヘキサメチレンジアミンが挙げられ、これらは、化成品の製造において、ポリマー製造のための原料として用いることができる(特許文献3~7および非特許文献3)。
【0009】
微生物による1,5-ペンタメチレンジアミンの製造法としては、リジン脱炭酸酵素を高発現させた大腸菌を培養し、前駆体であるリジンと当該酵素とを反応させ脱炭酸して1,5-ペンタメチレンジアミンを得る方法が知られている(特許文献8)。また、リジン脱炭酸酵素遺伝子の活性を増大させ、リジン生合成に重要な役割を果たす遺伝子の活性を低下させたコリネ型細菌を培養し、グルコースから1,5-ペンタメチレンジアミンを生産する方法も提案されている(特許文献9)。
【0010】
一方、培養液からジアミンを分離精製する方法としては、例えば、水酸化ナトリウムなどのアルカリ溶液を加えて1,5-ペンタメチレンジアミンを遊離させた後、適切な溶媒を用いることにより抽出する方法が知られている(特許文献10、11および12)。また、1,5-ペンタメチレンジアミン炭酸塩水溶液を熱分解し、粗1,5-ペンタメチレンジアミンと二酸化炭素とに分離した後、ジアミンを蒸留精製する方法も提案されている(特許文献13)。さらに、微生物によるジアミン発酵生産において、外部から添加されるかまたは代謝によって発生する二酸化炭素により中和されたジアミン炭酸塩類および/またはジアミンカルバミン酸塩類から、ジアミンの遊離塩基と二酸化炭素とを分離(解離)した後、有機溶媒によってジアミンを抽出することが提案されている(特許文献14)。
【0011】
しかしながら、これまでに提案された上記の方法には、次のような不都合があった。まず、微生物によるジアミンの発酵生産に関して、例えば、リジンが1,5-ペンタメチレンジアミンに変換されると、培地中のpHが上昇するが、特許文献8および9に記載の方法で用いられる大腸菌およびコリネ型細菌は一般的にpH7~8付近でのみ生育することができ、pH9以上の環境では生育が著しく阻害される。このため、このような微生物を触媒として利用する場合は、酸もしくはアルカリ溶液を適宜加えることでpHを微生物の生育を阻害しない範囲に制御する必要があり、製造プロセスが煩雑となる。
【0012】
次に、ジアミンの精製工程に関しても、特許文献11および14に記載の方法では、抽出にクロロホルム、ヘキサン等の極性有機溶媒を用いるが、有機溶媒には有害性があるものが多く、その取扱いは好ましくない。また、抽出効率の低さが製造コストに大きく影響する。さらに、製造コスト低減のために、使用する有機溶媒を回収すると、製造プロセスが煩雑になる。また、特許文献12に記載の方法では、晶析法によって精製を行っているが、晶析率は40~45%であり、高い収率を期待できない。
【0013】
特許文献10に記載の方法では、ジアミン遊離工程において大量の塩が副産物として発生する。例えば、硫酸を添加しながら中性を維持する培養を行って50g/Lのカダベリンを生産する場合、カダベリンのカウンターイオンである硫酸イオンの存在により最大100g/L程度の硫酸ナトリウムが副産物として発生する。この副産物を含有する廃液を処理するためには多大な費用がかかる可能性が高い。更に、特許文献14に記載の方法では、無機塩類を含む、ジアミン溶媒抽出後の水相の取り扱いには言及していないが、この方法も廃液処理のために多大な費用がかかる可能性がある。
【0014】
このように、既存のジアミン生産には、さらなる改良の余地があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【文献】特開2015-146810号公報
【文献】特開2017-544854号公報
【文献】特開2012-188407号公報
【文献】特表2012-525856号公報
【文献】特表2016-538870号公報
【文献】特表2016-501031号公報
【文献】特表2017-533734号公報
【文献】特許第5553394号公報
【文献】特許第5210295号公報
【文献】特許第5646345号公報
【文献】特許第4196620号公報
【文献】特開2005-6650号公報
【文献】特許第5930594号公報
【文献】特表2018-500911号公報
【非特許文献】
【0016】
【文献】Process Economics Program Report 31B (IHS market)
【文献】Tsuge,Y. et al.,Engineering cell factories for producing building block chemicals for bio-polymer synthesis.,Microb. Cell Fact.,Vol.,15,19(2016)
【文献】A Novel Process For Cadaverine Bio-Production Using a Consorsium of Two Engineering Escherichia Coli, Wang j Et Al.Frontiers in Microbiology(2018)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
上記の現状に鑑み、本発明の課題は、ジアミンの生産において、プロセスの簡略化及び排水処理コストの削減の少なくとも一方を実現可能とする組換え微生物およびジアミンの製造方法を提供することである。
【0018】
本発明の更なる課題は、N-アセチルジアミン生産が抑制された、好塩性および/または好アルカリ性の組換え微生物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0019】
上記の課題を解決するために、発明者らは鋭意検討を行った結果、好塩性及び好アルカリ性の少なくとも一方を有する宿主微生物を、ジアミン生産能を有するように改変させて得られる本発明の組換え微生物により、ジアミンの生産において、プロセスの簡略化及び排水処理コストの削減の少なくとも一方を実現できることを見出した。
【0020】
すなわち本発明は以下を提供する:
[1]ジアミン生産能を有する、好塩性および/または好アルカリ性の組換え微生物であって、
該ジアミンが、式:NHCH(CH)CHNH(式中、nは0~10の整数である)で表され、
好塩性および/または好アルカリ性の宿主微生物に、ジアミン生産能を有するように改変が行われた、組換え微生物;
[2]前記式中におけるnが3または4である、[1]に記載の組換え微生物;
[3]L-リジンデカルボキシラーゼ(EC 4.1.1.18)の過剰生産を誘導するように、宿主微生物が1つ以上の遺伝子操作により改変された[2]に記載の組換え微生物;
[4]前記遺伝子操作が、下記(A)、(B)、(C)、(D)及び(E):
(A)前記宿主微生物に、前記L-リジンデカルボキシラーゼをコードする外来性遺伝子を導入する操作、
(B)前記宿主微生物内の前記L-リジンデカルボキシラーゼの内因性遺伝子のコピー数を増加させる操作、
(C)前記宿主微生物内の前記L-リジンデカルボキシラーゼの内因性遺伝子の発現調整領域に変異を導入する操作、
(D)前記宿主微生物内の前記L-リジンデカルボキシラーゼの内因性遺伝子の発現調整領域を、高発現可能な外来調整領域で置換する操作、および
(E)前記宿主微生物内の前記L-リジンデカルボキシラーゼの内因性遺伝子の調整領域を欠失させる操作
から成る群より選択される1以上の操作である、[3]に記載の組換え微生物;
[5]配列番号2または配列番号4に示す塩基配列と、85、90、92、95、98または99%以上の相同性を有する塩基配列を含むか、あるいは
配列番号1または3に示すアミノ酸配列をコードする塩基配列と85、90、92、95、98または99%以上の相同性を有する塩基配列を含む、[2]~[4]のいずれか1項に記載の組換え微生物;
[6]リジン生産能を向上させるための突然変異操作または遺伝子組換え操作によりさらに改変されている、[2]~[5]のいずれか1項に記載の組換え微生物;
[7]前記突然変異操作または前記遺伝子組換え操作が、アスパルトキナーゼIII(EC 2.7.2.4)及び4-ヒドロキシ-テトラヒドロジピコリン酸シンターゼ(EC 4.3.3.7)の少なくとも一方に対するフィードバック阻害を解除する操作である、[6]に記載の組換え微生物;
[8]前記宿主微生物が、バチルス・シュードフィラマス(Bacillus pseudofirmus)、バチルス・ハロデュランス(Bacillus halodurans)、及びバチルス・マーマエンシス(Bacillus marmarensis)からなる群より選択される、[1]~[7]のいずれか1項に記載の組換え微生物;
[9]前記宿主微生物が、バチルス・シュードフィラマス(Bacillus pseudofirmus)である[1]~[8]のいずれか1項に記載の組換え微生物;
[10][1]~[9]のいずれか1項に記載の組換え微生物を用いて、式:NHCH(CH)CHNH(式中、nは0~10の整数である)で表されるジアミンを製造する方法;
[11]前記式中におけるnが3または4である、[10]に記載の製造方法;
[12]前記組換え微生物を5質量%以上の無機塩を含有する培地で培養することによりジアミンを含む培養液を得る培養工程を含む、[10]または[11]に記載の製造方法;
[13]前記組換え微生物を培養して、菌体を含む培養液を得る培養工程と、
前記培養液および/または前記菌体を、5質量%以上の無機塩とリジンとを含有する水溶液と接触させて1,5-ペンタンジアミンを含む反応液を得る反応工程と
を含む、[10]~[12]のいずれか1項に記載の製造方法;
[14]前記培養液または反応液から前記組換え微生物を除去する除去工程を含む、[12]または[13]に記載の製造方法;
[15]前記培養液または反応液を濃縮する濃縮工程を含む、[14]に記載の製造方法;
[16]前記濃縮工程により前記培養液または反応液を濃縮した後に、濃縮した培養液または反応液のpHを12以上に調整するpH調整工程を含む、[15]に記載の製造方法;
[17]前記培養液または反応液から、ジアミンを含む相と、前記無機塩を含む水相とを相分離する分離工程を含む、[12]~[16]のいずれか1項に記載の製造方法;
[18]前記分離工程において、前記培養液または反応液に有機溶媒を添加することにより、ジアミンおよび有機溶媒を含む相と水相とに相分離する、[12]~[17]のいずれか1項に記載の製造方法;
[19]前記分離工程において、アルカリ化合物を添加しない、[17]または[18]に記載の製造方法;
[20]前記無機塩が、炭酸ナトリウム及び/又は硫酸ナトリウムである、[12]~[19]のいずれか1項に記載の製造方法;
[21]前記培養工程及び/又は反応工程により生産したジアミンが、炭酸塩、重炭酸塩、ビス重炭酸塩、カルバミン酸塩、及びビスカルバミン酸塩からなる群より選択される1種以上の形態であり、
前記濃縮工程において、前記塩の形態のジアミンを、遊離塩基及び二酸化炭素に転換させ、二酸化炭素を分離させる、[12]~[20]のいずれか1項に記載の製造方法;
[22]前記有機溶媒が、ヘキサン、ブタノール、及び2-エチル-1-ヘキサノールからなる群より選択される1種以上である、[18]~[21]のいずれか1項に記載の製造方法;
[23]前記ジアミンが、前記組換え微生物による、糖、二酸化炭素、合成ガス、メタノール、及びアミノ酸のうちの少なくとも1つ以上の発酵により生成されたものである、[12]~[22]のいずれか1項に記載の製造方法;
[24]前記分離した前記無機塩を含む水相を培養液として再使用することを含む、[17]~[23]のいずれか1項に記載の製造方法;
[25]得られたジアミンを精製する精製工程を含む、[12]~[24]のいずれか1項に記載の製造方法。
【0021】
さらに本発明者らは、上記の更なる課題を解決するために、鋭意検討を行った。具体的には、本発明者らは、上記のように、ジアミン生産プロセスの簡略化及び排水処理コストの削減するために、好塩性および/または好アルカリ性の組換え微生物の使用を見出し、宿主微生物として好塩性および/または好アルカリ性の組換え微生物を使用することで、1,5-ペンタメチレンジアミンの生産時のpH制御工程の簡略化、および、1,5-ペンタメチレンジアミンの遊離工程で発生する高濃度塩含有水の培地としての再利用を可能にしたが、好塩性および/または好アルカリ性の組換え微生物による1,5-ペンタメチレンジアミンの生産過程において、1,5-ペンタメチレンジアミンのN末端のアミノ基がアセチル化されたN-アセチルカダベリンが副生することが見出された。
【0022】
1,5-ペンタメチレンジアミンのN-アセチル化は、微生物細胞に内在するアセチルトランスフェラーゼによって触媒されている。コリネ菌においては、1,5-ペンタメチレンジアミンのN-アセチル化酵素が同定され、当該酵素をコードする遺伝子を破壊することによって、1,5-ペンタメチレンジアミンのN-アセチル化を抑制している(特許文献9および特許第5960604号公報)。
【0023】
しかし、好塩性および/または好アルカリ性の組換え微生物のゲノム情報にて、相同性検索を実施した結果、当該遺伝子のホモログが存在しないことが判明した。そのため、好塩性および/または好アルカリ性の組換え微生物において、コリネ菌とは系統学的に異なる、いずれかのアセチルトランスフェラーゼが1,5-ペンタメチレンジアミンのアセチル化を触媒していると予測された。
【0024】
そこで、好塩性および/または好アルカリ性の組換え微生物による1,5-ペンタメチレンジアミン生産において、ジアミンのアセチル化を抑制するためには、まずは、1,5-ペンタメチレンジアミンのアセチル化を触媒している酵素を特定する必要があった。
【0025】
上記鋭意検討の結果、本発明者らは、好塩性および/または好アルカリ性の宿主微生物のゲノム配列から1,5-ペンタメチレンジアミンのアセチル化を触媒する酵素をコードする遺伝子を特定することに成功し、当該遺伝子に改変を行い、好塩性および/または好アルカリ性の宿主微生物において、副生物であるN-アセチルジアミン生産を抑制するに至った。
【0026】
すなわち本発明は、さらに以下を提供する:
[26]ジアミン生産能を有する、好塩性および/または好アルカリ性の組換え微生物であって、
ジアミン化合物をN-アセチル化してN-アセチルジアミン化合物を生成するN-アセチル化酵素を抑制する1以上の遺伝子改変を含む、組換え微生物;
[27]前記遺伝子改変が、
・前記N-アセチル化酵素をコードする内因性遺伝子の発現を抑制する改変であるか、または、
・当該N-アセチル化酵素の活性が低下する改変である、[26]に記載の組換え微生物;
[28]N-アセチルジアミン化合物の生産能が、前記遺伝子改変を含まない非変異株の当該生産能と比較して、抑制されているか又は消失している、[26]または[27]に記載の組換え微生物;
[29]前記N-アセチル化酵素をコードする遺伝子がyjbC遺伝子である、[26]~[28]のいずれか1項に記載の組換え微生物;
[30]前記N-アセチル化酵素が、
(A)(A-1)配列番号23に示されるアミノ酸配列からなるか、
(A-2)配列番号23に示されるアミノ酸配列と85%以上、90%以上、95%以上、97%以上、98%以上または99%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、ジアミン化合物をN-アセチル化してN-アセチルジアミン化合物を生成する酵素活性を有するか、もしくは
(A-3)配列番号23に示されるアミノ酸配列に対して1~10個、1~7個、1~5個、または1~3個のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加されたアミノ酸配列からなり、ジアミン化合物をN-アセチル化してN-アセチルジアミン化合物を生成する酵素活性を有するか、または
(B)(B-1)配列番号24に示される塩基配列からなるDNA、
(B-2)配列番号24に示される塩基配列に相補的な塩基配列を有するDNAと緊縮条件下でハイブリダイズし、かつ、ジアミン化合物をN-アセチル化してN-アセチルジアミン化合物を生成する酵素活性を有するタンパク質をコードするDNA、
(B-3)配列番号24に示される塩基配列と85%以上、90%以上、95%以上、97%以上、98%以上または99%以上の配列同一性を有する塩基配列からなり、かつ、
ジアミン化合物をN-アセチル化してN-アセチルジアミン化合物を生成する酵素活性を有するタンパク質をコードするDNA、
(B-4)配列番号24に示される塩基配列によりコードされるタンパク質のアミノ酸配列に対して1~10個、1~7個、1~5個、または1~3個のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNAであって、ジアミン化合物をN-アセチル化してN-アセチルジアミン化合物を生成する酵素活性を有するタンパク質をコードするDNA、もしくは
(B-5)配列番号24に示される塩基配列の縮重異性体からなるDNA
にコードされる、[26]~[29]のいずれか1項に記載の組換え微生物;
[31]好塩性および/または好アルカリ性の宿主微生物に対して、前記N-アセチル化酵素を抑制する1以上の遺伝子改変が行われた、[26]~[30]のいずれか1項に記載の組換え微生物;
[32]前記宿主微生物が、バチルス・シュードフィラマス(Bacillus pseudofirmus)、バチルス・ハロデュランス(Bacillus halodurans)およびバチルス・マーマエンシス(Bacillus marmarensis)からなる群より選択される、[26]~[31]のいずれか1項に記載の組換え微生物;
[33]前記ジアミン化合物が、式:NHCH(CH)CHNH(式中、nは、0、1、2、3、4、5、6、7、8、9または10である。)で表される、[26]~[32]のいずれか1項に記載の組換え微生物;
[34]前記ジアミン化合物がカダベリンである、[26]~[33]のいずれか1項に記載の組換え微生物;
[35][26]~[34]のいずれか1項記載の組換え微生物を培養して、当該組み換え微生物の培養物および/または培養物の抽出物を得る培養工程を含む、ジアミン化合物の製造方法;
[36]前記培養物および/または前記培養物の抽出物を、基質化合物と混合して混合液を得る混合工程をさらに含む、[35]に記載の製造方法;
[37]前記培養物または前記混合液から、ジアミン化合物を回収する回収工程をさらに含む、[35]または[36]に記載の製造方法。
【発明の効果】
【0027】
本発明により、ジアミンの生産において、プロセスの簡略化及び排水処理コストの削減の少なくとも一方を実現することができる。
【0028】
また、本発明により、好塩性および/または好アルカリ性のジアミン生産菌を用いたジアミンの生産において、副生物であるN-アセチルジアミンの生産を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
図1図1は、ヘキサメチレンジアミン生産経路の一例を示す図である。
図2A図2Aは、各酵素のアミノ酸配列を示す図である。
図2B図2Bは、各酵素のアミノ酸配列を示す図である。
図3図3は、バチルス・シュードフィラマス(Bacillus psuedofirmus)のyjbC酵素のアミノ酸配列(配列番号23)を示す図である。
図4図4は、バチルス・シュードフィラマス(Bacillus psuedofirmus)yjbC遺伝子の塩基配列(配列番号24)を示す図である。
図5A図5Aは、プライマーの塩基配列を示す図である。
図5B図5Bは、プライマーの塩基配列を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、本発明を実施するための形態について詳細に説明する。なお、本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、その要旨の範囲内で種々変形して実施することができる。また、本明細書に記述されているDNAの取得、ベクターの調製および形質転換等の遺伝子操作は、特に明記しない限り、Molecular Cloning 4th Edition(Cold Spring Harbor Laboratory Press, 2012)、Current Protocols in Molecular Biology(Greene Publishing Associates and Wiley-Interscience)、および、遺伝子工学実験ノート(羊土社 田村隆明)等の公知の文献に記載されている方法により行うことができる。本明細書において特に断りのない限りヌクレオチド配列は5’方向から3’方向に向けて記載される。本明細書において、「ポリペプチド」および「タンパク質」の語は、互換可能に使用される。また、「遺伝子組換え微生物」は、単に「組換え微生物」とも称される。
【0031】
本明細書において、「~」を用いて示された数値範囲は、「~」の前後に記載される数値をそれぞれ最小値及び最大値として含む範囲を示す。本明細書に段階的に記載されている数値範囲において、ある段階の数値範囲の上限値又は下限値は、他の段階の数値範囲の上限値又は下限値と任意に組み合わせることができる。
【0032】
本明細書において、「内因」または「内因性」の用語は、遺伝子組換えによる改変がなされていない宿主微生物が、言及している遺伝子ないしはそれによりコードされるタンパク質(典型的には酵素)を、当該宿主細胞内で優位な生化学的反応を進行させ得る程度に機能的に発現しているかどうかに関わらず、宿主微生物が有していることを意味するために用いられる。「内在性」および「内因性」の用語は、本明細書において互換可能に用いられる。
【0033】
本明細書において、「外来」または「外来性」の用語は、遺伝子組換え前の宿主微生物が導入されるべき遺伝子を有していない場合、その遺伝子による酵素を実質的に発現していない場合、及び異なる遺伝子により当該酵素のアミノ酸配列をコードしているが、遺伝子組換え後に匹敵する内因性酵素活性を発現しない場合において、遺伝子または核酸配列を宿主に導入することを意味するために用いられる。「外来性」および「外因性」の用語は、本明細書において互換可能に用いられる。
【0034】
本明細書において、微生物に関し、「ジアミン生産能を有する」とは、その微生物を使用したジアミン生産のプロセスのいずれかの段階において、ジアミンが生産される微生物をいう。具体的には、当該微生物の培養によって得られた培養液にジアミンが含まれていてもよいし、培地にジアミンの前駆体、例えば、カルボン酸化合物、アルデヒド化合物および/またはカルボニル化合物を添加し、ジアミン前駆体をジアミンに変換する微生物を培養することによってジアミンを生産してもよい。「ジアミン生産能を有する微生物」には、これらの性質の1つまたは複数を有する微生物が含まれる。
【0035】
さらに、組換え微生物に関し、「ジアミン生産能を有する」とは、当該微生物がジアミンの生産経路を有することを意味する。本明細書において、ある化合物に関し、微生物が「生産経路を有する」とは、当該微生物が、その化合物の生産経路の各反応段階が進行するのに十分な量の酵素を発現し、その化合物を生合成可能であることを意味する。本発明の組換え微生物は、本来ジアミンを生産する能力を有する宿主微生物を用いたものであってもよく、本来はジアミンを生産する能力を有さない、好塩性および/または好アルカリ性の宿主微生物に対して、ジアミン生産能を有するように改変を行ったものであってもよい。
【0036】
本発明に関連して、ジアミン化合物は、式:NHCH(CH)CHNHで表される。式中、nは、例えば0、1、2、3、4、5、6、7、8、9または10、好ましくは2、3、4または5、より好ましくは2、3または4、特に好ましくは3または4である。
【0037】
ジアミン化合物の例としては、エチレンジアミン、プロピレンジアミン、テトラメチレンジアミン(例えばプトレッシン)、ペンタメチレンジアミン(例えばカダベリン)、ヘキサメチレンジアミン、およびへプタメチレンジアミンが挙げられる。好ましい一態様において、ジアミン化合物は、ヘキサメチレンジアミンまたはカダベリンである。
【0038】
<1>発明A:ジアミン生産能を有する組換え微生物およびジアミンの製造方法
本発明にかかる組換え微生物は、ジアミン生産能を有する微生物であり、具体的には、好塩性及び好アルカリ性の少なくとも一方を有する宿主微生物に対して、ジアミン生産能を有するように改変を行ったものである。
【0039】
自然界には、pH9以上のアルカリ環境でも生育することができる好アルカリ性の性質、0.2M以上のNaCl濃度の環境でも生育することができる好塩性の性質、またはこれら両者の性質を併せ持つ微生物が存在する。本発明者らは、上記の好アルカリ性微生物をジアミンの生産に使用することができれば、酵素変換工程あるいは培養工程にて生成物濃度向上によりpHが上昇しても生育可能であるため、酸溶液添加によるpH調整を省略することができると考えた。また、上記の好塩性微生物をジアミンの生産に使用することができれば、遊離工程にて発生する高濃度塩含有水を培地として再利用することができると考えた。なお、好塩性及び好アルカリ性の少なくとも一方の性質を持つ微生物を、ジアミン生産に適用した例はこれまでに報告されてない。
【0040】
本発明者らは、好塩性及び好アルカリ性の少なくとも一方の性質を持つ微生物を宿主微生物として使用し、ジアミン生産能を有するように改変を試みたところ、得られた組換え微生物によれば、プロセスの簡略化及び排水処理コストの削減の少なくとも一方が可能となることを見出した。
【0041】
すなわち、本発明者らは、好塩性および/または好アルカリ性微生物にジアミン生産能を付与することに成功し、かかる微生物を用いることで、酵素変換工程または培養工程等において生成物濃度上昇によりpHが上昇した場合でも、酸溶液添加等のpH調整を行うことなく微生物を生育させることができることと、更に好適な態様においては、ジアミンを単離する際に発生する高濃度塩含有水を培地として再利用することができることを見出した。
【0042】
本発明の実施形態の組換え微生物の作製において、例えば、好塩性及び好アルカリ性の少なくとも一方の性質を持つ宿主微生物の細胞内に外来の遺伝子を導入する技術、ゲノム配列に任意の外来の遺伝子配列を導入する技術、またはゲノム配列から不要な遺伝子配列を取り除く技術を利用することができる。
【0043】
すなわち、以下のような技術が挙げられる。
(1)好塩性、好アルカリ性、または両方の性質を持つ宿主微生物を、当該宿主細胞内で発現可能なプロモーターとジアミン生産に関わる遺伝子との組み合わせにより形質転換する技術、
(2)前技術が、好塩性、好アルカリ性、または両方の性質を持つ微生物の細胞内で安定的に複製されるプラスミドベクターを使用することを特徴とする、上記(1)の技術、
(2’)前技術の対象となるプラスミドベクターがpUB110である、上記(2)の技術、
(3)前技術が、好塩性、好アルカリ性、または両方の性質を持つ微生物の細胞内で所望する形質が安定的に発現することを特徴とする、上記(1)の技術、
(4)温度感受性プラスミドベクターとネガティブセレクションを組み合わせた染色体上の遺伝子配列を任意に改変する技術、
(5)前技術が、37℃以上の温度において微生物が保有するプラスミドの複製を停止させる、もしくは保有しているプラスミドのコピー数が減少させることを特徴とする、上記(4)の技術、
(6)前技術が、スクロースおよび4-クロロフェニルアラニンといった物質が存在する条件において特定の遺伝子を保有する微生物の増殖が阻害されることで、特定の遺伝子を保有しない微生物をセレクション(ネガティブセレクション)することを特徴とする、上記の(4)の技術、
(6’)前技術の対象となる特定の遺伝子が、レバンスクラーゼ遺伝子(sacB遺伝子)である、上記(6)の技術、
(6”)前技術の対象となる特定の遺伝子が、塩基配列に変異を導入した宿主由来のフェニルアラニンtRNA合成酵素αサブユニット遺伝子(pheS遺伝子)である、上記(6)の技術。
【0044】
本発明の好適な態様の一つにおいては、高発現プロモーターと外来遺伝子をプラスミドベクターに保有させ、好塩性、好アルカリ性、または両方の性質を持つ微生物の細胞内に導入することにより、外来遺伝子が安定的に高発現する。また、別の好適な態様では、温度感受性のプラスミドベクターとネガティブセレクションを組み合わせた技術により、好塩性、好アルカリ性、または両方の性質を持つ微生物が保持するゲノム配列を任意に編集する。当該技術を利用して遺伝子導入またはゲノム配列が編集される細胞株は、通常の意味での野生型の株であってよく、或いは、その野生型の株に由来する栄養要求性変異株、抗生物質耐性変異株であってもよい。更に、本発明の宿主細胞として利用できる細胞株は、上記のような変異に関する各種マーカー遺伝子を有するように既に形質転換されていてもよい。これらの技術により、本発明の組換微生物の作製、維持および/または管理に有益な性質を提供できる。
【0045】
本発明に関連して、宿主微生物として利用できる好アルカリ性微生物とは、多様な分布を示す極限環境微生物の一種であり、pHが9以上の環境下でも生育可能な微生物の総称である。これらは、pH9以上の環境でのみ生育できる絶対好アルカリ性微生物と、pH9以上に至適生育pHを示すものの、pH9未満でも生育することができる通性好アルカリ性微生物に分類される。その中のいくつかはpH12以上の強アルカリ性環境でも生育することができる。これらのいずれもが、本発明の好アルカリ性微生物である。
【0046】
本発明に関連して、宿主微生物として利用できる好塩性微生物とは、高濃度の塩ストレスに対応できる微生物の総称である。これらは、最適増殖塩濃度による菌の分類では、塩化ナトリウム0~0.2Mが最適増殖塩濃度である非好塩菌、0.2~0.5Mが最適増殖塩濃度である低度好塩菌、0.5~2.5Mが最適増殖塩濃度である中度好塩菌、2.5~5.2Mが最適増殖塩濃度である高度好塩菌に分類される。これらのうち非好塩菌を除くいずれもが、本発明の好塩性微生物である。
【0047】
本発明の宿主微生物として利用できる、好塩性、好アルカリ性、または両方の性質を持つ微生物には、様々な微生物が含まれるが、その非限定的な例としては、バチルス属、ハロモナス属、ハロバクテロイデス属、サリニバクター属、アルカリファイラス属、クロストリジウム属、アンエアロブランカ属の細菌等が挙げられる。本発明の宿主微生物は、好ましくは、バチルス属の細菌である。バチルス属の微生物の中でも、バチルス・シュードフィラマス(Bacillus pseudofirmus)、バチルス・ハロデュランス(Bacillus halodurans)、バチルス・マーマエンシス(Bacillus marmarensis)が好ましく、バチルス・シュードフィラマス(Bacillus psuedofirmus)が更に好ましい。
【0048】
本発明の好ましい態様では、宿主微生物において、新たなジアミン生合成経路を構築するための改変が行われている。例えば、ジアミンが1,5-ペンタメチレンジアミンである場合、組換え微生物は、新たな1,5-ペンタメチレンジアミン生合成経路を構築するために、1つ以上のL-リジンデカルボキシラーゼ(EC 4.1.1.18)酵素遺伝子を上記宿主微生物の細胞に導入することにより得られる。ここで、L-リジンデカルボキシラーゼ(EC 4.1.1.18)は、L-リジンを脱炭酸し、1,5-ペンタンジアミンを生成する反応を触媒する酵素である。或いは、組換え微生物は、上記酵素遺伝子配列を上記宿主微生物のゲノム配列に挿入することにより得られる。
【0049】
かかる操作により、得られた組換え微生物においてL-リジンデカルボキシラーゼ(EC 4.1.1.18)の過剰生産が誘導される。すなわち、本発明にかかる組換え微生物は、L-リジンデカルボキシラーゼ(EC 4.1.1.18)の過剰生産を誘導するように、1つ以上の遺伝子操作により改変されている。
【0050】
ジアミンが1,5-ペンタメチレンジアミンである場合、前記遺伝子操作が、例えば、下記(A)、(B)、(C)、(D)及び(E)から成る群より選択される1以上の遺伝子操作であってよい。
(A)宿主微生物に、L-リジンデカルボキシラーゼをコードする外来性遺伝子を導入する操作、
(B)宿主微生物内のL-リジンデカルボキシラーゼの内因性遺伝子のコピー数を増加させる操作、
(C)宿主微生物内のL-リジンデカルボキシラーゼの内因性遺伝子の発現調整領域に変異を導入する操作、
(D)宿主微生物内のL-リジンデカルボキシラーゼの内因性遺伝子の発現調整領域を、高発現可能な外来調整領域で置換する操作、および
(E)宿主微生物内のL-リジンデカルボキシラーゼの内因性遺伝子の調整領域を欠失させる操作。
【0051】
L-リジンデカルボキシラーゼ(EC 4.1.1.18)の遺伝子の代表的なものとして、大腸菌(Escherichia coli)のcadAおよびldcCが挙げられる。大腸菌cadA酵素のアミノ酸配列を配列番号1に、大腸菌cadAの塩基配列を配列番号2に示す。また、大腸菌ldcC酵素のアミノ酸配列を配列番号3に、大腸菌ldcCの塩基配列を配列番号4に示す。
【0052】
【化1】
【0053】
本発明の好ましい態様では、宿主微生物において、新たなジアミン生合成経路を構築するための改変が行われている。例えば、ジアミンがヘキサメチレンジアミンである場合、組換え微生物は、新たなヘキサメチレンジアミン生合成経路を構築するために、1つ以上の酵素遺伝子を上記宿主微生物の細胞に導入することにより得られる。或いは、組換え微生物は、上記酵素遺伝子配列を上記宿主微生物のゲノム配列に挿入することにより得られる。微生物が有しうるヘキサメチレンジアミン生産経路の一例を図1に示す。
【0054】
以下、各反応段階を触媒する酵素について例示する。
【0055】
図1のステップAの変換(スクシニルCoA:アセチルCoAアシルトランスフェラーゼ、または3-オキソアジピルCoAチオラーゼ)では、スクシニル-CoAとアセチル-CoAが縮合し、3-オキソアジピル-CoAへと変換される。本変換を触媒し得る酵素の例としては、β-ケトチオラーゼが挙げられる。例えば、EC 2.3.1.9(アセトアセチルCoAチオラーゼ)およびEC 2.3.1.16(3-ケトアシル-CoAチオラーゼ)、EC 2.3.1.174(3-オキソアジピル-CoAチオラーゼ)といった群に分類される酵素は、本変換に対して活性を有し得る酵素として例示することができる。本発明で使用される酵素は、本変換に対する活性を有するものであれば限定されないが、例えば、配列番号12に記載されるアミノ酸配列からなる大腸菌由来のPaaJが使用される(図2)。
【0056】
図1のステップBの変換(3-ヒドロキシアジピルCoAデヒドロゲナーゼ)では、3-オキソアジピル-CoAが、3-ヒドロキシアジピル-CoAへと変換される。本変換を触媒し得る酵素の例としては、EC 1.1.1の群に分類されるオキシドレダクターゼが挙げられる。例えば、EC 1.1.1.35(3-ヒドロキシアシル-CoAデヒドロゲナーゼ)、EC 1.1.1.36(アセトアセチル-CoAデヒドロゲナーゼ)、EC 1.1.1.157(3-ヒドロキシブタノイル-CoAデヒドロゲナーゼ)、EC 1.1.1.211(長鎖3-ヒドロキシアシル-CoAデヒドロゲナーゼ)およびEC 1.1.1.259(3-ヒドロキシピメロイル-CoAデヒドロゲナーゼ)といった群に分類される酵素は、本変換に対して活性を有し得る酵素として例示することができる。本発明で使用される酵素は、本変換に対する活性を有するものであれば限定されないが、例えば、配列番号13に記載されるアミノ酸配列からなる大腸菌由来のPaaHが使用される(図2)。
【0057】
図1のステップCの変換(3-ヒドロキシアジピルCoAデヒドラターゼ)では、3-ヒドロキシアジピル-CoAが、2,3-デヒドロアジピル-CoAへと変換される。本変換を触媒し得る酵素の例としては、EC 4.2.1の群に分類されるヒドロリアーゼが挙げられる。例えば、EC 4.2.1.17(エノイル-CoAヒドラターゼ)、EC 4.2.1.55(3-ヒドロキシブタノイル-CoAデヒドラターゼ)およびEC 4.2.1.74(長鎖エノイル-CoAヒドラターゼ)といった群に分類される酵素は、本変換に対して活性を有し得る酵素として例示することができる。本発明で使用される酵素は、本変換に対する活性を有するものであれば限定されないが、例えば配列番号14に記載されるアミノ酸配列からなる大腸菌由来のPaaFが使用される(図2)。
【0058】
図1のステップDの変換(2,3-デヒドロアジピルCoAレダクターゼ)では、2,3-デヒドロアジピル-CoAが、アジピル-CoAへと変換される。本変換を触媒し得る酵素の例としては、EC 1.3.1の群に分類されるオキシドレダクターゼが挙げられる。例えば、EC 1.3.1.8(アシル-CoAデヒドロゲナーゼ(NADP))、EC 1.3.1.9(エノイル-ACPレダクターゼ(NADH))、EC 1.3.1.38(トランス-2-エノイル-CoAレダクターゼ(NADP))、EC 1.3.1.44(トランス-2-エノイル-CoAレダクターゼ(NAD))、EC 1.3.1.86(クロトニル-CoAレダクターゼ)、EC 1.3.1.93(長鎖アシル-CoAレダクターゼ)およびEC 1.3.1.104(エノイル-ACPレダクターゼ(NADPH))といった群に分類される酵素は、本変換に対して活性を有し得る酵素として例示することができる。
【0059】
本発明で使用される2,3-デヒドロアジピルCoAレダクターゼは、例えば、Candida auris、Kluyveromyces marxianus、Pichia kudriavzevii、Thermothelomyces thermophilus、Thermothielavioides terrestris、Chaetomium thermophilum、Podospora anserina、Purpureocillium lilacinum、Pyrenophora teresから選択されるいずれかの生物種に由来する酵素が挙げられる。好ましくは配列番号15に記載されるアミノ酸配列からなるThermothelomyces thermophilus由来の酵素、配列番号16に記載されるアミノ酸配列からなるChaetomium thermophilum由来の酵素、および配列番号17に記載されるアミノ酸配列からなるCandida tropicalis由来の酵素が使用される(図2)。
【0060】
図1のステップEの変換では、アジピル-CoAがアジピン酸へと変換される。本変換を触媒し得る酵素の例としては、EC 3.1.2の群に分類されるチオエステルヒドラターゼが挙げられる。例えば、EC 3.1.2.1(アセチル-CoAヒドラターゼ)およびEC 3.1.2.20(アシル-CoAヒドラターゼ)といった群に分類される酵素は、本変換に対して活性を有し得る酵素として例示することができる。
【0061】
また、図1のステップEの変換を触媒し得る別の酵素の例として、EC 2.8.3の群に分類されるCoA-トランスフェラーゼも挙げることができる。例えば、EC 2.8.3.5(3-オキソ酸 CoA-トランスフェラーゼ)、EC 2.8.3.6(3-オキソアジピン酸 CoA-トランスフェラーゼ)およびEC 2.8.3.18(スクシニル-CoA:酢酸 CoA-トランスフェラーゼ)といった群に分類される酵素は、本変換に対して活性を有し得る酵素として例示することができる。
【0062】
さらには、図1のステップEの変換を触媒し得る別の酵素変換の例として、EC 2.3.1の群に分類されるアシルトランスフェラーゼによって、アジピル-CoAのアジピル基をリン酸に転移してアジピルリン酸を生成した後、EC 2.7.2の群に分類されるホスホトランスフェラーゼによる脱リン酸化を経る経路も例示することができる。例えば、アシルトランスフェラーゼとしては、EC 2.3.1.8(リン酸アセチルトランスフェラーゼ)およびEC 2.3.1.19(リン酸ブチリルトランスフェラーゼ)といった群に分類される酵素、ホスホトランスフェラーゼについては、EC 2.7.2.1(酢酸キナーゼ)およびEC 2.7.2.7(ブタン酸キナーゼ)といった群に分類される酵素が、本変換に対して活性を有し得る酵素として例示することができる。
【0063】
図1のステップFの変換では、アジピル-CoAからアジピン酸セミアルデヒドへと変換される。本変換を触媒し得る酵素の例としては、EC 1.2.1の群に分類される酵素が挙げられる。例えば、EC 1.2.1.10(アセトアルデヒドデヒドロゲナーゼ(アセチル化))、EC 1.2.1.17(グリオキシル酸デヒドロゲナーゼ(アシル化))、EC 1.2.1.42(ヘキサデカナールデヒドロゲナーゼ(アシル化))、EC 1.2.1.44(シナモイル-CoAレダクターゼ(アシル化))、EC 1.2.1.75(マロニル-CoAレダクターゼ(マロン酸セミアルデヒド形成))、EC 1.2.1.76(コハク酸セミアルデヒドデヒドロゲナーゼ(アシル化))といった群に分類される酵素は、本変換と同様に、CoAを脱離しアルデヒドを生成する変換反応を触媒することから、本変換に対しても活性を有し得る酵素として例示することができる。本発明で使用される酵素は、本変換に対する活性を有するものであれば限定されないが、例えば、配列番号18に記載されるアミノ酸配列からなるClostridium kluyveri由来のsucDが使用される(図2)。
【0064】
図1のステップG、I、K、Nの変換では、カルボキシル基がアルデヒドへと変換される。本変換を触媒し得る酵素としては、例えば、カルボン酸レダクターゼ(Carboxylic Acid Reductase;CAR)が挙げられる。例えば、EC 1.2.1.30(カルボン酸レダクターゼ(NADP))、EC 1.2.1.31(L-アミノアジピン酸セミアルデヒドデヒドロゲナーゼ)、EC 1.2.1.95(L-2-アミノアジピン酸レダクターゼ)、EC 1.2.99.6(カルボン酸レダクターゼ)といった群に分類される酵素が、本変換と同様に、カルボン酸からアルデヒドを生成する変換反応を触媒することから、本変換に対しても活性を有し得る酵素として例示することができる。酵素の由来となる生物種の典型的な例としては、Nocardia iowensis、Nocardia asteroides、Nocardia brasiliensis、Nocardia farcinica、Segniliparus rugosus、Segniliparus rotundus、Tsukamurella paurometabola、Mycobacterium marinum、Mycobacterium neoaurum、Mycobacterium abscessus、Mycobacterium avium、Mycobacterium chelonae、Mycobacterium immunogenum、Mycobacterium smegmatis、Serpula lacrymans、Heterobasidion annosum、Coprinopsis cinerea、Aspergillus flavus、Aspergillus terreus、Neurospora crassa、Saccharomyces cerevisiaeが挙げられるが、これらに限定されない。本発明で使用される酵素は、本変換に対する活性を有するものであれば限定されないが、例えば配列番号19に記載されるアミノ酸配列からなるMycobacterium abscessus由来の酵素MaCar、配列番号20に記載されるアミノ酸配列からなるMaCarの変異体であるMaCar(m)の少なくとも一方が使用され、より好ましくは配列番号20に記載されるアミノ酸配列からなるMaCar(m)が使用される(図2)。
【0065】
また、カルボン酸レダクターゼは、ホスホパンテテイニル化されることにより活性型のホロ酵素に変換され得る(Venkitasubramanian et al., Journal of Biological Chemistry,Vol.282,No.1,478-485(2007))。ホスホパンテテイニル化はホスホパンテテイニル基転移酵素(Phosphopantetheinyl Transferase;PT)により触媒される。本反応を触媒し得る酵素としては、例えば、EC 2.7.8.7に分類される酵素が挙げられる。したがって、本発明の微生物は更に、ホスホパンテテイニル基転移酵素の活性が増大するように改変されていて良い。ホスホパンテテイニル基転移酵素の活性を増大する方法としては、外来のホスホパンテテイニル基転移酵素遺伝子を導入する方法、および、内因性のホスホパンテテイニル基転移酵素遺伝子の発現を強化する方法が挙げられるが、これらに限定されない。本発明で使用される酵素は、ホスホパンテテイニル基転移活性を有する限り、これらに限定されないが、典型的な酵素としては、例えば、大腸菌のEntD、Bacillus subtilisのSfp、Nocardia iowensisのNpt(Venkitasubramanian et al., Journal of Biological Chemistry,Vol.282,No.1,478-485(2007))、およびSaccharomyces cerevisiaeのLys5(Ehmann et al., Biochemistry 38.19 (1999): 6171-6177.)が挙げられる。本発明で使用される酵素は、本変換に対する活性を有するものであれば限定されないが、例えば、配列番号21に記載されるアミノ酸配列からなるNocardia iowensis由来のNptが使用される(図2)。
【0066】
図1のステップJ、M、P、Rの変換は、アミノ基転移反応である。この変換を触媒し得る酵素の例としては、EC 2.6.1の群に分類されるトランスアミナーゼ(アミノトランスフェラーゼ)が挙げられる。例えば、EC 2.6.1.19(4-アミノブタン酸-2-オキソグルタル酸トランスアミナーゼ)およびEC 2.6.1.29(ジアミントランスアミナーゼ)、EC 2.6.1.48(5-アミノ吉草酸トランスアミナーゼ)といった群に分類される酵素は、本変換に対しても活性を有し得る酵素として例示することができる。本発明で使用される酵素は、各ステップの変換活性を有するものであれば、特に限定されないが、例えば、カダベリンおよびスペルミジンをアミノ基転移することが報告されている大腸菌のプトレシンアミノトランスフェラーゼであるYgjG(Samsonova., et al., BMC microbiology 3.1 (2003): 2.)、シュードモナス属のプトレシンアミノトランスフェラーゼであるSpuC(Lu et al.,Journal of bacteriology 184.14 (2002): 3765-3773.、Galman et al.,Green Chemistry 19.2 (2017): 361-366.)、大腸菌のGABAアミノトランスフェラーゼGabT、ならびに、PuuEが使用されてもよい。さらには、Ruegeria pomeroyi、Chromobacterium violaceum、Arthrobacter citreus、Sphaerobacter thermophilus、Aspergillus fischeri、Vibrio fluvialis、Agrobacterium tumefaciens、Mesorhizobium loti等の生物種由来のω-トランスアミナーゼも、1,8-ジアミノオクタンおおよび1,10-ジアミノデカンなどのジアミン化合物へのアミノ基転移活性を有することが報告されており、本発明で使用されてもよい(Sung et al., Green Chemistry 20.20 (2018): 4591-4595.、Sattler et al., Angewandte Chemie 124.36 (2012): 9290-9293.)。本発明で使用される酵素は、本変換に対する活性を有するものであれば限定されないが、例えば、配列番号22に記載されるアミノ酸配列からなる大腸菌由来の酵素YgjGが使用されてもよい(図2)。典型的なアミノ基供与体としては、L-グルタミン酸、L-アラニン、グリシンが挙げられるが、これらには限定されない。
【0067】
本発明に利用できる上記の酵素をコードする遺伝子は、例示された微生物以外に由来するものであっても、または人工的に合成したものであってもよく、前記宿主微生物細胞内で実質的な酵素活性を発現できるものであればよい。
【0068】
また、本発明の目的に利用できる上記酵素遺伝子は、前記宿主微生物細胞内で実質的な酵素活性を発現できるものであれば、自然界で発生し得るすべての変異、ならびに、人工的に導入された変異及び修飾を有していてもよい。例えば、特定のアミノ酸をコードする種々のコドンには余分のコドンが存在することが知られている。そのため本発明においても同一のアミノ酸に最終的に翻訳されることになる代替コドンを利用してよい。つまり、遺伝子コードは縮重しているので、ある特定のアミノ酸をコードするのに複数のコドンを使用でき、そのためアミノ酸配列は任意の1セットの類似のDNAオリゴヌクレオチドでコードされ得る。そのセットの唯一のメンバーだけが天然型酵素の遺伝子配列に同一であるが、ミスマッチのあるDNAオリゴヌクレオチドでさえ適切な緊縮条件下(例えば、3xSSC、68℃でハイブリダイズし、2xSSC、0.1%SDS及び68℃で洗浄)で天然型配列にハイブリダイズでき、天然型配列をコードするDNAを同定、単離でき、更にそのような遺伝子も本発明において利用できる。特に、ほとんどの生物は特定のコドン(最適コドン)のサブセットを優先的に用いることが知られているので(Gene、Vol.105、pp.61-72、1991等)、宿主微生物に応じて「コドン最適化」を行うことは本発明においても有用であり得る。
【0069】
ジアミンが1,5-ペンタメチレンジアミンである場合、好ましい態様において、組換え微生物は、配列番号2または4に示す塩基配列と、85、90、92、95、98または99%以上の相同性、好ましくは92、95、98または99%以上の相同性を有する塩基配列を含むか、あるいは、組換え微生物は、配列番号1または3に示すアミノ酸配列をコードする塩基配列と85、90、92、95、98または99%以上の相同性、好ましくは92、95、98または99%以上の相同性を有する塩基配列を含む。
【0070】
例えば、上記のジアミン合成酵素遺伝子が「発現カセット」として宿主微生物細胞内に導入されることで、安定的で高レベルの酵素活性を得ることができる。好ましくは、「発現カセット」の遺伝子配列が宿主微生物のゲノム配列に挿入されることで、より安定的で高レベルの酵素活性を得ることができる。
【0071】
ここで、本明細書において、「発現カセット」とは、発現対象の核酸または発現対象の遺伝子に機能的に結合された転写および翻訳をレギュレートする核酸配列を含むヌクレオチドを意味する。典型的に、本発明の発現カセットは、コード配列から5’上流にプロモーター配列、3’下流にターミネーター配列、場合により更なる通常の調節エレメントを機能的に結合された状態で含み、そのような場合に、発現対象の核酸または発現対象の遺伝子が宿主微生物に導入される。
【0072】
また、プロモーターとは、構成発現型プロモーターであるか誘導発現型プロモーターであるかに拘わらず、RNAポリメラーゼをDNAに結合させ、RNA合成を開始させるDNA配列と定義される。強いプロモーターとはmRNA合成を高頻度で開始させるプロモーターであり、本発明においても好適に使用される。例えば、バチルス・シュードフィラマスではS-Layerタンパク質の合成酵素、シグマ因子(例えばrpoDなど)、解糖系酵素(例えば、グリセルアルデヒド-3-リン酸脱水素酵素)、乳酸脱水素酵素、グルタミン酸デカルボキシラーゼAに対するプロモーター領域等が利用可能である。
【0073】
上記で説明した発現カセットは、例えば、プラスミド、ファージ、トランスポゾン、ISエレメント、ファスミド、コスミド、または線状もしくは環状のDNA等から成るベクターに組み入れて、宿主微生物中に導入される。本発明ではプラスミドおよびファージが好ましい。これらのベクターは、宿主微生物中で自律複製されるものでもよいし、また染色体に挿入され複製されてもよい。好適なプラスミドは、例えば、バチルス属などの桿菌ではpUB110、pC194およびpBD214などが挙げられる。
【0074】
上記で説明した発現カセットは、プラスミドおよびファージに比べ、染色体に挿入されていることが好ましい。宿主微生物内においてプラスミドを保持させるためには何らかの選択圧が必要であり、一般的にはプラスミドが持つ抗生物質耐性マーカーに対応する抗生物質の培地への添加が必要になる。また、選択圧があったとしても、プラスミド上で発現される遺伝子が宿主微生物にとって不必要あるいは生育に負荷となる場合に、宿主微生物が内在的に保持する酵素の働きにより該当遺伝子上に変異が導入される、あるいは削除されるなどの可能性があり、物質の安定生産が困難となる場合が多い。
【0075】
使用可能なプラスミド等としては、上記の他、”Cloning Vectors”、Elsevier、1985に記載されているものが挙げられる。ベクターへの発現カセットの導入は、PCRによる断片増幅、適当な制限酵素による切り出し、クローニング、及び種々のライゲーションを含む慣用の方法によって可能である。
【0076】
上記のようにして本発明の発現カセットを有するベクターが構築された後、該ベクターを宿主微生物に導入する際に適用できる手法として、例えば、接合伝達、共沈、プロトプラスト融合、エレクトロポレーション、レトロウイルストランスフェクションなどの慣用のクローニング法およびトランスフェクション法が使用される。それらの例は、「分子生物学の最新プロトコル(Current Protocols in Molecular Biology)」、F. Ausubelら、Publ.Wiley Interscience、New York、1997、またはSambrookら、「分子クローニング:実験室マニュアル」、第2版、Cold Spring Harbor Laboratory、Cold Spring Harbor Laboratory Press、Cold Spring Harbor、NY、1989に記載されている。
【0077】
さらに、プラスミドベクターの配列に温度感受性の複製起点配列、ネガティブセレクション遺伝子、宿主微生物のゲノム配列の編集したい領域の両側の相同配列を含ませることで、宿主微生物のゲノム配列に外来遺伝子を導入すること、または不要な遺伝子を除去することができる。好ましくは温度感受性の複製起点配列がpE194tsベクターで使用されている複製起点であり、ネガティブセレクション遺伝子がsacB遺伝子または変異pheS遺伝子である。
【0078】
上記で説明したベクターが導入された宿主微生物を培養する過程で、温度変化と培地組成変化によりゲノム配列が改変された編集体を選択することができる。編集体を選択する時の条件としては、培養温度が37~43℃以上であること、培地に10%以上のスクロースが含まれていること、あるいは培地に1mM以上の4-クロロフェニルアラニンが含まれていることが好ましい。
【0079】
生産させるジアミンが1,5-ペンタメチレンジアミンである場合、好ましい一態様において、宿主微生物には、リジン生産能を向上させるために、突然変異操作または遺伝子組換え操作による改変がさらに行われており、すなわち、得られる組換え微生物は、リジン生産能を向上させるための突然変異操作または遺伝子組換え操作による改変をさらに含んでいる。当該突然変異操作または前記遺伝子組換え操作は、例えば、アスパルトキナーゼIII(EC 2.7.2.4)及び4-ヒドロキシ-テトラヒドロジピコリン酸シンターゼ(EC 4.3.3.7)の少なくとも一方に対する、フィードバック阻害を解除する操作である。
【0080】
アスパルトキナーゼIIIは、アスパラギン酸およびアデノシン三リン酸(ATP)を4-ホスホアスパラギン酸とアデノシン二リン酸に変換する反応を触媒する酵素である。本酵素はL-リジンによってフィードバック阻害されることが一般的に認知されている。フィードバック阻害を受けないよう改変された変異酵素では、タンパク構造が変化しL-リジンが結合せず、リジン存在下でも酵素活性を持つことから、本酵素を発現する微生物はリジンを高生産することが知られている。以下、有効な変異例としてEschericia coli由来のアスパルトキナーゼIII(lysC)を例として説明するが、本発明に用いる遺伝子はこれに限定されるものではない。L-リジンによるフィードバック阻害を受けない変異型のlysCとしては、そのアミノ酸配列において352番目のトレオニン残基がイソロイシン残基に置換されたもの、253番目のトレオニン残基がアルギニン残基に置換されたものなどが挙げられるが、これらに限定されない。
【0081】
4-ヒドロキシ-テトラヒドロジピコリン酸シンターゼは、ピルビン酸およびアスパラギン酸セミアルデヒドを(2S,4S)-4-ヒドロキシ-2,3,4,5-テトラヒドロ-(2S)-ジピコリン酸と水に変換する反応を触媒する酵素である。本酵素はL-リジンによってフィードバック阻害されることが一般的に認知されている。フィードバック阻害を受けないよう改変された変異酵素ではタンパク構造が変化しL-リジンが結合せず、リジン存在下でも酵素活性を持つことから、本酵素を発現する微生物はリジンを高生産することが知られている。以下、有効な変異例としてEschericia coli由来の4-ヒドロキシ-テトラヒドロジピコリン酸シンターゼ(dapA)を例として説明するが、本発明に用いる遺伝子はこれに限定されるものではない。L-リジンによるフィードバック阻害を受けない変異型のdapAとしては、そのアミノ酸配列において81番目のアラニン残基がバリン残基に置換されたもの、84番目のグルタミン酸残基がトレオニン残基に置換されたもの、118番目のヒスチジン残基がアルギニン残基またはチロシン残基に置換されたものなどが挙げられるが、これらに限定されない。
【0082】
上記のようにして得られる形質転換体またはゲノム編集体は、ジアミン生産のために、前記形質転換体の生育及び/または維持に適した条件下で培養及び維持される。例えば、1,5-ペンタンジアミンが生産される場合、外来L-リジンデカルボキシラーゼ遺伝子の発現カセットを有するベクター(各々の発現カセットは、別個のまたは同じベクター上に配置されてよい。)により形質転換された形質転換体、または外来L-リジンデカルボキシラーゼ遺伝子の発現カセットが宿主微生物のゲノム配列に組み込まれたゲノム編集体が、1,5-ペンタンジアミン生産のために、前記形質転換体の生育及び/または維持に適した条件下で培養及び維持される。各種の宿主微生物細胞に由来する形質転換体のための好適な培地組成、培養条件、培養時間は当業者により容易に設定できる。
【0083】
培地は、1つ以上の炭素源、窒素源、無機塩、ビタミン、及び場合により微量元素ないしビタミン等の微量成分を含む天然、半合成、合成培地であってよい。しかし、使用する培地は、培養すべき形質転換体の栄養要求を適切に満たさなければならないことは言うまでもない。
【0084】
炭素源としては、D-グルコース、スクロース、ラクトース、フルクトース、マルトース、オリゴ糖、多糖、でんぷん、セルロース、米ぬか、廃糖蜜、油脂(例えば大豆油、ヒマワリ油、ピーナッツ油、ヤシ油など)、脂肪酸(例えばパルミチン酸、リノール酸、リノレン酸など)、アルコール(例えばグリセロール、エタノールなど)、有機酸(例えば酢酸、乳酸、コハク酸など)が挙げられる。更にD-グルコースを含有するバイオマスであり得る。好適なバイオマスとしては、トウモロコシ分解液およびセルロース分解液が例示される。さらにその他の炭素源として、糖、二酸化炭素、合成ガス、メタノール、及びアミノ酸等も挙げられる。これらの炭素源は、個別にあるいは混合物として使用することが出来る。
【0085】
バイオマス由来の原料を用いた場合、製品であるジアミンは、ISO16620-2またはASTM D6866に規定されるCarbon-14(放射性炭素)分析に基づくバイオベース炭素含有率の測定により、例えば石油、天然ガス、石炭などを由来とする合成原料と明確に区別することができる。
【0086】
窒素源としては、含窒素有機化合物(例えば、ペプトン、酵母抽出物、肉抽出物、麦芽抽出物、コーンスティープリカー、大豆粉および尿素など)、または無機化合物(例えば、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、リン酸アンモニウム、炭酸アンモニウム、硝酸ナトリウム、硝酸アンモニウムなど)が挙げられる。これらの窒素源は、個別にあるいは混合物として使用することが出来る。
【0087】
また、培地は、形質転換体が有用な付加的形質を発現する場合、例えば抗生物質への耐性マーカーを有する場合、対応する抗生物質を含んでいてよい。それにより、発酵中の雑菌による汚染リスクが低減される。抗生物質としては、アンピシリン、カナマイシン、クロラムフェニコール、テトラサイクリン、エリスロマイシン、ストレプトマイシン、スペクチノマイシンなどが挙げられるが、これらに限定されない。
【0088】
上記のセルロースおよび多糖類などの炭素源を宿主微生物が資化できない場合は、当該宿主微生物に外来遺伝子を導入するなどの公知の遺伝子工学的手法を施すことで、これら炭素源を使用したジアミン生産に適応させることができる。外来遺伝子としては、例えば、セルラーゼ遺伝子およびアミラーゼ遺伝子などを挙げることができる。
【0089】
培養は、バッチ式であっても連続式であってもよい。また、いずれの場合にも、培養の適切な時点で追加の前記炭素源等を補給する形式であってもよい。更に、培養は、好適な温度、酸素濃度、pH等を維持しながら継続されるべきである。一般的な微生物宿主細胞に由来する形質転換体の好適な培養温度は、通常15℃~50℃、好ましくは25℃~37℃の範囲である。宿主微生物が好気性の場合、発酵中の適切な酸素濃度を確保するために振盪(フラスコ培養等)、攪拌/通気(ジャー・ファーメンター培養等)を行う必要がある。それらの培養条件は、当業者にとって容易に設定可能である。
【0090】
また、本発明の別の実施形態は、先述の組換え微生物を用いてジアミンを製造する方法に関する。ジアミンを製造する方法には、例えば、以下の工程が含まれる。
【0091】
(a)培養工程
ジアミンの製造方法には、先述の実施形態にかかる組換え微生物を培養する培養工程が含まれる。当該工程における培養によって、菌体を含む培養液が得られる。当該培養工程では、無機塩を含有する培養液で前記組換え微生物を培養してもよい。無機塩とは金属元素の塩酸塩、硫酸塩、燐酸塩、炭酸塩、フッ化水素酸塩などであり、例えば、塩化ナトリウム、塩化リチウム、硫酸ナトリウム、硫酸カリウム、硫酸マグネシウム、及び炭酸ナトリウムなどが挙げられるが、中でも硫酸ナトリウム及び炭酸ナトリウムが好ましい。いかなる理論によっても限定することを意図しないが、無機塩を水溶液に加えるとその強い水和力によって水分子を水和水として固定するため、ジアミン類の水和に必要な水分子の量が減少し、相分離が生ずると考えられる。無機塩の塩析の強さを示す指標にホフマイスター系列があるが、ホフマイスター系列に示される、塩析を強く引き起こすアニオンとカチオン(特に金属イオン)との組み合わせからなる塩が好ましい。無機塩を含有する培養液中で培養することにより、ジアミン類が生産されるが、高濃度の無機塩存在下では培養液からジアミン水溶液の相分離が生ずる。故に無機塩を培養液中に含ませることによって、培養液からのジアミンの分離が容易となると考えられる。
【0092】
この場合、組換え組成物は、例えば5質量%以上の無機塩を含有する培養液で培養され、好ましくは10質量%以上の無機塩を含有する培養液で培養される。別の態様において、組換え組成物は、例えば5~20質量%、好ましくは10~20質量%の無機塩を含有する培養液で培養される。
【0093】
無機塩を含んだ相は、以下で説明する分離工程によって培養液から分離された後、培養液として再利用することができる。塩を高濃度で含んだ排水は処理にコストがかかるが、再利用によってコストを抑えることができる。また、精製プロセスにおける負荷、特に、相分離による脱水濃縮の負荷を低減することも可能である。例えば、ジアミンの分離のために強塩基を添加する先行技術も提案されているが、強塩基を添加する場合、無機塩添加で生ずる相分離は起こらず、ジアミン精製にあたり、培地からの脱水濃縮倍率が高くなり、さらに、溶媒抽出工程も追加的に必要となる。上記のように、無機塩を培養液に添加すれば、精製プロセスにおいて、脱水濃縮の負荷を低減することができ、かつ、溶媒抽出のための追加工程も不要となる。
【0094】
(b)反応工程
本工程は、ジアミンの前駆体を組換え微生物に接触させる工程であり、ジアミン前駆体から目的のジアミンを生成する。ジアミン前駆体との接触は、例えば、前記培養工程においてまたは当該工程の後に行ってもよい。
【0095】
例えば、ジアミンが1,5-ペンタメチレンジアミンである場合、組換え微生物をリジンと接触させることにより、組換え微生物によって生産されたリジンデカルボキシラーゼにより、リジンが脱炭酸され、1,5-ペンタメチレンジアミンが生成する。
【0096】
一態様において、本工程では、前記培養工程で得られた前記培養液および/または前記菌体を、5質量%以上の無機塩とリジンとを含有する水溶液と接触させて1,5-ペンタンジアミンを含む反応液を得る。例えば、本工程では、培養工程で得られた菌体を含む培養液を、および/または、培養工程で得られた培養液から遠心分離等によって上清を除去した菌体を、無機塩とリジンとを含有する水溶液と接触させ反応液を得る。
【0097】
別の態様において、上記培養工程と反応工程とは、同一工程内で行われてもよい。例えば、ジアミンが1,5-ペンタメチレンジアミンである場合、組換え微生物を培養する培養液中に、無機塩とリジンとを含有する水溶液を添加してもよい。また、例えば、発酵によってリジンを生産する菌と、上記本発明にかかる組換え微生物とを共培養してもよい。これらを共培養することによって、前記菌によって生産されたリジンを、本発明にかかる組換え組成物の生産したリジンデカルボキシラーゼによって、効率的に1,5-ペンタメチレンジアミンに変換することができる。
【0098】
(無機塩の添加)
無機塩は、あらかじめ培養液中に存在していてもよい。即ち、上記培養工程に関連して説明したとおり、本発明にかかる組換え微生物を、無機塩を含有する培養液で培養していてもよい。この場合、組換え組成物は、例えば5質量%以上の無機塩を含有する培養液で培養され、好ましくは10質量%以上の無機塩を含有する培養液で培養される。別の態様では、組換え組成物は、例えば5~20質量%、好ましくは10~20質量%の無機塩を含有する培養液で培養される。
【0099】
無機塩が培養液に添加される場合、培養液中の無機塩の濃度が、100~200g/L、好ましくは150~200g/L、より好ましくは160~200g/L、さらにより好ましくは200g/Lとなるように添加される。
【0100】
あるいは、ジアミンが1,5-ペンタメチレンジアミンである場合、無機塩は、反応工程において、リジンと共に、水溶液として、培養工程で得られた培養液および/または菌体と接触させてもよい。一態様において、無機塩は、培養工程および反応工程の両方の工程で添加されてもよい。別の態様では、無機塩は、培養工程および/または反応工程の他、以下で説明するような、ジアミンの製造方法における工程の1または複数で添加されてもよい。
【0101】
無機塩は、炭酸ナトリウムまたは硫酸ナトリウムであり、より好ましくは硫酸ナトリウムである。
【0102】
無機塩を添加することにより、以下で説明する分離工程において、ジアミンを含む相と、無機塩を含む水相とを相分離させることができ、ジアミンの分離が容易となる。また、本発明にかかる組換え微生物が、好塩性の性質を有する微生物である場合、このように高濃度の無機塩を添加した場合でも微生物の生育が阻害されることがないので、ジアミンの産生を妨げることなくジアミンを含む相の分離を促進することができ、ジアミンを容易に単離することができるという利点がある。
【0103】
(c)除去工程
上記製造方法は、前記培養液または反応液から前記組換え微生物を除去する除去工程を更に含んでもよい。当該工程は例えば、前記培養工程または反応工程によりジアミンを生産した後に、例えば遠心分離および/または濾過処理によって行われる。当該工程によって、培養液または反応液に含まれる菌体などの固形分を除去できる。また、ろ過処理時に限外ろ過膜を使用することで、多糖類、タンパク質などを含む任意の分子量以上の高分子化合物を除去することができる。
【0104】
(d)濃縮工程
当該工程では、前記培養液または反応液が濃縮される。濃縮工程は例えば、前記除去工程により前記組換え微生物を除去した後に、例えばエバポレーターなどを用いて培養上清を濃縮することにより行われる。ジアミンを含む培養液を濃縮することで、ジアミンおよび無機塩の濃度が上昇し、分離効率を一層向上させることが期待できる。
【0105】
ジアミンが前記培養工程及び/又は反応工程により生産した炭酸塩、重炭酸塩、ビス重炭酸塩、カルバミン酸塩、及びビスカルバミン酸塩からなる群より選択される1種以上の形態である場合、前記濃縮工程において、当該塩形態のジアミンを遊離塩基及び二酸化炭素に転換させ、二酸化炭素を分離させる。例えば、ジアミンが1,5-ペンタメチレンジアミンである場合、前記培養工程により生産した炭酸塩、重炭酸塩、ビス重炭酸塩、カルバミン酸塩、及びビスカルバミン酸塩からなる群より選択される1種以上の形態である1,5-ペンタメチレンジアミンを、前記濃縮工程において、遊離塩基及び二酸化炭素に転換させ、二酸化炭素を分離させる。
【0106】
(e)pH調整工程
pH調整工程では、前記培養液または前記反応液のpHを12以上に調整する。例えば、本工程では、前記濃縮工程により培養液または反応液を濃縮した後に、濃縮した培養液または反応液のpHを12以上に調整する。あるいは濃縮工程における二酸化炭素の分離によるpH上昇によって、pHが12以上になっていることを確認する。
【0107】
(f)分離工程
本工程では、培養液または反応液から、ジアミンを含む相を分離する。分離工程では、アルカリ化合物を添加することを含まない。ここでいうアルカリ化合物は、その水溶液が塩基性を示し、それを添加することによってpH値を上昇させる作用を有する化合物を指し、特に無機のアルカリ化合物である。金属元素の水酸化物、および、水素イオンを受容可能な無機物質が該当するが、無機のアルカリ化合物としては、例えば、水酸化カリウム、水酸化ナトリウム、水酸化カルシウム、水酸化リチウム、アンモニア、水酸化マグネシウム、水酸化アルミニウム、水酸化マンガン、水酸化鉄、水酸化コバルト、水酸化銅、水酸化亜鉛、水酸化バリウムなどが挙げられる。アルカリ化合物を添加しないことにより、培地成分以外にアルカリ化合物を使用しないことによるコスト低減が達成される。また、高pHに起因するジアミン類を分離した後の、無機塩を含む相のpHが下がることで、培地としてのリサイクル使用も可能となる。培養液または反応液に無機塩が含まれている場合、本分離工程では、ジアミンを含む相と、無機塩を含む水相とを相分離する。
【0108】
相分離は、前記培養液もしくは反応液に有機溶媒を添加することにより、または、培養液もしくは反応液を有機溶媒と接触させることにより行ってもよい。有機溶媒は、例えば、n-ヘキサン、n-ブタノール、及び2-エチル-1-ヘキサノールからなる群より選択される1種以上である。例えば、ジアミンが1,5-ペンタメチレンジアミンの場合には、n-ブタノールを用いることが好ましく、ジアミンがHMDAの場合、2-エチル-1-ヘキサノールを用いることが好ましい。
【0109】
上記のとおり、高塩濃度の無機塩(例えば炭酸ナトリウムおよび硫酸ナトリウムなど)によってジアミン類の相分離が促進されるが、さらに有機溶媒が添加されて相分離が促進されてもよい。有機溶媒を添加することによって、ジアミンの水相から有機相への抽出を促進して有機相への移行率を高め、収率をさらに向上させることができる。
【0110】
(g)水相回収工程および再利用工程
本工程では、無機塩を含む相(例えば、無機塩および水を含む)を回収し、および/または、回収した相を培養液として再利用する。本発明にかかる組換え微生物は好塩性を有するため、無機塩を含んだ培養液中でも生育が阻害されることなく、ジアミンを産生することができる。また、無機塩が含まれることで、相分離が促進されるので、ジアミンを分離することが容易になる。さらには、無機塩を高濃度で含有する水の処理にはコストがかかる可能性があるが、上記のように微生物の培地として再利用に供することにより、排水処理コストを低減することができる。
【0111】
(h)精製工程
本工程では、培養物から得られたジアミンを精製する。培養物からジアミン、例えば1,5-ペンタンジアミンを精製する方法は当業者に公知である。原核微生物宿主細胞の形質転換体またはゲノム編集体の場合、1,5-ペンタンジアミンは培養上清中または菌体内に存在するが、必要であれば培養菌体から抽出してもよい。培養菌体から抽出する場合、例えば、培養物を遠心分離して上清と菌体を分離し、ホモジナイザーを利用しつつ、界面活性剤、有機溶媒、酵素等により菌体を破壊し得る。培養上清、及び場合により菌体抽出液から精製する方法としては、pH調整等によるタンパク質沈澱を利用した除タンパク処理、活性炭を利用した不純物の吸着による除去、イオン交換樹脂等を利用したイオン性物質の吸着による除去を実施した後に、公知の溶媒を使用した抽出、蒸留等で精製される。勿論、製品により目的とされる純度に応じて一部の工程を削除したり、或いはクロマトグラフィーなどの追加の精製工程を実施したりしてもよいことは言うまでもない。
【0112】
本発明の更に別の実施形態は、先述の組換え組成物を用いて得られた培養物からジアミンを精製する方法にも関する。当該精製方法は、ジアミンの製造方法について記載した上記の各工程を、単独でまたは組み合わせて含んでよい。
【0113】
一般的に、従来の方法で用いられていた大腸菌およびコリネ型細菌は、pH9以上の環境では生育が著しく阻害されていたため、例えば、リジンを1,5-ペンタメチレンジアミンへ変換することで培地中のpHが上昇すると、酸溶液を適宜加えることでpHを微生物の生育を阻害しない範囲に制御する必要があった。しかしながら、本発明にかかる組換え微生物は、アルカリ環境下でも生育できる好アルカリ性を有するため、当該微生物をジアミン生産に用いることで、従来技術のように、酸溶液添加によるpH調整を行う必要がなく、ジアミンの製造プロセスの煩雑化を回避することができる。また、本発明にかかる組換え微生物が好塩性である場合、塩が含まれる培養液中でも生育可能である。そのため、分離工程で添加した塩を含む廃液を当該微生物の培養に再利用することができるため、排水処理コストを低減することができる。また、ジアミンの分離のために強塩基を添加する先行技術と比較して、無機塩を培養液に添加することで、精製プロセスにおいて、脱水濃縮の負荷を低減することができ、かつ、溶媒抽出のための追加工程も不要となる。
【0114】
<2>発明B:N-アセチルジアミン生産を抑制した好塩性および/または好アルカリ性の組換え微生物
【0115】
本発明の遺伝子組換え微生物は、ジアミン生産能を有する、好塩性および/または好アルカリ性の宿主微生物に対して、N-アセチル化酵素を抑制する1以上の遺伝子改変を行ったものである。
【0116】
自然界には、pH9以上のアルカリ環境でも生育することができる好アルカリ性の性質、0.2M以上のNaCl濃度の環境でも生育することができる好塩性の性質、またはこれら両者の性質を併せ持つ微生物が存在する。本発明に関連して、宿主微生物として利用できる好アルカリ性微生物とは、多様な分布を示す極限環境微生物の一種であり、pHが9以上の環境下でも生育可能な微生物の総称である。これらは、pH9以上の環境でのみ生育できる絶対好アルカリ性微生物と、pH9以上に至適生育pHを示すものの、pH9未満でも生育することができる通性好アルカリ性微生物とに分類される。その中のいくつかはpH12以上の強アルカリ性環境でも生育することができる。これらのいずれもが、好アルカリ性微生物であり、本発明において、宿主微生物となり得る。
【0117】
本発明に関連して、宿主微生物として利用できる好塩性微生物とは、高濃度の塩ストレスに対応できる微生物の総称である。これらは、最適増殖塩濃度による菌の分類では、塩化ナトリウム0~0.2Mが最適増殖塩濃度である非好塩菌、0.2~0.5Mが最適増殖塩濃度である低度好塩菌、0.5~2.5Mが最適増殖塩濃度である中度好塩菌、2.5~5.2Mが最適増殖塩濃度である高度好塩菌に分類される。これらのいずれもが、好塩性微生物であり、本発明において、宿主微生物となり得る。
【0118】
本発明の宿主微生物として利用できる、好塩性、好アルカリ性、または両方の性質を持つ微生物には、様々な微生物が含まれるが、その非限定的な例としては、バチルス属、ハロモナス属、ハロバクテロイデス属、サリニバクター属、アルカリファイラス属、クロストリジウム属、アンエアロブランカ属の細菌等が挙げられる。本発明の宿主微生物は、好ましくは、バチルス属の細菌である。バチルス属の微生物の中でも、バチルス・シュードフィラマス(Bacillus pseudofirmus)、バチルス・ハロデュランス(Bacillus halodurans)、バチルス・マーマエンシス(Bacillus marmarensis)が好ましく、バチルス・シュードフィラマス(Bacillus psuedofirmus)がより好ましい。
【0119】
化合物の生合成に一般的に利用される大腸菌およびコリネ型細菌は、pH9以上の環境では生育が著しく阻害されているため、例えば、リジンを1,5-ペンタメチレンジアミンへ変換することで培地中のpHが上昇すると、酸溶液を適宜加えることでpHを微生物の生育を阻害しない範囲に制御する必要があった。しかしながら、本発明にかかる組換え微生物は、アルカリ環境下でも生育できる好アルカリ性を有するため、当該微生物をジアミン生産に用いることで、従来のように、酸溶液添加によるpH調整を行う必要がなく、ジアミンの製造プロセスの煩雑化を回避することができる。また、本発明にかかる組換え微生物が好塩性である場合、塩が含まれる培養液中でも生育可能である。そのため、培養液または混合液(反応液)からジアミンを含む相を分離する分離工程で添加した塩を含む廃液を、本発明にかかる微生物の培養に再利用することができるため、排水処理コストを低減することができる。
【0120】
ジアミン生産能を有する好塩性および/または好アルカリ性の微生物を宿主微生物として使用し、N-アセチル化酵素を抑制する1以上の遺伝子改変を行うことにより、得られた組換え微生物において、副生物であるN-アセチルジアミン生産の抑制が可能となる。
【0121】
すなわち、ジアミン生産能を有する好塩性および/または好アルカリ性の微生物において、N-アセチルジアミン生産の抑制することにより、酵素変換工程または培養工程においてN-アセチルジアミン生産を抑制することができる。好適な態様においては、副生物の産生を抑制することによって、目的化合物であるジアミン化合物を効率よく生産することができる。
【0122】
本明細書において、「N-アセチル化酵素」とは、ジアミン化合物をN-アセチル化してN-アセチルジアミン化合物を生成する酵素である。「N-アセチル化酵素」の語は、「N-アセチル転移酵素」および「N-アセチルトランスフェラーゼ」の語と同義であり、本明細書において、これらの語は互換可能に使用される。N-アセチル化酵素は、アミノ酸のN末端をアセチル化する反応を触媒する酵素であり、ジアミン生産経路においては、副反応として、ジアミンをN-アセチル化してN-アセチルジアミンを生成する反応を触媒する。
【0123】
本発明では、上記のとおり、好塩性および/または好アルカリ性の宿主微生物において、N-アセチル化酵素を抑制する1以上の遺伝子改変が行われており、したがって、本発明にかかる組換え微生物は、N-アセチル化酵素を抑制する1以上の遺伝子改変を含むものである。当該遺伝子改変は、
・前記N-アセチル化酵素をコードする内因性遺伝子の発現を抑制する改変であるか、または、
・当該N-アセチル化酵素の活性が低下する改変である。
【0124】
微生物におけるN-アセチル化酵素の抑制は、例えば、イオンクロマトグラフィー等の分析方法を用いて、
・当該微生物の培養上清にN-アセチル体が検出されないこと、
・細胞破砕液を用いた酵素活性測定時に基質であるカダベリンが減少しないこと、および
・生成物であるN-アセチル体が検出されないこと
の少なくとも1つによって確認することができる。
【0125】
好ましい態様において、本発明にかかる組換え微生物は、N-アセチルジアミン化合物の生産能が、遺伝子改変を含まない非変異株の当該生産能と比較して、抑制されているか又は消失している。
【0126】
N-アセチル化酵素を抑制する1以上の遺伝子改変は、N-アセチルジアミン生合成経路を抑制するための改変である。当該遺伝子改変は、例えば:
・宿主微生物において、N-アセチル化酵素をコードする、内因性遺伝子の一部もしくは全部を上記宿主微生物のゲノム配列から削除すること、
・宿主微生物において、N-アセチル化酵素の遺伝子配列に酵素機能が欠失するような変異を導入すること、
・N-アセチル化酵素のプロモーター部位および/またはRBS部位に置換、挿入、欠失などの変異を導入すること
のうちの1以上により行われる。
【0127】
N-アセチルジアミン生合成経路を抑制するための改変は、例えば:
・宿主微生物において、N-アセチル化酵素をコードする、内因性遺伝子の一部もしくは全部を上記宿主微生物のゲノム配列から削除すること、
・宿主微生物において、N-アセチル化酵素の遺伝子配列に酵素機能が欠失するような変異を導入すること、
・N-アセチル化酵素のプロモーター部位および/またはRBS部位に置換、挿入、欠失などの変異を導入すること
のうちの1以上により行われる。
【0128】
上記のような操作により得られた組換え微生物においては、N-アセチル化酵素の生産が抑制される。すなわち、本発明にかかる組換え微生物は、N-アセチル化酵素の生産を抑制するように、1つ以上の遺伝子操作により改変されている。かかる改変により、本発明にかかる組換え微生物は、好ましくは、N-アセチルジアミン化合物の生産能が、前記遺伝子改変を含まない非変異株の当該生産能と比較して、抑制されているか又は消失している。
【0129】
前記遺伝子操作は、具体的には、例えば、下記(A)、(B)、(C)及び(D)から成る群より選択される1以上の遺伝子操作であってよい。
(A)前記宿主微生物に、前記N-アセチルトランスフェラーゼをコードする内因性遺伝子を欠失させる操作、
(B)前記宿主微生物内の前記N-アセチルトランスフェラーゼの内因性遺伝子のコピー数を低下させる操作、
(C)前記宿主微生物内の前記N-アセチルトランスフェラーゼの内因性遺伝子の発現調整領域に変異を導入する操作、および
(D)前記宿主微生物内の前記N-アセチルトランスフェラーゼの内因性遺伝子の発現調整領域を、低発現可能な外来調整領域で置換する操作。
【0130】
遺伝子改変には、例えば、宿主微生物の細胞内にゲノム配列に任意の外来の遺伝子配列を導入する技術、および、ゲノム配列から不要な遺伝子配列を取り除く技術を利用することができる。
【0131】
具体的には、以下のような技術が挙げられる。
(1)温度感受性プラスミドベクターとネガティブセレクションを組み合わせた染色体
上の遺伝子配列を任意に改変する技術、および、
(2)CRISPR/CAS9による染色体上の遺伝子配列を任意に改変する技術。
【0132】
上記で説明したベクターが導入された宿主微生物を培養する過程で、温度変化と培地組成変化により、相同組換えにより染色体の遺伝子配列が改変された遺伝子組換え株を獲得することができる。遺伝子組換え株を獲得する時の条件としては、培養温度が37~43℃以上であること、培地に1mM以上の4-クロロフェニルアラニンが含まれていることが好ましい。
【0133】
上記で説明したベクターを宿主微生物に導入する際に適用できる手法として、例えば、接合伝達、共沈、プロトプラスト融合、エレクトロポレーション、レトロウイルストランスフェクションなどの慣用のクローニング法およびトランスフェクション法が使用される。それらの例は、Gene Cloning and DNA Analysis、T.A.Brown、2016、またはMolecular Cloning: A Laboratory Manual (Fourth Edition):Sambrookら、2012に記載されている。
【0134】
代表的なN-アセチルトランスフェラーゼの遺伝子として、バチルス・シュードフィラマス(Bacillus psuedofirmus)のyjbCが挙げられる。バチルス・シュードフィラマスyjbC酵素のアミノ酸配列を配列番号23に、バチルス・シュードフィラマスyjbC遺伝子(BpOF4_01925(GenBank:ADC48452))の塩基配列を配列番号24に示す(図3および図4)。
【0135】
一態様において、N-アセチル化酵素は、
(A-1)配列番号23に示されるアミノ酸配列からなるか、
(A-2)配列番号23に示されるアミノ酸配列と80%以上、85%以上、88%以上、90%以上、93%以上、95%以上、97%以上、98%以上または99%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、ジアミン化合物をN-アセチル化してN-アセチルジアミン化合物を生成する酵素活性を有するか、もしくは
(A-3)配列番号23に示されるアミノ酸配列に対して1~10個、1~7個、1~5個、または1~3個のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加されたアミノ酸配列からなり、ジアミン化合物をN-アセチル化してN-アセチルジアミン化合物を生成する酵素活性を有する。
【0136】
好ましい態様において、N-アセチル化酵素は、
(A-1)配列番号23に示されるアミノ酸配列からなるか、
(A-2)配列番号23に示されるアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、ジアミン化合物をN-アセチル化してN-アセチルジアミン化合物を生成する酵素活性を有するか、もしくは
(A-3)配列番号23に示されるアミノ酸配列に対して1~10個のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加されたアミノ酸配列からなり、ジアミン化合物をN-アセチル化してN-アセチルジアミン化合物を生成する酵素活性を有する。
【0137】
より好ましい態様において、N-アセチル化酵素は、(A-1)配列番号23に示されるアミノ酸配列からなる。
【0138】
別の一態様において、N-アセチル化酵素は、
(B-1)配列番号24に示される塩基配列からなるDNA、
(B-2)配列番号24に示される塩基配列に相補的な塩基配列を有するDNAと緊縮条件下でハイブリダイズし、かつ、ジアミン化合物をN-アセチル化してN-アセチルジアミン化合物を生成する酵素活性を有するタンパク質をコードするDNA、
(B-3)配列番号24に示される塩基配列と80%以上、85%以上、88%以上、90%以上、93%以上、95%以上、97%以上、98%以上または99%以上の配列同一性を有する塩基配列からなり、かつ、ジアミン化合物をN-アセチル化してN-アセチルジアミン化合物を生成する酵素活性を有するタンパク質をコードするDNA、
(B-4)配列番号24に示される塩基配列によりコードされるタンパク質のアミノ酸配列に対して1~10個、1~7個、1~5個、または1~3個のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNAであって、ジアミン化合物をN-アセチル化してN-アセチルジアミン化合物を生成する酵素活性を有するタンパク質をコードするDNA、もしくは
(B-5)配列番号24に示される塩基配列の縮重異性体からなるDNA
にコードされる。
【0139】
好ましい態様において、N-アセチル化酵素は、
(B-1)配列番号24に示される塩基配列からなるDNA、
(B-2)配列番号24に示される塩基配列に相補的な塩基配列を有するDNAと緊縮条件下でハイブリダイズし、かつ、ジアミン化合物をN-アセチル化してN-アセチルジアミン化合物を生成する酵素活性を有するタンパク質をコードするDNA、
(B-3)配列番号24に示される塩基配列と90%以上の配列同一性を有する塩基配列からなり、かつ、ジアミン化合物をN-アセチル化してN-アセチルジアミン化合物を生成する酵素活性を有するタンパク質をコードするDNA、
(B-4)配列番号24に示される塩基配列によりコードされるタンパク質のアミノ酸配列に対して1~10個のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNAであって、ジアミン化合物をN-アセチル化してN-アセチルジアミン化合物を生成する酵素活性を有するタンパク質をコードするDNA、もしくは
(B-5)配列番号24に示される塩基配列の縮重異性体からなるDNA
にコードされる。
【0140】
本明細書において、「緊縮条件」とは、例えば、「1xSSC、0.1%SDS、60℃」程度の条件であり、より厳しい条件としては「0.1xSSC、0.1%SDS、60℃」程度の条件であり、さらに厳しい条件としては「0.1xSSC、0.1%SDS、68℃」程度の条件である。
【0141】
より好ましい態様において、N-アセチル化酵素は、(B-1)配列番号24に示される塩基配列からなるDNAにコードされる。
【0142】
なお、本明細書において、参照アミノ酸配列に対する比較アミノ酸配列の「配列同一性」の割合(%)は、これら2つの配列間の同一性が最大となるように配列を整列させ、必要であれば2つの配列の一方または双方にギャップが導入されたときの、参照配列中のアミノ酸残基と同一である、比較配列中のアミノ酸残基の百分率として定義される。このとき、保存的置換は配列同一性の一部として考慮しない。配列同一性は、公に入手可能なコンピュータソフトウェアを使用することによって決定することができ、例えば、BLAST(登録商標。以下、省略。)(Basic Local Alignment Search Tool)等のアライメントサーチツールを用いて決定することができる。当業者は、アラインメントにおいて、比較配列の最大のアラインメントを得るために適切なパラメーターを決定することができる。ヌクレオチド配列の「配列同一性」についても、同様の方法によって決定することができる。
【0143】
上記のようにして得られる遺伝子組み換え微生物は、ジアミン生産のために、その生育及び/または維持に適した条件下で培養及び維持される。各種の宿主微生物細胞に由来する形質転換体のための好適な培地組成、培養条件および培養時間は、当業者により選択される。
【0144】
したがって、本発明の第二の側面は、先述の組換え微生物を培養することを含む、ジアミン化合物の製造方法に関する。具体的には、当該製造方法は、先述の組換え微生物を培養して、当該組み換え微生物の培養物および/または培養物の抽出物を得る培養工程を含む。
【0145】
培養工程で用いる培地は、上記発明Aにおいて説明したとおりである。
【0146】
バイオマス由来の原料を用いた場合、製品であるジアミンは、発明Aにおいて説明した測定法により、合成原料と明確に区別することができる。
【0147】
上記培地に関し、セルロースおよび多糖類などの炭素源を宿主微生物が資化できない場合は、当該宿主微生物に発明Aにおいて説明した遺伝子工学的手法を施すことで、炭素源を使用したジアミン生産に適応させることができる。
【0148】
培養形式および培養条件は、発明Aにおいて説明したとおりである。
【0149】
本発明にかかる製造方法は、好ましくは、前記培養物および/または前記培養物の抽出物を、基質化合物と混合して混合液を得る混合工程をさらに含む。
【0150】
前記培養物および/または混合液中には、反応の結果、目的化合物であるジアミン化合物が生成する。よって、より好ましい態様において、本発明にかかる製造方法は、培養物または/および混合液から、ジアミン化合物を回収する回収工程をさらに含む。
【0151】
本発明にかかる製造方法は、発明Aにおいて説明した工程から選択される1または複数を含んでもよい。
【0152】
上記のとおり、本発明は、ジアミン生産能を有する好塩性および/または好アルカリ性の組換え微生物であって、ジアミン化合物をN-アセチル化してN-アセチルジアミン化合物を生成するN-アセチル化酵素を抑制する1以上の遺伝子改変を含む。本発明の組換え微生物の培養においては、副生物であるN-アセチルジアミン化合物の生成を抑制することができる。本発明の組換え微生物はジアミン生産能を有するものであり、副生物の生成を抑制しつつ、ジアミンを生成することができる。そのため、目的化合物であるジアミンを効率的に得ることができる。さらに、本発明にかかる組換え微生物は、工業的規模でのジアミン化合物生産への応用も期待される。
【0153】
また、本発明にかかる組換え微生物が好アルカリ性である場合、当該微生物をジアミン生産に用いることで、酸溶液添加によるpH調整を行う必要がなく、ジアミン製造プロセスの煩雑化を回避することが可能である。また、本発明にかかる組換え微生物が好塩性である場合、塩が含まれる培養液中でも生育可能であり、培養液または混合液(反応液)からジアミンを含む相を分離する分離工程で添加する塩を含む廃液を当該微生物の培養に再利用することができるため、排水処理コストを低減することができる。
【0154】
以上、本発明を実施するための形態を例示したが、上記実施形態はあくまでも例として示されるものであり、発明の範囲を限定することを意図するものではない。上記実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置換、変更を行うことができる。
【実施例
【0155】
<1>発明A
以下、本発明Aを実施例に基づいて説明するが、本発明Aはこれらの実施例に限定されるものではない。
【0156】
本実施例に示す全てのPCRは、PrimeSTAR Max DNA Polymerase(製品名、タカラバイオ製)を用いて実施した。バチルス・シュードフィラマス(Bacillus pseudofirmus)、バチルス・ハロデュランス(Bacillus halodurans)、バチルス・マーマエンシス(Bacillus marmarensis)の形質転換は、エレクトロポレーション法を用いた。エレクトロポレーション法では、1μlのプラスミドDNAを60μlのコンピテントセルと共に入れた幅0.1cmのキュベットをgene pulsar(Bio-Rad製)に装着して、電圧2.5kV・抵抗200Ω・キャパシタンス25μFのパルスをキュベットに負荷した。37℃にて3時間復帰培養した後、クロラムフェニコール10μg/mLを含む181培地に塗布し、形質転換体を取得した。181培地組成を表A-1に示す。
【0157】
【表A-1】
【0158】
実施例A1:バチルス・シュードフィラマス用cadA遺伝子発現プラスミドの構築、および形質転換体の取得
(実施例A1-a)プロモーター領域のクローニング
バチルス・シュードフィラマスOF4株(JCM17055株、本株は文部科学省ナショナルリソースプロジェクトを介して、理研BRCから提供された)を181培地中(2ml)で37℃にて振盪培養した。培養終了後、培養液から菌体を回収し、Nucleo Spin Tissue(製品名、MACHEREY-NAGEL社製)を使用してゲノムDNAを抽出した。バチルス・シュードフィラマスのrpoD遺伝子のプロモーター領域(配列番号5)を、配列番号6、配列番号7に記載の配列を有するプライマーセットによりPCR増幅した(断片1)。反応条件は98℃(10sec),55℃(5sec),72℃(30sec),30cycleとした。
プラスミドpAL351(NITE P-02918として、独立行政法人製品評価技術基盤機構 バイオテクノロジーセンター 特許微生物寄託センター(NPMD)(住所:千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 122号室)に2019年3月18日付けで寄託され、その後、2020年7月28日に、ブダペスト条約に基づく国際寄託へ移管されて、受託番号NITE BP-02918が付与されている。)を、配列番号8および配列番号9に示すプライマーセットによりPCR増幅した(断片2)。反応条件は98℃(10sec),55℃(5sec),72℃(30sec),30cycleとした。断片2をベクター側とし、インサートとして断片1をライゲーションしpALP01を構築した。
【0159】
(実施例A1-b)cadA遺伝子のクローニング
大腸菌W3110株(NBRC12713)をLB培地中(2mL)で37度にて振とう培養した。培養終了後、培養液から菌体を回収し、Nucleo Spin Tissueを使用してゲノムDNAを抽出した。抽出したゲノムDNAを鋳型に、配列番号10、配列番号11に記載の配列を有するプライマーセットにてPCR増幅した。反応条件は98℃(10sec),55℃(5sec),72℃(30sec),30cycleとした。増幅断片をpALP01のプロモーター配列の下流にライゲーションしてpAL328を構築した。
【0160】
(実施例A1-c)形質転換体の取得
実施例A1-bで構築したpAL328を、
・バチルス・シュードフィラマスOF4株(JCM17055株、本株は文部科学省ナショナルリソースプロジェクトを介して、理研BRCから提供された)、
・バチルス・ハロデュランスC-125株(JCM9153株、本株は文部科学省ナショナルリソースプロジェクトを介して、理研BRCから提供された)、
・バチルス・マーマエンシス GMBE72株(JCM15719株、本株は文部科学省ナショナルリソースプロジェクトを介して、理研BRCから提供された)
に形質転換し、それぞれ、
・AKRM-1株、
・AKRM-2株、
・AKRM-3株
を取得した。
【0161】
一方、対照の形質転換ではcadA遺伝子を含まないプラスミドpALP01を、
・バチルス・シュードフィラマスOF4株(JCM17055株、本株は文部科学省ナショナルリソースプロジェクトを介して、理研BRCから提供された)、
・バチルス・ハロデュランスC-125株(JCM9153株、本株は文部科学省ナショナルリソースプロジェクトを介して、理研BRCから提供された)、
・バチルス・マーマエンシス GMBE72株(JCM15719株、本株は文部科学省ナショナルリソースプロジェクトを介して、理研BRCから提供された)
に形質転換し、それぞれ、
・AKRM-4株、
・AKRM-5株、
・AKRM-6株
を取得した。
【0162】
さらにバチルス・シュードフィラマスOF4株についてはcadA遺伝子発現カセットを染色体上に有する形質転換体も取得した。本株バチルス・シュードフィラマスAKAL-001株は、NITE P-02920として、独立行政法人製品評価技術基盤機構 バイオテクノロジーセンター 特許微生物寄託センター(NPMD)(住所:千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 122号室)に2019年3月18日付けで寄託され、その後、2020年7月28日に、ブダペスト条約に基づく国際寄託へ移管されて、受託番号NITE BP-02920が付与されている。
【0163】
上記配列を以下に示す。
【0164】
【化2】
【0165】
実施例A2:構築した菌株によるカダベリン生産(フラスコ培養)
得られた各々の形質転換体を、181培地プレート上で、37℃、2日間培養して、コロニーを形成させた。181培地2mLを14mL容の試験管に入れ、上記プレートからコロニーを白金耳で植菌し、37℃で、180rpmで培養を行い、十分な濁度を得るまで培養し、これを本培養のための前培養液とした。
【0166】
150mL容の三角フラスコに、BS培地(組成を表A-2に示す)を30mL入れ、0.3mLの前培養液を添加し本培養(カダベリン生産試験)を行った。培養条件は37℃で、180rpmとした。なお、AKRM-1~AKRM-6株培養時には、前培養、本培養共に培地には10mg/Lのクロラムフェニコールを添加した。
【0167】
【表A-2】
【0168】
上記の培養液を、10,000g×3分間遠心分離して上清を回収し、培養上清のカダベリン濃度を測定した。具体的には、CG-19(ガードカラム)、CS-19(分析カラム)(いずれも商品名、サーモフィッシャーサイエンティフィク株式会社製)を連結してイオンクロマト分析(検出器:電気伝導度、カラム温度:30℃、流速:0.35mL/min、移動相:8mMメタンスルホン酸水溶液→70mM メタンスルホン酸水溶液のグラジエント)を行うことで、培養上清中のカダベリン濃度を定量した。カダベリン濃度に関し、本発明の形質転換体(AKRM-1株、AKRM-2株、AKRM-3株、AKAL-001株)と対照株(AKRM-4株、AKRM-5株、AKRM-6株)との比較結果を表A-3に示した。
【0169】
対照株(AKRM-4株、AKRM-5株、AKRM-6株)に比べて、本発明の形質転換体(AKRM-1株、AKRM-2株、AKRM-3株、AKAL-001株)は、培養時間の経過に伴い、より多くのカダベリンを生産した。
【0170】
【表A-3】
【0171】
実施例A3:構築した菌株によるカダベリン生産(ファーメンター培養)
AKRM-1株、AKRM-4株、およびAKAL-001株を、181培地プレート上で、37℃、2日間培養して、コロニーを形成させた。181培地100mLを500mL容の三角フラスコに入れ、上記プレートからコロニーを白金耳で植菌し、37℃で、180rpmで培養を行い、十分な濁度を得るまで培養し、これを本培養のための前培養液とした。
【0172】
10L容のジャー培養装置(機種名:MDL-6C、丸菱バイオエンジ社製)に20g/Lグルコースを含むBSジャー培地(表A-4に示す)を入れ、100mLの前培養液を添加し本培養(カダベリン生産試験)を行った。なおAKRM-1株、AKRM-4株培養時には、前培養、本培養共に培地には10mg/Lのクロラムフェニコールを添加した。培養条件は、培養温度:37℃、培養pH:7.5、アルカリ添加:28%アンモニア水、攪拌速度:700rpm、通気速度:0.1vvmとした。また、培養途中からフィード培地(組成を表A-5に示す)を培地中グルコース濃度が0~5g/Lとなるように逐次添加した。培養中に経時的にサンプリングを行い、培養上清中のカダベリン濃度を定量した。
【0173】
【表A-4】
【0174】
【表A-5】
【0175】
結果を表A-6に示す。AKRM-4株はカダベリンを生産せず、プラスミド上でcadA遺伝子を発現するAKRM-1株ではカダベリンの濃度が増加せず、染色体上でcadA遺伝子を発現するAKAL-001株では培養時間の経過に伴いカダベリン濃度が増加した。
【0176】
【表A-6】
【0177】
実施例A4:硫酸ナトリウム濃度を上げたときのカダベリン生産(フラスコ培養)
AKAL-001株を、181培地プレート上で、37℃、2日間培養して、コロニーを形成させた。181培地2mLを14mL容の試験管に入れ、上記プレートからコロニーを白金耳で植菌し、37℃で、180rpmで培養を行い、十分な濁度を得るまで培養し、これを本培養のための前培養液とした。
【0178】
150mL容の三角フラスコに、BS培地(表A-2に示す)30mLを2本用意した。1本には表A-2に示す通り50g/Lの硫酸ナトリウムを添加し、もう1本には100g/Lの硫酸ナトリウムを添加した。0.3mLの前培養液を添加し本培養(カダベリン生産試験)を行った。培養条件は37℃で、180rpmとした。
【0179】
上記の培養液を、10,000g×3分間遠心分離して上清を回収し、実施例A2に記載の方法にて培養上清のカダベリン濃度を測定した結果を表A-7に示した。AKAL-001株は、100g/Lの高濃度の硫酸ナトリウム存在下でもカダベリンを産生し、培養時間の経過に伴いカダベリン濃度の増加を示した。
【0180】
【表A-7】
【0181】
実施例A5:各濃度の塩化合物添加時の相分離性
分離確認用模擬液 (組成を表A-8に示す)に、カダベリン(1,5-ジアミノペンタン、富士フィルムワコーケミカル製)と塩化ナトリウム、硫酸ナトリウム、炭酸ナトリウムとを種々の濃度で添加して、模擬液を5mLずつ作製した。ボルテックスミキサーで混合後、室温で10分静置した後の相分離の様子と水相、カダベリン相の液量を確認した。また、水相に含まれるカダベリン濃度を測定し、水相に残存するカダベリン量を算出し、水相からカダベリン相への移行率を算出した。
【0182】
【表A-8】
【0183】
最終的に作製した溶液組成と分離結果を表A-9に示した。表中、相分離欄において、「×」は相分離が発生しないこと、「〇」は目視確認において、形成したジアミン相が総液量の10%未満(例えば総液量が5mLであればジアミン相が0.5mL未満)であること、「◎」は目視確認において、形成したジアミン相が総液量の10%以上発生していることを示す。相分離に関する本評価基準は、以降の表についても同様に適用される。試験の結果、各無機塩を高濃度添加した条件において、ジアミン相分離が生ずることを確認した。
【0184】
【表A-9】
【0185】
実施例A6:カダベリンおよびヘキサメチレンジアミン(HMDA)の相分離性
分離確認用模擬液(組成を表A-8に示す)に、硫酸ナトリウムとカダベリン(1,5-ジアミノペンタン、富士フィルムワコーケミカル製)またはヘキサメチレンジアミン(富士フィルム和光純薬製)とを種々の濃度で添加して、模擬液を5mLずつ作製した。ボルテックスミキサーで混合後、室温で10分静置した後の相分離の様子と水相、カダベリン相の液量を確認した。また、水相に含まれるカダベリン濃度を測定し、水相に残存するカダベリン量を算出し、水相からカダベリン相への移行率を算出した。
【0186】
最終的に作製した溶液組成と分離結果を表A-10に示した。高濃度の硫酸ナトリウム存在下ではカダベリン、ヘキサメチレンジアミン(HMDA)が共に相分離することを確認した。
【0187】
【表A-10】
【0188】
実施例A7:各濃度の炭酸ナトリウム添加時の溶媒抽出性(カダベリン)
分離確認用模擬液(組成を表A-8に示す)に、各濃度の炭酸ナトリウムとカダベリン(1,5-ジアミノペンタン、富士フィルムワコーケミカル製)とを添加して、模擬液を5mLずつ作製した。模擬液に、等量(5mL)のn-ブタノールを加え、ボルテックスミキサーで混合後、室温で10分静置した。水相に含まれるカダベリン濃度を測定し、水相に残存するカダベリン量を算出し、水相から溶媒相への移行率を算出した。
【0189】
最終的に作製した溶液組成と分離結果を表A-11に示した。炭酸ナトリウムの濃度上昇に伴い、溶媒への抽出効率が向上することを確認した。
【0190】
【表A-11】
【0191】
実施例A8:各濃度の硫酸ナトリウム添加時の溶媒抽出性(ヘキサメチレンジアミン)
分離確認用模擬液 (組成を表A-8に示す)に、各濃度の硫酸ナトリウムとヘキサメチレンジアミンとを添加して、模擬液を5mLずつ作製した。模擬液に、等量(5mL)のヘキサンまたは2-エチル-1-ヘキサノールを加え、ボルテックスミキサーで混合後、室温で10分静置した。溶媒相に含まれるヘキサメチレンジアミン濃度を測定し、水相から溶媒相への移行率を算出した。
【0192】
最終的に作製した溶液組成と分離結果を表A-12に示した。硫酸ナトリウムの濃度上昇に伴い、2-エチル-1-ヘキサノールへの抽出効率が向上すること、n-ヘキサンへの抽出効率は非常に低いことを確認した。
【0193】
【表A-12】
【0194】
実施例A9:ジアミン添加培養液での相分離性
実施例4記載のフラスコ培養の培養上清30mLを0.22μmのフィルターでろ過し、カダベリン(1,5-ジアミノペンタン、富士フィルムワコーケミカル製)またはヘキサメチレンジアミン(富士フィルム和光純薬製)を各濃度になるように添加し、エバポレーターにて2倍濃縮した(収量15mL)。本濃縮液をボルテックスミキサーで混合後、室温で10分静置した後の相分離の様子と水相、カダベリン相の液量を確認した。また、水相に含まれるカダベリン濃度を測定し、水相に残存するカダベリン量を算出し、水相からカダベリン相への移行率を算出した。最終的に作製した溶液組成と分離結果を表A-13に示した。培養液中に高濃度の硫酸ナトリウムが存在するとカダベリン、ヘキサメチレンジアミン共に相分離することを確認した。
【0195】
【表A-13】
【0196】
実施例A10:相分離後の水相を再利用した培養
実施例3記載のAKAL-001株のファーメンター培養液(培養63時間)100mLを回収し、遠心分離し上清を回収した。培養上清100mLを0.22μmのフィルターでろ過し、エバポレーターにて2倍濃縮した(収量50mL)。本濃縮液にヘキサメチレンジアミン(富士フィルム和光純薬製)を終濃度150g/Lになるように添加した。ボルテックスミキサーで混合後、室温で10分静置した後に相分離の形成を確認した。水相は20mLであり、ヘキサメチレンジアミンの濃度は48.5g/Lであった。この水相をピペットで回収し、硫酸でpHを7.5に調整した後、蒸留水を30mL加え、50mLにメスアップした。本液と新しいBS培地(組成を表A-14に示す)とを、比率を変えて混合し、150mL容の三角フラスコに用意した。
【0197】
【表A-14】
【0198】
バチルス・シュードフィラマスOF4株(JCM17055株、本株は文部科学省ナショナルリソースプロジェクトを介して、理研BRCから提供された)を、181培地プレート上で、37℃、2日間培養して、コロニーを形成させた。181培地2mLを14mL容の試験管に入れ、上記プレートからコロニーを白金耳で植菌し、37℃で、180rpmで培養を行い、十分な濁度を得るまで培養し、これを本培養のための前培養液とした。
【0199】
上記フラスコに用意した培地に0.1mLの前培養液を添加し本培養を行った。培養条件は37℃で、180rpmとした。培養49時間後に培養液をサンプリングし、濁度(OD600)測定を実施した。
【0200】
結果を表A-15に示す。相分離後の水相を培地として再利用できることを確認した。
【0201】
【表A-15】
【0202】
上記実施例記載の結果より、好塩性および好アルカリ性の両方の性質を持つ微生物を宿主として用いてジアミンを生産することが出来た。また、高塩濃度の炭酸ナトリウムまたは硫酸ナトリウム存在下ではジアミンが相分離することと、溶媒抽出時の抽出効率が向上することを確認した。
【0203】
ジアミンを含む培養上清を濃縮することでジアミンおよび無機塩の濃度が上昇し、一層の分離効率向上が期待できる。また、本発明にかかる組換え微生物を利用することで、酸溶液添加によるpH調整の工程を省略することができる。さらには、ジアミンを遊離させる際に発生する高濃度塩含有水を培地として再利用でき、排水処理コストの低減が可能となる。
【0204】
<2>発明B
以下、本発明Bを実施例に基づいて説明するが、本発明Bはこれらの実施例に限定されるものではない。
【0205】
本実施例に示す全てのPCRは、PrimeSTAR Max DNA Polymerase(製品名、タカラバイオ製)を用いて実施した。バチルス・シュードフィラマス(Bacillus pseudofirmus)の形質転換は、エレクトロポレーション法を用いた。エレクトロポレーション法では、1μlのプラスミドDNAを60μlのコンピテントセルと共に入れた幅0.1cmのキュベットをgene pulsar(Bio-Rad製)に装着して、電圧2.5kV、抵抗200Ω、キャパシタンス25μFのパルスをキュベットに負荷した。30℃にて3時間復帰培養した後、クロラムフェニコール10μg/mLを含む181培地に塗布し、形質転換体を取得した。181培地組成を表B-1に示す。
【0206】
【表B-1】
【0207】
実施例B1:遺伝子破壊株の取得
NCBIのデータベース上に公開されているバチルス・シュードフィラマスOF4株のアノテーション情報から、アセチルトランスフェラーゼをコードする39遺伝子を、ジアミンのN-アセチル化酵素をコードする候補遺伝子として選別した。39候補のうち、
・BpOF4_11255遺伝子(GenBank:ADC50304)、
・BpOF4_16515遺伝子(GenBank:ADC51348)、
・BpOF4_18375遺伝子(GenBank:ADC51716)、
・BpOF4_16725遺伝子(GenBank:ADC51388)、
・BpOF4_18160-65遺伝子(GenBank:ADC51673-4)、
・BpOF4_18545遺伝子(GenBank:ADC51750)、
・BpOF4_19380遺伝子(GenBank:ADC51915)、
・BpOF4_00750遺伝子(GenBank:ADC48219)、
・BpOF4_01925遺伝子(GenBank:ADC48452)
の遺伝子破壊株を、相同組換えによる染色体への遺伝子操作で作製した。用いたプライマー配列を図5Aおよび図5Bに示す。
【0208】
(実施例B1-a)遺伝子破壊プラスミドの作製
バチルス・シュードフィラマスOF4株(JCM17055株、本株は文部科学省ナショナルリソースプロジェクトを介して、理研BRCから提供された)を181培地中(2ml)で37℃にて振盪培養した。培養終了後、培養液から菌体を回収し、Nucleo Spin Tissue(製品名、MACHEREY-NAGEL社製)を使用してゲノムDNAを抽出した。プライマー名称の末尾に「A」および「B」を付けたプライマーセット、ならびに、プライマー名称の末尾に「C」および「D」を付けたプライマーセット(図5参照)を用いて、相同性領域をPCR増幅し、断片1および2を得た。反応条件は98℃(10sec),55℃(5sec),72℃(30sec),30cycleであった。
【0209】
プラスミドpAL351(独立行政法人製品評価技術基盤機構 バイオテクノロジーセンター 特許微生物寄託センター(NPMD)に2019年3月18日付けで寄託されている。受託番号:NITE BP-02918)を、プライマー名称の末尾に「E」および「F」を付けたプライマーセット(図5参照)を用いて、PCR増幅し、断片3を得た。反応条件は98℃(10sec),55℃(5sec),72℃(30sec),30cycleであった。断片3をベクターとして用い、インサートとして断片1、2をライゲーションし、pAKNU01~09を構築した。
【0210】
(実施例B1-b)形質転換体の取得
実施例B1-aで構築したpAKNU01~09をバチルス・シュードフィラマスAKAL-001株(独立行政法人製品評価技術基盤機構 バイオテクノロジーセンター 特許微生物寄託センター(NPMD)に寄託されている。受託番号:NITE BP-02920)に形質転換し、AKALp-101株~AKALp-109株を取得した。
【0211】
(実施例B1-c)染色体挿入株の取得
実施例B1-bで取得したAKALp-101株~AKALp-109株を30℃にてクロラムフェニコール10μg/mLを含む181培地で1日間培養した後、100倍希釈してクロラムフェニコール10μg/mLを含む181培地に塗布し、43℃にて培養し、プラスミドが染色体に相同組み換えされた染色体挿入株AKALp-201株~AKALp-209株を取得した。
【0212】
(実施例B1-d)yjbC遺伝子破壊株の取得
実施例B1-cで取得したAKALp-201株~AKALp-209株を30℃にてクロラムフェニコール10μg/mLを含む181培地で1日間培養した後、100倍希釈して4-クロロフェニルアラニン5mMを含む181培地に塗布し、30℃にて培養し、染色体からプラスミドに加え、それぞれの遺伝子領域が除去された遺伝子破壊株AKDNC-001株~AKDNC-009株を取得した。遺伝子の欠失は、プライマー名称の末尾に「G」および「H」を付けたプライマーセット(図5参照)を用いたPCRにより確認した。反応条件は98℃(10sec),55℃(5sec),72℃(30sec),30cycleであった。
【0213】
構築した菌株と、遺伝子との対応を下記表に示す。
【0214】
【表B-2】
【0215】
実施例B2:構築した菌株におけるN-アセチルカダベリン生産能の評価(ファーメンター培養)
AKAL-001株およびAKDNC-001~009株を、181培地プレート上で、37℃、1日間培養して、コロニーを形成させた。181培地2mLを14mL容の試験管に入れ、上記プレートからコロニーを白金耳で植菌し、37℃で、180rpmで培養を行い、十分な濁度を得るまで培養し、これを本培養のための前培養液とした。
【0216】
100mL容のジャー培養装置(機種名:Bio Jr.8、バイオット社製)に30g/Lグルコースを含むBSジャー培地(表B-3に示す)を入れ、1mLの前培養液を添加し本培養を行った(カダベリン生産試験)。培養条件は、培養温度:37℃、培養pH:7.5、アルカリ添加:10%アンモニア水、攪拌速度:750rpm、通気速度:0.1vvmとした。培養中に経時的にサンプリングを行い、培養液中の菌体濁度および培養上清中のジアミン濃度を定量した。培養開始24h後に50%グルコース溶液を6ml添加した。
【0217】
上記の培養液を、10,000g×3分間遠心分離して上清を回収し、培養上清のカダ
ベリン濃度およびN-アセチルカダベリン濃度を測定した。具体的には、CG-19(ガードカラム)、CS-19(分析カラム)(いずれも商品名、サーモフィッシャーサイエンティフィク株式会社製)を連結してイオンクロマト分析(検出器:電気伝導度、カラム温度:30℃、流速:0.35mL/min、移動相:8mMメタンスルホン酸水溶液→70mM メタンスルホン酸水溶液のグラジエント)を行うことで、培養上清中のカダベリン濃度およびN-アセチルカダベリン濃度を定量した。
【0218】
【表B-3】
【0219】
培養40時間後の菌体密度(OD)、カダベリンおよびN-アセチルカダベリン濃度(g/l)を表B-4に示す。AKAL-043株およびAKDNC-001~008株の培養上清からは、カダベリンおよびN-アセチルカダベリンが検出された。一方、AKDNC-009株の培養上清からはカダベリンは検出されたが、N-アセチルカダベリンは検出されなかった(表B-4)。AKDNC-009株は、AKAL-043株と比較して、カダベリン濃度が14%増加した。
【0220】
【表B-4】
【0221】
上記表B-4の結果について、非変異株であるAKAL-001株よりもアセチルカダベリンの産生量が0.5g/l以上低下した株は、非変異株よりもN-アセチルジアミン化合物を生産する活性が野生株と比較し低下していると理解される。
【産業上の利用可能性】
【0222】
本発明は、ジアミンの工業的発酵生産に利用できる。本発明はまた、副生物の生成を抑制し、ジアミンを効率よく製造できるため、本発明の組換え微生物の発酵により、ジアミンの工業的規模での生産に利用できることが期待される。
図1
図2A
図2B
図3
図4
図5A
図5B
【配列表】
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