(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-04-25
(45)【発行日】2025-05-08
(54)【発明の名称】無薬型防汚塗料組成物及びそれを用いた防汚性被膜の形成方法
(51)【国際特許分類】
C09D 133/08 20060101AFI20250428BHJP
C09D 133/10 20060101ALI20250428BHJP
C09D 5/16 20060101ALI20250428BHJP
C09D 7/63 20180101ALI20250428BHJP
C09D 7/65 20180101ALI20250428BHJP
【FI】
C09D133/08
C09D133/10
C09D5/16
C09D7/63
C09D7/65
(21)【出願番号】P 2024068716
(22)【出願日】2024-04-19
【審査請求日】2024-09-02
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】303028147
【氏名又は名称】バッセル化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100197642
【氏名又は名称】南瀬 透
(74)【代理人】
【識別番号】100219483
【氏名又は名称】宇野 智也
(74)【代理人】
【識別番号】100139262
【氏名又は名称】中嶋 和昭
(72)【発明者】
【氏名】石丸 清樹
(72)【発明者】
【氏名】河野 賢史
(72)【発明者】
【氏名】坂野 恵美
(72)【発明者】
【氏名】田口 浩吉
(72)【発明者】
【氏名】中島 洸太
(72)【発明者】
【氏名】野村 衛司
【審査官】牟田 博一
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-26533(JP,A)
【文献】特開2021-105178(JP,A)
【文献】国際公開第2022/181298(WO,A1)
【文献】特開2010-90246(JP,A)
【文献】国際公開第2011/132537(WO,A1)
【文献】特開2001-131413(JP,A)
【文献】特開平07-133447(JP,A)
【文献】米国特許第04631302(US,A)
【文献】特開2023-76449(JP,A)
【文献】特開2010-13591(JP,A)
【文献】国際公開第2020/022431(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09D、B32B、B05D
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
物品の水との接触面に、水棲生物の付着を抑制する塗膜を形成するための防汚塗料組成物であって、
酸価が0mgKOH/g以上10mgKOH/g以下で、重量平均分子量(Mw)が50,000以上300,000以下であり、ポリ(アクリル酸アルキルエステル)樹脂、ポリ(メタクリル酸アルキルエステル)樹脂、アクリル酸アルキルエステル-アクリル酸共重合体樹脂、
及びメタクリル酸アルキルエステル-メタクリル酸共重合体樹
脂からなる群より選択される1又は複数種の樹脂と、
ロジン及び/又はシランカップリング剤である塗膜密着促進剤と、
ポリエーテル変性シリコーンオイル及びポリブテン、又は、ポリエーテル変性シリコーンオイル、ポリブテン及びシリコーンパウダーである着床抑制剤とを含み、
JIS H 7901:2005において定義される防汚剤である水棲生物忌避剤を含まない無薬型防汚塗料組成物。
【請求項2】
前記塗膜密着促進剤として、酸価が100から220mgKOH/gで、軟化点78から100℃のロジンを、不揮発成分に対し1%以上10%以下の割合で含むことを特徴とする請求項1に記載の無
薬型防汚塗料組成物。
【請求項3】
前記塗膜密着促進剤として、シランカップリング剤を、不揮発成分に対し0.2%以上2.0%以下の割合
で含むことを特徴とする請求項
1に記載の無
薬型防汚塗料組成物。
【請求項4】
前記着床抑制剤として
、ポリエーテル変性シリコーンオイ
ルを、不揮発成分に対し5%以上50%以下の割合で含むことを特徴とする請求項1に記載の無薬型防汚塗料組成物。
【請求項5】
前記着床抑制剤として、ポリブテ
ンを、不揮発成分に対し15%以上35%以下の割合で含むことを特徴とする請求項1に記載の無薬型防汚塗料組成物。
【請求項6】
前記着床抑制剤として、平均粒径0.2μm以上60μm以下のシリコーン複合パウダー、平均粒径1μm以上30μm以下のシリコーンゴムパウダー、平均粒径0.2μm以上8.0μm以下のシリコーンレジンパウダーからなる群より選択されるシリコーンパウダーを、不揮発成分に対し0.5%以上2.0%以下の割合
で含むことを特徴とする請求項
1に記載の無薬型防汚塗料組成物。
【請求項7】
前記樹脂と、前記塗膜密着促進剤と、前記着床抑制剤と、キシレンとを含むことを特徴とする請求項1に記載の無薬型防汚塗料組成物。
【請求項8】
請求項1から
7のいずれか1項に記載の無薬型防汚塗料組成物を塗布する工程と、前記塗布された前記無薬型防汚塗料組成物の塗膜を乾燥させる工程を有することを特徴とする防汚性被膜の形成方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水産資材、海中構造物、及び漁網等への海棲生物及び海藻類の付着を抑制することができる海棲生物忌避剤を含まない新規な無薬剤型防汚塗料組成物、それを用いて形成される防汚性被膜の形成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
水産業、漁業、海上輸送等の分野において用いられる水産資材、海中構築物及び漁網等の物品の表面には、様々な海棲生物が付着する。水産資材、海中構造物、漁網等においては、フジツボ、ヒドロ虫、フサコケムシ、イギス等の海棲生物が付着し、網目を塞ぐことにより、水質の悪化、魚病、網の破損等の問題が生じる。こうした問題の原因となる水産資材、海中構造物及び漁網等への海棲生物の付着を防止する目的で、種々の防汚塗料が使用されてきた。古くは、有機スズ化合物を防汚成分とする防汚塗料が船底塗料等として使用されていたが、その毒性のため、近年その使用が制限されており、それに代わる防汚塗料の開発が望まれている。
【0003】
また、水産業界において、定置網及び養殖網に対し海棲生物忌避剤を含有する防汚塗料を使用してきたが、近年、養殖業の発展に伴って薬剤の蓄積、環境保全ならびに海流の干満差による塗膜の剥落の生じにくい無薬剤型防汚塗料の開発が望まれている。
【0004】
環境保全及び作業従事者の健康等を考慮して、有機溶剤を含まない水性防汚塗料の開発が進んでいる。例えば、特許文献1では、エマルション樹脂及びディスパージョン樹脂と、海中生物忌避剤とを含む水性防汚塗料組成物が開示されている。
【0005】
特許文献2では、加水分解型樹脂にロジンなどの海水に溶解する添加物をカルボキシル基に結合させて樹脂を作製している。この樹脂を使用して海棲生物忌避剤を混合して防汚塗料組成物を作製して防汚効果を維持している。
【0006】
特許文献3では、塗膜の柔軟化により干満差による塗膜の剥落を防止するために硫黄含有オルガノポリシロキサンブロックビニル共重合体を使用した塗料組成物が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2006-193731号公報
【文献】特開2006-152205号公報
【文献】特許第6859080号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1に記載の水性防汚組成物は、環境保全及び作業従事者への健康を考えたものであるが、海棲生物忌避剤を使用していることから薬剤の蓄積に懸念が残る。特許文献2に記載の防汚塗料組成物においても、特許文献1に記載の水性防汚塗料と同様に薬剤の蓄積が懸念される。特許文献3においては塗膜の柔軟性及び剥落の改良をしているが干潮差による影響については疑問が残る。
【0009】
水産資材、海中構造物及び漁網等には、海棲生物及び海藻類の付着物を抑制するため、従来、海棲生物忌避剤を含有する防汚塗料が使用されていた。近年養殖業の発展にともない、水産物への蓄積の影響、環境保全が問題となる。また、養殖の場所によっては、干満差を生じ塗膜の剥落の課題があった。
【0010】
本発明はかかる事情に鑑みてなされたもので、長期間にわたり防汚効果を発揮でき、水産物への薬剤蓄積の問題が生じず、干満差による塗膜の剥落を生じにくい無薬型防汚塗料組成物、それを用いて形成される防汚性被膜ならびに同被膜を表面に有する水産資材、海中構造物、及び漁網を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記目的に沿う本発明の第1の態様は、物品の水との接触面に、水棲生物の付着を抑制する塗膜を形成するための防汚塗料組成物であって、酸価が0mgKOH/g以上10mgKOH/g以下で、重量平均分子量(Mw)が50,000以上300,000以下であり、ポリ(アクリル酸アルキルエステル)樹脂、ポリ(メタクリル酸アルキルエステル)樹脂、アクリル酸アルキルエステル-アクリル酸共重合体樹脂、メタクリル酸アルキルエステル-メタクリル酸共重合体樹脂、アクリルシリコーン樹脂、ポリエステル樹脂、アルキッド樹脂、及びアルキッドロジン樹脂からなる群より選択される1又は複数種の樹脂と、塗膜密着促進剤と、前記塗膜の表面への水棲生物の着床を抑制するための着床抑制剤とを含み、水棲生物忌避剤を含まない無薬型防汚塗料組成物を提供することで上記課題を解決するものである。
【0012】
本発明の第1の態様に係る態様に係る無薬型防汚塗料組成物において、前記塗膜密着促進剤として、酸価が100から220mgKOH/gで、軟化点78から100℃のロジンを、不揮発成分に対し1%以上10%以下の割合で含んでいてもよい。
【0013】
本発明の第1の態様に係る態様に係る無薬型防汚塗料組成物において、前記塗膜密着促進剤として、シランカップリング剤を、不揮発成分に対し0.2%以上2.0%以下の割合で更に含んでいてもよい。
【0014】
本発明の第1の態様に係る態様に係る無薬型防汚塗料組成物において、前記着床抑制剤として、メチルシリコーン、ジメチルシリコーン、メチルフェニルシリコーン、環状メチルポリシロキサン、アルキル変性シリコーンオイル、ポリエーテル変性シリコーンオイル、アルコール変性シリコーンオイル、フッ素変性シリコーンオイル、アミノ変性シリコーンオイル、メルカプト変性シリコーンオイル、エポキシ変性シリコーンオイル、カルボキシル変性シリコーンオイル、高級脂肪酸変性シリコーンオイル、高級脂肪酸含有シリコーンオイルからなる群より選択されるシリコーン化合物を、不揮発成分に対し5%以上50%以下の割合で含んでいてもよい。
【0015】
本発明の第1の態様に係る態様に係る無薬型防汚塗料組成物において、前記着床抑制剤として、ポリブテン類、イソポリブテン類、ワックス類、流動パラフィン、固体パラフィン、ラウリン、ワセリン及び分子量150以上3000以下のエチレン・α-オレフィン共重合体からなる群より選択される1又は複数種の化合物を、不揮発成分に対し15%以上35%以下の割合で含んでいてもよい。
【0016】
本発明の第1の態様に係る態様に係る無薬型防汚塗料組成物において、前記着床抑制剤として、平均粒径0.2μm以上60μm以下のシリコーン複合パウダー、平均粒径1μm以上30μm以下のシリコーンゴムパウダー、平均粒径0.2μm以上8.0μm以下のシリコーンレジンパウダーからなる群より選択されるシリコーンパウダーを、不揮発成分に対し0.5%以上2.0%以下の割合で更に含んでいてもよい。
【0017】
本発明の第2の態様は、本発明の第1の態様に係る無薬型防汚塗料組成物を塗布する工程と、前記塗布された前記無薬型防汚塗料組成物の塗膜を乾燥させる工程を有することを特徴とする防汚性被膜の形成方法を提供することにより上記課題を解決するものである。
【発明の効果】
【0018】
本発明によると、薬剤を含有させることなく水棲生物の付着を抑制でき、干満差のある海中で使用しても塗膜の剥離を生じにくく、薬剤の放出による水質の汚染や水棲生物への薬剤の蓄積のリスクが低い無薬剤型防汚塗料、及びそれを用いた防汚性被膜の形成方法が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の一実施の形態に係る無薬剤型防汚塗料組成物(以下、「無薬型防汚塗料組成物」又は「防汚塗料組成物」と略称する場合がある。)は、(A)酸価が0mgKOH/g以上10mgKOH/g以下で、重量平均分子量(Mw)が50,000以上300,000以下であり、ポリ(アクリル酸アルキルエステル)樹脂、ポリ(メタクリル酸アルキルエステル)樹脂、アクリル酸アルキルエステル-アクリル酸共重合体樹脂、メタクリル酸アルキルエステル-メタクリル酸共重合体樹脂、アクリルシリコーン樹脂、ポリエステル樹脂、アルキッド樹脂、及びアルキッドロジン樹脂からなる群より選択される1又は複数種の樹脂と、(B)ロジン及びシランカップリング剤の塗膜密着促進剤、(C)シリコーン化合物、シリコーンパウダー及びエチレン・α-オレフィン共重合体の着床抑制剤である無薬剤型防汚塗料組成物である。以下、各成分について詳細に説明する。
【0020】
(A)樹脂
無薬型防汚塗料組成物の塗膜成分としては溶剤に可能であり、樹脂としては、アクリル樹脂(ポリ(アクリル酸アルキルエステル)樹脂、ポリ(メタクリル酸アルキルエステル)樹脂、アクリル酸アルキルエステル-アクリル酸共重合体樹脂、及びメタクリル酸アルキルエステル-メタクリル酸共重合体樹脂)の総称)、アクリルシリコーン樹脂、ポリエステル樹脂、アルキッド樹脂、アルキッドロジン樹脂が挙げられる。
【0021】
これらの樹脂は、ラジカル開始剤を用いた溶液重合、乳化重合等の任意の公知の方法を用いて合成することができる。なお、アクリル酸アルキルエステル-アクリル酸共重合体樹脂、及びメタクリル酸アルキルエステル-メタクリル酸共重合体樹脂は、それぞれ、ポリ(アクリル酸アルキルエステル)樹脂、ポリ(メタクリル酸アルキルエステル)樹脂のカルボン酸アルキルエステル基を部分的に加水分解することにより得てもよい。
【0022】
無薬型防汚塗料組成物に使用される樹脂の酸価は、長期貯蔵安定性の観点から0から10mgKOH/gであることが好ましく、0~5mgKOH/gであることがより好ましい。酸価とは、JIS K5601-2-1:1999(塗料成分試験方法-第2部:溶剤可溶物中の成分分析-第1節:酸価(滴定法))において定義されているように、「製品の不揮発分1g中の遊離酸を中和するために要するKOHの量(mg)」をいい、単位は「mgKOH/g」で表される。酸価の評価は、同規格に記載の滴定法に準拠して行うことができる。
【0023】
無薬型防汚塗料組成物に使用される樹脂の重量平均分子量(Mw)は、皮膜形成及び長期における効果を持続させるために50,000以上300,000以下であり、好ましくは100,000以上250,000以下である。分子量の測定は、GPC(ゲル浸透クロマトグラフィー)分析法等の任意の公知の方法を用いて行うことができる。
【0024】
(B)塗膜密着促進剤
塗膜と物品表面との密着性を向上することにより、海域での潮の干満差による塗膜の剥離を改良するために、無薬型防汚塗料組成物は、塗膜密着促進剤を含んでいる。塗膜密着促進剤は、被塗物の材質及び形状により選択することができる。塗膜密着促進剤の好ましい具体例としては、ロジン及びシランカップリング剤が挙げられる。これらは、単独で用いてもよく、任意の2種類以上のものを組み合わせて使用することもできる。
【0025】
ロジンは、無薬型防汚塗料組成物の不揮発成分(無薬型防汚塗料組成物に含有される成分のうち、溶剤等の揮発性成分を除く全成分をいう。固形分ともいう。)に対し1%以上10%以下の割合で含有することができる。ロジンの酸価は、100mgKOH/g以上200mgKOH/g以下であることが好ましい。ロジンの軟化点は、78℃以上100℃以下であることが好ましい。より好ましくは、ロジンの酸価は140mgKOH/g以上200mgKOH/g以下で、軟化点が75℃以上90℃以下である。これらは、単独で用いてもよく、任意の2種類以上のものを組み合わせて使用することもできる。ロジンの具体例としては、ハリマ化成株式会社製のハリタックF-75、ハリタックFG-90及びハリマックT-80が挙げられる。
【0026】
シランカップリング剤は、無薬型防汚塗料組成物の不揮発成分に対し0.2%以上2.0%以下の割合、好ましくは、0.5%以上1.5%以下の割合で含有することができる。シランカップリング剤の具体例としては、ビニル変性シランカップリング剤、エポキシ変性シランカップリング剤、スチリル変性シランカップリング剤、メタクリル及びアクリル変性シランカップリング剤、アミノ変性シランカップリング剤、メルカプト変性シランカップリング剤、ブタジエンポリマー変性シランカップリング剤、酸無水物官能基含有ブタジエンポリマー変性シランカップリング剤、スチレン-ブタジエンポリマー変性シランカップリング剤、加水分解性シリル基シランカップリング剤、多官能基型シランカップリング剤、メトキシ型シラン、エトキシ型シラン、シラザン及びシロキサンが挙げられる。これらは、単独で用いてもよく、任意の2種類以上のものを組み合わせて使用することもできる。より好ましい具体例としては、信越化学工業株式会社製のX-12-1267B、X-12-1287A、X-12-1281A、X-12-5263HP、KBM-3086、KBM-1003、KBE-1003、KBM-303、KBM-402、KBM-403、KBE-402、KBE-403、KBM-1403、KBM-502、KBM-503、KBE-502、KBE503、KBM-5103、KBM-602、KBM-603、KBM-903、KBE-903、KBE-9103P、KBM-573、KBM-575、KBM-802、KBM-803、X-12-1048、X-12-1050、X-12-9815、X-12-9845、X-12-1154、X-12-1156、X-12-1159L、KBM-13、KBM-22、KBM-103、KBM-202SS、KBM-3033、KBM-3063、KBM-3103C、KBM-3066、KBM-7103、KBE-04、KBE-13、KBe-22、KBE-103、KBE-3033、KBE-3063、KBE-3083、SZ-31、KPN-3504等が挙げられる。特に好ましいのは、アミノシランカップリング剤と酸無水物官能基含有ブタジエンポリマー変性シランカップリング剤及び加水分解性シリル基シランカップリング剤である
【0027】
(C)着床抑制剤
塗膜の表面への水棲生物の着床を抑制するための着床抑制剤として、無薬型防汚塗料組成物は、シリコーン化合物、エチレン・α-オレフィン共重合体及びシリコーンパウダーからなる群より選択される1又は複数種の化合物を使用することができる。以下、各成分について詳細に説明する。
【0028】
シリコーン化合物は、無薬型防汚塗料組成物の不揮発成分に対し5%以上50%以下、より好ましくは、10%以上40%以下、より好ましくは25%以上40%以下の割合で含有することができる。シリコーン化合物の親水性親油性バランス(HLB)は、1以上8以下であることが好ましく、2以上6以下であることがより好ましい。シリコーン化合物の具体例としては、メチルシリコーン、ジメチルシリコーン、メチルフェニルシリコーン、環状メチルポリシロキサン、アルキル変性シリコーンオイル、ポリエーテル変性シリコーンオイル、アルコール変性シリコーンオイル、フッ素変性シリコーンオイル、アミノ変性シリコーンオイル、メルカプト変性シリコーンオイル、エポキシ変性シリコーンオイル、フェニル変性シリコーンオイル、カルボキシル変性シリコーンオイル、高級脂肪酸変性シリコーンオイル、高級脂肪酸含有シリコーンオイルが挙げられる。より詳しい具体例としては、信越化学工業株式会社製のKF-351A、KF-352A、KF-353、KF354L、KF-355A、KF-615A、KF-945、KF-640、KF-642、KF-643、KF-644、KF-6020、KF-6204、X-22-4515、KF-6011、KF-6012、KF-6015、KF-6017、X-22-2516、KF-410、KF-412、KF-413、KF-414、KF-415、KF-4003、KF-4701、KF-4917、KF-7235B、X-22-7322、X-22-1877、KF-910、X-22-715、KF-3955、KF-50-100cs、KF-50-500cs、KF-50-1000cs、KF-50-3000cs、KF-53、KF-54、X-21-3265、KF-54SS、KF-6004、KF-889等が挙げられ、より好ましいのはポリエーテル変性シリコーンオイルである。
【0029】
エチレン・α-オレフィン共重合体は、重量平均分子量150以上3000以下のものが好ましく用いられる。エチレン・α-オレフィン共重合体は、無薬型防汚塗料組成物の不揮発成分に対し15%以上35%以下、より好ましくは、18%以上32%以下の割合で含有することができる。エチレン・α-オレフィン共重合体以外に用いることができる化合物の具体例としては、ポリブテン類及びイソポリブテン類、ワックス類、流動パラフィン、固体パラフィン、ラウリン、ワセリンが挙げられる。これらは、単独で用いてもよく、任意の2種類以上のものを組み合わせて使用することもできる。具体例としては、日本油脂株式会社製のポリブテン0N、ポリブテン015N、ポリブテン3N、ポリブテン10N、ポリブテン30N、及びポリブテン200N、三井化学株式会社製のルーカントHC-40、ルーカントHC-600、ルーカントHC-600、ルーカントHC-1100、及びルーカントHC-2000、日本精蠍株式会社製のParaffinWax-115、ParaffinWax-120、ParaffinWax-125、ParaffinWax-130、ParaffinWax-135、ParaffinWax-140、ParaffinWax-145、ParaffinWax-150、ParaffinWax-155、HNP-3、HPN-5、HPN-6、HPN-10、HPN-11、HPN-12、及びHPN-51等が挙げられる。
【0030】
シリコーンパウダーの例としては、平均粒径0.2μm以上60μm以下のシリコーン複合パウダー、平均粒径1μmから30μm以下のシリコーンゴムパウダー、平均粒径0.2μm以上8.0μm以下のシリコーンレジンパウダーが挙げられる。これらは、単独で用いてもよく、任意の2種類以上のものを組み合わせて使用することもできる。シリコーンパウダーは、無薬型防汚塗料組成物の不揮発成分に対し0.5%以上2.0%以下、好ましくは0.5%以上1.0%の割合で含有させることができる。シリコーンパウダーの具体例として、信越化学工業株式会社製のKMP-600、KMP-601、IOIP-602、KMP-605、X-52-7030、KMP-402、KMP-597、IOIP-598、IOIP-590、IOIP-706、X-52-854、X-52-1621等が挙げられる。
【0031】
無薬型防汚塗料組成物の製造は、任意の公知の装置及び方法を用いて行うことができる。水産資材、海中構造物、及び漁網等の物品への塗布は、浸漬、ハケ塗り、ロールコーター法及び噴霧法等の方法を用いて行うことができる。塗布後、自然乾燥等の任意の条件で塗膜を乾燥させることにより防汚性被膜を形成することができる。
【実施例】
【0032】
次に、本発明の作用効果を確認するために行った実施例について説明する。
[I]樹脂特性差による無薬型防汚塗料組成物の調製
以下の実施例において、無薬型防汚塗料組成物の基材となる樹脂として、溶剤系(キシレン)アクリル樹脂(不揮発性成分40%)を用いた。以下、表1及び表2において基材樹脂1~基材樹脂13と表記する。基材樹脂1~基材樹脂8の酸価は0であり、重量平均分子量は、表1に示すとおりである。基材樹脂9~基材樹脂13の重量平均分子量は200,000であり、酸価は、表2に示すとおりである。
【0033】
一例として、下記の表1の実施例5と表2の実施例14に係る無薬型防汚塗料組成物の製造手順について説明する。
【0034】
(実施例5)
キシレン59.9質量部に撹拌下でポリブテン0N(着床抑制剤)20.5質量部、KF-6020(着床抑制剤)38.0質量部を順次投入し、10分間混合撹拌し、さらに基材樹脂5(ポリアクリル酸アルキルエステル、重量平均分子量20万、酸価0mgKOH/g)103.8質量部を投入し、30分間混合撹拌した。実施例1から実施例13において、同様の製造手順を用いて無薬型防汚塗料組成物の製造を行った。この無薬型防汚塗料組成物を用いて海中浸漬試験を実施した。
【0035】
(実施例14)
キシレン59.9質量部に撹拌下でポリブテン0N(着床抑制剤)20.5質量部、KF-6020(着床抑制剤)38.0質量部を順次投入し、10分間混合撹拌し、さらに基材樹脂5(ポリアクリル酸アルキルエステル、重量平均分子量20万、酸価0mgKOH/g)101.2質量部、基材樹脂10(アクリル酸アルキルエステル-アクリル酸共重合体、重量平均分子量20万、酸価3mgKOH/g)2.6質量部を順次投入し、30分間混合撹拌した。実施例15及び実施例16において、同様の製造手順を用いて無薬型防汚塗料組成物の製造を行った。この無薬型防汚塗料組成物を用いて海中浸漬試験(長崎県佐世保市でのラッセル網籠での海中浸漬結果)を実施した。
【0036】
海中浸漬の結果、6ヶ月浸漬後洗浄試験の結果、無薬型防汚塗料の6ヶ月貯蔵安定性試験の結果を表1及び表2示す。
【0037】
(海中浸漬結果)
評価結果は、全ての水棲生物(フジツボ、セルプラ、ヒドラ、フサコケ虫、ネンエキボヤなど)で総合評価し、水棲生物の付着が認められた面積比率で評価した。表1及び表2において、「○」は10%未満、「○△」は10以上20%未満、「△」は20%以上を意味する(以下同様である。)。
【0038】
(6ヶ月浸漬後洗浄)
6ヶ月浸漬後洗浄試験により、塗膜の表面への水棲生物の付着強度の評価を行った。表1及び表2において、「○」は手ですぐに取り除くことができる、「○△」は手で取り除くことができるが若干力が必要、「△」は手で取り除くことができるが、長時間を要する、「×」は手で取り除くことができないことを、それぞれ表す(以下同様である。)。
【0039】
(貯蔵安定性試験)
50℃で連続2週間、8℃で連続2週間を1セットとして、恒温槽中で6ヶ月間継続して貯蔵安定性の評価を行った。評価結果は、「○」は、沈澱及び粘度の増大共にみられない、「○△」は、若干沈澱は生じるが撹拌により均一に戻る、「△」は撹拌により均一に戻るが、粒子の形成が認められる、「×」は、凝集及び硬化が認められることを、それぞれ表す(以下同様である。)。
【0040】
【0041】
【0042】
[塗膜密着促進剤としてのロジンの効果]
ロジンを含む無薬型防汚塗料組成物の製造調整方法の例を、表3の実施例17と表4の実施例27に示した組成について説明する。
【0043】
(実施例17)
キシレン61.9質量部に撹拌下でポリブテン0N(着床抑制剤)20.7質量部、KF-6020(着床抑制剤)38.4質量部を順次投入し、10分間混合撹拌し、さらに基材樹脂5(重量平均分子量20万)103.8質量部投入し、10分間混合撹拌し、ハマタックFG-90を1.0質量部投入して30分間混合撹拌した。不揮発成分に対するロジンの割合は表3に示すとおりである。
【0044】
(実施例27)
キシレン61.9質量部に撹拌下でポリブテン0N(ポリブテン:着床抑制剤)20.7質量部、KF-6020(エチレン・α-オレフィン共重合体:着床抑制剤)38.4質量部を順次投入し、10分間混合撹拌し、さらに基材樹脂5(重量平均分子量20万)98.6質量部、基材樹脂10(酸価3mgKOH/g)5.2質量部を順次投入し、10分間混合撹拌して、ハマタックFG-90を1.0質量部投入して30分間混合撹拌した。不揮発成分に対するロジンの割合は表4に示すとおりである。
【0045】
潮の干満差による塗膜剥離の影響を検討するため、山口県防府市向島において、ABSコンポーズ(直径47mm、長さ2m)に塗装し海中浸漬試験を実施した。その海中浸漬結果(6ヶ月結果、6ヶ月浸漬後洗浄、及び無薬型防汚塗料の6ヶ月貯蔵安定性試験の結果)を表3及び表4に示す。
【0046】
塗膜剥離状態の評価結果は、塗膜の剥離が生じた部分の面積比率で表している。表3及び表4において、「○」は10%未満、「○△」は10以上20%未満、「△」は20%以上であることをそれぞれ表す。
【0047】
【0048】
【0049】
上記実施例27から36の配合で実地試験を長崎県佐世保地区のカキ養殖と北海道羅臼地区のホタテ養殖で使用するモノフィラメント籠に塗装して3ヶ月浸漬試験を行った。試験結果と、カキ及びホタテの成長試験の結果を、表5及び表6に示す。
【0050】
【0051】
【0052】
[干満差剥離抑制剤としてのシランカップリング剤の効果]
シランカップリング剤を含む無薬型防汚塗料組成物の調製方法の例を、表7の実施例36と表8の実施例47に示した組成について説明する。
【0053】
(実施例37)
キシレン61.9質量部に撹拌下でポリブテン0N(着床抑制剤)20.7質量部、KF-6020(着床抑制剤)38.4質量部を順次投入し、10分間混合撹拌し、さらに基材樹脂5(重量平均分子量20万)103.8質量部投入し、10分間混合撹拌し、X-12-1287A(シランカップリング剤)0.2質量部投入して30分間混合撹拌した。不揮発成分に対するシランカップリング剤の割合は、表7に示すとおりである。
【0054】
(実施例47)
キシレン61.9質量部に撹拌下でポリブテン0N(着床抑制剤)20.7質量部、KF-6020(着床抑制剤)38.4質量部を順次投入し、10分間混合撹拌し、さらに基材樹脂5(重量平均分子量20万)98.6質量部、基材樹脂10(酸価3mgKOH/g)5.2質量部を順次投入し、10分間混合撹拌して、X-12-1287A(シランカップリング剤)0.2質量部投入して30分間混合撹拌した。不揮発成分に対するシランカップリング剤の割合は、表8に示すとおりである。
【0055】
山口県防府市向島において、ABSコンポーズ(直径47mm、長さ2m)に塗装した。その海中浸漬結果(6ヶ月結果、6ヶ月浸漬後洗浄、及び無薬型防汚塗料の6ヶ月貯蔵安定性試験の結果)を表7及び表8に示す。
【0056】
【0057】
【0058】
上記実施例47から56の配合で実地試験を長崎県佐世保地区のカキ養殖と北海道羅臼地区のホタテ養殖で使用するモノフィラメント籠に塗装して3ヶ月浸漬試験を行った。試験結果と、カキ及びホタテの成長試験の結果を、表9及び表10に示す。
【0059】
【0060】
【0061】
[着床抑制剤としてのシリコーン化合物の効果]
シリコーン化合物による無薬型防汚塗料組成物の調製方法の例を、表11の実施例57に示した組成について説明する。
【0062】
(実施例57)
キシレン10.8質量部に撹拌下でポリブテン0N(着床抑制剤)12.3質量部、KF-6020(着床抑制剤)5.0質量部を順次投入し、10分間混合撹拌し、さらに基材樹脂5(重量平均分子量20万)103.8質量部投入し、10分間混合撹拌し、ハリマックT-80を1.0質量部投入して30分間混合撹拌した。不揮発成分に対するシリコーン化合物の割合は表11に示すとおりである。
【0063】
山口県防府市向島において、ABSコンポーズ(直径47mm、長さ2m)に塗装した。その海中浸漬結果(6ヶ月結果、6ヶ月浸漬後洗浄、及び無薬型防汚塗料の6ヶ月貯蔵安定性試験の結果)を表11に示す。
【0064】
【0065】
上記実施例57から66の配合で実地試験を長崎県佐世保地区のカキ養殖と北海道羅臼地区のホタテ養殖で使用するモノフィラメント籠に塗装して3ヶ月浸漬試験を行った。試験結果と、カキ及びホタテの成長試験の結果を、表12及び表13に示す。
【0066】
【0067】
【0068】
[着床抑制剤としてのエチレン・α-オレフィン共重合体の効果]
エチレン・α-オレフィン共重合体による無薬型防汚塗料組成物の製造調整方法の例を、表14の実施例67に示した組成について説明する。
【0069】
(実施例67)
キシレン54.0質量部に撹拌下でポリブテン0N(着床抑制剤)14.3質量部、KF-6020(着床抑制剤)38.4質量部を順次投入し、10分間混合撹拌し、さらに基材樹脂5(重量平均分子量20万)103.8質量部投入し、10分間混合撹拌し、ハリマックT-80を1.0質量部投入して30分間混合撹拌して、不揮発成分に対するロジン1%、シリコーン化合物40.3%、エチレン・α-オレフィン共重合体15.0%を取出した。不揮発成分に対するエチレン・α-オレフィン共重合体の割合は表14に示すとおりである。
【0070】
山口県防府市向島において、ABSコンポーズ(直径47mm、長さ2m)に塗装した。その海中浸漬結果(6ヶ月結果、6ヶ月浸漬後洗浄、及び無薬型防汚塗料の6ヶ月貯蔵安定性試験の結果)を表14に示す。
【0071】
【0072】
上記実施例67から76の配合で実地試験を長崎県佐世保地区のカキ養殖と北海道羅臼地区のホタテ養殖で使用するモノフィラメント籠に塗装して3ヶ月浸漬試験を行った。試験結果と、カキ及びホタテの成長試験の結果を、表15及び表16に示す。
【0073】
【0074】
【0075】
[着床抑制剤としてのシリコーンパウダーの効果]
シリコーンパウダーによる無薬型防汚塗料組成物の製造調整方法の例を、表17の実施例77に示した組成について説明する。
【0076】
(実施例77)
キシレン66.8質量部に撹拌下でポリブテン0N(着床抑制剤)21.9質量部、KF-6020(着床抑制剤)40.7質量部を順次投入し、10分間混合撹拌し、さらに基材樹脂5(重量平均分子量20万)103.8質量部、KBM-590(シリコーンパウダー)0.5質量部投入し、10分間混合撹拌し、ハリマックT-80を1.0質量部投入して30分間混合撹拌した。不揮発成分に対するシリコーンパウダーの割合は表17に示すとおりである。
【0077】
山口県防府市向島において、ABSコンポーズ(直径47mm、長さ2m)に塗装した。その海中浸漬結果(6ヶ月結果、6ヶ月浸漬後洗浄、及び無薬型防汚塗料の6ヶ月貯蔵安定性試験の結果)を表17に示す。
【0078】
表17において、ABS樹脂付着性試験は、厚さ1mm、6cm×8cmの板(日本テストパネル(樹品)を使用して、JISK5600-5-6:塗料一般試験方法、第5部:塗膜の機械的性質、第6節:付着性(クロスカット法)の手法に準拠して実施した。表17において、「1mm幅」、「2mm幅」は、塗膜の表面に形成したクロスカットの幅を示し、「100/100」は、クロスカットにより形成された100ますの全てにおいて、付着テープの除去後に剥がれが観測されないこと、「50/50」は、クロスカットにより形成された50ますの全てにおいて、付着テープの除去後に剥がれが観測されないことを示している。
【0079】
【0080】
上記実施例77から86の配合で実地試験を長崎県佐世保地区のカキ養殖と北海道羅臼地区のホタテ養殖で使用するモノフィラメント籠に塗装して3ヶ月浸漬試験を行った。試験結果と、カキ及びホタテの成長試験の結果を、表18及び表19に示す。
【0081】
【0082】
【要約】
【課題】水産資材、海中構造物、及び漁網等への海棲生物及び海藻類の付着抑制することができる新規な海棲生物忌避剤を含有しない防汚塗料組成物、さらに該組成物を用いた防汚性被膜の形成方法を提供することを目的とする。
【解決手段】物品の水との接触面に、水棲生物の付着を抑制する塗膜を形成するための防汚塗料組成物であって、酸価が0mgKOH/g以上10mgKOH/g以下で、重量平均分子量(Mw)が50,000以上300,000以下であり、アクリル樹脂、アクリルシリコーン樹脂、ポリエステル樹脂、アルキッド樹脂、及びアルキッドロジン樹脂からなる群より選択される1又は複数種の樹脂と、塗膜密着促進剤と、前記塗膜の表面への水棲生物の着床を抑制するための着床抑制剤とを含み、水棲生物忌避剤を含まない無薬型防汚塗料組成物。
【選択図】なし