IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ ポスコ カンパニー リミテッドの特許一覧

特許7673202強度及び耐食性が向上したマルテンサイト系ステンレス鋼及びその製造方法
<>
  • 特許-強度及び耐食性が向上したマルテンサイト系ステンレス鋼及びその製造方法 図1
  • 特許-強度及び耐食性が向上したマルテンサイト系ステンレス鋼及びその製造方法 図2
  • 特許-強度及び耐食性が向上したマルテンサイト系ステンレス鋼及びその製造方法 図3
  • 特許-強度及び耐食性が向上したマルテンサイト系ステンレス鋼及びその製造方法 図4
  • 特許-強度及び耐食性が向上したマルテンサイト系ステンレス鋼及びその製造方法 図5
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-04-25
(45)【発行日】2025-05-08
(54)【発明の名称】強度及び耐食性が向上したマルテンサイト系ステンレス鋼及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20250428BHJP
   C22C 38/46 20060101ALI20250428BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20250428BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/46
C21D9/46 Q
【請求項の数】 20
(21)【出願番号】P 2023537896
(86)(22)【出願日】2021-11-29
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2024-01-10
(86)【国際出願番号】 KR2021017715
(87)【国際公開番号】W WO2022139214
(87)【国際公開日】2022-06-30
【審査請求日】2023-08-17
(31)【優先権主張番号】10-2020-0180359
(32)【優先日】2020-12-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】KR
(73)【特許権者】
【識別番号】522492576
【氏名又は名称】ポスコ カンパニー リミテッド
(74)【代理人】
【識別番号】110000051
【氏名又は名称】弁理士法人共生国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】ソン,ビョン-ジュン
(72)【発明者】
【氏名】クォン,ヨンジン
(72)【発明者】
【氏名】ゾ,ギュジン
(72)【発明者】
【氏名】チュ,ナヨン
【審査官】河口 展明
(56)【参考文献】
【文献】特表2017-508863(JP,A)
【文献】特開2020-050916(JP,A)
【文献】特表平10-504354(JP,A)
【文献】特開2020-094275(JP,A)
【文献】国際公開第2020/245285(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 9/46、9/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
重量%で、C:0.3~0.5%、N:0.01~0.025%、Si:0.3~0.5%、Mn:0.4~0.6、Cr:13.1~14.5%、Mo:0.95~1.10%、V:0.05~0.3%、Ni:0.3~0.5%、Cu:0.001~0.5%を含み、残りがFe及び不可避な不純物からなり、下記式(1)を満足することを特徴とする強度及び耐食性が向上したマルテンサイト系ステンレス熱延焼鈍鋼板。
式(1):16.4≦(Cr+3.3Mo+16N)*(Mo+V)≦23.3
ここで、Cr、N、Mo、Vは、各元素の含量(重量%)を意味する。
【請求項2】
下記式(2)を満足することを特徴とする請求項1に記載の強度及び耐食性が向上したマルテンサイト系ステンレス熱延焼鈍鋼板。
式(2):-14≦-36442+248C+365Cr+373Mo+530V+365Fe+350Si+312Mn+331Ni+506Cu≦50
ここで、C、Cr、Mo、V、Fe、Si、Mn、Ni、Cuは、各元素の含量(重量%)を意味する。
【請求項3】
下記式(3)を満足することを特徴とする請求項1に記載の強度及び耐食性が向上したマルテンサイト系ステンレス熱延焼鈍鋼板。
式(3):0.37≦C+N≦0.43
【請求項4】
下記式(4)を満足することを特徴とする請求項1に記載の強度及び耐食性が向上したマルテンサイト系ステンレス熱延焼鈍鋼板。
式(4):1.0≦Mo+V≦1.35
【請求項5】
フェライトを基地組織とし、(Cr,Fe,Mo,V)で表現される1次炭化物及び(Cr,Fe,Mo,V)23で表現される2次炭化物を含むことを特徴とする請求項1に記載の強度及び耐食性が向上したマルテンサイト系ステンレス熱延焼鈍鋼板。
【請求項6】
前記1次炭化物内の(Mo+V)の重量%が2.93~5.67%であることを特徴とする請求項5に記載の強度及び耐食性が向上したマルテンサイト系ステンレス熱延焼鈍鋼板。
【請求項7】
前記2次炭化物内の(Mo+V)の重量%が12.2~14.8%であることを特徴とする請求項5に記載の強度及び耐食性が向上したマルテンサイト系ステンレス熱延焼鈍鋼板。
【請求項8】
前記1次炭化物の粒径が10μm以下であることを特徴とする請求項に記載の強度及び耐食性が向上したマルテンサイト系ステンレス熱延焼鈍鋼板。
【請求項9】
長さ方向に炭化物の偏差が10個/100μm以下であることを特徴とする請求項1に記載の強度及び耐食性が向上したマルテンサイト系ステンレス熱延焼鈍鋼板。
【請求項10】
冷間圧延後の炭化物の分布密度は、42~58個/100μmであることを特徴とする請求項1に記載の強度及び耐食性が向上したマルテンサイト系ステンレス熱延焼鈍鋼板。
【請求項11】
重量%で、C:0.3~0.5%、N:0.01~0.025%、Si:0.3~0.5%、Mn:0.4~0.6、Cr:13.1~14.5%、Mo:0.95~1.10%、V:0.05~0.3%、Ni:0.3~0.5%、Cu:0.001~0.5%を含み、残りがFe及び不可避な不純物からなり、下記式(1)を満足するスラブを熱間圧延する段階、
熱間圧延直後に600~900℃の温度範囲でバッチ焼鈍熱処理する段階、
熱延焼鈍材を冷間圧延する段階、及び
冷延材を強化熱処理する段階を含むことを特徴とする強度及び耐食性が向上したマルテンサイト系ステンレス鋼の製造方法。
式(1):16.4≦(Cr+3.3Mo+16N)*(Mo+V)≦23.3
ここで、Cr、N、Mo、Vは、各元素の含量(重量%)を意味する。
【請求項12】
前記熱延焼鈍材は、フェライトを基地組織とし、(Cr,Fe,Mo,V)で表現される1次炭化物及び(Cr,Fe,Mo,V)23で表現される2次炭化物を含むことを特徴とする請求項11に記載の強度及び耐食性が向上したマルテンサイト系ステンレス鋼の製造方法。
【請求項13】
前記1次炭化物内の(Mo+V)の重量%が2.93~5.67%であることを特徴とする請求項12に記載の強度及び耐食性が向上したマルテンサイト系ステンレス鋼の製造方法。
【請求項14】
前記2次炭化物内の(Mo+V)の重量%が12.2~14.8%であることを特徴とする請求項12に記載の強度及び耐食性が向上したマルテンサイト系ステンレス鋼の製造方法。
【請求項15】
前記1次炭化物の粒径が10μm以下であることを特徴とする請求項12に記載の強度及び耐食性が向上したマルテンサイト系ステンレス鋼の製造方法。
【請求項16】
冷間圧延後、42~58個/100μm以下の炭化物が分布することを特徴とする請求項11に記載の強度及び耐食性が向上したマルテンサイト系ステンレス鋼の製造方法。
【請求項17】
前記強化熱処理は、
980~1,050℃の温度で焼入れする段階、
400~600℃の温度で1分~1時間の間焼戻しする段階を含むことを特徴とする請求項11に記載の強度及び耐食性が向上したマルテンサイト系ステンレス鋼の製造方法。
【請求項18】
強化熱処理後のビッカース硬さは、520~650Hvであることを特徴とする請求項17に記載の強度及び耐食性が向上したマルテンサイト系ステンレス鋼の製造方法。
【請求項19】
下記式(2)を満足することを特徴とする請求項11に記載の強度及び耐食性が向上したマルテンサイト系ステンレス鋼の製造方法。
式(2):-14≦-36442+248C+365Cr+373Mo+530V+365Fe+350Si+312Mn+331Ni+506Cu≦50
ここで、C、Cr、Mo、V、Fe、Si、Mn、Ni、Cuは、各元素の含量(重量%)を意味する。
【請求項20】
下記式(3)及び式(4)を満足することを特徴とする請求項11に記載の強度及び耐食性が向上したマルテンサイト系ステンレス鋼の製造方法。
式(3):0.37≦C+N≦0.43
式(4):1.0≦Mo+V≦1.35
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マルテンサイト系ステンレス鋼及びその製造方法に係り、より詳しくは、家電製品、自動車の圧縮機部品用、doctor bladeなど多様な部品素材に適用が可能なマルテンサイト系ステンレス鋼及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的に、ステンレス鋼は、化学成分や金属組織によって分類する。金属組織による場合、ステンレス鋼は、オーステナイト(Austenite)系、フェライト(Ferrite)系、マルテンサイト(Martensite)系、そして二相(Dual Phase)系に分類し得る。
【0003】
マルテンサイト系ステンレス鋼は、硬度、耐磨耗性に優れているが、脆性が非常に強く延伸率が低い素材であって、使用用途によって炭素含量が異なる。例えば、耐磨耗性が大きく要求されないブレーキディスク用、アンカー用には、炭素を0.1%以下添加し、1種洋食器用には、炭素を0.1~0.3%添加し、高い耐摩耗性が要求される包丁、ハサミ、手術用Knifeなどの用途には、炭素を0.3~0.7%添加し、産業用Knifeなどの場合には、炭素を1%以上添加することもある。
【0004】
STS420は、クロムを12~15%含有する代表的なマルテンサイト系ステンレス鋼であって、強度、硬度及び耐食性に優れ最も広く用いられてきた。
【0005】
マルテンサイト系ステンレス鋼は、強度及び硬度を確保するために、焼鈍後にフェライト基地にクロム炭化物が分布されている微細組織に強化熱処理を導入して高温安定相であるオーステナイト相を形成した後、急速冷却して形成される焼戻しマルテンサイト組織を活用する。焼戻しマルテンサイトは、非常に軽い組織であって、固溶された炭素の含量が高いほど硬度が高くなる。
【0006】
一方、熱処理後に一定分率の炭化物残留又は析出させることによってマルテンサイト系ステンレス鋼の耐磨耗性を確保し得る。炭素とクロムが反応してクロム炭化物の形態で析出され、それによって、基地のCr濃度が減少して耐食性が劣位となる。
【0007】
また、残留する炭化物のサイズが大きいほど、基地へ容易に分解しにくいため硬度及び耐食性の偏差が発生し、疲労環境では応力の集中を受けてクラック発生の始発点として作用して素材の寿命を短縮させる問題がある。
【0008】
一方、脆性が高いマルテンサイト系ステンレス鋼は、加工が容易となるように軟化させる必要があり、熱処理作業性が容易なバッチ焼鈍(BAF、Batch Annealing Furnace)工程を経る。巻き取られたコイル状態で焼鈍が進行される間に、長さ方向に熱履歴の偏差が発生する。具体的には、長さ方向の1/2地点では、加熱、冷却速度が最も遅いので炭化物のサイズが粗大となり、冷間圧延後にも偏差が維持されて最終素材の物性偏差を発生させる原因として作用する。
【0009】
したがって、従来の高炭素素材と同等以上の硬度、強度及び耐食性を確保すると共に材質偏差を抑制し得るマルテンサイト系ステンレス鋼の開発と熱処理条件の定立が要求されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の目的とするところは、Mo、Vの含量を最適化して硬度を確保すると共に強度及び耐食性が向上したマルテンサイト系ステンレス鋼及びその製造方法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の強度及び耐食性が向上したマルテンサイト系ステンレス熱延焼鈍鋼板は、重量%で、C:0.3~0.5%、N:0.01~0.025%、Si:0.3~0.5%、Mn:0.4~0.6、Cr:13.1~14.5%、Mo:0.95~1.10%、V:0.05~0.3%、Ni:0.3~0.5%、Cu:0.001~0.5%を含み、残りがFe及び不可避な不純物からなり、下記式(1)を満足する。
【0012】
式(1):16.4≦(Cr+3.3Mo+16N)*(Mo+V)≦23.3
ここで、Cr、N、Mo、Vは、各元素の含量(重量%)を意味する。
【0013】
また、本発明の強度及び耐食性が向上したマルテンサイト系ステンレス熱延焼鈍鋼板は、下記式(2)を満足し得る。
【0014】
式(2):-14≦-36442+248C+365Cr+373Mo+530V+365Fe+350Si+312Mn+331Ni+506Cu≦50
ここで、C、Cr、Mo、V、Fe、Si、Mn、Ni、Cuは、各元素の含量(重量%)を意味する。
【0015】
また、本発明の強度及び耐食性が向上したマルテンサイト系ステンレス熱延焼鈍鋼板は、下記式(3)を満足し得る。
【0016】
式(3):0.37≦C+N≦0.43
【0017】
また、本発明の強度及び耐食性が向上したマルテンサイト系ステンレス熱延焼鈍鋼板は、下記式(4)を満足し得る。
【0018】
式(4):1.0≦Mo+V≦1.35
【0019】
また、本発明の強度及び耐食性が向上したマルテンサイト系ステンレス熱延焼鈍鋼板は、フェライトを基地組織とし、(Cr,Fe,Mo,V)で表現される1次炭化物及び(Cr,Fe,Mo,V)23で表現される2次炭化物を含むことができる。
【0020】
また、本発明の強度及び耐食性が向上したマルテンサイト系ステンレス熱延焼鈍鋼板は、前記1次炭化物内の(Mo+V)の重量%が2.93~5.67%であってもよい。
【0021】
また、本発明の強度及び耐食性が向上したマルテンサイト系ステンレス熱延焼鈍鋼板は、前記2次炭化物内の(Mo+V)の重量%が12.2~14.8%であってもよい。
【0022】
また、本発明の強度及び耐食性が向上したマルテンサイト系ステンレス熱延焼鈍鋼板は、前記1次炭化物の粒径が10μm以下であってもよい。
【0023】
また、本発明の強度及び耐食性が向上したマルテンサイト系ステンレス熱延焼鈍鋼板は、長さ方向に炭化物の偏差が10個/100μm以下であってもよい。
【0024】
また、本発明の強度及び耐食性が向上したマルテンサイト系ステンレス熱延焼鈍鋼板は、冷間圧延後の炭化物の分布密度は、42~58個/100μmであってもよい。
【0025】
本発明の強度及び耐食性が向上したマルテンサイト系ステンレス鋼の製造方法は、重量%で、C:0.3~0.5%、N:0.01~0.025%、Si:0.3~0.5%、Mn:0.4~0.6、Cr:13.1~14.5%、Mo:0.95~1.10%、V:0.05~0.3%、Ni:0.3~0.5%、Cu:0.001~0.5%を含み、残りがFe及び不可避な不純物からなり、下記式(1)を満足するスラブを熱間圧延する段階、熱間圧延直後に600~900℃の温度範囲でバッチ焼鈍熱処理する段階、熱延焼鈍材を冷間圧延する段階、及び冷延材を強化熱処理する段階を含む。
【0026】
また、本発明の強度及び耐食性が向上したマルテンサイト系ステンレス鋼の製造方法は、前記熱延焼鈍材は、フェライトを基地組織とし、(Cr,Fe,Mo,V)で表現される1次炭化物及び(Cr,Fe,Mo,V)23で表現される2次炭化物を含むことができる。
【0027】
また、本発明の強度及び耐食性が向上したマルテンサイト系ステンレス鋼の製造方法は、前記1次炭化物内の(Mo+V)の重量%が2.93~5.67%であってもよい.
【0028】
また、本発明の強度及び耐食性が向上したマルテンサイト系ステンレス鋼の製造方法は、前記2次炭化物内の(Mo+V)の重量%が12.2~14.8%であってもよい。
【0029】
また、本発明の強度及び耐食性が向上したマルテンサイト系ステンレス鋼の製造方法は、前記1次炭化物の粒径が10μm以下であってもよい。
【0030】
また、本発明の強度及び耐食性が向上したマルテンサイト系ステンレス鋼の製造方法は、冷間圧延後に42~58個/100μm以下の炭化物が分布し得る。
【0031】
また、本発明の強度及び耐食性が向上したマルテンサイト系ステンレス鋼の製造方法は、前記強化熱処理が、980~1,050℃の温度で焼入れする段階、400~600℃の温度で1分~1時間の間焼戻しする段階を含むことができる。
【0032】
また、本発明の強度及び耐食性が向上したマルテンサイト系ステンレス鋼の製造方法は、強化熱処理後のビッカース硬さは、520~650Hvであってもよい。
【0033】
また、本発明の強度及び耐食性が向上したマルテンサイト系ステンレス鋼の製造方法は、下記式(2)を満足し得る。
【0034】
式(2):-14≦-36442+248C+365Cr+373Mo+530V+365Fe+350Si+312Mn+331Ni+506Cu≦50
ここで、C、Cr、Mo、V、Fe、Si、Mn、Ni、Cuは、各元素の含量(重量%)を意味する。
【0035】
また、本発明の強度及び耐食性が向上したマルテンサイト系ステンレス鋼の製造方法は、下記式(3)及び式(4)を満足し得る。
【0036】
式(3):0.37≦C+N≦0.43
【0037】
式(4):1.0≦Mo+V≦1.35
【発明の効果】
【0038】
本発明によると、硬度を確保すると共に強度及び耐食性が向上したマルテンサイト系ステンレス鋼及びその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0039】
図1】本発明のマルテンサイト系ステンレス鋼の(Cr+3.3Mo+16N)*(Mo+V)値と炭化物内のMo+V含量の間の関係を説明するためのグラフである。
図2】本発明のマルテンサイト系ステンレス鋼の(Cr+3.3Mo+16N)*(Mo+V)値と(Cr,Fe,Mo,V)で表現される1次炭化物のサイズの間の関係を説明するためのグラフである。
図3】本発明のマルテンサイト系ステンレス鋼の(Cr+3.3Mo+16N)*(Mo+V)値と熱延焼鈍材の炭化物分布の間の関係を説明するためのグラフである。
図4】巻戻し後、比較例4の強化熱処理後の微細組織のクロム炭化物を観察した走査電子顕微鏡(SEM)写真である。
図5】巻戻し後、実施例1の強化熱処理後の微細組織のクロム炭化物を観察した走査電子顕微鏡(SEM)写真である。
【発明を実施するための形態】
【0040】
本発明の一実施例による強度及び耐食性が向上したマルテンサイト系ステンレス熱延焼鈍鋼板は、重量%で、C:0.3~0.5%、N:0.01~0.025%、Si:0.3~0.5%、Mn:0.4~0.6、Cr:13.1~14.5%、Mo:0.95~1.10%、V:0.05~0.3%、Ni:0.3~0.5%、Cu:0.001~0.5%を含み、残りがFe及び不可避な不純物からなり、下記式(1)を満足する。
【0041】
式(1):16.4≦(Cr+3.3Mo+16N)*(Mo+V)≦23.3
ここで、Cr、N、Mo、Vは、各元素の含量(重量%)を意味する。
【0042】
以下では、本発明の実施例を添付図面を参照して詳しく説明する。以下の実施例は、本発明が属する技術分野において通常の知識を有した者に本発明の思想を十分に伝達するために提示するものである。本発明は、ここで提示した実施例に限定されず、他の形態で具体化できる。図面は、本発明を明確にするために、説明と関係ない部分の図示を省略し、理解を助けるために構成要素のサイズを多少誇張して表現することができる。
【0043】
明細書全体において、任意の部分がある構成要素を「含む」というとき、これは、特に反対する記載がない限り、他の構成要素を除外するものではなく、他の構成要素をさらに含むことができることを意味する。
【0044】
単数の表現は、文脈上明白に例外がない限り、複数の表現を含む。以下では、本発明による実施例を添付した図面を参照して詳しく説明する。
【0045】
本発明者らは、高炭素マルテンサイト系ステンレス鋼の耐食性を向上させ、材質の偏差を最小化するために、多様な検討を行った結果、以下の知見を得ることができた。
【0046】
耐食性の向上のためには、Cr含量を高める方法が考慮され得るが、Crは、高価の元素であって、製造原価を上昇させるところ、好ましい開発方向ではない。
【0047】
一般的な連鋳、熱延、バッチ焼鈍工程を経由して生産された熱延焼鈍材は、フェライトを基地組織とし、クロム炭化物を含む。クロム炭化物は、鋳造過程でCr、C中心の偏析で形成されて数十~数百μmサイズを有するM(Mは、Cr:Fe=73.6%:17.2%)で表現される1次クロム炭化物と、バッチ焼鈍時に結晶粒界、マルテンサイトラス(Lath)の粒界によって優先的に析出され、M23(Mは、Cr:Fe=73%:19.3%)で表現される2次クロム炭化物を含む。
【0048】
特に、素材の中心部に分布する1次クロム炭化物のサイズが10μm以上と粗大であると、熱延、バッチ焼鈍を経ながら分解されず残留する。一定レベルの圧下量を加えて冷間圧延を行っても分節が難しいため3μm以上の粗大な炭化物で残留することになる。また、一定レベルの圧下量を加えて冷間圧延を行っても分節が難しいため3μm以上のサイズで残留することになる。
【0049】
残留する炭化物は、強化熱処理時にオーステナイト相への再固溶率を落として最終素材であるマルテンサイト系ステンレス鋼の硬度及び耐食性を低下させ、局所的な材質の不均衡をもたらす。
【0050】
発明者らは、Mo及びV含量を一定量以上に確保する場合、クロム炭化物の粗大化を防止し、クロム炭化物の析出サイトを多様化して均一な物性(耐食性、硬度)を確保し得るだけでなく、後続する強化熱処理段階で高温のオーステナイト相へのクロム及び炭素の速い再固溶を可能にして、耐食性及び強度を向上させ得ることを発見した。
【0051】
以下では、本発明による実施例を添付した図面を参照して詳しく説明する。まず、マルテンサイト系ステンレス鋼に対して説明した後、マルテンサイトステンレス鋼の製造方法に対して説明する。
【0052】
本発明の一側面による強度及び耐食性が向上したマルテンサイト系ステンレス熱延焼鈍鋼板は、重量%で、C:0.3~0.5%、N:0.01~0.025%、Si:0.3~0.5%、Mn:0.4~0.6、Cr:13.1~14.5%、Mo:0.95~1.10%、V:0.05~0.3%、Ni:0.3~0.5%、Cu:0.001~0.5%を含み、残りがFe及び不可避な不純物からなる。
【0053】
以下、本発明の実施例での合金成分の元素含量の数値限定理由について説明する。以下では、特別な言及がない限り、単位は重量%である。
【0054】
Cの含量は、0.3~0.5%である。
炭素(C)は、マルテンサイト系ステンレス鋼の硬度を確保するための必須的な元素であって、焼入れ/焼戻し熱処理後の硬度を確保するために0.3%以上添加する。ただし、その含量が過度な場合、クロム炭化物が過度に形成され、それによって、素材自体の耐食性が低下するだけでなく、増加と粗大な炭化物の残留による靭性低下の恐れがあるので、その上限を0.5%に限定することができる。好ましくは、Cの含量は、0.36~0.4%である。
【0055】
Nの含量は、0.01~0.025%である。
窒素(N)は、耐食性と硬度を同時に改善するために添加される元素であって、Cの代わりに添加しても局所的な微細偏析を誘発しないので、製品に粗大な析出物を形成しない長所がある。このような効果を具現するために、本発明では、Nを0.01%以上添加する。ただし、その含量が過度な場合、低温析出相であるCr窒化物及び過度な残留オーステナイト相を形成する問題があり、疲労特性の確保のためにその上限を0.025%に限定し得る。
【0056】
C+N含量は、0.37~0.43%である。
侵入型元素であるCとNの含量を0.37%以上に制御することによってマルテンサイト系ステンレス鋼の硬度を確保し得る。一方、C+Nが増加するほど熱間圧延過程で圧下力が増加することになって製造が難しく、靭性が低下するので、最終素材の硬度及び製造容易性を考慮して、C+N値の範囲を0.37~0.43%に制御し得る。
【0057】
Siの含量は、0.3~0.5%である。
ケイ素(Si)は、脱酸のために必須的に添加される元素であって、強度を向上させる役目をするところ、本発明では0.3%以上添加する。ただし、その含量が過度な場合、熱間圧延時の鋼板表面にスケールを形成して表面品質を阻害する問題があり、その上限を0.5%に限定し得る。
【0058】
Mnの含量は、0.4~0.6%である。
マンガン(Mn)は、強度及び硬化能を向上させるために添加される元素であって、製造工程中に不可避に含有される硫黄(S)と結合してMnSを形成して硫黄(S)によるクラック発生を抑制する役目をするところ、本発明では0.4%以上添加する。ただし、その含量が過度な場合、鋼の表面品質を阻害して靭性を阻害する問題があり、その上限を0.6%に限定し得る。
【0059】
Crの含量は、13.1~14.5%である。
クロム(Cr)は、耐食性を確保する基本元素であって、クロム炭化物を形成して硬度及び耐磨耗性を向上させる役目をするところ、本発明では13.1%以上添加する。ただし、その含量が過度な場合、製造費用が上昇し、硬化能を増加させ、その上限を14.5%に限定し得る。
【0060】
Moの含量は、0.95~1.10%である。
モリブデン(Mo)は、耐食性を向上させ、脱炭を抑制し、硬化能を向上させる元素であって、クロム炭化物でCrを代替して炭化物を微細化する役目をするところ、本発明では0.95%以上添加する。ただし、その含量が過度な場合、製造費用が上昇し、硬化能を増加させて、その上限を1.10%に限定し得る。
【0061】
Vの含量は、0.05~0.3%である。
バナジウム(V)は、炭化物を形成してクロム炭化物の粗大化を抑制し、熱処理時の結晶粒の粗大化防止及び耐磨耗性の向上に効果的な元素であって、本発明では0.05%以上添加する。ただし、その含量が過度な場合、製造費用が上昇し、靭性を低下させる問題があり、その上限を0.3%に限定し得る。
【0062】
Mo+V含量は、1.0~1.35%である。
Crの代わりにCと優先的に反応して炭化物を形成するMoとVの含量を1.0%以上に制御することによって耐食性を向上させ、クロム炭化物の結晶粒を微細に確保し得る。一方、Mo+V含量が増加するに従って上述した効果が飽和するので、素材の価格競争力を考慮して、Mo+V値の範囲を1.0~1.35%に制御し得る。
【0063】
Niの含量は、0.3~0.5%である。
ニッケル(Ni)は、マルテンサイト系ステンレス鋼の熱間加工領域でオーステナイト組織を確保するために添加される必須元素であって、耐食性及び焼入れ性を向上させる役目をするところ、本発明では0.3%以上添加する。ただし、その含量が過度な場合、製造費用が上昇し、加工性を低下させる問題があり、その上限を0.5%に限定し得る。
【0064】
Cuの含量は、0.001~0.5%である。
銅(Cu)は、オーステナイト相の形成元素であって、強度、硬度及び耐食性を向上させる役目をするところ、本発明では0.001%以上添加する。ただし、その含量が過多な場合、製造費用が上昇し、熱間加工性を低下させ、Sと反映して耐食性に有害なCuSなど析出相を形成する問題があり、その上限を0.5%に限定し得る。
【0065】
本発明の残りの成分は、鉄(Fe)である。ただし、通常の製造過程では、原料又は周囲環境から意図しない不純物が不可避に混入することがあるので、これを排除することはできない。これらの不純物は、通常の製造過程の技術者であれば、誰でも知ることができるので、その全ての内容を特に本明細書で言及しない。
【0066】
一方、本発明の一実施例による強度及び耐食性が向上したマルテンサイト系ステンレス熱延焼鈍鋼板は、下記式(1)を満足する。
【0067】
式(1):16.4≦(Cr+3.3Mo+16N)*(Mo+V)≦23.3
ここで、Cr、N、Mo、Vは、各元素の含量(重量%)を意味する。
【0068】
一般的に、耐孔食指数(Pitting Resistance Equivalent Number、PREN)は、Cr+3.3Mo+16Nで表現される。PREN*(Mo+V)値が高いほど耐孔食に優れていることを意味する。本発明では、合金元素の含量を上述した条件に限定すること以外にも、式(1)でPREN値を16.4以上に制御することによって圧縮機など湿気が発生する環境でも耐食性を確保しようとした。
【0069】
マルテンサイト系ステンレス鋼の製造過程において、バッチ焼鈍工程を経由して生産された熱延焼鈍材は、フェライトを基地組織とし、クロム炭化物を含む。クロム炭化物は、鋳造過程でCr、C中心の偏析で形成されて数十~数百μmサイズを有するM(Mは、Cr:Fe=73.6%:17.2%)で表現される1次クロム炭化物と、バッチ焼鈍結晶粒界によって優先的に析出され、M23(Mは、Cr:Fe=73%:9.3%)で表現される2次クロム炭化物を含む。
【0070】
スラブの冷却時に形成される1次炭化物は、熱延及び冷延過程でそのサイズ及び分布を制御するのに限界がある。
【0071】
本発明では、焼入れ/焼戻し連続熱処理を含む強化熱処理によってマルテンサイト系ステンレス鋼に製造されるとき、炭化物を微細化して焼入れ/焼戻し後に鋼材の耐食性を向上させ得るMo及びVの影響も考慮して、最適化された式(1)を導出した。
【0072】
図1は、本発明の一実施例によるマルテンサイト系ステンレス鋼の(Cr+3.3Mo+16N)*(Mo+V)値と炭化物内のMo+V含量の間の関係を説明するためのグラフである。図2は、本発明の一実施例によるマルテンサイト系ステンレス鋼の(Cr+3.3Mo+16N)*(Mo+V)値と(Cr,Fe,Mo,V)で表現される1次炭化物のサイズの間の関係を説明するためのグラフである。
【0073】
図1及び図2に示すとおり、(Cr+3.3Mo+16N)*(Mo+V)値が増加するに従ってクロム炭化物内のCrがMoとVに代替されることが確認でき、炭化物が微細に導出されることが確認できる。
【0074】
また、本発明では、強度熱処理時の炭化物の特性変化を考慮して、下記式(2)を導出した。
【0075】
具体的には、本発明者らは、析出される炭化物の特性を変化させるMoとVの添加により影響を受けるC、Cr、Nの含量、クロム炭化物内のMo+V含量、M(C、N)で表現されるZ相(ここで、Mは、44V+41Cr)及びM-Nで表現される窒化バナジウム(ここで、Mは、74.2V+5Cr)の形成有無と添加された成分との関係を考慮して式(2)を導出した。
【0076】
式(2):-14≦-36442+248C+365Cr+373Mo+530V+365Fe+350Si+312Mn+331Ni+506Cu≦50 ここで、C、Cr、Mo、V、Fe、Si、Mn、Ni、Cuは、各元素の含量(重量%)を意味する。
【0077】
本発明者らは、式(2)の値が高いほど、1次炭化物の粗大化を防止し、微細な2次炭化物を析出し得ることを確認した。具体的には、式(2)の値が-14を超過する場合、添加されたMo、Vが1次、2次炭化物のCrを置換して粗大化を抑制し、Z相及び窒化バナジウムが形成されて結晶粒界によって優先的に析出することによって結晶粒界に沿って長く析出される2次クロム炭化物(M23)の形成を抑制する。一方、式(2)の値が過度に高いと、Z相及び窒化バナジウム自体が2次炭化物の析出サイトとして作用する問題と製造費用の上昇する問題があり、式(2)の値を50以下に限定しようとする。
【0078】
一般的に、マルテンサイト系ステンレス鋼の場合、最終形状に加工された後に強化熱処理(hardening)工程を経て耐食性と硬度を確保する。強化熱処理工程は、素材を約1,000~1,200℃の高温で短時間維持した後、常温に急冷させる工程であって、高温のオーステナイト相でクロム炭化物を再固溶させて基地のクロム濃度を約12%に高め、それによって、素材表面に薄い不動態皮膜であるクロム酸化物を緻密に生成して素材の耐食性を向上させる工程である。
【0079】
また、急冷時に再固溶された炭素又は窒素を含有しているオーステナイト相がマルテンサイト相に変態することによって素材の硬度が向上する。このとき、基地組織内に分布する球状化されたクロム炭化物のサイズが大きい場合、高温のオーステナイト相でクロム炭化物の再固溶が難しいので、基地組織内に存在するクロム及び炭素の濃度が減少することになり、結果的に素材の耐食性及び硬度を低下させる。
【0080】
一方、クロム炭化物のサイズが微細な場合、短時間の熱処理でもクロム炭化物の再固溶が容易であって、基地組織内にクロム、炭素及び窒素の濃度が増加することになり耐食性及び硬度を向上させ得る。
【0081】
したがって、高炭素マルテンサイト系ステンレス鋼の耐食性及び硬度を同時に確保するためには、熱延焼鈍材など強化熱処理工程以前の素材でクロム炭化物を微細で且つ均一に分布させることが要求される。
【0082】
本発明で添加するMo及びVは、1、2次Cr炭化物のCrを置換することによって炭化物の成長を抑制し、Cと優先的に結合して微細な炭化物を形成して1、2次Cr炭化物の析出サイトを先占することによって炭化物の微細化及び分布を均一にする。
【0083】
具体的に、本発明の一実施例による強度及び耐食性が向上したマルテンサイト系ステンレス熱延焼鈍鋼板は、フェライトを基地組織とし、(Cr,Fe,Mo,V)で表現される1次炭化物及び(Cr,Fe,Mo,V)23で表現される2次炭化物を含む。
【0084】
Mo及びVがCrと複合的に炭化物を形成することによって炭化物内のCr含量を減少させるだけでなく、炭化物を微細に形成して基地組織内にクロムの濃度を増加させ得る。
【0085】
具体的には、(Cr,Fe,Mo,V)で表現される1次炭化物内の(Mo+V)の重量%は、2.93~5.67%であり、1次炭化物の粒径は、10μm以下であり、(Cr,Fe,Mo,V)23で表現される2次炭化物内の(Mo+V)の重量%は、12.2~14.8%である。
【0086】
一方、Mo及びVが添加されることによってM(C,N)で表現されるZ相(ここで、Mは、44V+41Cr)及びM-Nで表現される窒化バナジウム(ここで、Mは、74.2V+5Cr)を形成し、Z相及び窒化バナジウム自体が2次炭化物の析出サイトと作用して炭化物を微細で且つ均一に分布させ得る。
【0087】
例えば、本発明の一実施例による強度及び耐食性が向上したマルテンサイト系ステンレス熱延焼鈍鋼板は、長さ方向に炭化物の偏差が10個/100μm以下である。
【0088】
また、マルテンサイト系ステンレス熱延焼鈍鋼板が冷間圧延を経た後には、微細組織内に42~58個/100μmのクロム炭化物が分布される。
【0089】
次に、本発明の他の一側面によるマルテンサイト系ステンレス鋼の製造方法に対して説明する。
【0090】
本発明の一実施例による強度及び耐食性が向上したマルテンサイト系ステンレス鋼の製造方法は、重量%で、C:0.3~0.5%、N:0.01~0.025%、Si:0.3~0.5%、Mn:0.4~0.6、Cr:13.1~14.5%、Mo:0.95~1.10%、V:0.05~0.3%、Ni:0.3~0.5%、Cu:0.001~0.5%を含み、残りがFe及び不可避な不純物からなり、下記式(1)を満足するスラブを熱間圧延する段階、熱間圧延直後に600~900℃の温度範囲でバッチ焼鈍熱処理する段階、熱延焼鈍材を冷間圧延する段階、及び冷延材を強化熱処理する段階を含む。
【0091】
式(1):16.4≦(Cr+3.3Mo+16N)*(Mo+V)≦23.3
【0092】
合金元素の含量の数値限定理由に対する説明は、上述した通りである。
【0093】
上記の組成を含むステンレス鋼を連続鋳造又は鋼塊鋳造によって鋳片に製作し、熱間圧延処理を通じて加工処理が可能な熱延鋼板に製造する。
【0094】
その後、製造された熱延鋼板は、塗物用で使用可能な厚さで精密圧延のような加工を進行する前、良好な加工性を確保するためにバッチ焼鈍熱処理を通じた軟質化作業を実施する。
【0095】
通常的に、巻き取られた状態の熱延コイルのバッチ焼鈍時、冷却/再加熱過程で熱履歴の偏差が発生し、最終素材の物性偏差を発生させる原因として作用する。具体的には、熱間圧延直後、巻き取られたコイルは、外部の空気と接触することによって部分的に冷却偏差が発生し、それによって、冷却速度が速い領域に対してはマルテンサイト組織が発現して微細組織が不均一に導出される問題が発生する。
【0096】
本発明では、熱間圧延して800~900℃の温度範囲で巻き取られた熱延コイルが常温で空冷される時間を最小化しようと、熱間圧延直後、バッチ焼鈍熱処理を導入してマルテンサイトへの相変態を防止しようとした。
【0097】
バッチ焼鈍は、炭化物を均一に分布させるために600~900℃の温度範囲で行われ得る。焼鈍温度が低い場合、フェライトと炭化物の相に焼鈍されるための駆動力が不足してマルテンサイト相が残留し得、焼鈍温度が過度に高い場合、オーステナイト相への逆変態が発生して結晶粒が粗大となり、冷却過程で粗大なクロム炭化物が結晶粒界に集中的に形成される点を考慮して、バッチ焼鈍熱処理の温度範囲は、600~900℃に限定しようとする。
【0098】
本発明によると、バッチ焼鈍熱処理されたマルテンサイト系ステンレス熱延焼鈍材は、最終形状に加工された後に強化熱処理する段階を経てマルテンサイト系ステンレス鋼に製造し得る。
【0099】
強化熱処理は、オーステナイト化処理する段階、及び焼入れする段階、焼戻しする段階をさらに含むことができる。
【0100】
オーステナイト化処理する段階は、鋼材の基地組織をフェライトからオーステナイトに変態させる段階である。一例によると、オーステナイト化処理する段階は、1,000℃以上の温度で1分以上熱処理することができる。
【0101】
当該段階でクロム炭化物がクロムと炭素の形態で基地組織に再固溶されて後続する焼入れ段階以後にマルテンサイトステンレス鋼の硬度を高めることができる。
【0102】
焼入れ段階は、オーステナイト化処理以後、980~1,050℃の温度範囲から常温まで急速冷却してオーステナイト組織を硬度が高いマルテンサイトに変態させる段階である。冷却速度を0.2℃/s以上に確保すると、マルテンサイト組織を確保することができる。
【0103】
巻戻し段階は、焼入れ段階以後に硬度が高いため脆性が強いマルテンサイト組織に靭性を付与するための段階である。一例によると、400~600℃の温度で厚さによって1分~1時間の間熱処理することができる。
【0104】
上述した強化熱処理段階を経ながらフェライト組織をマルテンサイト組織に最終変態させることができ、目的とする硬度及び耐食性を確保することができる。例えば、強化熱処理によって再固溶させた素材のビッカース硬さは、520~650Hvであってもよい。
【0105】
以下、実施例を通じて本発明をより詳細に説明する。
【0106】
下記表1に示した多様な合金成分範囲のスラブを1,250℃で再加熱し、粗圧延した後、800℃以上で仕上げ熱間圧延を進行した。次に、熱延板を常温に冷却させず、600℃以上の温度を維持した状態で700℃のバッチ焼鈍炉に装入して熱延焼鈍を進行した。
【0107】
下記表1で、式(1)は、(Cr+3.3Mo+16N)*(Mo+V)である。
【0108】
【表1】
【0109】
焼鈍過程で、M(C、N)で表現されるZ相(ここで、Mは、44V+41Cr)及びM-Nで表現される窒化バナジウム(ここで、Mは、74.2V+5Cr)の形成有無、1次炭化物の平均粒径(μm)及び熱延焼鈍材で炭化物内、Mo+V含量(重量%)を投射電子顕微鏡のReplical法で試験片を採取し、TEMのEDS成分を測定して下記表2で示した。次に、0.2mm厚さで冷間圧延し、冷延焼鈍して炭化物密度を測定して下記表2に示した。
【0110】
追加的に、冷延焼鈍材に強化熱処理を実施した。具体的には、冷延焼鈍材を1,000℃で420秒間熱処理した後、300℃まで233℃/sの冷却速度で冷却させる焼入れ処理した後、350℃で350秒間焼戻し処理を実施して最終マルテンサイト系ステンレス鋼を製造し、ビッカース硬さを測定して、その結果を下記表2に示した。
【0111】
【表2】
【0112】
図1図3は、本発明の一実施例によるマルテンサイト系ステンレス鋼の(Cr+3.3Mo+16N)*(Mo+V)値と炭化物内のMo+V含量、(Cr,Fe,Mo,V)で表現される1次炭化物のサイズ及び熱延焼鈍材炭化物の分布の間の関係を説明するためのグラフである。表1、表2、図1図3を参照すると、Mo及びVの含量、式(1)の値が16.4~23.3の範囲を満足する実施例1~実施例7の場合には、クロム炭化物内のCrがMoとVに代替されることが確認でき、炭化物が微細に導出されることが確認できる。
【0113】
例えば、実施例1~実施例7で、(Cr,Fe,Mo,V)で表現される1次炭化物内の(Mo+V)の重量%は、2.93~5.67%であり、1次炭化物の粒径は、10μm以下であり、(Cr,Fe,Mo,V)23で表現される2次炭化物内の(Mo+V)の重量%は、12.2~14.8%である。
【0114】
これは、最適化されたMo及びVがCrと複合的に炭化物を形成することによって粗大な炭化物の形成を抑制するだけでなく、熱延焼鈍時に形成されるZ相及び窒化バナジウム自体が2次炭化物の析出サイトとして作用して導出された結果である。
【0115】
それによって、冷間圧延を経た後には、微細組織内に42~58個/100μmのクロム炭化物が分布し、最終素材の硬度を520~650Hvの範囲に確保することができた。
【0116】
それに比べて、MoとVを添加しない比較例4、比較例8及び比較例9の場合には、熱延焼鈍時にZ相及び窒化バナジウムが形成されず、熱延焼鈍材の1次炭化物の粒径がそれぞれ67μm、38μm、74μmと非常に粗大に導出された。
【0117】
比較例5,比較例6,比較例7及び比較例10の場合には、熱延焼鈍時にZ相及び窒化バナジウムが形成されたが、MoとVの含量が本発明で提案する16.4~23.3範囲に未達で、熱延焼鈍材の炭化物粒径を目標とする10μm以下に導出することができなかった。
【0118】
特に、比較例10の場合には、Mo及びVを一定量以上添加したにもかかわらず、式(1)の範囲を満足させないため2次炭化物内の(Mo+V)の重量%を確保できず、それによって、クロム炭化物を微細で均一に分布させることができなかった。
【0119】
図4及び図5は、比較例4と実施例1の強化熱処理後の微細組織のクロム炭化物を観察した走査電子顕微鏡(SEM)写真である。
【0120】
比較例4の場合には、炭化物が粗大化して偏析されて強化熱処理後にも再固溶されず残留することが確認できる。一方、実施例1の場合には、強化熱処理後に大部分の炭質物が再固溶されて残留する炭窒化物の面積分率が低いマルテンサイト組織が導出されることが確認できる。
【0121】
このように、開示された実施例によると、合金成分と関係式を制御することによって、高炭素マルテンサイト系ステンレス鋼の耐食性を向上させ、材質偏差を最小化することができる。
【0122】
以上、本発明の例示的な実施例を説明したが、本発明はこれに限定されず、当該技術分野において通常の知識を有した者であれば、次に記載する特許請求の範囲の概念と範囲を脱しない範囲内で多様に変更及び変形が可能であることを理解すべきである。
【産業上の利用可能性】
【0123】
本発明によるマルテンサイト系ステンレス熱延焼鈍鋼板は、硬度を確保すると共に強度及び耐食性が向上するので、産業上利用が可能である。
図1
図2
図3
図4
図5