(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-04-25
(45)【発行日】2025-05-08
(54)【発明の名称】音響信号処理装置
(51)【国際特許分類】
H04S 1/00 20060101AFI20250428BHJP
H04S 7/00 20060101ALI20250428BHJP
【FI】
H04S1/00 200
H04S7/00 300
(21)【出願番号】P 2024126073
(22)【出願日】2024-08-01
【審査請求日】2024-08-01
(73)【特許権者】
【識別番号】524291012
【氏名又は名称】荻田 和明
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100111039
【氏名又は名称】前堀 義之
(72)【発明者】
【氏名】荻田 和明
【審査官】▲徳▼田 賢二
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2009/144781(WO,A1)
【文献】国際公開第2007/046288(WO,A1)
【文献】国際公開第2008/152720(WO,A1)
【文献】特開2008-258675(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H04S 1/00
H04S 7/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
入力信号を処理し、仮想音源から近い耳に伝播する音声に相当する第1伝播信号を生成する第1信号生成部と、
前記入力信号を処理し、前記仮想音源から遠い耳に伝播する音声に相当する第2伝播信号を生成する第2信号生成部と、
を備え、
前記第1信号生成部及び前記第2信号生成部は、それぞれ、
対応する入力信号を、周波数帯域が互いに異なる複数の帯域信号に分けるフィルタ部と、
前記周波数帯域が低いほど遅延時間が長くなるようにして、前記複数の帯域信号をそれぞれ遅延処理する遅延処理部と、
遅延処理された前記複数の帯域信号を再混合し、対応する伝播信号を生成する再混合部と、
を含む、
音響信号処理装置。
【請求項2】
前記第1信号生成部及び前記第2信号生成部のうち少なくとも1つが、
対応する仮想音源から対応する耳に直接伝播する音声に相当する直接伝播信号を生成する直接信号生成部と、
当該対応する仮想音源から反射して当該対応する耳に伝播する音声に相当する反射伝播信号を生成する反射信号生成部と、
を含む、
請求項1に記載の音響信号処理装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、音響信号処理装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1は、左右の仮想音源による直接音に相当する直接音信号と、直接音の反射音に相当する反射音信号と、受聴者の両耳におけるクロストーク音に相当するクロストーク音信号とをミキサで混合し、ミキサの出力をヘッドホンのスピーカに供給する音響信号処理技術を開示している。クロストーク信号は、入力信号に帯域分割処理及び遅延処理することによって形成される。直接音信号は、入力信号を遅延処理することにより形成される。直接音と反射音との伝達時間差を考慮して、反射音信号は、直接音信号を遅延処理することにより形成される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記技術においては、クロストーク音信号に対する遅延処理が具体的に考慮されていない。また、直接音信号に対しては、クロストーク信号の遅延を補償するための遅延処理しかなされていない。そのため、仮想音源が受聴者から離れて定位されているかのように受聴者に感じさせることが難しい。また、仮想音源と受聴者との間の距離感を調整することが難しい。
【0005】
本発明は、仮想音源と受聴者との間の距離感を容易に調整可能な音響信号処理装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一態様は、入力信号を処理し、仮想音源から近い耳に伝播する音声に相当する第1伝播信号を生成する第1信号生成部と、前記入力信号を処理し、前記仮想音源から遠い耳に伝播する音声に相当する第2伝播信号を生成する第2信号生成部と、を備え、前記第1信号生成部及び前記第2信号生成部は、それぞれ、対応する入力信号を、周波数帯域が互いに異なる複数の帯域信号に分けるフィルタ部と、前記周波数帯域が低いほど遅延時間が長くなるようにして、前記複数の帯域信号をそれぞれ遅延処理する遅延処理部と、遅延処理された前記複数の帯域信号を混合し、対応する伝播信号を生成する再混合部と、を含む、音響信号処理装置を提供する。
【0007】
上記構成によれば、入力信号を左右の出力信号に変換するにあたり、仮想音源から左右の耳に伝播される音声に相当する2種の伝播信号が生成される。いずれの伝播信号も、対応する入力信号を複数の帯域信号に分け、複数の帯域信号を遅延処理し、遅延処理された複数の帯域信号を再混合することによって、生成される。この遅延処理においては、周波数帯域が低いほど遅延時間が長くなるようにして、複数の帯域信号がそれぞれ処理される。
【0008】
これにより、左右の出力信号に距離情報を付加できる。帯域信号ごとの遅延時間を調整することにより、受聴者が感じる仮想音源と自身との間の距離感を調整することが可能になる。
【0009】
前記第1信号生成部及び前記第2信号生成部のうち少なくとも1つが、対応する仮想音源から対応する耳に直接伝播する音声に相当する直接伝播信号を生成する直接信号生成部と、当該対応する仮想音源から反射して当該対応する耳に伝播する音声に相当する反射伝播信号を生成する反射信号生成部と、を含んでもよい。
【0010】
上記構成によれば、反射を考慮でき、より鮮明な音像を受聴者に感じさせることができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、仮想音源と受聴者との間の距離感を容易に調整可能な音響信号処理装置を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】第1実施形態に係る音響信号処理装置を備える音声再生装置を示す概念図。
【
図2】第1実施形態に係る音響信号処理装置の概略構成図。
【
図3】第2実施形態に係る音響信号処理装置を備える音声再生装置を示す概念図。
【
図4】第2実施形態に係る音響信号処理装置の一部概略構成図。
【
図5】第2実施形態に係る音響信号処理装置の一部概略構成図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、図面を参照して実施形態について説明する。なお、同一の又は対応する要素には全図を通じて同一の符号を付し、詳細な説明の重複を省略する。
【0014】
図1は、音声再生装置1の一例として、ステレオ式のイヤホンを示す。音声再生装置1は、本実施形態に係る音響信号処理装置10(
図2を参照)と、ステレオ式の音声出力部とを備える。音声出力部は、左スピーカ2L及び右スピーカ2Rを含む。
【0015】
図1及び
図2を併せて参照して、音響信号処理装置10は、例えば、音声再生装置1に収容された基板上に実装される電気回路によって実現される。音響信号処理装置10は、左チャンネル及び右チャンネルのステレオ音響信号を、左入力信号及び右入力信号として入力する左入力端子11L及び右入力端子11Rを備える。音響信号処理装置10は、左入力信号及び右入力信号を左出力信号及び右出力信号に変換する。音響信号処理装置10は、左チャンネル及び右チャンネルのステレオ音響信号として、左出力信号及び右出力信号を出力する左出力端子12L及び右出力端子12Rを備える。
【0016】
音声出力部は、出力端子12L,12Rと接続される。左スピーカ2Lは、左出力端子12Lと接続され、左出力信号を音声として出力する。右スピーカ2Rは、右出力端子12Rと接続され、右出力信号を音声として出力する。
【0017】
本実施形態においては、音声再生装置1がイヤホン又はヘッドホンであり、左スピーカ2Lは、受聴者90の左耳91Lに装着され、左耳91Lの外耳内で音声を出力する。右スピーカ2Rは、受聴者90の右耳91Rに装着され、右耳91Rの外耳内で音声を出力する。
【0018】
図1を参照して、音声再生装置1の信号変換処理においては、左仮想音源3L及び右仮想音源3Rと、仮想音源3L,3Rから受聴者90の耳91L,91Rへの音の伝播経路4とが、仮想的に想定される。
【0019】
仮想音源3L,3Rは、受聴者90の前後方向に位置調整可能であり、例えば、受聴者90の頭部92から前方に離れた位置に定位される。伝播経路4には、第1左伝播経路4LD、第2左伝播経路4LX、第1右伝播経路4RD、及び第2右伝播経路4RXの4系統が含まれる。第1左伝播経路4LDは、左仮想音源3Lから左耳91Lへの経路である。第2左伝播経路4LXは、左仮想音源3Lから右耳91Rへの経路である。第1右伝播経路4RDは、右仮想音源3Rから右耳91Rへの経路である。第2右伝播経路4RXは、右仮想音源3Rから左耳91Lへの経路である。本実施形態では、いずれの伝播経路4も直線的である。第1左伝播経路4LD及び第1右伝播経路4RDは、対応する仮想音源と、当該仮想音源に近い側の耳との間の経路である。第2左伝播経路4LX及び第2右伝播経路4RXは、対応する仮想音源と、当該仮想音源から遠い側の耳との間の経路である。
【0020】
受聴者90は、実際には音声が音声出力部から外耳内で出力されている状況下で、音声が前方に離れた左右の仮想音源3L,3Rから出力されているかのように感じ得る。受聴者90は、音声が仮想音源3L,3Rから2系統の伝播経路4LD,4RXを介して左耳91Lに、2系統の伝播経路4RD,4LXを介して右耳91Rに届いているかのように、感じ得る。
【0021】
次に、
図2を参照して、このような感覚を実現する音響信号処理装置10の構成について説明する。なお、入力端子11L,11Rと出力端子12L,12Rとの間において処理される「信号」とは、電気的な音響信号である。
【0022】
音響信号処理装置10は、前述した左入力端子11L、右入力端子11R、左出力端子12L、及び右出力端子12Rの他、左入力増幅部13L、右入力増幅部13R、第1左信号生成部14LD、第2左信号生成部14LX、第1右信号生成部14RD、第2右信号生成部14RX、左混合部15L、右混合部15R、左出力増幅部16L、及び右出力増幅部16Rを備える。
【0023】
左入力増幅部13Lは、左入力端子11Lに入力された左入力信号を増幅する。右入力増幅部13Rは、右入力端子11Rに入力された右入力信号を増幅する。左入力信号は、左仮想音源3Lと対応する。右入力信号は、右仮想音源3Rと対応する。
【0024】
第1左信号生成部14LDは、左入力増幅部13Lで増幅された左入力信号を処理し、第1左伝播信号を生成する。第1左伝播信号は、左仮想音源3Lから第1左伝播経路4LDを介して左耳91Lに伝播する音声に相当する信号である。
【0025】
第2左信号生成部14LXは、左入力増幅部13Lで増幅された左入力信号を処理し、第2左伝播信号を生成する。第2左伝播信号は、左仮想音源3Lから第2左伝播経路4LXを介して右耳91Rに伝播する音声に相当する信号である。
【0026】
第1右信号生成部14RDは、右入力増幅部13Rで増幅された右入力信号を処理し、第1右伝播信号を生成する。第1右伝播信号は、右仮想音源3Rから第1右伝播経路4RDを介して右耳91Rに伝播する音声に相当する信号である。
【0027】
第2右信号生成部14RXは、右入力増幅部13Rで増幅された右入力信号を処理し、第2右伝播信号を生成する。第2右伝播信号は、右仮想音源3Rから第2右伝播経路4RXを介して左耳91Lに伝播する音声に相当する信号である。
【0028】
左混合部15Lは、第1左伝播信号と第2右伝播信号とを混合し、左出力信号を生成する。左出力増幅部16Lは、左混合部15Lで生成された左出力信号を増幅する。左出力端子12Lは、左出力増幅部16Lで増幅された左出力信号を出力する。
【0029】
右混合部15Rは、第1右伝播信号と第2左伝播信号とを混合し、右出力信号を生成する。右出力増幅部16Rは、右混合部15Rで生成された右出力信号を増幅する。右出力端子12Rは、右出力増幅部16Rで増幅された右出力信号を出力する。
【0030】
左スピーカ2Lを左耳91Lに装着し且つ右スピーカ2Rを右耳91Rに装着した状態で、受聴者90は、スピーカ2L,2Rから出力される音声が、左仮想音源3Lから左伝播経路4LD,4LXを介して左耳91L及び右耳91Rに伝播しているかのように感じ得る。また、受聴者90は、スピーカ2L,2Rから出力される音声が、右仮想音源3Rから右伝播経路4RD,4RXを介して左耳91L及び右耳91Rに伝播しているかのように感じ得る。
【0031】
第1左信号生成部14LD、第2左信号生成部14LX、第1右信号生成部14RD、及び第2右信号生成部14RXは、いずれも、フィルタ部21、遅延処理部22、再混合部23、及びレベル調整部24を含む。
【0032】
フィルタ部21は、対応する入力信号を、周波数帯域が互いに異なる複数の帯域信号に分ける。フィルタ部21は、4つの信号生成部14LD,14LX,14RD,14RXそれぞれに対応して、第1左フィルタ部21LD、第2左フィルタ部21LX、第1右フィルタ部21RD、及び第2右フィルタ部21RXを含む。
【0033】
左仮想音源3Lからの伝播信号を生成する第1左信号生成部14LD及び第2左信号生成部14LXに関し、「対応する入力信号」とは、左入力信号である。本実施形態では、フィルタ部21が、これら2つの信号生成部14LD,14LXで共通である。すなわち、第1左フィルタ部21LD及び第2左フィルタ部21LXが、左フィルタ部21Lとして単一化されている。左フィルタ部21Lは、左仮想音源3Lからの伝播信号(第1左伝播信号及び第2左伝播信号)の生成のため、左入力信号を複数の帯域信号に分ける。
【0034】
右仮想音源3Rからの伝播信号を生成する第1右信号生成部14RD及び第2右信号生成部14RXに関し、「対応する入力信号」とは、右入力信号である。本実施形態では、フィルタ部21が、これら2つの信号生成部14RD,14RXで共通である。すなわち、第1右フィルタ部21RD及び第2右フィルタ部21RXが、右フィルタ部21Rとして単一化されている。右フィルタ部21Rは、右仮想音源3Rからの伝播信号(第1右伝播信号及び第2右伝播信号)の生成のため、右入力信号を複数の帯域信号に分ける。
【0035】
本実施形態では、単なる一例として、左フィルタ部21L及び右フィルタ部21Rの各々において、高帯域信号、中帯域信号、及び低帯域信号の3つの帯域信号が得られる。高帯域信号は、対応する入力信号から高周波数成分(例えば、2kHz以上)を抽出して得られた信号である。中帯域信号は、対応する入力信号から中周波数成分(例えば、1kHz~2kHz)を抽出して得られた信号である。低帯域信号は、対応する入力信号から低周波数成分(例えば、1kHz以下)を抽出して得られた信号である。これを実現するため、左フィルタ部21L及び右フィルタ部21Rの各々が、例えば、高帯域信号を得るハイパスフィルタ、低帯域信号を得るローパスフィルタ、及び中帯域信号を得るバンドパスフィルタを有していてもよい。
【0036】
遅延処理部22は、4つの信号生成部14LD,14LX,14RD,14RXそれぞれに対応して、第1左遅延処理部22LD、第2左遅延処理部22LX、第1右遅延処理部22RD、及び第2右遅延処理部22RXを含む。第1左遅延処理部22LD及び第2左遅延処理部22LXは、左フィルタ部21Lから、左入力信号を分けて得られた複数(例えば、3つ)の帯域信号を入力する。第1右遅延処理部22RD及び第2右遅延処理部22RXは、右フィルタ部21Rから、右入力信号を分けて得られた複数(例えば、3つ)の帯域信号を入力する。
【0037】
遅延処理部22は、入力された複数の帯域信号に対し、2種の遅延処理を行う。
【0038】
第一に、仮想音源から耳に至る伝播経路の距離情報を付加するために、帯域信号の周波数帯域に応じて、遅延処理が行われる。この種の遅延処理では、各遅延処理部22において、複数の帯域信号間で互いに異なる帯域遅延時間が設定される。各遅延処理部22は、周波数帯域が低いほど帯域遅延時間が長くなるようにして、複数の帯域信号をそれぞれ遅延処理する。低帯域信号用の帯域遅延時間を「低域遅延時間」、中帯域信号用の帯域遅延時間を「中域遅延時間」、高帯域信号用の帯域遅延時間を「高域遅延時間」、と呼ぶ。
【0039】
低帯域信号は、低域遅延時間だけ遅延するように遅延処理される。中帯域信号は、中域遅延時間だけ遅延するように遅延処理される。高帯域信号は、高域遅延時間だけ遅延するように遅延処理される。低域遅延時間は中域遅延時間よりも長く、中域遅延時間は、高域遅延時間よりも長い。低域遅延時間は、例えば2ミリ秒~4ミリ秒、中域遅延時間は、例えば1ミリ秒~2ミリ秒、高域遅延時間は、例えば0秒~0.5ミリ秒である。低域遅延時間、中域遅延時間、及び高域遅延時間は、4つの遅延処理部22LD,22LX,22RD,22RX間で、同じであってもよいし、異なっていてもよい。
【0040】
第二に、対応する伝播経路差に応じて、遅延処理が行われる。例えば、左仮想音源3Lから右耳91Rに至る第2左伝播経路4LXは、左耳91Lに至る第1左伝播経路4LDよりも長いため、左仮想音源3Lからの音が右耳91Rに到達する時期は、左耳91Lへの到達時期に対し、ΔtL(例えば、0秒~1ミリ秒)だけ遅延する。第2左遅延処理部22LXは、この伝播時間差ΔtLに応じて、入力された複数の帯域信号を遅延処理する。この種の遅延処理では、各遅延処理部22において、複数の帯域信号間で、一律の伝播遅延時間が設定されてもよい。第1左遅延処理部22LDにおいては、伝播経路差が0であるため、伝播遅延時間は0ミリ秒となる。
【0041】
第1右遅延処理部22RD及び第2右遅延処理部22RXについても、これと同様である。右仮想音源3Rから左耳91Rに至る第2右伝播経路4RXは、右耳91Rに至る第1右伝播経路4RDよりも長いため、右仮想音源3Rからの音が左耳91Lに到達する時期は、右耳91Rへの到達時期に対し、ΔtR(例えば、0秒~1ミリ秒)だけ遅延する。
【0042】
上記の結果として、各遅延処理部22における各帯域信号は、当該遅延処理部22に応じた伝播遅延時間と、当該帯域信号の周波数帯域に応じた帯域遅延時間との和に相当する遅延時間だけ遅延するように、遅延処理される。
【0043】
なお、周波数帯域が最も高い帯域信号(本例では、高帯域信号)については、その帯域遅延時間(本例では、高域遅延時間)が、ゼロであってもよい。換言すれば、高帯域信号は、周波数帯域に応じた遅延処理の対象外であってもよい。この場合においても、低域遅延時間及び中域遅延時間を設定することにより、周波数帯域が最も低い帯域信号(低帯域信号)について、遅延が最も長くなる。よって、周波数帯域が低いほど遅延時間が長くなる。また、高帯域信号にも伝播遅延時間は設定され得るため、高域遅延時間がゼロであっても、正値の遅延時間が高帯域信号に設定され得る。
【0044】
再混合部23は、遅延処理された複数の帯域信号を再混合し、対応する伝播信号を生成する。再混合部23は、4つの信号生成部14LD,14LX,14RD,14RXそれぞれに対応して、第1左再混合部23LD、第2左再混合部23LX、第1右再混合部23RD、及び第2右再混合部23RXを含む。
【0045】
第1左再混合部23LDは、第1左遅延処理部22LDと対応すると共に、第1左伝播信号と対応する。第1左再混合部23LDは、第1左遅延処理部22LDで遅延処理された複数の帯域信号を再混合し、それにより第1左伝播信号を生成して左混合部15Lに出力する。
【0046】
第2左再混合部23LX、第1右再混合部23RD、及び第2右再混合部23RXも、これと同様である。第2左再混合部23LXは、第2左伝播信号を右混合部15Rに出力する。第1右再混合部23RDは、第1右伝播信号を右混合部15Rに出力する。第2右再混合部23RXは、第2右伝播信号を左混合部15Lに出力する。
【0047】
人間は、外耳で音を集めて鼓膜に伝え、中耳で鼓膜の振動を増幅し、蝸牛で振動を神経興奮(電気信号)に変換し、内耳神経を介して脳に神経興奮を伝達することで、音を認識する。フォン・ベーケーシのモデルとして良く知られているとおり、蝸牛の基部の液体に伝えられた純音の振動は、流体の流れを作り出して基底膜を揺らしながら蝸牛の頂部へ向かって波として伝わる。この振動は、周波数に応じたある距離までしか到達しない。高い音(高周波数帯域の音)なら振動は僅かしか伝わらず、低い音(低周波数帯域の音)なら先端の方まで振動が及ぶ。この限界の距離の少し前で基底膜の振動は最も大きくなり、異なる音の高さの純音は、それぞれ基底膜の異なる位置で振動パターンを作り出す。これは、あたかもFFT(高速フーリエ変換)の様な処理が行われ、音響信号が周波数ごとに脳に伝わることを示す。
【0048】
本件発明者は、複数のスペクトルを含む音が発生された場合に、周波数が高いほど音響信号の位相が進み、且つその位相が距離に比例して進むことを見出した。そして、周波数に応じた位相のずれは、蝸牛から出力される電気信号の発生タイミングの差となって現れ、脳がこの時間差を距離の差として認識することを見出した。
【0049】
そこから、入力信号を周波数帯域分割し、周波数帯域が低いほど遅延時間が長くなるようにして複数の帯域信号をそれぞれ遅延処理し、遅延処理された複数の帯域信号を再混合すれば、仮想音源と受聴者との間に距離感を生むことができると着想した。複数の帯域信号に付加される帯域遅延時間の調整により、仮想音源と受聴者との間の距離を調整できると着想した。具体的には、低域の遅延時間が長いと音源が遠くに、遅延時間が短いと音源が近くに感じさせられると着想した。
【0050】
本実施形態に係る音響信号処理装置10においては、上記のように生成された第1左伝播信号及び第2右伝播信号が左混合部15Lで混合され、それにより左出力信号が生成される。また、上記のように生成された第1右伝播信号及び第2左伝播信号が右混合部15Rで混合され、それにより右出力信号が生成される。これにより、各伝播信号に距離情報が付加され、ひいては左右の出力信号に距離情報が付加される。よって、仮想音源3L,3Rと受聴者90との間の距離感を容易に調整できる。
【0051】
フィルタ部21は、第1左信号生成部14LDと第2左信号生成部14LXとで共通であり、第1右信号生成部14RDと第2右信号生成部14RXとで共通である。これにより、音響信号処理装置10の構成を簡素化できる。
【0052】
レベル調整部24は、再混合前の帯域信号のレベルを調整する。レベル調整部24は、対応する伝播経路の距離や方向に応じて、レベルを調整する。例えば、第1左伝播経路4LDの方が第2左伝播経路4LXよりも短いので、レベル調整部24は、第1左伝播信号の各帯域信号のレベルを、第2左伝播信号の各帯域信号のレベルよりも高くなるように調整する。第1右伝播信号及び第2右伝播信号についても、これと同様である。また、レベル調整部24は、クロストーク音声に対応する伝播信号(第2左伝播信号及び第2右伝播信号)の各帯域信号に対し、周波数に応じてレベルを調整する。斜め前の音源(左耳にとっては右側の仮想音源、右耳にとっては左側の仮想音源)から届く音声は、周波数が高いほど聞こえにくくなるとされる。この点を考慮して、レベル調整部24は、第2左伝播信号の各帯域信号のレベルを、周波数が高いほど低くなるように調整する。第2右伝播信号についても、これと同様である。このようなレベル調整により、より鮮明な音像を受聴者に感じさせることができる。
【0053】
次に、
図3~
図5を参照して、第2実施形態に係る音響信号処理装置10について、第1実施形態との相違を中心に説明する。
【0054】
図3を参照して、本実施形態に係る音声再生装置1の信号変換処理においても、仮想音源3L,3Rから受聴者90の耳91L,91Rへの音の伝播経路4として、第1左伝播経路4LD、第2左伝播経路4LX、第1右伝播経路4RD、及び第2右伝播経路4RXが、仮想的に想定される。
【0055】
第1左伝播経路4LDは、左仮想音源3Lから直接的に左耳91Lに至る第1左直接経路4LDdと、左仮想音源3Lから肩93を経由して左耳91Lに至る第1左反射経路4LDrとを含む。他の3つの伝播経路も、これと同様である。第2左伝播経路4LXは、第2左直接経路4LXd及び第2左反射経路4LXrを含む。第1右伝播経路4RDは、第1右直接経路4RDd及び第1右反射経路4RDrを含む。第2右伝播経路4RXは、第2右直接経路4RXd及び第2右反射経路4RXrを含む。
【0056】
直接経路4LDd,4LXd,4RDd,4RXdは、直線状であり、第1実施形態における第1左伝播経路4LD、第2左伝播経路4LX、第1右伝播経路4RD、及び第2右伝播経路4RX(
図1を参照)に相当する。反射経路4LDr,4LXr,4RDr,4RXrは、折れ線状である。
【0057】
図4を参照して、第1左信号生成部14LDは、第1左直接信号生成部14LDdと、第1左反射信号生成部14LDrとを含む。第1左直接信号生成部14LDdは、左入力増幅部13Lで増幅された左入力信号を処理し、左仮想音源3Lから第1左直接経路4LDdを介して左耳91Lに直接伝播する音声に相当する第1左直接伝播信号を生成する。第1左反射信号生成部14LDrは、左入力増幅部13Lで増幅された左入力信号を処理し、左仮想音源3Lから第1左反射経路4LDrを介して肩93で反射して左耳91Lに伝播する音声に相当する第1左反射伝播信号を生成する。
【0058】
第1左直接信号生成部14LDdと、第1左反射信号生成部14LDrとは、フィルタ部21を共有している。第1左直接信号生成部14LDdと、第1左反射信号生成部14LDrとは、遅延処理部22及び再混合部23を個別に有している。
【0059】
第1左直接信号生成部14LDdも第1左反射信号生成部14LDrも、遅延処理部22において、フィルタ部21で分けられた複数の帯域信号それぞれに遅延処理を行う。第1左反射経路4LDrの方が長いので、第1左反射信号生成部14LDrで設定される伝播遅延時間は、第1左直接信号生成部14LDdで設定される伝播遅延時間よりも長い。なお、遅延処理部22においては、第1実施形態と同様に、周波数帯域に応じた遅延処理も行われる。更に、第1左直接経路4LDdと第1左反射経路4LDrとの距離の違いを考慮して、レベル調整部24は、第1左反射伝播信号のレベルが、第1左直接伝播信号のレベルよりも低くなるように、伝播信号のレベルを調整する。第1左直接信号生成部14LDdは、再混合部23で複数の帯域信号を混合することにより第1左直接伝播信号を生成する。第1左反射信号生成部14LDrは、再混合部23で複数の帯域信号を混合することにより第1左反射伝播信号を生成する。第1左直接伝播信号及び第1左反射伝播信号は、左混合部15Lで混合される。
【0060】
図4及び
図5を参照して、本実施形態では、第2左信号生成部14LX、第1右信号生成部14RD、及び第2右信号生成部14RXも、これと同様である。第2左信号生成部14LXは、第2左直接伝播信号を生成する第2左直接信号生成部14LXdと、第2左反射伝播信号を生成する第2左反射信号生成部14LXrとを含む。第1右信号生成部14RDは、第1右直接伝播信号を生成する第1右直接信号生成部14RDdと、第1右反射伝播信号を生成する第1右反射信号生成部14RDrとを含む。第2右信号生成部14RXは、第2右直接伝播信号を生成する第2右直接信号生成部14RXdと、第2右反射伝播信号を生成する第2右反射信号生成部14RXrとを含む。
【0061】
第2右直接伝播信号及び第2右反射伝播信号は、第1左直接伝播信号及び第1左反射伝播信号と共に、左混合部15Lで混合される。第2左直接伝播信号、第2左反射伝播信号、第1右直接伝播信号、及び第1右反射伝播信号は、右混合部15Rで混合される。
【0062】
本実施形態によれば、肩反射を考慮でき、より鮮明な音像を受聴者に感じさせることができる。第1左信号生成部14LD、第2左信号生成部14LX、第1右信号生成部14RD、及び第2右信号生成部14RXの全てにおいて、肩反射が考慮されるので、音像が一層鮮明になり得る。
【0063】
これまで実施形態について説明したが、上記構成は本発明の趣旨の範囲内で適宜変更可能である。
【0064】
例えば、遅延処理部22は、対応する入力信号を、3つ以外の個数(例えば、2つ又は4以上)の帯域信号に分けてもよい。
【0065】
第2実施形態においては、第1左信号生成部14LD、第2左信号生成部14LX、第1右信号生成部14RD、及び第2右信号生成部14RXの全てが、直接信号生成部及び反射信号生成部を含んでいる。これは単なる一例であり、第1左信号生成部14LD、第2左信号生成部14LX、第1右信号生成部14RD、及び第2右信号生成部14RXの少なくとも1つが、直接信号生成部及び反射信号生成部を含んでいてもよい。
【0066】
第2実施形態において、肩93での反射が想定されている。これは単なる一例であり、反射伝播信号及び反射経路は、壁など、他の反射体で反射することが想定されていてもよい。また、想定される反射体が、複数であってもよい。別の言い方では、同じ仮想音源と同じ耳との間に、複数の反射経路が想定されてもよい。
【0067】
上記実施形態及び図面では、レベル調整部24が、遅延処理部22と再混合部23との間に設けられている。これは単なる一例である。レベル調整部24は、各帯域信号のレベルを調整可能であればよく、その配置は特に限定されない。レベル調整部24は、フィルタ部21と遅延処理部22との間に設けられていてもよく、遅延処理部22に設けられていてもよく、再混合部23に設けられていてもよい。
【0068】
上記実施形態では、仮想音源が左右2つである。これは単なる一例であり、音響信号処理装置10において仮想される音源の数は、1つでもよいし、3以上であってもよい。別の言い方では、「入力信号を処理し、仮想音源から左耳に伝播する音声に相当する左伝播信号を生成する左信号生成部と、同じ入力信号を処理し、同じ仮想音源から右耳に伝播する音声に相当する右伝播信号を生成する右信号生成部と」からなる組の数が、1つでもよく、2つでもよく、3以上でもよい。
【0069】
音響信号処理装置10は、イヤホン以外の音声再生装置1、例えばヘッドホンや、部屋等に設置されるスピーカにも適用可能である。
【0070】
上記実施形態では、音響信号処理装置10が、音声再生装置1(の筐体等)に収容されたの基板上の回路として実現されている。これは単なる一例であり、情報端末装置(例えば、パーソナルコンピュータ、スマートフォン等)にインストールされているアプリケーション内に、音響信号処理装置10がソフトウェアとして実装されていてもよく、この場合、音響信号処理装置10は、アプリケーション内で、音響信号を上記同様に加工する。出力信号は、情報端末装置に有線で又は無線で接続された音声再生装置に入力される。
【符号の説明】
【0071】
1 音声再生装置
2L,2R スピーカ
3L,3R 仮想音源
4 伝播経路
4LD 第1左伝播経路
4LDd 第1左直接経路
4LDr 第1左反射経路
4LX 第2左伝播経路
4LXd 第2左直接経路
4LXr 第2左反射経路
4RD 第1右伝播経路
4RDd 第1右直接経路
4RDr 第1右反射経路
4RX 第2右伝播経路
4RXd 第2右直接経路
4RXr 第2右反射経路
10 音響信号処理装置
11L,11R 入力端子
12L,12R 出力端子
13L,13R 入力増幅部
14LD 第1左信号生成部
14LDd 第1左直接信号生成部
14LDr 第1左反射信号生成部
14LX 第2左信号生成部
14LXd 第2左直接信号生成部
14LXr 第2左反射信号生成部
14RD 第1右信号生成部
14RDd 第1右直接信号生成部
14RDr 第1右反射信号生成部
14RX 第2右信号生成部
14RXd 第2右直接信号生成部
14RXr 第2右反射信号生成部
15L 左混合部
15R 右混合部
16L,16R 出力増幅部
21 フィルタ部
21L 左フィルタ部
21LD 第1左フィルタ部
21LX 第2左フィルタ部
21R 右フィルタ部
21RD 第1右フィルタ部
21RX 第2右フィルタ部
22 遅延処理部
22LD 第1左遅延処理部
22LX 第2左遅延処理部
22RD 第1右遅延処理部
22RX 第2右遅延処理部
23 再混合部
23LD 第1左再混合部
23LX 第2左再混合部
23RD 第1右再混合部
23RX 第2右再混合部
24 レベル調整部
90 受聴者
91L 左耳
91R 右耳
92 頭部
93 肩
【要約】
【課題】 仮想音源と受聴者との間の距離感を容易に調整可能にする。
【解決手段】 音響信号処理装置10が、左仮想音源3Lから左耳91Lへの音声に相当する第1左伝播信号を生成する第1左信号生成部14LD、左仮想音源3Lから右耳91Rへの音声に相当する第2左伝播信号を生成する第2左信号生成部14LX、右仮想音源3Rから右耳91Rへの音声に相当する第1右伝播信号を生成する第1右信号生成部14RD、及び右仮想音源3Rから左耳91Lへの音声に相当する第2右伝播信号を生成する第2右信号生成部14RXを備える。これら信号生成部が、対応する入力信号を周波数帯域が互いに異なる複数の帯域信号に分けるフィルタ部21、周波数帯域が低いほど遅延時間が長くなるようにして複数の帯域信号をそれぞれ遅延処理する遅延処理部22、及び遅延処理された複数の帯域信号を再混合して対応する伝播信号を生成する再混合部23を含む。
【選択図】
図2