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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-04-28
(45)【発行日】2025-05-09
(54)【発明の名称】アジピン酸の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C07C 51/09 20060101AFI20250430BHJP
   C07C 55/14 20060101ALI20250430BHJP
   B01J 23/44 20060101ALI20250430BHJP
   B01J 23/755 20060101ALI20250430BHJP
   B01J 25/02 20060101ALI20250430BHJP
   C07B 61/00 20060101ALN20250430BHJP
【FI】
C07C51/09
C07C55/14
B01J23/44 Z
B01J23/755 Z
B01J25/02 Z
C07B61/00 300
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020568833
(86)(22)【出願日】2020-09-24
(86)【国際出願番号】 JP2020035930
(87)【国際公開番号】W WO2021060335
(87)【国際公開日】2021-04-01
【審査請求日】2023-09-05
(31)【優先権主張番号】P 2019175467
(32)【優先日】2019-09-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2020011659
(32)【優先日】2020-01-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】塚本 大治郎
(72)【発明者】
【氏名】河村 健司
(72)【発明者】
【氏名】山田 勝成
(72)【発明者】
【氏名】赤平 真人
(72)【発明者】
【氏名】山本 大介
【審査官】▲来▼田 優来
(56)【参考文献】
【文献】米国特許第05254255(US,A)
【文献】特表2017-502128(JP,A)
【文献】特開平02-212453(JP,A)
【文献】特開2003-055303(JP,A)
【文献】特表2002-533499(JP,A)
【文献】国際公開第2016/068108(WO,A1)
【文献】特表2012-528885(JP,A)
【文献】特開2010-095450(JP,A)
【文献】特開2017-051117(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C 51/09
C07C 55/14
B01J 23/44
B01J 23/755
B01J 25/02
C07B 61/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
3-ヒドロキシアジピン酸から3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトンを主成分とする原料を製造する工程、及び、前記原料を、水系溶媒中、水素化触媒の存在下、水素と反応させる工程(水素化工程)を含む、アジピン酸の製造方法。
【請求項2】
前記水素化触媒が、パラジウム、白金、ルテニウム、ロジウム、レニウム、ニッケル、コバルト、鉄、イリジウム、オスミウム、銅及びクロムからなる群から選ばれる1種又は2種以上の遷移金属元素を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記水素化触媒が担体に担持されている、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記担体が酸触媒活性を有する担体である、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記水素化工程の反応温度が100~350℃である、請求項1~4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
前記水素化工程をアンモニアの非存在下で行う、請求項1~5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
3-ヒドロキシアジピン酸発酵液に酸を加えてpH7未満に調整した後、ナノ濾過膜に通じて得た濾過液を前記水素化工程に供する、請求項1~6のいずれかに記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バイオマス資源から誘導可能な物質を原料とするアジピン酸の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アジピン酸はポリアミド6,6の原料である。アジピン酸は、シクロヘキサノン及びシクロヘキサノールの混合物(KAオイル)の硝酸酸化により工業的に製造することができるが、高い温室効果のある一酸化二窒素ガスが多量に副生するため、再生可能資源であるバイオマスあるいはバイオマス資源から誘導可能な物質を原料とするアジピン酸の製造方法が提案されている。このような方法として、糖や脂肪酸を原料としてアジピン酸を発酵生産する方法(非特許文献1)、糖から発酵生産したムコン酸を化学的に水素化してアジピン酸を製造する方法(特許文献1)、糖から発酵生産したホモクエン酸から、3-オキソアジピン酸、3-ヒドロキシアジピン酸を経由してアジピン酸を化学合成する方法(特許文献2)、糖からアジピン酸を化学合成する方法(特許文献3)がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特表平9-505463号公報
【文献】国際公開2014/043182号
【文献】米国特許第8669393号明細書
【非特許文献】
【0004】
【文献】Biochemical Engineering Journal,vol.105,p.16-26(2016).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
再生可能資源であるバイオマスあるいはバイオマス資源から誘導可能な物質を原料とするアジピン酸の製造方法は、従来法の課題であった一酸化二窒素ガスの副生を解決する環境にやさしい方法であるが、工業的観点から様々な技術的課題がある。具体的には、糖や脂肪酸を原料としてアジピン酸を発酵生産する方法は、アジピン酸の収量が少ない。糖から発酵生産したムコン酸を化学的に水素化してアジピン酸を製造する方法は、ムコン酸の溶媒への溶解性が低く、高濃度で反応を仕込むことが困難である。糖から発酵生産したホモクエン酸からアジピン酸を化学合成する方法は、ホモクエン酸の発酵収率が低い上、ホモクエン酸からアジピン酸に至るまで多段階の化学反応を必要とする。また、糖からアジピン酸を化学合成する方法は、糖に対して当量の臭化水素を用いる必要があるが、臭化水素は毒性の薬品である。このように従来の方法は、低環境性、低収率、低溶解性、多工程、毒性の薬品を多量に用いる等、工業的に不利な要素を含んでいる。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意研究を行った結果、バイオマス資源から誘導可能な物質である3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトンを、水系溶媒中、水素化触媒の存在下、水素と反応させることにより、一酸化二窒素を排出せず、工業的に有利な条件(高収率、高溶解性の原料、単工程、毒性試薬不使用)でアジピン酸を製造できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、本発明は次の(1)~(8)から構成される。
(1)3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトンを、水系溶媒中、水素化触媒の存在下、水素と反応させる工程(水素化工程)を含む、アジピン酸の製造方法。
(2)前記水素化触媒が、パラジウム、白金、ルテニウム、ロジウム、レニウム、ニッケル、コバルト、鉄、イリジウム、オスミウム、銅及びクロムからなる群から選ばれる1種又は2種以上の遷移金属元素を含む、(1)に記載の方法。
(3)前記水素化触媒が担体に担持されている、(1)又は(2)に記載の方法。
(4)前記担体が酸触媒活性を有する担体である、(3)に記載の方法。
(5)前記水素化工程の反応温度が100~350℃である、(1)~(4)のいずれかに記載の方法。
(6)前記水素化工程をアンモニアの非存在下で行う、(1)~(5)のいずれかに記載の方法。
(7)3-ヒドロキシアジピン酸発酵液に酸を加えてpH7未満に調整した後、ナノ濾過膜に通じて得た濾過液を前記水素化工程に供する、(1)~(6)のいずれかに記載の方法。
(8)アジピン酸100重量部に対するn-吉草酸の含有量が0.01~20重量部である、アジピン酸水溶液。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、一酸化二窒素を排出せず、工業的に有利な条件(高収率、高溶解性の原料、単工程、毒性試薬不使用)でアジピン酸を製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明をより詳細に説明する。
【0010】
[3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトン]
3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトン(3-hydroxyadipic acid-3,6-lactone)は、以下の化学式(1)で表される有機化合物であり、例えば後述の実施例の参考例1に示す反応により化学的に合成することができる。
【0011】
【化1】
【0012】
また、3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトンは、バイオマス資源から誘導することが可能な3-オキソアジピン酸を原料とすることもできる。その場合、例えば、以下のスキーム1に示すように、3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトンは3-オキソアジピン酸の水素化及び縮合により合成することができる。
【0013】
【化2】
【0014】
3-オキソアジピン酸は、プロトカテキュ酸、カテコール等の芳香族化合物の代謝過程で生合成される化合物である。この経路を利用する3-オキソアジピン酸の製造方法として、例えば、特開2012-59号公報には、遺伝子組換えシュードモナス・プチダ(Pseudomonas putida)を用いて、プロトカテキュ酸から3-オキソアジピン酸を発酵生産する方法が開示されている。ここでなお、プロトカテキュ酸やカテコールは糖を炭素源とする微生物発酵により生産することができるバイオマス資源由来物質である。例えば、プロトカテキュ酸及びカテコールを、グルコースを炭素源として発酵生産する方法が米国特許第5272073号明細書に開示されている。したがって、3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトンはバイオマス資源から誘導可能な物質といえる。
【0015】
3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトンは、カルボン酸、カルボン酸塩、カルボン酸エステルであってもよく、これらの混合物であっても本発明の出発物質として使用でき、本明細書ではこれらを総称して「3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトン」という。
【0016】
3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトンのカルボン酸塩としては、例えば、3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトンアンモニウム塩、3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトンリチウム塩、3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトンナトリウム塩、3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトンカリウム塩などが挙げられる。
【0017】
3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトンのカルボン酸エステルとしては、例えば、3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトンメチルエステル、3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトンエチルエステル、3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトンプロピルエステル、3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトンイソプロピルエステル、3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトンブチルエステル、3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトンイソブチルエステルなどが挙げられる。
【0018】
[水系溶媒]
本発明では、水系溶媒中で3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトンからアジピン酸を製造する。本発明において水系溶媒とは、水又は水を主体として水混和性有機溶媒を混合させている混合溶媒を意味する。「水を主体として」とは混合溶媒中の水の割合が50体積%超、好ましくは70体積%以上、さらに好ましくは90体積%以上であることを意味する。
【0019】
本発明で用いることができる水混和性有機溶媒としては、メタノール、エタノール、n-プロパノール、イソプロパノール、n-ブタノール、イソブタノール、tert-ブタノール、1,2-ジメトキシエタン、ジグリム、テトラヒドロフラン、ジオキサン、γ-ブチロラクトン、N-メチルピロリドン、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、アセトンなどが挙げられる。
【0020】
水系溶媒のpHは特に制限されないが、触媒劣化の抑制、副生成物の生成抑制、反応装置への腐食性等を考慮すると、pH2~13であることが好ましく、pH3~11であることがより好ましく、pH4~10であることがさらに好ましい。
【0021】
[水素化触媒]
本発明では、3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトンからアジピン酸を製造するために、水素化触媒を用いる。
【0022】
水素化触媒とは、水素化能を有する金属及び/又は金属錯体を意味する。ここで、水素化能を有するとは、水素の存在下において、炭素-炭素二重結合(C=C)、炭素-炭素三重結合(C≡C)、炭素-酸素二重結合(C=O)、炭素-窒素二重結合(C=N)、炭素-窒素三重結合(C≡N)などの不飽和結合に水素原子を付加させる能力を有することを意味する。
【0023】
水素化触媒は、遷移金属元素を含んでいることが好ましく、具体的には、パラジウム、白金、ルテニウム、ロジウム、レニウム、ニッケル、コバルト、鉄、イリジウム、オスミウム、銅及びクロムからなる群から選ばれる1種又は2種以上を含んでいることが好ましく、パラジウム、白金、ニッケル、コバルト、鉄、銅及びクロムからなる群から選ばれる1種又は2種以上を含んでいることがより好ましい。
【0024】
水素化触媒の存在状態は、特に制限されないが、クラスター状態、ナノ粒子状態、マイクロ粒子状態、バルク状態、コロイドのように溶液に分散した状態、溶媒に均一に溶解している状態のいずれであってもよい。
【0025】
水素化触媒は、使用する金属量が節約できる、触媒の活性表面が増加する等の観点から、担体に担持して使用することが好ましい。担持量としては、担体に対して元素換算で通常0.1~20重量%である。
【0026】
水素化触媒の担体への担持は、含浸法、析出沈殿法、気相担持法など公知の方法により行うことができる。
【0027】
水素化触媒の担体としては、炭素、ポリマー、金属酸化物、金属硫化物、ゼオライト、粘土、ヘテロポリ酸、固体リン酸、ハイドロキシアパタイトなどが挙げられるが、アジピン酸の選択率をより高められることから、酸触媒活性を有している担体であることが好ましい。
【0028】
酸触媒活性を有しているポリマーとしては、酸性イオン交換樹脂が挙げられる。具体的には、スチレン系スルホン酸型イオン交換樹脂、フェノール系スルホン酸型イオン交換樹脂を用いることができる。例えば、三菱ケミカル株式会社製の“DIAION”、ランクセス社製の“レバチット”、ローム・アンド・ハース社製の“アンバーライト”、“アンバーリスト”、ダウ社製の“DOWEX”等が挙げられる。
【0029】
酸触媒活性を有している金属酸化物としては、Sc、Y、Ce、Ti、Zr、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Mn、Fe、Zn、Cd、Al、Ga、In、Si、Ge、Sn、Pbからなる群から選択される1種又は2種以上の金属元素を含む酸化物を例示することができる。より具体的には、酸化スカンジウム(Sc)、酸化セリウム(CeO)、アナターゼ型酸化チタン(A-TiO)、ルチル型酸化チタン(R-TiO)、酸化ジルコニウム(ZrO)、酸化バナジウム(V)、酸化ニオブ(Nb)、酸化タンタル(Ta)、酸化クロム(Cr)、酸化モリブデン(MoO)、酸化タングステン(WO)、酸化マンガン(MnO)、酸化鉄(Fe、Fe)、酸化亜鉛(ZnO)、酸化アルミニウム(Al)、酸化ガリウム(Ga)、酸化インジウム(In)、二酸化ケイ素(SiO)、酸化ゲルマニウム(GeO)、酸化スズ(SnO)、酸化鉛(PbO)、シリカ-アルミナ(SiO-Al)などを例示することができる。
【0030】
酸触媒活性を有しているゼオライトとして、International Zeolite Associationのデータベースにおいて3文字のアルファベットからなる構造コードを与えられているゼオライトを用いることができる。具体的には、LTA、FER、MWW、MFI、MOR、LTL、FAU、BEA、CHA、CON等の構造コードが与えられているゼオライトを例示することができる。
【0031】
酸触媒活性を有している粘土として、カオリン、モンモリロナイト、ベントナイト、サポナイト、酸性白土等を例示することができる。
【0032】
[水素化工程]
3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトンの水素化工程での水素は、反応器に一括添加しても逐次添加してもよい。水素の分圧は特に制限されないが、低すぎると反応時間が長くなる一方、水素の分圧が高すぎると設備安全上望ましくないため、反応開始時において、常温で0.1MPa以上10MPa以下(ゲージ圧)が好ましく、より好ましくは0.5MPa以上3MPa以下(ゲージ圧)である。
【0033】
反応形式は、バッチ式槽型反応器、半バッチ式槽型反応器、連続式槽型反応器、連続式管型反応器のいずれの反応器を用いる形式でも実施することができる。水素化能を有する金属/金属錯体を担持した固体触媒を用いて反応を行う場合、懸濁床式、固定床式、移動床式、流動床式のいずれの方式でも反応を実施することができる。
【0034】
反応温度は低すぎると反応速度が遅くなり、反応温度が高すぎるとエネルギー消費量が多くなるため好ましくない。このような観点から、反応温度は100~350℃であることが好ましく、120~300℃であることがより好ましく、130~280℃であることがさらに好ましく、140~250℃であることがさらに好ましく、150~230℃であることがさらに好ましく、160~220℃であることがさらに好ましい。
【0035】
反応器中の雰囲気は、水素の他に、窒素、ヘリウム、アルゴン等の不活性ガスが共存していてもよいが、水素化触媒の劣化及び爆鳴気の生成につながるため、酸素濃度は5体積%以下であることが好ましい。また、3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトン及びアジピン酸の安定性の観点から、3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトン原料に対するアンモニア量が5重量%以下であることが好ましく、3重量%以下であることがより好ましく、0重量%(すなわち、アンモニア非存在下での反応)であることがさらに好ましい。
【0036】
水系溶媒に対する3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトンの仕込み量は特に制限されないが、仕込み量が少ないと工業的に好ましくない。このような観点から、水系溶媒に対する3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトンの仕込み量は、0.1重量部以上であることが好ましく、0.2重量部以上であることがより好ましく、1.0重量部以上であることがさらに好ましい。
【0037】
[アジピン酸の回収]
3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトンを水系溶媒中で水素化工程に供することにより生成するアジピン酸(カルボン酸、カルボン酸塩、カルボン酸エステル)水溶液から、濾過、蒸留、抽出、晶析など通常の分離精製操作によりアジピン酸を回収することができる。
【0038】
[アジピン酸]
本発明において、水、水及び1級アルコール並びに水及び2級アルコールを除く水混和性有機溶媒との混合溶媒を溶媒とする場合、3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトンのカルボン酸を原料に用いた場合はアジピン酸のカルボン酸が生成し、3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトンのカルボン酸塩を原料に用いた場合はアジピン酸のカルボン酸塩が生成し、3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトンエステルを原料に用いた場合はアジピン酸及びアジピン酸モノエステルの混合物が生成する。本発明において、水と混合する水混和性有機溶媒が、メタノール、エタノール、n-プロパノール、イソプロパノール等の1級アルコール又は2級アルコールである場合には、原料及び生成したアジピン酸とこれらアルコールのエステル化により、反応後には、アジピン酸、アジピン酸モノエステル、アジピン酸ジエステルの混合物が得られる。なお、本明細書では、アジピン酸のカルボン酸、カルボン酸塩、カルボン酸エステル及びこれらの混合物を総称して「アジピン酸」という。
【0039】
[各種誘導化]
本発明で得られたアジピン酸をさらにエステル化反応に供することによりアジピン酸ジエステルに変換できる。エステル化する方法は特に制限されないが、例えば酸触媒とアルコール溶媒を用いたエステル化反応が挙げられる。ここで用いる酸触媒は、特に制限されないが、硫酸や塩酸などの鉱酸や、シリカや強酸性樹脂などの固体酸が挙げられる。その他のエステル化の方法としては、縮合剤を用いたアルコールとカルボン酸の脱水縮合、三フッ化ホウ素メタノール錯体などのルイス酸触媒を用いたアルコールとカルボン酸の脱水縮合、金属アルコキシドを用いた塩基条件での製造方法や、ジアゾメタンやハロゲン化アルキルなどのアルキル化試薬を用いる方法などが挙げられる。
【0040】
また、本発明で得られたアジピン酸から公知の方法(例えば、特公昭61-24555号公報)により、アジポニトリルを製造することができる。得られたアジポニトリルを公知の方法(例えば、特表2000-508305号公報)により水素化することでヘキサメチレンジアミンを製造することができる。さらに、本発明で得られたアジピン酸及び当該アジピン酸から得られたヘキサメチレンジアミンから公知の方法(例えば福本修編、「ポリアミド樹脂ハンドブック」日刊工業出版社(1998年1月)参照)で重合することによりポリアミド6,6を製造することができる。
【0041】
[3-ヒドロキシアジピン酸発酵液からのアジピン酸の製造]
上述のように本発明では、水系溶媒に含まれた3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトン、すなわち、3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトン含有水溶液からアジピン酸を製造することを特徴とする。3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトン含有水溶液は、3-ヒドロキシアジピン酸発酵液から調製してもよい。具体的には、3-ヒドロキシアジピン酸発酵液に酸を加えてpHを酸性条件であるpH7未満に調整した後、ナノ濾過膜に通じて得た濾過液を前記水素化工程に供してもよい。
【0042】
3-ヒドロキシアジピン酸とは、β位に水酸基(-OH)を有する炭素数6のジカルボン酸である。
【0043】
3-ヒドロキシアジピン酸発酵液とは、微生物の作用により炭素源、窒素源、無機塩類、アミノ酸、ビタミンなどの発酵原料を含有する液体培地中で3-ヒドロキシアジピン酸が生成された培養液だけでなく、発酵原料を含有する液体培地中で微生物を培養させた培養液に別途化学的又は生物学的に合成された3-ヒドロキシアジピン酸を添加したものも3-ヒドロキシアジピン酸発酵液に含まれる。3-ヒドロキシアジピン酸発酵液は、例えば、国際公開2017/209102号に開示される方法により調製することができる。
【0044】
3-ヒドロキシアジピン酸発酵液に酸を加えpHを酸性条件であるpH7未満に調整することにより、3-ヒドロキシアジピン酸がナノ濾過膜を透過しやすくなる。さらに、3-ヒドロキシアジピン酸発酵液に酸を加えることにより、水溶液中の3-ヒドロキシアジピン酸から3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトンが生成する。水溶液のpHが低いほど3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトンの生成が促進される傾向にあるため好ましいものの、低pH条件にともなう装置の腐食について考慮する必要がある。これらの要素を考慮すると、pHは4.5以下であることが好ましく、pH1.5以上4.5以下であることがより好ましく、pH2.0以上4.0以下であることがさらに好ましい。
【0045】
3-ヒドロキシアジピン酸発酵液のpH調整に用いる酸は、酸性条件であるpH7未満にすることができれば特に限定されないが、硫酸、塩酸、硝酸、リン酸、ホウ酸等の鉱酸や、ギ酸、酢酸、プロピオン酸等の有機酸を好ましく用いることができる。
【0046】
3-ヒドロキシアジピン酸発酵液のナノ濾過膜による濾過は、圧力をかけて行ってもよい。その濾過圧は、特に限定されないが、0.1MPaより低ければ膜透過速度が低下し、8MPaより高ければ膜の損傷に影響を与えるため、0.1MPa以上8MPa以下の範囲で好ましく用いられるが、0.5MPa以上7MPa以下で用いれば、膜透過流束が高いことから、3-ヒドロキシアジピン酸を効率的に透過させることができるためより好ましい。
【0047】
本発明において、3-ヒドロキシアジピン酸発酵液のナノ濾過膜による濾過は、非透過液を再び原水に戻し、繰り返し濾過することで3-ヒドロキシアジピン酸又は3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトンの回収率を向上させることができる。
【0048】
3-ヒドロキシアジピン酸発酵液をナノ濾過膜に通じる前段において、3-ヒドロキシアジピン酸発酵液から微生物菌体や、タンパク質、タンパク質の変性により生じる固形物を除去することが好ましい。
【0049】
微生物菌体を除去する方法は、特に制限されないが、精密濾過膜(MF膜)分離、遠心分離等、通常の操作により行うことができる。
【0050】
タンパク質又はタンパク質の変性により生じる固形物を除去する方法としては、特に制限されないが、例えば、限外濾過膜(UF膜)分離等の通常の操作により行うことができる。
【0051】
菌体又はタンパク質を除去する順番は、特に限定されないが、サイズの大きな菌体を先に除去する方が、タンパク質を除去する際に限外濾過膜の目詰まりを抑制できるため好ましい。
【0052】
本発明で使用されるナノ濾過膜の素材には、酢酸セルロース系ポリマー、ポリアミド、ポリエステル、ポリイミド、ビニルポリマーなどの高分子素材を使用することができるが、前記1種類の素材で構成される膜に限定されず、複数の膜素材を含む膜であってもよい。またその膜構造は、膜の少なくとも片面に緻密層を持ち、緻密層から膜内部あるいはもう片方の面に向けて徐々に大きな孔径の微細孔を有する非対称膜や、非対称膜の緻密層の上に別の素材で形成された非常に薄い機能層を有する複合膜のどちらでもよい。複合膜としては、例えば、特開昭62-201606号公報に記載の、ポリスルホンを膜素材とする支持膜にポリアミドの機能層からなるナノ濾過膜を構成させた複合膜を用いることができる。
【0053】
本発明においてはこれらの中でも高耐圧性と高透水性、高溶質除去性能を兼ね備え、優れたポテンシャルを有する、ポリアミドを機能層とした複合膜が好ましい。さらに操作圧力に対する耐久性と、高い透水性、阻止性能を維持できるためには、ポリアミドを機能層とし、それを多孔質膜や不織布からなる支持体で保持する構造のものが好ましい。ポリアミドを機能層とするナノ濾過膜において、ポリアミドを構成する単量体の好ましいカルボン酸成分としては、例えば、トリメシン酸、ベンゾフェノンテトラカルボン酸、トリメリット酸、ピロメット酸、イソフタル酸、テレフタル酸、ナフタレンジカルボン酸、ジフェニルカルボン酸、ピリジンカルボン酸などの芳香族カルボン酸が挙げられるが、製膜溶媒に対する溶解性を考慮すると、トリメシン酸、イソフタル酸、テレフタル酸又はこれらの混合物がより好ましい。
【0054】
前記ポリアミドを構成する単量体の好ましいアミン成分としては、m-フェニレンジアミン、p-フェニレンジアミン、ベンジジン、メチレンビスジアニリン、4,4’-ジアミノビフェニルエーテル、ジアニシジン、3,3’,4-トリアミノビフェニルエーテル、3,3’,4,4’-テトラアミノビフェニルエーテル、3,3’-ジオキシベンジジン、1,8-ナフタレンジアミン、m(p)-モノメチルフェニレンジアミン、3,3’-モノメチルアミノ-4,4’-ジアミノビフェニルエーテル、4,N,N’-(4-アミノベンゾイル)-p(m)-フェニレンジアミン-2,2’-ビス(4-アミノフェニルベンゾイミダゾール)、2,2’-ビス(4-アミノフェニルベンゾオキサゾール)、2,2’-ビス(4-アミノフェニルベンゾチアゾール)等の芳香環を有する一級ジアミン、ピペラジン、ピペリジン又はこれらの誘導体等の二級ジアミンが挙げられ、中でもピペラジン又はピペリジンを単量体として含む架橋ポリアミドを機能層とするナノ濾過膜は耐圧性、耐久性の他に、耐熱性、耐薬品性を有していることから好ましく用いられる。より好ましくは前記架橋ピペラジンポリアミド又は架橋ピペリジンポリアミドを主成分とするナノ濾過膜である。ピペラジンポリアミドを含有するポリアミドを機能層とするナノ濾過膜としては、例えば、特開昭62-201606号公報に記載のものが挙げられ、具体例としては、東レ株式会社製の架橋ピペラジンポリアミド系半透膜のUTC-60、UTC-63が挙げられる。
【0055】
本発明で用いるスパイラル型のナノ濾過膜エレメントとしては、例えば、架橋ピペラジンポリアミドを機能層とする、東レ株式会社製のUTC-60、UTC-63を含む同社製ナノフィルターモジュールSU-210、SU-220、SU-600、SU-610も使用することができる。また、架橋ピペラジンポリアミドを機能層とするフィルムテック社製ナノ濾過膜のNF-45、NF-90、NF-200、NF-400、あるいはポリアミドを機能層とするアルファラバル社製ナノ濾過膜のNF99、NF97,NF99HF、酢酸セルロース系のナノろ過膜であるGE Osmonics社製ナノ濾過膜のGEsepaなどが挙げられる。
【0056】
3-ヒドロキシアジピン酸発酵液のナノ濾過膜の濾過液を、逆浸透膜(RO膜)に通じることにより、非透過側にて3-ヒドロキシアジピン酸又は3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトンを濃縮することができ、得られた濃縮液を前記水素化工程に供してもよい。
【0057】
本発明で使用する逆浸透膜の膜素材としては、一般に市販されている酢酸セルロース系ポリマー、ポリアミド、ポリエステル、ポリイミド、ビニルポリマーなどの高分子素材を使用することができるが、該1種類の素材で構成される膜に限定されず、複数の膜素材を含む膜であってもよい。膜形態としては、平膜型、スパイラル型、中空糸型など適宜の形態のものが使用できる。
【0058】
本発明で使用される逆浸透膜の具体例としては、例えば、東レ株式会社製ポリアミド系逆浸透膜(UTC)SU-710、SU-720、SU-720F、SU-710L、SU-720L、SU-720LF、SU-720R、SU-710P、SU-720P、SU-810、SU-820、SU-820L、SU-820FA、同社酢酸セルロース系逆浸透膜SC-L100R、SC-L200R、SC-1100、SC-1200、SC-2100、SC-2200、SC-3100、SC-3200、SC-8100、SC-8200、日東電工(株)製NTR-759HR、NTR-729HF、NTR-70SWC、ES10-D、ES20-D、ES20-U、ES15-D、ES15-U、LF10-D、アルファラバル製RO98pHt、RO99、HR98PP、CE4040C-30D、GE製GE Sepa、Filmtec製BW30-4040、TW30-4040、XLE-4040、LP-4040、LE-4040、SW30-4040、SW30HRLE-4040などが挙げられる。
【0059】
逆浸透膜による濾過は、圧力をかけて行うが、その濾過圧は、1MPaより低ければ膜透過速度が低下し、8MPaより高ければ膜の損傷に影響を与えるため、1MPa以上8MPa以下の範囲であることが好ましい。また、濾過圧が1MPa以上7MPa以下の範囲であることがより好ましく、2MPa以上6MPa以下の範囲であることがさらに好ましい。
【0060】
[アジピン酸水溶液]
本発明では、原料である3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトンを水系溶媒中でアジピン酸へと変換するため、反応後には、アジピン酸を含む水系溶媒が得られる。本発明において、アジピン酸水溶液とは、この反応後に得られるアジピン酸を含む水系溶媒を示す。
【0061】
3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトンからアジピン酸に変換する場合、副生物としてn-吉草酸(IUPAC系統名ではn-ペンタン酸)が生成するため、n-吉草酸を微量に含有するアジピン酸水溶液が得られる。アジピン酸水溶液に含まれるn-吉草酸は、カルボン酸、カルボン酸塩、カルボン酸エステル又はこれらの混合物の形態で存在しており、本願明細書ではこれら形態を総称して「n-吉草酸」という。
【0062】
アジピン酸水溶液中のアジピン酸100重量部に対するn-吉草酸の含有量は0.01~20重量部が適当であり、好ましくは0.02~18重量部、より好ましくは0.05~16重量部である。アジピン酸水溶液中のアジピン酸100重量部に対するn-吉草酸の含有量が20重量部を超えるとポリアミド原料として不適な場合がある。一方、アジピン酸100重量部に対するn-吉草酸の含有量が0.01~20重量部であるアジピン酸水溶液からn-吉草酸の含有量が0.01重量部を下回るアジピン酸水溶液を調製することは、精製に過度な負担を強いるにもかかわらず精製前と比べてポリアミド原料としての特段の優位性は得られないことがある。
【実施例
【0063】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。なお、実施例、比較例における反応成績は以下の式によって定義する。
【0064】
原料転化率(mol%)=反応した原料(mol)/供給原料(mol)×100。
【0065】
アジピン酸選択率(mol%)=アジピン酸生成量(mol)/反応した原料(mol)×100。
【0066】
反応溶液及び反応溶液濃縮物の水溶液は、それぞれ、ガスクロマトグラフィー(GC)及び高速液体クロマトグラフィー(HPLC)により分析した。生成物の定量は標品を用いて作成した絶対検量線により行った。GC及びHPLCの分析条件を以下に示す。
【0067】
[GC分析条件]
GC装置:“GC2010 plus”(株式会社島津製作所製)
カラム:“InertCap for amines”、長さ30m、内径0.32mm(GLサイエンス社製)
キャリアガス:ヘリウム、線速度一定(40.0cm/秒)
気化室温度:250℃
検出器温度:250℃
カラムオーブン温度:100℃→(10℃/分)→230℃ 10分(計23分)
検出器:FID。
【0068】
[HPLC分析条件1]
HPLC装置:“Prominence”(株式会社島津製作所製)
カラム:“Synergi hydro-RP”(Phenomenex社製)、長さ250mm、内径4.60mm、粒径4μm
移動相:0.1重量%リン酸水溶液/アセトニトリル=95/5(体積比)
流速:1.0mL/分
検出器:UV(210nm)
カラム温度:40℃。
分析時間:23分。
【0069】
各種水溶液のpHは以下の方法により分析した。
【0070】
[pH分析方法]
Horiba pHメーター F-52(株式会社堀場製作所製)を用いた。pH校正はpH4.01標準液(富士フイルム和光純薬株式会社製)、pH6.86標準液(富士フイルム和光純薬株式会社製)、pH9.18標準液(富士フイルム和光純薬株式会社製)を用いて行った。
【0071】
(参考例1)3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトンの調製
本発明で使用した3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトンは化学合成により調製した。まず、コハク酸モノメチルエステル13.2g(0.1mol)(富士フイルム和光純薬株式会社製)に超脱水テトラヒドロフラン1.5L(富士フイルム和光純薬株式会社製)を加え、攪拌しながらカルボニルジイミダゾール16.2g(0.1mol)(富士フイルム和光純薬株式会社製)添加し、窒素雰囲気下1時間室温で攪拌した。この懸濁液にマロン酸モノメチルエステルカリウム塩15.6g(0.1mol)及び塩化マグネシウム9.5g(0.1mol)を添加し、窒素雰囲気下1時間室温で攪拌した後、40℃で12時間攪拌した。反応終了後、1mol/L塩酸を0.05L加え、酢酸エチルにより抽出し、シリカゲルカラムクロマトグラフィー(ヘキサン:酢酸エチル=1:5)で分離精製することで、純粋な3-オキソヘキサンジカルボン酸ジメチルエステル13.1gを得た。
【0072】
得られた3-オキソヘキサンジカルボン酸ジメチルエステル10g(0.05mol)にメタノール0.1L(国産化学株式会社製)を加え、攪拌しながら5mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液0.02Lを添加し、室温で2時間攪拌した。反応終了後、5mol/Lの塩酸でpH1に調整し、次いで、水素化ホウ素ナトリウム2.0g(0.05mol)(富士フイルム和光純薬株式会社製)を添加し、室温で2時間攪拌した。ロータリーエバポレーターで濃縮後、超純水0.1Lを加え、攪拌しながら1mol/Lの硫酸0.01Lを添加し、100℃で2時間攪拌した。反応終了後、ロータリーエバポレーターで濃縮後、シリカゲルカラムクロマトグラフィー(クロロホルム:メタノール=10:1)で分離精製することで、純粋な3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトン(カルボン酸)5.8g(薄黄色シロップ状)を得た。得られた3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトンのNMRスペクトルは以下の通り。
【0073】
H-NMR(400MHz、DO):δ2.03(m、1H)、δ2.04-2.90(m、5H)、δ5.00(m、1H)。
【0074】
(実施例1)アジピン酸の製造
内容量0.1Lのステンレス製オートクレーブ(耐圧硝子工業株式会社製)に3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトン(カルボン酸)0.144g、水50mL、触媒として、Palladium,5% on gamma alumina powder,reduced(5%Pd/Al、Alfa Aesar社製)0.025gを添加した。オートクレーブ内を窒素でパージしたのち、水素ガスを添加し、オートクレーブ内の水素分圧を0.9MPaとなるよう調節した。その後、オートクレーブ内の温度を200℃に昇温した。200℃におけるゲージ圧は1.5MPaであった。3時間200℃で保持した後、室温まで放冷し、オートクレーブ内のガスを放出して常圧に戻した後、反応溶液を回収した。濾過により触媒を除去し、濾液を一部サンプリングした。また、この濾液をロータリーエバポレーター(東京理化器械株式会社製)で濃縮して濃縮物を得た。サンプリングした濾液及び濃縮物の1g/L水溶液をGC及びHPLC(HPLC分析条件1)により分析した。結果を表1に示す。高い原料転化率及び高いアジピン酸選択率でアジピン酸が生成した。
【0075】
(実施例2)アジピン酸の製造
原料に3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトン(カルボン酸)2.5gを用いた以外は、実施例1と同様に反応を行った。結果を表1に示す。原料濃度を高めた場合でも、原料転化率とアジピン酸選択率は顕著に高かった。
【0076】
(比較例1)アジピン酸の製造
溶媒として水の代わりにジオキサンを用いた以外は、実施例1と同様に反応を行った。結果を表1に示す。原料転化率は67.4%に留まった。
【0077】
(比較例2)アジピン酸の製造
溶媒として水の代わりにtert-ブタノールを用いた以外は、実施例1と同様に反応を行った。結果を表1に示す。原料転化率は38.9%と顕著に低く、アジピン酸選択率も87.0%に留まった。
【0078】
【表1】
【0079】
(参考例2)3-ヒドロキシアジピン酸の調製
本発明で使用した3-ヒドロキシアジピン酸は化学合成により調製した。まず、コハク酸モノメチルエステル13.2g(0.1mol)(富士フイルム和光純薬株式会社製)に超脱水テトラヒドロフラン1.5L(富士フイルム和光純薬株式会社製)を加え、攪拌しながらカルボニルジイミダゾール16.2g(0.1mol)(富士フイルム和光純薬株式会社製)添加し、窒素雰囲気下1時間室温で攪拌した。この懸濁液にマロン酸モノメチルエステルカリウム塩15.6g(0.1mol)及び塩化マグネシウム9.5g(0.1mol)を添加し、窒素雰囲気下1時間室温で攪拌した後、40℃で12時間攪拌した。反応終了後、1mol/L塩酸を0.05L加え、酢酸エチルにより抽出し、シリカゲルカラムクロマトグラフィー(ヘキサン:酢酸エチル=1:5)で分離精製することで、純粋な3-オキソヘキサンジカルボン酸ジメチルエステル13.1gを得た。
【0080】
得られた3-オキソヘキサンジカルボン酸ジメチルエステル10g(0.05mol)にメタノール0.1L(国産化学社製)を加え、攪拌しながら5mol/Lの水酸化ナトリウム水溶液0.02Lを添加し、室温で2時間攪拌した。反応終了後、5mol/Lの塩酸でpH1に調整し、次いで、水素化ホウ素ナトリウム2.0g(0.05mol)(和光純薬社製)を添加し、室温で2時間攪拌した。反応終了後、ロータリーエバポレーターで濃縮後、水で再結晶することで、純粋な3-ヒドロキシアジピン酸7.2gを得た。得られた3-ヒドロキシアジピン酸のNMRスペクトルは以下の通り。
【0081】
H-NMR(400MHz、CDOD):δ1.70(m、1H)、δ1.83(m、1H)、δ2.42(m、4H)、δ4.01(m、1H)。
【0082】
(参考例3)3-ヒドロキシアジピン酸発酵液の調製
国際公開2017/209102号の実施例14に記載のSerratia grimesii(NBRC13537)/pBBR1MCS-2::CgpcaF株を用いる方法に準じて調製した培養液に、参考例2で調製した3-ヒドロキシアジピン酸を添加することにより、3-ヒドロキシアジピン酸発酵液4Lを調製した。上清をHPLCで分析した。3-ヒドロキシアジピン酸濃度14g/L、3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトン未検出。pH6.8。
【0083】
(実施例3)アジピン酸の製造
参考例3で調製した3-ヒドロキシアジピン酸発酵液4Lを精密濾過膜(細孔径0.01μm以上1μm未満の多孔性膜:東レ株式会社製)に通じた。その後、濃硫酸(シグマ-アルドリッチ社製)を加えてpHを4.0に調整し、12時間撹拌した。この水溶液を限外濾過膜(分画分子量10000;東レ株式会社製)に通じた(3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトン濃度0.6g/L)。こうして得た水溶液3Lを以下のナノ濾過膜処理条件にてナノ濾過膜に通じて濾過液を得た(3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトン濃度0.5g/L)。
【0084】
[ナノ濾過膜処理条件]
分離膜:UTC-63(東レ株式会社製)
膜分離装置:“SEPA”(登録商標)CF-II(GE W&PT社製)
操作温度:25℃
濾過圧:0.5MPa。
【0085】
内容量0.1Lのステンレス製オートクレーブ(耐圧硝子工業株式会社製)に、前記濾過液(3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトン濃度0.5g/L)30mL、触媒として、Palladium,5% on gamma alumina powder,reduced(5%Pd/Al、Alfa Aesar社製)0.025gを添加した。オートクレーブ内を窒素でパージしたのち、水素ガスを添加し、オートクレーブ内の水素分圧を0.9MPaとなるよう調節した。その後、オートクレーブ内の温度を200℃に昇温した。200℃におけるゲージ圧は1.5MPaであった。3時間200℃で保持した後、室温まで放冷し、オートクレーブ内のガスを放出して常圧に戻した後、反応溶液を回収した。濾過により触媒を除去し、上清であるアジピン酸水溶液をHPLCにより分析した結果、アジピン酸濃度は0.1g/Lであった。
【0086】
(比較例3)アジピン酸の製造
限外濾過膜に通じた後の水溶液をナノ濾過膜に通じなかった以外は実施例3と同様に反応を行ったが、アジピン酸は生成しなかった。
【0087】
実施例3及び比較例3より、3-ヒドロキシアジピン酸発酵液に酸を加えてpH7未満に調整した後、ナノ濾過膜に通じて得た濾過液を、水素化工程に供することにより、アジピン酸を製造できることが示された。
【0088】
なお、以降の実施例では、以下のHPLC分析条件2で反応溶液及び反応溶液濃縮物の水溶液のHPLC分析を行った。本分析条件では、アジピン酸に加えて、3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトンから変換されて得られた副生物であるn-吉草酸を検出・定量することが可能である。
【0089】
[HPLC分析条件2]
HPLC装置:“Prominence”(株式会社島津製作所製)
カラム:“Synergi hydro-RP”(Phenomenex社製)、長さ250mm、内径4.60mm、粒径4μm
移動相:0.1重量%リン酸水溶液/アセトニトリル 0-10分 95/5(体積比)で一定、10~20分 95/5→80/20(体積比)、20~40分 80/20→30/70(体積比)、40~50分 30/70(体積比)で一定
流速:1.0mL/分
検出器:UV(210nm)
カラム温度:40℃。
分析時間:50分。
【0090】
n-吉草酸選択率は以下の式で定義した。
【0091】
n-吉草酸選択率(mol%)=n-吉草酸生成量(mol)/反応した原料(mol)×100。
【0092】
(実施例4)アジピン酸の製造
HPLC分析条件2でHPLC分析した以外は、実施例1と同様に反応を行い、アジピン酸水溶液を得た。結果を表2に示す。
【0093】
(実施例5)アジピン酸の製造
HPLC分析条件2でHPLC分析した以外は、実施例2と同様に反応を行った。結果を表2に示す。
【0094】
(参考例4)3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトンメチルエステルの調製
本発明で使用した3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトンメチルエステルは化学合成により準備した。3-ヒドロキシアジピン酸10.0g(0.06mol)に超脱水メタノール100mL(富士フイルム和光純薬株式会社製)を加え、攪拌しながら濃硫酸5滴(富士フイルム和光純薬株式会社製)を添加し、70℃で5時間還流した。反応終了後、ロータリーエバポレーターで濃縮後、シリカゲルカラムクロマトグラフィー(ヘキサン:酢酸エチル=4:1)で分離精製することで、純粋な3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトンメチルエステル5.4gを得た(収率48%)。得られた3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトンメチルエステルのNMRスペクトルは以下の通り。
【0095】
H-NMR(400MHz、CDCl):δ1.93-2.02(m、1H)、δ2.44-2.52(m、1H),δ2.56-2.87(m、2H),δ2.66(dd、1H)、δ2.85(dd、1H)、δ3.73(s、3H)、δ4.87-4.94(m、1H)。
【0096】
(実施例6)アジピン酸の製造
原料に、参考例4で調製した3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトンメチルエステル2.5gを用いた以外は、実施例5と同様に反応を行い、アジピン酸水溶液を得た。結果を表2に示す。
【0097】
(実施例7)アジピン酸の製造
内容量0.1Lのステンレス製オートクレーブ(耐圧硝子工業株式会社製)に3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトン(カルボン酸)2g、水20mL、触媒として、Palladium,5% on gamma alumina powder,reduced(5%Pd/Al、Alfa Aesar社製)0.1gを添加した。オートクレーブ内を窒素でパージしたのち、水素ガスを添加し、水素分圧0.9MPaとなるよう調節した。その後、オートクレーブ内の温度を200℃に昇温した。6時間200℃で保持した後、室温まで放冷し、オートクレーブ内のガスを放出して常圧に戻した。オートクレーブ内の溶液を200mLメスフラスコに回収し、水でメスアップした。遠心分離により触媒を沈殿させ、上清であるアジピン酸水溶液をGC及びHPLC(HPLC分析条件2)により分析した。結果を表2に示す。
【0098】
(実施例8)アジピン酸の製造
反応温度を150℃、反応時間を12時間とした以外は実施例7と同様に反応を行い、アジピン酸水溶液を得た。結果を表2に示す。
【0099】
(実施例9)アジピン酸の製造
反応温度を160℃、反応時間を9時間とした以外は実施例7と同様に反応を行い、アジピン酸水溶液を得た。結果を表2に示す。
【0100】
(実施例10)アジピン酸の製造
反応温度を170℃、反応時間を7時間とした以外は実施例7と同様に反応を行い、アジピン酸水溶液を得た。結果を表2に示す。
【0101】
(実施例11)アジピン酸の製造
反応温度を180℃とした以外は実施例7と同様に反応を行い、アジピン酸水溶液を得た。結果を表2に示す。
【0102】
(実施例12)アジピン酸の製造
反応温度を220℃、反応時間を3時間とした以外は実施例7と同様に反応を行い、アジピン酸水溶液を得た。結果を表2に示す。
【0103】
(実施例13)アジピン酸の製造
触媒に5%パラジウム担持炭素(5%Pd/C、富士フイルム和光純薬株式会社製)を用いて、反応時間を8時間とした以外は実施例10と同様に反応を行い、アジピン酸水溶液を得た。結果を表2に示す。
【0104】
(実施例14)アジピン酸の製造
触媒に5%白金担持炭素(5%Pt/C、シグマアルドリッチ社製)を用いて、反応時間を9時間とした以外は実施例10と同様に反応を行い、アジピン酸水溶液を得た。結果を表2に示す。
【0105】
(実施例15)アジピン酸の製造
1mol/L水酸化ナトリウム水溶液(ナカライテスク株式会社製)を用いて3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトン水溶液のpHを6に調整し、触媒にNickel on silica-alumina(Ni/SiO-Al、Alfa Aesar社製)を用いて、反応時間を8時間とした以外は実施例10と同様に反応を行い、アジピン酸水溶液を得た。結果を表2に示す。
【0106】
(実施例16)アジピン酸の製造
1mol/L水酸化ナトリウム水溶液(ナカライテスク株式会社製)を用いて3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトン水溶液のpHを6に調整し、触媒にラネーニッケル(Raney Ni、富士フイルム和光純薬株式会社製)を用いて、反応時間を6時間とした以外は実施例10と同様に反応を行い、アジピン酸水溶液を得た。結果を表2に示す。
【0107】
(実施例17)アジピン酸の製造
水素分圧を3.0MPaとした以外は実施例7と同様に反応を行い、アジピン酸水溶液を得た。結果を表2に示す。
【0108】
(実施例18)アジピン酸の製造
内容量0.1Lのステンレス製オートクレーブ(耐圧硝子工業株式会社製)に3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトン(カルボン酸)0.189g、水/メタノール混合溶媒(水60体積%)30mL、触媒として、Palladium,5% on gamma alumina powder,reduced(5%Pd/Al、Alfa Aesar社製)0.025gを添加した。オートクレーブ内を窒素でパージしたのち、水素ガスを添加し、水素分圧0.9MPaとなるよう調節した。その後、オートクレーブ内の温度を170℃に昇温した。12時間170℃で保持した後、室温まで放冷し、オートクレーブ内のガスを放出して常圧に戻した。オートクレーブ内の溶液を50mLメスフラスコに回収し、メタノールでメスアップした。遠心分離により触媒を沈殿させ、上清であるアジピン酸水溶液をGC及びHPLC(HPLC分析条件2)により分析した。結果を表2に示す。
【0109】
(実施例19)アジピン酸の製造
内容量0.1Lのステンレス製オートクレーブ(耐圧硝子工業株式会社製)に3-ヒドロキシアジピン酸-3,6-ラクトン(カルボン酸)0.159g、水/ジオキサン混合溶媒(水90体積%)30mL、触媒として、Palladium,5% on gamma alumina powder,reduced(5%Pd/Al、Alfa Aesar社製)0.025gを添加した。オートクレーブ内を窒素でパージしたのち、水素ガスを添加し、水素分圧0.9MPaとなるよう調節した。その後、オートクレーブ内の温度を220℃に昇温した。3時間220℃で保持した後、室温まで放冷し、オートクレーブ内のガスを放出して常圧に戻した。オートクレーブ内の溶液を50mLメスフラスコに回収し、水でメスアップした。遠心分離により触媒を沈殿させ、上清であるアジピン酸水溶液をGC及びHPLC(HPLC分析条件2)により分析した。結果を表2に示す。
【0110】
(実施例20)アジピン酸の製造
ジオキサンの代わりにtert-ブタノールを用いて、反応温度を200℃、反応時間を4時間とした以外は実施例19と同様に反応を行い、アジピン酸水溶液を得た。結果を表2に示す。
【0111】
【表2】