(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-04-28
(45)【発行日】2025-05-09
(54)【発明の名称】オーステナイト系ステンレス熱延鋼板及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20250430BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20250430BHJP
C22C 30/02 20060101ALI20250430BHJP
C21D 8/02 20060101ALI20250430BHJP
【FI】
C22C38/00 302B
C22C38/58
C22C30/02
C21D8/02 D
(21)【出願番号】P 2024552764
(86)(22)【出願日】2024-05-20
(86)【国際出願番号】 JP2024018564
【審査請求日】2024-09-04
(31)【優先権主張番号】P 2023087260
(32)【優先日】2023-05-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【氏名又は名称】川原 敬祐
(72)【発明者】
【氏名】泉 大地
(72)【発明者】
【氏名】嶋村 純二
【審査官】鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-196703(JP,A)
【文献】国際公開第2021/033693(WO,A1)
【文献】国際公開第2022/168686(WO,A1)
【文献】特開平06-293920(JP,A)
【文献】特開昭61-270356(JP,A)
【文献】国際公開第2010/013083(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C22C 30/00-30/06
C21D 8/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C :0.050%以上0.100%以下、
Si:0.05%以上1.00%以下、
Mn:5.0%以上20.0%以下、
P :0.030%以下、
S :0.0050%以下、
Al:0.070%以下、
Cu:1.5%以上3.5%以下、
Ni:5.0%以上10.0%以下、
Cr:11.0%以上20.0%以下、
N :0.05%以上0.20%以下、
W :0.05%以上0.50%以下、
O :0.0050%以下、
Ti:0.005%以下、及び
Nb:0.005%以下
を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成と、
アスペクト比(長辺/短辺)が3.5以下である結晶粒の個数比率が85%以上であり、直径100nm超えの析出Cr量が0.2質量%以下であるミクロ組織と、
を有するオーステナイト系ステンレス熱延鋼板であって、
当該オーステナイト系ステンレス熱延鋼板から、開先の形状:レ形開先、裏当て材:セラミックス、シールドガス:Ar-30%CO
2
、トーチ後退角:5~10°、平均溶接入熱量2.0kJ/mmの溶接条件で作製した溶接継手の、溶接熱影響部粗粒域における-269℃でのシャルピー衝撃試験の吸収エネルギーが55J以上である
、オーステナイト系ステンレス
熱延鋼
板。
【請求項2】
前記成分組成が、さらに、質量%で、
Mo :2.0%以下、
V :0.5%以下、
Ca :0.0100%以下、
Mg :0.0100%以下、及び
REM:0.0200%以下
からなる群から選択される1種以上を含有する、請求項1に記載のオーステナイト系ステンレス
熱延鋼
板。
【請求項3】
質量%で、
C :0.050%以上0.100%以下、
Si:0.05%以上1.00%以下、
Mn:5.0%以上20.0%以下、
P :0.030%以下、
S :0.0050%以下、
Al:0.070%以下、
Cu:1.5%以上3.5%以下、
Ni:5.0%以上10.0%以下、
Cr:11.0%以上20.0%以下、
N :0.05%以上0.20%以下、
W :0.05%以上0.50%以下、
O :0.0050%以下、
Ti:0.005%以下、及び
Nb:0.005%以下
を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有する鋼素材を、1000℃以上1350℃以下の温度域に加熱する加熱工程と、
前記加熱工程後の前記鋼素材を熱間圧延
して、熱延鋼板を得る熱間圧延工程と、
前記熱間圧延後の前記
熱延鋼板を冷却する冷却工程と、
を含み、
前記熱間圧延工程は、(i)950℃以上で前記鋼素材を熱間圧延し、平均パス圧下率を5%以上とする第一圧延工程と、(ii)前記第一圧延工程後に行われ、950℃未満での前記鋼素材の熱間圧延を5パス以下行う第二圧延工程と、を含み、仕上圧延終了温度が900℃以上であり、
前記冷却工程では、前記仕上圧延終了温度よりも100℃低い温度以上の温度域にある冷却開始温度から600℃以下の温度域にある冷却停止温度まで、平均水冷速度が10℃/s以上の水冷を行
って、
アスペクト比(長辺/短辺)が3.5以下である結晶粒の個数比率が85%以上であり、直径100nm超えの析出Cr量が0.2質量%以下であるミクロ組織を有するオーステナイト系ステンレス熱延鋼板を製造する、オーステナイト系ステンレス
熱延鋼
板の製造方法。
【請求項4】
前記成分組成が、さらに、質量%で、
Mo :2.0%以下、
V :0.5%以下、
Ca :0.0100%以下、
Mg :0.0100%以下、及び
REM:0.0200%以下
からなる群から選択される1種以上を含有する、請求項3に記載のオーステナイト系ステンレス
熱延鋼
板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、オーステナイト系ステンレス鋼及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
液体水素や液体ヘリウムなどの液化ガスの貯槽用構造物の素材として熱間圧延鋼板を用いるためには、熱間圧延鋼板は低温での靱性に優れることが要求される。このような貯槽用構造物の素材は、使用環境が極めて低温となるためである。例えば、液体ヘリウムの貯槽に熱間圧延鋼板を使用する場合は、ヘリウムの沸点である-269℃以下で優れた靱性が確保されていることが望まれる。一般に、鋼板の溶接部分における溶接熱影響部は、母材に比べ低温靱性が劣る。そのため、鋼板の溶接熱影響部に対する低温靱性向上が望まれる。
【0003】
特許文献1には、オーステナイト系ステンレス鋼及びオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法が開示されている。このオーステナイト系ステンレス鋼は、質量%で、C:0.10%以下、Si:1.00%以下、Mn:6.0~12.0%、P:0.050%以下、S:0.0500%以下、Ni:15.0~17.0%、Cr:15.0~30.0%、V:0.01~0.30%、Nb:0.01~0.30%、N:0.40~0.60%、Mo:0~5.0%、及び、残部がFe及び不純物からなり、所定の関係式を満たす化学組成を有し、未固溶のV含有量が0.20質量%以下、未固溶のNb含有量が0.20質量%以下である。特許文献1では、このオーステナイト系ステンレス鋼は、高強度を有し、溶接部の低温靱性に優れていると開示されている。
【0004】
特許文献2には、オーステナイト系ステンレス鋼及びオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法が開示されている。このオーステナイト系ステンレス鋼は、化学組成が、質量%で、C:0.005~0.07%、Si:0.1~1.2%、Mn:3.2~6.5%、Ni:9~14%、Cu及びCoの少なくとも1種の合計:0.005%以上3%未満、Cr:19~24%、Mo:1~4%、Nb:0.05~0.4%、N:0.15~0.50%、Al:0.05%以下、P:0.03%以下、S:0.002%以下、O:0.02%以下、V:0~0.5%、Ti:0~0.5%、B:0~0.01%、Ca:0~0.05%、Mg:0~0.05%、REM:0~0.5%、残部:Fe及び不純物であり、電解抽出残渣として分析されるNb量が、0.01~0.3質量%である。特許文献2では、このオーステナイト系ステンレス鋼は、強度、延性及び溶接性に優れると開示されており、例えば、常温で690MPa以上の引張強度である場合が開示されている。特許文献2には、オーステナイト系ステンレス鋼の強度及び延性は、電解抽出残渣として分析されるNb量、すなわち、Nbを含有する析出物の量と関係する、と開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2020-132979号公報
【文献】国際公開第2017/056619号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1や特許文献2に記載のオーステナイト系ステンレス鋼は、その製造工程として、熱間加工する工程に加えて、固溶化熱処理する工程を要するため、高コストとなる問題があった。そのため、固溶化熱処理を行わずに、溶接熱影響部の低温靱性に優れたオーステナイト系ステンレス鋼を製造する方法が求められている。
【0007】
本開示は、かかる実状に鑑みて為されたものであって、その目的は、溶接熱影響部の低温靱性に優れた、低コストのオーステナイト系ステンレス鋼及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するための、本開示に係るオーステナイト系ステンレス鋼及びその製造方法は以下のとおりである。
【0009】
[1]質量%で、
C :0.050%以上0.100%以下、
Si:0.05%以上1.00%以下、
Mn:5.0%以上20.0%以下、
P :0.030%以下、
S :0.0050%以下、
Al:0.070%以下、
Cu:1.5%以上3.5%以下、
Ni:5.0%以上10.0%以下、
Cr:11.0%以上20.0%以下、
N :0.05%以上0.20%以下、
W :0.05%以上0.50%以下、
O :0.0050%以下、
Ti:0.005%以下、及び
Nb:0.005%以下
を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成と、
アスペクト比(長辺/短辺)が3.5以下である結晶粒の個数比率が85%以上であり、直径100nm超えの析出Cr量が0.2質量%以下であるミクロ組織と、
溶接熱影響部粗粒域における-269℃でのシャルピー衝撃試験の吸収エネルギーが55J以上である特性と、
を有するオーステナイト系ステンレス鋼。
【0010】
[2]前記成分組成が、さらに、質量%で、
Mo :2.0%以下、
V :0.5%以下、
Ca :0.0100%以下、
Mg :0.0100%以下、及び
REM:0.0200%以下
からなる群から選択される1種以上を含有する、上記[1]に記載のオーステナイト系ステンレス鋼。
【0011】
[3]質量%で、
C :0.050%以上0.100%以下、
Si:0.05%以上1.00%以下、
Mn:5.0%以上20.0%以下、
P :0.030%以下、
S :0.0050%以下、
Al:0.070%以下、
Cu:1.5%以上3.5%以下、
Ni:5.0%以上10.0%以下、
Cr:11.0%以上20.0%以下、
N :0.05%以上0.20%以下、
W :0.05%以上0.50%以下、
O :0.0050%以下、
Ti:0.005%以下、及び
Nb:0.005%以下
を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有する鋼素材を、1000℃以上1350℃以下の温度域に加熱する加熱工程と、
前記加熱工程後の前記鋼素材を熱間圧延する熱間圧延工程と、
前記熱間圧延後の前記鋼素材を冷却する冷却工程と、
を含み、
前記熱間圧延工程は、(i)950℃以上で前記鋼素材を熱間圧延し、平均パス圧下率を5%以上とする第一圧延工程と、(ii)前記第一圧延工程後に行われ、950℃未満での前記鋼素材の熱間圧延を5パス以下行う第二圧延工程と、を含み、仕上圧延終了温度が900℃以上であり、
前記冷却工程では、前記仕上圧延終了温度よりも100℃低い温度以上の温度域にある冷却開始温度から600℃以下の温度域にある冷却停止温度まで、平均水冷速度が10℃/s以上の水冷を行う、オーステナイト系ステンレス鋼の製造方法。
【0012】
[4]前記成分組成が、さらに、質量%で、
Mo :2.0%以下、
V :0.5%以下、
Ca :0.0100%以下、
Mg :0.0100%以下、及び
REM:0.0200%以下
からなる群から選択される1種以上を含有する、上記[3]に記載のオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本開示によれば、溶接熱影響部の低温靱性に優れた、低コストのオーステナイト系ステンレス鋼及びその製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本開示の実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼及びその製造方法について説明する。
【0015】
本実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼は、質量%で、C:0.050%以上0.100%以下、Si:0.05%以上1.00%以下、Mn:5.0%以上20.0%以下、P:0.030%以下、S:0.0050%以下、Al:0.070%以下、Cu:1.5%以上3.5%以下、Ni:5.0%以上10.0%以下、Cr:11.0%以上20.0%以下、N:0.05%以上0.20%以下、W:0.05%以上0.50%以下、O:0.0050%以下、Ti:0.005%以下、及びNb:0.005%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有する。本実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼は、アスペクト比(長辺/短辺)が3.5以下である結晶粒の個数比率が85%以上であり、直径100nm超えの析出Cr量が0.2質量%以下であるミクロ組織と、溶接熱影響部粗粒域における-269℃でのシャルピー衝撃試験の吸収エネルギーが55J以上である特性と、を有する。
【0016】
本実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法は、前段落に記載の成分組成を有する鋼素材を、1000℃以上1350℃以下の温度域に加熱する加熱工程と、加熱工程後の鋼素材を熱間圧延する熱間圧延工程と、熱間圧延後の鋼素材を冷却する冷却工程と、を含む。熱間圧延工程は、(i)950℃以上で鋼素材を熱間圧延し、平均パス圧下率を5%以上とする第一圧延工程と、(ii)第一圧延工程後に行われ、950℃未満での鋼素材の熱間圧延を5パス以下行う第二圧延工程と、を含み、仕上圧延終了温度が900℃以上である。冷却工程では、仕上圧延終了温度よりも100℃以上低い温度域にある冷却開始温度から600℃以下の温度域にある冷却停止温度まで、平均水冷速度が10℃/s以上の水冷を行う。
【0017】
本実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼は、その製造工程において、固溶化熱処理する工程を要しないため、低コストで製造することができる。また、本実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼は、溶接熱影響部の低温靱性に優れたものとなる。
【0018】
以下、本実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼及びその製造方法について詳述する。
【0019】
本実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼は、例えば、液体水素、液体ヘリウム、液化ガス等を貯蔵するタンク等の、極めて低温の環境で使用される構造用の鋼として特に好適である。
【0020】
本実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼における成分組成について説明する。本実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼は、上述の成分組成を有する。本実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼の製造に用いられる鋼素材も、上述ごとく、本実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼と同じ成分組成を有するものである。
【0021】
以下の説明において、成分組成に関する「%」の表示は、特に断らない限り「質量%」を意味する。以下では、オーステナイト系ステンレス鋼及びその製造に用いられる鋼素材を包括して、単に、鋼材と称する。
【0022】
鋼材におけるC含有量は、0.050%以上0.100%以下である。Cは、安価なオーステナイト安定化元素であり、オーステナイトを得るために重要な元素であるとともに、鋼に固溶して固溶強化により鋼材を高強度化し、かつ、溶接熱影響部の低温靱性を改善する効果を有する。このような効果を十分に得るために、鋼材は、Cを0.050%以上含有する。鋼材がCを0.100%を超えて含有すると、粗大な析出Crが過度に生成し、鋼材を溶接した場合における溶接熱影響部の低温靱性が低下する。鋼材におけるC含有量は、好ましくは0.060%以上であり、好ましくは0.090%以下である。
【0023】
鋼材におけるSiの含有量は、0.05%以上1.00%以下である。Siは、脱酸材として作用し、製鋼上必要であるだけでなく、鋼に固溶して固溶強化により鋼材を高強度化する効果を有する。このような効果を得るために、鋼材は、Siを0.05%以上含有する。鋼材がSiを1.00%を超えて含有すると、非熱的応力が過度に上昇するため、溶接熱影響部の低温靱性が劣化する。鋼材におけるSi含有量は、好ましくは0.07%以上であり、好ましくは0.80%以下である。
【0024】
鋼材におけるMn含有量は、5.0%以上20.0%以下である。Mnは、安価なオーステナイト安定化元素であり、オーステナイトを得るために重要な元素であるとともに、鋼に固溶して固溶強化により鋼材を高強度化する効果を有する。また、Mnは溶接熱影響部の低温靱性を改善する効果を有する。このような効果を十分に得るために、鋼材はMnを5.0%以上含有する。鋼材がMnを20.0%を超えて含有した場合、製造性、切断性が劣化する場合がある。鋼材におけるMn含有量は、好ましくは6.0%以上であり、好ましくは19.0%以下である。
【0025】
鋼材におけるP含有量は、0.030%以下である。鋼材がPを0.030%を超えて含有すると、鋼材の熱間延性が低下する場合があり、そのため粒界割れが多くなる場合がある。このため、鋼材におけるP含有量は、可能なかぎり低減することが望ましい。鋼材におけるP含有量は、好ましくは0.028%以下である。なお、過度のP低減は精錬コストを高騰させ経済的に不利となるため、鋼材におけるP含有量は0.002%以上とすることが好ましい。
【0026】
鋼材におけるS含有量は、0.0050%以下である。鋼材がSを0.0050%を超えて含有すると、鋼材の熱間延性が低下する場合があり、そのため粒界割れが多くなる場合がある。このため、鋼材におけるS含有量は、可能なかぎり低減することが望ましい。鋼材におけるS含有量は、好ましくは0.0045%以下である。なお、過度のS低減は精錬コストを高騰させ経済的に不利となるため、鋼材におけるS含有量は0.0010%以上とすることが好ましい。
【0027】
鋼材におけるAl含有量は、0.070%以下である。Alは、脱酸剤として作用し、溶鋼脱酸プロセスに於いて、最も汎用的に使われる。このような効果を得るために、鋼材は、Alを0.010%以上含有することが好ましい。鋼材がAlを0.070%を超えて含有すると、鋼材の熱間延性が低下する場合があり、そのため粒界割れが多くなる場合がある。鋼材におけるAl含有量は、好ましくは0.060%以下である。
【0028】
鋼材におけるCu含有量は、1.5%以上3.5%以下で、Niの含有量は、5.0%以上10.0%以下である。Cu及びNiは、オーステナイト安定化元素であり、オーステナイトを得るために重要な元素であるとともに、固溶強化により鋼材を高強度化する。また、Cu及びNiは溶接熱影響部の低温靱性を改善する効果を有する。このような効果を十分に得るために、鋼材は、Cuを1.5%以上、Niを5.0%以上含有する。鋼材がこれらの元素を過剰に含有すると、鋼材の圧延時に表面性状が劣化する場合がある他、製造コストを圧迫する場合がある。このため、鋼材におけるCu含有量は3.5%以下、Ni含有量は10.0%以下である。好ましくは、鋼材におけるCu含有量は2.0%以上3.0%以下である。また、好ましくは、鋼材におけるNi含有量は6.0%以上9.0%以下である。
【0029】
鋼材におけるCr含有量は、11.0%以上20.0%以下である。Crは、ステンレス鋼としての耐食性を確保するために必要な元素である。このような効果を得るために、鋼材は、Crを11.0%以上含有する。鋼材がCrを20.0%を超えて含有すると、粗大な析出Crが過度に生成し、溶接熱影響部の低温靱性が低下する。鋼材におけるCr含有量は、好ましくは12.0%以上であり、好ましくは19.0%以下である。
【0030】
鋼材におけるN含有量は、0.05%以上0.20%以下である。Nは、安価なオーステナイト安定化元素である。Nは、オーステナイトを得るために重要な元素であるとともに、鋼に固溶して固溶強化により鋼材を高強度化する効果を有する。また、Nは溶接熱影響部の低温靱性を改善する効果を有する。このような効果を得るために、鋼材は、Nを0.05%以上含有する。鋼材がNを0.20%を超えて含有すると、鋼材中の窒化物又は炭窒化物が粗大化し、溶接熱影響部の低温靭性が低下するおそれがある。鋼材中におけるN含有量は、好ましくは0.06%以上であり、好ましくは0.19%以下である。
【0031】
鋼材におけるW含有量は、0.05%以上0.50%以下である。Wは、鋼材の強度の向上に寄与するとともに、鋼材の耐食性の向上に寄与する。このような効果を得るために、鋼材は、Wを0.05%以上含有する。鋼材がWを0.50%を超えて含有すると、鋼材の製造コストを圧迫する。鋼材におけるW含有量は好ましくは0.10%以上であり、好ましくは0.40%以下である。
【0032】
鋼材におけるO含有量は、0.0050%以下である。Oは、酸化物の形成により溶接熱影響部の低温靱性を劣化させる。鋼材におけるO含有量は好ましくは0.0045%以下である。なお、過度のOの低減は精錬コストを高騰させ経済的に不利となるため、鋼材におけるO含有量は0.0010%以上であることが好ましい。
【0033】
鋼材におけるTi含有量は、0.005%以下、Nbの含有量は、0.005%以下である。Ti及びNbは、鋼材中で高融点の炭窒化物を形成するため、溶接熱影響部の低温靭性を低下させる場合がある。Ti及びNbは、原材料などから混入する成分である。一般的に、鋼材には、Ti含有量は0.005%超え0.010%以下、Nb含有量は0.005%超え0.010%以下の範囲で混入する。そこで、後述する溶製の手法に従って、Ti及びNbの鋼材への混入を回避し、Ti及びNbの含有量を各々0.005%以下に抑制する必要がある。鋼材におけるTi及びNbの含有量を各々0.005%以下に抑制することによって、上記した炭窒化物の悪影響を排除し、鋼材において優れた低温靭性及び延性を確保することができる。鋼材において、Tiの含有量は、好ましくは、0.003%以下である。また、鋼材において、Nbの含有量は、好ましくは、0.003%以下である。勿論、鋼材において、Ti及びNbの含有量は0.000%であってもよく、0.001%以上であってもよい。
【0034】
本実施形態における鋼材は、上記した成分以外の残部が鉄(Fe)及び不可避的不純物である。ここでの不可避的不純物としては、H、Bなどが挙げられ、各元素の合計で0.01%以下であれば許容できる。なお、本実施形態において、不可避的不純物とは、原料、製造プロセス又は製造設備等から不可避的に混入される不純物であり、本発明の目的を阻害しない範囲で含まれることが許容される。原料としては、鉄鉱石、還元鉄又はスクラップ等が挙げられる。
【0035】
本実施形態における鋼材は、必要に応じて以下で説明する元素を任意成分として含有させて良い。
【0036】
鋼材におけるMo含有量は、2.0%以下としてよい。また、鋼材におけるVの含有量は、0.5%以下としてよい。Mo及びVは、オーステナイトの安定化に寄与するとともに鋼材の強度の向上に寄与する。このような効果を得るためには、鋼材は、Mo及びVを、各々0.1%以上含有することが好ましい。鋼材がMo及びVを各々2.0%、0.5%を超えて含有すると、製造コストを圧迫する場合がある。
【0037】
鋼材におけるCa含有量は、0.0100%以下としてよい。また、鋼材におけるMg含有量は、0.0100%以下としてよい。また、鋼材におけるREM(希土類金属)含有量は、0.0200%以下としてよい。Ca、Mg及びREMは、介在物の形態制御に有用な元素である。介在物の形態制御とは、展伸した硫化物系介在物を粒状の介在物とすることをいう。この介在物の形態制御を介して、鋼材における、延性、低温靭性及び耐硫化物応力腐食割れ性を向上させる。このような効果を得るためには、鋼材は、Ca及びMgは0.0005%以上、REMは0.0010%以上含有することが好ましい。鋼材がこれらの元素を過剰に含有すると、非金属介在物量が増加する場合があり、かえって鋼材の延性、低温靭性又は耐硫化物応力腐食割れ性が低下する場合がある。また、経済的に不利になる場合がある。Ca含有量は0.0080%以下、Mg含有量は0.0080%以下、REM含有量は0.0150%以下であると好ましい。
【0038】
次に、本実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼のミクロ組織について説明する。
【0039】
本実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼は、アスペクト比(長辺/短辺)が3.5以下である結晶粒の個数比率が85%以上であり、直径100nm超えの析出Cr量が0.2質量%以下である。オーステナイト系ステンレス鋼の結晶粒のアスペクト比が大きい場合、粒界は応力集中しやすいため、粒界に存在する粗大なCrが破壊の起点となり、低温靱性が低下する。アスペクト比が3.5以下である結晶粒の個数比率を85%以上とし、直径100nm超えの析出Cr量を0.2質量%以下とすることで、鋼を溶接した場合における溶接熱影響部粗粒域において、-269℃でのシャルピー衝撃試験の吸収エネルギーが55J以上という優れた靱性を達成できる。
【0040】
本実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼においてアスペクト比が3.5以下である結晶粒の個数比率は、好ましくは87%以上であり、より好ましくは90%以上である。本実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼において、アスペクト比が3.5以下である結晶粒の個数比率の上限値は制限されない。本実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼の強度確保のためには、アスペクト比が3.5以下である結晶粒の個数比率は97%以下が好ましく、95%以下がより好ましい。本実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼において、上記のアスペクト比は、後述する実施例に記載の方法で測定した値である。なお、アスペクト比の下限値は1.0(長辺と短辺が等しい場合)である。
【0041】
本実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼の直径100nm超えの析出Cr量は、好ましくは0.1質量%以下である。本実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼の直径100nm超えの析出Cr量の下限値は特に規定せず、少ないほど好ましく、0.0質量%であり得る。なお、本実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼の直径100nm超えの析出Cr量は、後述する実施例に記載の方法で測定した値である。
【0042】
なお、本実施形態では、後述する条件に従う熱間圧延及び水冷を行うことによって、アスペクト比が3.5以下である結晶粒の個数比率及び直径100nm超えの析出Cr量を上述の数値範囲に制御できる。その結果、本実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼において上記溶接熱影響部の低温靭性を実現することができる。
【0043】
なお、本実施形態において、オーステナイト系ステンレス鋼は板厚10mm以上の鋼板であってよい。本実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼が鋼板である場合、極めて低温の環境で使用される構造用鋼の素材として好適に用いる観点からは、鋼板の板厚を12mm以上とすることが好ましい。鋼板の板厚の上限は特に限定されず、任意の厚さとすることができるが、30mm以下とすることが好ましい。
【0044】
次に、本実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法の一例について説明する。
【0045】
まず、上記した成分組成を有する溶鋼を、転炉、電気炉等、公知の溶製方法で溶製して得る。また、真空脱ガス炉にて二次精錬を行ってもよい。
【0046】
本実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼を得る際、組織制御の妨げとなるTi及びNbの含有量を上述した数値範囲に制限するために、原料などからTi及びNbが混入することをできるだけ回避し、これらの含有量を低減する措置を取る必要がある。例えば、精錬段階におけるスラグの塩基度を下げることによって、これらの合金をスラグへ濃化させて排出し、スラブ製品におけるTi及びNbの濃度を低減してよい。あるいは、溶鋼に酸素を吹き込んで酸化させ、還流時にTi及びNbの合金を浮上分離させても良い。
【0047】
その後、連続鋳造法、造塊-分塊圧延法等、公知の鋳造方法により、所定寸法のスラブ等の鋼素材とすることが好ましい。
【0048】
以下、本実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法について、詳述する。
【0049】
本実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法では、上述のごとく、加熱工程と、熱間圧延工程と、冷却工程とが行われる。
【0050】
以下の説明では、温度に関する「℃」表示は、特に断らない限り、それぞれ鋼素材又は鋼板(オーステナイト系ステンレス鋼)の表面温度である。以下で説明する各工程において、温度の制御は、鋼素材又は鋼板の表面温度に基づいて行う。表面温度は、例えば放射温度計等で測定することができる。
【0051】
加熱工程では、鋼素材を、1000℃以上1350℃以下に加熱する。鋼素材の加熱温度を1000℃以上とすることで、後述する熱間圧延工程において偏析を軽減させ、また、負偏析部においてもオーステナイト組織を得ることができ、溶接熱影響部の低温靱性を確保することができる。鋼素材の加熱温度が1350℃を超えると、鋼の溶解が始まってしまう場合がある。鋼素材の加熱温度は、好ましくは、1130℃以上1320℃以下である。
【0052】
熱間圧延工程は、第一圧延工程と、第一圧延工程後に行われる第二圧延工程と、を含む。
【0053】
第一圧延工程では、加熱工程後の鋼素材を950℃以上で熱間圧延する。第一圧延工程では、平均パス圧下率を5%以上とする。上述のように、本開示では、オーステナイト系ステンレス鋼のミクロ組織において、アスペクト比(長辺/短辺)が3.5以下である結晶粒の割合を85%以上にすることが重要である。第一圧延工程、すなわち、再結晶域の圧延で混粒となってしまうと、その後の圧延(第二圧延工程)において結晶粒のアスペクト比が増加してしまう。そのため、第一圧延工程では、再結晶域である950℃以上の温度域で再結晶促進を目的に、平均パス圧下率を5%以上にすることが有効である。第一圧延工程での鋼素材の温度の上限は特に制限されないが、当該温度は1350℃以下であり得る。第一圧延工程では、平均パス圧下率は、好ましくは6%以上である。第一圧延工程では、平均パス圧下率は高いほど好ましいが、圧延機の設備能力の観点から、平均パス圧下率は10%以下であり得る。
【0054】
第二圧延工程では、950℃未満での鋼素材の熱間圧延を5パス以下行う。また、仕上圧延終了温度は900℃以上とする。すなわち、第二圧延工程での鋼素材の熱間圧延は、900℃以上950℃未満で行われる。
【0055】
950℃未満から900℃以上は部分再結晶域であるため、第二圧延工程では、鋼素材の結晶粒のアスペクト比が増加する。そのため、第二圧延工程において、950℃未満での熱間圧延パス数は5回以下にすることが重要である。第二圧延工程における、950℃未満での熱間圧延パス数は、好ましくは3回以下である。950℃未満での熱間圧延パス数の下限は0回である。
【0056】
第二圧延工程において900℃未満で熱間圧延を行った場合、未再結晶域のため結晶粒のアスペクト比が大幅に増大する。そのため、仕上圧延終了温度(第二圧延工程における最後の圧延パスの入側での鋼素材の温度)は900℃以上とする。仕上圧延終了温度は好ましくは920℃以上である。仕上圧延終了温度は950℃未満である。
【0057】
冷却工程は、第二圧延工程後に行われる。冷却工程では、鋼素材を水冷する。冷却工程では、上述の仕上圧延終了温度よりも100℃低い温度(仕上圧延終了温度-100℃)以上の温度域にある冷却開始温度から600℃以下の温度域にある冷却停止温度まで、平均水冷速度が10℃/s以上で水冷する。これにより、析出Cr生成を抑制し、オーステナイト系ステンレス鋼の溶接熱影響部の低温靭性の低下を抑制することができる。冷却開始温度の上限は特に限定されないが、冷却開始温度は920℃以下であり得る。冷却停止温度の下限は特に限定されないが、冷却停止温度は250℃以上であり得る。平均水冷速度の上限は特に限定されないが、平均水冷速度は40℃/s以下であり得る。
【0058】
本実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法では、冷却工程後に固溶化熱処理を行わない。オーステナイト系ステンレス鋼に対する固溶化熱処理とは、析出Crが生成したオーステナイト系ステンレス鋼を1000~1100℃に加熱し、オーステナイト単相の組織となるまで温度を保持し、その後、水中で急冷させる処理であり、析出Crを再び固溶させて耐食性を回復するものである。
【0059】
以上のようにして、オーステナイト系ステンレス鋼及びその製造方法を提供することができる。
【実施例】
【0060】
以下、本開示を実施例に基づいて説明する。なお、以下の実施例は本開示の好適な一例を示すものであり、本開示はこの実施例に限定されない。
【0061】
転炉-取鍋精錬(二次精錬)-連続鋳造法によって、表1に示す成分組成の鋼スラブ(鋼No.1~29)を作製した。なお、表1に示す「‐」は、意図的に添加しないことを表しており、含有しない(0%)場合だけでなく、不可避的に含有する場合も含むことを意味する。表1中、鋼No.1~10,23~29が、本実施形態に係る成分組成を有する。次いで、表2に示す条件(表2中の「鋼板の製造方法」を参照)で上記の鋼スラブの加熱及び熱間圧延を行い、その後水冷を行い、板厚が10~30mmのオーステナイト系ステンレス鋼の鋼板(サンプルNo.1~36)を作製した。また、作製した鋼板から矩形状の継手用試験板(大きさ:250mm×500mm)を採取し、MAG溶接で溶接継手を作製した。この溶接は、開先の形状:レ形開先、裏当て材:セラミックス、シールドガス:Ar-30%CO2、トーチ後退角:5~10°、平均溶接入熱量2.0kJ/mmの溶接条件で行った。表2中、サンプルNo.1~10,30~36の鋼板が、本実施形態の範囲を満足する、発明例に係るオーステナイト系ステンレス鋼である。なお、表1及び表2中、数値に下線を付して示した部分は、当該数値が本実施形態で規定される範囲外の値であることを示している。
【0062】
【0063】
【0064】
得られた鋼板と溶接継手との評価を下記の要領で実施した。
【0065】
(1)アスペクト比が3.5以下である結晶粒の個数比率を以下のようにして求めた。
【0066】
得られた鋼板について、板幅方向に垂直な断面を研磨、エッチングし、板厚中央位置において、走査型電子顕微鏡(SEM)内で電子線後方散乱回折(EBSD)パターンの測定を行った。測定面積は1mm×1mmとした。測定したEBSDデータはOIM-Analysisを用いて解析し、アスペクト比(長辺/短辺)が3.5以下である結晶粒の個数比率を算出して求めた。これら個数比率を併せて表2に示す。
【0067】
(2)直径100nm超えの析出Cr量を以下のようにして求めた。
【0068】
得られた熱間圧延鋼板について、板厚中央位置から電解抽出用のサンプルを採取し、10%AA(10%アセチルアセトン-1%塩化テトラメチルアンモニウム-メタノール)溶液を利用した電解抽出法で抽出した析出物について、孔径100nmのアルミナフィルタによりろ過捕集し、ICP発光分析法で析出物中のCr量を測定した。これら直径100nm超えの析出Cr量を併せて表2に示す。
【0069】
(3)溶接熱影響部の低温靭性を以下のようにして評価した。
【0070】
各サンプルから作製した溶接継手について、JIS Z 2242(2023年)の規定に準拠してシャルピーVノッチ試験片をサンプルごとに3本ずつ採取した。3本のシャルピーVノッチ試験片を用いて、シャルピー衝撃試験を-269℃で実施した。そして、3本の試験片の吸収エネルギーの平均値を求めた。なお、本実施例においてシャルピー衝撃試験を行う温度(-269℃)は、液体ヘリウムの沸点に対応する温度である。
【0071】
以上のようにして求めた平均値を-269℃での吸収エネルギーとして併せて表2に示す。なお、3本の吸収エネルギーの平均値が55J以上である場合、目標性能を満足するものとして低温靭性に優れていると判定した。すなわち、本実施形態において、低温靭性に優れているとは、液体ヘリウムの沸点である-269℃の環境下でシャルピー衝撃試験における吸収エネルギーの平均値が55J以上であることを意味している。
【0072】
表2に示すように、本実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼(サンプルNo.1~10,30~36)は、ミクロ組織において、アスペクト比(長辺/短辺)が3.5以下である結晶粒の個数比率が85%以上であり、直径100nm超えの析出Cr量が0.2質量%以下である。
【0073】
また、これら本実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼では、溶接熱影響部粗粒域における-269℃でのシャルピー衝撃試験の吸収エネルギーが55J以上であり、目標性能を満足していた。
【0074】
これに対し、本開示の範囲を外れるサンプルNo.11~29の鋼板では、アスペクト比が3.5以下である結晶粒の個数比率及び直径100nm超えの析出Cr量にかかわらず、上記目標性能を満足できなかった。
【0075】
以上の実施例で示されたように、本実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼は、その製造工程において、熱処理する工程を要しないため低コストで製造することができる。また、本実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼は、低温環境下での靭性に優れたものとなる。そのため、本実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼は、低温環境で使用される鋼構造物(液化ガス貯槽用タンク等)の素材として好適に用いることができる。そして、このような鋼構造物の安全性や寿命の向上に大きく寄与することができる。また、本実施形態に係るオーステナイト系ステンレス鋼の製造方法は、生産性の低下及び製造コストの増大を引き起こすことがなく、経済性に優れたものとなる。
【0076】
なお、本明細書において開示された実施形態は例示であって、本開示の実施形態はこれに限定されず、本開示の目的を逸脱しない範囲内で適宜改変することが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0077】
本開示は、オーステナイト系ステンレス鋼及びその製造方法に適用できる。
【要約】
溶接熱影響部の低温靱性に優れた、低コストのオーステナイト系ステンレス鋼を提供する。本開示のオーステナイト系ステンレス鋼は、質量%で、C:0.050%以上0.100%以下、Si:0.05%以上1.00%以下、Mn:5.0%以上20.0%以下、P:0.030%以下、S:0.0050%以下、Al:0.070%以下、Cu:1.5%以上3.5%以下、Ni:5.0%以上10.0%以下、Cr:11.0%以上20.0%以下、N:0.05%以上0.20%以下、W:0.05%以上0.50%以下、O:0.0050%以下、Ti:0.005%以下、及びNb:0.005%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成と、アスペクト比(長辺/短辺)が3.5以下である結晶粒の個数比率が85%以上であり、直径100nm超えの析出Cr量が0.2質量%以下であるミクロ組織と、溶接熱影響部粗粒域における-269℃でのシャルピー衝撃試験の吸収エネルギーが55J以上である特性と、を有する。