(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-04-28
(45)【発行日】2025-05-09
(54)【発明の名称】膵臓がん又は悪性膵管内乳頭粘液性腫瘍における新規がんバイオマーカー
(51)【国際特許分類】
G01N 33/574 20060101AFI20250430BHJP
G01N 33/543 20060101ALI20250430BHJP
【FI】
G01N33/574 B
G01N33/543 545A
(21)【出願番号】P 2022540293
(86)(22)【出願日】2021-07-26
(86)【国際出願番号】 JP2021027546
(87)【国際公開番号】W WO2022024995
(87)【国際公開日】2022-02-03
【審査請求日】2024-07-22
(31)【優先権主張番号】P 2020126547
(32)【優先日】2020-07-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504145364
【氏名又は名称】国立大学法人群馬大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】矢澤 伸
(72)【発明者】
【氏名】久保 憲生
(72)【発明者】
【氏名】調 憲
【審査官】海野 佳子
(56)【参考文献】
【文献】特表2019-500609(JP,A)
【文献】特開2019-011978(JP,A)
【文献】国際公開第2014/136301(WO,A1)
【文献】特表2010-540953(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2007/0178538(US,A1)
【文献】BALMANA, Meritxell et al.,Increased α1-3 fucosylation of α-1-acid glycoprotein(AGP) in pancreatic cancer,Journal of Proteomics,2016年,132,144-154
【文献】HASHIMOTO, Shinji et al.,α1-Acid Glycoprotein Fucosylation as a Marker of Carcinoma Progression and Prognosis,Cancer,2004年,101(12),2825-2836
【文献】YAZAWA, Shin et al.,Fucosylated Glycans in α1-Acid Glycoprotein for Monitoring Treatment Outcomes and Prognosis of Canc,PLOS ONE,2016年,11(6),e0156277
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48-33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
検体中のフコシル化α
1-酸性糖蛋白質(fAGP)の量を測定することを含む、膵臓がん
又は悪性膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMC)の診断のためのデータ取得方法
であって、
前記測定が、α
1
-酸性糖蛋白質(AGP)におけるフコシル糖鎖の量を測定するものであ
って、
検体中のAGPを脱シアリル化する工程、及び
基材に固定され、糖鎖が脱フコシル化された抗AGP抗体と、前記脱シアリル化されたAGPのフコシル基を認識するレクチンとを用いて、酵素免疫測定法(EIA法)によりフコシル
糖鎖の量を測定する工程を含み、
前記診断が、検体中のfAGPの量が、基準値よりも多い又は健常者もしくは良性膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMA)患者から採取された検体中のfAGPの量よりも多い場合に、膵臓がん又は悪性膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMC)であるという基準に基づく、方法。
【請求項2】
前記検体が、血漿又は血清である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記脱シアリル化がシアリダーゼ処理によって行われ、前記脱フコシル化が過ヨウ素酸酸化によって行われる、請求項
1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記レクチンがヒイロチャワンタケレクチン(AAL)である、請求項
1~3のいずれか一
項に記載の方法。
【請求項5】
さらに、以下の工程を含む、請求項
1~4のいずれか一項に記載の方法。
前記検体中のAGPを定量する工程、及び
前記フコシル糖鎖の量を前記AGP量で規格化する工程。
【請求項6】
前記診断が、がん治療の予後の診断である、請求項
1~5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか一項に記載の方法によって、膵臓がん又は悪性膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMC)の診断を補助するための、膵臓がん又は悪性膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMC)の診断用キットであって、
(A)脱シアリル化用試薬、
(B)抗AGP抗体が固定されたEIA用基材、及び
(C)EIA用基材に固定化された抗AGP抗体を脱フコシル化するための試薬を含む、キット。
【請求項8】
さらに、(D)標識レクチン及び/又は(E)アビジン標識酵素を含む、請求項
7に記
載のキット。
【請求項9】
さらに、
(F)検体中のAGPを定量するための、抗AGP抗体が固定されたサンドイッチELISA用基
材、及び
(G)酵素標識抗AGP抗体を含む溶液、
を含む、請求項
7又は
8に記載のキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、膵臓がん又は悪性膵管内乳頭粘液性腫瘍における新規がんバイオマーカーに関する。
【背景技術】
【0002】
膵臓がんは我が国では肺がん、胃がん、大腸がんに次ぐ死亡数を示し、早期発見が困難で予後も悪いために、多くのがんでは近年死亡数の減少が見られる一方で、膵臓がんでは死亡率の増加傾向が認められている。従って新たな治療法とともに、早期診断を可能とする新規バイオマーカーの開発が強く望まれている。
一方、膵管内乳頭粘液性腫瘍(以下、IPMNとも言う)は膵臓に最も多く見られる嚢胞性腫瘍で、がん化する可能性のある疾患である。IPMNにおいては、腺腫(良性IPMN、以下IPMAとも言う)から、がん(悪性IPMN、以下IPMCとも言う)へと進展することが知られている。検査法の進展に伴いIPMNの診断は比較的容易になったものの、治療の基本となる病変切除に関しては問題が残されている。即ち、IPMN患者は、通常IPMN国際コンセンサスガイドラインに基づき、それぞれの画像所見から発がんリスクの有無を検討して、手術適応が決定されているものの、この中にはがん化したIPMC以外に、本来手術適応ではないIPMAが含まれることがあり、その正診率は64.3%と報告されている(非特許文献1)。
更に従来から利用されている膵臓がんをターゲットとした血清のがんマーカーによる術前診断もその陽性率の低さから、診断への応用は困難であった。従って、膵臓切除に伴うリスクも考慮し、IPMNにおけるがん化の早期診断並びにIPMCの正診率の向上に有用な新たなバイオマーカーの確立が急務であった。
【0003】
また、α1-酸性糖蛋白質(以下、AGPとも言う)は炎症時に血中濃度が亢進する炎症マーカーであるが、本発明者らはこれまでにAGP分子の糖鎖に関するがん性変化を解明し、フコシル化AGP(以下、fAGPとも言う)の量的変化ががんの悪性度のみならず、がんの予後予測や治療効果の判定に有用であることを明らかにした(特許文献1、非特許文献2)。さらに本発明者らは、種々の化学療法施行例において、再発・転移の早期検出や治療効果判定への応用の可能性(非特許文献3)、更には近年、画期的な治療効果を上げている免疫療法についてその効果判定への応用の可能性(非特許文献4)なども明らかにしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Dig. Dis. Sci., 63:860-867, 2018
【文献】Cancer, 101:2825-2836, 2004
【文献】PLoS ONE, 11(6)e0156277, 2016
【文献】Sci. Reports, doi.org:10.1038, 2019
【文献】BioMed. Res. Inter., Vol 2013, Article ID 834790, 2013
【文献】Clinica Chimica Acta, 478:120-128, 2018
【文献】Jpn. J. Cancer Res. (Gann), 79:538-543, 1988
【文献】Cancer Res., 55:1473-1478, 1995
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
新たな膵臓がん又はIPMCのバイオマーカーを提供すること、特に、IPMNにおける良性腫瘍か悪性腫瘍かの適正な術前診断を行うことによって、IPMCの正診率を上げ、従来の画像診断を補助する、IPMCの迅速な診断に有用な新たなバイオマーカーを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、fAGPが、膵臓がん又はIPMCの診断に有用なバイオマーカーとなることを見出し、本発明に到達した。
【0008】
すなわち、本発明は以下の通りである。
[1]検体中のフコシル化α1-酸性糖蛋白質(fAGP)の量を測定することを含む、膵臓がん又は悪性膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMC)の診断のためのデータ取得方法。
[2]前記検体が、血漿又は血清である、[1]に記載の方法。
[3]前記測定が、α1-酸性糖蛋白質(AGP)におけるフコシル糖鎖の量を測定するものであって、
検体中のAGPを脱シアリル化する工程、及び
基材に固定され、糖鎖が脱フコシル化された抗AGP抗体と、前記脱シアリル化されたAGPのフコシル基を認識するレクチンとを用いて、酵素免疫測定法(EIA法)によりフコシル糖鎖の量を測定する工程を含む、[1]又は[2]に記載の方法。
[4]前記脱シアリル化がシアリダーゼ処理によって行われ、前記脱フコシル化が過ヨウ素酸酸化によって行われる、[3]に記載の方法。
[5]前記レクチンがヒイロチャワンタケレクチン(AAL)である、[3]又は[4]に記載の方法。
[6]さらに、以下の工程を含む、[3]~[5]のいずれかに記載の方法。
前記検体中のAGPを定量する工程、及び
前記フコシル糖鎖の量を前記AGP量で規格化する工程。
[7]前記診断が、検体中のfAGPの量が、基準値よりも多い又は健常者もしくは良性膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMA)患者から採取された検体中のfAGPの量よりも多い場合に、膵臓がん又は悪性膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMC)であるという基準に基づく、[1]~[6]のいずれかに記載の方法。
[8]前記診断が、がん治療の予後の診断である、[1]~[7]のいずれかに記載の方法。
[9]膵臓がん又は悪性膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMC)の診断用キットであって、
(A)脱シアリル化用試薬、
(B)抗AGP抗体が固定されたEIA用基材、及び
(C)EIA用基材に固定化された抗AGP抗体を脱フコシル化するための試薬を含む、キット。
[10]さらに、(D)標識レクチン及び/又は(E)アビジン標識酵素を含む、[9]に記載のキット。
[11]さらに、
(F)検体中のAGPを定量するための、抗AGP抗体が固定されたサンドイッチELISA用基材、及び
(G)酵素標識抗AGP抗体を含む溶液、
を含む、[9]又は[10]に記載のキット。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、検体中のfAGPの量を測定することによって、膵臓がん又はIPMCの診断に有用な新規バイオマーカーの提供が可能となる。本バイオマーカーを指標とすることでIPMCをIPMAと判別することができ、IPMNの予後の予測にも有用である。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】膵臓がん患者及びIPMN患者における血清中のfAGP量の測定結果を示す。図中の各横線はそれぞれの群の平均値を表す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の一実施態様は、検体中のfAGPの量を測定することを含む、膵臓がん又はIPMCの診断のためのデータ取得方法である。
本実施態様のデータ取得方法は、膵臓がん又はIPMCの診断を補助するためのものである。本方法はIPMCとIPMAの判別に有用であり、IPMNの予後の予測、特にIPMNにおける膵臓がん発生の診断に有用である。なお、本発明において、悪性腫瘍であるIPMCは膵臓がんに含まれることがあるが、良性腫瘍であるIPMAは膵臓がんには含まれない。
【0012】
検体の由来動物は、ヒトやラットなどのほ乳動物が好ましく、ヒトがより好ましい。検体としては、ヒト由来の体液が好ましく、例えば、血液、リンパ液、髄液、尿、腹水などが挙げられる。採取や保存は常法に従うことができる。また、血液の場合、血漿又は血清が好ましく、その調製や保存は常法に従うことができる。
本発明は、診断対象の動物から検体を採取する工程を含んでもよい。
【0013】
fAGP量の測定は、特に制限されることはないが、AGPにおけるフコシル糖鎖の量を測定することによって行うことができる。例えば、以下に示すように特許文献1に記載する方法に基づき測定してもよく、この測定方法によれば、簡便かつごく少量の血清試料(例えば1滴、25μl)からfAGP量を測定できる。
【0014】
[検体中のAGPを脱シアリル化する工程]
該測定方法は検体中のAGPを脱シアリル化する工程を含んでもよい。検体中のAGPの糖鎖が高シアリル化されたままであると、後工程におけるEIA法における抗AGP抗体によるAGPの捕捉及びレクチンによるフコシル基の検出が阻害されてしまう。
【0015】
(脱シアリル化)
脱シアリル化は、AGP糖鎖の非還元末端のシアル酸結合であるα2,3及びα2,6のシアル酸残基を遊離できるものであれば特に制限されない。脱シアリル化酵素を用いて行われることが好ましく、例えば、シアリダーゼ(別名:ノイラミニダーゼ)が挙げられる。
シアリダーゼとしては、AGP糖鎖で非還元末端に存在するα2,3及びα2,6のシアリル基に対して特異性を持つエキソ型であれば特に制限されない。また、種々の生物由来のシアリダーゼを使用することもできる。シアリダーゼは1種単独で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよいが、両シアリル結合を効率よく加水分解するアルスロバクター・ウレアファシエンス(Arthrobacter ureafaciens)由来のシアリダーゼを用いることが好ましい。
【0016】
シアリダーゼによる脱シアリル化処理におけるシアリダーゼの使用量は、糖鎖の非還元末端からシアル酸残基を十分に遊離できれば特に制限されないが、AGP1μgあたり、好ましくは0.005mU以上、より好ましくは0.01mU以上、さらに好ましくは0.02mU以上である。一方、好ましくは2mU以下、より好ましくは1.5mU以下、さらに好ましくは1mU以下である。
なお、基質としてシアリルラクトースを使用し、pH5.0、37℃において1分間に1μmolのシアル酸を分解するのに要する酵素量を1U(ユニット)とする。
【0017】
また、シアリダーゼによる脱シアリル化の処理時間は、糖鎖の非還元末端からシアル酸残基を十分に遊離できれば特に制限されないが、好ましくは20分以上、より好ましくは30分以上、さらに好ましくは1時間以上である。一方、上限は特に制限されないが、例えば、2時間以下としてもよい。
【0018】
また、シアリダーゼによる脱シアリル化における処理温度は、糖鎖の非還元末端からシアル酸残基を十分に遊離できれば特に制限されないが、好ましくは室温(例えば、25℃)以上、より好ましくは30℃以上、さらに好ましくは35℃以上である。一方、上限はシアリダーゼが活性を保つ温度であって、好ましくは38℃以下であり、特に好ましくは37℃である。
【0019】
また、シアリダーゼによる脱シアリル化における緩衝液としては、生化学的手法を用いる場合の一般的な緩衝液を用いることができる。例えば、酢酸緩衝液、リン酸緩衝液、クエン酸緩衝液、ホウ酸緩衝液、酒石酸緩衝液、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)等が挙げられる。緩衝液の濃度も、生化学的手法を用いる場合の一般的な濃度を用いることができる。
【0020】
緩衝液のpHは、脱シアリル化が進行すれば特に制限されないが、好ましくは6.0以上、より好ましくは6.5以上、さらに好ましくは6.8以上である。一方、好ましくは8.0以下、より好ましくは7.5以下、さらに好ましくは7.2以下である。
【0021】
シアリダーゼによる脱シアリル化後にはシアリダーゼを失活させることが好ましい。失活は常法に従うことができる。例えば、血清10μl当たり490μlのPBSで希釈された状態で、90℃で5分間の処理をすること等が挙げられる。
【0022】
すなわち、脱シアリル化する工程は、検体とシアリダーゼを混合する工程、検体とシアリダーゼとを混合させた混合溶液を、シアリダーゼが活性を保つ温度で任意の時間処理する工程、シアリダーゼを失活させる工程を含んでもよい。
【0023】
[EIA法によりフコシル糖鎖の量を測定する工程]
該測定方法は、上記検体中のAGPを脱シアリル化する工程の後、基材に固定され、糖鎖が脱フコシル化された抗AGP抗体と、前記脱シアリル化されたAGPのフコシル基を認識するレクチンとを用いて、酵素免疫測定法(EIA法)によりフコシル糖鎖の量を測定する工程を含む。AGPを脱シアリル化する工程の後に、基材上の糖鎖が脱フコシル化された抗AGP抗体と反応させることにより、AGPを脱シアリル化する工程の前に、基材上の糖鎖が脱フコシル化された抗AGP抗体と反応させた場合と比較して、検体中の種々のフコシル糖鎖を含む、より多くのAGPを測定することができる。
【0024】
本工程は、例えば、抗AGP抗体の糖鎖を脱フコシル化する工程、糖鎖を脱フコシル化した抗AGP抗体を基材上に固定する工程、基材に検体を添加することにより、この基材上に固定された糖鎖を脱フコシル化した抗AGP抗体と検体中のAGPとを結合させる工程、抗AGP抗体と結合したAGPが有するフコシル基を認識するレクチンを結合させる工程、レクチンをEIA法により測定することによりフコシル糖鎖の量を測定する工程、を含んでもよい。
【0025】
本工程において、該EIA法に用いる、基材に固定された抗AGP抗体は、その糖鎖が脱フコシル化されたものである。
【0026】
抗AGP抗体(Fc領域)の糖鎖がフコシル化されたままであると、EIAを行った際に、前記脱シアリル化されたAGPのフコシル基を認識するレクチンが、該AGPのフコシル基のみならず、基材に固定された抗AGP抗体のフコシル基にまで結合してしまい、該AGP糖鎖のフコシル基の量を正確に測定することができない。
【0027】
該基材としては、例えば、プレートに設けられたウェルや、ビーズなどが挙げられる。EIAに用いる、基材に固定され、糖鎖が脱フコシル化された抗AGP抗体は、脱フコシル化前の抗AGP抗体を基材に固定した後に該基材上で脱フコシル化したものであってもよいし、基材に固定する段階で予め糖鎖が脱フコシル化されているものであってもよい。脱フコシル化前の抗AGP抗体でも、予め糖鎖が脱フコシル化された抗AGP抗体でも、基材に固定する方法は、従来のEIA法で用いられる方法を用いることができる。
【0028】
(脱フコシル化)
EIAに用いる基材に固定された脱フコシル化前の抗AGP抗体に対して脱フコシル化を行う場合、その方法は特に制限されないが、脱フコシル化用溶液を用いた処理によることが好ましく、例えば、過ヨウ素酸ナトリウム溶液を用いた過ヨウ素酸酸化が挙げられる。
【0029】
過ヨウ素酸を用いる場合のその濃度は、脱フコシル化が十分になされれば特に制限されないが、好ましくは5mM以上、より好ましくは7mM以上、さらに好ましくは8mM以上である。一方、好ましくは20mM以下、より好ましくは15mM以下、さらに好ましくは12mM以下である。
【0030】
また、過ヨウ素酸を用いる脱フコシル化の処理時間は、脱フコシル化が十分になされれば特に制限されないが、好ましくは20分以上、より好ましくは30分以上、さらに好ましくは50分以上である。一方、上限は使用した抗体が脱フコシル化処理によって受けるダメージを低く抑えるために、好ましくは2時間以下である。
【0031】
また、過ヨウ素酸を用いる脱フコシル化における処理温度は、脱フコシル化が十分になされれば特に制限されないが、好ましくは15℃以上、より好ましくは20℃以上、さらに好ましくは25℃以上である。一方、好ましくは40℃以下、より好ましくは35℃以下、さらに好ましくは30℃以下である。
【0032】
また、過ヨウ素酸を用いる場合の緩衝液としては、生化学的手法を用いる場合の一般的な緩衝液を用いることができる。例えば、酢酸緩衝液、リン酸緩衝液、クエン酸緩衝液、ホウ酸緩衝液、酒石酸緩衝液、トリス緩衝液、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)等が挙げられる。また、該緩衝液は、適宜、Tween20やTween80などの界面活性剤を含んでいてもよい。緩衝液及び界面活性剤の濃度としては、生化学的手法を用いる場合の一般的な濃度を用いることができる。
【0033】
緩衝液のpHは、脱フコシル化が進行すれば特に制限されないが、好ましくは6.0以上、より好ましくは6.5以上、さらに好ましくは6.8以上である。一方、好ましくは8.0以下、より好ましくは7.5以下、さらに好ましくは7.2以下である。
【0034】
過ヨウ素酸を用いる脱フコシル化は遮光下で行われることが好ましい。
また、過ヨウ素酸を用いる脱フコシル化の後には、基材を緩衝液で洗浄し、1%BSA含有PBSで室温2時間乃至は4℃一晩保温し、洗浄液(例えば、0.05%Tween20含有PBS)で洗浄してからEIAを行うなど、従来のEIAに用いる基材の調製と同様の調製をすることができる。
【0035】
また、一般に、過ヨウ素酸を用いる脱フコシル化の後に還元処理をすることで抗体の活性を保護することがあるが、本発明に係る測定方法では、該還元処理をしてもしなくても、AGPにおけるフコシル糖鎖の定量結果に有意差がないことから、脱フコシル化後に還元処理工程を含まないことが好ましい。
【0036】
抗AGP抗体の糖鎖を脱フコシル化する工程は、基材に抗AGP抗体を固定した後において、脱フコシル化用溶液を基材上の抗AGP抗体に接触させる工程、基材上に固定された抗AGP抗体の糖鎖を脱フコシル化させるために任意の温度で任意の時間処理する工程、及び基材を洗浄する工程を含んでもよい。
糖鎖を脱フコシル化した抗AGP抗体を基材上に固定する工程は、当業者に既知の方法により行うことができ、基材と抗AGP抗体を接触させる工程、基材上に抗AGP抗体を固定させるために任意の温度で任意の時間処理する工程、基材を洗浄する工程を含んでもよい。
基材に検体を添加することにより、この基材上に固定された糖鎖を脱フコシル化した抗AGP抗体と検体中のAGPとを結合させる工程は、AGPと抗AGPとの間の抗原抗体反応が十分に行われる限り特に限定されず、任意の時間及び温度で行うことができる。
抗AGP抗体と結合したAGPが有するフコシル基を認識するレクチンを結合させる工程は、レクチンがAGP上のフコシル基を認識できる限り特に限定されず、任意の時間及び温度で行うことができる。また、レクチンを予めビオチン標識する工程を含んでもよい。
【0037】
(脱シアリル化されたAGPのフコシル基を認識するレクチン)
該レクチンは、AGP糖鎖に存在するFucα1,3GlcNAc糖鎖に結合するものであればよく、好ましくはヒイロチャワンタケレクチン(AAL)である。これらは、天然のものでもよく人工的に作製されたものでもよい。また、天然のAALと相同性の高い組換えタンパク質でもよく、相同性が高いとは、例えば、80%以上の相同性であることを指す。該AALは、従来のEIA法に用いられる標識や修飾がなされていてもよい。
【0038】
(検出)
脱シアリル化されたAGPのフコシル基を認識するレクチンが該フコシル基を認識してAGPに結合したことを検出する方法としては、従来のEIAを用いることができる。レクチン自体を標識して使用してもよいし、あるいは、例えば、レクチンを予めビオチン標識しておいて、AGPのフコシル基と該ビオチン標識レクチンとを結合させた後、アビジン標識した酵素を結合させ、該酵素の反応による発色又は発光を用いて検出してもよい。
【0039】
上記酵素としては、いずれの場合も、従来のEIA法に用いられる一般的な酵素を用いることができる。例えば、ホースラデッシュ・ペルオキシダーゼ(HRP)やアルカリ・フォスファターゼ(ALP)などが挙げられる。
【0040】
基質としては、使用する酵素に対応するものであればよく、例えば、HRPの基質であれば3,3',5,5'-テトラメチルベンジジン(TMB)や2,2'-アジノビス[3-エチルベンゾチアゾリン-6-スルホン酸]-ジアンモニウム塩(ABTS)、o-フェニレンジアミン二塩酸塩(OPD)などが挙げられる。ALPの基質であれば、パラニトロフェニルリン酸(PNPP)などが挙げられる。
【0041】
(EIA法)
本工程におけるEIA法は、従来法と同様に行うことができる。反応温度や反応時間のほか、試薬の種類や試薬の濃度、蛍光や発色の検出方法等のいずれも常法に従うことができる。
一例として、脱シアリル化されたAGPのフコシル基を認識して結合するレクチンをビオチン標識AALとし、アビジン標識酵素HRPを加えて基質TMBに対する発色によりその結合を検出する場合を記載する。
【0042】
まず、前述したように、過ヨウ素酸酸化で脱フコシル化された抗AGP抗体が固定されたEIA用基材を準備する。基材への非特異的吸着を防ぐために、常法で用いられるブロッキング用緩衝液、例えば10%ソルビトール加1%BlockAceを含むPBS又は2%ウシ血清アルブミン(BSA)を含むPBS、好ましくは10%ソルビトール加1%BlockAceを含むPBSによってブロッキングを行ってもよい。
次に、脱シアリル化されたAGPを含む試料を用いて、基材に固定され、脱フコシル化された抗AGP抗体と、該脱シアリル化されたAGPとを結合させた後、結合しなかった成分を洗浄液(例えば、0.05%Tween20含有PBS)で洗浄して除去する。
次に、ビオチン標識AALを用いて、該抗AGP抗体に結合した脱シアリル化AGPにおけるフコシル糖鎖と、該ビオチン標識AALとを結合させ、結合しなかったビオチン標識AALを洗浄液による洗浄で除去する。ビオチン標識AALの濃度調整にはBlockAce不含PBSを使用することができ、その他の抗体の濃度調整は0.4%BlockAce加PBSを使用することができる。
次に、アビジン標識酵素HRPを用いて、該ビオチン標識AALとアビジン標識酵素HRPとを結合させ、結合しなかったアビジン標識酵素HRPを洗浄液による洗浄で除去する。
次に、該酵素HRPの基質TMBを加え、従来の抗体-レクチンEIA法と同様にして発色を検出する。
本発明に係る測定方法では、さらに、前記発色量からフコシル化AGPの量を換算する工程を含むことが好ましい。
本工程で用いる方法としては、上記EIAで測定された発色量又は発光量から、検量線を用いて検体中のフコシル化AGP量を換算する方法が挙げられる。
検量線は、例えば、血清又は腹水から非特許文献5に記載された方法で得た高フコシル化AGPに対して脱シアリル化を行い、これに対して同様のEIA法によって得たフコシル化AGP量と発色量又は発光量(U/ml)との関係から作成することが好ましい。
こうして得られた検体中のα1-酸性糖蛋白質(AGP)におけるフコシル糖鎖の量又は換算されたフコシル化AGP量を、膵臓がん又は悪性膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMC)の指標として関連付ける工程を含んでもよい。
【0043】
該測定方法は、さらに、前記検体中のAGPを定量する工程、フコシル糖鎖の量を前記AGP量で規格化する工程を含むことが好ましい。
【0044】
[検体中のAGPを定量する工程]
該測定方法は、検体中のAGPを定量する工程を含むことが好ましい。
検体中のAGPを定量する方法は制限されないが、例えば、検体中のAGPを脱シアリル化した後、それを希釈して得た溶液を用いて、基材に固定された抗AGP抗体と酵素標識した抗AGP抗体とを用いたサンドイッチELISA法を行い、検量線を用いて酵素反応に基づく発色量又は発光量から検体中のAGPの濃度に換算する方法等が挙げられる。
検量線は、例えば、標準試料とする市販のヒト血漿AGP(具体的にはSigma-Aldrich)(濃度が既知)に対して脱シアリル化を行い、これを用いて、基材に固定された抗AGP抗体と酵素標識した抗AGP抗体とを用いたサンドイッチELISA法を行い、AGP量(濃度)と発色量又は発光量(μg/ml)との関係から作成することが好ましい。
【0045】
[フコシル糖鎖の量をAGP量で規格化する工程]
該測定方法は、さらに、上記で得られた検体中のフコシル糖鎖の量を、上記「検体中のAGPを定量する工程」で得られたAGP量(U/μg)で規格化する工程を含むことが好ましい。
従来法では、N型糖鎖に付加したフコースの分析がCAIE法やMALDI-TOF-MSにより可能であったが、その操作は煩雑であり、結果を迅速に得ることができず、その定量化は困難であるのに対し、本工程により、簡便かつ迅速に、検体中のAGPの単位量あたりのフコシル糖鎖の量を算出することができる。
【0046】
[膵臓がん又は悪性膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMC)の診断基準]
本実施態様において、膵臓がん又はIPMCを有するか否かの診断基準は特に制限されないが、例えば、検体中のfAGPの量が、基準値よりも多い又は健常者もしくはIPMA患者から採取された検体中のfAGPの量よりも多い場合に、膵臓がん又はIPMCを有するという診断基準であってもよく、また検体中のfAGPの量が、基準値よりも多い又はIPMA患者から採取された検体中のfAGPの量よりも多い場合に、膵臓がん又はIPMCを有するという診断基準であってもよい。
なお、基準値とは、当業者に既知の方法によって、健常者の測定値及び/又はIPMA患者の測定値に基づき予め定められたカットオフ値であってもよく、例えば、カットオフ値は、健常者の測定値の平均値(mean)+3×標準偏差(S.D.)としてもよい。
また、本発明において、健常者とは、がんや急性期炎症又は慢性炎症を伴う疾患を有していない者を意味する。
【0047】
本発明において、診断は、膵臓がん又はIPMCの治療予後の診断であってもよい。
膵臓がんの治療としては、手術、化学療法、放射線療法、抗体療法及び免疫療法からなる群から選択される1以上が挙げられる。好ましくは、手術、化学療法、及び放射線療法からなる群から選択される1以上である。免疫療法としては、抗体医薬や分子標的薬を用いた免疫療法が挙げられる。また、IPMCの治療としては、手術が挙げられる。
特に限定されないが、例えば、上述の膵臓がん又は悪性膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMC)の診断基準の項に記載されている基準により、治療後の患者から採取された検体を測定し、膵臓がん又はIPMCを有すると判断される場合に治療効果が見られないまたは予後が不良であると判断するものであってもよい。
【0048】
本発明の他の実施態様は、膵臓がん又はIPMCの診断用キットである。
下記の要素(A)~(C)、好ましくは(A)~(D)、より好ましくは(A)~(E)を含むキットである。
(A)脱シアリル化用試薬、
(B)抗AGP抗体が固定化されたEIA用基材
(C)EIA用基材に固定化された抗AGP抗体を脱フコシル化するための試薬、
(D)ビオチン標識レクチンなどの標識レクチン(例えば、AAL)、及び
(E)アビジン標識酵素(例えば、HRP)。
【0049】
該キットは、さらに、(F)検体中のAGPを定量するための、抗AGP抗体が固定化されたサンドイッチELISA用基材、及び(G)酵素(例えば、HRP)標識抗AGP抗体を含む溶液を含むことが好ましい。
また、該キットは、さらに、希釈用緩衝液、ブロッキング用緩衝液、fAGP標準品を含むことが好ましい。fAGP標準品としては、例えば、ヒト癌患者由来の腹水や血清から部分精製されたものを用いることができ、またヒト由来培養細胞、例えばhepatoma cell lineなどの培養液を用いることもできる。
【0050】
前記(A)、(C)乃至(E)、(G)の好ましい種類や濃度、標識、使用時の条件等としては、前述の本発明に係るデータ取得方法に含まれるfAGPの量の測定に関する記載が援用される。また、各溶液については、使用前には適宜濃縮されていてもよく、使用直前に水等で適宜希釈することができる。
また、前記(A)、(C)乃至(E)、(G)のいずれも、複数の溶媒や溶液を含む場合には、それらは混合されて一の容器に収容されていてもよいし、別々の容器に収容されていてもよい。
また、前記(B)及び(F)の好ましい態様としては、前述の本発明に係る測定方法の説明に記載した態様が挙げられる。
【0051】
該キットは、膵臓がん又はIPMNの診断用であるが、膵臓がん又はIPMNを有するか否かの診断基準に関しては、前述の本発明に係るデータ取得方法に記載した基準を用いることができる。
【0052】
また、該キットは、さらに、前述の本発明に係るデータ取得方法に含まれるfAGPの量の測定方法を記載した説明書等を含めることもできる。
【実施例】
【0053】
以下に実施例を用いて本発明を説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0054】
<実施例1>
[IPMN患者、膵臓がん患者及び健常者における血清中のfAGP量の比較]
本発明者らが既に確立したAGP分子上のフコシル糖鎖の特異的測定法(特許文献1及び非特許文献6)を用いて、IPMN患者と膵臓がん患者の術前血清及び陰性対照としての健常者血清のfAGP量を測定した。各検体において使用した血清試料は、ごく少量である(1滴、25μl)。また、IPMN患者に関しては、当業者に既知の方法である術後病変組織検査によって、IPMCかIPMAかの分類を行った。
血清中のfAGP量の測定は、まず規格化のために抗AGP抗体を用いたサンドイッチELISA法によって血清中のAGP量を測定し、次いで抗AGP抗体/フコース結合レクチン(AAL)を用いたEIA法によって血清中のfAGP量を測定し、これらの測定結果から血清中のAGPの単位量あたりのフコシル糖鎖の量を算出することで行った。IPMN患者は、IPMCとIPMAに分けて表し、膵臓がん患者及び陰性対照としての健常者と比較した(
図1)。
IPMC(n=14)及びIPMA(n=7)の血清中のfAGP量は、それぞれ118.15±113.01及び11.63±8.47U/μgでIPMCではIPMAに対して有意に高かった(P<0.05)。またIPMAは健常者(図中、Healthy controlと示す、n=53)(4.07±3.49U/μg)に対して有意に高く(P<0.05)、膵臓がん患者(図中、Ca. Pancreasと示す、n=40)(904.37±1708.32U/μg)ではIPMCに対して有意に高かった(P<0.05)。
また、健常者のfAGP量の測定値からカットオフ値(mean+3S.D.=14.54U/μg)を求め、それぞれの検体群における陽性率を確認した。その結果、膵臓がん患者:97.5%(39/40)、IPMC患者:92.86%(13/14)、IPMA患者:28.6%(2/7)、健常者:1.9%(1/53)であった。またこのカットオフ値をもとにIPMCの正診率を求めるとIPMCでは85.7%となり、従来の画像診断による正診率(58.8%)に比べ、著しい高値を認めた。また膵臓がんにおける陽性率は極めて高いことが示された。
【0055】
<実施例2>
[IPMN患者におけるfAGP及び他の膵臓がんのがんマーカーの術前血中濃度の比較]
実施例1によって測定したIPMN患者ごとの血清中のfAGP量を表1に示した。また、当業者に既知の方法により、従来の膵臓がんのマーカーとして利用されている4種の抗原(CEA、CA19-9、SPan-1、DUPAN-2)を実施例1で使用した試料と同じ患者由来の血清試料を用いて測定した結果も表1に示す。
従来から膵臓がんのがんマーカーとして利用されている、CEA、CA19-9、SPan-1及びDUPAN-2について、IPMC14症例の術前血清でそれぞれの陽性率を見ると、CEA(1/14=7.1%)、CA19-9(5/14=35.7%)、SPan-1(1/14=7.1%)、DUPAN-2(1/14=7.1%)で、CA19-9以外のマーカーはいずれも低いものであった(表1)。
ここでCA19-9はその抗原決定基がシアリルLe
a(NANAα2,3Galβ1,3[Fucα1,4]GlcNAc)であり、ヒトLewis式血液型抗原の共通抗原であるLe
a(Galβ1,3[Fucα1,4]GlcNAc)抗原と共通構造を有し、共に同一のFucα1,4糖鎖合成に関わる鍵酵素の存在がある。我が国では大凡20%弱のヒトはLewis式血液型抗原が陰性であってFucα1,4糖鎖は合成されず、従ってシアリルLe
aも遺伝的に合成されないことから、それらの場合ではCA19-9はがんマーカーにはなり得ない。Lewis式血液型のタイピングは通常の血清学的手法では難しく、がんに関連してしばしば型変換が起こり、正確な型判定が出来ないことは既に発明者等が明らかにしている(非特許文献7)。Lewis式血液型の正確な型判定にはFUT6酵素活性測定乃至はFUT6遺伝子タイピングが必須である(非特許文献8)。CA19-9が有するこのような制約に加え、表1の結果から、CA19-9の測定によるIPMCの診断に対する感度は低く、fAGPの測定によるIPMN診断及びIPMCの判別についての優位性は明らかである。
【表1】
【0056】
以上から、本発明者らが既に確立したAGP分子上のフコシル糖鎖の特異的測定法を用いて測定した血清中のfAGP値は膵臓がんで著しく上昇する他、IPMN患者の術前診断で従来のがんマーカーに比べいずれも高い陽性率でIPMCを判別することができた。これにより、IPMN患者における手術適応症例(IPMC)について、これまでの画像診断による正診率を大幅に向上させる可能性が示された。またIPMC患者においては膵臓がんの発生率が著しく上昇することからIPMN患者における膵臓がん発生の診断への応用も見込まれた。従ってIPMN患者における悪性腫瘍に関する有用なバイオマーカーとなり得ることが考えられる。