(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-05-12
(45)【発行日】2025-05-20
(54)【発明の名称】サイジング剤塗布炭素繊維束およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
D06M 15/37 20060101AFI20250513BHJP
D06M 15/53 20060101ALI20250513BHJP
D06M 101/40 20060101ALN20250513BHJP
【FI】
D06M15/37
D06M15/53
D06M101:40
(21)【出願番号】P 2021014114
(22)【出願日】2021-02-01
【審査請求日】2024-01-12
(73)【特許権者】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 規真
(72)【発明者】
【氏名】水田 久文
(72)【発明者】
【氏名】末岡 雅則
【審査官】緒形 友美
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/154867(WO,A1)
【文献】特開2019-210586(JP,A)
【文献】特開2019-210587(JP,A)
【文献】特開2013-166921(JP,A)
【文献】特開2000-336191(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2014/0356612(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D06M 13/00 - 15/715
D06M 101/40
B29B 11/16
B29B 15/08 - 15/14
C08J 5/04 - 5/24
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくともアミノ基を有する水溶性化合物(A)およ
びポリアルキレングリコールを含む化合物(B)が塗布されてなるサイジング剤塗布炭素繊維束であって、
前記少なくともアミノ基を有する水溶性化合物(A)はポリエチレンイミンを含み、前記ポリアルキレングリコールを含む化合物(B)の末端数が3以上5以下であり、X線光電子分光法(XPS)により測定される表面酸素濃度(O/C)が0.28以上0.45以下、かつ、表面窒素濃度(N/C)が0.05以上0.20以下であり、下記(i)および(ii)を満たすサイジング剤塗布炭素繊維束。
(i)以下に記載した水洗方法で50秒間水洗した後の表面酸素濃度(O/C)が0.15以上0.25以下、かつ、表面窒素濃度(N/C)が0.15以上0.30以下である。
(ii)以下に記載した水分散テストにより評価される固着数が20個以下である。
<炭素繊維束の水洗方法>
サイジング剤塗布炭素繊維束の水洗は下記の手順で行う
。巻出工
程に設置したサイジング剤塗布炭素繊維
束を水洗工
程中の水洗槽前フリーローラ
ーと水洗槽中フリーローラ
ーおよび水洗槽後フリーローラ
ーを介して水洗
槽中の
水に通過させ、その後同様の水洗槽前フリーローラ
ーと水洗槽中フリーローラ
ーおよび水洗槽後フリーローラ
ーを介して水洗
槽中の
水に通過させ、その後に連続して乾燥工
程を通過させ水を乾燥させて巻取工
程で巻き取る。クリールからの解舒張力は800gとし、工程速度は2.4m/minとし、水温は25±5℃、水洗槽中フリーローラー径は150mm、サイジング剤塗布炭素繊維束と水洗槽中フリーローラーとの接触角はπradとする。また、1つの水洗槽での水中通過時間が25秒となるよう液面を調整し、2つの水洗槽で合計50秒とする。乾燥工程は非接触式乾燥であり、水洗後のサイジング剤塗布炭素繊維
束を乾燥温度150℃で1分間乾燥させて水洗・乾燥後のサイジング剤塗布炭素繊維
束を得る。
<水分散テストによる固着数の測定方法>
100gの水にアニオン系界面活性剤であるジオクチルスルホこはく酸ナトリウム(東京化成工業株式会社製)を0.05質量%となるように溶解し、分散媒とする。回転数200rpmのマグネティックスターラーにより攪拌しておいた分散媒に、
総フィラメント数12,000本の炭素繊維束を長さ5mmに裁断した測定対象の炭素繊維束を投入する。30秒間攪拌したあと、直径110mmの定量ろ紙(グレード:5C、ADVANTEC社製)上に、内径95mmのセパラブルロートを用いてろ過する。ろ過はアスピレーターを用いた吸引ろ過とし、ろ過後のろ紙は風の当たらない場所に2時間静置して風乾する。かかるろ紙をラミネートフィルムで挟み、ラミネーターを通すことによりラミネート加工する。ラミネート加工されたろ紙の表面を以下に記載する条件にて顕微鏡観察し、16視野の画像を取得する。16視野の画像を、漏れや重複なく取得するために、ろ紙の表面に碁盤目状に予めマーカーで印を16個つけておき、かかる印が視野の中心付近になるように16視野の画像を取得する。単糸が複数本平行に集合し、かつ隙間無く接した状態であるために1本の太い繊維であるかのように見えるかたまりであって、太さが40μm以上であるものを固着と定義する。固着であるかどうかの判断に際しては、明らかに基準を超えるものは目視で判断し、太さが40μm近傍であるなど目視での判断が困難なものについては、画像処理ソフトを用いて直径を計測し、判断する。画像処理ソフトはオープンソースのソフトウェアである“imageJ(イメージ・ジェイ)”を用いて次のように行う。まず解析対象の画像を“imageJ”に読み込み、直径を計測したい単糸のかたまりの長軸を2等分する位置を通り、かつ長軸と直交する線分を引き、「Analyze」コマンドの「Plot profile」を選択することにより、線分に沿った輝度のプロファイルを取得する。かかるプロファイルの半値幅を読み取り、実寸に換算したものをかかる単糸のかたまりの「太さ」とし、これが40μm以上であれば固着と判断する。固着は、それぞれ太さが異なるが、特に区別しない。取得した16視野分の画像のそれぞれにおける固着数をカウントし、16視野分合計して、合計の固着数を得る。上記の操作を分散・ろ過から2回繰り返し、2回の固着数の平均値を固着数として採用する。
顕微鏡:Nikon SMZ1270
カメラ:Nikon DS-Vi1
モニタ:Nikon DS-L3
倍率:1倍
ゲイン:170
露光時間:100ms
画像モード:Full
ピクセル分解能:8μm/ピクセル
記録モード:1,600×1,200ピクセル(12.8mm×9.6mm)
【請求項2】
空気下、300℃で5分間加熱した後の表面酸素濃度(O/C)が0.15以上0.25以下、かつ、表面窒素濃度(N/C)が0.10以上0.25以下である請求項1に記載のサイジング剤塗布炭素繊維束。
【請求項3】
以下の抽出操作によって抽出して得られる抽出液の600nmでの吸光度が0.01以下、かつ、300nmでの吸光度が0.10以下である請求項1または2に記載のサイジング剤塗布炭素繊維束。
<抽出操作>
炭素繊維束1.0質量部を切り出し、容積20cm
3の蓋付きガラス容器に入れ、25℃のDMSO10.0質量部を加える。発振周波数が40kHzの超音波照射下で15分間処理することでサイジング剤塗布炭素繊維束に付着したサイジング剤および表面酸化物を抽出する。
【請求項4】
前記サイジング剤の付着量がサイジング剤塗布炭素繊維束100質量%中、0.10質量%以上、0.50質量%以下である請求項1~3のいずれかに記載のサイジング剤塗布炭素繊維束。
【請求項5】
前記少なくともアミノ基を有する水溶性化合物(A)の質量W
Aと前記ポリアルキレングリコールを含む化合物(B)の質量W
Bとが式(a)を満たす請求項1~4のいずれかに記載のサイジング剤塗布炭素繊維束。
0.20≦W
A/(W
A+W
B)≦0.50・・・式(a)
【請求項6】
前記ポリアルキレングリコールを含む化合物(B)の重量平均分子量Mwが500以上1000以下かつ、SP値が21以上である請求項1~5のいずれかに記載のサイジング剤塗布炭素繊維束。
【請求項7】
前記ポリアルキレングリコールを含む化合物(B)が芳香環を有さないポリプロピレングリコールの誘導体である請求項1~6のいずれかに記載のサイジング剤塗布炭素繊維束。
【請求項8】
請求項1~
7のいずれかに記載のサイジング剤塗布炭素繊維束の製造方法であって、サイジング剤を炭素繊維束に塗布する工程を経た後に180~240℃で乾燥させる乾燥工程を有するサイジング剤塗布炭素繊維束の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリフェニレンサルファイド、ポリアリルエーテルケトン、ポリエーテルスルホン、ポリアミドイミド等に代表される熱可塑性樹脂との接着性が高く、水系スラリー含浸プロセスにおける樹脂含浸性に優れ、かつ、プリプレグに加工したときに成形性や加工性を損ないにくいサイジング剤を塗布したサイジング剤塗布炭素繊維束とその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維は、軽量でありながら、強度および弾性率に優れるため、種々のマトリクス樹脂と組み合わせた複合材料として、航空機部材、宇宙機部材、自動車部材、船舶部材、土木建築材およびスポーツ用品等の多くの分野に用いられている。炭素繊維強化複合材料に求められる特性は用途により多少異なるものの、炭素繊維とマトリクス樹脂との界面における接着性は最も重要な基本特性の一つであり、炭素繊維の表面処理に関して多くの研究と技術開発がなされてきた。
【0003】
従来、炭素繊維複合材料におけるマトリクス樹脂としては、エポキシ樹脂に代表される熱硬化性樹脂が多く用いられてきた。しかしながら、熱硬化性樹脂をマトリクス樹脂とする炭素繊維強化複合材料の成形加工には、オートクレーブなどの大型の装置が必要であったり、硬化反応制御のために比較的長い時間が必要となったりするなど、成形加工コストの面でいくつかの課題があった。そこで近年、硬化反応が不要であるため、成形加工の大幅な時間短縮が可能であり、オートクレーブなどの大型の装置も必ずしも必要としない熱可塑性樹脂をマトリクス樹脂とする炭素繊維強化複合材料への注目が高まっている。
【0004】
上記の理由から、従来の炭素繊維の表面処理に関する技術開発は、主に熱硬化性樹脂を対象として行われてきた。例えばエポキシ樹脂の場合、硬化反応の際に生じる水酸基や、硬化剤であるアミンなどの極性基、またグリシジル基などの反応性官能基が豊富に存在するため、炭素繊維の表面処理はこれらとの結合や相互作用を意識して行われることが多かった。これに対して、熱可塑性樹脂は存在する官能基の種類や量、成形加工時の温度領域などが熱硬化性樹脂とは大きく異なることから、熱可塑性樹脂に合わせた表面設計が重要となる。
【0005】
熱可塑性樹脂向けの表面処理としては、例えば、特許文献1では、炭素繊維束にサイジング剤としてポリエチレンイミンを塗布することにより、官能基の少ない熱可塑性樹脂との接着性を向上させる方法が提案されている。また、特許文献2では、熱可塑性樹脂との接着性を向上させつつ、さらに炭素繊維束の高次加工におけるプロセス性を高める観点から、ポリエチレンイミンに変性ポリエチレングリコールを混合したサイジング剤を適用する方法が提案されている。さらに、特許文献3および4では、種々の高次加工プロセスにおける炭素繊維束の開繊性を最適化するための条件を提案している。
【0006】
さて、熱可塑性樹脂と炭素繊維とを複合化するには、未硬化の状態では粘度が低く取り扱い性の良いことが多い熱硬化性樹脂とは異なる工夫がなされている。例えば、溶融させた熱硬化性樹脂に含浸させる溶融含浸法、熱可塑性樹脂を溶媒に溶解させた溶液に含浸させ、溶媒を除去する溶液含浸法、また、熱可塑性樹脂の微粒子からなるスラリーを通過させることで含浸させるスラリー含浸法など、炭素繊維と組み合わせる熱可塑性樹脂の種類や目的に応じて種々のプロセスが行われている。このうち、分散媒として水を用いた水系スラリー含浸法は経済性等の観点で優れている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2013-166924号公報
【文献】特開2019-065441号公報
【文献】特開2019-210587号公報
【文献】特開2019-210586号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上記した従来の技術には次のような課題がある。
【0009】
特許文献1では、ポリエチレンイミンをサイジング剤として用いることによりマトリクス樹脂であるポリプロピレンとの接着性向上を図っているが、主に溶融含浸プロセスに着目しており、水系スラリー含浸プロセスへの適合性は明らかではない。
【0010】
特許文献2では、ポリエチレンイミンと変性ポリエチレングリコールとを組み合わせることにより熱可塑性樹脂との接着性と高次加工におけるプロセス性を両立する思想はあるが、水系スラリー含浸プロセスへの適合性は明らかではない。
【0011】
特許文献3と4は、それぞれ均一な含浸に重要となる機械開繊性および空気開繊性を最適化する思想はあるが、水系スラリー含浸プロセスへの適合性は明らかではない。
【0012】
このように、熱可塑性樹脂との接着性向上と特定の高次加工プロセスにおけるプロセス性や開繊性とを両立するために、ポリエチレンイミンと変性ポリエチレングリコールを併用する技術は提案されているものの、水系スラリー含浸プロセスへの着眼はなく、この特定のプロセスに適したサイジング剤塗布炭素繊維束については示唆もなかった。
【0013】
そこで、本発明の目的は、熱可塑性樹脂との接着性が高く、水系スラリー含浸プロセスにおける樹脂含浸性に優れ、かつ、プリプレグに加工したときに成形性や加工性を損ないにくいサイジング剤を塗布したサイジング剤塗布炭素繊維束とその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上述した課題を解決するための本発明は、少なくともアミノ基を有する水溶性化合物(A)および/またはポリアルキレングリコールを含む化合物(B)が塗布されてなるサイジング剤塗布炭素繊維束であって、X線光電子分光法(XPS)により測定される表面酸素濃度(O/C)が0.28以上0.45以下、かつ、表面窒素濃度(N/C)が0.05以上0.20以下であり、下記(i)および(ii)を満たすサイジング剤塗布炭素繊維束である。
(i)後述する水洗方法で50秒間水洗した後の表面酸素濃度(O/C)が0.15以上0.25以下、かつ、表面窒素濃度(N/C)が0.15以上0.30以下である。
(ii)後述する水分散テストにより評価される固着数が20個以下である。
【0015】
また、本発明のサイジング剤塗布炭素繊維束の製造方法は、上記のサイジング剤塗布炭素繊維束の製造方法であって、サイジング剤を炭素繊維束に塗布する工程を経た後に180~240℃で乾燥させる乾燥工程を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、ポリフェニレンサルファイド、ポリアリルエーテルケトン、ポリエーテルスルホン、ポリアミドイミド等に代表される熱可塑性樹脂との接着性が高く、水系スラリー含浸プロセスにおける樹脂含浸性に優れ、プリプレグに加工したときに成形性や加工性を損ないにくいサイジング剤を塗布したサイジング剤塗布炭素繊維束を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】
図1は、50秒水洗評価方法を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明を実施するための形態について説明する。
【0019】
本発明のサイジング剤塗布炭素繊維束は、少なくともアミノ基を有する水溶性化合物(A)および/またはポリアルキレングリコールを含む化合物(B)が塗布されてなるサイジング剤塗布炭素繊維束であって、X線光電子分光法(XPS)により測定される表面酸素濃度(O/C)が0.28以上0.45以下、かつ、表面窒素濃度(N/C)が0.05以上0.20以下であり、下記(i)および(ii)を満たすサイジング剤塗布炭素繊維束である。
(i)後述する水洗方法で50秒間水洗した後の表面酸素濃度(O/C)が0.15以上0.25以下、かつ、表面窒素濃度(N/C)が0.15以上0.30以下である。
(ii)後述する水分散テストにより評価される固着数が20個以下である。
【0020】
なお、以下では表面酸素濃度(O/C)を単にO/C、表面窒素濃度を単にN/Cと記載することもある。また、少なくともアミノ基を有する水溶性化合物を単にアミノ基を有する水溶性化合物(A)や化合物(A)と記載することもある。さらに、ポリアルキレングリコールを含む化合物(B)を単に化合物(B)と記載することもある。
【0021】
本発明者らの検討により、炭素繊維束にアミノ基を有する水溶性化合物(A)および/またはポリアルキレングリコールを含む化合物(B)を含むサイジング剤を用いた場合、水系スラリー含浸プロセスでの樹脂含浸性が低下しやすく、また、プリプレグ作製時に炭素繊維表面に残存したサイジング剤が熱分解することで力学特性が低下しやすいという課題があることが分かった。本課題に対して、炭素繊維束のO/CおよびN/Cと炭素繊維束を特定の条件で水洗した後のO/CおよびN/Cを制御し、水分散テストにより評価される固着数を一定値以下に制御することで、熱可塑性樹脂との接着性が高く、水系スラリー含浸プロセスにおける樹脂含浸性に優れ、かつ、プリプレグに加工したときに成形性や加工性を損ないにくいサイジング剤塗布炭素繊維束が得られることを見いだした。
【0022】
本発明においてサイジング剤とは、樹脂との接着性を高めたり、炭素繊維束の取り扱い性を向上させたりするために炭素繊維束表面に付与された化合物のことをいい、本発明においては、サイジング剤として少なくともアミノ基を有する水溶性化合物(A)および/またはポリアルキレングリコールを含む化合物(B)が含まれていればよく、化合物(A)や化合物(B)以外のサイジング剤が含まれていてもよい。
【0023】
本発明を構成するサイジング剤塗布炭素繊維束は、少なくともアミノ基を有する水溶性化合物(A)および/またはポリアルキレングリコールを含む化合物(B)を含むことが必要であり、当該サイジング剤が塗布されてなるサイジング剤塗布炭素繊維束が特定の条件を満たすことが必要である。なお、本発明では、少なくともアミノ基を有する水溶性化合物(A)またはポリアルキレングリコールを含む化合物(B)のいずれかを用いてもよいし、少なくともアミノ基を有する水溶性化合物(A)およびポリアルキレングリコールを含む化合物(B)の両方を用いてもよい。
【0024】
アミノ基を有する水溶性化合物(A)を含むサイジング剤を塗布した炭素繊維束は熱可塑性樹脂との優れた接着性を発現しやすい。その結果、そのサイジング剤が塗布された炭素繊維束を用いた熱可塑性樹脂成形体の力学特性が向上することが多い。そのメカニズムは明確ではないが、アミノ基は極性が高く、炭素繊維束表面や樹脂中のカルボキシル基、水酸基等の極性の高い酸素含有構造と水素結合等の強い相互作用をすることで、優れた接着性を発現すると考えられる。
【0025】
ポリアルキレングリコールとはアルキレングリコールが複数重合した化合物であり、一般式HO-(CnHmO)s-H、あるいは、式R1-O-(CnHmO)s-H、あるいは、式R2-O-(CnHmO)s-R3(式中、R1、R2、R3は炭素数1以上の置換基を表す。)で表される化合物である。ポリアルキレングリコールを含む化合物は適度な潤滑性を示し、ポリアルキレングリコールを含む化合物が塗布されてなる炭素繊維束は取り扱い性に優れ、プリプレグに加工する工程において毛羽の発生を抑制することが可能である。
【0026】
サイジング剤塗布炭素繊維束にアミノ基を有する水溶性化合物やポリアルキレングリコールを含む化合物が含まれているかは、サイジング剤塗布炭素繊維束そのものを評価したり、サイジング剤塗布炭素繊維束からサイジング剤を抽出して評価したりすることで判定できる。例えば、サイジング剤塗布炭素繊維束を飛行時間型二次イオン質量分析法(TOF-SIMS)で測定し、特徴的なフラグメントイオン種を検出して化合物を特定する方法や、水抽出したサイジング剤を凍結乾燥した後に赤外分光法により得られるIRスペクトルからの構造評価と、凍結乾固物のプロトンNMR、カーボンNMRとマススペクトル分析評価とを組み合わせて化合物を特定する方法がある。
【0027】
さらに、本発明のサイジング剤塗布炭素繊維束は、X線光電子分光法(XPS)により測定される表面酸素濃度(O/C)が0.28以上0.45以下、かつ、表面窒素濃度(N/C)が0.05以上0.20以下である必要がある。O/Cが0.28以上0.45以下、かつ、N/Cが0.05以上0.20以下となる該サイジング剤塗布炭素繊維束は、高い取り扱い性とマトリックス樹脂との高い接着性を高次元で両立可能となる。O/Cが0.28よりも小さい場合、炭素繊維束に塗布されたポリアルキレングリコールを含む化合物の量が少なく、取り扱い性が低下する。また、O/Cが0.45よりも大きい場合、ポリアルキレングリコールを含む化合物の量が過剰となり、得られる熱可塑性樹脂成形体における熱安定性などの特性を安定化させやすい。N/Cが0.05よりも小さい場合、アミノ基を有する水溶性化合物が十分に塗布されておらず、十分な接着性が得られない。また、N/Cが0.20よりも大きい場合は、炭素繊維束の最表面にアミノ基を有する水溶性化合物が多く存在することで、取り扱い性が低下する。O/Cが0.30以上0.45以下、かつ、N/Cが0.06以上0.18以下となることが好ましく、O/Cが0.32以上0.45以下、かつ、N/Cが0.07以上0.15以下となることがさらに好ましい。
【0028】
また、本発明のサイジング剤塗布炭素繊維束は、実施例に記載の方法で炭素繊維束を水洗した後のO/Cが0.15以上0.25以下、かつ、N/Cが0.15以上0.30以下である必要がある。特定の条件で水洗した後のO/Cが水洗前よりも低くなることはポリアルキレングリコールを含む化合物が水洗により除去されたことを表しており、O/Cを0.15以上0.25以下に制御することで樹脂の熱安定性の低下を抑制することができる。また、特定の条件で水洗した後のN/Cが水洗前よりも高くなることは、水洗後に炭素繊維の最表面にアミノ基を有する水溶性化合物が存在していることを表しており、N/Cを0.15以上0.30以下に制御することで水系スラリー含浸プロセスを通過させた後であっても高い接着性が得られる。水洗後のO/Cは0.16以上0.23以下、かつ、N/Cが0.17以上0.28以下となることが好ましく、O/Cが0.17以上0.21以下、かつ、N/Cが0.19以上0.26以下となることがさらに好ましい。
【0029】
さらに、本発明を構成するサイジング剤塗布炭素繊維束は、空気下、300℃で5分間加熱した後のO/Cが0.15以上0.25以下、かつ、N/Cが0.10以上0.25以下であることが好ましい。ポリフェニレンサルファイド、ポリアリルエーテルケトン、ポリエーテルスルホン、ポリアミドイミド等に代表される高耐熱な熱可塑プリプレグの成形工程では多くの場合熱可塑性樹脂が繊維束内に十分浸透して含浸性を向上させるために、320℃以上に加熱して成形することが一般的である。このようなプリプレグを成形する工程では、高温での加熱によりサイジング剤の一部が分解し、分解物が発生する。特に、成形温度と同じ320℃以上の高い温度でサイジング剤の分解物が発生することにより成形体の熱安定性などの特性に影響を与えることがある。このため、成形温度よりも低い温度でサイジング剤が分解し除去されることで、得られる熱可塑性樹脂成形体における熱安定性などの特性を安定化することができる。ここで、300℃で5分間加熱した後のO/Cが熱処理前よりも低くなるということはポリアルキレングリコールを含む化合物が熱処理の過程で分解し、除去されることを表しており、熱処理後のO/Cが0.15以上0.25以下となるように制御することで樹脂の熱安定性の低下を抑制することができる。また、300℃で5分間加熱した後のN/Cが熱処理前よりも高くなるということは熱処理後に炭素繊維の最表面にアミノ基を有する水溶性化合物が存在していることを表しており、N/Cを0.10以上0.25以下に制御することで高い成形温度下であってもマトリックス樹脂との高い接着性が得られる。空気下、300℃で5分間加熱した後のO/Cは0.16以上0.24以下、かつ、N/Cが0.11以上0.24以下となることが好ましく、O/Cが0.17以上0.23以下、かつ、N/Cが0.12以上0.23以下となることがさらに好ましい。
【0030】
炭素繊維束のO/CおよびN/Cは、X線光電子分光法により、次の手順に従って求めることができる。まず、炭素繊維束表面に付着している汚れ等を除去した炭素繊維束を20mmにカットして、銅製の試料支持台に拡げて並べた後、X線源としてAlKα1、2を用い、試料チャンバー中を1×10-8Torrに保つ。測定時の帯電に伴うピークの補正値としてC1sの主ピーク(ピークトップ)の結合エネルギー値を284.6eVに合わせる。C1sピーク面積は282~296eVの範囲で直線のベースラインを引くことにより求められる。O1sピーク面積は528~540eVの範囲で直線のベースラインを引くことにより求められ、N1sピーク面積は391~411eVの範囲で直線のベースラインを引くことにより求められる。ここで、表面酸素濃度および表面窒素濃度は、上記のO1sまたはN1sピーク面積とC1sピーク面積の比から装置固有の感度補正値を用いて原子数比として算出できる。
【0031】
本発明において、固着数は20個以下であることが必要であり、15個以下であることが好ましく、12個以下であることがより好ましい。本発明において固着とは、炭素繊維束を構成する単繊維同士が局所的に固着した箇所のことであり、後述する水分散テストにより評価する。本発明者らが検討したところ、固着数が少ないほど、後述する水系スラリー含浸プロセスにおける樹脂含浸性が高まりやすく、高品位なプリプレグが得やすいことがわかった。かかる固着数が20個以下であれば、樹脂含浸性が高くなりやすい。固着数は、サイジング剤の組成やサイジング剤塗布後の熱処理温度などにより制御できる。
【0032】
本発明を構成するサイジング剤塗布炭素繊維束は、実施例に記載した方法で測定されるサイジング剤塗布炭素繊維束抽出液の600nmでの吸光度が0.01以下、かつ、300nmでの吸光度が0.10以下であることが好ましい。600nmでの吸光度は炭素繊維の酸化処理によって生じる繊維表面に付着した脆弱な酸化物の溶出量を表しており、300nmでの吸光度は表面に塗布したサイジング剤の溶出量を表している。600nmでの吸光度を0.01以下とすることでサイジング剤が炭素繊維の表面と十分に反応し、マトリックス樹脂との高い接着性が得られる。また、300nmでの吸光度を0.10以下とすることで、余分なサイジング剤の付着がなくなり、得られる熱可塑性樹脂成形体における熱安定性などの特性を安定化させやすい。600nmでの吸光度は0.008以下がより好ましく、0.006以下がさらに好ましい。また、300nmでの吸光度は0.08以下がより好ましく、0.06以下がさらに好ましい。
【0033】
本発明を構成するサイジング剤塗布炭素繊維束におけるサイジング剤の付着量は、サイジング剤塗布炭素繊維束100質量%中、0.10質量%以上、0.50質量%以下であることが好ましい。本発明においてサイジング剤の付着量は後述する方法により評価する。サイジング剤の付着量が0.10質量%以上であれば、表面に均一に付着したサイジング剤は炭素繊維束の耐擦過性を向上させ、製造時や加工時の毛羽発生を抑制し、開繊性が良好な炭素繊維シートの平滑性等の品位を向上させることができる。IFSS、つまり熱可塑性樹脂との接着性を高める観点では、サイジング剤の付着量は0.15質量%以上がより好ましく、0.20質量%以上がさらに好ましい。一方、サイジング剤の付着量が0.50質量%以下であれば、得られる熱可塑性樹脂成形体における熱安定性などの特性を安定化させやすい。サイジング剤の付着量は0.45質量%以下であることがより好ましく、0.40質量%以下であることがさらに好ましい。サイジング剤の付着量は、サイジング剤溶液の濃度などにより制御できる。
【0034】
本発明で用いるアミノ基を有する水溶性化合物(A)の質量WAとポリアルキレングリコールを含む化合物(B)との質量WBは式(a)を満たすことが好ましい。
0.20≦WA/(WA+WB)≦0.50・・・式(a)。
【0035】
WA/(WA+WB)が式(a)を満たすことで、接着性を高めることができ、かつ、プリプレグに加工したときに樹脂の熱安定性などの特性を安定化させやすい。WA/(WA+WB)が0.20より小さい場合はアミノ基を有する水溶性化合物(A)の量が少なくなり十分な接着性が得られないことがある。WA/(WA+WB)が0.50より大きい場合、接着性は高いものの、プリプレグに加工したときに樹脂の熱安定性を低下させ、結果的に力学特性が低下することがある。WA/(WA+WB)は0.25以上0.45以下がより好ましく、0.30以上0.40以下がさらに好ましい。
【0036】
本発明で用いるアミノ基を有する水溶性化合物(A)の具体的な例としては、脂肪族アミン系化合物、芳香族アミン系化合物等が挙げられる。中でも、高接着性を示す観点から脂肪族アミン化合物が好ましい。脂肪族アミン化合物の接着性が高い理由として、他のアミノ基を有する化合物と比較して極性が非常に高いことが考えられる。
【0037】
脂肪族アミン系化合物の具体的な例としては、ジエチレントリアミン、トリエチレンテトラミン、ジシアンジアミド、テトラエチレンペンタミン、ジプロピレンジアミン、ピペリジン、N,N-ジメチルピペラジン、トリエチレンジアミン、ポリアミドアミン、ポリエチレンイミン、ポリプロピレイミン、ポリブチレンイミン、1,1-ジメチル-2-メチルエチレンイミン、1,1-ジメチル-2-プロピルエチレンイミン、N-アセチルポリエチレンイミン、N-プロピオニルポリエチレンイミン、N-ブチリルポリエチレンイミン、N-パレリルポリエチレンイミン、N-ヘキサノイルポリエチレンイミン、N-ステアロイルポリエチレンイミン等のポリアルキレンアミン類、およびその誘導体、およびそれらの混合物等が挙げられる。
【0038】
脂肪族アミン系化合物の中でも1分子内に含まれる官能基量が3以上である化合物は、接着性が高くなりやすいため好ましく用いられる。特に、ポリアルキレンイミンは、1分子内に含まれる官能基量を増加させやすく、接着性を向上させやすいために好ましく用いられる。1分子内に含まれる官能基量が3以上である化合物の接着性が高くなりやすい理由として、官能基量が増えることで分子の極性が高くなりやすいことが考えられる。
【0039】
芳香族アミン系化合物の具体的な例としては、1,2-フェニレンジアミン、1,3-フェニレンジアミン、1,4-フェニレンジアミン、ベンジジン、トリアミノフェノール、トリグリシジルアミノクレゾール、2,4,6-トリアミノフェノール、1,2,3-トリアミノプロパン、1,2,3-トリアミノベンゼン、1,2,4-トリアミノベンゼン、1,3,5-トリアミノベンゼンおよびその誘導体、およびそれらの混合物等が挙げられる。
【0040】
化合物(A)の重量平均分子量Mwは2,500以下であることが好ましい。なお、上記の重量平均分子量Mwはゲルパーミエーションクロマトグラフ(GPC)法で測定され、プルランを標準物質として得られるものである。Mwが大きいほどサイジング剤の粘度が高くなるため、サイジング剤を介して粘着している炭素繊維同士を引き離すのに大きな力が必要となることがある。Mwを2,500以下とすることで、サイジング剤の動きやすさの指標である粘度を低下させ、炭素繊維同士を拘束する力を弱めることによって、炭素繊維束の開繊性が向上しやすい。化合物(A)のMwは2,000以下であることがより好ましく、1,500以下であることがさらに好ましい。一方、分解の点では、Mwが大きいほど高温でのサイジング剤の揮発や分解を制御しやすい。化合物(A)のMwは500以上であることが好ましく、650以上であることがより好ましい。
【0041】
前記ポリアルキレングリコールを含む化合物(B)の重量平均分子量Mwは500以上1000以下、かつ、SP値が21以上であることが好ましい。Mwが500未満である場合、サイジング剤を塗布した後の乾燥工程による熱で容易に分解するため、炭素繊維に安定して塗布することが困難になることがある。また、Mwが1000よりも大きい場合、サイジング剤の耐熱性が高くなることでプリプレグの加工工程中で分解しにくくなり、得られる熱可塑性樹脂成形体における熱安定性などの特性に影響を与えることがある。また、SP値が21以上である場合、固着を抑制させやすくなり、樹脂の含浸性を向上させることができる。ここで、SP値とは、一般に知られている溶解性パラメータのことであり、溶解性および極性の指標として広く用いられている。本発明で規定されるSP値は、Polym.Eng.Sci.,14(2),147-154(1974)に記載された、Fedorsの方法に基づき、分子構造から算出した値である。SP値は21.5以上がより好ましく、22以上がさらに好ましい。SP値の上限値は特に定められていないが、現実的には30程度が目安と考えられる。
【0042】
前記ポリアルキレングリコールを含む化合物(B)は芳香環を有さないポリプロピレングリコールの誘導体であることが好ましい。芳香環を有する化合物は耐熱性が高くなることでプリプレグの加工工程中で分解しにくくなり、得られる熱可塑性樹脂成形体における熱安定性などの特性に影響を与えることがある。ポリプロピレングリコールの誘導体は高い熱分解性を有しているため、分子量を調整することにより、サイジング塗布工程での塗布安定性とプリプレグの加工工程中での除去性を両立することが可能である。なお、本発明において、ポリプロピレングリコールの誘導体とはポリプロピレングリコールの構造の一部を他の置換基や構造体で置き換えた化合物の総称である。
【0043】
前記ポリアルキレングリコールを含む化合物(B)の末端数は3以上5以下であることが好ましい。末端数が3以上である場合、固着を効果的に抑制することができ、樹脂の含浸性を高めることができる。一方、末端数を5よりも大きくした場合、サイジング剤の耐熱性が高くなることでプリプレグの加工工程中で分解しにくくなり、得られる熱可塑性樹脂成形体における熱安定性などの特性に影響を与えることがある。
【0044】
本発明で用いるポリアルキレングリコールを含む化合物(B)の具体的な例としては、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリブチレングリコール、および、それらの共重合体、および、それらの誘導体が挙げられ、具体的な例としては、ポリエチレングリコール脂肪酸エステル(C4~C18)、ポリオキシエチレンモノアルキルエーテル(C4~C18)、ポリオキシエチレンジアルキルエーテル(C4~C18)、ビスフェノールAエチレンオキシド付加物、エチレンジアミンポリオキシエチレン付加物、トリエタノールアミンポリオキシエチレン付加物、芳香族ジアミンポリオキシエチレン付加物、ショ糖ポリオキシエチレン付加物、ソルビトールポリオキシエチレン付加物、スクロースポリオキシエチレン付加物、トリメチロールプロパンポリオキシエチレン付加物、ペンタエリストールポリオキシエチレン付加物、ポリオキシエチレントリオール、グリセリンポリオキシエチレン付加物、ジグリセリンポリオキシエチレン付加物、ポリグリセリンポリオキシエチレン付加物、ジエチレントリアミンポリオキシエチレン付加物等のポリエチレングリコール誘導体、ポリプロピレングリコール脂肪酸エステル(C4~C18)、ポリオキシプロピレンモノアルキルエーテル(C4~C18)、ポリオキシプロピレンジアルキルエーテル(C4~C18)、ビスフェノールAプロピレンオキシド付加物、エチレンジアミンポリオキシプロピレン付加物、トリエタノールアミンポリオキシプロピレン付加物、芳香族ジアミンポリオキシプロピレン付加物、ショ糖ポリオキシプロピレン付加物、ソルビトールポリオキシプロピレン付加物、スクロースポリオキシプロピレン付加物、トリメチロールプロパンポリオキシプロピレン付加物、ペンタエリストールポリオキシプロピレン付加物、ポリオキシプロピレントリオール、グリセリンポリオキシプロピレン付加物、ジグリセリンポリオキシプロピレン付加物、ポリグリセリンポリオキシプロピレン付加物、ジエチレントリアミンポリオキシプロピレン等のポリプロピレングリコール誘導体、エチレンジアミンポリエーテルポリオール、トリエタノールアミンポリエーテルポリオール、芳香族ジアミンポリエーテルポリオール、ショ糖ポリエーテルポリオール、ソルビトールポリエーテルポリオール、スクロースポリエーテルポリオール、トリメチロールプロパンポリエーテルポリオール、ペンタエリストールポリエーテルポリオール、グリセリンポリエーテルポリオール、ジグリセリンポリエーテルポリオール、ポリグリセリンポリエーテルポリオール、ジエチレントリアミンポリエーテルポリオール、等のポリエチレングリコール/ポリプロピレングリコールの共重合体の誘導体、およびそれらの混合物等が挙げられる。
【0045】
本発明を構成するサイジング剤塗布炭素繊維束におけるサイジング剤は、本発明の効果を損なわない範囲で、第三成分を加えてもよい。例えば、ノニオン界面活性剤などの平滑剤を加えることで炭素繊維束内の単糸表層のウェットF-F摩擦係数を下げることができ、樹脂含浸性を向上させることができる。なお、ウェットF-F摩擦係数とは、サイジング剤塗布炭素繊維束同士を水濡れ状態で長軸方向に摩擦させた際の摩擦係数のことであり実施例に記載の方法で求めることができる。ウェットF-F摩擦係数は0.45以下であると、樹脂含浸性が高くなりやすく、0.38以下とすると、樹脂含浸性をさらに一層高いものとしやすい。
【0046】
ノニオン界面活性剤を第三成分として添加する場合、その具体的な例としては、ポリオキシエチレンドデシルエーテル、ポリオキシエチレンオレイルエーテル、ポリオキシエチレンステアリルエーテル等のポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレングリコール、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテルや、モノオレイン酸ソルビタン、モノステアリン酸ソルビタン、セスキオレイン酸ソルビタン、ヤシ油脂肪酸ソルビタン、モノパルミチン酸ソルビタン、トリステアリン酸ソルビタン、トリオレイン酸ソルビタン等のソルビタン脂肪酸エステル、モノオレイン酸ポリオキシエチレンソルビタン、トリオレイン酸ポリオキシエチレンソルビタン等のポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、モノオレイン酸ポリオキシエチレングリセリル等のポリオキシエチレングリセリン脂肪酸エステル、テトラオレイン酸ポリオキシエチレンソルビット等のポリオキシエチレンソルビトール脂肪酸エステル、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油;ポリグリセリン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、PEGモノカプリル酸エステル、PEGモノヘプチル酸エステル、PEGモノペラルゴン酸エステル、PEGモノカプリン酸エステル、PEGモノラウリン酸エステル、PEGモノミリスチン酸エステル、PEGモノペンタデシル酸エステル、PEGモノパルミチン酸エステル、PEGモノリノール酸エステル、PEGジラウリン酸エステル、PEGモノオレイン酸エステル、PEGジオレイン酸エステル、PEGモノステアリン酸エステル、PEGジステアリン酸エステル、PEGジカプリル酸エステル、PEGジヘプチル酸エステル、PEGジペラルゴン酸エステル、PEGジカプリン酸エステル、PEGジラウリン酸エステル、PEGジミリスチン酸エステル、PEGジペンタデシル酸エステル、PEGジパルミチン酸エステル、PEGジリノール酸エステル等のポリエチレングリコール脂肪酸エステルが挙げられる。なお、「PEG」とは「ポリエチレングリコール」の略である。ノニオン界面活性剤を第三成分として添加する場合、添加量の目安としては、サイジング剤全量100質量%中、10質量%以下とすることが好ましい。
【0047】
本発明のサイジング剤塗布炭素繊維束は、サイジング剤がエポキシ基を有する化合物を実質的に含まないことが好ましい。ここで、化合物を実質的に含まないとは、そのような化合物が全く存在しないか、たとえ添加物のような形態で存在していたとしても、サイジング剤全量100質量%中、1質量%以下であることを意味する。反応性の高いエポキシ基は、アミン化合物のアミノ基と反応し、強固な架橋構造を形成する。このため、サイジング剤がエポキシ基を有する化合物を実質的に含まないことにより炭素繊維単糸間の架橋構造の形成を抑制し、開繊性を向上させやすい。
【0048】
本発明で用いられる炭素繊維束としては特に制限は無いが、力学特性の観点からは、ポリアクリロニトリル系炭素繊維が好ましく用いられる。本発明で用いられるポリアクリロニトリル系炭素繊維束は、ポリアクリロニトリル系重合体からなる炭素繊維前駆体繊維を酸化性雰囲気中で最高温度200~300℃で耐炎化処理した後、不活性雰囲気中、最高温度500~1,200℃で予備炭化処理を行い、次いで不活性雰囲気中、最高温度1,200~2,000℃で炭化処理することで得られる。
【0049】
本発明において、炭素繊維束と熱可塑性樹脂との接着性を向上させるため、炭素繊維束に酸化処理を施すことで酸素含有官能基を表面に導入することが好ましい。酸化処理方法としては、気相酸化、液相酸化および液相電解酸化が用いられるが、生産性が高く、均一処理ができるという観点から、液相電解酸化が好ましく用いられる。
【0050】
本発明において、液相電解酸化で用いられる電解液としては、酸性電解液およびアルカリ性電解液が挙げられる。酸性電解液としては、例えば、硫酸、硝酸、塩酸、燐酸、ホウ酸、および炭酸等の無機酸、酢酸、酪酸、シュウ酸、アクリル酸、およびマレイン酸等の有機酸、または硫酸アンモニウムや硫酸水素アンモニウム等の塩が挙げられる。なかでも、強酸性を示す硫酸と硝酸が好ましく用いられる。アルカリ性電解液としては、具体的には、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化マグネシウム、水酸化カルシウムおよび水酸化バリウム等の水酸化物の水溶液、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸マグネシウム、炭酸カルシウム、炭酸バリウムおよび炭酸アンモニウム等の炭酸塩の水溶液、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウム、炭酸水素マグネシウム、炭酸水素カルシウム、炭酸水素バリウムおよび炭酸水素アンモニウム等の炭酸水素塩の水溶液、アンモニア、水酸化テトラアルキルアンモニウムおよびヒドラジンの水溶液等が挙げられる。
【0051】
本発明において、炭素繊維束に導入する酸素含有官能基量としては、X線光電子分光法により測定されるその繊維表面の酸素(O)と炭素(C)の原子数の比である表面酸素濃度(O/C)が、0.08~0.30の範囲内であるものが好ましい。O/Cが0.08以上であることにより、炭素繊維表面のカルボキシル基および水酸基が増加し、サイジング剤との相互作用が強くなり接着性が向上する。O/Cは、より好ましくは0.10以上であり、さらに好ましくは0.12以上である。一方、酸化による炭素繊維自体の強度の低下の点では、O/Cは小さい方が良く、O/Cが0.30以下であることが好ましい。より好ましくは0.25以下であり、さらに好ましくは0.22以下である。
【0052】
次に、本発明のサイジング剤塗布炭素繊維束の製造方法について述べる。
まず、本発明におけるサイジング剤の炭素繊維束への塗布(付与)手段について述べる。
【0053】
本発明において、サイジング剤は溶媒で希釈し、均一な溶液として用いることが好ましい。このような溶媒としては、例えば、水、メタノール、エタノール、2-プロパノール、アセトン、メチルエチルケトン、ジメチルホルムアミド、およびジメチルアセトアミド等が挙げられるが、なかでも、取扱いが容易であり、安全性の観点から有利であることから、水が好ましく用いられる。
【0054】
塗布手段としては、例えば、ローラーを介してサイジング剤溶液に炭素繊維束を浸漬する方法、サイジング剤溶液の付着したローラーに炭素繊維束を接する方法、サイジング剤溶液を霧状にして炭素繊維束に吹き付ける方法等があるが、本発明のサイジング剤塗布炭素繊維束を製造する上では、ローラーを介してサイジング剤溶液に炭素繊維束を浸漬する方法が好ましく用いられる。また、サイジング剤の付与手段は、バッチ式と連続式いずれでもよいが、生産性が良くバラツキが小さくできる連続式が好ましく用いられる。また、サイジング剤付与時に、炭素繊維束を超音波で加振させることも好ましい態様である。
【0055】
ローラーを介してサイジング剤溶液に炭素繊維束を浸漬する方法に用いるサイジング剤溶液の濃度は、サイジング剤塗布炭素繊維束のサイジング剤の付着量が目的の値となるように制御すればよい。
【0056】
本発明におけるサイジング剤塗布炭素繊維束の製造方法においては、サイジング剤を炭素繊維束に塗布する工程を経た後に180~240℃で乾燥させる乾燥工程を有することが好ましい。
【0057】
本発明において、サイジング剤溶液を塗布した後、接触式乾燥手段によって、例えば、加熱したローラーに炭素繊維束を接触させることによりサイジング剤塗布炭素繊維束を得ることが好ましい。加熱したローラーに導入された炭素繊維束は、張力によって加熱したローラーに押し付けられ、急速に乾燥されるため加熱したローラーで拡幅された炭素繊維束の扁平な形態がサイジング剤によって固定されやすい。扁平な形態となった炭素繊維束は、単繊維間の接触面積が小さくなるため、開繊性が高くなりやすい。
【0058】
また、本発明において、予備乾燥工程として加熱したローラーを通過させた後、第2乾燥工程としてさらに熱処理を加えてもよい。該第2乾燥工程としての熱処理には、接触方式、非接触方式のいずれの加熱方式を採用してもよい。該熱処理を行うことでサイジング剤に残存している希釈溶媒を更に除去し、サイジング剤塗布炭素繊維束の摩擦特性などを安定化することができる。熱処理条件は、典型的には180~240℃の間に設定することが好ましく、前記した本発明のサイジング剤塗布炭素繊維束の各要件を満たすように適宜調整すればよい。一般的には熱処理温度を高めるほどウェットFF摩擦係数は低下傾向を示し、単糸固着は逆に増加傾向を示す。この一般的な関係を念頭に、適宜調整すればよい。熱処理は、マイクロ波照射および/または赤外線照射で行うことも可能である。
【0059】
本発明において、サイジング剤塗布炭素繊維束は熱可塑性樹脂(D)と複合化させることで、熱可塑性樹脂組成物とすることが好ましい。
【0060】
本発明における熱可塑性樹脂(D)としては、ポリケトン樹脂、ポリエーテルケトン樹脂、ポリエーテルニトリル樹脂、ポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリエーテルイミド樹脂、ポリサルホン樹脂、ポリエーテルサルホン樹脂、ポリアリーレンスルフィド樹脂、ポリエーテルエーテルケントン樹脂、ポリフェニレンエーテル樹脂、ポリオキシメチレン樹脂、ポリアミド樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリカーボネート樹脂、フッ素系樹脂、スチレン系樹脂およびポリオレフィン系樹脂からなる群から選択される少なくとも1種の熱可塑性樹脂が好ましい。
【0061】
本発明の熱可塑性樹脂組成物は、プリプレグまたはUDテープなどの成形材料の形態で好ましく使用することができる。
【0062】
次に、本発明の熱可塑性樹脂組成物を用いた成形体の製造方法について述べる。本発明の成形体の製造方法は、サイジング剤塗布炭素繊維束と熱可塑性樹脂(D)を用いて前記熱可塑性樹脂組成物を得るに際し、300℃以上に加熱する工程を有することが好ましい。成形工程で300℃以上に加熱して成形することにより、熱可塑性樹脂が繊維束内に十分浸透して含浸性が向上することで、熱可塑性樹脂組成物の物性も向上する。
【0063】
なお、本発明の熱可塑性樹脂組成物を成形してなる成形体の具体例としては、最終製品としての成形体に加え、成形体を製造するために用いられる成形材料(例えば、以下の例示されるペレット、スタンパブルシート、UDテープおよびプリプレグ等)を含む。
【0064】
本発明の成形体の具体例としては、例えば、ペレット、スタンパブルシート、UDテープおよびプリプレグ等の成形材料の他、パソコン、ディスプレイ、OA機器、携帯電話、携帯情報端末、ファクシミリ、コンパクトディスク、ポータブルMD、携帯用ラジオカセット、PDA(電子手帳等の携帯情報端末)、ビデオカメラ、デジタルスチルカメラ、光学機器、オーディオ、エアコン、照明機器、娯楽用品、玩具用品、その他家電製品等の電気、電子機器の筐体およびトレイやシャーシ等の内部部材やそのケース、機構部品、パネル等の建材用途、モーター部品、オルタネーターターミナル、オルタネーターコネクター、ICレギュレーター、ライトディヤー用ポテンショメーターベース、サスペンション部品、排気ガスバルブ等の各種バルブ、燃料関係、排気系または吸気系各種パイプ、エアーインテークノズルスノーケル、インテークマニホールド、各種アーム、各種フレーム、各種ヒンジ、各種軸受、燃料ポンプ、ガソリンタンク、CNGタンク、エンジン冷却水ジョイント、キャブレターメインボディー、キャブレタースペーサー、排気ガスセンサー、冷却水センサー、油温センサー、ブレーキパットウェアーセンサー、スロットルポジションセンサー、クランクシャフトポジションセンサー、エアーフローメーター、ブレーキバット磨耗センサー、エアコン用サーモスタットベース、暖房温風フローコントロールバルブ、ラジエーターモーター用ブラッシュホルダー、ウォーターポンプインペラー、タービンべイン、ワイパーモーター関係部品、ディストリビュター、スタータースィッチ、スターターリレー、トランスミッション用ワイヤーハーネス、ウィンドウオッシャーノズル、エアコンパネルスィッチ基板、燃料関係電磁気弁用コイル、ヒューズ用コネクター、バッテリートレイ、ATブラケット、ヘッドランプサポート、ペダルハウジング、ハンドル、ドアビーム、プロテクター、シャーシ、フレーム、アームレスト、ホーンターミナル、ステップモーターローター、ランプソケット、ランプリフレクター、ランプハウジング、ブレーキピストン、ノイズシールド、ラジエターサポート、スペアタイヤカバー、シートシェル、ソレノイドボビン、エンジンオイルフィルター、点火装置ケース、アンダーカバー、スカッフプレート、ピラートリム、プロペラシャフト、ホイール、フェンダー、フェイシャー、バンパー、バンパービーム、ボンネット、エアロパーツ、プラットフォーム、カウルルーバー、ルーフ、インストルメントパネル、スポイラーおよび各種モジュール等の自動車、二輪車関連部品、部材および外板やランディングギアポッド、ウィングレット、スポイラー、エッジ、ラダー、エレベーター、フェイリング、リブ等の航空機関連部品、部材および外板、風車の羽根等の成形部品が挙げられる。特に、航空機部材、風車の羽根、自動車外板および電子機器の筐体およびトレイやシャーシ等に好ましく用いられる。
【実施例】
【0065】
次に、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により制限されるものではない。
【0066】
<サイジング剤の付着量の測定方法>
2.0±0.5gのサイジング塗布炭素繊維束を秤量(W1)(単位:g、小数点第4位まで読み取り)した後、50ミリリットル/分の窒素気流中、450℃の温度に設定した電気炉(容量120cm3)に15分間放置し、サイジング剤を完全に熱分解させた。そして、20リットル/分の乾燥窒素気流中の容器に移し、15分間冷却した後の炭素繊維束を秤量(W2)(単位:g、小数点第4位まで読み取り)して、W1-W2により加熱減量ΔWを求めた。かかる加熱減量ΔWを、式(b)で示すように熱分解前のサイジング剤塗布炭素繊維束の質量W1で除して100分率で表し、サイジング剤の付着量とした。サイジング剤の付着量の測定は2回実施し、平均値を求め、小数点第3位を四捨五入したものを本発明におけるサイジング剤の付着量として用いた。
サイジング剤の付着量(質量%)=ΔW/W1×100 ・・・(b)。
【0067】
<ウェットF-F摩擦係数の測定方法>
直径が50mmのステンレスSUS304製のバーを地面と平行、かつ回転しないように固定し、その表面に評価対象のサイジング剤塗布炭素繊維束を巻き付けた。サイジング剤塗布炭素繊維束は、バーの表面を幅8cmにわたって隙間なくカバーするように巻き付けた。このとき、既に巻き付いた部分とそのとなりに新たに巻き付ける束同士が、それぞれの束の端同士が約1mmずつ重なるようにして巻き付けた。また、たるみを防止するため、巻き初めと巻き終わりはテープでバー表面に貼り付けて固定した。ついで、サイジング剤塗布炭素繊維束でカバーされた幅8cmの範囲の中心付近に、同じサイジング剤塗布炭素繊維束を、1.5周、すなわち接触角が3π(rad)になるように、両端が鉛直下向きになるように巻き付けた。このとき、自分自身と重ならないように、典型的には幅方向に3~5mmの間隔を空けて巻き付けた。この1.5周巻き付けられたサイジング剤塗布炭素繊維束を清浄な水5mLで均一に濡らした。このとき、スポイトを用いて、全周にわたってよく濡れるようにした。つぎに、1.5周巻き付けられたサイジング剤塗布炭素繊維束の片端に錘(T1=0.08g/tex)、もう一方の端部にばねばかりをとりつけた状態で、ばねばかりを鉛直下向きに1m/minの速度で引っ張り、1.5周巻き付けられたサイジング剤塗布炭素繊維束が動き出す際の力を読み取り、サイジング剤塗布炭素繊維束の繊度で除することにより、張力T2(g/tex)を求めた。水で濡らし始めてから測定完了まで10秒以内に完了するようにした。下記式から、ウェットF-F摩擦係数を算出した。測定は2回おこない、その平均値をウェットF-F摩擦係数とした。なお、測定ボビンは測定2時間以上前に測定雰囲気温湿度条件(測定条件:23±3℃/60±5%)に置いたものを使用した。
【0068】
ウェットF-F摩擦係数=ln(T2/T1)/θ
T2:炭素繊維束が動き出す際の張力
T1:錘質量(=0.25g/tex)
θ:接触角(=3πrad)。
【0069】
<固着数の測定方法>
以下に述べる水分散テストにより評価した。100gの水にアニオン系界面活性剤であるジオクチルスルホこはく酸ナトリウム(東京化成工業株式会社製)を0.05質量%となるように溶解し、分散媒とした。回転数200rpmのマグネティックスターラーにより攪拌しておいた分散媒に、長さ5mmに裁断した測定対象の炭素繊維束を投入した。30秒間攪拌したあと、直径110mmの定量ろ紙(グレード:5C、ADVANTEC社製)上に、内径95mmのセパラブルロートを用いてろ過した。ろ過はアスピレーターを用いた吸引ろ過とし、ろ過後のろ紙は風の当たらない場所に2時間静置して風乾した。かかるろ紙をラミネートフィルムで挟み、ラミネーターを通すことによりラミネート加工した。ラミネート加工されたろ紙の表面を以下に記載する条件にて顕微鏡観察し、16視野の画像を取得した。16視野の画像を、漏れや重複なく取得するために、ろ紙の表面に碁盤目状に予めマーカーで印を16個つけておき、かかる印が視野の中心付近になるように16視野の画像を取得した。本発明においては、単糸が複数本平行に集合し、かつ隙間無く接した状態であるために1本の太い繊維であるかのように見えるかたまりであって、太さが40μm以上であるものを固着と定義した。固着であるかどうかの判断に際しては、明らかに基準を超えるものは目視で判断し、太さが40μm近傍であるなど目視での判断が困難なものについては、画像処理ソフトを用いて直径を計測し、判断した。画像処理ソフトはオープンソースのソフトウェアである“imageJ(イメージ・ジェイ)”を用いて次のように行った。まず解析対象の画像を“imageJ”に読み込み、直径を計測したい単糸のかたまりの長軸を2等分する位置を通り、かつ長軸と直交する線分を引き、「Analyze」コマンドの「Plot profile」を選択することにより、線分に沿った輝度のプロファイルを取得した。かかるプロファイルの半値幅を読み取り、実寸に換算したものをかかる単糸のかたまりの「太さ」とし、これが40μm以上であれば固着と判断した。固着は、それぞれ太さが異なるが、本発明では特に区別しなかった。取得した16視野分の画像のそれぞれにおける固着数をカウントし、16視野分合計して、合計の固着数を得た。上記の操作を分散・ろ過から2回繰り返し、2回の固着数の平均値を本発明における固着数として採用した。
顕微鏡:Nikon SMZ1270
カメラ:Nikon DS-Vi1
モニタ:Nikon DS-L3
倍率:1倍
ゲイン:170
露光時間:100ms
画像モード:Full
ピクセル分解能:8μm/ピクセル
記録モード:1,600×1,200ピクセル(12.8mm×9.6mm)。
【0070】
<炭素繊維抽出物の吸光度の求め方>
本発明で規定するサイジング剤塗布炭素繊維抽出物の吸光度は下記の手順で求めた。炭素繊維束1.0質量部を切り出し、容積20cm3の蓋付きガラス容器に入れ、25℃のDMSO10.0質量部を加えた。発振周波数が40kHzの超音波照射下で15分間処理することでサイジング剤塗布炭素繊維束に付着したサイジング剤および表面酸化物を抽出した。炭素繊維から抽出した溶液を光路長1.0cmの石英セルに入れ、対照液をDMSOとして、紫外可視分光光度計を用いて200~900nmの吸光度を測定し、300nmおよび600nmの吸光度を記録した。
紫外可視分光光度計は、日本分光(株)製V-550を用いた。
【0071】
<炭素繊維束の水洗方法>
サイジング剤塗布炭素繊維束の水洗は下記の手順で行った。
図1に示される巻出工程11に設置したサイジング剤塗布炭素繊維束1aを水洗工程12中の水洗槽前フリーローラー15と水洗槽中フリーローラー16および水洗槽後フリーローラー17介して水洗槽18中の水1dに通過させ、その後同様の水洗槽前フリーローラー19と水洗槽中フリーローラー20および水洗槽後フリーローラー21を介して水洗槽22中の水1eに通過させ、その後に連続して乾燥工程13を通過させ水を乾燥させて巻取工程14で巻き取る。クリールからの解舒張力は800gとし、工程速度は2.4m/min速度とし、水温は25±5℃、水洗槽中フリーローラー径は150mm、サイジング剤塗布炭素繊維束と水洗槽中フリーローラーとの接触角はπradとする。また、1つの水洗槽での水中通過時間が25秒となるよう液面を調整し、2つの水洗槽で合計50秒とする。乾燥工程は非接触式乾燥であり、水洗後のサイジング剤塗布炭素繊維束1bを乾燥温度150℃で1分間乾燥させて水洗・乾燥後のサイジング剤塗布炭素繊維束1cを得た。
【0072】
<界面せん断強度(IFSS)の測定方法>
サイジング剤塗布炭素繊維束から単糸を抜き出し、厚み0.52mmの樹脂フィルムを上下に各1枚配置し、熱プレス装置にて、炭素繊維単糸を埋め込んだ厚み0.50mmの成形板を得た。熱プレスの設定温度は380℃、圧力は0.4~0.5MPaの条件で行った。この成形板からダンベル形状のIFSS測定用試験片を打ち抜き、打ち抜きにより生じた新たな断面からの破壊を避けるため、1200番のサンドペーパーで研磨して滑らかにした。ダンベル形状の試料の両端部を挟み、繊維軸方向(長手方向)に引張力を与え、2.0mm/分の速度で歪みを12%生じさせた。試験後の試験片を、380℃の温度に設定した熱板上に乗せて結晶を溶融させ、透明になったところで水に漬けてクエンチすることにより透明化させた。加熱により透明化させた試料内部の断片化された繊維長を顕微鏡で観察した。さらに平均破断繊維長laから臨界繊維長lcを、lc(μm)=(4/3)×la(μm)の式により計算した。ストランド引張強度σと炭素繊維単糸の直径dを測定し、炭素繊維と樹脂界面の接着強度の指標である界面せん断強度(IFSS)を、次式で算出した。樹脂フィルムは後述するD-1を用いた。
IFSS(MPa)=σ(MPa)×d(μm)/(2×lc)(μm)。
実施例では、測定数n=5の平均を試験結果とし、IFSS値に応じて、以下の4段階に分類した。
S:IFSSが38(MPa)以上
A:IFSSが36(MPa)以上、38(MPa)未満
B:IFSSが34(MPa)以上、36(MPa)未満
C:IFSSが34(MPa)未満。
【0073】
<プリプレグ化および樹脂含浸性の評価>
評価対象とする炭素繊維束をフィラメント数12,000本を1単位とし、幅方向に6単位並べてプリプレグ化に供した。プリプレグ化は、炭素繊維束をボビンから引き出し、空中を3m走行させ、水に熱可塑樹脂微粒子を分散させた水系スラリー槽を通過させることにより樹脂をピックアップさせ、表面温度120℃に設定した熱板に連続的に接触させることにより水分を揮発させ、雰囲気温度380℃に設定した溶融室を通過させた後、厚み約200μmに設定した幅30mmの加圧ダイの内部表面を擦過させながら引き取ることにより、樹脂含浸されたプリプレグを得た。水系スラリーは、水100質量部に対して熱可塑樹脂微粒子を2~4質量部、界面活性剤としてBrij(登録商標) S100(シグマ アルドリッチ製)を0.5質量部、それぞれ添加したものを、循環ポンプを用いて循環攪拌させたものとした。加圧ダイの設定温度は380℃とした。水系スラリー中の熱可塑樹脂微粒子の量は、最終的に得られたプリプレグの樹脂含有率が34質量%となるように微調整した。引き取り速度は0.5m/分とした。用いた熱可塑樹脂微粒子は、後述するD-2を平均粒径23μmの粉末としたものを用いた。得られたプリプレグの樹脂含浸性を官能評価した。具体的には幅約30mmのプリプレグを、炭素繊維の繊維軸が折れ曲がる方向(0度方向)かつ厚み方向に手で折り曲げ、曲げ破壊させた。曲げ破壊によって生じた端部を目視観察し、毛羽の出方に応じて以下の5段階に分類した。かかる曲げ評価は10回繰り返し、平均の評点を採用した。本発明においては、かかる評価が官能評価であることに鑑み、評点AAの基準を比較例9、評点Cの基準を比較例4、評点Dの基準を比較例5および比較例8とすることにより、評価者によるズレを予防した。
AA:毛羽がみられない
A:毛羽が僅かにみられるが、全て長さ1mm以下である
B:長さ1mmを超える毛羽が存在するが、Cと比較して僅かである
C:幅1mm未満で長さ1mmを超える毛羽が存在する
D:幅1mm以上の毛羽が存在する
樹脂微粒子は後述するD-2を用いた。
【0074】
<プリプレグの熱安定性評価>
以下に記載した測定条件で、作製したプリプレグ試験片の示差走査熱量測定(DSC測定)を行い、昇温-降温のサイクルを2回繰り返した。2サイクル目の降温過程での結晶化ピークのピークトップ温度をT1として記録した。また、熱可塑樹脂(D-2)を同様の測定方法でDSC測定をおこない、1サイクル目の降温過程での結晶化ピークのピークトップ温度(T0)を読み取ったところ、T0=275.0℃であった。T0-T1によりプリプレグに加工した際のピークトップ変化量を算出し、プリプレグ中の樹脂の熱安定性を評価した。なお、かかる測定は3回行い、平均値を求め、ピークトップの変化量に応じて、以下の4段階に分類した。
S:ピークトップの変化量が19.0℃未満
A:ピークトップの変化量が19.0℃以上、20.0℃未満
B:ピークトップの変化量が20.0℃以上、21.0℃未満
C:ピークトップの変化量が21.0℃以上
・DSC測定条件
試料量:10.0mg(±0.5mg)
測定雰囲気:窒素(純度99.999体積%以上)
測定条件:
1.50℃で1分間保持
2.50℃/分で50℃から380℃まで昇温
3.380℃で3分間保持
4.10℃/分で380℃から50℃まで降温
5.50℃で1分間保持
6.50℃/分で50℃から380℃まで昇温
7.380℃で30分間保持
8.10℃/分で380℃から50℃まで降温。
【0075】
各実施例および各比較例で用いた化合物および熱可塑性樹脂は下記の通りである。
【0076】
化合物(A)
A-1:ポリエチレンイミン
(Mw=1,300、粘度:6,800mPa・s)
(BASFジャパン(株)製 “Lupasol”(登録商標)G20Waterfree)
化合物(B)
B-1:ポリエチレングリコール
(Mw=600、SP値=21.7、末端数=2)
(三洋化成工業(株)製PEG600)
B-2:ポリエチレングリコールジグリセリルエーテル
(Mw=750、SP値=23.6、末端数=4)
(阪本薬品工業(株)製“SC-E750”)
B-3:ポリプロピレングリコール
(Mw=600、SP値=20.2、末端数=2)
(三洋化成工業(株)製“サンニックス”(登録商標)PP600)
B-4:ポリプロピレングリコールグリセリルエーテル
(Mw=400、SP値=23.7、末端数=3)
(三洋化成工業(株)製“サンニックス”(登録商標)GP400)
B-5:ポリプロピレングリコールグリセリルエーテル
(Mw=1000、SP値=20.2、末端数=3)
(三洋化成工業(株)製“サンニックス”(登録商標)GP1000)
B-6:ポリプロピレングリコールジグリセリルエーテル
(Mw=750、SP値=22.7、末端数=4)
(阪本薬品工業(株)製“SC-P750”)
B-7:ポリプロピレングリコールジグリセリルエーテル
(Mw=1000、SP値=21.2、末端数=4)
(阪本薬品工業(株)製“SC-P1000”)
B-8:ソルビトールポリプロピレングリコールエーテル
(Mw=750、SP値=23.8、末端数=6)
(三洋化成工業(株)製“サンニックス”(登録商標)SP750)
B-9:PEGモノオレイン酸エステル
(Mw=600、SP値=19.3、末端数=2)
(三洋化成工業(株)製“イオネット”(登録商標)MO600)
B-10:PEGジステアリン酸エステル
(Mw=4000、SP値=19.0、末端数=2)
(三洋化成工業(株)製“イオネット”(登録商標)DS4000)
熱可塑性樹脂
D-1:ポリフェニレンスルフィド
(ガラス転移温度89℃)
(ポリプラスチックス(株)製 “ジュラファイド”(登録商標)PPS W-540)
D-2:ポリエーテルケトンケトン
(アルケマ社製“KEPSTAN(登録商標)”7002)。
【0077】
(実施例1)
本実施例は、次の第1~5の工程からなる。
【0078】
・第1の工程:原料となる炭素繊維束を製造する工程
アクリロニトリル共重合体を紡糸し、焼成し、総フィラメント数12,000本、総繊度800テックス、ストランド引張強度5.1GPa、ストランド引張弾性率240GPaの炭素繊維束を得た。次いで、その炭素繊維束を、炭酸水素アンモニウム水溶液を電解液として、電気量を炭素繊維束1g当たり80クーロンで電解表面処理した。この電解表面処理を施された炭素繊維束を続いて水洗し、加熱空気中で乾燥し、原料となる炭素繊維束を得た。この工程の後で得られた炭素繊維束のO/Cは0.20、N/Cは0.09であった。
【0079】
・第2の工程:サイジング剤を炭素繊維束に付着させる工程
化合物(A)として(A-1)、化合物(B)として(B-1)を用い、(A-1)3質量部、(B-1)7質量部をそれぞれ秤量し、約1,540質量部の水に溶解することで、サイジング剤が均一に溶解した約0.65質量%の水溶液を得た。この水溶液をサイジング剤水溶液として用い、浸漬法によりサイジング剤を表面処理された炭素繊維束に塗布した後、予備乾燥工程としてホットローラーで120℃の温度で15秒間熱処理をし、続いて、第2乾燥工程として200℃の温度の加熱空気中で60秒間熱処理をして、サイジング剤塗布炭素繊維束を得た。サイジング剤の付着量は、表面処理されたサイジング剤塗布炭素繊維束全量100質量%に対して、0.35質量%となるように調整した。
評価結果を表1にまとめる。
【0080】
・第3の工程:サイジング剤塗布炭素繊維束を水洗する工程
第2の工程で得られたサイジング剤塗布炭素繊維束について、上記の<炭素繊維束の水洗方法>の欄に記載のとおり、サイジング剤塗布炭素繊維束を水洗し、50秒水洗後のサイジング剤塗布炭素繊維束を得た。得られた炭素繊維束をX線光電子分光法(XPS)により評価した。
【0081】
・第4の工程:サイジング剤塗布炭素繊維束を熱処理する工程
第2の工程で得られたサイジング剤塗布炭素繊維束を約2.0g用意し、50ミリリットル/分の窒素気流中、450℃の温度に設定した電気炉(容量120cm3)に5分間放置し、サイジング剤を熱分解させた。そして、20リットル/分の乾燥窒素気流中の容器に移し、15分間冷却した後の炭素繊維束をX線光電子分光法(XPS)により評価した。
【0082】
・第5の工程:プリプレグを作製する工程
第2の工程で得られたサイジング剤塗布炭素繊維束を用いて、上記の<プリプレグ化および樹脂含浸性の評価>に記載の方法でプリプレグを作製した。また、得られたプリプレグを用いて上記の<プリプレグの熱安定性評価>に記載の方法でプリプレグの熱安定性を評価した。
【0083】
【0084】
【0085】
(実施例2-10)
サイジング剤に用いる化合物(A)と(B)の種類と配合比、サイジング剤の付着量を表1に示す各値となるように変更し、実施例1と同様にしてサイジング剤塗布炭素繊維束を得、各種評価を行った。結果は表1にまとめた。
【0086】
(比較例1-9)
サイジング剤に用いる化合物(A)~(B)の種類と配合比、サイジング剤の付着量、乾燥温度を表2に示す各値となるように変更し、実施例1と同様にしてサイジング剤塗布炭素繊維束を得、各種評価を行った。結果は表2にまとめた。
【0087】
(比較例10)
サイジング剤を付着しないこと以外は、実施例1と同様にして炭素繊維束を得、各種評価を行った。結果は表2にまとめた。
【産業上の利用可能性】
【0088】
本発明によれば、本発明によれば、ポリフェニレンサルファイド、ポリアリルエーテルケトン、ポリエーテルスルホン、ポリアミドイミド等に代表される熱可塑性樹脂との接着性が高く、水系スラリー含浸プロセスにおける樹脂含浸性に優れ、プリプレグに加工したときに成形性や加工性を損ないにくいサイジング剤を塗布したサイジング剤塗布炭素繊維束を提供することができる。本発明を使用した熱可塑樹脂複合体は、軽量でありながら強度に優れることから、航空機部材、宇宙機部材、自動車部材、船舶部材、土木建築材およびスポーツ用品等の多くの分野に好適に用いることができる。
【符号の説明】
【0089】
11:巻出工程
12:水洗工程
13:乾燥工程
14:巻取工程
15:水洗槽前フリーローラー
16:水洗槽中フリーローラー
17:水洗槽後フリーローラー
18:水洗槽
19:水洗槽前フリーローラー
20:水洗槽中フリーローラー
21:水洗槽後フリーローラー
22:水洗槽
1a:サイジング剤塗布炭素繊維束
1b:水洗後のサイジング剤塗布炭素繊維束
1c:水洗・乾燥後のサイジング剤塗布炭素繊維束
1d:水
1e:水