(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-05-14
(45)【発行日】2025-05-22
(54)【発明の名称】養分供給量推定方法、養分供給体の利用方法、プログラム、および推定システム
(51)【国際特許分類】
A01C 21/00 20060101AFI20250515BHJP
【FI】
A01C21/00 Z
(21)【出願番号】P 2021144059
(22)【出願日】2021-09-03
【審査請求日】2024-05-20
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 ・刊行物名「日本土壌肥料科学雑誌、第91巻、第5号、第366~373頁」 発行日 2020年10月5日 ・ウェブサイトのアドレス https://www.jstage.jst.go.jp/article/dojo/91/5/91_910503/_article/-char/ja/ 掲載日 2020年10月10日
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】原 嘉隆
【審査官】大澤 元成
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-054395(JP,A)
【文献】特開2015-027296(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2020/0068797(US,A1)
【文献】特開2004-352727(JP,A)
【文献】国際公開第99/049863(WO,A1)
【文献】Yoshitaka Hara,Application of the Richards function to nitrogen release from coated urea at a constant temperature and relationships among the calculated parameters,Soil Science and Plant Nutrition,第46巻第3号,2000年,pp.683-691
【文献】石橋英二ら,堆肥等有機質資材からの窒素無機化率の推定における反応速度論的手法の新たな解析方法の提案,日本土壌肥料科学雑誌,第85巻,第4号,2014年08月,pp.362-368
【文献】杉原進ら,土壌中における有機態窒素無機化の反応速度論的解析法,農業環境技術研究所報告,第1号,1986年03月,pp.127-166
【文献】小林新ら,ガウス補正法による溶出モデル式の改良,日本土壌肥料学雑誌,第68巻第5号,日本,1997年,pp.487-492
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01C 21/00
A01G 7/00
G06Q 50/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
土壌、有機物および有機質肥料から選択される養分供給体から供給される養分であって、
無機態窒素である前記養分の量を推定する養分供給量推定方法であって、
養分供給量を推定するためのパラメータ群
を含む下記式(i)、又は当該式(i)を数学的に変換した式を参照して、任意の時点における前記養分供給量を推定する養分供給量推定工程を包含し、
n=N・[1+d・exp{exp(d+1)-1-k・t}]
-1/d
+n
i
式(i)
前記パラメータ群には、
基準となる時点における前記養分供給量を示す第1のパラメータ
n
i
と、
前記養分供給量の最大変化量を示す第2のパラメータ
Nと、
前記養分供給量の推移を表す式の形状を示す第3のパラメータ
dと、
前記養分供給量の変化における速度定数を示す第4のパラメータ
kと、
が含まれ
、
式(i)中、
nは前記養分供給量を示し、
tは前記基準となる時点からの経過時間を示す、
養分供給量推定方法。
【請求項2】
前記第4のパラメータ
kは、
基準となる温度における、前記養分供給量の変化における速度定数を示す第5のパラメータ
k
s
と、
当該速度定数の温度依存性を示す第6のパラメータ
Eと、
を含む下記式(ii)を参照して、算出され
、
k=k
s
・exp{E/R・(1/T
s
-1/T)} 式(ii)
式(ii)中、
Rは気体定数を示し、
T
s
は前記基準となる温度を示し、
Tは前記養分供給体の温度を示す、
請求項1に記載の養分供給量推定方法。
【請求項3】
前記養分供給量推定工程において、前記式(i)における前記養分供給量nに所望の養分供給量を入力することにより、任意の時点における前記養分供給量nの代わりに、前記所望の養分供給量に達するための時間tを推定する、請求項1または2に記載の養分供給量推定方法。
【請求項4】
(i)請求項1
または2に記載の養分供給量推定方法によって推定した養分供給量
n、ならびに、(ii)当該養分供給量
nの推定に用いた前記パラメータ群に含まれる少なくとも1つのパラメータ、の少なくとも一方を参照して養分供給体の状態を推定する工程を包含し、
前記養分供給体の状態は、前記養分供給量nの過不足、および前記養分の供給時期の遅速から選択される、
養分供給体の利用方法。
【請求項5】
前記推定する工程において、
前記パラメータ群に含まれる少なくとも1つのパラメータから算出される、前記養分供給体から植物に供給される養分の任意の養分供給量が得られるまでの時間を参照して、前記養分供給体の状態を推定する、請求項
4に記載の養分供給体の利用方法。
【請求項6】
請求項1~
3のいずれか1項に記載の養分供給量推定方法、または、請求項
4または5に記載の養分供給体の利用方法をコンピュータに実行させるためのプログラム。
【請求項7】
(i)請求項1
または2に記載の養分供給量推定方法によって推定した養分供給量
n、(ii)請求項
4または5に記載の養分供給体の利用方法によって推定した養分供給体の状態、ならびに、(iii)当該養分供給量
nの推定に用いた前記パラメータ群に含まれるパラメータの値のいずれか、のうちの少なくとも1つを、養分供給体と関連付けて記憶するデータベースと、
前記データベースに記憶されたデータを参照して、被験養分供給体の養分供給量
nを推定する推定装置と、
を備えた、推定システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、養分供給量推定方法、養分供給体の利用方法、プログラム、および推定システムに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、アプリケーションなどの営農支援サービスが数多く開発されている。営農支援サービスのうち、栽培支援サービスにおいて、土壌、有機物および肥料などの養分供給体から作物への養分供給量を把握することは、精密に肥料施用を行い、作物生育の予測および制御を行うスマート農業の推進のために重要であることが多い。これまで、養分供給体からの養分供給量を推定する技術が研究されてきた。
【0003】
このような技術として、例えば非特許文献1には、土壌に含まれる窒素の無機化および有機化が並行して進行するというモデルに基づき、2つの一次反応式の差を用いる解析方法が記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】石橋英二、藤原(芝)宏子、鷲尾建紀、大家理哉,「堆肥等有機質資材からの窒素無機化率の推定における反応速度論的手法の新たな解析方法の提案」,日本土壌肥料科学雑誌,第85巻,第4号,2014年,p.362-368
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
養分供給体からの養分供給量を推定するためのモデルを複雑化させパラメータの種類を増加させると、養分供給量の推定結果は実験的測定結果に良好に合致する一方で、パラメータの値を一定に定めることが難しい傾向がある。非特許文献1に記載の技術は、最大で7つのパラメータが設定されたモデルに基づくため、養分供給体それぞれのパラメータ設定に必要とするデータが多い。また、そのデータの取得に手間がかかるため、生産現場で多用するには至っていない。したがって、養分供給体からの養分供給量を簡易に推定する技術が求められている。
【0006】
本発明の一態様は、上記の問題に鑑みてなされたものであり、その目的は、養分供給体からの養分供給量を簡易に推定する養分供給量推定方法、およびその関連技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一態様に係る養分供給量推定方法は、養分供給体から供給される養分であって、植物が利用できる形態である養分の量を推定する養分供給量推定方法であって、養分供給量を推定するためのパラメータ群を参照して、任意の時点における前記養分供給量を推定する養分供給量推定工程を包含し、前記パラメータ群には、基準となる時点における前記養分供給量を示す第1のパラメータと、前記養分供給量の最大変化量を示す第2のパラメータと、前記養分供給量の推移を表す式の形状を表す第3のパラメータと、前記養分供給量の変化における速度定数を示す第4のパラメータと、が含まれる。
【0008】
本発明の一態様に係る養分供給体の利用方法は、(i)本発明の一態様に係る養分供給量推定方法によって推定した養分供給量、ならびに、(ii)当該養分供給量の推定に用いた前記パラメータ群に含まれる少なくとも1つのパラメータ、の少なくとも一方を参照して養分供給体の状態を推定する工程を包含する。
【0009】
本発明の一態様に係るプログラムは、本発明の一態様に係る養分供給量推定方法、または、本発明の一態様に係る養分供給体の利用方法をコンピュータに実行させるためのプログラムである。
【0010】
本発明の一態様に係る推定システムは、(i)本発明の一態様に係る養分供給量推定方法によって推定した養分供給量、(ii)本発明の一態様に係る養分供給体の利用方法によって推定した養分供給体の状態、ならびに、(iii)当該養分供給量の推定に用いた前記パラメータ群に含まれるパラメータの値のいずれか、のうちの少なくとも1つを、養分供給体と関連付けて記憶するデータベースと、前記データベースに記憶されたデータを参照して、被験養分供給体の養分供給量を推定する推定装置と、を備える。
【発明の効果】
【0011】
本発明の一態様によれば、養分供給体からの養分供給量を簡易に推定する養分供給量推定方法、およびその関連技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】実施例の無機態窒素量の推定結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明者らは、養分供給体の状態を参照して設定された特定のパラメータを用いることで、任意の時点における養分供給量を容易に推定することができることを見出した。また、本発明者らは鋭意研究を重ね、特定のパラメータそれぞれは、当該養分供給体の状態に強く関連しており、一の養分供給体の状態と他の養分供給体の状態との間の類似性を参照することによって、他の養分供給体におけるパラメータを推定することができることをさらに見出し、本発明を完成させた。
【0014】
〔養分供給量推定方法〕
本発明の一実施形態に係る養分供給量推定方法は、養分供給体から供給される養分であって、植物が利用できる形態である養分の量を推定する養分供給量推定方法であって、養分供給量を推定するためのパラメータ群を参照して、任意の時点における前記養分供給量を推定する養分供給量推定工程を包含し、前記パラメータ群には、基準となる時点における前記養分供給量を示す第1のパラメータと、前記養分供給量の最大変化量を示す第2のパラメータと、前記養分供給量の推移を表す式の形状を表す第3のパラメータと、前記養分供給量の変化における速度定数を示す第4のパラメータと、が含まれる。
【0015】
〔養分〕
本明細書中で使用される場合、用語「養分」とは、根を介して植物に吸収され、植物の生育に対して有益な作用を与え得る成分、もしくは当該成分の前駆体、またはそれらの組み合わせを意味する。養分の例には、窒素、カリウム、カルシウム、マグネシウム、リン、硫黄、塩素、鉄、ホウ素、マンガン、亜鉛、銅、ニッケルおよびモリブデン、ならびにこれらの任意の組み合わせが含まれるが、これらに限定されない。また、養分は、1種類単独であってもよく、2種類以上の任意の組み合わせであってもよい。推定の対象である養分は、所望の種類が適宜に選択され得る。
【0016】
本発明の一実施形態において、その量を推定する対象となる養分は、植物が利用できる形態である。植物が利用できる形態とは、当該植物が根を介して吸収できる形態を意味する。なお、植物の根域外の、植物が即座に吸収できない領域に存在する養分であっても、当該養分に植物の根が近づいた場合に植物が吸収できる場合には、当該養分も、推定の対象となる養分である。植物が利用できる形態の例には:アンモニウム態窒素および硝酸態窒素などの無機態の交換性窒素、ならびにアミノ酸態などの小分子量の一部の有機態窒素などの窒素;カリウムイオンを含む交換性カリウムなどのカリウム;リン酸イオンを含む可溶性リンなどの可給態リンなどのリンが含まれる。
【0017】
〔養分供給体〕
本発明の一実施形態において、その量を推定する対象となる養分は、養分供給体から供給される。本明細書中で使用される場合、用語「養分供給体」とは、主に植物へ、養分を供給する主体となり得る物体を意味する。養分供給体が植物へ養分を供給することは、当該養分供給体が含有する成分が、溶出などの物理的変化、ならびに、他の物質、微生物または熱によって媒介される分解または合成などの化学的変化に適宜に供された後、植物が利用できる形態になることによって、達成され得る。
【0018】
なお、養分供給体が供給する「養分」には、植物が利用できる形態である「養分」、および植物が利用できる形態になり得る「養分」の両方が含まれる。すなわち、養分供給体が供給する養分の形態は、(i)植物が利用できる形態そのものであってもよいし、(ii)そのままでは植物が利用できないが、分解などの状態変化によって植物が利用できる形態へと変換される形態であってもよい。
【0019】
養分供給体の例には、土壌、有機物、肥料および根域担体、ならびにこれらの任意の組み合わせが含まれる。養分供給体は、固体であってもよいし、液体であってもよい。
【0020】
土壌の具体例には:岩、礫、砂、シルトおよび粘土などの鉱物;土および泥;土に含まれる有機物、すなわち土壌有機物;土に含まれる有機物と無機物との複合体、すなわち有機無機複合体;が含まれるが、これらに限定されない。
【0021】
有機物の具体例には、糞、動物残渣、植物残渣およびこれらの堆肥が含まれるが、これらに限定されない。
【0022】
肥料の具体例には:成分を基準に分類すると、無機質肥料および有機質肥料;供給する養分を基準に分類すると、窒素肥料、カリ肥料、リン酸肥料、マグネシウム肥料、カルシウム肥料;養分を供給する速さを基準に分類すると、速効性肥料および緩効性肥料;が含まれるが、これらに限定されない(ただし、被覆尿素肥料を除く)。
【0023】
根域担体とは、植物の根域を担持する物体を意味する。根域担体の具体的な例には、スポンジ、ロックウール、ヤシガラ、および水が含まれるが、これらに限定されない。
【0024】
本明細書中で使用される場合、用語「養分供給量」とは、養分供給体から供給される養分の量を意味する。当該量は、経時的積算量、経時的差分量または微分量であり得るが、これらに限定されない。当該量は、適宜に所望の種類が選択され得る。また、選択された種類に応じて、後述する数学的処理は、変形され得る。このような変形は、当業者には公知である。以下では、非限定的な例として、経時的積算量が養分供給量として選択された場合について説明する。
【0025】
本発明の一実施形態に係る養分供給量推定方法は、後述するパラメータ群を定数として含む式に対して、時間の値を変数として入力し、任意に温度の値を変数としてさらに入力することによって、養分供給量を数学的に推定する方法であり得る。パラメータ群に含まれるパラメータの種類は、少なく、最小で4つである。さらに、複数のパラメータはそれぞれ独立して、養分供給体が有する特性のうち1つ以上に関連する。したがって、複数のパラメータのうち1つが変化したときに、他のパラメータが変化することによって最終的に算出される推定値が維持されるという現象、すなわち異なるパラメータ間の干渉、が本発明の一実施形態においては防がれる、または減じられる。ゆえに、本発明の一実施形態において、各パラメータを独立して取り扱うことが可能である。具体的には、複数の養分供給体の状態の間の類似性を参照することによって、各パラメータを独立して推定することができる。そのため、すべての養分供給体において実験的方法により各パラメータを設定することが難しい場合であっても、推定により各パラメータを設定でき、次いでは養分供給量を推定できる。
【0026】
なお、本明細書中で単に「パラメータ」と記載される場合、特に明示しない限り、当該記載は「パラメータ」、「パラメータの値」および「パラメータの値を表す情報」のうち少なくとも1つを意味する。
【0027】
以下に、本発明の一実施形態に係る養分供給量推定方法において参照されるパラメータ群に含まれる各パラメータの非限定的な特性を説明する。なお、説明を簡潔にするため、「養分供給量」を「供給量」と略記することがある。同様に、「養分供給体」を「供給体」と略記することがある。
【0028】
〔第1のパラメータ〕
第1のパラメータniは、基準となる時点における養分供給量を示す。本発明の一実施形態において、基準となる時点は、適宜に選択され得る。基準となる時点の例には、肥料を施用する時点、および当該時点から特定期間の前または後、が含まれるが、これらに限定されない。
【0029】
一例として、第1のパラメータniは、供給体および植物の少なくとも一方の収集およびこれらが含有する成分の化学的分析を伴う実験的方法を用いて、設定され得る。供給体の複数が種類である場合には、種類ごとに成分の化学的分析を行ってもよい。実験的方法は、当技術分野で公知の方法であってよい。実験的方法の例には、無機態窒素量、またはアンモニウム態窒素量を測定することができる方法が含まれるが、これらに限定されない。他の例として、第1のパラメータniを、過去の知見に基づく養分供給体の種類毎の代表値(平均値など)を用いて設定することもできる。また、肥料を施用する場合、第1のパラメータniは、投与される肥料中の養分の量とみなせる場合がある。
【0030】
〔第2のパラメータ〕
第2のパラメータNは、養分供給量の最大変化量を示す。最大変化量とは、基準となる時点から十分に時間が経過した時点における供給量と、基準となる時点における供給量との間の差を意味する。一般的に、化学反応ならびに物理的状態の変化によって、供給量は変化し得る。しかしながら、外的要因による、成分の添加および減少ならびに場の状態の変化が無い場合には、十分に時間が経過した時点で供給量は定常状態に達し得る。したがって、第2のパラメータNは、基準となる時点から定常状態に達する時点までの供給量の変化量に相当し得る。
【0031】
一例として、第2のパラメータNは、当技術分野で公知の実験的方法を用いて、供給体が含有する成分の種類および量を決定することによって、設定され得る。別の一例として、第2のパラメータNは、施用される供給体の量を参照することによって、設定され得る。
【0032】
〔第3のパラメータ〕
第3のパラメータdは、養分供給量の推移を表す式の形状を示す。本発明の一実施形態において、供給量の推定に用いられる式は、時間の値を変数として供給量の推移を表す。本発明の一実施形態において、この式の形状は特定の1種類に限定されず、複数の種類の数学的式の特性を合わせて有し得る。第3のパラメータdは、式の形状の決定に関連するものである。典型的な一例として、式の形状は、積分形一次反応速度式、シグモイド式、またはこれらの変形によって得られる式である。なお、変形の様式の例には、積分形一次反応速度式およびシグモイド式の間を内挿する式となること、またはこれらを外挿する式となることの両方が含まれる。なお、これら2つの式の間を内挿する式となることとは、数式に含まれる少なくとも1つのパラメータが所定の値をとることによって、数式の形状がこれら2つの式の形状それぞれに近似する場合に、これら2つの式の形状それぞれに対応する2つの所定の値の間に含まれる値に当該パラメータを設定できることを指す。また、これら2つの式を外挿する式となることとは、数式に含まれるパラメータの少なくとも1つが所定の値をとることによって、数式の形状がこれら2つの式の形状それぞれに近似する場合に、これら2つの式の形状それぞれに対応する2つの所定の値の間に含まれない値に当該パラメータを設定できることを指す。第3のパラメータdは、変形の様式および程度を決定し得る。
【0033】
本発明の一実施形態において、供給量を数学的に推定するために用いられる式は、積分形一次反応速度式、シグモイド式、またはこれらの変形によって得られる式である。用いられる式の違いは、供給体が養分を供給する反応(溶出および分解など)の反応系の複雑さに起因すると考えられる。例えば、供給体の種類は、1種類に限られず、2種類以上であることがある。一般的に、供給体の種類が少ないほど反応系がより単純になり、反応の反応速度式は、一次反応速度式により近似していく。このため、供給量の推移を表す式は、時間の値を変数とする積分形一次反応速度式に対して、より高い類似性を示すようになる。逆に、供給体の種類が多いほど反応系がより複雑になり、反応の反応速度式は、高次反応速度式により近似していく。このため、供給量の推移を表す式は、時間の値を変数とするシグモイド式に対して、より高い類似性を示すようになる。
【0034】
本発明の一実施形態において、供給量を数学的に推定するために用いられる式が第3のパラメータdを含むことにより、当該式に対して反応系の複雑さが反映される。このため、当該式が用いられることにより、供給体の種類および組み合わせによらず、本発明の一実施形態に係る養分供給量推定方法は、包括的で多種多様な種類の養分および供給体を対象として、供給量を推定することができる。
【0035】
〔第4のパラメータ〕
第4のパラメータkは、養分供給量の変化における速度定数を示す。供給量の変化における速度定数とは、供給体が養分を供給する反応の速度定数を意味する。典型的には、供給体が養分を供給する反応が速いほど、第4のパラメータkは大きくなり得る。
【0036】
第4のパラメータkは、供給体の温度に依存して変化するパラメータであり得る。供給体温度が変化し得る場合には、第4のパラメータkは、第5のパラメータksと、第6のパラメータEとを参照して、算出されてもよい。このようにして、第4のパラメータkが算出されることにより、本発明の一実施形態に係る養分供給量推定方法は、温度変化に応じて、養分供給量を推定することができる。
【0037】
すなわち、本発明の一実施形態に係る養分供給量推定方法において、第4のパラメータkは、基準となる温度における、養分供給量の変化における速度定数を示す第5のパラメータksと、当該速度定数の温度依存性を示す第6のパラメータEと、を参照して、算出されてもよい。
【0038】
本発明の一実施形態において、供給体の温度は、適宜に設定することができ、推定が行われる時点を含む期間において可変であってもよい。供給体の温度は、好ましくは5℃~40℃である。このように、温度域により低温の領域まで含めることで、後述する第6のパラメータEが供給体の状態をより強く示すようになるため、第6のパラメータEを推定することが容易になることに加え、供給量の推定精度が向上する。
【0039】
〔第5のパラメータ〕
第5のパラメータksは、基準となる温度における、養分供給量の変化における速度定数を示す。本発明の一実施形態において、基準となる温度は、適宜に選択され得る。基準となる温度は、これらに限定されないが、5℃、10℃、15℃、20℃、25℃、30℃、または40℃であり得る。
【0040】
〔第6のパラメータ〕
第6のパラメータEは、速度定数の温度依存性を示す。本発明の一実施形態において、第6のパラメータEは、供給体が養分を供給する反応の反応系のうち律速反応の活性化エネルギーに対応する値と考えられる。供給体の種類が多い場合、または供給体が養分を供給する反応が多段階反応である場合、反応系は複雑さを増す。しかしながら、当該反応系のうち、全体としての反応速度は律速反応の反応速度が支配的であるため、全体としての反応速度の温度依存性は律速反応の温度依存性、すなわち律速反応の活性化エネルギーが支配的であると考えられる。
【0041】
〔代替パラメータ〕
本発明の一実施形態において、パラメータ群に含まれるパラメータは、上述の第1、第2、第3、第4のパラメータ、追加の第5、第6のパラメータのセットに限定されない。パラメータ群には、上述のパラメータのうち少なくとも1つのパラメータを数学的変換式で変換して得られるパラメータが、前記少なくとも1つのパラメータの代替として、含まれてもよい。
【0042】
すなわち、パラメータ群には、パラメータ群に含まれる少なくとも1つのパラメータを数学的変換式で変換したパラメータが、パラメータ群に含まれる少なくとも1つのパラメータの代替として含まれてもよい。本発明の一実施形態に係る養分供給量推定方法を実施するユーザは、数学的変換式を適宜に選択することにより、得られる代替パラメータが示す特性を適宜に変換または追加することができる。これにより、ユーザは、供給体の状態および特性の概要を容易に理解できる、または直感的に知覚できるようになる。これにより、例えば供給体に関する情報の発信側と利用者側との間において、供給体の特徴を表す情報の伝達が容易であり、このような情報を供給体の流通上の指標とすることができる。このような代替パラメータを得るための数学的変換式の例は、後述する。
【0043】
以下に、本発明の一実施形態に係る養分供給量推定方法が包含し得る各工程の非限定的な構成を説明する。
【0044】
〔パラメータ設定工程〕
本発明の一実施形態に係る養分供給量推定方法は、後述する養分供給量推定工程の前に、パラメータ設定工程をさらに包含してもよい。パラメータ設定工程は、パラメータ群に含まれる少なくとも1つのパラメータを設定する工程であり得る。
【0045】
少なくとも1つのパラメータを設定する方法の例には:(i)ユーザが測定した供給量を参照して、パラメータを設定する方法;および(ii)任意のデータベースに記憶されたパラメータをユーザが参照して、パラメータを設定する方法;が含まれるが、これらに限定されない。パラメータのそれぞれは、同一の方法によって設定されてもよいし、別々の方法によって設定されてもよい。
【0046】
パラメータを設定する方法のうち、(i)ユーザが、測定した供給量を参照して、パラメータを設定する方法について、説明する。以下、この方法を「方法(i)」と略記することがある。
【0047】
方法(i)は、供給体の収集および当該供給体が含有する成分の分析によって供給量を測定する、実験的方法であり得る。収集および分析は、当技術分野で公知の方法から適宜に選択され得る。
【0048】
方法(i)において、測定された供給量を、パラメータ群を定数として含む式に対して入力して、パラメータをフィッティングすることによって、パラメータを設定することができる。フィッティングは、当技術分野で公知の方法で、達成され得る。フィッティングにおいて、パラメータ群に含まれるパラメータがいずれも未知である場合には、これらのパラメータすべてをフィッティングしてもよい。また、フィッティングにおいて、パラメータ群に含まれるパラメータのうちいずれか1つ以上が既知である場合には、既知であるパラメータの値を固定して、未知である残りのパラメータのみをフィッティングしてもよい。
【0049】
なお、フィッティングの条件は、当業者に公知の条件を設定することができる。例えば、フィッティング結果が発散する、または複数存在するもしくは存在しない場合には、パラメータのいずれかの初期値を所定の定数、例えば0または1として、フィッティングを行ってもよい。
【0050】
パラメータを設定する方法のうち、(ii)任意のデータベースに記憶されたパラメータをユーザが参照して、パラメータを設定する方法について、説明する。以下、この方法を「方法(ii)」と略記することがある。
【0051】
方法(ii)は、任意のデータベースに記憶されたパラメータをユーザが選択し、そのまま、または適宜に数学的変換を行い、パラメータを設定する方法であり得る。データベースの例には、コンピュータ読み取り可能な記憶媒体、およびインターネットなどの一般に閲覧可能な媒体が含まれる。
【0052】
代替的には、方法(ii)においては、記憶されたパラメータを選択するための情報がユーザにより入力され、次いで、入力された情報に基づいて自動的に選択されたパラメータが、パラメータとして設定されてもよい。一例として、ユーザは記憶されたパラメータを選択するための情報として、場の状態に関する情報を入力し、次いで、入力された情報を参照して、対応するパラメータが自動的に呼び出されてもよい。
【0053】
〔パラメータ推定工程〕
パラメータは、上述したように設定する方法の他にも、下記に示すように、推定してもよい。すなわち、本発明の一実施形態に係る養分供給量推定方法は、養分供給量推定工程の前に、一の養分供給体の状態と他の養分供給体の少なくとも1つの状態との間の類似性、および、前記一の養分供給体における前記パラメータ群に含まれる少なくとも1つのパラメータを参照して、他の養分供給体の少なくとも1つにおける前記パラメータ群に含まれる少なくとも1つのパラメータを推定するパラメータ推定工程をさらに包含してもよい。
【0054】
パラメータ群に含まれるパラメータそれぞれは、養分供給体の状態に強く関連している。したがって、他の養分供給体が養分供給量推定方法の対象である場合、一の養分供給体の状態および対象である他の養分供給体の状態との間の類似性、および、一の養分供給体において設定された既知であるパラメータを参照することにより、実験的方法を伴わなくとも、推定により他の養分供給体におけるパラメータを設定することができる。
【0055】
パラメータ推定工程において、参照に用いられる養分供給体は、合計3つ以上であってもよい。例えば、パラメータが既知である2つ以上の養分供給体と、パラメータが未知である1つの養分供給体と、を参照に用いて、未知であるパラメータを推定してもよい。
【0056】
パラメータ推定工程において、ユーザは、任意の方法を用いて、一の養分供給体において設定された既知であるパラメータを取得することができる。一例として、ユーザは、コンピュータ読み取り可能な記憶媒体に記憶されるか、またはインターネットなどの一般に閲覧可能な媒体に記載された、既知であるパラメータを取得することができる。
【0057】
パラメータ推定工程において、参照される養分供給体の状態の例には:養分供給体の種類;養分供給体が含有する成分、および量または含有率;養分供給体が含まれる場が含む、養分供給体以外の成分;当該場の土壌の種類;当該場の水分条件;当該場に存在する微生物の活性が含まれる。ユーザは、当技術分野で公知の方法を用いて、一の養分供給体の状態、および他の養分供給体の状態に関する情報を取得してよい。一例として、過去の知見に基づいて、類似する養分供給体の種類毎の代表値(平均値など)を、第1のパラメータniとして設定することができる。
【0058】
パラメータ推定工程において、パラメータの推定は、一の養分供給体の状態と他の養分供給体の少なくとも1つの状態との間の類似性が高いほどパラメータの類似性も高い、という仮定に基づき、行われ得る。一例として、養分供給体の種類に関して一の養分供給体の状態と他の養分供給体とを比較し、類似性が高い場合には、他の養分供給体のパラメータのうち第6のパラメータEおよび第3のパラメータdのうち少なくとも1つを一の養分供給体において設定された既知であるパラメータと類似する値に設定することができる。
【0059】
パラメータ推定工程において、推定され得るパラメータは、第1~第6のパラメータに限定されない。例えば、上述の代替パラメータが推定されてもよい。すなわち、パラメータ推定工程においては、一の養分供給体におけるパラメータ群に含まれる代替パラメータを参照して、他の養分供給体の少なくとも1つにおけるパラメータ群に含まれる代替パラメータを推定してもよい。
【0060】
〔取得工程〕
本発明の一実施形態に係る養分供給量推定方法は、養分供給量推定工程の前に、取得工程をさらに包含してもよい。取得工程は、パラメータを定数として含む式に対して変数として入力される値を取得する工程であり得る。
【0061】
変数として入力される値は、ユーザが所望する任意の時点を示す時間の値を含み、任意に供給体温度の値をさらに含む。
【0062】
〔養分供給量推定工程〕
本発明の一実施形態に係る養分供給量推定方法は、養分供給量を推定するためのパラメータ群を参照して、任意の時点における養分供給量を推定する養分供給量推定工程を包含する。
【0063】
本発明の一実施形態において、パラメータ群を参照することは、パラメータ群を定数として含む式を用いることにより、達成され得る。当該式は、ユーザが所望する任意の時点を示す時間の値を変数として含み、当該変数が入力されることにより、所望される任意の時点における、推定される供給量を出力し得る。
【0064】
養分供給量推定工程において用いられる式は、上述したパラメータ群に含まれるパラメータが示す供給体の状態を考慮して、ユーザが適宜に設定することができる。一例として、用いられる式は、第1のパラメータniを切片とする式であり、第2のパラメータNに対して、第3のパラメータd、第4のパラメータk、および変数tを含む式によって算出される値を乗算することにより得られる値が前記切片に加算される式であり得る。本発明の一実施形態において用いられる式の非限定的な例である式(i)を以下に示す。
【0065】
n=N・[1+d・exp{exp(d+1)-1-k・t}]-1/d+ni 式(i)
式(i)中、n(単位:mg/100mg 養分供給体)は、時間t(単位:day)において養分供給体100mgから供給される養分供給量(単位:mg)を示す。ni(単位:mg/100mg 養分供給体)は第1のパラメータであり、t=0において養分供給体100mgから供給される養分供給量を示す。N(単位:mg/100g)は第2のパラメータである。d(単位:-)は第3のパラメータである。k(単位:day-1)は第4のパラメータである。
【0066】
式(i)は、第1のパラメータniを切片とする式であり、第2のパラメータNに対して、第3のパラメータd、第4のパラメータk、および変数tを含む項(iA)によって算出される値を乗算することにより得られる値が前記切片に加算され、nが算出される式である。
【0067】
[1+d・exp{exp(d+1)-1-k・t}]-1/d 項(iA)
【0068】
式(i)は、積分形一次反応速度式、シグモイド式、またはこれらの変形によって得られる式であり、選択される式および変形の程度は、dの値に依存する。
【0069】
一例として、式(i)において、第3のパラメータdがd=-1を満たす場合、nによって表される供給量の推移は変数tを含む積分形一次反応速度式である。このとき、供給体の種類が少なく、供給体が養分を供給する反応の反応系が単純であることが推察される。別の一例として、式(i)において、第3のパラメータdがd=1を満たす場合、nによって表される供給量の推移は変数tを含むロジスティック式(シグモイド式の特殊形)である。このとき、供給体の種類が多く、供給体が養分を供給する反応の反応系が複雑であることが推察される。
【0070】
別の一例として、式(i)において、第3のパラメータdが-1<d<1を満たす場合、第3のパラメータdが小さいほど、積分形一次反応速度式に対する供給量の推移の類似性が高くなり、反応系が単純であることが推察される。また、第3のパラメータdが大きいほど、ロジスティック式に対する供給量の推移の類似性が高くなり、反応系が複雑であることが推察される。
【0071】
なお、式(i)において、第3のパラメータdがとり得る値の範囲は、-1≦d≦1の範囲に限定されず、d<-1、1<dの範囲であってもよい。反応系の複雑さの観点からは、反応系を構成する反応それぞれに対して第1、2、4、5および6のパラメータが設定されることが従来一般的である。しかしながら、本発明の一態様によれば、第3のパラメータdがとり得る値の範囲が広い、具体的にはd<-1、1<dの範囲も取り得ることにより、複雑な反応系を少ない種類のパラメータを用いて簡易に取り扱うことができる。
【0072】
また、d=0の場合は、式(i)の項(iA)の値は数学的には計算できない。しかしながら、dを正または負の値から0に近づけた極限において項(iA)の値が一致するため、d=0の場合の項(iA)の値は、その極限における値と等しいものとして扱ってもよい。また、項(iA)の下記底(iB)が負の値である場合、項(iA)の値は実数でないことがある。この場合には、底(iB)の値を0として扱い、項(iA)を含む式(i)を計算するか、または、底(iB)の値に、まず-1を掛けてから正の値としてから項(iA)の値を算出し、次いで、項(iA)値に-1を掛けて、式(i)を計算してもよい。
【0073】
[1+d・exp{exp(d+1)-1-k・t}] 底(iB)
【0074】
本発明の一実施形態において、第4のパラメータkは、第5のパラメータksと、第6のパラメータEとを参照して、算出されてもよい。このようにして、第4のパラメータkが算出されることにより、本発明の一実施形態に係る養分供給量推定方法は、温度変化に応じて、供給量を推定することができる。第5のパラメータksと、第6のパラメータEとを参照することは、これらのパラメータを定数として含む式を用いることにより、達成され得る。当該式は、供給体温度を示す値を変数として含み、当該変数が入力されることにより、入力された供給体温度における、第4のパラメータkを出力し得る。本発明の一実施形態において第4のパラメータkを算出するために用いられる式の非限定的なアレニウス式を利用した例を下記式(ii)に示す。
【0075】
k=ks・exp{E/R・(1/Ts-1/T)} 式(ii)
式(ii)中、ks(単位:day-1)は第5のパラメータであり、基準となる温度25℃における、供給量の変化における速度定数を示す。E(単位:kJ・mol-1)は第6のパラメータである。R(8.31kJ・mol-1・K(絶対温度))は気体定数を示す。Ts(単位:K(絶対温度))は、基準となる温度25℃に対応する絶対温度を示す。T(単位:K(絶対温度))は、供給体温度を示す。
【0076】
なお、養分供給量推定工程においては、パラメータ群に含まれるパラメータのうち少なくとも1つの代わりに、代替パラメータを参照して、供給量を推定してもよい。ここで、代替パラメータは、パラメータ群に含まれる少なくとも1つのパラメータを数学的変換式で変換したパラメータである。
【0077】
代替パラメータを得るための数学的変換の例として、温度が基準となる温度25℃の条件、すなわちk=ksの条件の例を挙げる。このとき、式(i)に対して、n=0.25N+niを入力すると、下記式(iii)が得られる。
【0078】
0.25N+ni=N・[1+d・exp{exp(d+1)-1-ks・t25%}]-1/d+ni 式(iii)
【0079】
式(iii)は、第3のパラメータdおよび第5のパラメータksから、代替パラメータt25%を得るための変換式である。代替パラメータt25%は、供給量の最大変化量に対する供給量の変化量の割合が25%に達する時間を示す。したがって、ユーザは、代替パラメータt25%を参照することにより、供給体から供給される養分が最大変化量の25%に達する時間を容易に理解することができる。
【0080】
同様にして、式(i)に対して、n=0.5N+ni、n=0.75N+niをそれぞれ入力すると、供給体から供給される養分が最大変化量の50%、75%に達する時間を示す代替パラメータt50%、t75%が得られる。ユーザはt25%、t50%、およびt75%をそれぞれ得ることにより、供給体から供給される養分が最大変化量の25%、50%、および75%に達する時間を理解でき、植物への養分供給の特徴を容易に理解することができる。
【0081】
さらに、t25%、t50%、t75%のうち少なくとも2つを用いた数学的変換を行うことにより、第3のパラメータdおよび第5のパラメータksが算出され得る。すなわち、ユーザの理解を促進する代替パラメータは、養分供給量推定工程において用いられる式に含まれるパラメータとしても、機能し得る。
【0082】
代替パラメータは、上記の例に限定されず、任意の数学的変換によって設定される。別の例として、t25%、t50%、およびt75%から、中央値(t50%)および四分位偏差{(t75%-t25%)/2}を算出できる。これらを用いれば、ユーザは、中央値±四分位偏差の期間に半分の養分が供給されることを理解でき、大まかな養分の供給時期を理解できる。これら2つのパラメータからも、可逆的に、第3のパラメータdおよび第5のパラメータksを算出することができる。
【0083】
〔養分供給体の利用方法〕
本発明の一態様は、養分供給体の利用方法に関する。本発明の一実施形態に係る養分供給体の利用方法は、(i)本発明の一実施形態に係る養分供給量推定方法によって推定した養分供給量、ならびに、(ii)当該養分供給量の推定に用いたパラメータ群に含まれる少なくとも1つのパラメータ、の少なくとも一方を参照して養分供給体の状態を推定する工程を包含する。
【0084】
本発明の一実施形態に係る養分供給体の利用方法においては、上述した供給量およびパラメータの少なくとも一方を参照することにより、供給体の状態を推定することができる。ここで、供給体の状態の例には、限定するものではないが、供給量の過不足、および供給時期の遅速が含まれる。したがって、本発明の一実施形態に係る養分供給体の利用方法によれば、ユーザは、推定された供給体の状態に基づいて、最適な供給体の選択、ならびに、供給体の施用量、施用時期および施用期間等の設定が可能である。一例として、ユーザは、推定された供給体の状態に基づいて、場に含まれる供給体をそのまま利用するか、または、当該場に対して供給体の追加を行うか、等の計画を設定することができる。
【0085】
本発明の一実施形態に係る養分供給体の利用方法において、推定された養分供給量および推定に用いられたパラメータ群に含まれる少なくとも1つのパラメータは、任意の媒体に記載または記憶された養分供給量およびパラメータが参照されてもよい。媒体の例には、養分供給体の包装体、および説明書が含まれるが、これらに限定されない。また、任意の媒体には、養分供給量およびパラメータそのものではなく、これらを閲覧可能な媒体へのアクセス方法、例えばホームページアドレスまたはQRコード(登録商標)等、が記載または記憶され、参照されてもよい。
【0086】
本発明の一実施形態に係る養分供給体の利用方法は、推定する工程において、パラメータ群に含まれる少なくとも1つのパラメータから算出される、養分供給体から植物に供給される養分の任意の養分供給量が得られるまでの時間を参照して、養分供給体の状態を推定してもよい。本発明の一実施形態によれば、任意の養分供給量が得られるまでの時間を参照することにより、所望の量の養分が植物に供給されるまでに必要とされる時間を考慮して、養分供給体の状態を推定することができる。したがって、ユーザは、より適切な計画を設定することができる。
【0087】
〔ソフトウェアによる実現例〕
本発明の一実施形態に係る養分供給量推定方法、または、本発明の一実施形態の養分供給体の利用方法、の各工程を実行する装置についても本発明の範疇に含まれる。そして、装置の機能は、当該装置としてコンピュータを機能させるためのプログラムであって、当該装置の各制御ブロックとしてコンピュータを機能させるためのプログラムにより実現することができる。すなわち、本発明の一実施形態に係る養分供給量推定方法、または、本発明の一実施形態の養分供給体の利用方法、をコンピュータに実行させるためのプログラムについても本発明の範疇に含まれる。
【0088】
この場合、上記装置は、上記プログラムを実行するためのハードウェアとして、少なくとも1つの制御装置(例えばプロセッサ)と少なくとも1つの記憶装置(例えばメモリ)を有するコンピュータを備えている。この制御装置と記憶装置により上記プログラムを実行することにより、上述した養分供給量推定方法、または養分供給体の利用方法の各工程が実現される。
【0089】
上記プログラムは、一時的ではなく、コンピュータ読み取り可能な、1または複数の記録媒体に記録されていてもよい。この記録媒体は、上記装置が備えていてもよいし、備えていなくてもよい。後者の場合、上記プログラムは、有線または無線の任意の伝送媒体を介して上記装置に供給されてもよい。
【0090】
また、上記各制御ブロックの機能の一部または全部は、論理回路により実現することも可能である。例えば、上記各制御ブロックとして機能する論理回路が形成された集積回路も本発明の範疇に含まれる。この他にも、例えば量子コンピュータにより上記各制御ブロックの機能を実現することも可能である。
【0091】
さらに、上述した養分供給量推定方法、または養分供給体の利用方法の各工程は、AI(Artificial Intelligence:人工知能)に実行させてもよい。この場合、AIは上記制御装置で動作するものであってもよいし、他の装置(例えばエッジコンピュータまたはクラウドサーバ等)で動作するものであってもよい。
【0092】
〔推定システム〕
さらに、上述のデータを、養分供給体と関連付けて記憶するデータベースと、養分供給量を推定する推定装置と、を備えた、推定システムも本発明の範疇に含まれる。すなわち、本発明の一実施形態に係る推定システムは、(i)本発明の一実施形態に係る養分供給量推定方法によって推定した養分供給量、(ii)本発明の一実施形態に係る養分供給体の利用方法によって推定した養分供給体の状態、ならびに、(iii)当該養分供給量の推定に用いたパラメータ群に含まれるパラメータの値のいずれか、のうちの少なくとも1つを、養分供給体と関連付けて記憶するデータベースと、データベースに記憶されたデータを参照して、被験養分供給体の養分供給量を推定する推定装置と、を備える。
【0093】
本発明の一実施形態に係る推定システムにおいて、データベースは、ユーザによって、アクセスされ得、(i)養分供給量、(ii)養分供給体の状態、ならびに(iii)パラメータの値のいずれか、のうちの少なくとも1つが、書き込みおよび読み込みの少なくとも1つが行われ得る。したがって、ユーザは、自身または他のユーザが実施した推定によるデータやパラメータの値を参照して、所望の被験養分供給体の養分供給量を推定することができる。
【0094】
本発明の一実施形態に係る推定システムは、ユーザの操作を参照して、またはユーザが実施した推定の結果を参照して、供給量を数学的に推定するために用いられる式を変形する手段を備えてもよい。一例として、データベースは、ユーザによって実施された供給量の推定結果と、対応する供給量の実際の結果とを記憶し、推定結果と実際の結果の差異が小さくなるように、用いられる式を適宜に変形する手段を備えてもよい。このような構成によれば、本発明の一実施形態に係る推定システムは、推定の精度をより改善することができる。
【0095】
〔変形例〕
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【0096】
例えば、供給量を数学的に推定するために用いられる式は、養分供給量に関する情報の所望の様式に応じて、適宜に設定することができる。一例として、以下に表す式(iv)が用いられてもよい。
【0097】
n=N・[1+d・exp{exp(d+1)-1-k・t}]-1/d 式(iv)
式(iv)は、式(i)においてni=0と設定した場合の式であり、nは養分供給量の経時的差分量を示す。すなわち、niの値を適宜に設定することにより、経時的差分量を推定することも、本発明の一態様の範疇である。
【0098】
別の一例として、以下に表す式(v)または式(vi)が用いられてもよい。
【0099】
n/N=[1+d・exp{exp(d+1)-1-k・t}]-1/d+ni/N 式(v)
n/N=[1+d・exp{exp(d+1)-1-k・t}]-1/d 式(vi)
式(v)は、供給された養分の割合n/Nを算出する式である。また、式(vi)は、式(v)においてni=0と設定した場合の式であり、n/Nは養分供給量の経時的差分量の割合を示す。式(v)および式(vi)において、N=1と設定し、nが割合に対応するように、各式を設定してもよい。すなわち、式を適宜に変形することにより、養分供給体あたりの供給量の比率を推定することも、本発明の一態様の範疇である。
【0100】
別の一例として、用いられる式において、変数として入力される値は、時間の値に加えて、場の水分ポテンシャルおよびpHなどの、養分供給に影響を与える可能性がある条件に対応する補正を含んでもよい。
【実施例】
【0101】
本発明の一実施例について以下に説明する。
【0102】
本実施例において、養分供給量として、土壌および堆肥から供給される無機態窒素の量を推定した。上記の非特許文献1に記載され、実験的方法によって測定された、土壌および堆肥に含まれる無機態窒素量を参照して、パラメータ群を設定した。次いで、設定されたパラメータ群を用いて無機態窒素量を推定し、推定された無機態窒素量(推定値)と参照された無機態窒素量(実験値)とを
図1に示すグラフ中にプロットし、比較した。
図1は、実施例の無機態窒素量の推定結果を示す図である。
【0103】
〔実施例1〕
非特許文献1の「表1」に記載された温度ごとの土壌および堆肥を施用した土壌に含まれる無機態窒素量の値と、式(i)および式(ii)による推定値との差の残差平方和が最小になるように、第1のパラメータ、第2のパラメータ、第3のパラメータ、第5のパラメータ、および第6のパラメータを設定した。なお、本実施例において、無機態窒素量とは、アンモニウム態窒素の量と硝酸態窒素の量との合計量を指す。
【0104】
n=N・[1+d・exp{exp(d+1)-1-k・t}]-1/d+ni 式(i)
式(i)中、nは時間tにおいて土壌に含まれる無機態窒素量の推定値を示す。niは第1のパラメータであり、t=0において土壌に含まれる無機態窒素量を示す。Nは第2のパラメータであり、無機態窒素量の最大変化量、すなわち十分に時間が経過した時点における無機態窒素量の変化量を示す。dは第3のパラメータであり、無機態窒素量の推移を表す式(i)の形状を示す。kは第4のパラメータであり、土壌温度T(単位:K(絶対温度))における無機態窒素量の変化における速度定数を示す。
【0105】
k=ks・exp{E/R・(1/Ts-1/T)} 式(ii)
式(ii)中、ksは第5のパラメータであり、25℃における無機態窒素量の変化における速度定数を示す。Eは第6のパラメータであり、速度定数の温度依存性を示す。Tsは基準となる温度、すなわち25℃に対応する絶対温度を示す。Rは気体定数(8.31kJ・mol-1・K(絶対温度))である。
【0106】
各パラメータの設定は、条件(1)肥料が施用されていない土壌のみ、(2)牛豚鶏糞堆肥が施用された土壌、(3)牛糞堆肥が施用された土壌、(4)鶏糞が施用された土壌、について行われた。また、各パラメータの設定は、堆肥の効果を理解するため、堆肥の効果の差が大きかった条件(1)および条件(4)を用いて、(1)の無機態窒素量の値と、(4)の無機態窒素量の値との差、すなわち、条件(5)土壌の効果を除いた鶏糞堆肥のみ、についても行われた。なお、各条件(1)~(5)について、土壌温度は、10℃、20℃、および30℃に設定された。
【0107】
下記表1に、非特許文献1の「表1」に記載され、本実施例の各パラメータの設定に用いられた温度別無機態窒素量の値(2連)を示す。
【0108】
【0109】
設定されたパラメータを参照した推定の結果として得られた推定値は、実験値に近い値であった。また、第6のパラメータは、土壌および堆肥などの種類に依らず、条件(1)~(5)において、近い値となった。
【0110】
〔実施例2〕
そこで、さらに、すべての条件(1)~(5)において第6のパラメータの値が同一であると条件付けして、式(i)および式(ii)による推定値と実験値との差の残差平方和が最小になるように、第1のパラメータ、第2のパラメータ、第3のパラメータ、第5のパラメータ、および第6のパラメータを設定した。
【0111】
表2に、実施例2において設定された各パラメータの結果を示す。
【0112】
【0113】
図1に、無機態窒素量の実験値と、実施例2において設定された各パラメータを含む式(i)による推定値とを示す。
図1において、点は実験値のデータを示し、曲線は式(i)による推定値のデータを示す。ただし、条件(5)では、条件(4)の推定値から条件(1)の推定値を引いた値を実験値として示している。
【0114】
〔実施例3〕
さらに、無機態窒素量の変化量の、最大変化量に対する割合が、25%、50%または75%に達する時間t25%、t50%またはt75%を示す代替パラメータを、第3のパラメータdおよび第4のパラメータを用いて算出した。具体的には、代替パラメータt25%、t50%またはt75%のそれぞれは、下記式(iii)、式(vii)、または式(viii)から、算出された。
【0115】
0.25N+ni=N・[1+d・exp{exp(d+1)-1-ks・t25%}]-1/d+ni 式(iii)
0.50N+ni=N・[1+d・exp{exp(d+1)-1-ks・t50%}]-1/d+ni 式(vii)
0.75N+ni=N・[1+d・exp{exp(d+1)-1-ks・t75%}]-1/d+ni 式(viii)
【0116】
表3に、実施例3において算出された代替パラメータを示す。
【0117】
【0118】
〔比較例1〕
非特許文献1の「表1」に記載された温度ごとの土壌に含まれる無機態窒素量の値と、非特許文献1の「モデル式2」による推定値との差の残差平方和が最小になるように、モデル式2に含まれるパラメータを設定した。設定された各パラメータは、非特許文献1の「表2」に記載された結果と同様であった。非特許文献1の「表2」に記載された各パラメータを、下記表4に示す。各パラメータの詳細な意味は、非特許文献1を参照されたい。
N=N0[1-exp(-k・t)]-N0im[1-exp(-kim・t)]+b (非特許文献1の「モデル式2」)
【0119】
ただし、非特許文献1の「モデル式2」中、kim、k、tは、以下のように算出される。
kim=Bexp(-Eaim/RT)
k=Cexp(-Ea/RT)
【0120】
【0121】
なお、非特許文献1の「表2」または「表4」に合わせて、表4中のN0、およびN0imは、条件(1)~(4)については、50g中の土壌に対する量(単位:mg)として表され、条件(5)については、施用した鶏糞堆肥の重量百分率として表される。
【0122】
〔議論〕
表2に示すように、速度定数の温度依存性を示す第6のパラメータEについて、実施例1では、各条件(1)~(5)において近い値となったため、同じ値を設定することができた。このことは、土壌に含まれる微生物によって媒介されると考えられる反応系において、無機態窒素の生成のための律速反応が堆肥の種類に依らず同一であるため、当該律速反応の活性化エネルギーに対応する第6のパラメータもまた同一の値になることを示唆する。対して、表4に示すように、比較例1では、各条件(1)~(5)において、温度依存性を示すEaおよびEaimのばらつきが大きかった。このことは、類似する意味を有するパラメータが複数含まれるモデル式においては、当該パラメータ同士の干渉が生じるため、最終的に算出される推定値Nの値が正確であっても、個々のパラメータの値自体に対して意味付けすることが難しいことがあることを示す。
【0123】
本実施例で示したように、第6のパラメータEは、複数の反応系の間で一定値とすることができることがある。第6のパラメータEは、律速反応の活性化エネルギーと対応するパラメータであるから、類似の反応系を取り扱う場合には、第6のパラメータEを一定値として扱えると推察される。したがって、このように温度依存性を第6のパラメータ1つを用いて示し、温度の影響を第6のパラメータによって除くことにより、温度の影響がない定温条件下のように、養分供給量の推定を容易に取り扱うことができる。
【0124】
次いで、表2に示した第1のパラメータn
i、または「第2のパラメータN+第1のパラメータn
i」の値は、
図1に示したように、それぞれt=0のときの窒素供給量、または十分に時間が経ったときの窒素供給量に近い値となっている傾向があった。このことは、第1のパラメータn
i、および第2のパラメータNによって、供給量に関する情報を大まかに把握できることを示す。
【0125】
さらに、条件(1)、(4)および(5)の比較について、議論する。表2に示すように、実施例1では、条件(4)において設定された第1のパラメータni、第2のパラメータNの値から、条件(1)において設定された当該パラメータの値を減算した値が、条件(5)において設定された当該パラメータの値と近似するという傾向があった。このことは、第1のパラメータniがt=0において土壌または堆肥に含まれる無機態窒素量に好適に対応し、第2のパラメータNが無機態窒素量の最大変化量に好適に対応していることを示す。このことはさらに、一の養分供給体に対応する既知のパラメータから、他の養分供給体に対応する未知のパラメータを推定可能であることを示している。
【0126】
なお、比較例1の結果を示した表4において、b、N
0、およびN
0imは、土壌50gあたりの量として表されており(ただし、条件(5)においては鶏糞堆肥の重量百分率として表されているため、条件(5)はここでの議論の対象から除かれる)、土壌100gあたりの量で表している表2および
図1と比較するには、表4の値を2倍する必要があることに留意されたい。表4のパラメータbについては、対応する第1のパラメータn
iと同様に、t=0のときの窒素供給量を示す傾向が見られた。しかしながら、第2のパラメータNと対応する表4のパラメータN
0を用いて算出される「パラメータb+パラメータN
0」の値は、十分に時間が経ったときの窒素供給量との関係性が不明瞭であった。そのため、パラメータbおよびパラメータN
0を用いても、供給量に関する情報を大まか把握しにくかった。
【0127】
また、無機態窒素量の変化量の、最大変化量に対する割合が、所定の値に達する時間を代替パラメータが示すように、設定することができた。一例として、表3に示すように、条件(5)土壌を除いた鶏糞堆肥のみ、において、鶏糞堆肥から無機態窒素量へと変化する割合は、25℃の場合、施用から60日後に50%に達することが、直感的に理解できる。
【産業上の利用可能性】
【0128】
本発明は、営農支援に利用することができる。