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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-05-22
(45)【発行日】2025-05-30
(54)【発明の名称】超電導コイル装置およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01F 6/06 20060101AFI20250523BHJP
【FI】
H01F6/06 140
H01F6/06 150
H01F6/06 110
H01F6/06 120
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2022503608
(86)(22)【出願日】2021-02-22
(86)【国際出願番号】 JP2021006646
(87)【国際公開番号】W WO2021172276
(87)【国際公開日】2021-09-02
【審査請求日】2024-02-07
(31)【優先権主張番号】P 2020031711
(32)【優先日】2020-02-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国立研究開発法人科学技術振興機構、未来社会創造事業大規模プロジェクト型「高温超電導線材接合技術の超高磁場NMRと鉄道き電線への社会実装」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】▲柳▼澤 吉紀
(72)【発明者】
【氏名】末富 佑
(72)【発明者】
【氏名】高橋 俊二
(72)【発明者】
【氏名】吉田 大佐
【審査官】木下 直哉
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-025014(JP,A)
【文献】国際公開第2017/061563(WO,A1)
【文献】特開2015-103587(JP,A)
【文献】特表2018-532262(JP,A)
【文献】SUETOMI, et al.,A novel winding method for a no-insulation layer-wound REBCO coil to provide a short magnetic field,Superconductor Science and Technology,2019年,32(2019),第1-13頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01F 6/06
H01B 12/00-12/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数層にわたって螺旋状に巻回された超電導テープ線材と、前記超電導テープ線材の層間に設けられた金属シートおよび絶縁シートとを備える超電導コイル装置であって、
前記超電導テープ線材と前記金属シートは電気的に接続されており
同じ層に螺旋状に巻回されている前記超電導テープ線材のターン間が接着材により接着されており
前記接着材は、(1)同じ層に螺旋状に巻回されている前記超電導テープ線材のターン間にのみに設けられるか、(2)同じ層に螺旋状に巻回されている前記超電導テープ線材のターン間と、前記超電導テープ線材とこれに隣接する前記絶縁シートとの間の少なくとも一部と、にのみ設けられるか、(3)同じ層に螺旋状に巻回されている前記超電導テープ線材のターン間と、前記超電導テープ線材とこれに隣接する前記絶縁シートとの間の少なくとも一部と、前記超電導テープ線材とこれに隣接する前記金属シートとの間の一部と、にのみに設けられる、
ことを特徴とする超電導コイル装置。
【請求項2】
1つの層における前記超電導テープ線材、前記金属シート、および前記絶縁シートは、径方向外側に向かって、超電導テープ線材、金属シート、絶縁シートの順、または、絶縁シート、金属シート、超電導テープ線材の順で設けられる、
請求項1に記載の超電導コイル装置。
【請求項3】
前記超電導テープ線材と前記金属シートは、少なくとも部分的に、前記接着材を介さずに直接接触している、
請求項1または2に記載の超電導コイル装置。
【請求項4】
前記超電導テープ線材と前記絶縁シートが、少なくとも部分的に、前記接着材によって接着されている、
請求項1から3のいずれか1項に記載の超電導コイル装置。
【請求項5】
前記接着材は、熱硬化性樹脂である、
請求項1から4のいずれか1項に記載の超電導コイル装置。
【請求項6】
前記接着材は、前記超電導テープ線材および前記金属シートよりも低融点の金属である、
請求項1から4のいずれか1項に記載の超電導コイル装置。
【請求項7】
前記絶縁シートは、ポリイミドである、
請求項1から6のいずれか1項に記載の超電導コイル装置。
【請求項8】
前記絶縁シートは、ポリテトラフルオロエチレンである、
請求項1から6のいずれか1項に記載の超電導コイル装置。
【請求項9】
複数層にわたって螺旋状に巻回された超電導テープ線材と、前記超電導テープ線材の層間に設けられた金属シートおよび絶縁シートとを備える超電導コイル装置の製造方法であって、
超電導テープ線材を、螺旋状に1層分巻回するステップと、
螺旋状に巻回された1層分の前記超電導テープ線材のターン間の空間に接着材を塗布するステップと、
前記1層分の前記超電導テープ線材の外側に、金属シートおよび絶縁シートを巻くステップと、
を複数繰り返す、ことを特徴とする超電導コイル装置の製造方法。
【請求項10】
前記1層分の前記超電導テープ線材のターン間の空間に接着材を塗布するステップの後に、前記ターン間の空間からはみ出した接着材を拭き取るステップを有する、
ことを特徴とする請求項9に記載の超電導コイル装置の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超電導コイル装置およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高温超電導テープ線材を巻回したコイル装置(高温超電導コイル装置)を高い電流密度で運転することによって、高磁場を発生させるコンパクトなコイル装置の製造が期待できる。このようなコイル装置を製造するためには、下記の3つの課題を全て解決する必要がある。
【0003】
第1の課題:高温超電導コイル装置は、クエンチ(超電導状態から常伝導状態に転移して温度上昇すること)によって焼損することがあり、これを防ぐ保護技術が重要である。
【0004】
第2の課題:高温超電導コイル装置には、強力な電磁応力、すなわちフープ応力と軸圧縮応力が生じるため、これらの応力が高くなりすぎないようにしてコイルの機械的な劣化を防ぐことが重要である。特に、高温超電導コイル装置に特有の遮蔽電流(超電導の渦電流)によって、フープ応力が増大したり、高温超電導テープ線材が座屈したりする問題が近年明らかになっており、この現象への対策が重要である。
【0005】
第3の課題:高温超電導コイル装置は、冷却時の熱応力によって機械的に劣化することがあり、これを防ぐことが重要である。
【0006】
図9(A)は、従来例1(非特許文献1)に開示される超電導コイル装置Aの構成を示す図である。断面910は、周方向と垂直な面による断面図である。図に示すように、従来例1の超電導コイル装置Aは、高温超電導テープ線材912が螺旋状に複数層に渡って巻回されたレイヤー巻きのコイルであり、テープ線材912の層間には金属シート913と絶縁シート914の複合シートが挟み込まれている。この構成は、intra-Layer No-Insulation (LNI)方式と称される。
【0007】
この構成によれば、クエンチ発生時にコイル装置を焼損から保護できる。これは、テープ線材912と金属シート913が電気的に接触しているので、クエンチ時に電流が金属シート913にバイパスするためである。また、テープ線材912、金属シート913、絶縁シート914は互いに接着されていないので、冷却時の熱応力の差による機械的劣化も生じない。
【0008】
しかしながら、従来例1の超電導コイル装置Aでは、テープ線材912が固定されておらず電磁応力に対して動きやすい状態にあるため、第2の課題であるフープ応力と軸圧縮応力による特性劣化を防げない。図10に示すように、テープ線材912内には強力な電磁応力、すなわちフープ応力と軸圧縮応力が生じる。テープ線材912には遮蔽電流(超電導の渦電流)が流れるため、これにより特にフープ応力が増大したり、テープ線材912が座屈したりするという問題が近年明らかになっている。また、場所によって径方向に外側と内側の異なる方向のローレンツ力が働き、テープ線材912に傾きが生じるので、軸圧縮応力によってテープ線材912の滑り込みが生じてしまう。このように、従来例1では、第2の課題を解決できない。
【0009】
図9(B)は、従来例2(非特許文献2)に開示される超電導コイル装置Bの構成を示す図である。断面920は、周方向と垂直な面による断面図である。従来例1との相違点は、層間にエポキシ樹脂などの含浸材915を浸透および硬化させて、テープ線材912と金属シート913および絶縁シート914を接着している点である。これによりコイルが剛体化するので、フープ応力増大効果やテープ線材912の滑り込みを抑制でき、第2の課題を解決することができる。
【0010】
しかしながら、含浸材915を用いることで、テープ線材912と金属シート913との間の電気的な接触がなくなる、もしくは不十分になる。したがって、クエンチ時の焼損防止が達成できなくなってしまう。さらに、コイル全体を剛体化しているため、冷却時のテープ線材912と含浸材915の熱収縮率の差によって、径方向に過大な熱応力(テープ線材面に対して引張方向)がかかり、テープ線材912が機械的に劣化してしまう。
【0011】
このように、従来例2の超電導コイル装置Bは、第2の課題を解決することができるものの、第1および第3の課題を解決することができない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0012】
【文献】Suetomi, Y., et al. "A novel winding method for a no-insulation layer-wound REBCO coil to provide a short magnetic field delay and self-protect characteristics." Superconductor Science and Technology 32 (2019): 045003 (13pp).
【文献】Takahashi, S., et al. "Tue-Mo-Or8-04: Hoop stress concentration in an HTS tape coil under external magnetic fields", 26th International Conference on Magnet Technology (MT26), 2019.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、クエンチ発生時の焼損防止、フープ応力と軸圧縮応力による特性劣化防止、および冷却時の熱応力による特性劣化防止を同時に達成可能な超電導コイル装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記の課題を解決するために、本発明は、層内の超電導テープ線材を接着材により機械的に接着しつつ、超電導テープ線材と金属シートの少なくとも一部は接着せずに電気的接触を保つ構成を採用する。
【0015】
より具体的には、本発明の第一の態様は、
複数層にわたって螺旋状に巻回された超電導テープ線材と、前記超電導テープ線材の層間に設けられた金属シートおよび絶縁シートとを備える超電導コイル装置であって、
前記超電導テープ線材と前記金属シートは電気的に接続されており、
前記超電導テープ線材は、1つの層のターン間が接着材により接着されている、
ことを特徴とする超電導コイル装置である。
【0016】
本発明の第二の態様は、
超電導テープ線材を、螺旋状に巻回するステップと、
前記超電導テープ線材のターン間に接着材を塗布するステップと、
前記超電導テープ線材の外側に、金属シートおよび絶縁シートを巻くステップと、
を複数繰り返す、ことを特徴とする超電導コイル装置の製造方法である。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、クエンチ発生時の焼損防止、フープ応力と軸圧縮応力による特性劣化防止、および冷却時の熱応力による特性劣化防止を同時に達成可能である。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】本実施形態に係る超電導コイル装置の構成を示す図である。
図2】本実施形態と従来例2に係る超電導コイル装置における、クエンチ発生時の電流、磁場、コイル電圧の時間変化の測定結果を示す図である。
図3】本実施形態と従来例1に係る超電導コイル装置における、フープ応力とテープ線材の変位を計算した数値解析結果を示す図である。
図4】本実施形態と従来例1に係る超電導コイル装置における、フープ応力とテープ線材の変位を計算した数値解析結果を示す図である。
図5】本実施形態と従来例1に係る超電導コイル装置における、フープ応力とテープ線材の変位を計算した数値解析結果を示す図である。
図6】本実施形態と従来例2に係る超電導コイル装置における、エポキシ樹脂含浸前後での超電導特性の変化の測定結果を示す図である。
図7】本実施形態と従来例2に係る超電導コイル装置における、エポキシ樹脂含浸前後での超電導特性の変化の測定結果を示す図である。
図8】本実施形態および従来例1,2に係る超電導コイル装置の効果を比較する図である。
図9】従来例1,2に係る超電導コイル装置の構成を示す図である。
図10】超電導コイル装置の課題の1つを説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下では、図面を参照しながら、この発明を実施するための形態を説明するが、本発明はこれに限定されない。以下で説明する各実施形態の構成要素は、適宜組み合わせることができる。
【0020】
(構成)
図1A図1Cは、本実施形態に係る高温超電導コイル装置100の構成を示す図である。図1Aは、超電導コイル装置100を周方向と垂直な面による断面110を示す。図1Bは、断面110の拡大図である。図1Cは、図1Bにおける部分断面120の拡大図である。図1D図1Eは、変形例における部分断面120の拡大図である。なお、図1A図1Eの説明のための模式図であり、構造を正確に描いたものではない点に留意されたい。
【0021】
図に示すように、超電導コイル装置100は、絶縁を施さない高温超電導テープ線材112が螺旋状に複数層に渡って巻回されたレイヤー巻きのコイルであり、テープ線材112の層間には金属シート113と絶縁シート114の複合シートが挟み込まれている。複合シートはシート同士が接着剤などで貼り付けられた物、金属シートの片面に絶縁材料を電着した物、絶縁シートの片面に金属材料をメッキした物などの構成がある。また、それぞれの層において、テープ線材112のターン間に接着材116が設けられ、z方向(コイル軸方向)のテープ線材112同士は接着されている。また、接着材116はターン間に限定して設けられるため、テープ線材112と金属シート113は電気的に接触している。なお、金属シート113と絶縁シート114は複合シートとなっている必要は必ずしもなく、個別の金属シート113と絶縁シート114をそれぞれ挟みこむ構成でも良い。
【0022】
高温超電導テープ線材112は、例えば、REBaCu(REBCO線材)やBiSrCaCu(BSCCO線材)である。ここで、REは、Sc,Y,La,Ce,Pr,Nd,Pm,Sm,Eu,Gd,Tb,Dy,Ho,Er,Tm,Yb,Luなどの希土類元素である。テープ線材112は、機械的な補強や電気的な保護のために、複数の材料からなる多層構造を有することが一般的である。例えば、テープ線材112は、ハステロイなどの基板の片面に中間層を介して超電導層が設けられ、これら全体を覆う1または複数の安定化層(例えば、銅安定化層と銀安定化層の2層)を有する。テープ線材112の大きさは特に限定されないが、例えば、幅が4mm、線材厚が約0.1mm(基板75μm、安定化層20μm)のものを採用できる。
【0023】
金属シート113は、本実施形態では銅であるが、白金、金、銀などのその他の金属であってもよいし、また金属以外の導電性材料であってもよい。金属シート113の厚さは例えば7μmである。
【0024】
絶縁シート114は、本実施形態ではポリイミドであるが、十分な柔軟性があり絶縁ができる材料であれば、その他の任意の材料を採用可能であり、例えばポリテトラフルオロエチレン(PTFE,テフロン(登録商標))が採用できる。絶縁シート114の厚さは例えば12.5μmである。
【0025】
接着材116は、本実施形態ではエポキシ樹脂であるが、テープ線材112同士を接着できれば任意の材料であってよい。例えば、接着材116として、熱硬化性樹脂系、熱可塑性樹脂系、エラストマー系の接着剤を採用可能である。あるいは、接着材116は、半田のようにテープ線材112よりも低融点の金属であってもよい。さらに、接着材116は、セラミック粉末が含まれた接着剤であってもよい。
【0026】
図1Cに示すように、接着材116は、1つの層におけるターン間に設けられればよく、テープ線材112と金属シート113の間およびテープ線材112と絶縁シート114の間には設けられなくてよい。また、接着材116は、ターン間の全てに設けられなくてもよく、例えば1ターンあたり50%以上の部分に設けられればよく、75%以上に設けられれば好ましく、90%以上に設けられればより好ましい。なお、複数ターンの平均として上記の割合が接着されればよく、1つのターン間について上記の割合以下しか接着されていなくてもよい。例えば、ある1つのターン間について全く接着材116が設けられなくてもよい。
【0027】
また、図1Dに示すように、接着材116は、ターン間以外に、テープ線材112と絶縁シート114の間に設けられてもよい。すなわち、接着材116は、ターン間に設けられる第1の部分116aとテープ線材112と絶縁シート114の間に設けられる第2の部分116bを有してもよい。図1Dではテープ線材112と絶縁シート114の間の全てに接着材116が設けられるように示しているが、両者の間に接着材116が設けられない部分があって、テープ線材112と絶縁シート114が直接接触してもよい。
【0028】
また、図1Eに示すように、接着材116は、さらに、テープ線材112と金属シート113の間に設けられてもよい。すなわち、接着材116は、ターン間に設けられる第1の部分116aとテープ線材112と絶縁シート114の間に設けられる第2の部分116bに加えて、テープ線材112と金属シート113の間に設けられる第3の部分116cを有してもよい。ここで、テープ線材112と金属シート113は少なくとも部分的に直接接触して、電気的に接続している必要があり、テープ線材112と金属シート113の間の全てに接着材116を設けることは好ましくない。例えば、テープ線材112と金属シート113の1ターンあたりの面積のうち、50%以上の部分が直接接触するとよく、75%以上が直接接触するとより好ましく、90%以上が直接接触すると更に好ましい。なお、複数ターンの平均として上記の割合が直接接触すればよく、1つのターンについて上記の割合以下しか直接接触していなくてもよい。
【0029】
なお、テープ線材112と絶縁シート114の間に接着材116を設ける場合に、テープ線材112と絶縁シート114に接着材116が必要というわけではなく、なくても構わない。また、第2の部分116bおよび第3の部分117cは、必ずしも第1の部分116aと連続している必要はなく、第1の部分116aと分離していても構わない。また、上記の説明では、テープ線材112を複数層に渡って巻回しているが、テープ線材112は1層だけであっても構わない。
【0030】
(製造方法)
本実施形態に係る超電導コイル装置100の製造方法について説明する。ここでは、図1Cの構造のコイル装置100を作る場合の製造方法を説明する。まず、コイル巻き枠にテープ線材112を螺旋状に1層分巻く。そして、ターン間の空間にエポキシ樹脂などの接着材116を塗布する。ターン間からはみ出した接着材116は適宜拭き取る。そして、金属シート113および絶縁シート114からなる複合シートを巻く、あるいは金属シート113を巻いてからその上に絶縁シート114を巻く。その後、絶縁シート114の上に、テープ線材112を螺旋状に更に1層分巻く。以降は、上記の処理を繰り返す。
【0031】
図1Dの構造のコイル装置100を作る場合には、コイル巻き枠の全面にエポキシ樹脂などの接着材116を塗布してから、テープ線材112を螺旋状に1層分巻く。ターン間の空間からはみ出した接着材は適宜拭き取る。そして、金属シート113および絶縁シート114からなる複合シートを巻く。その後、絶縁シート114の全面に接着材116を塗布してから、テープ線材112を螺旋状に更に1層分巻く。以降は、上記の処理を繰り返す。
【0032】
このように製造すれば、図1Cまたは図1Dに示す構造のコイル装置が作られる。なお、ターン間からはみ出した接着材116を意図せずにあるいは意図的に残した場合には、図1Eに示す構造のコイル装置が作られる。
【0033】
以上の説明では、コイルの径(r)方向外側に向かって、超電導テープ線材112、金属シート113、絶縁シート114の順で設けられた構造を説明したが、径方向外側に向かって、絶縁シート114、金属シート113、超電導テープ線材112の順で設けられた構造であっても構わない。この構造の超電導コイル装置を製造方法は、基本的に上記と同様であるが、金属シート113の接着材を塗布せずに超電導テープ線材112を巻いてからターン間に接着材を塗布する必要がある。
【0034】
超電導テープ線材112、金属シート113、絶縁シート114の並び順にかかわらず、超電導コイル装置は、超電導テープ線材112を螺旋状に巻回するステップと、超電導テープ線材112のターン間に接着材116を塗布するステップと、超電導テープ線材112の外側に、金属シート113および絶縁シート114をこの順番または逆の順番で巻くステップと、を複数繰り返すことにより製造できる。
【0035】
(性能評価)
本実施形態に係る超電導コイル装置100の性能を実験と数値解析により検証した。
【0036】
[1.クエンチ発生時の保護機能(第1の課題)]
まず、本実施形態に係る超電導コイル装置100を用いて、強制的にクエンチを発生させた。図2Aは従来例2(非特許文献2)のコイル装置を用いた実験結果を示し、図2Aは本実施形態に係るコイル装置100を用いた実験結果を示す。これらの図は、電流、磁場、およびコイル電圧の時間変化を示す。
【0037】
テープ線材と金属シートが絶縁されている従来例2に係るコイル装置では、図2Aが示すように、クエンチ発生によりコイル電圧が急上昇し焼損が発生してしまう。これに対して、本実施形態に係るコイル装置100は、テープ線材112と金属シート113の電機接続が保たれているので、図2Bが示すように、クエンチ発生時に電流が金属シート113にバイパスして磁場が減衰するというLNI方式コイル特有の自動保護効果が得られた。詳細には、層間の絶縁シート114によって層間の接触をなくすことで励磁遅れの時定数を短縮し、さらに金属シート113によってターン間をつなげることで、熱暴走からの保護効果が得られる。このように、本実施形態によれば、上述の第1の課題が解決できる。
【0038】
[2.フープ応力および軸圧縮応力による劣化の防止(第2の課題)]
次に、有限要素法を用いて、コイル1つの層に対して応力解析を実施した。ここでは、高温超電導テープ線材特有の遮蔽電流に起因した電磁力を考慮した。図3Aは従来例1(非特許文献1)のコイル装置に対する結果であり、図3Bは本実施形態に係る超電導コイル装置100に対する結果である。これらの図では、各z位置でのフープ応力の分布と、テープ線材の変位を示している。
【0039】
図3Aに示すように、テープ線材のターン間にエポキシ樹脂が含浸されていない従来例1のコイル装置では、最大で556MPa、最小で-300MPaのフープ応力がかかる。また、ターン間が接着されていないので、テープ線材に大きな変位が生じる。このようにテープ線材が傾いた状態で軸圧縮応力が印加されるので、線材の滑り込みが生じてしまう。滑り込みが生じると、テープ線材が大きく変形して劣化してしまう。
【0040】
一方、本実施形態に係るコイル装置では、図3Bに示すように、テープ線材に印加される最大フープ応力と最小フープ応力の絶対値が低減されることが分かる。なお、圧縮方向のフープ応力(上記では負のフープ応力)が生じると座屈が起きやすい知見が得られており、本実施形態に係るコイル装置は圧縮方向のフープ応力を大幅に抑制できている。これらの理由により、テープ線材の劣化が起きたり、座屈が起きたりすることを抑制できる。また、ターン間の含浸されたエポキシ樹脂によってテープ線材の変形が抑えられるので、軸圧縮応力によるテープ線材の滑り込みの防止効果も得られる。すなわち、本実施形態によれば、上述の第2の課題が解決できる。
【0041】
同様に、60層からなるコイルに対して同様の応力解析を実施した。解析手法は上記と同様である。図4Aは従来例1(非特許文献1)のコイル装置に対する結果であり、図4Bは本実施形態に係る超電導コイル装置100に対する結果である。これらの図では、各z位置でのフープ応力の分布を、フープ応力が最大値および最小値をとる位置とその値とともに示している。図5は、中心側から第28層目の各位置におけるフープ応力の大きさを表す。グラフ501(丸印)が従来例1のコイル装置に対する結果、グラフ502(×印)が本発明のコイル装置に対する結果である。
【0042】
図4Aに示すように、従来例1のコイル装置のフープ応力は、最大で667MPa、最小で-259MPaである。一方、図4Bに示すように、本実施形態に係るコイル装置のフープ応力は、最大で595MPa、最小で-4MPaであり、最大値および最小値ともに低減されることが分かる。特に、圧縮方向のフープ応力をほぼ完全に排除できている。また、図5に示すように、本実施形態のコイルの方が、従来例1のコイルと比較して、1つの層内でのフープ応力の変動を抑制できており、またフープ応力が連続的に変化することが分かる。このように、60層巻きのコイルの場合も同様に、フープ応力の最大値と最小値の絶対値の低減、そして特に圧縮方向のフープ応力の低減が達成できるので、コイルの変型や座屈を抑制できる。
【0043】
[3.熱応力による劣化の防止(第3の課題)]
次に、本実施形態に係る超電導コイル装置100と、従来例2(非特許文献2)のコイル装置について、エポキシ樹脂を含浸させる前後でのコイルの電流-電圧特性を調べた。図6Aは従来例2に係るコイル装置(複数層)についての測定結果を示し、図6Bは本実施形態に係るコイル装置(単層)についての測定結果を示す。
【0044】
図6Aに示すように、従来例2のコイル装置では、エポキシ樹脂の含浸によって臨界電流が低下している。これは、エポキシ樹脂(含浸材)によって層同士が接着するため、冷却時に熱収縮率の差によって生じる熱応力により線材の劣化が生じるためである。
【0045】
一方、本実施形態に係るコイル装置においては、エポキシ樹脂の含浸は限定的であり層同士は接着されないため、図6Bに示すように、エポキシ樹脂の含浸前後で臨界電流の低下が発生しない。
【0046】
なお、本測定では、本実施形態に係るコイル装置は単層であり、従来例2に係るコイル装置は複数層であるという違いがある。この相違によって両者の臨界電流の値が異なっているが、本測定は冷却時の劣化測定を目的とするものであるので電流値自体は重要ではない。また、本実施形態のコイルにおいて1層で劣化防止効果が得られれば多層でも同じ効果が得られることは明らかであるが、念のため多層コイルにおいて電流-電圧特性を調べた。
【0047】
図7Aは従来例2に係るコイル装置(複数層)についての測定結果を示し、図7Bは本実施形態に係るコイル装置(複数層)についての測定結果を示す。なお、図6A図7Aにおけるコイル装置は異なるものである。従来例に係るコイル装置では、臨界電流(電界基準は1μV/cm)が56Aから40Aに低下するのに対し、本実施形態に係るコイル装置では44Aから42Aへの低下であり、エポキシ樹脂の含浸前後で臨界電流の低下がほとんど発生していない。
【0048】
[本実施形態の効果のまとめ]
図8は、本実施形態による超電導コイル装置100の効果を、従来例1,2と比較してまとめた図である。従来例1では、クエンチによる焼損からの保護(第1の課題)と冷却時の熱応力による特性劣化の防止(第3の課題)を解決できるが、フープ応力増大と軸圧縮応力による特性劣化の防止(第2の課題)を解決できない。従来例2では、第2の課題を解決できるが、第1および第3の課題が解決できない。
【0049】
本実施形態は、これら3つの課題を全て解決できる。第1の課題は、層内のテープ線材と金属シートを電気的に接触させていることにより解決される。第2の課題は、層内のテープ線材のターン間に接着材を設けて、テープ線材同士を固定することにより解決される。第3の課題は、テープ線材と金属シートを機械的に接着させないこと、すなわち層間のテープ線材同士の接着を回避することにより解決される。
【0050】
本実施形態によれば、高磁場を発生させる小型のコイル装置を製造することができる。本実施形態のコイル装置はNMR装置やMRI装置のように永久電流モードの運転が必要な機器に適用できる。
【符号の説明】
【0051】
100:超電導コイル装置
112:高温超電導テープ線材
113:金属シート
114:絶縁シート
116:接着材
図1
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