(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-05-22
(45)【発行日】2025-05-30
(54)【発明の名称】懸架部材、および、懸架部材の製造方法
(51)【国際特許分類】
B32B 5/28 20060101AFI20250523BHJP
B66B 7/06 20060101ALN20250523BHJP
【FI】
B32B5/28 Z
B66B7/06 A
(21)【出願番号】P 2023575003
(86)(22)【出願日】2022-01-21
(86)【国際出願番号】 JP2022002220
(87)【国際公開番号】W WO2023139756
(87)【国際公開日】2023-07-27
【審査請求日】2024-03-27
(73)【特許権者】
【識別番号】000006013
【氏名又は名称】三菱電機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中谷 浩司
【審査官】宮崎 基樹
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2020/255335(WO,A1)
【文献】国際公開第2007/125929(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/080202(WO,A1)
【文献】特開2004-131886(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B32B 5/00- 5/32
B66B 7/06
D07B 1/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
繊維強化プラスチックからなる芯部材と、前記芯部材の外周を覆い、樹脂からなる被覆層と、を備える、懸架部材であって、
前記繊維強化プラスチックは、強化繊維と、エポキシ基を有するエポキシ化合物と、硬化剤と、ヒドラジド化合物と、を含む、懸架部材。
【請求項2】
前記被覆層を構成する樹脂は、熱可塑性ポリウレタンエラストマーである、請求項1に記載の懸架部材。
【請求項3】
前記硬化剤は、アミン化合物である、請求項1または2に記載の懸架部材。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1項に記載の懸架部材を製造する方法であって、
エポキシ基を有するエポキシ化合物と、硬化剤と、ヒドラジド基を有するヒドラジド化合物と、を含む樹脂組成物と、強化繊維とが接した状態で、前記樹脂組成物を第1温度で加熱することにより、前記エポキシ化合物と前記硬化剤とを反応させることで、前記芯部材を形成する、第1加熱工程と、
前記被覆層を構成する樹脂の原料である被覆材組成物が前記芯部材の外周を被覆するように配置された状態で、前記樹脂組成物を前記第1温度より高い温度である第2温度で加熱することにより、前記ヒドラジド化合物のヒドラジド基と、前記芯部材を構成する前記繊維強化プラスチックに含まれる前記エポキシ化合物と、を反応させる、第2加熱工程と、を備える、懸架部材の製造方法。
【請求項5】
前記第1温度は、前記ヒドラジド化合物のヒドラジド基が活性化しない温度であり、
前記第2温度は、前記ヒドラジド化合物のヒドラジド基が活性化する温度である、請求項4に記載の、懸架部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、懸架部材、および、懸架部材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
繊維を用いた従来のベルト状またはロープ状の懸架部材では、荷重支持部は、ポリマーマトリックスと繊維からなる繊維強化プラスチックで構成されている。また、荷重支持部の外周は、例えばポリウレタンなどの被覆層で被覆されている(例えば、特許文献1:特許第5713682号公報参照)。
【0003】
このような懸架部材をエレベータに適用した場合、エレベータの巻上機からの駆動力は、巻上機のシーブからの摩擦力によって被覆層に伝達され、被覆層を介して荷重支持部に伝達され、エレベータの乗りかごを上下させる。この際、被覆層と荷重支持部が一体化されていなければ、巻上機からの駆動力を荷重支持部に十分に伝達できなくなる場合があり、エレベータの信頼性が低下する。
【0004】
このような問題に対し、被覆層に、リン酸メラミン、ピロリン酸メラミン、ポリリン酸メラミンなどのメラミン化合物をベースとする接着強化剤を添加した懸架部材が知られている(例えば、特許文献2:特表2012-500169号公報参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第5713682号公報
【文献】特表2012-500169号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献2のようにメラミンベースの接着強化剤を添加しても、荷重支持部との接着強化において、荷重支持部と被覆層を分子間力と水素結合で接着力促進する形となり、接着力が不十分となる場合があった。
【0007】
また、前述した接着強化剤のような添加剤を被覆層に添加すると、経年後に被覆層表面にブリードアウトし、巻上機のシーブとの摩擦力を変動させてしまい、被覆層の役割の一つである、巻上機から荷重支持部への駆動力伝達に影響が出る場合があった。
【0008】
また、荷重支持部に接着剤を塗布し、その外周に被覆層を被覆して接着力を増加させる手段も考えられるが、製造工程の増加、工程管理が煩雑化し、好ましくない。
【0009】
したがって、本開示の目的は、接着剤を使用せずに、荷重支持部である繊維強化プラスチックからなる芯部材と、被覆層と、の間の密着性が向上した懸架部材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本開示の懸架部材は、繊維強化プラスチックからなる芯部材と、前記芯部材の外周を覆い、樹脂からなる被覆層と、を備える。前記繊維強化プラスチックは、強化繊維と、エポキシ基を有するエポキシ化合物と、硬化剤と、ヒドラジド化合物と、を含む。
【発明の効果】
【0011】
本開示によれば、接着剤を使用せずに、荷重支持部である繊維強化プラスチックからなる芯部材と、被覆層と、の間の密着性が向上した懸架部材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図2】実施の形態1の懸架部材の一例を示す断面模式図である。
【
図3】実施の形態1の懸架部材の一例を示す断面模式図である。
【
図4】実施の形態1の懸架部材の一例を示す断面模式図である。
【
図5】実施の形態1の懸架部材の一例を示す断面模式図である。
【
図6】実施の形態1の懸架部材の一例を示す断面模式図である。
【
図7】実施の形態1の懸架部材の一例を示す断面模式図である。
【
図8】実施の形態1の懸架部材の一例を示す断面模式図である。
【
図9】実施の形態1の懸架部材の芯部材の一例の断面を拡大して示す概念図である。
【
図10】実施の形態1の懸架部材の製造方法の一例を示すフロー図である。
【
図11】実施の形態2の懸架部材の一例を示す断面模式図である。
【
図12】実施の形態2の懸架部材の一例を示す断面模式図である。
【
図13】実施の形態2の懸架部材の一例を示す断面模式図である。
【
図14】実施の形態2の懸架部材の一例を示す断面模式図である。
【
図15】実施の形態2の懸架部材の製造方法の一例を示すフロー図である。
【
図16】従来の懸架部材の製造方法を説明するための模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本開示の実施の形態について説明する。なお、図面において、長さ、幅、厚さ、深さなどの寸法関係は図面の明瞭化と簡略化のために適宜変更されており、実際の寸法関係を表すものではない。
【0014】
まず、本開示の特徴的な原理について説明する。
従来の技術では、例えば、芯部材2を構成する繊維強化プラスチック(以下、FRPと略記する場合がある)と被覆層3を構成する熱可塑性ポリウレタンエラストマー(以下、TPUと略記する場合がある)等とは密着性が低いため、界面での剥離が発生し、巻上機からの駆動力を荷重支持部である芯部材2に伝達できなくなる懸念があった。そのため、通常は、
図16に示されるように、接着剤21を用いることで芯部材2(FRP)と被覆層3(TPU)の密着性を向上させていた。しかし、接着剤21を芯部材2の表面に塗布する工程が必要であり、製造工程が増えるという課題があった。
【0015】
これに対して、本開示では、
図1に示されるように、まず、ヒドラジド化合物を芯部材2を構成するFRPに配合して、FRPを第1温度(T1)で硬化させる。次に従来必要であった接着剤塗布工程を省略し、第2温度(T2)での押出成形によりTPU等からなる被覆層3をFRP(芯部材2)の外周に形成する。ここで、FRP(芯部材2)の熱硬化時の温度T1(例えば120℃)では、ヒドラジド化合物は不活性のためエポキシ化合物と反応しない。一方、被覆層形成時の押出成形の温度T2(例えば200℃)では、ヒドラジド化合物が活性化し、FRP中に残ったエポキシ基と化学結合し、FRP(芯部材)と被覆層との間の界面の密着性が向上する。
【0016】
実施の形態1.
(懸架部材)
図2~
図8は、実施の形態1の懸架部材の一例を示す断面模式図である。実施の形態1の懸架部材は、内部に荷重支持部である芯部材2と、芯部材2の外周を被覆する被覆層3とを備える。
【0017】
図2に示される懸架部材1は、厚み方向よりも幅方向の方が広い長方形の断面形状を有する芯部材2と、芯部材2の外周を被覆する被覆層3と、を備える。懸架部材1も、長方形の断面形状を有する。
【0018】
図3に示される懸架部材は、長方形の断面形状を有する芯部材2を複数有する。複数の芯部材2が懸架部材1の幅方向に並べて配置され、それらの芯部材2の外周が被覆層3で被覆されている。懸架部材1も長方形の断面形状を有する。
【0019】
図4に示される懸架部材1では、複数の芯部材2が懸架部材1の厚み方向に並べて配置され、それらの芯部材2の外周が被覆層3で被覆されている。
【0020】
図5に示される懸架部材は、厚み方向と幅方向の長さが等しい正方形の断面形状を有する芯部材2を備え、その芯部材2の外周が被覆層3で被覆されている。懸架部材1も正方形の断面形状を有する。
【0021】
図6に示される懸架部材は、円形の断面形状を有する芯部材2を備え、その芯部材2の外周が被覆層3で被覆されている。懸架部材1も円形の断面形状を有する。
【0022】
図7に示される懸架部材は、長方形の断面形状を有し、円形の断面形状を有する芯部材2を複数備える。複数の芯部材2は、懸架部材1の幅方向に並べて配置され、それらの芯部材2の外周が被覆層3で被覆されている。
【0023】
図8に示される懸架部材は、円形の断面形状を有する芯部材2を複数有する。複数の芯部材2は、束ねて配置され、複数の芯部材2の外周が被覆層3で被覆されている。懸架部材1も円形の断面形状を有する。
【0024】
なお、
図2~
図8に示される懸架部材は、実施の形態1に含まれる懸架部材の一例であって、実施の形態1の懸架部材はこれらに限定されない。
【0025】
実施の形態1の懸架部材は、例えば、長尺状の部材であり、好ましくは長手方向に対し実質的に同一の断面形状を有する連続体である。実施の形態1の懸架部材の全体形状は、例えば、ベルト状であってもよく、ロープ状であってもよい。芯部材2は、例えば、懸架部材1の長手方向と同じ方向に平行に配置される。
【0026】
芯部材2は、例えば、懸架部材と同様の長尺状の部材であり、好ましくは長手方向に対し実質的に同一の断面形状を有する連続体である。芯部材2の全体形状は、例えば、ベルト状であってもよく、ロープ状(繊維状)であってもよい。なお、例えば、繊維状の芯部材2が、撚られたり編まれたりしてなる織物、組み紐等の長尺状の集合体を形成していてもよい。
【0027】
芯部材2は、繊維強化プラスチックからなる。繊維強化プラスチックは、強化繊維と、エポキシ基を有するエポキシ化合物と、硬化剤と、ヒドラジド化合物と、を含む。ここで、エポキシ基を有するエポキシ化合物と、硬化剤と、ヒドラジド化合物と、を含むとの記載は、各化合物に由来する官能基を重合体の構成単位として含むことも包含する意味を有する。
【0028】
図9は、実施の形態1の懸架部材の芯部材の一例の断面を拡大して示す概念図である。
図9に示されるように、芯部材2は、強化繊維4と樹脂部5とから構成される繊維強化プラスチックからなる。
【0029】
強化繊維4の材質は特に限定されないが、強化繊維は軽量であり、かつ強度および弾性率が高いことが好ましい。強化繊維としては、例えば、炭素繊維、ガラス繊維、アラミド繊維、ポリアリレート繊維、ポリパラフェニレンベンゾビスオキサゾール繊維などから選択される1種類、または、2種類以上を混紡してなる繊維を用いることができる。
【0030】
樹脂部5は、エポキシ基を有するエポキシ化合物、硬化剤およびヒドラジド化合物を含む。例えば、樹脂部5は、樹脂部5を構成する高分子重合体の構成単位として、エポキシ基を有するエポキシ化合物、硬化剤およびヒドラジド化合物に由来する官能基を重合体の構成単位として含む。
【0031】
樹脂部5は、エポキシ化合物、硬化剤およびヒドラジド化合物を含む樹脂組成物の硬化物(エポキシ樹脂)で構成されることが好ましい。
【0032】
なお、樹脂部5は、上記エポキシ樹脂に加えて、上記エポキシ樹脂以外の樹脂を含んでいてもよい。上記エポキシ樹脂以外の樹脂としては、例えば、ポリウレタン、不飽和ポリエステル、ビニルエステル、フェノールなどに硬化剤を加えてなる熱硬化性樹脂や、ポリウレタン、ポリアミド6(PA6)、ポリアミド12(PA12)、ポリアミド66(PA66)などの熱可塑性樹脂、ヒドラジド化合物を含まないエポキシ樹脂などが挙げられる。樹脂部5を構成する樹脂は、難燃剤等の添加剤を含んでいてもよい。
【0033】
ヒドラジド化合物は、ヒドラジド基(-NHNH2)を有する化合物であれば特に限定されない。ヒドラジド化合物としては、例えば、アジピン酸ジヒドラジド、セバシン酸ジヒドラジド(SDH)、ドデカンジオヒドラジド、イソフタル酸ジヒドラジド(IDH)、サリチル酸ヒドラジドなどが挙げられる。ヒドラドジド化合物として、これらから選択される1種類または2種類以上を混合したものを用いることができる。
【0034】
ヒドラジド化合物のヒドラジド基は、低温では活性化せず、ある特定の温度(活性化温度)以上になることで活性化してエポキシ基等と反応することができる、潜伏性硬化剤である。上記活性化温度は、ヒドラジド化合物の種類によって異なるが、例えば、イソフタル酸ジヒドラジドでについては、140℃である。
【0035】
ヒドラジド化合物の添加量は、特に限定されないが、樹脂部5(樹脂部5の原料となる樹脂組成物)の総量に対して、好ましくは0.01質量%~70質量%であり、より好ましくは0.1質量%~50質量%である。ヒドラジド化合物の添加量が0.01質量%以下である場合、ヒドラジド化合物が少なすぎるため、芯部材と被覆層との密着性が十分に向上しない可能性がある。また、ヒドラジド化合物の添加量が70質量%以上である場合、増粘等の理由により、繊維強化プラスチックとなる樹脂組成物中にヒドラジド化合物を混合することが困難になる。
【0036】
硬化剤としては、エポキシ化合物の硬化剤として公知の種々の化合物を用いることができる。硬化剤としては、例えば、アミン化合物(アミン系硬化剤)が挙げられる。
【0037】
被覆層3を構成する樹脂としては、特に限定されないが、例えば、熱可塑性ポリウレタンエラストマー、熱可塑性ポリスチレンエラストマー、熱可塑性塩化ビニルエラストマー、熱可塑性ポリエステルエラストマー、熱可塑性ポリアミドエラストマー、熱可塑性ポリブタジエンエラストマーなどが挙げられる。巻上機のシーブとの摩擦力、および耐摩耗性の観点から、被覆層3被覆層3を構成する樹脂材料として、熱可塑性ポリウレタンエラストマーを好適に用いることができる。
【0038】
熱可塑性ポリウレタンエラストマーとしては、例えば、エーテル系の熱可塑性ポリウレタンエラストマー、カーボネート系の熱可塑性ポリウレタンエラストマーなどが挙げられる。これらは、高温高湿環境で加水分解しにくい材料であり、好適に使用することができる。
【0039】
この他にも、被覆層3を構成する樹脂として、オレフィン系エラストマー、スチレン系エラストマー、塩ビ系エラストマー、ウレタン系エラストマー、ポリエステル系エラストマー、ポリアミド系エラストマーなどが挙げられ、これらの中から1種類または2種類以上を混合したものを用いることができる。また、被覆層3を構成する樹脂材料は、難燃剤、架橋剤、着色剤、滑剤などの添加剤を含んでいてもよい。
【0040】
なお、被覆層3を構成する樹脂材料が、そのままでは芯部材2を構成する繊維強化プラスチックに対する密着性が十分に得られない材料(熱可塑性ポリウレタンエラストマーなど)である場合に、特に、本開示の懸架部材によって得られる効果は有用である。
【0041】
(懸架部材の製造方法)
次に、実施の形態1の懸架部材の製造方法について、
図10に示す実施の形態1の懸架部材の製造方法の一例のフローを参照して説明する。
【0042】
まず、第1加熱工程が実施される。第1加熱工程では、エポキシ基を有するエポキシ化合物と、硬化剤と、ヒドラジド基を有するヒドラジド化合物と、を含む樹脂組成物と、強化繊維とが接した状態で、樹脂組成物を第1温度(T1)で加熱することにより、エポキシ化合物と硬化剤とを反応させることで、芯部材を形成する。
【0043】
具体的には、
図10を参照して、まず、エポキシ化合物(エポキシ基を有する化合物)と硬化剤からなるベース材に、ヒドラジド化合物を混合し、芯部材の原料となる樹脂組成物を調製する。次に、得られた樹脂組成物を金型内に配置された強化繊維(強化繊維からなるウェブ等)に含浸させる。次に、強化繊維に含浸した樹脂組成物を第1温度(T1)で加熱して、少なくとも1本の芯部材を成形する。
【0044】
ここで、第1温度(T1)は、ヒドラジド化合物のヒドラジド基が活性化しない温度(ヒドラジド化合物が活性化し始める温度よりも低い温度)である。このため、第1加熱工程では、樹脂組成物中のエポキシ化合物のエポキシ基と硬化剤(アミン化合物等)とが反応し、硬化剤よりも反応速度が遅い(活性が低い)ヒドラジド化合物が未反応の状態で樹脂組成物中に残る。未反応のヒドラジド化合物が樹脂組成物中に多く残るようにするため、第1温度(T1)は、300℃以下が好ましく、200℃以下がより好ましく、180℃以下が最も好ましい。なお、このような温度では、第1加熱工程後の芯部材中に一部のエポキシ化合物が残っていることが期待される。この未反応のエポキシ化合物は、後述する第2加熱工程でヒドラジド化合物と反応することができる。
【0045】
もし、T1がヒドラジド化合物が活性化する温度(例えば、300℃以上)である場合、第1加熱工程(芯部材の成形時)においてヒドラジド化合物が樹脂組成物中のエポキシ基と反応して消費されてしまう。この場合、後述する第2加熱工程(被覆層成形時)の第2温度(T2)での加熱によって樹脂組成物中のエポキシ化合物と反応することが可能であり、被覆層を構成する樹脂と相互作用するヒドラジド化合物がなくなるため、芯部材と被覆層との間の密着性を向上する効果が発揮されなくなる。
【0046】
また、樹脂組成物を硬化させて芯部材を成形するために、第1温度(T1)は、エポキシ化合物および硬化剤を含む組成物の硬化温度(重合開始温度)以上であることが好ましい。このような観点からは、第1温度(T1)は、80℃以上が好ましく、100℃以上がより好ましく、120℃以上が最も好ましい。
【0047】
もし、T1が、エポキシ化合物および硬化剤を含む組成物の硬化温度(例えば、80℃)よりも低い場合、樹脂組成物中のエポキシ化合物と硬化剤とが十分反応できず芯部材の成形されず、懸架部材を作製することができない。
【0048】
次に、第2加熱工程が実施される。第2加熱工程では、被覆層を構成する樹脂の原料である被覆材組成物が芯部材の外周を被覆するように配置された状態で、樹脂組成物を第1温度より高い温度である第2温度(T2)で加熱することにより、ヒドラジド化合物のヒドラジド基と、芯部材を構成する繊維強化プラスチックに含まれるエポキシ化合物と、を反応させる。
【0049】
具体的には、
図10を参照して、押出成形等の方法により、被覆層の材料となる樹脂(熱可塑性ポリウレタンエラストマー等)を第2温度(T2)で加熱して溶融させ、1本または複数本の芯部材の外周に被覆層を成形する。
【0050】
このような第2加熱工程においては、芯部材にも第2温度(T2)の熱が加わり、芯部材中の未反応のヒドラジド化合物が、芯部材中に未反応で残っているエポキシ化合物と化学反応し化学結合を形成する。また、ヒドラジド化合物は被覆層とも水素結合や分子間力等の相互作用する。これにより、芯部材と被覆層との間の密着性が向上する。
【0051】
第2温度(T2)は、ヒドラジド化合物のヒドラジド基が活性化する温度である。第2温度(T2)は、好ましくは140℃以上400℃以下である。T2が140℃より低い場合は、ヒドラジド化合物が活性化せず、上記樹脂組成物中のエポキシ化合物と反応し難いため、密着性の向上硬化が得られない可能性がある。一方、T2が400℃よりも高い場合は、繊維強化プラスチック(芯部材)または被覆層を構成する樹脂が熱分解によって劣化してしまう懸念がある。なお、T1およびT2は、芯部材および被覆層を構成する材料の種類、組成等に応じて、適宜調整される。
【0052】
以上で説明した実施の形態の1の懸架部材は、荷重支持部である芯部材と被覆層との間の密着性(接着強度)に優れている。実施の形態の1の懸架部材は、例えばエレベータ用の懸架部材(エレベータロープ等)として、適用することができる。
【0053】
実施の形態2.
(懸架部材)
図11~
図14は、実施の形態2の懸架部材の一例を示す断面模式図である。実施の形態2の懸架部材1は、内部に複数の芯部材2を備え、その複数の芯部材2の一部または全部は撚られているか、または、編まれている。その撚られているか、または、編まれている複数の芯部材2の外周が、被覆層3で被覆されている。それ以外の点は、実施の形態1と同様であるため、重複する説明は省略する。
【0054】
図11に示される懸架部材は、円形の断面形状を有する芯部材2を複数有し、複数の芯部材2が撚り合わせられている。その撚り合わせられた複数の芯部材2の外周が被覆層で被覆されている。懸架部材1も円形の断面形状を有する。
【0055】
図12に示される懸架部材1は、長方形の断面形状を有する。懸架部材1は、撚り合わされた複数の芯部材2が懸架部材1の幅方向に並べて配置されている。
【0056】
図13に示される懸架部材1は、円形の断面形状を有する。懸架部材1は、内部に、外周側の複数の芯部材2aと中心側の芯部材2bとを備え、中心側の芯部材2bの外周に外周側の複数の芯部材2aが撚られている。
【0057】
図14に示される懸架部材は、長方形の断面形状を有する。この懸架部材1では、
図13と同様に撚り合わされた複数の芯部材2a,2bが、懸架部材1の幅方向に並べて配置されている。
【0058】
図11~
図14に示される懸架部材は、実施の形態2に含まれる懸架部材の一例であって、実施の形態2の懸架部材はこれらに限定されない。
【0059】
実施の形態2の懸架部材において、複数の芯部材のうちの少なくとも一部の芯部材は、例えば、複数の繊維状の芯部材が撚られたり編まれたりしてなる織物、組み紐等の長尺状の集合体として配置される。他の一部の芯部材は、撚られたり編まれたりせずに配置されてもよい。
【0060】
実施の形態2の懸架部材においては、例えば、複数の芯部材が撚られたり編まれたりしてなる長尺状の集合体は、その集合体の長手方向が懸架部材の長手方向と平行になるように、配置される。
【0061】
(懸架部材の製造方法)
次に、本開示の実施の形態2の懸架部材の製造方法について、
図15に示す実施の形態2の懸架部材の製造方法の一例のフローを参照して説明する。
【0062】
芯部材を得る過程(第1加熱工程)までは、実施の形態1の懸架部材の製造方法と同様である。第1加熱工程で得られた複数本の芯部材が撚り合わせられる。次に、実施の形態1と同様の方法により、複数本の撚られた芯部材の外周に被覆層が形成される。
【0063】
実施の形態2の懸架部材は、複数の芯部材を備え、その複数の芯部材の一部または全部が撚られているか、または、編まれているため、実施の形態1の懸架部材と比較して曲がりやすいという特徴を有する。
【0064】
一方で、実施の形態2の懸架部材では、複数の芯部材の一部または全部が撚られていることにより、実施の形態1の懸架部材と比較して、懸架部材の断面あたりに含めることのできる芯部材の断面積が少なくなってしまう。そのため、例えば、実施の形態2の懸架部材で、実施の形態1の懸架部材と同じ強度を得ようとした場合、通常、実施の形態2の懸架部材全体の断面積は実施の形態1よりも大きくなる。このように、実施の形態1と実施の形態2の懸架部材は、それぞれのメリットとデメリットを考慮して、適用する用途に応じて選択することができる。
【実施例】
【0065】
以下に実施例を挙げて本開示をさらに詳細に説明するが、本開示はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0066】
(実施例1)
表1のとおり、ベース材(主剤)であるエポキシ化合物(ADEKA社製の品番EP-4100E)と、アミン系硬化剤(日立化成社製の品番HN-2000)とイミダゾール系硬化促進剤(四国化成工業社製の品番1B2MZ)と、を混合し、得られた混合物に対し、さらにヒドラジド化合物であるイソフタル酸ジヒドラジド(IDH)を混合することにより、樹脂組成物を調製した(
図10参照)。なお、イソフタル酸ジヒドラジドは、樹脂組成物の総量に対して3質量%の割合で添加した。
【0067】
この樹脂組成物を、ポリアクリロニトリル(PAN)系炭素繊維に含侵させた状態で、120℃(T1)で硬化させることにより、幅40mm、厚み2mmの断面が長方形である連続した繊維強化プラスチックからなる芯部材を得た。
【0068】
その後、得られた芯部材の外周を被覆する厚み1mmの被覆層を、エーテル系の熱可塑性ポリウレタンエラストマーを用いた200℃(T2)での押出成形により形成することで、実施例1の懸架部材を得た。
【0069】
(実施例2)
実施例2では、ヒドラジド化合物として、セバシン酸ジヒドラジド(SDH)を用いた。それ以外は実施例1と同様の方法で、実施例2の懸架部材を得た。
【0070】
(比較例1)
比較例1では、ヒドラジド化合物の添加を行わなかった。それ以外は実施例1と同様の方法で、比較例1の懸架部材を得た。
【0071】
<評価試験>
実施例1、2および比較例1で得られた懸架部材について、芯部材と被覆層と間の密着性(接着強度)を評価するために、JIS K 6854-2に基づいてピール試験を行った。ピール強度(接着強度)は、得られた試験力(N)を試験片の幅(m)で除した値(N/m)として表した。また、ピール試験は、試験変位として0mmから80mmまで試験を実施し、そのうちの試験変位20mmから60mmのピール強度の平均値をピール強度とした。
【0072】
【0073】
表1に示される結果から、芯部材を構成する繊維強化プラスチックがヒドラジド化合物を含む実施例1および2の懸架部材においては、繊維強化プラスチックがヒドラジド化合物を含まない比較例1に比べて、芯部材と被覆層と間の密着性(接着強度)が顕著に優れていることがわかる。
【0074】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本開示の範囲は上記した説明ではなくて請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0075】
1 懸架部材、2,2a,2b 芯部材、21 接着剤、3 被覆層、4 強化繊維、5 樹脂部。