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特許7686131細胞株、ウシ筋肉細胞の製造方法、ウシ脂肪細胞の製造方法、培養肉の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-05-22
(45)【発行日】2025-05-30
(54)【発明の名称】細胞株、ウシ筋肉細胞の製造方法、ウシ脂肪細胞の製造方法、培養肉の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/16 20060101AFI20250523BHJP
   C12N 5/077 20100101ALI20250523BHJP
   C12N 15/12 20060101ALN20250523BHJP
【FI】
C12N5/16
C12N5/077
C12N15/12
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2024172844
(22)【出願日】2024-10-01
【審査請求日】2024-12-23
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】522115550
【氏名又は名称】株式会社オルガノイドファーム
(74)【代理人】
【識別番号】100179578
【弁理士】
【氏名又は名称】野村 和弘
(74)【代理人】
【識別番号】100195062
【弁理士】
【氏名又は名称】野村 涼子
(72)【発明者】
【氏名】山木 多恵子
(72)【発明者】
【氏名】山本 章人
(72)【発明者】
【氏名】田根 将志
【審査官】長谷川 強
(56)【参考文献】
【文献】生物工学会誌,2022年,第100巻,第4号,pp.169-172
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/16
C12N 5/077
C12N 15/12
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞株であって、
ウシ前駆細胞に以下の4種の遺伝子:CDK4(R24C)、TERT、CCND1、およびDNAバインディングドメインをコードする領域が欠如したp53が導入されることによって樹立され
前記ウシ前駆細胞が、ウシ筋前駆細胞またはウシ脂肪前駆細胞である、細胞株。
【請求項2】
請求項1に記載の細胞株において、
前記ウシ前駆細胞は、ウシ筋前駆細胞である、
細胞株。
【請求項3】
ウシ筋肉細胞の製造方法であって、
ウシ筋前駆細胞に、以下の4種の遺伝子:CDK4(R24C)、TERT、CCND1、およびDNAバインディングドメインをコードする領域が欠如したp53を導入する工程を含む、
ウシ筋肉細胞の製造方法。
【請求項4】
請求項3に記載のウシ筋肉細胞の製造方法において、
前記工程では、トランスポゾンベクターを用いて前記遺伝子を導入する、
ウシ筋肉細胞の製造方法。
【請求項5】
ウシ脂肪細胞の製造方法であって、
ウシ脂肪前駆細胞に、以下の4種の遺伝子:CDK4(R24C)、TERT、CCND1、およびDNAバインディングドメインをコードする領域が欠如したp53を導入する工程を含む、
ウシ脂肪細胞の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、培養肉の製造に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、生体外で細胞を増殖させることによって人工的に食用肉(培養肉)を製造する技術が注目されている。培養肉を産業レベルで生産するためには、細胞を大量培養することが求められる。例えば、非特許文献1には、マイクロキャリアを用いて細胞を撹拌浮遊培養することについて開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】坂口勝久、田中龍一郎、「培養肉生産に向けたウシ筋芽細胞の攪拌浮遊培養」、生物工学会誌、2022年、第100巻、第4号、p.169-172
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
非特許文献1に記載の技術においては、マイクロキャリアを用いた培養における増殖速度の観点において、改善の余地があった。このため、マイクロキャリアを用いた培養において、細胞の増殖速度を向上させることのできる技術が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本開示は、以下の形態として実現することが可能である。
【0006】
(1)本発明の一形態によれば、細胞株が提供される。この細胞株は、ウシ前駆細胞に以下の4種の遺伝子:CDK4(R24C)、TERT、CCND1、およびDNAバインディングドメインをコードする領域が欠如したp53が導入されることによって樹立されている。この形態の細胞株によれば、マイクロキャリアを用いた培養において細胞の増殖速度を向上させることができる。
【0007】
(2)上記(1)に記載の細胞株において、前記ウシ前駆細胞は、ウシ筋前駆細胞であってもよい。この形態の細胞株によれば、マイクロキャリアを用いた培養において細胞の増殖速度を向上させることができる。
【0008】
(3)本開示の他の形態によれば、ウシ筋肉細胞の製造方法が提供される。この製造方法は、ウシ筋前駆細胞に、以下の4種の遺伝子:CDK4(R24C)、TERT、CCND1、およびDNAバインディングドメインをコードする領域が欠如したp53を導入する工程を含む。この形態の製造方法によれば、マイクロキャリアを用いた培養において増殖速度に優れるため、ウシ筋肉細胞を容易に大量培養することができる。
【0009】
(4)上記(3)に記載のウシ筋肉細胞の製造方法において、前記工程では、トランスポゾンベクターを用いて前記遺伝子を導入してもよい。この形態の製造方法によれば、トランスポゾンベクターを用いて遺伝子が導入されるので、安全性の低下を抑制できる。
【0010】
(5)本開示の他の形態によれば、ウシ脂肪細胞の製造方法が提供される。この製造方法は、ウシ脂肪前駆細胞に、以下の4種の遺伝子:CDK4(R24C)、TERT、CCND1、およびDNAバインディングドメインをコードする領域が欠如したp53を導入する工程を含む。この形態の製造方法によれば、マイクロキャリアを用いた培養において増殖速度に優れるため、ウシ脂肪細胞を容易に大量培養することができる。
【0011】
(6)本発明の他の形態によれば、培養肉の製造方法が提供される。この培養肉の製造方法は、ウシ筋前駆細胞に、以下の4種の遺伝子:CDK4(R24C)、TERT、CCND1、およびDNAバインディングドメインをコードする領域が欠如したp53を、トランスポゾンベクターを用いて導入する工程を含む。この形態の培養肉の製造方法によれば、マイクロキャリアを用いた培養において細胞の増殖速度を向上させることができるため、ウシ筋肉細胞を容易に大量培養することができる結果、培養肉の製造効率を向上させることができる。
【0012】
なお、本開示は、種々の形態で実現することが可能であり、例えば、細胞株の樹立方法、細胞株の製造方法、ウシ筋肉細胞を含む培養肉、ウシ脂肪細胞を含む培養肉、マイクロキャリア培養を用いた培養肉の製造方法、培養肉を製造するための細胞株の利用等の形態で実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】長期継代培養の結果を示す説明図である。
図2】DNp53の有無による増殖結果を比較して示す説明図である。
図3】マイクロキャリア培養の結果を示す説明図である。
図4】MC+群の細胞における顕微鏡画像を示す説明図である。
図5】筋分化誘導下で培養した細胞の顕微鏡画像を示す説明図である。
図6】コーティング剤の有無による増殖結果を比較して示す説明図である。
図7】長期継代培養の結果を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
A.用語の定義等
本開示において、「ウシ」とは、ウシ亜科(Bovinae)に属する動物を意味し、好ましくは家畜種のウシ(Bos taurus)を意味する。本開示において、「ウシ前駆細胞(bovine progenitor cells)」とは、ウシ由来の細胞のうち、特定型のウシ細胞に分化すること、または特定型のウシ組織を形成することが期待される細胞を意味する。本開示におけるウシ前駆細胞には、好ましくは筋細胞(myocytes、muscle cells)または脂肪細胞(adipocytes、fat cells)への多分化能を有する間葉系幹細胞も含まれ得る。ウシ前駆細胞としては、特に限定されないが、ウシの組織由来の前駆細胞、例えば、筋肉に由来する筋前駆細胞(muscle progenitor cell)、脂肪に由来する脂肪前駆細胞(fat progenitor cell)等が挙げられる。ウシの筋肉としては、特に限定されず、例えば、骨格筋、心筋、平滑筋等が挙げられるが、骨格筋であることが好ましい。骨格筋としては、特に限定されないが、例えば、頬部、こめかみ、頸部、背部、胸部、肩部、腰部、大腿部の筋組織が挙げられる。
【0015】
本開示における「筋前駆細胞」は、「筋組織由来前駆細胞(muscle tissue-derived progenitor cell)」、「筋幹細胞(muscle stem cell)」または「筋原性前駆細胞(myogenic progenitor cell)」との用語に置き換えることができる。本開示における筋前駆細胞には、筋組織中に存在する体性幹細胞が含まれ得る。筋前駆細胞は、筋衛星細胞(myosatellite cell)または筋芽細胞であってもよい。筋衛星細胞は、骨格筋細胞の前駆体である。衛星細胞は、筋芽細胞に分化し得る。本開示における「脂肪前駆細胞」は、「脂肪幹細胞(adipose stem cell)」、「間質血管細胞群(stromal vascular fraction:SVF)」または「脂肪組織由来幹細胞(adipose tissue-derived stem cells:ADSC)」との用語に置き換えることができる。本開示における脂肪前駆細胞には、脂肪組織中に存在する体性幹細胞が含まれ得る。
【0016】
本開示において、「CDK4」とは、サイクリン依存性キナーゼ4(Cyclin-dependent kinase 4)をコードする遺伝子を意味する。サイクリン依存性キナーゼ4は、細胞周期のG1期からS期への移行を調節する。サイクリン依存性キナーゼ4は、サイクリンと結合することによって活性化する。ウシのCDK4(以下、「bCDK4」とも記載する)の配列(NM_001037594.2)を、配列番号1に示す。本開示において、「CDK4(R24C)」とは、コードするサイクリン依存性キナーゼ4において、24番目のR(アルギニン)がC(システイン)に置換されるように変異が導入された遺伝子を意味する。ウシのCDK4(R24C)(以下、「bCDK4(R24C)」とも記載する)の配列の一例を、配列番号2に示す。配列番号2は、配列番号1と比較して、70番目のC(シトシン)がT(チミン)に置換されている。なお、bCDK4(R24C)は、70番目のCがTに置換されることに加えて、72番目のTがCに置換されていてもよい。bCDK4(R24C)は、目的の機能が失われない範囲内に限り、配列番号2に示される配列に対して、1または複数の塩基が欠失、置換または付加されていてもよい。
【0017】
本開示において、「TERT」とは、テロメアーゼ逆転写酵素(telomerase reverse transcriptase)をコードする遺伝子を意味する。テロメアーゼ逆転写酵素は、DNAにテロメア配列を付加する。ウシのTERT(以下、「bTERT」とも記載する)のコード配列(CDS_NM_001046242.1)を、配列番号3に示す。bTERTは、目的の機能が失われない範囲内に限り、配列番号3に示される配列に対して、1または複数の塩基が欠失、置換または付加されていてもよい。
【0018】
本開示において、「CCND1」とは、サイクリンD1(cyclin D1)をコードする遺伝子を意味する。サイクリンD1は、CDK4またはCDK6と複合体を形成することによって、細胞周期のG1期からS期への移行に関与する。ウシのCCND1(以下、「bCCND1」とも記載する)の配列(NM_001046273.2)を、配列番号4に示す。bCCND1は、目的の機能が失われない範囲内に限り、配列番号4に示される配列に対して、1または複数の塩基が欠失、置換または付加されていてもよい。
【0019】
本開示において、「p53」とは、p53腫瘍抑制因子(p53 tumor suppressor)をコードする遺伝子を意味する。ウシのp53(以下、「bp53」とも記載する)の配列(NM_174201.2)を、配列番号5に示す。本開示において、「DNAバインディングドメインをコードする領域が欠如したp53」とは、野生型p53に対し、DNAバインディングドメインをコードする領域が欠失したp53を意味する。DNAバインディングドメインをコードする領域が欠如したp53は、ドミナントネガティブ型のp53であるため、以下の説明では、「DNp53」とも記載する。DNp53には、DNAバインディングドメインをコードする領域の一部が欠如することにより、DNAバインディングドメインが形成されない態様も含まれる。また、DNp53は、野生型p53に対し、DNAバインディングドメインをコードする領域以外の領域の一部が欠失していてもよい。ウシのDNp53(以下、「bDNp53」とも記載する)の配列の一例を、配列番号6に示す。bDNp53は、目的の機能が失われない範囲内に限り、配列番号6に示される配列に対して、1または複数の塩基が欠失、置換または付加されていてもよい。
【0020】
B.細胞株
本開示の一実施形態によれば、ウシ前駆細胞に以下の4種の遺伝子:CDK4(R24C)、TERT、CCND1、およびDNAバインディングドメインをコードする領域が欠如したp53(DNp53)が導入されることによって樹立された細胞株が提供される。上記4つの遺伝子のうち、TERTおよびCCND1は、ウシ前駆細胞において生来発現する内在性遺伝子にも該当する。したがって、TERTおよびCCND1の導入により、テロメアーゼ逆転写酵素およびサイクリンD1の発現量は、野生型と比較して上昇する。上記4つの遺伝子のうち、CDK4(R24C)およびDNp53は、ウシ前駆細胞において生来発現しない外因性遺伝子に該当する。
【0021】
ウシ前駆細胞は、摘出されたウシの組織をコラゲナーゼ処理することによって採取され得る。より具体的には、例えば、屠殺したウシの頬部や内臓脂肪等から任意の組織を摘出し、ハサミ等で細かく切断した後にコラゲナーゼ等を用いて消化することによってウシ前駆細胞を得ることができる。なお、必要に応じて、セルソーター等により特定の細胞を分離してもよい。得られたウシ前駆細胞は、任意の培地に懸濁され、COインキュベーター中で1~7日間程度培養された後に、トランスフェクションに供されてもよい。なお、ウシ前駆細胞は、トランスフェクションに供される前に、継代培養されてもよく、さらに凍結保存されてもよい。培地としては、特に限定されないが、例えば、イーグルMEM培地、ダルベッコ改良イーグルMEM培地、ハム培地F12およびこれらの混合培地等、動物細胞の培養に用いることが可能な任意の培地を用いてもよい。培養温度、培地pH、CO濃度等の条件は、動物細胞培養において一般的に使用される条件が適宜採用されてもよい。
【0022】
遺伝子の導入方法としては、ウシの前駆細胞に上記遺伝子を導入可能なものであれば特に限定されないが、一過性トランスフェクションではなく安定トランスフェクションであることが好ましい。遺伝子の導入方法としては、例えば、ベクターを用いて導入する方法が挙げられる。ベクターとしては、ウシの前駆細胞に上記遺伝子を導入可能なものであれば特に限定されないが、安全性の低下を抑制する観点から、非ウイルスのベクターであることが好ましい。非ウイルスによるベクターとしては、特に限定されないが、例えばトランスポゾンベクターが挙げられる。トランスポゾンベクターとしては、特に限定されず、例えば、PiggyBacベクター、Sleeping Beautyベクター、Tol2ベクター等が挙げられるが、遺伝子導入効率の観点から、PiggyBacベクターを用いることが好ましい。
【0023】
上記4つの遺伝子は、それぞれ別々に導入されてもよく、一緒に導入されてもよい。より具体的には、トランスポゾンベクターを用いて導入する場合には、1つのベクターに複数の遺伝子が配置されて導入されてもよく、各遺伝子が別々のベクターに配置されて導入されてもよい。なお、1つのベクターに複数の遺伝子を直列に配置して導入した場合においても、各タンパク質は独立して発現される。
【0024】
遺伝子が導入された後の細胞は、動物細胞の培養に用いることが可能な任意の培地中において培養されてもよい。培地としては、特に限定されないが、例えば、イーグルMEM培地、ダルベッコ改良イーグルMEM培地、ハム培地F12およびこれらの混合培地等が挙げられる。培養温度、培地pH、CO濃度等の条件は、動物細胞培養において一般的に使用される条件が適宜採用されてもよい。
【0025】
本開示の細胞株によれば、マイクロキャリア培養に対する適性に優れる。より具体的には、マイクロキャリアを用いた培養において増殖速度に優れる。
【0026】
また、本開示の細胞株によれば、無限増殖能を有し、且つ、倍加時間の増大を抑制できる。無限増殖能を有することは、不死化が獲得されていることを意味する。無限増殖能を有し、且つ、倍加時間の増大を抑制できるメカニズムとしては、定かではないが、例えば以下のような推定メカニズムが推定される。
【0027】
ここで、一般に、サイクリン依存性キナーゼ阻害因子(CKI:cyclin-dependent kinase inhibitor)のファミリーとしては、INK4(inhibitors of CDK4)と、Cip/Kip(CDK interacting protein/Kinase inhibitory protein)とが挙げられる。一般に、INK4の一種であるp16INK4は、サイクリンとサイクリン依存性キナーゼ4との結合およびサイクリンとサイクリン依存性キナーゼ6との結合を阻害する。変異型であるCDK4(R24C)から形成された変異型サイクリン依存性キナーゼ4は、野生型と比較して、p16INK4との親和性が低下し、この結果として、サイクリンとの結合が阻害されることを抑制できると考えられる。したがって、変異型であるCDK4(R24C)によれば、野生型CDK4と比較して、活性の低下が抑制されることが推定される。
【0028】
また、一般に、Cip/Kipファミリーは、p21Cip1、p27Kip1、p57Kip2の3つのタンパク質によって構成される。これらのタンパク質は、サイクリンとサイクリン依存性キナーゼとの双方に結合することによって、活性を阻害する。p53腫瘍抑制因子は、p21Cip1の上流においてp21Cip1の発現を制御する。ドミナントネガティブ型のp53によれば、野生型である内在性p53の働きを乱すことによって、Cip/Kip系の作用を回避することができると考えられる。この結果として、無限増殖能を有し、また、倍加時間の増大を抑制できると推定される。
【0029】
また、本開示の細胞株によれば、分化効率に優れる。特に、ウシ筋前駆細胞を用いた場合には、筋分化効率に優れる。分化効率は、例えば、顕微鏡を用いて組織の特徴的構造を観察することによって確認することができる。なお、各種マーカー遺伝子等の発現を免疫染色等によって調べることにより分化効率を確認してもよい。また、本開示の細胞株によれば、コーティング剤非存在下においても、細胞の増殖速度が低下することを抑制できる。
【0030】
本開示の細胞株は、マイクロキャリアを用いた培養において増殖速度に優れるため、大量培養が容易となる結果、培養肉の製造に好適する。細胞の培養に用いるマイクロキャリアとしては、特に限定されないが、例えば、ポリスチレンやポリビニルアルコール等の樹脂材料、アクリルアミド、ガラス、コラーゲン、セルロース、ゼラチン、多糖等によって形成されたマイクロキャリアが挙げられる。また、本開示の細胞株は、無限増殖能を有し、且つ、倍加時間の増大を抑制できる点によっても、培養肉の製造に好適する。さらに、本開示の細胞株は、分化効率に優れる点や、コーティング剤非存在下における細胞の増殖速度が低下することを抑制できる点によっても、培養肉の製造に好適する。なお、本開示の細胞株は、マイクロキャリアを用いない培養方法によって培養されてもよい。マイクロキャリアを用いない培養方法としては、特に限定されず、マイクロキャリアを用いない浮遊培養や接着培養等が挙げられるが、大量培養の観点から、浮遊培養であることが好ましく、バイオリアクターや自動培養装置等を用いた浮遊培養であることがより好ましい。また、本開示の細胞株は、培養肉に限らず、再生医療や研究材料等に利用されてもよい。
【0031】
C.ウシ筋肉細胞の製造方法
本開示の他の実施形態によれば、ウシ筋肉細胞の製造方法が提供される。ウシ筋肉細胞の製造方法は、ウシ筋前駆細胞に、以下の4種の遺伝子:CDK4(R24C)、TERT、CCND1、およびDNAバインディングドメインをコードする領域が欠如したp53を導入する工程を含む。なお、ウシ筋前駆細胞は、継代培養を経た細胞であってもよく、凍結保存およびそれに伴う解凍を経た細胞であってもよい。
【0032】
遺伝子を導入する工程では、例えば上述の方法を用いて遺伝子を導入することができるが、トランスポゾンベクターを用いて遺伝子を導入することが好ましく、PiggyBacベクターを用いて遺伝子を導入することがより好ましい。本開示のウシ筋肉細胞の製造方法は、遺伝子を導入する工程の後に、培地中で細胞を培養する工程を含んでいてもよい。4つの遺伝子が導入されたウシ筋前駆細胞は、抗生物質等の発現を指標としてセレクションされることが好ましい。すなわち、本開示のウシ筋肉細胞の製造方法は、遺伝子を導入する工程の後に、4つの遺伝子が導入された細胞を選択する工程を含んでいてもよい。また、本開示のウシ筋肉細胞の製造方法は、遺伝子を導入する工程の後または細胞株を選択する工程の後に、培地中で細胞を継代培養する工程を含んでいてもよい。また、本開示のウシ筋肉細胞の製造方法は、マイクロキャリアを用いて細胞を培養する工程を含んでいてもよい。用いるマイクロキャリアとしては、特に限定されないが、例えば、ポリスチレンやポリビニルアルコール等の樹脂材料、アクリルアミド、ガラス、コラーゲン、セルロース、ゼラチン、多糖等によって形成されたマイクロキャリアが挙げられる。なお、本開示のウシ筋肉細胞の製造方法においては、例えば上述したような、マイクロキャリアを用いない培養方法によって細胞が培養されてもよい。
【0033】
本開示のウシ筋肉細胞の製造方法は、マイクロキャリアを用いた培養において細胞の増殖速度を向上させることができるため、大量培養が容易となる結果、培養肉の製造に好適する。また、無限増殖能を有し、且つ、倍加時間の増大を抑制できる点によっても、培養肉の製造に好適する。さらに、分化効率に優れる点や、コーティング剤非存在下における細胞の増殖速度が低下することを抑制できる点によっても、培養肉の製造に好適する。なお、本開示のウシ筋肉細胞の製造方法によって製造されたウシ筋肉細胞は、培養肉の製造に限らず、再生医療や研究材料等に利用されてもよい。
【0034】
D.ウシ脂肪細胞の製造方法
本開示の他の実施形態によれば、ウシ脂肪細胞の製造方法が提供される。ウシ脂肪細胞の製造方法は、ウシ脂肪前駆細胞に、以下の4種の遺伝子:CDK4(R24C)、TERT、CCND1、およびDNAバインディングドメインをコードする領域が欠如したp53を導入する工程を含む。ウシ脂肪細胞の製造方法は、用いるプライマリ細胞が異なる点以外は、上述のウシ筋肉細胞の製造方法と同様であってもよい。本開示のウシ脂肪細胞の製造方法によれば、マイクロキャリアを用いた培養において細胞の増殖速度を向上させることができるため、大量培養が容易となる結果、培養肉の製造に好適する。また、無限増殖能を有し、且つ、倍加時間の増大を抑制できる点によっても、培養肉の製造に好適する。さらに、分化効率に優れる点や、コーティング剤非存在下における細胞の増殖速度が低下することを抑制できる点によっても、培養肉の製造に好適する。なお、本開示のウシ脂肪細胞の製造方法によって製造されたウシ脂肪細胞は、培養肉の製造に限らず、再生医療や研究材料等に利用されてもよい。
【0035】
E.培養肉の製造方法
本開示の他の実施形態によれば、培養肉の製造方法が提供される。培養肉の製造方法は、ウシ筋前駆細胞に、以下の4種の遺伝子:CDK4(R24C)、TERT、CCND1、およびDNAバインディングドメインをコードする領域が欠如したp53(DNp53)を、PiggyBacベクターを用いて導入する工程を含む。
【0036】
本開示の培養肉の製造方法は、さらに、ウシ脂肪前駆細胞に、以下の4種の遺伝子:CDK4(R24C)、TERT、CCND1、およびDNAバインディングドメインをコードする領域が欠如したp53(DNp53)を、PiggyBacベクターを用いて導入する工程を含むことが好ましい。
【0037】
また、本開示の培養肉の製造方法は、上記4つの遺伝子が導入された細胞を培養する工程と、増殖させた細胞によって組織を形成させる工程とを含むことが好ましい。細胞を培養する工程における培養方法としては、特に限定されないが、例えば上述のような方法を用いてもよい。組織を形成させる方法としては、特に限定されないが、例えば以下の方法を用いてもよい。まず、増殖させた筋芽細胞を、筋管へと分化誘導させる。これにより筋芽細胞を周囲の細胞と細胞融合によって多核化させ、筋管を形成させる。筋管をさらに成熟させることによって筋線維を形成させる。なお、培養肉の製造方法においては、例えば、シート状の筋肉細胞と脂肪細胞とを積層させることによって三次元組織を形成させてもよく、筋肉細胞と脂肪細胞とを含む細胞塊をコラーゲンゲル等に埋め込むことによって三次元組織を形成させてもよい。
【実施例
【0038】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0039】
1.細胞の作製
(1)試料
東京芝浦臓器株式会社よりウシホホ肉を購入し、以下のようにしてウシ筋前駆細胞を分離した。筋肉組織を切り出し、ミンサー(Bonny社製, 49 3683400500 2)、およびハサミによる細断を行なった。裁断した筋肉組織に、0.2%コラゲナーゼ溶液(DMEM, high glucose, GlutaMAX Supplement, pyruvate(Gibco社製, 10569-044)+2mg/mL コラゲナーゼ(富士フイルム和光純薬社製, 032-22364)+ 25U/mL デオキシリボヌクレアーゼ I(Sigma社製, D5025)+10 mM HEPES(Nacalai社製, 17557-94)+1×Penicillin / Streptomycin / Amphotericin B(Nacalai社製, 02892-54)+2μg/mL Gentamycin Sulfate Solution(Nacalai社製, 16672-04))を加え、マグネチックスターラーを用いて37℃で1~2時間撹拌した。処理液を59μmナイロンメッシュ(アズワン社製, PA-59μ)でろ過し、ろ液を800 gで5分間遠心分離した。沈殿物を、4%FBSを加えたHBSS(Nacalai社製, 09735-75)に懸濁し、再び800 gで5分間遠心分離した。沈殿物を、再び4%FBSを加えたHBSSに懸濁し、100μmセルストレーナー(Corning社製, 352360)でろ過することで、ウシ筋前駆細胞を得た。また必要に応じてセルソーター(ベクトンディッキンソン社製 FACS Aria II)を使用し、特定の細胞を分離した。得られたウシ筋前駆細胞は、後述の培養条件で7日間程度培養した後、トリプシン(Nacalai社製, 35553-74)処理により1回継代を行った。これを全量、別の培養器に播種し、3日間程度培養したものをトランスフェクション実験に使用した。ウシ脂肪前駆細胞の調製には、東京芝浦臓器株式会社より購入したウシ内臓脂肪(心膜脂)から切り出した脂肪組織を用いた。ウシ脂肪前駆細胞の調製は、ウシ筋前駆細胞の調製と同様の方法により行なった。得られたウシ脂肪前駆細胞は、後述の培養条件で7日間程度培養した後、トリプシン(Nacalai社製, 35553-74)処理により1回継代を行った。これを全量、別の培養器に播種し、3日間程度培養したものをトランスフェクション実験に使用した。
【0040】
(2)細胞培養
以下の説明において特別な記載のない限り、培養液は、MM(Maintenance Medium;DMEM, high glucose, GlutaMAX Supplement, pyruvate(Gibco社製, 10569-044)+20% Fetal Bovine Serum (South Africa Origin)(Biosera社製, 556-33865 (FB-1003/500))+10 mM HEPES(Nacalai社製, 17557-94)+1×Penicillin / Streptomycin / Amphotericin B(Nacalai社製, 02892-54)+2μg/mL Gentamycin Sulfate Solution(Nacalai社製, 16672-04)+5 ng/mL bFGF(ReproCell社製, RCHEOT003))を使用し、COインキュベーターで培養した(37℃, 5%CO)。培養器は、0.1 mg/mL Fibronectin bovine plasma(Merck社製, F4759)でコーティングしたものを用いた。
【0041】
(3)ベクターの作製
以下の5つのベクターを作製した。コントロールベクター以外の4つのベクターは、VectorBuilder Inc.社によって合成された。コントロールベクターは、VectorBuilder Inc.社によって合成されたベクターから、挿入遺伝子を取り除くことによって作製した。
【0042】
配列番号7に示すhyPBaseベクター(pRP[Exp]-mCherry-CAG>hyPBase)は、トランスポゼース発現ヘルパープラスミドである。配列番号8に示すCDK4R24Cベクター(pPB[Exp]-Puro-EF1A>cwTERT[NM_001046242.1](ns):T2A:cwCDK4[NM_001037594.2](ns)*:T2A:cwCCND1[NM_001046273.2])は、bCDK4(R24C変異体)とbTERTとbCCND1とが挿入されたトランスポゾンプラスミドである。配列番号9に示すCDK4WTベクター(pPB[Exp]-Puro-EF1A>cwTERT[NM_001046242.1](ns):T2A:cwCDK4[NM_001037594.2](ns):T2A:cwCCND1[NM_001046273.2])は、bCDK4(WT)とbTERTとbCCND1とが挿入されたトランスポゾンプラスミドである。配列番号10に示すDNp53ベクター(pPB[Exp]-Hygro-EF1A>cwTP53[NM_174201.2]*)は、bDNp53が挿入されたトランスポゾンプラスミドである。配列番号11に示すコントロールベクター(pOF002_pPB-hEF1Ap-MCS (HygR))は、DNp53ベクターに対しbDNp53が挿入されていないプラスミドである。
【0043】
(4)トランスフェクション
ウシ筋前駆細胞をトリプシン(Nacalai社製, 35553-74)処理により回収し、24well plate(IWAKI社製, 3820-024)に2×10 cells/wellで播種し、1日間培養した。プラスミドDNA(hyPBaseベクター+CDK4R24Cベクター、またはhyPBaseベクター+CDK4WTベクター)を、20μg/mLでOpti-MEM(登録商標)に希釈した。同様に希釈した120μL/mL ViaFect Transfection Reagent(Promega社製, E4981)と1:1で混合し、室温で15分間静置した。ネガティブコントロールでは、DNA溶液の代わりに純水を加えた。各ウェルの培養液を450μL Opti-MEM(登録商標)に交換し、そこに調製したリポソーム溶液を50μL加えた(0.5μg/well プラスミドDNA)。インキュベーター内で6時間培養し、培養液をMMに交換した。翌日、細胞を継代し、6ウェルプレート(IWAKI社製, 3810-006N)に播種した。その翌日、培養液を3μg/mL Puromycin(Wako社製, 160-13151)添加MMに交換した。ネガティブコントロールの細胞が死滅するまで培養し、CDK4R24Cベクター導入細胞およびCDK4WTベクター導入細胞を得た。
【0044】
上記で得たCDK4R24Cベクター導入細胞に対して、同様の手順でDNp53ベクターまたはコントロールベクターをトランスフェクションした(hyPBaseベクター+DNp53ベクター、またはhyPBaseベクター+コントロールベクター)。セレクションには、300μg/mL Hygromycin B(Wako社製, 089-06151)を使用し、CDK4R24CベクターおよびDNp53ベクターの共発現細胞を作製した。
【0045】
2.実験方法および結果
<実験1:長期継代培養に関する実験>
ウシ筋前駆細胞について、上記ベクターが導入されていないプライマリ細胞と、CDK4WTベクターが導入された細胞(以下、「CDK4WT細胞」とも呼ぶ)と、CDK4R24Cベクターが導入された細胞(以下、「CDK4R24C細胞」とも呼ぶ)とを用いて、分裂可能回数を確認する実験を行なった。細胞を、互いに同じ濃度(1×10-3×10 cells/well)で6ウェルプレートに播種し、その後、3または4日間隔でトリプシン処理により細胞を回収した。回収した細胞をトリパンブルー溶液(Invitrogen社製, T10282)と等量で混合し、自動セルカウンター(Countess3, Invitrogen社製)により生細胞数を計測した。回収した細胞を適切な濃度に希釈し、同様に6ウェルプレートに播種した。これを約100回分裂に達するまで、または分裂回数が頭打ちとなるまで繰り返した。なお、プライマリ細胞を用いた実験とCDK4WT細胞およびCDK4R24C細胞を用いた実験とは、別日に実施した。
【0046】
図1は、長期継代培養の結果を示す説明図である。図1において、縦軸は累積分裂回数(回)を示し、横軸は培養日数(日)を示す。プライマリ細胞は、培養21日目に増殖速度が著しく低下し、培養18-21日目の倍加時間は約144.5時間であった。CDK4WT細胞は、培養10日目に増殖速度が著しく低下し、培養7-10日目の倍加時間は約108.6時間であった。これに対し、CDK4R24C細胞は、増殖速度の低下が生じることなく100回分裂に至り、その後も増殖速度が維持された。CDK4R24C細胞は、培養127日目には累積分裂回数が約129.5回に達し、培養123-127日目の倍加時間は約22.5時間であった。以上の結果によれば、プライマリ細胞および、bCDK4WTとbTERTとbCCND1とを共発現させたCDK4WT細胞では、培養期間中に増殖速度の著しい低下がみられ、分裂可能回数に限りがあることが示された。これに対し、bCDK4R24CとbTERTとbCCND1とを共発現させたCDK4R24C細胞では、増殖速度の低下が生じることなく、累積100回を上回る細胞分裂が認められたため、無限増殖能を有することが期待された。
【0047】
<実験2:増殖速度の比較実験>
CDK4R24C細胞にさらにコントロールベクターが導入された細胞(以下、「コントロール細胞」とも呼ぶ)と、CDK4R24C細胞にさらにDNp53ベクターが導入された細胞(以下、「CDK4R24C/DNp53細胞」とも呼ぶ)とを使用し、増殖速度の比較を行なった。上記実験1と同様の方法によって培養を行ない、3または4日間隔で細胞数の計測および継代を実施した。
【0048】
図2は、DNp53の有無による増殖結果を比較して示す説明図である。図2において、縦軸は累積分裂回数(回)を示し、横軸は培養日数(日)を示す。すべての計測日において、CDK4R24C/DNp53細胞の生細胞数は、コントロール細胞よりも多かった。培養84日目において、コントロール細胞の累積分裂回数が約108.4回であったのに対し、CDK4R24C/DNp53細胞の累積分裂回数は約122.0回であった。全培養期間における倍加時間の平均は、コントロール細胞が19.4時間、CDK4R24C/DNp53細胞が16.7時間であった。以上の結果によれば、CDK4R24C/DNp53細胞の平均倍加時間は、コントロール細胞と比較して約15%短縮されたことがわかった。したがって、CDK4R24Cベクターを導入した細胞にDNp53ベクターをさらに導入することによってドミナントネガティブ型のp53を発現させ、これによって内在性p53の作用を抑制することにより、細胞の増殖速度を向上できることが示された。
【0049】
<実験3:マイクロキャリアを用いた3次元培養に関する実験>
CDK4R24C細胞およびCDK4R24C/DNp53細胞について、マイクロキャリアを用いた3次元培養に対する適性を比較するために、30 mLスケールのマイクロキャリア培養を実施した。培養装置としては、ディスポーザルバイオリアクター(ABLE社製, ABBWVS03A-6)を用い、マイクロキャリアとしては、Cytodex 1(Cytodexは登録商標)(Cytiva社製, 17044802)を用いた。マイクロキャリア密度が3 g/L、細胞密度が1.0×10cells/mLとなるように、それぞれの細胞を播種し、その後、83 rpm(5 min)/0 rpm(25 min)の間歇攪拌を計4時間繰り返した後、60 rpmで攪拌を継続した。培養は、37℃、5% COのインキュベーター内で行なった。培養期間中、1日毎にサンプリングを行ない、細胞計数装置NC-200(ChemoMetec社製)を使用して、マイクロキャリア上の生細胞数を測定した。それぞれの細胞について、MC+群では、毎サンプリング後にリアクター内のマイクロキャリアを自然沈降させ、上清を20 mL除去して新鮮培地に交換することにより、培地交換を行なった。MC-群では、培地交換を行わずに培養を継続した。また、顕微鏡観察によって、細胞のマイクロキャリアへの定着を確認した。
【0050】
図3は、マイクロキャリア培養の結果を示す説明図である。図3において、縦軸は生細胞密度(×10cells/mL)を示し、横軸は培養日数(日)を示す。図4は、MC+群の細胞における顕微鏡画像を示す説明図である。CDK4R24C細胞では、顕微鏡観察において細胞のマイクロキャリアへの定着が確認できたものの、増殖せずに、生細胞密度が向上しなかった。これに対し、CDK4R24C/DNp53細胞では、顕微鏡観察において細胞のマイクロキャリアへの定着が確認されるとともに、定着した細胞が増殖し、生細胞密度が向上した。培養4日目の生細胞密度は、MC+群では、CDK4R24C細胞が1.77×10cells/mL、CDK4R24C/DNp53細胞が7.52×10cells/mLであり、MC-群では、CDK4R24C細胞が1.46×10cells/mL、CDK4R24C/DNp53細胞が4.42×10cells/mLであった。
【0051】
CDK4R24C細胞では、マイクロキャリアへの定着は確認されたが、培養4日目においても生細胞数が約1.8倍までしか増加しておらず、マイクロキャリア上での増殖速度が非常に遅いことが明らかとなった。これに対し、DNp53を共発現させたCDK4R24C/DNp53細胞では、培養4日目までに生細胞数が約7.5倍まで増加しており、マイクロキャリア上での増殖能が向上していることが示された。なお、培養3-4日目においてCDK4R24C/DNp53細胞では増殖速度の減退がみられたが、この
理由としては、マイクロキャリア上で100%コンフルエントに達したために細胞死が生じて細胞が剥離したためと考えられた。MC+群における培養2-3日目の倍加時間を比較すると、CDK4R24C細胞では120時間であるのに対し、CDK4R24C/DNp53細胞では27.7時間であり、増殖速度の明らかな向上が認められた。
【0052】
<実験4:筋分化効率の確認実験>
上記コントロール細胞とCDK4R24C/DNp53細胞とを用いて、筋分化効率の比較を行なった。細胞を6ウェルプレートに同濃度で播種し、その後、100%コンフルエントに達するまでMMにて培養した。その後、培地を2%FBS分化誘導培地(DMEM, high glucose, GlutaMAX Supplement, pyruvate+2% Fetal Bovine Serum (South Africa Origin)+10 mM HEPES+1× Penicillin / Streptomycin / Amphotericin B+2μg/mL Gentamycin Sulfate Solution)に変更し、筋分化誘導下で3日間培養を行なった。筋分化効率の比較は、筋管が形成されている領域を顕微鏡下で確認することで行なった。
【0053】
図5は、筋分化誘導下で培養した細胞の顕微鏡画像を示す説明図である。図5において、筋管は、細長い白色で示される領域として観察されている。筋分化誘導3日目には、両細胞とも筋管が形成されている領域がみられた。筋管が形成されている領域の広さを比較すると、CDK4R24C/DNp53細胞では、コントロール細胞よりも明らかに広い面積において筋管が形成されていた。以上の結果によれば、両細胞種ともに一定の筋分化領域は認められたが、その領域の面積がCDK4R24C/DNp53細胞の方が明らかに広いことがわかった。したがって、CDK4R24Cベクターを導入した細胞にDNp53ベクターをさらに導入することによってドミナントネガティブ型のp53を発現させ、これによって内在性p53の作用を抑制することにより、筋分化効率を向上できることが示された。
【0054】
<実験5:コーティング剤非存在下における培養に関する実験>
上記コントロール細胞およびCDK4R24C/DNp53細胞を使用し、フィブロネクチンコート条件(Fib+)と非コート条件(Fib-)とにおける細胞増殖を比較した。細胞を、フィブロネクチンコートまたは非コートの6ウェルプレートに1.5×10cells/wellで播種し、その後、3または4日間隔でトリプシン処理により回収して細胞数の計測を行なった。回収した細胞を適切な濃度に希釈し、その後、同様に6ウェルプレートに播種した。これを約100回分裂に達するまで繰り返した。
【0055】
図6は、コーティング剤の有無による増殖結果を比較して示す説明図である。図6において、縦軸は累積分裂回数(回)を示し、横軸は培養日数(日)を示す。コントロール細胞では、すべての計測日において、Fib+条件の生細胞数がFib-条件の生細胞数よりも多かった。CDK4R24C/DNp53細胞では、Fib+条件の方が、増殖速度がやや速い傾向がみられたが、Fib-条件の生細胞数がFib+条件の生細胞数よりも多い計測日も認められた。全培養期間における倍加時間の平均は、コントロール細胞では、Fib+条件で17.8時間、Fib-条件で22.1時間であり、CDK4R24C/DNp53細胞では、Fib+条件で16.0時間、Fib-条件で17.1時間であった。すなわち、いずれの細胞種においてもFib-条件と比較してFib+条件での増殖が速い傾向がみられたが、その差はCDK4R24C/DNp53細胞の方が軽微であった。したがって、CDK4R24Cベクターを導入した細胞にDNp53ベクターをさらに導入することによってドミナントネガティブ型のp53を発現させ、これによって内在性p53の作用を抑制することにより、コーティング剤の有無が細胞増殖に与える影響が軽減されることが示された。
【0056】
<実験6:ウシ脂肪幹細胞における長期継代培養および増殖速度の比較実験>
ウシ脂肪組織から分離した脂肪前駆細胞を使用し、上述の方法と同様の方法によって、CDK4R24Cベクターが導入された細胞(以下、「脂肪CDK4R24C細胞」とも呼ぶ)と、CDK4R24CベクターおよびDNp53ベクターを導入した細胞(以下、「脂肪CDK4R24C/DNp53細胞」とも呼ぶ)とを作製した。上記ベクターが導入されていないプライマリ細胞(以下、「脂肪プライマリ細胞」とも呼ぶ)と、脂肪CDK4R24C細胞と、脂肪CDK4R24C/DNp53細胞とを用いて、分裂可能回数の確認および増殖速度の比較実験を行なった。細胞を互いに同じ濃度(3×10cells/well)でコラーゲンコート6ウェルプレート(IWAKI社製, 4860-010)に播種し、その後、3または4日間隔でトリプシン処理により細胞を回収した。回収した細胞をトリパンブルー溶液と等量で混合し、自動セルカウンターにより生細胞数を計測した。回収した細胞を適切な濃度に希釈し、その後、同様にコラーゲンコート6ウェルプレートに播種し、培養39日目まで継代を繰り返した。
【0057】
図7は、長期継代培養の結果を示す説明図である。図7において、縦軸は累積分裂回数(回)を示し、横軸は培養日数(日)を示す。実験1における筋肉由来細胞の結果と同様に、脂肪プライマリ細胞は、培養21日目に増殖速度が著しく低下し、培養18-21日目の倍加時間は約95.5時間であった。これに対し、脂肪CDK4R24C細胞および脂肪CDK4R24C/DNp53細胞は、増殖速度の低下が生じることなく培養39日目においても増殖を維持していた。培養39日目における累積分裂回数は、脂肪CDK4R24C細胞が約33.7回、脂肪CDK4R24C/DNp53細胞が38.4回であった。増殖速度の比較では、すべての計測日において、脂肪CDK4R24C/DNp53細胞の生細胞数が脂肪CDK4R24C細胞の生細胞数よりも多かった。培養35-39日目の倍加時間は、CDK4R24C細胞が25.3時間であり、CDK4R24C/DNp53細胞が20.7時間であった。以上の結果によれば、ウシの脂肪組織から分離した脂肪前駆細胞についても、ウシ筋前駆細胞と同様の傾向がみられることが明らかとなった。
【0058】
本発明は、上述の実施形態に限られるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲において種々の構成で実現することができる。例えば、発明の概要の欄に記載した各形態中の技術的特徴に対応する実施形態、実施例中の技術的特徴は、上述の課題の一部または全部を解決するために、あるいは、上述の効果の一部または全部を達成するために、適宜、差し替えや、組み合わせを行うことが可能である。また、その技術的特徴が本明細書中に必須なものとして説明されていなければ、適宜、削除することが可能である。
【要約】
【課題】マイクロキャリアを用いた培養において細胞の増殖速度を向上させることのできる技術を提供する。
【解決手段】細胞株は、ウシ前駆細胞に以下の4種の遺伝子:CDK4(R24C)、TERT、CCND1、およびDNAバインディングドメインが欠如したp53が導入されることによって樹立される。
【選択図】図3
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
【配列表】
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