(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-05-26
(45)【発行日】2025-06-03
(54)【発明の名称】異音診断装置
(51)【国際特許分類】
G01M 17/007 20060101AFI20250527BHJP
G01M 15/04 20060101ALI20250527BHJP
【FI】
G01M17/007 H
G01M15/04
(21)【出願番号】P 2022164114
(22)【出願日】2022-10-12
【審査請求日】2024-09-11
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000017
【氏名又は名称】弁理士法人アイテック国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】澤田 正一
【審査官】鴨志田 健太
(56)【参考文献】
【文献】特開平01-288656(JP,A)
【文献】特開2020-002897(JP,A)
【文献】特開2016-166852(JP,A)
【文献】特開2003-042838(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第102183369(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01M 17/007
G01M 15/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の気筒を有する内燃機関と、前記内燃機関によりベルトを介して駆動される補機と、前記ベルトの張力を調整するベルトテンショナとを含む車両で発生した異音を診断する異音診断装置であって、
前記車両から取得された音のデータの予め定められた周波数範囲における音圧のピーク値が前記複数の気筒のうちの前記ベルトテンショナに最も近接した気筒における圧縮上死点後の予め定められた角度範囲内で発生している場合、前記ベルトテンショナで異音が発生したと診断する異音診断装置。
【請求項2】
請求項1に記載の異音診断装置において、
前記内燃機関は、4気筒の内燃機関であり、
前記周波数範囲は、1kHzから10kHzまでの範囲であり、
前記角度範囲は、前記圧縮上死点後の45°から135°までの範囲である異音診断装置。
【請求項3】
請求項1または2に記載の異音診断装置において、
与えられた情報に基づいて異音の原因を診断するように機械学習により構築された診断モジュールを更に備え、
前記ベルトテンショナで異音が発生していないと判定した場合、前記診断モジュールにより前記車両で発生した異音を診断する異音診断装置。
【請求項4】
請求項1または2に記載の異音診断装置において、
前記異音診断装置は、前記音のデータと前記車両で発生した異音に関する問診情報とを取得する端末と通信により情報をやり取りし、前記端末からの前記問診情報に基づいて前記内燃機関の周辺で異音が発生したと判定した場合、前記周波数範囲における前記音圧のピーク値が発生したときのクランク角が前記圧縮上死点後の予め定められた前記角度範囲内で発生しているか否かを判定する異音診断装置。
【請求項5】
請求項1または2に記載の異音診断装置において、
前記ベルトテンショナは、
前記内燃機関に固定される支持部材と、
前記支持部材により回動自在に支持されるアーム部材と、
前記アーム部材の前記支持部材側とは反対側の端部により回転自在に支持されるプーリと、
前記プーリを前記ベルトに押し付けるように前記アーム部材を付勢するトーションスプリングとを含み、
前記ベルトテンショナの前記支持部材は、前記プーリが前記内燃機関のクランクシャフトと一体に回転するクランクプーリから直近の前記補機に向かう前記ベルトに当接するように、シリンダブロックの前記複数の気筒の配列方向における一方の端面に固定される異音診断装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、車両で発生する異音を診断する異音診断装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、テスターブラケットと、当該テスターブラケットに取り付けられるトルクパルスシミュレーションモータと、当該トルクパルスシミュレーションモータによって回転駆動されるクランクシャフトプーリと、ベルトを介してクランクシャフトプーリに連結されて回転する補機類システムと、トルクパルスシミュレーションモータの作動を制御する制御部と、補機類システムおよびベルトから発生する騒音を測定する騒音測定装置とを含む補機類ベルトシステム検査装置が知られている(例えば、特許文献1参照)。この検査装置の制御部は、トルクパルスシミュレーションモータの作動がエンジンの各行程に対応するように、そのトルクを変動制御し、騒音測定装置から出力される信号と予め設定された騒音基準信号とを比較した信号を出力する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記従来の検査装置は、騒音測定装置からの信号と騒音基準信号とを比較して騒音をフィルタリングした後、グラフ等に出力するだけのものであり、騒音測定装置により測定される騒音が補機類システムおよびベルトの何れの部位で発生したか特定することができない。
【0005】
そこで、本開示は、車両で発生した異音が内燃機関に設けられたベルトテンショナで発生したものであるか否かを精度よく判別することができる異音診断装置の提供を主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示の異音診断装置は、複数の気筒を有する内燃機関と、前記内燃機関によりベルトを介して駆動される補機と、前記ベルトの張力を調整するベルトテンショナとを含む車両で発生した異音を診断する異音診断装置であって、前記車両から取得された音のデータの予め定められた周波数範囲における音圧のピーク値が前記複数の気筒のうちの前記ベルトテンショナに最も近接した気筒における圧縮上死点後の予め定められた角度範囲内で発生している場合、前記ベルトテンショナで異音が発生したと診断するものである。
【0007】
本発明者は、内燃機関に設けられたベルトテンショナで発生する異音について鋭意研究を行い、その結果、ベルトの張力は、ベルトテンショナに最も近接した気筒での混合気の爆発の影響を大きく受け、ベルトテンショナに最も近接した気筒での混合気の爆発に伴ってベルトの張力が減少し、次の気筒における混合気の爆発前までにベルトの張力が増加することを見出した。更に、本発明者は、ベルトテンショナでの異音は、当該ベルトテンショナに最も近接した気筒での混合気の爆発に伴ってベルトの張力が減少してから増加に転じたときの当該張力の変化量に応じて発生することを見出した。これらを踏まえて、本開示の異音診断装置は、車両から取得された音のデータの予め定められた周波数範囲における音圧のピーク値がベルトテンショナに最も近接した気筒における圧縮上死点後の予め定められた角度範囲内で発生している場合、ベルトテンショナで異音が発生したと診断する。これにより、車両で発生した異音が内燃機関に設けられたベルトテンショナで発生したものであるか否かを精度よく判別することが可能になる。
【0008】
また、前記内燃機関は、4気筒の内燃機関であってもよく、前記周波数範囲は、1kHzから10kHzまでの範囲であってもよく、前記角度範囲は、前記圧縮上死点後の45°から135°までの範囲であってもよい。
【0009】
これにより、車両で発生した異音が4気筒の内燃機関に設けられたベルトテンショナで発生したものであるか否かを高精度に判別することが可能になる。
【0010】
更に、前記異音診断装置は、与えられた情報に基づいて異音の原因を診断するように機械学習により構築された診断モジュールを含むものであってもよく、前記ベルトテンショナで異音が発生していないと判定した場合、前記診断モジュールにより前記車両で発生した異音を診断するものであってもよい。
【0011】
これにより、異音診断装置の汎用性をより向上させることが可能になる。
【0012】
また、前記異音診断装置は、前記音のデータと前記車両で発生した異音に関する問診情報とを取得する端末と通信により情報をやり取りするものであってもよく、前記端末からの前記問診情報に基づいて前記内燃機関の周辺で異音が発生したと判定した場合、前記周波数範囲における前記音圧が発生したときのクランク角が前記圧縮上死点後の予め定められた前記角度範囲内で発生しているか否かを判定するものであってもよい。
【0013】
これにより、ベルトテンショナでの異音に関連した誤診断を抑制して、異音診断装置の診断精度をより一層向上させることが可能になる。
【0014】
更に、前記ベルトテンショナは、前記内燃機関に固定される支持部材と、前記支持部材により回動自在に支持されるアーム部材と、前記アーム部材の前記支持部材側とは反対側の端部により回転自在に支持されるプーリと、前記プーリを前記ベルトに押し付けるように前記アーム部材を付勢するトーションスプリングとを含むものであってもよく、前記ベルトテンショナの前記支持部材は、前記プーリが前記内燃機関のクランクシャフトと一体に回転するクランクプーリから直近の前記補機に向かう前記ベルトに当接するように、シリンダブロックの前記複数の気筒の配列方向における一方の端面に固定されてもよい
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本開示の異音診断装置を含む異音診断システムを示す概略構成図である。
【
図2】本開示の異音診断装置の診断対象となる車両の内燃機関に設けられたベルトテンショナを示す部分断面図である。
【
図3】本開示の異音診断装置により実行される一連の処理を示すフローチャートである。
【
図4】ベルトテンショナで異音が発生するメカニズムを説明するための模式図である。
【
図5】(a),(b)および(c)は、ベルトテンショナで異音が発生したときのクランク角と音圧との関係を示す図表である。説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
次に、図面を参照しながら、本開示の発明を実施するための形態について説明する。
【0017】
図1は、本開示の異音診断装置としてのサーバ20を含む異音診断システム1を示す概略構成図である。同図に示す異音診断システム1は、電気自動車(BEV,FCEV)や、動力発生源としてエンジンのみを搭載した車両またはハイブリッド車両(HEV,PHEV)である車両Vで発生した異音の原因を診断するためのものである。本実施形態において、車両Vは、4気筒ガソリンエンジンである内燃機関EGと、当該内燃機関EGにより無端状のベルトBを介して駆動される補機であるオルタネータAlt、ウォーターポンプWPおよび空調コンプレッサCmpと、ベルトBの張力を調整するベルトテンショナBTとを含む。なお、車両Vがハイブリッド車両である場合、オルタネータAltが省略されてもよく、空調コンプレッサCmpは、内燃機関EG以外の駆動源(例えば、インバータモータ等)により駆動されてもよい。
【0018】
図示するように、ベルトBは、内燃機関EGのクランクシャフトCSと一体に回転するクランクプーリP0、オルタネータAltの回転軸と一体に回転するプーリP1、ウォーターポンプWPのインペラシャフトと一体に回転するプーリP2および空調コンプレッサCmpの回転軸と一体に回転するプーリP3に巻き掛けられ、内燃機関EGにより
図1における矢印方向に進行するように駆動される。また、ベルトテンショナBTは、
図2に示すように、支持部材(ピボット)Sと、アーム部材(ハウジング)AMと、プーリPtと、トーションスプリングSPと、図示しない摩擦材とを含むものである。
【0019】
ベルトテンショナBTの支持部材Sは、アーム部材AMの基端部に固定される連結軸Axを介して当該アーム部材AMを回動自在に支持すると共に、内燃機関EGのシリンダブロックCBに固定される。プーリPtは、ベルトBに当接するようにアーム部材AMの先端部(支持部材S側とは反対側の端部)により回転自在に支持される。トーションスプリングSPは、連結軸Axと同軸に支持部材Sの周囲に配置され、プーリPtをベルトBに押し付けるようにアーム部材AMを付勢する。
図1に示すように、ベルトテンショナBTの支持部材Sは、プーリPtがクランクプーリP0から直近の補機であるオルタネータAltのプーリP1に向かうベルトBに当接するようにシリンダブロックCBの燃焼室(気筒)の配列方向における一方の端面(トランスミッション側とは反対側の端面)に固定される。これにより、ベルトテンショナBTは、当該配列方向における一端側に位置する第1燃焼室(1番気筒)に近接して配置されることになる。更に、ベルトBやクランクプーリP0、ベルトテンショナBT等は、シリンダブロックCBに取り付けられる図示しないチェーンカバーにより覆われる。
【0020】
図1に示すように、異音診断システム1は、携帯端末10と、当該携帯端末10と通信により情報をやり取り可能な情報処理装置としてのサーバ20とを含む。携帯端末10は、異音が発生した車両V等のユーザ(所有者)への応対や、車道あるいはテストベンチ上で車両V等を走行(作動)させて異音を再現する再現テストの実行に際して、車両販売店や整備工場等の作業者(異音診断システム1のユーザ)により利用されるものである。本実施形態において、携帯端末10は、SoC、ROM、RAM、補助記憶装置(フラッシュメモリ)M、タッチパネル式の表示部11、有線または無線通信を介してサーバ20や車両V等の図示しない電子制御装置(ECU)と各種情報をやり取り可能な通信モジュール12、図示しないマイクロフォン等を含むスマートフォンである。また、携帯端末10には、異音診断支援アプリケーション(プログラム)がインストールされる。そして、携帯端末10は、
図1に示すように、それぞれ異音診断支援アプリケーション(ソフトウェア)と、携帯端末10のSoCといったハードウェアとの協働により構築される、問診情報取得部13、音取得部14、車両状態取得部15、演算処理部16、抽出部17および表示制御部18を含む。
【0021】
問診情報取得部13は、表示部11を介して、車両V等のユーザ等から提供される異音発生時における車両V等の状態を示す情報(以下、「問診情報」という。)を取得する。問診情報は、車両型式、車両識別番号(車台番号)等を含む車両識別情報、ご用命事項、発生日時、発生頻度、異音の発生箇所、音の種類(擬音語)、車速等の車両V等の走行に際して変化する物理量、車両V等の運転状態、エンジン搭載車両における暖機影響、車両V等の運転中に運転者により選択される選択項目、車両V等の走行環境情報等を含み、上記作業者または車両V等のユーザ等により入力される。音取得部14は、作業者により再現テストが実行される際に音(音圧)の時間軸データを取得する。車両状態取得部15は、再現テストが実行される際に音取得部14による音の時間軸データの取得に同期して車両V等の状態を示す情報(以下、「車両状態データ」という。)を取得する。車両状態データは、問診情報の項目に対応した複数の物理量(車速、エンジン回転数、クランク角等)を含む。演算処理部16は、音取得部14により取得された音の時間軸データの解析処理を実行する。抽出部17は、作業者の選択等に応じた演算処理部16による解析結果の絞り込み等を実行する。表示制御部18は、表示部11を制御する。
【0022】
異音診断装置としてのサーバ20は、CPU、ROM、RAM、入出力装置、通信モジュール等を含むコンピュータ(情報処理装置)であり、例えば上記車両V等を製造する自動車製造者により設置・管理される。サーバ20には、CPU等のハードウェアと、予めインストールされた異音診断アプリケーションとの協働により、車両V等で発生した異音を診断する異音診断部21が構築されている 異音診断部21は、携帯端末10により取得された問診情報や音の時間軸データ等に基づいて車両V等で発生した異音の原因や異音の発生源となった部品を診断するように教師あり学習(機械学習)により構築された診断モジュールとしてのニューラルネットワーク(畳み込みニューラルネットワーク)を含む。また、サーバ20では、車両V等での新たな異音の発生が判明した場合、当該新たな異音について取得された音の時間軸データや上記問診情報の各項目の内容等を教師データとする異音診断部21の再学習が実行される。
【0023】
更に、サーバ20は、車両型式ごとに、当該車両で発生することが判明している複数の異音についての情報を格納した異音データベースを記憶する記憶装置22を含む。異音データベースは、複数の異音の各々に、音の時間軸データ、異音の発生原因、発生源となる部品、ユーザ等から提供された問診情報の内容、異音を解消するための対策といった情報を紐付けして格納するものである。また、サーバ20は、車両Vを含む多数の車両から取得される情報や、自動車製造者(開発者等)、車両販売店、整備工場等から送信される新たに判明した異音に関する情報(レポート)等に基づいて異音データベースを更新する。なお、異音診断部21を構築するための技術としては、例えば、次の(1)-(5)の論文に記載されたもの、またはそれらの組み合わせを利用することができる。
(1)Unsupervised Filterbank Learning Using Convolutional Restricted Boltzmann Machine for Environmental Sound Classification
(2)LEARNING FROM BETWEEN-CLASS EXAMPLES FOR DEEP SOUND RECOGNITION
(3)Novel Phase Encoded Mel Filterbank Energies for Environmental Sound Classification
(4)Knowledge Transfer from Weakly Labeled Audio using Convolutional Neural Network for Sound Events and Scenes
(5)Novel TEO-based Gammatone Features for Environmental Sound Classification
【0024】
続いて、
図3から
図5を参照しながら、異音診断システム1による車両Vで発生した異音の診断手順について説明する。
【0025】
車両販売店や整備工場等の作業者は、車両Vのユーザ等からの異音の解消を依頼されると、当該ユーザ等から問診情報を聞き取った上で、異音の診断に必要な情報を取得すべく再現テストを実行する。再現テストの実行に際し、作業者は、携帯端末10を車両Vの電子制御装置に接続し、携帯端末10または当該携帯端末10に接続された外部マイクロフォンを車両Vの適所に載置または固定する。また、作業者は、異音診断支援アプリケーションを起動させると共に、車両Vのスタートスイッチをオンする。これに伴い、携帯端末10は、車両Vの車両識別番号あるいは車台番号といった情報を当該電子制御装置から取得する。更に、作業者は、表示部11に表示される録音開始ボタンをタップすると共に、車道や試験台上で車両Vを走行(作動)させ、当該車両Vのユーザ等からの問診情報に基づいて異音が発生した走行状態を再現する。
【0026】
車両Vが走行(作動)する間、携帯端末10の音取得部14は、車両Vから発せられる音の時間軸データを所定時間(微小時間)おきに取得して補助記憶装置Mに記憶させ、車両状態取得部15は、音取得部14による音の時間軸データの取得に同期して車両Vの電子制御装置から所定時間(微小時間)おきに、車両Vのユーザ等からの問診情報に応じて作業者により指定された車両状態データを取得して補助記憶装置Mに記憶させる。作業者が表示部11に表示される録音停止ボタンをタップすると、音の時間軸データおよび車両状態データの取得が完了する。
【0027】
再現テストの終了後、演算処理部16は、音の時間軸データにSTFT(Short-Time Fourier Transform)を施して、時間と周波数と音圧との関係を示すスペクトログラム(音響スペクトログラム)を取得し、表示制御部18は、当該スペクトログラムを表示部11に表示させる。本実施形態において、スペクトログラムは、横軸を時間軸とし、縦軸を周波数軸とし、音圧レベルを色分けすることにより周波数ごとに時間と音圧レベルとの関係を示すカラーマップである。また、作業者は、表示部11で、スペクトログラムのうちの異音診断部21(サーバ20)により診断(解析)されるべき範囲(以下、「診断範囲」という。)を選択(指定)する。更に、作業者は、表示部11に表示される入力画面に問診情報を入力する。そして、作業者が表示部11に表示される情報送信ボタンをタップすると、携帯端末10の通信モジュール12から異音の診断に必要な情報がサーバ20へと送信される。本実施形態において、携帯端末10からサーバ20へと送信される情報は、音取得部14により取得された音の時間軸データと、車両状態取得部15により取得された車両状態データと、問診情報と、作業者により選択された診断範囲を規定する情報とを含む。
【0028】
図3は、携帯端末10からの情報の受信に応じて、サーバ20により実行される一連の処理を示すフローチャートである。同図に示すように、サーバ20の異音診断部21は、携帯端末10からの音の時間軸データ、車両状態データ、問診情報および診断範囲を規定する情報を取得し(ステップS100)、問診情報に含まれる異音の発生箇所がチェーンカバー付近等のエンジンコンパートメント内であるか否かを判定する(ステップS110)。異音の発生箇所がエンジンコンパートメント内であると判定した場合(ステップS10:YES)、異音診断部21は、図示しないバンドパスフィルタを用いて、ステップS100にて取得した音の時間軸データの予め定められた周波数範囲における音圧のピーク値を取得する(ステップS120)。また、異音診断部21は、ステップS100にて取得した車両状態データから、ステップS120にて取得された音圧のピーク値が発生したときのクランク角θを取得する(ステップS130)。更に、異音診断部21は、ステップS130にて取得したクランク角θがベルトテンショナBTに最も近接した第1燃焼室(1番気筒)の圧縮上死点後における予め定められた角度範囲に含まれているか否かを判定する(ステップS140)。
【0029】
ここで、本発明者は、内燃機関EGに設けられたベルトテンショナBTで発生する異音について鋭意研究を行い、その結果、ベルトBの張力は、ベルトテンショナBTに最も近接した上記第1燃焼室での混合気の爆発の影響を大きく受け、当該第1燃焼室での混合気の爆発に伴ってベルトBの張力が減少し、次の燃焼室(例えば第3燃焼室)における混合気の爆発前までにベルトBの張力が増加することをも言い出した。更に、本発明者は、ベルトテンショナBTでの異音は、当該ベルトテンショナBTに最も近接した第1燃焼室での混合気の爆発に伴ってベルトBの張力が減少してから増加に転じたときの当該張力の変化量に応じて発生することを見出した。
【0030】
すなわち、第1燃焼室で混合気が爆発すると、クランクプーリP0がベルトBの進行方向に捩れ、それに伴ってベルトBの張力が減少することで、ベルトテンショナBTのプーリPtおよびアーム部材AMは、
図4において実線で示すように、連結軸Axの周りに図中反時計方向に回動する。その後、クランクプーリP0は、ベルトBの進行方向に捩れた反動で当該ベルトBの進行方向とは反対方向に捩れを生じる。これに伴い、ベルトBの張力が増加し、ベルトテンショナBTのプーリPtおよびアーム部材AMは、
図4において破線で示すように、連結軸Axの周りに図中時計方向に回動する。このため、第1燃焼室での混合気の爆発に伴ってベルトBの張力が減少してから増加に転じたときの当該張力の変化量が大きいと、アーム部材AMの回転に伴ってトーションスプリングSPが大きく変形し、トーションスプリングSPがアーム部材AMを加振して両者が衝突することで異音が発生してしまう。
【0031】
また、本発明者による実験・解析の結果、4気筒のガソリンエンジンである内燃機関EGにおいて、ベルトテンショナBTでの異音は、トーションスプリングSPとアーム部材AMとの衝突によるインパルスとなり、1kHzから10kHzまでの比較的広い範囲で発生することが判明した。更に、本発明者による実験・解析の結果、内燃機関EGにおいて、ベルトテンショナBTでの異音の音圧は、
図5(a),(b)および(c)に示すように、当該ベルトテンショナBTに最も近接した第1燃焼室における圧縮上死点後の45°から135°までの角度範囲に含まれることが判明した。
【0032】
これらを踏まえて、異音診断部21は、ステップS120において、1kHzから10kHzまでの周波数範囲から音圧のピーク値を取得する。更に、異音診断部21は、ステップS130にて取得したクランク角θがベルトテンショナBTに最も近接した第1燃焼室の圧縮上死点後の45°から135°までの角度範囲に含まれているか否かを判定する(ステップS140)。そして、クランク角θがベルトテンショナBTに最も近接した第1燃焼室の圧縮上死点後の45°から135°までの角度範囲に含まれている場合(ステップS140:YES)、異音診断部21は、車両Vで発生した異音がベルトテンショナBTで発生したものであると診断(判定)する(ステップS150)。一方、異音の発生箇所がエンジンコンパートメント内ではないと判定した場合(ステップS110:NO)、および上記クランク角θがベルトテンショナBTに最も近接した第1燃焼室の圧縮上死点後の45°から135°までの角度範囲に含まれていない場合(ステップS140:NO)、異音診断部21は、ステップS100にて取得した情報に基づいて上記ニューラルネットワークにより車両Vで発生した異音の原因を診断する(ステップS155)。
【0033】
ステップS150またはステップS155の処理の後、異音診断部21は、ニューラルネットワークの出力に基づいて診断結果を作成する(ステップS160)。ステップS160における診断結果には、異音名、異音の発生源となった部品、異音の原因、および記憶装置22から読み出された当該異音を解消するための対策等が含まれる。なお、ベルトテンショナBTでの異音の原因としては、支持部材SやトーションスプリングSPの劣化、摩擦材の摩耗、ベルトBの劣化による弛み等が挙げられる。更に、異音診断部21は、ステップS160にて作成した診断結果を携帯端末10に送信し(ステップS170)、
図3における一連の処理を終了させる。サーバ20からの診断結果が携帯端末10により受信されると、表示部11に当該診断結果が表示される。これにより、作業者は、サーバ20からの診断結果を車両Vのユーザ等に的確に説明して速やかに異音対策を進めていくことができる。
【0034】
以上説明したように、異音診断システム1における異音診断装置としてのサーバ20(異音診断部21)は、車両Vから取得された音の時間軸データの予め定められた周波数範囲における音圧のピーク値がベルトテンショナBTに最も近接した第1燃焼室(第1気筒)における圧縮上死点後の予め定められた角度範囲内で発生している場合(ステップS120-S130,S140:YES)、ベルトテンショナBTで異音が発生したと診断する(ステップS150)。これにより、車両Vで発生した異音が内燃機関EGに設けられたベルトテンショナBTで発生したものであるか否かを精度よく判別することが可能になる。
【0035】
また、サーバ20の異音診断部21は、音の時間軸データの1kHzから10kHzまでの周波数範囲から音圧のピーク値を取得し(ステップS120)、取得した音圧のピーク値が発生したときのクランク角θがベルトテンショナBTに最も近接した第1燃焼室の圧縮上死点後の45°から135°までの角度範囲に含まれているか否かを判定する(ステップS130-S140)。これにより、車両Vで発生した異音が4気筒の内燃機関EGに設けられたベルトテンショナBTで発生したものであるか否かを高精度に判別することが可能になる。
【0036】
更に、サーバ20の異音診断部21は、音の時間軸データと車両Vで発生した異音に関する問診情報とを取得する携帯端末10と通信により情報をやり取りする(ステップS100)。また、異音診断部21は、携帯端末10からの問診情報に基づいて、異音の発生箇所が内燃機関EGの周辺すなわちエンジンコンパートメント内であるか否かを判定する(ステップS110)。更に、異音診断部21は、異音の発生箇所がエンジンコンパートメント内であると判定した場合(ステップS110:YES)、上記周波数範囲における音圧のピーク値が発生したときのクランク角θが圧縮上死点後の予め定められた角度範囲内で発生しているか否かを判定する(ステップS120-140)。これにより、ベルトテンショナBTでの異音に関連した誤診断を抑制して、異音診断部21による診断精度をより一層向上させることが可能になる。
【0037】
また、サーバ20の異音診断部21は、携帯端末10により取得された問診情報や音の時間軸データ等に基づいて車両V等で発生した異音の原因等を診断するように教師あり学習(機械学習)により構築された診断モジュールとしてのニューラルネットワークを含む。更に、サーバ20は、ベルトテンショナBTで異音が発生していないと判定した場合(ステップS110:NO,S140:NO)、当該ニューラルネットワークにより車両V等で発生した異音を診断する(ステップS155)。これにより、サーバ20ひいては当該サーバ20を含む異音診断システム1の汎用性をより向上させることが可能になる。
【0038】
なお、携帯端末10にインストールされる異音診断支援アプリケーションは、タブレット端末やパーソナルコンピュータ等にインストールされてもよく、当該タブレット端末等が携帯端末10の代わりに使用されてもよい。また、上記異音診断部21の機能の一部を携帯端末10に持たせてもよく、異音診断システム1が、パーソナルコンピュータ等の単一の情報処理装置により構成されてもよい。
【0039】
そして、本開示の発明は上記実施形態に何ら限定されるものではなく、本開示の外延の範囲内において様々な変更をなし得ることはいうまでもない。更に、上記実施形態は、あくまで発明の概要の欄に記載された発明の具体的な一形態に過ぎず、発明の概要の欄に記載された発明の要素を限定するものではない。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本開示の発明は、車両で発生する異音の診断に極めて有用である。
【符号の説明】
【0041】
1 異音診断システム、10 携帯端末、11 表示部、12 通信モジュール、13 問診情報取得部、14 音取得部、15 車両状態取得部、16 演算処理部、17 抽出部、18 表示制御部、20 サーバ(異音診断装置)、21 異音診断部、22 記憶装置、Alt オルタネータ、AM アーム部材、Ax 連結軸、B ベルト、BT ベルトテンショナ、CB シリンダブロック、Cmp 空調コンプレッサ、EG エンジン、P0 クランクプーリ、P1,P2,PC プーリ、S 支持部材、V 車両、WP ウォーターポンプ。