IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ JFEスチール株式会社の特許一覧

特許7687366ミルスリップ防止方法、金属板圧延方法、金属板製造方法、ミルスリップ防止装置及び金属板圧延装置
<>
  • 特許-ミルスリップ防止方法、金属板圧延方法、金属板製造方法、ミルスリップ防止装置及び金属板圧延装置 図1
  • 特許-ミルスリップ防止方法、金属板圧延方法、金属板製造方法、ミルスリップ防止装置及び金属板圧延装置 図2
  • 特許-ミルスリップ防止方法、金属板圧延方法、金属板製造方法、ミルスリップ防止装置及び金属板圧延装置 図3
  • 特許-ミルスリップ防止方法、金属板圧延方法、金属板製造方法、ミルスリップ防止装置及び金属板圧延装置 図4
  • 特許-ミルスリップ防止方法、金属板圧延方法、金属板製造方法、ミルスリップ防止装置及び金属板圧延装置 図5
  • 特許-ミルスリップ防止方法、金属板圧延方法、金属板製造方法、ミルスリップ防止装置及び金属板圧延装置 図6
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-05-26
(45)【発行日】2025-06-03
(54)【発明の名称】ミルスリップ防止方法、金属板圧延方法、金属板製造方法、ミルスリップ防止装置及び金属板圧延装置
(51)【国際特許分類】
   B21B 37/00 20060101AFI20250527BHJP
   B21B 37/48 20060101ALI20250527BHJP
   B21B 38/00 20060101ALI20250527BHJP
   B21C 51/00 20060101ALI20250527BHJP
【FI】
B21B37/00 230
B21B37/48 D
B21B38/00 E
B21C51/00 D
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2023109507
(22)【出願日】2023-07-03
(65)【公開番号】P2024007528
(43)【公開日】2024-01-18
【審査請求日】2024-02-26
(31)【優先権主張番号】P 2022108577
(32)【優先日】2022-07-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100103850
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 秀▲てつ▼
(74)【代理人】
【識別番号】100105854
【弁理士】
【氏名又は名称】廣瀬 一
(74)【代理人】
【識別番号】100116012
【弁理士】
【氏名又は名称】宮坂 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100066980
【弁理士】
【氏名又は名称】森 哲也
(72)【発明者】
【氏名】山路 教弘
(72)【発明者】
【氏名】清木 隆志
(72)【発明者】
【氏名】松本 智敏
(72)【発明者】
【氏名】堀田 博一
(72)【発明者】
【氏名】藤原 秀明
(72)【発明者】
【氏名】荻野 滉司
【審査官】▲高▼木 真顕
(56)【参考文献】
【文献】特開平07-051716(JP,A)
【文献】特開昭61-202701(JP,A)
【文献】特開昭61-079166(JP,A)
【文献】特開昭57-114803(JP,A)
【文献】特開平07-019898(JP,A)
【文献】特開平02-020605(JP,A)
【文献】特開2013-075304(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B21B 37/00 - 38/12
B21C 51/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の圧延機スタンドが設けられた圧延ラインで金属板を圧延する際に、
前記複数の圧延機スタンドのうち少なくともいずれか一つの圧延機スタンドの出側に設けられ、被圧延材に接して張力を調整する小径ロールの回転速度を測定する測定工程と、
前記回転速度から、前記いずれか一つの圧延機スタンドの出側での前記被圧延材の速度である板速度を算出する板速度算出工程と、
前記板速度と、前記いずれか一つの圧延機スタンドの圧延ロールの周速度とから、前記被圧延材の先進率を算出する先進率算出工程と、
前記先進率が予め設定した閾値以下となった場合に、前記いずれか一つの圧延機スタンド及び前記小径ロールの少なくともいずれか一方の圧延条件を変更する調整工程と、
を備え
前記板速度算出工程では、前記小径ロールの直径に前記被圧延材の板厚を加えて前記小径ロールの周速を算出することで、前記被圧延材の板厚中心位置での板速度を算出する、ミルスリップ防止方法。
【請求項2】
前記小径ロールとして、端部にスリットを有するものを用い、
前記測定工程では、渦流センサを用いて前記小径ロールの回転速度を計測する、請求項1に記載のミルスリップ防止方法。
【請求項3】
前記測定工程では、前記渦流センサを用いて前記スリットの通過数をカウントすることで前記回転速度を計測し、前記スリットの通過を検出する際の前記流センサの閾値に可変閾値を用いる、請求項2に記載のミルスリップ防止方法。
【請求項4】
前記板速度算出工程では、算出された板速度を移動平均することで平滑化された板速度を算出する、請求項1~のいずれか1項に記載のミルスリップ防止方法。
【請求項5】
前記板速度算出工程では、前記測定工程での前記回転速度の計測結果を取得するサンプリング周期を、対象ラインの最大板速度におけるサンプリング定理から算出する、請求項1~のいずれか1項に記載のミルスリップ防止方法。
【請求項6】
請求項1~のいずれか1項に記載のミルスリップ防止方法を用いる、金属板圧延方法。
【請求項7】
請求項に記載のミルスリップ防止方法を用いる、金属板圧延方法。
【請求項8】
請求項に記載のミルスリップ防止方法を用いる、金属板圧延方法。
【請求項9】
請求項1~のいずれか1項に記載のミルスリップ防止方法を用いる、金属板製造方法。
【請求項10】
請求項に記載のミルスリップ防止方法を用いる、金属板製造方法。
【請求項11】
請求項に記載のミルスリップ防止方法を用いる、金属板製造方法。
【請求項12】
複数の圧延機スタンドが設けられた圧延ラインに設けられ、
前記複数の圧延機スタンドのうち少なくともいずれか一つの圧延機スタンドの出側に設けられ、被圧延材に接して張力を調整する小径ロールと、
前記小径ロールの回転速度を測定する速度計と、
前記回転速度から、前記いずれか一つの圧延機スタンドの出側での前記被圧延材の速度である板速度を算出し、さらに、前記いずれか一つの圧延機スタンドの圧延ロールの周速度とから、前記被圧延材の先進率を算出する演算装置と、
前記先進率が予め設定した閾値以下となった場合に、前記いずれか一つの圧延機スタンド及び前記小径ロールの少なくともいずれか一方の圧延条件を変更する制御装置と、
を備え
前記演算装置は、前記小径ロールの直径に前記被圧延材の板厚を加えて前記小径ロールの周速を算出することで、前記被圧延材の板厚中心位置での板速度を算出する、ミルスリップ防止装置。
【請求項13】
前記小径ロールは、端部にスリットを有し、
前記速度計は、渦流センサである、請求項1に記載のミルスリップ防止装置。
【請求項14】
請求項1又は1に記載のミルスリップ防止装置を備える、金属板圧延装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ミルスリップ防止方法、金属板圧延方法、金属板製造方法、ミルスリップ防止装置及び金属板圧延装置に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼板の冷間圧延においては、潤滑油の濃度が高すぎる場合や、圧延本数が多くなり、ワークロール(WR)の粗度が低下した場合に、圧延される鋼板が圧延機で滑る、ミルスリップの発生が増加する。ミルスリップが発生すると、板厚変動が生じ、品質不良部となるために歩留が低下する。また、最悪の場合には板破断が発生し、長時間のライン停止による生産性低下に繋がる。ミルスリップの評価としてはWR速度とミル出側板速度との速度差から求める先進率が用いられる。ワークロールは駆動ロールであるためモータ回転数から周速度を求めることは容易である。そのため、重要となるのは板速度の測定であり、一般的にはレーザードップラー式の板速度計が用いられる。ただし、圧延機のスタンド間では圧延油クーラントやヒュームが立ち込める劣悪な環境の為、光学機器であるレーザードップラー板速計は測定に影響を及ばされること、維持や管理が困難であることが課題となる。
【0003】
特許文献1では、先進率を測定し、先進率が閾値以下となった場合、先進率が閾値以上となるように張力制御し、張力設定テーブルを更新していくスリップ防止技術を提案している。ただし、板速計の方式についての言及はなく、前述の課題から中間スタンドでの測定が困難である。また、圧延条件は張力のみの制御である。一般的には圧延速度が低いとスリップに対して有利となるため、圧延速度の制御は減速側であり生産能率低下に繋がるが、材料によっては一定の圧延速度以上となると先進率増加する傾向を認めるため、このような材料については圧延速度の制御もスリップ防止について有用である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2017-70953号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述ように、冷間圧延における鋼板速度の測定についてはレーザードップラー板速計を用いる場合がある。しかし、圧延機のスタンド間では、圧延油クーラントやヒュームが立ち込める劣悪な環境のため、光学機器であるレーザードップラー板速計は測定に影響を及ばされること、維持や管理が困難であることが課題となる。
そこで、本発明は、上記の課題に着目してなされたものであり、圧延油クーラントやヒュームの影響を受けずに板速度を測定することができ、得られた板速度から先進率を算出することで、特に圧延機中間スタンドでのミルスリップ防止を可能とすることができる、ミルスリップ防止方法、金属板圧延方法、金属板製造方法、ミルスリップ防止装置及び金属板圧延装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
(1)本発明の一態様によれば、複数の圧延機スタンドが設けられた圧延ラインで金属板を圧延する際に、上記複数の圧延機スタンドのうち少なくともいずれか一つの圧延機スタンドの出側に設けられ、被圧延材に接する小径ロールの回転速度を測定する測定工程と、上記回転速度から、上記いずれか一つの圧延機スタンドの出側での上記被圧延材の速度である板速度を算出する板速度算出工程と、上記板速度と、上記いずれか一つの圧延機スタンドの圧延ロールの周速度とから、上記被圧延材の先進率を算出する先進率算出工程と、上記先進率が予め設定した閾値以下となった場合に、上記いずれか一つの圧延機スタンド及び上記小径ロールの少なくともいずれか一方の圧延条件を変更する調整工程と、を備える、ミルスリップ防止方法が提供される。
【0007】
(2)上記(1)のミルスリップ防止方法において、上記小径ロールとして、端部にスリットを有するものを用い、上記測定工程では、渦流センサを用いて上記小径ロールの回転速度を計測する。
(3)上記測定工程では、上記渦流センサを用いて上記スリットの通過数をカウントすることで上記回転速度を計測し、上記スリットの通過を検出する際の上記下流センサの閾値に可変閾値を用いる、請求項2に記載のミルスリップ防止方法。
【0008】
(4)上記(1)~(3)のいずれか一つのミルスリップ防止方法において、上記板速度算出工程では、上記小径ロールの直径に上記被圧延材の板厚を加えて上記小径ロールの周速を算出することで、上記被圧延材の板厚中心位置での板速度を算出する。
(5)上記(1)~(4)のいずれか一つのミルスリップ防止方法において、上記板速度算出工程では、算出された板速度を移動平均することで平滑化された板速度を算出する。
【0009】
(6)上記(1)~(5)のいずれか一つのミルスリップ防止方法において、上記板速度算出工程では、上記測定工程での上記回転速度の計測結果を取得するサンプリング周期を、対象ラインの最大板速度におけるサンプリング定理から算出する。
(7)本発明の一態様によれば、上記(1)~(6)のいずれか一つのミルスリップ防止方法を用いる、金属板圧延方法が提供される。
(8)本発明の一態様によれば、上記(1)~(6)のいずれか一つのミルスリップ防止方法を用いる、金属板製造方法が提供される。
【0010】
(9)本発明の一態様によれば、複数の圧延機スタンドが設けられた圧延ラインに設けられ、上記複数の圧延機スタンドのうち少なくともいずれか一つの圧延機スタンドの出側に設けられ、被圧延材に接する小径ロールと、上記小径ロールの回転速度を測定する速度計と、上記回転速度から、上記いずれか一つの圧延機スタンドの出側での上記被圧延材の速度である板速度を算出し、さらに、上記いずれか一つの圧延機スタンドの圧延ロールの周速度とから、上記被圧延材の先進率を算出する演算装置と、上記先進率が予め設定した閾値以下となった場合に、上記いずれか一つの圧延機スタンド及び上記小径ロールの少なくともいずれか一方の圧延条件を変更する制御装置と、を備える、ミルスリップ防止装置が提供される。
【0011】
(10)上記(9)のミルスリップ防止装置において、上記小径ロールは、端部にスリットを有し、上記速度計は、渦流センサである。
(11)本発明の一態様によれば、上記(9)又は(10)のミルスリップ防止装置を備える、金属板圧延装置が提供される。
【発明の効果】
【0012】
本発明の一態様によれば、圧延油クーラントやヒュームの影響を受けずに板速度を測定することができ、得られた板速度から先進率を算出することで、特に圧延機中間スタンドでのミルスリップ防止を可能とすることができる、ミルスリップ防止方法、金属板圧延方法、金属板製造方法、ミルスリップ防止装置及び金属板圧延装置が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明の一実施形態に係るミルスリップ防止装置を示す構成図である。
図2】小径ロールを示す平面図である。
図3】本発明の一実施形態に係るミルスリップ防止方法を示す処理フロー図である。
図4】一定の閾値での判定における検出結果の一例を示すグラフである。
図5】可変閾値での判定における検出結果の一例を示すグラフである。
図6】可変閾値での判定における検出結果の一例を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下の詳細な説明では、図面を参照して、本発明の実施形態を説明する。図面の記載において、同一又は類似の部分には同一又は類似の符号を付し、重複する説明を省略する。各図面は模式的なものであり、現実のものとは異なる場合が含まれる。また、以下に示す実施形態は、本発明の技術的思想を具体化するための装置や方法を例示するものであって、本発明の技術的思想は、構成部品の材質、構造、配置等を下記のものに特定するものでない。本発明の技術的思想は、特許請求の範囲に記載された請求項が規定する技術的範囲内において種々の変更を加えることができる。
【0015】
<ミルスリップ防止装置>
本発明の一実施形態に係るミルスリップ防止装置1は、図1に示すように、鋼板3の冷間圧延が行われる冷間圧延ラインに設けられる。冷間圧延ラインでは、一対の圧延ロールであるワークロール20を有する圧延機スタンド2が、鋼板3の圧延方向に並んで複数設けられる。また、冷間圧延ラインでは、隣り合う圧延機スタンド2間には、鋼板3に接し、圧延される鋼板3の張力を調整する複数の小径ロール10が設けられる。さらに、冷間圧延ラインでは、後述する制御装置13によって、圧延機スタンド2での圧延速度や圧下率の調整、及び複数の小径ロール10での張力の調整が行われる。なお、図1に示す例では、1台の圧延機スタンド2のみを図示しており、冷間圧延ラインとしては少なくとも1台の圧延機スタンド2が図示した圧延機スタンド2の搬送方向下流側(図1における右側)に設けられる。また、図示した圧延機スタンド2が中間圧延機スタンドである場合には、搬送方向上流側(図1における左側)にも少なくとも1台の圧延機スタンド2がさらに設けられる。
【0016】
ミルスリップ防止装置1は、小径ロール10aと、速度計11と、演算装置12と、制御装置13とを備える。
小径ロール10aは、圧延機スタンド2間、つまり図1に示す圧延機スタンド2の出側に設けられる複数の小径ロール10の内の1本のロールである。小径ロール10aは、図2に示すように、回転軸に平行な方向長手方向の端部の周側面に少なくとも1つのスリット100が設けられる。スリット100が複数設けられる場合には、小径ロール10aの周方向に等間隔にスリット100が設けられる。なお、測定精度を向上させるため、スリット100を4つ以上設け、スリット100間の距離を短くすることが好ましい。また、スリット100は、速度計11で検出可能な深さの溝である。図2に示す例では、スリット100の形状は方形状であるが、速度計11で検出可能なものであれば他の形状であってもよい。さらに、スリット100は、小径ロール10aの端部の鋼板3と接触しない箇所に設けられることが好ましい。
【0017】
速度計11は、渦流センサであり、スリット100が設けられた小径ロール10aの端部を測定可能なように設けられる。このような速度計11では、小径ロール10aの端部を測定することで、小径ロール10aが回転してスリット100が測定位置に到達した際に生じる電圧の変化を検出する。これにより、この電圧の変化からスリット100の通過を検出することができる。そして、スリット100が通過してから、次のスリット100が通過するまでの時間と、スリット100間の距離とから、小径ロール10aの回転速度N[回/min(rpm)]を算出することができる。
【0018】
演算装置12は、後述するように、速度計11で測定された小径ロール10aの回転速度Nを用いて、圧延機スタンド2の出側での鋼板3の板速度v[m/min(mpm)]及び先進率fを算出する。
制御装置13は、後述するように、演算装置12で算出された先進率fを用いて、ミルスリップ発生の可能性を判断し、必要に応じて鋼板3の張力や圧延速度等の圧延条件を調整する。
【0019】
<ミルスリップ防止方法>
本実施形態に係るミルスリップ防止方法では、まず、図3に示すように、速度計11によって小径ロール10aの回転速度Nを測定する測定工程(S100)が行われる。ステップS100で測定された回転速度Nは、演算装置12に送信される。
【0020】
測定工程では、速度計11として過流センサを使用して小径ロール10aのスリット100が測定位置に到達した際に生じる電圧の変化を検出し、スリット100の通過数をカウントすることで、回転速度Nを計測する。スリット100が通過した判断は検出電圧がある閾値を超えたことを判断基準とする。閾値としては、一定の電圧値を用いてもよい。しかし、外乱等により検出出力が変化する可能性があり、この際、閾値を一定の値に決定すると、スリット100の通過を正確に判定できない場合がある。例えば、図4には、一定の閾値での判定において、外乱等により検出出力(電圧)が変化した状態を示す。図4では、点線で示す検出出力が閾値を超えるタイミングを、スリット100の通過のタイミングとして検出する。図4に示すように、外乱等の要因によって検出出力(図4の電圧)が変化する場合、閾値が一定だとスリット100の通過を検出できないことがある。
【0021】
このような検出出力の変化に対応するため、閾値として可変閾値を用いることが好ましい。可変閾値を用いることで、外乱があった場合でも正確に通過の判定が可能である。可変閾値を用いる手法として、例えば、図5に示すように速度計11の直近の出力実績を移動平均し、求められた値をスリット100通過の閾値としてもよい。また、スリット100以外の箇所における直近の検出実績に+αを加算した値を閾値としても良い。この場合、例えば、スリット100が複数ある場合において、スリット100以外の箇所を隣接するスリット100同士の間としてもよい。図6には、スリット100が複数ある場合において、スリット100同士の間における検出実績に+αを加算した値を閾値とした場合を示す。図6では、電圧値が一定となる区間がスリット100同士の間となる箇所であり、この区間の電圧値を超えた場合に、スリット100の通過が検出される。
【0022】
次いで、演算装置12によって鋼板3の板速度vを算出する板速度算出工程が行われる(S102)。板速度算出工程では、演算装置12は、ステップS100で測定された小径ロール10aの回転速度Nと、小径ロール10aの直径D[mm]と、鋼板3の板厚t[mm]とから、下記(1)式を用いて、圧延機スタンド2の出側での鋼板3の速度である板速度vを算出する。(1)式を用いた板速度vの算出では、小径ロール10aの直径Dに鋼板3の板厚tを足し合わせることで、鋼板3の板厚中心位置での周速度を板速度vとして算出している。
v=N×π×(D+t)/1000 ・・・(1)
【0023】
板速度算出工程において、速度計11から得た実績から板速度vを演算する際、演算装置12は、速度計11での周速度の測定結果をサンプリング周期β[msec]で取得する。そして、スリット100を正確に検知するために必要なサンプリング周期は、以下のように設定される。検出電圧のON時間間隔T[msec]は、速度計11の検出範囲d[mm]と、スリット100の長さh[mm]と、対象ラインの最大板速度VMAX[m/min]とを用いて、(2)式で示される。そして、スリット100を正確に検知するために必要なサンプリング周期はサンプリング定理から(3)式で求められる。なお、(3)式のサンプリング周期は、最低限必要な値であり、設定されるサンプリング周期βは、これより短ければより好ましい。
T=(d+h)/VMAX×60 ・・・(2)
β=T/2 ・・・(3)
【0024】
さらに、演算装置12によって鋼板3の先進率fを算出する先進率算出工程が行われる(S104)。先進率算出工程では、ステップS102で算出される板速度vと、ワークロール20の周速度であるWR速度vとから、下記(4)式を用いて先進率fを算出する。WR速度Vが用いられるワークロール20は、図1に示すように、小径ロール10aの搬送方向上流側の最も近いワークロールである。演算装置12は、ワークロール20のWR速度Vを、制御装置13を介して又はワークロール20から直接取得する。なお、WR速度Vは、圧延機スタンド2における圧延速度と同じになる。
f=(v-v)/v ・・・(4)
【0025】
その後、制御装置13は、先進率fが予め設定した閾値以下となるか否かを判断する(S106)。閾値は、ミルスリップの発生を防止可能な値として設定され、例えば、0.0048(0.48%)とすることができる。
ステップS106で先進率fが閾値以下であると判断された場合、制御装置13は、ミルスリップ発生の可能性があると判断し、鋼板3の圧延条件を調整する調整工程を行う(S108)。圧延条件としては、圧延機スタンド2間の鋼板3の張力であるスタンド間張力、圧延速度及び圧下率の条件がある。制御装置13は、小径ロール10及び圧延機スタンド2の少なくとも一方を制御することで、スタンド間張力、圧延速度及び圧下率の少なくとも一つの条件を調整する。なお、制御装置13がどの条件をどの程度調整するかは、冷間圧延ラインの仕様や圧延機スタンドの設置位置、調整前の圧延条件、鋼板3のサイズや鋼種等の各種条件に応じて適宜設定される。また、過去の圧延実績から圧延条件の調整代が決定されてもよい。
【0026】
ステップS106で先進率fが閾値超であると判断された場合、又はステップS108の後、図3に示すミルスリップ防止処理が終了する。なお、図3に示す処理は、冷間圧延ラインで鋼板3を圧延する間、繰り返し行われることが好ましい。
上記構成のミルスリップ防止装置1及びミルスリップ防止方法によれば、速度計11に渦流センサを用いることで、圧延油クーラントやヒュームの影響を受けずに鋼板3の速度を精度よく測定することができる。このため、圧延機スタンド2間の劣悪な環境であっても、精度よく先進率fを算出することができ、算出された先進率fを用いて圧延条件を調整することで、ミルスリップの発生を防止することができる。これにより、生産能率の低下を抑制することができ、製品の歩留改善も可能となる。また、光学機器を用いる場合に比べて、維持や管理も容易となる。なお、本実施形態に係るミルスリップ防止装置1は、圧延機スタンド2が冷間圧延ラインの中間スタンドである場合に特に効果的なものとなる。
【0027】
なお、本実施形態に係る金属板製造方法では、本実施形態に係るミルスリップ防止方法を用いて金属板である鋼板3が製造される。また、本実施形態に係る金属板圧延方法では、本実施形態に係るミルスリップ防止方法を用いて金属板である鋼板3を圧延する。さらに、本実施形態に係る金属板圧延装置は、金属板圧延装置である冷間圧延ラインであって、本実施形態に係るミルスリップ防止装置を備える。
【0028】
<変形例>
以上で、特定の実施形態を参照して本発明を説明したが、これら説明によって発明を限定することを意図するものではない。本発明の説明を参照することにより、当業者には、開示された実施形態とともに種々の変形例を含む本発明の別の実施形態も明らかである。従って、特許請求の範囲に記載された発明の実施形態には、本明細書に記載したこれらの変形例を単独または組み合わせて含む実施形態も網羅すると解すべきである。
【0029】
例えば、上記実施形態では、冷間圧延ラインで鋼板を圧延する場合について説明したが、本発明はかかる例に限定されない。例えば、冷間圧延ラインに限らず、複数の圧延機スタンドで連続圧延する設備であれば他の圧延ラインであってもよい。また、被圧延材は、例えば、アルミ板のように、鋼板3以外の金属板であってもよい。
また、上記実施形態では、圧延条件の変更が制御装置13によって自動で行われるとしたが本発明はかかる例に限定されない。例えば、ステップS106で先進率fが閾値以下であると判断された場合、先進率fが低下していることを作業者に、音声や表示によって通知する構成であってもよい。この場合、先進率fの低下が通知されると、作業者は圧延条件を手介入によって適宜調整する。
【0030】
さらに、上記実施形態では、速度計11に渦流センサを用いるとしたが、本発明はかかる例に限定されない。
さらに、ミルスリップ防止装置1は、冷間圧延ラインに設けられた複数の圧延機スタンド2のうち、少なくともいずれか一つの圧延機スタンド2に設けられれば良い。つまり、複数の圧延機スタンド2に、複数のミルスリップ防止装置1がそれぞれ設けられてもよい。
【0031】
さらに、上記実施形態では、板速度vを(1)式を用いて算出するとしたが、本発明はかかる例に限定されない。例えば、鋼板3が小径ロール10aの直径に対して十分に小さい場合等、板厚tを考慮しなくても十分な精度で先進率fが算出される場合には、板速度vは、板厚tを考慮しない下記(5)式で算出されてもよい。なお、上述のように、板厚tを考慮することで、より高い精度で先進率fを算出することができる。
v=N×π×D/1000 ・・・(5)
【0032】
さらに、上記実施形態では、測定精度を向上させるためにスリット100を4つ以上設けることが好ましいとしたが、このスリット100の作成可能な数は機械制約とシステム制約に左右される。機械制約としては、速度計11のセンサヘッドのサイズから同時にスリットを2つ検知しないよう最大スリット数が決定される。(6)式に示すように、スリット100の幅h[mm]、小径ロール10aの直径D[mm]及びスリット100間の距離H[mm]を用い、小径ロールの周長を幅hと距離Hとの和で割ることで、最大溝数nが算出される。そして、作成するスリット数はn以下であることが求められる。なお、速度計11がスリット100を2つ同時に検知してしまうことを防ぐため、h≦Hとする。システム制約としては演算装置13の演算周期αがスリット100の速度計11を通過する時間の半分以下である必要があるため、演算装置13の演算周期α[msec]と対象ラインの最大板速度VMAX[m/min]とから、(7)式を用いて最大溝数mが算出される。算出した機械制約の最大溝数nとシステム制約の最大溝数mとを比較し溝数が少ない方が最終的に決定される最大溝数となり、最大精度限界に繋がる。
n=D×π/(H+h) ・・・(6)
m=D×π×30/(VMAX×α) ・・・(7)
【0033】
例としてスリット100の幅hが10mm、小径ロール10aの直径Dが240mm、演算装置の演算周期が1msec、ラインの最大板速度が1320m/minであると仮定した際の考え方について説明する。まず、スリット100の幅hが10mmであることからh≦Hよりスリット100間の距離Hは最低でも10mmである必要がある。これを含め、(6)式より機械制約の最大溝数n=37であることが分かる。次に(7)式よりシステム制約の最大溝数m=17であることが分かる。機械制約の最大溝数nとシステム制約の最大溝数mとを比較し、最終的に最大溝数は17となる。小径ロールの周長をこの溝数で割ると約44mm。つまりH+hが44mmとなる。ここでスリット1つに対する速度への影響を考える。100msec間にスリットが22回通過した場合と23回通過した場合とを仮定して、それぞれの通過スリット数の100msecで進む板の距離とこの時の速度を算出する。この結果、表1に示すようにスリット1つの速度への影響は、按分して考えると約±13m/minとなる。この速度差がWRの周速度に対して及ぼす影響度合いのパーセンテージを先進率精度[%]と定義して、(4)式を利用し算出した結果を表2に示す。
【0034】
【表1】
【0035】
【表2】
【0036】
必要なスリット100の数を得ることができず目標の測定精度を十分に得ることができない場合、算出した板速度に移動平均等の平滑化処理を行ってもよい。スリット数により生じる速度への影響分が実際の速度に加わることで、検出速度が2値に分散してしまう。この分散具合が精度不良に繋がっている。本手法では、この分散した2値の出現頻度の比と実際の速度とには相関があることを利用し、平滑化を行うことによりこの2値の偏りを元に実際の速度を推定しているため、先進率精度[%]を向上させることができる。さらに、読取開始タイミングによる通過スリット数の1つの違いの移動平均区間の全通過スリット数に及ぼす影響は、移動平均数に反比例して小さくなるため、移動平均数を増やすことで先進率精度[%]の向上が可能である。表3に、スリット数を4、スリット幅hを10mm、小径ロール径Dを240mm、WR速度を991.5m/min、ラインの最大板速度を1320m/min及び演算装置の演算周期を1msecとそれぞれした時の、各移動平均数に対する先進率精度[%]を示す。ただし、平滑化処理に伴い、実速度と比較し演算結果に遅れが生じるため、適宜調整が必要である。
【0037】
【表3】
【実施例
【0038】
本発明者らが行った実施例について説明する。実施例では、強度規格の異なる鋼板3を圧延速度を変えて冷間圧延し、先進率fの変化を調査した。具体的には、強度規格が270MPa~590MPaの材料について、圧延速度300m/min~1200m/minの最大6水準に圧延を行い、先進率fの測定を行った。表1に各条件における先進率fの測定結果を示す。なお、表1において、先進率fの単位は%であり、(4)式で算出される値に100を乗じた値となる。
【0039】
【表4】
【0040】
実施例では、強度規格が590MPaで圧延速度が600m/min(先進率f:-0.58%)となる条件にてミルスリップの発生を確認した。また、他の条件ではミルスリップの発生は確認されなかった。このため、ミルスリップが確認されなかった条件の内、最小となる-0.48%以上の先進率fを保つことでミルスリップの防止が可能となることが確認できた。また、圧延速度が速い場合には先進率fが低下するため、スリップ防止のためには先進率fが上述のスリップ限界値(-0.48%)以下とならないように、圧延速度をコントロールすることが有用である。ただし、強度規格が340MPaの場合については、800m/minの圧延速度を境に、増速により先進率fが上昇する傾向が確認された。この場合、最も先進率fが低くなる速度領域を避けて、圧延速度を上げることによりミルスリップの防止と生産能率の向上とを両立させることが可能である。
【符号の説明】
【0041】
1 ミルスリップ防止装置
10,10a 小径ロール
100 スリット
11 速度計
12 演算装置
13 制御装置
2 圧延機スタンド
20 ワークロール
3 鋼板
図1
図2
図3
図4
図5
図6