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特許7687444圧粉磁芯用鉄基軟磁性複合粉末及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-05-26
(45)【発行日】2025-06-03
(54)【発明の名称】圧粉磁芯用鉄基軟磁性複合粉末及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   B22F 1/102 20220101AFI20250527BHJP
   B22F 1/00 20220101ALI20250527BHJP
   B22F 1/16 20220101ALI20250527BHJP
   H01F 1/24 20060101ALI20250527BHJP
【FI】
B22F1/102 100
B22F1/00 Y
B22F1/16 100
H01F1/24
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2023567047
(86)(22)【出願日】2023-07-27
(86)【国際出願番号】 JP2023027667
(87)【国際公開番号】W WO2024095546
(87)【国際公開日】2024-05-10
【審査請求日】2023-10-31
(31)【優先権主張番号】P 2022175117
(32)【優先日】2022-10-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【弁護士】
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(74)【代理人】
【識別番号】100230503
【弁理士】
【氏名又は名称】五百川 惟志
(72)【発明者】
【氏名】中村 剛慶
(72)【発明者】
【氏名】高下 拓也
(72)【発明者】
【氏名】増岡 弘之
(72)【発明者】
【氏名】松崎 晃
【審査官】坂本 薫昭
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-259939(JP,A)
【文献】特開2015-106590(JP,A)
【文献】特開2015-230930(JP,A)
【文献】特開2019-153614(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 1/00,1/10,1/102,1/14,1/16,3/00
H01F 1/24
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄基軟磁性粒子の粒子表面に絶縁層が形成された被覆粒子を含み、
前記絶縁層は、
前記粒子表面上に配置されたトリポリリン酸アルミニウムで形成された第一被覆層と、
前記第一被覆層上に配置され、シリコーン樹脂で形成された第二被覆層と、を有し、
前記粒子表面における前記絶縁層の被覆率が90%以上100%以下であり、
前記被覆率は、
前記鉄基軟磁性粒子に対して低エネルギーイオン散乱分光法を用いて測定されるFe帰属のエネルギースペクトル面積をαとし、
前記被覆粒子に対して低エネルギーイオン散乱分光法を用いて測定されるFe帰属のエネルギースペクトル面積をβとした場合に、次式により算出される値である圧粉磁芯用鉄基軟磁性複合粉末。
(1-β/α)×100・・・(式1)
【請求項2】
有機潤滑剤を0.20質量%以上0.60質量%以下含む、請求項1に記載の圧粉磁芯用鉄基軟磁性複合粉末。
【請求項3】
鉄基軟磁性粉末にトリポリリン酸アルミニウムを添加して混合し、前記第一被覆層のみが形成された被覆粒子からなる粉末とすることと、
前記第一被覆層のみが形成された被覆粒子からなる粉末にシリコーン樹脂粉末を添加して混合し、前記第二被覆層を形成することと、を含む、請求項1又は2に記載の圧粉磁芯用鉄基軟磁性複合粉末の製造方法であって、
前記第一被覆層のみが形成された被覆粒子からなる粉末とするための混合及び前記第二被覆層を形成するための混合において撹拌羽根型混合機を使用し、
前記撹拌羽根型混合機は、混合容器と、前記混合容器の底部に設けられ、水平面に沿って回転する撹拌羽根とを備える、圧粉磁芯用鉄基軟磁性複合粉末の製造方法。
【請求項4】
前記被覆粒子を含む粉末に対して有機潤滑剤の粉末を混合する請求項3に記載の圧粉磁芯用鉄基軟磁性複合粉末の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、圧粉磁芯用鉄基軟磁性複合粉末及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
モータやトランス等の電力変換機器に適用される磁芯には、電磁鋼板を積層したものが用いられてきたが、近年は、圧粉磁芯の採用例が増えている。圧粉磁芯は鉄基軟磁性粉末を金型に充填し、圧縮成形することにより作製される。そのため、部品形状の自由度が高く、複雑な形状のモータを実現することができる。また、圧粉磁芯は圧縮成形により成形可能であることから、最終部品形状に近い成形体を得ることができ、歩留が向上する。
【0003】
圧粉磁芯では鉄基軟磁性粒子の各々が絶縁されているため、積層電磁鋼板に比べて渦電流を抑制することができ、電力変換機器の高効率化が可能である。圧粉磁芯の製造のためには、表面に絶縁皮膜が形成された被覆粒子の粉末(鉄基軟磁性複合粉末)が必要となる。
【0004】
さて、磁芯として所望の性能を得る為には、圧粉磁芯を高密度化する必要がある。圧粉磁芯の高密度化の為には、鉄基軟磁性複合粉末中の絶縁皮膜が形成された被覆粒子が、少量の絶縁用の被覆原料を用いつつ高い被覆率で絶縁皮膜を有することが望まれる。
【0005】
また、適切な成形性を得る為には、圧縮成形後に圧粉磁芯を金型から抜き出す際の成形体と金型との摩擦抵抗が小さいことが望ましい。そのため、成形体と金型との摩擦抵抗を低減するために、鉄基軟磁性複合粉末に潤滑剤を添加する場合がある。しかし、潤滑剤を添加した鉄基軟磁性複合粉末は、流動性が悪化する場合がある。鉄基軟磁性複合粉末の流動性が悪い場合、鉄基軟磁性複合粉末の貯蔵容器で詰まりが生じたり、成形金型へ鉄基軟磁性複合粉末を充填する際に、均一な充填が阻害されたりする場合がある。そのため、潤滑剤を添加した鉄基軟磁性複合粉末の流動性の確保が望まれる。
【0006】
特開2008-63651号公報(特許文献1)には、圧粉磁心用鉄基軟磁性粉末及びその製造方法並びに圧粉磁心が開示されている。この圧粉磁心用鉄基軟磁性粉末では、表面に、リン酸系化成皮膜と、シリコーン樹脂皮膜とが、この順で形成されている。この圧粉磁心用鉄基軟磁性粉末の製造方法では、リン酸溶液と鉄基軟磁性粉末とを混合した後、溶媒を蒸発させてリン酸系化成皮膜を鉄基軟磁性粉末表面に形成する。また、この圧粉磁心用鉄基軟磁性粉末の製造方法では、シリコーン樹脂を有機溶媒に溶解させ、このシリコーン樹脂溶液と鉄基軟磁性粉末とを混合した後、溶媒を蒸発させてシリコーン樹脂皮膜を上記リン酸系化成皮膜の上に形成する。
【0007】
国際公開第2021/199525号(特許文献2)には、圧粉磁芯用鉄基軟磁性粉末、圧粉磁芯及びそれらの製造方法が開示されている。この圧粉磁芯用鉄基軟磁性粉末では、鉄基軟磁性粉末の表面に縮合リン酸アルミニウム層を有し、さらに縮合リン酸アルミニウム層の表面にシリコーン樹脂層を有する。縮合リン酸アルミニウム層は連続皮膜であるとされている。なお、この圧粉磁芯用鉄基軟磁性粉末において連続皮膜とは、完全被覆であっても一部被覆であってもよいとされており、粉末同士が融着して被覆部位が連続的しており、粉末がそのまま、散点的に付着している状態とは区別されている。この圧粉磁芯用鉄基軟磁性粉末では、連続皮膜により、鉄基軟磁性粉末の表面の大半が覆われていることが好ましく、実質的に全体が覆われていることがより好ましいとされている。この圧粉磁芯用鉄基軟磁性粉末の製造方法では、鉄基軟磁性粉末及び縮合リン酸アルミニウム粉末を加熱混合し、表面に縮合リン酸アルミニウム層を有する鉄基軟磁性粉末を得たのち、縮合リン酸アルミニウム層の表面にシリコーン樹脂を付着させてシリコーン樹脂層を形成する。
【0008】
特表2007-535134号公報(特許文献3)には、粉末組成物が開示されている。この粉末組成物は、鉄又は鉄基粉末の軟磁性材料の電気的に絶縁した粒子と、0.1~2重量%の、14~22個のC原子を有する脂肪酸アミドからなる群から選択された潤滑剤とからなる。
【0009】
特開平9-104901号公報(特許文献4)には、粉末冶金用鉄基粉末混合物及びその製造方法が記載されている。この粉末冶金用鉄基粉末混合物は、鉄基粉末と潤滑剤と合金用粉末とを含む。鉄基粉末、潤滑剤及び合金用粉末から選ばれる1種以上が、好ましくは、オルガノアルコキシシラン、オルガノシラザン、シリコーンオイル、チタネート系カップリング剤、フッ素系カップリング剤及び鉱物油から選ばれる1種以上である表面処理剤によって被覆された粉末である。特許文献4では、金属粉末と有機化合物の摩擦抵抗及び付着力が大きいため、潤滑剤等の有機化合物を混合した金属粉末の流動性が潤滑剤等の有機化合物を混合していない金属粉末に比べて極端に悪くなることが示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特開2008-63651号公報
【文献】国際公開第2021/199525号
【文献】特表2007-535134号公報
【文献】特開平9-104901号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
特許文献1で開示されたような圧粉磁心用鉄基軟磁性粉末の製造方法では、リン酸溶液と鉄基軟磁性粉末とを混合した後のリン酸溶液の溶媒の乾燥が必要となる。そのため、比表面積の大きな鉄基粉末が容易に酸化される懸念がある。また、シリコーン樹脂溶液と鉄基軟磁性粉末とを混合した後に有機溶媒を蒸発させる際には、爆発などに対する安全上の配慮が必要である。加えて、溶液を介した被膜形成方法では粉末の凝集が生じやすく、粉末の流動性が低下する場合がある。
【0012】
特許文献2で開示された圧粉磁芯用鉄基軟磁性粉末の製造方法では、鉄基軟磁性粉末及び縮合リン酸アルミニウム粉末を加熱混合する際に充分に高い被覆率の粉末が得られない場合がある。
【0013】
特許文献3で開示された粉末組成物では、粉末組成物を静止状態で保管した場合における、潤滑剤の添加に起因する流動性の低下が生じる場合がある。
【0014】
以上のような背景から、絶縁層を有しつつも流動性の高い圧粉磁芯用鉄基軟磁性複合粉末及びこれを容易に製造する製造方法の提供が望まれる。
【0015】
本開示は、かかる実状に鑑みて為されたものであって、その目的は、絶縁層を有しつつも流動性の高い圧粉磁芯用鉄基軟磁性複合粉末及びこれを容易に製造する製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記目的を達成するための本開示に係る圧粉磁芯用鉄基軟磁性複合粉末は、以下のとおりである。
【0017】
[1] 圧粉磁芯用鉄基軟磁性複合粉末は、
鉄基軟磁性粒子の粒子表面に絶縁層が形成された被覆粒子を含み、
前記絶縁層は、
前記粒子表面上に配置されたトリポリリン酸アルミニウムで形成された第一被覆層と、
前記第一被覆層上に配置され、シリコーン樹脂で形成された第二被覆層と、を有し、
前記粒子表面における前記絶縁層の被覆率が85%以上である。
【0018】
本開示に係る圧粉磁芯用鉄基軟磁性複合粉末は、更に以下のようであってよい。
【0019】
[2] 前記被覆率は、
前記鉄基軟磁性粒子に対して低エネルギーイオン散乱分光法を用いて測定されるFe帰属のエネルギースペクトル面積をαとし、
前記被覆粒子に対して低エネルギーイオン散乱分光法を用いて測定されるFe帰属のエネルギースペクトル面積をβとした場合に、次式により算出される値である上記[1]に記載の圧粉磁芯用鉄基軟磁性複合粉末。
【0020】
(1-β/α)×100・・・(式1)
【0021】
[3] 有機潤滑剤を0.20質量%以上0.60質量%以下含む、上記[1]又は[2]に記載の圧粉磁芯用鉄基軟磁性複合粉末。
【0022】
上記[1]~[3]のいずれか一つに記載の圧粉磁芯用鉄基軟磁性複合粉末は、以下の製造方法で製造することができる。
【0023】
[4] 前記第一被覆層のみが形成された被覆粒子からなる粉末にシリコーン樹脂粉末を添加して混合し、前記第二被覆層を形成する圧粉磁芯用鉄基軟磁性複合粉末の製造方法。
【0024】
[5] 前記被覆粒子を含む粉末に対して有機潤滑剤の粉末を混合する上記[4]に記載の圧粉磁芯用鉄基軟磁性複合粉末の製造方法。
【発明の効果】
【0025】
本開示によれば、絶縁層を有しつつも流動性の高い圧粉磁芯用鉄基軟磁性複合粉末及びこれを容易に製造する製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本開示に係る圧粉磁芯用鉄基軟磁性複合粉末及びその製造方法について説明する。
【0027】
まず、本実施形態に係る圧粉磁芯用鉄基軟磁性複合粉末(以下、単に鉄基軟磁性複合粉末と記載する)の概要を説明する。
【0028】
本実施形態に係る鉄基軟磁性複合粉末は、鉄基軟磁性粒子の粒子表面に絶縁層が形成された被覆粒子を含む。前記絶縁層は、前記粒子表面上に配置されたトリポリリン酸アルミニウムで形成された第一被覆層と、前記第一被覆層上に配置され、シリコーン樹脂で形成された第二被覆層と、を有する。ここで、前記粒子表面における前記絶縁層の被覆率が85%以上である。
【0029】
本実施形態に係る鉄基軟磁性複合粉末は、一例として、前記第一被覆層のみが形成された被覆粒子からなる粉末にシリコーン樹脂粉末を添加して混合し、前記第二被覆層を形成する製造方法により製造される。
【0030】
本実施形態に係る鉄基軟磁性複合粉末は、絶縁層を有しつつも流動性の高いものとなる。また、本実施形態に係る鉄基軟磁性複合粉末は、例えば上記製造方法により、容易に製造することができる。例えば、本実施形態に係る鉄基軟磁性複合粉末は、その製造過程において、有機溶媒を使用せず、また、有機溶媒を乾燥させる工程を含まない容易な製造方法で製造することができる。
【0031】
以下、本実施形態に係る鉄基軟磁性複合粉末及びその製造方法について詳述する。
【0032】
本実施形態に係る鉄基軟磁性複合粉末は、被覆粒子を含む。そして、前記被覆粒子とは、鉄基軟磁性粒子の粒子表面に絶縁層が形成されたものを指す。前記鉄基軟磁性粒子は鉄基軟磁性粉末を構成する粒子であり、言い換えると、本実施形態に係る鉄基軟磁性複合粉末は、鉄基軟磁性粉末を構成する粒子の表面に絶縁層が形成された被覆粒子を含む。ここで、鉄基粉末とは、Feを50質量%以上含む金属粉末を指す。すなわち、前記鉄基軟磁性複合粉末及び前記鉄基軟磁性粉末はFeを50質量%以上含む。そして、複合粉末とは、複合粒子を含む粉末を指す。複合粒子とは、少なくとも2種の材料を含む粒子を指す。例えば、前記被覆粒子は、コア粒子(核粒子)である鉄基軟磁性粒子の粒子表面に絶縁層が形成されているため、複合粒子である。
【0033】
本実施形態に係る鉄基軟磁性複合粉末は、上記被覆粒子以外の任意の添加剤(例えば、潤滑剤)を含み得るが、上記被覆粒子及び有機潤滑剤からなってもよく、上記被覆粒子のみからなってもよい。
【0034】
以下の説明では、上記鉄基軟磁性粉末のことを単に鉄基粉末と称する場合がある。
【0035】
上記鉄基軟磁性粉末は、鉄粉が好ましい。鉄粉とは、Feおよび不可避不純物からなる粉末を指し、本技術分野においては一般的に純鉄粉と称される。
【0036】
上記鉄基軟磁性粉末は、任意の方法で製造することができる。例えば、前記鉄基軟磁性粉末は、還元鉄基粉末、アトマイズ鉄基粉末、またはそれらの混合物であってよい。還元鉄基粉末は、酸化鉄を還元して製造される鉄基粉末である。アトマイズ鉄基粉末は、アトマイズ法によって製造される鉄基粉末である。アトマイズ鉄基粉末としては、水アトマイズ鉄基粉末やガスアトマイズ鉄基粉末が挙げられる。ここで、前記鉄基軟磁性粉末は水アトマイズ鉄基粉末であることが好ましい。水アトマイズ鉄基粉末は、粒子表面に多数の凹凸を有するため粒子の絡み合いが生じやすく、圧粉磁芯として成形した場合に、圧粉磁芯の強度を向上することができる場合がある。また、上記鉄基軟磁性粉末は、圧縮性が良好であることが好ましい。圧縮性が良好であると、圧粉磁芯を圧縮成形する際の成形性が向上する。
【0037】
上記鉄基軟磁性粉末の見掛密度は2.8Mg/m以上であることが好ましい。見掛密度が2.8Mg/mより低いと、圧粉磁芯の密度が低下する場合がある。
【0038】
上記鉄基軟磁性粉末の粒子径は、体積基準のメジアン径(50%粒子径、いわゆるD50)で評価した場合、40μm以上であることが好ましい。以下の説明において単に粒子径と記載した場合、メジアン径を意味するものとする。粒子径が40μmに満たないと、鉄基軟磁性粉末の流動性が低下する場合がある。また、鉄基軟磁性複合粉末の金型への充填性が低下する場合があり、さらに、圧粉磁芯を圧縮成形する際の成形性が悪くなる場合もある。そのため、流動性をより向上させる観点から、粒子径が40μm以上であることが好ましい。一方、粒子径が400μmを超えると、鉄基軟磁性粉末の流動性が低下する場合がある。また、鉄基軟磁性複合粉末の金型への充填性が低下する場合があり、さらに、圧粉磁芯を圧縮成形する際の成形性が悪くなる場合もある。そのため、流動性をより向上させる観点から、粒子径が400μm以下であることが好ましい。なお、粒子径は、レーザー回折法を採用した粒度分布測定装置を用いて測定した中央値を用いてよい。例えば、粒度分布測定装置として、株式会社堀場製作所製Partica LA-960V2を用いてよい。
【0039】
本実施形態に係る被覆粒子は、上記鉄基軟磁性粒子の粒子表面に絶縁層が形成されている。前記絶縁層は、第一被覆層と第二被覆層とを有する。
【0040】
前記第一被覆層は、前記粒子表面上に配置されたトリポリリン酸アルミニウムで形成されている。ここで、第一被覆層は、絶縁性を有する層である。
【0041】
上記トリポリリン酸アルミニウムは、鉄基軟磁性粒子の表面に、絶縁性を有する第一被覆層を形成するための原料である。トリポリリン酸アルミニウムは鉄との反応性が良好であり、トリポリリン酸アルミニウム粉末をことで、鉄基軟磁性粒子の表面への密着性及び付着性が高く、且つ、絶縁性を有する第一被覆層が形成される。上記トリポリリン酸アルミニウムとしては、例えばトリポリリン酸二水素アルミニウムが挙げられる。また、上記トリポリリン酸アルミニウムとしては、二水和物など、任意の水和状態のものを用いることができる。
【0042】
上記トリポリリン酸アルミニウムとしては、例えば、粉末状態のものを用いることが好ましい。好適なトリポリリン酸アルミニウム粉末の一例は、テイカ株式会社製のK-FRESH #100Pである。トリポリリン酸アルミニウム粉末の粒子径(メジアン径)は好ましくは10μm以下、より好ましくは5μm以下とする。トリポリリン酸アルミニウム粉末の粒子径が小さくなるほど当該粉末の比表面積が大きくなるため、被覆率が向上する。前記粒子径の下限は限定されず、例えば0.1μmであってよい。
【0043】
上記トリポリリン酸アルミニウムの添加量は、上記鉄基軟磁性粉末に対して0.10質量%以上であることが好ましく、0.15質量%以上であることがより好ましい。また、前記添加量は、0.50質量%以下であることが好ましく、0.30質量%以下であることがより好ましい。
【0044】
以下、上記鉄基軟磁性粒子の表面に第一被覆層を形成する方法について説明する。例えば、トリポリリン酸アルミニウムを鉄基軟磁性粉末に添加して混合することで、鉄基軟磁性粒子の粒子表面に第一被覆層を形成し、第一被覆層のみが形成された被覆粒子からなる粉末を得ることができる。トリポリリン酸アルミニウムの添加量は前述の通りとすることができる。第一被覆層の形成は、水や有機溶媒を使用せずに、乾式法で行うことができる。そのため、第一被覆層の形成には溶媒の乾燥操作を要せず、容易に行うことができる。
【0045】
第一被覆層を形成するための混合は、粉末の撹拌混合に通常用いられる混合装置を使用してよい。好適な混合装置の一例は、混合容器の底部に水平面に沿って回転する撹拌羽根が設けられた撹拌羽根型混合機である。好適な撹拌羽根型混合機の一例は、日本コークス工業株式会社製のFMミキサシリーズや、株式会社アーステクニカ製のハイスピードミキサシリーズである。
【0046】
トリポリリン酸アルミニウムと鉄基軟磁性粒子との密着性を向上させるため、前記混合は加熱混合とすることが好ましい。第一被覆層を形成するための撹拌混合中の粉末の温度の最高到達温度は、130℃以上とすることが好ましく、150℃以上とすることがより好ましい。混合温度の最高到達温度を130℃以上とすることで、第一被覆層と鉄基軟磁性粒子との密着性が向上する。そして、粉末の温度が高いほど、トリポリリン酸アルミニウムが第一被覆層を形成しやすくなる。一方、混合温度が200℃を超えると、鉄基軟磁性複合粉末の酸化が進行し、圧粉磁芯の密度が低下する。そのため、前記最高到達温度は、200℃以下とすることが好ましい。なお、撹拌混合中の粉末の温度とは、例えば、混合装置の混合容器の槽内に挿入した熱電対で測定される温度である。このように熱電対を用いて撹拌混合中の粉末の温度を測定する場合、熱電対は、混合装置を静止した状態において、混合容器の槽内で静止している粉体層(粉末の層)に埋まる位置に設ける。
【0047】
第一被覆層の形成後には、第一被覆層のみ形成された被覆粒子からなる粉末を冷却するとよい。前記冷却は温度を80℃以下とすることが好ましい。これにより、その後の鉄基軟磁性複合粉末が取り扱いやすくなる。以下では、第一被覆層の形成後に行う、被覆粒子からなる粉末を冷却する工程を冷却工程と称する。冷却工程は、被覆粒子を撹拌混合している状態で行うとよい。
【0048】
混合容器の槽内は、窒素ガスのような不活性ガスで満たしてもよい。これにより、撹拌混合時の鉄基軟磁性粉末の酸化を防止することができる。
【0049】
次に、本発明の一実施形態に係る第二被覆層について説明する。第二被覆層は、第一被覆層と共に絶縁層を構成する層である。第二被覆層は、第一被覆層の層上に形成され、シリコーン樹脂で形成される。
【0050】
上記シリコーン樹脂は、トリポリリン酸アルミニウムと比較した場合、鉄基軟磁性粉末の粒子表面との濡れ性が悪く、鉄基軟磁性粉末との密着性及び付着性に劣っているが、耐熱性に優れているという特徴がある。そして後述するように、加熱による軟化を利用して鉄基軟磁性粉末を被覆することが可能であるという特徴を有するため、トリポリリン酸アルミニウムと共に用いる絶縁層の材料として好適である。
【0051】
上記シリコーン樹脂に制限はないが、側鎖がメチル基を主体とするものが好ましい。上記シリコーン樹脂は、粉末状のもの、すなわち、シリコーン樹脂粉末を用いるとよい。好適なシリコーン樹脂粉末の一例は、旭化成ワッカーシリコーン株式会社製のSILRES MK POWDERや信越化学工業株式会社製のKR-220LPである。
【0052】
上記シリコーン樹脂の添加量は、上記鉄基軟磁性粉末に対して0.10質量%以上にするとよい。0.10質量%を下回ると、シリコーン樹脂の添加による絶縁層の柔軟性を向上させる効果が発現しにくくなる場合がある。また、前記添加量は、鉄基軟磁性粉末に対して1.50質量%以下にするとよい。そして、シリコーン樹脂の添加量を調整することで、鉄基軟磁性複合粉末の絶縁性に係る物性(たとえば、比抵抗)を制御することができる。具体例を挙げると、前記添加量を比較的少なくして、例えば、0.50質量%以下、特に、0.30質量%以下とすることができる。この場合、鉄基軟磁性複合粉末の比抵抗を適度な値(一例として比抵抗が100μΩm以上2000μΩm以下)に調整して、特にモータの磁芯用として好適な鉄基軟磁性複合粉末を提供することができる場合がある。また、シリコーン樹脂の添加量を比較的大きくして、例えば、0.50質量%超とすることができる。この場合、鉄基軟磁性複合粉末の比抵抗をモータの磁芯用として好適な値よりも大きな値(一例として比抵抗が2000μΩm超)に調整して、特にリアクトルやインバータの磁芯用として好適な鉄基軟磁性複合粉末を提供することができる場合がある。
【0053】
なお、絶縁層を形成するための被覆材、すなわち、上記トリポリリン酸アルミニウム及び上記シリコーン樹脂の添加量の総量は、鉄基軟磁性粉末に対して2.00質量%以下が好ましく、0.60質量%以下がより好ましく、0.50質量%以下がさらに好ましい。前記添加量の総量の下限は特に限定されないが、鉄基軟磁性粉末に対して0.20質量%以上が好ましい。
【0054】
なお、上述したように、シリコーン樹脂は、鉄基軟磁性粒子表面との濡れ性が悪い。そのため、軟化したシリコーン樹脂のみで被覆層の形成を試みた場合の被覆率は低くなる傾向にある。これに対し、トリポリリン酸アルミニウムは、上述したように鉄基軟磁性粒子表面への付着性が良好であり、鉄基軟磁性粉末とともに混合することにより粒子表面に容易に絶縁層を形成することができる。しかし、高い被覆率を達成するためにはトリポリリン酸アルミニウムの多量添加が必要となる。そのため、これらの絶縁用の被覆材を単独で用いた場合、高い被覆率は困難であるか、もしくは、高い被覆率を達成しても、多量添加となって、圧粉磁芯としての適切な性能が得られない。しかし、シリコーン樹脂及びトリポリリン酸アルミニウムを含む複合皮膜として絶縁層を形成することで、被覆材を少量添加した場合であっても、高い被覆率(85%以上)を有する絶縁層の形成を実現することができる。この高い被覆率は、粒子表面にトリポリリン酸アルミニウム層を形成することにより、軟化シリコーン樹脂と粒子表面との濡れ性が大幅に改善されるため実現されるものである。
【0055】
以下、上記第一被覆層のみが形成された被覆粒子からなる粉末の粒子表面に第二被覆層を形成する方法について説明する。例えば、第一被覆層のみが形成された被覆粒子からなる粉末にシリコーン樹脂粉末を添加して混合することで、第一被覆層上にシリコーン樹脂で形成された第二被覆層を形成することができる。シリコーン樹脂の添加量は前述の通りとすることができる。絶縁層がシリコーン樹脂で形成された第二被覆層を含むことで、絶縁層の柔軟性を向上させて、圧縮成形時の絶縁層の破壊を抑制することができる。
【0056】
第二被覆層の形成は、水や有機溶媒を使用せずに、乾式法で行うことができる。そのため、第二被覆層の形成には溶媒の乾燥操作を要せず、容易に行うことができる。
【0057】
第二被覆層を形成するための混合は、粉末の撹拌混合に通常用いられる混合装置を使用してよい。好適な混合装置の一例は、第一被覆層を形成する場合に好適な装置と同じである。
【0058】
第二被覆層を形成するための撹拌混合中の粉末の温度は、100℃以上とするとよい。この撹拌混合中の粉末の温度が100℃を下回るとシリコーン樹脂が十分に軟化せず、第二被覆層の密着性が低下したり、被覆率が低下したり場合がある。前記温度の上限は特に限定されないが、200℃以下とすることが好ましい。
【0059】
第二被覆層を形成するための混合は、第一被覆層を形成するための加熱混合の後の冷却工程中に行うとよい。すなわち、上記の冷却工程中に、第一被覆層のみが形成された被覆粒子からなる粉末を撹拌混合し、当該粉末に対してシリコーン樹脂粉末を添加するとよい。これにより、第一被覆層を形成した直後の被覆粒子の粉体層の蓄熱を利用して、製造コストを抑制しつつも効率よく、密着性の良い第二被覆層を形成することができる。詳述すると、第一被覆層の形成後に粉末を十分に冷却してから再度粉末を加熱して第二被覆層を形成する場合に比べて、再度加熱する手間や時間を省略しつつ、第二被覆層を形成するために必要な粉末の温度を確保することができる。
【0060】
以上をまとめると、本開示の一実施形態における鉄基軟磁性複合粉末の好適な製造方法は、鉄基軟磁性粉末にトリポリリン酸アルミニウムを添加して混合して、さらにシリコーン樹脂粉末を添加して混合する方法である。鉄基軟磁性粉末にトリポリリン酸アルミニウムを添加して混合することで、第一被覆層のみが形成された被覆粒子からなる粉末を製造することができる。さらに当該粉末にシリコーン樹脂粉末を添加して混合することで、第一被覆層及び第二被覆層を有する絶縁層が形成された被覆粒子を含む鉄基軟磁性複合粉末を製造することができる。ここで、前記鉄基軟磁性複合粉末は、第一被覆層及び第二被覆層を有する絶縁層が形成された被覆粒子からなる鉄基軟磁性複合粉末であってよい。
【0061】
つまり、前記製造方法は、鉄基軟磁性粉末にトリポリリン酸アルミニウムを添加して混合して、第一被覆層のみが形成された被覆粒子からなる粉末とし、さらに当該粉末にシリコーン樹脂粉末を添加して混合して、第一被覆層及び第二被覆層を有する絶縁層が形成された被覆粒子を含む鉄基軟磁性複合粉末とする方法である。
【0062】
そして、前記製造方法は、鉄基軟磁性粉末にトリポリリン酸アルミニウムを添加して混合して、第一被覆層のみが形成された被覆粒子からなる粉末とし、さらに当該粉末にシリコーン樹脂粉末を添加して混合して、第一被覆層及び第二被覆層を有する絶縁層が形成された被覆粒子からなる鉄基軟磁性複合粉末とする方法であってよい。
【0063】
同様に、上記鉄基軟磁性複合粉末の好適な製造方法は、第一被覆層のみが形成された被覆粒子からなる粉末にシリコーン樹脂粉末を添加して混合し、第一被覆層及び第二被覆層を有する絶縁層が形成された被覆粒子を含む鉄基軟磁性複合粉末とする方法である。
【0064】
そして、前記製造方法は、第一被覆層のみが形成された被覆粒子からなる粉末にシリコーン樹脂粉末を添加して混合し、第一被覆層及び第二被覆層を有する絶縁層が形成された被覆粒子からなる鉄基軟磁性複合粉末とする方法であってよい。
【0065】
このようにして、鉄基軟磁性粒子の粒子表面に絶縁層を形成された被覆粒子を含む鉄基軟磁性複合粉末を製造することができる。
【0066】
次に鉄基軟磁性粒子の粒子表面における絶縁層の被覆率(以下、単に被覆率と称する)について説明する。
【0067】
上記被覆率は85%以上とし、好ましくは90%以上とする。被覆率が85%を下回ると、被覆粒子表面の絶縁層が欠落した領域同士が接触し、圧粉磁芯の絶縁性が著しく低下する。また、被覆粒子表面の絶縁層が欠落した領域は圧粉磁芯の破壊の起点となりやすく、機械的強度を維持する観点からも85%以上とする。被覆率の上限は特に限定されず、100%であってよい。
【0068】
本発明の一実施形態において、上記被覆率は、上述の式1[(1-β/α)×100]により算出される値であることが好ましい。ここで、鉄基軟磁性粒子に対して低エネルギーイオン散乱分光法を用いて測定されるFe帰属のエネルギースペクトル面積をαとし、被覆粒子に対して低エネルギーイオン散乱分光法を用いて測定されるFe帰属のエネルギースペクトル面積をβとする。αの測定に当たっては、鉄基軟磁性粒子として鉄基軟磁性粉末を使用することができる。そして、当該鉄基軟磁性粉末は、鉄基軟磁性複合粉末の原料とした鉄基軟磁性粉末又は鉄基軟磁性複合粉末から絶縁層を除去した粉末のいずれであってもよい。また、βの測定に当たっては、被覆粒子として鉄基軟磁性複合粉末を使用することができる。すなわち、前記被覆率は、絶縁層を形成する前後の粉末についてFe帰属のエネルギースペクトル面積を測定し、面積比β/αを用いて算出することができる。
【0069】
低エネルギーイオン散乱分光法は、表面感度が極めて高く、最表層の原子の影響を受けるため、被覆の有無を正確に分析することが可能である。つまり、上述の式1を用いれば、被覆率を正確に求めることができる。
【0070】
上述の式1より算出される被覆率は85%以上であることが好ましく、90%以上であることがより好ましい。前記被覆率の上限は特に限定されず、100%であってよい。
【0071】
次に、潤滑剤について説明する。上記鉄基軟磁性複合粉末は潤滑剤を含んでいなくてもよく、0質量%で有ってもよい。しかし、本発明の一実施形態における鉄基軟磁性複合粉末は、潤滑剤を含むことが好ましい。これにより、鉄基軟磁性複合粒子同士の摩擦を低減することができ、圧縮成形時の絶縁層の破壊を抑制することができる。特に高圧で圧縮成形する場合に、あらかじめ鉄基軟磁性複合粉末に潤滑剤が添加されていると、圧縮成形時の絶縁層の破壊の抑制効果が高まる場合がある。このような観点から、潤滑剤を0.20質量%以上含むことが好ましい。しかし、過剰に潤滑剤を混合すると、流動性が低下する場合がある。そのため、上記鉄基軟磁性複合粉末は潤滑剤を0.60質量%以下含むことが好ましい。ここで、前記潤滑剤の含有量は、潤滑剤を除く鉄基軟磁性複合粉末全体の質量に対する潤滑剤の質量の割合で表される。
【0072】
上記鉄基軟磁性複合粉末に対する上記被覆粒子の割合の上限は特に限定されず、100質量%であってよいが、潤滑剤を含むことによる摩擦の低減の観点から、99.80質量%以下であることが好ましい。また、上記割合の下限は特に限定されないが、90.00質量%以上であることが好ましく、流動性向上の観点から、99.40質量%以上であることがより好ましい。
【0073】
前記潤滑剤としては、例えば有機潤滑剤を用いることができる。前記有機潤滑剤としては、ワックス及び金属石鹸などが挙げられる、前記ワックスとしては、ステアリン酸アミド、エルカ酸アミド、N,N′‐エチレンビスステアリン酸アミド等が挙げられる。前記金属石鹸としては、ステアリン酸リチウム、ステアリン酸亜鉛等が挙げられる。また、複数の有機潤滑剤を混合したものを前記有機潤滑剤として用いることもでき、複数の有機潤滑剤を溶融状態で混合したものを前記有機潤滑剤として用いることもできる。前記潤滑剤の形態としては特に限定されないが、粉末を用いることができる。
【0074】
本発明の一実施形態に係る鉄基軟磁性複合粉末の製造方法においては、被覆粒子を含む粉末に対して有機潤滑剤の粉末を混合することが好ましい。言い換えると、本発明の一実施形態に係る鉄基軟磁性複合粉末の好適な製造方法は、第一被覆層及び第二被覆層が形成された被覆粒子を含む粉末に対して、有機潤滑剤の粉末を混合する方法である。
【0075】
次に、上記鉄基軟磁性複合粉末の圧縮成形について説明する。上記鉄基軟磁性複合粉末は、金型に充填された後、所望の寸法形状に圧縮成形(加圧成形)され、所定形状の成形体(圧粉体)とされる。鉄基軟磁性複合粉末を圧縮成形して成形体を製造する圧縮成形法としては、例えば常温成形法や金型潤滑成形法などのような通常の成形方法を用いてよい。
【0076】
上記鉄基軟磁性複合粉末の圧縮成形において、成形圧力の下限は特に限定されず、成形体に必要な強度が付与される限りにおいて、任意の成型圧力とすることができる。しかし、前記成型圧力は980MPa以上とするとよい。成形圧力の増大により圧粉密度が向上し、これにより、成形体の強度が向上する場合がある。
【0077】
上記鉄基軟磁性複合粉末の圧縮成形に際しては、必要に応じ潤滑剤を金型壁面に塗布してもよいし、前述のようにあらかじめ鉄基軟磁性複合粉末に潤滑剤を添加しておいてもよい。潤滑剤を塗布又は添加することにより、圧縮成形における成形性を良くすることができる。すなわち、圧縮成形時において、金型と鉄基軟磁性複合粉末との間の摩擦を低減することができる。また、圧縮成形時における成形体の密度の低下を抑制することができる。また、圧縮成形後、金型から成形体を抜き出す際の摩擦を低減することができる。また、これらにより、成形時や、金型から成形体を抜き出す際の成形体の割れを抑制することができる。
【実施例
【0078】
以下では、実施例に基づいて本開示に係る鉄基軟磁性複合粉末の製造方法及び鉄基軟磁性複合粉末を説明する。なお、本実施形態は実施例に限定されるものではない。
【0079】
(実施例1)
まず、実施例1について説明する。
【0080】
鉄基軟磁性粉末として、見掛密度が3.0Mg/m、メジアン径が100μmの水アトマイズ鉄粉(JFEスチール株式会社製 JIP 304AS)を用いた。また、トリポリリン酸アルミニウムとして、メジアン径が約5μmのトリポリリン酸アルミニウム粉末(テイカ株式会社製 K-FRESH #100P、トリポリリン酸二水素アルミニウム二水和物粉末)を用いた。また、シリコーン樹脂として、シリコーン樹脂粉末(信越化学工業株式会社製 KR-220LP)を用いた。混合装置には、アーステクニカ株式会社製のハイスピードミキサLFS-GS2J型を採用した。
【0081】
まず、原料粉末としての鉄基軟磁性粉末とトリポリリン酸アルミニウム粉末とを撹拌混合して第一被覆層が形成された被覆粒子の粉末を得た。詳述すると、以下の通りである。表1に示すように、トリポリリン酸アルミニウム粉末の添加量は0.2質量%とした。原料粉末の撹拌混合は、上記混合装置を用いて、撹拌羽の回転数を500rpm(回転/min)として行った。そして、原料粉末を20分間撹拌混合して第一被覆層が形成された被覆粒子の粉末を得た。なお、混合装置への原料粉末の仕込み量は、1.5kgとした。なお、表1に示すトリポリリン酸アルミニウムの添加量は、鉄基軟磁性粉末の質量に対する割合である。撹拌混合は、混合容器を加熱しながら行った。撹拌混合中の粉末の温度の最高到達温度は170℃に制御した。混合中、混合容器の槽内には窒素ガスを供給し、混合容器の槽内は窒素ガスで満たした状態とした。
【0082】
【表1】
【0083】
更に、シリコーン樹脂粉末を表1に示す添加量(0.2質量%)で、混合容器の槽内の粉末に添加して撹拌混合して第二被覆層が形成された被覆粒子の粉末を得た。ここで、表1に示すシリコーン樹脂粉末の添加量は、鉄基軟磁性粉末の質量に対する割合である。なお、シリコーン樹脂粉末の添加及び撹拌混合は、上記の20分間の撹拌混合後における冷却工程中(撹拌羽の回転数は500rpm)に行った。シリコーン樹脂粉末の槽内の粉末への添加は、混合装置内の粉末の温度が150℃まで低下した時点で行った。シリコーン樹脂粉末の添加後、混合装置内の粉末の温度が60℃に冷却されるまで混合を継続し、第一被覆層と第二被覆層とを有する被覆粒子を含む粉末(圧粉磁芯用鉄基軟磁性複合粉末)を得た。
【0084】
混合装置内の粉末の温度が60℃に冷却された後、表1に示す成分及び添加量の有機潤滑剤を混合容器の槽内の粉末に添加して、更に撹拌羽の回転数500rpmで5分間撹拌混合した後、混合容器の槽内から取り出して実施例1に係る鉄基軟磁性複合粉末を得た。なお、表1におけるEBSとは、N,N′‐エチレンビスステアリン酸アミドのことである。また、混合潤滑剤はステアリン酸アミド50質量%とN,N′‐エチレンビスステアリン酸アミド50質量%を溶融混合して作製した有機潤滑剤である。
【0085】
このようにして製造した実施例1に係る鉄基軟磁性複合粉末及び当該鉄基軟磁性複合粉末の原料とした鉄基軟磁性粉末(絶縁層の除去された鉄基軟磁性複合粉末に対応)に対して、低エネルギーイオン散乱法による表面分析を実施し、ピーク面積比(β/α)と被覆率[(1-β/α)×100]とを算出した。測定には、ION-TOF製の低エネルギーイオン散乱分光装置(Qtac100)を用い、5keVの20Neを入射イオンとし、Fe帰属のエネルギースペクトルを被覆率の算出に用いた。これら測定結果を併せて表1に示す。
【0086】
また、実施例1に係る鉄基軟磁性複合粉末の流動性として、流動度(sec/50g)をJIS Z 2502:2020に基づいて測定した。この測定結果を併せて表1に示す。
【0087】
(実施例2~14)
実施例2~14に係る鉄基軟磁性複合粉末は、有機潤滑剤の種類又は添加量が実施例1と異なり、その他は実施例1と同じ条件で製造した。実施例2~14に係る鉄基軟磁性複合粉末の有機潤滑剤の種類及び添加量は、表1に示すとおりである。実施例2~14に係る鉄基軟磁性複合粉末の流動度、ピーク面積比及び被覆率も併せて表1に示す。
【0088】
実施例2~6は、実施例1と有機潤滑剤の種類のみ異なる。
【0089】
実施例7は、シリコーン樹脂の添加量が実施例1と異なりその他は実施例1と同じ条件である。
【0090】
実施例8は、有機潤滑剤を添加していない点で実施例1と異なりその他は実施例1と同じ条件である。
【0091】
実施例9~11は、有機潤滑剤の添加量が実施例1と異なりその他は実施例1と同じ条件である。
【0092】
実施例12~14は、有機潤滑剤の種類が実施例2と同じであって、且つ、有機潤滑剤の添加量が実施例1と異なりその他は実施例1と同じ条件である。
【0093】
(比較例1)
比較例1に係る鉄基軟磁性粉末の混合粉末は、被覆材をいずれも添加しない点で実施例1と異なり、その他は実施例1と同じ条件で製造した。比較例1に係る鉄基軟磁性粉末の混合粉末の流動度、ピーク面積比及び被覆率も併せて表1に示す。
【0094】
(比較例2,3)
比較例2,3に係る鉄基軟磁性複合粉末は、トリポリリン酸アルミニウム及びシリコーン樹脂のうちいずれか一方を添加しない点で実施例1と異なり、その他は実施例1と同じとして製造した。なお、比較例2,3では、被覆材の添加量の総量は、実施例1と同じである。比較例2,3に係る鉄基軟磁性複合粉末の被覆材及び有機潤滑剤の種類及び添加量は、表1に示すとおりである。比較例2,3に係る鉄基軟磁性複合粉末の流動度、ピーク面積比及び被覆率も併せて表1に示す。
【0095】
(比較例4)
比較例4に係る鉄基軟磁性複合粉末は、被覆材の添加量が少ない点で実施例1と異なり、その他は実施例1と同じとして製造した。比較例4に係る鉄基軟磁性複合粉末の被覆材の添加量は、表1に示すとおりである。比較例4に係る鉄基軟磁性複合粉末の流動度、ピーク面積比及び被覆率も併せて表1に示す。
【0096】
なお、表1中、被覆率の行において、被覆率の値が85%を下回るものについては被覆率の値(数値)に下線を付している。
【0097】
表1に示されるとおり、比較例に係る鉄基軟磁性粉末の混合粉末(比較例1参照)又は鉄基軟磁性複合粉末(比較例2~4参照)は、流動度の評価を行えない程度に流動性が悪い(流動しない)。これに対して、実施例に係る鉄基軟磁性複合粉末は流動性を評価することができる程度に流動性が向上した。特に実施例11,14以外の実施例に係る鉄基軟磁性複合粉末は、絶縁層を有しつつも27sec/50g以下の流動度を実現しており極めて良好である。
【0098】
また、実施例に係る鉄基軟磁性複合粉末では、有機潤滑剤を混合していないもの(実施例8参照)の流動度が有機潤滑剤を混合したもの(実施例1~7及び実施例9~14参照)に比べて極端に低下することが無かった。そのため、実施例に係る鉄基軟磁性複合粉末はいずれも、鉄基軟磁性複合粉末の貯蔵容器で詰まりが生ずることが無く、また、成形金型へ鉄基軟磁性複合粉末を充填する際に均一な充填が阻害されたりすることがない程度の流動性を確保している。
【0099】
もっとも、0.70質量%の有機潤滑剤を添加した場合(実施例11,14参照)には、被覆材の被覆率が85%以上、例えば90%を超える場合であっても、他の実施例に比べて流動性の低下がみられた。しかし、その場合であっても、比較例の粉末に比べて高い流動性を実現していた。実施例1,8~12の比較、並びに、実施例2,8,12~14の比較より、有機潤滑剤の添加量が減少するほど流動性はさらに向上することがわかる。
【0100】
以上のようにして、絶縁層を有しつつも流動性の高い圧粉磁芯用鉄基軟磁性複合粉末及びこれを容易に製造する製造方法を提供することができる。
【0101】
なお、上記実施形態は例示であって、本開示の実施形態はこれに限定されず、本開示の目的を逸脱しない範囲内で適宜改変することが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0102】
本開示は、圧粉磁芯用鉄基軟磁性複合粉末及びその製造方法に適用できる。