(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-05-26
(45)【発行日】2025-06-03
(54)【発明の名称】収音装置、収音プログラム及び収音方法
(51)【国際特許分類】
H04R 1/40 20060101AFI20250527BHJP
H04R 3/00 20060101ALI20250527BHJP
【FI】
H04R1/40 320A
H04R3/00 320
(21)【出願番号】P 2024025637
(22)【出願日】2024-02-22
【審査請求日】2024-02-22
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成21年度国立研究開発法人情報通信研究機構「高度通信・放送研究開発委託研究/革新的な三次元映像技術による超臨場感コミュニケーション技術の研究開発 課題オ 超臨場感コミュニケーションシステム」、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願)
(73)【特許権者】
【識別番号】000000295
【氏名又は名称】沖電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100180275
【氏名又は名称】吉田 倫太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100161861
【氏名又は名称】若林 裕介
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 悠介
【審査官】稲葉 崇
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-142826(JP,A)
【文献】特開2012-058360(JP,A)
【文献】特開2000-047699(JP,A)
【文献】特開2015-118284(JP,A)
【文献】特開2010-217551(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H04R 1/20-1/40
H04R 3/00-3/14
G10L 13/00-13/10
G10L 19/00-99/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
マイクロホンアレイから供給される音響信号の入力スペクトルに基づき、目的方向に死角を向け、前記目的方向で発せられる音のみを抑圧するヌルフォーマを形成してヌルフォーマスペクトルを得るヌルフォーマ形成手段と、
前記ヌルフォーマ形成手段で得られた前記ヌルフォーマスペクトルに所定の補正ゲイン値を乗算して補正ヌルフォーマスペクトルを算出する補正ゲイン乗算手段と、
前記補正ゲイン乗算手段で算出された前記補正ヌルフォーマスペクトルと前記入力スペクトルに基づき前記目的方向に指向性を形成したビームフォーマ出力音を取得する目的方向音響強調手段と
所定の周波数の前記補正ゲイン値を保持する補正ゲイン保持手段とを備え、
前記補正ゲイン乗算手段は、前記補正ゲイン保持手段から供給される前記補正ゲイン値を用いて、前記補正ヌルフォーマスペクトルを算出し、
前記補正ゲイン保持手段で保持される前記補正ゲイン値は、前記ヌルフォーマスペクトルの周波数特性を補正するための基準となる所定方向について、前記所定の周波数のヌルフォーマゲインと、周波数ごとのヌルフォーマゲインの比をとった値である
ことを特徴とする収音装置。
【請求項2】
前記目的方向音響強調手段は、前記入力スペクトルから、前記補正ヌルフォーマスペクトルを減算することで、前記ビームフォーマ出力音を取得することを特徴とする請求項
1に記載の収音装置。
【請求項3】
コンピュータを、
マイクロホンアレイから供給される音響信号の入力スペクトルに基づき、目的方向に死角を向け、前記目的方向で発せられる音のみを抑圧するヌルフォーマを形成してヌルフォーマスペクトルを得るヌルフォーマ形成手段と、
前記ヌルフォーマ形成手段で得られた前記ヌルフォーマスペクトルに所定の補正ゲイン値を乗算して補正ヌルフォーマスペクトルを算出する補正ゲイン乗算手段と、
前記補正ゲイン乗算手段で算出された前記補正ヌルフォーマスペクトルと前記入力スペクトルに基づき前記目的方向に指向性を形成したビームフォーマ出力音を取得する目的方向音響強調手段と、
所定の周波数の前記補正ゲイン値を保持する補正ゲイン保持手段として機能させ、
前記補正ゲイン乗算手段は、前記補正ゲイン保持手段から供給される前記補正ゲイン値を用いて、前記補正ヌルフォーマスペクトルを算出し、
前記補正ゲイン保持手段で保持される前記補正ゲイン値は、前記ヌルフォーマスペクトルの周波数特性を補正するための基準となる所定方向について、前記所定の周波数のヌルフォーマゲインと、周波数ごとのヌルフォーマゲインの比をとった値である
ことを特徴とする収音プログラム。
【請求項4】
収音装置が行う収音方法において、
前記収音装置は、ヌルフォーマ形成手段、補正ゲイン乗算手段
、目的方向音響強調手段
及び補正ゲイン保持手段を有し、
前記ヌルフォーマ形成手段は、マイクロホンアレイから供給される音響信号の入力スペクトルに基づき、目的方向に死角を向け、前記目的方向で発せられる音のみを抑圧するヌルフォーマを形成してヌルフォーマスペクトルを得、
前記補正ゲイン乗算手段は、前記ヌルフォーマ形成手段で得られた前記ヌルフォーマスペクトルに所定の補正ゲイン値を乗算して補正ヌルフォーマスペクトルを算出し、
前記目的方向音響強調手段は、前記補正ゲイン乗算手段で算出された前記補正ヌルフォーマスペクトルと前記入力スペクトルに基づき前記目的方向に指向性を形成したビームフォーマ出力音を取得し、
前記補正ゲイン保持手段は、所定の周波数の前記補正ゲイン値を保持し、
前記補正ゲイン乗算手段は、前記補正ゲイン保持手段から供給される前記補正ゲイン値を用いて、前記補正ヌルフォーマスペクトルを算出し、
前記補正ゲイン保持手段で保持される前記補正ゲイン値は、前記ヌルフォーマスペクトルの周波数特性を補正するための基準となる所定方向について、前記所定の周波数のヌルフォーマゲインと、周波数ごとのヌルフォーマゲインの比をとった値である
ことを特徴とする収音方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、収音装置、収音プログラム及び収音方法に関し、例えば、特定の方向から到来する音のみを強調し、それ以外の方向から到来する音を抑圧する収音装置に適用し得るものである。
【背景技術】
【0002】
雑音環境下で音声認識システムを利用する場合、必要な目的音と同時に混入する周囲の雑音は、収録された音声の音声認識率の低下をもたらす厄介な存在である。
【0003】
従来、このような複数の音源が存在する環境下において、特定の方向の音のみを収音することで、不要音の混入を避け必要な目的音を得る技術として、マイクロホンアレイを用いたビームフォーミングがある。ビームフォーミングとは、各マイクロホンに到達する信号の時間差を利用して指向性を形成する技術である(非特許文献1参照)。ビームフォーミングを行うマイクロホンアレイはビームフォーマとも呼ばれる。ビームフォーマの基本構成として、加算型・減算型のビームフォーマがあり、これらは、遅延器と加減算器によって構成される。まず遅延器により、目的音方向に存在する音が、各マイクロホンに到来するときの到来時間差を算出し、遅延を加えることにより目的音の位相を合わせる。加算型では、位相を合わせた各マイクロホン入力信号を加算することで、目的音方向に対して高い感度を有する指向性を形成する。減算型では、位相を合わせた各マイクロホン入力信号の一方から、もう一方のマイクロホン入力信号を減算することで、特定の方向に鋭い死角(ヌル)をもつ指向性を形成する。ビームフォーマからみて目的音と雑音源が近しい方位にある場合、不要音の混入を避け必要な目的音のみを得るためには、より鋭い指向性を形成する必要がある。鋭い指向性を形成するには、加算型・減算型いずれのビームフォーマにおいても、多数のマイクロホンが必要である。例えば、最小分散無ひずみ応答法(Minimum V2iance Distortionless Response:MVDR)では、抑制したい雑音源の数+1のマイクロホンが必要となる。このような多数マイクロホンを有するビームフォーミングは、実験室で試験的に実現することはできるが、部品コストと設置スペースの点で市販の製品には適さない。
【0004】
このような課題に値して、少数のマイクを用いて、鋭い指向性を形成する方法として、特許文献1のようなスペクトル減算方式がある。
【0005】
特許文献1に記載の技術では、周波数領域上でスペクトル減算(振幅スペクトル同士を減算するが、減算結果が負になる場合はゼロや小さい数で置き換える方法)を用いることで、少数マイクロホンで鋭い指向性を実現している。目的エリア方向に死角を形成したヌルフォーマを作り、マイクロホン入力振幅スペクトルから該ヌルフォーマ振幅スペクトルをスペクトル減算することで、目的エリア方向に鋭い指向性を形成する。この方法を使えば、わずか2マイクロホンで鋭い指向性を形成できる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【非特許文献】
【0007】
【文献】浅野太著,“音響テクノロジーシリーズ16 音のアレイ信号処理-音源の定位・追跡と分離-”,日本音響学会編,コロナ社,2011年2月25日発行
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記の通り、特許文献1に記載の技術によれば、わずか2つのマイクロホンで鋭い指向性を形成できる。しかしながら、特許文献1に記載の技術によって形成される指向性には、周波数依存性がある。その指向性は、波長に対するマイクロホン間隔に依存しており、特許文献1に記載の技術で形成される指向性は、マイクロホンアレイ間隔を基準として、周波数が低い場合は指向性が広くなり、周波数が高い場合は指向性が狭くなる。この周波数依存性の問題は、その他のビームフォーマにおいても、同様の課題を抱えている。
【0009】
そのため、従来のスペクトル減算を用いたビームフォーマでは、ヌルを形成する死角方向と、目的音の方向がずれている場合、指向性の周波数依存性の問題によって、目的音の高域成分が抑圧されて歪んでしまう課題があった。
【0010】
以上のような問題に鑑みて、目的方向の音を収音する際に収音される音の歪みを抑制する収音装置、収音プログラム及び収音方法を提供することができる。
【課題を解決するための手段】
【0011】
第1の本発明は、マイクロホンアレイから供給される音響信号の入力スペクトルに基づき、目的方向に死角を向け、前記目的方向で発せられる音のみを抑圧するヌルフォーマを形成してヌルフォーマスペクトルを得るヌルフォーマ形成手段と、前記ヌルフォーマ形成手段で得られた前記ヌルフォーマスペクトルに所定の補正ゲイン値を乗算して補正ヌルフォーマスペクトルを算出する補正ゲイン乗算手段と、前記補正ゲイン乗算手段で算出された前記補正ヌルフォーマスペクトルと前記入力スペクトルに基づき前記目的方向に指向性を形成したビームフォーマ出力音を取得する目的方向音響強調手段と、所定の周波数の前記補正ゲイン値を保持する補正ゲイン保持手段として機能させ、前記補正ゲイン乗算手段は、前記補正ゲイン保持手段から供給される前記補正ゲイン値を用いて、前記補正ヌルフォーマスペクトルを算出し、前記補正ゲイン保持手段で保持される前記補正ゲイン値は、前記ヌルフォーマスペクトルの周波数特性を補正するための基準となる所定方向について、前記所定の周波数のヌルフォーマゲインと、周波数ごとのヌルフォーマゲインの比をとった値であることを特徴とする。
【0012】
第2の本発明の収音プログラムは、コンピュータを、マイクロホンアレイから供給される音響信号の入力スペクトルに基づき、目的方向に死角を向け、前記目的方向で発せられる音のみを抑圧するヌルフォーマを形成してヌルフォーマスペクトルを得るヌルフォーマ形成手段と、前記ヌルフォーマ形成手段で得られた前記ヌルフォーマスペクトルに所定の補正ゲイン値を乗算して補正ヌルフォーマスペクトルを算出する補正ゲイン乗算手段と、前記補正ゲイン乗算手段で算出された前記補正ヌルフォーマスペクトルと前記入力スペクトルに基づき前記目的方向に指向性を形成したビームフォーマ出力音を取得する目的方向音響強調手段と、所定の周波数の前記補正ゲイン値を保持する補正ゲイン保持手段として機能させ、前記補正ゲイン乗算手段は、前記補正ゲイン保持手段から供給される前記補正ゲイン値を用いて、前記補正ヌルフォーマスペクトルを算出し、前記補正ゲイン保持手段で保持される前記補正ゲイン値は、前記ヌルフォーマスペクトルの周波数特性を補正するための基準となる所定方向について、前記所定の周波数のヌルフォーマゲインと、周波数ごとのヌルフォーマゲインの比をとった値であることを特徴とする。
【0013】
第3の本発明は、収音装置が行う収音方法において、前記収音装置は、ヌルフォーマ形成手段、補正ゲイン乗算手段、目的方向音響強調手段及び補正ゲイン保持手段を有し、前記ヌルフォーマ形成手段は、マイクロホンアレイから供給される音響信号の入力スペクトルに基づき、目的方向に死角を向け、前記目的方向で発せられる音のみを抑圧するヌルフォーマを形成してヌルフォーマスペクトルを得、前記補正ゲイン乗算手段は、前記ヌルフォーマ形成手段で得られた前記ヌルフォーマスペクトルに所定の補正ゲイン値を乗算して補正ヌルフォーマスペクトルを算出し、前記目的方向音響強調手段は、前記補正ゲイン乗算手段で算出された前記補正ヌルフォーマスペクトルと前記入力スペクトルに基づき前記目的方向に指向性を形成したビームフォーマ出力音を取得し、前記補正ゲイン保持手段は、所定の周波数の前記補正ゲイン値を保持し、前記補正ゲイン乗算手段は、前記補正ゲイン保持手段から供給される前記補正ゲイン値を用いて、前記補正ヌルフォーマスペクトルを算出し、前記補正ゲイン保持手段で保持される前記補正ゲイン値は、前記ヌルフォーマスペクトルの周波数特性を補正するための基準となる所定方向について、前記所定の周波数のヌルフォーマゲインと、周波数ごとのヌルフォーマゲインの比をとった値であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、目的エリアの音を収音するエリア収音処理を行う際に収音される音の歪みを抑制する収音装置、収音プログラム及び収音方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】実施形態に係る収音装置の機能的構成について示したブロック図である。
【
図2】実施形態に係る収音装置のハードウェア構成の例について示したブロック図である。
【
図3】実施形態に係るマイクロホンアレイと目的エリアとの位置関係の例について示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
(A)主たる実施形態
以下、本発明による収音装置、収音プログラム及び収音方法の第1の実施形態を、図面を参照しながら詳述する。
【0017】
(A-1)実施形態の構成
図1は、この実施形態に係る収音装置1の機能的構成について示したブロック図である。
【0018】
収音装置1は、2つのマイクロホンM11、M12を有する1つのマイクロホンアレイMAが捕捉した音響信号に基づいて、マイクロホンアレイMAの正面方向以外で発せられた音を抑圧し、マイクロホンアレイMAの正面方向で発せられた音を収音する。
【0019】
2つのマイクロホンM11、M12は、マイクロホンアレイMAを構成している。なお、この実施形態では、マイクロホンアレイを構成するマイクロホンの数を2つとしたが、2つ以上であればマイクロホンの数を増やしても良い。
【0020】
収音装置1は、周波数解析部101、ヌルフォーマ形成部102、補正ゲイン供給部103、補正ゲイン乗算部104及び目的方向音響強調部105を有している。
【0021】
周波数解析部101は、2つのマイクロホンM11、M12(マイクロホンアレイMAを構成する各マイクロホン)が捕捉した音響信号を周波数領域信号に変換したものを「入力スペクトル」として得る。
【0022】
ヌルフォーマ形成部102は、周波数解析部101で得られた入力スペクトルに基づいて、マイクロホンアレイMAの正面方向に死角を向けたヌルフォーマを形成し、正面方向で発せられた音を抑圧したものを「ヌルフォーマスペクトル」として得る。
【0023】
補正ゲイン供給部103では、あらかじめ定められた周波数ごとの補正ゲイン値を記憶しており、その補正ゲイン値を補正ゲイン乗算部104に供給する。
【0024】
補正ゲイン乗算部104は、ヌルフォーマ形成部102で得られたヌルフォーマスペクトルに、補正ゲイン供給部103より供給された補正ゲイン値を乗算したものを「補正ヌルフォーマスペクトル」として得る。
【0025】
目的方向音響強調部105では、補正ゲイン乗算部104で得られた補正ヌルフォーマスペクトルと、マイクロホンアレイMAの入力スペクトルに基づいて、マイクロホンアレイMAの正面方向に指向性を形成し、ビームフォーマ出力音を得る。
【0026】
図2は、収音装置1のハードウェア構成の例について示したブロック図である。
【0027】
図2では、収音装置1を、ソフトウェア(コンピュータ)を用いて構成する際のハードウェア構成の例について示している。
【0028】
図2に示す収音装置1は、ハードウェア的な構成要素として、プログラム(実施形態の収音プログラムを含む)がインストールされたコンピュータ300を有している。また、コンピュータ300は、収音プログラム専用のコンピュータとしてもよいし、他の機能のプログラムと共用される構成としてもよい。
【0029】
図2に示すコンピュータ300は、プロセッサ301、一次記憶部302、及び二次記憶部303を有している。一次記憶部302は、プロセッサ301の作業用メモリ(ワークメモリ)として機能する記憶手段であり、例えば、DRAM(Dynamic Random Access Memory)等の高速動作するメモリを適用することができる。二次記憶部303は、OS(Operating System)やプログラムデータ(実施形態に係る収音プログラムのデータを含む)等の種々のデータを記録する記憶手段であり、例えば、FLASH(登録商標)メモリやHDDやSSD等の不揮発性メモリを適用することができる。この実施形態のコンピュータ300では、プロセッサ301が起動する際、二次記憶部303に記録されたOSやプログラム(実施形態に係る収音プログラムを含む)を読み込み、一次記憶部302上に展開して実行する。
【0030】
なお、コンピュータ300の具体的な構成は
図2の構成に限定されないものであり、種々の構成を適用することができる。例えば、一次記憶部302が不揮発メモリ(例えば、FLASHメモリ等)であれば、二次記憶部303については除外した構成としてもよい。
【0031】
(A-2)実施形態の動作
次に、以上のような構成を有するこの実施形態の収音装置1の動作(実施形態に係る収音方法)を説明する。
【0032】
マイクロホンアレイMAは、入力された音響信号をアナログ信号からデジタル信号に変換し入力信号として、周波数解析部101に供給する。
【0033】
周波数解析部101は、与えられた時間領域の入力信号に対して、任意の周波数解析を行い、得られた入力スペクトルをヌルフォーマ形成部102に供給する。周波数解析部101において、周波数解析方法に制限はなく、例えば、高速フーリエ変換やウェーブレット変換でも良い。
【0034】
ヌルフォーマ形成部102は、供給された入力スペクトルに基づいて、マイクロホンアレイの正面方向に死角を形成するヌルフォーマを算出し、得られたヌルフォーマスペクトルを補正ゲイン乗算部104に供給する。
【0035】
ここで、ヌルフォーマ形成部102の動作を詳しく説明する。
【0036】
図3は、実施形態に係るマイクロホンアレイMAと目的エリアTAとの位置関係の例について示した図である。
【0037】
ここでは、マイクロホンアレイMAの正面方向(0度/0radの方向)を、2つのマイクロホンを結んだ直線に直交する方向と定義する。また、ヌルフォーマ形成部102では、正面方向の音を強調するために、まず正面方向に死角を形成するものとする。すなわち、死角方向φ=0radにヌルフォーマを形成するものとする。なお、ここでは、マイクロホンアレイMAの正面方向に目的エリアTAが存在するため、マイクロホンアレイMAの正面方向が目的方向と一致するものとして説明する。
【0038】
ここで、マイクロホンアレイMAを構成するマイクロホンは2つであるため、φ=0radに死角を形成するとφ=πradにも死角が形成される。
【0039】
マイクロホンM11、M12の入力スペクトルをX
M11(ω)、X
M12(ω)とおいたとき、ヌルフォーマ形成部102は、以下の(1)式を用いてヌルフォーマスペクトルY(ω)を算出するものとする。ここで、ω(オメガ)は角周波数、iは虚数単位、dはマイクロホン間隔、cは音速である。
【数1】
【0040】
補正ゲイン供給部103では、あらかじめ定められた所定の周波数のヌルフォーマスペクトルを基準として、ヌルフォーマ形成部102が形成したヌルフォーマスペクトルの特性を補正する補正ゲイン値を記憶しておき、その補正ゲイン値を、補正ゲイン乗算部104に供給する。
【0041】
ここで、補正ゲイン値の決定には、任意の公知の方法を利用できるが以下の決定方法が好適である。以下では、ヌルフォーマの死角方向をθ
nullに向けることとする。このとき、音源が到来方向θから到来する場合の、入力スペクトルとヌルフォーマスペクトルの比(以下、「ヌルフォーマゲイン」と呼ぶ)θ
null(ω,θ)は、以下の(2)式で表すことができる。
【数2】
【0042】
(2)式からわかる通り、ヌルフォーマゲインは、周波数ごと、音源の到来方向ごとに異なっていることがわかる。そのため、特定の周波数のヌルフォーマゲインを基準として、ヌルフォーマゲインの周波数特性を補正するには、どの方向を基準としてヌルフォーマゲインの周波数特性を補正するか、その基準となる方向を決定する必要がある。
【0043】
ここでは、基準となる方向を、特定の周波数のヌルフォーマゲインが所定の値TG[db]となる方向θbwとし、補正ゲイン値を算出する。ここでは、TG=-6dBであるものとして説明する。TGについては-6dbに限定されるものではなく、実験やシミュレーション等により好適な値を適用するようにしてもよい。
【0044】
補正ゲイン値G(ω)は、周波数特性を補正するための基準となる方向θ
bwについて、特定の周波数ω
refのヌルフォーマゲインと、周波数ごとのヌルフォーマゲインの比をとることによって、以下の(3)式で算出できる。
【数3】
【0045】
補正ゲイン乗算部104は、ヌルフォーマ形成部102から供給されたヌルフォーマスペクトルに、補正ゲイン供給部103から供給された補正ゲイン値を乗算することで、補正ヌルフォーマスペクトルを得る。具体的には、補正ゲイン乗算部104は、以下の(4)式を用いて、ヌルフォーマスペクトルのゲインを補正し、補正ヌルフォーマスペクトルY´(ω)を得る。
Y´(ω)=Y(ω)G(ω)…(4)
【0046】
目的方向音響強調部105では、供給された補正ヌルフォーマスペクトルと、入力スペクトルに基づいて、周波数ごとに目的エリア方向のビームフォーマスペクトルを算出し、得られたビームフォーマスペクトル(ビームフォーマ出力音)を出力する。具体的には、目的方向音響強調部105では、目的エリア方向のビームフォーマスペクトルB(ω)を、以下の(5)式に基づいて算出する。
B(ω)=XM11(ω)-Y´(ω)…(5)
【0047】
ビームフォーマスペクトルB(ω)の算出について、(5)式では、入力スペクトルXM11(ω)から、補正ヌルフォーマスペクトルY´(ω)を減算したが、マイクロホンの入力スペクトルに相当する値であればよく、XM12(ω)や、XM11(ω)とXM12(ω)の相乗平均や相加平均でも良い。
【0048】
(A-3)実施形態の効果
この実施形態によれば、以下のような効果を奏することができる。
【0049】
この実施形態の収音装置1では、周波数依存性のあるヌルフォーマスペクトルを、特定周波数のヌルフォーマゲインがTGとなる方向を基準として、周波数ごとのヌルフォーマゲインを補正することで、ヌルを形成する死角方向付近の周波数特性を、フラットに近づけることが可能になる。これにより、収音装置1では、スペクトル減算によって形成される指向性の周波数特性もフラットに近づけることが可能になり、ヌルを向ける死角方向と、目的音の方向がずれている場合でも、目的音の高域成分の欠落等により生じる音質劣化を改善することができる。
【0050】
(B)他の実施形態
本発明は、上記の各実施形態に限定されるものではなく、以下に例示するような変形実施形態も挙げることができる。
【0051】
(B-1)上記の実施形態の収音装置1では、マイクロホンアレイMAからデジタル信号が供給される構成について示したが、マイクロホンアレイMAから収音装置1にアナログ信号が供給され、収音装置1側でアナログ信号(各マイクロホンアレイの各マイクが捕捉した音響信号)をデジタル信号に変換する構成を備えるようにしてもよい。
【0052】
(B-2)上記の実施形態の収音装置1では、1つのマイクロホンアレイの音響信号に基づいて目的エリア方向の目的方向音を収音する処理を行っているが、2つ以上のマイクロホンアレイの音響信号に基づいて目的エリアの音を収音するエリア収音処理を行うようにしてもよい。
【符号の説明】
【0053】
1…収音装置,101…周波数解析部,102…ヌルフォーマ形成部,103…補正ゲイン供給部,104…補正ゲイン乗算部,105…目的方向音響強調部,M11、M12…マイクロホン、MA…マイクロホンアレイ
【要約】 (修正有)
【課題】目的エリアの音を収音するエリア収音処理を行う際に収音される音の歪みを抑制する収音装置、収音プログラム及び収音方法を提供する。
【解決手段】収音装置は、2つのマイクロホンM11、M12で構成するマイクロホンアレイMAから供給される音響信号の入力スペクトルに基づき、目的方向に死角を向け、目的方向で発せられる音のみを抑圧するヌルフォーマを形成してヌルフォーマスペクトルを得るヌルフォーマ形成部と、ヌルフォーマ形成部で得られたヌルフォーマスペクトルに所定の補正ゲイン値を乗算して補正ヌルフォーマスペクトルを算出する補正ゲイン乗算部と、補正ゲイン乗算手段で算出された補正ヌルフォーマスペクトルと入力スペクトルに基づき目的方向に指向性を形成したビームフォーマ出力音を取得する目的方向音響強調部と、を有する。
【選択図】
図1