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  • 特許-付着抑制除去方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-05-26
(45)【発行日】2025-06-03
(54)【発明の名称】付着抑制除去方法
(51)【国際特許分類】
   E02B 1/00 20060101AFI20250527BHJP
【FI】
E02B1/00 301Z
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2023578908
(86)(22)【出願日】2023-09-04
(86)【国際出願番号】 JP2023032192
【審査請求日】2023-12-21
【早期審査対象出願】
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000211307
【氏名又は名称】中国電力株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】507030863
【氏名又は名称】株式会社セシルリサーチ
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【弁理士】
【氏名又は名称】正林 真之
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【弁理士】
【氏名又は名称】林 一好
(72)【発明者】
【氏名】柳川 敏治
(72)【発明者】
【氏名】西田 有理花
(72)【発明者】
【氏名】山下 桂司
(72)【発明者】
【氏名】神谷 享子
(72)【発明者】
【氏名】太田 真紀
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 伸介
(72)【発明者】
【氏名】福本 和美
(72)【発明者】
【氏名】林 義雄
(72)【発明者】
【氏名】深澤 優樹
【審査官】湯本 照基
(56)【参考文献】
【文献】特許第5961771(JP,B1)
【文献】特許第2903591(JP,B2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
E02B 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
付着生物が付着している構造物に対し、前記付着生物毎に設定され、160Whm -2 以上である光の照射量に基づいて前記構造物に光を照射することで、前記付着生物の前記構造物への付着の抑制又は前記構造物に付着した前記付着生物の除去を行い、
前記光の照射量に基づいて照射する光は、430~490nmの波長域においてピークを有する付着抑制除去方法。
【請求項2】
前記光の照射量は、480Whm-2以上である、請求項1に記載の付着抑制除去方法。
【請求項3】
前記光の照射量は、1920Whm-2以上である、請求項1に記載の付着抑制除去方法。
【請求項4】
前記光の照射量は、4800Whm-2以上である、請求項1に記載の付着抑制除去方法。
【請求項5】
前記光の照射量に基づいて照射する光の放射照度は、20Wm-2以上である、請求項1に記載の付着抑制除去方法。
【請求項6】
前記光の照射量に基づいて照射する光の放射照度は、24000Wm-2以上である、請求項1に記載の付着抑制除去方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、付着抑制除去方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、水中に浸漬されている水質計や火力発電所、原子力発電所等の海水系統設備等の構造物へのフジツボ類等の生物の付着を防止する技術が知られている。例えば特許文献1には、水中の構造物に対して、409~412nmの波長を含む光を照射することで、構造物に対する付着生物の付着を防止する方法が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2016-188570号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に開示された方法は、基盤への新たな付着を抑制し予防するものであり、付着をより確実に抑制する点及び基盤に既に多数付着成長してしまっているものを減少・除去する場合には改善の余地があった。
【0005】
本発明は、付着生物の構造物への付着の抑制又は構造物からの付着生物の除去を確実に行うことができる付着抑制除去方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
(1) 本発明は、付着生物が付着する構造物に対し、前記付着生物毎に設定される光の照射量に基づいて前記構造物に光を照射することで、前記付着生物の前記構造物への付着の抑制又は前記構造物に付着した前記付着生物の除去を行う、付着抑制除去方法に関する。
【0007】
(2) 前記光の照射量は、160Whm-2以上である、(1)に記載の付着抑制除去方法。
【0008】
(3) 前記光の照射量は、480Whm-2以上である、(1)に記載の付着抑制除去方法。
【0009】
(4) 前記光の照射量は、1920Whm-2以上である、(1)に記載の付着抑制除去方法。
【0010】
(5) 前記光の照射量は、4800Whm-2以上である、(1)に記載の付着抑制除去方法。
【0011】
(6) 前記光の照射量に基づいて照射する光の放射照度は、20Wm-2以上である、(1)~(5)のいずれか1つに記載の付着抑制除去方法。
【0012】
(7)前記光の照射量に基づいて照射する光の放射照度は、24000Wm-2以上である、(1)~(6)のいずれか1つに記載の付着抑制除去方法。
【0013】
(8)前記光の照射量に基づいて照射する光は、400~490nmの波長域においてピークを有する、(1)~(7)のいずれか1つに記載の付着抑制除去方法。
【0014】
(9)前記光の照射量に基づいて照射する光は、400~430nmの波長域においてピークを有する、(1)~(7)のいずれか1つに記載の付着抑制除去方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、付着生物の構造物への付着の抑制又は構造物からの付着生物の除去を確実に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】LED光(波長ピーク:405nm)を放射照度200Wm-2で連続照射した場合のタテジマフジツボ・キプリス幼生の時間的な状態変化を示す図である。
図2図1に示す結果が得られた試験の対照区におけるタテジマフジツボ・キプリス幼生の時間的な状態変化を示す図である。
図3】LED光(波長ピーク:405nm)を各放射照度で96時間連続照射した場合の幼フジツボ率と放射照度との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施形態について説明する。なお、本発明は以下の実施形態に制限されず、適宜変更が可能である。
【0018】
<付着抑制除去方法>
本実施形態に係る付着抑制除去方法は、付着生物が付着する構造物に対し、付着生物毎に設定される光の照射量に基づいて構造物に光を照射することで、付着生物の構造物への付着の抑制(以下、付着抑制という)又は構造物に付着した付着生物の除去(以下、付着生物除去という)を行う方法である。
【0019】
付着生物が付着する構造物としては、水中の構造物(水や汗等の液体で永続的又は一時的に濡れた構造物を含む)または気中に設置される構造物、例えば、火力発電所、原子力発電所等の発電施設における海水系統の設備や、これらの設備点検を行うための点検窓が挙げられる。上記以外に、構造物としては、水質計、水中カメラ装置、取水管路、ロータリースクリーン、バースクリーン、ドラムスクリーン、マッセルフィルター、ネットスクリーン、取水ポンプ、循環水ポンプ、循環水管、熱交換器、復水器、軸受冷却水冷却器、潤滑油冷却器、LNG気化器、発電機、放水管路、水車、インペラ、バルブ、回転軸、導水管路、ろ過槽、膜、ダム、船舶、造船所における船体、バラスト水タンク、バラスト水導入・排出管、ポンプ類、水産養殖設備、水産試験場、水産設備、水族館、魚介類飼育水槽における水槽、配管、ポンプ類、冷却塔の水タンク及び放熱板、スクラバー水タンク等であってもよい。また例えば浴室やプール、シャワールーム等の床等であってもよい。また例えば汗で一時的に濡れた室内や車内のシートであってもよい。さらに、ビルの外壁・内壁、窓外面・内面、机、椅子、病院手術室、病室等であってもよい。また、ここでいう構造物とは、生物体でもよい。例えば、牡蠣の殻や軟体部、魚、魚に寄生した原虫、プランクトン、藻類、微生物、生物組織及びその一部、皮膚、歯、細胞及びその分泌物等、それらの表面は付着生物の付着する対象となりうる。また、水中の気泡も付着生物の付着する構造物となりうる。すなわち、水中・液中の気泡表面は、多数の付着微生物が集積付着する対象となりうる。また、パック容器の表面、内面及び内部の食品も多数の付着微生物の集積付着する対象となりうる。また、泡、クリーム、ゼリー、ゲル、ミストも付着微生物の集積付着する対象となりうる。
【0020】
付着生物とは、水中の構造物(水や汗等の液体で永続的又は一時的に濡れた構造物を含む)または気中の構造物の表面に付着する性質を持つ生物のことである。付着生物は、例えば初期幼生の間は海中を浮遊しており、付着期幼生になると、適当な構造物に付着して成体に変態する生物であってもよい。付着生物としては、例えば、イガイ類、フジツボ類、ヒドロ虫類、カイメン類、クラゲ類の着生世代、管棲多毛類、コケムシ類、ヨコエビ類等に属する動物、細菌類、ウイルス類、真菌類、藍藻類、原生動物等に属する微生物が挙げられる。また本明細書における付着生物には、微生物によって形成される構造体であるバイオフィルムも含まれる。バイオフィルムは通常は膜状であって、微生物が分泌した多糖等の細胞外高分子物質(EPS, extracellular polymeric substance)を含む。また、バイオフィルムには、微生物の遺骸、排泄物、糞、棲管、遺伝子断片、有機物、無機粒子等が含まれていてもよい。なお、室内、車内のシート表面や床表面、食品、パック容器表面・内面・内部品、生物個体、藻類、組織、細胞、皮膚、歯等にごく薄いバイオフォルムが形成されている場合、このバイオフィルムは付着生物とみなしうる。
【0021】
光の照射量は、付着抑制又は付着生物除去のために構造物へ照射する光の総量である。光の照射量は、例えば付着生物の光に対する耐性に応じて設定してもよい。この場合、光の照射量は、例えば光に対して異なる耐性を有する複数の付着生物に対して同じ値を設定してもよく、それぞれ異なる値を設定してもよい。同じ値に設定する場合は、最も光に対する耐性が高い付着生物の付着抑制又は付着生物除去に有効な照射量を設定してもよい。付着生物毎に設定される光の照射量に基づいて構造物に光を照射することで、付着抑制又は付着生物除去を確実に行うことができる。
【0022】
本実施形態で設定される光の照射量は、160Whm-2以上であることが好ましく、200Whm-2以上であることがより好ましく、400Whm-2以上であることがより好ましく、480Whm-2以上であることがより好ましく、1920Whm-2以上であることがより好ましく、2400Whm-2以上であることがより好ましく、4800Whm-2以上であることがより好ましく、9600Whm-2以上であることが特に好ましい。200Whm-2以上の照射量の光を、光に対する耐性が比較的高いフジツボ類等の付着生物に照射することで、遊泳不能(すなわち構造物へ付着不能)となる個体数を増加させることができる。また400Whm-2以上の照射量の光を、フジツボ類等の付着生物に照射することで、胸肢突出状態等の無反応と呼べる状態の固体数を増加させることができる。また光の照射量を480Whm-2以上とすることで細菌等の微生物のコロニー出現率を低減することができる。即ち、微生物によって形成され、フジツボ類やイガイ類等の幼生等の大型の付着生物の構造物への付着を促進する下地としてのバイオフィルムの発生を抑制できる。よって、光に対する耐性が比較的高い付着生物の構造物への付着を抑制できる。光の照射量を1920Whm-2以上とすることで、フジツボ類の構造物に付着する個体数をさらに低減でき、光の照射量を2400Whm-2以上とすることでフジツボ類の構造物への付着を抑制できる。また、光の照射量を4800Whm-2以上とすることで既に構造物に付着したフジツボ類を除去することができ、光の照射量を9600Whm-2以上とすることで既に構造物に付着したフジツボ類をより確実に除去することができる。
【0023】
本実施形態で設定される光の照射量に基づいて照射する光の放射照度は、20Wm-2以上であることが好ましく、100Wm-2以上であることがより好ましく、24000Wm-2以上であることがより好ましい。光の放射照度を20Wm-2以上とし、付着生物毎に設定される光の照射量を照射することで、確実に構造物への付着生物の付着を抑制できる。また光の放射量を24000Wm-2以上とすることで、付着抑制又は付着生物除去をより短い時間で行うことができる。よって、移動させながら間欠的に光を照射する場合でも比較的短時間で付着抑制又は付着生物除去を行うことができる。
【0024】
構造物に対して照射する光は、400~430nmの波長域においてピークを有することが好ましい。波長が380nm以下の紫外線は付着生物の付着抑制効果があるものの、海水中での透過率が低い問題がある。照射光の波長を上記範囲とすることで、好ましい付着抑制効果及び付着生物除去効果が得られる。照射光の波長は、本発明の効果を阻害しない範囲内で、上記以外の波長域においてピークを有するものであってもよい。例えば照射光の波長は、430~490nmの波長域においてピークを有するものであってもよい。
【0025】
また本実施形態の付着抑制又は付着生物除去では、構造物に対して光を連続的に照射(以下、連続照射という)してもよく、間欠的に照射(以下、間欠照射という)してもよい。
【実施例
【0026】
以下、実施例に基づいて本発明の内容を更に詳細に説明する。本発明の内容は以下の実施例の記載に限定されない。
【0027】
[フジツボ類に対する光の照射による影響の確認試験]
タテジマフジツボのキプリス幼生(以下、キプリス幼生という)を用いて、LED光による生物の付着抑制効果を確認した。なお、キプリス幼生は、浮遊期であるノープリウス幼生が脱皮を繰り返し、構造物に付着可能に成長した付着期幼生である。後述する幼フジツボは、キプリス幼生が試験容器等の構造物に付着し、変態したフジツボである。
【0028】
試験容器(径6cm×高さ6cmのシャーレ)に70mlの試験海水(孔径0.45μmメンブレンで濾過した海水)とキプリス幼生(個体数:44±12)を入れた。試験区として、この試験容器にガラス蓋を通して、LED光(ピーク波長:405nm)を照射した。LED光の光源としては、UFL-501-08 UV-UT(株式会社ユーテクノロジー製)を用いた。LED光の照射による試験海水等の昇温を防ぐために、試験中、試験容器の底部外側を水道水に浸した。試験区として、20Wm-2、50Wm-2、100Wm-2、150Wm-2、及び200Wm-2の5つの放射照度の条件下で試験を行った。試験では、各放射照度の条件下で96時間連続照射した。試験中に、1日2回、試験容器内のキプリス幼生の状態を観察し、各状態のキプリス幼生の出現率を求めた。試験容器をアルミホイルでカバーし、LED光を照射せずに略恒暗条件としたものを対照区とした。なお、放射照度は、放射照度計Ophir StarLite-PD300RM-8Wを用いて、試験容器の蓋を通して、放射照度を測定、調整した。以下の試験では、全て、この放射照度計を用いて、放射照度を測定・調整した。
【0029】
(試験結果)
<放射照度200Wm-2の光の照射下におけるキプリス幼生の状態変化>
図1は、放射照度200Wm-2の試験区におけるキプリス幼生の時間的な状態変化を示すグラフである。図2は、放射照度200Wm-2の試験区に対する対照区におけるキプリス幼生の時間的な状態変化を示すグラフである。図1及び図2の横軸は試験開始時からの経過時間を示し、縦軸は各状態のキプリス幼生の出現率を示している。
【0030】
図2に示すように、対照区では、試験開始から2時間後に80%以上のキプリス幼生の個体が遊泳しており、6時間経過すると徐々に試験容器に付着して変態を開始し、24時間後には30%以上の個体が幼フジツボとなり、96時間後における幼フジツボの出現率は90%以上となった。即ち、90%以上のフジツボが試験容器に付着したことが確認された。
【0031】
一方で図1に示すように、放射照度200Wm-2の照射下で行う試験区の場合、キプリス幼生は、照射開始から2時間で10%以上の個体が胸肢突出状態となり、照射量が4800Whm-2となる24時間後には95%以上の個体が閉殻・半閉殻状態で無反応、胸肢突出状態、又は水面に浮いた状態で無反応状態となった。この結果から、フジツボ付着は照射量400Whm-2以上で減少が始まり、4800Whm-2でほぼ完全に抑制されると推察される。
【0032】
<各放射照度の光の照射下における幼フジツボ率>
図3は、LED光を各放射照度で96時間連続照射した場合の幼フジツボ率と各照射条件との関係を示すグラフである。図3の横軸は放射照度(Wm-2)を示し、縦軸は幼フジツボ率(%)を示している。なお、幼フジツボ率とは、各試験容器内に存在するタテジマフジツボのうち幼フジツボが占める割合である。キプリス幼生から幼フジツボに変態したフジツボを評価することで、構造物へのフジツボの付着抑制効果を評価できる。
【0033】
図3に示すように、対照区では、96時間後における幼フジツボ率は約85%以上であった。即ち、85%以上のフジツボがシャーレの底面又は側面に付着したことが確認できた。これに対して、放射照度150Wm-2の試験区では96時間後の幼フジツボ率は0.6±1.4%であり、確認されたごく少数の幼フジツボも全て死亡していることが確認された。即ち、放射照度150Wm-2以上でキプリス幼生の成長を完全に抑制し、構造物への付着を防止できることが確認された。また放射照度20Wm-2の試験区における幼フジツボ率も約70%に低減された。この結果から、1920Whm-2の照射量を照射することで、付着生物の構造物への付着量を低減できると推察される。
【0034】
<照射開始から2時間後及び6時間後におけるキプリス幼生の遊泳不能率>
表1は、各放射照度のLED光の照射開始から2時間後及び6時間後におけるキプリス幼生の遊泳不能個体の出現率(以下、遊泳不能率という)と照射量(Whm-2)を示している。ここでいう遊泳不能個体とは、横転・胸肢運動個体(横転した状態で胸肢を動かす個体)と、胸肢突出個体と、閉殻・半閉殻(無反応)個体を合わせた個体をいう。なお、表中のN数とは、試験回数のことである(以下の表も同様である)。
【0035】
【表1】
【0036】
表1に示すように、照射量が100Whm-2以下では、キプリス幼生の遊泳不能個体が出現しないことが確認された。一方で、照射量が200Whm-2で遊泳不能率が5.8±10.1%となり、900Whm-2で約10%、1200Whm-2で約20%となることが確認された。この結果から、LED光の照射量200Whm-2以上でフジツボ付着期幼生の生理活性が低下し始めることが推察される。すなわち、照射量200Whm-2以上で、フジツボ付着は減少し始めると推察される。
【0037】
<フジツボの付着位置の分布>
表2は、放射照度20Wm-2の試験区とその対照区におけるシャーレに付着したフジツボの位置分布を示す表である。表3は、放射照度50Wm-2の試験区とその対照区におけるシャーレに付着したフジツボの位置分布を示す表である。
【0038】
【表2】
【0039】
【表3】
【0040】
表2及び表3に示すように、放射照度20Wm-2及び放射照度50Wm-2の両方の条件において、対照区では約80%の個体がシャーレの底面に付着し、約20%の個体がシャーレの側面に付着した。一方で、試験区では、シャーレの底面と側面への付着率の差が小さいことが確認できた。対照区における側面付着率と試験区における側面付着率について多重比較検定(Bonferroni法)を行った結果、試験区におけるシャーレの側面付着率が有意に増加することが確認された(p<0.01)。この結果から、キプリス幼生は、付着する場合もLED光(波長ピーク:405nm)が直射する場所を忌避する傾向があると推察される。
【0041】
[ヒドロ虫類に対する光の照射による影響の確認試験]
ヒドロ虫類のタマウミヒドラのヒドラ茎切片を用いて、光の照射がヒドラ虫類に与える影響について確認した。なお、ヒドラ茎切片は、タマウミヒドラ群体からポリプを分取した後、ヒドラ根及びヒドラ花を切り落として作成した。
【0042】
試験容器(径6cm×高さ6cmのシャーレ)に70mlの試験海水(孔径0.45μmメンブレンで濾過した海水)とヒドラ茎切片(個体数:12切片)を入れた。試験区として、この試験容器にガラス蓋を通して、LED光(ピーク波長:405nm)を以下表4に示す各放射照度で連続照射した。試験容器をアルミホイルでカバーし、LED光を照射せずに略恒暗条件としたものを対照区とした。試験は、96時間行い、対照区と各試験区とのヒドラ茎片の再生率及び再生ヒドラ花数を比較した。
【0043】
【表4】
【0044】
(試験結果)
表4は、放射照度100Wm-2及び200Wm-2の試験区と対照区の96時間後におけるヒドラ茎切片の再生率及び再生ヒドラ花数を示している。表4に示すように、100Wm-2及び200Wm-2の2つの放射照度で96時間連続照射した場合、ヒドラ茎切片の再生率及び再生ヒドラ花数は0%であることが確認された。即ち、少なくとも9600Whm-2以上の照射量を照射することにより、海産ヒドロ虫類の群体形成を完全に抑制可能であることが確認できた。
【0045】
[放射照度の違いによる付着生物への影響の比較試験]
タテジマフジツボのキプリス幼生を用いて、異なる放射照度で同一の照射量を照射した場合のキプリス幼生に与える影響を比較した。
【0046】
試験容器(24穴マイクロプレート)に2mlの試験海水(孔径0.45μmメンブレンで濾過した海水)とタテジマフジツボのキプリス幼生(個体数:16±4)を入れた。試験区として、LED光(ピーク波長:405nm)を表5に示す照射条件下で連続照射した。LED光の光源としては、UFL-501-08 UV-UT(株式会社ユーテクノロジー製)を用いた。LED光の照射による試験海水等の昇温を防ぐために、試験中、試験容器の底部外側を水道水に浸した。試験容器をアルミホイルでカバーし、LED光を照射せずに略恒暗条件としたものを対照区とした。試験では、キプリス幼生の遊泳不能率を確認した。
【0047】
【表5】
【0048】
(試験結果)
表4は、放射照度600Wm-2、照射時間8hの照射条件及び放射照度6000、照射時間0.8hの照射条件の試験区における遊泳不能率を示している。表5に示すように、放射照度600Wm-2、照射時間8hの照射条件及び放射照度6000、照射時間0.8hの照射条件における遊泳不能率はともに99%以上であった。この2つの照射条件の遊泳不能率に対して統計ソフトRによる多重比較検定(Tukey HSD法)に有意差検定を行った結果、両者に有意差は認められなかった。また、TOSTER同等性検定の結果、両者は統計学的に同等と評価された。この結果から、付着抑制及び生物除去の作用は、放射照度と照射時間の積、即ち照射量に略比例することが確認された。また4800Whm-2の照射量を照射することで、付着生物の構造物への付着を防止できると推察される。
【0049】
[付着除去効果確認試験]
試験容器等の構造物に付着したフジツボの付着個体に対する光の照射による付着除去効果を確認した。
【0050】
まず、試験容器(6穴マイクロプレート)に8mlの付着用試験海水(目合0.45μmメンブレンで濾過した海水)とタテジマフジツボのキプリス幼生(個体数:約30)を入れ、1日~2日静置し、試験容器の底面にキプリス幼生を付着させた。その後、試験容器内の付着用試験海水とともに未付着のキプリス幼生を除去し、8mlの飼育用試験海水(目合0.45μmカートリッジフィルタで濾過した海水)を試験容器に入れた。試験容器に付着した幼フジツボには、各飼育期間中、餌として浮遊珪藻(Chaetoceros calcitrans)を与えて成長させた。飼育期間は、1週間、2週間、3週間、又は4週間とした。各飼育期間が経過後に、成長したフジツボ付着個体の中でも特に大型に成長し活発に曼脚運動を行っている個体を対象として、底盤径を測定し、LED光(波長ピーク:405nm又は460nm)を放射照度24000Wm-2で照射した。LED光の照射中に、一定時間毎にフジツボ付着個体の状態を観察した。LED光の光源としては、UFL-501-08 UV-UT(株式会社ユーテクノロジー製)を用いた。
【0051】
(試験結果)
表6は、飼育期間1週間のフジツボ付着個体に対して、ピーク波長405nmのLED光を照射した場合のフジツボ付着個体の各状態の存在率を示している。表7は、飼育期間2週間のフジツボ付着個体に対して、ピーク波長405nmのLED光を照射した場合のフジツボ付着個体の各状態の存在率を示している。表8は、飼育期間3週間のフジツボ付着個体に対して、ピーク波長405nmのLED光を照射した場合のフジツボ付着個体の各状態の存在率を示している。表9は、飼育期間4週間のフジツボ付着個体に対して、ピーク波長405nmのLED光を照射した場合のフジツボ付着個体の各状態の存在率を示している。表10は、飼育期間2週間のフジツボ付着個体に対して、ピーク波長460nmのLED光を照射した場合のフジツボ付着個体の各状態の存在率を示している。なお、照射対象としたフジツボ付着個体の底盤径は、飼育期間1週間の個体で1.0~2.0mm、2週間の個体で2.0~4.1mm、3週間の個体で2.5~5.1mm、4週間の個体で3.1~5.2mmであった。
【0052】
【表6】
【0053】
【表7】
【0054】
【表8】
【0055】
【表9】
【0056】
【表10】
【0057】
表10に示すように、ピーク波長460nmのLED光を24000Wm-2で照射した場合、照射量38400Whm-2以上であれば、約半分のフジツボ付着個体が瀕死状態となることが確認できた。一方で、表6~9に示すように、ピーク波長405nmのLED光を放射照度24000Wm-2で照射した場合、付着後1週間~4週間飼育成長させた個体では、12~24分以内に90~100%の個体が死亡したか瀕死の状態となることが確認された。また、早いものでは、照射後2分(すなわち照射量800Whm-2)で無反応状態となる個体が見られた。また成長に伴うフジツボ付着個体のLED光に対する耐性の上昇は見られなかった。即ち、LED光の照射量が4800Whm-2以上であれば、フジツボ付着個体に対して致死作用を及ぼし、構造物から除去可能であることが確認できた。このことから、例えば、月に一回等の所定の周期で4800Whm-2以上の照射量の光を構造物に照射することで、既に付着生物が構造物も含めて付着生物を除去できるので、より効率的かつ確実に付着抑制及び付着生物除去を行うことができる。
【0058】
[細菌類に対する光の照射による影響の確認試験]
海洋細菌類を寒天培地に塗抹後、LED光の照射後に出現したコロニー数を計数することにより、細菌増殖に対する光の照射の影響を確認した。
【0059】
海洋細菌類(フジツボの飼育水槽内の海水中の海洋細菌類全般)を含む海水0.1mlをシャーレ(径9cm×高さ1.5cm)内の寒天培地表面に滴下して塗抹し、塗抹した寒天培地の半分をアルミホイルで覆い対照区とした。そして、シャーレを1段又は2段重ねにして、上方から表11及び表12に示す各放射照度及び照射時間の条件下でLED光(ピーク波長:405nm)を照射し、照射開始から約24時間後の各寒天培地表面の対照区及び試験区におけるコロニー数を計数し、対照区のコロニー数に対する試験区のコロニー数の出現率を算出した。
【0060】
寒天培地としては、蒸留水1Lに粉末培地(Marine Agar 2216、Difco社製)を入れ、加熱して溶かし、滅菌した後に、シャーレに約20ml分注し、30~60分静置し、寒天固体培地としたものを用いた。寒天培地に塗抹する海水としては、フジツボ飼育水槽内の海水を孔径0.45μmのメンブレン使用して10倍希釈したものを用いた。
【0061】
【表11】
【0062】
【表12】
【0063】
(試験結果)
表11は、照射量120Whm-2、照射量480Whm-2、及び照射量1200Whm-2の条件下でLED光を照射した場合の対照区のコロニー数に対する試験区のコロニー数の出現率(以下、細菌コロニー出現率という)を示している。表12は、シャーレを2段重ねに配置した場合の下段の寒天培地に対して照射量768Whm-2、照射量1152Whm-2、及び照射量1536Whm-2の条件下でLED光を照射した場合の細菌コロニー出現率、上段の寒天培地に対して照射量1600Whm-2、照射量2400Whm-2、及び照射量3200Whm-2で照射した場合の細菌コロニー出現率を示している。
【0064】
表11及び表12に示すように、480Whm-2の照射量を照射することで細菌コロニー出現率を70%未満に抑え、1200Whm-2の照射量を照射することで細菌コロニー出現率を6%未満に抑え、2400Whm-2以上の照射量を照射することで細菌コロニーの発生を防止できることが確認できた。LED光が直接照射されない下段の寒天培地に対しても一定の放射照度以上で高い除去効果を発揮することが確認できた。
【0065】
[気中の微生物に対する光の照射による影響の確認試験1]
LB培地に落下した微生物を培養し、LED光の照射後に出現したコロニー数を計数することにより、気中の構造物に付着する微生物に対する光の照射による影響について確認した。
【0066】
メディウム瓶にトリプトン5g、酵母エキス2.5g、NaCl5g、寒天7.5、蒸留水480mlを加えて攪拌したものを121℃、20分でオートクレーブ処理し、シャーレに20ml分注したものを室温で固化させてLB培地を作成した。このLB培地が入った3つのシャーレのフタを開けた状態で、室内における屋外への出口付近の床面から高さ約90cmのカウンタに置き、8時間静置した。8時間後にフタを閉め、3つのシャーレをそれぞれサンプル1~3とし、各サンプルの真上から表13に示す各サンプルの照射条件下でLED光(ピーク波長:405nm)を照射し、照射開始から8時間後に各サンプルを35℃に設定した恒温インキュベータ内で48時間培養し、各サンプルの培地表面のコロニー数を計数した。LED光の光源としては、UFL-501-08 UV-UT(株式会社ユーテクノロジー製)を用いた。なお、LED光を照射せずに8時間静置したシャーレであるサンプル3を対照区とした。
【0067】
【表13】
【0068】
(試験結果)
表13は、各サンプルのコロニー数と、照射量1600Whm-2のLED光を連続照射した場合と間欠照射した場合の対照区に対する除菌率を示している。表13に示す対照区に対する除菌率は、LED光を照射した後のサンプル1又は2のコロニー数をサンプル3の対照区のコロニー数で割った値である。表13に示すように、対照区であるサンプル3では、細菌や真菌類のコロニーが47個観察された。これに対して、サンプル1では1つのコロニー、サンプル2で3つのコロニーが観察され、連続照射と間欠照射の両方の場合において照射量1600Whm-2を照射することで、上記除菌率が90%以上となった。この結果から、気中の細菌や真菌類等の気中の構造物の表面に付着する付着生物に対しても、照射量1600Whm-2以上でほぼ完全に除去できると推察される。
【0069】
[気中の微生物に対する光の照射による影響の確認試験2]
LB培地に落下した微生物を培養し、表13に示す放射条件よりも低い放射照度でLED光の照射後に出現したコロニー数を計数することにより、気中の構造物に付着する微生物に対する光の照射による影響について確認した。
【0070】
上記「気中の微生物に対する光の照射による影響の確認試験1」と同じ手順でLB培地を作成し、LB培地が入った5つのシャーレのフタを開けた状態で、室内における屋外への出口付近の床面から高さ約90cmのカウンタに置き、8時間静置した。8時間後にフタを閉め、5つのシャーレをそれぞれサンプル4~8とし、各サンプルの真上から表14に示す各サンプルの照射条件下でLED光(ピーク波長:405nm)を照射し、照射開始から8時間後に各サンプルを35℃に設定した恒温インキュベータ内で48時間培養し、各サンプルの培地表面のコロニー数を計数した。LED光の光源としては、UFL-501-08 UV-UT(株式会社ユーテクノロジー製)を用いた。なお、LED光を照射せずに8時間静置したシャーレであるサンプル6~8を対照区とした。
【0071】
【表14】
【0072】
(試験結果)
表14は、各サンプルのコロニー数と、照射量160Whm-2のLED光を連続照射した場合と間欠照射した場合の対照区の平均コロニー数に対する除菌率を示している。表14に示す対照区の平均コロニー数に対する除菌率は、LED光を照射した後のサンプル4又は5のコロニー数をサンプル6~8の対照区のコロニー数の平均で割った値である。表14に示すように、3つの対照区では、細菌や真菌類のコロニーが13~18個観察された。これに対して、サンプル4、5ではそれぞれ5つのコロニーが観察され、照射量を160Whm-2とした場合であっても、上記除菌率が60%以上となった。この結果から、気中の細菌や真菌類等の気中の構造物の表面に付着する付着生物に対しては、160Whm-2程度の照射量であっても、高い付着抑制又は付着生物除去の効果が得られると推察される。
【要約】
付着生物の構造物への付着の抑制又は構造物からの付着生物の除去を確実に行うことができる付着抑制除去方法を提供すること。付着抑制除去方法は、付着生物が付着する構造物に対し、付着生物毎に設定される光の照射量に基づいて構造物に光を照射することで、付着生物の構造物への付着の抑制又は構造物に付着した付着生物の除去を行い、光の照射量は、160Whm-2以上であり、光の照射量に基づいて照射する光の放射照度は、20Wm-2以上である。
図1
図2
図3