(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-05-27
(45)【発行日】2025-06-04
(54)【発明の名称】鋼板
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20250528BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20250528BHJP
C21D 9/46 20060101ALN20250528BHJP
【FI】
C22C38/00 301U
C22C38/60
C21D9/46 F
(21)【出願番号】P 2023564742
(86)(22)【出願日】2022-08-23
(86)【国際出願番号】 JP2022031750
(87)【国際公開番号】W WO2023100424
(87)【国際公開日】2023-06-08
【審査請求日】2024-02-21
(31)【優先権主張番号】P 2021197308
(32)【優先日】2021-12-03
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【識別番号】100195213
【氏名又は名称】木村 健治
(72)【発明者】
【氏名】弘中 諭
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 泰弘
(72)【発明者】
【氏名】永野 真衣
【審査官】相澤 啓祐
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2020/145256(WO,A1)
【文献】国際公開第2020/145259(WO,A1)
【文献】特開2010-024505(JP,A)
【文献】特開2008-007841(JP,A)
【文献】特開2019-171447(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 9/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学組成が、質量%で、
C :0.040~0.100%、
Mn:1.00~2.50%、
Si:0.005~1.500%、
P :0.100%以下、
S :0.0200%以下、
Al:0.005~0.700%、
N :0.0150%以下、
O :0.0100%以下、
Cr:0~0.80%、
Mo:0~0.50%、
B :0~0.0100%、
Ti:0~0.100%、
Nb:0~0.060%、
V :0~0.50%、
Ni:0~1.00%、
Cu:0~1.00%、
W :0~1.00%、
Sn:0~1.00%、
Sb:0~0.200%、
Ca:0~0.0100%、
Mg:0~0.0100%、
Zr:0~0.0100%、
REM:0~0.0100%、並びに
残部:Fe及び不純物であり、下記式1で表される指数Aが1.10%以下であり、
金属組織が、面積%で、
フェライト:70~95%、及び
硬質相:5~30%であり、
板厚1/2位置における前記硬質相の圧延方向の最大連結長さが80μm以下であり、
板厚1/4位置における前記硬質相の圧延方向の最大連結長さが40μm以下である、鋼板。
A=10[C]+0.3[Mn]-0.2[Si]-0.6[Al]-0.05[Cr]-0.2[Mo] ・・・式1
ここで、[C]、[Mn]、[Si]、[Al]、[Cr]及び[Mo]は、各元素の含有量[質量%]であり、元素を含有しない場合は0%である。
【請求項2】
前記化学組成が、質量%で、
Cr:0.001~0.80%、
Mo:0.001~0.50%、
B :0.0001~0.0100%、
Ti:0.001~0.100%、
Nb:0.001~0.060%、
V :0.001~0.50%、
Ni:0.001~1.00%、
Cu:0.001~1.00%、
W :0.001~1.00%、
Sn:0.001~1.00%、
Sb:0.001~0.200%、
Ca:0.0001~0.0100%、
Mg:0.0001~0.0100%、
Zr:0.0001~0.0100%、及び
REM:0.0001~0.0100%
からなる群から選択される1種又は2種以上を含む、請求項1に記載の鋼板。
【請求項3】
前記フェライトの平均結晶粒径が5.0~30.0μmであり、前記硬質相の平均結晶粒径が1.0~5.0μmである、請求項1又は2に記載の鋼板。
【請求項4】
前記硬質相が、マルテンサイト、ベイナイト、焼き戻しマルテンサイト及びパーライトの少なくとも1種からなる、請求項1
又は2に記載の鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車業界では、燃費向上の観点から車体の軽量化が求められている。車体の軽量化と衝突安全性を両立するためには、使用する鋼板の高強度化が有効な方法の一つであり、このような背景から高強度鋼板の開発が進められている。
【0003】
これに関連して、特許文献1では、基板とした鋼板の表面に溶融亜鉛めっき層を有する溶融亜鉛めっき鋼板であって、前記基板が、mass%で、C:0.02~0.20%、Si:0.7%以下、Mn:1.5~3.5%、P:0.10%以下、S:0.01%以下、Al:0.1~1.0%、N:0.010%以下、Cr:0.03~0.5%を含有し、かつ、Al、Cr、Si、Mnの含有量を同号項とした数式:A=400Al/(4Cr+3Si+6Mn)で定義された焼鈍時表面酸化指数Aが2.3以上であり、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、さらに、前記基板の組織が、フェライトおよび第2相からなり、該第2相がマルテンサイト主体のものであることを特徴とする高強度溶融亜鉛めっき鋼板が記載されている。また、特許文献1では、当該高強度溶融亜鉛めっき鋼板は、主にメンバー、ロッカー等の自動車の構造部品としての使途に好適な、優れた表面品質と590MPa以上の引張強度とを有することが記載されている。
【0004】
特許文献2では、化学組成が、質量%で、C:0.020%以上、0.090%以下、Si:0.200%以下、Mn:0.45%以上、2.10%以下、P:0.030%以下、S:0.020%以下、sol.Al:0.50%以下、N:0.0100%以下、B:0~0.0050%、Mo:0~0.40%、Ti:0~0.10%、Nb:0~0.10%、Cr:0~0.55%、Ni:0~0.25%を含有し、残部がFeおよび不純物からなり、表面~前記表面から板厚方向に20μmの位置までの範囲である表層領域の金属組織が、フェライトと、体積分率で0.01~5.0%の第2相とからなり、前記表面から前記板厚方向に20μm超の位置~前記表面から前記板厚方向に板厚の1/4の位置までの範囲である内部領域の金属組織が、フェライトと、体積分率で2.0~10.0%の第2相とからなり、前記表層領域の前記第2相の体積分率が、前記内部領域の前記第2相の体積分率よりも小さく、前記表層領域において、前記第2相の平均結晶粒径が、0.01~4.0μmであり、前記フェライトの、{001}方位と{111}方位との強度比であるXODF{001}/{111}が0.60以上2.00未満である集合組織が含まれることを特徴とする鋼板が記載されている。また、特許文献2では、上記の鋼板では、従来の材料と比較し、プレス変形で生じる様々な変形後にも表面凹凸の発生が抑制されるため、表面の美麗性に優れており、塗装の鮮鋭性、意匠性の向上に貢献できると記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2005-220430号公報
【文献】国際公開第2020/145256号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
近年、さらなる燃費向上の要求に関連して、特許文献1において記載されるメンバー等の構造部品だけでなく、ルーフ、フード、フェンダー及びドア等の外板部品についても軽量化のニーズが高まっている。これらの外板部品は、上記のような構造部品とは異なり、人目に触れるため、強度等の特性だけでなく、意匠性や面品質も重要であり、したがって成形後の外観に優れることが求められる。一方で、このような軽量化の要求に関連して、これらの外板部品に用いられる鋼板においてもさらなる高強度化や薄肉化が求められている。加えて、これらの外板部品における形状の複雑化に伴い、成形後の鋼板表面は凹凸が生じやすくなる傾向にあり、このような凹凸が生じた場合には外観が低下するという問題がある。
【0007】
より具体的には、例えば、特許文献1に記載されるような軟質のフェライトとマルテンサイトを主体とする硬質の第2相とからなるDP鋼(複合組織鋼)の場合には、プレス成形などの加工時にフェライトからなる軟質相及びその周辺が優先的に変形する不均一変形が起こりやすい。このため、このような軟質相と硬質相から構成される複合組織鋼を利用した場合には、成形後の鋼板表面に微小な凹凸が生じることで、ゴーストラインと呼ばれる外観不良が発生することがある。これに関連して、特許文献2では、表層領域の金属組織をフェライトと、体積分率で0.01~5.0%の第2相とから構成し、表層領域の第2相の体積分率を内部領域の第2相の体積分率よりも小さくし、さらに内部領域の第2相の体積分率を大きくすることで、成形時の表面凹凸の発生抑制と引張強度400MPa以上の材料強度とを両立させることができると記載されている。一方で、自動車業界等では、鋼板のさらなる軽量化も求められており、このような軽量化を達成するためには、鋼板をこれまで以上に高強度化する必要が生じる。したがって、従来と同等又はそれ以上の高強度化を行った場合においても成形後の鋼板表面に生じ得る微小凹凸の課題を解決することができる鋼板に対して依然として高いニーズがある。
【0008】
そこで、本発明は、新規な構成により、改善された成形後外観を有する高強度鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記目的を達成するために、金属組織における硬質相の形態に着目して検討を行った。その結果、本発明者らは、縞状硬質相の生成を低減して金属組織中で硬質相をより均一に分散させることで、このような硬質相に基づく高強度を維持しつつ、成形等によってひずみが付与された場合においても、鋼板表面における微小な凹凸の生成が顕著に抑制されることを見出し、本発明を完成させた。
【0010】
上記目的を達成し得た本発明は下記のとおりである。
(1)化学組成が、質量%で、
C :0.040~0.100%、
Mn:1.00~2.50%、
Si:0.005~1.500%、
P :0.100%以下、
S :0.0200%以下、
Al:0.005~0.700%、
N :0.0150%以下、
O :0.0100%以下、
Cr:0~0.80%、
Mo:0~0.50%、
B :0~0.0100%、
Ti:0~0.100%、
Nb:0~0.060%、
V :0~0.50%、
Ni:0~1.00%、
Cu:0~1.00%、
W :0~1.00%、
Sn:0~1.00%、
Sb:0~0.200%、
Ca:0~0.0100%、
Mg:0~0.0100%、
Zr:0~0.0100%、
REM:0~0.0100%、並びに
残部:Fe及び不純物であり、下記式1で表される指数Aが1.10%以下であり、
金属組織が、面積%で、
フェライト:70~95%、及び
硬質相:5~30%であり、
板厚1/2位置における前記硬質相の圧延方向の最大連結長さが80μm以下であり、
板厚1/4位置における前記硬質相の圧延方向の最大連結長さが40μm以下である、鋼板。
A=10[C]+0.3[Mn]-0.2[Si]-0.6[Al]-0.05[Cr]-0.2[Mo] ・・・式1
ここで、[C]、[Mn]、[Si]、[Al]、[Cr]及び[Mo]は、各元素の含有量[質量%]であり、元素を含有しない場合は0%である。
(2)前記化学組成が、質量%で、
Cr:0.001~0.80%、
Mo:0.001~0.50%、
B :0.0001~0.0100%、
Ti:0.001~0.100%、
Nb:0.001~0.060%、
V :0.001~0.50%、
Ni:0.001~1.00%、
Cu:0.001~1.00%、
W :0.001~1.00%、
Sn:0.001~1.00%、
Sb:0.001~0.200%、
Ca:0.0001~0.0100%、
Mg:0.0001~0.0100%、
Zr:0.0001~0.0100%、及び
REM:0.0001~0.0100%
からなる群から選択される1種又は2種以上を含む、上記(1)に記載の鋼板。
(3)前記フェライトの平均結晶粒径が5.0~30.0μmであり、前記硬質相の平均結晶粒径が1.0~5.0μmである、上記(1)又は(2)に記載の鋼板。
(4)前記硬質相が、マルテンサイト、ベイナイト、焼き戻しマルテンサイト及びパーライトの少なくとも1種からなる、上記(1)~(3)のいずれか1項に記載の鋼板。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、改善された成形後外観を有する高強度鋼板を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
<鋼板>
本発明の実施形態に係る鋼板は、
化学組成が、質量%で、
C :0.040~0.100%、
Mn:1.00~2.50%、
Si:0.005~1.500%、
P :0.100%以下、
S :0.0200%以下、
Al:0.005~0.700%、
N :0.0150%以下、
O :0.0100%以下、
Cr:0~0.80%、
Mo:0~0.50%、
B :0~0.0100%、
Ti:0~0.100%、
Nb:0~0.060%、
V :0~0.50%、
Ni:0~1.00%、
Cu:0~1.00%、
W :0~1.00%、
Sn:0~1.00%、
Sb:0~0.200%、
Ca:0~0.0100%、
Mg:0~0.0100%、
Zr:0~0.0100%、
REM:0~0.0100%、並びに
残部:Fe及び不純物であり、下記式1で表される指数Aが1.10%以下であり、
金属組織が、面積%で、
フェライト:70~95%、及び
硬質相:5~30%であり、
板厚1/2位置における前記硬質相の圧延方向の最大連結長さが80μm以下であり、
板厚1/4位置における前記硬質相の圧延方向の最大連結長さが40μm以下であることを特徴としている。
A=10[C]+0.3[Mn]-0.2[Si]-0.6[Al]-0.05[Cr]-0.2[Mo] ・・・式1
ここで、[C]、[Mn]、[Si]、[Al]、[Cr]及び[Mo]は、各元素の含有量[質量%]であり、元素を含有しない場合は0%である。
【0013】
ルーフやドア等の外板部品においては、プレス成形等の際に生じる面ひずみと呼ばれる面欠陥を回避する観点から、降伏強度が比較的低いDP鋼が用いられる場合が多い。しかしながら、先に述べたとおり、フェライトからなる軟質相とマルテンサイト等を主体とする硬質相が混在するDP鋼の場合、プレス成形などの加工時に軟質相及びその周辺が優先的に変形する不均一変形が起こりやすく、成形後の鋼板表面に微小な凹凸が生じることで、ゴーストラインと呼ばれる外観不良が発生することがある。より詳しく説明すると、プレス成形などの加工時には、フェライトからなる軟質相が凹む一方で、マルテンサイト等を主体とする硬質相は凹まないかむしろ凸となるように盛り上がって変形することで、ゴーストラインがバンド状(縞状)に生じることとなる。そこで、本発明者らは、このような成形後の外観不良を改善すべく、金属組織における硬質相の形態に着目して検討を行った。その結果、本発明者らは、DP鋼のような軟質相と硬質相が混在する鋼板においては、金属組織中に縞状に連結した硬質相が存在することでゴーストラインの程度が顕著となることを見出した。さらに、本発明者らは、このような縞状硬質相の生成を低減して金属組織中で硬質相をより均一に分散させることで、当該硬質相に基づく高強度を十分に維持しつつ、成形等によってひずみが付与された場合においても、鋼板表面における微小な凹凸の生成を顕著に抑制することができ、それによってゴーストラインの発生を顕著に抑制することができることを見出した。
【0014】
より具体的には、本発明者らは、硬質相に関連する縞状組織の生成を抑制するためには、溶鋼を凝固してスラブを鋳造するスラブ鋳造工程において、凝固時のMn偏析を低減することが有効であることを見出し、これに関連して中心偏析とミクロ偏析の2つの観点からMn偏析を低減する手法について詳細な検討を行った。
【0015】
まず、本発明者らは、中心偏析を低減するためには、スラブ鋳造時における溶鋼の流動を抑制することが有効と考えて種々の検討を行った。より詳しく説明すると、凝固時には、溶鋼は当然ながら表面から凝固していき、最後に中心部が凝固することになる。溶鋼が凝固するときには、液相から固相が排出されていくため、この段階で液相中にMnが濃化していくこととなる。したがって、凝固時に溶鋼が流動していると、このようなMnの濃化部が最終的に凝固する中心部に集まりやすくなり、結果としてMnの中心偏析が顕著となる。そこで、本発明者らは、鋼板の製造方法に関連して後で詳しく説明するように、凝固時の条件を適切に制御してこのような溶鋼の流動を抑えることによりMnの中心偏析を顕著に抑制することができ、これに関連して最終的に得られる鋼板の板厚1/2位置における硬質相の圧延方向の最大連結長さを80μm以下に制御することができることを見出した。
【0016】
一方で、本発明者らは、ミクロ偏析を低減するためには、凝固の際にMnの拡散を促進させることが有効と考えて種々の検討を行った。Mnの拡散を促進させるためには、Mnが拡散しやすい組織を作り込むことが有効である。そこで、本発明者らは、Mnの拡散速度が速いδ相に着目し、凝固モードをδ凝固とすべく、鋼中の各元素におけるMnのミクロ偏析に関する影響度を実験的に調べた。その結果として、本発明者らは、C及びMn含有量が高くなると、凝固時にδ凝固とならず、Mnの拡散速度が低下してミクロ偏析が増す傾向が見られるものの、Si、Al、Cr及びMoについては、それらの含有量が高くなると、凝固時におけるMnの拡散が促進されてミクロ偏析を低減できることを見出した。より具体的には、本発明者らは、ミクロ偏析に関する影響度を考慮した係数とともにこれらの元素の含有量によって規定される指数A、すなわち下記式1で表される指数Aを1.10%以下に制御することによりMnのミクロ偏析を顕著に抑制することができ、これに関連して最終的に得られる鋼板の板厚1/4位置における硬質相の圧延方向の最大連結長さを40μm以下に制御することができることを見出した。
A=10[C]+0.3[Mn]-0.2[Si]-0.6[Al]-0.05[Cr]-0.2[Mo] ・・・式1
ここで、[C]、[Mn]、[Si]、[Al]、[Cr]及び[Mo]は、各元素の含有量[質量%]であり、元素を含有しない場合は0%である。
【0017】
本発明の実施形態に係る鋼板によれば、上記のとおり、Mnの中心偏析とミクロ偏析の両方を顕著に低減することで、鋼板の板厚1/2位置及び1/4位置における硬質相の圧延方向の最大連結長さを所定の範囲内に制御することができ、すなわち最終的に得られる鋼板の金属組織において縞状硬質相の生成を顕著に抑制して金属組織全体に硬質相をより均一に分散させることが可能となる。したがって、本発明の実施形態に係る鋼板によれば、硬質相に基づく高強度を十分に維持しつつ、プレス成形等の成形によってひずみが付与された場合においても、鋼板表面における微小な凹凸の生成を顕著に抑制することができ、それによってゴーストライン等の外観不良の発生を顕著に抑制することが可能となる。それゆえ、本発明の実施形態によれば、改善された成形後外観を有する高強度鋼板を提供することが可能となる。
【0018】
以下、本発明の実施形態に係る鋼板についてより詳しく説明する。以下の説明において、各元素の含有量の単位である「%」は、特に断りがない限り「質量%」を意味するものである。また、本明細書において、数値範囲を示す「~」とは、特に断りがない場合、その前後に記載される数値を下限値および上限値として含む意味で使用される。
【0019】
[C:0.040~0.100%]
Cは、鋼板の強度を高める元素である。このような効果を十分に得るために、C含有量は0.040%以上とする。C含有量は0.045%以上、0.050%以上、0.055%以上又は0.060%以上であってもよい。一方で、Cを過度に含有すると、凝固時のMnの拡散が阻害され、Mnのミクロ偏析を十分に抑制することができない場合がある。したがって、C含有量は0.100%以下とする。C含有量は0.095%以下、0.090%以下、0.080%以下又は0.070%以下であってもよい。
【0020】
[Mn:1.00~2.50%]
Mnは、鋼の焼入れ性を高めて、強度の向上に寄与する元素である。このような効果を十分に得るために、Mn含有量は1.00%以上とする。Mn含有量は1.20%以上、1.30%以上、1.40%以上又は1.50%以上であってもよい。一方で、Mnを過度に含有すると、凝固時のMnの拡散が阻害され、Mnのミクロ偏析を十分に抑制することができない場合がある。したがって、Mn含有量は2.50%以下とする。Mn含有量は2.25%以下、2.10%以下、2.00%以下、1.85%以下又は1.75%以下であってもよい。
【0021】
[Si:0.005~1.500%]
Siは、鋼の脱酸元素であり、鋼板の延性を損なわずに強度を高めるのに有効な元素である。また、Siは、凝固時のMnの拡散を促進させてMnのミクロ偏析を低減するのに有効な元素でもある。これらの効果を十分に得るために、Si含有量は0.005%以上とする。Si含有量は0.010%以上、0.050%以上、0.100%以上又は0.150%以上であってもよい。一方で、Siを過度に含有すると、スケールの剥離性が低下して表面欠陥が発生する場合がある。したがって、Si含有量は1.500%以下とする。Si含有量は1.400%以下、1.200%以下、1.000%以下、0.850%以下、0.600%未満、0.550%以下、0.500%以下又は0.300%以下であってもよい。
【0022】
[P:0.100%以下]
Pは、製造工程で混入する元素である。P含有量は0%であってもよい。しかしながら、P含有量を0.0001%未満に低減するためには精錬に時間を要し、生産性の低下を招く。したがって、P含有量は0.0001%以上、0.0005%以上、0.001%以上又は0.005%以上であってもよい。一方で、Pを過度に含有すると、鋼板の靭性が低下する場合がある。したがって、P含有量は0.100%以下とする。P含有量は0.070%以下、0.060%以下、0.040%以下又は0.020%以下であってもよい。
【0023】
[S:0.0200%以下]
Sは、製造工程で混入する元素である。S含有量は0%であってもよい。しかしながら、S含有量を0.0001%未満に低減するためには精錬に時間を要し、生産性の低下を招く。したがって、S含有量は0.0001%以上、0.0005%以上又は0.0010%以上であってもよい。一方で、Sを過度に含有すると、Mn硫化物を形成し、鋼板の延性、穴広げ性、伸びフランジ性及び/又は曲げ性などの成形性を低下させる場合がある。したがって、S含有量は0.0200%以下とする。S含有量は0.0100%以下、0.0060%以下又は0.0040%以下であってもよい。
【0024】
[Al:0.005~0.700%]
Alは、脱酸剤として機能する元素であり、鋼の強度を高めるのに有効な元素である。また、Alは、凝固時のMnの拡散を促進させてMnのミクロ偏析を低減するのに有効な元素でもある。これらの効果を十分に得るために、Al含有量は0.005%以上とする。Al含有量は0.010%以上、0.020%以上又は0.025%以上であってもよい。一方で、Alを過度に含有すると、鋳造性が悪化して生産性が低下する場合がある。したがって、Al含有量は0.700%以下とする。Al含有量は0.600%以下、0.400%以下、0.300%以下、0.150%以下、0.100%以下又は0.070%以下であってもよい。
【0025】
[N:0.0150%以下]
Nは、製造工程で混入する元素である。N含有量は0%であってもよい。しかしながら、N含有量を0.0001%未満に低減するためには精錬に時間を要し、生産性の低下を招く。したがって、N含有量は0.0001%以上、0.0005%以上又は0.0010%以上であってもよい。一方で、Nを過度に含有すると、窒化物が形成し、鋼板の延性、穴広げ性、伸びフランジ性及び/又は曲げ性などの成形性が低下する場合がある。したがって、N含有量は0.0150%以下とする。N含有量は0.0100%以下、0.0080%以下又は0.0050%以下であってもよい。
【0026】
[O:0.0100%以下]
Oは、製造工程で混入する元素である。O含有量は0%であってもよい。しかしながら、O含有量を0.0001%未満に低減するためには精錬に時間を要し、生産性の低下を招く。したがって、O含有量は0.0001%以上、0.0005%以上又は0.0010%以上であってもよい。一方で、Oを過度に含有すると、粗大な酸化物が形成し、鋼板の延性、穴広げ性、伸びフランジ性及び/又は曲げ性などの成形性が低下する場合がある。したがって、O含有量は0.0100%以下とする。O含有量は0.0070%以下、0.0040%以下、0.0030%以下又は0.0020%以下であってもよい。
【0027】
本発明の実施形態に係る鋼板の基本化学組成は上記のとおりである。さらに、当該鋼板は、必要に応じて、残部のFeの一部に替えて以下の任意選択元素のうち1種又は2種以上を含有してもよい。以下、これらの任意選択元素について詳しく説明する。これらの任意選択元素の含有量の下限は、すべて0%である。
【0028】
[Cr:0~0.80%]
Crは、鋼の焼入れ性を高め、鋼板の強度の向上に寄与する元素である。また、Crは、凝固時のMnの拡散を促進させてMnのミクロ偏析を低減するのに有効な元素でもある。Cr含有量は0%であってもよいが、これらの効果を得るためには、Cr含有量は0.001%以上であることが好ましい。Cr含有量は0.01%以上、0.10%以上、0.20%以上又は0.30%以上であってもよい。一方で、Crを過度に含有すると、破壊の起点となる粗大なCr炭化物が形成する場合がある。したがって、Cr含有量は0.80%以下であることが好ましい。Cr含有量は0.70%以下、0.60%以下又は0.50%以下であってもよい。
【0029】
[Mo:0~0.50%]
Moは、高温での相変態を抑制し、鋼板の強度の向上に寄与する元素である。また、Moは、凝固時のMnの拡散を促進させてMnのミクロ偏析を低減するのに有効な元素でもある。Mo含有量は0%であってもよいが、これらの効果を得るためには、Mo含有量は0.001%以上であることが好ましい。Mo含有量は0.01%以上、0.05%以上又は0.07%以上であってもよい。一方で、Moを過度に含有すると、熱間加工性が低下して生産性が低下する場合がある。したがって、Mo含有量は0.50%以下であることが好ましい。Mo含有量は0.40%以下、0.30%以下又は0.20%以下であってもよい。
【0030】
[B:0~0.0100%]
Bは、高温での相変態を抑制し、鋼板の強度の向上に寄与する元素である。B含有量は0%であってもよいが、このような効果を得るためには、B含有量は0.0001%以上であることが好ましい。B含有量は0.0005%以上、0.0010%以上又は0.0015%以上であってもよい。一方で、Bを過度に含有すると、B析出物が生成して鋼板の強度が低下する場合がある。したがって、B含有量は0.0100%以下であることが好ましい。B含有量は0.0080%以下、0.0060%以下又は0.0030%以下であってもよい。
【0031】
[Ti:0~0.100%]
Tiは、破壊の起点として作用する粗大な介在物を発生させるS、N及びO量を低減する効果を有する元素である。また、Tiは組織を微細化し、鋼板の強度-成形性バランスを高める効果がある。Ti含有量は0%であってもよいが、これらの効果を得るためには、Ti含有量は0.001%以上であることが好ましい。Ti含有量は0.005%以上、0.007%以上又は0.010%以上であってもよい。一方で、Tiを過度に含有すると、粗大なTi硫化物、Ti窒化物及び/又はTi酸化物が形成して鋼板の成形性が低下する場合がある。したがって、Ti含有量は0.100%以下であることが好ましい。Ti含有量は0.080%以下、0.060%以下、0.050%以下又は0.030%以下であってもよい。
【0032】
[Nb:0~0.060%]
Nbは、析出物による強化、フェライト結晶粒の成長抑制による細粒化強化、及び/又は再結晶の抑制による転位強化に起因して鋼板の強度の向上に寄与する元素である。Nb含有量は0%であってもよいが、これらの効果を得るためには、Nb含有量は0.001%以上であることが好ましい。Nb含有量は0.005%以上、0.007%以上又は0.010%以上であってもよい。一方で、Nbを過度に含有すると、未再結晶フェライトが増加して鋼板の成形性が低下する場合がある。したがって、Nb含有量は0.060%以下であることが好ましい。Nb含有量は0.050%以下、0.040%以下又は0.030%以下であってもよい。
【0033】
[V:0~0.50%]
Vは、析出物による強化、フェライト結晶粒の成長抑制による細粒化強化、及び/又は再結晶の抑制による転位強化に起因して鋼板の強度の向上に寄与する元素である。V含有量は0%であってもよいが、これらの効果を得るためには、V含有量は0.001%以上であることが好ましい。V含有量は0.005%以上、0.01%以上又は0.02%以上であってもよい。一方で、Vを過度に含有すると、炭窒化物が多量に析出して鋼板の成形性が低下する場合がある。したがって、V含有量は0.50%以下であることが好ましい。V含有量は0.40%以下、0.20%以下又は0.10%以下であってもよい。
【0034】
[Ni:0~1.00%]
Niは、高温での相変態を抑制し、鋼板の強度の向上に寄与する元素である。Ni含有量は0%であってもよいが、このような効果を得るためには、Ni含有量は0.001%以上であることが好ましい。Ni含有量は0.01%以上、0.03%以上又は0.05%以上であってもよい。一方で、Niを過度に含有すると、鋼板の溶接性が低下する場合がある。したがって、Ni含有量は1.00%以下であることが好ましい。Ni含有量は0.60%以下、0.40%以下又は0.20%以下であってもよい。
【0035】
[Cu:0~1.00%]
Cuは、微細な粒子の形態で鋼中に存在し、鋼板の強度の向上に寄与する元素である。Cu含有量は0%であってもよいが、このような効果を得るためには、Cu含有量は0.001%以上であることが好ましい。Cu含有量は0.01%以上、0.03%以上又は0.05%以上であってもよい。一方で、Cuを過度に含有すると、鋼板の溶接性が低下する場合がある。したがって、Cu含有量は1.00%以下であることが好ましい。Cu含有量は0.60%以下、0.40%以下又は0.20%以下であってもよい。
【0036】
[W:0~1.00%]
Wは、高温での相変態を抑制し、鋼板の強度の向上に寄与する元素である。W含有量は0%であってもよいが、このような効果を得るためには、W含有量は0.001%以上であることが好ましい。W含有量は0.01%以上、0.02%以上又は0.10%以上であってもよい。一方で、Wを過度に含有すると、熱間加工性が低下して生産性が低下する場合がある。したがって、W含有量は1.00%以下であることが好ましい。W含有量は0.80%以下、0.50%以下、0.20%以下又は0.15%以下であってもよい。
【0037】
[Sn:0~1.00%]
Snは、結晶粒の粗大化を抑制し、鋼板の強度の向上に寄与する元素である。Sn含有量は0%であってもよいが、このような効果を得るためには、Sn含有量は0.001%以上であることが好ましい。Sn含有量は0.01%以上、0.05%以上又は0.08%以上であってもよい。一方で、Snを過度に含有すると、鋼板の脆化を引き起こす場合がある。したがって、Sn含有量は1.00%以下であることが好ましい。Sn含有量は0.80%以下、0.50%以下、0.20%以下又は0.15%以下であってもよい。
【0038】
[Sb:0~0.200%]
Sbは、結晶粒の粗大化を抑制し、鋼板の強度の向上に寄与する元素である。Sb含有量は0%であってもよいが、このような効果を得るためには、Sb含有量は0.001%以上であることが好ましい。Sb含有量は0.003%以上、0.005%以上又は0.010%以上であってもよい。一方で、Sbを過度に含有すると、鋼板の脆化を引き起こす場合がある。したがって、Sb含有量は0.200%以下であることが好ましい。Sb含有量は0.150%以下、0.100%以下、0.050%以下又は0.020%以下であってもよい。
【0039】
[Ca:0~0.0100%]
[Mg:0~0.0100%]
[Zr:0~0.0100%]
[REM:0~0.0100%]
Ca、Mg、Zr及びREMは、鋼板の成形性の向上に寄与する元素である。Ca、Mg、Zr及びREM含有量は0%であってもよいが、このような効果を得るためには、Ca、Mg、Zr及びREM含有量はそれぞれ0.0001%以上であることが好ましく、0.0005%以上、0.0010%以上又は0.0015%以上であってもよい。一方で、これらの元素を過度に含有すると、鋼板の延性が低下する場合がある。したがって、Ca、Mg、Zr及びREM含有量はそれぞれ0.0100%以下であることが好ましく、0.0080%以下、0.0060%以下、0.0030%以下又は0.0020%以下であってもよい。本明細書におけるREMとは、原子番号21番のスカンジウム(Sc)、原子番号39番のイットリウム(Y)及びランタノイドである原子番号57番のランタン(La)~原子番号71番のルテチウム(Lu)の17元素の総称であり、REM含有量はこれら元素の合計含有量である。
【0040】
本発明の実施形態に係る鋼板において、上記の元素以外の残部はFe及び不純物からなる。不純物とは、鋼板を工業的に製造する際に、鉱石やスクラップ等のような原料を始めとして、製造工程の種々の要因によって混入する成分等である。不純物として、例えば、H、Na、Cl、Co、Zn、Ga、Ge、As、Se、Y、Tc、Ru、Rh、Pd、Ag、Cd、In、Te、Cs、Ta、Re、Os、Ir、Pt、Au、Pb、Bi及びPoが挙げられる。不純物は、合計で0.100%以下含んでもよい。
【0041】
[指数A:1.10%以下]
本発明の実施形態に係る鋼板の化学組成は、下記式1で表される指数Aが1.10%以下であることを必要とする。
A=10[C]+0.3[Mn]-0.2[Si]-0.6[Al]-0.05[Cr]-0.2[Mo] ・・・式1
ここで、[C]、[Mn]、[Si]、[Al]、[Cr]及び[Mo]は、各元素の含有量[質量%]であり、元素を含有しない場合は0%である。先に説明したとおり、本発明の実施形態に係る鋼板では、成形後の外観を改善する上でMnのミクロ偏析を低減することが極めて重要である。Mnのミクロ偏析を低減するためには、溶鋼からスラブを鋳造する際にMnの拡散を促進させることが有効である。上記の指数Aが1.10%以下となるように鋼板の化学組成を制御することで、スラブを鋳造する際の凝固モードをδ凝固としてMnの拡散を促進させることが可能となる。その結果として、Mnのミクロ偏析を顕著に抑制することができ、これに関連して最終的に得られる鋼板の金属組織において縞状に連結した硬質相を低減することができ、より具体的には板厚1/4位置における硬質相の圧延方向の最大連結長さを40μm以下に制御することが可能となる。指数Aは、1.08%以下、1.05%以下、1.03%以下、1.00%以下、0.98%以下又は0.95%以下であってもよい。指数Aの下限は特に限定されないが、例えば、指数Aは、0.65%以上、0.70%以上、0.75%以上、0.80%以上、0.85%以上、0.88%以上又は0.90%以上であってもよい。
【0042】
鋼板の化学組成は、一般的な分析方法によって測定すればよい。例えば、鋼板の化学組成は、誘導結合プラズマ発光分光分析(ICP-AES:Inductively Coupled Plasma-Atomic Emission Spectrometry)を用いて測定すればよい。C及びSは燃焼-赤外線吸収法を用い、Nは不活性ガス融解-熱伝導度法を用い、Oは不活性ガス融解-非分散型赤外線吸収法を用いて測定すればよい。
【0043】
[フェライト:70~95%、及び硬質相:5~30%]
鋼板の金属組織は、面積%で、フェライト:70~95%、及び硬質相:5~30%からなり、より具体的にはフェライト:70~95%、及び硬質相:5~30%のみから構成される。鋼板の金属組織をこのような複合組織とすることで、鋼板の強度を適切な範囲内に維持しつつ、より具体的には500MPa以上の引張強さを達成しつつ、成形後の外観を向上させることが可能となる。鋼板の強度をより高める観点から、硬質相の面積分率は、7%以上、10%以上又は12%以上であってもよい。同様に、フェライトの面積分率は、93%以下、90%以下又は88%以下であってもよい。一方で、成形後の外観をより向上させる観点から、硬質相の面積分率は、28%以下、26%以下、23%以下、20%以下、18%以下、16%以下又は14%以下であってもよい。同様に、フェライトの面積分率は、72%以上、74%以上、77%以上、80%以上、82%以上、84%以上又は86%以上であってもよい。
【0044】
本発明の実施形態に係る鋼板において、硬質相は、フェライトよりも硬い組織を言うものであり、例えばマルテンサイト、ベイナイト、焼き戻しマルテンサイト及びパーライトの少なくとも1種を含むか又はそれらの少なくとも1種からなり、特にはマルテンサイト、ベイナイト、焼き戻しマルテンサイト及びパーライトの少なくとも1種である。鋼板の強度向上の観点からは、硬質相は、マルテンサイト、ベイナイト及び焼き戻しマルテンサイトの少なくとも1種からなること又はそれらの少なくとも1種であることが好ましく、マルテンサイトからなること又はマルテンサイトであることがより好ましい。本発明の実施形態においては、鋼板の金属組織には、残留オーステナイは少ないことが好ましく、具体的には、残留オーステナイトは、面積%で、1%未満又は0.5%未満であることが好ましく、0%であることがより好ましい。
【0045】
[金属組織の同定及び面積分率の算出]
金属組織の同定及び面積分率の算出は以下のようにして行われる。まず、得られた鋼板の板幅WのW/4位置又は3W/4位置(すなわち、鋼板のいずれかの幅方向端部から幅方向にW/4の位置)から金属組織(ミクロ組織)観察用の試料(サイズは、おおむね、圧延方向に20mm×幅方向に20mm×鋼板の厚さ)を採取する。次いで、光学顕微鏡を用いて表面から板厚1/2厚における金属組織(ミクロ組織)の観察を行い、鋼板の表面(めっきが存在する場合はめっき層を除いた表面)から板厚1/2厚までの硬質相の面積分率を算出する。試料の調整として、圧延直角方向の板厚断面を観察面として研磨し、レペラー試薬にてエッチングする。次に、倍率500又は1000倍の光学顕微鏡写真から「ミクロ組織」を分類する。レペラー腐食後に光学顕微鏡観察を行なうと、例えばベイナイト及びパーライトは黒、マルテンサイト(焼き戻しマルテンサイトを含む)は白、フェライトは灰色と、各組織が色分けして観察されるので、フェライトとそれ以外の硬質組織との判別を容易に行うことができる。光学顕微鏡写真で、フェライトを示す灰色以外の領域が硬質相である。
【0046】
レペラー試薬にてエッチングした鋼板の表面から板厚方向に板厚1/2位置までの領域において500倍又は1000倍の倍率にて10視野観察し、Adobe社製「Photoshop CS5」の画像解析ソフトを用いて画像解析を行い、硬質相の面積分率を求める。画像解析手法として、例えば、画像の最大明度値Lmaxと最小明度値Lminとを画像から取得し、明度がLmax-0.3(Lmax-Lmin)からLmaxまでの画素を持つ部分を白色領域、LminからLmin+0.3(Lmax-Lmin)の画素を持つ部分を黒色領域、それ以外の部分を灰色領域と定義して、灰色領域以外の領域である硬質相の面積分率を算出する。合計10箇所の観察視野について、上記と同様に画像解析を行って硬質相の面積分率を測定し、これらの面積分率を平均して平均値を算出する。この平均値を硬質相の面積分率とし、残部をフェライトの面積分率とする。なお、観察面積は板厚方向150μm、圧延方向250μm(この場合の観察面積は150×250=37500μm2)とする。
なお、残留オーステナイトの面積分率の測定が必要な場合、前記観察面に対するX線回析により、残留オーステナイトの面積分率を測定することができる。具体的には、Co-Kα線を用いて、板厚方向1/4位置のα(110)、α(200)、α(211)、γ(111)、γ(200)、γ(220)の計6ピークの積分強度を求め、強度平均法を用いて残留オーステナイトの体積分率を算出し、得られた残留オーステナイトの体積分率を、残留オーステナイトの面積分率とする。
【0047】
[板厚1/2位置における硬質相の圧延方向の最大連結長さ:80μm以下]
本発明の実施形態では、鋼板の板厚1/2位置における硬質相の圧延方向の最大連結長さは80μm以下である。鋼板の板厚1/2位置において縞状に連結した硬質相をこのような範囲内に制限することで、Mnの中心偏析に起因する鋼板の板厚中心部における縞状硬質相の生成を抑制することができ、特に当該板厚中心部におけるゴーストライン等の成形後外観不良を顕著に改善することが可能となる。成形後外観不良を改善する観点からは、鋼板の板厚1/2位置における硬質相の圧延方向の最大連結長さは短いほどよく、例えば75μm以下、70μm以下、65μm以下又は60μm以下であってもよい。下限は特に限定されないが、例えば、鋼板の板厚1/2位置における硬質相の圧延方向の最大連結長さは、10μm以上又は20μm以上であってもよい。
【0048】
[板厚1/4位置における硬質相の圧延方向の最大連結長さ:40μm以下]
本発明の実施形態では、鋼板の板厚1/4位置における硬質相の圧延方向の最大連結長さは40μm以下である。鋼板の板厚1/4位置において縞状に連結した硬質相をこのような範囲内に制限することで、Mnのミクロ偏析に起因する鋼板の金属組織における縞状硬質相の生成を抑制することができ、鋼板の板厚中心部を含む厚さ方向の全領域においてMnのミクロ偏析に起因するゴーストライン等の成形後外観不良を顕著に改善することが可能となる。成形後外観不良を改善する観点からは、鋼板の板厚1/4位置における硬質相の圧延方向の最大連結長さは短いほどよく、例えば36μm以下、32μm以下、28μm以下又は26μm以下であってもよい。下限は特に限定されないが、例えば、鋼板の板厚1/4位置における硬質相の圧延方向の最大連結長さは、5μm以上又は8μm以上であってもよい。Mnのミクロ偏析は、鋼板の板厚方向における全領域に関連するものであるが、本発明の実施形態においては、代表的に鋼板の板厚1/4位置における硬質相の圧延方向の最大連結長さを観察及び制御することにより、Mnのミクロ偏析が評価及び抑制される。
【0049】
[板厚1/2及び1/4位置における硬質相の圧延方向の最大連結長さの測定]
板厚1/2位置における硬質相の圧延方向の最大連結長さの測定は以下のようにして行われる。まず、鋼板の板厚方向及び圧延方向に平行な断面であって、鋼板における幅方向中央の断面を観察面として研磨し、レペラー試薬にてエッチングした上で、鋼板表面から1/2厚の位置を中心とした板厚方向に100μmの領域であって、かつ圧延方向に約800μmの観察範囲(連結硬質相観察範囲)を光学顕微鏡により観察する(この場合の観察面積は100μm×約800μm=約80000μm2となる)。圧延方向における連結硬質相観察範囲の長さは800μm未満であってもよいし、800μm超であってもよい。ただし、圧延方向における連結硬質相観察範囲の長さの下限は600μmとし、その上限は1000μmとする(この下限の場合の観察面積は100μm×600μm=60000μm2となる)。次いで、連結硬質相観察範囲において、圧延方向に連結した長さを有する硬質相を画像処理によって抽出する。ここで、「連結した」とは、硬質相の結晶粒界が接していることを意味する。次に、抽出された硬質相のうち圧延方向の連結長さが最も長いものを「板厚1/2位置における硬質相の圧延方向の最大連結長さ」として決定する。板厚1/4位置における硬質相の圧延方向の最大連結長さは、「鋼板表面から1/2厚の位置を中心とした板厚方向に100μmの領域」を「鋼板表面から1/4厚の位置を中心とした板厚方向に100μmの領域」に変更したこと以外は、板厚1/2位置における硬質相の圧延方向の最大連結長さの測定の場合と同様にして測定され、そして決定される。
【0050】
[フェライトの平均結晶粒径:5.0~30.0μm]
本発明の好ましい実施形態によれば、金属組織中のフェライトの平均結晶粒径は5.0~30.0μmである。Mnの中心偏析及びミクロ偏析の低減に加えて、フェライトの平均結晶粒径をこのような微細な範囲内に制御することで、鋼板の外観、特には成形後の外観をさらに向上させることが可能となる。フェライトの平均結晶粒径は、7.0μm以上、8.0μm以上、9.0μm以上又は10.0μm以上であってもよい。同様に、フェライトの平均結晶粒径は、27.0μm以下、25.0μm以下、20.0μm以下、16.0μm以下、14.0μm以下又は12.0μm以下であってもよい。
【0051】
鋼板におけるフェライトの平均結晶粒径は、以下のようにして決定される。まず、レペラー試薬にてエッチングした鋼板の表面から板厚方向に板厚1/2位置までの領域において500倍又は1000倍の倍率にて10視野観察し、Adobe社製「Photoshop CS5」の画像解析ソフトを用いて画像解析を行い、各視野におけるフェライトの面積分率及びフェライトの粒子数をそれぞれ算出する。次いで、10視野におけるフェライトの面積分率及びフェライトの粒子数をそれぞれ合計し、フェライトの合計面積分率をフェライトの合計粒子数で除すことにより、フェライト粒子あたりの平均面積分率を算出する。この平均面積分率と粒子数とから、円相当直径を算出し、得られた円相当直径をフェライトの平均結晶粒径として決定する。なお、観察面積は板厚方向150μm、圧延方向250μm(この場合の観察面積は150×250=37500μm2)とする。
【0052】
[硬質相の平均結晶粒径:1.0~5.0μm]
本発明の好ましい実施形態によれば、金属組織中の硬質相の平均結晶粒径は1.0~5.0μmである。Mnの中心偏析及びミクロ偏析の低減に加えて、硬質相の平均結晶粒径をこのような微細な範囲内に制御することで、鋼板の外観、特には成形後の外観をさらに向上させることが可能となる。硬質相の平均結晶粒径は、1.2μm以上、1.5μm以上、1.7μm以上又は2.0μm以上であってもよい。同様に、硬質相の平均結晶粒径は、4.7μm以下、4.5μm以下、4.2μm以下、4.0μm以下、3.8μm以下、3.6μm以下又は3.4μm以下であってもよい。
【0053】
硬質相の平均結晶粒径は、以下のようにして決定される。まず、レペラー試薬にてエッチングした鋼板の表面から板厚方向に板厚1/2位置までの領域において500倍又は1000倍の倍率にて10視野観察し、Adobe社製「Photoshop CS5」の画像解析ソフトを用いて画像解析を行い、各視野における硬質相の面積分率及び硬質相の粒子数をそれぞれ算出する。次いで、10視野における硬質相の面積分率及び硬質相の粒子数をそれぞれ合計し、硬質相の合計面積分率を硬質相の合計粒子数で除すことにより、硬質相粒子あたりの平均面積分率を算出する。この平均面積分率と粒子数とから、円相当直径を算出し、得られた円相当直径を硬質相の平均結晶粒径として決定する。なお、観察面積は板厚方向150μm、圧延方向250μm(この場合の観察面積は150×250=37500μm2)とする。
【0054】
[板厚]
本発明の実施形態に係る鋼板は、特に限定されないが、例えば0.1~2.0mmの板厚を有する。このような板厚を有する鋼板は、ドアやフード等の蓋物部材の素材として用いる場合に好適である。板厚は0.2mm以上、0.3mm以上、0.4mm以上であってもよい。同様に、板厚は1.8mm以下、1.5mm以下、1.2mm以下又は1.0mm以下であってもよい。例えば、板厚を0.2mm以上とすることで、成形品形状を平坦に維持することが容易になり、寸法精度及び形状精度が向上するという追加の効果を得ることができる。一方、板厚を1.0mm以下とすることで部材の軽量化効果が顕著となる。鋼板の板厚はマイクロメータによって測定される。
【0055】
[めっき]
本発明の実施形態に係る鋼板は、冷間圧延鋼板であるが、耐食性の向上等を目的として、表面にめっき層をさらに含んでもよい。めっき層は、溶融めっき層及び電気めっき層のいずれでもよい。つまり、本発明の実施形態に係る鋼板は、その表面に溶融めっき層又は電気めっき層を有する冷間圧延鋼板であってもよい。溶融めっき層は、例えば、溶融亜鉛めっき層(GI)、合金化溶融亜鉛めっき層(GA)、溶融アルミニウムめっき層、溶融Zn-Al合金めっき層、溶融Zn-Al-Mg合金めっき層、溶融Zn-Al-Mg-Si合金めっき層等を含む。電気めっき層は、例えば、電気亜鉛めっき層(EG)、電気Zn-Ni合金めっき層等を含む。好ましくは、めっき層は、溶融亜鉛めっき層、合金化溶融亜鉛めっき層、又は電気亜鉛めっき層である。めっき層の付着量は、特に制限されず一般的な付着量でよい。
【0056】
[機械特性]
上記の化学組成及び金属組織を有する鋼板によれば、高い引張強さ、具体的には500MPa以上の引張強さを達成することができる。引張強さは、好ましくは540MPa以上、より好ましくは570MPa以上又は600MPa以上である。上限は特に限定されないが、例えば、引張強さは980MPa以下、850MPa以下、750MPa以下、700MPa以下又は650MPa以下であってもよい。引張強さを850MPa以下とすることで、鋼板をプレス加工する際の成形性を確保しやすいという利点がある。引張強さは、圧延方向に直角な方向を試験方向とするJIS Z2241:2011の5号引張試験片を鋼板から採取し、JIS Z2241:2011に準拠して引張試験を行うことで測定される。
【0057】
本発明の実施形態に係る鋼板は、高強度、具体的には500MPa以上の引張強さを有するにもかかわらず、プレス加工等の成形後においても優れた外観を維持することができる。このため、本発明の実施形態に係る鋼板は、例えば、自動車において高い意匠性が求められるルーフ、フード、フェンダー及びドア等の外板部品として使用するのに非常に有用である。
【0058】
<鋼板の製造方法>
次に、本発明の実施形態に係る鋼板の好ましい製造方法について説明する。以下の説明は、本発明の実施形態に係る鋼板を製造するための特徴的な方法の例示を意図するものであって、当該鋼板を以下に説明するような製造方法によって製造されるものに限定することを意図するものではない。
【0059】
本発明の実施形態に係る鋼板の製造方法は、鋼板に関連して上で説明した化学組成を有するスラブを鋳造する鋳造工程であって、スラブの搬送方向に隣り合う複数の圧下ロールを備え、隣り合う圧下ロールのロールピッチが290mm以下である連続鋳造機を使用して軽圧下を実施することを含む鋳造工程を含むことを特徴としている。
【0060】
[鋳造工程]
本発明の実施形態に係る鋼板においては、先に述べたとおり、Mnの中心偏析及びミクロ偏析を低減することが極めて重要である。Mnのミクロ偏析については、下記式1で表される指数Aが1.10%以下となるように鋼板の化学組成を制御することで、スラブを鋳造する際の凝固モードをδ凝固としてMnの拡散を促進させることができる。したがって、スラブの化学組成を適切に制御することで、Mnのミクロ偏析を確実に低減することが可能である。
A=10[C]+0.3[Mn]-0.2[Si]-0.6[Al]-0.05[Cr]-0.2[Mo] ・・・式1
ここで、[C]、[Mn]、[Si]、[Al]、[Cr]及び[Mo]は、各元素の含有量[質量%]であり、元素を含有しない場合は0%である。
【0061】
一方で、Mnの中心偏析を低減するためには、スラブ鋳造時における溶鋼の流動を抑制することが有効と考えられる。先に述べたとおり、凝固時には、溶鋼は表面から凝固していき、最後に中心部が凝固することになるが、溶鋼が凝固するときには、液相から固相が排出されていくため、この段階で液相中にMnが濃化していくこととなる。したがって、凝固時に溶鋼が流動していると、このようなMnの濃化部が最終的に凝固する中心部に集まりやすくなり、結果としてMnの中心偏析が顕著となる。最後に中心部が凝固する凝固プロセス自体を変更することはできないため、Mnの中心部への濃化を抑制して中心偏析を低減するということは一般に非常に難しい。
【0062】
これに対し、本製造方法は、鋳造工程において、290mm以下、好ましくは280mm以下の比較的短いロールピッチを有する複数の圧下ロールによって構成される連続鋳造機を使用して軽圧下を実施することで、凝固時の溶鋼の流動を顕著に抑制し、それによってMnのこのような中心部への濃化を低減することを可能とするものである。したがって、290mm以下のロールピッチと軽圧下の組み合わせを含む鋳造工程を実施することで、最終的に得られる鋼板の板厚1/2位置における硬質相の圧延方向の最大連結長さを80μm以下に確実に制御することが可能となる。しかしながら、290mm以下のロールピッチと軽圧下の2つの要件のうち1つでも満足しない場合には、板厚1/2位置におけるこのような硬質相の最大連結長さを達成することはできない。それゆえ、この鋳造工程においては、290mm以下のロールピッチと軽圧下の両方の要件を満足することが極めて重要である。本製造方法において、軽圧下とは、鋳造進行方向1mあたり0.6mm以上の圧下勾配を有する圧下をいうものである。
【0063】
[他の工程]
本製造方法は、上記の鋳造工程に加えて、熱間圧延工程、冷間圧延工程、焼鈍工程、及び冷却工程を含んでもよい。さらに、本製造方法は、任意選択で、めっき工程を含んでもよい。これらの工程は、特には限定されず、鋼板に関連して上で説明したフェライトと硬質相を所定の面積分率で含む金属組織が得られるように任意の適切な条件を適宜選択して実施すればよい。以下、各工程について、好ましい条件を簡単に説明する。
【0064】
[熱間圧延工程]
熱間圧延に先立ち、スラブを1100℃以上に加熱することが好ましい。加熱温度を1100℃以上とすることで、熱間圧延において圧延反力が過度に大きくならず、目的とする製品厚を得やすくすることができる。加熱温度の上限は特に限定されないが、経済上の観点から、加熱温度は1300℃未満とすることが好ましい。熱間圧延工程においては、加熱されたスラブは、次いで粗圧延及び仕上げ圧延を施され、得られた熱間圧延鋼板が例えば450~650℃の巻き取り温度で巻き取られる。仕上げ圧延終了温度は950℃以下とすることが好ましい。仕上げ圧延終了温度を950℃以下とすることで、熱間圧延鋼板及び最終製品の平均結晶粒径を小さくすることができ、十分な降伏強度の確保及び成形後の高い表面品位の確保が可能となる。また、巻き取り温度を450~650℃とすることで、平均結晶粒径を小さくするとともにスケールの成長を抑制することができる。
【0065】
[冷間圧延工程]
得られた熱間圧延鋼板は、スケールを除去するために適宜酸洗処理を施され、次いで冷間圧延工程に供される。冷間圧延工程では、例えば、累積圧下率が50~90%となるように熱間圧延鋼板に冷間圧延を施すことが好ましい。累積圧下率をこのような範囲に制御することで、所望の板厚を確保し、さらに板幅方向の材質の均一性を十分に確保しつつ、圧延荷重が過大となって圧延が困難となることを防ぐことができる。
【0066】
[焼鈍工程]
焼鈍工程では、750~900℃の均熱温度まで冷間圧延鋼板を加熱して保持する焼鈍処理を行うことが好ましい。均熱温度を750℃以上とすることにより、フェライトの再結晶及びフェライトからオーステナイトへの逆変態を十分に進行させ、最終製品において所望の金属組織を得ることが可能となる。一方で、均熱温度を900℃以下とすることにより、結晶粒を緻密化して十分な強度を得ることができる。
【0067】
[冷却工程]
焼鈍工程後の冷間圧延鋼板が次の冷却工程において冷却される。冷却工程では、均熱温度からの平均冷却速度が5~50℃/秒となるように冷却することが好ましい。平均冷却速度を5℃/秒以上とすることで、フェライトへの過剰な変態を抑制するとともに、マルテンサイト等の硬質相の生成量を多くして所望の強度を得ることができる。また、平均冷却速度を50℃/秒以下とすることで、幅方向において鋼板をより均一に冷却することができる。
【0068】
[めっき工程]
耐食性の向上等を目的として、必要に応じて、得られた冷間圧延鋼板の表面にめっき処理を施してもよい。めっき処理は、溶融めっき、合金化溶融めっき、電気めっき等の処理であってよい。例えば、めっき処理として鋼板に溶融亜鉛めっき処理を行ってもよく、溶融亜鉛めっき処理後に合金化処理を行ってもよい。めっき処理及び合金化処理の具体的な条件は特に限定されず、当業者に公知の任意の適切な条件であってよい。例えば、合金化温度は450~600℃であってもよい。
【0069】
以下、実施例によって本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0070】
以下の実施例では、本発明の実施形態に係る鋼板を種々の条件下で製造し、得られた鋼板の引張強さ及び成形後外観の特性について調べた。
【0071】
まず、所定のロールピッチで配列された複数の圧下ロールを備えた連続鋳造機を使用して連続鋳造法により表1に示す化学組成を有しかつ厚さが200~300mmのスラブを鋳造した。表1に示す成分以外の残部はFe及び不純物である。各例において、鋳造条件(I):軽圧下あり、及び鋳造条件(II):ロールピッチ290mm以下を満たす場合(OK)と満たさない場合(NG)をそれぞれ表2に示す。具体的には、鋳造条件(I)がOKの例では、鋳造進行方向1mあたり0.7mm以上の圧下勾配を有する圧下を行っており、一方でこのような軽圧下を行っていない例をNGとしている。また、鋳造条件(II)がOKの例では、ロールピッチは270mmとし、一方で、鋳造条件(II)がNGの例では、ロールピッチは360mmとして鋳造を行った。
【0072】
次に、得られたスラブに対し、熱間圧延工程(加熱温度1200℃、仕上げ圧延終了温度900℃及び巻き取り温度550℃)、冷間圧延工程(累積圧下率80%)、焼鈍工程(均熱温度800℃)並びに冷却工程(平均冷却速度10℃/秒)を実施して、板厚が0.4mmの冷間圧延鋼板を製造した。得られた冷間圧延鋼板の表面に適宜めっき処理を施し、溶融亜鉛めっき層(GI)、合金化溶融亜鉛めっき層(GA)又は電気亜鉛めっき層(EG)を形成した。また、製造した冷間圧延鋼板から採取した試料について化学組成を分析したところ、表1に示すスラブの化学組成と変化がなかった。
【0073】
【0074】
【0075】
得られた鋼板の特性は以下の方法によって測定及び評価した。
【0076】
[引張強さ]
引張強さは、圧延方向に直角な方向を試験方向とするJIS Z2241:2011の5号引張試験片を鋼板から採取し、JIS Z2241:2011に準拠して引張試験を行うことで測定した。
【0077】
[成形後外観]
成形後外観は、成形後のドアアウタの表面に発生するゴーストラインの程度により評価した。プレス成形後の表面を砥石掛けし、表面に生じた数mmオーダー間隔の縞模様を、ゴーストラインと判断し、筋模様の発生程度によって1~5で評点付けした。100mm×100mmの任意の領域を目視で確認し、筋模様が全く確認されなかった場合を「1」とし、筋模様の最大長さが20mm以下の場合を「2」とし、筋模様の最大長さが20mm超、50mm以下の場合を「3」とし、筋模様の最大長さが50mm超、70mm以下の場合を「4」とし、筋模様の最大長さが70mmを超える場合を「5」とした。評価が「3」以下であった場合、成形後外観に優れるとして合格と判定した。一方、評価が「4」以上であった場合、成形後外観に劣るとして不合格と判定した。
【0078】
引張強さが500MPa以上及び成形後外観の評価が3以下の場合を、改善された成形後外観を有する高強度鋼板として評価した。その結果を表2に示す。表2に示す金属組織において、硬質相はマルテンサイト、ベイナイト、焼き戻しマルテンサイト及びパーライトの少なくとも1種を含むか又はそれらの少なくとも1種であった。また、X線回析による残留オーステナイト測定の結果、残留オーステナイトの面積率は全ての例で1%未満であった。
【0079】
表2を参照すると、比較例4では、鋳造工程において軽圧下を行わなかったために、Mnの中心偏析が十分に抑制されず、板厚1/2位置における硬質相の圧延方向の最大連結長さが80μm超となった。その結果として成形後外観が劣化した。比較例11では、鋳造工程におけるロールピッチが長かったために、同様にMnの中心偏析が十分に抑制されず、板厚1/2位置における硬質相の圧延方向の最大連結長さが80μm超となった。その結果として成形後外観が劣化した。比較例5、12及び17では、鋳造工程において軽圧下を行わず、またロールピッチも長かったために、比較例4及び11と比べて板厚1/2位置における硬質相の圧延方向の最大連結長さがさらに長くなり、それに関連して成形後外観がさらに劣化した。比較例19及び20では、指数Aの値が高かったために、Mnのミクロ偏析が十分に抑制されず、板厚1/4位置における硬質相の圧延方向の最大連結長さが40μm超となった。その結果として成形後外観が劣化した。比較例21~23では、C又はMn含有量が高く、また指数Aの値も高かったために、Mnのミクロ偏析が十分に抑制されず、板厚1/4位置における硬質相の圧延方向の最大連結長さが40μm超となった。その結果として成形後外観が劣化した。比較例24では、C含有量が低かったために、硬質相の面積分率が低くなり、十分な強度が得られなかった。
【0080】
これとは対照的に、本発明例1~3、6~10、13~16、18及び25~31では、所定の化学組成及び金属組織を有し、とりわけ板厚1/2及び1/4位置における硬質相の圧延方向の最大連結長さをそれぞれ80μm以下及び40μm以下に制御することにより、引張強さ500MPa以上の高強度を維持しつつ、プレス成形によってひずみが付与された場合においても、鋼板表面における微小な凹凸の生成を抑制してゴーストラインの発生を顕著に抑制することができた。