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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-05-27
(45)【発行日】2025-06-04
(54)【発明の名称】車両の制御装置
(51)【国際特許分類】
   B60L 3/00 20190101AFI20250528BHJP
   B60L 15/20 20060101ALI20250528BHJP
【FI】
B60L3/00 N
B60L15/20 Y
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2022047030
(22)【出願日】2022-03-23
(65)【公開番号】P2023140944
(43)【公開日】2023-10-05
【審査請求日】2024-02-29
(73)【特許権者】
【識別番号】000006286
【氏名又は名称】三菱自動車工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100174366
【弁理士】
【氏名又は名称】相原 史郎
(72)【発明者】
【氏名】古賀 亮佑
【審査官】加藤 昌人
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-54527(JP,A)
【文献】特開2008-230412(JP,A)
【文献】特開2002-152916(JP,A)
【文献】国際公開第2021/084574(WO,A1)
【文献】国際公開第2023/181807(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60L 1/00- 3/12
B60L 7/00-13/00
B60L 15/00-58/40
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
駆動軸に動力を伝達する走行用電気モータを備えた車両の制御装置であって、
前記走行用電気モータのトルク指令値と、前記走行用電気モータのイナーシャ、前記車両の車体側イナーシャ、駆動系全体のダンピング係数および駆動系全体の弾性係数とに基づいて、前記走行用電気モータの回転数から算出される前記駆動軸の基準回転数と車輪速との偏差を推定し、前記偏差を前記基準回転数から減じて前記駆動軸の推定駆動軸回転数を算出する推定駆動軸回転数算出部を備える車両の制御装置。
【請求項2】
前記制御装置は、前記推定駆動軸回転数算出部において算出した前記推定駆動軸回転数と、前記車両の推定車体速に基づいて算出される目標駆動軸回転数との差分に基づいて、フィードバック制御により前記走行用電気モータのトルク指令値を算出するトルク指令値算出部をさらに備える請求項1に記載の車両の制御装置。
【請求項3】
前記推定駆動軸回転数算出部は、車輪のスリップ率に応じて、前記車体側イナーシャの値を補正する請求項1または請求項2に記載の車両の制御装置。
【請求項4】
前記推定駆動軸回転数算出部は、前記車輪の前記スリップ率が大きいほど前記車体側イナーシャを小さい値に補正する請求項3に記載の車両の制御装置。
【請求項5】
前記制御装置は、
車輪速をセンサおよびCAN通信を介して取得する際に生じる遅れ時間の間における車体速の推定増減量を、前記車両の前後加速度および推定車体速のいずれかに基づいて遅れ補正量として算出する遅れ補正量算出部と、
前記遅れ時間分だけ前に算出された前記推定車体速である過去推定車体速と、CAN通信を介して取得した前記車輪速に基づく車体速との誤差に基づいて、前記過去推定車体速を補正した補正後過去推定車体速を算出する誤差補正部と、
前記遅れ補正量と前記補正後過去推定車体速とを加算して現在の前記推定車体速を算出する車体速算出部と、
さらに備える請求項1から請求項4のいずれか一項に記載の車両の制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は車両の制御装置に関し、特に駆動軸の回転数を推定する車両の制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、走行用のモータを備えた車両の駆動軸回転数を推定するための技術が知られている。例えば、特許文献1には、モータのトルク指令値および回転数(角周波数)に基づいて、ねじれ要素としての駆動軸の変形速度を推定する動力伝達装置の制御装置が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2021-168563号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
走行用モータを備えた車両では、モータのトルク応答性の高さを生かしたトラクション制御により発進性能を向上させるといった効果が期待される。このとき、駆動軸の回転数が目標回転数となるようにフィードバック制御を行う。しかしながら、モータと車輪間には、減速機構や駆動軸といったねじれの原因となる要素があることで、実際の駆動軸の回転数は過渡的に変化しやすい。そのため、モータの回転数に減速比を乗算して算出される駆動軸の基準回転数では、実際の駆動軸の回転数を精度良く推定できず、この値をフィードバック制御の出力値として用いてトラクション制御を実行すると、制御精度の悪化につながり得る。
【0005】
ここで、上記特許文献1に記載の手法では、モータのトルク指令値と、モータの回転数(角周波数)と、複数の伝達関数とに基づいて、車輪の回転数を推定し、モータの回転数の駆動軸換算値から、推定した車輪速を差し引いて、駆動軸の変形速度を推定した上で、推定した変形速度に基づいてモータのトルク指令値を決定している。このように、複数の伝達関数を用いて駆動軸の回転数を推定する手法では、高い推定精度が必要な制御には有効となるが、タイヤスリップ時のように駆動軸のねじれやバックラッシの影響が小さい領域においても演算が複雑になってしまい、計算負荷の増大を招く可能性がある。
【0006】
本発明はこのような課題に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、簡易な手法で駆動軸の回転数を推定することが可能な車両の制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するため、本発明の車両の制御装置は、駆動軸に動力を伝達する走行用電気モータを備えた車両の制御装置であって、前記走行用電気モータのトルク指令値と、前記走行用電気モータのイナーシャ、前記車両の車体側イナーシャ、駆動系全体のダンピング係数および駆動系全体の弾性係数とに基づいて、前記走行用電気モータの回転数から算出される前記駆動軸の基準回転数と車輪速との偏差を推定し、前記偏差を前記基準回転数から減じて前記駆動軸の推定駆動軸回転数を算出する推定駆動軸回転数算出部を備える。
【0008】
この構成により、モータのトルク指令値および車両諸元に基づいて、モータの回転数から算出される駆動軸の基準回転数と車輪速との偏差を容易に算出することができる。当該偏差は、駆動軸のねじれによる変形速度となる。そして、当該偏差を基準回転数から減じることで、推定駆動軸回転数を算出することができる。したがって、本発明の車両の制御装置によれば、簡易な手法で駆動軸の回転数を精度良く推定することが可能となる。
【0009】
また、上記制御装置は、前記推定駆動軸回転数算出部において算出した前記推定駆動軸回転数と、前記車両の推定車体速に基づいて算出される目標駆動軸回転数との差分に基づいて、フィードバック制御により前記走行用電気モータのトルク指令値を算出するトルク指令値算出部をさらに備えることが好ましい。
【0010】
この構成により、駆動軸のねじれによる影響を考慮して算出された推定駆動軸回転数に基づくフィードバック制御により走行用モータのトルク指令値を算出し、トラクション制御の制御精度の悪化を抑制することが可能となる。
【0011】
また、前記推定駆動軸回転数算出部は、車輪のスリップ率に応じて、前記車体側イナーシャの値を補正することが好ましい。この構成により、スリップ率に応じて、推定駆動軸回転数をより精度良く算出することができる。
【0012】
また、前記推定駆動軸回転数算出部は、前記車輪の前記スリップ率が大きいほど前記車体側イナーシャを小さい値に補正することが好ましい。この構成により、スリップ率と車体側イナーシャとの関係に即して、推定駆動軸回転数をより精度良く算出することができる。
【0013】
また、上記制御装置は、車輪速をセンサおよびCAN通信を介して取得する際に生じる遅れ時間の間における車体速の推定増減量を、前記車両の前後加速度および推定車体速のいずれかに基づいて遅れ補正量として算出する遅れ補正量算出部と、前記遅れ時間分だけ前に算出された前記推定車体速である過去推定車体速と、CAN通信を介して取得した前記車輪速に基づく車体速との誤差に基づいて、前記過去推定車体速を補正した補正後過去推定車体速を算出する誤差補正部と、前記遅れ補正量と前記補正後過去推定車体速とを加算して現在の前記推定車体速を算出する車体速算出部と、さらに備えることが好ましい。
【0014】
この構成により、CAN通信遅れやセンサの検出遅れの遅れ時間分だけ前に算出された過去推定車体速を、CAN通信で取得した車輪速に基づいて補正して、ベースとなる補正後過去推定車体速を精度良く算出することができる。そして、上記遅れ時間の間における車体速の推定増減量である遅れ補正量を補正後過去推定車体速に加算して現在の推定車体速を算出するため、上記遅れ時間分の車体速を補償することができる。したがって、センサにより車輪速を検出してCAN通信で取得するまでの遅れ時間を考慮して、車体速をより適切に推定することができる。その結果、算出した推定車体速に基づいて、上記フィードバック制御によるトルク指令値をより適切に算出することができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明の車両の制御装置によれば、モータのトルク指令値、車両諸元およびモータの回転数に基づいて、駆動軸の推定駆動軸回転数を算出することができるため、簡易な手法で駆動軸の回転数を精度良く推定することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】実施形態にかかる制御装置としてのECUを備えた電動車両の一例を示す概略構成図である。
図2】ECUの一例を示す概略構成図である。
図3】電動車両が定速走行している場合の実車体速と、CAN通信でECUが取得する車輪速と、車輪速に基づいて算出される従来推定車体速との時間変化の様子を模式的に示す説明図である。
図4】電動車両が極低速域で定速走行している場合の実車体速と、CAN通信でECUが取得する車輪速と、車輪速に基づいて算出される従来推定車体速との時間変化の様子とを示す説明図である。
図5】推定車体速算出部の一例を示す制御ブロック図である。
図6】トラクション制御部の一例を示す制御ブロック図である。
図7】推定車体速算出処理の一例を示すフローチャートである。
図8】実施形態にかかる推定車体速算出処理によって推定車体速を算出した実験結果の例を示す説明図である。
図9】ドライブシャフトの基準回転数と、車輪速との時間変化の様子を模式的に示す説明図である。
図10】トラクション制御部の構成の一例を示す制御ブロック図である。
図11】実施形態にかかるECU10により推定駆動軸回転数算出を算出した実験結果の例を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、図面に基づき本発明の一実施形態について説明する。
【0018】
(電動車両)
図1は、実施形態にかかる制御装置としてのECUを備えた電動車両の一例を示す概略構成図である。電動車両1は、走行用動力源として搭載された電動のモータ2(走行用電気モータ)により、車輪3のうち駆動輪である前輪3aを駆動する前輪駆動車である。モータ2の出力軸は、ディファレンシャルギヤ4aを内蔵した減速機構4を介してドライブシャフト(駆動軸)5を介して左右の前輪3aに連結される。なお、減速機構4は、変速機構を含むものであってもよい。モータ2は電力線を介してインバータ6に接続され、インバータ6はバッテリ7に接続されている。インバータ6はDC-AC変換機能を奏し、モータ2の力行制御時には、バッテリ7から供給される直流電力を三相交流電力に変換してモータ2に供給し、モータ2の回生制御時には、モータ2からの回生電力を直流電力に変換してバッテリ7に充電する。
【0019】
(ECU)
電動車両1は、モータ2を駆動制御するモータコントローラとしてのECU10(制御装置)を備えている。ECU10は入出力装置、記憶装置(ROM、RAM、不揮発性RAM等)、中央演算処理装置(CPU)等から構成されている。図2は、ECU10の一例を示す概略構成図である。ECU10の入力側には、モータ2のモータ回転数ωmを検出するモータ回転数センサ11、左右の前輪3aおよび左右の後輪3bの車輪速ωw(ωw1~ωw4)を検出する車輪速センサ12、アクセル操作量を検出するアクセルセンサ13、ブレーキ操作量を検出するブレーキセンサ14、電動車両1の前後加速度Xを検出する加速度センサ15、電動車両1のヨーレートyを検出するヨーレートセンサ16などの各種センサ類がCANを介して接続されている。なお、モータ回転数センサ11および車輪速センサ12は、例えばロータリーエンコーダといった回転速度を検出可能な周知の回転センサを用いればよい。また、本実施形態において、加速度センサ15は、Gセンサである。また、ECU10の出力側にはインバータ6が接続されている。そして、ECU10は、推定車体速算出部100と、トラクション制御部200とを備えている。
【0020】
(推定車体速算出部)
まず、推定車体速算出部100の構成および動作について説明する。ここで、図3は、電動車両1が定速走行している場合の実車体速VAと、CAN通信でECU10が取得する車輪速ωwと、車輪速ωwに基づいて算出される従来推定車体速VBとの時間変化の様子を模式的に示す説明図である。また、図4は、電動車両1が極低速域で定速走行している場合の実車体速VAと、CAN通信でECU10が取得する車輪速ωwと、車輪速ωwに基づいて算出される従来推定車体速VBとの時間変化の様子を模式的に示す説明図である。なお、二点鎖線で示す従来推定車体速VBとは、車輪速ωwにローパスフィルタなどのフィルタ処理を施して算出するといった、従来手法により算出された推定車体速である。
【0021】
図3に白丸で示すように、CAN通信により取得される車輪速ωwは、CAN通信の遅れによる遅れ時間Δt1だけ、実車体速VAに対して遅れることになる。また、従来推定車体速VBは、フィルタ処理での遅れ時間Δt2だけ、さらに実車体速VAから遅れる。また、図4に示すように、極低速域では、ロータリーエンコーダといった車輪速センサ12の歯数不足により検出遅れが発生することで、上記遅れ時間Δt1がさらに長くなり、実車体速VAに対して車輪速ωwや従来推定車体速VBは、さらに遅れることになる。このように、従来推定車体速VBが実車体速VAに遅れて算出される場合、モータ2のトルク応答性の高さを生かしたトラクション制御により発進性能を向上させるといった効果を十分に期待できない可能性がある。そこで、本実施形態の電動車両1のECU10では、推定車体速算出部100により、電動車両1の推定車体速をより適切な算出を図る。
図5は、推定車体速算出部100の一例を示す制御ブロック図である。推定車体速算出部100は、電動車両1の推定車体速Vを算出する推定車体速算出処理を実行する。推定車体速算出部100は、図2および図5に示すように、外乱補正部110と、遅れ補正量算出部120と、誤差補正部130と、車体速算出部140とを備える。
【0022】
(加速度外乱補正部)
外乱補正部110は、CAN通信により、加速度センサ15で検出される電動車両1の前後加速度Xを取得する。また、外乱補正部110は、推定車体速算出部100で最終的に算出される推定車体速Vを取得し、微分ブロック111で、遅れ時間Δt1内の微分値dV/dtを算出する。遅れ時間Δt1は、上述したように、車輪速センサ12で検出された車輪速ωwをECU10で取得する際に、CAN通信の通信遅れや、車輪速センサ12の歯数不足に起因して生じる遅れ時間であり、数msから数百ms程度の値である。遅れ時間Δt1は、実験・解析などにより、車両状況に応じた値を予めマップなどで定めておけばよい。微分値dV/dtは、遅れ時間Δt1の間の電動車両1の前後加速度の推定値となる。さらに、外乱補正部110は、ローパスフィルタブロック112で、微分値dV/dtに所定のローパスフィルタ処理を施した推定加速度Xeを算出する。そして、外乱補正部110は、差分ブロック113で、前後加速度Xと推定加速度Xeとの差分ΔXを算出し、外乱推定部114で、差分ΔXに基づいて外乱成分Xαを算出する。外乱成分Xαは、例えば、Gセンサである加速度センサ15が検出する路面勾配により生じる外乱成分である。本実施形態では、外乱補正部110は、上記差分ΔXを加速度の外乱成分Xαとして算出する。なお、外乱成分Xαは、路面勾配以外の外乱成分を考慮するものであってもよく、外乱補正部110は、差分ΔXに基づいて、周知の手法により外乱成分を算出するものであってもよい。そして、外乱補正部110は、加速度補正部115で、前後加速度Xから外乱成分Xαを減算して補正後加速度X´を算出する。
【0023】
(遅れ補正量算出部)
遅れ補正量算出部120は、外乱補正部110から補正後加速度X´を取得し、積算部121で、遅れ時間Δt1の間における補正後加速度X´を積算した積算値σX´を算出する。積算値σX´は、遅れ時間Δt1の間における電動車両1の車体速の推定増減量であり、遅れ補正量算出部120は、積算値σX´を車体速の遅れ補正量αとして設定する。以下の説明では、適宜、積算値σX´を第1遅れ補正量α1と称する。
【0024】
また、遅れ補正量算出部120は、遅れ補正量αを推定車体速Vの変化量に基づいても算出する。具体的には、遅れ補正量算出部120は、推定車体速算出部100で最終的に算出される推定車体速Vのうち、前回の本処理で算出された前回推定車体速Vn-1と、遅れ時間Δt1前に算出された過去推定車体速Vpとを取得する。前回推定車体速Vn-1は、現在の推定車体速Vに代えて用いられる。遅れ補正量算出部120は、差分ブロック122で、前回推定車体速Vn-1と過去推定車体速Vpとの差分を算出し、算出した差分を遅れ補正量αとして設定する。以下の説明では、適宜、前回推定車体速Vn-1と過去推定車体速Vpとの差分を第2遅れ補正量α2と称する。
【0025】
上述のようにして遅れ補正量α(第1遅れ補正量α1および第2遅れ補正量α2)を算出して設定すると、遅れ補正量算出部120は、車速重み付け部123で、第1遅れ補正量α1および第2遅れ補正量α2のうち、いずれの値を選択するかを決定する。具体的には、現在の車体速の絶対値が第1所定速度V1(所定速度)未満である場合には、第1遅れ補正量α1を選択して出力する。一方、現在の車体速の絶対値が第1所定速度V1以上である場合には、第2遅れ補正量α2を選択して出力する。なお、ここでの現在の車体速は、前回推定車体速Vn-1を用いればよい。すなわち、現在の車体速が十分な速度に達していない領域では、十分な速度に達している領域に比べて、後述する推定車体速Vの算出精度が比較的に低い領域を含む(図8参照)ことから、補正後加速度X´の積算値σX´である第1遅れ補正量α1を用いることが好ましい。一方で、現在の車体速が十分に速い領域では、後述する推定車体速Vの算出精度が比較的に高い(図8参照)ことから、前回推定車体速Vn-1と過去推定車体速Vpとの差分である第2遅れ補正量α2を用いることができる。また、第1所定速度V1は、例えば、10m/s以上70m/s未満であることが好ましく、20m/s以上70m/s未満であることがより好ましく、27m/s以上70m/s未満であることがさらに好ましい。
【0026】
(誤差補正部)
誤差補正部130は、CAN通信により、車輪速センサ12より車輪速ωw1~ωw4を取得すると共に、ヨーレートセンサ16で検出された電動車両1のヨーレートyを取得する。また、誤差補正部130は、現在の車体速の代わりとして、前回推定車体速Vn-1を取得する。誤差補正部130は、重心車体速推定部131で、車輪速ωw1~ωw4、ヨーレートy、前回推定車体速Vn-1および各車輪3のトレッドの値などに基づいて、車輪速ωw1~ωw4ごとに、各車輪3の1つを基準と仮定した場合における電動車両1の重心位置での速度である重心車体速VG1、VG2、VG3、VG4を算出する。さらに、誤差補正部130は、基準輪セレクト部132で、重心車体速VG1~VG4のいずれを選択して出力するかを決定する。本実施形態では、誤差補正部130は、重心車体速VG1~VG4のうち、3番目に高い値をCAN通信で取得した車輪速ωwに基づくCAN車体速Vsとして設定して出力する。すなわち、CAN車体速Vsは、CAN通信の遅れ時間Δt1前の車輪速ωwの実測値に基づく速度となる。
【0027】
上述のように遅れ時間Δt1前の実測値に基づくCAN車体速Vsを算出すると、誤差補正部130は、遅れ時間Δt1前に算出した過去推定車体速VpをCAN車体速Vsで補正する。具体的には、誤差補正部130は、誤差算出ブロック133で、遅れ時間Δt1前に算出した過去推定車体速Vpとの誤差ΔVを算出する。また、誤差補正部130は、フィルタブロック134で、式(1)に示すように、CAN車体速Vsにフィルタ係数kを乗算したフィルタ後CAN車体速Vsfを算出する。フィルタ係数kは、CAN車体速Vsの関数である。フィルタ係数kは、CAN車体速Vsの絶対値が第2所定速度以上である場合には、例えば値0.5とされ、CAN車体速Vsの絶対値が第2所定速度未満である場合には、例えば値0とされる。第2所定速度は、加速度センサ15により車輪速ωw1~ωw4を検出することができる程度の速度であり、例えば、1m/sである。このように、実測値である車輪速ωw1~ωw4を検出することができない場合には、フィルタ係数kを値0としておくことで、過去推定車体速Vpと実測値に基づくCAN車体速Vsとの誤差を考慮しないようにすることができる。
【0028】
Vsf=k・Vs …(1)
【0029】
さらに、誤差補正部130は、式(2)に示すように、乗算ブロック135で、算出した誤差ΔVとフィルタ後CAN車体速Vsfとの乗算値である誤差補正値ΔVαを算出する。したがって、誤差補正値ΔVαは、誤差ΔVが大きいほど大きく、誤差ΔVが小さいほど小さな値となる。上述したように、CAN車体速Vsの絶対値が第2所定速度未満であり、実測値である車輪速ωw1~ωw4を検出することができない場合には、式(1)のフィルタ係数kが値0であることから、フィルタ後CAN車体速Vsfも値0となる。そのため、誤差補正値ΔVαも値0として算出される。
【0030】
ΔVα=Vsf・ΔV …(2)
【0031】
そして、誤差補正部130は、式(3)に示すように、加算ブロック136で、過去推定車体速Vpと誤差補正値ΔVαとを加算し、過去推定車体速Vpを補正した補正後過去推定車体速Vp´を算出して出力する。これにより、過去推定車体速Vpを実測値に基づくCAN車体速Vsとの誤差ΔVに基づいて補正することができる。補正後過去推定車体速Vp´は、CAN車体速Vsと過去推定車体速Vpとの誤差ΔVが大きいほど、CAN車体速Vsに近づくように過去推定車体速Vpを大きく補正した値となる。
【0032】
Vp´=Vp+ΔVα …(3)
【0033】
(推定車体速算出部)
車体速算出部140は、誤差補正部130で算出された補正後過去推定車体速Vp´に、遅れ補正量算出部120で算出された遅れ補正量α(第1遅れ補正量α1および第2遅れ補正量α2のいずれか)を加算して現在の推定車体速Vを算出する。すなわち、遅れ時間Δt1前の補正後過去推定車体速Vp´に、遅れ時間Δt1の間における車体速の推定増減量である遅れ補正量αを加算することで、現在の推定車体速Vを得ることができる。
【0034】
(推定車体速算出処理)
図6は、推定車体速算出処理の一例を示すフローチャートである。図6に示す処理は、推定車体速算出部100により所定の周期で繰り返し実行される。推定車体速算出部100は、遅れ時間Δt1を車両状況に応じて予め定められたマップから取得する(ステップS1)。また、推定車体速算出部100は、CAN通信を介して、車輪速ωw1~ωw4、前後加速度X、ヨーレートyを取得すると共に、前回の処理で算出された前回推定車体速Vn-1および遅れ時間Δt1前に算出された過去推定車体速Vpを取得する(ステップS2)。次に、推定車体速算出部100は、取得した車輪速ωw1~ωw4を遅れ時間Δt1前の車輪速とし、誤差補正部130で、車輪速ωw1~ωw4、ヨーレートyおよび前回推定車体速Vn-1に基づいて遅れ時間Δt1前のCAN車体速Vsを算出する(ステップS3)。
【0035】
次に、推定車体速算出部100は、前回推定車体速Vn-1が第1所定速度V1未満であるか否かを判定する(ステップS4)。推定車体速算出部100は、前回推定車体速Vn-1が第1所定速度V1未満であると判定した場合(ステップS4でYes)、まず、外乱補正部110で、前後加速度Xと推定車体速Vの遅れ時間Δt1の間における微分値dV/dtとに基づいて、前後加速度Xの外乱成分Xαを算出する(ステップS5)。さらに、推定車体速算出部100は、外乱補正部110で、前後加速度Xから外乱成分Xαを減算した補正後加速度X´を算出する(ステップS6)。次に、推定車体速算出部100は、遅れ時間Δt1の間における補正後加速度X´を積算した積算値σX´を算出し、遅れ補正量α(第1遅れ補正量α1)に設定し(ステップS7)、ステップS9の処理に進む。一方、推定車体速算出部100は、現在の車体速が第1所定速度V1以上であると判定した場合(ステップS4でNo)、前回推定車体速Vn-1と過去推定車体速Vpとの差分を遅れ補正量α(第2遅れ補正量α2)に設定し(ステップS8)、ステップS5からステップS7の処理を省略してステップS9の処理に進む。
【0036】
次に、推定車体速算出部100は、遅れ時間Δt1前の過去推定車体速Vpと、ステップS3で算出した遅れ時間Δt1前のCAN車体速Vsとを比較し、誤差ΔVがあるか否かを判定する(ステップS9)。推定車体速算出部100は、過去推定車体速Vpと遅れ時間Δt1前のCAN車体速Vsとに誤差ΔVがあると判定した場合(ステップS9でYes)、誤差補正部130で、上記式(1)および式(2)にしたがい、誤差ΔVに基づいて誤差補正値ΔVαを算出する(ステップS10)。そして、推定車体速算出部100は、上記式(3)にしたがって、過去推定車体速Vpに誤差補正値ΔVαを加算して、補正後過去推定車体速Vp´を算出し(ステップS11)、ステップS13の処理に進む。一方、推定車体速算出部100は、過去推定車体速Vpと遅れ時間Δt1前のCAN車体速Vsとに誤差ΔVがないと判定した場合(ステップS9でNo)、過去推定車体速Vpを補正後過去推定車体速Vp´とし(ステップS12)、ステップS13の処理に進む。すなわち、誤差ΔVが値0となることから、上記式(1)および式(2)で算出される誤差補正値ΔVαも値0となり、上記式(3)において、過去推定車体速Vpの値がそのまま補正後過去推定車体速Vp´として出力されることになる。
【0037】
次に、推定車体速算出部100は、算出した補正後過去推定車体速Vp´に遅れ補正量α(第1遅れ補正量α1および第2遅れ補正量α2のいずれか)を加算して、現在の推定車体速Vを算出し(ステップS13)、本ルーチンをステップS1から再び実行する。
【0038】
以上のような推定車体速算出処理により算出される推定車体速Vの挙動について、図7を参照しながら、詳細に説明する。図7は、実施形態にかかる推定車体速算出処理による推定車体速Vの挙動を模式的に示す説明図である。図7には、推定車体速算出処理で算出された推定車体速V(二点鎖線参照)と、CAN通信によりECU10が取得する車輪速ωw(白丸参照)と、実車体速VA(実線参照)との時間変化の様子が示されている。
【0039】
まず、電動車両1の発進直後で車輪速ωwが検出される時刻t1までは、誤差補正部130において、上記式(1)のフィルタ係数kが値0とされることで、上記式(2)の誤差補正値ΔVαが値0となり補正後過去推定車体速Vp´に過去推定車体速Vpが設定される。そして、図中の実線白抜き矢印に示すように、時刻t1までの間は、過去推定車体速Vpに遅れ補正量αが加算された推定車体速Vが算出されていく。言い換えると、本実施形態の構成によれば、車輪速ωwが検出される時刻t1までの間も、推定車体速Vを算出することが可能である。なお、推定車体速算出処理の最初期において、過去推定車体速Vp自体がまだ存在しない場合には、上記式(3)の右辺の双方の項が値0となることから、補正後過去推定車体速Vp´が値0となるため、遅れ補正量αの値がそのまま推定車体速Vとなる。
【0040】
時刻t1において車輪速ωwが検出され始めると、誤差補正部130において、上記式(1)および式(2)にしたがって誤差補正値ΔVαが算出され、式(3)にしたがって過去推定車体速Vpが補正されて補正後過去推定車体速Vp´が算出される。そして、補正後過去推定車体速Vp´に遅れ補正量αが加算された推定車体速Vが算出されていく。つまり、図中の白抜き矢印に示すように、時刻t1から後は、過去推定車体速Vpに対して、遅れ補正量αに加えて誤差補正値ΔVαが加算される。言い換えると、車輪速ωwの実測値に基づいて補正された補正後過去推定車体速Vp´が推定車体速Vを算出する際の基準値となり、この基準値に遅れ補正量αが加算されていく。これにより、推定車体速Vの算出精度が向上し、推定車体速Vが実車体速VAに近づくことになる。
【0041】
図8は、実施形態にかかる推定車体速算出処理によって推定車体速を算出した実験結果の例を示す説明図である。図8には、電動車両1の走行中における実車体速VAと、従来の手法により算出された従来推定車体速VBと、実施形態にかかる推定車体速算出処理によって算出された推定車体速Vとの時間変化の挙動が示されている。なお、ここでの実車体速VAは、電動車両1に搭載されたGPS(Global Positioning System)装置により検出された値である。図示するように、実施形態にかかる推定車体速算出処理によって算出された推定車体速Vは、特に、電動車両1の発進直後の極低速の領域(実車体速VAが2km/h程度の領域)において、従来推定車体速VBよりも実車体速VAに追従していることがわかる。また、実車体速VAが7km/h程度以上の領域においても、推定車体速Vが従来推定車体速VBよりも実車体速VAに追従していることがわかる。
【0042】
(トラクション制御部)
次に、トラクション制御部200について説明する。ここで、図9は、ドライブシャフト5の基準回転数ωdと、車輪速ωwとの時間変化の様子を模式的に示す説明図である。なお、図9には、後述する推定駆動軸回転数ωdeの値も示されている。基準回転数ωdは、モータ回転数ωmを減速機構4の減速比で除して算出される値である。図示するように、ドライブシャフト5にねじれが発生することにより、基準回転数ωdと車輪速ωwとの間には、偏差が生じる。そのため、ドライブシャフト5の基準回転数ωdをそのままトラクション制御に用いると、制御精度の悪化につながり得る。そこで、本実施形態のECU10では、トラクション制御部200により、ドライブシャフト5の回転数をより適切に算出し、トラクション制御を実行する。
【0043】
図10は、トラクション制御部200の構成の一例を示す制御ブロック図である。トラクション制御部200は、図2および図10に示すように、要求トルク設定部210と、目標駆動軸回転数算出部220と、推定駆動軸回転数算出部230と、トルク指令値算出部240とを備える。なお、図中の遅延ブロック310は、通信遅延などの理由により制御遅延が生じることを示す。また、図中のプラントブロック320は、トルク指令値Tm*などで電動車両1が駆動制御されたことを示す制御ブロックであり、図10では、モータ回転数ωm、車輪速ωwおよび前後加速度Xの値を出力する例を示している。
【0044】
(要求トルク設定部)
要求トルク設定部210は、アクセルセンサ13からアクセル操作量を取得すると共に、推定車体速算出部100から現在の推定車体速Vを取得する。要求トルク設定部210は、取得したアクセル操作量と、現在の推定車体速Vとに基づいて、予め定められたマップからモータ2への要求トルクTm1を設定して出力する。
【0045】
(目標駆動軸回転数算出部)
目標駆動軸回転数算出部220は、推定車体速算出部100で算出された現在の推定車体速Vを取得する。目標駆動軸回転数算出部220は、目標スリップ率乗算ブロック221で、推定車体速Vに目標スリップ率λ*を乗じた値Vλ*を算出する。さらに、目標駆動軸回転数算出部220は、目標スリップ速度算出ブロック222で、推定車体速Vに値Vλ*を乗じて目標スリップ速度V*を算出し、算出した目標スリップ速度V*を目標駆動軸回転数ωd*として出力する。なお、目標スリップ率λ*は、制御対象となる車輪3が前輪3aの場合、前輪3aのスリップ率の目標値であり、例えば、推定車体速Vに応じて予め値が定められたマップで規定される。
【0046】
(駆動軸回転数算出部)
推定駆動軸回転数算出部230は、後述するトルク指令値算出部240で設定されたトルク指令値Tm*を取得する。また、推定駆動軸回転数算出部230は、トルク指令値Tm*で駆動制御されたモータ回転数ωmを取得する。そして、推定駆動軸回転数算出部230は、偏差算出部231で、次式(4)で規定される伝達関数G(s)にしたがって、取得したトルク指令値Tm*と車両諸元とに基づき、基準回転数ωdと前輪3aの車輪速ωwとの偏差Δωdを推定する。偏差Δωdは、ドライブシャフト5の変形速度である。式(4)中の右辺における“Jall”は、電動車両1の車体全体のイナーシャを前輪3aのイナーシャに換算した値(以下、「車体側イナーシャJall」と称する)であり、“Jm”は、モータ2のイナーシャ(以下、「モータイナーシャJm」と称する)である。また、“D”は、モータ2の出力を前輪3aに伝達させる動力伝達機構すべてを含む駆動系全体のダンピング係数であり、“K”は、駆動系全体のバネ係数である。これらの定数は、電動車両1の車両諸元として、予め設定される値である。なお、式(4)は、車輪3が路面にグリップした状態であることを前提とする。
【0047】
Δωd/Tm*=G(s)=Jall・s/(Jall・(Jm+D)・s+(Jm・D+Jall・K)・s+Jm・K) …(4)
【0048】
ただし、車体全体のイナーシャ“Jall”は、例えば、次式(5)により算出される。式(5)中の“Jw”は、前輪3aのイナーシャであり、“r”は、前輪3aの有効半径であり、“M”は、電動車両1の質量であり、“λ”は、前輪3aのスリップ率である。スリップ率λは、例えば、現在の推定車体速Vおよび前輪3aの車輪速ωwに基づいて、次式(6)で算出される。式(5)に示されるように、車体側イナーシャJallは、スリップ率λが大きいほど小さな値となる。なお、車体側イナーシャJallは、式(5)に基づいて算出されるものに限らず、予め定められた車両諸元としての車体側イナーシャJallに、スリップ率λに応じて予め定められた補正係数を乗じることで、スリップ率λが大きいほど小さな値となるように補正されるものであってもよい。
【0049】
Jall=2・Jw+r・M・(1-λ) …(5)
λ=(V-ωw)/V …(6)
【0050】
そして、推定駆動軸回転数算出部230は、基準回転数算出部232で、モータ回転数ωmを減速機構4の減速比Gで除して、ドライブシャフト5の基準回転数ωdを算出する。さらに、推定駆動軸回転数算出部230は、次式(7)にしたがって、基準回転数ωdから偏差Δωdすなわちドライブシャフト5のねじれによる変形速度の成分を減じることで、推定駆動軸回転数ωdeを算出する。推定駆動軸回転数算出部230は、算出した推定駆動軸回転数ωdeをトルク指令値算出部240に出力する。
【0051】
ωde=ωd-Δωd …(7)
【0052】
(トルク指令値算出部)
トルク指令値算出部240は、目標駆動軸回転数ωd*と、推定駆動軸回転数ωdeとを取得し、目標駆動軸回転数ωd*と推定駆動軸回転数ωdeとに基づいてフィードバック制御を実行して、モータ2のトルク指令値Tm*を算出する。より詳細には、トルク指令値算出部240は、目標駆動軸回転数ωd*と推定駆動軸回転数ωdeとの差分を算出し、PID制御ブロック241へと出力する。PID制御ブロック241は、比例項算出部241pで上記差分に対する比例項を算出し、微分項算出部241dで上記差分に対する微分項を算出し、積分項算出部241iで上記差分に対する積分項を算出する。トルク指令値算出部240は、PID制御ブロック241で算出された比例項、積分項および微分項を加算して、フィードバック補正量ΔTmを算出する。フィードバック補正量ΔTmは、出力値としてのドライブシャフト5の基準回転数ωdが目標駆動軸回転数ωd*に近づくように、要求トルクTm1を補正してモータ2のトルク指令値Tm*を設定するための補正量として算出される。トルク指令値算出部240は、差分ブロック242で、要求トルク設定部210からの要求トルクTm1を取得し、要求トルクTm1からフィードバック補正量ΔTmを減じて、モータ2のトルク指令値Tm*を算出する。これにより、モータ2がトルク指令値Tm*で駆動される。
【0053】
以上のように、基準回転数ωdから偏差Δωd、すなわち、ドライブシャフト5のねじれによる変形速度の成分を減じることで、図9に示すように、推定駆動軸回転数ωdeを車輪速ωwに追従させて精度良く算出することが可能となる。また、図11は、実施形態にかかるECU10により推定駆動軸回転数算出を算出した実験結果の例を示す説明図である。図11には、ドライブシャフト5の基準回転数ωdと、推定駆動軸回転数ωdeと、実車体速VAの時間変化の様子が示されている。なお、実車体速VAは、上述したように、GPSにより取得された車体速である。図示するように、低速領域において、推定駆動軸回転数ωdeは、基準回転数ωdに比べて実車体速VAに追従した挙動を示していることがわかる。
【0054】
(実施形態の効果)
以上説明したように、実施形態にかかる電動車両1のECU10(制御装置)は、ドライブシャフト5(駆動軸)に動力を伝達するモータ2(走行用電気モータ)を備えた電動車両1の制御装置であって、モータ2のトルク指令値Tm*と、モータ2のモータイナーシャJm、電動車両1の車体側イナーシャJall、駆動系全体のダンピング係数Dおよび駆動系全体の弾性係数Kとに基づいて、モータ2の回転数ωmから算出されるドライブシャフト5の基準回転数ωdと車輪速ωwとの偏差Δωdを推定し、偏差Δωdを基準回転数ωdから減じてドライブシャフト5の推定駆動軸回転数ωdeを算出する推定駆動軸回転数算出部230を備える。
【0055】
この構成により、モータ2のトルク指令値Tm*および車両諸元に基づいて、モータ2の回転数ωmから算出されるドライブシャフト5の基準回転数ωdと車輪速ωwとの偏差Δωdを容易に算出することができる。当該偏差Δωdは、ドライブシャフト5のねじれによる変形速度となる。そして、当該偏差Δωdを基準回転数ωdから減じることで、推定駆動軸回転数ωdeを算出することができる。したがって、簡易な手法でドライブシャフト5の回転数を精度良く推定することが可能となる。
【0056】
また、ECU10は、推定駆動軸回転数算出部230において算出した推定駆動軸回転数ωdeと、車両の推定車体速Vに基づいて算出される目標駆動軸回転数ωd*との差分に基づいて、フィードバック制御によりモータ2のトルク指令値Tm*を算出するトルク指令値算出部240をさらに備える。
【0057】
この構成により、ドライブシャフト5のねじれによる影響を考慮して算出された推定駆動軸回転数ωdeに基づくモータのトルク指令値Tm*を算出するため、トラクション制御の制御精度の悪化を抑制することが可能となる。
【0058】
また、推定駆動軸回転数算出部230は、前輪3aのスリップ率λに応じて、車体側イナーシャJallの値を補正する。すなわち、上記式(5)にしたがって、スリップ率λに応じた車体側イナーシャJallを算出し、算出した車体側イナーシャJallを用いて、上記式(4)にしたがって推定駆動軸回転数ωdeを算出する。なお、上述したように、予め定められた車両諸元としての車体側イナーシャJallに、スリップ率λに応じて予め定められた補正係数を乗じることで、スリップ率λが大きいほど小さな値となるように車体側イナーシャJallを補正してもよい。この構成により、スリップ率λに応じて、推定駆動軸回転数ωdeをより精度良く推定することができる。
【0059】
推定駆動軸回転数算出部230は、前輪3aのスリップ率λが大きいほど車体側イナーシャJallを小さい値に補正する。この構成により、スリップ率λと車体側イナーシャJallとの関係に即して、推定駆動軸回転数ωdeをより精度良く算出することができる。
【0060】
また、ECU10は、車輪速ωwを車輪速センサ12およびCAN通信を介して取得する際に生じる遅れ時間の間における車体速の推定増減量を、電動車両1の前後加速度Xおよび推定車体速Vのいずれかに基づいて遅れ補正量αとして算出する遅れ補正量算出部120と、遅れ時間Δt1分だけ前に算出された推定車体速Vである過去推定車体速Vpと、CAN通信で取得した車輪速ωwに基づくCAN車体速Vsとの誤差ΔVに基づいて、過去推定車体速Vpを補正した補正後過去推定車体速Vp´を算出する誤差補正部130と、遅れ補正量αと補正後過去推定車体速Vp´とを加算して現在の推定車体速Vを算出する車体速算出部140とを備える。
【0061】
この構成により、CAN通信遅れや車輪速センサ12の検出遅れの遅れ時間Δt1だけ前に算出された過去推定車体速Vpを、CAN通信で取得した車輪速ωwに基づいて補正して、ベースとなる補正後過去推定車体速Vp´を精度良く算出することができる。そして、上記遅れ時間Δt1の間における車体速の推定増減量である遅れ補正量αを補正後過去推定車体速Vp´に加算して現在の推定車体速Vを算出するため、上記遅れ時間Δt1分の車体速を補償することができる。したがって、実施形態にかかるECU10によれば、車輪速センサ12により車輪速ωwを検出してCAN通信で取得するまでの遅れ時間Δt1を考慮して、車体速をより適切に推定することが可能となる。その結果、算出した推定車体速Vに基づいて、上記フィードバック制御によるトルク指令値Tm*をより適切に算出することができる。
【0062】
(変形例)
以上で実施形態の説明を終えるが、本発明の態様はこの実施形態に限定されるものではない。例えば、本実施形態では、電気自動車(BEV)としての電動車両1に実施形態にかかる制御装置としてのECU10を適用するものとしたが、ECU10は、走行用モータを備えるものであれば、電気自動車(BEV)に限らず、外部充電または外部給電が可能なプラグインハイブリッド自動車(PHEV)またはハイブリッド自動車(HEV)といった車両に適用されてもよい。
【0063】
また、本実施形態では、車体側イナーシャJallをスリップ率λに応じて変化させるものとしたが、車体側イナーシャJallは、車両諸元の値として一定値とされてもよい。
【0064】
また、推定車体速Vは、例えば、車輪速ωwにローパスフィルタなどのフィルタ処理を施して算出するなど、実施形態とは異なる手法により算出されてもよい。
【0065】
また、本実施形態では、推定車体速Vを算出する際に、電動車両に搭載された加速度センサ15により検出された前後加速度Xを用いるものとした。加速度センサ15により検出された前後加速度Xを本制御に用いる場合、ECU10が前後加速度XをCAN通信によって取得する際の通信遅れが発生しうる。そのため、ECU10は、所定時間内の前後加速度Xの変動量が所定範囲内である場合に、加速度センサ15で検出された前後加速度Xを用いることが好ましい。所定時間内の前後加速度Xの変動量が上記所定範囲よりも大きい場合、ECU10は、他の手法によって前後加速度Xを取得してもよい。例えば、前後加速度Xは、遅れ時間Δt1が小さくなる状況、すなわち、車体速が所定値よりも大きい領域では車輪速ωwに基づいて算出されてもよい。また、前後加速度Xは、推定車体速Vに基づいて算出されてもよいし、電動車両1の駆動力および制動力に基づいて算出されてもよい。また、前後加速度Xは、これらの手法で最も精度良く算出された値のいずれかであってもよい。
【符号の説明】
【0066】
1 電動車両、2 モータ、3 車輪、3a 前輪、3b 後輪、4 減速機構、5 ドライブシャフト(駆動軸)、10 ECU(制御装置)、11 モータ回転数センサ、12 車輪速センサ、15 加速度センサ、100 推定車体速算出部、110 外乱補正部、120 遅れ補正量算出部、130 誤差補正部、140 車体速算出部、200 トラクション制御部、210 要求トルク設定部、220 目標駆動軸回転数算出部、230 推定駆動軸回転数算出部、231 偏差算出部、240 トルク指令値算出部、Jall 車体側イナーシャ、Jm モータイナーシャ、k フィルタ係数、Tm トルク指令値、Tm1 要求トルク、V 推定車体速、V1 第1所定速度(所定速度)、VA 実車体速、VB 従来推定車体速、VG1、VG2、VG3、VG4 重心車体速、Vn-1 前回推定車体速、Vp 過去推定車体速、Vp´ 補正後過去推定車体速、Vs CAN車体速、Vsf フィルタ後CAN車体速、X 前後加速度、X´ 補正後加速度、Xe 推定加速度、Xα 外乱成分、y ヨーレート、α 遅れ補正量、α1 第1遅れ補正量、α2 第2遅れ補正量、Δt1 遅れ時間、ΔTm フィードバック補正量、ΔV 誤差、ΔVα 誤差補正値、Δωd 偏差、λ* 目標スリップ率、λ スリップ率、σX 積算値、ωd 基準回転数、ωd* 目標駆動軸回転数、ωde 推定駆動軸回転数、ωm モータ回転数、ωw、ωw1、ωw2、ωw3、ωw4 車輪速
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11