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特許7688341海水適応能の増進作用を有する魚類用飼料及び魚類用飼料向け添加剤、並びにそれらを用いた魚類の飼育方法
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  • 特許-海水適応能の増進作用を有する魚類用飼料及び魚類用飼料向け添加剤、並びにそれらを用いた魚類の飼育方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-05-27
(45)【発行日】2025-06-04
(54)【発明の名称】海水適応能の増進作用を有する魚類用飼料及び魚類用飼料向け添加剤、並びにそれらを用いた魚類の飼育方法
(51)【国際特許分類】
   A23K 50/80 20160101AFI20250528BHJP
   A23K 10/30 20160101ALI20250528BHJP
   A01K 61/10 20170101ALI20250528BHJP
【FI】
A23K50/80
A23K10/30
A01K61/10
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2023025872
(22)【出願日】2023-02-22
(65)【公開番号】P2024119159
(43)【公開日】2024-09-03
【審査請求日】2024-02-28
(73)【特許権者】
【識別番号】510085043
【氏名又は名称】株式会社田村薬草農場グループ
(73)【特許権者】
【識別番号】598041566
【氏名又は名称】学校法人北里研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000800
【氏名又は名称】デロイトトーマツ弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】田村 勝男
(72)【発明者】
【氏名】田村 晃将
(72)【発明者】
【氏名】森山 俊介
【審査官】大澤 元成
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-221148(JP,A)
【文献】特開2002-370993(JP,A)
【文献】特開2020-162587(JP,A)
【文献】特表2020-532308(JP,A)
【文献】国際公開第95/034218(WO,A1)
【文献】特開2018-127491(JP,A)
【文献】特開2014-150738(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2005/0037046(US,A1)
【文献】古下学 他,抗菌効果を付加した新しい甘草抽出物フラボリコリス,養殖,2005年,Vol.42,No.1,Page.76-77
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23K 10/00-50/90
A01K 61/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
魚類用飼料100重量部に対して0.2~2重量部の粉末状の甘草根を含有していることを特徴とする海水適応能の増進作用を有する魚類用飼料。
【請求項2】
魚油に粉末状の甘草根を含有させたことを特徴とする海水適応能の増進作用を有する魚類用飼料向け添加剤。
【請求項3】
淡水飼育期間と海水飼育期間とを設ける魚類の飼育方法であって、
前記淡水飼育期間に、魚類用飼料100重量部に対して0.2~2重量部の粉末状の甘草根を含有している海水適応能の増進作用を有する魚類用飼料を給餌する
ことを特徴とする魚類の飼育方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、海水適応能の増進作用を有する魚類用飼料及び魚類用飼料向け添加剤、並びにそれらを用いた魚類の飼育方法に関する。
【背景技術】
【0002】
サケ・マスの需要は世界的に高まってきている。さらに最近、それに応えるべく、東北地域における養殖事業は再び盛んになりつつある。今後、サケ・マスの生産性を向上させるためには、生産ロスを軽減させ、健康で大型かつ高品質の対象魚を育成するための簡便な飼育法を確立する必要がある。
【0003】
なお、サケ・マスなどの魚の養殖において、まず淡水中で一定程度まで魚を育て、その後、海水に移してさらに養殖を継続するという手法が採用されている。魚の海水適応能が十分でない場合、海水に魚を移した際に、一定数の魚が死んでしまうという課題があった。このように、淡水から海水に移行させた養殖魚の歩留まりや生育が不安定であり、養殖魚が海水適応能を獲得するための養殖技術や飼料の開発が求められている。しかしながら、魚類の海水適応能の増進を促す飼料についての知見は皆無に等しいのが現状である。
【0004】
例えば特許文献1には、不妊化マス類の人工養殖方法に際して、海水養殖における水温が20℃を超える時期に、前段馴致を経て、20℃以下の冷淡水中または淡水と海水との20℃以下での混合水中で養殖したのち、後段馴致を経て、20℃以下で、再度、海水養殖をする技術が開示されている。
【0005】
しかしながら、この方法は養殖における水温および塩分濃度の管理・調整に時間とコストを要し、また気象状況が変化する自然界における養殖には不向きである。
【0006】
また、特許文献2には、不妊化処理を施していないニジマスを淡水と海水で養殖して出荷する方法であって、所定数のニジマスを、淡水で2年間養殖する第一淡水養殖工程A1と、第一淡水養殖工程A1で成長したニジマスを海水に馴致させて養殖する第一海水養殖工程B1と、第一海水養殖工程B1で出荷可能な大きさまで成長したニジマスを順次出荷する第一出荷工程C1と、第一出荷工程C1で出荷しなかったニジマスを、淡水に再度戻して養殖する第二淡水養殖工程A2と、記第二淡水養殖工程A2で成長したニジマスを出荷する第二出荷工程C2をこの順に行い、更に第一淡水養殖工程A1と、第一海水養殖工程B1との間に、第一淡水養殖工程A1で成長したニジマスのうち海水に馴致する適応能力の高いものを選別する選別工程Xを加えるという方法などが開示されている。
【0007】
しかしながらこのような方法では、各養殖工程においてニジマス個体の選別作業が必要となるなどの理由で多くの時間とコストが必要であり、また、選別等を担当する担当者のスキルが必要となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開平3-91425号公報
【文献】特開2020-39335号公報
【文献】特公昭47-10013号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明者らは、養殖業において淡水飼育期間を設定する魚類の海水適応能の増進について鋭意検討した結果、魚類に給餌する飼料の改良という極めて簡便で汎用性のある方法により、魚類の海水適応能が増進されるという知見を得て本発明に至った。
【0010】
すなわち、本発明は、簡便で汎用性のある方法によって淡水飼育期間を設定する魚類の海水適応能の増進作用を有する魚類用飼料、魚類用飼料向け添加剤及びこれらを用いた魚類の飼育方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の目的を達成するための第1の本発明は、甘草成分を含有していることを特徴とする海水適応能の増進作用を有する魚類用飼料であり、第2の本発明は、魚油に甘草成分を含有させたことを特徴とする海水適応能の増進作用を有する魚類用飼料向け添加剤である。
【0012】
甘草を魚類用飼料に添加することで、養殖魚の解毒機能の強化、水生菌の感染予防、中毒症の発生予防、産仔数の増加の効果が得られることは知られているが(例えば特許文献3)、これまでに甘草により魚類の海水適応能が増進されたという知見は得られていない。
【0013】
養殖業において淡水飼育期間を設定する魚類に対して、甘草成分を含有している海水適応能の増進作用を有する魚類用飼料、または一般的な魚類用飼料と共に魚油に甘草成分を含有させた海水適応能の増進作用を有する魚類用飼料向け添加剤を給餌することにより、極めて簡便に魚類の海水適応能を増進させることができ、魚類生産ロスの低減、生産効率の向上を図ることができる。
【0014】
また、第3の本発明は、淡水飼育期間と海水飼育期間とを設ける魚類の飼育方法であって、淡水飼育期間に甘草成分を含有している海水適応能の増進作用を有する魚類用飼料を給餌する魚類の飼育方法である。
【0015】
この飼育方法を実施することにより、極めて簡便に魚類の海水適応能を増進させることができる。
【0016】
すなわち本発明の魚類用飼料、魚類用飼料向け添加剤、及び魚類の飼育方法は、甘草成分が魚類の海水適応能を増進できるという未知の属性を発見し、その属性により、甘草成分が魚類の海水適応能の増進という新たな用途への使用に適することを見出したことに基づく、いわゆる用途発明である。
【0017】
本発明において、甘草成分が魚類の海水適応能を増進させるメカニズムは必ずしも明らかではないが、魚類を淡水飼育する過程で、甘草成分が魚類の海水型の塩類細胞を活性化させている可能性がある。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】ニジマスの海水適応に及ぼす甘草配合飼料の効果を示す図である。
図2】イワナの海水適応に及ぼす甘草配合飼料の効果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明における甘草成分とは、粉末状の甘草、あるいは甘草から抽出された抽出液などである。本発明に用いられる甘草はマメ科植物の一種で自然の生薬として知られているものであり、ウラルカンゾウ、スペインカンゾウのいずれも構わない。
【0020】
粉末状の甘草は、甘草を収穫後その葉、茎、根などを乾燥させ粉砕・分級することで得られる。粉砕および分級の方法は公知の諸方法から適宜選択すればよい。粉末状の甘草は通常、線維が残る程度から35メッシュ(0.5mm目開き)程度まで粉砕されて粉末として供される。本発明に用いる粉末状の甘草としては、甘草の根から得られたものが好ましい。
【0021】
甘草からの抽出液は、公知の抽出方法で得られたものである。また本発明では、抽出された抽出液以外に抽出後の残渣物を利用することも可能である。抽出方法は水系、非水系いずれの溶媒を用いたものでもよい。
【0022】
具体的な抽出方法としては、例えば、甘草の根を精製水または常水に冷浸し、布ごし後に水分を蒸発させ、エタノールを加えてろ過し、加熱蒸発させて甘草エキスとし、その後、甘草エキスに精製水または常水を加えて煮沸し、加圧ろ過して得たろ液の水分を蒸発させて甘草抽出液を得る。
【0023】
甘草成分を含有させる魚類用飼料としては、動物質性飼料である魚粉を主成分(例えば50~75%程度)として含有するものなどが挙げられ、粉末状の甘草を添加・混合する場合などには更に穀類を所定程度(例えば15~30%程度)含有することが好ましい。穀類としては、例えば小麦粉、でん粉のほか、デキストリンが用いられてよい。あるいはさらに、大豆油かす、コーングルテンミール、小麦グルテンなどの植物性油かす類及び/又は、リン酸カルシウム、飼料用酵母、ベタイン、緑茶粉末、海藻粉末、ソルビトール、クエン酸、炭酸カルシウム、食塩、ゼオライトなどが必要に応じて含有されてよい。
【0024】
魚類用飼料に甘草成分を含有させる方法としては、飼料と粉末状の甘草とを直接混合しても良いし、甘草成分を含有させた魚油を魚類用飼料に噴霧塗布、あるいは魚油と魚類用飼料とを固液混合するなどの方法を採ってもよい。
【0025】
甘草成分を含有させる魚油としては、養魚用のフィードオイルなどが挙げられ、粉末状の甘草を添加・分散させる場合は、例えば、スケトウダラ油や更に植物油を配合したものなどが好ましい。
【0026】
魚類用飼料に含有させる甘草成分の含有量は粉末状の甘草の場合、魚類用飼料100重量部に対して0.2~2重量部が好ましい。含有量が0.2重量部を下回ると海水適応能を増進させる効果が十分でなく、2重量部を超えても増進効果は更に大きくはなりにくい。
【0027】
本発明の魚類の飼育方法が適用できる魚類としては、サケ科の魚類のうち養殖において淡水飼育期間と海水飼育期間とを設けるものであり、サケ科のサケ属、イワナ属、カワヒメマス属などに分類される魚類、具体的にはニジマス、ヒメマス、イワナ、ギンザケ、サクラマスなどが挙げられる。
【実施例
【0028】
以下、図面を参照して、本発明の一実施形態について説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0029】
(実施例1)
魚粉および穀類を含有した魚類用飼料原料1kgあたりに5g(0.5%甘草配合飼料)および10g(1%甘草配合飼料)甘草成分として甘草根の粉末を配合した魚類用飼料を、淡水で飼育しているニジマスの体重あたり2%量を90日間与えて飼育した後、100%海水に移行させてからそれぞれ同様の魚類用飼料を与えて30日間飼育した。
【0030】
甘草根の粉末の配合方法は、スケトウダラ主体油であるフィードオイル50mLに対して5wt%の甘草根の粉末を懸濁させ、魚類用飼料原料1kgあたりに上記の両含有量となるように噴霧塗布、混合させたものである。図1に試験中の生残数を示す。
【0031】
淡水飼育期間における両甘草配合飼料の群の歩留まり(生残率)は、甘草無配合飼料(コントロール)の群と同等であったが、100%海水に移行させて30日間飼育した結果、コントロールの群の生残率が46.43%であったのに対して、0.5%甘草配合飼料の群は70.18%、また、1%甘草配合飼料の群は82.46%と高い値を示した。
【0032】
3つの群において、斃死した個体は海水移行後8日以内に認められ、海水移行から3日目のコントロールの群の斃死数は11尾であったが、0.5%甘草配合飼料の群は6尾、また、1%甘草配合飼料の群は3尾であった。
【0033】
このように、甘草成分を配合した魚類用飼料を用いた飼育では、無配合の魚類用飼料の場合に比べて、海水移行後の生残率が大きく向上しており、斃死した個体数も少なく、養殖魚の歩留まりが改善された。
【0034】
(実施例2)
魚粉および穀類を含有した魚類用飼料原料1kgあたりに5g(0.5%甘草配合飼料)および10g(1%甘草配合飼料)甘草成分として甘草根の粉末を配合した魚類用飼料を、淡水で飼育しているイワナの体重あたり2%量を90日間与えて飼育した後、100%海水に移行させてからそれぞれ同様の魚類用飼料を与えて30日間飼育した。甘草根の粉末の配合方法は実施例1と同様である。図2に試験中の生残数を示す。
【0035】
淡水飼育期間における両甘草配合飼料の群の歩留まり(生残率)は、甘草無配合飼料(コントロール)の群と同等であったが、100%海水に移行させて30日間飼育した結果、コントロールの群の生残率が40.00%であったのに対して、0.5%甘草配合飼料の群は66.67%、また、1%甘草配合飼料の群は78.72%と高い値を示した。
【0036】
3つの群において、斃死した個体は海水移行後8日以内に認められ、海水移行から3日目のコントロールの群の斃死数は8尾であったが、0.5%甘草配合飼料の群は5尾、また、1%甘草配合飼料の群は3尾であった。
【0037】
このように、イワナの場合においても、甘草成分を配合した魚類用飼料を用いた飼育では、無配合の魚類用飼料の場合に比べて、海水移行後の生残率が大きく向上しており、斃死した個体数も少なく、養殖魚の歩留まりが改善された。
【0038】
以上、2つの実施例を用いて説明したように、本発明によれば、魚類用飼料に甘草成分を含有させるという極めて簡便で汎用性のある方法によって、魚類用飼料中の甘草成分が魚類の海水適応能を増進する有効成分として機能して、淡水飼育期間を設定する魚類の海水適応能を増進させることができる。
【0039】
なお、上記の実施例では、甘草成分として甘草根の粉末を用い、それを魚油に懸濁させた後に魚類用飼料に混合する方法としたが、根以外由来の甘草粉末を用いることも可能であるし、甘草粉末と魚類用飼料とを直接混合し打錠したものを給餌しても同様の海水適応能の増進効果が得られる。
【0040】
また、上記の実施例では甘草成分として甘草根の粉末を用いたが、甘草からの抽出液や抽出後の残渣物のような材料を用いて好適な含有量で含有させた場合も、他の公知の甘草成分添加の諸効果と同様に、実施例と同じような海水適応能増進効果が得られる。
【0041】
一方、上記の実施例では、淡水飼育、海水移行後双方で甘草成分を含有させた魚類用飼料を給餌したが、淡水飼育期間中のみに甘草成分を含有させた魚類用飼料を給餌しても同様の海水適応能の増進効果が得られる。
図1
図2