(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-05-30
(45)【発行日】2025-06-09
(54)【発明の名称】放熱性に優れた生地および衣料
(51)【国際特許分類】
A41D 31/00 20190101AFI20250602BHJP
A41B 17/00 20060101ALI20250602BHJP
A41D 31/04 20190101ALI20250602BHJP
【FI】
A41D31/00 502P
A41B17/00
A41D31/00 502A
A41D31/00 502Q
A41D31/00 504Z
A41D31/04 Z
(21)【出願番号】P 2019000900
(22)【出願日】2019-01-07
【審査請求日】2021-11-30
【審判番号】
【審判請求日】2023-09-21
(73)【特許権者】
【識別番号】397064841
【氏名又は名称】東光商事株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】399005943
【氏名又は名称】東光リミー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100134131
【氏名又は名称】横井 知理
(72)【発明者】
【氏名】藤下 有路
【合議体】
【審判長】廣川 浩
【審判官】河合 弘明
【審判官】中木 努
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-047455(JP,A)
【文献】特開2004-169240(JP,A)
【文献】特開平01-183579(JP,A)
【文献】特開2004-200199(JP,A)
【文献】特開2010-098203(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A41B 9/00-9/16
A41B 13/00-17/00
A41D 13/00-13/12
A41D 20/00
A41D 31/00-31/32
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
遠赤外線放射セラミックス粉体を含有する樹脂インク成分を裏面まで達しないように表面側から浸透させた
生地であって、遠赤外線放射セラミックス粉体が生地の表面側に多く裏面近くでは少なくなるように分散されて深さ方向に傾斜配分されている、放熱性に優れた生地。
【請求項2】
遠赤外線放射セラミックス粉体は、体積平均粒径が1~5μmであること、を特徴とする請求項1に記載の放熱性に優れた生地。
【請求項3】
遠赤外線放射セラミックス粉体は、40℃での4μmから100μmの波長における放射率が0.70~0.95であること、を特徴とする請求項1又は2に記載の放熱性に優れた生地。
【請求項4】
遠赤外線放射セラミックス粉体は、40℃での4μmから20μmの波長における放射率が0.70~0.95であること、を特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載の放熱性に優れた生地。
【請求項5】
樹脂インク成分には、水溶性アクリル樹脂に対して遠赤外線放射セラミッックス粉体が1~5質量%含有されていること、を特徴とする請求項1から4のいずれか1項に記載の放熱性に優れた生地。
【請求項6】
表面の接触冷感値と裏面の接触冷感値の差である表面の接触冷感値-裏面の接触冷感値の値が0.010~0.100W/cm
2であること、を特徴とする請求項1から5のいずれか1項に記載の放熱性に優れた生地。
【請求項7】
請求項1から6のいずれか1項に記載の生地を用いた放熱性に優れた衣料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、放熱性に優れた生地およびこの生地を用いた衣料、ならびにこれらの生地用いる放熱材料が分散された樹脂インクに関する。
【背景技術】
【0002】
衣服は不動の空気層によって外気の寒さから保温しやすくしたり、陽差しを遮り肌を守るための遮熱層を設けるなどして、自然に抗する機能によって環境に適応しやすくするものである。さらに人体自体が熱を発して汗をかくことから、夏場などの外気温が高い環境下で衣服を着用していれば、衣服に熱がこもったり、汗でべたついてしまうなどして、快適に過ごし難くなる。そこで、夏場を快適に過ごすために、従前から通気性、熱伝導性や熱拡散性による高い接触冷感性、遮熱性、汗の吸水速乾による冷却といった様々な観点から、暑さに対応するべく種々の生地や衣服の提案がなされてきている。
【0003】
たとえば、メッシュのような通気性を確保することで放熱を促す構造が提案されている(たとえば特許文献1参照。)。たしかに熱がこもらない一方で、メッシュや鹿子のような隙間の大きな生地では、適用場面が限られやすく汎用性が確保しづらく、また隙間が大きいと遮熱には不向きとなる。
【0004】
また、構造的に2層以上の多層構造を有する織編物であって、いずれか1層に偏平断面繊維を含み、他の層に仮撚捲縮加工糸を含むことを特徴とする遮熱性および放熱性に優れた織編物も提案されている(たとえば特許文献2参照。)。もっとも日射等を遮熱すると内部に熱がこもりやすくなる。
【0005】
また、着用時にヒヤリとした清涼感を与える接触冷感に着目し、接触冷感に優れる熱可塑性エラストマーを紡糸して得た繊維に、湿潤時のべたつき感を防止すること等を目的として無機フィラーを添加させた繊維が提案されている(特許文献3参照。)。
また、これとは別に高熱伝導率な超高分子量ポリエチレン繊維を用いた接触冷感素材も提案されている。これらの接触冷感は初期の熱移動を評価するものであるところ、着用中の持続的な放熱に対する配慮も望まれている。
【0006】
また、親水性の熱伝導性のあるエチレン-ビニルアルコール系共重合体からなる鞘成分と疎水性のポリエステルとからなる芯成分による複合繊維によって、汗の蒸発による気化熱を利用するものが提案されている(たとえば特許文献4参照。)。
【0007】
また、発汗時において効率よく汗を利用して気化熱で涼感性を得ることができるものとして、酸化アンチモンをドーピングした酸化第二スズからなる白色系微粒子、又は酸化アンチモンをドーピングした酸化第二スズを他の無機微粒子にコーティングしたものからなる白色系微粒子を0.8~12.0質量%含有する合成繊維と、吸水拡散繊維とを含んでなり、滴下法による裏面の吸水速度が5.0秒以下であることを特徴とする涼感性布帛などが提案されている(たとえば特許文献5参照。)。もっとも、こうした発汗が前提となる技術では、空冷化された後の汗が出にくくなった状況での放熱には効果的とはいいがたい。
【0008】
その他、薬品等を付与した繊維も提案されているが、洗濯等を経ての長期的な使用には必ずしも十分ではなく、劣化や機能低下が生じやすい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2009-138310号公報
【文献】特開2015-10282号公報
【文献】再公表WO2006/112437号公報
【文献】特開2004-64531号公報
【文献】特開2008-285780号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
出願人らは、これまでに人工鉱石由来の遠赤外線放射物質を含有したインク材料を織物や編物にプリントすることで、着用中に遠赤外線放射による効果が持続する生地と、これらの生地を用いた衣料品の開発を試みてきている。もっとも、遠赤外線放射性物質自体には指向性がないので、これらの物質を糸に練り込んだり、繊維に付着させれば、全方向に遠赤外線を放射することとなる。たしかに遠赤外線放射物質を配した生地が一般的に想定してきたような体を暖める用途であれば、体内の発熱によって放射される遠赤外線が体表面に向かっても支障ないため、指向性の有無は問題とならない。
【0011】
他方、放熱を目的としようとする場合には、指向性がない遠赤外線の放射をそのままにすることから、体内の発熱を遠赤外線として放射しても自身の身体に向いて戻ってしまうこととなり、その分だけ放熱効率が減殺されることとなってしまう。してみると、遠赤外線放射セラミックス等を生地に配合して放熱する衣類としようとすることは、暖める用途よりもより効率化が難しいといえる。
【0012】
このように、指向性のない遠赤外線放射物質を利用しつつも、体外への放熱効果を十分に得る生地や衣料品を得るためには、生地上に付与する遠赤外線放射物質の材料の検討や、生地上へ遠赤外線放射物質を付与する際の配置の検討などによって、発熱によって減殺されないよう冷却効率を持続的に高めることが要請されている。
【0013】
そこで、本発明が解決しようとする課題は、人体の発する熱を従来よりも効率よく着衣の外へと放熱し続けることができる、持続的な放熱機能を備えた遠赤外線放射セラミックスを含有する放熱性に優れた生地、およびこれを用いた放熱性に優れた衣服と、これらの生地のプリントに適した遠赤外線放射セラミックスを含有するインク材料を提供することである。また、放熱性を確保しつつも、通気性や速乾性を阻害しにくい生地とこれを用いた衣服を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明の課題を解決する第1の手段は、遠赤外線放射セラミックス粉体を含有する樹脂インク成分を裏面まで達しないように表面側から浸透させた放熱性に優れた生地である。浸透させたインク成分中の遠赤外線放射セラミックス粉体は深さ方向に分散していることが好ましく、さらにより好ましくは生地の表面側に遠赤外線放射セラミックス粉体が多く分散し深さ方向に裏面近くでは少なくなるように分散されて傾斜配分されていることである。また、浸透深さは、表面から裏面までの深さのうち、表面から90%までの深さであることが好ましく、表面から80~90%の深さであることがより好ましい。
【0015】
第2の手段は、遠赤外線放射セラミックス粉体は、体積平均粒径が1~5μmであること、を特徴とする第1の手段に記載の放熱性に優れた生地である。好ましくは、4μm以下、さらに好ましくは3.5μm以下である。
【0016】
第3の手段は、遠赤外線放射セラミックス粉体は、40℃での4μmから100μmの波長における放射率が0.70~0.95であること、を特徴とする第1又は第2の手段に記載の放熱性に優れた生地である。
【0017】
第4の手段は、遠赤外線放射セラミックス粉体は、40℃での4μmから20μmの波長における放射率が0.70~0.95であること、を特徴とする第1から第3のいずれか1の手段に記載の放熱性に優れた生地である。
【0018】
第5の手段は、樹脂インク成分には、水溶性アクリル樹脂に対して遠赤外線放射セラミッックス粉体が1~5質量%含有されていること、を特徴とする第1から第4のいずれか1の手段に記載の放熱性に優れた生地である。
【0019】
第6の手段は、表面の接触冷感値と裏面の接触冷感値の差が0.010~0.100W/cm2であること、を特徴とする第1から第5のいずれか1の手段に記載の放熱性に優れた生地である。
【0020】
第7の手段は、第1から第6のいずれか1の手段に記載の生地を用いた放熱性に優れた衣料である。
【0021】
第8の手段は、水溶性アクリル樹脂に対して体積平均粒径が1~5μmの遠赤外線放射セラミックス粉体を1~5質量%含有し、該遠赤外線放射セラミックス粉体の40℃での4μmから100μmの波長における放射率が0.70~0.95である、生地プリント用の樹脂インクである。
【発明の効果】
【0022】
本発明によると、表面がプリント加工された生地の表面から裏面まで遠赤外線放射セラミックスのインク成分が到達していないので、遠赤外線放射セラミックスからの遠赤外線の放射が生地の表面近傍に多く分散して配向されることとなることから、生地の裏面を肌側にして衣服として着用すると、体熱を効率よく放熱しつづけることができる。
【0023】
また微細な粉末が樹脂インクによって生地の繊維に固着するだけなので、着心地を大きく損なうことがなく、洗濯しても落ちにくく、安定して持続的な放熱効果が得られる。また、表面の接触冷感値のほうが裏面よりも値が高いので、放熱性が確保されやすく、裏面まで遠赤外線放射セラミックス粉末のインク成分が浸透しておらず、効率よく裏面側の熱を放散させることができる。
【0024】
また生地の全表面をインク成分で覆わずに表面の一部にインク成分をプリントしている場合には、放熱性を確保しつつも樹脂インクで覆われない部分の通気性や速乾性はそのまま維持できるので、放熱性を確保しつつも生地本来の特性も生かすことができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】遠赤外線放射セラミックスを含有したインクを上平面からプリントしてインク成分を浸透させた様子を模式的に示した本発明の生地の断面図。
【
図2】(a)遠赤外線放射セラミックス粉末含有インクを生地の上平面からプリントした生地断面の様子、(b)遠赤外線放射セラミックス粉末含有インクを生地の上平面からプリントを3回繰り返して3倍量付与したことで裏面までセラミック粉末を到達させた生地断面の様子、の150倍の光学イメージの画像である。
【
図3】37℃のプレート上に生地を載置して計測したサーモグラフィのカラー測定図をグレースケールに変換してしめした図表である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明に用いる放熱性に優れた生地に用いる樹脂インクの材料及びベース生地の素材は以下のとおりである。
【0027】
(ベース生地)
ベース生地は、一方表面に遠赤外線放射セラミックス含有インクのプリント加工が可能な生地であれば、織物、編物、不織布のいずれにも適用可能である。
以下では、ベース生地として、ナイロンベア天竺の編物を例にとって説明するが、生地の材質はナイロンの他に、接触冷感値に優れるポリエステルや、綿、綿とポリエステルの混紡などもプリント後に乾燥セットが可能であることから、好適に用いることができる。
【0028】
(遠赤外線放射セラミックス)
本発明の遠赤外線放射セラミックスは、加熱されるとき、遠赤外線の波長域である4μmから20μmにおける電磁波を放射するセラミックスである。本発明では、遠赤外線放射セラミックスの、40℃での4μmから20μmの波長における放射率が0.70~0.95であることが好ましい。なお、本発明は着用者の人体が遠赤外線を放射で温まることを意図したものではなく、放熱を促すために用いるためであるから、皮膚層が熱振動するといったことに目的があるわけではないので、40℃での4μmから100μmの波長における放射率が0.70~0.95のセラミックスも好適である。
【0029】
なお、放射率とは、放射体の放射発散度とその放射体と同温度の黒体の放射発散度との比のことであり(JIS Z8117)、ある温度の物質表面から放射するエネルギー量と、同温度の黒体(放射で与えられたエネルギーを100%吸収する仮想物体)から放射するエネルギー量との比率であるから、0~1の間の値をとる。
【0030】
放射率は、たとえば、FT-IR分光分析器を用いて測定することで求める。(黒体を近似的に再現した)黒体炉および試料加熱炉の温度を測定したい温度に設定し、まず設定温度で安定させた黒体炉の放射エネルギーをバックグランドとして測定し、次いで試料加熱炉側に光路を切り替えて、設定温度に加熱した試料表面からの放射エネルギーを測定する。
【0031】
遠赤外線放射セラミックスの成分としては、たとえば、SiO2、FeO、Al2O3、BaO、ZrO2、CeO2、TiO2、ThO2、MgO、や3Al2O3・2SiO2、ZrO2・SiO2、2MgO・2Al2O3・5SiO2といった複合化合物などが挙げられるが、一般的な遠赤外線放射セラミックスであればこれらに限られない。本発明では、こうした遠赤外線放射セラミックスを1種もしくは数種含有させ粉体をインク成分として用いるが、粉体には、放熱性の高い金属を混合してもよい。周波数毎に共振、干渉することで増大、減少する電磁波エネルギーに鑑みて、これらの成分の組合せを調整することで効率化をはかることもできる。
【0032】
また、粉体のサイズは、体積平均粒径で1~5μmの粒度である。平均粒径は4μm以下が好ましく、より好ましくは平均3.5μm以下の粉体である。インク成分として分散した状態が保ちやすいこと、またプリント加工で捺染したときに生地内に裏面まで到達しない範囲で浸透しうるものであること、などの加工性の観点と、放熱性に優れた衣服として素肌に触れるようにして着用される特性上、差し障りのない風合いであることの観点が相俟って、本発明で好適な遠赤外線放射セラミックス粉末は、上に挙げたような平均粒径の小さい微粉末であることが好ましい。他方、粉体サイズが大きすぎると、塗布されたことでザラザラとした風合いになってしまうので、肌着には適しにくいものとなる。
【0033】
実施例では、たとえば、質量%でポリシリコン40%、ブラックシリカ30%、アルミナ25%、ジルコニア5%の鉱石を溶解し、冷却後にボールミル等の粉砕機で微細に粉砕した後、分級して粗大な粉末を除去し、平均粒径が3.5μmとなる粉体を得た。この粉体の成分は、質量%でSiO2が45~60%であり、以下、5~10%程度のFeO、Al2O3、BaO、ZrO2、CeO2、K、Ca、その他不純物からなる。この粉体は、40℃における4μmから20μmにおける放射率は、0.70~0.90であり、4μmから100μmにおける放射率は、0.7~0.95であり、本発明の遠赤外線放射セラミックス粉体に相当する。
【0034】
(樹脂インク)
バインダーの水溶性アクリル樹脂に対して、3.5μmの粒径の遠赤外線放射セラミックス微粉末を1~5mass%を投入し、撹拌して樹脂インクを得た。さらに適宜少量の水を配合したり、必要に応じて架橋剤を配合したりしてもよい。5%を超えて含有させてもよいが、遠赤外線放射セラミックス粉末を配合したことによる効果は飽和していくので、大きな特性の向上は得られない。そこで、1~5%とする。実施例では、1kgのアクリル樹脂に対して30g、あるいは50gを配合したインクをプリントに用いた。
【0035】
(プリント加工)
0.3~0.4mm厚のベース生地(2)の表面にたとえば1500メッシュのロータリースクリーン方式のプリント加工機で捺染し、表面(4)から付与したインク成分(3)が裏面(5)に達しないように塗布量を設定し、生地(2)に浸透させる。
図1に示すように、8~9割程度の浸透深さ(7)となるように、プリント時のインク塗布量を設定すると、放熱効率が向上する。プリントによる捺染では、
図2(a)に示すように、表側から裏側(肌に当接する側)に向かって粉末の濃度が薄くなる。なお、
図2(b)はプリントによる捺染を3回繰り返して裏面まで粉末を浸透させたものである。
【0036】
プリントは、生地表面にインクを全面プリントとすることでも放熱性は得られるが、快適な衣料用途での実用性に鑑みて、通気性、吸熱性、速乾性も備えた生地であることが望ましいことから、表面のうちプリントする部位は、好ましくは面積率で表面の30~70%とすることが好ましい。効率的な配分としては、生地表面の50~60%の面積率となるようプリント柄を配することが特に好ましい。表面のプリント柄は、四角形や多角形、丸形などのインク部分とブランクとを繰り返す柄模様などを用いることができる。
【0037】
なお、糸に遠赤外線放射セラミックス粉末を練り込む場合には、糸の強度等に影響がでることに加え、生地の深さ方向で配合比に差をつけたり、表面の面積比をコントロールすることが容易ではない。糸全体に練り込まれると、
図2(b)の状態と同様に、生地の表と裏で配合に変化をつけることが困難となるし、プリント面積を調整したような差異を設けることも、練り込まれた糸のみでは困難となる。このように糸に練りこんだ場合には、遠赤外線の放射方向に指向性を付与することがが困難となるので、プリントによる染み込みの拡がりで濃度を調整できる
図1に示すような本発明の構成のほうが放熱性に優れている。
【0038】
(洗濯性)
得られたプリント物は、アクリル樹脂によって遠赤外線放射セラミックスの微粉末を繊維表面に固定されているので、洗濯等を繰り返しても容易に剥離することはほぼなかった。長期の使用を経ても、遠赤外線放射セラミックスは変質しにくいので、遠赤外線放射セラミックス微粉末の放熱性は劣化しにくく、安定した性能が確保されていることが確認された。
【0039】
(放熱性)
得られた遠赤外線放射セラミックス含有インキをプリントした生地の放熱性について、FLIR社製のサーモグラフィの測定装置を用いて撮像し、色温度として視覚化しつつ温度を測定した。実験に用いた生地は、表面全面のプリントではなく、生地に模様上にプリントされた部分的なプリントの生地である。
計測試験は、37℃に加熱したプレート上に、実施例の生地の表面を上に向けて載せ置き、比較例としてプリント未加工のナイロンベア天竺の生地を隣に載せ置き、サーモグラフィによってプレート上の生地の温度変化を観察した。なお、本発明の実施品としては、ベア天竺以外に、メッシュ生地にプリント加工したものでも計測した。
【0040】
図3に、37℃のプレート上に載せ置いた直後と、1分経過後のサーモグラフィの結果を示す。
本発明の実施品のベア天竺は、
載置直後:平均36.8℃、
1分後:平均36.9℃、
30分後:平均36.9℃であった。
他方、未プリントの比較例のベア天竺では、
載置直後:平均36.4℃、
1分後:平均36.3℃、
30分後:平均36.3℃であった。
【0041】
ベア天竺の場合、遠赤外線放射セラミックス粉末が表面にプリントされたものは、部分プリントであっても、未加工品よりも0.5~0.6℃温度が高く、熱放出性に優れ、また、時間経過により低下しにくく放熱生が維持されていることがわかった。
また、メッシュ生地では、載置直後のみ37.0℃と熱放出性が高かったが、すぐにメッシュによる通気効果は飽和し、以降は、ベア天竺の実施品と放熱性において差異は認められなかった。
【0042】
以上のように、放熱性に優れた生地を、肌に密着させる面を裏面、プリントされた表面を外に向けた衣料品に適用すると、体内の発熱は遠赤外線として外部に効率よく放射される。また、太陽光の赤外線と放射される遠赤外線が干渉することとなり、その分だけ遮熱されることとなる。
【0043】
衣料品として着用した場合の放熱性について、本発明の実施品の生地を用いたインナーのシャツを被験者に着せた直後の背面のサーモグライフィを計測し、その後に脱衣した直後のサーモグラフィを比較した。
着用直後:最大34.7℃
最小31.6℃
平均33.3℃
脱衣直後:最大35.3℃
最小31.9℃
平均33.6℃
インナーを着用しているほうが、未着用よりも平均0.3℃低かった。
【0044】
(接触冷温感試験 Q-max)
生地の一方表面側に遠赤外線放射セラミックス粉末を含む樹脂インクをプリント加工により捺染し、裏面にはインク成分が達していないプリント物(表面プリントがなされた生地)を得た後、KES-F7サーモラボII型を用いて、表面プリントがなされた生地の表面及び裏面の接触冷温感をそれぞれ計測した。(試験環境:温度20℃,湿度65%RH、温度検出器と試験片との温度差:20℃)
【0045】
初期接触冷感値
[インク中に遠赤外線放射セラミックス粉末を3mass%配合した場合]
表面: 0.400W/cm2
裏面: 0.342W/cm2
表面と裏面の差分:0.058W/cm2
[インク中に遠赤外線放射セラミックス粉末を5mass%配合した場合]
表面: 0.402W/cm2
裏面: 0.332W/cm2
表面と裏面の差分:0.070W/cm2
【0046】
接触冷温感評価値Q-maxは、接触物と生地の間の瞬間的な熱の移動量を計測したものであって、値が大きいと、熱の移動量が多いことから、肌が生地に触れたときに冷たく感じることとなる。
上に示した試験では、裏面の値はナイロンのベース生地側の接触冷感であって、表面の値は遠赤外線放射物質含有インクでプリントされた面の接触冷感である。表面側の値のほうが裏面よりも大きいことから、プリントされた表面のほうが放熱性に優れた成分が配されていることが確認された。
【0047】
そして、表面と裏面のQ-maxの値の差が十分にあれば、たとえば0.010~0.100W/cm2あれば、裏面に到達していないことの目安となる。上に示した測定結果からは、Q-maxの値に0.050W/cm2以上の差があり、遠赤外線放射セラミックス粉末がインク中に3%や5%配合された実用範囲のインクでプリント加工した場合でも、表面と裏面の接触冷感値の差は、0.050W/cm2以上確保されており、裏面に到達しない浸透深さの放熱生地が得られることが確認された。
【0048】
このように、0.050~0.080W/cm2であれば、プリントによりインキ成分を生地の深さ方向に浸透させた際に、インキ成分は表面から生地の途中までに留まっており、インク成分が裏面には到達していないものといえる。
【0049】
また、0.015~0.030W/cm2を確保すれば、厚みにかかわらず、十分に浸透して、深さ方向に80~90%到達するので、効率のよい実用領域が安定的に確保される。
【0050】
他方、プリント加工された生地の接触冷感値の表面と裏面の値の差がほぼ0であれば、プリント加工面の表面からのインク成分が裏面まで到達しているものである。こうした生地の初期接触冷間値は、表面・裏面共に高い値を示すものであるが、長期的な放熱性においては、体表面に向かう遠赤外線の放射成分が多くなることからその分だけ不利なものとなっており、インク成分が裏面に到達していない本発明の実施例の生地には劣るものであった。こうしたプリント加工のインク成分の浸透具合は、Q-maxの値を目安とすることで簡易に確認することができる。そこで、Q-maxの値を目安として、インクの配合や塗布量などを調整することで浸透具合が適正な生地を安定的に得ることができる。
【0051】
こうした表面側の接触冷温感値のほうが裏面の値よりも大きい結果は、体表面の熱が裏面側から表面側に伝わったとき、放出されやすいことを意味しており、生地の深さ方向で指向性が生じることや、サーモグラフィの計測結果は実施例の生地のほうが放熱性に優れていたこととも整合している。そこで、本発明の生地が放熱性に優れたものであることが裏付けられた。
【符号の説明】
【0052】
1 放熱性に優れた本発明の生地
2 ベース生地
3 インク成分
4 表面
5 裏面
6 遠赤外線放射セラミックス微粉末
7 浸透深さ