IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 日本バルカー工業株式会社の特許一覧

<>
  • 特許-解析システム、および解析方法 図1
  • 特許-解析システム、および解析方法 図2
  • 特許-解析システム、および解析方法 図3
  • 特許-解析システム、および解析方法 図4
  • 特許-解析システム、および解析方法 図5
  • 特許-解析システム、および解析方法 図6
  • 特許-解析システム、および解析方法 図7
  • 特許-解析システム、および解析方法 図8
  • 特許-解析システム、および解析方法 図9
  • 特許-解析システム、および解析方法 図10
  • 特許-解析システム、および解析方法 図11
  • 特許-解析システム、および解析方法 図12
  • 特許-解析システム、および解析方法 図13
  • 特許-解析システム、および解析方法 図14
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-06-02
(45)【発行日】2025-06-10
(54)【発明の名称】解析システム、および解析方法
(51)【国際特許分類】
   G01M 99/00 20110101AFI20250603BHJP
   G01H 17/00 20060101ALI20250603BHJP
【FI】
G01M99/00 A
G01H17/00 Z
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2024044904
(22)【出願日】2024-03-21
【審査請求日】2025-04-02
(73)【特許権者】
【識別番号】000229564
【氏名又は名称】株式会社バルカー
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山下 裕也
(72)【発明者】
【氏名】米田 哲也
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 央隆
【審査官】川野 汐音
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2022/065103(WO,A1)
【文献】特開2023-126703(JP,A)
【文献】国際公開第2021/019857(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/115814(WO,A1)
【文献】国際公開第2023/008269(WO,A1)
【文献】中国特許出願公開第113723245(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01M 13/00-13/045
G01M 99/00
G01H 1/00ー17/00
G05B 23/00-23/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
動作中の対象機器に取り付けられたセンサにより検出される振動信号を取得する信号取得部と、
前記対象機器に対応する前記振動信号を分析することにより、複数の周波数帯域にそれぞれ対応する第1の複数の信号強度を算出する強度算出部と、
予め設定された単位空間に対する、第1の時刻での前記第1の複数の信号強度に基づく信号空間の第1マハラノビス距離を算出する距離算出部と、
前記対象機器の動作状態に関する状態データを取得するデータ取得部と、
前記第1マハラノビス距離が閾値以上となった場合、前記状態データに基づいて前記対象機器の異常の有無を判定する異常判定部と、
前記対象機器が異常ではないと判定された場合、前記第1の時刻の近傍の所定期間において取得された前記振動信号を分析することにより算出される、前記複数の周波数帯域にそれぞれ対応する第2の複数の信号強度に基づいて、前記単位空間を再設定する設定部とを備える、解析システム。
【請求項2】
前記強度算出部は、前記第1の時刻よりも後に取得された前記振動信号を分析することにより、前記複数の周波数帯域にそれぞれ対応する第3の複数の信号強度を算出し、
前記距離算出部は、前記設定部により再設定された前記単位空間に対する、前記第3の複数の信号強度に基づく信号空間の第2マハラノビス距離を算出し、
前記第2マハラノビス距離が前記閾値以上となった場合、前記異常判定部は、前記状態データに基づいて前記対象機器の異常の有無を判定する、請求項1に記載の解析システム。
【請求項3】
前記対象機器はポンプであり、
前記状態データは、前記ポンプが吐出する流体の圧力、前記ポンプを駆動させるための電流値、前記ポンプを駆動させるための周波数、および前記ポンプの筐体の温度のうちの少なくとも1つを含む、請求項1または2に記載の解析システム。
【請求項4】
前記圧力が第1基準値未満であるとの第1条件、前記電流値が第2基準値以上であるとの第2条件、前記周波数が第3基準値以上であるとの第3条件、および前記温度が第4基準値以上であるとの第4条件のうちの少なくとも1つが成立する場合、前記異常判定部は、前記ポンプが異常であると判定する、請求項3に記載の解析システム。
【請求項5】
予め設定された前記単位空間は、正常時の前記対象機器に対応する振動信号を分析することにより算出される、前記複数の周波数帯域にそれぞれ対応する複数の信号強度で構成された第1単位空間であり、
前記距離算出部は、前記第1マハラノビス距離として、前記第1単位空間に対する、前記第1の時刻での前記第1の複数の信号強度で構成される信号空間のマハラノビス距離を算出する、請求項1または2に記載の解析システム。
【請求項6】
予め設定された前記単位空間は、正常時の前記対象機器に対応する振動信号を分析することにより算出される、前記複数の周波数帯域にそれぞれ対応する複数の信号強度の重心位置を示す2次元の重心データで構成される第2単位空間であり、
前記距離算出部は、前記第1マハラノビス距離として、前記第2単位空間に対する、前記第1の時刻での前記2次元の重心データで構成される信号空間のマハラノビス距離を算出する、請求項1または2に記載の解析システム。
【請求項7】
前記対象機器が異常であると判定された場合、警告情報を出力する出力制御部をさらに備える、請求項1または2に記載の解析システム。
【請求項8】
前記出力制御部は、前記第1マハラノビス距離が前記閾値以上である場合には、前記第1マハラノビス距離が前記閾値未満である場合とは異なる表示態様で、前記第1マハラノビス距離をディスプレイに表示する、請求項7に記載の解析システム。
【請求項9】
動作中の対象機器に取り付けられたセンサにより検出される振動信号を取得するステップと、
前記対象機器に対応する前記振動信号を分析することにより、複数の周波数帯域にそれぞれ対応する第1の複数の信号強度を算出するステップと、
予め設定された単位空間に対する、第1の時刻での前記第1の複数の信号強度に基づく信号空間の第1マハラノビス距離を算出するステップと、
前記対象機器の動作状態に関する状態データを取得するステップと、
前記第1マハラノビス距離が閾値以上となった場合、前記状態データに基づいて前記対象機器の異常の有無を判定するステップと、
前記対象機器が異常ではないと判定された場合、前記第1の時刻の近傍の所定期間において取得された前記振動信号を分析することにより算出される、前記複数の周波数帯域にそれぞれ対応する第2の複数の信号強度に基づいて、前記単位空間を再設定するステップとを含む、解析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、解析システム、および解析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、機械の異常を検査するための手法として、機器の動作中の異常振動に起因する信号を検出することにより、その機器の異常の有無を判定する手法が知られている。
【0003】
例えば、国際公開第2022/065103号(特許文献1)に係る振動解析システムは、対象物に対応する振動信号を分析することにより複数の信号強度を算出し、予め設定された単位空間に対する、複数の信号強度で構成される信号空間のマハラノビス距離に基づいて、対象物の異常発生時期を予測するように構成されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開第2022/065103号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に係る振動解析システムは、単位空間に対する信号空間のマハラノビス距離が大きい場合、対象機器(例えば、ポンプ)の異常発生を警告するための警告情報を出力する。しかし、ポンプ近傍での設備交換等によりポンプ以外で生じる振動(外乱)が積み重なると、外乱の影響を受けた振動信号に基づく信号空間と、基準となる単位空間とのマハラノビス距離が大きくなる。この場合、即時にポンプを保全する必要がないにも関わらず警告情報が出力されてしまうため、精度の高い予兆保全を行なうことができない。
【0006】
本開示のある局面における目的は、動作中に振動を発生する保全対象機器について、予知保全の精度を向上させることが可能な解析システム、および解析方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
ある実施の形態に従う解析システムは、動作中の対象機器に取り付けられたセンサにより検出される振動信号を取得する信号取得部と、対象機器に対応する振動信号を分析することにより、複数の周波数帯域にそれぞれ対応する第1の複数の信号強度を算出する強度算出部と、予め設定された単位空間に対する、第1の時刻での第1の複数の信号強度に基づく信号空間の第1マハラノビス距離を算出する距離算出部と、対象機器の動作状態に関する状態データを取得するデータ取得部と、第1マハラノビス距離が閾値以上となった場合、状態データに基づいて対象機器の異常の有無を判定する異常判定部と、対象機器が異常ではないと判定された場合、第1の時刻の近傍の所定期間において取得された振動信号を分析することにより算出される、複数の周波数帯域にそれぞれ対応する第2の複数の信号強度に基づいて、単位空間を再設定する設定部とを備える。
【0008】
好ましくは、強度算出部は、第1の時刻よりも後に取得された振動信号を分析することにより、複数の周波数帯域にそれぞれ対応する第3の複数の信号強度を算出する。距離算出部は、設定部により再設定された単位空間に対する、第3の複数の信号強度に基づく信号空間の第2マハラノビス距離を算出する。第2マハラノビス距離が閾値以上となった場合、異常判定部は、状態データに基づいて対象機器の異常の有無を判定する。
【0009】
好ましくは、対象機器はポンプである。状態データは、ポンプが吐出する流体の圧力、ポンプを駆動させるための電流値、ポンプを駆動させるための周波数、およびポンプの筐体の温度のうちの少なくとも1つを含む。
【0010】
好ましくは、圧力が第1基準値未満であるとの第1条件、電流値が第2基準値以上であるとの第2条件、周波数が第3基準値以上であるとの第3条件、および温度が第4基準値以上であるとの第4条件のうちの少なくとも1つが成立する場合、異常判定部は、ポンプが異常であると判定する。
【0011】
好ましくは、予め設定された単位空間は、正常時の対象機器に対応する振動信号を分析することにより算出される、複数の周波数帯域にそれぞれ対応する複数の信号強度で構成された第1単位空間である。距離算出部は、第1マハラノビス距離として、第1単位空間に対する、第1の時刻での第1の複数の信号強度で構成される信号空間のマハラノビス距離を算出する。
【0012】
好ましくは、予め設定された単位空間は、正常時の対象機器に対応する振動信号を分析することにより算出される、複数の周波数帯域にそれぞれ対応する複数の信号強度の重心位置を示す2次元の重心データで構成される第2単位空間である。距離算出部は、第1マハラノビス距離として、第2単位空間に対する、第1の時刻での2次元の重心データで構成される信号空間のマハラノビス距離を算出する。
【0013】
好ましくは、解析システムは、対象機器が異常であると判定された場合、警告情報を出力する出力制御部をさらに備える。
【0014】
好ましくは、出力制御部は、第1マハラノビス距離が閾値以上である場合には、第1マハラノビス距離が閾値未満である場合とは異なる表示態様で、第1マハラノビス距離をディスプレイに表示する。
【0015】
他の実施の形態に従う解析方法は、動作中の対象機器に取り付けられたセンサにより検出される振動信号を取得するステップと、対象機器に対応する振動信号を分析することにより、複数の周波数帯域にそれぞれ対応する第1の複数の信号強度を算出するステップと、予め設定された単位空間に対する、第1の時刻での第1の複数の信号強度に基づく信号空間の第1マハラノビス距離を算出するステップと、対象機器の動作状態に関する状態データを取得するステップと、第1マハラノビス距離が閾値以上となった場合、状態データに基づいて対象機器の異常の有無を判定するステップと、対象機器が異常ではないと判定された場合、第1の時刻の近傍の所定期間において取得された振動信号を分析することにより算出される、複数の周波数帯域にそれぞれ対応する第2の複数の信号強度に基づいて、単位空間を再設定するステップとを含む。
【発明の効果】
【0016】
本開示によると、動作中に振動を発生する保全対象機器について、予知保全の精度を向上させることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】システムの概要を説明するための図である。
図2】解析システムの全体構成の一例を示すブロック図である。
図3】解析装置のハードウェア構成の一例を示すブロック図である。
図4】準備工程の一例を示すフローチャートである。
図5】各周波数帯域の信号強度のデータセットの一例を示す図である。
図6】重心位置のデータセットの一例を示す図である。
図7】解析工程の一例を示すフローチャートである。
図8】第1異常判定工程の一例を示すフローチャートである。
図9】状態データのデータセットの一例を示す図である。
図10】単位空間の再設定工程の一例を示すフローチャートである。
図11】マハラノビス距離および吐出圧力の時間変化を示す図である。
図12】第2異常判定工程の一例を示すフローチャートである。
図13】ユーザインターフェイス画面のレイアウト例を示す図である。
図14】解析装置の機能ブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、図面を参照しつつ、本発明の実施の形態について説明する。以下の説明では、同一の部品には同一の符号を付してある。それらの名称および機能も同じである。したがって、それらについての詳細な説明は繰り返さない。
【0019】
<システム構成>
図1は、システム1000の概要を説明するための図である。図1を参照して、システム1000は、ポンプ等の保全対象機器(以下、単に「対象機器」とも称する。)の動作中に発生する振動の信号を解析することにより対象機器の異常の有無を判定し、対象機器の予知保全を行なうためのシステムである。予知保全とは、保全対象機器に生じる何らかの異常を検知して、保全対象機器を停止しなければならない状態になる前に、部品の整備や交換等の作業を行なうことである。
【0020】
以下では、対象機器がポンプであるとして説明するが、これに限られず、動作中に振動(あるいは音)を発生する任意の対象機器についてシステム1000を適用することができる。例えば、モータ、振動体からの振動を受けて振動している部位などの異常判定にもシステム1000を適用することができる。
【0021】
システム1000は、解析システム100と、複数のセンサ30と、端末装置40と、ネットワーク50と、監視装置60と、複数のポンプ70とを含む。解析システム100は、ポンプ70の振動解析を実行する。解析システム100は、解析装置10と、センサユニット20とを含む。センサユニット20は、複数のセンサ30と電気的に接続されている。システム1000では、2つのセンサユニット20が解析装置10に接続されているが、3つ以上のセンサユニット20、または1つのセンサユニット20が解析装置10に接続される構成であってもよい。各センサユニット20は、1つのセンサ30と電気的に接続されていてもよい。各センサユニット20は、複数のポンプ70にそれぞれ取り付けられた複数のセンサ30と電気的に接続されていてもよい。
【0022】
センサ30は、ポンプ70に取り付けられており、ポンプの振動や音に起因して検出される検出信号(振動信号)を取得する。解析装置10は、センサユニット20を介してセンサ30から入力された振動信号に基づいて、ポンプ70の振動解析を実行する。
【0023】
監視装置60は、ポンプ70の動作状態に関する状態データを監視する。状態データは、ポンプ70が吐出する流体の圧力(以下、「吐出圧力J1」とも称する。)、ポンプ70を駆動させるための電流値J2、ポンプ70の出力を制御するための周波数J3、およびポンプ70の筐体の温度J4のうちの少なくとも1つを含む。典型的には、吐出圧力J1、電流値J2、周波数J3および温度J4は、ポンプ70に設けられた各種計測機器(例えば、圧力センサ、電流センサ、周波数計測器、温度センサ)により計測される。監視装置60は、各種計測機器により計測された状態データを受信する。状態データは、ポンプ70の異常を直接的に確認するためのデータである。そのため、状態データが異常値である場合には、ポンプ70に実質的な異常が発生している可能性が高い。
【0024】
解析装置10は、監視装置60と通信可能に構成されており、監視装置60から状態データを取得(受信)する。解析装置10は、ポンプ70の振動解析結果および状態データに基づいて、ポンプ70の異常判定を実行する。異常判定方式の詳細については後述する。解析装置10は、ネットワーク50を介して、端末装置40と通信可能に構成される。解析装置10は、解析結果および判定結果等を端末装置40に送信する。
【0025】
解析装置10は、典型的には、汎用的なコンピュータアーキテクチャに従う構造を有しており、予めインストールされたプログラムをプロセッサが実行することで、後述する各種の処理を実現する。解析装置10は、例えば、ラップトップPC(Personal Computer)である。ただし、解析装置10は、以下で説明する機能および処理を実行可能な装置であればよく、他の装置(例えば、デスクトップPC、タブレット端末装置)であってもよい。
【0026】
ネットワーク50は、インターネット等の各種ネットワークを含む。ネットワーク50は、有線通信方式を採用してもよいし、無線LAN(local area network)等のその他の無線通信方式を採用してもよい。
【0027】
端末装置40は、例えば、携帯可能なタブレット端末装置である。ただし、端末装置40は、これに限られず、スマートフォン、デスクトップPC(Personal Computer)などで実現されてもよい。
【0028】
図1の例では、解析システム100は、解析装置10と、センサユニット20とが分離した分離型の装置で構成されているが、解析装置10およびセンサユニット20の一体型の装置で構成されていてもよい。また、解析装置10および監視装置60は、一体型の装置で構成されていてもよい。この場合、解析装置10は、監視装置60の上記機能を有し、各種計測機器により計測される状態データを直接受信する。
【0029】
図2は、解析システム100の全体構成の一例を示すブロック図である。図2を参照して、解析システム100は、解析装置10と、センサユニット20とを含む。
【0030】
センサユニット20に接続されるセンサ30は、振動や音の信号を検出可能なセンサであり、例えば、有機圧電素子を用いた加速度センサによって構成される。なお、センサ30は、振動や音の信号を検出可能なセンサであればよく、他の方式(例えば、サーボ型)の加速度センサで構成されていてもよいし、各種の他のセンサで構成されていてもよい。
【0031】
センサ30により得られる信号が電荷信号である場合、チャージコンバータが、センサ30と解析システム100との間に設けられる。この場合、チャージコンバータは、センサ30からの電荷信号を電圧信号に変換して、解析システム100に出力する。なお、センサ30が、電荷信号を電圧信号に変換する機能を有する場合には、チャージコンバータは不要である。
【0032】
センサユニット20は、センサ30(あるいは、チャージコンバータ)から取得した振動信号を、解析装置10で処理できる信号に変換する。具体的には、センサユニット20は、フィルタ21と、増幅器22と、A/Dコンバータ23とを含む。
【0033】
フィルタ21は、アナログフィルタであり、センサ30から出力される振動信号からノイズ成分を除去する。フィルタ21は、ローパスフィルタ、ハイパスフィルタ等により構成される。
【0034】
増幅器22は、フィルタ21から出力されるアナログ信号を所定倍に増幅し、増幅した信号をA/Dコンバータ23に出力する。
【0035】
A/Dコンバータ23は、所定のサンプリング周波数にて、増幅器22から入力される信号をアナログ信号からディジタル信号に変換する。A/Dコンバータ23は、ディジタル変換した信号を解析装置10へ出力する。
【0036】
図3は、解析装置10のハードウェア構成の一例を示すブロック図である。図3を参照して、解析装置10は、プロセッサ101と、メモリ103と、ディスプレイ105と、入力装置107と、信号入力インターフェイス(I/F)109と、通信インターフェイス(I/F)111とを含む。これらの各部は、互いにデータ通信可能に接続される。
【0037】
プロセッサ101は、典型的には、CPU(Central Processing Unit)、MPU(Multi Processing Unit)等といった演算処理部である。プロセッサ101は、メモリ103に記憶されたプログラムを読み出して実行することで、解析装置10の各部の動作を制御する。より詳細にはプロセッサ101は、当該プログラムを実行することによって、解析装置10の各機能を実現する。
【0038】
メモリ103は、RAM(Random Access Memory)、ROM(Read-Only Memory)、フラッシュメモリ、ハードディスクなどによって実現される。メモリ103は、プロセッサ101によって実行されるプログラム等を記憶する。
【0039】
ディスプレイ105は、例えば、液晶ディスプレイ、有機EL(Electro Luminescence)ディスプレイ等である。ディスプレイ105は、解析装置10と一体的に構成されてもよいし、解析装置10とは別個に構成されてもよい。
【0040】
入力装置107は、解析装置10に対する操作入力を受け付ける。入力装置107は、例えば、キーボード、ボタン、マウスなどによって実現される。また、入力装置107は、タッチパネルとして実現されていてもよい。
【0041】
信号入力インターフェイス109は、プロセッサ101とセンサユニット20との間のデータ伝送を仲介する。信号入力インターフェイス(I/F)109は、センサユニット20を介して、センサ30からの振動信号の入力を受け付ける。具体的には、信号入力インターフェイス109は、A/Dコンバータ23からのディジタル信号の入力を受け付ける。
【0042】
通信インターフェイス111は、プロセッサ101と端末装置40および監視装置60等との間のデータ伝送を仲介する。通信方式としては、例えば、Bluetooth(登録商標)、無線LAN(Local Area Network)等による無線通信方式が用いられる。なお、通信方式として、USB(Universal Serial Bus)等の有線通信方式が用いられてもよい。
【0043】
<異常判定方式>
本実施の形態に従う異常判定方式について説明する。異常判定方式は、リファレンスデータを準備する準備工程と、ポンプ70の異常状態を解析する解析工程とを含む。
【0044】
(準備工程)
本実施の形態に係る準備工程においては、例えば、動作開始初期のポンプ70の振動状態が計測される。動作開始初期のポンプ70は新品の状態であることから、正常時のポンプ70の振動状態がリファレンスとして計測される。ただし、ポンプ70の代わりに、ポンプ70と同一種類の正常状態のポンプを別途用意して、当該ポンプの振動状態がリファレンスとして計測されてもよい。
【0045】
図4は、準備工程の一例を示すフローチャートである。典型的には、以下の各ステップは、解析装置10のプロセッサ101がメモリ103に格納されたプログラムを実行することによって実現される。
【0046】
図4を参照して、プロセッサ101は、センサユニット20を介して、センサ30から出力される振動信号を取得する(ステップS10)。具体的には、プロセッサ101は、センサ30から正常時のポンプ70に対応する振動信号(ポンプ70の振動状態を示す振動信号)を取得する。
【0047】
プロセッサ101は、所定時間(例えば、数十~数百m秒)蓄積された振動信号を、オクターブ分析する(ステップS12)。本実施の形態では、1/3オクターブ分析が利用される。そのため、各振動信号は、1/3バンドパスフィルタによって、例えば0.4Hzから20kHzまでの48バンドに分離され、バンド(すなわち、周波数帯域)ごとに信号強度(振動強度)が平均化される。以下の説明では、周波数帯域において平均化された信号強度を、単に「周波数帯域の信号強度」とも称する。
【0048】
プロセッサ101は、各周波数帯域について、正常時のポンプ70に対応する当該周波数帯域の信号強度をリファレンスデータR1としてメモリ103に記憶する(ステップS14)。
【0049】
図5は、各周波数帯域の信号強度のデータセットの一例を示す図である。図5を参照して、データセット310は、各時刻T1~Tm(ただし、mは自然数)について、各周波数帯域f1~fn(ただし、nは自然数)の信号強度Lを含む。各振動信号が48バンドに分離される場合、n=48である。例えば、データセット310は、時刻T1においては、各周波数帯域f1~fnの信号強度L1_1~L1_nを含み、時刻Tmにおいては、各周波数帯域f1~fnの信号強度Lm_1~Lm_nを含む。リファレンスデータR1は、例えば、各時刻T1~Txの各周波数帯域f1~fnの信号強度Lを含む。この場合、時刻T1~Txの期間が動作開始初期期間に対応する。
【0050】
再び、図4を参照して、プロセッサ101は、リファレンスデータR1を用いてマハラノビス・タグチ法(MT法)における単位空間U1を設定する(ステップS16)。具体的には、プロセッサ101は、各時刻T1~Txにおける各周波数帯域f1~fnの信号強度Lのデータを、単位空間U1として設定する。単位空間U1は、後述する第1異常判定工程において用いられる。
【0051】
プロセッサ101は、各周波数帯域の信号強度の重心位置を示す2次元の重心データを算出する(ステップS18)。具体的には、プロセッサ101は、データセット310から図6に示すデータセットを生成する。
【0052】
図6は、重心位置のデータセットの一例を示す図である。図6を参照して、データセット320は、時刻T1~Tmについて、周波数帯域の重心位置Gxと、信号強度の重心位置Gyとを含む。各時刻T1~Tmについて、2次元の重心データ(重心位置Gx,Gy)が生成される。重心位置Gxは以下の式(1)で表され、重心位置Gyは以下の式(2)で表される。
【0053】
【数1】
【0054】
【数2】
【0055】
はi番目の周波数帯域を表わし、Lはi番目の周波数帯域の信号強度を表わし、Sは全周波数帯域の信号強度の総和を表わしている。式(1)および式(2)により、n次元(多次元)のデータ(各周波数帯域f1~fnの信号強度L)で構成されるデータセット310から、2次元のデータ(重心位置Gx,Gy)で構成されるデータセット320が生成される。データセット320では、例えば、時刻T1の重心位置Gx,Gyがそれぞれ重心位置Gf_1,GL_1で表され、時刻Tmの重心位置Gx,Gyがそれぞれ重心位置Gf_m,GL_mで表される。
【0056】
再び、図4を参照して、プロセッサ101は、動作開始初期期間(例えば、時刻T1~Tx)における重心データを用いて、MT法における単位空間U2を設定する(ステップS20)。具体的には、プロセッサ101は、各時刻T1~Txの2次元の重心データ(重心位置Gx,Gy)を、単位空間U2として設定する。単位空間U2は、後述する第2異常判定工程において用いられる。
【0057】
(解析工程)
解析工程は、ポンプ70の異常の有無を判定する第1異常判定工程および第2異常判定工程を含む。
【0058】
図7は、解析工程の一例を示すフローチャートである。図7を参照して、プロセッサ101は、センサユニット20を介して、センサ30から出力される振動信号を取得する(ステップS30)。具体的には、プロセッサ101は、通常期間(例えば、動作開始初期期間終了後の運用期間)中のポンプ70に対応する振動信号をセンサ30から取得する。
【0059】
プロセッサ101は、所定時間蓄積された振動信号を、オクターブ分析する(ステップS32)。プロセッサ101は、各周波数帯域について、ポンプ70に対応する当該周波数帯域の信号強度をメモリ103に記憶する(ステップS34)。具体的には、ある時刻Tsでのポンプ70における各周波数帯域の信号強度が、データセット310の形式で記憶される。ここで、時刻Tsでのポンプ70における周波数帯域f1~fnの一連の信号強度Ls_1~Ls_nを、信号強度データPsとも称する。なお、時刻T1~Txの期間が動作開始初期期間に対応するため、通常期間は時刻Tx+1~時刻Tmの期間に対応する。そのため、時刻Tsは、時刻Tx+1~時刻Tmのいずれかである。
【0060】
プロセッサ101は、信号強度データPsと準備工程で得られたデータとを用いて、第1異常判定工程(ステップS40)および第2異常判定工程(ステップS50)を実行する。これらの各工程は、並行して実行されてもよいし、順次実行されてもよい。
【0061】
[第1異常判定工程]
図8は、第1異常判定工程の一例を示すフローチャートである。第1異常判定工程では、多次元データで構成されるデータセット310が用いられる。図8を参照して、プロセッサ101は、図4のステップS16で設定した単位空間U1に対する、複数の信号強度で構成される信号空間X1sのマハラノビス距離MD1を算出する(ステップS41)。信号空間X1sは、時刻Tsでの複数の信号強度Ls_1~Ls_n(すなわち、信号強度データPs)で構成される。
【0062】
プロセッサ101は、マハラノビス距離MD1が閾値Th1(例えば、4)以上であるか否かを判断する(ステップS42)。マハラノビス距離MD1が閾値Th1未満である場合(ステップS42においてNO)、プロセッサ101は第1異常判定工程を終了する。マハラノビス距離MD1が閾値Th1以上である場合(ステップS42においてYES)、プロセッサ101は、ポンプ70の動作状態に関する状態データを監視装置60から取得する(ステップS43)。
【0063】
図9は、状態データのデータセットの一例を示す図である。図9を参照して、データセット330は、各時刻t1~tg(ただし、gは自然数)について、状態データD1~Dp(ただし、pは自然数)を含む。データセット330では、時刻t1の状態データD1~Dpがそれぞれ状態データD1_1~Dp_1で表わされ、時刻tgの状態データD1~Dpがそれぞれ状態データD1_g~Dp_gで表される。例えば、状態データD1,D2,D3,D4は、それぞれポンプ70の吐出圧力J1、電流値J2、周波数J3、温度J4である。
【0064】
プロセッサ101は、過去の一定期間(例えば、時刻t1~tgまでの期間)の状態データを含むデータセット330を監視装置60から受信する。なお、プロセッサ101は、状態データをデータセット330の形式で受信しなくてもよい。例えば、プロセッサ101は、特定の状態データ(例えば、時刻t3の状態データD2_3等)を指定して、当該状態データを受信する構成であってもよい。
【0065】
再び、図8を参照して、プロセッサ101は、状態データが正常であるか否かを判断する(ステップS44)。例えば、状態データが吐出圧力J1であるとする。この場合、プロセッサ101は、吐出圧力J1が基準値E1以上である場合には状態データ(すなわち、吐出圧力J1)は正常であると判断し、吐出圧力J1が基準値E1未満である場合には状態データは正常ではない(すなわち、異常)と判断する。
【0066】
例えば、ポンプ70が制御機構を有さない場合、一定の条件下で定格運転されているポンプ70の吐出圧力は、ポンプ能力の指標となる。そのため、吐出圧力の低下は、ポンプ能力の不足を意味する。一方、ポンプ70が制御機構を有し、一定圧力を吐出するように制御されている場合には、吐出圧力を制御するための制御値(電流、周波数等)が変動することで吐出圧力が一定に保たれる。しかし、ポンプ70の異常等により制御値が制御範囲を逸脱すると吐出圧力が低下する。したがって、ポンプ70の制御機構の有無に関わらず、ポンプ70の吐出圧力が低下して基準値E1未満となった場合には、ポンプ70に異常が発生していると考えられる。
【0067】
状態データが異常である場合(ステップS44においてNO)、プロセッサ101は、ポンプ70に何らかの異常が発生していると判定し、異常アラートを出力する(ステップS45)。典型的には、異常アラートは、ディスプレイ105に表示される。なお、異常アラートは、スピーカを介して音声出力される構成であってもよい。
【0068】
一方、状態データが正常である場合(ステップS44においてYES)、プロセッサ101は、ポンプ70に異常が発生していない(すなわち、ポンプ70が正常状態である)と判定し、準備工程において予め設定した単位空間U1を再設定(更新)する(ステップS46)。
【0069】
図10は、単位空間の再設定工程の一例を示すフローチャートである。図10を参照して、プロセッサ101は、単位空間U1の再設定に使用する信号強度Lを選択する(ステップS102)。具体的には、プロセッサ101は、時刻Tsの近傍の所定期間Yにおいて取得された振動信号を分析することにより得られた信号強度Lを選択する。
【0070】
ここで、プロセッサ101は、ステップS16で設定された単位空間U1に対する、時刻Tsでの信号空間X1sのマハラノビス距離MD1が閾値Th1以上である(ステップS43においてYES)との判定処理、および状態データが正常である(ステップS44においてYES)との判定処理を経て単位空間U1を再設定する処理(ステップS46)を実行する。所定期間Yは、例えば、時刻T(s-a×n)から時刻T(s+a×n)までの一定期間に設定される。なお、例えば、“a=50”である。
【0071】
一例として、時刻Ts付近において振動信号が急激に変化する場合を考慮して、所定期間Yは、時刻Ts以後の一定期間に設定される。例えば、所定期間Yは、時刻Tsから時刻T(s+5×n)までの期間(“5×n”の期間)である。この場合、ステップS102において、プロセッサ101は、単位空間U1の再設定用の信号強度Lとして、各時刻Ts~T(s+5×n)の各周波数帯域f1~fnの信号強度Lを選択する。
【0072】
他の例として、時刻Ts付近において振動信号が徐々に変化する場合には、所定期間Yは、時刻Ts以前の一定期間に設定されてもよい。この場合、例えば、所定期間Yは、時刻T(s-5×n)から時刻Tsまでの期間である。さらに他の例として、所定期間Yは、時刻Tsを含む前後の期間に設定されてもよい。この場合、例えば、所定期間Yは、時刻T(s-h)から時刻T(s+5×n-h)までの期間である。ただし、“h”は、h<5×nを満たす自然数である。
【0073】
なお、所定期間Yは、ユーザによって、適宜、変更することが可能である。
続いて、プロセッサ101は、選択された信号強度Lを新たなリファレンスデータR2としてメモリ103に記憶する(ステップS104)。プロセッサ101は、リファレンスデータR2を用いて単位空間U1を再設定する(ステップS106)。例えば、プロセッサ101は、各時刻Ts~T(s+5×n)における各周波数帯域f1~fnの信号強度Lのデータを、新たな単位空間U1として設定する。以下、再設定後の単位空間U1を「単位空間U1x」とも称する。
【0074】
ここで、上述した単位空間U1の再設定処理を実行する理由について詳細に説明する。図11は、マハラノビス距離および吐出圧力の時間変化を示す図である。図11の横軸は時刻(例えば、時刻「1」~「10000」)を示しており、左側の縦軸はマハラノビス距離MD1を示しており、右側の縦軸は状態データとしての吐出圧力を示している。図11では、初期時点(すなわち、時刻「1」)において既に稼働中のポンプ70が、時刻「10000」付近で故障(寿命)となった例が示されている。ここでは、状態データが吐出圧力J1である場合について説明するが、状態データは電流値J2、周波数J3または温度J4であってもよい。
【0075】
図11を参照して、グラフ401は、初期の単位空間U1と、各時刻の信号空間とのマハラノビス距離MD1(以下、「マハラノビス距離MD1_1」とも称する。)を示している。グラフ402は、再設定後の単位空間U1xと、各時刻の信号空間とのマハラノビス距離MD1(以下、「マハラノビス距離MD1_2」とも称する。)を示している。グラフ403は、初期時点を“1”とした場合の吐出圧力を示している。
【0076】
図11の例では、マハラノビス距離MD1の閾値Th1は“6”に設定されている。吐出圧力の基準値E1は“0.8”に設定されている。吐出圧力が0.7以下になると、ポンプ70が故障したと判定される。初期時点において、初期の単位空間U1(例えば、準備工程のステップS16で設定される単位空間U1)が設定されているものとする。
【0077】
時刻「1400」付近から時刻「3000」付近に至るまでの間に、マハラノビス距離MD1_1が急激に上昇している。具体的には、時刻「2500」付近において、マハラノビス距離MD1_1は閾値Th1以上となり異常値を示す。このとき、吐出圧力は基準値E1以上を維持しており正常範囲内に収まっている。このような場合、何らかの原因によりポンプ70の振動状態が変化し、その結果、マハラノビス距離MD1_1は上昇しているが、ポンプ性能は正常であると考えられる。
【0078】
したがって、プロセッサ101は、ポンプ70が正常状態を維持している(異常ではない)と判定し、時刻「2500」以後の所定期間Yにおける信号強度Lを用いて単位空間U1を再設定する。プロセッサ101は、例えば、時刻「2500」から時刻「2740」まで(すなわち、所定期間Y)の信号強度Lを再設定後の単位空間U1xとして設定する。プロセッサ101は、再設定後の単位空間U1xを用いることにより、ポンプ70の振動状態が変化した後の状態を基準として、マハラノビス距離MD1_2を算出する。
【0079】
時刻「2900」付近以降において、単位空間U1xに対する各時刻における信号空間のマハラノビス距離MD1_2が示されている。図11に示すように、マハラノビス距離MD1_2は、振動状態の変化後の単位空間U1xを基準としたマハラノビス距離であるため、単位空間U1を基準としたマハラノビス距離MD1_1よりも小さいことが理解される。
【0080】
時間が経過するにつれてポンプ70の吐出圧力は徐々に減少し、時刻「6100」付近で基準値E1未満となるが、実用上問題はなく、ポンプ70は引き続き稼働を続ける。時刻「6100」付近においてマハラノビス距離MD1_2の上昇は確認できない。
【0081】
時刻「8000」付近以降において、マハラノビス距離MD1_2が急激に上昇している。具体的には、時刻「9000」付近においてマハラノビス距離MD1_2は閾値Th1以上となり異常値を示す。また、時刻「9000」付近において、吐出圧力は基準値E1未満となっておりポンプ性能も不足していると考えられる。このように、マハラノビス距離MD1_2が閾値Th1以上となり、かつ吐出圧力が基準値E1未満となるため、プロセッサ101は、ポンプ70に異常が発生したと判定する。なお、時刻「9000」付近におけるグラフ401を参照すると、マハラノビス距離MD1_1は上昇傾向ではあるが、その変化が現れ難くなっている。そして、時刻「10000」付近において、ポンプ70は故障に至る。
【0082】
上記のように、再設定後の単位空間U1xに対するマハラノビス距離MD1_2と吐出圧力とを利用してポンプ70の異常を判定する異常判定方式によると、ポンプ70の突発故障が発生するタイミングの少し前のタイミング(例えば、時刻「9000」付近)で当該異常を判定することができる。
【0083】
一方、例えば、初期の単位空間U1に基づくマハラノビス距離MD1_1のみを利用した異常判定方式を採用する場合には、マハラノビス距離MD1_1が閾値Th1以上となる時点(例えば、時刻「2500」付近)でポンプ70の異常を判定することが考えられる。しかし、当該時点においては、ポンプ70に実質的な異常は発生しておらず、ポンプ70を保全するタイミングとしては早過ぎるため、適切ではない。
【0084】
また、マハラノビス距離MD1_1および吐出圧力を利用した異常判定方式を採用する場合には、マハラノビス距離MD1_1が閾値Th1以上であり、かつ吐出圧力が基準値E1未満となる時点(例えば、時刻「6100」付近)でポンプ70の異常を判定することが考えられる。当該時点においては、ポンプ70の劣化は進んでいるものの、ポンプ70は通常稼働できる状態である。そのため、ポンプ70を保全するタイミングとしてはやや早いと考えられる。
【0085】
なお、マハラノビス距離を利用せずに吐出圧力のみを利用した異常判定方式を採用する場合には、吐出圧力が基準値E1未満となる時点(例えば、時刻「6100」付近)、あるいは、吐出圧力が限界値(例えば、0.7)未満となる時点(例えば、時刻「10000」付近)でポンプ70の異常を判定することが考えられる。吐出圧力が基準値E1未満となる時点でポンプ70の異常を判定する場合、上記と同様に、当該時点はポンプ70を保全するタイミングとしてはやや早い。また、吐出圧力が限界値未満となる時点でポンプ70の異常を判定する場合、当該時点においては、既にポンプ70が故障している(あるいは、故障する直前である)可能性が高いため、当該時点はポンプ70を保全するタイミングとしては遅すぎる。
【0086】
したがって、マハラノビス距離MD1_2および吐出圧力に基づく本実施の形態の異常判定方式によると、故障が発生するタイミングの少し前のタイミングで異常を判定できるため、ポンプ70をより長く稼働させることができるとともに、突発故障が発生する前にポンプ70の保全を行なうことができる。すなわち、ポンプ70について、予知保全の精度を向上させることが可能となる。
【0087】
[第2異常判定工程]
図12は、第2異常判定工程の一例を示すフローチャートである。図12を参照して、プロセッサ101は、各周波数帯域の信号強度の重心位置を示す2次元の重心データを算出する(ステップS51)。具体的には、プロセッサ101は、図7のステップS34で記憶された信号強度データPsから式(1)および式(2)を用いて2次元の重心データ(すなわち、重心位置Gx,Gy)を算出する。
【0088】
プロセッサ101は、図4のステップS20で設定した単位空間U2に対する、2次元の重心データで構成される信号空間X2sのマハラノビス距離MD2を算出する(ステップS52)。信号空間X2sは、時刻Tsでの重心位置Gx,Gy(すなわち、Gf_s,GL_s)で構成される。
【0089】
プロセッサ101は、マハラノビス距離MD2が閾値Th2(例えば、4)以上であるか否かを判断する(ステップS53)。マハラノビス距離MD2が閾値Th2未満である場合(ステップS53においてNO)、プロセッサ101は第2異常判定工程を終了する。マハラノビス距離MD2が閾値Th2以上である場合(ステップS53においてYES)、プロセッサ101は、ステップS54の処理を実行する。なお、ステップS54,S55,S56の処理は、それぞれ図8のステップS43,S44,S45の処理と同様であるため、その詳細な説明は繰り返さない。
【0090】
状態データが正常である場合(ステップS55においてYES)、プロセッサ101は、準備工程にて設定した単位空間U2を再設定(更新)する(ステップS57)。単位空間U2の再設定方式は、図10で説明した単位空間U1の再設定方式と基本的に同様である。
【0091】
具体的には、プロセッサ101は、時刻Tsの近傍の所定期間Yにおいて取得された振動信号を分析することにより得られた2次元の重心データ(重心位置Gx,Gy)を選択する。例えば、プロセッサ101は、単位空間U2の再設定用の重心データとして、各時刻Ts~T(s+5×n)の重心データ(重心位置Gx,Gy)を選択する。プロセッサ101は、選択された各時刻Ts~T(s+5×n)における2次元の重心データを、再設定後の単位空間U2xとして設定する。
【0092】
第2異常判定工程によると、上述した第1異常判定工程と同様に、図11で説明したようにポンプ70について予知保全の精度を向上させることが可能となる。
【0093】
<画面例>
図13は、ユーザインターフェイス画面500のレイアウト例を示す図である。ただし、ユーザインターフェイス画面500は、後述する機能を実現できるレイアウトであればよく、図13以外のレイアウトであってもよい。
【0094】
図13を参照して、ユーザインターフェイス画面500は、表示領域502,504,506と、計測条件および設定値の表示領域514と、各種ボタン516と、表示領域520,530,540と、グラフ550,560とを含む。
【0095】
表示領域502には、センサユニット20の識別番号(ユニット番号)、センサ30の識別番号(センサ番号)、計測対象名(例えば、ポンプ)等が表示される。表示領域504には、マハラノビス距離MD1またはMD2(以下、「マハラノビス距離MD」とも総称する。)および吐出圧力に基づく異常判定結果のステータスが表示される。例えば、異常判定結果に応じて、ステータス「正常」または「異常」が表示される。
【0096】
表示領域506には、マハラノビス距離MD1の値(スコア)およびマハラノビス距離MD2のスコアが表示される。スコアの色は、算出されたマハラノビス距離MDのスコアに応じて変化する。例えば、マハラノビス距離MD1が閾値Th1以上である場合には、スコアが「異常」をイメージする色(例えば、赤色)で表示される。また、マハラノビス距離MD1が閾値Th1未満である場合には、スコアが「正常」をイメージする色(例えば、黒色)で表示される。なお、「異常」のスコアが、「正常」のスコアよりも強調(目立つように)される構成であればよい。
【0097】
表示領域520には、センサ30により検出された時系列のセンサデータ(生データ)が示される。表示領域530には、時系列のセンサデータを高速フーリエ変換(FFT:fast Fourier transform)解析した解析結果(周波数スペクトル)が表示される。表示領域540には、時系列のセンサデータを1/3オクターブ分析することによって得られる信号強度データが棒グラフで表示される。グラフ550は、マハラノビス距離MD1の時系列データを示している。グラフ560は、マハラノビス距離MD2の時系列データを示している。
【0098】
ユーザは、表示領域504,506等を視認することにより、ポンプ70の状態を確認することができる。例えば、ユーザは、ステータス「異常」が表示された場合、ポンプ70の点検、メンテナンス、修理等の機器保全に着手することができる。
【0099】
<機能構成>
図14は、解析装置10の機能ブロック図である。図14を参照して、解析装置10は、主たる機能構成として、信号取得部202と、強度算出部204と、設定部206と、距離算出部208と、データ取得部210と、異常判定部212と、出力制御部214とを含む。これらの各機能は、例えば、解析装置10のプロセッサ101がメモリ103に格納されたプログラムを実行することによって実現される。なお、これらの機能の一部または全部はハードウェアで実現されるように構成されていてもよい。
【0100】
信号取得部202は、動作中のポンプ70に取り付けられたセンサ30により検出される振動信号を取得する。具体的には、信号取得部202は、センサユニット20を介して、センサ30により検出された振動信号(ディジタル信号)を受信する。
【0101】
強度算出部204は、信号取得部202により取得された振動信号を分析することにより、複数の周波数帯域にそれぞれ対応する複数の信号強度を算出する。具体的には、強度算出部204は、ポンプ70に対応する振動信号をオクターブ分析(例えば、1/3オクターブ分析)することにより、各周波数帯域の信号強度(例えば、各周波数帯域f1~fmの信号強度L)を算出する。なお、強度算出部204は、高速フーリエ変換(FFT:Fast Fourier Transform)により、各周波数帯域の信号強度を算出する構成であってもよい。
【0102】
設定部206は、強度算出部204により算出される複数の信号強度に基づいて単位空間を設定する。具体的には、強度算出部204は、正常時のポンプ70に対応する振動信号を分析することにより複数の周波数帯域にそれぞれ対応する複数の信号強度(例えば、各時刻T1~Txの各周波数帯域f1~fnの信号強度L)を算出する。ある局面では、設定部206は、各時刻T1~Txでの複数の信号強度で構成される単位空間を初期の単位空間U1として設定する。他の局面では、設定部206は、各時刻T1~Txでの複数の信号強度の重心位置を示す2次元の重心データを算出し、当該重心データで構成される単位空間を初期の単位空間U2として設定する。
【0103】
距離算出部208は、MT法を用いて、単位空間に対する、第1の時刻(例えば、時刻Ts)での複数の信号強度に基づく信号空間のマハラノビス距離を算出する。例えば、距離算出部208は、予め設定された初期の単位空間U1に対する信号空間X1sのマハラノビス距離MD1を算出する。また、距離算出部208は、予め設定された初期の単位空間U2に対する信号空間X2sのマハラノビス距離MD2を算出する。
【0104】
データ取得部210は、ポンプ70の動作状態に関する状態データを取得する。状態データは、吐出圧力J1、電流値J2、周波数J3および温度J4のうちの少なくとも1つを含む。
【0105】
異常判定部212は、マハラノビス距離MDおよび状態データに基づいて、ポンプ70の異常の有無を判定する。ある局面では、異常判定部212は、マハラノビス距離MD1が閾値Th1以上か否かを判定する。マハラノビス距離MD1が閾値Th1以上となった場合、異常判定部212は、状態データに基づいてポンプ70の異常の有無を判定する。具体的には、異常判定部212は、状態データが正常である場合(例えば、吐出圧力J1が基準値E1以上である場合)にはポンプ70が正常であり、状態データが異常である場合(例えば、吐出圧力J1が基準値E1未満である場合)にはポンプ70が異常であると判定する。
【0106】
他の例として、異常判定部212は、電流値J2が基準値E2未満である場合にはポンプ70が正常であり、電流値J2が基準値E2以上である場合にはポンプ70が異常であると判定する。これは、ポンプ70の負荷が大きくなると電流値が増大するためである。
【0107】
また、異常判定部212は、周波数J3が基準値E3未満である場合にはポンプ70が正常であり、周波数J3が基準値E3以上である場合にはポンプ70が異常であると判定する。これは、何らかの原因でポンプ70の吐出圧力が規定圧力に達しない場合には、周波数を高める制御が実行されるためである。
【0108】
さらに、異常判定部212は、温度J4が基準値E4未満である場合にはポンプ70が正常であり、温度J4が基準値E4以上である場合にはポンプ70が異常であると判定する。これは、ポンプ70の部品の摩耗等により機械的な負荷が大きくなると、潤滑不良のために発生した熱により筐体の温度が上昇するためである。
【0109】
上記より、吐出圧力J1が基準値E1未満であるとの第1条件、電流値J2が基準値E2以上であるとの第2条件、周波数J3が基準値E3以上であるとの第3条件、および温度J4が基準値E4以上であるとの第4条件のうちの少なくとも1つが成立する場合、異常判定部212は、ポンプ70が異常であると判定してもよい。
【0110】
ポンプ70が異常ではないと判定された場合、設定部206は、第1の時刻の近傍の所定期間Y(例えば、時刻Tsから時刻T(s+5×n)までの期間)における、複数の周波数帯域にそれぞれ対応する複数の信号強度に基づいて、単位空間(例えば、単位空間U1,U2)を再設定する。なお、当該複数の信号強度は、強度算出部204により、所定期間Yにおいて取得された振動信号を分析することにより算出される。設定部206は、所定期間Y(例えば、各時刻Ts~T(s+5×n))における複数の信号強度を単位空間U1xとして設定し、所定期間Yにおける複数の信号強度の2次元の重心データを単位空間U2xとして設定する。
【0111】
また、強度算出部204は、第1の時刻(例えば、時刻Ts)よりも後に取得された振動信号を分析することにより、複数の周波数帯域にそれぞれ対応する複数の信号強度を算出する。距離算出部208は、設定部206により再設定された単位空間(例えば、単位空間U1x,U2x)に対する、当該複数の信号強度に基づく信号空間のマハラノビス距離MD(例えば、マハラノビス距離MD1_2)を算出する。マハラノビス距離MDが閾値以上となった場合、異常判定部212は、上記と同様に、状態データに基づいてポンプ70の異常の有無を判定する。
【0112】
出力制御部214は、ポンプ70が異常であると判定された場合、ポンプ70の異常発生を警告する警告情報(例えば、異常アラート)を出力する。また、出力制御部214は、マハラノビス距離MDが閾値以上である場合には、マハラノビス距離MDが閾値未満である場合とは異なる表示態様で、マハラノビス距離MDをディスプレイ105に表示する。例えば、出力制御部214は、マハラノビス距離MD1が閾値Th1以上である場合には、マハラノビス距離MD1を赤色で表示し、マハラノビス距離MD1が閾値Th1未満である場合にはマハラノビス距離MD1を黒色で表示する。
【0113】
<利点>
本実施の形態によると、ポンプ70の故障が発生するタイミングの少し前のタイミングで異常を判定できるため、より適切なタイミングでポンプ70の保全を行なうことができる。その結果、予知保全の精度を向上させることが可能となる。
【0114】
<その他の実施の形態>
(1)上述した実施の形態において、コンピュータを機能させて、上述のフローチャートで説明したような制御を実行させるプログラムを提供することもできる。このようなプログラムは、コンピュータに付属するフレキシブルディスク、二次記憶装置、主記憶装置およびメモリカードなどの一時的でないコンピュータ読取り可能な記録媒体にて記録させて、プログラム製品として提供することもできる。あるいは、コンピュータに内蔵するハードディスクなどの記録媒体にて記録させて、プログラムを提供することもできる。また、ネットワークを介したダウンロードによって、プログラムを提供することもできる。
【0115】
(2)上述の実施の形態として例示した構成は、本発明の構成の一例であり、別の公知の技術と組み合わせることも可能であるし、本発明の要旨を逸脱しない範囲で、一部を省略する等、変更して構成することも可能である。また、上述した実施の形態において、その他の実施の形態で説明した処理や構成を適宜採用して実施する場合であってもよい。
【0116】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は、上記した説明ではなく、請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0117】
10 解析装置、20 センサユニット、21 フィルタ、22 増幅器、23 A/Dコンバータ、30 センサ、40 端末装置、50 ネットワーク、60 監視装置、70 ポンプ、100 解析システム、101 プロセッサ、103 メモリ、105 ディスプレイ、107 入力装置、109 信号入力インターフェイス、111 通信インターフェイス、202 信号取得部、204 強度算出部、206 設定部、208 距離算出部、210 データ取得部、212 異常判定部、214 出力制御部、1000 システム。
【要約】
【課題】動作中に振動を発生する保全対象機器について、予知保全の精度を向上させることが可能な解析システムを提供する。
【解決手段】解析システムは、動作中の対象機器に取り付けられたセンサにより検出される振動信号を取得する信号取得部と、振動信号を分析することにより第1の複数の信号強度を算出する強度算出部と、単位空間に対する、第1の時刻での第1の複数の信号強度に基づく信号空間の第1マハラノビス距離を算出する距離算出部と、対象機器の状態データを取得するデータ取得部と、第1マハラノビス距離が閾値以上となった場合、状態データに基づいて対象機器の異常の有無を判定する異常判定部と、対象機器が異常ではないと判定された場合、第1の時刻の近傍の所定期間において取得された振動信号を分析することにより算出される第2の複数の信号強度に基づいて、単位空間を再設定する設定部とを備える。
【選択図】図14
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14