(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-06-03
(45)【発行日】2025-06-11
(54)【発明の名称】インク吐出方法
(51)【国際特許分類】
B41J 2/045 20060101AFI20250604BHJP
B41J 2/14 20060101ALI20250604BHJP
B41J 2/18 20060101ALI20250604BHJP
B41J 2/205 20060101ALI20250604BHJP
【FI】
B41J2/045
B41J2/14 607
B41J2/18
B41J2/14 501
B41J2/205
(21)【出願番号】P 2024572254
(86)(22)【出願日】2024-10-09
(86)【国際出願番号】 JP2024036066
【審査請求日】2024-12-06
(31)【優先権主張番号】P 2023194253
(32)【優先日】2023-11-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000001270
【氏名又は名称】コニカミノルタ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001254
【氏名又は名称】弁理士法人光陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】四ノ宮 悠司
【審査官】加藤 昌伸
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-232989(JP,A)
【文献】特開2019-155683(JP,A)
【文献】特表2020-533206(JP,A)
【文献】特開2017-209631(JP,A)
【文献】特開2021-059075(JP,A)
【文献】国際公開第2023/175924(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/033993(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B41J 2/01 - 2/215
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ノズルと、前記ノズルに連通するインク流路とを備え、前記インク流路には内部のインクに圧力変動を付与する圧力室が含まれるインクジェットヘッドによるインク吐出方法であって、
前記インクジェットヘッドは、
吐出されるインクの粘度が5.7mPa・s、密度が1080kg/m
3、表面張力が41mN/m、音速が1521m/sである場合に、
前記圧力室における前記インクの圧力振動に係るQ値が10以上かつ18以下であり、
前記ノズルにおける前記インクのメニスカス振動に係る共振周期が前記圧力室における前記インクの圧力振動に係る共振周期の1倍以上かつ6倍以下であり、
前記ノズルの開口径又は当該開口径に等価な径が20μm以上であり、
前記インクジェットヘッドのインク吐出面とインク着弾面との間の幅を5.0mm以上とする、
インク吐出方法。
【請求項2】
1画素に対して複数の液滴を連続して射出するマルチドロップ方式でインクを吐出する、請求項1記載のインク吐出方法。
【請求項3】
前記インクジェットヘッドのインク吐出面とインク着弾面との間の幅を10.0mm以上とする、請求項1記載のインク吐出方法。
【請求項4】
1ノズルからの吐出体積が20pL以上30pL以下であり、かつインク吐出に係る駆動周期が90μsec以上かつ100μsec以下の範囲を含む、請求項3記載のインク吐出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、インク吐出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
インクを吐出して媒体に着弾させるインクジェットヘッドがある。着弾したインクにより、媒体上には、画像又は被膜などが形成される。形成対象の高精度化及び形成の高速化の要求がある。高精度化及び高速化のために、インクジェットヘッドには、安定した吐出が要求される。特許文献1は、メニスカスを安定化させる技術を開示している。メニスカスは、ノズル内のインク液面である。
【0003】
インクジェットヘッドは、インク液滴を飛翔させて媒体に着弾させる。このインク液滴において、主たる液滴(主液滴)に加えて微小液滴が生じる場合がある。微小液滴は、サテライトと呼ばれる。サテライトが主液滴と異なる位置に付着することで、品質が低下する。
【0004】
インク吐出面と媒体のインク着弾面との間には、幅がある。この幅が広ければ、凹凸のある媒体にも画像などを記録可能である。また、媒体の厚みのばらつき、反り又は折れなどがあった場合に、幅が広いほど、媒体がインク吐出面に接触するリスクが低減される。したがって、インク吐出面に傷がつきにくい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、インク吐出面と媒体のインク着弾面との間の幅が広いと、サテライトの付着位置がばらつきやすい。また、上記幅を広げた状態でサテライトを低減させようとすると、メニスカスが安定しづらい。
【0007】
本開示の目的は、吐出面と着弾面との幅を確保しつつ、インクを安定して吐出させることのできるインク吐出方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するため、本開示の一の態様は、
ノズルと、前記ノズルに連通するインク流路とを備え、前記インク流路には内部のインクに圧力変動を付与する圧力室が含まれるインクジェットヘッドによるインク吐出方法であって、
前記インクジェットヘッドは、
吐出されるインクの粘度が5.7mPa・s、密度が1080kg/m3、表面張力が41mN/m、音速が1521m/sである場合に、
前記圧力室における前記インクの圧力振動に係るQ値が10以上かつ18以下であり、
前記ノズルにおける前記インクのメニスカス振動に係る共振周期が前記圧力室における前記インクの圧力振動に係る共振周期の1倍以上かつ6倍以下であり、
前記ノズルの開口径又は当該開口径に等価な径が20μm以上であり、
前記インクジェットヘッドのインク吐出面とインク着弾面との間の幅を5.0mm以上とする。
【発明の効果】
【0009】
本開示によれば、インクジェットヘッドの吐出面と着弾面との幅を確保しつつ、インクを安定して吐出させることができるという効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1A】第1実施形態のインクジェットヘッドにおけるあるノズルを含む断面図である。
【
図1B】第1実施形態のインクジェットヘッドの等価回路を示す図である。
【
図2A】圧力室内のインク圧力の振動パターンの例を示す図である。
【
図2B】インク圧力の振動の周波数スペクトルを数値シミュレーションにより得た計算例を示す図である。
【
図3B】メニスカス振動の周波数スペクトルの数値シミュレーションによる計算例を示す図である。
【
図4】Qcに対して、サテライトが発生するインク液滴の最低速度をノズルの形状ごとに実験的に求めた図である。
【
図5】Qcに対して、インク吐出の安定性を各々求めた図表である。
【
図6B】周波数安定性について説明する図表である。
【
図7A】第2実施形態のインクジェットヘッドの断面模式図である。
【
図7B】第2実施形態のインクジェットヘッドの等価回路図である。
【
図8A】第3実施形態のインクジェットヘッドの断面模式図である。
【
図8B】第3実施形態のインクジェットヘッドの等価回路図である。
【
図9A】第4実施形態のインクジェットヘッドの断面模式図である。
【
図9B】第4実施形態のインクジェットヘッドの等価回路図である。
【
図10A】第5実施形態のインクジェットヘッドの断面模式図である。
【
図10B】第5実施形態のインクジェットヘッドの等価回路図である。
【
図11A】第6実施形態のインクジェットヘッドの断面模式図である。
【
図11B】第6実施形態のインクジェットヘッドの等価回路図である。
【
図12A】第7実施形態のインクジェットヘッドのノズル開口面に平行な断面図である。
【
図12B】第7実施形態のインク恵ジェットヘッドの等価回路図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、実施の形態を図面に基づいて説明する。
[第1実施形態]
図1Aは、第1実施形態のインクジェットヘッド1のあるノズルNを含む断面図である。
図1Bは、第1実施形態のインクジェットヘッド1の等価回路を示す図である。
図1Aの断面図に示すように、インクジェットヘッド1は、ノズルNからインクを吐出する。ノズルNに対してインクを供給するインク流路が連通している。インク流路には、圧力室12及び上部連通路13が含まれる。インクは、インクタンクから共通供給路へ送られる(図示略)。共通供給路のインクは、上部連通路13を経て圧力室12へ供給される。上部連通路13には、部分的に開口径が細くなってインクの流入量を絞るしぼりが含まれていてもよい。
【0012】
圧力室12には、振動板16が面している。振動板16に沿って、圧電素子15が位置する。圧電素子15がたわみモードで変形することで、振動板16が振動する。圧力室12は、振動板16の振動に応じてサイズが変化する。このサイズ変動に応じて、インクに圧力変動が付与される。圧電素子15は、例えば、チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)などである。
【0013】
図1Bの等価回路に示すように、ノズルNは、キャパシターCn、抵抗素子Rn及びインダクターLnの組み合わせで表される。圧力室12は、抵抗素子R1、R2及びインダクターL1、L2の組み合わせで表される。また、圧力室12は、接地面との間に並列にキャパシターC1、Ce1を有している。回路部品の組み合わせは、以下の実施形態でも同じである。
【0014】
抵抗素子R1、R2は、インク流路の流路抵抗を表す。抵抗素子R1、R2は、まとめて単一の抵抗素子で表されてもよい。インダクターL1、L2は、インク流路のイナータンスを表す。インダクターL1、L2は、まとめて単一のインダクターで表されてもよい。キャパシターC1は、インクの弾性コンプライアンスを表す。キャパシターCe1は、圧力室12の壁面の弾性コンプライアンスを表す。圧力室12は、圧電素子15及び振動板16の変形に係る弾性を有する。この弾性に応じたコンプライアンスが上記キャパシターCe1である。圧力室12は、例えば、直方体形状であるが、これに限られない。例えば、圧力室12は、圧力室12を上方から見た平面視、すなわち図の上から下への向きで、角を落とした又は丸めた矩形形状などであってもよい。
【0015】
上部連通路13は、圧力室12と異なる長さ及び幅(形状)を有する。したがって、上部連通路13は、圧力室12とは別個のパラメーターの回路部品で表される。上部連通路13は、抵抗素子R3、R4及びインダクターL3、L4の組み合わせで表されている。抵抗素子R3、R4はまとめて単一の抵抗素子で表されてもよい。インダクターL3、L4は、まとめて単一のインダクターで表されてもよい。上部連通路13は、接地面との間にキャパシターC3、Ce3を有している。キャパシターC3は、インクの弾性コンプライアンスである。キャパシターCe3は、上部連通路13の壁面の弾性コンプライアンスである。上部連通路13の壁面には、振動圧吸収用薄肉部(コンプライアンスプレート)が位置していてもよい。コンプライアンスプレートは、ポリイミド又は各種薄肉板であってもよい。上部連通路13は、例えば、インクの流れ方向、すなわち図の上下方向に垂直な断面視で円形の円筒形状であるが、これに限られない。また、上部連通路13は、コンプライアンスプレートを有しない場合には、剛体とみなされてもよい。すなわち、キャパシターCe3の容量は無視可能な大きさであり、実質的にゼロとして扱われ得る。
【0016】
上部連通路13を表す回路部品、圧力室12を表す回路部品及びノズルNを表す回路部品のうち、抵抗素子及びインダクターが直列に接続されている。キャパシターは、上記直列部分と接地面との間に並列に並んでいる。この等価回路の共振周期には、インクの体積変動に応じた共振周期Tmと、各インク流路部分及び全体の圧力変動に応じた共振周期Tcとが含まれる。インクの体積変動は、ノズルNにおける液面(メニスカス)位置の変動と対応する。すなわち、共振周期Tmは、メニスカス振動に係る共振周期でもある。ここでいう液面位置は、ノズルNの内部だけではなく、インクの吐出に伴って一時的にノズルNの外側に位置し得る。
【0017】
圧電素子15には、例えば、圧力室12における圧力変動の共振周期Tcに略同期して、共振周期Tcの半分の長さの駆動パルスを含む駆動信号が印加される。圧力室12内のインクの圧力振動、及びインク流路内のインクの体積振動には、駆動信号の印加後にも残響振動が生じる。1ドットの記録に係る駆動周期内に駆動パルスが複数回印加されるマルチドロップ方式の場合には、残響振動に新たな圧力変動が重畳される。したがって、複数回の駆動パルスの2回目以降に応じた振幅は、初回の振幅よりも増大する。
【0018】
実際の体積振動及び圧力振動には、それぞれの共振に係る振動が混在する。さらに、体積振動及び圧力振動には、上部連通路13の共振及びインク流路全体の共振に応じた振動成分も混在し得る。インクの体積振動の周期は、圧力振動の周期とは異なる。ここでは、体積振動の共振周期Tmは、圧力室12における圧力振動の共振周期Tcよりも長い。したがって、体積振動に応じたメニスカスの位置は、共振周期Tcでの振動に応じた位置から共振周期Tmでずれが生じる。共振周期Tmが長くなると、当該共振周期Tmによる振動成分の極大付近で、長い間インクの液面がノズルNの開口から大きくはみ出した状態が維持される。その結果、インクがノズル開口面(インク吐出面)にあふれる。このあふれは、インクの射出に悪影響を与える。
【0019】
図2は、圧力室12内のインク圧力の振動パターン及びその周波数スペクトルの数値シミュレーションによる計算例を示す図である。
この
図2は、共振周期Tc=5.36μs、共振周期Tm=26.78μs、Q値Qc=12.6、Q値Qm=2.03のインクジェットヘッドとインクの組み合わせによるインク吐出時の例である。Qc、Qmについては後述する。インクの吐出には、圧力振動に係る共振周期Tcの間隔で1発当たり約3pLの液滴を8発連続して射出して1つの画素位置に着弾させるマルチドロップ方式が用いられている(細点線)。各駆動パルスは、共振周期Tcの半周期幅で振幅が約250kPaの引き打ちパルスである。
【0020】
圧力室12の圧力、すなわちキャパシターCeは、圧力変動に伴う圧電素子15の変形量、すなわち出力電圧として計算され得る。得られた波形には、複数のモードがさらに重畳されている。
【0021】
図2Aでは、
図1Bの点Pcにおける圧力振動を太点線により示す。この振動は、主に共振周期Tcに応じた正弦波振動の振幅が、駆動パルスとともに増大し、駆動パルスの終了後に減衰していく減衰振動である。減衰振動は、周知のように、初期振幅、減衰項及び振動成分の積で表され、減衰項の減衰係数ζが1に向けて大きくなるほど減衰が速くなる。
【0022】
図2Bに示す周波数スペクトルには、明確に共振周波数fc=1/Tcでピークが表れている。このピークの位置により、共振周期Tcが特定される。また、共振周波数fm=1/Tmにも小さなピークが表れている。
図2Bにおいて、周波数fcl、fchは、振幅のスペクトル強度でピークスペクトル強度の1/√2となる位置を示す。すなわち、周波数fch、fclの距離は、圧力振動の振動エネルギーの半値幅を示す。
【0023】
上記複数のモードの波が重畳された結果から、共振周波数fcの成分が抜き出されることで、当該共振周波数fcでの振動の特性が得られる。例えば、
図2Aの太点線で示された波形に対して帯域通過フィルター(BPF;Band Pass Filter)などにより対象の共振周期Tc付近の振動のみが抽出されるとよい。あるいは、フーリエ変換により上記結果から得られた周波数スペクトルのうち共振周波数fcを含む帯域以外、例えば、上記半値幅の範囲外の成分が消去されてもよい。対象の周波数帯の振動が選択的に抽出された周波数スペクトルが逆フーリエ変換されて、特定対象の圧力振動の時間変化が得られる。
図2Aでは、このような処理がなされた周期Tcでの圧力振動による振動波形が実線で示されている。元の振動波形は、共振周期Tcに対応する成分が大部分であるので、BPFをかける前後で振動波形はほぼ同一である。このBPF後の波形において、細実線で示す包絡線が共振周期Tcの振動の減衰を表す。減衰率ζについては後述する。また、このような減衰振動における減衰度合を表すパラメーターとしては、減衰係数ζの他にQ値が知られている。圧力室12における圧力振動の減衰度合を示すQ値をQcとする。ζ≒(1/2Qc)として表される。したがって、Qcは、値が大きいほど残響が長く残ることを表す。
【0024】
一方、共振周波数fm=1/Tmは、ノズルNの液面であるメニスカスの振動の共振周波数である。この共振周期Tmは、ノズルN内(個別流路内全体)の液体の体積振動に依存する。
【0025】
図3Aは、メニスカスの振動パターンの例を示す図である。
図3Bは、その周波数スペクトルの数値シミュレーションによる計算例を示す図である。
インクの吐出に係るインクジェットヘッド及びインク特性、並びに吐出方式の条件は、上記
図2の条件と同一である。
図3Aでは、
図1の点Pmにおけるメニスカス振動が太点線により示されている。
この振動では、共振周期Tcに応じた正弦波振動の中心が共振周期Tmに応じた振動により変動している。この複数のモードの振動の重ね合わせは、全体として両振動が駆動パルスとともに増大し、駆動パルスの終了後に減衰している。
【0026】
図3Bの破線で示すメニスカスの振動の周波数スペクトルは、共振周期Tmに対応する周波数のピークが最大である。また、この周波数スペクトルには、共振周期Tcに対応する周波数のピークが併せて現れている。この
図3Bにおいて示されている周波数fmh、fmlは、振動エネルギーの半値幅、すなわち、振幅のスペクトル強度でピークスペクトル強度の1/√2となる位置を示す。この半値幅の内側でBPFをかけることで、
図3Aの実線で示す振動波形が得られる。すなわち、この振動波形は、メニスカスの振動のうち共振周期Tmによる成分である。このBPF後の波形において、細実線で示す包絡線が共振周期Tmの振動の減衰を表す。このようなメニスカスの減衰振動についても、減衰率ζ及びQ値が定められる。また、メニスカス振動の減衰度合を示すQ値をQmとする。Qmは、値が大きいほど残響が長く残ることを表す。
メニスカス振動が正の値である場合には、インクの先端は、ノズルNの開口から突出した状態である。タイミングFmは、この突出が最大の点である。このような突出が長く続くと、すなわち周期Tmが長いと、液滴として分離しなかったインクの一部は、ノズルNに戻り切らずにノズル開口面からあふれる場合がある。
【0027】
なお、実測値により振動の特性を得る場合、共振周期Tc及びQcは、例えば、圧力変動に伴う圧電素子15の変形量、すなわち出力電圧により求められる。また、共振周期Tm及びQmは、例えば、ノズルNの開口からレーザー光を照射して反射波をドップラー計測することによりノズルNにおけるメニスカスの移動速度を逐次得ることで求められる。
【0028】
等価回路などの電気回路における減衰係数ζは、以下の数式(1)で表される。
ζ=Rc/(2Lcωc) … (1)
ωcは、共振周期Tcの角速度であり、ωc=2π/Tcである。したがって、Qcは、上記減衰係数ζとの関係により、以下の数式(2)で表される。
Qc=2πLc/(RcTc) … (2)
なお、共振周期Tcは、以下の数式(3)で表される。
Tc=2π(LcCc)1/2 … (3)
【0029】
Rc、Lc、Ccは、それぞれ圧力室12における合成抵抗、合成インダクタンス及び合成キャパシタンスを表す。しかしながら、これらは、解析的には求められにくい値である。したがって、合成抵抗Rc、合成インダクタンスLc及び合成キャパシタンスCcは、数値シミュレーションにより数値的に求められてもよい。数値シミュレーションには、LTspiceなどの周知の回路シミュレーションソフトウェアなどが用いられてもよい。
【0030】
一方、液面振動の共振周期Tmと各パラメーターなどに基づいて、Qmは、以下の数式(4)で表される。
Qm=2πLm/(RmTm) … (4)
共振周期Tmは、以下の数式(5)で表される。
Tm=2π(LmCm)1/2 … (5)
合成インダクタンスLmは、直列に並ぶ上部連通路13、圧力室12及びノズルNの各インダクタンスの和である。合成抵抗Rmは、直列に並ぶ上部連通路13、圧力室12及びノズルNの各抵抗値の和である。合成キャパシタンスCmは、ほぼノズルNのキャパシタンスCnのキャパシタンスであり、下記の数式(6)で表される。
Cm=Cn=πφ4/(128σ) … (6)
ここで、φはノズルNの断面が円形の場合の直径(ノズル径)、すなわち開口径であり、σはインクの表面張力である。これらを解析的に求める場合には、近似的に算出され得る。あるいは、上記の一部又は全部の値は、数値シミュレーションにより算出されてもよい。なお、ノズルNの断面が円形ではない場合もあり得る。例えば、断面が楕円形又は矩形の場合には、長辺r1と短辺r2において、φe=2・r1・r2/(r1+r2)が、ノズル径φと等価な値、すなわち水力直径として用いられ得る。
【0031】
各構成が直方体の場合、当該構成の抵抗値R、インダクタンスL及びキャパシタンスCは、以下の数式(7)-(9)により表される。
R=8η(a+b)2h/(a3b3) … (7)
L=ρh/(ab) … (8)
C=abh/(ρv2) … (9)
上記のうち、a、bは、直方体の流路方向に垂直な断面のそれぞれ短辺及び長辺の長さである。hは、当該直方体の流路に沿った長さである。ηはインク粘度、ρはインク密度、vはインクの音速である。η、ρ、v及び上記のσは、インクに応じた定数である。
【0032】
各構成の形状が、両端の直径がφ1、φ2の円錐台の場合、当該構成の抵抗値R、インダクタンスL及びキャパシタンスCは、以下の数式(10)-(12)により表される。
R=128η/(3π)(d/(φ2-φ1)((1/φ1)3-(1/φ2)3))
… (10)
L=4ρ/π(d/(φ2-φ1)((1/φ1)-(1/φ2))) … (11)
C=πd/12(φ12+φ1φ2+φ22)/(ρv2) … (12)
【0033】
上記の各流路の壁面は、圧力室12の振動板に限られず、弾性を有する材料であってもよい。例えば、各流路構成は、振動圧吸収用の薄肉部(コンプライアンスプレート)を有していてもよい。コンプライアンスプレートは、上記PZT及び振動板に加えて、例えば、ポリイミドなどが含まれ得る。この側壁に係るキャパシターCe1の電気容量は、下記の数式(13)により表される。
Ce1=αb4(hb)/(2Ed3) … (13)
h及びbは、側壁のそれぞれ縦横長である。Eは側壁のヤング率である。dは、側壁の厚さである。αは(h/b)に応じた係数である。h/b>5の場合には、α=0.0284である。なお、側壁の縦幅hは、上述した直方体形状を有する各構成の流路方向に沿った長さhと同一ではなくてもよい。壁面が積層板であるなど、構造が複雑である場合には、キャパシターCe1の電気容量を解析的に求めるのは難しい。この場合には、有限要素法などを用いた解析ソフトウェアにより数値的に求められればよい。解析ソフトウェアには、例えば、ANSYS社(登録商標)のソフトウェア、COMSOL社(登録商標)のCOMSOL Multiphysicsなどが用いられ得る。
【0034】
実際のインクジェットヘッドの構造及びインクの特性に応じたQc、Qmや共振周期Tc、Tmは、実測又は数値シミュレーションにより得られた上記
図3A、3Bの振動波形からも特定され得る。
【0035】
例えば、上記振動波形における複数の極大点又は極小点を抽出し、これらの変位量の比から減衰比が得られる。減衰係数ζの振動における振幅項は、A・exp(-ζω0t)として表される。したがって、圧力振動の周期n及び周期n+1における圧力の極大値P(n)、P(n+1)の比は、数式(1)に基づいて、以下の数式(14)で表される。P(n+1)/P(n)=exp(-RcTc/(2Lc)) … (14)
【0036】
この数式(14)と、上記の数式(2)とから、近似的に以下の数式(15)が得られる。
Qc=-π/ln(P(n+1)/P(n)) … (15)
同じように、体積振動における周期nの極大タイミングt1と次の周期n+1の極大タイミングt1+Tmにおける体積Vの比V(n+1)/V(n)をとる。この値は、数式(16)により表される。
V(n+1)/V(n)=exp(-RmTm/(2Lm)) … (16)
この数式(16)と、上記数式(2)とから、以下の数式(17)が得られる。
Qm=-π/ln(V(n+1)/V(n)) … (17)
体積V及び圧力Pの振動の位相は、同一とみなすことができる。
【0037】
なお、単一の周期nと周期n+1のみで求めたQc、Qmは、ノイズなどの影響で精度が低くなりやすい。したがって、複数の周期n=1、2…に対して各々Qc、Qmが求められて、これらが単純平均されてもよい。すなわち、Qcは、N周期の平均として、以下の数式(18)により求められる。
Qc=(-π/N)Σn=1~N1/ln(P(n+1)/P(n)) … (18)
Nは参照する周期数の数である。
【0038】
同様に、Qmは、N周期の平均として、以下の数式(19)により求められる。
Qm=(-π/N)Σn=1~N1/ln(V(n+1)/V(n)) … (19)
【0039】
なお、このように実験やシミュレーションの結果からQcを求める場合、平均する対象の周期数Nは、振幅が精度よく得られる範囲で定められればよい。すなわち、減衰が速いほど、周期数Nが小さくされてもよい。
【0040】
あるいは、Qc、Qmは、スペクトル分布から直接求められてもよい。すなわち、Qc、Qmは、以下の数式(20)、(21)により求められる。
Qc = fc/(fch-fcl) … (20)
Qm = fm/(fmh-fml) … (21)
共振周波数fc、fmは、それぞれ共振周期Tc、Tmの逆数である。上限周波数fch、fmhは、それぞれ共振周波数fc、fmにおけるスペクトル強度の1/√2(-3dB程度)のスペクトル強度となる周波数である。下限周波数fcl、fmlは、それぞれ共振周波数fc、fmにおけるスペクトル強度の1/√2(-3dB程度)のスペクトル強度となる周波数である。fch>fc>fcl、fmh>fm>fmlである。
【0041】
図2B及び3Bにおいて、それぞれ、共振周期Tc、Tmに対応する共振周波数fc、fm及びそれらのピークスペクトル強度が特定される。また、ピークスペクトル強度に対してスペクトル強度が1/√2(-3dB程度)となる上側周波数fch、fmh及び下側周波数fcl、fmlが特定される。これらにより、数式(20)、(21)からQc、Qmが得られる。
【0042】
上記のように特性が表されるインク吐出時のインクに係る振動は、実際に吐出されるインク液滴の精度などに影響する。本開示では、上記の共振周期Tc、Tm及びQcを用いて、安定してインクの射出が可能な構造及びインクの組み合わせ範囲が規定される。特に、本開示では、用紙以外への画像記録を考慮して、インクジェットヘッド1のノズル開口面と吐出されたインクの着弾面との間の幅(ギャップ)が広い場合が想定される。本開示では、広い幅でのインク吐出として、幅が5.0mm以上と定める。また、幅が10.0mm程度又はこれ以上でも安定射出が可能であるとよりよい。インク液滴は、ノズル開口面から着弾面への飛翔中に空気抵抗などにより減速される。したがって、幅が大きいと、減速に応じた着弾位置のずれが無視できなくなる。吐出速度が10m/sで10mmの幅を飛翔すると、モデル上理想的な空気抵抗により減速されたインク液滴の着弾位置は、±105μmのばらつきを有する。360dpi(約70μm/画素)の画像では、このばらつきは、±1.5画素に対応する。
【0043】
また、幅が広くなると、サテライトが生じた場合に、サテライトが主液とは異なる位置に着弾しやすくなる。このような着弾位置のばらつきは、デザイン上の品質だけでなく、実用性、例えば、バーコードや2次元シンボルなどの読み取り精度の低下にもつながり得る。したがって、幅が広い状態で画像記録動作を行う場合には、よりインク吐出の安定性が求められる。
【0044】
すなわち、必要な画質は、バーコードや2次元シンボルなどを安定して判読可能なレベルとして定められ得る。バーコード及び2次元シンボルの印字品質の評価には、ISO/IEC15415、ISO/IEC15416などの規格がある。本開示では、これらの規格において、総合C評価、すなわち、個々の評価基準に係る評価の最低がC評価以上となる印字品質が安定して判読可能とする。360dpiの画像において、3画素程度のずれが許容され得ることが発明者の実験によって判明している。すなわち、インク及びインクジェットヘッドは、例えば、1発当たりの吐出体積が20-30pL程度の液滴に対しては、10m/s以上の吐出速度で10mmの幅をサテライトの発生を低減させつつ安定してインク吐出可能であることが求められる。
【0045】
さらに、主に産業用途のインクジェット記録装置では、高速な記録動作も要求される。本実施形態では、駆動周波数が10kHz以上、特に、約11kHzまでの範囲での安定吐出が望まれる。10kHz以上の駆動周波数は、駆動周期で100μsec以下に対応する。11kHzの駆動周波数は、駆動周期で約90μsec(90.9μsec)に対応する。
【0046】
例えば、圧力室12の圧力振動に係るQcが大きくなり、圧力室12における圧力振動の残響が大きくなると、メニスカスが維持できずに破れやすくなる。一方で、圧力室12における圧力振動についてのQcが小さすぎると、吐出されたインクの液滴の後端部は、先端部と比較して減速されやすい。その結果、吐出されたインクは、単一の液滴としてまとまりにくくなり、微小液滴(サテライト)が発生しやすくなる。
【0047】
図4は、Qcに対して、サテライトが発生するインク液滴の最低速度をノズルの形状ごとに実験的に求めた図である。実験では、異なる記号で表された4種類のノズル形状に対して各々Qcを変化させながらインクを吐出させた。具体的なノズル形状は、本開示の内容に関係ないので説明を省略する。吐出されるインクは、基準値として、粘度が25℃において5.7mPa・s、密度が1080kg/m
3、表面張力が41mN/m、音速が1521m/sである。
【0048】
上記のように、Qcは、インクジェットヘッドの形状とインクの特性との組み合わせで定まる。ここでは、インクジェットヘッドの形状とインクの種別とが固定される。吐出されるインクの温度が上昇すると、相対的に圧力室12の合成抵抗Rcが低下する。この性質を利用して、上記数式(2)に基づいて、Qcを変化させながら他のパラメーターを概ね維持することができる。ノズルの形状が同一であれば、Qcが大きくなるほどサテライトが発生する最低速度が大きくなる。Qcが10以上であれば、通常のインク吐出速度ではサテライトが生じにくいということが示されている。
【0049】
図5は、Qcに対して、インク吐出の安定性を各々求めた図表である。
ここでは、2種類のインクA、Bを実験に用いている。インクの吐出には、圧力振動に係る共振周期Tc間隔で複数回、ここでは、8発連続して液滴を射出して1つの画素位置に着弾させるマルチドロップ方式が用いられた。1発当たりの液滴量は、3pLである。各駆動パルスは、共振周期Tcの半周期幅の引き打ちパルスである。マルチドロップ方式では、一回当たり、特に最後の液滴の液量がシングルドロップ方式の一回の液量よりも小さくなるので、サテライトが目立ちにくくなる。なお、通常インクの吐出に用いられる駆動パルスでは、残響振動などを低減するための波形などが含まれる。したがって、この波形で以下のように求めたパラメーターの範囲であれば、実際のインク吐出では、より改善される。その結果、Qcが10以上18以下の範囲では(実施例1~5)、適切に吐出されるが、Qcが18を超えると(比較例1、3)、吐出周波数に応じた速度のばらつきが大きく生じて安定吐出されない結果が得られている。併せて、Qcが10未満では、サテライトの発生しやすさなどの問題が生じていることが分かる(比較例2)。Qcを適切な値に設定することで、インク物性が変わったとしても、インクの吐出の安定性が得られることが分かる。
【0050】
図6A及び
図6Bは、
図5における周波数安定性について説明する図である。
図6Aには、
図5の左3列の条件における駆動周期に対して吐出速度の10m/sに対する変化率を求めた実験結果を示している。
【0051】
駆動周期が短く、すなわち駆動周波数が高い場合には、前の駆動周期の残響が残りやすくなる。Qcが大きくなると、この影響が駆動周期が長い側にも広がっていき、インクの吐出速度が想定速度からばらつきやすくなる傾向が生じる。画質に対して、上記3画素程度以下のばらつきとして許容される吐出速度のばらつきは、例えば、10%程度である。
図6Aでは、Qcが18以下の各パターンにおいて、駆動周波数が11kHz以下の範囲における想定速度のばらつきが10%以内に収まっていることが示されている。以上により、条件1として、10≦Qc≦18の範囲では、サテライトの発生を低減させつつ安定してインクが吐出されるとの結果が得られた。
【0052】
図6Bは、
図5のインクX及び温度40℃の条件において、表面張力を変化させながら周波数安定性を各々求めた結果を示す図表である。表面張力を変化させることで、Qc及び共振周期Tcを維持しながら、共振周期Tmを減少させ、これに伴ってQmを上昇させることができる。すなわち、共振周期Tm、Tcの比Tm/Tcが変化する。
【0053】
図6Bに示すように、Tm/Tcが大きいと、駆動周波数に対して吐出速度が安定しない傾向が生じることが示されている。Tm/Tcが6以下になると、吐出速度は上記許容範囲内で安定する。
また、上記のように、共振周期Tmが小さくなることで、インクのノズル開口面からのあふれが低減される。
【0054】
一方で、従来、Tm/Tcが小さくなると、サテライトの発生度合が悪化することが知られている(例えば、国際公開第2009/107552号)。これは、ノズルNから共振周期Tcで突出しているインク柱が短い共振周期Tmに応じて分離しやすくなるためである。上記では、ノズル径φ≦10μmにおいて、Tm/Tc<1では、サテライトの発生状況が悪化すると示唆されている。本開示でのインクの安定吐出にもこの条件が有効と考えられる。以上により、条件2として、1≦Tm/Tc≦6の範囲では、サテライトの発生を低減させつつ安定してインクが吐出される。言い換えると、メニスカス振動に係る共振周期Tmは、圧力室12における圧力振動に係る共振周期Tcの1倍以上6倍以下であればよい。
【0055】
ノズル開口面とインク着弾面との間の幅が広い場合、飛翔させるインク液滴量が小さいと、周囲の風などの影響でインクの飛翔方向がばらつきやすい。インク液滴量は、ノズル径φに依存するので、インク液滴が慣性により安定して飛翔できる程度にノズル径φが大きく定められる。一方で、上記数式(5)、(6)に示されたように、共振周期Tmは、ノズル径φの2乗に依存する。すなわち、ノズル径φを大きくすると、Tm/Tcが顕著に大きくなりやすい。また、共振周期Tcが大きくなると、駆動速度の上限値が下がり、すなわち、高速な画像記録動作が不可能になる。したがって、産業用途のインクジェット記録装置で利用されるのには好適ではない。
【0056】
したがって、インクジェットヘッドは、ノズルN以外の流路断面積が大きく、かつ流路に沿った長さである流路長が短いとよい。このような構造の調整で可能な範囲で、ノズルNのノズル径φが大きく定められる。一般的な流路構造では、ノズル径φ=20μm程度以上では、上記の条件1及び条件2が満たされなくなる。これに対し、本開示のインクジェットヘッドは、条件3として、上記の通り流路断面積及び流路長を調整して、ノズル径φ≧20μmにより、インクの安定飛翔を維持する。
【0057】
上記で規定された前提及び条件1~3に従う範囲において、インクジェットヘッドの構造は、多様に変形されてもよい。
【0058】
[第2実施形態]
第2実施形態のインクジェットヘッド1aについて説明する。
図7A及び
図7Bは、インクジェットヘッド1aの断面模式図及び等価回路を示す図である。
なお、断面模式図において、インク流路は基板内に位置しているが、ノズルプレート以外の基板の描画は省略されている。
図7Aに示すように、インクジェットヘッド1aは、ノズルNと圧力室12との間に下部連通路14を備える。下部連通路14には、ノズルNに加えて回収流路22が接続されている。
【0059】
回収流路22は、ノズルNの開口から排出されずにノズルN付近に滞留するインクを回収し、共通排出流路21(共通液室)を介してインクタンクなどへ戻す。インクが長期間滞留すると、成分が分離したり、ノズルNの開口から侵入した空気及び塵芥などがインクに混入したりする。これらによりインクの質は低下する。その結果、インクの吐出精度が低下し、及び/又は着弾インクにより記録される画像などの品質が低下する。回収流路22は、このようなインクをインクタンクに戻す。回収されたインクは、再度撹拌され、フィルターによりインクから塵芥が除去される。吐出又は回収されたインク量に応じた適正な質のインクが、インクタンクから共通供給流路11(共通液室)及び上部連通路13を介して圧力室12へ供給される。
【0060】
共通供給流路11及び共通排出流路21は、複数のノズルNにそれぞれつながる複数の個別流路である上部連通路13、圧力室12、下部連通路14及び回収流路22にそれぞれ連通している。
【0061】
図7Bに示すように、インクジェットヘッド1aの等価回路には、下部連通路14及び回収流路22に対応する電子部品がそれぞれ含まれる。下部連通路14は、直列に並ぶ抵抗素子R5、R6及びインダクターL5、L6と、接地面との間に並列に並ぶキャパシターC5、Ce5とにより表されている。回収流路22は、直列に並ぶ抵抗素子Rr1、Rr2及びインダクターLr1、Lr2と、接地面との間に並列に並ぶキャパシターCr1、Creとにより表されている。下部連通路14及び回収流路22の壁面は、剛体とみなされてもよい。すなわち、キャパシターCe5、Creの電気容量は、無視可能な大きさであり、実質的にゼロとして扱われ得る。
【0062】
回収流路22は、圧力室12において付与される圧力振動が効率よくノズルNに伝わるように設計される。すなわち、回収流路22に圧力振動がなるべく伝わらないように、上部連通路13、圧力室12、下部連通路14及びノズルNに比して、回収流路22は、高インピーダンスである。したがって、近似的には、回収流路22は、圧力振動及び体積振動の算出/実験の際に無視されてもよい。
【0063】
共通供給流路11及び共通排出流路21は、個別流路と比較して十分に広いので、開放端、すなわち接地面として扱われる。
【0064】
すなわち、インク流路の合成インダクタンスLmは、上部連通路13、圧力室12、下部連通路14及びノズルNの各インダクタンスの和である。インク流路の合成抵抗Rmは、上部連通路13、圧力室12、下部連通路14及びノズルNの各抵抗値の和である。その結果、インクジェットヘッド1aにおける共振周期Tc、Tm及びQc、Qmの算出では、インクジェットヘッド1に対して下部連通路14の影響が追加された値が得られる。
【0065】
[第3、4実施形態]
上記のように、Qcを大きく、かつ共振周期Tmを小さくするには、インク流路を短くかつ幅広くするのが好ましい。このために、上部連通路13及び下部連通路14は、省略されてもよい。これらの分だけインク流路が短縮される。また、上部連通路13及び下部連通路14は、圧力室12よりも細い。したがって、合成抵抗Rmは、圧力室12及びノズルNの各抵抗値の和で得られる。合成インダクタンスLmは、圧力室12及びノズルNの各インダクタンスの和で得られる。これにより、インクジェットヘッドでは、共振周期Tmが小さくなる。Qcを大きくすることができる。
【0066】
図8Aは、第3実施形態のインクジェットヘッド1bの断面模式図である。
図8Bは、インクジェットヘッド1bの等価回路図である。
図8Aに示す断面模式図では、圧力室12は、短い上部連通路13を介して共通供給流路11に連通している。圧力室12は、直接ノズルNに連通している。圧力室12の側面に位置する圧電素子15bは、上記のたわみモードの代わりにせん断モードでの変形であってもよい。
図8Bに示す等価回路図は、第1実施形態のインクジェットヘッド1における等価回路と同一である。
【0067】
図9Aは、第4実施形態のインクジェットヘッド1cの断面模式図である。
図9Bは、インクジェットヘッド1cの等価回路図である。
図9Aに示す断面模式図は、
図8Aに示した第3実施形態のインクジェットヘッド1bの断面構造から、更に上部連通路13が省略されている。したがって、圧力室12は、直接共通供給流路11に連通している。
【0068】
これに伴って、
図9Bに示す等価回路図では、上部連通路13に対応する回路部品が削除されている。この等価回路を用いて上記と同一手順で数値シミュレーションが実行されることで、共振周期Tc、Tm及びQc、Qmが求められ得る。上記第1実施形態~第4実施形態に示されたインクジェットヘッド1~1cは、圧力室12で各々圧力変動が付与されたインクがそのまま直線状にノズルNまで伝わり得る。このような構造は、エンドシューターとも呼ばれる。
【0069】
[第5実施形態]
上記の直列構造を有するインク流路に対して、ノズルNに対するインク流路が実質的に並列とされ得る。これによっても、共振周期Tmが低下する。
図10Aは、第5実施形態のインクジェットヘッド1dの断面模式図である。
図10Bは、インクジェットヘッド1dの等価回路図である。
【0070】
図10Aに示すように、ノズルNと接続している下部連通路14に対し、第1圧力室12a及び第2圧力室12bが並列に連通している。第1圧力室12aは、第1上部連通路13aを介して共通供給流路11に接続している。第2圧力室12bは、第2上部連通路13bを介して共通排出流路21に接続している。すなわち、全体としては、インクは、共通供給流路11から第1上部連通路13a及び第1圧力室12aを介して下部連通路14及びノズルNに供給される。ノズルNから吐出されない下部連通路14のインクは、第2圧力室12b及び第2上部連通路13bを介して共通排出流路21へ送出される。すなわち、第2圧力室12b、第2上部連通路13b、及び下部連通路14の図でノズルNより右側の第2下部連通路14bは、回収流路22である。すなわち、下部連通路14は、第1圧力室12aの側の第1下部連通路14a及び第2圧力室12bの側の第2下部連通路14bに区分される。
【0071】
しかしながら、第2圧力室12bに流入したインクは、インク吐出時には、下部連通路14に戻されて、ノズルNから吐出され得る。第1圧力室12a及び第1上部連通路13a、第2圧力室12b及び第2上部連通路13b、並びに下部連通路14とは、ノズルNの中心軸に対して対称に位置している。すなわち、第1圧力室12a及び第2圧力室12bは、ノズルNから吐出させるインクへの圧力変動を並列に付与している。その結果、ノズルNから見た場合、インク吐出時のインク供給路の断面積は、第1圧力室12aの断面積及び第2圧力室12bの断面積の和となる。第1圧力室12a及び第2圧力室12bでインクに付与された圧力変動は、下部連通路14においてノズルNとの接続位置へ向けてノズルNの延在方向に垂直に伝わる。したがって、この構造は、サイドシューターとも呼ばれる。
【0072】
図10Bに示す等価回路では、下部連通路14は、ノズルNとの接続位置を境界として2分割されている。第1上部連通路13a、第1圧力室12a及び第1下部連通路14aは、第2上部連通路13b、第2圧力室12b及び第2下部連通路14bと並列に並ぶ。
【0073】
第1圧力室12aは、抵抗素子R11、R12、インダクターL11、L12及びキャパシターC11、Ce1によって表されている。第1上部連通路13aは、抵抗素子R13、R14、インダクターL13、L14及びキャパシターC13、Ce3により表されている。第1下部連通路14aは、抵抗素子R15、R16、インダクターL15、L16及びキャパシターC15、Ce5により表されている。第2圧力室12bは、抵抗素子R21、R22,インダクターL21、L22及びキャパシターC21、Ce2により表されている。第2上部連通路13bは、抵抗素子R23、R24,インダクターL23、L24及びキャパシターC23、Ce4により表されている。第2下部連通路14bは、抵抗素子R25、R26、インダクターL25、L26及びキャパシターC25、Ce6により表されている。
【0074】
キャパシターC11、C13、C15、C21、C23、C25は、それぞれインクの弾性コンプライアンスを表す。キャパシターCe1、Ce2は、それぞれ第1圧力室12a及び第2圧力室12bの壁面の弾性コンプライアンスを表す。キャパシターCe3、Ce4は、それぞれ第1上部連通路13a及び第2上部連通路13bの壁面の弾性コンプライアンスを表す。キャパシターCe5、Ce6は、それぞれ第1下部連通路14a及び第2下部連通路14bの壁面の弾性コンプライアンスを表す。
【0075】
抵抗素子R11~R16及びインダクターL11~L16は、直列につながっている。キャパシターC11、C13、C15、Ce1、Ce3、Ce5は、各部の抵抗素子及びインダクターに対してそれぞれ接地面との間で並列につながっている。抵抗素子R21~R26及びインダクターL21~L26は、直列につながっている。キャパシターC21、C23、C25,Ce2、Ce4、Ce6は、それぞれ各部の抵抗素子及びインダクターに対して接地面との間で並列につながっている。したがって、体積振動に係る合成インダクタンスLmは、インダクターL11~L16のインダクタンスの合計値と、インダクターL21~L26のインダクタンスの合計値とのそれぞれ逆数の和の逆数に、インダクターLnのインダクタンスを加算して得られる。合成抵抗Rmは、抵抗素子R11~R16の抵抗値の合計と、抵抗素子R21~R26の抵抗値の合計とのそれぞれ逆数の和の逆数に、抵抗素子Rnの抵抗値を加算して得られる。
【0076】
個々の回路部品のパラメーター値は、上記と同様に共振周期Tc及びQmが適切な範囲になるように定められればよい。共通供給流路11につながる側と、共通排出流路21につながる側とでは、回路部品のパラメーターが同一であってもよいし、同一ではなくてもよい。これらが同一である場合には、合成インダクタンスLmは、一方の合成インダクタンスの1/2とインダクターLnのインダクタンスとの和である。合成抵抗Rmは、一方の合成抵抗の1/2と抵抗素子Rnの抵抗値との和である。圧力振動についての合成インダクタンスLc及び合成抵抗Rcは、数値シミュレーションによって得られればよい。共振周期Tm、Tc及びQm、Qcは、上記数式1~4に従って解析的に、又は数式17、18などにより数値的に得られる。
【0077】
このようなサイドシューターのインクジェットヘッド1dでも、合成インダクタンスLmを小さくすることで、共振周期Tmを小さくできる。すなわち、流路断面積が大きく、かつ、流路長が小さくなるので、ノズル径φ及びキャパシターCnのキャパシタンスを大きくしやすい。特に、サイドシューターでは、ノズルN以外の合成抵抗及び合成インダクタンスがノズルNの抵抗値及びインダクタンスに比して相対的に小さくできる。したがって、エンドシューターよりも共振周波数Tmを小さくしやすく、かつQcを大きくしやすい。よって、このインクジェットヘッド1dは、φ≧20μmのノズルNが容易に組み込まれ得る。
【0078】
[第6実施形態]
図11Aは、第6実施形態のインクジェットヘッド1eの断面模式図である。
図11Bは、インクジェットヘッド1eの等価回路図である。
図11Aに示すように、インクジェットヘッド1eでは、ノズルNとつながる圧力室12の両端に第1上部連通路13a及び第2上部連通路13bが接続している。第1上部連通路13aは、圧力室12と共通供給流路11とを接続している。第2上部連通路13bは、圧力室12と共通排出流路21とを接続している。圧力室12の壁面に沿って、たわみモードで変形する圧電素子15及び振動板16が位置している。
【0079】
すなわち、圧力室12に対して、第1上部連通路13aと第2上部連通路13bとが並列に位置している。
図11Bに示す等価回路では、圧力室12がノズルNを境界として第1圧力室12aと第2圧力室12bとに分割されている。第1圧力室12aは、第1上部連通路13aとつながり、第2圧力室12bは、第2上部連通路13bとつながる。第1圧力室12a及び第1上部連通路13aの回路部品は、第2圧力室12b及び第2上部連通路13bの回路部品と並列に位置する。
【0080】
このインクジェットヘッド1eは、通常では、インクは共通供給流路11から第1上部連通路13a及び圧力室12(第1圧力室12a)へ流れる。圧力室12のインクのうちノズルNから吐出されないインクは、第2圧力室12bから第2上部連通路13bを介して共通排出流路21へ流れる。インク吐出時には、第2圧力室12bのインクも第1圧力室12aのインクとともに圧力変動が付与されて、その一部がノズルNから吐出される。
【0081】
このインクジェットヘッド1eは、第1下部連通路14a及び第2下部連通路14bを有しない。したがって、インダクターL15、L16、L25、L26のインダクタンス及び抵抗素子R15、R16、R25、R26の抵抗値がそれぞれゼロである。合成抵抗Rm及び合成インダクタンスLmは、これらインダクタンス及び抵抗値の減少分だけ、上記インクジェットヘッド1dにおける値よりも小さくなる。
【0082】
[第7実施形態]
図12Aは、第7実施形態のインクジェットヘッド1fのノズル開口面に平行な断面図である。
図12Bは、インクジェットヘッド1fの等価回路図である。
図12Aに示すように、このインクジェットヘッド1fは、圧力室12の両端に直接共通供給流路11及び共通排出流路21が接続されている。したがって、通常では、インクは、共通供給流路11から圧力室12を経て共通排出流路21へ流れる。
【0083】
図12Bに示すように、圧力室12は、ノズルNを境界として、第1圧力室12aと第2圧力室12bとに分割される。ノズルNの位置を通過して第2圧力室12bに流入したインクも、インク吐出時には、圧力変動が付与されて、一部がノズルNから吐出され得る。第1圧力室12aの回路部品と第2圧力室12bの回路部品とは、ノズルNの回路部品に対して並列に位置している。
【0084】
インクジェットヘッド1fは、インクジェットヘッド1eに比して、更に第1上部連通路13a及び第2上部連通路13bを有しない。したがって、合成抵抗Rmにおいて、抵抗素子R13、R14、R23、R24の抵抗値がゼロである。合成インダクタンスLmにおいて、インダクターL13、L14、L23、L24のインダクタンスがゼロである。これらの分だけ、合成抵抗Rm及び合成インダクタンスLmは、インクジェットヘッド1eにおける値よりも小さい。
【0085】
以上のように、本実施形態のインク吐出方法は、ノズルNと、ノズルNに連通するインク流路とを備え、インク流路には内部のインクに圧力変動を付与する圧力室12が含まれるインクジェットヘッド1による。このインク吐出方法は、吐出されるインクの粘度が5.7mPa・s、密度が1080kg/m3、表面張力が41mN/m、音速が1521m/sである場合に、以下の条件を満たす。(1)インクジェットヘッド1は、圧力室12におけるインクの圧力振動に係るQcが10以上かつ18以下である。(2)ノズルNにおけるインクのメニスカス振動に係る共振周期Tmは、圧力室12におけるインクの圧力振動に係る共振周期Tcの1倍以上かつ6倍以下である。(3)ノズル径φ又は当該ノズル径φに等価な径φeが20μm以上である。(4)インクジェットヘッド1のノズル開口面とインク着弾面との間の幅を5.0mm以上とする。
このインク吐出方法によれば、具体的なインクジェットヘッド1の形状によらず、メニスカスの破れ、着弾位置のばらつきやサテライトの発生を低減させることができる。よって、このインク吐出方法は、インク吐出面と着弾面との幅を確保しつつ、インクを安定して吐出させることができる。
【0086】
また、このインク吐出方法は、1画素に対して複数の液滴を連続して射出するマルチドロップ方式でインクを吐出してもよい。1画素辺りのインク量に対して、1滴当たりの液滴量、特に最後に出射する液滴のサイズが小さくできるので、サテライトが低減されやすい。
【0087】
また、このインク吐出方法では、インクジェットヘッド1のノズル開口面とインク着弾面との間の幅を10.0mm以上とされてもよい。上記の条件により、幅が10mmまででは安定してインクの吐出が可能である。このように十分にノズル開口面とインク着弾面との間隔が離されれば、より多様な面上に画像を記録することができる。
【0088】
また、1ノズルからの吐出体積が20pL以上30pL以下であり、かつインク吐出に係る駆動周期が90μsec以上かつ100μsec以下の範囲を含んでもよい。すなわち、このインク吐出方法では、1ノズルからの吐出体積が20-30pLかつ10-11kHz程度の駆動周期で安定してインクを吐出することができる。したがって、このインク吐出方法は、産業用途などでの画像記録動作に要求される高速な記録動作により速やかに所望の画像を適切な品質で得ることができる。
【0089】
また、本実施形態のインクジェットヘッド1は、上記のインク吐出方法に係る構造上の条件を満たす。
【0090】
また、インクジェットヘッド1d~1fは、ノズルNから吐出されないインクを回収する回収流路22を有していてもよい。この場合に、インク流路の構造は、ノズルNの中心軸に対して対称であってもよい。このように、回収流路側もインクの吐出に利用されることで、見かけ上インクの吐出に係る流路の断面積が大きくなる。したがって、このインクジェットヘッド1は、共振周波数Tmを小さくしやすい。これに応じて、インクジェットヘッド1は、ノズル径φを20μm以上に大きくしやすい。
【0091】
なお、本開示の内容は例示であって、様々な変更が可能である。
例えば、上記では、1ノズルからの吐出体積が20-30pLかつ10~11kHz程度での駆動を前提として説明したが、吐出体積や駆動周波数は、これらの範囲外であってもよい。
【0092】
また、マルチドロップ方式における連続射出数は、8ではなくてもよい。適宜な射出数とされてもよい。また、吐出波形において、残響振動を低減する適宜な波形が付加されていてもよい。あるいは、マルチドロップ方式でのインク吐出ではなくてもよい。
【0093】
また、回収流路により回収されるインクは、必ずしもインクタンクに戻されなくてもよい。そのまま廃棄されてもよいし、一度別途貯留されてなんらかの処理がされてもよい。
【0094】
また、上記のサイドシューターの実施形態では、ノズルNの中心軸に対して対称なインク流路が示されたが、これに限られない。インク吐出に悪影響を及ぼさない範囲で、インク流路の向き、形状やサイズが異なっていてもよい。
その他、上記実施の形態で示した具体的な構成、構造及び設定内容などは、本開示の趣旨を逸脱しない範囲において適宜変更可能である。本発明の範囲は、特許請求の範囲に記載した発明の範囲とその均等の範囲を含む。
【産業上の利用可能性】
【0095】
本開示は、インク吐出方法に利用することができる。
【符号の説明】
【0096】
1、1a~1f インクジェットヘッド
11 共通供給流路
12 圧力室
12a 第1圧力室
12b 第2圧力室
13 上部連通路
13a 第1上部連通路
13b 第2上部連通路
14 下部連通路
14a 第1下部連通路
14b 第2下部連通路
15、15b 圧電素子
16 振動板
21 共通排出流路
22 回収流路
N ノズル
【要約】
吐出面と着弾面との幅を確保しつつ、インクを安定吐出可能なインク吐出方法及びインクジェットヘッドを提供する。ノズル(N)と、ノズル(N)に連通するインク流路とを備え、インク流路には内部のインクに圧力変動を付与する圧力室(12)が含まれるインクジェットヘッドによるインク吐出方法である。インクジェットヘッドは、インクの粘度が5.7mPa・s、密度が1080kg/m
3、表面張力が41mN/m、音速が1521m/sである場合に、圧力室(12)におけるインクの圧力振動に係るQ値が10以上18以下であり、ノズル(N)におけるインクのメニスカス振動に係る共振周期が圧力振動に係る共振周期の1倍以上6倍以下であり、ノズル(N)の開口径が20μm以上であり、インクジェットヘッドのインク吐出面とインク着弾面との間の幅を5.0mm以上とする。
【選択図】
図1B