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  • -発酵漬物の製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-06-03
(45)【発行日】2025-06-11
(54)【発明の名称】発酵漬物の製造方法
(51)【国際特許分類】
   A23B 7/10 20060101AFI20250604BHJP
   A23B 7/155 20060101ALI20250604BHJP
【FI】
A23B7/10 A
A23B7/10 B
A23B7/155
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2021025599
(22)【出願日】2021-02-19
(65)【公開番号】P2022127441
(43)【公開日】2022-08-31
【審査請求日】2023-11-21
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】弁理士法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】冨田 理
【審査官】田辺 義拓
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-050208(JP,A)
【文献】特開昭59-102350(JP,A)
【文献】特開2020-005501(JP,A)
【文献】無塩の伝統的発酵漬物「すんき」の乳酸菌叢と成分組成の包括的解析,農研機構,2019年,https://www.naro.go.jp/project/results/4th_laboratory/nfri/2019/nfri19_s06.html
【文献】Satoru Tomita et.al,NMR- and GC/MS-based metabolomic characterization of sunki, an unsalted fermented pickle of turnip leaves,Food Chemistry,2018年,258,p25-34
【文献】Satoru Tomita et.al,Characterisation of the bacterial community structures of sunki, a traditional unsalted pickle of fermented turnip leaves,Journal of Bioscience and Bioengineering,2020年,Vol.129, No.5,p541-551
【文献】板橋雅子 et.al,各種有機酸を添加したすんき漬,日本食品工業学会誌,1987年,第34巻, 第7号,p439-442
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23B 7/10
A23B 7/155
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
野菜原料に乳酸菌を添加して、発酵温度30~45℃、塩化ナトリウム添加量2%(2/v)未満の条件で到達pHが4.5以下となるまで発酵させ、コハク酸含有量及びイソチオシアネート含有量の少なくともいずれかが野菜原料よりも多い発酵漬物を得る、発酵漬物の製造方法であって、
野菜原料がキャベツであり、
乳酸菌が、
ラクトバチルス・ディオリボランス、ラクトバチルス・パラファラギニス、ラクトバチルス・プランタラム、ラクトバチルス・ブフネリ、ラクトバチルス・パラケフィリ、ラクトバチルス・クリスパタス、ラクトバチルス・オタキエンシス、及びラクトバチルス・キソネンシスから選ばれる少なくとも1つであるか、又は、
ラクトバチルス・デルブリュッキーと、ラクトバチルス・ファーメンタム、ラクトバチルス・ディオリボランス、ラクトバチルス・パラファラギニス、ラクトバチルス・ブフネリ、及びラクトバチルス・パラケフィリとの組み合わせからなる群より選ばれる少なくとも1つの組み合わせである、
方法。
【請求項2】
野菜原料に乳酸菌を添加して、発酵温度30~45℃、塩化ナトリウム添加量2%(2/v)未満の条件で到達pHが4.5以下となるまで発酵させ、コハク酸含有量及びイソチオシアネート含有量の少なくともいずれかが野菜原料よりも多い発酵漬物を得る、発酵漬物の製造方法であって、
野菜原料が白菜であり、
乳酸菌が、
ラクトバチルス・デルブリュッキー、ラクトバチルス・ディオリボランス、ラクトバチルス・パラファラギニス、ラクトバチルス・プランタラム、ラクトバチルス・ブフネリ、ラクトバチルス・パラケフィリ、ラクトバチルス・オタキエンシス、及びラクトバチルス・キソネンシスから選ばれる少なくとも1つであるか、又は、
ラクトバチルス・デルブリュッキーと、ラクトバチルス・ファーメンタム、ラクトバチルス・ディオリボランス、ラクトバチルス・パラファラギニス、ラクトバチルス・ブフネリ、ラクトバチルス・パラケフィリ、ラクトバチルス・クリスパタス、及びラクトバチルス・ガセリとの組み合わせから選ばれる少なくとも1つの組み合わせである、
方法。
【請求項3】
野菜原料に乳酸菌を添加して、発酵温度30~45℃、塩化ナトリウム添加量2%(2/v)未満の条件で到達pHが4.5以下となるまで発酵させ、コハク酸含有量及びイソチオシアネート含有量の少なくともいずれかが野菜原料よりも多い発酵漬物を得る、発酵漬物の製造方法であって、
野菜原料がキュウリであり、
乳酸菌が、
ラクトバチルス・デルブリュッキー、ラクトバチルス・ディオリボランス、ラクトバチルス・パラファラギニス、ラクトバチルス・プランタラム、ラクトバチルス・ブフネリ、ラクトバチルス・パラケフィリ、及びラクトバチルス・オタキエンシスから選ばれる少なくとも1つであるか、又は、
ラクトバチルス・デルブリュッキーと、ラクトバチルス・ファーメンタム、ラクトバチルス・ディオリボランス、ラクトバチルス・パラファラギニス、ラクトバチルス・ブフネリ、ラクトバチルス・パラケフィリ、ラクトバチルス・クリスパタス、及びラクトバチルス・ガセリとの組み合わせから選ばれる少なくとも1つの組み合わせである、
方法。
【請求項4】
野菜原料に第1の乳酸菌を添加して発酵させた後、第2の乳酸菌を添加して、発酵温度30~45℃、塩化ナトリウム添加量2%(w/v)未満の条件で到達pHが4.3以下となるまで発酵させ、コハク酸含有量及びイソチオシアネート含有量の少なくともいずれかが野菜原料よりも多い発酵漬物を得る、発酵漬物の製造方法であって、
野菜原料がカブ、キャベツ、白菜又はキュウリであり、
第1の乳酸菌がラクトバチルス・デルブリュッキーであり
第2の乳酸菌が、ラクトバチルス・ファーメンタム、ラクトバチルス・プランタラム、ラクトバチルス・ディオリボランス、ラクトバチルス・パラファラギニス、ラクトバチルス・ブフネリ、及びラクトバチルス・パラケフィリから選ばれる少なくとも1つである
方法。
【請求項5】
第1の乳酸菌が、ラクトバチルス・デルブリュッキーであり、第2の乳酸菌が、ラクトバチルス・ファーメンタム及び/又はラクトバチルス・プランタラムである、請求項4に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、発酵漬物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
発酵食品は伝統食品としての価値や健康増進への期待が高まっており、野菜類の発酵食品として漬物が広く認知されている。漬物製品の大部分を占めているのは、無発酵の浅漬である。しかし、各地域の発酵漬物は、伝統食品として現在も高い知名度を保っている。さらに、2019年には全日本漬物協同組合連合会によって「発酵漬物認定制度」が開始されている。このような業界の動向から、浅漬けから発酵漬物へと回帰する機運が高まり、今後の需要が伸びると期待される。ただし、漬物は塩分摂取過多の原因となるというネガティブイメージが根深く、将来的な漬物需要のためにもこれを払拭する必要がある。これらのことから、発酵漬物の中でも無塩(極低塩)の漬物に潜在的需要があるのではないかと考えた。
【0003】
国内で商業的に生産されている無塩発酵漬物は、赤カブの葉を用いて作られる木曽地域伝統の「すんき」が唯一のものである。すんきには、様々な乳酸菌が生息する。特許文献1には、ラクトバチルス・プランタラム、ラクトバチルス・ファーメンタム、ラクトバチルス・デルブリュッキー、及びラクトバチルス・パラブフネリを含むスターター乳酸菌が、良好な品質を有するすんきを安定して製造することが可能であることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許第5276290号公報
【非特許文献】
【0005】
【文献】日本の地域伝統的発酵食品 木曽の伝統発酵野菜「すんき」とおいしさの秘密 Foods & Food Ingredients Journal of Japan Vol.223 No.2 Page.102-110(2018.05.01)
【文献】すんき発酵乳酸菌の特性解明への取り組み 日本乳酸菌学会誌 Vol.28 No.2 Page 128(2017.06.27)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、無塩及び極低塩の発酵漬物に生息する乳酸菌、成分組成、風味等品質との関係についてはこれまで知られていない。
【0007】
本発明の目的は、発酵漬物の発酵条件、成分組成、風味等品質との関係を明らかにし、良風味で安定生産可能な発酵漬物の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、以下を提供する。
〔1〕野菜原料に乳酸菌を添加して、到達pHが4.5以下となるまで発酵させ、コハク酸含有量及びイソチオシアネート含有量の少なくともいずれかが野菜原料よりも多い発酵漬物を得る、発酵漬物の製造方法。
〔2〕乳酸菌が、ラクトバチルス属乳酸菌である、〔1〕に記載の方法。
〔3〕乳酸菌が、ラクトバチルス・デルブリュッキー、ラクトバチルス・ファーメンタム、ラクトバチルス・ディオリボランス、ラクトバチルス・パラファラギニス、ラクトバチルス・プランタラム、ラクトバチルス・ブフネリ、ラクトバチルス・パラケフィリ、ラクトバチルス・クリスパタス、ラクトバチルス・ガセリ及びラクトバチルス・ロイテリから選ばれる少なくとも1つである、〔1〕又は〔2〕に記載の方法。
〔4〕乳酸菌が、ラクトバチルス・デルブリュッキーと、ラクトバチルス・ファーメンタム、ラクトバチルス・ディオリボランス、ラクトバチルス・パラファラギニス、ラクトバチルス・ブフネリ、ラクトバチルス・パラケフィリ、ラクトバチルス・クリスパタス、及びラクトバチルス・ガセリから選ばれる少なくとも1つとの組み合わせである、〔1〕又は〔2〕に記載の方法。
〔5〕野菜原料に第1の乳酸菌を添加して発酵させた後、第2の乳酸菌を添加して、到達pHが4.3以下となるまで発酵させる、〔1〕~〔4〕のいずれか1項に記載の方法。
〔6〕第1の乳酸菌が、ラクトバチルス・デルブリュッキーであり、第2の乳酸菌が、ラクトバチルス・ファーメンタム及びラクトバチルス・プランタラムである、〔5〕に記載の方法。
〔7〕発酵を、30~45℃の温度条件で行う、〔1〕~〔6〕のいずれか1項に記載の方法。
〔8〕発酵の際、塩化ナトリウムを発酵培地に対し2%(w/v)未満添加する、〔1〕~〔7〕のいずれか1項に記載の方法。
〔9〕発酵の際、リンゴ酸又はその塩を添加する、〔1〕~〔8〕のいずれか1項に記載の方法。
〔10〕野菜原料が、カブ、キャベツ、白菜、及びキュウリから選ばれる少なくとも1種である、〔1〕~〔9〕のいずれか1項に記載の方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、良風味で安定生産可能な発酵漬物の製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、in vitro発酵試験(実施例1)におけるコハク酸およびイソチオシアネート信号強度の比較を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
[発酵漬物の製造方法]
本発明においては、野菜原料に乳酸菌を添加して発酵させて発酵漬物を製造する。
【0012】
-野菜原料-
本明細書において野菜原料とは、野菜を少なくとも1種含む原料である。野菜としては、カブ(例えば、白カブ、赤カブ(例えば、王滝カブ、開田カブ)、キャベツ、白菜、キュウリが挙げられる。野菜原料は、必要に応じて(例えば、過発酵の防止、調味等の目的のため)、調味料、保存料等の他の添加物を含んでもよい。
【0013】
-乳酸菌-
本発明においては、野菜原料に乳酸菌をスターターとして添加(接種)することにより、野菜原料を発酵させる。乳酸菌としては、例えば、Lactobacillus(ラクトバチルス)属、Lactococcus(ラクトコッカス)属、Leuconostoc(ロイコノストック)属、Pediococcus(ペディオコッカス)属の乳酸菌が挙げられ、Lactobacillus属乳酸菌が好ましい。Lactobacillus属乳酸菌としては、例えば、L.delbrueckii、L.fermentum、L.diolivorans、L.parafarraginis、L.plantarum、L.brevis、L.vilidescens、L.alimentarius、L.sakei、L.curvatus、L.casei、L.buchneri、L.parakefiri、L.reuteri、L.crispatus、L.gasseri、L.vaginalis、L.rossiae、L.otakiensis、L.kisonensis、L.crispatusが挙げられ、L.delbrueckii、L.fermentum、L.diolivorans、L.parafarraginis、L.plantarum、L.buchneri、L.parakefiri、L.crispatus、L.gasseri、L.reuteriが好ましい。Pediococcus属乳酸菌としては、例えば、P.acidilacticiが挙げられる。
【0014】
乳酸菌は1種単独で用いても、2種以上の組み合わせを用いてもよい。1種単独の場合、L.delbrueckii、L.fermentum、L.diolivorans、及びL.parafarraginis、L.reuteriが好ましく、L.delbrueckii、L.fermentum、L.diolivoransがより好ましい。2種以上の場合、L.delbrueckiiを少なくとも含む組み合わせが好ましく、L.delbrueckiiと、L.fermentum、L.diolivorans、L.parafarraginis、L.buchneri、L.parakefiri、L.crispatus、L.gasseriから選ばれる少なくとも1つとの組み合わせがより好ましく、L.delbrueckiiと、L.fermentum及びL.parafarraginisから選ばれる少なくとも1つとの組み合わせがさらに好ましい。
【0015】
-到達pH-
発酵終了時のpH(到達pH)は、初発pH(通常、弱酸性、すなわち5.0~6.0)よりも低いpHであればよく、好ましくは4.5以下、より好ましくは4.4以下、更に好ましくは4.3以下である。到達pHの調整は、用いる乳酸菌の種類、量、温度、塩濃度等の発酵条件により行えばよい。到達pHの下限は、通常3.3以上、好ましくは3.4以上であるが、特に限定されない。
【0016】
-発酵温度-
発酵温度は、30~45℃が好ましく、30~40℃がより好ましい。これにより、到達pHを好ましい数値へ低下させることができる。
【0017】
-多段発酵-
2種以上の乳酸菌を用いる場合、各乳酸菌を同時に添加して発酵を行ってもよいし、あるいは、順次添加して発酵を行う、いわゆる多段発酵を行ってもよい。例えば、野菜原料に第1の乳酸菌を添加して発酵させた後、他の乳酸菌を添加して発酵を行う操作を繰り返し、最後の乳酸菌を添加して発酵を行って到達pHが4.3以下となるまで発酵させることができる。多段発酵は、2段発酵が好ましく、第1の乳酸菌としてのL.delbrueckiiを用いる第1の発酵の後、第2の乳酸菌としてL.fermentum及びL.plantarumを用いる第2の発酵を行うことがより好ましい。多段発酵における各乳酸菌を用いる発酵の条件は、それぞれ独立して定めることができる。
【0018】
-塩分濃度-
発酵にあたっては、塩化ナトリウムを添加してもよく、その添加量は培地に対し2%(w/v)未満が好ましく、好ましくは1.5%(w/v)以下がより好ましい。これにより、塩分摂取過多の原因となるというネガティブイメージを払拭でき、健康に配慮しながら風味を向上させた、極低塩発酵漬物を得ることができる。塩化ナトリウムの添加時期は、発酵の途中であればよいが、発酵開始時(多段発酵の場合、第1の発酵の開始時)が好ましい。
【0019】
-リンゴ酸-
発酵にあたっては、リンゴ酸又はその塩を添加してもよい。これにより、コハク酸をより多量に含む発酵漬物を得ることができる。リンゴ酸の添加量は、培地に対し通常は50mM以上、好ましくは70mM以上、より好ましくは90mM以上である。リンゴ酸又はその塩の添加時期は、発酵の途中であればよいが、発酵開始時(多段発酵の場合、第1の発酵の開始時)が好ましい。
【0020】
-他の発酵条件-
上記以外の他の発酵条件は、特に限定されないが、一例を挙げると以下のとおりである。乳酸菌の接種量は、通常は、1.0×105~1.0×1010cfu/mL、好ましくは5.0×105~5.0×109cfu/mL、より好ましくは1.0×106~1.0×109cfu/mLである。接種量は、前培養等、常法に従って調整できる。発酵時間は、通常は、12時間以上、好ましくは20時間以上、より好ましくは24時間以上である。上限は、特に限定されないが、5日程度であれば十分であり、通常は3日以内であり、衛生面からは短期間がよい。また、乳酸菌としてL.delbrueckii、L.fermentum、L.reuteri等の酸素感受性の乳酸菌を用いる場合には、発酵を嫌気条件で行うことが好ましい。発酵の際には、培地を静置して行ってもよいし、必要に応じて撹拌してもよい。
【0021】
[発酵漬物]
上記製造方法により発酵漬物を得ることができる。本明細書において「発酵漬物」とは、食材(例えば、野菜原料)を発酵(例えば、乳酸発酵)させる工程を含む方法により製造される漬物を意味する。例えば、すんき、すぐき、発酵キムチ、発酵しば漬、野沢菜漬、ザワークラウト、ピクルス等が挙げられる。
【0022】
発酵漬物は、そのコハク酸含有量及びイソチオシアネート含有量の少なくともいずれかが野菜原料のよりも多いことが好ましく、通常は4倍以上、好ましくは5倍以上である。発酵漬物のコハク酸含有量及びイソチオシアネート含有量は、野菜原料により異なるため一律に特定することは難しいが、通常0.5mM以上、好ましくは5mM以上、より好ましくは6mM以上である。イソチオシアネートは、アブラナ科植物の野菜に特有の成分であるグルコシノレートの分解産物であり、アブラナ科植物の野菜(例えば、白カブ、赤カブ、キャベツ、白菜)に含まれる。本明細書においてイソチオシアネート含有量は、イソチオシアネート類(例えば、4-ペンテニルITC、3-ブテニルITC、2-フェネチルITC、アリルITC)の総量を意味し、未発酵の野菜に対する相対量として通常8以上、好ましくは10以上である。コハク酸含有量及びイソチオシアネート含有量の調整は、野菜原料の種類、乳酸菌の種類、量、発酵条件により行うことができる。
【0023】
発酵漬物は、コハク酸以外の酸含有量も野菜原料よりも多いことが好ましい。コハク酸以外の酸としては、例えば、酢酸、乳酸が挙げられる。発酵漬物のこれらの酸含有量も、野菜原料により異なるため一律に特定することは難しい。たとえば、酢酸含有量は、通常5mM以上、好ましくは6mM以上である。乳酸含有量は、通常10mM以上、好ましくは12mM以上である。
【実施例
【0024】
以下に、本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明は以下の例に限定されるものではない。
【0025】
参考例1
国内で唯一製造される無塩発酵漬物「すんき」の品評会に出展された49試料の成分組成等を比較し、最優秀品の特徴を明らかにした(表1)。
・pHは4.1であり平均値(4.0)と比較しても良好に乳酸発酵している
・コハク酸の含有量が49試料中で際立って大きい(旨味の寄与成分)
・乳酸、酢酸、グルタミン酸、イソチオシアネート(ITC)の含有量が大きい(風味・漬菜香への寄与成分)
・エタノール、酢酸エチル、アセトイン、ジアセチルの含有量が小さい(発酵臭・つわり臭の原因成分)
【0026】
【表1】
【0027】
本参考例の結果から、高品質な無塩発酵漬物にはコハク酸やイソチオシアネートの含有量が重要であることが明らかとなった。また、他の特徴成分についてもいずれも味や香りを有する成分であることから、良好な風味に対して複合的に貢献していると考えられる。
【0028】
実施例1 高品質なすんきの成分組成に関わる乳酸菌株の探索
すんきに生息する乳酸菌のうち高いコハク酸の生産に関わるものを探索した。市販や自作したすんきから18の異なる乳酸菌種に属する250個の乳酸菌コロニーを収集した。凍結乾燥した赤カブ(開田カブ)の葉から熱水抽出して調製したエキスに、ラクトバチルスMRS培地(Difco社製)で30℃・24時間培養した乳酸菌を接種し、30℃で3日間発酵させた。発酵後に生産された水溶性成分と揮発性成分の濃度を核磁気共鳴(NMR)法および固相マイクロ抽出-ガスクロマトグラフィー/質量分析(SPME-GC/MS)法により分析した。
【0029】
【表2】
【0030】
分析の結果、最もコハク酸を生産するのはL.delbrueckiiであることが明らかとなった(表2、図1)。さらに、L.delbrueckiiにより発酵したカブ菜の汁は、参考例1で示された最優秀品の特徴に最も近くなった。すなわち、良好なpHの低下を示し、乳酸・酢酸の含有量に優れ、エタノール・アセトイン・酢酸エチルの生産量が小さく、イソチオシアネート類の信号強度が大きいといった特徴を示した。
中程度のコハク酸の生産量を示した乳酸菌として、L.fermentum、L.parafarraginis、L.reuteri、L.diolivoransも選抜された。これらの乳酸菌は酢酸の生産量にも優れる。ただし、L.delbrueckiiに比べて発酵物の最終pHが高くなったため、単独の使用では適切な品質を保つpHに到達しない恐れがある。また、これらの菌株の発酵では、成分組成の特徴が最優秀品のすんきとは異なるものになった。
【0031】
実施例2 様々な漬物用野菜に対する適用性の解析
白カブ、木曽の赤カブ(開田カブ、王滝カブ)、キャベツ、白菜、キュウリを用いて、各植物の葉から実施例1と同様にして抽出したエキスに、ラクトバチルスMRS培地(Difco社製)で30℃・24時間培養した表3~表5に示す乳酸菌を接種し、30℃で3日間発酵させた。得られる発酵物の水溶性代謝産物の組成をNMR法により、到達pHをpHメーターにより分析し、原料への適性を3段階(◎:特に良好、〇:概ね良好、△:使用可能)で判定した(表3~5)。
【0032】
【表3】
【0033】
【表4】
【0034】
【表5】
【0035】
その結果、乳酸菌は各野菜においてコハク酸生産能を示し、中でも、L.delbrueckiiはいずれの野菜でもすんき乳酸菌の中で最も優れたコハク酸生産能を示した。発酵物のpHについては、白カブ、赤カブ(開田カブ)、白菜、キュウリは特に良好に、赤カブ(王滝カブ)は概ね良好に、キャベツは限定的ではあるがpH低下がみられた。このことから、L.delbrueckiiを広く漬物に利用される他の野菜に用いても、コハク酸を特徴とする良風味の無塩発酵漬物を製造できることが明らかとなった。
【0036】
ただし、L.delbrueckiiはキャベツの発酵に対する適性が他菌種に劣り、コハク酸の生産量は最大レベルであるものの、到達pHが4.5付近に留まる結果となった。これに対し、他の野菜で中程度のコハク酸生産量を示したL.fermentumが、キャベツの発酵においてはL.delbrueckiiに匹敵するコハク酸生産量を示した。また、L.fermentum、L.diolivorans、L.parafarraginisなどについても、開田カブと同様の代謝物生産傾向が確認された。
【0037】
実施例3 複数の乳酸菌を併用した共発酵試験
白カブ、木曽の赤カブ(開田カブ、王滝カブ)、キャベツ、白菜、キュウリを用いて、各植物の葉から実施例1と同様にして抽出したエキスに、ラクトバチルスMRS培地(Difco社製)で30℃・24時間培養した表6及び表7に示す乳酸菌(単独又は2種の組み合わせ)を接種し、30℃で3日間発酵させた。得られる発酵物の水溶性代謝産物の組成、到達pHを実施例2と同様の方法で分析し、原料への適性を実施例1、2と同様に判定した(表6、7)。
【0038】
【表6】
【0039】
【表7】
【0040】
試験の結果、キャベツを用いて、L.delbrueckii及びL.fermentumを共発酵した場合、コハク酸の蓄積量が増加した(表6、7)。さらに、乳酸と酢酸の生産もそれぞれ大幅に向上し、pH低下が大幅に改善した。両乳酸菌をそれぞれ単独で使用したときよりも向上していることから、これらの乳酸菌の併用により相乗的な発酵促進効果を得ることできた。この相乗効果が科学的に検証された事例はなく、そのメカニズムは明らかではないが、ヨーグルト発酵においてL.delbrueckii subsp.bulgaricusとStreptococcus thermophilusとがお互いに不足する栄養素を補い合うような、何らかの共生関係が成立しているのではないかと考えられる。
【0041】
また、キャベツ以外の野菜においても共発酵の効果が見られ、たとえば白カブや赤カブの発酵において、コハク酸と乳酸生産にはほとんど影響させずに酢酸の増加効果が得られた。この効果はL.fermentumに限らず他の乳酸菌でも同様である。コハク酸生産能が比較的低いL.buchneri、L.parakefiri、L.crispatus、L.gasseriを共発酵に用いても同様に乳酸と酢酸の増加効果が得られる。
【0042】
実施例4 2段階の共発酵による追加発酵の効果
白カブ、木曽の赤カブ(開田カブ、王滝カブ)、キャベツ、白菜、キュウリを用いて、各植物の葉から実施例1と同様にして抽出したエキスに、ラクトバチルスMRS培地(Difco社製)で30℃・24時間培養したL.delbrueckiiを接種し、30℃で3日間発酵させた。続いて、表8及び表9に示す乳酸菌をさらに接種し、追加で30℃で3日間発酵させた。得られる発酵物の水溶性代謝産物の組成、到達pHを分析し、原料への適性を実施例1、2と同様に判定した(表8、9)。
【0043】
【表8】
【0044】
【表9】
【0045】
共発酵の効果は、実施例3のように2菌株を同時に接種した場合だけでなく、発酵を2段階に分けた場合にも得られた(表8、9)。
【0046】
キャベツのように、L.delbrueckii単独ではコハク酸を蓄積できるがpH低下に乏しい原料の場合、L.fermentumなどキャベツ発酵に適する乳酸菌による2段階目の追加発酵を行うことによって、コハク酸を低下させることなく酢酸と乳酸を大幅に増加させ、pHを4.0以下に低下させることができる。これは、L.delbrueckiiが適性の低い原料においてもコハク酸を優先して生産する性質を利用しており、残っている大部分の炭素源を他の乳酸菌によって追加発酵させたことによるものである。
【0047】
王滝カブのように、L.delbrueckii単独では到達pHがやや高くなる原料では、L.plantarumなどによる追加発酵を行うと、高いコハク酸濃度を維持したまま酢酸と乳酸の蓄積量を高め、pH低下を補助することができる。これは、一般的には他の炭素源に比べて乳酸菌に優先的に消費されるグルコースが、L.delbrueckiiによる野菜汁の発酵においてはむしろ残存しやすいという、本研究での発見に基づいて実現したものである。L.plantarumは、その残存したグルコースに加えて、L.delbrueckiiが資化しないクエン酸をも乳酸や酢酸へと変換することができる。
【0048】
実施例5 発酵温度の影響
木曽の赤カブ(開田カブ、王滝カブ)を用いて、各植物の葉から実施例1と同様にして抽出したエキスに、L.delbrueckiiを接種し、温度条件を表10及び表11に示す条件として1日から14日間まで発酵させた。培養開始後、発酵物の水溶性代謝産物の組成、到達pHを実施例2と同様の方法により分析した(表10及び11)。
【0049】
【表10】
【0050】
【表11】
【0051】
漬物の発酵における温度の影響を確認したところ、最も早くpHが低下し、到達pHも最低となった発酵温度は40℃だった(表10及び11)。30℃ではわずかに、45℃ではやや発酵が遅れた。50℃あるいは20℃以下ではpH低下の悪化が顕著だった。コハク酸の生産量は40℃または30℃で最大となり、pH低下の進行と同様の差がみられた。したがって、適切な発酵の進行は、好ましくは30℃から45℃の範囲、より好ましくは30℃から40℃の範囲で得られると考えられる。
【0052】
実施例6 L.delbrueckiiの塩濃度耐性
木曽の赤カブ(開田カブ)を用いて、各植物の葉から実施例1と同様にして抽出したエキスに、L.delbrueckiiを接種し、食塩水を表12に示す濃度となるように4分の1倍量を添加し、30℃で3日間発酵させた。培養開始後、発酵物の水溶性代謝産物の組成、到達pHを実施例2と同様の方法により分析した(表12)。
【0053】
【表12】
【0054】
NaCl濃度が2%(w/v)以上のNaCl濃度では発酵が大きく抑制されたのに対し、2%(w/v)未満では、代謝産物の組成に大きな影響はみられなかった(表12)。このことから、食塩を2%(w/v)未満の濃度で添加してもよいことが分かった。
【0055】
実施例7 リンゴ酸の添加によるコハク酸生産の増強
キャベツを用いて、各植物の葉から実施例1と同様にして抽出したエキスに、リンゴ酸ナトリウム(富士フイルム和光純薬社製)を100mMとなるよう添加し、ラクトバチルスMRS培地(Difco社製)で30℃・24時間培養した表13に示す乳酸菌を接種し、30℃で3日間発酵させた。培養開始後、発酵物の水溶性代謝産物の組成、到達pHを実施例2と同様の方法により分析した(表13)。
【0056】
【表13】
【0057】
100mMリンゴ酸ナトリウムを添加してからL.delbrueckiiとL.fermentumの共発酵を行ったところ、リンゴ酸ナトリウムの添加により共発酵におけるコハク酸の増強効果がさらに高まった(表13)。この結果から、L.delbrueckiiとL.fermentumとの共培養をベースとして、リンゴ酸の添加を併用することで、コハク酸による発酵漬物の特徴付けをさらに強化できることが分かった。
【0058】
野菜の発酵における乳酸菌によるコハク酸の生産は、リンゴ酸を基質としてコハク酸に変換することによるものが大部分と考えられる。本実施例の結果から、L.delbrueckii等の乳酸菌単独でもコハク酸を高生産できる野菜の場合は、単純にリンゴ酸を添加することで乳酸菌によるコハク酸の生産を増強できることが分かる。
【0059】
実施例8 酸素が発酵の進行に与える影響
木曽の赤カブ(開田カブ、王滝カブ)を用いて、各植物の葉から実施例1と同様にして抽出したエキスをツーポジションキャップ付き培養チューブ(コーニング社製)にとり、表14に示す乳酸菌を接種し、30℃で3日間発酵させた。嫌気条件のグループは、密閉した嫌気ジャーの中でアネロパック(三菱ガス化学社製)を使用して嫌気状態で発酵を行い、通気ありのグループは、半開放した嫌気ジャーの中でツーポジションキャップを通気状態にして静置し、さらに24時間ごとに培地を混和して通気を行った。得られる発酵物の水溶性代謝産物及び到達pHを実施例2と同様の方法により分析した(表14)。
【0060】
【表14】
【0061】
L.delbrueckiiが明らかな酸素への感受性を示した(表14)。また、到達pHが上昇しただけでなく、L.delbrueckiiによるコハク酸生産量も約1/3と大幅に低下した。L.fermentumも若干であるが酸素への感受性を示した。したがって、L.delbrueckii、L.fermentum等の酸素感受性の乳酸菌を用いる場合、培養は嫌気条件で行うことが好ましいことが分かった。
【0062】
実施例9 無塩発酵漬物の小仕込み試験
発酵漬物の製造実績を有する漬物工場において、L.delbrueckiiを用いた無塩発酵漬物を試作し、発酵物の評価を行った。発酵スターターには、食塩無添加トマトジュース(商品名:カゴメトマトジュース食塩無添加、カゴメ社製)の遠心分離上清と食品添加物で調製した食品グレード培地(0.5%ハイニュートAM(不二製油社製)、3.0%食用酵母エキス(マーマイト:ユニリーバ社製)、0.5%酢酸ナトリウム、0.02%硫酸マグネシウム、水酸化ナトリウムでpH6.5に調整し115℃・10分間オートクレーブ滅菌)を用いて、L.delbrueckiiを37℃で24時間培養したものを用いた。赤カブ、白菜、キュウリ及びキャベツを用いて、刻んだ原料それぞれ9kgを70℃の熱水で湯通ししてから漬物用コンテナに設置したポリ袋に入れ、L.delbrueckiiを初発1.0×107cfu/mLとなるように接種した。原料が液面に浸るようにポリ袋の空気を追い出してから口を閉じ、コンテナをマットレスに包み保温して室温に静置し3日間発酵させた。比較対照として、0.5%の乳酸を添加して3日間漬け込んだ無発酵の無塩漬物を調製した。得られる漬物の汁に含まれる代謝産物、到達pH、乳酸菌数、大腸菌群数及びカビ・酵母数を分析した(表15)。また、漬け上がった無塩発酵漬物の嗜好性を4名のパネルで評価し、それぞれが3段階(3点:特に良好、2点:概ね良好、1点:不良)で判定し、点数の平均値(平均評価)を算出した(表16)。
【0063】
【表15】
【0064】
【表16】
【0065】
各発酵漬物においては、コハク酸等の発酵代謝物が生成し、良好な嗜好性が発揮されたことから、発酵が良好に進み、生成したコハク酸やITC等が旨味、香り等の風味向上に貢献していることが分かった(表15、16)。
【0066】
実施例10 ITC量への様々な乳酸菌による発酵および共発酵の効果
ITC生成の基質となるグルコシノレート類を特徴的に含むアブラナ科の漬物野菜(白カブ、木曽の赤カブ(開田カブ、王滝カブ)、キャベツ、白菜)を用いて、各植物の葉から実施例1と同様にして抽出したエキスに、ラクトバチルスMRS培地(Difco社製)で30℃・24時間培養した表17に示す乳酸菌を接種し、30℃で3日間発酵させた。また、複合スターターによる発酵試験も実施した。複合発酵試験では、実施例3及び実施例4と同様にして、共発酵及び2段階発酵を行った。共発酵試験では、L.delbrueckii及び表18に示すその他の乳酸菌を接種し、30℃・3日間発酵させた。2段階発酵試験では、L.delbrueckiiによる30℃・3日間の発酵ののち、さらに表18に示すその他の乳酸菌を用いて30℃・3日間発酵させた。発酵はスクリューキャップ付き不活性ガラスバイアルを用いて行った。得られる発酵物の揮発性代謝産物の組成をSPME-GC/MSを用いて分析し、各ITCが示したピーク面積値を信号強度として比較した(表17及び表18)。
【0067】
【表17】
【0068】
【表18】
【0069】
分析の結果、L.delbrueckiiによりアブラナ科漬物野菜を発酵させると、他の乳酸菌よりも多くのITCが生成されることが明らかとなった(表17)。白カブ、赤カブ(開田カブ・王滝カブ)、白菜を用いた場合では、4-ペンテニルITCと3-ブテニルITCが、乳酸菌未接種に対して約1.5から約2.5倍に増加した。キャベツではほとんどアリルITCのみが検出されたが、L.delbrueckiiで発酵させた場合に、乳酸菌未接種よりも信号強度がやや増加した。L.plantarumによって発酵させた試料では、一部の野菜で極めて強いITCの信号が検出された。この特徴は漬物に強烈な辛みをもたらし、品質の異常につながることが懸念される。以上のことから、L.delbrueckiiでアブラナ科野菜の発酵に用いることで、ITCの香りと辛みによる特徴を適度に強調する効果が得られると期待される。
【0070】
L.delbrueckiiと他の乳酸菌との共発酵では、L.diolivorans、L.parafarraginis、L.parakefiriなどの、多くの組み合わせで乳酸菌未接種よりも各ITCが増加する効果が得られた(表18)。したがって、L.delbrueckiiによるコハク酸及びITCの高生産と、実施例3で示した共発酵による乳酸及び酢酸の生成促進は、同時に効果を得ることができることが分かる。
図1