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7692558油脂生産性が増加した真核微細藻類変異体及びその利用
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2025-06-06
(45)【発行日】2025-06-16
(54)【発明の名称】油脂生産性が増加した真核微細藻類変異体及びその利用
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/13 20060101AFI20250609BHJP
   C12P 7/64 20220101ALI20250609BHJP
   C12N 15/31 20060101ALN20250609BHJP
   C12N 15/29 20060101ALN20250609BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20250609BHJP
【FI】
C12N1/13 ZNA
C12P7/64
C12N15/31
C12N15/29
C12N15/09 110
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2021049173
(22)【出願日】2021-03-23
(65)【公開番号】P2022147782
(43)【公開日】2022-10-06
【審査請求日】2023-09-22
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)(1)独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、平成25年度、バイオマスエネルギー技術研究開発/戦略的次世代バイオマスエネルギー利用技術開発事業(次世代技術開発)/高油脂生産微細藻類の大規模培養と回収および燃料化に関する研究開発、(2)国立研究開発法人科学技術振興機構、平成31年度、産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム(OPERA)「低CO2と低環境負荷を実現する微細藻バイオリファイナリーの創出」、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
【微生物の受託番号】IPOD  FERM BP-10484
【微生物の受託番号】IPOD  FERM BP-22254
(73)【特許権者】
【識別番号】599011687
【氏名又は名称】学校法人 中央大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】井出 曜子
(72)【発明者】
【氏名】阿部 淳
(72)【発明者】
【氏名】笠井 由紀
(72)【発明者】
【氏名】原山 重明
【審査官】渡邉 潤也
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-046643(JP,A)
【文献】特開2020-074772(JP,A)
【文献】特開2020-096583(JP,A)
【文献】特開2020-074703(JP,A)
【文献】国際公開第2008/076831(WO,A2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00-1/38
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号6に示すRNA認識モチーフ1領域のアミノ酸配列から成るRNA認識モチーフ、配列番号7に示すRNA認識モチーフ2領域のアミノ酸配列から成るRNA認識モチーフ及び配列番号8に示すRNA認識モチーフ3領域のアミノ酸配列から成るRNA認識モチーフを有するRNA結合タンパク質をコードする遺伝子を破壊した真核微細藻類変異体であって、油脂生産量又は油脂生産性が野生株又は親株と比較して向上した、前記真核微細藻類変異体(ただし、KJoxAGL1-6060株を除く)。
【請求項2】
さらに、
(a)配列番号15及び16に示すB型レスポンスレギュレータータンパク質の保存領域のそれぞれと少なくとも90%の配列同一性を有するアミノ酸配列を有し、且つB型レスポンスレギュレーター活性を有するタンパク質の活性、機能又は発現が野生株又は親株より低下した;及び/又は
(b)配列番号23又は24に示すアスパラギン酸プロテアーゼの保存領域と少なくとも90%の配列同一性を有するアミノ酸配列を有し、且つアスパラギン酸プロテアーゼ活性を有するタンパク質の活性、機能又は発現が野生株又は親株より低下した;及び/又は
(c)配列番号31又は32に示す油滴タンパク質の保存領域と少なくとも90%の配列同一性を有するアミノ酸配列を有し、且つ油滴の膜表面に局在するタンパク質の活性、機能又は発現が野生株又は親株より低下した、
請求項1記載の真核微細藻類変異体。
【請求項3】
緑藻植物門(Chlorophyta)に属する、請求項1又は2記載の真核微細藻類変異体。
【請求項4】
トレボキシア藻網(Trebouxiophyceae)に属する、請求項3記載の真核微細藻類変異体。
【請求項5】
コッコミクサ属(Coccomyxa)に属する、請求項4記載の真核微細藻類変異体。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか1項記載の真核微細藻類変異体を培養する工程を含む、油脂生産方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、RNA認識モチーフ(RNA recognition motif;以下、「RRM」と称する)を有するRNA結合タンパク質(RNA binding protein;以下、「RBP」と称する)をコードする遺伝子に変異を持った結果、野生株又は親株に比べて、油脂生産量あるいは油脂生産性が有意に増加した単細胞性の真核光合成生物(以下、「真核微細藻類」と呼ぶ)変異体及びその利用に関する。ここで、油脂生産量とは、培養液の単位体積あたり、あるいは単位培養面積あたりに生産された油脂重量を示し、また、油脂生産性とは、単位時間あたりに増加した油脂生産量を示す。
【背景技術】
【0002】
真核微細藻類が生産するトリアシルグリセロール等の油脂を原料として、バイオディーゼル・バイオジェット燃料等の製品を生産する研究が、広く世界的に行われているが、現状では生産コストが高く、商業ベースでの生産は困難である(非特許文献1)。そのため更なる技術開発が続けられており、その1つに、真核微細藻類の油脂生産性の改良がある。
【0003】
真核微細藻類は、窒素、リン、硫黄欠乏あるいは強光、高塩濃度等のストレス条件下で、細胞内に油脂を蓄積することが知られているが、その詳しい分子機構は解明されていない。
【0004】
緑色植物亜界(Viridiplantae)・緑藻植物門(Chlorophyta)・トレボキシア藻綱(Trebouxiophyceae)・コッコミクサ属(Coccomyxa)に属する株として、Coccomyxa sp. KJ株(以下KJ株と呼ぶ)が知られている。KJ株は特許文献1に記載されたシュードコッコミクサ属(Pseudococcomyxa) KJ株と同一の株で、受託番号FERM BP-22254として寄託されている。KJ株は、pH3.5以下の培地でも生育がよく、特許文献2に示された開放系培養システムで培養でき、特許文献3に示された方法で連続的に屋外において油脂生産を行うことができる。
【0005】
本発明者等は、KJ株のゲノム配列を解読し、育種と培養技術の改良に取り組んできた。油脂生産性が向上した株の育種のためには、油脂生産に関わる酵素の活性又は機能を促進させる方法(特許文献4)、油脂分解を抑制させる方法(特許文献5)、光合成の光利用効率を向上させる方法(特許文献6)、油脂生産を妨げる働きを持つ酵素の活性又は機能を抑制させる方法(特許文献7)等が考えられる。
【0006】
一方、RBPは一般に、1つ又は複数のRNA結合ドメインを持つ。RNA結合ドメインには様々な種類が存在するが、そのうち最も多くのRBPに存在するRNA結合ドメインにRRMがある。RRMは約80-90アミノ酸残基から構成され、4本のβストランドと2本のαヘリックスが組み合わさった構造をとり、8アミノ酸残基からなるRNP1と6アミノ酸残基からなるRNP2という2つの保存されたモチーフを持つ(非特許文献2)。RRMは、InterPro (https://www.ebi.ac.uk/interpro/)等のデータベース検索で同定できる。RRMを1以上含むタンパク質は特に真核生物に数多く存在し、それぞれ特異的なRNAやタンパク質との結合を通じて、主にRNAの転写から翻訳まで、様々な生体内反応に関わっていると考えられている(非特許文献2)。
【0007】
RBPは動物において研究例が多いが、植物や緑藻においては研究例が少なく、モデル植物であるシロイヌナズナにおいても、多数のRBP遺伝子が存在するため機能が不明のものも多い(非特許文献3)。最近の研究例として、緑藻クラミドモナス(Chlamydomonas)属において、3つのRRMを持つ2種類のRBPが、温度変化に順応するために働くことが示されている(非特許文献4)。またシロイヌナズナにおいては、2つのRRMを持つRBPが、花粉の形成に必要であることが示されている(非特許文献5)。しかし、RBP遺伝子の機能は多様であり、すべてのRBP遺伝子の機能をアミノ酸配列から推定することは現状では不可能である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特許第6088375号公報
【文献】特許第6235210号公報
【文献】特許第5810831号公報
【文献】特許第6613731号公報
【文献】特開2020-074703号公報
【文献】特開2020-096583号公報
【文献】特開2020-074772号公報
【非特許文献】
【0009】
【文献】Chisti Y. (2013)Constraints to commercialization of algal fuels. J. Biotechnol. 167: 201-214.
【文献】Maris C, Dominguez C, Allain FHT. (2005) The RNA recognition motif, a plastic RNA‐binding platform to regulate post‐transcriptional gene expression. FEBS J, 272: 2118-2131.
【文献】Lorkovic ZJ and Barta A, (2002) Genome analysis: RNA recognition motif (RRM) and K homology (KH) domain RNA-binding proteins from the flowering plant Arabidopsis thaliana. Nucl. Acid. R. 30:623-635.
【文献】Li W et al., (2018) A Musashi splice variant and its interaction partners influence temperature acclimation in Chlamydomonas. Plant Physiol. 178:1489-1506.
【文献】Moody LA, et al.(2019) A Musashi-Related Protein is Essential for Gametogenesis in Arabidopsis. bioRxiv, 579714.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
真核微細藻類の油脂生産性の増加は、バイオ燃料生産の実用化に必要なコスト削減を実現するための重要な要素である。油脂生産性が増大した真核微細藻類変異体を作出することは、それを実現するための一つの方法である。
【0011】
そこで、本発明は、油脂生産性が向上した真核微細藻類変異体を提供することを目的とする。また、この真核微細藻類変異体を培養することで、真核微細藻類由来の油脂生産コストを削減することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するため鋭意研究を行った結果、RRMを3つ含むRBP遺伝子(以下、「RBP1」遺伝子と称する)が変異したKJ株では、油脂生産性が向上することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち、本発明は以下を包含する。
(1)RRMを2つ以上有するタンパク質の活性、機能又は発現が野生株又は親株より低下した真核微細藻類変異体であって、油脂生産量又は油脂生産性が野生株又は親株と比較して向上した、前記真核微細藻類変異体。
(2)RRMを2つ以上有するタンパク質が、配列番号6に示すRRM1領域のアミノ酸配列と少なくとも50%の配列同一性を有するアミノ酸配列、配列番号7に示すRRM2領域のアミノ酸配列と少なくとも50%の配列同一性を有するアミノ酸配列、あるいは配列番号8に示すRRM3領域のアミノ酸配列と少なくとも50%の配列同一性を有するアミノ酸配列のいずれか2つ以上を有するタンパク質である、(1)記載の真核微細藻類変異体。
(3)さらに、(a)配列番号15及び16に示すB型レスポンスレギュレータータンパク質の保存領域のそれぞれと少なくとも80%の配列同一性を有するアミノ酸配列を有し、且つB型レスポンスレギュレーター活性を有するタンパク質の活性、機能又は発現が野生株又は親株より低下した、及び/又は(b)配列番号23又は24に示すアスパラギン酸プロテアーゼの保存領域と少なくとも50%の配列同一性を有するアミノ酸配列を有し、且つアスパラギン酸プロテアーゼ活性を有するタンパク質の活性、機能又は発現が野生株又は親株より低下した、及び/又は(c)配列番号31又は32に示す油滴タンパク質の保存領域と少なくとも50%の配列同一性を有するアミノ酸配列を有し、且つ油滴の膜表面に局在するタンパク質の活性、機能又は発現が野生株又は親株より低下した、(1)又は(2)記載の真核微細藻類変異体。
(4)前記タンパク質をコードする遺伝子に変異のある、(1)~(3)のいずれか1記載の真核微細藻類変異体。
(5)前記タンパク質をコードする遺伝子の発現が低下した、(1)~(3)のいずれか1記載の真核微細藻類変異体。
(6)前記タンパク質をコードする遺伝子の翻訳効率が低下した、(1)~(3)のいずれか1記載の真核微細藻類変異体。
(7)緑藻植物門(Chlorophyta)に属する、(1)~(6)のいずれか1記載の真核微細藻類変異体。
(8)トレボキシア藻網(Trebouxiophyceae)に属する、(7)記載の真核微細藻類変異体。
(9)コッコミクサ属(Coccomyxa)に属する、(8)記載の真核微細藻類変異体。
(10)(1)~(9)のいずれか1記載の真核微細藻類変異体を培養する工程を含む、油脂生産方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、野生株あるいは親株よりも油脂生産性が増加した真核微細藻類変異体を作出することが可能となる。また、本発明に係る真核微細藻類変異体を培養することにより、バイオ燃料等に供する油脂あるいは藻類由来物質の生産コストを削減することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1-1】RBP1に関する配列の一覧を示す。
図1-2】図1-1の続きである。
図1-3】図1-2の続きである。
図1-4】図1-3の続きである。
図1-5】図1-4の続きである。
図1-6】図1-5の続きである。
図1-7】図1-6の続きである
図1-8】図1-7の続きである。
図2】RNA-seqを用いたRBP1遺伝子発現変動の推定を示す。KJ株及びKJ株と近縁なCoccomyxa sp. Obi株を、連続光条件下、リン酸を含むA5培地で前培養後、A5培地(+P)及びA5培地からリン酸を除いたA5-P培地(-P)で試験管培養し、培養開始後48時間(2d)及び96時間(4d)目に細胞を回収し、RNAを抽出した。このRNAサンプルを用いてRNA-seq解析を行い、RBP1遺伝子の発現量をFPKM値(Fragments Per Kilobase of transcript per Million mapped reads)として求めた。
図3】RBP1遺伝子構造及びsgRNA/Cas9を用いたゲノム編集のための標的配列を示す。(A)RBP1遺伝子のコーディング領域の位置を太線で、イントロンの位置を細線で示している。RBP1遺伝子は転写産物として2つのスプライシングバリアントを作る。それぞれをRBP1a mRNA、RBP1b mRNAと呼ぶ。2つの標的配列、g1-Sty1及びg2-Hinf1の位置も併せて示す。(B)標的配列g1-Sty1の塩基配列を太字で示す。PAM配列を下線で示す。また、StyI認識配列を四角で囲っている。矢印はCas9タンパク質による切断位置である。その下に標的配列近傍のCDS配列の比較を示す。最初の行がKJ株の配列、下段が変異株の配列である。rbp1-1及びrbp1-2はKJ株に導入された変異である。一方、rbp1-6944変異は、3つの遺伝子、ARR1、ASP1とLDP1遺伝子を破壊した3重遺伝子破壊株(TKO-1)に導入された変異である。KJ株に導入された変異(rbp1-1とrbp1-2)、及び3重遺伝子破壊株(TKO-1)に導入された変異(rbp1-6944)は共に、短いDNA断片が挿入された変異である。(C)標的配列g2-Hinf1の塩基配列を太字で示す。PAM配列を下線で示す。また、HinfI認識配列を四角で囲っている。矢印はCas9タンパク質による切断位置である。その下に標的配列近傍のCDS配列の比較を示す。KJ株の配列は2行に分かれて示されている。KJ株に導入された変異(rbp1-3)、及び3重遺伝子破壊株(TKO-1)に導入された変異(rbp1-8647)は共に、短いDNA断片が挿入された変異である。(B)(C)において、塩基配列中の小文字のtag及びtgaは、挿入によるフレームシフト変異によって形成されたストップコドン(ナンセンス変異)を示す。変異株の塩基配列の後ろのカッコ内の数字は、挿入されたDNA断片の長さを示す。
図4-1】KJ株及びRBP1遺伝子破壊株の油脂生産性を示す。KJ株及びrbp1-1、rbp1-2、rbp1-3変異を持つRBP1遺伝子破壊株を、50%濃度のA9培地(pH3.5)を50 mL含む100 mL試験管内で、25℃、連続光照射(200 μmol photons m-2 s-1)、2% (v/v) CO2を通気した条件下で培養した。培養開始後7、13、及び17日目にサンプリングし、乾燥重量と油脂含有率を測定した。油脂含有率(A)、バイオマス生産量(B)、油脂生産量(C)、及び油脂生産性(D)の平均値と標準誤差を示す(n=3)。*はKJ株とRBP1遺伝子破壊株のそれぞれの値に有意差があることを示す(Studentのt検定、p<0.05)。
図4-2】図4-1の続きである。
図5】TKO-1株及びTKO-1株由来のRBP1遺伝子破壊株の油脂生産性を示す。特許文献7に示されたARR1とASP1とLDP1遺伝子の3重遺伝子破壊株(TKO-1)を親株にして、RBP1遺伝子を破壊した4重遺伝子破壊株(QKO-6944株及びQKO-8647株)を作製した。これらの株を50%濃度のA9培地(pH3.5)を50 mL含む100 mL試験管内で、25℃、連続光照射(200 μmol photons m-2 s-1)、2% (v/v) CO2を通気した条件下で培養した。培養開始後7及び14日目にサンプリングし、乾燥重量と油脂含有率を測定した。グラフは、油脂含有率(A)、バイオマス生産量(B)、油脂生産量(C)、及び油脂生産性(D)の平均値と標準誤差を示す(n=3)。*はTKO-1株と4重遺伝子破壊株のそれぞれの値に有意差があることを示す(Studentのt検定、p<0.05)。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明は、RMMを2つ以上有するタンパク質(RBP1)の活性、機能又は発現を野生株又は親株より低下させることにより、野生株又は親株と比較して、油脂生産量又は油脂生産性が向上するという特徴を有した真核微細藻類変異体に関する。
【0017】
具体的に、本発明では、特許文献4に記載のα-グルコシダーゼをコードするAGL1遺伝子由来のcDNA(AGL1 cDNA)を過剰発現させた株を多数作製する過程で、AGL1 cDNA過剰発現株の1つであるKJoxAGL1-6060株(特許文献4)が、他のAGL1 cDNA過剰発現株よりもはるかに高い油脂生産性を示すことを見出したことで、発明の端緒を得た。AGL1 cDNA過剰発現株は特許文献4に示した株以外の多数の株においても、デンプン含有量が低下し油脂含有量が増加するという特徴を持っていたが、KJoxAGL1-6060株はデンプン含有量が減少せず、さらに乾燥重量が窒素欠乏後半においてKJ株より顕著に増加するという他の株にはない特徴を持っていた。この観察から、KJoxAGL1-6060株には油脂生産性を向上させる突然変異が存在するのではないかとの仮説を立て、その検証のため、KJoxAGL1-6060株の全ゲノム配列を決定した。その結果、配列番号1に示す遺伝子(ゲノム配列)にAGL1 cDNAを含む長いDNA断片が挿入され、変異によりこの遺伝子の機能が欠損していることが明らかになった。この遺伝子にコードされたタンパク質には、それぞれ配列番号6~8に示す3つのRRM領域(すなわち、それぞれRRM1領域、RRM2領域、RRM3領域)が存在することから、RBPがコードされていると結論した。このRBPをRBP1と名付け、RBP1をコードする遺伝子をRBP1遺伝子と名付けた。配列表と共に、RBP1に関する配列の一覧を図1に示す。
【0018】
RNA-seq解析により、RBP1遺伝子の転写産物(mRNA)の蓄積は窒素欠乏条件下やリン欠乏条件下で増加することが示された。RBP1遺伝子のmRNAとしては2つのスプライシングバリアントが存在することが実験データより示され、長い方をRBP1a mRNA、短い方をRBP1b mRNAと名付けた。それぞれの開始コドンから終止コドンまでのコーディング領域(CDS)の配列をそれぞれ配列番号2及び3に示す。配列番号2及び3より翻訳されるアミノ酸配列全長を、それぞれ配列番号4及び配列番号5で示す。これら2つのスプライシングバリアントより作られるタンパク質であるRBP1aとRBP1bの両方又は一方が、油脂生産性の抑制を行っていることが考えられた。また、アミノ酸配列のホモロジー検索(BLASTP)の結果、RBP1は特定のmRNAの翻訳抑制に働くMusashiファミリーに属する遺伝子に相同性があることから、RBP1は窒素欠乏条件下やリン欠乏条件下での翻訳抑制に関わる可能性が考えられた。
【0019】
「RBP1遺伝子に変異が存在するために、KJoxAGL1-6060株では他のAGL1 cDNA過剰発現株よりも有意に油脂生産性が高かった」という仮説を検証するために、KJ株のRBP1遺伝子をCRISPR/Cas9システムを用いたゲノム編集技術により破壊した。そして、複数のRBP1遺伝子破壊株の油脂生産性とKJ株の油脂生産性を比較した結果、RBP1遺伝子の破壊によって油脂生産性が有意に増加することが確認できた。
【0020】
さらに特許文献7に示されたARR1、ASP1とLDP1遺伝子の3重遺伝子破壊株(TKO-1株)を親株にして、RBP1遺伝子を破壊した4重遺伝子破壊株を複数作製した。そして4重変異株の油脂生産性とTKO-1株の油脂生産性を比較した結果、4重遺伝子破壊株はTKO-1株よりもさらに高い油脂生産性を示すことを確認した。
【0021】
このように、真核微細藻類のRBP1活性、機能又は発現を低下させることにより油脂生産性が向上した変異体を分離し、またその変異体を培養することで、油脂生産及びバイオ燃料生産のコスト削減を実現することができる。
【0022】
本発明において、真核微細藻類としては、緑藻植物門、珪藻(diatomあるいはBacillariophyceae)、真正眼点藻綱(Eustigmatophyceae)等に属する真核微細藻類を挙げることができる。
【0023】
緑藻植物門に属する真核微細藻類としては、例えばトレボキシア藻網に属する緑藻が挙げられる。トレボキシア藻網に属する緑藻としては、例えば、トレボキシア(Trebouxia)属、クロレラ(Chlorella)属、ボトリオコッカス(Botryococcus)属、コリシスチス(Choricystis)属、コッコミクサ(Coccomyxa)属、シュードコッコミクサ(Pseudococcomyxa)属に属する緑藻が挙げられる。トレボキシア藻網に属する具体的な株としては、Coccomyxa sp. Obi株及びKJ株が挙げられる。Obi株は、平成17年(2005年)2月15日付で独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センター(〒305-8566日本国茨城県つくば市東1丁目1番地1中央第6)に受託番号FERM P-20401として寄託され、さらに受託番号FERM BP-10484としてブダペスト条約に基づく国際寄託へ移管されている。Obi株は、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許生物寄託センター(NITE-IPOD)(〒292-0818日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 120号室)から入手可能である。KJ株は、平成25年(2013年)6月4日付で独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許生物寄託センター(NITE-IPOD)(〒292-0818日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 120号室)に受託番号FERM P-22254として寄託され、さらに受託番号FERM BP-22254としてブダペスト条約に基づく国際寄託へ移管されている。
【0024】
トレボキシア藻網に属する緑藻以外の緑藻としては、例えばテトラセルミス(Tetraselmis)属、アンキストロデスムス(Ankistrodesmus)属、ドラニエラ(Dunalliella)属、ネオクロリス(Neochloris)属、クラミドモナス属、イカダモ(=セネデスムス:Scenedesmus)属等に属する緑藻が挙げられる。
【0025】
更に珪藻としては、フィストゥリフェラ(Fistulifera)属、フェオダクチラム属(Phaeodactylum)、タラシオシラ(Thalassiosira)属、シクロテラ(Cyclotella)属、シリンドロティカ(Cylindrotheca)属、スケレトネマ(Skeletonema)属等に属する真核微細藻類を挙げることができる。また、真正眼点藻綱としては、ナンノクロロプシス(Nannochloropsis)属が挙げられる。
【0026】
本発明に係る真核微細藻類変異体は、上述の真核微細藻類を親株として、RBP1タンパク質の活性、機能又は発現を低下させる方法に供することで得られた真核微細藻類変異体である。
【0027】
本発明において、RBP1タンパク質としては、InterPro等の検索で見出されるRRM領域を2つ以上持つタンパク質が挙げられる。RBP1タンパク質の活性としては、例えばRNA結合活性や、他のRBPタンパク質との結合活性が挙げられる。例えば、RBP1タンパク質としては、配列番号6に示すアミノ酸配列(すなわち、RBP1タンパク質のRRM1領域のアミノ酸配列)と少なくとも50%、好ましくは、少なくとも60%、特に好ましくは、少なくとも70%、少なくとも80%、最も好ましくは、少なくとも90%、少なくとも95%、100%の配列同一性を有するアミノ酸配列、配列番号7に示すアミノ酸配列(すなわち、RBP1タンパク質のRRM2領域のアミノ酸配列)と少なくとも50%、好ましくは、少なくとも60%、特に好ましくは、少なくとも70%、少なくとも80%、最も好ましくは、少なくとも90%、少なくとも95%、100%の配列同一性を有するアミノ酸配列、及び配列番号8に示すアミノ酸配列(すなわち、RBP1タンパク質のRRM3領域のアミノ酸配列)と少なくとも50%、好ましくは、少なくとも60%、特に好ましくは、少なくとも70%、少なくとも80%、最も好ましくは、少なくとも90%、少なくとも95%、100%の配列同一性を有するアミノ酸配列のうち少なくとも2つ又は3つ全部を有するタンパク質が挙げられる。
【0028】
また、RBP1タンパク質としては、配列番号4又は配列番号5に示すアミノ酸配列と少なくとも24%、好ましくは、少なくとも50%、特に好ましくは、少なくとも60%、最も好ましくは、少なくとも70%、少なくとも80%、少なくとも90%、少なくとも95%、100%の配列同一性を有するアミノ酸配列から成るタンパク質が挙げられる。
【0029】
RBP1遺伝子としては、上記RBP1タンパク質をコードする遺伝子が挙げられる。また、RBP1遺伝子としては、配列番号2又は配列番号3に示すmRNAのコーディング領域と少なくとも40%、好ましくは、少なくとも50%、特に好ましくは、少なくとも60%、少なくとも70%、最も好ましくは、少なくとも80%、少なくとも90%、少なくとも95%、100%の配列同一性を有する塩基配列から成る遺伝子が挙げられる。
【0030】
さらに、本発明に係る真核微細藻類変異体は、上述の真核微細藻類を親株として、RBP1タンパク質の活性、機能又は発現に加えて、KJ株のB型レスポンスレギュレーターARR1と同機能のタンパク質(以下、「ARR1」と称する)の活性、機能又は発現、及び/又はKJ株のアスパラギン酸プロテアーゼASP1と同機能のタンパク質(以下、「ASP1」と称する)の活性、機能又は発現、及び/又はKJ株の油滴タンパク質LDP1と同機能のタンパク質(以下、「LDP1」と称する)の活性、機能又は発現を低下させる方法(特許文献7)に供することで得られた真核微細藻類変異体である。
【0031】
配列番号13及び14にそれぞれ示すKJ株とObi株のARR1タンパク質は約96%の配列同一性を示し、保存領域であるレシーバー領域(配列番号15)及びBモチーフと呼ばれる核移行シグナルを含むDNA結合領域(配列番号16)においては100%の配列同一性を示した。
【0032】
KJ株のARR1遺伝子(ゲノム配列)及びそのCDSの塩基配列をそれぞれ配列番号9及び配列番号11に示す。また、Obi株のARR1遺伝子(ゲノム配列)及びそのCDSの塩基配列をそれぞれ配列番号10及び配列番号12に示す。
【0033】
本発明において、ARR1タンパク質としては、配列番号15及び配列番号16に示すアミノ酸配列(すなわち、ARR1タンパク質の保存領域のアミノ酸配列)のそれぞれと少なくとも80%、好ましくは、少なくとも85%、特に好ましくは、少なくとも90%、最も好ましくは、少なくとも95%、100%の配列同一性を有するアミノ酸配列を有し、且つB型レスポンスレギュレーターの活性を有するタンパク質が挙げられる。
【0034】
また、ARR1タンパク質としては、配列番号13又は配列番号14に示すアミノ酸配列と少なくとも50%、好ましくは、少なくとも65%、特に好ましくは、少なくとも80%、最も好ましくは、少なくとも85%、少なくとも90%、少なくとも95%、100%の配列同一性を有するアミノ酸配列から成り、且つB型レスポンスレギュレーターの活性を有するタンパク質が挙げられる。
【0035】
ARR1遺伝子としては、上記ARR1タンパク質をコードする遺伝子が挙げられる。また、ARR1遺伝子としては、配列番号11又は配列番号12に示すmRNAのコーディング領域と少なくとも50%、好ましくは、少なくとも58%、特に好ましくは、少なくとも65%、少なくとも80%、最も好ましくは、少なくとも85%、少なくとも90%、少なくとも95%、100%の配列同一性を有する塩基配列から成り、且つB型レスポンスレギュレーターの活性を有するタンパク質をコードする遺伝子が挙げられる。
【0036】
KJ株のASP1タンパク質のアミノ酸配列を配列番号21に示す。また、Obi株のASP1タンパク質のアミノ酸配列を配列番号22に示す。
【0037】
一方、KJ株のASP1遺伝子(ゲノム配列)及びそのCDSの塩基配列をそれぞれ配列番号17及び配列番号19に示す。また、Obi株のASP1遺伝子(ゲノム配列)及びそのCDSの塩基配列をそれぞれ配列番号18及び配列番号20に示す。
【0038】
KJ株とObi株のASP1タンパク質は約97%の配列同一性を示し、Obi株及びKJ株のゲノム配列中に、配列番号23(KJ株由来)又は配列番号24(Obi株由来)に示すASP1タンパク質の保存領域と30%以上の配列同一性を持つタンパク質をコードする遺伝子は存在しなかった。
【0039】
本発明において、ASP1タンパク質としては、配列番号23又は配列番号24に示すアミノ酸配列(すなわち、ASP1タンパク質の保存領域のアミノ酸配列)と少なくとも50%、好ましくは、少なくとも65%、特に好ましくは、少なくとも80%、最も好ましくは、少なくとも85%、少なくとも90%、少なくとも95%、100%の配列同一性を有するアミノ酸配列を有し、且つアスパラギン酸プロテアーゼ活性を有するタンパク質が挙げられる。
【0040】
また、ASP1タンパク質としては、配列番号21又は配列番号22に示すアミノ酸配列と少なくとも50%、好ましくは、少なくとも65%、特に好ましくは、少なくとも80%、最も好ましくは、少なくとも85%、少なくとも90%、少なくとも95%、100%の配列同一性を有するアミノ酸配列から成り、且つアスパラギン酸プロテアーゼ活性を有するタンパク質が挙げられる。
【0041】
ASP1遺伝子としては、上記ASP1タンパク質をコードする遺伝子が挙げられる。また、ASP1遺伝子としては、配列番号19又は配列番号20に示すmRNAのコーディング領域と少なくとも50%、好ましくは、少なくとも58%、特に好ましくは、少なくとも65%、少なくとも80%、最も好ましくは、少なくとも85%、少なくとも90%、少なくとも95%、100%の配列同一性を有する塩基配列から成り、且つアスパラギン酸プロテアーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子が挙げられる。
【0042】
KJ株のLDP1タンパク質のアミノ酸配列を配列番号29に示す。また、Obi株のLDP1タンパク質のアミノ酸配列を配列番号30に示す。
【0043】
KJ株のLDP1遺伝子(ゲノム配列)及びそのCDSの塩基配列をそれぞれ配列番号25及び配列番号27に示す。また、Obi株のLDP1遺伝子(ゲノム配列)及びそのCDSの塩基配列をそれぞれ配列番号26及び配列番号28に示す。
【0044】
Obi株とKJ株のLDP1のアミノ酸配列は、お互いに約98%の配列同一性を示す。KJ株及びObi株のLDP1タンパク質のN末端9アミノ酸残基及びC末端24アミノ酸残基は、他のLDPのアミノ酸配列との類似性が全く認められない。そこで、これらN末端及びC末端部分を除いた中央部分を、LDP1タンパク質の保存領域と定義する。KJ株及びObi株のLDP1タンパク質の保存領域のアミノ酸配列を、それぞれ配列番号31及び配列番号32に示す。
【0045】
本発明において、LDP1タンパク質としては、配列番号31又は配列番号32に示すアミノ酸配列(すなわち、LDP1タンパク質の保存領域のアミノ酸配列)と少なくとも50%、好ましくは、少なくとも65%、特に好ましくは、少なくとも80%、最も好ましくは、少なくとも85%、少なくとも90%、少なくとも95%、100%の配列同一性を有するアミノ酸配列を有し、且つ油滴の膜表面に局在するタンパク質が挙げられる。
【0046】
また、LDP1タンパク質としては、配列番号29又は配列番号30に示すアミノ酸配列と少なくとも50%、好ましくは、少なくとも65%、特に好ましくは、少なくとも80%、最も好ましくは、少なくとも85%、少なくとも90%、少なくとも95%、100%の配列同一性を有するアミノ酸配列から成り、且つ油滴の膜表面に局在するタンパク質が挙げられる。
【0047】
LDP1遺伝子としては、上記LDP1タンパク質をコードする遺伝子が挙げられる。また、LDP1遺伝子としては、配列番号27又は配列番号28に示すmRNAのコーディング領域と少なくとも50%、好ましくは、少なくとも58%、特に好ましくは、少なくとも65%、少なくとも80%、最も好ましくは、少なくとも85%、少なくとも90%、少なくとも95%、100%の配列同一性を有する塩基配列から成り、且つ油滴の膜表面に局在するタンパク質をコードする遺伝子が挙げられる。
【0048】
なお、RBP1遺伝子、ARR1遺伝子、ASP1遺伝子及びLDP1遺伝子を併せて「本発明に係る遺伝子」と称し、また、RBP1タンパク質、ARR1タンパク質、ASP1タンパク質及びLDP1タンパク質を併せて「本発明に係るタンパク質」と称する場合がある。
【0049】
多くの真核微細藻類においては、複数の本発明に係る遺伝子、例えば対立遺伝子、同義遺伝子等が存在する場合があるが、本発明においては、これらのうち少なくとも1つ又は複数の本発明に係る遺伝子を意味する。
【0050】
本発明においては、以上に説明した本発明に係る遺伝子を有する真核微細藻類に対して、本発明に係るタンパク質の活性、機能又は発現を低下させる方法に供することで、本発明に係る真核微細藻類変異体を得ることができる。
【0051】
具体的に、本発明に係るタンパク質の活性、機能又は発現を低下させる方法としては、本発明に係る遺伝子に、薬剤や放射線、紫外線等を用いて突然変異誘起を行うことや、マーカー遺伝子等の挿入による遺伝子改変を行うこと等が挙げられる。
【0052】
さらに、本発明に係るタンパク質の活性、機能又は発現を低下させる方法としては、例えば
(1) 本発明に係る遺伝子を標的として変異を導入し、当該遺伝子を破壊する;
(2) 本発明に係る遺伝子の転写を抑制し、該遺伝子の発現を低下させる;
(3) 本発明に係る遺伝子の翻訳を抑制し、該遺伝子の翻訳効率を低下させる;
方法が挙げられる。
【0053】
本発明に係る遺伝子を標的として変異を導入する方法としては、ZFN、TALEN又はCRISPR/Casと呼ばれる遺伝子ノックアウト法(Gaj T, Gersbach CA, Barbas CF 3rd. (2013) ZFN, TALEN, and CRISPR/Cas-based methods for genome engineering. Trends Biotechnol. 31:397-405.)を用いることにより、その遺伝子が欠損した変異体を作出できる。
【0054】
本発明に係る遺伝子の転写を抑制する方法としては、対象となる真核微細藻類における該遺伝子のプロモーター領域に変異やマーカー遺伝子等を導入する方法が挙げられる。
【0055】
また、該遺伝子の正の発現制御に関わる遺伝子に変異を導入し、それらの機能を低下させる方法が挙げられる。
【0056】
あるいは、該遺伝子の負の発現制御に関わる遺伝子に変異を導入し、負の発現制御が常時働くようにする方法が挙げられる。
【0057】
本発明に係る遺伝子の翻訳を抑制する方法としては、RNA干渉法(Cerutti H, Ma X, Msanne J, Repas T. (2011) RNA-mediated silencing in algae: biological roles and tools for analysis of gene function. Eukaryot. Cell, 10:1164-1172.)やアンチセンス法(Shen X, Corey DR. (2018) Chemistry, mechanism and clinical status of antisense oligonucleotides and duplex RNAs. Nucleic Acids Res.46:1584-1600.)が挙げられる。
【0058】
また、本発明に係るタンパク質の活性、機能又は発現を低下させる方法としては、本発明に係るタンパク質の活性化に必要な因子を阻害する方法や本発明に係るタンパク質の活性化を阻害する因子の活性化等が挙げられる。
【0059】
さらに、本発明は、以上に説明した本発明に係る真核微細藻類変異体を大量培養し、トリアシルグリセロールを含む油脂を生産する方法を含む。大量培養法としては、特許文献2に示された開放系培養システムや、特許文献3に示された連続的な培養方法等が挙げられる。培養後、例えば培養物からヘキサン抽出等によって、トリアシルグリセロールを含む油脂を得ることができる。
【実施例
【0060】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0061】
〔実施例1〕AGL1形質転換体(KJoxAGL1-6060株)(特許文献4)の油脂生産性評価
KJ株由来の、デンプン分解に働くα-グルコシダーゼをコードする遺伝子(AGL1)のcDNAを高発現させるために、AGL1のcDNAをKJ株由来の伸長因子(elongation factor-1 alpha)をコードする遺伝子(EF1a)のプロモーターとターミネーターとの間に挿入したAGL1発現コンストラクトを作製した。このコンストラクトを、G418耐性遺伝子(nptII)発現コンストラクトを有するプラスミド(G418-T1AΔ4)と共に、Tataraらによって記載された方法(Tatara H, et al. (2020) A method for the preparation of electrocompetent cells to transform unicellular green algae, Coccomyxa (Trebouxiophyceae, Chlorophyta) strains Obi and KJ. Algal Res. 48: 101904.)を用いてKJ株に導入し、G418耐性コロニーを選抜した。そして、得られたG418耐性クローンをPCR解析することによって、AGL1発現コンストラクト全長を有するクローンを3株選抜した。
【0062】
このようにして得られたAGL1形質転換体を、50%濃度のA7培地(Takahashi K, et al., (2018) Lipid productivity in TALEN-induced starchless mutants of the unicellular green alga Coccomyxa sp. strain Obi. Algal Res. 32: 300-307.)で培養し、Kasai等によって記載された方法(Kasai Y, Tsukahara T, Ikeda F, Ide F, Harayama S. (2018) Metabolic engineering using iterative self-cloning to improve lipid productivity in Coccomyxa. Sci Rep. 8: 1-11.)を用いて油脂生産量を調べた。
【0063】
特許文献4の図5に示すように、得られた3株のうち、KJoxAGL1-6060株では、バイオマス生産量(培養液の単位体積あたりの藻体乾燥重量)がKJ株よりも高く、また油脂含有率(単位バイオマス生産量あたりの油脂重量)もKJ株よりも若干高かった。この結果、バイオマス生産量と油脂含有率の積である油脂生産量がKJ株の約1.3倍に増加した。他の形質転換体では油脂含有率は野生株よりも有意に高かったが、KJoxAGL1-6060株のようなバイオマス生産性の増加は見られなかった。
【0064】
そこで同様の形質転換実験を行ってAGL1発現コンストラクト全長を導入した株をさらに31株得た。そしてこれらの形質転換体のデンプン含有量、バイオマス生産量及び油脂含有率を測定した。その結果、31株中29株でデンプン含有率が減少し、油脂含有率が増加したという結果が得られた。その結果油脂生産量がWTの約1.2倍近くに増加した株が複数得られたが、デンプン含有率の減少及び油脂含有率の増加が顕著な株ではバイオマス生産性の減少が見られ、バイオマス生産量がKJ株よりも増加したAGL1形質転換体は見出されなかった。
【0065】
これらの結果から、KJoxAGL1-6060株は、窒素欠乏時のバイオマス生産性及び油脂生産性の増加を促進する変異を有しているとの仮説を立てるに至った。
【0066】
〔実施例2〕RBP1遺伝子変異体の単離と油脂生産性評価
実施例1における上記の仮説を検証するために、KJoxAGL1-6060株の全ゲノム配列を決定し、KJ株の配列と比較した。その結果、3つの変異が見出された。1つの変異では、配列番号1に示す遺伝子(ゲノム配列)内に、AGL1発現コンストラクトとnptII発現コンストラクト配列が挿入されていた。これ以外に、ミスセンス変異を持つ2つの遺伝子が見出された。
【0067】
上記のように、KJoxAGL1-6060株では、配列番号1に示す遺伝子(ゲノム配列)の機能が挿入変異によって完全に消失していると考えられたので、RNA-seq解析結果を参照することによってこの遺伝子の発現を詳しく調べた。その結果、この遺伝子の転写産物(mRNA)には2つのスプライシングバリアントがあることがわかった。それぞれのmRNAのコーディング領域を配列番号2及び配列番号3に示す。また、これらのスプライシングバリアントから翻訳されるアミノ酸配列の全長を配列番号4及び配列番号5に示す。InterProを用いて、これらのアミノ酸配列のモチーフを検索したところ、3つのRRM領域が配列中に検出された。このことから、配列番号1の遺伝子(ゲノム配列)にはRBPがコードされていると結論し、配列番号1の遺伝子(ゲノム配列)をRBP1と命名した。また、2つのスプライシングバリアントのうち長い方をRBP1a mRNA、短い方をRBP1b mRNAと名付け、それぞれから翻訳されるタンパク質をRBP1a及びRBP1bと名付けた。RBP1a mRNAとRBP1b mRNAは最後のイントロンの長さが異なり、RBP1aとRBP1bを比較すると、3つ目のRRM領域よりさらにC末端側に、RBP1bには49アミノ酸残基の欠失があった(図1)。
【0068】
Obi株及びKJ株において、窒素欠乏条件下で顕著にRBP1a mRNA及びRBP1b mRNAの蓄積が増加した。また、リン欠乏条件下でもRBP1a mRNA及びRBP1b mRNAの蓄積が増加した。図2に、リン酸を含むA5培地及びリン酸を含まないA5-P培地でKJ株及びObi株を培養し、RNA-seqにより遺伝子発現を解析した時の、RBP1遺伝子の発現量変動のデータをFPKM値で示す。A5-P培地で培養した時のRBP1遺伝子の発現は、A5培地で培養された時の2倍以上であった。また、A5培地で培養した時、A5-P培地で培養した時いずれでも、培養開始後2日目よりも4日目で発現量が増加した(図2)。
【0069】
A5培地の1L当たりの組成を以下に示す。
・硝酸ナトリウム 1495 mg
・リン酸二水素カリウム 36 mg
・リン酸水素カリウム 46 mg
・硫酸マグネシウム七水和物 200 mg
・塩化カルシウム二水和物 9 mg
・クエン酸 12 mg
・クエン酸鉄アンモニウム 19.6 mg
・EDTA-2Na 2 mg
・ミネラル溶液(ホウ酸 70 mg/L、硫酸マンガン五水和物 150 mg/L、硫酸亜鉛七水和物 300 mg/L、硫酸銅五水和物 300 mg/L、塩化コバルト六水和物 70 mg/L、モリブデン酸ナトリウム 3 mg/L) 1 mL
【0070】
MA5培地はA5培地に20 mM HEPES (pH 7.0)を加えた培地であり、A5-P培地はA5培地からリン酸二水素カリウム及びリン酸水素カリウムを除き、カリウムイオン濃度が等しくなるように塩化カリウムを加えた培地である。
【0071】
RBP1遺伝子の変異によって、KJoxAGL1-6060株の油脂生産量が向上したという仮説を検証するために、KJ株のRBP1遺伝子をCRISPR/Cas9システムを用いたゲノム編集技術により破壊した。図3Aに、RBP1遺伝子のコーディング領域と、ゲノム編集の標的配列(g1-StyIとg2-HinfI)の位置を示す。2つの標的配列は、共に第5エキソン内に存在する。また、g1-styIはアンチセンス鎖に存在し、g2-HinfIはセンス鎖に存在する。標的配列の1つであるg1-StyIを図3Bに示す。このターゲット配列にはStyI制限酵素サイトが含まれている。
【0072】
Yoshimitsu等の方法(Yoshimitsu Y, Abe J, Harayama S. (2018) Cas9-guide RNA ribonucleoprotein-induced genome editing in the industrial green alga Coccomyxa sp. strain KJ. Biotechnol. biofuels 11: 1-10.)を用いてKJ株に、g1-StyIを標的としたCas9/sgRNAをゼオシン耐性遺伝子と共に導入して、2日間暗所で回復培養を行った後、ゼオシンを含むMA5寒天培地に播種し、コロニーを単離することでゼオシン耐性となった形質転換体を獲得した。ここで、Cas9/sgRNAとは、Cas9タンパク質と化学合成ガイドRNAとの複合体を示す。このようにして得られたゼオシン耐性形質転換体よりDNAを抽出し、標的配列を含む領域をPCR法により増幅した。次いでこのPCR産物をStyI制限酵素で処理し、切断を受けないPCR産物を選抜した。さらにそのPCR産物の塩基配列を決定することにより、選抜された株のRBP1遺伝子が変異を有していることを確認した。この結果、標的配列部位に変異を持つ株が複数得られ、そのうち2株の持つ変異をrbp1-1及びrbp1-2と名付けた。
【0073】
rbp1-1はフレームシフト変異、rbp1-2はナンセンス変異であることから、これらの遺伝子破壊株では、それぞれの変異によってRBP1タンパク質の活性が完全に失われたと予想された。
【0074】
遺伝子破壊に用いた別の標的配列であるg2-HinfIを図3Cに示す。このターゲット配列にはHinfI制限酵素サイトが含まれている。図3Bの方法と同様にして、標的配列部位にrbp1-3と名付けたナンセンス変異を持つ株を得た。
【0075】
KJ株とRBP1遺伝子破壊株(rbp1-1, rbp1-2, rbp1-3)を10 mLのMA5培地を加えたフラスコで4日間、2% (v/v) CO2を含む植物育成用インキュベータで振とう培養し、前培養液とした。この前培養液のOD750値が12前後になったところで、培養開始時のODが0.2になるように希釈して本培養を行った。本培養は50%濃度のA9培地(pH3.5)を50 mL含む100 mL試験管内で、白色LEDを用いた連続光照射(200 μmol photons m-2 s-1)、25℃、2% (v/v) CO2を20 mL/minの流量で通気した条件下で培養し、培養開始後7、13、及び17日目にサンプリングを行って油脂生産性を比較した。
【0076】
A9培地(100%濃度)の1L当たりの組成を以下に示す。pHはイオン交換水に2N 硫酸を加えて調整した。
・尿素 191 mg
・リン酸二水素アンモニウム 15.2 mg
・硫酸マグネシウム七水和物 34 mg
・硫酸カリウム 25.1 mg
・塩化カルシウム二水和物 2.9 mg
・塩化ナトリウム 2.2 mg
・Fe(III)-EDTA 3.4 mg
・ミネラル溶液(ホウ酸 70 mg/L、塩化マンガン四水和物 100 mg/L、硫酸亜鉛七水和物 300 mg/L、硫酸銅五水和物 300 mg/L、塩化コバルト六水和物 70 mg/L、モリブデン酸ナトリウム 3 mg/L) 1 mL
【0077】
結果を図4に示す。RBP1遺伝子破壊株の油脂含有率は、培養開始後7、13、17日目のいずれにおいてもKJ株よりも有意に高かった(図4A)。また、培養開始後7日目のバイオマス生産量はKJ株とRBP1遺伝子破壊株で差がなかったが、13日目及び17日目のバイオマス生産量は、RBP1遺伝子破壊株の方がKJ株よりも有意に高かった(図4B)。その結果、RBP1遺伝子破壊株の油脂生産量はKJ株の油脂生産量よりも有意に高く(図4C)、培養開始後7、13、17日での油脂生産性(油脂生産量を培養日数で除した量、すなわち培養日数1日あたりの平均油脂生産量)もRBP1遺伝子破壊株の方がKJ株よりも有意に高く、培養17日目において最も差が顕著になった(図4D)。
【0078】
〔実施例3〕RBP1遺伝子破壊を含む4重遺伝子破壊株(RBP1遺伝子、ARR1遺伝子、ASP1遺伝子、及びLDP1遺伝子の4重遺伝子破壊株)の単離と油脂生産性評価
TKO-1株は、3つの遺伝子(ARR1遺伝子、ASP1遺伝子、及びLDP1遺伝子)をゲノム編集技術で破壊した3重遺伝子破壊株である(特許文献7)。このTKO-1株のRBP1遺伝子を破壊するため、実施例2と同様の方法でCas9/sgRNA複合体とゼオシン耐性遺伝子とを共導入し、RBP1遺伝子が破壊された株を選抜した。その結果、図3Cに示すrbp1-8647変異を持つTKO-1株が分離され、QKO-8647株と名付けた。
【0079】
さらに、外来遺伝子であるゼオシン耐性遺伝子を含まないRBP1遺伝子破壊株を作製するために、g1-styIを標的配列に持つCas9/sgRNA複合体のみをTKO-1株に導入した。その後RBP1遺伝子破壊株を選抜するため、回復培養後の細胞集団を50%濃度のA9培地(pH3.5)で12日間、連続光条件下で試験管培養し、細胞内に油脂を蓄積させた。次にBODIPY 493/503を用いて蓄積された油脂を蛍光染色し、セルソーターを用いて蛍光強度が高い細胞、すなわち油脂含有量が高い細胞を選抜後、プレートに播種し、数千個のコロニーを得た。これらのコロニーを約10個ずつまとめて新たなMA5培地に播種するとともに、TEバッファーに懸濁し、80℃で熱処理をしてDNA抽出を行い、標的配列を含む領域をPCR法により増幅した。次いでこのPCR産物をStyI制限酵素で処理し、電気泳動パターンの違いから、RBP1遺伝子破壊株を含む細胞集団を選抜した。さらにその細胞集団を滅菌水に懸濁後、コロニーが単離できるように希釈して新たなMA5寒天培地に播種し、得られた各コロニーについて、DNAを抽出し、PCR増幅後、制限酵素処理を行った。そして、制限酵素による切断を受けなかったPCR産物の塩基配列を決定した。このようにして図3Bに示すrbp1-6944変異を持つ4重変異株を分離し、その変異株をQKO-6944株と名付けた。
【0080】
TKO-1株、QKO-6944株及びQKO-8647株を、図4と同様に、50%濃度のA9培地(pH3.5)で試験管培養した。図5Aに油脂含有率、図5Bにバイオマス生産量、図5Cに油脂生産量、図5Dに油脂生産性の結果を示す。RBP1遺伝子破壊株の油脂含有率は、培養開始後7及び14日目のいずれにおいてもTKO-1株よりも有意に高かった(図5A)。一方、TKO-1株とRBP1遺伝子破壊株のバイオマス生産量については、培養開始後7日目及び14日目のいずれにおいても有意な差が認められなかった(図5B)。その結果、RBP1遺伝子破壊株の油脂生産量はTKO-1株の油脂生産量よりも有意に高く(図5C)、培養開始後7及び14日目での油脂生産性(油脂生産量を培養日数で除した量、すなわち培養日数1日あたりの平均油脂生産量)もRBP1遺伝子破壊株の方がTKO-1株よりも有意に高くなった(図5D)。すなわち、4重遺伝子破壊株ではRBP1遺伝子の破壊によって、TKO-1株よりさらに油脂生産性が向上することを確認した。
【受託番号】
【0081】
FERM BP-10484
FERM BP-22254
図1-1】
図1-2】
図1-3】
図1-4】
図1-5】
図1-6】
図1-7】
図1-8】
図2
図3
図4-1】
図4-2】
図5
【配列表】
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